平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析!
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さて、いよいよ平成も終わり。そしてこの連載も、今回でひとまず終了となる。ご愛読いただき、ありがとうございました。
最後を飾るのは浜崎あゆみである。
気がつけば彼女も40代になっている。近年は活動のペース自体がかつてほどではなく、当然のこととはいえ、浜崎がもはやベテランの域という事実には時間の流れを感じてしまう。そう書きたくなるほど、往年の彼女は時代を引っ張り、時代の象徴であり続けた。特に1998年のデビューから2000年代前半までの数年間は本当にすさまじかった。
思い出してもらう、また知らない人には知ってもらう意味合いも込めて、まずは浜崎のヒットソングを並べてみよう。なにせ売れた曲が多すぎるので、ほんの一部になってしまうが。
まずは99年の大ヒット「Boys & Girls」。<輝きだした><はばたきだした>と、ポジティヴな思いがインパクトのある曲だ。浜崎が完全にブレイクしたのはこの曲だったという印象が強い。ちょうど20年前か……。
このリリースが99年7月で、9枚目のシングルなのだが、彼女のデビューは前年の4月である。つまり、ほぼ2カ月に1枚のペースでシングルを出していたわけで、最初からものすごいペースだったことがわかる。エイベックスも相当気合が入っていたのだろう。
で、先ほどの曲から11カ月後に出たのが「SEASONS」。これでもう16枚目のシングルである。
しかし当たり前だが、若いな~。
同じ2000年リリースの「M」。高揚感たっぷりのクリスマスソングだが、引き締まったトーンが強い。<愛すべき人>の存在が唄われるのと同時に<終わり>を示唆させる歌でもある。
そして01年の「evolution」。激しく細かいビートが異常なテンションを助長していく ナンバーだ。歌詞には、自分たちが<生まれついたこと>への思いがあふれている。
さて、ここに挙げた曲以外にも言えることだが、浜崎の歌には常になんらかの翳りのようなものが垣間見える。それはヴォーカルに感じられることもあるし、曲調がそうさせている場合もある。ただ、象徴的なのはやはり歌詞だ。それも何かを背負っていたり、あるいは欠落感を抱えていたりと、重たさを感じさせる言葉が多い。
そもそもがデビュー・アルバムのタイトル曲「A Song for xx」からすでに<居場所がなかった 見つからなかった>と唄っていた人である。
浜崎は物心ついた時から父親がおらず、シングルマザーの家庭で育っている。そして小学生の頃から地元の福岡でタレント活動をしたり、その後は女優やグラビアアイドルとしていろいろな動きをしてきたが、どれもうまくいかないままだった。
それが歌手としてやっていくことになり、自分で歌詞を書くようになった。そこで自分の背景にあるものや考え方を反映させていく中で、自身の根本にあるものを出すようになったのだろう。それだけに彼女の歌は非常にエモーショナルである。当時は「エモい」という表現もなかったのだが(洋楽ロック界では、もしかしたら出てきていたかも )。
もともとが魅力的なルックスの持ち主で、シンガーとして大成したあとにはファッションリーダーにまでなった人だ。また、歌声も芯があり、力強い。そしてその上に、彼女はリアルにすぎる言葉も持っていたのだ。その言葉の生々しさが、より多くの人の心を射抜いていった。
その歌は、基本的には、自分探しの要素が強い。曲によっては<あなた>との関係が唄われるので、自分「たち」探し、でもあるだろうか。そうしたところに心境を重ね合わせたファンが、数多く生まれたということだ。
僕は、この頃にこういった重たさを持つ歌がヒットしたことには、90年代のカルチャーからの流れを感じてしまう。たとえば90年代の洋楽シーンはニルヴァーナやKORN、それにレディオヘッドなど、トラウマや自身のネガティヴな部分を炸裂された音楽が人気を博し、ロックの勢力図を変えていった。こうした潮流は、日本の音楽シーンにも本人のリアルを唄う形で反映されていった。夢や愛やファンタジーを唄うのでなく、身を切るような痛みや悲しみを唄うこと。当時のMr.Childrenもへヴィな歌を唄うようになっていったし、スガシカオや中村一義といった、当人の裏側までを描くような歌がスタンダードになっていった。
そして浜崎の歌の世界にも、そうした時代の流れを感じる。彼女の歌は、リアルを唄う時代性の中から生まれたものだった。
ところで今回、彼女の歌を聴いていて気づいたことがある。先ほどのような心の内が描かれた曲には、彼女自身の生きざまや考えが反映されていると思われるのだが……驚くべきなのは、どの歌も、言葉が決して難しくないということだ。
優れたアーティストは、時に文学的な言葉をつづったり、比喩や暗喩など、あえてわかりにくい表現を使うことがある。ひどく複雑なレトリックを使う人だっているほどだ。しかし、浜崎の歌には高尚そうな表現がなく、基本的にはストレートに、ズバッと刺さるような言葉ばかりである。それで心模様を表現するわけだから、やや抽象的になるところはあるにしても(それが歌詞の面白さでもあるが)、聴いていて、理解不能! みたいな箇所がない。これはすごいことだ。それゆえに、彼女の歌は広く聴かれたのだと思う。
時代性とのリンクという点では、まだある。
たとえば<ふたり>のことを唄った「Who…」も人気の高い歌だ。
この歌は、00年代初頭に氾濫したケータイ小説の中で特に高い支持を受けた『恋空』(スターツ出版)のストーリーの中でも重要な役割を果たしている。この事実が象徴するように、浜崎は当時の若い女の子に絶大な人気があった。それはもう教祖のような存在で、あの頃の彼女への熱い視線はほとんど社会現象とまでいってよかった。
そこまでの人気を得て、時代を牽引した浜崎については、文化論的な側面から語られることも多い。それだけ世相を反映した存在だったといえる。
わけても01年、アルバムのリリース日をメーカー側によってあえてぶつけられた宇多田ヒカルとの一騎打ちは語り草になっている。これによって浜崎と宇多田の比較論のような見方はよりいっそう強くなった。
ただ、そうした前段があっただけに、数年前に宇多田ヒカルのトリビュート盤で「Movin’ on without you」を唄ったことは大きな話題になった。この歌に心を動かされたファンは多かっただろう。それはもしかしたら、宇多田のほうのファンにも。
それから04年には、エイベックスのお家騒動があり、そこでの浜崎のリアクションも大きな注目を浴びた。これによって同社の株価が激しく動いたことも、当時の彼女の影響力を物語っている。
ただ、一時そんなにまで存在が大きくなり、時代の先頭を走った浜崎は、このところは巨大な波を起こすことがない。近年の彼女は、芸能ゴシップや、それに主にネット界隈で、むしろ批判を浴びることで矢面に立たされがちである。
だいたいが、ちょっと何かをしたとか、人前に出た程度でニュースになる存在の人である。そこにネガティヴな見方が入った際のバッシングは本当に激しい(それは「とりあえず何か叩ければいい」というようなスタンスの報道が多い)。
あのバッシングの激しさ、悪趣味さは、人気の反動という言い方で済まされないほどだ。その背景についても考えてみたが……浜崎が、若い女性の文化や風俗に深くコネクトしていたことも、ある層からは快く思われていない節を感じる。そう、いまだに、だ。
ただ、それは彼女が一時代を築いたことの(マイナスの側面ではあるが)証明であるのは間違いない。そして、時代を代表する歌姫のひとりだったという事実もまた、間違いない。
平成という時代をタイムカプセルに詰め込むとしたら、その中に浜崎あゆみのCDは、絶対に入れておかなければならない。
彼女の歌は、それぐらいの、破格のものだった。
●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
妻子あり。
Twitterアカウントは、@you_aoki