こんにちは。安宿緑です。「脱北YouTuber」をご存じでしょうか?
文字通り、脱北者がYouTuberとして番組を配信しているのです。正確には、「アフリカTV」というチャット機能付きの動画配信サイトからYouTubeにも転載をしている形です。韓国では脱北BJ(配信者)と呼ばれています。
彼ら脱北YouTuberが台頭してきたのは2016年頃からで、現在多くのチャンネルがあるのを確認できます。とはいえ元庶民ですから政情には詳しくないようで、もっぱら恋愛や食べ物などの生活ネタ、北朝鮮に対する質問に答えるのを主なコンテンツとしているようです。
その中から、特徴的なYouTuberをピックアップしてみました。
「脱北ブローカーが『国境を越えたら、北斗七星の方向を目指していけ』と言った。内モンゴルの砂漠をひたすら走り、国境警備隊を避けるために、夜の砂漠の真ん中で息を潜めた時は、心臓が凍りつくように寒かった」
BJイピョンさん(23歳)が語る脱北時の様子は、映画のワンシーンのようです。
●BJイピョン
https://www.youtube.com/channel/UCBiFOp2g0ER25Tb5OA0G0kg
アフリカTVの累積視聴者数は3カ月で28万人超、YouTubeに上げた脱北経緯についての動画は120万アクセスを記録。端正な容姿にピアスに刺青という、韓流アイドルのような容姿も人気の理由のようです。
彼が放送を始めたきっかけは、「脱北者が“アカ”呼ばわりされたり、貧しい人間扱いされるのが嫌だったから」とのこと。
「北朝鮮の人は本当に人肉を食べるのか」「全員が暗殺術を習うのか」などの質問を受けることもあり、自身の放送を通じて、こうした偏見を取り除き、北朝鮮へのイメージを正したいと話しています。
脱北したとはいえ、好き放題言われるのは我慢ならんということでしょうか。
続いて、容姿端麗といえばイ・ソユルさん(30歳)。30歳とは思えぬ美貌とスタイルが人気で、自らフィッティングモデルを務める洋服の通販サイトを運営しています。しかしこんな美人でありながら、放送内容がえぐいのが彼女の特徴であります。
●ソユル 脱北女子 イ
https://www.youtube.com/channel/UC9jMdW7ZEnPBYhQ-sIksoDw
先日、軍事境界線を乗り越えてきた脱北兵士の体内から回虫が発見された件についても、彼女はこのようにコメントしました。
「回虫くらい当然のこと。驚きませんでした」
そういって、寄生虫エピソードを次々と披露します。
・北朝鮮では年に1回、駆虫剤を飲む
・回虫は最大でボールペンくらいの太さ
・シラミもわくので洗濯用洗剤で全身を洗っていた
・一度、洗濯用洗剤で洗ったら余計シラミがわいて「この洗剤は安企部(安全企画部=現:韓国国家情報院)が流布したものだ」という噂が出回った
・脇毛にシラミがわいた人がいた
さらには「私は女性なので話すのは迷ったのですが……話しちゃいます!」と照れながら、喉に違和感を覚え、引っ張り出したら回虫だったという話まで披露。満面のスマイルで「もう10年前の話なんで、汚く思わないでくださいね★ ウフフッ★」と締めます。
いや、全然笑えないんだが……という感じですが、壮絶な体験をサラリと話してしまうのも脱北YouTuberの魅力といえましょう。
笑えないはずだが、一周回って笑える動画といえば、「脱北女子ソニー」。
●NorthKorean Sunny
https://www.youtube.com/channel/UCiIBRxfi5PspgJSTcvi-pHg
「私たちはお金がなかったので」と生々しい前置きをし、北朝鮮で自作していた化粧品の作り方という、ある意味「誰得」な動画をアップしています。ラインナップは、どれもDIY精神を感じさせるものになっております。
赤いクレヨンを油で溶きながら「北にいる時は、ごま油でやってて臭かった」と言ったり、「描けない!」「痛い!」などと言いながら木串のアイラインを解説する姿は、笑っていいのかダメなのか微妙なところです。そうやってさんざん詳細に語っておきながら、最後は「体に悪いからやめたほうがいいです」と視聴者にアドバイス。いや、作らないから安心してほしい。
そして真打ちとも言える存在が彼女、ソン・ポムヒャンさん(31歳)です。YouTube登録者数は約14万人と、桁違い。
●ソン・ポムヒャンTV
https://www.youtube.com/channel/UCuUPV5b6jt3d4B4u8a_8XNg
彼女が他のYouTuberと違うのは、積極的に「炎上スタイル」を取っていく点です。よどみないマシンガントークと、ディスられたら「お前、バカだろ?」と2倍、3倍にしてディスり返す姿勢は意図せずして朝鮮中央通信、北朝鮮スタイルそのものです。
アフリカTVのチャットでは、彼女に対し「アカ女」「北朝鮮に帰れ」など挑発的なコメントをするユーザーも多く、そのたびに直接対決を繰り広げております。中には、不埒なコメントをしたユーザーに18分間キレ続けるという動画もあります。
彼女の名を知らしめたのは、2012年に出演した、脱北者を紹介する番組『今、会いにゆきます』(チャンネルA)でした。彼女が半生を語った回は大きな反響を呼び、一部では「神回」として語り継がれているようです。
北朝鮮の最北端、咸鏡北道穩城郡の貧村に生まれたソン・ポムヒャンさん。
当時は「苦難の行軍」と呼ばれる大飢饉が起きた時代。村では食料そのものが存在せず、常に飢えていたといいます。そんな中、ポムヒャンさんは、病弱な姉が意識混濁状態で壁の土を食べている姿を発見してしまいます。その2日後に、姉は16歳で死亡しました。
父親はアルコール中毒で頼れず、母親はこれ以上、子どもたちを死なせないためにと、出稼ぎに中国へ渡ります。しかし待てど暮らせど、母親からの知らせはなく、母を追う決心をしたポムヒャンさんは妹を連れて、一週間かけて中朝国境まで歩き、国境線となる川・豆満江にたどり着きました。
しかし、いざ川を渡る段階になると妹がぐずり出してしまいます。ポムヒャンさんは泣く泣く妹を川辺の林に隠し、一人で川を渡りました。
中国で最初に頼った民家では、生まれて初めてのご馳走を振る舞ってくれましたが、そこは人身売買の拠点で、ポムヒャンさんは、そのまま中国人夫婦の養子として売られてしまったのでした。
そして5年がたつ頃にはすっかり朝鮮語を忘れ、中国人として生きていましたが、ある日、夢の中に亡くなった姉が出てきて、このように言いました。
「お母さんとお姉ちゃんが待ってるから、北朝鮮に帰りなさい」
夢に従い、ポムヒャンさんは養父母に置き手紙をして出奔。警察に「私を北朝鮮に帰してください」と直談判をしにいきました。そして3カ月の調査を受け、身元が確認されると、延辺の刑務所に移送されることになりました。
「なぜ、罪を犯したわけでもないのに、刑務所に行かなくてはならないの」
ポムヒャンさんが泣きながら女子房に入ると、そこにいた脱北女性たちの中に一人だけ、中国語を理解する人がいました。ポムヒャンさんが身の上を話すと、その中で一人の女性が自分をじっと見つめていることに気づきました。女性はポムヒャンさんに近づき、言いました。
「ポムヒャンなの?」
そう、なんとポムヒャンさんは亡き姉が夢で導いたとおり、刑務所で10年ぶりに母親と再会したのでした。朝鮮語も、自分の本名すら忘れていたポムヒャンさんは、その時、初めて自分の名前を知ることになったといいます。
その後、北朝鮮に戻るも、母親とともに再脱北し延辺に行きますが、母親に「ここではもう暮らせない。韓国に行きなさい」と促され、偽造旅券を持って飛行機で韓国へ。韓国の存在も、それまで知らなかったとか。
ほどなくして母親も韓国に到着し、紆余曲折を経て妹も召喚することに成功。晴れて、自由社会での生活をスタートさせようとした矢先に、さらなる悲劇が襲います。
妹が、渡韓してたった2カ月後に交通事故に遭ってしまうのです。音楽プレイヤーを拾おうと車から頭を出したところを、後続車に轢かれてしまうという痛ましい事故でした。
意識不明となった妹は幸い8カ月後に目を覚ましましたが、神経を破壊され片目が開かない状態の上、母やポムヒャンさんを識別できなくなっていました。唯一残っていたのは、北朝鮮で苦労した記憶だけだったといいます。
10歳で脱北して朝鮮語と自分の名前を忘れることがあるのか、また妹は豆満江からどうやって自宅まで戻ったのかなど、いろいろとツッコミどころはあるのですが、ストーリーの出来としては100点満点でございましょう。
ポムヒャンさんは当初は警察官を目指していましたが、妹の事故をきっかけに看護助手となります。しかし幼い頃の栄養失調がたたり、虚弱体質で、持病の貧血で突然倒れることがしばしばあり、そのせいで仕事をクビになることが相次ぎました。そんな中、自宅で暇つぶしに始めたのがアフリカTVの配信だったといいます。
韓国では、脱北者を「先にやってきた未来」と呼ぶ場合もあります。南北統一し、両国の住民が忌憚なく交流する未来を先取りした存在という意味です。
これまで脱北者は韓国人が持つ北朝鮮へのマイナスイメージを一身に受け、差別の対象になったり不可侵民の扱いを受けることがしばしばありましたが、脱北YouTuberの登場は、そうした偏見を取り払う一定の役割があると期待されています。
確かに、脱北YouTuberは朝鮮人民同様、人間として興味を惹かれる存在であることは間違いありません。死線をくぐってきた経験談はどの映画、小説よりも訴求性があります。
一方で、彼らを材料に北朝鮮の全てを論じるのは早計であるといえます。彼らが話す北朝鮮の現状はおよそ10~20年前のものであるため、鵜呑みにすることはできません。むしろ、彼らが韓国に順応し生活が長くなるとともにその希少性と情報は色あせていくでしょう。個人的には、あくまで「おもしろ人間図鑑」としてウォッチしていきたいと思っています。
●やす・やどろく
ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。 政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>