近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。このコラムでは、『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)の共著者であり映画研究者の崔盛旭の解説のもと、映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。
映画『金子文子と朴烈』(イ・ジュンイク監督、2017)
2019年は、1919年に日本統治下の朝鮮で起こった「三・一独立運動」から100年目にあたる。今年はまた、韓国への輸出規制に端を発する反日的雰囲気の高まりがあり、さらにここ数年、歴史問題をめぐる日韓の対立が浮き彫りになる中で、韓国では植民地時代の抗日闘争や慰安婦、徴用工をテーマにした映画が次々と作られるようになった。
韓国には、もともと「反日映画」と呼ぶべきジャンルがある。古くは戦争(韓国では、日本の植民地支配からの独立)直後の『自由万歳』(チェ・インギュ監督、1946)をはじめ、平均すれば年に1〜2本は必ずと言っていいほど作られてきた。中には正義=韓国 vs.悪=日本という単純な二項対立的構図の国策映画も少なくないが、植民地支配の歴史を考えると致し方ない部分もあるだろう。
私も中高生時代は、学校で反日映画を団体鑑賞したものだ。教科書で学んだ植民地時代の歴史が、スクリーンの中で再現されることで、歴史に対する理解が深まると同時に、悪としての日本人イメージが自然に刷り込まれていく。反日映画は韓国における歴史教育の教材としても活用されてきたのだ。
反日映画には大きく3パターンある。1)実在の歴史的事件を題材にしたもの、2)安重根に代表される抗日運動家の活躍を描いたもの、3)そして両者をうまく混ぜ合わせたものだ。だが同じような素材ばかりでネタ切れ感が否めず、観客にも飽きられる中で、フィクションを加えることで史実をよりドラマチックに再構成したり、日本人キャラクターに内面的な深みや人間的葛藤を持たせたり、反日映画自体も変化を遂げてきた。このような、立体的な人物像とエンターテインメントとしての完成度の高さに、反日的なムードが追い風になって成功を収めたのが、1000万人を超える観客動員を記録した『暗殺』(チェ・ドンフン監督、2015)と言えるだろう。
その流れの中で公開されたのが、関東大震災前後の日本で抗日運動家、アナーキスト(無政府主義者)として活動した朴烈(パク・ヨル)とその妻で同志のアナーキストであった金子文子を描いた『金子文子と朴烈』(イ・ジュンイク監督、17)である。朴烈はこれまで韓国でもあまり知られていなかった人物で、韓国にしてみれば抗日をテーマにした新たな題材の発掘であり、実際に朴はこの映画のおかげで一気に注目を集めて広く知られるようになった。映画は235万人動員の大ヒットとなり、評論家からも好評、青少年に推奨すべき映画にも選ばれて「良い歴史教材」としてのお墨付きを得た。
だが、それ以上に興味深いのは、本作が日本でもロングランヒットとなったことである。天皇制を否定した歴史上の人物を描く韓国の「反日映画」ともなれば、右翼の格好の標的にもなりかねないので、劇場公開を危ぶむ声もあったという。実際に劇場の周辺では上映を妨害しようとする人たちも少なからずおり、警察が配備されるなど物々しい雰囲気の中での公開となった。しかしふたを開けてみれば連日満員御礼でSNS上でも話題沸騰、上映館が次々と拡大する事態が待っていた。では、なぜこの映画が韓国のみならず、日本でも受け入れられたのだろうか?
【物語】
1923年、関東大震災前後の東京。朝鮮人アナーキストたちの集会で出会った朴烈(イ・ジェフン)と金子文子(チェ・ヒソ)は互いに惹かれ合い、同棲を始める。朴らは「不逞社」という組織を作り反日活動をもくろむが、そんな中で起こった大震災では混乱の中、朝鮮人虐殺が相次ぎ、政府もそれを傍観しつつ、朝鮮人や社会主義者を無差別に検挙していった。刑務所に収監された朴は、皇太子爆弾暗殺計画の主犯とされ、共犯を名乗り出た金子とともに大逆事件を裁く法廷に立つことになる。
映画は、日本では「朴烈事件」として知られる、朴と金子文子による皇太子爆弾暗殺計画という大逆事件の裁判を題材にしている。日本に植民地支配された朝鮮人はともかく、日本人女性が天皇制を否定し皇太子の暗殺を計画するとはなんたることかと、世間に衝撃を与えた事件だ。そんな二人が逮捕された後、天皇や皇太子について語る映画の中のワンシーンを取り上げてみよう。
朴:天皇が神だと思っているのか。天皇はただの人間だ。くそもするし、しょんべんもする。まめみたいに小さい人間。
金子:人間はみんな平等だ。この平等な人間世界を踏みにじる悪魔の権力が天皇であり皇太子だ。したがって彼らは消えるべき存在だ。
死刑を覚悟した上での発言だが、天皇は神であり国体であると信じられた時代にここまで堂々と否定する大胆さには驚かずにはいられない。この後もはばかることなく言葉を放つ朴と文子の姿は、なかなか見応えがある。
一方で「朴烈事件」は、政府が企んだ事件だとする説もある。震災当時、社会の混乱と不安のなかから生み出された「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などというデマが広がり、自警団による朝鮮人の虐殺が生じたが、このことから国民の目をそらすために政府が朴と文子を利用したというのだ。映画では、この説を物語の一つの軸にしている。
朝鮮人虐殺に関しては、多くの著作を通してよく知られている「15円50銭の虐殺」を描いている。見た目からは朝鮮人かどうかを判断できないので、彼らが苦手な発音を利用して「15円50銭」と言わせ、うまく発音できなかった者を殺害した。中には訛りの強い東北出身者が朝鮮人に間違われ、殺されたケースもあったという。いずれにせよ、震災の渦中で起きた朴烈事件の真相は今でもわかっておらず、謎の多い事件として語られている。
韓国映画ではあるものの、日本を舞台に多くの日本人が登場する本作では、日本に住んだ経験もある文子役のチェ・ヒソをはじめ韓国人俳優らが話す日本語の自然さもまた、日本で違和感なく受容された大きな要因と言えるだろう。だがそれ以上に日本の観客にとって新鮮だったのは、金子文子という日本人女性の強さ、聡明さであり、それ故の美しさだったのではないだろうか。
映画ではあまり語られていないが、文子の生い立ちは悲惨極まりないものだ。1903年に生まれた文子は無戸籍者のまま両親に捨てられて、親戚の家を転々とし、朝鮮に住んでいた叔母の元に預けられてからも虐待を受けた。だが三・一独立運動で虐げられながらも必死で闘おうとする朝鮮人に深く共感、帰国後は働きながら学問に励んだという。家族や社会から見放され、文字すら独学で習得した文子にとって、権力を拒否し自由を熱望することは自らの存在証明だったのだろう。アナーキストとは、国家権力だけでなく、あらゆる社会的権力、個人間の権力をも否定し、絶対的な自由の実現を信念とする者である。文子は国家も民族も、帝国と植民地のヒエラルキーさえぶち壊し、あらゆる束縛から自由になった自分自身を生き抜いて見せたのだ。
さて、死刑から無期懲役に減刑した天皇の恩赦さえも拒否し、26年に獄中死を遂げた文子(自殺説・他殺説がある)とは対照的に、その後の朴の生き方には首をかしげたくなるものがある。朴は35年、獄中で転向を表明し、自分は「天皇の赤子」であると宣言する。45年の敗戦で釈放されると、反共を推し進める韓国政府に協力、50年に朝鮮戦争が勃発すると北朝鮮に連行された。後には、自ら北へ向かったとも言われるように、今度は北朝鮮の上層部で活躍し、74年に71歳で他界、平壌に眠っている。北朝鮮との関わりゆえ、韓国では長年朴烈の存在はタブーだったが、89年に抗日運動の功績が評価されて勲章が与えられ、故郷の土地には記念館も建てられている。時の権力に協力した余生によって本作の朴を批判するつもりはないが、自らを貫き通した文子と、転向を繰り返して生き延びた朴を比較した時に、どうしても文子の存在が際立ってくるのは否めないだろう。
韓国で公開された際も文子は観客に大いに支持されたが、そこにはあくまで「朴烈を慕った日本人の文子」というフィルターが見え隠れしている。だが文子は決して朴の追従者などではない。韓国で製作された一本の反日映画が奇しくも、それまでほとんど無名だった一人の日本人女性の存在とその魅力を、多くの日本人観客に知らしめることとなった。そういう意味では原題は『朴烈』なのに対して、それを『金子文子と朴烈』と変えた邦題の方がしっくりくるのは私だけだろうか。
崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。