韓国映画『タクシー運転手』異例の大ヒットがあぶり出した、「光州事件」めぐる国民の怒りと後悔

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『タクシー運転手~約束は海を越えて』

 韓国では今年、1980年5月に起こった光州事件からちょうど40年という節目の年を迎えている。本来ならば記念式典や関連イベントが開催されるはずだったのだが、コロナ禍で中止が相次ぐ中、4月末に大きな注目を集める裁判が開かれた。被告は全斗煥(チョン・ドファン)元大統領、光州事件の「主犯」ともいえる人物である。

 チョン氏は2017年に出版した『全斗煥回顧録』の中で、相変わらず「光州事件はアカ(共産主義者)によって煽られて起きた反乱」「ヘリからの銃撃は真っ赤なウソ」といった記述を繰り返し、事件の犠牲者に対する名誉毀損だとして市民団体から提訴されたのだ。裁判でも予想通り、容疑を否定し主張を貫くその姿には、自らが指揮した虐殺への反省も、犠牲者や遺族への謝罪も毛頭見られなかった。そこには、不当な裁判だと逆ギレしている元権力者の醜悪な本性しかなかった。

 ではその「光州事件」とは一体なんだったのか? なぜ40年という月日がたった今でも、韓国国民にとって「まだ終わっていない」事件として関心を集め続けているのか? このコラムでは5月に配信する2回にわたって光州事件を取り上げる。1回目は、ドイツ人記者と彼を乗せたタクシー運転手の目線から事件を描いた『タクシー運転手~約束は海を越えて』(チャン・フン監督、2017)を通して、歴史的な視点から事件の概要を振り返りたい。

 韓国では2017年5月、朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾・罷免に伴い、文在寅(ムン・ジェイン)が大統領に就任し、10年ぶりに進歩派政権が誕生した。進歩派政権はこれまでも光州事件の真相究明に力を入れてきたこともあり、前政権下では公開が厳しかったであろう、光州事件を題材にした映画が文政権下に公開されたこと自体は不思議ではない。驚くべきは、本作が観客動員1,200万人以上という大ヒットを記録したことだった。光州事件を扱った映画は、数は少ないもののこれまでにもあったが、完成度は別としてどうしても重苦しさが先に立ってしまい、ヒットはしにくいと考えられていたからだ。では本作の大ヒットの要因はなんだったのだろうか? 私見では、本作が「外側からの目線」で光州事件を描いたからではないかと思う。まずは物語から紹介しよう。

≪物語≫

 1980年のソウル。タクシー運転手のマンソプ(ソン・ガンホ)は、あちこちで繰り広げられる学生デモに悪態をつきながら車を走らせていた。ひょんなことからドイツ人記者ピーター(トーマス・クレッチマン)を光州まで乗せる仕事について聞きつけたマンソプは、大金に目がくらみ喜び勇んで向かうものの、光州への道路はなぜか軍人によって遮断されていた。

 検問を逃れ、なんとか光州にたどり着くも、そこにはデモ隊と軍隊が衝突する異様な光景が展開されていた。危ないから引き返そうとするマンソプだが、ピーターはカメラを向けて街を撮影し始める。ピーターと対立しつつも、大学生ジェシク(リュ・ジュンヨル)や光州のタクシー運転手(ユ・ヘジン)と知り合う中で、次第に事の重大さに気づいていくマンソプ。一人家で待つ娘を心配し、一度はソウルへ戻ろうとするマンソプだったが、光州での実態が捏造されて報道されている事実を知り、再び光州へと車を向かわせる。
 物語からもわかるように、マンソプは知識も教養もない一般「庶民」と呼べるような存在であり、当初学生デモにもまったく理解を示していなかった。そんな彼がソウルという「外側」から光州に入り、少しずつ真相に近づきながら権力者の横暴に目を覚ましていく、という作り方そのものが、私を含め多くの韓国人の共感を呼んだのではないだろうか。

 というのも、当時ほとんどの国民は軍事政権の捏造通り、光州事件をアカによる反乱だと信じ切っていたのだ。そして時が流れ、軍事政権が幕を下ろし、徐々に事件の全貌が明らかになるにつれて、外側の人々は軍事政権への怒りと同時に、事件から目をそらしてきた己の愚かさを恥じ、事件の犠牲者に対する罪悪感にさいなまれるようになっていった。いまさら光州事件を自分が語るのは図々しい……そんな複雑な思いを多くの人が抱いていたところに、マンソプが登場したのだ。自分と同じ目線を持つマンソプに感情移入し、事件を目の当たりにして次第に変わっていく彼に自分を重ね合わせる――本作の大ヒットの背景には、多くの韓国人(観客)に共有されていた、歴史をめぐる国民的心情があったと考えられる。

 ではここからは、光州事件についての歴史的な経緯を紹介していこう。光州事件は1980年5月18~27日にかけて、韓国南部の都市・光州で起こった反軍事独裁・民主化闘争運動である。その端緒は、79年10月26日の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺事件にまで遡る。朴の暗殺をきっかけに全斗煥による軍事クーデターが起こり、それに対する抵抗として光州事件は始まったのだ。

 暗殺から2カ月後の12月12日、全と盧泰愚(ノ・テウ、後に全に続いて大統領になる)らが率いる軍の組織がクーデターを起こして実権を掌握する。18年間にも及んだ朴の独裁政権が終わり、いよいよ韓国にも民主化の春が来ると思われた矢先だったため、社会全体からの反発は大きく、とりわけ大学の春休みが明けた80年4月以降は、大学生や労働者たちのデモが全国に拡大していった。

 全の率いる新軍部は、5月17日に集会の禁止や報道の事前検閲、大学の休校など戒厳令の拡大措置を発令、翌18日には他の大学と同じように、光州の全南(チョンナム)大学でも学生と戒厳軍が対峙したのだが、光州では戒厳軍が突然棒で手当たり次第に殴り始め、学生は次々と連行された。市民らが軍の過剰な暴力に驚き止めに入ると、軍は一般市民に対しても暴力を振るい、こうして市民を巻き込んだ光州事件が始まったのだ。

 19日、市民によるデモが大きくなるにつれ、戒厳軍も兵力を増やし、ついに市民に向けて発砲を開始した。この発砲を命じたのが誰かという問題は、現在でも大きな争点となっている。韓国の憲法に「国軍は、国家の安全保障および国土防衛の神聖なる義務を遂行することを使命とし」(第5条)とあるように、国民を守るはずの軍が主権者である国民に向かって発砲することは、いわば「反逆罪」にあたる。それだけの判断を最前線のいちチ軍人や作戦本部が行うはずもなく、軍のトップだった全が命令を下したことは間違いないものの、全自身が否定し続けているのが現実だ。20日には軍の銃撃に対抗して市民も武装を始め、組織化して軍の撤退や民主化を要求する声明を発表する。しかし軍による統制で孤立状態に陥っていた光州の声が外部に届くことはなかった。

 映画ではピーターが20日に光州に入り、命がけで撮影したフィルムを持って21日に脱出するが、光州ではその後も全羅南道庁を拠点に、市民軍が戒厳軍に対して応戦し続けた。膠着状態を打開しようとした戒厳軍は、大勢の兵力に加えて戦車をも光州に送り込み、ついに27日、道庁で最後まで抵抗した市民軍はほとんどが射殺されて、光州事件は「北朝鮮に煽られたアカによる反乱」として終結した。この日に道庁ではどれだけの市民軍が殺害されたかも正確にはなっていないし、光州事件全体を通じての犠牲者数も不明のままだ。ピーター(実際はユルゲン・ヒンツペーター)が持ち出したフィルムによって事件の映像が報道され、韓国は国際社会から批判されるものの、言論統制によって当時国民が真実に触れることはなかった。

 韓国ではその後も長きにわたって、徹底して事件の真相を捏造する新軍部に対し、真相を究明しようとする闘いが続いた。そしてついに軍事政権の終焉とともに発足した金泳三(キム・ヨンサム)政権下の95年、光州事件を検証するための「5・18特別法」が成立した。光州事件は「5・18民主化運動」と正式に名付けられ、「アカによる反乱」などではなく「戒厳軍の鎮圧に対して、民主主義のために光州の学生・市民らが命をかけて立ち向かった歴史的事件」と定義されて、5月18日は光州民主化運動の国家指定記念日となった。全斗煥と盧泰愚は虐殺の罪を問われてそれぞれ死刑・懲役刑を言い渡され(後に特別赦免)、軍による虐殺を司法が認めたことで、光州の犠牲は無駄ではなかったことが証明された。2011年には、事件の関連史料がユネスコの世界記憶遺産に登録され、犠牲者・遺族への補償や行方不明者の捜索は今もなお続けられている。

 以上が事件の全体像だが、そもそも当時各地でデモが起こっていたにもかかわらず、なぜ光州だけがこのような事態に陥ったのだろうか。その背景には、朴正煕政権時代に作られた根強い「地域差別」が存在している。1963年以来続いていた軍事独裁政権だったが、70年代前半、彼には手ごわい政敵がいた。金大中(キム・デジュン)である。軍事独裁打倒の先頭に立ち、国民からの熱い支持を受けていた金に対抗するため、朴は金をアカに仕立て上げ、金の出身地であった全羅道(光州を含む地方)の連中もアカだという間違った認識を広めていった。「全羅道出身者とは付き合うな」という差別意識は国全体に浸透し、テレビドラマに登場する汚れ役は、多くが全羅道の方言をしゃべっていたものだ。全もまたこの地域差別を利用し、アカたちの反乱を制圧した自分こそが大統領にふさわしいのだと見せつけようとした。光州事件は、政府による統制だけではなく、光州なら起こってもおかしくないという、外側の人々の「やっぱりね!」という誤った認識・偏見が、光州をスケープゴートに仕立ててしまったといえる。

 最後に、映画にまつわる後日談を紹介して終わりにしよう。ピーターのモデルとなったドイツ人記者ヒンツペーター氏は光州事件を世界に知らしめたことを評価され、2003年に韓国の権威ある言論賞を受賞、その時のスピーチでタクシー運転手キム・サボク氏に言及したことが映画製作のきっかけになったことはよく知られている。本作はほとんどが実話に基づいているが、ピーターに偽名を告げ、彼の受賞を街角でそっと見守るマンソプというラストは、作り手の温かな想像力によるものであり、映画の最後では再会がかなわないままヒンツペーター氏が他界した事実が語られていた。

 ところが、映画の公開後にキム・サボク氏の息子と名乗る人物が現れたことによって、サボク氏の消息が明らかになったのだ。息子によると、実際のサボク氏はマンソプのような庶民派運転手ではなく、外国人相手の観光ガイドを専門にしていた「ホテルタクシー」の経営者であり、早くから政治活動に参加、光州にも強い使命感を持って向かった人であることがわかった。そして、光州事件から4年後の84年、すでにがんで亡くなっていたことも。ヒンツペーター氏が必死でサボク氏を探していた時、彼はもうこの世に存在していなかったのだ。

 この報道を聞いて、私は少しばかりがっかりしてしまった。マンソプのようなキャラクターを期待していたのに、実はそんな「エラい」人だったのかと。だがそれと同時に、映画の力を実感したのも事実である。タクシー運転手の正体がわからなかったことで、ソン・ガンホ演じるマンソプが誕生し、彼だったからこそ多くの観客が映画に惹きつけられたのだから。本作が韓国国内に限らず、日本をはじめ外国でもヒットした要因もそこにあるに違いない。本作はこれからも末長く愛されてしかるべき映画だと思う。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』
発売元:クロックワークス 販売元:TCエンタテインメント
提供:クロックワークス/博報堂DYミュージック&ピクチャーズ
Blu-ray  5,184円(税込) / DVD 4,104円(税込)

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『タクシー運転手』異例の大ヒットがあぶり出した、「光州事件」めぐる国民の怒りと後悔

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『タクシー運転手~約束は海を越えて』

 韓国では今年、1980年5月に起こった光州事件からちょうど40年という節目の年を迎えている。本来ならば記念式典や関連イベントが開催されるはずだったのだが、コロナ禍で中止が相次ぐ中、4月末に大きな注目を集める裁判が開かれた。被告は全斗煥(チョン・ドファン)元大統領、光州事件の「主犯」ともいえる人物である。

 チョン氏は2017年に出版した『全斗煥回顧録』の中で、相変わらず「光州事件はアカ(共産主義者)によって煽られて起きた反乱」「ヘリからの銃撃は真っ赤なウソ」といった記述を繰り返し、事件の犠牲者に対する名誉毀損だとして市民団体から提訴されたのだ。裁判でも予想通り、容疑を否定し主張を貫くその姿には、自らが指揮した虐殺への反省も、犠牲者や遺族への謝罪も毛頭見られなかった。そこには、不当な裁判だと逆ギレしている元権力者の醜悪な本性しかなかった。

 ではその「光州事件」とは一体なんだったのか? なぜ40年という月日がたった今でも、韓国国民にとって「まだ終わっていない」事件として関心を集め続けているのか? このコラムでは5月に配信する2回にわたって光州事件を取り上げる。1回目は、ドイツ人記者と彼を乗せたタクシー運転手の目線から事件を描いた『タクシー運転手~約束は海を越えて』(チャン・フン監督、2017)を通して、歴史的な視点から事件の概要を振り返りたい。

 韓国では2017年5月、朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾・罷免に伴い、文在寅(ムン・ジェイン)が大統領に就任し、10年ぶりに進歩派政権が誕生した。進歩派政権はこれまでも光州事件の真相究明に力を入れてきたこともあり、前政権下では公開が厳しかったであろう、光州事件を題材にした映画が文政権下に公開されたこと自体は不思議ではない。驚くべきは、本作が観客動員1,200万人以上という大ヒットを記録したことだった。光州事件を扱った映画は、数は少ないもののこれまでにもあったが、完成度は別としてどうしても重苦しさが先に立ってしまい、ヒットはしにくいと考えられていたからだ。では本作の大ヒットの要因はなんだったのだろうか? 私見では、本作が「外側からの目線」で光州事件を描いたからではないかと思う。まずは物語から紹介しよう。

≪物語≫

 1980年のソウル。タクシー運転手のマンソプ(ソン・ガンホ)は、あちこちで繰り広げられる学生デモに悪態をつきながら車を走らせていた。ひょんなことからドイツ人記者ピーター(トーマス・クレッチマン)を光州まで乗せる仕事について聞きつけたマンソプは、大金に目がくらみ喜び勇んで向かうものの、光州への道路はなぜか軍人によって遮断されていた。

 検問を逃れ、なんとか光州にたどり着くも、そこにはデモ隊と軍隊が衝突する異様な光景が展開されていた。危ないから引き返そうとするマンソプだが、ピーターはカメラを向けて街を撮影し始める。ピーターと対立しつつも、大学生ジェシク(リュ・ジュンヨル)や光州のタクシー運転手(ユ・ヘジン)と知り合う中で、次第に事の重大さに気づいていくマンソプ。一人家で待つ娘を心配し、一度はソウルへ戻ろうとするマンソプだったが、光州での実態が捏造されて報道されている事実を知り、再び光州へと車を向かわせる。
 物語からもわかるように、マンソプは知識も教養もない一般「庶民」と呼べるような存在であり、当初学生デモにもまったく理解を示していなかった。そんな彼がソウルという「外側」から光州に入り、少しずつ真相に近づきながら権力者の横暴に目を覚ましていく、という作り方そのものが、私を含め多くの韓国人の共感を呼んだのではないだろうか。

 というのも、当時ほとんどの国民は軍事政権の捏造通り、光州事件をアカによる反乱だと信じ切っていたのだ。そして時が流れ、軍事政権が幕を下ろし、徐々に事件の全貌が明らかになるにつれて、外側の人々は軍事政権への怒りと同時に、事件から目をそらしてきた己の愚かさを恥じ、事件の犠牲者に対する罪悪感にさいなまれるようになっていった。いまさら光州事件を自分が語るのは図々しい……そんな複雑な思いを多くの人が抱いていたところに、マンソプが登場したのだ。自分と同じ目線を持つマンソプに感情移入し、事件を目の当たりにして次第に変わっていく彼に自分を重ね合わせる――本作の大ヒットの背景には、多くの韓国人(観客)に共有されていた、歴史をめぐる国民的心情があったと考えられる。

 ではここからは、光州事件についての歴史的な経緯を紹介していこう。光州事件は1980年5月18~27日にかけて、韓国南部の都市・光州で起こった反軍事独裁・民主化闘争運動である。その端緒は、79年10月26日の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺事件にまで遡る。朴の暗殺をきっかけに全斗煥による軍事クーデターが起こり、それに対する抵抗として光州事件は始まったのだ。

 暗殺から2カ月後の12月12日、全と盧泰愚(ノ・テウ、後に全に続いて大統領になる)らが率いる軍の組織がクーデターを起こして実権を掌握する。18年間にも及んだ朴の独裁政権が終わり、いよいよ韓国にも民主化の春が来ると思われた矢先だったため、社会全体からの反発は大きく、とりわけ大学の春休みが明けた80年4月以降は、大学生や労働者たちのデモが全国に拡大していった。

 全の率いる新軍部は、5月17日に集会の禁止や報道の事前検閲、大学の休校など戒厳令の拡大措置を発令、翌18日には他の大学と同じように、光州の全南(チョンナム)大学でも学生と戒厳軍が対峙したのだが、光州では戒厳軍が突然棒で手当たり次第に殴り始め、学生は次々と連行された。市民らが軍の過剰な暴力に驚き止めに入ると、軍は一般市民に対しても暴力を振るい、こうして市民を巻き込んだ光州事件が始まったのだ。

 19日、市民によるデモが大きくなるにつれ、戒厳軍も兵力を増やし、ついに市民に向けて発砲を開始した。この発砲を命じたのが誰かという問題は、現在でも大きな争点となっている。韓国の憲法に「国軍は、国家の安全保障および国土防衛の神聖なる義務を遂行することを使命とし」(第5条)とあるように、国民を守るはずの軍が主権者である国民に向かって発砲することは、いわば「反逆罪」にあたる。それだけの判断を最前線のいちチ軍人や作戦本部が行うはずもなく、軍のトップだった全が命令を下したことは間違いないものの、全自身が否定し続けているのが現実だ。20日には軍の銃撃に対抗して市民も武装を始め、組織化して軍の撤退や民主化を要求する声明を発表する。しかし軍による統制で孤立状態に陥っていた光州の声が外部に届くことはなかった。

 映画ではピーターが20日に光州に入り、命がけで撮影したフィルムを持って21日に脱出するが、光州ではその後も全羅南道庁を拠点に、市民軍が戒厳軍に対して応戦し続けた。膠着状態を打開しようとした戒厳軍は、大勢の兵力に加えて戦車をも光州に送り込み、ついに27日、道庁で最後まで抵抗した市民軍はほとんどが射殺されて、光州事件は「北朝鮮に煽られたアカによる反乱」として終結した。この日に道庁ではどれだけの市民軍が殺害されたかも正確にはなっていないし、光州事件全体を通じての犠牲者数も不明のままだ。ピーター(実際はユルゲン・ヒンツペーター)が持ち出したフィルムによって事件の映像が報道され、韓国は国際社会から批判されるものの、言論統制によって当時国民が真実に触れることはなかった。

 韓国ではその後も長きにわたって、徹底して事件の真相を捏造する新軍部に対し、真相を究明しようとする闘いが続いた。そしてついに軍事政権の終焉とともに発足した金泳三(キム・ヨンサム)政権下の95年、光州事件を検証するための「5・18特別法」が成立した。光州事件は「5・18民主化運動」と正式に名付けられ、「アカによる反乱」などではなく「戒厳軍の鎮圧に対して、民主主義のために光州の学生・市民らが命をかけて立ち向かった歴史的事件」と定義されて、5月18日は光州民主化運動の国家指定記念日となった。全斗煥と盧泰愚は虐殺の罪を問われてそれぞれ死刑・懲役刑を言い渡され(後に特別赦免)、軍による虐殺を司法が認めたことで、光州の犠牲は無駄ではなかったことが証明された。2011年には、事件の関連史料がユネスコの世界記憶遺産に登録され、犠牲者・遺族への補償や行方不明者の捜索は今もなお続けられている。

 以上が事件の全体像だが、そもそも当時各地でデモが起こっていたにもかかわらず、なぜ光州だけがこのような事態に陥ったのだろうか。その背景には、朴正煕政権時代に作られた根強い「地域差別」が存在している。1963年以来続いていた軍事独裁政権だったが、70年代前半、彼には手ごわい政敵がいた。金大中(キム・デジュン)である。軍事独裁打倒の先頭に立ち、国民からの熱い支持を受けていた金に対抗するため、朴は金をアカに仕立て上げ、金の出身地であった全羅道(光州を含む地方)の連中もアカだという間違った認識を広めていった。「全羅道出身者とは付き合うな」という差別意識は国全体に浸透し、テレビドラマに登場する汚れ役は、多くが全羅道の方言をしゃべっていたものだ。全もまたこの地域差別を利用し、アカたちの反乱を制圧した自分こそが大統領にふさわしいのだと見せつけようとした。光州事件は、政府による統制だけではなく、光州なら起こってもおかしくないという、外側の人々の「やっぱりね!」という誤った認識・偏見が、光州をスケープゴートに仕立ててしまったといえる。

 最後に、映画にまつわる後日談を紹介して終わりにしよう。ピーターのモデルとなったドイツ人記者ヒンツペーター氏は光州事件を世界に知らしめたことを評価され、2003年に韓国の権威ある言論賞を受賞、その時のスピーチでタクシー運転手キム・サボク氏に言及したことが映画製作のきっかけになったことはよく知られている。本作はほとんどが実話に基づいているが、ピーターに偽名を告げ、彼の受賞を街角でそっと見守るマンソプというラストは、作り手の温かな想像力によるものであり、映画の最後では再会がかなわないままヒンツペーター氏が他界した事実が語られていた。

 ところが、映画の公開後にキム・サボク氏の息子と名乗る人物が現れたことによって、サボク氏の消息が明らかになったのだ。息子によると、実際のサボク氏はマンソプのような庶民派運転手ではなく、外国人相手の観光ガイドを専門にしていた「ホテルタクシー」の経営者であり、早くから政治活動に参加、光州にも強い使命感を持って向かった人であることがわかった。そして、光州事件から4年後の84年、すでにがんで亡くなっていたことも。ヒンツペーター氏が必死でサボク氏を探していた時、彼はもうこの世に存在していなかったのだ。

 この報道を聞いて、私は少しばかりがっかりしてしまった。マンソプのようなキャラクターを期待していたのに、実はそんな「エラい」人だったのかと。だがそれと同時に、映画の力を実感したのも事実である。タクシー運転手の正体がわからなかったことで、ソン・ガンホ演じるマンソプが誕生し、彼だったからこそ多くの観客が映画に惹きつけられたのだから。本作が韓国国内に限らず、日本をはじめ外国でもヒットした要因もそこにあるに違いない。本作はこれからも末長く愛されてしかるべき映画だと思う。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』
発売元:クロックワークス 販売元:TCエンタテインメント
提供:クロックワークス/博報堂DYミュージック&ピクチャーズ
Blu-ray  5,184円(税込) / DVD 4,104円(税込)

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

聴覚・知的障害を持つ子どもたちへの性暴力を描いた韓国映画『トガニ』、社会と法律を変えた作品の強さ

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『トガニ 幼き瞳の告発』

 1本の映画が社会を変えることは可能だろうか――そんな疑問とともに思い出される作品がある。『トガニ 幼き瞳の告発』(ファン・ドンヒョク監督、2011)だ。聴覚・知的障害を持つ子どもたちが通う特別支援学校で実際に起きた、教職員による生徒たちへの性暴力事件を扱った本作は、韓国社会を大きく揺るがし、事件の結末までをも変えてしまったのだった。現在も韓国で、日本で、そして世界で絶え間なく起きている性犯罪だが、この事件はとりわけ「障害を持つ子ども」=自ら声を上げることができない最も弱い立場にある者への性暴力という点で卑劣極まりないものであった。今回のコラムでは、現実に起こった事件の推移と、映画がそれをどう変えたかを紹介していきたい。

≪物語≫

 韓国南部の街・霧津(ムジン)にある聾学校「慈愛学園」に美術教師として赴任したカン・イノ(コン・ユ)は、自分を警戒する生徒たちの態度や、夜中に女子トイレから聞こえる悲鳴など、校内の異様な雰囲気に疑念を抱く。ある日イノは、ヨンドゥ(キム・ヒョンス)、ユリ(チョン・インソ)、ミンス(ペク・スンファン)と彼の弟が、双子である校長と行政室長(チャン・グァンによる二役)、教師らに性的暴力や虐待を受けており、ミンスの弟はそのことが原因で自殺したと知る。イノは彼らを保護し、人権センターで働くソ・ユジン(チョン・ユミ)とともに告発するが、学園と結託した警察や教会団体の妨害に遭ってしまう。

 テレビ報道によってようやく校長らは逮捕され、裁判が行われる中でイノらは決定的な証拠にたどり着くも、司法の悪習によって、加害者たちは執行猶予で釈放される結果に。親が知的障害を持つことにつけ込まれて示談にされ、証言すら許されなかったミンスは、自らの手で復讐すると言い残し、家を出る。イノとユジンはミンスを探し回るが、待っていたのはさらに悲惨な現実だった。

 以上のあらすじを踏まえつつ、実際の事件の概要をまとめていこう。事件は2000~05年に光州市にある「インファ学校」という聾学校と、この学校の寮「インファ園」で起きた(映画の舞台になっているムジンは別の地名だが、霧深い町として有名なムジンは“真実を覆い隠す”という事件の本質のメタファーとして選ばれたのだろう)。校長をはじめ、行政室長(日本の事務局長にあたる)や教師ら計5人は、聴覚障害を持つ9歳と13歳の少女、7歳と9歳の少年、そして知的障害を持つ18歳の女性に対し、5年間にわたりレイプや性的虐待を繰り返していた。この学校は、校長と行政室長が兄弟、学校施設管理室長や寮長はその親族という、韓国独特のいわゆる「族閥経営」だった。この体制の一番の弊害は、血のつながりを最優先するがために、犯罪だろうがなんだろうがグルになって隠そうとするところにあり、彼らは一族で犯罪を繰り返しながら、それを隠し続けてきたのだ。信心深い教育者のツラをして最低な犯罪を続けてきたことに、今更ながら驚愕を禁じ得ない。

 この悪行は、一族ではない心ある教師の内部告発によって警察に通報され、校長らは逮捕される。裁判での厳しい刑の言い渡しが見込まれたが、結果は予想を大きく裏切るものだった。主犯格の校長は懲役2年6カ月に執行猶予3年、行政室長は懲役8カ月、教師3人のうち2人は懲役6カ月、残り1人は時効のため無罪と、あまりにも軽い判決だった。学校側と被害者の保護者との間に示談が成立したこと、それまでの地域社会への貢献が評価されたことなどがその理由だったが、本作にも描かれているように、退任して弁護士になった元検事・元裁判官に初弁護で勝たせてあげるという「前官礼遇」の忖度ゆえではないかと一部では疑われた。

 判決に猛反発した在校生や市民団体が抗議活動を行ったものの、自治体や教育庁など関係機関の態度は消極的で、その間に加害者はちゃっかり学校に復帰していった。内部告発した教師を解雇し、同調した他の教師らも罷免や停職させるなど、盗人猛々しいことこの上ないが、事件の記憶はすぐに忘れられていったのである。

 事件が世間の注目を集めるのは、作家コン・ジヨンによる小説『トガニ』(09)だった。裁判の終結を伝える新聞記事を読んだ彼女は、事件をこのまま闇に葬ってはならないと徹底的に調べ、作品を発表した。正直、小説自体の反響は決して大きくなかったのだが、そこに登場したのが人気俳優のコン・ユである。兵役中に小説を読んで衝撃を受けた彼は、絶対映画化すべきだと自ら本作を企画し、製作にこぎ着けた。そして内容的な問題から年齢制限(R-18)となったにもかかわらず、460万人という観客動員を記録。国民の関心と憤りに火をつけ、韓国社会を変えるきっかけとなったのだ。

 映画を見るとわかるように、本作の展開は決して観客にカタルシスを与えない。犯罪が正しく裁かれず、正義が敗北する裁判結果に私たちは納得できないし、主人公のイノでさえ、子どもたちに寄り添うだけで世界を変えるヒーローにはなれない。そんなすっきりしない結末はいうまでもなく、それがその時点での現実を反映しているからである。子どもたちが実際に感じたに違いない恐怖をわかりやすく提示するホラー映画のような前半と、公権力がいかに信頼できないものかを痛感させる後半は、映画的な快楽と消化不良を併せ持つ。また実際にはそうではないのに校長と行政室長を双子の設定にし、一人の俳優が演じることで、族閥経営である学園の体質を一瞬で観客に悟らせる。派手さを求めるのではなく、作品が伝えるべきことを的確に丁寧に表現した本作は、隠蔽と無関心がもたらした11年時点の現実を忠実に描いたからこそ、観客を動かすことができたのだろう。

 国民を怒らせたのは、弱い存在である子どもたちへの性暴力だけではない。事件の捜査を怠った警察、加害者にあまりにも軽い判決を下した司法など、本来なら子どもたちを守るべき立場の公権力が、むしろ加害者側に立っていた実態だった。事件の再捜査とやり直し裁判を求める声が一気に高まり、デモはもちろん、大統領府への国民の請願は10万人を超えた。国民の行動が尋常ではない様相を見せていることに驚いた国会・政府は、映画公開後わずか2カ月というこれまでにない早さで、当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領の指示による再捜査と、障害者や未成年への性暴力の厳罰化を盛り込んだ特例法の成立が実現した。当事者や市民団体からの訴えには無反応だった公権力を、まさに1本の映画が動かし、新しい法律まで作らせたのだ。

 とりわけ裁判の鍵となった「示談」(前述したように、映画では学校側が生徒の保護者の弱みに付け込んで示談に持ち込む様子が描かれる)とは関係なく処罰できるようにしたり、性犯罪の時効をなくして無期懲役も可能にするなど、以前に比べて被害者保護が強化されたこの法律は、本作のタイトルにちなんで「トガニ法」と呼ばれている。(「トガニ(도가니)」とは“るつぼ”を意味し、閉鎖空間に閉じ込められた状況を象徴する表現として使われる。外部との接点を持たない子どもたちが学校に閉じ込められていた状況をうまく言い表している)

 こうして振り出しに戻った裁判では、教師たちに対しては原審が認められたが、行政室長については更なる暴力行為が発覚したため、懲役8年の実刑が言い渡された(なお、校長はすでにがんで死去していた)。学校の運営法人は解散させられ、学校は廃校。現在光州市は学校の跡地に、障害者のための総合福祉施設の建設を進めている。これが、1本の映画が韓国社会に甚大な影響を及ぼし、現実を変えた結末である。

 だが20年のいま、性犯罪の実際はどうなっているだろうか。昨今の「#MeToo」運動が記憶に新しい中、韓国ではつい最近、新型コロナウイルス感染の大混乱さえも忘れさせる衝撃的な事件が発覚した。スマートフォンのチャットアプリを使って“ルーム”を作り、ルームごとに番号を振って女性たちの性的動画や写真を配信する会員制の闇サイトが摘発されたのだ。「n番部屋事件」と呼ばれるこの事件は、被害者の中に未成年の少女が16人も含まれていたこと、それ以上にサイトの会員数が26万人にも上るという事実に、社会全体があぜんとした。26万というおびただしい数の男たちが高額な「入場料」を支払い、騙された少女たちの裸の画像に殺到したのだ。このような性犯罪事件は韓国だけのものではないが、『トガニ』の教訓が社会に生かされていないばかりでなく、そこには女性を男性より下等な存在と見なす、韓国特有の思想と習慣があるように思う。この問題については、今後、別の映画に絡めて取り上げることになるだろう。

 最後に、インド出身の女性文芸評論家、ガヤトリ・C・スピヴァクの言葉を紹介したい。フェミニズムやポストコロニアルの分野で先鋭的な理論を展開するスピヴァクは、植民地支配やジェンダー、階級など、幾重もの抑圧を受ける弱い立場の「サバルタン」と呼ばれる存在が、自らを主張したり異議を唱える「声」すら持つことができない構造を理論化している。そのうえで、彼女はサバルタンたちの「沈黙の声」を世間に聞かせるための「媒介者」の必要性を強調する。媒介者によって「沈黙の声」は世の中に届けられ、社会に変化をもたらす「肉声」になるのだと。

 本作では、言葉を持たない聴覚障害児たちの文字通りの「沈黙の声」を、映画の中ではイノやユジンが、そして現実社会では小説やコン・ユが「媒介者」となって、観客の「肉声」を生み出したといえるだろう。「沈黙の声」に耳を傾ける「媒介者」がより多く存在すること。これこそが、弱き立場の人間が被害者となる性犯罪に立ち向かう方法なのだと、私は思う。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『ミッドナイト・ランナー』での「朝鮮族」の描かれ方と、徹底的「偏見」の背景とは

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『ミッドナイト・ランナー』

 「ディアスポラ(Diaspora)」という言葉がある。「離散」を意味し、何らかの形で祖国を離れ、新しい土地に定着して生きる人々を総称する言葉だ。韓国の近現代史には、日本に住む在日朝鮮人や中国の朝鮮族、旧ソ連のカレイスキー(高麗人)など、朝鮮半島にルーツを持つディアスポラが多数見受けられる。その背景には、日本による朝鮮の植民地支配の歴史がある。日本統治下での弾圧や貧困、戦争への徴用などをきっかけに、多くの朝鮮人が日本へ、中国へ、そして旧ソ連へと散らばっていったのだ。

 世界のどの民族のディアスポラもそうであるように、彼らは定着した新しい土地で、さまざまな差別や偏見と闘いながらマイノリティとしての歴史を築き、現在もなおたくましく生き続けている。いつかは祖国に帰りたいという思いを持ちつつも、移住した先の土着文化と自らの固有文化を融合させた第三の文化を形成し、文化的多様性を担うグローバルな存在でもある。例えば中国語と韓国語を流暢に話す朝鮮族には、日本や諸外国に留学して更に異なる言語を習得し、世界を股にかけて活躍する優秀な人も数多い。

 ディアスポラの話から始めたのは、今回取り上げる『ミッドナイト・ランナー』(キム・ジュファン監督、2017)の中で、物語を成り立たせる上で欠かせない「悪役」として朝鮮族が描かれているからだ。人気俳優が主演し、韓国で大ヒットを遂げた青春アクション映画である本作だが、コラムでは主人公たちの敵となる朝鮮族の描かれ方について考えてみたい。まずは映画の紹介から始めよう。

≪物語≫

 肉体派のギジュン(パク・ソジュン)と頭脳派のヒヨル(カン・ハヌル)は警察大学の同級生。二人はある晩、女の子との出会いを求めて遊びに行ったクラブからの帰り道に、若い女性が車で連れ去られる現場を目撃する。二人は早速、学校で習った捜査の知識を総動員し、チャイナタウンにある犯人のアジトにたどり着く。犯人たちは、若い女性たちの卵子を集め、不妊治療の病院に不法に売りつけるといった犯罪に手を染めた朝鮮族だった。女の子たちを助けようと立ち向かう二人だったが、逆に捕まって監禁されてしまい、辛うじて脱出するも、ほかの捜査が詰まっているからと警察からは後回しにされてしまう。正義感と使命感に燃える二人は、ついに自分たちの手で女性たちを救出しようと計画を立てる。

 韓国の警察大学とは、警察組織の初級幹部を育成するための国立大学で、卒業後には日本の警部補にあたる「警衛」として任用される。学費無料で警察公務員としての将来が保証されるため、競争率の非常に高い難関大学だ。日本の防衛大学のイメージに近いかもしれない。

 監督が「二人の青年の友情と熱い正義感、警察幹部候補としての使命感を通して、就職や経済的な面で苦しんでいる昨今の韓国の若者たちに勇気と希望を与えたかった」と語るように、犯罪捜査と青春をうまく掛け合わせ、男性コンビが大活躍するいわゆる「バディもの」である本作は、スカッとさせるアクションや笑いと涙を誘う物語が好評となり、観客動員560万人を超えるヒット作となった。『パラサイト 半地下の家族』でのキム家・長男の友達役の記憶も新しいパク・ソジュンと、ドラマ『ミセン』『麗』などに出演し、日本でも人気の高いカン・ハヌルという若手俳優の共演や、警察大学という珍しい舞台設定もヒットに一役買ったといえるだろう。

 だがその一方で、劇中に描かれている犯罪グループの描き方をめぐっては、上映禁止を求めて訴訟にまで発展するトラブルが起こった。実は日本語字幕には訳されていないため、日本の観客にはピンとこないと思うのだが、犯罪グループのメンバーが「凶悪な犯罪を起こす朝鮮族」であり、「彼らが暮らすソウルの下町、デリムドンは犯罪の温床」という設定が、差別的で誤解や悪いイメージを与えかねないとして、在韓朝鮮族団体が猛反発したのだ。訴えは退けられ、上映が中止されることはなかったものの、韓国の若者に勇気と希望を与えたいという若手監督の素朴な願いは、皮肉にも差別的でステレオタイプ化されたイメージを朝鮮族にもたらしてしまったのである。

 私自身、男二人が友情を育んでいく様子を描く前半では、どこか照れくささを覚えながらほほ笑ましく見ていたのだが、犯人グループを追いかけて乗り込んだタクシーの運転手の「ここは朝鮮族の街だ。犯罪が頻発して真っ昼間でも怖くて出歩けない。治安も悪く、警察すら入らない」というセリフを聞いて、またかとあきれてしまった。デリムドンがチャイナタウンであることは事実だが、日本の横浜・中華街と同様、むしろ観光名所としていつもにぎわっている。映画の後半になると、完全に「主人公=正義」と「朝鮮族=悪」という二項対立の構図になり、独特な訛りのある朝鮮族の韓国語が過剰に耳に残る(韓国語がわからなくても、耳を澄ましてみるとイントネーションの違いがわかると思う)。

 だが実は、朝鮮族のこのような描写は本作が初めてではない。『哀しき獣』(10)、『新しき世界』(13)、『コインロッカーの女』(15)、そして『犯罪都市』(17)など、近年の韓国映画には「朝鮮族犯罪映画」ともいえる流れが生じており、これらの映画を通して作り上げられた悪いイメージがそのまま「朝鮮族嫌悪」となって朝鮮族全体に向けられてきたのだ。本作も含めて上に挙げた映画は、作品としての出来や評価とは別に、朝鮮族の表象において強い影響力を持っているので、これでは朝鮮族団体が怒るのも当然だろう。

 映画の影響も大きかったとはいえ、「우리 민족(我が民族)」という言い回しが大好きなはずの韓国人は、なぜ他民族ではない「朝鮮族」を嫌悪するようになってしまったのだろうか? 歴史的な話になってしまうが、韓国と朝鮮族をめぐる「ディアスポラから再会まで」の経緯を、ここで簡単に紹介しよう。

 朝鮮族は、主に中国の東北3省(遼寧・吉林・黒竜江)に居住する少数民族としての朝鮮人を意味する。この地域への朝鮮人移住の背景には、二つの歴史的変動があり、一つは1881年に清朝が実施した封禁政策の解除である。清朝発祥の地であるこれらの地方に、清は長い間外国人を入れないようにしていたのだが、漢人や朝鮮人による不法移住が続いたため、解除せざるを得なくなったのだ。とりわけ朝鮮人の場合は、長く続いた凶作による飢餓や貧困から逃れる目的が大半だった。

 もう一つは、1910年の日韓併合後、日本の植民地支配から逃れるための朝鮮人の大量流出だ。東北3省は旧満州に当たる地域で、特に抗日闘争の拠点としても重要な役割を果たしたことで知られるが、45年の独立後も中国の解放闘争や朝鮮戦争の混乱の中、半島に戻れない朝鮮人が多く残ったままだった。そして55年、中国の少数民族優遇政策のもと、延辺朝鮮族自治州(吉林省)が成立し、朝鮮の言語や文化、伝統を守りながら現在に至るまでディアスポラとして生活している。

 韓国が朝鮮族との「再会」を果たしたのは、まだ中国と韓国の間に国交がなかった79年のこと。文化大革命の後、中国政府が人道政策の一環として、中国内の朝鮮族に韓国訪問を許可したのだ。当時朝鮮半島をめぐって、日本・韓国・中国・北朝鮮の間で「地域平和のため」人的交流の必要性が共通認識されたことも後押しとなり、まずは中国政府によって厳選された朝鮮族が韓国を訪問した後、88年のソウルオリンピック開催や92年の中韓国交回復によってその数は急増した。およそ70万人が韓国に帰国しているが、現在も中国に暮らす朝鮮族も、いまだ180万人ほどいる。

 以上のような経緯で、朝鮮族は再び朝鮮半島に戻り、韓国人として暮らすようになったのだが、その数が増えるにつれて当然犯罪者も出始めた。犯罪者は朝鮮族のごく一部にすぎないが、何かあればすぐにメディアが大きく取り上げ、まるで朝鮮族そのものに問題があるかのような悪いイメージが作り出されていった。インターネットで「朝鮮族」を検索すると、瞬く間に「殺人」「組織暴力」「臓器売買」「結婚詐欺」「オレオレ詐欺」といったワードが後に続く。

 とりわけ私を驚愕させたのは、韓国公共放送KBSのお笑い番組だった。映画『哀しき獣』に登場する朝鮮族マフィアのコスプレをしたお笑い芸人たちが、オレオレ詐欺をするというコントが、ほぼ1年間にわたって毎週放送されたのだ。しかも、年間で最も優れた番組を表彰する「KBS芸能大賞」のお笑い部門で、このコントが「最優秀アイディア賞」を受賞するという始末。朝鮮族の当事者や2世、3世の子どもたちがどんな思いをするか、そんな当たり前の想像力すら持てないこの公共放送の徹底した無神経ぶりに、私は心の底から失望した。

 こんな状況を生んだ責任は、犯罪ばかりをクローズアップして報じてきたメディアにあると断言できる。韓国に暮らす70万人の朝鮮族を潜在的な犯罪者として扱うのは、あまりに理不尽だ。にもかかわらず、メディアが量産したステレオタイプを無批判に取り込み、その再生産に加担した映画の責任も無視できない。韓国映画は、一体いつになったら本当の意味で朝鮮族を「描ける」ようになるのだろうか? 在日朝鮮人の中から崔洋一や李相日といった監督が輩出されたように、後の世代を待たなければいけないのだろうか?

 韓国に留学した際に受けた朝鮮族に対する日常的な差別を『日本人のための「韓国人と中国人」――中国に暮らす朝鮮族作家の告白』(原題の直訳は『韓国はない』)として上梓した作家・金在国は、韓国での差別がむしろ「中国人である自分に気づかせてくれた」といい、「私の名前はキム・ジェグク(韓国語読み)ではない。ジン・ザイグォー(中国語読み)だ」と語る。彼のみならず、恐らく多くの朝鮮族にとって韓国との再会は、「同じ民族同士の喜び」から「他者という失望」へと変容しているだろう。だがそれでも、再び「再会の喜び」を手にする日への希望は持っていたい、と思う。

 歴史について多く語ってしまったが、最後に再び映画の話題に戻って終わることにしよう。なんでも日本では4月から、本作『ミッドナイト・ランナー』のドラマ版が放送されるらしい。主演はジャニーズの中でも乗りに乗っているSexy Zoneの中島健人とKing&Princeの平野紫耀。『未満警察 ミッドナイトランナー』(日本テレビ系)と題されたこのドラマ、日本を舞台に、果たしてどんな「敵」が待ち受けているのだろうか?

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『ミッドナイト・ランナー』での「朝鮮族」の描かれ方と、徹底的「偏見」の背景とは

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『ミッドナイト・ランナー』

 「ディアスポラ(Diaspora)」という言葉がある。「離散」を意味し、何らかの形で祖国を離れ、新しい土地に定着して生きる人々を総称する言葉だ。韓国の近現代史には、日本に住む在日朝鮮人や中国の朝鮮族、旧ソ連のカレイスキー(高麗人)など、朝鮮半島にルーツを持つディアスポラが多数見受けられる。その背景には、日本による朝鮮の植民地支配の歴史がある。日本統治下での弾圧や貧困、戦争への徴用などをきっかけに、多くの朝鮮人が日本へ、中国へ、そして旧ソ連へと散らばっていったのだ。

 世界のどの民族のディアスポラもそうであるように、彼らは定着した新しい土地で、さまざまな差別や偏見と闘いながらマイノリティとしての歴史を築き、現在もなおたくましく生き続けている。いつかは祖国に帰りたいという思いを持ちつつも、移住した先の土着文化と自らの固有文化を融合させた第三の文化を形成し、文化的多様性を担うグローバルな存在でもある。例えば中国語と韓国語を流暢に話す朝鮮族には、日本や諸外国に留学して更に異なる言語を習得し、世界を股にかけて活躍する優秀な人も数多い。

 ディアスポラの話から始めたのは、今回取り上げる『ミッドナイト・ランナー』(キム・ジュファン監督、2017)の中で、物語を成り立たせる上で欠かせない「悪役」として朝鮮族が描かれているからだ。人気俳優が主演し、韓国で大ヒットを遂げた青春アクション映画である本作だが、コラムでは主人公たちの敵となる朝鮮族の描かれ方について考えてみたい。まずは映画の紹介から始めよう。

≪物語≫

 肉体派のギジュン(パク・ソジュン)と頭脳派のヒヨル(カン・ハヌル)は警察大学の同級生。二人はある晩、女の子との出会いを求めて遊びに行ったクラブからの帰り道に、若い女性が車で連れ去られる現場を目撃する。二人は早速、学校で習った捜査の知識を総動員し、チャイナタウンにある犯人のアジトにたどり着く。犯人たちは、若い女性たちの卵子を集め、不妊治療の病院に不法に売りつけるといった犯罪に手を染めた朝鮮族だった。女の子たちを助けようと立ち向かう二人だったが、逆に捕まって監禁されてしまい、辛うじて脱出するも、ほかの捜査が詰まっているからと警察からは後回しにされてしまう。正義感と使命感に燃える二人は、ついに自分たちの手で女性たちを救出しようと計画を立てる。

 韓国の警察大学とは、警察組織の初級幹部を育成するための国立大学で、卒業後には日本の警部補にあたる「警衛」として任用される。学費無料で警察公務員としての将来が保証されるため、競争率の非常に高い難関大学だ。日本の防衛大学のイメージに近いかもしれない。

 監督が「二人の青年の友情と熱い正義感、警察幹部候補としての使命感を通して、就職や経済的な面で苦しんでいる昨今の韓国の若者たちに勇気と希望を与えたかった」と語るように、犯罪捜査と青春をうまく掛け合わせ、男性コンビが大活躍するいわゆる「バディもの」である本作は、スカッとさせるアクションや笑いと涙を誘う物語が好評となり、観客動員560万人を超えるヒット作となった。『パラサイト 半地下の家族』でのキム家・長男の友達役の記憶も新しいパク・ソジュンと、ドラマ『ミセン』『麗』などに出演し、日本でも人気の高いカン・ハヌルという若手俳優の共演や、警察大学という珍しい舞台設定もヒットに一役買ったといえるだろう。

 だがその一方で、劇中に描かれている犯罪グループの描き方をめぐっては、上映禁止を求めて訴訟にまで発展するトラブルが起こった。実は日本語字幕には訳されていないため、日本の観客にはピンとこないと思うのだが、犯罪グループのメンバーが「凶悪な犯罪を起こす朝鮮族」であり、「彼らが暮らすソウルの下町、デリムドンは犯罪の温床」という設定が、差別的で誤解や悪いイメージを与えかねないとして、在韓朝鮮族団体が猛反発したのだ。訴えは退けられ、上映が中止されることはなかったものの、韓国の若者に勇気と希望を与えたいという若手監督の素朴な願いは、皮肉にも差別的でステレオタイプ化されたイメージを朝鮮族にもたらしてしまったのである。

 私自身、男二人が友情を育んでいく様子を描く前半では、どこか照れくささを覚えながらほほ笑ましく見ていたのだが、犯人グループを追いかけて乗り込んだタクシーの運転手の「ここは朝鮮族の街だ。犯罪が頻発して真っ昼間でも怖くて出歩けない。治安も悪く、警察すら入らない」というセリフを聞いて、またかとあきれてしまった。デリムドンがチャイナタウンであることは事実だが、日本の横浜・中華街と同様、むしろ観光名所としていつもにぎわっている。映画の後半になると、完全に「主人公=正義」と「朝鮮族=悪」という二項対立の構図になり、独特な訛りのある朝鮮族の韓国語が過剰に耳に残る(韓国語がわからなくても、耳を澄ましてみるとイントネーションの違いがわかると思う)。

 だが実は、朝鮮族のこのような描写は本作が初めてではない。『哀しき獣』(10)、『新しき世界』(13)、『コインロッカーの女』(15)、そして『犯罪都市』(17)など、近年の韓国映画には「朝鮮族犯罪映画」ともいえる流れが生じており、これらの映画を通して作り上げられた悪いイメージがそのまま「朝鮮族嫌悪」となって朝鮮族全体に向けられてきたのだ。本作も含めて上に挙げた映画は、作品としての出来や評価とは別に、朝鮮族の表象において強い影響力を持っているので、これでは朝鮮族団体が怒るのも当然だろう。

 映画の影響も大きかったとはいえ、「우리 민족(我が民族)」という言い回しが大好きなはずの韓国人は、なぜ他民族ではない「朝鮮族」を嫌悪するようになってしまったのだろうか? 歴史的な話になってしまうが、韓国と朝鮮族をめぐる「ディアスポラから再会まで」の経緯を、ここで簡単に紹介しよう。

 朝鮮族は、主に中国の東北3省(遼寧・吉林・黒竜江)に居住する少数民族としての朝鮮人を意味する。この地域への朝鮮人移住の背景には、二つの歴史的変動があり、一つは1881年に清朝が実施した封禁政策の解除である。清朝発祥の地であるこれらの地方に、清は長い間外国人を入れないようにしていたのだが、漢人や朝鮮人による不法移住が続いたため、解除せざるを得なくなったのだ。とりわけ朝鮮人の場合は、長く続いた凶作による飢餓や貧困から逃れる目的が大半だった。

 もう一つは、1910年の日韓併合後、日本の植民地支配から逃れるための朝鮮人の大量流出だ。東北3省は旧満州に当たる地域で、特に抗日闘争の拠点としても重要な役割を果たしたことで知られるが、45年の独立後も中国の解放闘争や朝鮮戦争の混乱の中、半島に戻れない朝鮮人が多く残ったままだった。そして55年、中国の少数民族優遇政策のもと、延辺朝鮮族自治州(吉林省)が成立し、朝鮮の言語や文化、伝統を守りながら現在に至るまでディアスポラとして生活している。

 韓国が朝鮮族との「再会」を果たしたのは、まだ中国と韓国の間に国交がなかった79年のこと。文化大革命の後、中国政府が人道政策の一環として、中国内の朝鮮族に韓国訪問を許可したのだ。当時朝鮮半島をめぐって、日本・韓国・中国・北朝鮮の間で「地域平和のため」人的交流の必要性が共通認識されたことも後押しとなり、まずは中国政府によって厳選された朝鮮族が韓国を訪問した後、88年のソウルオリンピック開催や92年の中韓国交回復によってその数は急増した。およそ70万人が韓国に帰国しているが、現在も中国に暮らす朝鮮族も、いまだ180万人ほどいる。

 以上のような経緯で、朝鮮族は再び朝鮮半島に戻り、韓国人として暮らすようになったのだが、その数が増えるにつれて当然犯罪者も出始めた。犯罪者は朝鮮族のごく一部にすぎないが、何かあればすぐにメディアが大きく取り上げ、まるで朝鮮族そのものに問題があるかのような悪いイメージが作り出されていった。インターネットで「朝鮮族」を検索すると、瞬く間に「殺人」「組織暴力」「臓器売買」「結婚詐欺」「オレオレ詐欺」といったワードが後に続く。

 とりわけ私を驚愕させたのは、韓国公共放送KBSのお笑い番組だった。映画『哀しき獣』に登場する朝鮮族マフィアのコスプレをしたお笑い芸人たちが、オレオレ詐欺をするというコントが、ほぼ1年間にわたって毎週放送されたのだ。しかも、年間で最も優れた番組を表彰する「KBS芸能大賞」のお笑い部門で、このコントが「最優秀アイディア賞」を受賞するという始末。朝鮮族の当事者や2世、3世の子どもたちがどんな思いをするか、そんな当たり前の想像力すら持てないこの公共放送の徹底した無神経ぶりに、私は心の底から失望した。

 こんな状況を生んだ責任は、犯罪ばかりをクローズアップして報じてきたメディアにあると断言できる。韓国に暮らす70万人の朝鮮族を潜在的な犯罪者として扱うのは、あまりに理不尽だ。にもかかわらず、メディアが量産したステレオタイプを無批判に取り込み、その再生産に加担した映画の責任も無視できない。韓国映画は、一体いつになったら本当の意味で朝鮮族を「描ける」ようになるのだろうか? 在日朝鮮人の中から崔洋一や李相日といった監督が輩出されたように、後の世代を待たなければいけないのだろうか?

 韓国に留学した際に受けた朝鮮族に対する日常的な差別を『日本人のための「韓国人と中国人」――中国に暮らす朝鮮族作家の告白』(原題の直訳は『韓国はない』)として上梓した作家・金在国は、韓国での差別がむしろ「中国人である自分に気づかせてくれた」といい、「私の名前はキム・ジェグク(韓国語読み)ではない。ジン・ザイグォー(中国語読み)だ」と語る。彼のみならず、恐らく多くの朝鮮族にとって韓国との再会は、「同じ民族同士の喜び」から「他者という失望」へと変容しているだろう。だがそれでも、再び「再会の喜び」を手にする日への希望は持っていたい、と思う。

 歴史について多く語ってしまったが、最後に再び映画の話題に戻って終わることにしよう。なんでも日本では4月から、本作『ミッドナイト・ランナー』のドラマ版が放送されるらしい。主演はジャニーズの中でも乗りに乗っているSexy Zoneの中島健人とKing&Princeの平野紫耀。『未満警察 ミッドナイトランナー』(日本テレビ系)と題されたこのドラマ、日本を舞台に、果たしてどんな「敵」が待ち受けているのだろうか?

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『レッド・ファミリー』に見る、北朝鮮スパイの描かれ方の変遷とその限界

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

レッド・ファミリー

 『うつせみ』(2004)や『嘆きのピエタ』(12)など、奇抜な物語と過激な映像表現で「鬼才」と称され、世界有数の映画祭で数々の賞を受賞してきたキム・ギドク監督。そんな彼が製作・シナリオ・編集を手掛け、愛弟子のイ・ジュヒョン監督にメガホンを取らせたことで注目を集めたのが本作、『レッド・ファミリー』(13)だ。朝鮮半島南北分断の現実を北のスパイ団と南の一家族を通してユーモラスかつシリアスに描き、高い評価を獲得。日本でも第26回東京国際映画祭で観客賞を受賞している。

 韓国映画における「スパイ映画」は、朝鮮戦争直後の『運命の手』(ハン・ヒョンモ監督、1954)に始まり、昨年日本で公開された『工作 黒金星と呼ばれた男』(ユン・ジョンビン監督、2018)に至るまで、数えきれないほど作られてきた。それぞれの作品を掘り下げていくと、政権が替わるごとに、映画の内容やスパイそのものの描き方も変化していることがうかがえる。何よりも「反共」を国是としていた軍事政権下でのスパイ映画は、韓国に混乱をもたらし、社会転覆を狙って暗躍する北朝鮮のスパイを一網打尽にする物語がほとんどだった。映画に登場する北のスパイは、平気で韓国の人々を殺す殺人鬼であって、感情のある「人間」ではなかった。

 ところが90年代に入って民主化が進むと、スパイ映画にも変化が現れ始める。とりわけ、北朝鮮に対するそれまでの敵対政策から、平和と共存を目指す、いわゆる「太陽政策」への転換を打ち出したキム・デジュン政権と、これを受け継いだノ・ムヒョン政権下では、「我々は同じ民族」と訴える映画が量産された。スパイ映画のテーマが、イデオロギー(反共)からナショナリズム(民族的同一性)へと大きく流れを変えたのだ。『SPY リー・チョルジン 北朝鮮から来た男』(チャン・ジン監督、99)や『二重スパイ』(キム・ヒョンジョン監督、03)など、この時期に作られた映画において北のスパイは、もはや殺人鬼ではなく、喜怒哀楽の感情や内面を持つ一人の人間として描かれていた。

 このような流れは、保守派政権が続いたイ・ミョンバクからパク・クネ時代にも止めることはできなかった。かつての軍事政権時代とは比べ物にならないほど進歩した民主的社会と、それに伴う北朝鮮に対する認識の変化によって、国民は昔のような「北朝鮮=悪の塊」という単純で時代遅れのプロパガンダにはもう騙されなくなっていたからだ。こうした流れの中で作られたのが本作である。

<物語>

 仲良し家族のスンヘ(キム・ユミ)一家の本当の姿は、韓国に送り込まれた北朝鮮のスパイ団「ツツジ班」だ。妻役のスンヘは班長として、夫役のジェホン(チョン・ウ)と娘役のミンジ(パク・ソヨン)、祖父役のミョンシク(ソン・ビョンホ)を率いて、脱北者など裏切り者の暗殺や、軍事施設の情報収集を行っている。一方、隣に暮らす韓国人一家は、身勝手で金遣いの荒い妻(カン・ウンジン)と、彼女に振り回される夫(パク・ビョンウン)の喧嘩が絶えず、息子のチャンス(オ・ジェム)や祖母(カン・ドウン)は途方に暮れている。スンヘらはそんな隣家を資本主義のクズだと軽蔑するが、ミンジとチャンスが親しくなり家族同士の交流が始まると、次第に憧れを抱くようになる。そんな中、とある事情から「北朝鮮にいる家族のために手柄を立てよう」と焦ったスンヘは、スパイとして大きなミスを犯してしまい、「ツツジ班」のメンバーが処刑の危機に。「ミスを挽回したいなら隣の家族を始末しろ」と命じられたスンヘらは、命令を果たすべく、彼らを誘って旅に出る。だが旅先では思わぬ結末が待っていた。

 「隣の仲良し家族が、実は北の恐ろしいスパイだった」という設定は、韓国映画だからこそリアルさを感じられる。実際、南北に分断されてからの北朝鮮は、物売りを装ったスパイから武装スパイまで、ありとあらゆる形で韓国にスパイを送り続けてきたからだ。本作のように祖父から孫まで3世代家族に模したスパイというのは、さすがに検挙例がないものの、夫婦を装ったスパイ事件は数多く存在することからも、本作の設定はまったくあり得ない話ではない。

 夫婦スパイといえば、97年に韓国社会を震撼させた「夫婦スパイ団事件」が有名だ。当時の報道によれば、「内乱煽動、要人暗殺、情報収集」を任務として夫婦を装って送り込まれた彼らは、潜入後まもなく左派の政治団体関係者に近づこうとして怪しまれ、すぐに警察に通報され、あっけなく捕まってしまった。妻役のスパイは逮捕直後に隠し持っていた毒を飲んで自殺、そして夫役のスパイの供述に韓国社会は震え上がることになる。

 ひとつは、韓国に張り巡らされた北朝鮮のスパイ組織網には、ソウル大学の教授や地下鉄の運転手が含まれているということ。供述によってこれらの組織はすぐに潰されてしまったものの、スンヘ一家のように身近な存在の中にスパイが潜んでいたという事実は、軍事政権の終焉後、薄れつつあった北朝鮮の脅威を改めて韓国国民に実感させた。中でもソウル大のある教授は、60年代から30年以上にわたってスパイ活動を続けてきたというから驚きだ。

 北のスパイは、北朝鮮から直接送り込まれる「直派スパイ」と、韓国人になりすまして定着した者や彼らに抱き込まれた韓国人スパイを指す「固定スパイ」の大きく2種類に分けられる。調べによると約2万人は存在するといわれる固定スパイの中には、ソウル大の教授のように、朝鮮戦争で生き別れ、北に残された家族を人質にスパイ活動を強要される韓国人もいるという。本作でもスンヘらツツジ班のメンバーは、仲間が失敗したり裏切ったりすることで、北にいる本当の家族に危害が及ぶことを常に恐れていた。

 もうひとつの供述は、夫婦スパイ事件の半年前に起きた「イ・ハンヨン暗殺事件」に関わるものだった。イ・ハンヨンとは、キム・ジョンイル総書記の前妻ソン・ヘリムの甥にあたる人物。スイス留学中の82年に韓国に亡命、その後は総書記家族の暴露本を出版したり、北朝鮮の体制批判をしたりして常に暗殺の危険にさらされていた。韓国の情報当局KCIAは当然彼の身辺警護にあたっていたが、一瞬の隙をついてイ・ハンヨンは暗殺されてしまった。韓国側は犯人逮捕に失敗、北朝鮮は暗殺への関与を否定し続けたのだが、捕まった夫役スパイの供述で、北のスパイによる犯行であったことが明らかになった。

 「イ・ハンヨン暗殺事件」の衝撃は大きく、保守系メディアは「安保不感症」「だらけた反共精神を引き締めよ」と鼻息を荒くし、巷では「早朝に背広姿で山から下りる者はスパイだ」とか、「タバコの値段を知らない者がいたら通報せよ」といった、ひと昔前のスパイの見分け方が再び取り沙汰された。本作での、北を批判する脱北知識人暗殺の場面は、もしかしたらこの事件がモチーフになっているのかもしれない。

 一方で、これらの一連のスパイ事件を、政府によるでっち上げだと危惧する声も少なからずあった。軍事政権下の60~80年代には、反政府的知識人や大学生らをスパイに仕立て上げて弾圧を正当化するやり方が横行していたからだ。もちろん「密室・拷問」が当たり前だった軍事政権とは違い、97年当時の政府は捜査から逮捕まですべてオープンにしていたので、懸念にすぎなかったわけだが、韓国ではスパイや暗殺といった映画のような話が、今でも十分現実に起こり得るのだ。

 だが、以上のような背景と照らし合わせて本作を見ると、ひとつ気になることがある。北のスパイを「脅威」としてではなく「同化」できる同じ民族・人間として捉えるのはよいのだが、その同化とは、あくまでも「韓国への同化」だということだ。とりわけ、ラストシーンでのスンへらによるチャンス家族の過剰な「真似」は、それを強く物語っている。北朝鮮のスパイたちは、欠点は多いものの、のどかに暮らしている韓国人家族を夢見る展開になっているのだ。

 本作だけではなく、ナショナリズム(民族的同一性)を強調するようになってからのスパイ映画のひとつの共通点は、最終的には「韓国の良さ」を際立たせているということだ。これも捉え方によっては、「人権意識もない、過酷で劣悪な北朝鮮」「人間らしく生きられる幸せな韓国」といった単純な二項対立の図式を通し、良しあしを決め付けるプロパガンダになり得るのではないだろうか。そういう意味では、表現の違いこそあれ、昔も今もあまり変わっていないといえるかもしれない。強いて言うなら、「ハードな反共」が「ソフトな反共」に変わっただけということか。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

※サイゾーウーマン編集部より
今回取り上げました『レッド・ファミリー』の製作・シナリオ・編集を手掛けたキム・ギドク氏は2017年、監督作『メビウス』(13) 撮影中に出演女優に平手打ちをし、 事前台本にはなかった性行為シーンやヌードシーンを強要したとして告発されました。そのうち、平手打ちなどの暴行については、罰金500万ウォン(約50万円)の略式命令が下っています。また18年には、別の2人の女優がテレビ番組で、キム・ギドク氏のセクハラ行為やレイプを訴えています。

編集部として、 彼の行為は決して許されるものではなく、断罪されてしかるべきものだったと確信していますが、今回、「韓国映画におけるスパイの描かれ方の変遷」というテーマを語る上で、『レッド・ファミリー』 を取り上げることが最適だと考えました。性暴力加害者を支援する意図、 間接的とはいえ作品を取り上げることで彼の経済活動を援助する意図はないことを、改めて表明します。

難解といわれる韓国映画『哭声/コクソン』、國村隼が背負った“韓国における日本”を軸に物語を読み解く

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『哭声/コクソン』

 ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を席巻したことで、世界的にも改めて見直されている韓国映画。少しでも韓国映画に興味を持った人が早い段階で出会うであろう作品が“問題作”『哭声/コクソン』(ナ・ホンジン監督、2016)だ。日本でも人気が高く、「おすすめの韓国映画」「見るべき韓国映画」といった類いのランキングには必ず入ってくる作品なのだ。

 同作は、シャーマニズムやキリスト教などの宗教的世界観をベースに、ある村で起こる不可解な事件に住人たちが惑わされる物語。韓国映画には珍しいオカルト映画だ。美しくも不気味な映像、予断を許さないスリリングな展開で最後まで目を離せないのは事実だが、釈然としない結末に見終えてからも悶々と考え続けてしまう。実際韓国のネット上でも、公開と同時にキャラクターや結末の解釈をめぐって議論が絶えなかった。そうした反響や日本のベテラン俳優・國村隼の怪演も手伝ってか、観客動員680万人を超える大ヒットを記録した。

 ちなみにタイトルの「哭声」は「泣き叫ぶ声」という意味だが、映画の舞台となり、撮影も行われた村「谷城」もまったく同じ発音・表記で「곡성<コクソン>」という。実は、撮影終了後、「悪霊の村という悪いイメージがつく」として村人たちが猛反発、上映反対の動きまで見せたため、制作会社が漢字「哭声」の併記を約束してようやく騒ぎが収まったという。ところがいざ公開されてみると、映画は予想以上に大ヒット。ロケ地を一目見ようと村を訪れる観光客が急増したため、住民たちは大喜び、ガイドをしたり便宜を図ったりと忙しかったようだ。

 ナ・ホンジン監督は、本作をさまざまな解釈ができる「開かれた結末」にしたと明かし、インタビューで結末に話が及ぶと「みなさんの解釈は、どれもすべて正解です」と答えている。それゆえに賛否が真っ二つに分かれているともいえよう。冒頭で述べたように、結末の解釈は私にとっても謎のままだが、今回は作品全体をどう読み解くのかをメインに考えていきたい。

【物語】

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

  山間部に位置する村「谷城<コクソン>」で惨殺事件が相次ぎ、村人たちは恐怖に包まれる。警察は毒キノコにより幻覚を起こした者による殺人事件と判断するが、犯人たちは次々と不可解な死を遂げる。次第に、最近山に住み着いた日本人(國村、以下「よそ者」)の仕業ではないかというウワサが広まっていく。最初こそ話半分で聞いていた警察官のジョング(クァク・ドウォン)だが、現場を目撃したという神出鬼没な女ムミョン(チョン・ウヒ)の話を聞いてから信じ始める。

 そんな中、ジョングの娘ヒョジン(キム・ファニ)の体に犯人たちと同じような湿疹が現れ、普段のヒョジンからは想像できないような粗暴な言動が見られるようになる。ジョングはよそ者を村から追い出そうとし、さらに、祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)を呼んで悪霊祓いの儀式も行うが、娘の容体は悪化するばかり。怒り狂ったジョングは村人を集め、よそ者退治を試みるも失敗する。だが、その帰り道、ムミョンによって突き落とされたのか、よそ者は崖から落ちてジョングの運転するトラックにぶつかって死んだ。これで一件落着かと安心するジョングだが、ヒョジンは治らず、惨殺事件も終わらない。

 絶望するジョングの前に忽然と現れたムミョンは、よそ者と祈祷師がグルだと断言。ヒョジンを守りたければ言う通りにしろと忠告するが、同時に祈祷師から電話で「女(ムミョン)こそが村を滅ぼそうとする悪魔だ」と言われたジョングは、ムミョンの忠告を守らず、その結果、ジョングの家族にも惨殺事件が起きてしまう。一方、よそ者はまだ生きていた。その正体を暴くべく、教会の助祭のイサム(キム・ドユン)がよそ者の元を訪れる。だが、そこで目にしたのは、「疑うな」という聖書の一節を口にしながら悪魔へと変貌するよそ者の姿だった。

 ネット上で交わされた議論の多くは、宗教的な文脈のものだ。ムミョンと祈祷師、そしてよそ者の関係性と正体はなんなのか。例えばムミョンが守護神で、よそ者は祈祷師を支配する悪魔だという仮説を立て、それを元に物語の展開を読み解こうと試みても、必ずどこかで破綻を来してしまう。「実は村人を救うために何もしない(ように見える)ムミョンこそが悪魔なのでは?」「そもそも“悪魔”とは何か」といった本質論まで登場し、一部のクリスチャンからは「イエスを悪魔に例えるこの映画こそが悪魔だ」といった批判も飛び出した。

 映画評論家たちの反応もさまざまだった。この映画にはいろいろな解釈を可能にする「餌」が多く潜んでいるため、多様なレベルで語ることができる素晴らしい作品だと評価する者もいれば、こうしてさまざまな解釈が乱立してしまうのは、監督自身が混乱し映画の矛盾を放置した結果だとバッサリ切り捨てる評論家もいた。解釈の多様性は映画の豊かさではなく映画が破綻している証拠である、と。いずれにしても評論家泣かせの映画であることは確かだ。

 確かに、本作の謎の多さがリピーターを生み出し、解釈に夢中になるファン集団まで形成されたほど。一方で宗教的な文脈だけでなく、國村が演じるよそ者が日本人であること(監督は「日本人にした意味はない」と言っているが)からも、韓国と日本の歴史や文化的な関わりの文脈での解釈も可能ではないかと私は思う。やや飛躍しているかもしれないが、そういう意味で、ラストシーンでよそ者が手に持っているカメラが「サムスン・ミノルタ」のものであることは非常に象徴的ではないだろうか。

 サムスンがカメラを売り出し始めたのは、1979年、ミノルタと提携してからだ。この提携によって生産されたカメラを、韓国に対する日本の技術的「支配」の結果として見るか、それとも日本による韓国への技術的「伝授」の産物として見るか――サムスンだけではなく、多くの韓国企業が日本企業との技術的提携を通して新しい事業に乗り出してきた。これを、日本による新たな経済的植民地化と批判する声も常に存在した。提携の裏に、経済的侵略を企む日本の「悪魔の顔」が隠れているというわけだ。まるで悪魔の顔に変貌していく、よそ者と同じように。だが、実際はどうか。サムスンはミノルタとの提携を機に、その後独自のカメラ開発に成功している。

 「韓国社会に根づく日本」に対する韓国人たちの態度には、二重的で矛盾するところは多い。経済的な面だけではない。よく知られているように、日本の植民地からの独立以後、1998年に金大中(キム・デジュン)政権によって日本大衆文化が開放されるまで、韓国では国家的に「日本」を禁止にしてきた。歌や映画、ファッションなどに少しでも日本的なものがあれば「倭色<ウェセク>」といって発売や上映を禁止にしたり、公の場でバッシングしたりして排除した。植民地支配の記憶は歴史的なトラウマとして韓国社会を呪縛しており、これが解けない限り、日本はいつでも「悪魔の顔」になりうるのだ。

 その半面、韓国の日常における「日本」が排除されたことは、少なくとも私が知っている限り、ない。記憶をたどってみよう。小学生だったある日、教師が「今日から변토<ビョント>(弁当の韓国なまり)や와리바시<ワリバシ>は日本語だから禁止だ」と突然言いだした。誰もがそれが日本語であることすら知らずに使っていたが、学校で禁止されてからも、それ以外の場所では変わることなく使われ続けた。また、韓国の大学生に大人気のビリヤードの用語は、少なくとも私の時代はすべて日本語だった。「오시<オシ>、히키<ヒキ>、우라마와시<ウラマワシ>」などの技や、技がきれいに決まったときの掛け声「기레이<キレイ>」など、何ら違和感なく使っていたのだ。軍隊でも会社でも状況は同じだった。

 公的には禁じられていても、日本の歌や映画、ドラマのソフトは、いつでも手に入れることができた。それらを扱う違法の店がたくさんあったのだ。私も、粗末な字幕付きのビデオをこっそり借りて、黒澤明や成瀬巳喜男など名匠たちの映画を見たものだ。さらに、韓国映画や音楽における日本からの盗作問題は、2000年代に入っても後を絶たなかった。盗作であることが後から問題になり、解散したグループまで出たりした。今度は日本による「文化的植民地化」を云々する声も当然上がった。例を挙げればきりがないのでこのくらいにしておくが、いつの時代も常に「日本」は韓国のなかに存在していたのだ。

 このような韓国のなかの「日本」は、排除すべき「悪」なのか? 韓国が日本を「悪」と疑ってやまない以上、韓国にとって日本は悪なのか?――よそ者の日本人が悪魔なのか、悪魔だと疑う心が悪魔を生み出すのか。この映画の難しさは、それを見る私たちの心理こそが答えになるのだろう。

 最後に余談だが、日本人俳優のキャスティングをめぐっては、北野武の名前も有力候補に挙がっていたという。『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督、1983)でのなんともいえない不気味な表情を思い出すと、一瞬、この役が北野だったら……と想像してしまいたくなるのも無理はないだろう。だが、頭に思い浮かべた北野武の顔は、いつの間にか國村隼のそれに変わってしまっていた。『哭声/コクソン』での國村の表情は、何かを読み取れそうでいて、決して何も読み取れない、絶妙な恐ろしさをたたえていて、スクリーンを終始圧倒している。そんな演技が評価され、國村は韓国有数の映画賞、第37回青龍(チョンニョン)映画祭で最優秀助演男優賞を受賞した。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

『哭声/コクソン』
Blu-ray&DVD 好評発売中【Blu-ray】\2,500(税抜)【DVD】\1,900(税抜)
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(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

難解といわれる韓国映画『哭声/コクソン』、國村隼が背負った“韓国における日本”を軸に物語を読み解く

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『哭声/コクソン』

 ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を席巻したことで、世界的にも改めて見直されている韓国映画。少しでも韓国映画に興味を持った人が早い段階で出会うであろう作品が“問題作”『哭声/コクソン』(ナ・ホンジン監督、2016)だ。日本でも人気が高く、「おすすめの韓国映画」「見るべき韓国映画」といった類いのランキングには必ず入ってくる作品なのだ。

 同作は、シャーマニズムやキリスト教などの宗教的世界観をベースに、ある村で起こる不可解な事件に住人たちが惑わされる物語。韓国映画には珍しいオカルト映画だ。美しくも不気味な映像、予断を許さないスリリングな展開で最後まで目を離せないのは事実だが、釈然としない結末に見終えてからも悶々と考え続けてしまう。実際韓国のネット上でも、公開と同時にキャラクターや結末の解釈をめぐって議論が絶えなかった。そうした反響や日本のベテラン俳優・國村隼の怪演も手伝ってか、観客動員680万人を超える大ヒットを記録した。

 ちなみにタイトルの「哭声」は「泣き叫ぶ声」という意味だが、映画の舞台となり、撮影も行われた村「谷城」もまったく同じ発音・表記で「곡성<コクソン>」という。実は、撮影終了後、「悪霊の村という悪いイメージがつく」として村人たちが猛反発、上映反対の動きまで見せたため、制作会社が漢字「哭声」の併記を約束してようやく騒ぎが収まったという。ところがいざ公開されてみると、映画は予想以上に大ヒット。ロケ地を一目見ようと村を訪れる観光客が急増したため、住民たちは大喜び、ガイドをしたり便宜を図ったりと忙しかったようだ。

 ナ・ホンジン監督は、本作をさまざまな解釈ができる「開かれた結末」にしたと明かし、インタビューで結末に話が及ぶと「みなさんの解釈は、どれもすべて正解です」と答えている。それゆえに賛否が真っ二つに分かれているともいえよう。冒頭で述べたように、結末の解釈は私にとっても謎のままだが、今回は作品全体をどう読み解くのかをメインに考えていきたい。

【物語】

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

  山間部に位置する村「谷城<コクソン>」で惨殺事件が相次ぎ、村人たちは恐怖に包まれる。警察は毒キノコにより幻覚を起こした者による殺人事件と判断するが、犯人たちは次々と不可解な死を遂げる。次第に、最近山に住み着いた日本人(國村、以下「よそ者」)の仕業ではないかというウワサが広まっていく。最初こそ話半分で聞いていた警察官のジョング(クァク・ドウォン)だが、現場を目撃したという神出鬼没な女ムミョン(チョン・ウヒ)の話を聞いてから信じ始める。

 そんな中、ジョングの娘ヒョジン(キム・ファニ)の体に犯人たちと同じような湿疹が現れ、普段のヒョジンからは想像できないような粗暴な言動が見られるようになる。ジョングはよそ者を村から追い出そうとし、さらに、祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)を呼んで悪霊祓いの儀式も行うが、娘の容体は悪化するばかり。怒り狂ったジョングは村人を集め、よそ者退治を試みるも失敗する。だが、その帰り道、ムミョンによって突き落とされたのか、よそ者は崖から落ちてジョングの運転するトラックにぶつかって死んだ。これで一件落着かと安心するジョングだが、ヒョジンは治らず、惨殺事件も終わらない。

 絶望するジョングの前に忽然と現れたムミョンは、よそ者と祈祷師がグルだと断言。ヒョジンを守りたければ言う通りにしろと忠告するが、同時に祈祷師から電話で「女(ムミョン)こそが村を滅ぼそうとする悪魔だ」と言われたジョングは、ムミョンの忠告を守らず、その結果、ジョングの家族にも惨殺事件が起きてしまう。一方、よそ者はまだ生きていた。その正体を暴くべく、教会の助祭のイサム(キム・ドユン)がよそ者の元を訪れる。だが、そこで目にしたのは、「疑うな」という聖書の一節を口にしながら悪魔へと変貌するよそ者の姿だった。

 ネット上で交わされた議論の多くは、宗教的な文脈のものだ。ムミョンと祈祷師、そしてよそ者の関係性と正体はなんなのか。例えばムミョンが守護神で、よそ者は祈祷師を支配する悪魔だという仮説を立て、それを元に物語の展開を読み解こうと試みても、必ずどこかで破綻を来してしまう。「実は村人を救うために何もしない(ように見える)ムミョンこそが悪魔なのでは?」「そもそも“悪魔”とは何か」といった本質論まで登場し、一部のクリスチャンからは「イエスを悪魔に例えるこの映画こそが悪魔だ」といった批判も飛び出した。

 映画評論家たちの反応もさまざまだった。この映画にはいろいろな解釈を可能にする「餌」が多く潜んでいるため、多様なレベルで語ることができる素晴らしい作品だと評価する者もいれば、こうしてさまざまな解釈が乱立してしまうのは、監督自身が混乱し映画の矛盾を放置した結果だとバッサリ切り捨てる評論家もいた。解釈の多様性は映画の豊かさではなく映画が破綻している証拠である、と。いずれにしても評論家泣かせの映画であることは確かだ。

 確かに、本作の謎の多さがリピーターを生み出し、解釈に夢中になるファン集団まで形成されたほど。一方で宗教的な文脈だけでなく、國村が演じるよそ者が日本人であること(監督は「日本人にした意味はない」と言っているが)からも、韓国と日本の歴史や文化的な関わりの文脈での解釈も可能ではないかと私は思う。やや飛躍しているかもしれないが、そういう意味で、ラストシーンでよそ者が手に持っているカメラが「サムスン・ミノルタ」のものであることは非常に象徴的ではないだろうか。

 サムスンがカメラを売り出し始めたのは、1979年、ミノルタと提携してからだ。この提携によって生産されたカメラを、韓国に対する日本の技術的「支配」の結果として見るか、それとも日本による韓国への技術的「伝授」の産物として見るか――サムスンだけではなく、多くの韓国企業が日本企業との技術的提携を通して新しい事業に乗り出してきた。これを、日本による新たな経済的植民地化と批判する声も常に存在した。提携の裏に、経済的侵略を企む日本の「悪魔の顔」が隠れているというわけだ。まるで悪魔の顔に変貌していく、よそ者と同じように。だが、実際はどうか。サムスンはミノルタとの提携を機に、その後独自のカメラ開発に成功している。

 「韓国社会に根づく日本」に対する韓国人たちの態度には、二重的で矛盾するところは多い。経済的な面だけではない。よく知られているように、日本の植民地からの独立以後、1998年に金大中(キム・デジュン)政権によって日本大衆文化が開放されるまで、韓国では国家的に「日本」を禁止にしてきた。歌や映画、ファッションなどに少しでも日本的なものがあれば「倭色<ウェセク>」といって発売や上映を禁止にしたり、公の場でバッシングしたりして排除した。植民地支配の記憶は歴史的なトラウマとして韓国社会を呪縛しており、これが解けない限り、日本はいつでも「悪魔の顔」になりうるのだ。

 その半面、韓国の日常における「日本」が排除されたことは、少なくとも私が知っている限り、ない。記憶をたどってみよう。小学生だったある日、教師が「今日から변토<ビョント>(弁当の韓国なまり)や와리바시<ワリバシ>は日本語だから禁止だ」と突然言いだした。誰もがそれが日本語であることすら知らずに使っていたが、学校で禁止されてからも、それ以外の場所では変わることなく使われ続けた。また、韓国の大学生に大人気のビリヤードの用語は、少なくとも私の時代はすべて日本語だった。「오시<オシ>、히키<ヒキ>、우라마와시<ウラマワシ>」などの技や、技がきれいに決まったときの掛け声「기레이<キレイ>」など、何ら違和感なく使っていたのだ。軍隊でも会社でも状況は同じだった。

 公的には禁じられていても、日本の歌や映画、ドラマのソフトは、いつでも手に入れることができた。それらを扱う違法の店がたくさんあったのだ。私も、粗末な字幕付きのビデオをこっそり借りて、黒澤明や成瀬巳喜男など名匠たちの映画を見たものだ。さらに、韓国映画や音楽における日本からの盗作問題は、2000年代に入っても後を絶たなかった。盗作であることが後から問題になり、解散したグループまで出たりした。今度は日本による「文化的植民地化」を云々する声も当然上がった。例を挙げればきりがないのでこのくらいにしておくが、いつの時代も常に「日本」は韓国のなかに存在していたのだ。

 このような韓国のなかの「日本」は、排除すべき「悪」なのか? 韓国が日本を「悪」と疑ってやまない以上、韓国にとって日本は悪なのか?――よそ者の日本人が悪魔なのか、悪魔だと疑う心が悪魔を生み出すのか。この映画の難しさは、それを見る私たちの心理こそが答えになるのだろう。

 最後に余談だが、日本人俳優のキャスティングをめぐっては、北野武の名前も有力候補に挙がっていたという。『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督、1983)でのなんともいえない不気味な表情を思い出すと、一瞬、この役が北野だったら……と想像してしまいたくなるのも無理はないだろう。だが、頭に思い浮かべた北野武の顔は、いつの間にか國村隼のそれに変わってしまっていた。『哭声/コクソン』での國村の表情は、何かを読み取れそうでいて、決して何も読み取れない、絶妙な恐ろしさをたたえていて、スクリーンを終始圧倒している。そんな演技が評価され、國村は韓国有数の映画賞、第37回青龍(チョンニョン)映画祭で最優秀助演男優賞を受賞した。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

『哭声/コクソン』
Blu-ray&DVD 好評発売中【Blu-ray】\2,500(税抜)【DVD】\1,900(税抜)
発売・販売元:キングレコード
提供:クロックワークス、キングレコード
(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

歴代4位の韓国映画『国際市場で逢いましょう』が、韓国人の心をかき乱す理由――「歴史の美化」と「時代に翻弄された父親」の残像

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。このコラムでは、『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)の共著者であり映画研究者の崔盛旭の解説のもと、映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『国際市場で逢いましょう』(ユン・ジェギュン監督、2014)

 1,400万人以上の観客を動員し、韓国での興行ランキング歴代4位に輝いた『国際市場で逢いましょう』(ユン・ジェギュン監督、2014)。一人の男の人生を描きながら、朝鮮戦争やベトナム戦争など韓国現代史を盛り込んだ同作は、韓国国内を熱狂させた。ややもすると地味な作品となりがちな構成だが、家族のために自らを犠牲にする父親像に、同世代の観客はもちろん、その背中を見て育った子どもや孫にあたる世代からも共感を得て、空前の大ヒットにつながった。 

 ユン監督自身は本作を「あくまでも私の父の物語」であるとし、政治的な解釈に対しては距離をとっていたというが、公開当時に本作をめぐり政治的な議論が巻き起こったことも興行的には追い風になった。本作を何回も見たという当時のパク・クネ(朴槿恵)大統領が主人公の愛国的精神を評価し(彼女の父親であるパク・チョンヒ<朴正煕>政権の時代を描いているので当然ではあるのだが)、映画『弁護人』(第2回のコラムを参照)を冷遇した保守派メディアが「あの時代の苦労があったからこそ今の韓国がある」とこぞって取り上げた一方で、映画の半分を占めるパク・チョンヒ軍事独裁時代を「美化した」との批判が一部の評論家から上がったのだ。同じ時代を「ノスタルジア」と見るか、「悪夢」と捉えるかは人によって違うだろうが、民主化を求めて軍事独裁と闘ってきた人々にとっては、同作は時代を「美化」したとしか思えないだろう。

 だがいずれにしても、本作が多くの観客に感動を与え、支持されたのは確かな事実である。それは多分、激動の歴史に対して抗うこともできず、ただ目の前の生活と家族のために身を粉にして尽くすといった、無数の平凡な父たちを合わせたような「父親像」を描き、観客それぞれが自らの父をそこに見いだすことができたからだろう。

 私自身も例外ではない。私の父も、10歳で朝鮮戦争を体験し、若き主人公が当時の西ドイツへ出稼ぎに出たように、私が幼い頃にイランやサウジアラビアへ出稼ぎに出たりしたのだ。今は亡き父の人生は、死ぬまで家族のために捧げられたと言っても過言ではない。映画の中で妻ヨンジャが主人公ドクスに向かって「あなたの人生なのに、なぜあなたがいないの?」と涙ぐむ場面があるが、そのまま父に聞かせたいと思った。ドクスに何度も父の姿が重なって見えたのだ。

≪物語≫

 朝鮮戦争の最中、興南(フンナム)から避難する混乱のなかで、一人の少年ユン・ドクス(青年期を演じたのはファン・ジョンミン)は父(チョン・ジニョン)や妹と離れ離れになる。母(チャン・ヨンナム)と弟、末妹と共にドクスは釜山・国際市場で雑貨店を営んでいる叔母(ラ・ミラン)のところにたどり着く。休戦で朝鮮は南北に分断され、興南には戻れなくなったドクス家族は、そのまま釜山で暮らしていく。大人になり長男として家族を養うドクスは、弟の学費のために、親友のダルグ(オ・ダルス)と一緒に鉱山労働者として西ドイツに出稼ぎに出る。そこで看護師をしているヨンジャ(キム・ユンジン)と出会い、帰国後2人は結婚するが、その後も戦争中のベトナムに出稼ぎに出るなど、家族のために自分を犠牲にするドクスの苦難は続くのだった。

 本作は、韓国人なら誰でも知っている4つの歴史的な事件を背景にしている。1)興南撤収、2)西ドイツへの出稼ぎ、3)ベトナム戦争、4)離散家族探しだ。今回は韓国現代史をつなぐこれらの出来事について解説していこう。

 最初は朝鮮戦争の悲惨さを語る上で欠かせない「興南撤収」だ。興南は、北朝鮮の北東にある港町である。朝鮮戦争時、仁川上陸作戦の成功により破竹の勢いで北進していた米軍と韓国軍が、中国軍の参戦によって一気に劣勢に追い込まれた。米・韓軍は興南に兵士を集結させて海路で撤収しようと作戦を立てるも、同時に30万人近くの避難民たちが押し寄せてきた。彼らを見殺しにできないと、軍は船から武器を降ろし、避難民を乗せた。それによって1950年12月15~24日までの10日間で、10万人の避難民の命が救われたのだ。

 だがその混乱の中で、ドクスのように家族と生き別れになった人も多くいた。ラストシーンでドクスの孫娘が歌う、1953年の大ヒット曲「굳세어라 금순아」(がんばれ!クムスン)は、まさに撤収時の様子を歌にしたものだ。「興南撤収のときに離れ離れになったクムスンよ、僕は今、釜山の国際市場で商売をしているんだ。君はどこにいる? また会う日までがんばろうね」といった歌詞からもわかるように、大切な人と離れ離れになった悲しみを唄っている。多くの避難民の涙を誘ったこの歌は、後に映画やドラマにもなり、「クムスン」の名は、どんな労苦にも負けずにがんばる女性のシンボルとなった。本作はいわば、クムスンの男性版の物語と言えるかもしれない。ちなみにムン・ジェイン(文在寅)大統領の両親も、この時に米軍の船で避難し、避難先の巨済島でムン大統領が生まれたという。

 2番目の「西ドイツへの出稼ぎ」は、パク・チョンヒ政権下の1963~77年に行われた「鉱山労働者・看護助手の西ドイツ派遣」にあたる。「失業問題解決と借款契約」の建前のもと、延べ2万人が稼いだ外貨は、韓国経済に少なからず貢献したと評価されたが、内実はパク政権が打ち出していた「経済開発計画」を推し進めるための資金を西ドイツから借りる代わりに、労働者を派遣するというものだった。当時、戦後復興によりめざましい経済発展を遂げていたものの、炭鉱や看護・介護の分野で人手不足に陥っていた西ドイツと、開発のために資金を欲していた韓国が、お金と労働者の交換という取引を行った形だった。

 アメリカからは「クーデター勢力に金は貸せない」(※当時のパク・チョンヒ大統領はクーデターにより軍事政権を成立させた)と断られ、国交のなかった日本を頼ることもできなかった韓国にとって、西ドイツからの提案は渡りに船だったのだろう。すぐに鉱山労働の経験者を対象に募集をかけたのだが、なぜか大学生たちが殺到して世間を驚かせた。外国への渡航が自由ではなかった当時、どんな形であれ西欧の地を踏むことは若者たちにとって大きな憧れだったに違いない。映画でドクスは帰国するが、実際は渡航者の6割以上が現地で進学や就業を選択し、定着した。これが在独韓国人の出発点であり、現在もドイツには韓国人のコミュニティが残っている。

 3番目は「ベトナム戦争」だ。よく知られているように、パク政権はアメリカの求めに応じて、64~73年にベトナム戦争に参戦した。建前は「南ベトナムの自由民主主義を守るため」とされたが、延べ32万人もの兵士を送り込んだパク政権の狙いは、アメリカから「戦闘手当」として支給される莫大な額のドルだった。構造自体は西ドイツの場合と同じだが、今回は兵士の命と引き換えにお金をもらったのだ。このお金がソウルと釜山をつなぐ京釜高速道路の建設にも使われたとされ、「国土開発の象徴」だったこの道路は、「血の高速道路」とも呼ばれるようになった。

 朝鮮戦争時に日本経済が朝鮮特需に沸いたからだろうか、パク政権は映画にも登場する「現代(ヒュンダイ)建設」をはじめ多くの会社を巻き込んで、軍事物資の輸送や戦闘施設の建設といった「ベトナム特需」も狙った。ドクスのベトナム行きは、兵士としてではなく、ベトナム特需での一儲けを狙った会社の技術者としてであるが、戦闘に巻き込まれて重傷を負って帰国する。それでもドクスは、命を懸けて稼いだお金で叔母の店を守ることができ、妹の結婚資金にも充てられ、「よかった」と満足するのだ。

 最後は「離散家族探し」である。公共放送局「KBS」では83年6~11月のおよそ半年間、『離散家族をさがします』なる番組が放送された。朝鮮戦争で生き別れになり、互いの生死すらわからずにいる家族の再会を放送の力で実現しようとしたもので、この番組を通して1万人以上の離散家族が30年ぶりの再会を果たしたのである。15年にはユネスコの世界記憶遺産にも登録されたこの放送によって、劇中のドクスもまた興南撤収で生き別れた妹マクスンと再会し、観客の涙を誘う。放送時、中学2年だった私は番組にまったく興味を持たなかったが、両親がテレビを見ながらまるで自分のことのように笑ったり泣いたりしていたのはよく覚えている。85年に実現した南北の離散家族再会にも、この番組が大きな役割を果たしたといわれる。

 ただ再会の裏では、思わぬ悲劇も起こっていた。30年ぶりに再会したのはよかったものの、離れていた間に生じた「格差」が問題となったのだ。裕福な兄と再会した貧乏な弟が金ばかりせびるとか、会ってみたら息子は暴力的な人間になっていたために両親の方から連絡を絶つ、といった事件がたびたび起こった。再会後の問題については、イム・グォンテク監督の『キルソドム』(85)に詳しいが、結果的にこの番組は「朝鮮戦争の爪痕が残る韓国を舞台に、監督をKBSが、主役を離散家族が、そしてその他の国民が脇役を演じた、壮大なスケールのメロドラマ」だったといえるだろう。

 こうして4つの歴史的な出来事を振り返ってみると、「歴史の美化」という批判はうなずけるように思える。この映画には、経済開発を最優先にして国民を犠牲にする「開発独裁」の影はみじんも見当たらない。西ドイツやベトナムでの出稼ぎは、実際には「金」と「国民の犠牲」を引き換えにしたも同然なのに、映画ではただ主人公にとっての大金を得る「チャンス」としてしか描かれない。「あんなチャンスがあったからこそ家族を守ることができた」と満足げに過去を振り返るドクスには、そんな歴史を疑問視する視点が欠けている。

 と批判をしている私でさえも、映画を見ていて何度も涙が出そうになったことは否定できない。どうしても父の姿が見えてしまうからだろう。だが、その姿に79年10月27日の朝、前日に起きたパク・チョンヒ暗殺のニュースをラジオで聞きながら号泣していた「パク・チョンヒ信奉者としての父」が重なるのも、やはり否定できないのだ。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『パラサイト 半地下の家族』のキーワード「におい」――半地下居住経験者が明かす“屈辱感”の源

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

 昨年のカンヌ国際映画祭でのパルム・ドール受賞をはじめ、今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞など6部門にノミネートされるなど、世界中で快進撃を続けるポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(以下『パラサイト』)が、いよいよ日本でも公開された。前回のコラムでは、監督の過去作『グエムル―漢江の怪物―』を取り上げ、彼の出自からつながる「反権力的なまなざし」について紹介したが、今回はいよいよ最新作である『パラサイト』を見ながら、この映画に描かれている「韓国」を考えていきたい。ただし本作は“ネタバレ厳禁”の箝口令が敷かれており、監督自身も観客へのメッセージで繰り返し注意を呼びかけているため、その点については本コラムでも“マナー”を守るよう努力したいと思う。

 ネタバレすることなく映画の鍵を伝えるには、何をどう語るべきだろうか悩んだ挙げ句に思いついたのが、ポン・ジュノ監督自らが提示した3つのキーワードを手がかりにする方法だ。韓国での公開を前に、監督はこの映画のキーワードは「階段」「におい」、そして「マナー」だと語っている。すでに映画を見た人なら納得しているであろう、これらのワードを掘り下げることで見えてくる「韓国社会」への理解を深めた上で、映画をより楽しんでもらいたい。

<物語>
 ソウルの半地下の部屋に暮らすキム一家は、全員が失業中。ある日、名門大学に通う友人の紹介で、長男のギウ(チェ・ウシク)が、IT企業のパク社長(イ・ソンギュン)の娘ダヘ(チョン・ジソ)の家庭教師になった。それを皮切りに、キム一家は次々とパク社長の家に「就職」することになる。ギウの妹ギジョン(パク・ソダム)は、社長の息子ダソン(チョン・ヒョンジュン)の美術教師に、母チュンスク(チャン・ヘジン)は家政婦に、父ギテク(ソン・ガンホ)は社長の運転手に。こうして、出会うはずのない社会の頂点と底辺に位置する家族が出会ったとき、事態は思わぬ方向へと転回していく。

 では、最初のキーワードから見てみよう。「階段」について、ポン・ジュノ監督は次のように説明する。

「この映画には階段がたくさん出てくるので、スタッフみんなで“階段映画”と呼んでいた。それぞれ自分はどの階段が一番好きかを語り合う、階段コンテストなるものも開いたりしたんだ。階段といえば、やはりキム・ギヨン監督の『下女』(1960)からは多大な影響を受けているよ」

 監督の言葉通り、この映画は階段だらけだ。大事な場面では必ずと言っていいほど、階段が登場する。ここで着目したいのは『下女』から影響を受けたということだろう。“韓国映画界の怪物”と呼ばれたキム・ギヨン監督の代表作『下女』は、下女(家政婦)によって脅かされ、破滅していく家族を描き、当時大きなセンセーションを巻き起こした。下女役の女優が「悪女」とバッシングされるほど観客たちにショックと恐怖を与えたこの映画において、大きな役割を果たすのがまさに「階段」である。

 昔から映画に登場する階段は、しばしば身分の「上昇」と「転落」を象徴するものとして使われてきた。『下女』で、家のど真ん中に置かれた階段も同様だ。主人を誘惑し妊娠することで、「奥様」の地位を奪う欲望を抱いた下女が階段を上がっていく場面や、その欲望が達成できずに階段から転がり落ちて死に至る場面において、舞台となる階段は映画の主役そのものであった。とりわけ、足の不自由な娘の部屋が階段の上にある不自然な設定ゆえ、足を引きずりながら階段を行き来する娘を観客に何度も見せることで、必然的に階段の存在を強く意識させる。その上でキム・ギヨン監督は、人間の欲望、社会的身分の上昇と転落の物語を、階段を舞台に展開していくのだ。

 『パラサイト』での階段は、同じソウルとは思えない格差のある二つの空間をつないでいる。ギテクたちは、階段のはるか上の世界で見た夢が泡のように消える瞬間、果てしなく長い階段を下りなければならず、ついには最悪な現実を目の当たりにすることになる。まさしく階段は、「上昇」したギテク一家を現実に突き落とす「転落」の装置であるといえるのだ。ポン監督の言葉通り、この映画には多くの階段が登場するので、それぞれがいかに物語と関わっているかに注目するのもおもしろいかもしれない。

 続いて2つ目のキーワードである「におい」について、監督はこう語る。

「においはこの映画の最も重要なモチーフなのだが、そもそもにおいのことは親密な間柄でも言いづらい、攻撃的で無礼なものといえるだろう。この映画では大きな画面を通して、私的で内密なところにまでカメラを向けているので、ためらうことなくにおいの話ができたんだ。実際のところ、生きる空間がそもそも違う金持ちと貧乏人は、互いににおいを嗅ぎ合う機会がない。飛行機でさえ、ファーストクラスとエコノミークラスに分かれている。家庭教師や家政婦、運転手といったこの映画に出てくる仕事での状況が、互いのにおいに触れる唯一の機会ではないだろうか」

 階段が視覚的に空間の上下を決定しているのに対して、においは目には見えないけれど、セリフや演技、演出によって、同じ空間にいるパク社長とギテクの関係を「軽蔑と屈辱」の中に追い込んでいく。だが、監督が「最も重要」と語るにおいとは、どんなものなのか。それは、映画にも度々登場する、「半地下」の独特なにおいだ。

 実は私自身、大学4年生のころに半年間、半地下の部屋で自炊生活をしたことがあるので、においをよく覚えている。文章で伝えるのは困難だが、湿気とカビ、これらを防ぐための「ナフタリン」が混ざって放つ奇怪なにおいだ。ナフタリンとは消臭・防虫効果があるとされる化学物質だが、そのまま商品名になって販売されている。近くで嗅ぐと鼻を刺すような強烈なにおいがして、ひと昔前までは公衆トイレなどでもよく見かけたが、最近は家庭用のみ出回っているらしい。これらの入り混じったにおいが服や布団についてしまうと、自分では気づかなくても周りから「臭い」と言われたりして、それがなんともいえない屈辱感となるのだ。

 そもそも「半地下の部屋」という日本にはあまりない、珍しい形態の部屋は、韓国ではソウルを中心とする首都圏でよく見られるものだ。日本でも人口の東京一極集中が社会問題となっているが、ソウルは面積が東京の3分の1ほどにもかかわらず、人口は東京とほぼ同じ1,000万近くに達しており、東京以上に住宅不足が深刻化している。そこで不動産業者や家主らが考え出したのが、「半地下」だった。ソウルの場合、エリアによって建物の階数制限があるのだが、半地下は法律上は地下として扱われるため、制限の対象にはならない。つまりその分、業者側は部屋数を増やして貸すことができるという点で、半地下は住宅不足を解決するための民間の知恵だったわけだ。半地下なので当然日当たりは悪く、排水など水回りの設備は劣悪な場合が多いが、家賃が安いのでニーズは高い。最近では一人暮らしの高齢者の孤独死や、地方から上京した苦学生の“青年貧困”が新たな問題として浮上している。

 「半地下」と「におい」は、ギテク一家がソウルの最貧困層であることを象徴する設定にほかならない。

 3つ目のキーワードである「マナー」について、監督は次のように述べている。

「社会の二極化や、経済・社会的な問題に結びつけなくても、金持ちのことを幅広く語りたいという思いがあったんだ。最近考えるのは、お互いのマナーの問題だ。金持ちにしろ貧乏人にしろ、人間の尊厳を傷つけるかどうかが重要なのではないだろうか。寄生か共生かの分かれ目は、そこにあるように思っている」

 「人間の尊厳」という言葉から私は、韓国経済を指して度々批判的に使われてきた「賎民資本主義」という用語を思い出した。多少理屈っぽくなってしまうが、これはドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが、労働と生産を通して利益を得るのではなく、高い利息で金を貸して利益を得ようとする高利貸し業者を批判して使った概念である。ここで問題視されているのは、労働によって生じた利益を福祉や投資などの形で労働者に還元するという経済的倫理観からかけ離れた、高利貸したちの拝金主義である。

 拝金主義がまん延すると、「金=権力」「金さえあれば何でもできる」といった考え方がまかり通り、人間の尊厳は踏みにじられる。とりわけ近代の韓国においては、金を必要とした軍事政権と、金稼ぎに有利な政策を望んだ一部の財閥との癒着が経済の土台になっており、そこには人間の尊厳などという概念はさらさらなく、権力を得るための金稼ぎ、権力を維持するための拝金主義しかない、というのが韓国を「賎民資本主義」と批判する人たちの見解だ。極端だがわかりやすい例としては、日本でも大きく報道された大韓航空のいわゆる「ナッツ・リターン事件」(※)がある。この時のオーナーの娘の行動に、他者への尊重は毛頭もなかったばかりか、後から発覚した母親による社員への暴行・暴言に至るまで、彼らの振る舞いは、「人間の尊厳」を踏みにじった賎民資本主義的金持ちの横暴だったのである。

※ナッツ・リターン事件 2014年12月、アメリカのジョン・F・ケネディ国際空港発、韓国・仁川国際空港行きの大韓航空機内において、乗客として席に座っていた同社副社長チョ・ヒョナ氏が、客室乗務員のマカデミア・ナッツの提供の仕方に激怒。離陸準備のために搭乗ゲートから離れていた機体を、搭乗ゲートに引き返させ、該当乗務員を機内から降ろさせた。韓国を代表する財閥「韓進グループ」の一員であるヒョナ氏の、その社会的立場を利用した横暴な振る舞いに、韓国国内外を問わずに問題視された。18年には、ヒョナ氏の実母、イ・ミョンヒ氏による、系列会社の社員や自宅のリフォームを担当した作業員、運転手などへの暴行・暴言が次々と明らかになった。

 こうした賤民資本主義の下での貧富の二極化は、貧乏人にとってはとうてい乗り越えられない「壁」のようなものでもある。パク社長の会社名が、イングランド出身のロックバンド「ピンクフロイド」の名曲「another brick in the wall」から取ったであろう「another brick」なのは、金持ちと貧乏人の間の「壁」をひそかに表しているのかもしれない。映画の中でパク社長は何度も「度を超す/超さない」といったセリフを口にする。その「度」こそ「壁」にほかならない。パク社長とギテクの間に、果たして「人間の尊厳」は存在するのだろうか。ここにも「におい」は大きく関わってくることになる。

 これらのキーワードをめぐって韓国では、映画評論家のみならず、経済学者から精神科医、寄生虫学者まで、さまざまな分野の専門家による分析がメディアの紙面を飾った。ネットでも観客同士の熱い論争が繰り広げられたのは言うまでもない。その議論は、朝鮮半島をめぐる東アジアの外交的力関係にまで広がりを見せていった。階段によって区切られた空間の構図や、「北朝鮮のニュースキャスターの真似ごっこ」の場面からは、確かに北朝鮮との関係を考えさせるものがあるだろう。これだけ多様な反応をもたらしていること自体が、この映画が評価される何よりの証拠である。いずれまた、映画全体について私自身の解釈についても細かくお伝えする機会があればありがたい。

 最後に、ささやかなウンチクをひとつ。ギテクの娘ギジョンが、不思議なリズムの歌に乗せて、偽りの身分を自分で確認するように復唱する場面があるのだが、それは韓国人なら誰もが知っている 「독도는 우리땅(独島<竹島>は我が領土)」という歌だ。日本人には少し複雑な気持ちを起こさせてしまうだろうか。だが、この替え歌を使ったことに、政治的な意図はまったく感じられない。ポップで親しみやすい、替え歌にまでなってしまうほど韓国人になじんでいる歌なので使ったのだろう。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

『パラサイト 半地下の家族』
出演: ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン
監督ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『グエムル -漢江の怪物-』)
撮影:ホン・ギョンピョ 音楽:チョン・ジェイル
提供:バップ、ビターズ・エンド、テレビ東京、巖本金属、クオラス、朝日新聞社、Filmarks
/配給:ビターズ・エンド
(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED /2019 年/韓国/132 分/PG-12/2.35:1/英題:PARASITE/原題:GISAENGCHUNG/ www.parasite-mv.jp