63人の被害者を出した「奴隷事件」――映画『ブリング・ミー・ホーム』が描く“弱者の労働搾取”はなぜ起こったか

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』

 「イ・ヨンエ」という女優を覚えているだろうか? 韓流ドラマがまだ今のようには日本に浸透していない頃、それでも一部のファンから絶大なる支持を得た、現在でも根強い人気を誇る『宮廷女官チャングムの誓い』(2003)というドラマの主演女優である。さらに遡れば、韓国映画の国際進出を決定づけた作品『JSA』(パク・チャヌク監督、00)で、事件の調査にあたるスイス国籍の軍人を紅一点で演じた女優でもある。

 色白で丸顔の愛らしい容姿は、“韓国のオリビア・ハッセー”と呼ばれて親しまれたが、05年、『JSA』に続いてパク・チャヌク監督とタッグを組んだ“復讐3部作”の第3作『親切なクムジャさん』で、自らを陥れた誘拐殺人犯への壮絶な復讐劇を企てる美女を演じた後、在米韓国人との結婚や双子の出産によって長らく芸能活動を休止していた。そんな彼女が14年ぶりに映画へ復帰したのが、今回取り上げるキム・スンウ監督 の『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』(19)である。

 芸能活動休止前の最後の出演映画『親切なクムジャさん』で演じた、幼い娘を盾に濡れ衣を着せられ、13年間の刑務所生活を通して恐ろしい計画を準備する“クムジャさん”は、作家性の強いパク・チャヌク作品だけあって、映画的な魅力に満ちていた。リアリズムからは程遠い語り、復讐のためにあらゆる「親切」を行使し、聖女と悪女を使い分けるキャラクターの振れ幅、チェ・ミンシクの悪役とのやりとりなど、「復讐」というアイディアを見事に映画へと昇華し、残酷でスリリングな展開で楽しませてくれた名作だった。そして偶然かもしれないが、この作品から14年後、イ・ヨンエが映画復帰に選んだ本作は、またしても息子を失い、その存在を取り戻すために孤独な戦いを強いられる母親役だった。

 共通した主題を有していながらも、『親切なクムジャさん』と『ブリング・ミー・ホーム』では映画的な性格がまったく異なっている。本作では、自らも結婚して母となったイ・ヨンエの母としての実在感が増していると同時に、その根底には韓国で長く社会問題となってきた「弱者(子どもや障害者)の誘拐と搾取」というテーマが横たわっているのだ。韓国社会がいまだ解決できていない問題を取り上げた本作には、したがってカタルシスも癒やしも存在しない。どちらかといえば、以前のコラムでも取り上げた『トガニ』に類する作品といえる。

 もちろん、弱者の誘拐や搾取といった問題は、なにも韓国だけのものではない。だが確実に言えるのは、この映画はそうした社会問題をあぶり出す役割を持っているということだ。その点において、映画的な快楽とはまた別に、本作は今の韓国に必要な作品である。今回のコラムでは、映画によって浮き彫りになった問題を通して、韓国に根付く伝統的な思想の裏の一断面を可視化させてみたいと思う。

<物語>

 看護師のジョンヨン(イ・ヨンエ)と夫のミョングク(パク・ヘジュン)は、6年前に行方不明になった息子ユンスを捜して全国を駆け回っている。2人の生活は苦しみの連続だが、それでも希望は捨てていない。だがある日、ミョングクは情報提供者を名乗る人物との待ち合わせ場所に向かう途中、交通事故に遭って命を落としてしまう。息子だけでなく最愛の夫をも失い、絶望に突き落とされるジョンヨン。そんな彼女のところに今度は、ユンスとよく似た「ミンス(イ・シウ)」という子どもが、ある島の釣り場で虐待を受けつつ働かされているとの電話がかかってくる。ユンスであることを祈りつつ、ジョンヨンが釣り場に駆けつけると、そこで彼女を待っていたのは何やら訳ありげなホン警長(ユ・ジェミョン)や釣り場の主人らだった。かたくなにジョンヨンを「ミンス」に会わせようとしない彼らを怪しみながら、ジョンヨンは自らの力で徐々に真実に近づいていく。そして息子を助け出すため、彼女の孤独な死闘が始まる……。

 自らシナリオも手掛け、本作がデビュー作となったキム・スンウ監督は、公開後、たびたび「実話を元にしたのではないか」という質問を受けたという。それもそのはず、本作の設定や構成は14年に韓国社会を驚愕させた、いわゆる「新安(シナン)郡塩田奴隷労働事件」とそっくりだったからだ。この事件は、職業斡旋業者が知的障害者と重度の視覚障害者をだまして、塩田の多い韓国西南部にある新安郡の島に売り渡し、長年にわたって監禁された彼らは、賃金はおろか食事すらろくに与えられないまま、奴隷のように働かされたというものだった。

 毎日のように暴力を振るわれ、雇い主から「殺す」と脅された彼らは、障害を持っていることもあって脱出できず、文字通り「奴隷」のような生活を余儀なくされていた。この事件が解決する糸口になったのは、一通の手紙だった。視覚障害を持つ被害者の一人が、肌身離さず隠し持っていた助けを求める手紙を、ある時ソウルの母親に送ることに成功。母親が警察に通報し、知的障害を持つ男性も一緒に保護されて無事に助かり、事件の全貌も明らかになったのだ。

 島では彼らのほかに63人もの被害者が発見されたが、置かれていた状況は皆同じだった。当時のメディアは「21世紀の韓国であり得ないことが起こった」「現代版奴隷」と大々的に報道し、そのあまりにもひどい状況に国民の怒りが高まり、塩田の経営者はもちろん、関係者全員に対する厳罰と被害者への補償を求める声が続出。しかし裁判の結果は、懲役2年あまりという軽い判決だった。さらに信じがたいことに、判決を下した裁判官はこうした労働の形態が「地域の慣行」とまで言い切ったのだった。

 この発言が意味しているのは、地域の慢性的問題だった塩田での人手不足を補う手段として「監禁・強制労働」が黙認されてきたということであり、職業斡旋業者による詐欺的な手口、塩田への人身売買、監禁・搾取、村人の協力や無関心、そして地域の警察など公権力の黙認といった構図こそが「地域の慣行」として許されてきたということにほかならない。その中で、弱き者たちの人間としての尊厳はずたずたに踏みにじられてきたのだ。地域全体がグルになって加担してきた、巨大な闇のカルテルが形成されていたといえる。

 本作の物語もまさに「地域の慣行」を背景にしており、だから誰もが実話ではないかという印象を抱いたのだろう。事件の後、児童・障害者保護の強化や加害者への厳罰化など法律の整備が進められたが、今年の7月にもまた、19年間にわたって労働搾取されてきた知的障害者が発見され、依然として状況は改善されていないことが浮き彫りになった。

 警察の記録を見ると、こうした事件は1948年の韓国建国以来、後を絶たなかったようだ。そして被害者はいつも子どもや障害者、そして女性だった。社会的弱者を意味する「子ども、障害者、女性」に思いを巡らすためには、韓国社会に根付く「服従」の儒教的無意識を再び取り上げなければならないだろう。

 子どもや障害者への暴力については、以前のコラムで取り上げた『トガニ』で、女性に対する差別における儒教の影響については『はちどり』で数百年間韓国社会に根付いてきた儒教思想と「服従」の概念、そしてそれが「家族」という社会の中でどのように立ち現れるかについて、主に「男女」の関係性から述べたが、今回は「年長者と年少者」の面から掘り下げてみたい。

 年齢の差だけで人間の上下関係を決めつけ、服従を正当化する儒教の概念が「長幼有序(長幼序あり)」だ。韓国では初対面の人間同士が互いの生まれた年をまず確認し合う習慣があり、これこそ国民全体が「長幼有序」に囚われている最も明白な証拠だ。どちらのほうが立場が上かをはっきりさせないと話が始まらない。つまり、基本的にどちらかがどちらかに「服従」する関係性を決めておかないと、会話すらろくに進まないのだ。日本人には不思議に聞こえるかもしれないが、韓国では家族かどうかに関係なく、赤の他人でも年上ならみんな「형・오빠(お兄さん)」「누나・언니(お姉さん)」であり、そう呼ばないとすぐにケンカになったりする。

 たとえば、日本では電車の優先席に若者が座るのは普通の光景だが、韓国では電車の「敬老席」には若者は絶対に座らない。座ろうものなら年配者から怒鳴られることも日常茶飯事だからだ。敬老席に座る女性を自分より年下だと思い込んだ中年の男が、「席を譲れ」と口論になり暴力まで振るったが、あとから女性のほうが年上だったとわかり、土下座したという呆れる出来事があったほどだ。

 個々の人間性にかかわらず、「年長者は偉いのだから服従しろ」というのが「長幼有序」のゆがんだ無意識の表れなのだ。そして、服従させるための最も手っ取り早い手段が、暴力だ。とりわけ、相手が子どもなら「上下関係」は明らかであり、肉体的にも弱者である彼らであれば抵抗される心配もなく、好き勝手に暴力を振るうこともできる。

 「たとえ自分の子でも殴ってはいけない」という、子どもの人権に関する認識が韓国で本格的に広まったのは、21世紀に入ってからだ。世界的に見ると恥ずかしいほど遅れているが、「長幼有序」の下、何百年も昔から親が子どもを殴る(年長者が年少者を殴る)のは当然とされてきた韓国社会において、その認識の変化ですら大きな一歩である。子どもを暴力で服従させ、人権を蹂躙(じゅうりん)するという本作の事件の背景には、そんな社会を許してきた儒教的無意識があるのではないだろうか。

 話題は変わるが、「地域の慣行」のカルテルからどうしても見えてしまう歴史がある。「慰安婦」の歴史だ。日韓関係の中に長らく巣くうこの問題において、政治レベルでは両国の主張は相いれないが、研究者レベルではさまざまな議論が存在する。

 例えば、韓国国内でヒステリックな反応を巻き起こした歴史学者パク・ユハの著書『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞出版)では、韓国の若い女性たちが「慰安婦」になった経緯のひとつとして、職業斡旋業者にだまされ、戦地に送られて売春を余儀なくされたというものがある。それはつまり、「慰安婦」を募集してだました朝鮮の斡旋業者と、いわゆる抱え主、そして日本軍というカルテルが結託して彼女たちを「慰安婦」にしたという図式である。この主張には、カルテルに朝鮮人業者が加担していたという、韓国が決して認めない事実が含まれているため、大きな問題となったわけだが、「弱者の人権蹂躙」という今回の問題とも密接につながっていることは言うまでもない。その点で、私はパク・ユハの議論には十分説得力があると考えている。

 最後に、また『トガニ』の話を。本作は、実在した特別支援学校で、障害を持つ幼い生徒たちに対する、校長らによる性暴力を告発した事件を映画化したもので、この映画がきっかけとなって人々の関心が高まり、公開後に社会が大きく変わる事態となった。だが映画が作られた時点では、被害者の子どもたちは法的にはまったく救われないままだったため、映画は決して安易なカタルシスを観客に与えることなく、ある意味では非常に後味の悪い結末を迎えた。

 その意味では本作も同様で、ラストのジョンヨンは大きな希望に包まれているが、根本的な問題が解決することはない。なぜなら映画の結末にかかわらず、この社会にはいまだ無数の「ミンス」が存在し、社会そのものが良い方向に向かっていない以上、映画が安易なハッピーエンドを迎えることは許されないからだ。

 しかも、『トガニ』における性暴力が、特別支援学校というある種特別な場所において起こったのとは異なり、本作のような場合、いつどこで自分の身近に起こるかもしれず、周囲への無関心によっていつの間にか自らも加担している状況が生まれてしまうかもわからない。

 本作は、カルテルの構造がもたらすものへの警鐘であると同時に、その無自覚な無関心によって誰もが同じような立場になり得ることへの警告でもある。もちろんこれが韓国のすべてではないが、そうしたこの国の一断面を決して無視することはできないのである。

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

EXO・D.O.主演『スウィング・キッズ』、“タップダンス”で際立つ暗鬱な現実――「もしも」に込められたメッセージとは

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『スウィング・キッズ』

 韓国では「同族相残(동족상잔、同族間の殺し合い)の悲劇」とも呼ばれる朝鮮戦争。軍の戦闘による犠牲者よりも、軍による民間人への、あるいは民間人同士の虐殺による犠牲者のほうが多いとまでいわれるほど、3年間の戦争中にありとあらゆる形の虐殺が行われた。転向した左翼数万人を、朝鮮戦争勃発後に虐殺した「国民保導聯盟事件」や、人民軍による高城(コソン)郡や永興(ヨンフン)郡などでの民間人虐殺、そして今回取り上げる『スウィング・キッズ』(2018、Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中)の舞台になっている巨済島(コジェド)捕虜収容所での捕虜同士の殺し合いや、米韓連合軍による捕虜への虐殺は、最も凄惨な悲劇として記録されている。

 考えてみれば、虐殺の構図は非常に単純明快だ。自発的か強制的かに関係なく、韓国軍が村を占領すると北朝鮮軍に協力したアカを、北朝鮮軍が村を占領すると韓国軍に協力した反動分子を虐殺したのだ。要するに、同じ村を昨日は韓国軍が、今日は北朝鮮軍が占領するとなれば、村全体が両方によって焦土化され、数多くの村人が犠牲になる。一握りの権力者によって引かれた「アカ」と「反動分子」の境界線によって、朝鮮半島は浅はかで盲目的なイデオロギーに踊らされ、その代価はあまりにも大きかった。

 本作は、日本でもリメークされた映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011)などで知られるカン・ヒョンチョル監督の作品だ。原作自体がミュージカルというのもあるが、タイトルからもわかるように、スウィング・ジャズとタップダンスが映画の中心に据えられている。ドラマから映画まで幅広く活動し、その演技力も高く評価されている人気アイドルグループ・EXOのメンバーD.O.が主役を演じることも話題を呼び、韓国で観客動員150万人に迫るヒットとなった。

 今回のコラムでは、収容所での虐殺の歴史という悲惨な側面が、タップダンスという明るい要素とどのように絡み合い、それがどのような映画的効果をもたらしているかについて考えてみたい。

<物語>

 1951年、朝鮮戦争中の巨済島捕虜収容所。新任所長(ロス・ケトル)は収容所のイメージ改善のために、捕虜たちでダンスチームを作る計画を立て、ブロードウェイの舞台に立ったことのあるジャクソン(ジャレッド・グライムス)にその任務を任せる。ジャクソンは、ダンスの才能を持っている捕虜のロ・ギス(D.O.)、英語はもちろん日本語や中国語もできる踊り子ヤン・パンネ(パク・ヘス)、離れ離れになった妻を探すために有名になりたいカン・ビョンサム(オ・ジョンセ)、ダンスの実力はあるが栄養失調ですぐ息の切れる中国軍捕虜のシャオパン(キム・ミノ)の4人を集めて、タップダンスチーム「スウィング・キッズ」を結成する。

 ところが、この計画を良く思わない米軍兵士たちの罠にかかり、ジャクソンは刑務所に入れられてしまう。チームのメンバーたちはジャクソンを助けるため、収容所の視察に訪れた赤十字の訪問団の前で踊りを披露し、大きな反響を得る。さらに、所長は記者たちに「クリスマスにこのチームがダンスを披露する」と公言。ジャクソンも釈放され、「スウィング・キッズ」はタップダンスの練習を再開する。一方、新しく収監された捕虜のグァングク(イ・デビッド)の煽動と、「人民の英雄」でロ・ギスの兄であるギジン(キム・ドンゴン)の登場とともに、捕虜たちの暴動はますますエスカレート。ついに彼らは所長暗殺もたくらみ、ロ・ギスも巻き込まれていくことになる。

 冒頭、朝鮮戦争下の戦況をまとめたスピーディーなニュース映像から映画は幕を開ける。1950年6月25日、北朝鮮軍の奇襲攻撃に端を発する朝鮮戦争は、日本人にもなじみ深い、かのマッカーサー率いる米軍主体の国連軍による仁川(インチョン)上陸作戦や、中国軍の参戦で一進一退を繰り返したのち、38度線辺りで膠着状態に陥った。両陣営は51年7月には早くも休戦会談を始めたものの、合意に至る53年7月までの2年間戦闘は続けられ、死傷者はもちろんのこと、捕虜も大量に発生した。

 増え続ける捕虜の収容問題を解決すべく50年11月、国連軍は巨済島に巨大な捕虜収容所を造った。釜山の南に位置する巨済島は、海に囲まれているため脱出の心配もなく、陸地から程よい距離にあったので捕虜の移送にも差し支えがなく、収容所建設には最適な立地だった。収容所の管理は米軍が行い、韓国軍が警備にあたった。

 17万6,000人に上る捕虜の多さもさることながら、映画を見てまず戸惑ってしまうのは、構成の複雑さではないだろうか。国連軍の収容所にもかかわらず、そこでは北朝鮮軍や中国軍はもとより、北に協力した民兵から強制徴兵された民間人、アカにされてしまった南の避難民に至るまで、さまざまな立場の人間が一堂に会していたのである。映画の登場人物に照らし合わせてみると、ロ・ギスは北朝鮮軍、シャオパンは中国軍だが、カン・ビョンサムは避難民だ。混乱の中、少しでも怪しまれたらアカにされたこの時代、「乗る車を間違えた」だけのビョンサムがここにいることは、何ら不思議ではない。そして当時、米軍のあとを追って島に流れてきた「ヤンゴンジュ」と呼ばれる売春婦も大勢おり、ヤン・パンネもその一人であった。

 カオスの様相を呈していた収容所で最も問題になったのが、捕虜たちの「イデオロギー」である。ここには根っからの共産主義者もいれば、報復を恐れて共産主義者のふりをしている捕虜も少なくなく、強制徴兵された民間人は反共主義者かどちらでもなかった。当初米軍は、反共主義者(反共捕虜)と共産主義者(親共捕虜)を分けて収容していたが、いちいち確認するのはほぼ不可能と判断したのか、そのうち区別をつけずに収容し始めた。これが後に、流血暴動や殺し合いをもたらすことになる。

 映画にも描かれているように、各収容施設の支配勢力が「親共」か「反共」かによって、北朝鮮と韓国いずれかの国旗が掲げられ、施設同士で対峙する状況が生まれていく。同時に、施設内で「反動分子」や「アカ」を探し出してはリンチを加えるといった事件が後を絶たなかった。とりわけ休戦会談で捕虜の送還が問題となり、無条件に捕虜の全員送還を主張した北朝鮮側と、あくまで希望者のみの送還を求めた米軍側の対立が伝わると、捕虜間の分裂と殺し合いは凄惨さを極めた。なぜなら、反共捕虜や転向希望の親共捕虜にとっては、無条件の全員送還はすなわち死を意味するからだ。自分が反共主義者であることを米軍にアピールする者がいる一方で、親共捕虜たちは反共に寝返る裏切り者を出さないために、見せしめのリンチを繰り返したのである。

 『スウィング・キッズ』は、以上のような歴史に基づきつつ「タップダンス」や「ミュージカル」の要素を取り込むことで、戦争をめぐる記憶と、個人の夢や自由に対する希求を同時に喚起させている。たとえば、ロ・ギスやヤン・パンネら「スウィング・キッズ」のダンスには、戦争によって破壊されたそれぞれの夢への希望、抑圧された自由への熱望が込められている。誰もいないホールから飛び出して収容所を疾走しながら踊るギスと、村を走りながら踊るパンネの姿は、その先に待ち構えている収容所の鉄柵フェンスや、疲弊した村という壁にぶつかってしまうが、決して自由になることをあきらめたりはしない。だが、タップダンスを踊っている間にのみ許される夢と自由への希求は、それを求め続けるギスやパンネらの思いが強くなればなるほど、戦争という暗鬱な現実と克明なコントラストをなしている。

 以前のコラムでも説明したのだが、本作も近年の韓国映画で多く見られる、歴史的な出来事にフィクションを加味する「ファクション」ジャンルの作品だ。とりわけ、ラストシーンは「フィクション」としてのタップダンスがあまりにも軽快で生命力にあふれているために、「ファクト」としての残酷な虐殺をより一層際立たせている――今の私たちに「どう生きるべきか」を問いつつ。

 南と北、アメリカと中国。国も言葉も違う捕虜たちを、収容所に集めさせた現実は「戦争」だった。しかし、本作のように、もし本当に誰かによってダンスが、あるいは音楽が収容所内に響き渡り、多くの人がそれに共感したならば、歴史はどう変わったのだろうか? 少なくとも、実体の見えないイデオロギーに翻弄され、殺し合うことは防げたかもしれない。

 歴史に「もし」はないといわれるが、そう考えると「ファクション」としての本作のメッセージは明白だ。「スウィング・キッズ」のリーダーで、黒人米兵・ジャクソンのセリフを借りるまでもないが、「Fucking ideology!(くそ! イデオロギー)」を合言葉に、共存の可能性を模索することだろう。本作は、戦争がもたらした悲しい歴史を現在に甦らせ、タップダンスで癒やし、未来に向けたメッセージを伝えてくれている。

 最後に、どうしても触れておきたいことがある。原作がミュージカルであることは冒頭で述べたが、その原作を作るきっかけとなったのは、スイスの写真家ワーナー・ビショフが収容所の実態を映した1枚の写真であった。収容所内に立つ自由の女神像の前でフォークダンスを踊る、覆面をかぶった捕虜たちの姿。今見ても違和感の残る、異様な雰囲気の写真である。米軍の前で踊る彼らは「反共捕虜」には違いないのだが、顔がバレてしまうといずれ「親共捕虜」に殺されるかもしれないという恐怖から、不気味な仮面をかぶって踊っていたのだ。

 生き延びるために米軍側につくという生への欲望と、「死にたくない」という仮面の下の死への恐怖が背中合わせに見え隠れしているこの写真が見る者の胸に突き刺さるのは、その壮絶な切なさが今を生きる私たちにも伝わってくるからかもしれない。

※このコラムは『スウィング・キッズ』の公式パンフレットに掲載した原稿に大幅に加筆して書き直したものである。

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

「兄が妹を『殴る』のは日常茶飯事」――韓国映画『はちどり』から繙く「正当化された暴力」と儒教思想の歴史

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『はちどり』

 昨今のコロナ禍で大きな打撃を受けた映画界。とりわけ、世界各国の多様で良質な映画を届ける、日本ならではの劇場システムである“ミニシアター”は、外出自粛による減収、さらには長引く休館の対応により、存続の危機に立たされた。一方で「SAVE the CINEMA」の署名運動が活発化し、「ミニシアター・エイド基金」のクラウドファンディングで前例のない金額が集まるなど、日常生活においてミニシアターが欠かせない存在であることを多くの人が再認識する機会にもなった。

 各地の映画館が営業を再開した現在も、予防のため定員数を半減、また年配層の観客の減少など状況は依然として苦しい。だがそんな中、1本の映画の盛況ぶりが大きな話題になった。韓国のインディーズ映画『はちどり』(キム・ボラ監督、2019年)である。定員半減中とはいえ封切館では満席回が続出し、シネコンで拡大公開されるまでになった作品だ。

 確かに世界各国の映画祭で次々と受賞した注目作ではあったが、なぜこんなに地味で、名のある俳優も出演していない韓国映画が多くの人を惹きつけたのだろうか。1994年のソウルを舞台に、中学生の少女の視点から家族・友人・学校といった日常を描いた本作は、ごく個人的な世界観を持ってはいるものの、そこには確かに韓国社会のひずみや、その時代特有の空気が横たわっている。

<物語>

 1994年のソウル。餅屋を営む両親、姉のスヒ(パク・スヨン)、兄のデフン(ソン・サンヨン)と暮らす14歳、末っ子の女子中学生ウニ(パク・ジフ)は、勉強が苦手で学校も好きではないが、ボーイフレンドと仲の良い、ごく平凡な女の子。兄は優等生だがウニに対しては暴力的で、姉は不良に片足を突っ込んでいる。父(チョン・インギ)や母(イ・スンヨン)は末っ子のウニにあまり興味がないようだ。そんなある日、ウニが通う漢文塾に、新しい講師・ヨンジ先生(キム・セビョク)がやってくる。初めて自分の気持ちを理解してくれる大人に出会ったウニは、彼女のことを大好きになるが、先生との日々は長くは続かなかった。突然姿を消した先生の行方をウニが知ったのは、ソンス大橋の崩落という信じられない事故が起こってから間もなくのことだった……。

 今回のコラムでは、一見、平凡な女子中学生の成長物語のように見える本作の背景に見え隠れする「韓国」について、私自身の記憶を手繰り寄せながら、この国に根付く「儒教思想」とそれに基づくさまざまな「暴力」の形を考えてみたい。

 まずは、現在に至るまで依然として変わらない、日常生活の隅々にまで染みついている前近代的な儒教思想からの影響だ。朝鮮王朝時代の500年間という長い歳月、国家と社会を維持するための統治イデオロギーとして君臨してきた儒教の真髄は、「服従」にほかならない。王・師・親への服従(君師父一体)と、女の男への服従(男尊女卑、女必従夫)を軸に持つこの思想こそが、服従を美徳・道徳として洗脳に近い教育を徹底してきたのである。そうして形成される社会は、もれなく男性中心の社会であり、権力や金、社会的地位から年齢の差までもがものをいう、いわゆる「縦社会」である。こうした男性中心の縦社会で何より重視されるのが「位階秩序」(ヒエラルキー)である。垂直な階級概念である位階秩序を維持するためには絶対に服従が必要であり、だからこそ美徳や道徳云々と持ち上げてイデオロギー化に走ってきたし、その中で女性に対する抑圧や排除は当たり前のように行われてきたのだ。

 500年以上も人々の上に重くのしかかってきたこのイデオロギーがそう簡単に消えるはずはなく、むしろ、韓国人の「集合的無意識」を形成していると言ってもいいかもしれない。女性の社会進出や活躍が珍しくなくなった今日でも、韓国社会における日常的な女性差別は根本的には変わっていない。つい最近は、息子にだけ財産を相続させた母親の家に、娘が火をつけて焼いてしまうという事件が起こった。男尊女卑が生んだ「남아선호사상(男児選好思想)」の無意識が、財産相続という形で立ち現れた悲劇といえる。

「妹を殴る」ことに罪の意識がなかった長男

 さて、服従の思想が支配する最小の集団といえば、そう、「家族」だ。家族の中で父と息子(=男性)の「階級」は、母や娘(=女性)より格段に上。本作にも描かれているように、父への服従、息子の優遇は、風が吹いて水が流れるがごとく、極めて自然なものである。とりわけ、きょうだいの中での息子の階級は絶対だ。この絶対的な階級は、時には暴力をも承認してしまう。兄が妹を「殴る」のは、家族内の位階秩序を保つために必要なものであり、ウニの母が言うように、あくまで「兄妹げんか」にすぎない。ウニは兄から一方的に殴られ鼓膜まで破れたにもかかわらず、それは「暴力」ではないのだ。妹に対する兄の暴力が、父や母によって厳しく問われることはない。家族間の暴力は「罪ではない」と、無意識の中に内在化してしまっているのだ。

 実は、正直にいうと、本作を見ながら、私はまるで自分の家族を見ているかのような錯覚を覚えて恥ずかしくなった。ウニたちと同じく姉と妹に挟まれた3きょうだいの長男である私は、生まれた時から家族でもっとも大切に扱われてきた。映画が始まって間もなく、突然訪ねてきた伯父の口から、彼の学費のために妹である母親が高校進学を諦めたエピソードが語られるが、私の家庭も経済的に余裕がなく、私だけが大学に進学した。姉や妹も(少なくとも私の目には)それを当然と思っているようだった。

 2人は高校卒業後、就職をして私の学費を助け、時にはお小遣いをくれることもあった。私にとって、それは当然のことだった。だが映画の中で、あまりにも「普通に」ウニを殴る兄のデフンの姿を観た瞬間、高校時代に2歳下の妹を、デフンと同じように殴っていた自分の姿が脳裏に蘇り、恥ずかしさと罪悪感に襲われてしまった。当時の私にとっては、妹を殴ることなど日常茶飯事だった。私の暴力に対して彼女が何を感じていたかを確かめたことはない。だが、映画の中でウニが代わりに答えてくれている。「死んでお化けになって、後悔しているアイツを天井から見下ろしたい」と。今では2人の大学生の母となった妹に、これから先も私は、あの時の心境を確かめることはできないだろう。

 ちなみに、こうした根強く、根深い前近代的な儒教思想は、何も韓国だけのものではない。朝鮮半島全体に広く影響を及ぼしている。その一端を象徴する場面が、本作にも描かれる金日成(キム・イルソン)の死去を伝えるニュース映像だ。全国民が一斉に、まるで両親を失った子どものように慟哭するその場面には、金日成を「어버이(父と母を意味する言葉)」と呼び、絶対的な服従を実践した北朝鮮の儒教的崇拝が現れている。本作における家父長的背景のメタファーとしても読めるだろう。

 次は、漢文塾のヨンジ先生のことだ。物語から、彼女はおそらく80年の民主化運動で先頭に立って闘った学生運動家だったのだろうと推測できる。家族の間でまん延していた暴力、その暴力を暴力として認識できない社会に広まる弱者への暴力。これらの理不尽な暴力とヨンジ先生は闘ってきたのだろう。彼女がウニとウニの友達のために歌う歌は「切られた指」という有名なデモ歌だ。歌は、80年代に学生運動の一環として行われた工場活動を想起させる。以前のコラムでも紹介したが、工場活動(工活)とは大学生たちが身分を隠して工場に就職し、同世代の若者たちが受ける労働搾取と闘ったことを示す言葉だ。ヨンジ先生は自らの歌を通して、そういった「過去」をのぞかせている。そしてまた、一口に民主化運動といっても、その中でさらに女性は差別を受けていた。女性労働者たちのストライキを潰すために、男性労働者たちが活躍したという歴史があるほどなのだ。

 そんなヨンジ先生が「立ち退きを拒否して闘う人たちに対する同情はやめたほうがいい」とさりげなくウニに言い放つセリフは、そうした「運動の中にも根強く存在している男性中心主義への警戒」だったのかもしれない。「兄に殴られるままでいるな、闘え」と強く言い聞かせ、一人の人間として自分に向き合い真摯に接してくれるヨンジ先生によって、ウニは少しずつ「新たな世界」へシフトしていく。その新しい世界にウニがどう挑んでいくかは、映画の後半、韓国で実際に起こった事故を通して象徴的に提示される。

 最後は、その事故・ソンス大橋崩落と、そこから見える軍事独裁政権による国家的暴力だ。

 社会の最小単位と言われる家族の中での無意識化した暴力は、その領域を、学校へ、職場へといった具合に広げていき、ついには国家的暴力にまで拡大していくという負の連鎖を引き起こす。当時の韓国メディアが口をそろえて報道したように、日本の植民地時代に造られた橋がいまだ事故一つなく使われているというのに、竣工からせいぜい15年しかたっていないソンス大橋があっけなく崩落してしまった原因は、当時横行していた朴正煕軍事政権時代の「賄賂とリベート」による手抜き工事と、その後のずさんな管理が積み重なったものであった。さらにその翌年には、デパートの崩壊というこれまた信じられない事故が起こり、数百人の命が奪われることを考えると、これらの事故は文民政府に変わったこの時期に、起こるべくして起こったといえる。

 これはまさに、国家が国民の命をないがしろにし、家族間の無意識の暴力が拡大して国家的暴力として現れた極端な例ではないだろうか。これを目の当たりにしても、多くの国民はそれを暴力として認識できないでいた時代、休みが終わったらすべて話してあげると、ウニに手紙で明かしていたヨンジ先生は、もしかするとそうした暴力に対する鈍感さへの警告を、自らの経験をふまえてウニに教えたかったのかもしれない。だが先生は、皮肉にも国家権力の暴力(=大橋の崩落)によって命を落としてしまい、ウニにすべてを語ることはできなくなってしまった。だが私は、これこそがキム・ボラ監督が意図したことではないかと思った。

 映画の最後でウニは、ヨンジ先生の命を奪った橋を見に行く。ヨンジ先生から教えてもらうことがかなわなくなったウニは、この先一人で考え、感じていかなくてはならない。韓国社会の隅々に染みついているあらゆる形の暴力、女性に加えられる理不尽な暴力に気づき、直視しなければならない。ヨンジ先生の死を、あえてあの大事故に結びつけることで、強くなっていくウニのその後を想像させるのだ。そして大人になったウニの目に、現在の韓国はどう映っているのだろうか。ウニの視点を通して本作は、今も韓国社会に根付くさまざまな形の「暴力」について問いかけているに違いない。そう考えると本作は、家族という枠の中で行われる個人間の暴力や、橋の崩落に潜む国家的暴力など、韓国社会に内在する暴力とその暴力が正当化される構造をも見せてくれた作品であるといえる。

 本作は、キム・ボラ監督の処女作である。監督自身の経験に基づいた物語には、思春期特有の揺らぎがみずみずしく描き出されている。親友とのすれ違い、同性同士のほのかな憧れと残酷な心離れ、世界から顧みられない疎外感、理不尽さに満ちた社会、大人の女性との交流、そして続いていく日常……。演出、カメラワーク、出演者のキャスティング、どれをとっても出色の出来といっていいだろう。だが問題は2作目だ。韓国映画界では、デビュー作で高い評価を得たものの、その後に活躍が続かない作り手も少なくない。監督の本当の実力が試される次回作を、今から楽しみに待ちたい。

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

「兄が妹を『殴る』のは日常茶飯事」――韓国映画『はちどり』から繙く「正当化された暴力」と儒教思想の歴史

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『はちどり』

 昨今のコロナ禍で大きな打撃を受けた映画界。とりわけ、世界各国の多様で良質な映画を届ける、日本ならではの劇場システムである“ミニシアター”は、外出自粛による減収、さらには長引く休館の対応により、存続の危機に立たされた。一方で「SAVE the CINEMA」の署名運動が活発化し、「ミニシアター・エイド基金」のクラウドファンディングで前例のない金額が集まるなど、日常生活においてミニシアターが欠かせない存在であることを多くの人が再認識する機会にもなった。

 各地の映画館が営業を再開した現在も、予防のため定員数を半減、また年配層の観客の減少など状況は依然として苦しい。だがそんな中、1本の映画の盛況ぶりが大きな話題になった。韓国のインディーズ映画『はちどり』(キム・ボラ監督、2019年)である。定員半減中とはいえ封切館では満席回が続出し、シネコンで拡大公開されるまでになった作品だ。

 確かに世界各国の映画祭で次々と受賞した注目作ではあったが、なぜこんなに地味で、名のある俳優も出演していない韓国映画が多くの人を惹きつけたのだろうか。1994年のソウルを舞台に、中学生の少女の視点から家族・友人・学校といった日常を描いた本作は、ごく個人的な世界観を持ってはいるものの、そこには確かに韓国社会のひずみや、その時代特有の空気が横たわっている。

<物語>

 1994年のソウル。餅屋を営む両親、姉のスヒ(パク・スヨン)、兄のデフン(ソン・サンヨン)と暮らす14歳、末っ子の女子中学生ウニ(パク・ジフ)は、勉強が苦手で学校も好きではないが、ボーイフレンドと仲の良い、ごく平凡な女の子。兄は優等生だがウニに対しては暴力的で、姉は不良に片足を突っ込んでいる。父(チョン・インギ)や母(イ・スンヨン)は末っ子のウニにあまり興味がないようだ。そんなある日、ウニが通う漢文塾に、新しい講師・ヨンジ先生(キム・セビョク)がやってくる。初めて自分の気持ちを理解してくれる大人に出会ったウニは、彼女のことを大好きになるが、先生との日々は長くは続かなかった。突然姿を消した先生の行方をウニが知ったのは、ソンス大橋の崩落という信じられない事故が起こってから間もなくのことだった……。

 今回のコラムでは、一見、平凡な女子中学生の成長物語のように見える本作の背景に見え隠れする「韓国」について、私自身の記憶を手繰り寄せながら、この国に根付く「儒教思想」とそれに基づくさまざまな「暴力」の形を考えてみたい。

 まずは、現在に至るまで依然として変わらない、日常生活の隅々にまで染みついている前近代的な儒教思想からの影響だ。朝鮮王朝時代の500年間という長い歳月、国家と社会を維持するための統治イデオロギーとして君臨してきた儒教の真髄は、「服従」にほかならない。王・師・親への服従(君師父一体)と、女の男への服従(男尊女卑、女必従夫)を軸に持つこの思想こそが、服従を美徳・道徳として洗脳に近い教育を徹底してきたのである。そうして形成される社会は、もれなく男性中心の社会であり、権力や金、社会的地位から年齢の差までもがものをいう、いわゆる「縦社会」である。こうした男性中心の縦社会で何より重視されるのが「位階秩序」(ヒエラルキー)である。垂直な階級概念である位階秩序を維持するためには絶対に服従が必要であり、だからこそ美徳や道徳云々と持ち上げてイデオロギー化に走ってきたし、その中で女性に対する抑圧や排除は当たり前のように行われてきたのだ。

 500年以上も人々の上に重くのしかかってきたこのイデオロギーがそう簡単に消えるはずはなく、むしろ、韓国人の「集合的無意識」を形成していると言ってもいいかもしれない。女性の社会進出や活躍が珍しくなくなった今日でも、韓国社会における日常的な女性差別は根本的には変わっていない。つい最近は、息子にだけ財産を相続させた母親の家に、娘が火をつけて焼いてしまうという事件が起こった。男尊女卑が生んだ「남아선호사상(男児選好思想)」の無意識が、財産相続という形で立ち現れた悲劇といえる。

「妹を殴る」ことに罪の意識がなかった長男

 さて、服従の思想が支配する最小の集団といえば、そう、「家族」だ。家族の中で父と息子(=男性)の「階級」は、母や娘(=女性)より格段に上。本作にも描かれているように、父への服従、息子の優遇は、風が吹いて水が流れるがごとく、極めて自然なものである。とりわけ、きょうだいの中での息子の階級は絶対だ。この絶対的な階級は、時には暴力をも承認してしまう。兄が妹を「殴る」のは、家族内の位階秩序を保つために必要なものであり、ウニの母が言うように、あくまで「兄妹げんか」にすぎない。ウニは兄から一方的に殴られ鼓膜まで破れたにもかかわらず、それは「暴力」ではないのだ。妹に対する兄の暴力が、父や母によって厳しく問われることはない。家族間の暴力は「罪ではない」と、無意識の中に内在化してしまっているのだ。

 実は、正直にいうと、本作を見ながら、私はまるで自分の家族を見ているかのような錯覚を覚えて恥ずかしくなった。ウニたちと同じく姉と妹に挟まれた3きょうだいの長男である私は、生まれた時から家族でもっとも大切に扱われてきた。映画が始まって間もなく、突然訪ねてきた伯父の口から、彼の学費のために妹である母親が高校進学を諦めたエピソードが語られるが、私の家庭も経済的に余裕がなく、私だけが大学に進学した。姉や妹も(少なくとも私の目には)それを当然と思っているようだった。

 2人は高校卒業後、就職をして私の学費を助け、時にはお小遣いをくれることもあった。私にとって、それは当然のことだった。だが映画の中で、あまりにも「普通に」ウニを殴る兄のデフンの姿を観た瞬間、高校時代に2歳下の妹を、デフンと同じように殴っていた自分の姿が脳裏に蘇り、恥ずかしさと罪悪感に襲われてしまった。当時の私にとっては、妹を殴ることなど日常茶飯事だった。私の暴力に対して彼女が何を感じていたかを確かめたことはない。だが、映画の中でウニが代わりに答えてくれている。「死んでお化けになって、後悔しているアイツを天井から見下ろしたい」と。今では2人の大学生の母となった妹に、これから先も私は、あの時の心境を確かめることはできないだろう。

 ちなみに、こうした根強く、根深い前近代的な儒教思想は、何も韓国だけのものではない。朝鮮半島全体に広く影響を及ぼしている。その一端を象徴する場面が、本作にも描かれる金日成(キム・イルソン)の死去を伝えるニュース映像だ。全国民が一斉に、まるで両親を失った子どものように慟哭するその場面には、金日成を「어버이(父と母を意味する言葉)」と呼び、絶対的な服従を実践した北朝鮮の儒教的崇拝が現れている。本作における家父長的背景のメタファーとしても読めるだろう。

 次は、漢文塾のヨンジ先生のことだ。物語から、彼女はおそらく80年の民主化運動で先頭に立って闘った学生運動家だったのだろうと推測できる。家族の間でまん延していた暴力、その暴力を暴力として認識できない社会に広まる弱者への暴力。これらの理不尽な暴力とヨンジ先生は闘ってきたのだろう。彼女がウニとウニの友達のために歌う歌は「切られた指」という有名なデモ歌だ。歌は、80年代に学生運動の一環として行われた工場活動を想起させる。以前のコラムでも紹介したが、工場活動(工活)とは大学生たちが身分を隠して工場に就職し、同世代の若者たちが受ける労働搾取と闘ったことを示す言葉だ。ヨンジ先生は自らの歌を通して、そういった「過去」をのぞかせている。そしてまた、一口に民主化運動といっても、その中でさらに女性は差別を受けていた。女性労働者たちのストライキを潰すために、男性労働者たちが活躍したという歴史があるほどなのだ。

 そんなヨンジ先生が「立ち退きを拒否して闘う人たちに対する同情はやめたほうがいい」とさりげなくウニに言い放つセリフは、そうした「運動の中にも根強く存在している男性中心主義への警戒」だったのかもしれない。「兄に殴られるままでいるな、闘え」と強く言い聞かせ、一人の人間として自分に向き合い真摯に接してくれるヨンジ先生によって、ウニは少しずつ「新たな世界」へシフトしていく。その新しい世界にウニがどう挑んでいくかは、映画の後半、韓国で実際に起こった事故を通して象徴的に提示される。

 最後は、その事故・ソンス大橋崩落と、そこから見える軍事独裁政権による国家的暴力だ。

 社会の最小単位と言われる家族の中での無意識化した暴力は、その領域を、学校へ、職場へといった具合に広げていき、ついには国家的暴力にまで拡大していくという負の連鎖を引き起こす。当時の韓国メディアが口をそろえて報道したように、日本の植民地時代に造られた橋がいまだ事故一つなく使われているというのに、竣工からせいぜい15年しかたっていないソンス大橋があっけなく崩落してしまった原因は、当時横行していた朴正煕軍事政権時代の「賄賂とリベート」による手抜き工事と、その後のずさんな管理が積み重なったものであった。さらにその翌年には、デパートの崩壊というこれまた信じられない事故が起こり、数百人の命が奪われることを考えると、これらの事故は文民政府に変わったこの時期に、起こるべくして起こったといえる。

 これはまさに、国家が国民の命をないがしろにし、家族間の無意識の暴力が拡大して国家的暴力として現れた極端な例ではないだろうか。これを目の当たりにしても、多くの国民はそれを暴力として認識できないでいた時代、休みが終わったらすべて話してあげると、ウニに手紙で明かしていたヨンジ先生は、もしかするとそうした暴力に対する鈍感さへの警告を、自らの経験をふまえてウニに教えたかったのかもしれない。だが先生は、皮肉にも国家権力の暴力(=大橋の崩落)によって命を落としてしまい、ウニにすべてを語ることはできなくなってしまった。だが私は、これこそがキム・ボラ監督が意図したことではないかと思った。

 映画の最後でウニは、ヨンジ先生の命を奪った橋を見に行く。ヨンジ先生から教えてもらうことがかなわなくなったウニは、この先一人で考え、感じていかなくてはならない。韓国社会の隅々に染みついているあらゆる形の暴力、女性に加えられる理不尽な暴力に気づき、直視しなければならない。ヨンジ先生の死を、あえてあの大事故に結びつけることで、強くなっていくウニのその後を想像させるのだ。そして大人になったウニの目に、現在の韓国はどう映っているのだろうか。ウニの視点を通して本作は、今も韓国社会に根付くさまざまな形の「暴力」について問いかけているに違いない。そう考えると本作は、家族という枠の中で行われる個人間の暴力や、橋の崩落に潜む国家的暴力など、韓国社会に内在する暴力とその暴力が正当化される構造をも見せてくれた作品であるといえる。

 本作は、キム・ボラ監督の処女作である。監督自身の経験に基づいた物語には、思春期特有の揺らぎがみずみずしく描き出されている。親友とのすれ違い、同性同士のほのかな憧れと残酷な心離れ、世界から顧みられない疎外感、理不尽さに満ちた社会、大人の女性との交流、そして続いていく日常……。演出、カメラワーク、出演者のキャスティング、どれをとっても出色の出来といっていいだろう。だが問題は2作目だ。韓国映画界では、デビュー作で高い評価を得たものの、その後に活躍が続かない作り手も少なくない。監督の本当の実力が試される次回作を、今から楽しみに待ちたい。

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『ロスト・メモリーズ』、歴史改変SFが「公式の歴史」をなぞる……描けなかったアンタッチャブルな領域

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『ロスト・メモリーズ』

 今から13年前の2007年、韓国近代史を専門とするロンドン大学のアンダース・カールソン教授が、韓国メディアに総叩きにされる事件が起こった。高麗大学での夏期特別講座で、安重根(アン・ジュングン)や金九(キム・グ)ら抗日運動家を「テロリスト」呼ばわりしたという理由だった。韓国のネトウヨたちはすぐさま反応し、カルソン教授への誹謗中傷や批判が広まって、彼は講座中止の窮地にまで追い込まれてしまった。

 それもそのはず、韓国人にとって抗日運動家とは尊敬してやまない偉大な存在であり、中でも安重根は「韓国侵略の元凶」とされる伊藤博文を射殺した、“英雄中の英雄”である。そんな彼をあのイスラム国やタリバンと同列の「テロリスト」として語るとは正気か――あるネットメディアは、「天人ともに許さざる」日本の蛮行に抵抗した抗日運動家たちの「義挙」をテロと呼んだ教授に、怒りをあらわに反論した。

 教授は実際には、「帝国との闘いには、非暴力的な方法もあれば、ゲリラ戦や要人暗殺といったテロリズムもある」と、当時の闘いと近年の無差別殺人を伴うテロとは差別化して説明していた。にもかかわらずネトウヨやメディアは「テロリスト」という単語だけを切り取り、現在のテロリズムの文脈から解釈して騒ぎ立てたというわけだ。

 カルソン教授は数少ない欧米の韓国史研究者であり、ロンドン大学で韓国語や韓国史を教えている「ありがたい存在」ということもあって、早々に騒ぎは収まり、講座は無事に終わった。が、この騒ぎは安重根ら抗日運動家が韓国においてアンタッチャブルな存在であることを改めて浮き彫りにした。

 日本による植民地支配の不当性を徹底的に教育する韓国からすれば、当然の態度かもしれないが、特定の歴史的事件に対して議論の余地を与えず、ひたすら神聖化へと突き進んでしまう恐ろしさは常に存在する。歴史はさまざまな視点から捉えられるべき、とは常識ではあるものの、見方を固定しようとする動きに対しては警戒を怠ってはならないのだ。

 今回取り上げる『ロスト・メモリーズ』(イ・シミョン監督、2002)は、そういう意味では、いわゆる「歴史改変(alternative history)もの」として、植民地の歴史に対して興味深い視点を提示している。「歴史改変もの」とは、歴史が実際とは違う展開になった場合の現在や未来における架空の物語を描く、SFジャンルの一種だ。歴史的な出来事にフィクションを加味する「ファクション」とは違い、仮定法によってまったく異なる歴史を再創造し、あり得たかもしれない歴史の多様な可能性を提示する。架空の歴史を見るというジャンル的な楽しみはもちろん、予測可能な歴史的選択肢の一つにもなりうるという点が、「歴史改変もの」に注目が集まる理由だ。

 一方でこのジャンルには、史実と二項対立的に単純比較され、史実がいかに正しいかを強調するためのものとして、プロパガンダ的に使われる危険性も潜んでいる。植民地支配の歴史改変ものとして本作は、はたしてどのような再創造の世界を見せてくれるだろうか。

<物語>

 1909年10月26日のハルビン駅。安重根は伊藤博文の暗殺に失敗し、その場で射殺される。これによってまったく違う方向に展開する歴史は、日本の大東亜共栄圏の成功につながり、2009年現在も韓国は日本の植民地のままである。日本第3の都市になっている京城(ソウル)で、政界の大物率いる「井上財団」が主催した遺物展覧会の会場が、反政府組織「朝鮮解放同盟」によって襲撃される。鎮圧に駆け付けた連邦捜査局JBI(FBIのもじりか)の捜査官・坂本(チャン・ドンゴン)や西郷(仲村トオル)らによってテロはすぐに抑え込まれるが、坂本はテロリストの目的がはっきりしないことに疑問を抱く。再捜査を求める朝鮮系日本人の坂本に対し、上層部はなぜか事件を隠蔽しようとする。

 ひとり捜査を進めて停職・逮捕の危機に瀕した坂本は、逃げる際に撃たれて重傷を負う。行き場を失った坂本は、「不令鮮人」(不逞鮮人)たちに助けられ、彼らのアジトで次第に朝鮮人としての民族意識に目覚めていく。やがて、安重根による伊藤博文暗殺の失敗やその後のゆがんだ歴史は、すべて井上財団が画策した巨大な陰謀の結果だったことを知った坂本は、歴史を正すべく、タイムスリップ装置を利用して100年前のあの日のハルビン駅へ向かう。

 本作には仲村や光石研ら韓国でも名を知られる日本人俳優が出演して話題を呼んだが、個人的には『にあんちゃん』(1959)や『豚と軍艦』(61)、『うなぎ』(97)など数々の名作を残した日本映画界の巨匠、故・今村昌平監督が歴史学者として登場したのに驚いた。どうやら、今村監督が創設した日本映画専門学校(現・日本映画大学)の卒業生である俳優キム・ウンスが捜査官の役で出演していた縁からだといわれるが、同時に、1998年当時の金大中(キム・デジュン)政権が行った日本大衆文化開放政策によって、戦後の韓国で正式に上映された初めての日本映画が『うなぎ』だったという歴史的なつながりもあったかもしれない。

 さて、物語からもわかるように、本作はアンタッチャブルな安重根の義挙という歴史の改変を出発点にしている。伊藤博文の暗殺に失敗し、逆にその場で安重根が殺されるという大胆な書き換えに始まり、伊藤博文の朝鮮総督府・初代総督赴任、三・一独立運動など抗日運動の失敗、日米同盟と連合軍側での第2次世界大戦参戦、満州併合、ベルリンへの原爆投下で大戦終結といった改変された歴史が、オープニングで次々とスピーディーに提示される。そして戦後、戦勝国の日本は国連安保理の常任理事国になり、88年の名古屋オリンピックや2002年のワールドカップを招致。サッカー選手のイ・ドングク(韓国サッカー界を代表する人物)の胸には韓国の国旗ではなく日の丸が輝き、京城のど真ん中には李舜臣(イ・スンシン)ではなく豊臣秀吉の銅像が立っている……。

 インパクトの強いオープニングであるだけに、これらの衝撃的な改変がどのように映画の物語と絡んでいくのか、期待を込めて見始めたのだが、映画は時代を09年という近未来(製作当時)にしただけで、そこで繰り広げられる闘いは、次第に抗日運動を素材にした「韓国=善/日本=悪」といったお決まりの二項対立に収斂されていった。朝鮮独立のために命を懸けて壮絶に闘い死んでいったとされる、国家が認めた「公式の歴史」をなぞるだけでは、わざわざ歴史を改変した理由がまったく見当たらないではないか。伊藤博文暗殺失敗というねじ曲げられた「悪い歴史」を「正しい歴史」に戻すためにタイムスリップし、暗殺を成功させるという結末はもはや見なくてもわかるものであり、映画というメディアに許された自由な表現空間は生かされることなく映画は終わりを迎えた。

 植民地支配の時代、多くの抗日運動家が命を惜しまず闘ったのは事実だが、独立の決定打になったのは日本の敗戦にほかならない。それにより、朝鮮は期せずして解放を迎えることになった。それなのに、韓国の独立はすべて抗日運動の帰結として捉えるのは、それこそ都合の良い解釈という改変ではないだろうか。わざわざ「歴史改変もの」の型を借りたにもかかわらず、本作は結局、歴史を多様なレベルで考えさせるなどといった意図など最初から持ち合わせていなかったようである。韓流スターが主演し、日本からも多くのキャストを得て画期的な試みとなるはずだった映画は、製作から18年がたった現在、ほとんど忘れ去られてしまっている。

 見終わってふと、伊藤博文暗殺の義挙に隠れてあまり議論されることのない、安重根をめぐる別の歴史に思いをはせた。実は彼は、1894年に農民らが蜂起した「東学農民運動(東学党の乱としても知られる)」では、官軍側の立場から鎮圧に参加していた。また処刑後、安重根の家族が日本の官憲に追われて逃げ続ける不遇な日々を送る中で、日本政府に利用された息子の俊生(ジュンセン)は、伊藤博文の息子に謝罪する事態に追い詰められ、朝鮮の民衆から「民族の裏切り者」と呼ばれた。「伊藤博文を暗殺した英雄」という視点だけでは見えない、安重根をめぐる複層的な歴史もまた存在するのである。

 だがそれでも「歴史改変もの」ジャンルが秘める映画的可能性を、私はまだ信じている。とりわけ植民地時代の歴史に対するアンタッチャブルな姿勢の問題点を理解し、そこに大胆な改変を試みる、本ジャンルの新たな傑作が誕生する日を心待ちにしている。まだ理想的な期待かもしれないが、もっと柔軟で多層的な文脈を持つ傑作を、である。

■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

大ヒット韓国映画『新感染』『半島』のヨン・サンホ監督作! 清濁併せ持つ信仰心を描いた話題作『フェイク~我は神なり』

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『フェイク~我は神なり』

 依然として世界で猛威を振るっている、新型コロナウイルス。韓国も例外ではないが、一時は抑え込んだと思われた感染拡大を一気に爆発させ、国民の非難の的になった集団がある。「신천지(新天地)」という新興宗教集団だ。彼らは、“3密”どころか、感染予防を完全に無視した大規模な集会を開き、集会に参加したことを隠して全国に感染を広めたとして、文字通り袋叩きにされたのだ。

 最初は行方をくらましていた教祖イ・マンヒも事態を重く見て、記者会見で国民に謝罪し、当局の検査に積極的に協力すると約束したのだが、国民や政府の憤りは収まらず。ついにはソウル市から宗教集団としての法人資格の取り消し処分を受けた。

 新興宗教団体によるコロナ感染拡大のニュースは日本でも報道されたが、その後、韓国では「新天地」をめぐって別の問題が浮上した。信者たちの財産の詐取や監禁といった、以前から疑われていた違法行為が再び指摘されたのだ。実際、「新天地」の集会に出たきり行方不明になった人が大勢いるといわれており、中には家族に黙って全財産を「寄付」した人もいるという。信者の家族や元信者たちは詐欺の被害を裁判で訴えているのだが、宗教という非常に個人的な領域の問題であるだけに、「自分の意思」なのか「新天地の強制」なのかの明確化が論点になっている。

 かねてから韓国では新興宗教だけでなく、宗教を利用した事件や犯罪が度々社会を震撼させてきた。教祖を含む32人が集団自殺をした1987年の「五大洋事件」、もうすぐ世界の終末が来ると信者たちを騙して財産を着服した92年の「タミ宣教会“携挙”詐欺事件」、韓国の天然記念物に指定されている犬「チンドッケ」を崇拝する集団による2014年の「幼児殺害・遺体遺棄」などがその代表的なものである。こうした韓国の新興宗教にはキリスト教のプロテスタントから派生した教団が圧倒的に多く、また団体の中で犯罪を犯すケースも少なくない。

 プロテスタントの牧師やプロテスタント系新興宗教の教祖による犯罪は、検察の統計によれば年々増えており、なかでも男性牧師/教祖による女性信者へのセクハラ事件が最も多い。「神の使者」に逆らうことはできないという信者の信仰心を利用した卑劣な犯罪を、牧師や教祖たちが犯しているのだ。

 今回のコラムでは、まさにこのような宗教を利用した犯罪をリアルに描き、高い評価を得たアニメーション映画『フェイク~我は神なり』(ヨン・サンホ監督、2013)を取り上げ、韓国における宗教や信仰について触れてみたい。監督のヨン・サンホは、近年日本でも大ヒットしたゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)を手掛けているが、デビュー作はアニメーション映画で、韓国では珍しいアニメと実写の“二刀流”監督として知られている。

 本作は、国内で最も優れたインディーズ映画に与えられる「第16回今年の独立映画賞」や、「第46回シッチェス国際映画祭」で最優秀アニメーション賞を受賞するなど、国内外で大きく注目された。興行面でも、スクリーン確保や配給が厳しいために観客動員1万人以上なら大成功といわれる韓国インディーズ映画界において、2万2,000人以上を記録するヒットとなった。ヨン監督は現在、『新感染』の4年後の世界を描いた、新作実写映画『半島』が韓国で大ヒット中、今後がますます楽しみな映画作家である。

<物語>
 ダムの建設予定地で、水没の危機にある田舎の村に、プレハブの教会が建てられる。この教会の長老であるチェ・ギョンソク(声:クォン・ヘヒョ)は、牧師のソン・チョル(オ・ジョンセ)と共に病人を治癒するなどの詐欺を働いて村人を信じ込ませ、水没の補償金を騙し取ろうする。一方、外地から村に帰ってきたキム・ミンチョル(ヤン・イクチュン)は、娘のヨンソン(パク・ヒボン)の貯金を奪い、賭博に費やしてしまう。

 ひょんなことから、チェ長老が実は指名手配中の詐欺師だと知ったミンチョルは、この事実を警察や村人に知らせようとするが、乱暴者のミンチョルを信じる者は誰もおらず、むしろミンチョルは悪魔呼ばわりされる。妻や娘にすら信じてもらえず暴力を加速させるミンチョルは、自分の正しさを証明しようとするが、チェ長老の口車に乗せられたヨンソンが行方不明になると、事態はますます破局へと向かっていく。

 本作の原題は『사이비(似而非)』という。似而非(エセ)とは「同じように見えて実はまったく違う偽者」という意味。韓国では「似而非宗教」や「似而非教祖」、「似而非メディア」といった具合に偽者(物)を批判するときによく使われるため、この言葉にはすでに犯罪の意味が込められており、本作同様、宗教との関連で語られる場合が多い。

 先述したように、ほとんどがプロテスタント系教団である「似而非宗教」を端的に物語る概念が、「再臨イエス」である。イエスが再び現世に降りてきて非信者たちを地獄に陥れるという、キリスト教の信仰のひとつだ。ところが、そんな「再臨イエス」を名乗る者が「新天地」のイ・マンヒも含めて韓国には50人近くもいるといわれる。それぞれ都合よく聖書を解釈し、自らをイエスに仕立て上げているのだ。当然、彼らは正統派プロテスタントから「似而非」に指定され、排除されているわけだが、だとすれば、韓国にはなぜこんなにも自称イエスが多いのだろうか? そして、どうしてそんなバカげた話に大の大人たちがまんまと騙され、彼らに従って貢いでいるのだろうか?

 人間の宗教的心理を探るのは容易ではないが、長い歴史を通して積み上げられてきた韓国での宗教の変容や様相を通して、集団としての韓国人の宗教心理を考えてみると、漢陽(ハニャン)大学教授の民俗学者キム・ヨンドク氏が著書『韓国の風俗史』(1994)の中で述べている「祈福信仰」という概念が、ひとつのキーワードとなりそうだ。

 キム教授によれば、朝鮮半島では古代から「天」を崇拝する土着信仰があり、その儀式は「天にあらゆる福を求める」ものが中心だった。それが「祈福信仰」として民間に根を下ろしたのだという。その後、外来宗教の仏教や儒教が支配層に受け入れられ、民間信仰は弾圧されたりもしたが、消えることなく、むしろ外来宗教と結合して祈福信仰を浸透させてきた。これは近世になって流入したキリスト教との関係においても同じで、とりわけ「信じれば奇跡が起こる」と、イエスが起こす数々の奇跡と共に直接話法で説教するキリスト教の教理と、祈福信仰の伝統が類似していることから、抵抗なく受け入れられ、韓国で拡大し、今に至っているのだ。キム教授は、聖書の「神」を、韓国では「天」を意味する「하늘(ハヌル)」にちなんで「하느님(ハヌニム)」や「 하나님(ハナニム)」と呼んでいるのは、天に祈福してきた土着信仰の影響であると主張する。

 本作にも表れているが、韓国の牧師や信者たちのお祈りは、その語尾が「~해 주십시오(~してください)」という“求める形”に、ほぼ定型化していることがわかる。「病気を治してください」「合格させてください」「長生きさせてください」というように。これこそが「祈福信仰」にほかならない。実際にかなうかどうかは別として、切実に求める心に、少なくとも希望という安らぎを与えることは間違いないだろう。

 半面、本作でのチェ長老やソン牧師のように、こうした人間の弱みにうまくつけ込んで、宗教の名の下に騙し、危害を加える「再臨イエス=似而非」が生まれやすいのも事実だし、現に社会に弊害を及ぼしてもいる。ちなみに、本作でチェ長老の言う、神によって天国に呼ばれるという「14万4,000人」は、聖書で実際に言及されている数字であり、再臨イエスたちは主にこれを利用して金などを騙し取っているといわれる。その限定枠の中に入るためには金が必要だというわけだ。

 人はなぜ宗教を必要とするのか? 本作に登場する村人たちは、心のどこかに罪悪感を抱いていたり、病魔に襲われたり、不幸な家族関係によって人生を狂わせたりしている。そんな村人たちに「心のよりどころ」があるというのは、どれほど幸せなことだろうか。それを求める切実さを利用して欲望を満たそうとするチェ長老らは言うまでもなく許せない悪だが、彼らがインチキだと暴くことも、村人たちにとっては、ある意味では暴力といえるのではないだろうか。「“ウソ”をつく善(と見られるもの)」と、「“真実”を暴く悪(にされるもの)」。村人が前者を選択したのは、暴くことの暴力性を示す隠喩なのかもしれない。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『マルモイ』、ハングル誕生までの物語ーー「独自の言葉」を守る意味とは

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『マルモイ』

 韓国にとって2019年は、植民地時代に起こった「三・一独立運動」からちょうど100年にあたる節目であり、この時代を背景にした映画が例年より多く作られた。そうなると当然、抗日運動家や日本軍との闘いを描いた作品が多くなる一方で、これまでにないテーマの映画も登場した。この時代に「銃」ではなく「ペン」を取り、言葉(朝鮮語)を守り抜いた人々の闘いを描いた『マルモイ ことばあつめ』(オム・ユナ監督、19年)である。「マルモイ(말모이)」とは、「言葉集め=辞書」を意味する固有語(朝鮮独自の言葉)であり、歴史上初めて試みられた朝鮮語辞書の名称でもある。

 監督のオム・ユナは、以前このコラムでも紹介した大ヒット作『タクシー運転手 約束は海を越えて』(チャン・フン監督、17年)のシナリオライターとして注目を集めた女性だが、本作ではさらに、子どもの頃からの夢だったという監督デビューも果たした。

 歴史的出来事にフィクションを加えて再構成するという作り方は、『タクシー運転手』をはじめ近年の韓国映画に多い傾向ではあるものの、若者の間でハングルを自由自在に作り変える略語や隠語がネット上に横行し、「ハングル破壊」が問題となっている今だからこそ、「韓国人なら必見」「ハングルの大事さを改めて感じた」と評価が高まり、動員280万人を超えるヒット作となった。

 1940年代、日本統治下の京城(現ソウル)。映画館の仕事をクビになったキム・パンス(ユ・ヘジン)は、息子ドクジン(チョ・ヒョンド)の学費を得るために、他人のカバンを盗もうとして失敗。その後、かつて刑務所でパンスに助けてもらったというチョ先生(キム・ホンパ)の紹介で、雑用係の面接に向かった朝鮮語学会にて、カバンの持ち主であるリュ・ジョンファン(ユン・ゲサン)と再会する。ジョンファンは文字の読めないパンスが学会で働くことに反対するが、ほかのメンバーたちが歓迎したため、パンスがハングルを覚えることを条件に渋々受け入れる。

 粗野だが人情に厚いパンスは、ハングルを学ぶなかで「朝鮮語」の大切さを知り、次第に「朝鮮人」としての民族意識にも目覚めていく。だがその一方で戦時下の朝鮮では、朝鮮語の使用を禁止し、日本語を強要する政策が行われており、そんな中でも朝鮮語辞書を作ろうとする朝鮮語学会に対し、朝鮮総督府は弾圧を強めていった……。

日本語強要、「朝鮮への弾圧」が厳しくなった時代

 映画の舞台となっている40年代は、あらゆる面で日本による朝鮮への弾圧が強くなった、日本の戦争遂行のための犠牲を強制された時期である。10年の日韓併合に始まる日本の朝鮮支配は、31年の満州事変以降、「内鮮一体」(日本と朝鮮はひとつ!)、「日鮮同祖」
(日本と朝鮮の祖先は同じ!)といったスローガンのもと、朝鮮語の使用禁止、創氏改名といった皇国臣民化や、軍隊への徴兵、労働者の徴用など、兵力や戦争物資の安定した確保のための政策を展開していた。とりわけ太平洋戦争勃発後は、「朝鮮人の日本人化」への動きが一段と強化され、現在韓国ではこの時代を「民族抹殺期」と規定しているほどである。日本人は朝鮮民族の言葉や名前と共に、朝鮮人としての精神までも奪おうとしたのだ。

 こうした当時の社会情勢は、例えばパンスが働く映画館で上映されている『朝鮮海峡』(パク・ギチェ監督、1943年)という映画が朝鮮人の志願入隊を題材にしていることや、ドクジンが通う学校での朝鮮語使用禁止、創氏改名の強制などを通して描かれている。パンスの幼い娘が無邪気に日本語を話そうとする姿は、幼子の純粋さが際立つだけに、一層胸が締め付けられる場面である。

 本作はそうした民族抹殺の時代を背景に、朝鮮語辞書を作ろうとした33人が逮捕されて拷問を受け、2人の死者が出た42年の「朝鮮語学会事件」をモチーフにしている。

 今回のコラムでは、本作が虚実入り混じった作品であることを理解したうえで、どこまでが史実でどこからがフィクションなのかを明らかにしてみたいと思う。そのためには、映画の中心である「朝鮮語学会事件」とはどのような事件だったのか、そして「マルモイ」はどのように生まれたのか、その経緯を紹介していこう。

 日本による朝鮮の植民地化が色濃くなっていく日韓併合の直前、朝鮮語学者チュ・シギョン(1876~14)は、朝鮮語消滅の危機感を抱き、本格的に朝鮮語研究を開始。そのために辞書の必要性を痛感した彼は11年、弟子たちと共に辞書作りに着手する。これが「マルモイ」の始まりなのだが、3年後チュの死とともに辞書作りは惜しくも中断し、再開したのは15年もの月日がたった29年のことだった。この年、朝鮮語学会に属する108人の学者たちが集まり、チュの遺志を継いで「朝鮮語辞典編纂会」という組織が発足したのである。

 編纂会はまず、バラバラだったハングルの書き方を整えた「ハングル正書法統一案」を発表、36年には「朝鮮語標準語査正案」を定めて、およそ6000の標準語を指定した。ところが標準語は定まったものの、ここで別の問題が浮上してしまう。各地方の方言が抜けていたのだ。そこで彼らが思いついたのが、学会誌「한글(ハングル)」に全国の方言を募集する広告を出すことだった。すると、全国各地からそれぞれの方言や意味を記した手紙が殺到、ますます辞書作りにいそしんだというわけだ。

 方言の収集をめぐっては、劇中でも公聴会を開いて標準語を決めたり、各地方出身のパンスの仲間たちの協力で方言を集める場面を通して描かれているが、映画が40年代として描いているのに対して、実際は36年の出来事である。ちなみに、お尻の細かな部位を示す「궁둥이(クンドゥンイ)」と「엉덩이(オンドンイ)」の違いが説明できなくて困っているジョンファンをパンスが助けるエピソードは、実際にあったものらしい。

 40年には総督府からいったん辞書作りの許可を得たものの、翌年の太平洋戦争勃発により一気に社会全体が臨戦体制に転換、日本統治下の朝鮮で「民族抹殺」政策が厳しくなると、総督府は政策に真っ向から違反する「朝鮮語辞書」の存在を無視できなくなっていった。だが学会は弾圧に抗いながら辞書作りにまい進したため、42年、総督府は学会を独立運動団体に指定し、内乱罪を適用して33人のメンバーを検挙、「マルモイ」の原稿も没収してしまった。逮捕されたメンバーらは裁判にかけられ、投獄されたうちの2人が拷問を受けて亡くなっている。これが朝鮮語学会事件の概要である。

 劇中では、ジョンファンとパンスが「マルモイ」の原稿を持って警察の追跡から逃げる場面があり、パンスは最後に駅の倉庫に原稿を隠すのだが、このあたりの描写は多くがフィクションである。ただし、現実は映画以上に奇妙な物語をたどることになる。

 戦争直後、裁判の証拠品としてあちこちに散逸し、行方がわからなくなった「マルモイ」の原稿が、45年9月に京城駅の倉庫で偶然発見されたのである。日本の裁判関係者が引き揚げ時に捨てたのではといわれているが、映画では「命をかけて言葉を守ろうとした人たちがいた」という事実を、フィクションに乗せてドラマチックに再構成しているといえよう。

 こうして困難な時代を乗り越えて、ついに47年、『朝鮮語大辞典』第1巻が出版された。その後も57年までに全6巻が作られ、チュ・シギョンから始まった朝鮮語辞書の夢は46年の時を経て「マルモイ」として形になったのである。この原稿は2012年、韓国の国家文化財に指定され、今でも国立ハングル博物館で目にすることができる。

 「マルモイ」作りは、実際には日韓併合前後から戦時下の厳しい時代を経て戦後に達成した、半世紀近くにわたる歴史であるが、映画では時間を凝縮し、コンパクトにまとめることで、エッセンスがより伝わるように工夫されているのである。

 ハングルとは、1443年、朝鮮の世宗大王によって作られた固有の文字である。だが長い間、中国の強い影響下にあった朝鮮では、漢字が文字としての公用語とされ、エリートは漢字を使っていたために、ハングルは子どもや女性、身分の低い者のみが使う「卑賎な文字」として扱われてきた。ハングルが正式に国家の文字として指定されたのは、誕生から400年近くたった1894年。当時は日本を含む列強が朝鮮の国家主権を脅かし、朝鮮は国家レベルでの強い共同体意識を必要としていた。共同体意識とはつまり、人々が「朝鮮」という国に暮らす同じ「朝鮮人」であると認識することにほかならない。そのために最も重要だったのが、共通の言葉である「朝鮮語」であり、それを表記する「ハングル」だったというわけだ。

 ベネディクト・アンダーソンという政治学者が提唱した「想像の共同体」という概念がある。「国家」とは初めからあるのではなく、後から作られるものである。そしてそれは、例えば共通の言語を通して個人個人が想像するものであり、あくまで「想像的な」構築物でしかない。つまり赤の他人同士でも、共通の言語・共通の文字を通して同じ「共同体」の意識を持つことができる、ということだ。

 劇中でジョンファンが何度も口にする、「言葉は民族の精神であり、文字は民族の生命」というセリフは、逆に言えば「朝鮮語」と「ハングル」こそが「民族=想像の共同体」を成り立たせているという意味でもある。当時日本によって、朝鮮固有の言葉と文字が奪われようとしていた時代ゆえに、朝鮮人たちは民族の証しである言葉を守ることで、朝鮮という共同体を守ろうとしたのだ。

 さて、時は流れ、時代は大きく変わった。K-POPや韓流ドラマなど韓国文化が世界に広まる中で、ハングルを勉強する人の数も増えている。私が非常勤講師を務めている大学の授業でも最近、講義に対するコメントや質問を書いて提出するリアクション・ペーパーに、ハングルでコメントを書いてくれる学生が何人かいる。外国語として一から学んでいる学生たちの言葉使いや文字は、正しく、とても丁寧だ。本作で描かれたように命を懸けてハングルを守った人々を思ったとき、彼らも天国できっとほほ笑んでいることだろう。ふとそんなことを想った。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『1987』、大学生の「死」が生んだ市民100万人の“権力”への怒り――歴史的「6月抗争」の背景とは

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『1987、ある闘いの真実』

 現在の韓国の政治・社会体制は「87年体制」と呼ばれる。長年にわたる軍事独裁を国民の力で倒し、民主化への土台を勝ち取ったのが1987年であり、その後も試行錯誤を重ねながら着実に民主化を進めて今に至るからだ。以前取り上げた、『タクシー運転手 約束は海を越えて』で見たように、60年代、パク・チョンヒに始まった軍事独裁は、彼の暗殺後もチョン・ドファンによって受け継がれ、国民に重くのしかかっていた。光州事件で幕を開けた80年代は、チョン率いる新軍部との闘いの時代だったと言っても過言ではない。

 『1987、ある闘いの真実』(チャン・ジュナン監督、2017)は、80年代を通して続いた軍事独裁との闘いに大きな変化が訪れる1987年を、さまざまな人の立場から描き出した群像劇である。700万人を超える観客たちの共感と支持を得て、日本でも、『タクシー運転手』との連続性の中で、隣国ではこんな歴史が紡がれていたのかと、驚きや感動をもって見られた作品だ。

 今回のコラムでは、韓国現代史に「6月抗争」として刻まれたこの歴史的出来事に至る流れを、学生運動を中心に、映画に登場するキャラクターと照らし合わせながら紹介しようと思う。

《物語》

 1987年1月、警察の拷問を受けてソウル大学の学生パク・ジョンチョル(ヨ・ジング)が死亡した。証拠を隠滅するために、内務部・対共捜査所のパク所長(キム・ユンソク)は当日中の遺体の火葬許可を検察に要請する。だが当直だったチェ検事(ハ・ジョンウ)はこれを拒否、司法解剖を命令する。ショック死と発表する警察に対し、新聞記者らは解剖を担当した医師との接触に成功し、拷問死であることを突き止めて大々的に報道する。すると対共捜査所や大統領府は、チョ班長(パク・ヘスン)ら一部の部下に罪をかぶせて、事件を収束させようとする。

 刑務所に入れられたチョ班長らを通して事件の真相を知った看守ハン・ビョンヨン(ユ・ヘジン)は、収監中の元記者イ・ブヨン(キム・ウィソン)にこっそり事件の真相についての告発文を書かせる。実はビョンヨンは民主化活動に協力しており、指名手配中の運動家キム・ジョンナム(ソル・ギョング)ともつながっていたのだ。姪のヨニ(キム・テリ)を使ってキムに告発文を届けようとするビョンヨンだが、とあることから逮捕されてしまう。キムは辛うじて追っ手から逃げ切り、手紙は司祭に委ねられる。

 光州事件の犠牲者追悼式で明かされるパク・ジョンチョル拷問致死事件の真相。パク所長らは逮捕され、学生たちによる独裁打倒のデモがますます激しくなる中、今度はデモ隊に向けられた催涙弾を頭に受け、デモに参加していた学生イ・ハニョル(カン・ドンウォン)が意識不明になる。これにより一般市民の怒りも爆発、独裁打倒と大統領直接選挙への改憲を要求する「6月抗争」が幕を開けるのだった。

 今作の主要登場人物はヨニを除く全員が実在し、ハン・ビョンヨンは、ハン・ジェドンとチョン・ビョンヨンという2人の人物を、名前を合わせて1人のキャラクターに仕立てている(なおハンはメディアからの取材にも応じているが、チョンは今でも一切のインタビューを断り続けている)。その中でも物語、そして「6月革命」の導火線となったのは、大学生の存在だ。

 まずは韓国における「学生運動」の歴史に触れておきたい。社会のさまざまな階層の人々が弾圧を受けながら軍事政権に命がけで抗った80年代、その中心には常に大学生たちがいた。

 韓国の学生運動は、植民地時代の1919年に朝鮮人留学生たちが東京で起草した「二・八独立宣言」が最初と言われる。それが契機となって、直後には歴史的にも有名な「三・一独立運動」が起こった。日本による植民地支配下において、学生たちは幾度となく「抗日」運動を起こしたが、45年の独立後、今度はイ・スンマン政権の腐敗に立ち向かい、60年の「四・一九革命」では政権打倒に成功した。どんな時代であっても学生たちは、常に自分たちに暴力的な権力を振るう相手と対峙し、恐れずに立ち向かっていったのだ。

 60~80年代のパク・チョンヒからチョン・ドファン政権下では、独裁政権を倒して民主化を実現することが学生たちの目標となり、アカに認定され、拷問を受け、時には死に至っても彼らはひるまなかった。無数の市民が虐殺された光州事件(80年)の真相究明を求めると同時に、光州事件には実はアメリカが加担していたのではないかという疑いから、80年代には韓国各地でアメリカ文化院放火、大使館占拠といった反米運動が盛んになった。一方で学生たちは、社会を変えるためには大学生というエリートだけの運動では不十分であり、もっと大衆的な広がりが必要だとして、労働者や農民たちへの啓蒙活動にもいそしんだ。

 大学生の身分を隠して工場に偽装就職をし、経済的な理由から進学をあきらめた同世代の若者に対して勉強会を開いて、労働環境改善のための闘いに導いたり(工活=工場活動)、あるいは夏休みを利用して人手の足りない農家を手伝い、農村が抱える問題を農民と一緒に議論して連帯を強めていった(農活=農村活動)。そうした中で軍事独裁や光州事件も取り上げられていったのだが、学生たちのこうした活動を、政府はすべて「アカ」と決めつけて弾圧した。

 本作および実際の「6月抗争」は、パク・ジョンチョルという一人の大学生の死から幕を開けるのだが、彼こそがまさに当時積極的に学生運動に参加していた人物であった。パクは85年、ソウルでのアメリカ文化院占拠によって逮捕されて以来、警察から「悪質なアカ」として監視されており、農活や工活も積極的に行ったために1年近く刑務所に収監されて釈放された直後に、同じく当局から目をつけられていた先輩をかくまった疑いで逮捕・拷問されたのだった(彼が黙秘を貫いてかばったその先輩が、後に転向して保守派の政治家を目指した人物であることは、なんとも悲しい現実である)。

 このように87年に起こった民主化への大きなうねりは突然起こったのではなく、80年代に盛んだった学生運動の帰結として捉えるべきものである。

 「6月抗争」は、パク・ジョンチョルとイ・ハニョルという2人の大学生の死なくしては起こり得なかった。わずか半年の間に、2人の学生を死なせてしまったという事実が、それまで民主化運動に興味を示さなかった人々を駆り立てた。また映画の最後にデモに加わるヨニのように、ハニョルの死がノンポリ学生たちを立ち上がらせるきっかけともなった。とりわけ印象的なのは、催涙弾を撃たれた直後のハニョルを捉えた写真である。エンドロールに登場する実際の写真を見ると、映画での再現性の高さにも驚かされるが、ロイター通信の韓国人記者によって撮られたこの写真は、国内外のメディアで報道され、「6月抗争」の象徴となった。

 高校までを光州で過ごしたハニョルは、中学2年の時に起きた光州事件の惨劇を目の当たりにし、大学進学後は学生運動に身を投じるようになったという。劇中、ヨニが誘われたサークル説明会で光州事件の映像が密かに上映されたように、当時の大学生たちは、違法に入手した光州の映像を新入生たちに見せて“教育”し、事件の真相究明を求めていたが、光州出身であれば、その思いは人一倍強かったことだろう。エンドロールに映し出されたおびただしい抗議の声を上げる人々の光景は、ソウルだけでも100万人以上が参加したというハニョルの“国民民主葬”である。

 本作は「6月抗争」までの一連の出来事を、緊張感たっぷりに描き出しているが、特に評価されるべきは、権力側とそれに対抗する民主化運動側の双方における人物を、史実に忠実に描いている点であろう。

 出演者の一覧を見ると、主演級の俳優ばかりをぜいたくに起用したように見えるが、たとえ登場時間が短くとも、歴史上の重要人物を演じることに対する意気込みが一人ひとりの演技から漂ってくる。

 唯一架空のキャラクターであるヨニは、『タクシー運転手』のマンソプ(ソン・ガンホ)同様に、観客が感情移入しやすい、ごく普通の女子大生として描かれている。労働運動の過程で裏切りに遭い、酒に溺れて死んだ父への想いから、叔父の活動や学生運動に対して冷ややかな態度をとっていた。しかし、叔父の逮捕やハニョルの死をきっかけに、彼女がデモ隊の車両に上り、そこから見た民主化を求める人だかりを映すラストショットには、誰もが思わず目頭を熱くするに違いない。

 このように、映画がすべて語り尽くしてくれていると言ってもいい力作なのだが、本作における最大の悪役、パク所長については、もう少しその背景を解説しておきたい。本作では悪の権化である彼こそが映画の支柱となっていることは間違いない。彼は徹底した反共主義者だが、意外にも出自は今の北朝鮮の地域にある。映画の冒頭で彼を「脱北者」と説明する字幕が出るが、この呼び名は94年の金日成主席の死去後に大量発生した北朝鮮からの脱出者を指すことを考えると、正確にはパク所長は「越南者」と位置付けられる。

 劇中でも回想されているように、彼はかつて、家族同然の仲だったにもかかわらず、共産主義思想に染まった北朝鮮の人民軍兵士に家族を惨殺された過去がある。47年に韓国へ逃れてからは、その復讐とばかりに対共捜査所で「アカ狩り」の先頭に立ってきたのだった。イ・スンマン、パク・チョンヒ、チョン・ドファンと歴代の大統領に仕えて表彰され、特に拷問で腕を発揮したという彼によって、一体どれだけの人が犠牲となったのだろうか。以前のコラムにも書いたように、韓国での「アカ」は共産主義者だけではなく、「政権に抗う者」を意味しており、不当に存在を消された者の数は計り知れないのだ。

 だがそんなパク所長も身を滅ぼす時を迎えた。パク・ジョンチョルの拷問死の疑惑が浮上すると、彼は苦し紛れに「机をバンと叩いたら、ウッと言って死んだ」と言い逃れようとした。新聞の1面に載ったその記事を見て、当時高校3年生だった私でさえもバカバカしいと感じたのを覚えている。この事件で失脚した彼は裁判で有罪となり、2008年に死亡している。映画では、彼の出自や憎しみの背景をきちんと描いた上で、名優キム・ユンソクが北朝鮮訛りでその存在感を見せつけ、見事に映画の中心として機能していた。

 余談ではあるが、本作の出演者の中には、実際の事件と深く関わっている人物もいる。パク所長の直属の上司にあたる治安本部長を気弱に演じたウ・ヒョンは、イ・ハニョルと同じ延世大学の出身で、学生運動の仲間でもあった。ハニョルの葬儀で彼の遺影を抱いている若き日のウ・ヒョンを写した写真は、今では歴史の1ページにその姿を刻んでいる。

 また、チョン・ドファンの最側近である国家安全企画部部長を演じた俳優ムン・ソングンの父は、民主化運動の指導者として有名なムン・イクファン牧師である。本作のエンドロールでは、運動により命を落とした学生や労働者たちの名前を涙ながらに叫んでいた人物だ。ムンもまた、俳優でありながら進歩派の政治家として活躍した時期もあった。実際には運動側の立場にあった彼らが、映画では権力側の人物を嫌みなほどうまく演じているさまは、俳優としての実力を感じさせると同時に、闘争の内実と権力側の本質をよく知る彼らだからこそだろう。

 最後にもう一点、1987年をめぐる歴史について注釈を加えておきたい。映画の最後、ヨニが目にする壮大なデモの光景は「6月抗争」の始まりを告げる出来事なのだが、そこで叫ばれていた「護憲撤廃」についてだ(ちなみにこの場面に響くシュプレヒコールを先導する女性の声は、監督の妻で、韓国を代表する女優ムン・ソリの声である)。

 87年は、チョン・ドファンの大統領としての任期が終了し、年末には大統領選を控えた年だった。その際に大きな論点となったのが、大統領選の制度である。もともと韓国の大統領選は、国民による直接選挙だったのだが、パク・チョンヒが改憲を強行、自らの追従者で固めた組織から大統領を選ぶという間接選挙に変えた上、任期の制限もなくしたために、憲法上は死ぬまで大統領を続けられる仕組みになってしまった。これが悪名高い「維新憲法」である。

 維新憲法に対する国民からの猛反発を知っているチョン・ドファンは、憲法に手を加え「1期のみ7年間」と任期を変更せざるを得なかったものの、間接選挙そのものは変えず、自らの後継者であるノ・テウに大統領を継がせようとしていた。だが民主化勢力にとっては間接選挙そのものが問題であり、それが続く限り独裁は断ち切れないとして、「憲法」を「守る」のではなく、「直接選挙」に「変える」ことを望んだのだった。

 「6月抗争」の末、政府はついに、大統領直接選挙への改憲を含む要求を受け入れ、「6.29宣言」を発表した。韓国が国民の力で民主主義を勝ち取った瞬間である。だが、その後に行われた大統領選挙の結果は、残念極まりないものだった。与党側の候補者ノ・テウに対して、野党側は統一候補を立てることに失敗、キム・デジュンとキム・ヨンサムが2人とも立候補したことで票が割れ、結果ノ・テウが当選するという、チョン・ドファンが望んだ形になってしまったのだ。中途半端な形で実現された民主化をさらに推し進めるため、学生をはじめとする民衆は、その後もしばらく闘い続けることになる。

 それでも民主化の道へと突き進んできて30年以上がたった。進歩と保守の対立で極端な二分化の様相を度々露呈してしまう韓国では近年、「87年体制」の原点に戻り、みんなで闘った記憶を呼び戻し、見つめ直そうとする動きもある。本作もそのひとつとい えるだろう。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

村上春樹原作・韓国映画『バーニング 劇場版』、『パラサイト』につながる“ヒエラルキー”と“分断”の闇

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『バーニング 劇場版』

 『万引き家族』(是枝裕和監督、2018)が最高賞パルム・ドールを受賞し、日本中が盛り上がりを見せた2018年のカンヌ国際映画祭。コンペティションのラインナップには、1本の韓国映画も名を連ねていた。イ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』である。イ監督は本作が8年ぶりの新作ということで、近年の韓国映画ファンにはなじみが薄い名前かもしれないが、ある男の死から時間をさかのぼって光州事件のトラウマまでたどり着く『ペパーミントキャンディ』(1999)、出所したばかりのチンピラと脳性マヒの女性の恋愛を描く『オアシス』(02)、娘を誘拐された母親の精神とカトリシズムの問題に切り込んだ『シークレット・サンシャイン』(07)などで数々の賞を受賞している、韓国を代表する映画作家である。

 『バーニング 劇場版』もカンヌで国際映画批評家連盟賞を受賞するなど高く評価されたが、それ以上に話題を集めたのが、村上春樹の短編『納屋を焼く』を原作にしていたことであった。世界的な人気作家であり、韓国でも老若男女を問わず幅広いファンを持つ村上の小説を、イ・チャンドンはどのように映画化するのか? 2人の巨匠の出会いがどんな化学反応を生むのかと、韓国メディアも製作当初から注目していた。

 今回のコラムでは、韓国における村上人気を紹介しつつ、原作と映画の違いに焦点を当てて、映画が目指した表現を探ってみたい。

 村上作品が初めて韓国に紹介されたのは、『ノルウェイの森(노르웨이의 숲)』が翻訳出版された1988年のことだった。実際この作品が国内外における村上の出世作となったわけだが、実は韓国では売れ行きが悪く、これといった反応も得られていなかった。タイトルの元になっているビートルズの同名曲が韓国では長年発売禁止曲だったため知名度が低く、「実際にノルウェイにある森についての本」だと誤解されてしまったため、このままでは作品の素晴らしさが葬られてしまうと判断した出版社は、間もなく『상실의 시대(喪失の時代)』と題名を変えて再出版に踏み切った。すると今度はたちまちベストセラーとなり、村上の名は一気に韓国中に知れ渡るようになったのである。

 その後の展開はもはや言わずもがなであろう。ファンが爆発的に増え、過去作品の翻訳出版が相次ぐ中、当時の若者に支持されていたアーティスト、イ・ソラが自身のテレビ番組で「村上春樹にハマっている」と発言し大反響を呼んだというエピソードが示すように、とりわけ『喪失の時代』は、若者たちの間で「洗練された文化アイコン」となり、「読まなければ話が通じない」と言われるほどの社会現象になった。

 こうした「春樹ブーム」は90年代を通して冷めることなく続き、しまいには韓国の若手作家たちの「盗作疑惑」まで持ち上がった。本人たちは、盗作ではないものの、村上独特の文体やスタイル、雰囲気といったものに多大な影響を受けたと認めた。いずれにせよ村上は、読者のみならず同時代の作家にも新しいスタイルをもたらし、村上からの影響を公言する作家の中には、映画化もされた『영원한 제국(永遠なる帝国)』のイ・インファらがいる。

 1980年代末に、最後の軍事政権である盧泰愚(ノ・テウ)政権から民主化の「約束」を勝ち取った韓国では、90年代初頭、軍事政権という目の前の「敵」が消え、学生運動は壮絶な宴の後の虚脱感、喪失感に包まれていった。そんな中で登場したのが、80年代の「闘いの世代」とは一線を画す、90年代の「新世代」と呼ばれる若者たちである。この世代の一番の特徴は「イデオロギーより私が大事」という個人的志向が強いことであった。80年代、国家との闘いに身を投じてきた世代が「個としての自分」を省察する余裕を持たなかったのに対し、90年代の新世代にとっては、内面の葛藤や人間関係などの私的領域が生活の中心となった。

 こうして80年代の闘いの世代は「喪失感」を、90年代の新世代は「個としての自分」と向き合っていたところに、『喪失の時代』が登場したのである。韓国での“春樹ブーム”の背景には、「この喪失の時代をどう生きるべきか」を提示してくれる作家の存在を必要としていた時代の変化と、それに伴う新たな価値観の模索があったといえるだろう。

 このように、“春樹ブーム”といっても韓国には韓国ならではの文脈があったわけなのだが、ではイ・チャンドン監督は村上の原作を、どのように韓国の文脈に置き換えて映画化したのだろうか? まずはあらすじから見てみよう。

≪物語≫
 作家を夢見るジョンス(ユ・アイン)は、宅配のアルバイトの途中で幼なじみの女性ヘミ(チョン・ジョンソ)と偶然再会する。まもなくヘミは、旅行中の猫の世話をジョンスに頼んでアフリカへと旅立つ。帰国すると、現地で出会った男性ベン(スティーブン・ユァン)をジョンスに紹介する。金持ちだが素性のわからないベンと付き合う中で、ジョンスはベンからビニールハウスを焼く趣味があること、そして近日中にジョンスの家の近くのビニールハウスを焼くつもりであることを聞く。近所のビニールハウスを調べるジョンスは、同じ頃、突然姿を消したヘミを探すうちに、ベンに対する疑念を募らせていく。

 人物構成や、納屋(ビニールハウス)を焼くというモチーフは生かしつつ、サスペンス的な要素をふんだんに取り入れて、原作にはない「謎(犯人)の解明」という面白さも追求した本作だが、それだけで終わらせないのがイ・チャンドンのすごさである。監督自身が言及しているように、現在の韓国の若者たちが抱える無力感や怒りが、本作の物語展開に大きく関わっているのだ。では、「韓国の若者たちが抱える現実」とは一体どのようなものだろうか? 映画に描かれている2つのメタファーからそれを探ってみよう。

 ひとつは「名前」である。原作では登場人物はすべて「私」「彼女」「彼」という代名詞で書かれ、名前を持っていない。それに対して映画では「ジョンス」「ヘミ」「ベン」という名前が与えられている。短編小説と長編映画の違いを考えると当たり前かもしれないが、この「名前を与える」ことこそが、物語の展開において非常に重要なメタファーとなるのである。

 原作は名前がないゆえに、世界中の誰もがそれぞれの生活や環境に合わせて、物語を解釈できる。つまり原作が普遍性を獲得しているのに対して、映画では具体的な名前を与えることで「韓国」という文脈を付与している。そして、「ジョンス」「ヘミ」というありふれた名前と、「ベン」との間には、決定的な格差が横たわっている。

 日本人にもすぐにわかるように、「ベン」はいわゆる韓国人の名前ではなく、英語では「Ben」とつづられる外国人の名前である。つまり、得体の知れない不思議な男「ベン」は、在米韓国人(または帰国者)と推測できる。

 韓国には、今に至るまで、「在米韓国人」への憧れが根強く残っている。実際に成功したかは別として、韓国人にとっては「アメリカン・ドリーム」を叶えた成功者そのものなのだ。数多くのドラマや映画で「在米韓国人」は、おしゃれで金持ちで社会的地位の高いキャラクターとして描かれてきた。高級マンションに住んで高級外車を乗り回し、パーティと大麻の日常を送る「ベン」もまた例外ではない。「ベン」と名付けることで、彼について多くを語らずとも、韓国社会に根強く残る「羨望の眼差しを向けられる在米韓国人」のイメージを植え付けることができる。

 そんな「ベン」と、大学は出たものの就職もできず、小説も書けず、アルバイトをしながらトラブルメーカーである父親の裁判を見守る「ジョンス」との間には、到底乗り越えられない「格差」が存在している。それは、借金返済のために安っぽいダンサーのバイトをしながら空虚な日常を送る「ヘミ」(その空虚さは、彼女が習っているというパントマイムに象徴される)も同様だ。

 近頃、韓国の若者の間では、「금수저(クムスジョ=金のスプーン」「흙수저(フクスジョ=土のスプーン)」という言葉がはやっている。それぞれ「金持ち」と「貧乏人」を意味し、経済的に困窮している若者たちが自嘲的に使うものだ。“高嶺の花”である「クムスジョ」=ベンと、ご飯すらろくに食べられない「フクスジョ」=ジョンス。若者の失業率が最悪な状況に陥っている今の韓国社会には、「ベン」よりも「ジョンス」や「ヘミ」が圧倒的に多いのは言うまでもない。

 本作には「ベン」という象徴的な名前が入ることで、3人の登場人物の間に明確なヒエラルキーが生まれ、原作には描かれなかった「名前」が、多くを語るメタファーとなっているのだ。

 もうひとつのメタファーは「分断」である。ジョンスの実家があるパジュは、北朝鮮との境界である38度線に最も近い田舎町だ。この町では、北朝鮮からの「対韓国宣伝放送」が日常的に響きわたり、「分断」という現実が生々しく迫ってくる。パジュの町が自由に行き来できない南北の断絶を表しているように、前述した3人の間のヒエラルキーが、決して乗り越えられない「分断」によって断絶していることを隠喩する。

 宣伝放送を聞いてひとごとのように「面白い」というベン、「この世の果てのアフリカで感じた」絶望感を韓国の果てであるパジュで思い出したかのように、上半身裸になってグレイト・ハンガー(生きる意味に飢えている人)のダンスを踊るヘミ、そんなヘミの内面には気づかずに「(男の前で裸になるなんて)売春婦のようだ」と怒るジョンスの間の「分断」は、歴然としている。それ以上進むことのできない「境界線」という意味では、パジュという街はどこにも行き場のない、追い詰められたジョンスの立ち位置を象徴しているともいえるだろう。追い詰められているジョンスに、ヘミの内面まで見てくれる余裕などないのだ。

 そんな分断の空間では、言葉も断絶される。相手の発する言葉の意味合いが伝わらないのだ。本作を本格的なサスペンスへ導く言葉「ビニールハウス」は、断絶のメタファーでもある。同じ「ビニールハウス」という言葉でも、ベンの言うそれと、ジョンスの捉えるそれにズレが生じることで、分断・断絶の意味合いはさらに強まることになる(まるで延々とズレるばかりの南北会談のように)。

 ヘミとベンがジョンスの家に遊びに来た際に、ベンが語った「ビニールハウス」は、最初から意味深なニュアンスを含んでいたが、文字通りに受け取ったジョンスは、そのズレのために大切なもの(ヘミ)を失い、無力感からやがて強い怒りへと突き動かされていく。

 同じ言葉に対する意味合いのズレがもたらす分断は、韓国社会に度々見られるものである。つい最近大きな関心を集めている、慰安婦支援団体をめぐる問題がいい例だ(※)。彼らは30年以上にわたって一緒に闘ってきた「同志」にもかかわらず、それぞれの名分と利害にズレが生じていたために、知らず知らずのうちに分断が生まれ、醜い暴露合戦に至ってしまった。「慰安婦」問題の解決というひとつの指標を共有していたはずなのに、些細な意味合いのズレがやがて大きな断絶となり、彼らは大事なものを失ってしまったように見える。

 映画のラストに描かれる、ベンに対するジョンスの復讐(それが現実でも想像でも)は、社会的格差と階層間の分断が生み出す無力感と怒りが、「象徴的な暴力」となって表現されたと言ってよいだろう。昨年のカンヌ、今年のアカデミー賞で大きな話題をさらった韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)の結末にも共通するこの描写は、現在の韓国社会において、格差と分断の問題がそれほど深刻であることを物語っている。焼かれるべきは「ビニールハウス」ではなく、「格差」や「分断」かもしれない。

※日本軍「慰安婦」だった李容洙氏が2020年5月に会見を開き、30年間共に活動してきた「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」の前代表・尹美香氏に対し、寄付金の使途の透明性や、活動の在り方などの問題を提起。その後も、互いの主張が平行線をたどったり、保守派・進歩派それぞれのメディアや論客が“場外”から参戦するなど、大きな騒動となっている。

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崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

光州事件の被害者・加害者の双方の苦しみを救った、韓国映画『26年』の“ファンタジー”性

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

※参照:韓国映画『タクシー運転手』異例の大ヒットがあぶり出した、「光州事件」めぐる国民の怒りと後悔

『26年』

 1980年5月の光州。家の中で、生まれたばかりの子どもの名前を相談する若い夫婦に突然飛んでくる銃弾、そして子どもを背負ったまま息絶える母親。好奇心で見物していたデモから逃げ遅れた姉弟にも銃弾が容赦なく降り注ぎ、体内から漏れ出る臓器を抱えながら弟を逃がそうとする姉。行方不明の夫を探して、腐敗し蝿のたかる死体の山をかき分ける妻。市民と対峙した恐怖で、反射的に惨殺してしまう戒厳軍の兵士……。

 韓国映画『26年』(チョ・グニョン監督、2012)の冒頭、アニメーションで描写される光州事件の様子だ。残酷と思われる描写もあるかもしれない。だがこれらはすべて、光州事件の写真や証言として語られてきた真実がもとになっている。この場面だけアニメーションを選択したのは、原作が同名のウェブ漫画だという事情もあるのだろうが、この事件がデモ隊以外の市民をも惨殺した事件だったことを知らしめる意図も隠されているのかもしれない。

 前回取り上げた『タクシー運転手 約束は海を越えて』が事件当時を描いた作品であるのに対して、今回の『26年』は「その後」をテーマにしている。光州事件で大切な人を失った遺族たち、あるいは思いがけず加害者となった兵士が、「その後」をどのように生きたのか。映画ではその帰結としての彼らの大胆な計画が、アクションたっぷりに描かれるが、これは決して馬鹿げたフィクションなどではない。前回は事件の歴史的経緯を中心に紹介したが、今回は生き残った人々のトラウマについて焦点を当ててみよう。

≪物語≫

 光州事件から26年後のソウル。ヤクザのクァク・ジンベ(チン・グ)、女子射撃の韓国代表選手シム・ミジン(ハン・ヘジン)、警察官のクォン・ジョンヒョク(イム・スロン)の3人は、警備会社社長のキム・ガプセ(イ・ギョンヨン)と秘書のキム・ジュアン(ペ・スビン)の呼びかけで一堂に会す。一見何のつながりもないように見える3人だが、実は光州事件の犠牲者遺族という共通点があった。さらにジュアンもまた同じ境遇であり、キム社長は虐殺に加担した元戒厳軍で、強い罪悪感からジュアンを養子にしていたことが明らかになる。

 キム親子の目的はただひとつ。虐殺の元凶である「あの人」(チャン・グァン)を暗殺し、遺族の恨みを晴らすこと。手厚い警備によって保護されている「あの人」を暗殺するため、緻密な作戦計画を進めていく一行。そしてついに、キム親子は「あの人」との面会を果たすのだが……。

 物語からも明らかなように、本作は、被害者遺族たちによる事件の首謀者・全斗煥(チョン・ドファン)元大統領の暗殺計画を描いている。ただし映画の中に「全斗煥」という名前は一度も登場しない。すべて「あの人」と言い換えられている。だがそれでも、韓国人にとっては「あの人」が「全斗煥」であることは火を見るよりも明らかであり、存命中の元大統領の暗殺というストーリーを進めるためには、これが精いっぱいの方法だったことは想像に難くない。映画公開時の試写会では、全に銃口が向けられる場面で観客から「撃て!」という声が上がり、ネット上でも「まだ生きている人間の暗殺を描くなど、一体どれだけ嫌われているんだ」といった書き込みが見られた。うそでもいいから「全の死」を目撃したいと願う国民が非常に多かったことがよくわかる。

 だがそんな国民感情に反して、一度は死刑宣告を受けた人物にもかかわらず、全の暮らしは手厚く守られている。劇中でも描かれているように、24時間365日の厳重な警備に加えて、外出時は警察官の手動操作で、車がスムーズに通れるよう信号は切り替えられる。そのすべてが税金によって賄われていることは言うまでもない。

 さて、事件の関係者たちが抱え込んだ痛みは、癒えることのないままトラウマとなって残り続ける。実際に当時、近しい人の無残な死を目の当たりにしたショックから、その後自殺に追い込まれたり、精神的苦痛にさいなまれ続けているという家族らの話は、現在でもニュースなどで度々耳にする。2018年に放送された時事番組『그것이 알고 싶다(それが知りたい)』の新たな検証では、戒厳軍によるレイプの被害者の悲惨な現状や、子どもを含む民間人への無差別乱射などの事実が明かされ、光州事件の惨状を改めて実感させた。

 多くの支援団体が、遺族や被害者の心のケアに力を入れているが、中でも「光州トラウマセンター」では、毎年事件の起きた5月になると心理的不安を起こす現象を「5月症候群」と名付け、その治療を専門的に行っているという。そんな光州の人々にとっては、虐殺の元凶でありながら自らの罪を認めようともせず、のうのうと暮らす全が存在している限り、光州事件は常に「現在」であり続けている。彼らが事件に何らかのピリオドを打つためには、ウソでもとっぴなストーリーでも、トラウマの根源を除去するための儀式=「全の死」が必要だったに違いない。

 その意味で本作が興味深いのは、“トラウマを治癒するためのファンタジー”の役割を引き受けたことである。精神分析の創始者であるフロイトの言葉を借りれば、トラウマを癒やす装置であるファンタジーは、「現実に反してでも願望を成就させ、再び現実に戻らせる場」であり、ファンタジーという「心理的装置によって、人間は神経症にならずに生きることができる」のだという。そして、想像力を土台にした芸術活動にこそ、現実にはかなわない願いをファンタジーという形でかなえ、現実の苦痛を癒やす機能があるのだと。

 それを踏まえると、本作は映画という芸術の装置を通して、現実にはかなわない「全の暗殺」という願望を昇華し(実際の映画の結末がどうであれ)、トラウマを抱えながらも人々が再び人生を生きられるよう、現実に戻してくれるファンタジーと捉えることができる。

 ただしトラウマは、事件の被害者だけに現れるのではない。本作でのキム社長のように、命令に従うしかなかった戒厳軍兵士の中にも、罪悪感というトラウマに苦しんだ人は多い。彼らは犠牲者に謝罪したり、光州の記念公園を訪れたりすることで自らの罪を癒やそうとしてきたが、一方で本作の登場人物で、全のSPであるマ室長(チョ・ドクジェ)のように、軍人としての人生そのものを否定される恐怖から、全を生き延びさせ、罪悪感を抑圧したまま生きている者もいる。いずれにせよ光州事件は、加害者vs.被害者という単純な二項対立からはわからない、幾重にも深いトラウマを生んだ歴史的出来事だったのである。

 一方、フロイトが提示したファンタジーの効能は、韓国において伝統的とされる情緒「한(ハン、恨みやトラウマの意)」とも共通するものがある。そして「ハン」を晴らすための儀式を「한풀이(ハンプリ)」というが、この「ハンプリ」が言うならば「ファンタジーを繰り広げる装置」になるのだ。たとえば、つい先日、市民が作った全の像をトラックの荷台に乗せ、全の自宅近くをぐるぐると回るデモが行われた。韓国メディアは「ドライブスルー・デモ」と報じたが、これもまた、一向に謝罪する姿勢を見せない全をファンタジーの世界に召喚し、「ハン=トラウマ」を晴らそうとした「ハンプリ」の儀式だったといえよう。

 話を映画に戻そう。実は本作は、完成までに紆余曲折を経ている。製作にあたり、当初は大手通信会社の支援が予定されていたものの途中で手を引いてしまい、急きょクラウドファンディングで資金を集めたのだ。また監督2人が続けて降板し、結局美術監督だったチョ・グニョンが監督を任されるという混乱ぶりだった。その背景には、当時の李明博(イ・ミョンバク)率いる保守派政権の介入があったともウワサされている。それでも公開時はちょうど、朴槿恵(パク・クネ)と文在寅(ムン・ジェイン)による大統領選が盛り上がりを見せており、進歩派の文は僅差で破れるものの、映画は観客動員約300万人というヒットとなった。

 残念ながら日本では劇場公開もDVD発売もされていないが、動画配信サイト「Netflix」では見ることができる。エンドロールに連なる膨大な数の名前は、クラウドファンディングに協力した人たちだ。決して知名度は高くないが、多くの国民の怒りと応援によって支えられた作品であり、もっと多くの人に見られてしかるべき映画だと思う。

事件を「心で理解した」、当事者とのエピソード

 最後に、私自身にとっての光州との邂逅を紹介して終わりたいと思う。事件当時小学5年生だった私には、正直何の実感もなかったのだが、その後、通っていたソウルの小学校に光州からの転校生がやってきた。彼との記憶はただひとつだけ。事件のとき、彼は「すごくキュウリが食べたかった」のだそうだ。話の文脈も、彼の意図するところも今となっては思い出せないが、私の脳裏にはそれ以来、暑い5月の光州で、惨劇の最中、食べ物も飲み物もろくに与えられなかった子どもが、のどの渇きと空腹を同時に満たすために、キュウリを欲する姿が焼き付いて離れない。

 「光州事件は頭だけでなく、心で理解しなければならない」とよく言われる。光州事件という「歴史」だけでなく、それが人々にもたらしたさまざまな「記憶」、その双方から事件を語り継いでいかなければならない。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。