韓国映画『パラサイト』『哭声/コクソン』『殺人の追憶』ほか人気作40本、徹底読解! 社会背景や文化を解説

 韓国生まれの映画研究者で、著書に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(共著、キネマ旬報社)『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)などを持つ崔盛旭(チェ・ソンウク)氏による連載『映画で学ぶ、韓国近現代史』。映画に映った韓国の社会問題や日本へのまなざしを解説する内容だ。これまで取り上げた映画40本を、あらためて紹介したい。

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

『哭声/コクソン』(2016)
國村隼が背負った“韓国における日本”、よそ者の日本人は悪魔か?

 山間部に位置する村「谷城<コクソン>」で惨殺事件が相次ぎ、村人たちは恐怖に包まれる。警察は毒キノコにより幻覚を起こした者による殺人事件と判断するが、犯人たちは次々と不可解な死を遂げる。次第に、最近山に住み着いた日本人(國村、以下「よそ者」)の仕業ではないかというウワサが広まっていく。最初こそ話半分で聞いていた警察官のジョング(クァク・ドウォン)だが、現場を目撃したという神出鬼没な女ムミョン(チョン・ウヒ)の話を聞いてから信じ始める。

 そんな中、ジョングの娘ヒョジン(キム・ファニ)の体に犯人たちと同じような湿疹が現れ、普段のヒョジンからは想像できないような粗暴な言動が見られるようになる。ジョングはよそ者を村から追い出そうとし、さらに、祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)を呼んで悪霊祓いの儀式も行うが、娘の容体は悪化するばかり。

 怒り狂ったジョングは村人を集め、よそ者退治を試みるも失敗する。だが、その帰り道、ムミョンによって突き落とされたのか、よそ者は崖から落ちてジョングの運転するトラックにぶつかって死んだ。これで一件落着かと安心するジョングだが、ヒョジンは治らず、惨殺事件も終わらない。

 絶望するジョングの前に忽然と現れたムミョンは、よそ者と祈祷師がグルだと断言。ヒョジンを守りたければ言う通りにしろと忠告するが、同時に祈祷師から電話で「女(ムミョン)こそが村を滅ぼそうとする悪魔だ」と言われたジョングは、ムミョンの忠告を守らず、その結果、ジョングの家族にも惨殺事件が起きてしまう。

 一方、よそ者はまだ生きていた。その正体を暴くべく、教会の助祭のイサム(キム・ドユン)がよそ者の元を訪れる。だが、そこで目にしたのは、「疑うな」という聖書の一節を口にしながら悪魔へと変貌するよそ者の姿だった。

『殺人の追憶』(2003)
劇中にちりばめた“本当の犯人”の存在

 1986年の京畿道・華城。田園風景の広がる田舎の用水路で、レイプ・殺害された若い女性の遺体が発見され、同様の犯行が相次いだことで一帯は恐怖に包まれる。地元警察はク・ヒボン課長(ピョン・ヒボン)のもと、刑事パク・トゥマン(ソン・ガンホ)とチョ・ヨング(キム・レハ)、そしてソウル市警からやってきたソ・テユン(キム・サンギョン)が加わり、捜査に当たることに。

 「勘」に頼るパク刑事と、書類などの証拠に基づき綿密な捜査を進めていくソ刑事は、ことごとく衝突する。そんな中、パクは知的障害を持つクァンホ(パク・ノシク)を容疑者として逮捕するが、現場検証で彼は犯行を否定、自白も捏造によるものだったことが判明し、ク課長は罷免される。

 後任のシン・ドンチョル課長(ソン・ジェホ)のもと、再び捜査は振り出しに。「雨の日」「赤い服を着た女性が犯行の対象」という共通点からおとり捜査を試みるも、犯行はやまず、刑事らは窮地に追い込まれていく。女性警察官のギオク(コ・ソヒ)が見つけたもうひとつの共通点から、新たな容疑者パク・ヒョンギュ(パク・へイル)が浮上するが、彼は犯行を全面否定。刑事らは動かぬ証拠を手に入れるために、最後の一手に打って出るが……。

『お嬢さん』(2016)
女性同士のラブシーンが描いた「連帯」と「男性支配」からの脱出

 1930年代の植民地朝鮮。幼い頃に両親を失い、叔父・上月(チョ・ジヌン)の厳しい保護の下で暮らしている秀子(キム・ミニ)。ある日、藤原伯爵(ハ・ジョンウ)の紹介で朝鮮人の少女・スッキ(キム・テリ)が、「珠子」の名で侍女として秀子に仕えることになる。

 毎日のように叔父の書斎で本を朗読するのが日常の全てだった秀子は、いつしか純真なスッキを頼るように。だがスッキの正体は、有名な女泥棒の娘で、詐欺集団によって育てられたスリだった。そして藤原伯爵もまた、秀子を誘惑して結婚し、彼女が相続する莫大な財産を横取りしようとする詐欺師。

 スッキはそんな伯爵の企みに乗り、秀子と伯爵が結ばれるよう仕向けるために送り込まれたのだ。秀子の心を揺さぶるため、藤原伯爵とスッキの陰謀が始まるが、3人の関係は予想だにしない方向へと進んでいく。 

『パラサイト 半地下の家族』(2019)
3つのキーワードの意味を徹底解説

 ソウルの半地下の部屋に暮らすキム一家は、全員が失業中。ある日、名門大学に通う友人の紹介で、長男のギウ(チェ・ウシク)が、IT企業のパク社長(イ・ソンギュン)の娘ダヘ(チョン・ジソ)の家庭教師になった。

 それを皮切りに、キム一家は次々とパク社長の家に「就職」することになる。ギウの妹ギジョン(パク・ソダム)は、社長の息子ダソン(チョン・ヒョンジュン)の美術教師に、母チュンスク(チャン・ヘジン)は家政婦に、父ギテク(ソン・ガンホ)は社長の運転手に。こうして、出会うはずのない社会の頂点と底辺に位置する家族が出会ったとき、事態は思わぬ方向へと展開していく。

『新感染半島 ファイナ ル・ステージ』(2020)
韓国を分断する「左翼ゾンビ」「右翼ゾンビ」とは?

 人間をゾンビにしてしまうウイルスによって崩壊した韓国(半島)から脱出しようと、姉家族と船に乗り込んだジョンソク大尉(カン・ドンウォン)。だが客室に感染者が発生、姉と甥はゾンビに襲われてしまう。

 ――それから4年後、亡命先の香港でひどい差別を受け、惨めな日々を送るジョンソクと義兄のチョルミン(キム・ドユン)に、大金を積んだまま半島に残されたトラックを持ち出すという闇組織からの計画が舞い込む。彼らは半島に潜入し、任務の遂行までもう少しというところで、襲いかかるゾンビの大群に加えて、半島に残る得体の知れない人間たちとも対峙することになる……。 

『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019)
可視化された“男性社会”と「見えない差別」

 1982年生まれのキム・ジヨン(チョン・ユミ)は、会社員の夫・デヒョン(コン・ユ)と幼い娘のアヨンの3人で暮らす平凡な専業主婦。大学卒業後、やっとの思いで入った会社は出産とともに退職、現在は家事や育児に追われる日々を送っている。

 そんなジヨンにある日、異変が現れる。時折、母(キム・ミギョン)や祖母など、身近な女性に憑依されたかのような言動をとるようになったのだ。驚いたデヒョンは精神科医に相談するが、ジヨンに自覚はなく、デヒョンの心配や優しさもいちいち気に障る始末だ。

 母・妻・嫁としての立場に疲れ、娘との孤独な時間の中で焦燥感にさいなまれる中、ジヨンは幼い頃からの思い出を振り返りながら、自分自身の行き方を見つめ直していく……。

『息もできない』(2009)
韓国における父と息子のあまりにも強固で不健全な関係とは?

 親友(先輩でもある)マンシク(チョン・マンシク)のもとでヤクザ稼業にいそしむサンフン(ヤン・イクチュン)は、大学生たちのデモに乗り込んで暴力を振るったり、無許可営業の屋台を容赦なく破壊したり、債務者の家を回っては無慈悲な暴力で借金を取り立てたりと、ことごとく最低な乱暴者だ。異母姉の幼い息子の遊び相手になるなど根は優しいものの、幼い頃、父(パク・チョンスン)の家庭内暴力が原因で母と妹を失うというつらい過去を持つ彼は、15年の刑期を終えて出所してきた父を前にして、イライラを募らせるばかり。そんなある日、女子高生のヨニ(キム・コッピ)と知り合ったサンフンは、自分のようなヤクザを前にしても物おじしない彼女に少しずつ惹かれていく。

 実はヨニの家庭も、決して幸せではなかった。ベトナム戦争の後遺症でPTSDを抱える父(チェ・ヨンミン)、無許可営業の屋台を潰された挙げ句に病死した母(キル・ヘヨン)、暗鬱な環境の家庭でますます暴力的になっていく弟(イ・ファン)と、ヨニもまたサンフンのような絶望的な状況に置かれていたのだ。サンフンとの出会いはヨニにとっても小さな救いをもたらし、2人は徐々に心を通わせていく。暴力的な自分を見つめ直し、ついにヤクザから足を洗う決心をしたサンフンだが、その先に待っていたのはあまりにも悲しい結末だった。

『バッカス・レディ』(2016)
4つのセリフが示す、韓国現代史の負の側面

 鍾路一帯で老人男性を相手に売春をして生活している67歳の「バッカスおばあさん」のソヨン。客の間では“セックスのうまい女”として、鍾路一の人気を誇っている。性病の治療のために訪れた病院で偶然出会った混血児の少年ミノ(チェ・ヒョンジュン)を保護したソヨンは、トランスジェンダーの大家・ティナ(アン・アジュ)や義足の青年ドフン(ユン・ゲサン)らが暮らすアパートにミノを連れ帰る。

 ある日ソヨンは、脳梗塞で倒れた常連のソン(パク・ギュチェ)から「自分を殺してほしい」と依頼される。かつての凛々しさを失い、家族からも見捨てられたソンへの憐憫に駆られたソヨンは、迷いつつもソンの頼みを受け入れる。これをきっかけに、ソヨンには同じような依頼が相次ぎ、彼女は戸惑いながらも彼らの死に手を貸すようになる……。

『キングメーカー 大統領を作った男』(2022)
日本で知られていない歴史的出来事とは?

 政治家として世の中を変えたい一心で選挙に挑み続けるも、落選続きでなかなか前に進めないキム・ウンボム(ソル・ギョング)のもとに、彼と志を共にしようとする男、ソ・チャンデ(イ・ソンギュン)が現れる。選挙参謀になったチャンデは、正当な戦法を求めるキム・ウンボムの意に反して狡猾な戦略を次々と編み出し、劣勢の状況にもかかわらず次々と当選させていく。

 そしてついに、キム・ウンボムは党を代表して大統領選挙に出馬する候補にまで選出される。本格的な選挙戦が始まる中、キム・ウンボムの自宅で予期せぬ爆破事件が発生。容疑者としてソ・チャンデが浮上したことで、2人の関係は揺らぎ始める……。

『ベイビー・ブローカー』(2022)
韓国における「ベイビーボックス」の実態

 借金に追われるクリーニング屋のサンヒョン(ソン・ガンホ)は、児童養護施設出身で、現在はベイビーボックスの施設で働くドンス(カン・ドンウォン)と共に、ベイビーボックスに「預けられた」赤ちゃんをこっそり連れ去ってひそかに売るブローカーをしていた。

 ある雨の夜、いつものようにベイビーボックスの中の赤ちゃんを連れ出したものの、その赤ちゃんの母・ソヨン(イ・ジウン)が思い直し、翌日に取り戻しに来る。警察への通報を恐れたサンヒョンとドンスは、仕方なくソヨンに赤ちゃんを連れ出したことを白状する。

 「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という趣旨の言い訳を聞きあきれるソヨンだが、彼らと一緒に養父母探しの旅に出ることになる。一方、半年間にわたりサンヒョンとドンスをマークしてきた刑事のスジン(ペ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)も、現行犯逮捕の瞬間を狙い、静かに彼らの後を追うのだが……。

『7番房の奇跡』(2012)
「死刑と冤罪」を描き、見逃してはいけない実際の事件とは?

 1997年、知的障害を持つイ・ヨング(リュ・スンリョン)は、幼い娘イェスン(カル・ソウォン)と2人暮らし。駐車誘導の仕事に就いているヨングは、イェスンが欲しがっていたランドセルを買うためにお金を貯めていたが、店にあった最後のひとつが売れてしまい、がっかりする。

 数日後、最後のランドセルを買った少女が、同じものを売っている店まで案内してくれるというのでついていくが、路地でヨングは転んでしまい、ようやく追いつくと、少女はなぜか倒れて死んでいた。訳がわからず、警備の仕事で教わった救命措置を施すヨングだったが、その様子が逆に怪しまれ、彼は誘拐と殺人の罪で逮捕されてしまう。

 収監された刑務所の7番房の面々にいじめられるヨングだったが、ケンカに巻き込まれた房長(オ・ダルス)を自分の命を顧みずに助けたことで信頼を得る。恩義を感じた房長は、娘に会いたがっているヨングのため、聖歌隊の慰問を利用してイェスンを7番房に招き入れる。再会に歓喜する父娘の姿に、7番房のメンバーもヨングの無実を信じるが、アクシデントから帰りそびれたイェスンは、密かに7番房で一緒に生活することに……。

 一方、自身もヨングに命を救われた刑務所課長(チョン・ジニョン)は、ヨングの罪に疑問を持ち、事件を調べ始める。そして亡くなった少女が警察庁長官の娘で、なんとしても犯人逮捕しなければならなかった警察の強引な捜査によってヨングが犯人にされてしまったことがわかると、刑務所総出でヨングに証言を練習させて裁判に備える。しかし迎えた公判でのヨングの証言は、練習とはまったく異なるものだった……。

『白頭山大噴火』(2019)
映画から見える南北関係の変化

北朝鮮と中国の国境にまたがる白頭山で、観測史上最大規模の噴火が発生。韓国も北朝鮮もパニックに陥って朝鮮半島は甚大な被害に見舞われる。さらなる大噴火が予測される中、南北の破滅という最悪の事態だけは避けようと、政府は地質学者カン・ボンネ教授(マ・ドンソク)に協力を要請、カン教授は北朝鮮が保有する核爆弾で白頭山地底のマグマの流れを変えて噴火を阻止するという作戦を立てる。 
 
 除隊を控えた特殊部隊の大尉チョ・インチャン(ハ・ジョンウ)をはじめ、隊員たちは南北の運命がかかった任務を背負って北朝鮮に向かう。そこで作戦の鍵を握る北朝鮮の工作員リ・ジュンピョン(イ・ビョンホン)との接触に成功。白頭山へ向かうが、中国や米軍までもが核を狙って介入し、噴火までのタイムリミットは刻々と迫ってくる。ようやく白頭山に到達したチョ大尉とリ・ジュンピョンだが、彼らを待っていたのは過酷な運命の分かれ道だった……。 

『サムジンカンパニー1995』(2020)
90年代から現在に続く韓国の社会問題とは?

1995年、金泳三大統領の「世界化」宣言によってソウルの街には英語塾が急増、社会は英語ブーム一色になっていた。大企業のサムジン電子は、社内にTOEICクラスを設け、高卒の女性社員でも600点を超えたら「代理」(日本でいう係長)に昇進できるチャンスを与えると告知する。入社8年目を迎える高卒組のイ・ジャヨン(コ・アソン)、チョン・ユナ(イ・ソム)、シム・ボラム(パク・ヘス)は、実務能力は優秀だが、掃除やお茶くみなどの雑用ばかりさせられる毎日にへきえきし、昇進の希望を胸にTOEICクラスを受講する毎日だ。

 そんなある日、雑用のため工場に出向いたジャヨンは、工場から有害物質が川に流出しているのを偶然目撃してしまう。ユナ、ボラムと共に会社の隠蔽工作を明らかにしようと奮闘する。解雇の危機にさらされながらも決してあきらめない彼女らは、やがて会社の巨大な陰謀を知ることになるのだが……。

『アジョシ』(2010)
「テコンドー」と“作られた伝統”の歴史

 質屋を営みながら孤独に暮らすテシク(ウォン・ビン)。そこにやってくるのは、客と隣の家の幼い少女・ソミ(キム・セロン)だけだ。家でも学校でも1人で過ごす時間が多いソミは、テシクを「アジョシ(おじさん)」と呼んで慕い、テシクもソミに心を開いていく。そんなある日、ソミは麻薬事件に関与した母親と共に拉致され、どこかへ連れ去られてしまう。テシクはソミ親子を助けるため、拉致犯たちに言われるがままに麻薬を運ぶ。

 だが、ソミの母親はすでに残酷な方法で殺されており、犯人たちが凶暴な臓器密売の組織であることを知ったテシクは、必死にソミの行方を探して走り回る。一方、一連の事件との関係を疑ってテシクを追っていた警察は、ヴェールに包まれていた彼の過去にたどり着く。テシクはある極秘任務の報復で家族を失い、そのショックで退役した特殊工作部隊の最精鋭要員だったのだ。作戦で敵を制圧するがごとく、ソミの母親を殺した犯人たちを次々と排除し、ついに臓器密売組織のアジトに乗り込むテシク。ソミを救うため、命を懸けた彼の最後の戦いが始まる。

『ミナリ』(2020)
主人公が「韓国では暮らせなかった」事情とは何か?

舞台は1980年代のアメリカ。韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユアン)は、家族を連れてアーカンソー州の田舎に引っ越してくる。妻のモニカ(ハン・イェリ)とヒヨコ鑑定の仕事に従事しつつ、長年の夢である農場作りを実現するためだ。妻は、心臓に病気を抱える息子デビッド(アラン・キム)や長女のアン(ノエル・ケイト・チョー)ら、家族を顧みずに夢ばかり追う夫に不満を爆発させ、新しいすみかとなったトレーラーの中では夫婦げんかが絶えない。

 そこで彼らは、韓国からモニカの母親・スンジャ(ユン・ヨジョン)をアメリカに呼び寄せ、一緒に暮らすことにする。唐辛子の粉や漢方薬、ミナリの種をカバンいっぱいに詰め込んでやって来たスンジャは、「ザ・韓国のおばあちゃん」。花札に興じて奇声を上げる祖母・スンジャの姿に、デビッドは自身が思い描いてきた「グランマ」とのギャップを感じつつも、徐々に心を開いていく。一方、ジェイコブはなんとか農場を成功させようと必死で仕事に励むのだが……。

『焼肉ドラゴン』(2018)
韓国側から見た「在日コリアン」の歴史

 1969年、高度経済成長を達成し、大阪万博を控えた日本。大阪の空港近くの集落に小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」があった。店を営むのは、太平洋戦争に動員され左腕を失った金龍吉(キム・サンホ)と、大混乱の済州島から日本に逃げてきた高英順(イ・ジョンウン)。龍吉は静花(真木よう子)と梨花(井上真央)、英順は美花(桜庭ななみ)をそれぞれ連れて再婚し、2人の間には長男・時生(大江晋平)が生まれ、6人で暮らしている。

 幼い頃の事故で片足に障害を負った長女・静花は結婚を諦めているが、次女・梨花は李哲夫(大泉洋)との結婚を控えている。しかし、静花と哲夫は元恋人で、いまだに気持ちが残っていることを知る梨花は、哲夫とのケンカが絶えない。一方、クラブで働く三女・美花は妻帯者の長谷川(大谷良平)と不倫関係にあり、日本人の私立学校に通う末っ子・時生は、いじめが原因で失語症になってしまった。

 決して平穏とは言えないものの、仲間や常連客たちと一緒に、明るく生きてきた一家。そんなある日、大きな悲しみが彼らを襲う。いじめや不登校が重なって留年した時生に、龍吉が負けずに学校に通うよう言い聞かせたところ、絶望した時生は橋の上から飛び降り自殺を遂げたのだ。さらに、“日本人から買った家”に住んでいるという龍吉の主張が役所に受け入れられず、立ち退きを余儀なくされ、店まで取り壊されることに。そして大阪万博から1年、それぞれが人生の選択をした家族は散り散りになりながらも、希望を胸に長年暮らした場所を後にするのだった。

『整形水』(2020)
男性中心社会に入る切符としての「美」

 幼い頃、バレエの才能の片鱗を見せていたイェジは、外見による壁にぶつかり、それがすっかりトラウマとなってしまった。大人になった今は、人気タレント・ミリのメイク担当として働いている。ミリからは毎日のように罵倒され蔑まれるなか、偶然出演する羽目になったテレビショッピング番組で、悪意ある切り取られ方をしたイェジの姿がネット上に広まり、外見に対する悪質な書き込みでショックを受け、部屋に引きこもるように。

 そんなある日、ウワサで聞いていた「整形水」が、なぜかイェジのもとに届く。それに顔を浸せば、思うがままに簡単に、顔や体を変えられるという水だった。半信半疑ながらも試してみると、イェジは信じられない変貌を遂げる。変わる周りの視線。さらに美しくなるため、イェジは巨額の借金を重ねて整形水にのめり込む。だが、彼女の整形への欲望は、徐々に恐ろしい方向へと逸脱していく。

『君の誕生日』(2018)
「セウォル号沈没事故」遺族たちの“闘い”と“悲しみ”の現在地

 セウォル号沈没事故で息子のスホ(ユン・チャニョン)を失い悲しみに暮れる母・スンナム(チョン・ドヨン)と、幼くして失った兄を懐かしむ妹のイェソル(キム・ボミン)のもとに、仕事の事情で長い間外国にいた父・ジョンイル(ソル・ギョング)が突然帰ってくる。

 家族にとって最もつらい時期に不在だったジョンイルに対し、スンナムは戸惑いと怒りを隠せない。罪悪感にさいなまれながらも、夫として、父として償おうとするジョンイルに、遺族団体からスホの誕生日パーティーが持ちかけられる。

 激しい拒否反応を示すスンナムに対し、スホとの新たな再会の機会になるからと説得するジョンイル。生前のスホを知る多くの人々が集った誕生日パーティーで、スホがみんなの記憶の中に生きていることを再確認したスンナムやジョンイルは、スホを近くに感じながら、新たな日々を歩き始める。

『マルモイ』(2019)
「ハングル辞典」誕生、「独自の言葉」を守る意味とは?

 1940年代、日本統治下の京城(現ソウル)。映画館の仕事をクビになったキム・パンス(ユ・ヘジン)は、息子ドクジン(チョ・ヒョンド)の学費を得るために、他人のカバンを盗もうとして失敗。

 その後、かつて刑務所でパンスに助けてもらったというチョ先生(キム・ホンパ)の紹介で、雑用係の面接に向かった朝鮮語学会にて、カバンの持ち主であるリュ・ジョンファン(ユン・ゲサン)と再会する。ジョンファンは文字の読めないパンスが学会で働くことに反対するが、ほかのメンバーたちが歓迎したため、パンスがハングルを覚えることを条件に渋々受け入れる。

 粗野だが人情に厚いパンスは、ハングルを学ぶなかで「朝鮮語」の大切さを知り、次第に「朝鮮人」としての民族意識にも目覚めていく。だがその一方で戦時下の朝鮮では、朝鮮語の使用を禁止し、日本語を強要する政策が行われており、そんな中でも朝鮮語辞書を作ろうとする朝鮮語学会に対し、朝鮮総督府は弾圧を強めていった……。

『はちどり』(2019)
韓国における「正当化された暴力」と儒教思想の歴史

 1994年のソウル。餅屋を営む両親、姉のスヒ(パク・スヨン)、兄のデフン(ソン・サンヨン)と暮らす14歳、末っ子の女子中学生ウニ(パク・ジフ)は、勉強が苦手で学校も好きではないが、ボーイフレンドと仲の良い、ごく平凡な女の子。

 兄は優等生だがウニに対しては暴力的で、姉は不良に片足を突っ込んでいる。父(チョン・インギ)や母(イ・スンヨン)は末っ子のウニにあまり興味がないようだ。そんなある日、ウニが通う漢文塾に、新しい講師・ヨンジ先生(キム・セビョク)がやってくる。

 初めて自分の気持ちを理解してくれる大人に出会ったウニは、彼女のことを大好きになるが、先生との日々は長くは続かなかった。突然姿を消した先生の行方をウニが知ったのは、ソンス大橋の崩落という信じられない事故が起こってから間もなくのことだった……。

『バーニング 劇場版』(2018)
『パラサイト』につながる“ヒエラルキー”と“分断”の闇

 作家を夢見るジョンス(ユ・アイン)は、宅配のアルバイトの途中で幼なじみの女性ヘミ(チョン・ジョンソ)と偶然再会する。まもなくヘミは、旅行中の猫の世話をジョンスに頼んでアフリカへと旅立つ。

 帰国すると、現地で出会った男性ベン(スティーブン・ユァン)をジョンスに紹介する。金持ちだが素性のわからないベンと付き合う中で、ジョンスはベンからビニールハウスを焼く趣味があること、そして近日中にジョンスの家の近くのビニールハウスを焼くつもりであることを聞く。

 近所のビニールハウスを調べるジョンスは、同じ頃、突然姿を消したヘミを探すうちに、ベンに対する疑念を募らせていく。

『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)
厳しい現実を描き、社会と法律を変えた作品

 韓国南部の街・霧津(ムジン)にある聾学校「慈愛学園」に美術教師として赴任したカン・イノ(コン・ユ)は、自分を警戒する生徒たちの態度や、夜中に女子トイレから聞こえる悲鳴など、校内の異様な雰囲気に疑念を抱く。

 ある日イノは、ヨンドゥ(キム・ヒョンス)、ユリ(チョン・インソ)、ミンス(ペク・スンファン)と彼の弟が、双子である校長と行政室長(チャン・グァンによる二役)、教師らに性的暴力や虐待を受けており、ミンスの弟はそのことが原因で自殺したと知る。イノは彼らを保護し、人権センターで働くソ・ユジン(チョン・ユミ)とともに告発するが、学園と結託した警察や教会団体の妨害に遭ってしまう。

 テレビ報道によってようやく校長らは逮捕され、裁判が行われる中でイノらは決定的な証拠にたどり着くも、司法の悪習によって、加害者たちは執行猶予で釈放される結果に。

 親が知的障害を持つことにつけ込まれて示談にされ、証言すら許されなかったミンスは、自らの手で復讐すると言い残し、家を出る。イノとユジンはミンスを探し回るが、待っていたのはさらに悲惨な現実だった。

『国家が破産する日』(2018)
日常を一瞬で粉々にするIMFという「爆弾」

 OECD(経済協力開発機構)への加盟を実現し、ついに先進国への仲間入りを果たしたと国全体が浮かれていた1997年の韓国。しかし水面下では経済破綻が確実に迫っていた。

 通貨危機の兆しを察した韓国の中央銀行「韓国銀行」の通貨政策チーム長ハン・シヒョン(キム・ヘス)は上司に報告、政府は遅ればせながら国家の破産を防ぐべく、密かに対策チームを立ち上げる。一方、独自の分析で状況を把握した金融コンサルタントのユン・ジョンハク(ユ・アイン)は会社を辞め、危機こそチャンスと主張し、投資家たちを集める。

 そんな社会の動向を知るすべもない町工場の社長ガプス(ホ・ジュノ)は、大手デパートとの大口契約締結に大喜び、現金ではなく手形取引であることに一抹の不安を抱きつつも事業の拡大に乗り出す。対策チームでは、危機にどう取り組むべきかをめぐり、シヒョンと財務局次官パク・デヨン(チョ・ウジン)が激しく対立する。

 反対するシヒョンを振り切ってデヨンは強引にIMFへ救済を要請。専務理事(ヴァンサン・カッセル)が交渉のために来韓し、韓国の運命はIMFの手に委ねられる……。

『タクシー運転手~約束は海を越えて』(2017)
光州事件をめぐる国民的心情とは?

 1980年のソウル。タクシー運転手のマンソプ(ソン・ガンホ)は、あちこちで繰り広げられる学生デモに悪態をつきながら車を走らせていた。ひょんなことからドイツ人記者ピーター(トーマス・クレッチマン)を光州まで乗せる仕事について聞きつけたマンソプは、大金に目がくらみ喜び勇んで向かうものの、光州への道路はなぜか軍人によって遮断されていた。

 検問を逃れ、なんとか光州にたどり着くも、そこにはデモ隊と軍隊が衝突する異様な光景が展開されていた。危ないから引き返そうとするマンソプだが、ピーターはカメラを向けて街を撮影し始める。ピーターと対立しつつも、大学生ジェシク(リュ・ジュンヨル)や光州のタクシー運転手(ユ・ヘジン)と知り合う中で、次第に事の重大さに気づいていくマンソプ。

 一人家で待つ娘を心配し、一度はソウルへ戻ろうとするマンソプだったが、光州での実態が捏造されて報道されている事実を知り、再び光州へと車を向かわせる。

『明日へ』(2014)
非正規雇用の女性たちの憤りと社会問題を描く

 大手スーパー「ザ・マート」のレジ系として働くソニ(ヨム・ジョンア)は、真面目に業務をこなし、サービス残業も積極的に引き受けてきたおかげで、正社員への登用が約束され幸せいっぱいだった。ところがある日、彼女を含む非正規の女性労働者たちは、会社から一方的に解雇を通報される。

 ろくに説明もない会社の理不尽な態度に、シングルマザーのヘミ(ムン・ジョンヒ)、清掃員のスルレ(キム・ヨンエ)らは憤り、団結して闘おうと労組を結成。ソニもリーダーの1人に抜てきされ、交渉を試みるも、会社側は彼女たちに向き合おうともしない。

 このままではらちが明かないと判断した彼女たちは、ストライキを敢行しスーパーの占拠に踏み切るが、「不法占拠」として警察から排除され、逆に会社から訴えられてしまう。仲間同士を分裂させようとする会社側のさまざまな妨害に遭いながら、人間としての尊厳を必死で守ろうとする女性たちだが、ギリギリの生活の中で、家族との関係にもひびが入ってしまう。果たしてソニらは「良き明日」を勝ち取ることができるだろうか? 

『下女』(1960)
2つの不思議な設定と「韓国社会の歪み」

 妻(チュ・ジュンニョ)や足の不自由な娘、息子(アン・ソンギ)と4人で暮らすピアノ教師のトンシク(キム・ジンギュ)は、新しい家を建てて引っ越しをする。だが、新築のために無理して内職を続けていた妻は体を崩してしまい、トンシクは若い下女(イ・ウンシム)を雇う。

 そんなある日、妻の留守中に下女はトンシクを誘惑して関係を結び妊娠。しかし、これを知った妻によって中絶させられてしまう。そのショックで徐々に乱暴になっていく下女は、ついに残酷で執拗な復讐に出る……。

『密偵』(2016)
韓国で英雄視される「義烈団」とは?

 1920年代の植民地朝鮮。独立のための資金集めに奔走していた義烈団メンバー、キム・ジャンオク(パク・ヒスン)は日本警察に追われ、日本の手先となっていた朝鮮人警部イ・ジョンチュル(ソン・ガンホ)の目の前で自殺。これを機に、義烈団メンバーの検挙に乗り出した日本警察は、ジョンチュルを使って古美術商の義烈団メンバー、キム・ウジン(コン・ユ)へと接近を試みる。団を率いるチョン・チェサン(イ・ビョンホン)との接触に成功したジョンチュルだが、日本警察という立場と朝鮮人のアイデンティティの間で揺らぎ、次第に義烈団に協力するようになる。

 日本警察部長のヒガシ(鶴見辰吾)が送り込んだ警部ハシモト(オム・テグ)の監視をかいくぐりながら、義烈団を追うジョンチュル。一方で、義烈団の中にも密偵が存在し、そのせいで彼らの作戦は見破られ、一網打尽にされてしまう。一度は捕まったジョンチュルだが、自分は警察側の密偵として義烈団に近づいたにすぎないと訴えて釈放。見せしめのため、義烈団の女性メンバー、ヨン・ゲスン(ハン・ジミン)への拷問に加担させられながらも、ジョンチュルはウジンとの“ある目的”を果たすべく、隠してあった爆弾を持ち出して最後の行動へと移る……。

『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』(2019)
63人もの被害者を出した「奴隷事件」との共通点

 看護師のジョンヨン(イ・ヨンエ)と夫のミョングク(パク・ヘジュン)は、6年前に行方不明になった息子ユンスを捜して全国を駆け回っている。2人の生活は苦しみの連続だが、それでも希望は捨てていない。

 だがある日、ミョングクは情報提供者を名乗る人物との待ち合わせ場所に向かう途中、交通事故に遭って命を落としてしまう。息子だけでなく最愛の夫をも失い、絶望に突き落とされるジョンヨン。そんな彼女のところに今度は、ユンスとよく似た「ミンス(イ・シウ)」という子どもが、ある島の釣り場で虐待を受けつつ働かされているとの電話がかかってくる。

 ユンスであることを祈りつつ、ジョンヨンが釣り場に駆けつけると、そこで彼女を待っていたのは何やら訳ありげなホン警長(ユ・ジェミョン)や釣り場の主人らだった。かたくなにジョンヨンを「ミンス」に会わせようとしない彼らを怪しみながら、ジョンヨンは自らの力で徐々に真実に近づいていく。そして息子を助け出すため、彼女の孤独な死闘が始まる……。

『スウィング・キッズ』(2018)
“タップダンス”で際立つ捕虜収容所の暗鬱な現実

 1951年、朝鮮戦争中の巨済島捕虜収容所。新任所長(ロス・ケトル)は収容所のイメージ改善のために、捕虜たちでダンスチームを作る計画を立て、ブロードウェイの舞台に立ったことのあるジャクソン(ジャレッド・グライムス)にその任務を任せる。

 ジャクソンは、ダンスの才能を持っている捕虜のロ・ギス(D.O.)、英語はもちろん日本語や中国語もできる踊り子ヤン・パンネ(パク・ヘス)、離れ離れになった妻を探すために有名になりたいカン・ビョンサム(オ・ジョンセ)、ダンスの実力はあるが栄養失調ですぐ息の切れる中国軍捕虜のシャオパン(キム・ミノ)の4人を集めて、タップダンスチーム「スウィング・キッズ」を結成する。

 ところが、この計画を良く思わない米軍兵士たちの罠にかかり、ジャクソンは刑務所に入れられてしまう。チームのメンバーたちはジャクソンを助けるため、収容所の視察に訪れた赤十字の訪問団の前で踊りを披露し、大きな反響を得る。さらに、所長は記者たちに「クリスマスにこのチームがダンスを披露する」と公言。ジャクソンも釈放され、「スウィング・キッズ」はタップダンスの練習を再開する。

 一方、新しく収監された捕虜のグァングク(イ・デビッド)の煽動と、「人民の英雄」でロ・ギスの兄であるギジン(キム・ドンゴン)の登場とともに、捕虜たちの暴動はますますエスカレート。ついに彼らは所長暗殺もたくらみ、ロ・ギスも巻き込まれていくことになる。

『チスル』(2013)
韓国現代史最大のタブー「済州島四・三事件」を読み解く

 1948年11月、米軍と韓国軍は済州島に戒厳令を敷き「海岸から5キロ以上離れた中山間地域の島民は暴徒と見なし、無条件に射殺せよ」と命令を下した。村人たちは訳もわからないまま山奥へと逃げ、洞窟に身を隠しながら時間をやり過ごしていた。

 持ち寄ったジャガイモを分け合ったり、飼っている豚の心配をしたりと、たわいのない会話に興じる彼らだったが、本を取りに戻った少女スンドク(カン・ヒ)や、こっそり豚の様子を確認しに向かったおじさん(ムン・ソクボム)が殺されるなど、死の影は徐々に忍び寄ってくる。やがて捕らえられた村人の一人が、命を助けてくれれば洞窟の場所を教えると裏切ったため、ついに洞窟は軍人たちに包囲されてしまう……。

『記憶の戦争』(2020)
ベトナム戦争と韓国の関係とは?

 映画は主に、ベトナムの有名な観光都市・ダナンからそう遠くないフォンニィ村で68年2月12日に起こった虐殺事件を取り上げている。子どもや女性、老人を含め、確認されただけで74人が韓国軍によって殺された事件だ。

 韓国は64年9月~73年3月に延べ30万人以上の兵力をベトナムに送っているが、この期間に約80件の虐殺事件を起こしたと報道されており、被害者は最低でも約9,000人に達すると推定される。ウワサレベルでしか語られていないものや、証言はあっても裏付ける証拠のない事件も多いため、実態の把握は非常に難しく、正式に認められたのは80件のうち、敵兵と誤認して6人の民間人を射殺したというたった1件のみである。92年に韓国とベトナムが正式に外交関係を結んでからは、一つの虐殺も認められていない。

 このような現状からは、韓国政府が真相究明にいかに消極的な姿勢を貫いてきたかがうかがえる。だがフォンニィ村の虐殺は、映画に登場する家族を殺された女性のタンさんや、視力を失ったラップさん、殺りくを目の当たりにした聴覚障害のあるコムさんらの証言だけでなく、当時の米軍の報告書の発見や虐殺に加担した韓国軍兵士の証言もあり、虐殺の事実はほとんど明らかだと言わざるを得ない。

『エクストリーム・ジョブ』(2019)
韓国で“チキン”が愛される背景

 昼夜を問わず犯人逮捕に東奔西走、孤軍奮闘するもこれといった成果は上げられず、ついに解体の危機にさらされる麻浦警察署の麻薬捜査班。最後のチャンスとして国際的な犯罪組織による麻薬密輸の捜査を命じられた面々は、リーダーのコ班長(リュ・スンリョン)と4人の部下、チャン刑事(イ・ハニ)、マ刑事(チン・ソンギュ)、ヨンホ(イ・ドンフィ)、ジェホン(コンミョン)で張り込みを開始。だが、アジトの向かいにある張り込みにぴったりだったトンダク屋の主人は、売り上げ不振のため閉店を宣言してしまう。

 班の解体のためにはもう後がないコ班長は、悩んだ末に退職金を前借りしてトンダク屋を買い取り、捜査とわからないよう偽装のトンダク屋を始める。トンダクの作り方すら知らない彼らだったが、絶対味覚を持っているというマ刑事が故郷のカルビの味付けを応用して腕を発揮、「おいしい」とたちまち話題となり、メディアにも取り上げられて店は連日大繁盛。いつしか張り込みは後回しとなり、一行は接客に振り回されることに。

 そんなある日、ついに犯罪組織から注文が入り、捜査班に一網打尽の絶好のチャンスが訪れる。だが、そこには巨大な陰謀が待ち受けていた……。

『ファイター、北からの挑戦者』(2020)
差別や詐欺、性的暴行の対象となる「脱北者」

 脱北者の支援施設を出て、ソウルで一人暮らしを始めたジナ(イム・ソンミ)。食堂で働き始めるが、脱北して中国で身を隠している父を韓国に呼び寄せる資金を稼ぐため、さらにボクシングジムの清掃の仕事を掛け持つことに。ジムでのトレーニングの様子を目にしたジナは、少しずつボクシングに魅了されていく。やがてトレーナーのテス(ペク・ソビン)や館長(オ・グァンノク)に勧められ、戸惑いながらもジナはリングに立つことを決心する。

 一方ジナには幼い頃、家族を捨てて脱北し韓国で再婚して暮らす母(イ・スンヨン)がいた。母と再会するも心を開くことができないジナだが、ボクシング練習に励み、ついにデビュー戦を迎える。果たしてジナは、ボクサーとして韓国での新たな人生に挑むことができるだろうか?

『野球少女』(2020)
物語とは決定的に異なる「悲しい」結末

 全国で唯一、高校の野球部に所属する女子選手であり、「天才野球少女」と呼ばれ注目を浴びていたチュ・スイン(イ・ジュヨン)。彼女の夢は高校卒業後、プロ球団に入団して野球を続けることだ。だが、かつてはスインの実力に到底及ばなかった同級生男子が、彼女の身長を追い越し力もつけて、ドラフト指名を受けるまでになる。スインが持つ134キロという最高球速記録も、凡庸な数字にすぎなくなってしまった。

 女子であるという理由だけで入団テストの機会もろくにもらえず、家族や監督からも現実を見るよう諭されるが、スインは諦めずに日々練習に励む。そんなある日、野球部に新しいコーチのジンテ(イ・ジュニョク)がやってくる。最初はまともに取り合わなかったジンテも、めげないスインの姿に徐々に心を動かされ、“球の回転数が多い”というスインの長所を伸ばした指導を行った結果、やがて大きなチャンスが訪れるのだが……。

『私の少女』(2014)
LGBTと韓国社会の現在地

 14歳の少女・ドヒ(キム・セロン)は、継父のヨンハ(ソン・セビョク)と祖母から虐待を受けながら、人里離れた閉鎖的な海辺の村で孤独な日々を送っている。ある日、ソウルから村の警察署長として赴任してきたヨンナム(ペ・ドゥナ)は、村の子どもたちにいじめられていたドヒを助ける。そこで、ドヒへの虐待を知ったヨンナムは自宅に保護し、次第にドヒもヨンナムに懐いていく。

 だが、2人の幸せは長く続かなかった。ヨンナムに強い不満を抱くヨンハが、ヨンナムと同性の恋人がキスをしている様子を目撃し、「同性愛者」と騒ぎ立てたからだ。実は、ヨンナムは同性愛を理由に左遷され、この村に赴任したのだった。ヨンナムから引き離され、元の生活に戻されてしまったドヒは、ヨンナムと自らのために大胆な行動に出る。それは、今までのドヒとは思えない、衝撃的なものだった。

『アシュラ』(2016)
物語そっくりな政治スキャンダル勃発

 再開発を控える韓国の地方都市・アンナム。刑事のハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、権力と利権のためなら手段を選ばない市長のパク・ソンベ(ファン・ジョンミン)の悪行の後始末を行い、カネをもらっている。末期がんを患うハン刑事の妻は市長の妹でもあり、2人は義理の兄弟関係であった。

 妻の治療費が必要なハン刑事は、市長の不正を暴露しようとする動きを暴力で潰すなど、パク市長の言いなりになっていた。一方、市長を内密に捜査している検事のキム・チャイン(クァク・ドウォン)は、ハンの弱みを握り、市長の悪事の決定的な証拠を手に入れるスパイとして利用しようと画策。市長と検事の間で板挟みになっていくハン刑事は、ついに両者を直接対峙させ、事態は修羅場と化していく……。

『冬の小鳥』 (2009)
韓国経済を潤わせたのは「孤児の輸出」だった?

 1975年、9歳のジニ(キム・セロン)は父親(ソル・ギョング)に連れられ、ソウル郊外にあるカトリックの児童養護施設にやってくる。孤児たちが集まるその場所に、父親はジニを預け、無言のまま帰ってしまう。去っていく父親の後ろ姿を不安そうに見つめていたジニは、何日たっても“捨てられた”という現実が受け入れられず、周りの人に反発を繰り返す。そんなジニを年上のスッキ(パク・ドヨン)は気にかけ、ジニも少しずつスッキに心を開いていく。 
 
 一方、子どもたちを養子として引き取るため、施設には時々アメリカ人夫婦が訪れる。だが、養子になるには大勢の子どもたちの中から選ばれなければならない。気が乗らないジニに対して、スッキは1日でも早く引き取られようと必死に英語を勉強し、アメリカ人の前では余計に明るく振る舞ったりする。その努力は功を奏し、ついにスッキはアメリカ人夫婦の養子として迎えられる。頼もしかったスッキに去られ、残されたジニは再び周囲に反抗的になっていくが、ある日、ジニにも養子の話が舞い込んでくる。行き先は、幼い少女にとってはあまりにも遠いフランスだった。

『フェイク~我は神なり』(2013)
韓国における宗教や信仰の背景――自称イエスが多いのはなぜか?

 ダムの建設予定地で、水没の危機にある田舎の村に、プレハブの教会が建てられる。この教会の長老であるチェ・ギョンソク(声:クォン・ヘヒョ)は、牧師のソン・チョル(オ・ジョンセ)と共に病人を治癒するなどの詐欺を働いて村人を信じ込ませ、水没の補償金を騙し取ろうする。一方、外地から村に帰ってきたキム・ミンチョル(ヤン・イクチュン)は、娘のヨンソン(パク・ヒボン)の貯金を奪い、賭博に費やしてしまう。

 ひょんなことから、チェ長老が実は指名手配中の詐欺師だと知ったミンチョルは、この事実を警察や村人に知らせようとするが、乱暴者のミンチョルを信じる者は誰もおらず、むしろミンチョルは悪魔呼ばわりされる。妻や娘にすら信じてもらえず暴力を加速させるミンチョルは、自分の正しさを証明しようとするが、チェ長老の口車に乗せられたヨンソンが行方不明になると、事態はますます破局へと向かっていく。

『ハハハ』(2010)
韓国の「あるべき男性像」と真逆の男たち

 映画監督のムンギョン(キム・サンギョン)は、作品製作もうまくいかず、教えていた大学もクビになったため、親戚のいるカナダに移住を計画している。出発前に母親(ユン・ヨジョン)に会おうと故郷の統営(トンヨン)を訪れる。

 その後、ソウルに戻ってから大学の先輩チュンシク(ユ・ジュンサン)と偶然に遭遇、なんと同じ時期にチュンシクも統営を訪れていたことがわかり、2人はマッコリを酌み交わしながら、統営での思い出話に花を咲かせる。

『逃げた女』(2020)
誰が、何から“逃げた”のか?

 結婚以来一度も離れたことがないという夫が出張に出かけ、その間、ガミ(キム・ミニ)は3人の女友達を訪ね歩く。ひとりはバツイチの先輩ヨンスン(ソ・ヨンファ)、2人目は独身の先輩スヨン(ソン・ソンミ)、そして3人目は偶然入った映画館で再会した同級生のウジン(キム・セビョク)。ガミと女たちのやりとりを通して、それぞれの事情が少しずつ浮き彫りになっていくのだが……。

Netflix『ナルコの神』麻薬王逮捕の瞬間は、ドラマよりも劇的? 実際の事件と異なる点とは

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説する。

ファン・ジョンミン、ハ・ジョンウら出演 Netflix『ナルコの神』

 「スリナム共和国」という国をご存じだろうか? 南米北部、ブラジルに接する人口58万人(2020年現在)の小さな国である。かつてオランダ領だったスリナムは、連合軍の一員として朝鮮戦争に参戦した歴史があり、オランダから完全独立を果たした後の1975年に韓国と国交も結んだ。しかし、実際の交流はほとんどなく、韓国政府は93年にスリナムから大使館を撤収、現在は駐ベネズエラ韓国大使館が兼務をしている。

 私を含め、ほとんどの韓国人が存在すら知らなかっただろうスリナムだが、2009年、突如として韓国メディアを騒がせることとなった。「スリナムの麻薬王、チョ・ボンヘン逮捕」という見出しが新聞各紙を飾ったのだ。

 スリナムを拠点にした麻薬密売の巨大組織を率いるボスが韓国人であったという事実は、韓国社会に大きな衝撃を与えた。麻薬をめぐるマフィアの攻防や、警察組織の麻薬取締官などは、映画やドラマですっかりおなじみになった感じはある。とはいえ、まさか同じ韓国人が地球の裏側の南米で、国際的な麻薬王として君臨していたとは想像しなかった。

 しかも、麻薬密売が国家の経済を支えているというスリナムで、ボンヘンは大統領や警察、軍隊からも庇護を受けていたというから驚きである。こうして韓国では、スリナムへの関心が一気に高まったわけだが、事件の詳細は当時詳しく報道されず、ボンヘンについても多くの謎が残ることとなった。そして時の流れとともに、事件のことも人々の記憶から遠ざかってしまった。

 ところが、事件から10年以上がたった今年、またしても「スリナム」「チョ・ボンヘン」の固有名詞が世間の大きな注目を集める事態となった。この事件を基にしたNetflixのオリジナルドラマ『ナルコの神』(ユン・ジョンビン監督)が、国内外で非常に多くの視聴数を獲得し、ヒットを記録したのだ。

 アクションやバイオレンス要素が盛り込まれ、手に汗握るスリリングな展開や、豪華な俳優陣、グローバルな物語展開と、作品としてのクオリティが高いことはもちろんだが、このドラマチックな物語が実在の人物や事件に基づいていることに、韓国人たちはあらためて驚き、同作も注目を集めた。もちろん、ドラマ化の過程でフィクションも相当加えられてはいるものの、実際には、ドラマを超える迫真のエピソードもあったようだ。

 そこで今回のコラムでは『ナルコの神』を取り上げ、実際の事件とドラマを照らし合わせつつ、「麻薬王」と呼ばれたボンヘンと、逮捕の功労者となった人物を中心に紹介していきたい。

※以下、ネタバレを含みます。

Netflix『ナルコの神』あらすじ

 全6話から成る本作は、エイの輸出事業で儲けようと韓国からスリナムにやってきたカン・イング(ハ・ジョンウ)が、スリナムで牧師と偽りながら麻薬密売を牛耳るチョン・ヨハン(ファン・ジョンミン)に商売を潰されたところから展開する。カン・イングはその恨みを晴らすため、チョン・ヨハンの逮捕を狙う韓国国家情報院(NIS、かつてのKCIA)に協力して作戦を遂行するという物語だ。

 そこにNISの潜入捜査官や凶悪な中国ギャング団、アメリカの麻薬取締局(DEA)などが絡み合い、それぞれの思惑がぶつかり合って、すさまじい速さで息もつかせぬドラマが繰り広げられる。

 ファン・ジョンミンやハ・ジョンウ、パク・ヘス、チョ・ウジら、今の韓国を代表する俳優たちのみならず、台湾出身でアジアを股にかけて活躍するチャン・チェンまで加勢した、超豪華で個性豊かな面々が発するエネルギーに圧倒される作品でもある。

Netflix『ナルコの神』スリナム政府から猛抗議に遭う

 ちなみに本作制作のきっかけは、ハ・ジョンウが事件を報じた記事を偶然目にし、映画化したら面白いのではないかと長年の親友・ユン監督に相談したことに端を発するという。ちょうど前作『工作 黒金星と呼ばれた男』(2019)を撮影中だったユン監督は、その後、Netflixでの『ナルコの神』ドラマ化が決まると、『工作』に主演したファン・ジョンミンにも声をかけて、この豪華タッグが実現したそうだ。

 ところが、韓国語の原題を『スリナム』と名付け、実在の国を舞台に大統領と麻薬王の癒着をちゅうちょなく描いたこの作品は、製作段階からスリナム政府に猛抗議されていたという。大統領が薬物犯罪で服役していたことが事実とはいえ、自国が麻薬密売の巣窟のように描かれていれば、抗議もやむを得ないというものだろう。

 そのため、韓国外務省がわざわざ仲裁に入り、韓国以外の国では『スリナム』のタイトルを使わず、「麻薬=ナルコ」と「聖職者=神」を合わせた『Narco-Saints』(ナルコの神)を提案したという裏話もある。

 では、実際に起こった事件とはどのようなものだったのだろうか? まず、ファン・ジョンミン演じる麻薬王の牧師、チョン・ヨハンのモデルとなったチョ・ボンヘンの人物像から見ていこう。

 ボンヘンは1980年代、遠洋漁船で冷凍技師として働いていたときに、初めてスリナムに足を踏み入れた。たびたび立ち寄っているうちに、現地の事情に精通していき、その後、仕事を辞めて韓国に戻った。そして94年、新築住宅の建築費用を横領する詐欺で指名手配されるとスリナムに高飛び。翌年にはスリナムの国籍を取得し、魚の加工事業を始めた。

 ドラマでは、カン・イングと友人が強烈な臭みのあるエイをタダ同然で仕入れて韓国に輸出する商売をしていたが、これは実際には、ボンヘンの仕事だったことになる。

 しかし、この商売はうまくいかなかった。そこでボンヘンは、次第に麻薬密売に手を染め、当時、南米最大とされたコロンビアの麻薬犯罪組織「カリ・カルテル」と手を結ぶに至る。なお、ドラマでのチョン・ヨハンは表の顔を「牧師」と偽り、さらに強烈な悪役に作られているが、実際は、ボンヘンが牧師を名乗ることはなかった。

 一方、ドラマ内で麻薬王とNIS、さらには中国ギャングの間で立ち回り、超人的なヒーローぶりを発揮するハ・ジョンウ演じるカン・イングのモデルとなった人物は、ドラマ製作後、顔や名前の非公開を条件に、「K」というイニシャルで韓国メディアのインタビューに応じている。

 それによれば、Kは貧困家庭で育ち、アルバイトをしながら弟と妹の面倒を見ていたという。さらに、知り合いの女性に片っ端から電話をして求婚、車の整備士として働いた後、友人に誘われてスリナムに出稼ぎに行ったと明かしていた。この経歴は、まさにカン・イングそのものである。

 スリナムで船舶用の溶接棒販売に携わっていたKは、その過程でボンヘンと知り合う。劇中でカン・イングがチョン牧師に助けられたように、Kも販売の際に、ボンヘンに手助けしてもらったそうだ。しかし、代金がほとんど回収されないことを不思議に思って小売業者に確認したところ、ボンヘンに横取りされていたことを知ったという。

 これをきっかけに、Kの友人は韓国に帰ったものの(劇中では殺害される)、泣き寝入りはしないと誓ったKは、藁にもすがる思いで駐ベネズエラ韓国大使館に助けを求めた。これが「麻薬王チョ・ボンヘン逮捕作戦」につながっていく。

 NISは2007年、ボンヘンがスリナムから韓国への麻薬密売ルートを模索しているとの情報を入手し、逮捕に乗り出す。しかし、大使館もなく犯罪人引渡し条約も結んでいないスリナムに伝手を見つけられずにいた。ちょうどそこへKからベネズエラ大使館に連絡があり、NISはすかさずKに接触。ボンヘンの逮捕協力を持ちかけ、Kもその提案を受け入れた。

 逮捕作戦の内容は、韓国に麻薬密売ルートを持っているという架空の人物(在米韓国人)を作り上げ、Kを通してボンヘンに紹介。取引を理由に、韓国と犯罪人引渡し条約を結んでいる隣接国にボンヘンをおびき寄せて逮捕するという、まさにドラマそのものであった。

 劇中でカン・イングは何度も窮地に立たされ、チョン・ヨハンに身分がバレるのではないかと視聴者をハラハラさせるが、Kも作戦遂行中に命の危機にさらされたことがあったという。KがNISと電話しているところを、ボンヘンの韓国人部下が見つけ、あやうく殺されそうになったのだ。

 Kはなんとか機知を発揮し、NISに電話をするふりをして逆にボンヘンからの信頼を試したと主張して、危機を回避。その後、韓国人部下が解雇されたという事実からは、Kがいかにボンヘンの信頼を得ていたかがわかるだろう。

 さらに、ボンヘン逮捕の瞬間は、もしかしたらドラマよりもドラマチックといえるかもしれない。警戒心の強いボンヘンは、決してスリナムから出ようとしなかったため、最終手段としてKは「取引の中断と韓国ルートの放棄」を持ち出し、彼に決断を迫った。

 すでに1.2トンもの麻薬を準備していたボンヘンにとって、莫大な金銭的損失と麻薬を提供してもらったカリ・カルテルの存在は恐怖以外の何物でもなく、結局スリナムの外、ブラジルでの取引に応じるしかなかった。

 取引の場所は、サンパウロのグアルーリョス国際空港。ドラマとは異なりKは空港でボンヘンを待ち、NISやDEAたちがその場をぐるりと囲んでいた。ところが約束の時間を2時間過ぎてもボンヘンは現れず、作戦は失敗。解散が命じられたものの、Kが時間稼ぎをしていたところ、ついにボンヘンが到着する。彼が空港に姿を現した瞬間を狙って待ち伏せていたNISとDEAが急襲をかけ、逮捕に至った。

 ドラマでは、チョン・ヨハン自身は動かず、麻薬がプエルトリコに到着したことを確認してDEAが発動し、最後にはカーチェイスや銃撃戦が繰り広げられ、カン・イングが執念の活躍を見せるフィクションならではの展開だが、実際のクライマックスも、相当劇的だったに違いない。

 以上が『ナルコの神』の基になった事件と人物の全貌である。逮捕されたボンヘンは韓国に送られ、09年に懲役10年の実刑を言い渡された。ドラマを見ると10年は短いような気もするが、実際には殺人や殺人教唆を犯してはおらず、麻薬密売のみだったという。

 ではその後、ボンヘンはどうなっただろうか? ドラマをきっかけに彼のその後にも注目が集まり、さまざまなうわさが広まった。韓国の刑務所で収監中に病死したとの報道もあれば、刑期を終えて出所後、姿をくらましたとの記事もあり、スリナムで彼を見かけたという目撃情報もあったらしい。少なくとも、麻薬王に舞い戻ったわけではなさそうだが、こうした不確かさもまた、作品の魅力を高めているといえるだろう。

 韓国人たちが南米を舞台に激しい攻防を繰り広げるこのドラマは、もちろん特殊な例に違いない。とはいえ、スリナムには実際、小さいながらも韓国人コミュニティが存在する。

 世界一の人口を誇る中国人のコミュニティが世界中に散らばっていることは特に不思議ではないが、日本の人口の半分にも満たない東アジアの小国である韓国(あるいは朝鮮半島)の人間が、なぜ南米の片隅にまでコミュニティを広げているのだろうか? 

 ドラマの文脈とは離れるが、ここにも「コリアン・ディアスポラ」のキーワードが見え隠れするのは決して偶然ではない。

 「ディアスポラ(Diaspora)」とは「離散」を意味し、なんらかの形で祖国を離れ、新しい土地に定着して生きる人々を総称する言葉だ。朝鮮戦争後、韓国側の捕虜になった北朝鮮人民軍の中には、韓国ではなく第三国を選んで移住していった者も少なくなかった。そしてその第三国として、ブラジルやアルゼンチンをはじめとする南米の地も選択肢となり、約60人の「反共捕虜」たちが南米に住み着いた。

 同コラムではこれまで、在日や朝鮮族、脱北者を中心にコリアン・ディアスポラのさまざまな在り方を紹介してきたが、まだまだ見つめ直さなければならないコリアン・ディアスポラも数多く存在している。生まれ育った場所を離れなければならない、という朝鮮半島の歴史の傷みを、韓国の映画やドラマはこれからもさまざまな形で描き続けていくだろう。

 さて、2019年より56回にわたって連載してきたコラム「映画で学ぶ、韓国近現代史」は今回で終了します。これまでお付き合いいただきありがとうございました。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

Netflix『D.P.-脱走兵追跡官-』に見る、韓国「徴兵制」の実態――「命令と服従」実体験を映画研究者が語る

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説する。

チョン・ヘイン&ク・ギョファン出演 Netflix『D.P.-脱走兵追跡官-』

 1988年12月中旬のある朝、私は玄関のドアを叩く音で目がさめた。ドアを開けると、軍服姿の若い男がニコッと笑って「召集令状です。おめでとうございます」と、赤紙を差し出した。この光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

 韓国では、現在も法によって男性に「兵役」の義務が定められる。私が受け取った赤紙(ちなみに、現在は白紙である)には、「1989年1月10日○時までに江原道(カンウォンド)・春川(チュンチョン)の○○補充隊集合」と書かれており、慌てて家族や友人に宛てて、手当たり次第に入隊の連絡を出した。そして、友人たちによる入隊祝賀会や出征式で酒漬けになったあと、数日後には頭を丸めて「娑婆」(軍隊では世間のことをこう呼ぶ)を後にした。

 休戦中とはいえ、南北に分断され対峙している朝鮮半島に生まれた以上、兵役は一種の運命として従うしかない。だが、若さを存分に堪能すべき20代の大事な2年半(現在は1年半に短縮)に及ぶ歳月を、国を守るという名分の下に捧げるのは「青春の足かせ」であり、これっぽっちもしっくりこないのが正直なところだ。

 入隊する覚悟はできていても、いざ足を踏み出すと、絶望のどん底に落とされたような気持ちになった。この絶望感は、赤紙を手にした韓国の若者ならば、誰もが抱く感情だろう。

 ありとあらゆる統制の中に「束縛」され、個人の意思も自由もまったく通用しない。そのため、入隊後は脱走や暴力を伴ういじめ、自殺者が後を絶たず、韓国軍が抱える最大の課題として社会を悩ませている。

 当コラムでは、これまで韓国社会に特徴的なテーマを多数取り上げてきたが、いつかは「軍隊」を取り上げたいと思っていた。私が服務していた33年前とは、服務期間から生活環境まで多くの点で変わっているはずだが、それでも軍隊制度の本質や感情的な問題など、変わらないことも多いのではないか。

 そこで今回、軍内部の問題に正面から迫り、大反響を呼んだNetflixオリジナルのドラマ『D.P.-脱走兵追跡官-』(2021)を取り上げ、個人的な体験も含め、韓国の軍隊について紹介したい。

『D.P.-脱走兵追跡官-』あらすじ

 全6話の本作は、軍隊の中でも最も深刻とされる「脱走兵」の問題をテーマにしている。D.P.とは、Deserter Pursuitの略語で、直訳すれば脱走兵追跡、またはそれを任務にする兵士=脱走兵追跡官のことを意味する。

 物語は、入隊して間もないアン・ジュノ(チョン・へイン)がD.P.に選ばれ、先輩のハン・ホヨル(ク・ギョファン)と共に脱走兵を探し出すという基本構図のもと、エピソードごとに脱走兵のさまざまな事情が描かれる。行方をくらました脱走兵の行動を推理して追いかけるスリリングな展開も見事だが、おのおのが脱走に至った背景を通して、軍隊の暗部や徴兵制に潜む根本的な問題を浮き彫りにしていく社会性の強いメッセージを含んだ作品だ。

 各エピソードは、実際に起こった特定の脱走事件やいじめとは関係ないそうだが、現に類似した事件が数多く発生していることを踏まえれば、軍隊の現実そのものであると言っても過言ではない。私から見ても、軍隊の現実をリアルに反映しているため、見る者の心に重いものを残すだろう。

 本作はとりわけ、入隊を控える男性やその恋人、家族など、当事者の間での関心や視聴率が非常に高かった。本作で描かれる問題は、彼らにとって決して他人事ではなく、ともすれば未来の自分自身の問題かもしれない。自然と関心が集まるのも納得だ。

 兵役が義務付けられている韓国で、脱走は今も昔も重大な犯罪として扱われる。兵役を済ませることが、就職や進学、引っ越し、旅行など、ごく普通の社会生活を送るための基本条件となっているため、脱走はすなわち、韓国での「普通の生活」を諦めざるを得ないことを意味する。

 さらに「脱走の罪」には時効がない。法律上は10年での時効が明示されてはいるものの、韓国国防省は脱走兵に対して定期的に「帰隊命令」を出しており、それに応じなければ今度は「命令違反の罪」が新たに付け加えられ、時効が自動的に延長されるというからくりだ。つまり、命令に従い帰隊(自首)しない限り、死ぬまで脱走を続けるしか道はない。

 だが実際、命令に従って自首する脱走兵はほとんどおらず、逮捕されるか、身分を隠して逃げ回るか、劇中で描かれているように自ら命を絶つことになる。いずれにしても、脱走兵は出口のない袋小路に追い込まれるわけだ。

 統計によれば、2017年から21年まで5年間の脱走兵は521名に上り、このうち3年以上逃亡を続けている1名を除いて、全員が逮捕されたという。自首した人は1人もいなかった。驚くべきは、これまでの脱走兵の事例の中には、最長となる33年間もの歳月を家族や友人とも一切の連絡を絶って隠れて生き、55歳で逮捕された人物がいたということだ。1962年に脱走、95年に逮捕されるまで、どんなに孤独でつらい人生を送ってきたのだろうか……。想像するだけで胸が張り裂けそうになる。

 このように、人生が丸ごと破壊されるような「恐怖」こそ、国家が狙う何よりも強力な「脱走抑止策」にほかならない。だが、それにもかかわらず脱走が後を絶たないのはなぜだろうか。

 その最大の原因といえるのが、『D.P.-脱走兵追跡官-』でも繰り返し描かれる、古参兵による理不尽な暴力や、性的羞恥心をあおるようないじめといった「虐待」である。軍隊内では、一般の社会では考えられないような人権蹂躙が日常的に横行している。

 私も入隊して最初の1年間は、毎日のように殴られた。大きなミスをしたわけでも、命令に逆らったわけでもない。理由なんて、そもそもないのだ。何もせずとも、古参兵の気分次第で「軍紀を正す」「気合を入れる」といった正当化された理由のもと、新参兵たちは殴られる準備をしなければならなかった。

 「気をつけ!」の姿勢のまま、古参兵の気が済むまで殴られ続ける――これが「命令と服従」だけで成り立っている軍隊という集団の、いまだに変わらない体質である。軍隊は儒教的慣習が最も端的に具現化したものといえるだろう。

 蹴られてあばら骨を骨折したときは、私もさすがに脱走したい衝動に襲われたことを今でも覚えている。だがやはり実行には移さなかったし、できなかった。脱走の衝動よりも、その後に待ち受けていることに対する恐怖が遥かに上回っていたからだ。悲しむ両親の顔が真っ先に浮かんで胸が痛み、除隊するその日まで、ひたすら我慢するしかないと自分に言い聞かせた。

 だから軍隊では「5分前と5分先を考えるな」とか「避けられないことなら楽しめ」といった言い回しが受け継がれてきているのだろう。殴られた過去もこれから殴られる未来も一切考えず、目の前のことにだけ集中しろ、というわけだ。実際、ほとんどの兵士は思考を止め、ひたすら我慢してなんとか無事に除隊している。

 だが中には、気の弱い人や個人的な悩みを抱えている人もいるはずだ。そうした事情をすべて無視し、法律の名の下、一律に徴兵するのは果たして合理的といえるのか? 多感な若者一人ひとりの事情に、声にもっと耳を傾け、気を配る方法はないのか? 徴兵制度自体がこのまま維持されるのであれば、その分、軍隊もまた時代や社会の変化に合わせて変わり続ける必要があるだろう。

 『D.P.-脱走兵追跡官-』において、ジュノとホヨルによる追跡は、このような疑問を投げかける過程であり、本作が発するメッセージそのものである。脱走を防ぐ根本的な解決策を見いだすことは難しく、かといって軍隊をなくすのも現実的ではない。理想的すぎるかもしれないが、「命令と服従」という軍隊の在り方を、暴力に頼るのではなく、個人としての尊重と信頼に基づいたものへと変えていくしかないのではないか。

 実は韓国軍も、こうした理想を現実にしようと取り組んできた過去がある。

 2000年代に入り、社会全体に民主化が浸透するに従って、軍も「兵営民主化」のスローガンを掲げ、主に人権侵害の改善を目標に、さまざまな組織を立ち上げた。01年の国家人権委員会による軍隊実態調査会や、陸軍訓練所で起きた暴力事件をきっかけに、05年に設置された陸軍人権改善委員会などが代表的な例だろう。ただ、その成果が目に見えて上がっているとは言い難い。

 なぜならば、武装兵による銃乱射事件(05年の「38度線監視所内銃乱射事件」、14年の「江原道軍部隊銃乱射事件」)や、古参兵による集団暴行死亡事件(14年の「医務兵殺人事件」)など、世間を揺るがす惨事が後を絶たないからだ。ドラマでも、いじめられた兵士が銃を乱射する場面があったが、これまで起こってきた、あるいはいつ起こっても不思議ではない事件を描いたといえるだろう。

 個人の意思と関係なく、法という国家的装置によって生じる兵役の義務。何物にも代えがたい時間を否応なく捧げた結果、暴力やいじめに晒され、心に傷を負い、脱走せざるを得ない状況に追い込まれる。その結果、命を失うことになれば、これ以上の悲劇があるだろうか。

 ドラマでは、脱走という運命を分ける瞬間の象徴として、部隊の正門に引かれている「白い線」の場面が度々登場する。この白い線を、たとえどれほどの時間がかかったとしても、意味も必要もない軍隊にしなければならないと、強く感じた。

 韓国には「将軍の息子」「神の息子」、そして「百姓の息子」という言葉がある。

 部隊に入るのではなく、家から通って兵役の代わりをする「防衛兵(現在は社会服務要員)」になれるのは「将軍の息子」(入隊のための身体検査で視力や身長、体重などの基準が一般兵士の条件に至らないと判定された人が対象だが、なぜか芸能人に多い)、なんらかの理由で兵役免除になった者は「神の息子」(政治家や財閥など金持ちの息子が圧倒的に多い)、一般兵士として入隊する者は「百姓の息子」と呼ばれる。兵役の格差を「階層」の違いにたとえて分けた呼び方だ。

 兵役逃れにこの上なく厳しい韓国社会だが、誰もが「免除」になりたいという欲望をにじませている。他人の兵役逃れには容赦のないバッシングを与える一方、我が子には免除させてやりたいと願うわけだ。兵役をめぐる社会の分断もまた、韓国ならではの問題といえるだろう。

 さて、好評だった本作は、早くもシーズン2の制作が発表されている。次はどのような軍隊の現実を描き、どんなメッセージを発信してくれるだろうか。期待は膨らむばかりである。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国、“政治的な扇動”が問題に……『キングメーカー 大統領を作った男』に見る選挙と社会の分断

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説する。

ソル・ギョング、イ・ソンギュン出演『キングメーカー 大統領を作った男』

 韓国のニュースや新聞には、「갈라치기(カルラチギ)」という言葉がたびたび登場する。囲碁の「割り打ち(相手が隣り合う隅を占めた時に、相手の勢力圏を分割するために中間に打つ手)」に由来するとされるこの言葉は、相手の集団や主張に亀裂を入れ、分裂を煽り、弱体化させる戦法を指して使われる。

 反共産主義に対する弾圧が激しかった時代は、共産主義者を表す「アカ」のレッテルを貼ることによって人々を分断。近年では、女性差別撤廃を訴えるフェミニズム運動において、男性と女性が互いに憎み合うよう仕向ける。こうした行為がまさに「カルラチギ」である。

 社会の分裂や格差をもたらす政治的な扇動、誹謗中傷は、今や韓国社会の至るところに蔓延し、深刻な社会問題となっているが、カルラチギがもっとも露骨に横行するのは「選挙」である。

 政策や公約を提示し、徹底的に議論する姿は、今の韓国ではもはや見られない。相手の弱みをしつこく攻撃し合う(時には弱み自体を作り上げる)ネガティブキャンペーンばかりが飛び交う昨今の選挙は、まさにカルラチギの見本市のようだ。

 保守派と進歩派が互いに「土着倭寇(保守派の原点は親日派である、という主張から派生した保守派を揶揄する言葉)」と「従北勢力(北朝鮮に対する進歩派の穏健な態度を見下す言葉で、<アカ>の代わりにも用いられる)」と罵り合い、「慶尚道(キョンサンド=保守派)」と「全羅道(チョルラド=進歩派)」のように東西の地域が対立し合うのも、選挙の時期ならではである。

 今年に入って行われた大統領選挙では、「이대남(イデナム、反フェミニズム・保守的傾向の20代男性)」と「이대녀(イデニョ、進歩的傾向の20代女性)」がそれぞれ支持する候補をめぐって衝突し、カルラチギを繰り広げたことも記憶に新しい。

 国土も小さく、人口もたいして多くない韓国において、カルラチギの風潮は一体いつから始まったのだろうか? 韓国現代史を振り返ってみると、その起源は李承晩(イ・スンマン)政権の時代にさかのぼることができるが、本格化したのは、権力維持のためなら手段を選ばなかった朴正煕(パク・チョンヒ)軍事独裁政権時代である。

 中でも、金大中(キム・デジュン、のちに大統領となるが当時は国会議員)との選挙戦は、カルラチギの風潮を浸透させたばかりか、熾烈にして最悪なものだったことはよく知られている。だが、パク・チョンヒ側の数々の不正に対し、キム・デジュン側がどう立ち向かったかは、これまであまり語られてこなかった。

 そんな中で公開された映画『キングメーカー 大統領を作った男』(ビョン・ソンヒョン監督、2022)は、まさにキム・デジュン側の視点から、選挙戦での内部事情に迫った作品。当時、選挙で落選を繰り返していたキム・デジュンが、ある人物との出会いをきっかけに立て続けに当選を果たし、やがて党の大統領候補に選ばれるまでの様子が描かれている。

 同作は実在の人物名を使わず、あくまでも、歴史的事実に映画的想像力でフィクションを混ぜた「ファクション(fact+fiction)」と位置付けているが、ほとんどが実際に起きた出来事である。

 日本では、ちょうど本日8月12日から公開となった同作。今回のコラムでは、日本では詳しく知られていないこの時代の歴史的な出来事をたどりながら、映画に描かれている人物について紹介したい。

 政治家として世の中を変えたい一心で選挙に挑み続けるも、落選続きでなかなか前に進めないキム・ウンボム(ソル・ギョング)のもとに、彼と志を共にしようとする男、ソ・チャンデ(イ・ソンギュン)が現れる。選挙参謀になったチャンデは、正当な戦法を求めるキム・ウンボムの意に反して狡猾な戦略を次々と編み出し、劣勢の状況にもかかわらず次々と当選させていく。

 そしてついに、キム・ウンボムは党を代表して大統領選挙に出馬する候補にまで選出される。本格的な選挙戦が始まる中、キム・ウンボムの自宅で予期せぬ爆破事件が発生。容疑者としてソ・チャンデが浮上したことで、2人の関係は揺らぎ始める……。

 本作が韓国で公開されたのは、今年3月9日の大統領選挙投票日を2カ月後に控え、国中が選挙で熱くなっていた1月。選挙に対する国民の関心の高まりに合わせて公開すれば、興行的に有利になると考えるのは当然だが、カルラチギの応酬に対して一石を投じる目的もあったかもしれない。

 だが結果は、映画が提起する問題意識を受け止めるコメントが散見された一方で、映画そのものを「アカの扇動映画」だと警戒し、罵倒する声も少なくなかった。

 現在もなお反共精神が韓国に深く根付いていること、そして想像をはるかに超えてカルラチギが韓国社会に浸透していることに失望を禁じ得ないが、反共精神はどうしてここまで国民の意識に深く刻み込まれてしまったのだろうか? 『キングメーカー』のストーリーに沿って、カルラチギが本格化した時代を振り返りながら考えてみたい。

 本作の主役は「キム・ウンボム」と「ソ・チャンデ」という2人の男である。先述したように実在の人物の名前ではないが、キム・ウンボムはキム・デジュン元大統領をモデルにしている。

 映画の冒頭で描かれるように、1961年、江原道の北部にある麟蹄郡(インジェグン)の補欠選挙で、キム・デジュンは初めて当選し、国会議員として政界に足を踏み入れた。そして彼は、パク・チョンヒから全斗煥(チョン・ドファン)、盧泰愚(ノ・テウ)まで30年余り続いていく軍事独裁政権と命をかけて闘い、民主化の実現に多大な貢献をする。

 日韓の外交問題にまで飛び火した「金大中拉致事件」(73年)、大統領になって積極的に推し進めた「日本大衆文化開放政策」(98年)、初の南北首脳会談(2000年)の実現などに関わったこともあり、キム・デジュンは日本でも非常によく知られている大統領だが、1971年の大統領選でパク・チョンヒに肉薄した後、実際に大統領になる97年まで26年もかかっていることを考えると、苦労の絶えない政治家人生を送ってきたと言えよう。

 そしてもう一人の主役「ソ・チャンデ」こそ、本作の実質的な主人公である「キングメーカー」だ。モデルになったのは嚴昌録(オム・チャンロク)という実在の人物で、キム・デジュンのブレーンとして、それまで「アカ」のレッテルを貼られ、ネガティブキャンペーンの犠牲となって落選が続いていた彼を初当選させ、政治家としての土台を作ったとされている。

 当時、ずる賢い人を指す「狐」を用いて「選挙の狐」と呼ばれたオム・チャンロクは、選挙では奇抜でずば抜けた戦略を打ち出したと同時に、対抗するパク・チョンヒも真っ青になるほど汚い手段もちゅうちょなく利用した。そんな活躍をしたにもかかわらず、政治の表舞台に出ることなく、資料もろくに残っていないオム・チャンロクに光を当てたことが、この映画のすぐれた点だろう。

 オム・チャンロクは、現在の北朝鮮にあたる咸鏡北道(ハムギョンブクドウ)出身とされている。高校の時に朝鮮戦争が勃発、朝鮮人民軍に徴集されるのが嫌で山に入り、反共遊撃隊として活動。そこで進撃してきた韓国軍に同行し、米軍部隊でも働いたが、負傷して除隊した。

 その後、江原道・麟蹄郡で知人の漢方薬屋の手伝いをしていたところに、キム・デジュンの補欠選挙が重なり、不正にまみれた当時の政治を打破しようと訴える理念に共感して近づいていったのが、まさに映画の冒頭で描かれていた場面である。

 そんなオム・チャンロクの腕が発揮されるのは、出馬する地域をキム・デジュンの出身地、木浦(モクポ)に移して挑んだ67年の総選挙からだ。その頃、パク・チョンヒ独裁政権は国務会議(大統領が主宰する閣僚会議)を木浦で行うなど、全国のどの選挙区よりも木浦に力を注ぎ、金と力を総動員して不正で卑劣な選挙戦を展開した。独裁に徹底抗戦の姿勢を曲げないキム・デジュンは、パク・チョンヒ独裁政権にとって、言葉通り「目の上の瘤」だったからだ。

 パク・チョンヒはキム・デジュンを落選させるため、莫大な資金を投入。情報機関「大韓民国中央情報部(KCIA)」も動員して、選挙工作に打って出た。一方のキム・デジュンは、いかに絶体絶命の危機であろうと、自分は汚い手を使うべきではない、「正義こそが正しい秩序だ」と主張したが、オム・チャンロクは「正しい目的のためなら手段は不問」と、不正には不正で対抗すべきだと説得した。

 その結果、キム・デジュン陣営は姑息な作戦を開始。パク・チョンヒ陣営の共和党が有権者にばらまいた衣服などの贈り物を、キム・デジュン陣営の民主党は、共和党に成りすまして有権者から回収してしまう。当然、有権者たちは共和党に不満を持つだろう。同じように、共和党のフリをして有権者に接近し、相手に安いタバコを与えた目の前で、自分は高価なタバコを吸う。こうした場面は劇中でコミカルに描かれているが、全て実話である。

 オム・チャンロクが考案したこれらの戦略は、マニュアルにまとめて党員たちに配られ、わざわざ講演会も行ったという。映画では描かれなかったが、支持者の家と不支持者の家を見分けるために、共和党がこっそり家々の壁に「○、△、×」とマーキングしていたのを、民主党が「○、×」を書き換えたり、「△」を消したりして混乱させたこともあった。

 これらの幼稚にも見えるやり方が功を奏し、共和党の印象は悪化。世論は一気に民主党のキム・デジュンに傾いていき、絶対的に不利だった激しい選挙戦に見事勝利。キム・デジュンは、次の目標を大統領選挙への出馬に定めた。

 そして1970年、大統領候補を選出する民主党の全党大会では、オム・チャンロクの戦略のもと、党員の家を直接訪問して支持を訴える作戦と、党内の力関係を巧みに利用した水面下での交渉の末、少数派で不利な状況だったにもかかわらず、キム・デジュンは見事候補に選出された。

 だが、ここから2人は決別へと向かうことになる。選挙戦真っ只中の71年1月、キム・デジュンの自宅で爆破事件が起きたのだ。世論を考えると、大統領候補者の家で起きた爆破は、敵対するパク・チョンヒ政権にとっても問題である。しかし、大々的な捜査の中で有力な容疑者として浮かび上がったのは、オム・チャンロクであった。

 映画で描かれる通り、KCIAの仕業ではないかとの疑いも出て、最終的にキム・デジュンの甥が「真犯人」とされたものの、真相はいまだ謎である。パク・チョンヒ陣営は、「選挙の狐」であるオム・チャンロクが世論の同情を買って支持率を上げようとした「自作自演」だと主張。本当であれば、キム・デジュンはそれを真っ向から否定するべきだが、それまでのオム・チャンロクのやり方を思うと、キム・デジュン陣営も「自作自演」の疑いを消し去ることができなくなっていたのである。

 KCIAの取り調べを受けた直後、オム・チャンロクは忽然と姿を消した。その背景にはいくつかの説があるが、かねてからオム・チャンロクの手腕を買っていたKCIAが、莫大な礼金を払って彼をパク・チョンヒ側に寝返らせたというのが定説になっている。また、いずれは自分も政治の表舞台へと野心を抱いていたオム・チャンロクが、比例代表の優先順位と幹事長のポストをキム・デジュンに要求して断られ、爆破事件の犯人と疑われたのも重なって寝返ったという説もある。

 いずれにしても、オム・チャンロクを欠いた状態での選挙戦は、急速に流れを変えていく。映画の終盤で描かれる、パク・チョンヒの出身地「慶尚道(キョンサンド)」と、キム・デジュンの出身地「全羅道(チョルラド)」の「地域間対決」というカルラチギが、一気に選挙戦の前面に現れたのだ。

 1980年に起こった「光州事件」で、なぜ光州が狙われたのかについて、その背景には光州が属する全羅道への根強い地域差別があったことは、以前のコラム『タクシー運転手~約束は海を越えて』で書いた通りである。私自身、「光州からの転校生と付き合ってはいけない」と親に叱られたことがあり、地域差別は国民に深く浸透していた。その決定的な要因となったのが、まさに71年の大統領選挙戦で煽られた「地域間対決」だ。

 オム・チャンロクがキム・デジュンと決別し、陣営から姿を消した直後にカルラチギが現れたが、これがオム・チャンロクのアイデアだったかどうかは定かではない。だが、彼が得意としたカルラチギが選挙に使われ、それによってキム・デジュンを「アカ」とするネガティブキャンペーンがさらに膨れ上がることとなったのは事実である。

 結局、71年の大統領選挙ではパク・チョンヒが勝利を収めたが、その差が僅差だったことから、キム・デジュンがいかに脅威になったかがわかるだろう。パク・チョンヒはその後、「キム・デジュン殺し」と呼ばれる弾圧を繰り返し、キム・デジュンは交通事故を装った暗殺未遂や拉致事件に巻き込まれるばかりか、政府転覆を図ったとして死刑宣告まで受けることになる。

 一方、パク・チョンヒ独裁政権は「死ぬまで大統領」が可能となる「維新憲法」への改憲を実現させるなど、さらに激しい暴走を繰り広げていく。

 このように、オム・チャンロクという存在は、韓国にとって「諸刃の剣」にほかならない。キム・デジュンの側に立ち、独裁の横暴に立ち向かう剣になったかと思えば、パク・チョンヒ側に立つと独裁の横暴を許す剣にもなってしまう。そして、その核にあるのは「カルラチギ」だ。

 ある新聞は、韓国におけるカルラチギの蔓延について、「イナゴの額のように小さく狭い国が、なぜこれほどまでに分裂しているのか」と嘆いていた。カルラチギという諸刃の剣によって犠牲となるのは、結局は「国民」自身なのである。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

Netflix『梨泰院クラス』理解を深める3つの知識! 「梨泰院・財閥・クラス」の社会的背景とは?

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説していく。

パク・ソジュン主演 Netflix『梨泰院クラス』

 コロナ禍で思うように外出ができず、在宅時間が増えたことによって動画配信プラットフォームが急速に浸透し、かねてより人気のあった韓国ドラマがますます見られるようになった。

 中でも2020年2〜3月にNetflixで配信が始まった『梨泰院クラス』と『愛の不時着』は、重苦しい現実から目をそらして没入できるエンターテインメント作品として、日本でも多くの人が“ハマった”のではないだろうか。この2作は依然として根強い支持を集めているが、ついにこの7月から日本で『梨泰院クラス』のリメーク版ドラマ『六本木クラス』(テレビ朝日系)の放送が始まった。

 『梨泰院クラス』の原作は韓国の人気ウェブ漫画で、日本でも『六本木クラス~信念を貫いた一発逆転物語~』というタイトルで翻訳、ローカライズされ、3年ほど前から公開されている。ドラマ版『梨泰院クラス』は、韓国ではケーブルテレビでの放送だったが、回を追うごとに視聴率を上げ、大きな注目を集めた。

 『彼女はキレイだった』といったラブコメドラマや、以前のコラムでも取り上げた映画『ミッドナイト・ランナー』で人気を集めたパク・ソジュンが、原作そのままの“いがぐり頭”で主人公のパク・セロイを演じたほか、積極的なヒロインのチョ・イソ(キム・ダミ)と王道ヒロインのオ・スア(クォン・ナラ)という対照的な女性キャラクターや、ユ・ジェミョンが演じた憎々しい悪役である財閥・長家(チャンガ)の会長も登場。さらに、人種やジェンダー差別といった現代的なテーマなども描いており、ドラマの王道と新しい要素を織り交ぜた魅力的な作品である。

 全16話という見ごたえたっぷりの本作を一言で表すならば、「財閥という巨大権力の横暴に立ち向かい、仲間と共に闘う青年の物語」だろうか。不可能な相手にセロイたちがどう対峙していくかはドラマで楽しんでもらうとして、今回のコラムでは、作品への理解をさらに深めるために、「梨泰院(イテウォン)」という街の歴史的な成り立ちと、主人公が立ち向かった巨悪である韓国の「財閥(재벌、チェボル)」とは何か、そして「梨泰院クラス」というタイトルの意味について考えてみたい。

梨泰院はいつしか「国際的な街」に様変わりした

 本題に移る前に、まずは私の個人的体験から始めよう。大学入試直後の1987年12月、息の詰まるような受験勉強の重圧から解放された私は、数名のクラスメートと一緒に梨泰院のディスコクラブに出かけた。絢爛としたネオンサイン、そこかしこにたたずむ米兵たち、所狭しと踊る大勢の人々といった断片的な光景を今でも思い出す。初めての梨泰院は、「米兵の多いクラブの街」という印象が強く、ダンスにも疎かった私は、その後、梨泰院を訪れることはなかった。

 それから10年、大学生や軍隊、新聞奨学生を経てサラリーマンとなった私は、日本からの来客をソウルに案内した際、明洞(ミョンドン)や東大門(トンデムン)市場といった観光名所に続いて、再び梨泰院に足を踏み入れた。その時何より驚いたのは、梨泰院で働く人たちの流暢な日本語。たどたどしい日本語で必死に案内する私とは対照的に、街に並ぶ各店舗では日本語や英語、中国語の堪能な店員たちが外国人客を出迎えていた。いつの間にか、梨泰院は「国際的な街」に様変わりしていたのだ。

 こうして見てみると、梨泰院は確かに東京でいう「六本木」にあたるだろう。一方、先にも述べたように、梨泰院の成り立ちには「米軍基地」が密接に関わっている。

 日本の植民地から独立後、ソウルの龍山(ヨンサン)にあった旧日本軍基地に米軍が駐屯し、広大な米軍基地が形成された(この米軍基地は2017年に、京畿道平澤<キョンギド・ピョンテク>に移転。現在は公園になっている)。梨泰院はこの米軍基地と隣接していたことから、自然と米兵相手の店舗が並ぶようになって「梨泰院市場」を形成、繁栄し始めた。

 当初はアメリカ一色だったが、80年代以降は外国の大使館や大使公邸なども多く建ち、米兵や関係者以外の外国人も目立つように。90年代には外国からの移住者や労働者も加わってさらに多国籍多人種の人々でにぎわい、「ソウルの中の外国」と呼ばれた。私の記憶にある10年の時を隔てた2つの梨泰院は、アメリカ色の濃かった街からグローバルな街並みへと移り変わっていく時代とちょうど一致していたのだ。

 2000年代になると、ゲイやレズビアン、トランスジェンダーのためのカフェやクラブも増え、少なくとも、梨泰院は誰もが差別を受けることなく自由にいられる街だと認識されるようになった。ドラマにも登場する「ハロウィン祭り」が始まったのは10年で、期間中は韓国人の若者や外国人、観光客で街全体が埋め尽くされる。『梨泰院クラス』の原作者は、こうした「自由と多様性」を重要な土台と捉え、この街を物語の舞台として選んだのかもしれない。

 だが一方で、米軍基地を囲んだその繁栄の陰には、米軍「慰安婦」の存在があることも忘れてはならない。梨泰院は、ソウルのど真ん中につくられた基地村でもあったのだ(米軍「慰安婦」や基地村については『バッカス・レディ』のコラムを参照)。

 梨泰院の国際化が進めば進むほど、米軍「慰安婦」たちは知られてはならない透明な存在となって排除された。とりわけ1997年、ソウル市が梨泰院を韓国初の観光特区に指定してからは、多くの米軍「慰安婦」が梨泰院から去らざるを得なくなり、わずかに残った人たちは、年をとった今も梨泰院周辺にひっそりと暮らしている。

 最近では、BTSのメンバー・ジョングクが76億ウォン(約7億円)で家を購入したことも話題になり、金持ちや芸能人が多く暮らす「富豪の街」というイメージが強い梨泰院だが、こうした華やかな側面とは裏腹に、痛ましい歴史の物語も抱えているのだ。

 そんな梨泰院を舞台に繰り広げられるのは、パク・「セロイ=新しい」という不思議な名前を持つ青年が、最愛の父と自分の人生を奪った「長家(チャンガ)」という韓国外食産業のトップに君臨する会社への復讐である。ファンタジーとして人気を博した物語だが、とりわけ韓国において、長家のような「財閥」は今なお社会や経済を牛耳っており、多くの国民にとって憧れであると同時に憎らしく、生々しい感情を喚起させる存在だ。

 財閥は日本では占領期にアメリカによって解体されたため、過去の遺物となった感が強いが、韓国では巨大企業を示す言葉として、現在も十分に健在。韓国独特の政治・経済的背景の中で生まれた翻訳不可能な単語として、韓国語読みの「チェボル(CHAEBOL)」がオックスフォード英語辞典にも掲載されているほどだ。

 コラムではこれまで何度となく、韓国の近現代史がいかに「政経癒着」に彩られてきたかを取り上げてきた(『パラサイト 半地下の家族』『国際市場で逢いましょう』『アシュラ』を参照)。政経癒着とは、政権が特定の企業に対してありとあらゆる政策的恩恵を与え、企業はそのお礼として政治資金という名目のリベートを支払うといった、権力と金の不正な結託のことを指している。

 建国まもない1948年、李承晩(イ・スンマン)政権は、工場や土地など植民地時代に日本が残した帰属財産を、より多額のリベートを約束した業者や、コネのある業者にほとんど無償で払い下げた。もちろん業者は見返りとして莫大なリベートを払い、政権から税金や負債の減免といった便宜を図ってもらいながら、会社の規模を拡大、財閥の土台を固めていったのである。

 そして、その後の朴正煕(パク・チョンヒ)から全斗煥(チョン・ドゥファン)に続く軍事政権では、経済開発計画や国土開発事業などの政策の中で、政経癒着を通して財閥としての確固たる地位を築いていく。2018年度の韓国の輸出データによると、総額の3分の2を上位30位の財閥が占めていたことからも、韓国経済が今なお財閥に深く依存していることがわかる。

 また、韓国の国立国語院による「チェボル(財閥)」の定義には、その欠かせない条件として「家族・親族による経営」が含まれている。長家がそうであるように、創業者からその息子へ、そして孫へと経営権が世襲されるという極めて前近代的な世襲の形態こそが、韓国ならではの財閥の最も大きな特徴であり、外国語に翻訳できないゆえんであろう。儒教社会・韓国では、「家族・親族による経営」から抜け出すことが何よりも難しいのだ。

 翻訳不可能な韓国語は「チェボル」だけではない。長家の会長やその息子の悪行を批判する形で、ドラマの中に何度も出てくる「갑질(カプチル)」という言葉もまた、最近の英語圏のニュースでは「Gapjil」と表記される、韓国ならではの表現である。

 契約書の「甲(カプ)」と「乙」から派生したもので、契約書上で常に有利な上の立場にある「甲」が乙に対して理不尽な要求をしても、乙は甲に従うしかないという関係性から、社会のさまざまな局面で有利な立場を利用して、身勝手な暴力を振るう行為(チル)を「カプチル」と呼ぶ。いわゆる「パワハラ」にあたるが、職場や組織に限らず、己の権力を誇示しようとする行為全般を指すため、日常のより広範な場面でも使われる。

 セロイに対する長家の仕打ちは、まさしくカプチルそのもの。いうなればこのドラマは、財閥のカプチルに対して復讐を遂げていくセロイの姿を描いているのだ。すべてを失ったところから、信念を貫き成功と復讐に突き進むセロイの迷いなき姿は、確かに見る者を爽快な気分にさせる。その一方で、セロイやその仲間たちもまた、韓国社会の階級意識に絡めとられ、そこから自由になることはできないと突きつけられているようにも感じる。

 『梨泰院クラス』というタイトルは、セロイを中心に仲間たちが夢をかなえていく和気あいあいとしたイメージを喚起するかもしれないが、ドラマでの発音を聞くと、それは「学校」の「class=클래스(クレス)」ではなく、「階級」という意味の「class=클라쓰(クラス)」を指している。この「클라쓰(クラス)」こそ、「俺はお前とはクラスが違う」といった具合に、相手を見下すニュアンスを含んだカプチルの表現なのだ。その根底には、少しでも相手の上に立とうとする韓国ならではの儒教的な階級意識が潜んでいるのは言うまでもない。

 そう考えると、長家より上の「クラス」を目指すセロイも、学歴を持たない梨泰院クラスの仲間たちの下克上成功物語に熱狂する視聴者も、結局は上昇志向と階級意識から逃れられていないではないかと、つい意地悪な見方をしたくなってしまう。「梨泰院」という「差別のない自由な」街を意図したはずの場所が、成功や金持ちの代名詞としての意味を拡大させているのも皮肉に聞こえてくる。

 さらには、誰よりも優秀で頭がさえ、あらゆる意味で時代の最先端を走る女性として描かれるイソが、セロイに対しては「すべてを捧げる」「夢をかなえてあげる」と繰り返す様子は、古典小説『春香伝』で両班(朝鮮時代の貴族)のために命懸けで尽くす春香(チュニャン)の姿がオーバーラップしてしまい、「何も新しくないじゃないか」と文句を言いたくなる。人々をとりこにする物語は、最終的には保守的な思考を持ってしまう……というのは、深読みしすぎだろうか。

 いずれにしても、『梨泰院クラス』は国境を超えて数え切れない人々の生活を彩り、コロナ禍の暗い気持ちに寄り添ってくれた。いくらオリジナルが人気だからといって、そのリメークが必ずしも支持されるとは限らないし、作り手にとってはむしろ困難さを伴うだろう。歴史も社会的背景も異なる日本で、『六本木クラス』は果たしてどのように受容されるのか、今後の展開を楽しみに見守りたい。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』、鑑賞前に知りたい韓国「ベイビーボックス」の実態

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説していく。

ソン・ガンホ主演、是枝裕和監督映画『ベイビー・ブローカー』

 国際的な共同製作が当たり前となった時代に野暮な言い方ではあるが、東アジアにおいてはいまだ、外国の有名監督が自国内で映画を撮るとなった場合、どちらの国にとってもそれは一大事である。

 6月24日に日本公開された是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』は、彼が韓国の製作会社やスタッフ、そして韓国人キャストと共に作り上げた作品であり、製作当初から注目を集めていた。何しろ本作は、2018年にカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した『万引き家族』の是枝監督と、翌19年にカンヌ最高賞とアカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』の主演を務めた韓国の名優、ソン・ガンホがタッグを組むというのだから、期待するなというほうが無理だろう。

 なお、先月開催された今年のカンヌでは、『ベイビー・ブローカー』でソン・ガンホが韓国初となる主演男優賞を受賞。映画としては、これ以上ない船出となった。

 “韓国で映画を撮った日本人監督”という視点で振り返ってみると、日韓の映画交流史には特筆すべきものがある。古くは戦時中、植民地・朝鮮に渡り、戦争協力のプロパガンダ映画を撮った(あるいは撮らざるを得なかった)豊田四郎や今井正がいるが、戦後になってまず頭に思い浮かぶのは「大島渚」である。

 1964年、韓国に渡った大島は、60年の「4・19民衆革命」で片腕を失った貧しい少女が、生活のため売春をするまで追い詰められてしまう様子を追ったテレビドキュメンタリー『青春の碑』を発表。65年には、靴磨きや新聞売りなどで生計を立てる街の貧しい子どもたちの写真を編集した短編『ユンボギの日記』を撮り上げた。

 興味深いのは、大島の訪韓時には「日本の前衛派監督」として大々的に、そして好意的に紹介し、韓国映画界の現状についてコメントまで求めた新聞が、映画の内容が韓国の厳しい現実を映したものだと知るや否や「朝鮮総連に利用された左翼監督」と態度を一変させたことだ。もっとも「韓国によろしくない映像は撮らないように」と念を押していた当時のパク・チョンヒ軍事政権にとって、大島の作品は韓国の恥部をさらした、ゾッとするようなものだったに違いない。

 大島のほかにも、50年代半ばから60年代にかけて日活で活躍した「中平康」は、シン・サンオク監督に招かれて韓国に渡り、自身のヒット作『紅の翼』(58)のリメーク『청춘불시착(青春不時着)』(74)を監督している。だが当時、韓国では日本大衆文化の紹介や、公の場での日本語の使用が禁止されていたため、中平は本名を名乗ることができず、「김대희(キム・デヒ)」という韓国名を使わざるを得なかった。

 この事実は、98年に日本大衆文化の輸入が全面開放されるまで、公式には韓国で「日本」は遮断されていたにもかかわらず、水面下では映画人たちの交流が活発に行われていたことを示す好例である。

 こうした歴史の延長線上に、今回、名を刻むことになった是枝が撮り上げたのは、日本の「赤ちゃんポスト」にあたる韓国の「베이비박스(ベイビーボックス)」である。ベイビーボックスを素材に家族の在り方を追求した本作は、「韓国社会の現実を見つめた日本人監督」という意味では大島と、「日本人が撮った韓国映画」という意味では中平と共通しており、これら2つの流れの合流地点を築いたといえるだろう。

 是枝はこれまでにも、フランス資本でフランスやアメリカの俳優たちと『真実』(2019)を作っているし、それ以前には、韓国の名女優、ペ・ドゥナが是枝の『空気人形』(09)で主演している。もともと、国境を越えた作品づくりの経験が豊富な上に、ポン・ジュノ監督やソン・ガンホらとも親交を深めており、韓国映画界と是枝は蜜月関係にあったと考えられる。そんな背景を考えれば、是枝が『ベイビー・ブローカー』を撮ったのも自然なことに思える。

 是枝自身の発言によると、日本の赤ちゃんポストと同じような施設が韓国にも存在すること、そして、このポストに入れられる赤ちゃんの数が日本の約10倍だと知り、興味を持ってリサーチやシナリオに取り掛かったという。今回のコラムでは、韓国のベイビーボックスの実態や、それをめぐる問題を中心に、是枝の目に映った韓国社会の現実とは何かを考えてみたい。

 借金に追われるクリーニング屋のサンヒョン(ソン・ガンホ)は、児童養護施設出身で、現在はベイビーボックスの施設で働くドンス(カン・ドンウォン)と共に、ベイビーボックスに「預けられた」赤ちゃんをこっそり連れ去ってひそかに売るブローカーをしていた。

 ある雨の夜、いつものようにベイビーボックスの中の赤ちゃんを連れ出したものの、その赤ちゃんの母・ソヨン(イ・ジウン)が思い直し、翌日に取り戻しに来る。警察への通報を恐れたサンヒョンとドンスは、仕方なくソヨンに赤ちゃんを連れ出したことを白状する。

 「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という趣旨の言い訳を聞きあきれるソヨンだが、彼らと一緒に養父母探しの旅に出ることになる。一方、半年間にわたりサンヒョンとドンスをマークしてきた刑事のスジン(ペ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)も、現行犯逮捕の瞬間を狙い、静かに彼らの後を追うのだが……。

 日本に先行して6月8日に公開された韓国では、ソン・ガンホのカンヌ受賞の朗報もあり、19日の時点で早くも観客動員100万人を突破するなど、順調な興行を続けている。映画レビューサイトでの観客や評論家の反応には低い点数も少なくないのだが、ジェットコースターばりにドラマチックな展開を見せる韓国映画に見慣れている彼らのような観客には、同作が「起伏のない物語」「平板な展開」と映るのも、仕方がないかもしれない。

 だが、数十万人の動員で成功とされる場合も多い中、韓国の名優と日本の名匠の織り成すアンサンブルは、韓国国内で大きな成功を収めたといってよいだろう。

 日本ではちょうど本日24日に全国公開が始まるということで、ここからは韓国の「ベイビーボックス」について、その実態を説明していきたい。

 そもそも、ベイビーボックスというシステムは、いつから始まったのだろうか。プロテスタント系の주사랑(ジュサラン)共同体教会が捨てられる赤ちゃんを1人でも多く救うため、09年に教会内に設置したのが最初とされる。だが、その是非をめぐっては、赤ちゃんの尊い命を守る最後の砦であるとする賛成論と、むしろ赤ちゃんを捨てることを助長するという反対論が噴出した。現在も続くこの議論はつまるところ、ベイビーボックスをどう見るかの問題なのだ。

 教会の統計によると、設置から22年現在までに、延べ1,989人の赤ちゃんがベイビーボックスに入れられたが、その数を「救われた」と見るのか「捨てられた」と捉えるかによって、ボックスに対する是非も変わってくる。いずれにせよ、これほど多くの赤ちゃんが、親のさまざまな事情や、あるいは無責任な理由によって「預けられた」ことは紛れもない事実である。

 統計をさらに細かく見ていくと、10年に4人が預けられ、11年に35人、12年に79人と、設置からしばらくは小幅な増加だったのが、13年になるといきなり252人に急増。その後も年平均で200人以上の赤ちゃんが預けられている。13年になぜここまで増えたのかといえば、それは前年に改正された「入養(養子縁組)特例法」の全面施行が関係している。

 この法改正は、海外との養子縁組を抑制して「孤児輸出大国」の汚名を払拭する目的で行われたもので、養子縁組の際の条件に、赤ちゃんの「出生届」提出が義務化されることになったのである。つまり、養子に出したい親たちはその事情のいかんにかかわらず、身元を明かさなければならなくなったのだ。

 将来、子どもが自分のルーツを知りたいと思った時に必要な情報を与えるといった、子どもの人権を守る意味もあったのだが、現実には、養子縁組の手続きを避け、身元を隠したままベイビーボックスに赤ちゃんを預ける親が急増する事態を引き起こした。

 出生届がなければ養子縁組に託すことができないため、身元不明のまま預けられた赤ちゃんの未来は、さらに不安定になってしまう。まさに本末転倒の結果となってしまったのだ(海外養子縁組や孤児輸出については、以前のコラム『冬の小鳥』を参照)。

 親たちが身元を明かしたがらない背景には、儒教の伝統が重んじられる韓国で、未婚女性の出産が依然として恥ずべきことと軽蔑され、母親だけでなく、生まれてきた子どもまでもがひどい差別の対象となる、根深い問題が横たわっている。生まれて間もなく捨てられ、赤ちゃんが遺体となって発見される事件がたびたび起きているのも、そうした社会の偏見が生んだ悲劇にほかならない。

 最近では、ベイビーボックスを支持する市民団体を中心に、親の実名を記さない出生届を認めて養子縁組を可能にする「秘密出産法」の制定と、「入養特例法」の再改正を求める動きも出始めている。こうした改善は、未婚の母と赤ちゃんの未来のために必要不可欠であると思う一方で、血のつながりを何より重視し、他人の子どもを受け入れることに極端な拒否反応を見せる儒教的血族意識の強い韓国で、たとえ法律を変えたところで国内の養子縁組が活性化するだろうかという疑問も残る。

 国内に受け入れ先が見つからず、海外養子縁組に送られる子どもたちは昔より減ったとはいえ、他国に比べてまだまだ多い。さらに、養子縁組を“ペットの飼育”程度にしか捉えていない養父母による虐待事件も、いまだ数多く報道されている(20年に起きた「ジョンインちゃん虐待死事件」も記憶に新しい)。「どうせ他人の子」というゆがんだ意識から、いとも簡単に暴力にさらされる子どもたちもまた、韓国社会が生んだ被害者なのである。

 長い年月の間に培われた、こうした悪しき伝統や意識を変えるのは、そう簡単ではないだろう。だがだからこそ、『ベイビー・ブローカー』を是枝が韓国社会に送ったメッセージとして捉えることが、本作を鑑賞する上で重要ではないだろうか。

 是枝はこれまでにもさまざまな作品で<家族の在り方>を描いてきた。そして彼は、『歩いても 歩いても』(08)や『海よりもまだ深く』(16)のように、血のつながった家族に潜む秘密やわだかまりを通して家族の他者性を浮かび上がらせる一方で、『誰も知らない』(04)『海街diary』(15)『万引き家族』(18)では、本来は血のつながりがない者たちが家族を形成していく過程を描き出し、疑似的な家族にこそ人間的な結びつきを見いだしてきた。『そして父になる』(13)はまさにそうしたテーマとじかに向き合った作品であり、是枝のテーマ性、作家性を世界は高く評価してきたのだ。

 『ベイビー・ブローカー』においても、妻と離婚し娘とも離れて1人で暮らすサンヒョン、児童養護施設出身のドンス、赤ちゃんをベイビーボックスに預けた未婚の母ソヨン、未婚の母への憎悪を持つ刑事のスジン……と、主要な登場人物たちは誰一人、いわゆる“普通の家庭”を築いていない。

 そんな彼らが、赤ん坊の幸せをそれぞれに願いながら、自らも少しずつ「新しい家族」となっていくさまからは、家族はさまざまな形で存在するものであり、血だけが家族の印であるという強迫観念から解き放たれようという、是枝の優しく力強い提言を感じられはしないだろうか。

 理想化され過ぎているのではないか、見ていてこそばゆいといった意見さえも、彼らが血でつながっていないからこそ意味を持ってくると私は思う。本作は、カンヌでカトリックとプロテスタントのキリスト教統一組織による審査員によって「人間の内面を豊かに描いた作品」に贈られる「エキュメニカル審査員賞」を受賞した。その背景は、血のつながりを超えた家族の在り方を描いた普遍性が評価されたからに違いない。

 大島渚はかつて、韓国という他者を鏡にして、日本という国を見つめようとしていた。『ベイビー・ブローカー』が日本でどのように見られ、韓国という鏡が日本にどのような照射をもたらすのか、楽しみに見守りたい。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

「同性愛は治療で治る」韓国・ユン大統領秘書の発言が炎上! 映画『私の少女』が描く「LGBTと社会」の現在地

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説していく。

ペ・ドゥナ主演映画『私の少女』

 「同性愛は精神病であり、喫煙者が禁煙治療を受けるように治療すれば治る」――このような同性愛に対する偏見と無知に満ちた発言がまさに今、韓国で大きな物議を醸している。

 発言の当事者は、今月10日に発足したばかりのユン・ソンニョル政権の中枢を担う大統領秘書(大統領の国政運営を補佐し、直接関与する最重要ポスト)の一人。しかも、担当は「宗教・多文化分野」だった。この発言が秘書のFacebookから発掘されると、国内で大きな批判を巻き起こし、ユン大統領の人を見る目の乏しさや、任命責任を問う声が一気に高まることに。批判の矛先がこれ以上大統領に向くことを恐れたためか、最初は逃げ口上を並べていた秘書も、素早く辞任する機敏さを見せた。ただ、辞任後にもSNSを通して「僕の考え方に変わりはない」と、ゆがんだ信念を長々と発信、再び炎上した。

 5年ぶりに保守派政権を奪還し、意気揚々と出航の旗を揚げたユン大統領にとっては、舵を取るや否や暗礁にぶつかったような結果といえる。だが注目したいのは、今の時代においてなお、異性愛のみを正しいと押し付ける儒教的伝統に基づく「異性愛イデオロギー」に、韓国社会がとらわれていることだ。このような人物が大統領秘書にまで上り詰め、なんら躊躇なく発言できてしまうさまを見れば、韓国における異性愛イデオロギーは根深く、そして、同性愛は徹底して抑圧、排除され続けてきたことがわかるだろう。

 韓国で同性愛が公の場で議論されるようになったのは、社会全般に民主化が進み、性や人種、宗教などの違いによる差別をなくし「多様性」を認めようとする動きが出始めた1990年代後半である。とりわけ2000年に入り、映画やドラマで活躍していた俳優のホン・ソクチョンが韓国の芸能人として初めてゲイだとカミングアウトしたことは、同性愛をタブーとしてきた韓国社会に大きな衝撃を与え、社会的な議論に火を付けた。

 だが、議論といっても実際は、当時の新聞記事に「私はホモ」「男が好き」といった類いの見出しが並んだことからもわかるように、ホンの勇気ある行動に対する嘲弄や嫌がらせがほとんどだった。結局、ホンは俳優活動を中断せざるを得ない状況にまで追い込まれたが、このことは韓国社会が同性愛をどう捉えているのか、その社会通念を端的に物語る出来事でもあった。

 それでも、ホンによって触発された同性愛をめぐる議論が消えることはなく、次第に同性愛者を含む性的少数者(LGBT)の人権や、「異性愛イデオロギー」に抵抗した性の多様性を訴える運動にシフトしていった。インターネットを中心とする同性愛コミュニティや、2001年に始まった「韓国クィア映画祭」はその良い例だろう。

 しかし同時に、こうした社会の動きをはるかに上回る形で、LGBTへの嫌悪や反発もまた強力になっていった。現に、国家・自治体による同性婚の不認定や、逆に認めてもらおうと法の判断を求める人々に対する保守的市民団体によるバッシング、さらに、LGBT集会へのヘイトスピーチが頻繁に起きている。一部では「同性愛反対法」という、性的アイデンティティの選択の自由を奪うような悪法の制定を促す動きも出ている。

 このように韓国では、LGBT文化や多様性に対する社会的理解が成熟していく道のりを、社会自らがことごとく遮り、妨害しているといえる。そこで今回は、依然として未熟な状態にある韓国のLGBTは何と闘い、どう生き延びればいいのか、物語を通して象徴的に提示している『私の少女』(チョン・ジュリ監督、2014)を取り上げ、その答えを探ってみたい。

『私の少女』あらすじ

 14歳の少女・ドヒ(キム・セロン)は、継父のヨンハ(ソン・セビョク)と祖母から虐待を受けながら、人里離れた閉鎖的な海辺の村で孤独な日々を送っている。ある日、ソウルから村の警察署長として赴任してきたヨンナム(ペ・ドゥナ)は、村の子どもたちにいじめられていたドヒを助ける。そこで、ドヒへの虐待を知ったヨンナムは自宅に保護し、次第にドヒもヨンナムに懐いていく。

 だが、2人の幸せは長く続かなかった。ヨンナムに強い不満を抱くヨンハが、ヨンナムと同性の恋人がキスをしている様子を目撃し、「同性愛者」と騒ぎ立てたからだ。実は、ヨンナムは同性愛を理由に左遷され、この村に赴任したのだった。ヨンナムから引き離され、元の生活に戻されてしまったドヒは、ヨンナムと自らのために大胆な行動に出る。それは、今までのドヒとは思えない、衝撃的なものだった。

 本作は、韓国映画界の名匠、イ・チャンドン監督が製作に名を連ねている。近年はプロデューサーとして、マイナーながら重要な作品を送り出しているイ監督の元からは、本作のチョン・ジュリ監督のみならず、『冬の小鳥』(09)のウニー・ルコントや、『君の誕生日』(19)のイ・ジョンオンといった女性監督が多く輩出されていることは、注目に値する。

 おそらく、韓国社会のまだ語られていない部分を、女性監督ならではの繊細で緻密な視点から追求してほしいという期待がイ監督にはあるのだろう。

 「弱者(子ども、女性、同性愛者)への暴力」の理不尽さをリアルに描いた『私の少女』は、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で上映され、国内外の映画祭で多くの好評を得た。さらに、チョン監督の新作『다음 소희(次はソヒ)』(22)は、今年のカンヌでも批評家週間の閉幕作品に選ばれる快挙を成し遂げている。

 チョン監督の手腕はいうまでもないが、主演ながら『私の少女』にノーギャラで出演し、『다음 소희』でも主役を務めるペ・ドゥナの存在も重要だ。

 これまでも、ポン・ジュノ(『ほえる犬は噛まない』『グエムル~漢江の怪物』)や是枝裕和(『空気人形』『ベイビー・ブローカー』)、ウォシャウスキー姉妹(『クラウドアトラス』『ジュピター』)といった世界の巨匠たちと仕事をしてきたトップスターであるぺ・ドゥナが、オファーが絶えないであろう中で『私の少女』の出演を選んだ。

 それは、ペ・ドゥナ自身が誰よりも韓国社会の問題点と、韓国映画が何を描くべきかに対して自覚的であることを物語っているだろう。これからも、彼女が選ぶ仕事に注目していきたいと思わせてくれる、韓国が誇るべき女優である。

 それでは、『私の少女』の内容を具体的に見てみよう。本作では、LGBTに対する差別と偏見だけでなく、家庭内暴力(DV)や児童虐待、いじめ、そして外国人労働者への暴力に至るまで、さまざまな形の暴力が描かれている。したがって、どの暴力に重点を置いて語るかによって複数の見方もできれば、韓国社会が抱える総体的な暴力の問題として扱うことも可能だ。

 そのような意味でも非常に鋭さを持った作品といえるのだが、今回はLGBTに対する暴力を中心に、登場人物たちが象徴していることや、映画のメッセージについて探ってみたい。

 2人の主人公、ドヒとヨンナムをLGBTに対する偏見や差別という暴力を軸に捉えると、ドヒが象徴するものは明らかだ。家庭内暴力やいじめにさいなまれ、少女としての健全な成長も、平凡な生活を送ることもままならないドヒは、嫌がらせやヘイトなど、あらゆる暴力によって成長を阻まれ、社会として依然未熟な状態に置かれている韓国の「LGBTをめぐる社会的現実」を象徴する存在といえる。

 こう考えると、偏見や差別という暴力にさらされ、傷ついたまま自らを抑圧の中に閉じ込めている「LGBTの当事者」であるヨンナムが、ドヒをこれ以上暴力の渦中に放置してはいけないと、必死に保護しようとするのは当たり前のように見える。ヨンナムにとってドヒを守ることは、「LGBTをめぐる社会の成熟」を確保することにほかならない。

 だが、2人の前には儒教的な男性中心主義の象徴ともいえる継父や、その男性中心主義に加担する祖母が立ちはだかっている。継父はヨンナムを警察署長としてではなく女性として常に見下し、「親が娘をしつけるのもダメってことか」と何の罪意識もなくドヒに暴力を加える、典型的な儒教的男性だ。彼こそがドヒの成長を妨害する最大の敵であり、立ち向かって闘わなければならない壁なのだ。

 また、祖母は息子のヨンハに対し狂気に近い執着を見せる、男児選好の亡者のような存在だ。「お父さん(息子)の言うことを聞かない」という理由でドヒを容赦なく殴ったり、ドヒに暴力を振るう息子を逮捕しようとするヨンナムに向かって「私の息子を殺す気か!」と怒り狂う祖母の姿からは、韓国における「息子に対する母の執着の強さ」が垣間見える。ドヒは、そんな儒教的男性中心主義の暴力の中に監禁されているといえるだろう。

 本作において、未熟な韓国社会を象徴しているドヒが、継父や祖母の暴力から解放され、成長と成熟を遂げるためには、どうすればいいだろうか? 映画では「祖母の死に関与(疑い)し、継父を誘惑して罠に陥れる」ドヒの行動が描かれるが、そこにはLGBTを「病気」と断定し、「不道徳で不潔で罪」であるとしてきた「異性愛イデオロギー」にとらわれている前近代的な儒教的思想を断罪し、理性や論理に頼らない力ずくの脱却を訴える、作り手の強烈なメッセージを見いだすことができる。

 ドヒと共に村を後にするヨンナムの姿は、決してハッピーエンドとしては描かれない。しかし、それまでの抑圧から解き放たれようとしている2人を通して、韓国の現実と希望が提示されたといえるだろう。

 韓国には「끼리끼리(~同士)」文化というものがある。「男女七歳にして席を同じゅうせず」という言葉を引くまでもなく、幼い頃から「男女別々」の観念が頭に焼き付いている社会において、「男同士」「女同士」という概念はごく自然な文化であり、そこでは手をつなぐ、肩を組む、抱き合うといった同性同士のスキンシップは、当たり前のように「友情の印」を意味していた。

 だが、同性同士の「ホモソーシャル」な関係は、「ホモセクシュアル(同性愛)」を徹底的に排除する異性愛イデオロギーの上に成り立っているため、そこにわずかでも同性愛の気配があると、「~同士」文化は根底から崩れることになる。

 韓国社会におけるLGBTへの異様なまでの拒否反応は、己が築き上げた儒教、異性愛、ホモソーシャルな伝統の崩壊に対する無意識の恐怖であり、その脅威がすでに現実のものとなりつつあることを、この映画は教えてくれるのである。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

Netflix『未成年裁判』は“ほぼ実話”? モチーフになった事件と、ドラマで描かれなかった「犯行動機」のうわさ

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。そんな作品をさらに楽しむために、意外と知らない韓国近現代史を、映画研究者・崔盛旭氏が解説していく。

Netflixオリジナルドラマ『未成年裁判』

 最近、NetflixやAmazonプライムなどインターネット上のプラットフォームを通して配信される韓国ドラマの中には、実在の事件を題材にしたり、韓国の現状を反映した作品が目立つようになった。そして世界のどこからでも見ることができるこれらの作品によって、韓国ドラマ自体が世界的に熱い注目を浴びる機会も増えている。第79回ゴールデン・グローブ賞テレビ部門にノミネートされ、俳優のオ・ヨンスが韓国初の助演男優賞を受賞した『イカゲーム』のブームは良い例だろう。

 だが、作中で起こる事件の背景や物語の土台となる歴史など、韓国人でなければ細部まで理解しづらいドラマも少なくない。そこで、本コラムではこれまで韓国映画を取り上げてきたが、これからはドラマも含めて紹介し、映画・ドラマを問わず作品を一層楽しむための手助けをしていきたいと思う。それによって、より多様な視点から韓国の近現代史や社会の実情が浮かび上がってくるのではないだろうか。

 今回選んだのは、未成年の犯罪をテーマにしたNetflixオリジナルの韓国ドラマ『未成年裁判』(ホン・ジョンチャン監督、2022)だ。全10話の構成で、未成年による殺人事件や家出、DV、いじめなど、実際の事件を多岐にわたってモチーフにしたこの作品は、一時Netflixの世界ランキング・ベスト10に入るほどの高い視聴者数を記録した。

 その背景としては、未成年犯罪とそれをめぐる法的判断の難しさが世界共通の普遍的な問題であることが挙げられるだろう。だからこそ、事件や判決内容をめぐる現実とドラマの違いを知ることにも意義があるように思う。

 なぜならその違いは、現実をドラマ化する過程で必然的に行われる変形(脚色)によるものであり、変形には現実(の結末)に対する不満や失望を乗り越えるための「期待や願望」が反映されるからだ。そして、その「期待や願望」こそが、現実の変化を求めて作り手が社会に訴えるメッセージであり、問題提起でもあるといえるだろう。

 では『未成年裁判』にはどのような現実が反映され、また変形が施されているのだろうか。今回のコラムでは、全10話のうち1~2話で描かれた「仁川(インチョン)女児殺人事件」と呼ばれる、未成年による実在の小学生女児殺人事件を取り上げて紹介する。

あらすじ

 8歳の男児が残忍な手口で殺害されたにもかかわらず、満14歳未満の「触法少年」に該当する犯人は刑事責任を免れることとなる。事件後、少年法の廃止を要求する社会の声が一気に高まる中、ヨンファ地方裁判所の少年部に赴任したシム・ウンソク判事(キム・ヘス)は、早速この事件を担当することになった。

 犯人のペク・ソンウ(イ・ヨン)が触法少年は刑事処罰されないと認識した上で殺人を犯したことから、シムは共犯がいると直感する。そんな中、未成年の女学生、ハン・イェウン(ファン・ヒョンジョン)が共犯として捜査線上に浮上し、シムは同僚のチャ・テジュ判事(キム・ムヨル)と共に、調査に着手する。

 徐々に明らかになる事件の全貌。シムは触法少年および未成年に対する最高刑を言い渡すが、被害者遺族の苦しみは、そんな判決では決して慰めることのできない、あまりにも過酷なものだった。

 本作は、本来なら刑事責任が問われるはずの罪を犯した未成年に対して、少年法は果たして有効であるのかという「少年法のあり方」への問いかけから始まっている。

 犯罪そのものは十分厳罰に値するにもかかわらず、犯罪者が未成年であるという理由だけで、それを免れてよいだろうか。未成年犯罪者の更生を第一の目的とする少年法は、果たしてその目的通りに機能しているだろうか――こうした疑問や議論は、これまでも未成年犯罪で「軽い」判決結果が出るたびに、必ずと言っていいほど国民の中から噴出してきた。

 感情に左右されることなく公正を保たなければならない法の執行と、それに対して共感や納得ができない国民感情が衝突すると、「少年法廃止」を求める世論が高まる。国民感情からすれば、現在の韓国の少年法は「甘すぎる」のである。

 実際、次期大統領に当選したユン・ソギョルは「触法少年の年齢を満12歳未満に引き下げる」という検事出身らしい公約を掲げているが、一方で「法の改正」より更生のための「国家システムの改善」を訴える国民の意見も少なくない。

 韓国の「少年法」は「反社会的な少年に対してその環境の助成と性行の矯正に関する保護処分をし、刑事処分に関する特別処置をすることで少年の健全な育成を期する」(『警察学辞典』より)と定義されている。つまり、反社会的な少年の更生を図り、健全な育成を目的とするというわけだ。

 そして「少年」とは満19歳未満の者で、中でも満10歳~満14歳未満の少年は「触法少年」、つまり刑事処分ではなく保護処分の対象にするとしている。満14歳以上の少年は「犯罪少年」といい、刑事処分と保護処分の両方の対象になっている。

 最高刑は触法少年が2年間の少年院送致(10号処分)、犯罪少年が懲役20年である。『未成年裁判』でいえば、ペク・ソンウは触法少年、ハン・イェウンは犯罪少年に当たる。

 では、今作のモチーフになった「仁川女児殺人事件」とはどのようなものだったのだろうか。2017年、高校を中退したキム(当時満16歳)は公園で被害者の女児(当時8歳)から「スマートフォンを貸してくれないか」と声をかけられた。キムは「充電が必要だから」と言い、被害者を自宅マンションに連れていき、充電器のケーブルで首を絞め、殺害した。

 その後、被害者の遺体を切断し、一部はゴミ捨て場に、一部はマンション屋上の貯水槽に遺棄し、一部はキムが所持して出歩くなど、大胆な行動を見せる。夜遅くになっても帰宅しない被害者を心配して両親が警察に通報、警察は近所やエレベーターの監視カメラの映像からキムを容疑者として特定、逮捕した。

 そして、取り調べの過程で共犯のパク(当時満18歳)が浮上。犯行やアリバイ作りに関してキムと交わしたSNS上のチャットの記録が決め手となり、逮捕に至った。キムは精神疾患による偶発的な犯行だったと主張したが、2人が緻密な計画を立てて殺害していたことが明らかになり、判決では主犯のキムに「犯罪少年」の最高刑である懲役20年が、共犯のパクには懲役13年が言い渡された。

 だが、犯行の残虐性に対して2人には犯行動機がまったく見当たらず、まるで「遊び」かのように微塵の躊躇もなく殺人を犯していた。結局、判決にいたるまで、いかなる罪意識も持っていない態度を貫いたことから、国民は憤り、ドラマにも描かれているように「少年法廃止」や「厳罰化」の国民請願にまで及んだのである。

 その憤りには愛娘を奪われた上に、遺体を見ることさえ許されないという耐え難い苦痛を味わった遺族らへの思いが込められていることは言うまでもない。

 ちなみに、ドラマでは描かれなかったが、実際の犯行動機として世間でうわさされたのは、キムとパクがハマっていたというSNSコミュニティーのゲームだった。「総括」と呼ばれる管理者が与える設定に合わせて、メンバーたちがそれぞれのキャラクターを作成し、架空の殺人物語を作り上げていくゲームだという。

 これが犯行の直接的な動機になったとは言い切れないものの、本来ならば想像上で完結する殺人事件を、2人が現実に再現しようとしたのであれば、ゲームが影響を与えたと捉えることは十分に可能だ。この事件によって未成年に対するSNS規制も穴だらけということが浮き彫りになり、規制の強化を急ぐ声も上がったが、進展はなかった。

 こうして見ると、ドラマは被害者の性別や加害者の年齢など、いくつかの設定を除けば、実際の事件を非常に忠実に描いていることがわかる。だがその中でも、実際の事件の犯人たちが「犯罪少年」に当たる年齢であるのに対して、ドラマは犯人の一人を「触法少年」に変えている点は注目すべきだろう。

 犯罪少年と触法少年という異なる立場をわかりやすく打ち出すことによって、このドラマでは少年法の一番の盲点と指摘される「満10歳~満14歳未満」という年齢規定と、刑事処分除外の妥当性への問題提起を試みているからだ(実際、ドラマのペク・ソンウのように、最初から触法少年であることを自覚して罪を犯す未成年も非常に多い)。

 ドラマを見進めていくとより明らかになっていくが、本作のメッセージは単純に少年法の廃止や厳罰化を訴えるのではなく、加害者の家庭環境や学校という組織の問題、更生のための国家的システムの不十分さ、法が必ずしも被害者に寄り添えていない実態といった多層的なまなざしから少年法のあり方にアプローチし、判決を下す判事たちの葛藤や闘いを通して社会の構造的な問題を浮かび上がらせることにある。

 当然だが、未成年犯罪は決して未成年だけの問題ではない。社会全体の問題なのだ。

 今回紹介した事件から、日本では1997年に14歳の少年が起こした「神戸連続児童殺傷事件」を思い起こす人も多いかもしれない。普通の中学生による猟奇的な犯罪として日本中を震撼させたこの事件によって、日本でも少年法の限界や、加害少年の情報が漏えいし報道が過熱するなど、さまざまな問題や議論が巻き起こった。

 そして今年4月、成人年齢の引き下げに伴い、18~19歳の少年犯罪に対する厳罰化や実名報道の解禁といった少年法の改正が行われた。実際に、19歳の少年が起訴された「甲府夫婦殺人放火事件」をめぐっては、今回の法改正を受けて、各メディアで実名報道が行われている。まさに今、日本でも未成年犯罪に再び注目が集まっているといえるだろう。

 一方の韓国では、未成年犯罪に関してメディアが大々的に報道したり、憤った市民たちが厳罰化を求めて声を上げることはあっても、18歳未満の未成年犯罪をめぐる顔や実名の公開は、現在も禁止されている。

 だが、時代も社会も、そして子どもたちを取り巻く環境も大きく変化する中で、今後、日本のような改正が行われる可能性は十分考えられる。ドラマにも登場した「推定無罪」の重みや、名前や顔が出ることで発揮される犯罪の抑止力といったさまざまな要素を鑑みる必要があるだろう。

 未成年による犯罪が絶えない社会の現実にどう向き合い、いかなる判断を下すのか。加害者の裁判においては感情に揺れることなく常に冷徹でありながら、被害者の悲しみには共感し寄り添おうとする、キム・ヘス演じる「シム・ウンソク判事」の目を通して、ぜひ最後までドラマを見守ってほしい。 

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

映画『野球少女』で描かれた、韓国初の女性野球選手はいま――物語とは決定的に異なる「悲しい」結末

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『野球少女』

 韓国には、野球、サッカー、バスケットボール、バレーボールと4種目の代表的なプロリーグが存在する。中でも、プロ野球の人気ぶりはほかの追随を許さない。日本やアメリカとたがわず、韓国プロ野球もまた、開幕すればほぼ毎日のように試合が行われ、テレビやインターネット、衛星放送で生中継されるのはもちろん、老若男女幅広くファンを持つ国民的なスポーツだ。

 日本では、野球とサッカーは国を二分する人気スポーツといえるが、韓国では野球がサッカーの3倍の観客動員を誇っている。ワールドカップのようなサッカーの国際試合における韓国人の熱狂ぶりを思うと、国内リーグでの観客数の少なさ、国民の無関心ぶりには驚くばかりだが、ともすると日本以上にスポーツがナショナリズムと結びつきやすい韓国において、プロ野球がいかに韓国人の「日常生活」に浸透しているかを物語っているといえよう。近年では本場のアメリカや日本のプロリーグに進出する選手も増え、韓国プロ野球の実力の底上げを証明している。

 にもかかわらず、上記の4大スポーツの中で唯一「女子プロリーグ」を持たないのが、野球であるということもまた、韓国の現状にほかならない。いや、プロうんぬん以前に、女子野球部のある中学・高校はひとつもなく、女性は“趣味”で野球をやるもの、という先入観が強く根付いている。プロリーグを可能にする土台が皆無であり、そもそも、女子プロ野球選手という発想自体がないのだ。

 もっとも、このような事情を抱えているのは韓国だけではない。野球の宗主国アメリカでさえ現在女子プロ野球は存在しないし、日本は2009年に女子プロ野球機構(JWBL)が発足したものの、昨年「無期限の活動休止」を発表し、事実上消滅している状況だ。観客動員がもたらす莫大な興行収入を前提とするプロリーグの実現には、選手の土台とは別に、どうしても大きなハードルがあるといわざるを得ない。その背景には、国民の間にまん延する「プロ野球=男性の専有物・女性には無理」といった、無意識の固定概念があるのだろう。

 そうだとするならば、プロ野球選手になって大歓声の中グラウンドを走り回りたい、と願う女性はどうすればよいのだろうか? 

 今回取り上げる映画『野球少女』(チェ・ユンテ監督、2019)の冒頭で説明されていたように、韓国野球委員会(KBO)は1996年、所属選手を男性のみに制限していた規則を撤廃し、女性がプロ野球選手になる可能性を一応は開いている。だが現実として、いまだかつて女性プロ野球選手は実現していない。

 かといって、プロに挑戦した女性がまったくいなかったわけではない。「禁女の領域」とまでいわれるプロ野球のマウンドに立つために幾度もトライアウトに参加し、偏見と差別という高い壁に向かってボールを投げ続けた選手がいたのだ。彼女の名はアン・ヒャンミ。韓国で野球選手として公式に登録された最初の女性だ。

 今回のコラムでは、プロ野球選手という夢に向かって真っすぐに走る少女を描いた『野球少女』を取り上げ、監督自ら「モデルにした」と明かしたアン・ヒャンミの野球人生と照らし合わせながら、現実と映画の違いや、映画が伝えようとするメッセージについて考えてみたい。

<物語>
 全国で唯一、高校の野球部に所属する女子選手であり、「天才野球少女」と呼ばれ注目を浴びていたチュ・スイン(イ・ジュヨン)。彼女の夢は高校卒業後、プロ球団に入団して野球を続けることだ。だが、かつてはスインの実力に到底及ばなかった同級生男子が、彼女の身長を追い越し力もつけて、ドラフト指名を受けるまでになる。スインが持つ134キロという最高球速記録も、凡庸な数字にすぎなくなってしまった。

 女子であるという理由だけで入団テストの機会もろくにもらえず、家族や監督からも現実を見るよう諭されるが、スインは諦めずに日々練習に励む。そんなある日、野球部に新しいコーチのジンテ(イ・ジュニョク)がやってくる。最初はまともに取り合わなかったジンテも、めげないスインの姿に徐々に心を動かされ、“球の回転数が多い”というスインの長所を伸ばした指導を行った結果、やがて大きなチャンスが訪れるのだが……。

 本作に対しては、「女性の能力に限界がないことが証明された」「わが娘にも見せたい」といった好意的なレビューが多く、ひたむきなスインが「ガラスの天井」を打ち破っていく姿に共感し、多くの観客が拍手を送ったことがわかる。だが一方で、「ジェンダー平等」や「フェミニズム」の文脈から映画を見た場合、スポーツ競技において男女が同じ土俵で競い合うことへの疑問や、“女が男に勝つ・女が男になろうとする”というフェミニズムの誤った理解に結びつくことの危険性を感じないわけではなかった。

 「女だから無理」という周囲の無理解と闘うスインと、幼い頃は自分のほうがはるかに優れていたにもかかわらず、成長の過程で男性に追い抜かれるという、野球の能力ではない生物学上の理由によって苦しむスインを、同じ問題として捉えるべきではないと思うからだ。

 だが、本作の真のメッセージはそうではない。映画では、スインが自分の最大の武器として変化球の「ナックル」を磨き、弱点が最大の長所に変化していく過程を描くことで、力がすべてではないことを証明してみせ、それがスインの未来を切り開いていくことになる。

 つまりチェ監督も述べているように、本作の核となるのは、スインによって象徴される「弱者・マイノリティー」が何かに挑戦することを肯定し、周囲もまた彼らの挑戦を諦めさせるのではなく、後押しできるような社会の取り組みが必要であると訴えることだ。

 では翻って、モデルとなったアン・ヒャンミの現実はどうだったのだろうか? 1981年生まれのヒャンミは、弟の通う野球教室に遊びに行ったことがきっかけとなり、小学校5年生で野球を始めた。弟が教室をやめてもヒャンミはどんどん野球の魅力に取りつかれていったが、野球部があるのは男子中学ばかり。それに韓国では、私立を除き、家から近い学校順に、抽選で行き先を決められるため、仕方なくヒャンミは女子中学に入学した。

 しかし、野球教室の監督の計らいにより、野球部のある男女共学中学に転校がかなう。そして性別欄に「女」と書いた初めての野球選手としてソウル市の野球協会に正式登録され、その存在は当時のメディアにも大きく取り上げられたため、ヒャンミはたちまち時の人となった。

 中学では主力選手にはなれず、主にベンチ要員として試合に出場。それでも練習だけは誰にも負けない熱心さで、監督からも「根性のある選手」と褒められた。だが、問題は高校進学。男女一緒に活動できる野球部は数えるほどで、「身体的能力の差」を理由に入部を断られるなど、ヒャンミを受け入れてくれる高校の野球部はなかった。

 それでもヒャンミの野球に対する情熱は消えず、ソウル市の教育庁を動かした。彼女が高校の野球部に進学できるよう教育庁が「体育特技生」に認定し、高校側もそれを受け入れたため、今度は初の高校野球女子選手が誕生したのだ。

 映画の中で、校長室の壁に掛けられた新聞記事が「20年ぶりに高校野球女子選手誕生」というスインのものから、プロ入団が決まった男子選手のものに替えられる場面があるが、この20年前に誕生した女子選手というのが、実際にはヒャンミである。20年という歳月を経てもなお、女性を取り巻く野球環境の厳しさが変わっていないことを物語る場面といえるだろう。

 また、作中でも合宿先の部屋割りやロッカールームの問題、監督や部員からの嫌がらせなど、野球を続けてきたスインの苦しみが語られるが、ヒャンミも同じように練習から排除されたり、試合当日にバスに乗せてもらえず取り残されたこともあったという。「野球部に女がいることが許せない」という監督のパワハラが問題となり、ヒャンミの父親が訴えて辞職させるという事態にまで発展したりもした。

 そんな苦難を乗り越えて、ヒャンミは3年生で全国大会を迎える。準決勝まで進んだチームの大事な大一番で、ヒャンミは先発投手として初めてマウンドに上がり、打者1人と対戦した。当時、大学に進学して野球部に所属するためには、高校時代に必ず一度は公式戦に出場しなければならない、という規則があったからこその登板だが、ヒャンミにとってそれは、何ものにも代えがたい喜びとなった。

 全国大会を終え、まだまだ野球を続けるために、ヒャンミは野球部のある大学の門を片っ端から叩いた。しかし、「女性1人のためにシャワー室やロッカールームを作ることはできない」と、すべての大学から受け入れを断られた。次にプロ球団のトライアウトに何度も挑戦したが、結果はすべて不合格。国内のあらゆる可能性を模索し断念したヒャンミが、次に選んだ場所は「日本」だった。

 全日本女子軟式野球連盟所属の「ドリームウィングス」というチームに入り、02年から3年間、投手や三塁手として活躍したヒャンミ。帰国後、自らチームを立ち上げ、日本で学んだことを生かして韓国女子野球の活性化のため孤軍奮闘した。だがチーム運営に苦労し、メンバー同士のトラブルなどもあって野球を諦め、オーストラリアへの移住を決意。21年時点で、ヒャンミは食肉生産会社の販売店マネジャーとして、野球とは無縁の生活を送っている。

 『野球少女』の公開とともに、ヒャンミも再び脚光を浴びることとなり、多くのインタビュー記事に登場した。映画の感想を聞かれたヒャンミは「面白かったけど、悲しかった」と答えている。孤立した環境の中でも野球を続けたいと願うスインとヒャンミは多くの面で重なるものがあるが、結果的にプロにはなれなかったヒャンミと、トライアウトの結果プロの夢がかなったスインでは、決定的に結末が異なっている。映画を見たヒャンミは、「プロの夢」をかなえられなかった現実の自分を再び突きつけられてしまったかもしれない。

 だが、未来的な視点に立つならば、こうして映画が「ファンタジー」を描くことは、第二、第三のヒャンミたちの希望となり、彼女たちがスインになれる可能性を広げてくれるように思う。現実社会からは生まれない発想を映画がファンタジーとして描くことで、逆にそれが現実になり得る。それは「映画」が持つ力でもある。

 1905年、アメリカ人宣教師によって韓国に初めて野球が紹介されてから、軍事政権下で国民の目を政治からそらす目的もあって、全斗煥(チョン・ドファン)がプロ野球を発足させたのが82年。極めてのろのろとした歩みではあるが、韓国野球界も今日まで発展を遂げてきた。

 次なる目標が、現在のシステム内での女子選手の活躍なのか、女子プロ野球リーグの設立なのか、正直私にはわからない。だが、女性であれ男性であれ、トランスジェンダーであれ障がい者であれ、はたまた金持ちだろうと貧乏だろうと、誰でもやりたいことに挑戦でき、それを受け入れて応援する人々の姿は、社会が目指すスポーツの最も健全なあり方であることに変わりないだろう。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『バッカス・レディ』4つのセリフが示す、韓国現代史の負の側面を背負う高齢売春婦の悲しすぎる人生

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし、作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『バッカス・レディ』

 ミスク(ユン・ヨジョン)は1950年、朝鮮戦争が始まる1週間前に生まれた。戦争についての記憶はないが、それが残した悲惨さだけは、身に染みるほど経験しながら成長した。彼女の故郷は韓国にはない。戦争勃発後、両親が南北軍事境界線(=北緯38度線)以北から南へ避難してきたためだ。南には親戚も友人もいない両親が、戦後の混乱の中で流れ着いたのは、北からの避難民たちが集まる貧民街、解放村(ヘバンチョン)だった。

 避難民たちは「38따라지(サムパルタラジ)」と呼ばれ、冷遇・差別されて、北の出身という理由で厳しく監視もされた。幼いミスクにとって、サムパルタラジとは戦争以外の何物でもなかった。そんな状況の中でも、両親は生き延びるため昼も夜もあくせく働いたが、貧困はあまりにも重い足かせだった。

 その足かせからは、ミスクも自由ではなかった。いやむしろ、それは分厚い壁となってミスクの人生に立ちはだかった。中学を卒業した彼女は、同じ境遇の多くの少女たちがそうであったように進学を諦め、「식모살이(シクモサリ、食母暮らし)」を始めた。

 貧しい家の少女が、経済的に余裕のある家に預かってもらう代わりに、無給で家事を手伝う――シクモ(食母)とはそんな存在だった。食べさせてもらうだけでも感謝しろということだ。ご飯の支度、洗濯、掃除から夜の戸締まりまで、終わらない家事に明け暮れる毎日が何年続いただろうか。だが、ミスクの家は一向に楽にならなかった。口を減らすだけではだめだ、金を稼がなければ意味がない。ミスクはシクモサリを辞める決心をした。

 新聞広告を見たミスクが訪れたのは、ソウルの清渓川(チョンゲチョン)にある小さな「工場」だった。子どもたちの縫いぐるみを作るその工場で、ミシンかけの仕事が彼女に与えられた。仕事は単純だったが、朝から晩まで、ときには徹夜で、ほとんど休憩もなく彼女はミシンをかけ続けなければならなかった。

 地下のミシン室は狭く、換気もできずにほこりにまみれていた。何度か喀血し倒れたこともあったが、ミスクは粘り強く耐えた。「給料が欲しければ働け!」と怒鳴る社長の声が耳に刺さる。「このままでは死んでしまう!」とミスクは叫びたかった。あまりにも理不尽な境遇だったが、そう思うたびに目に浮かぶのは両親の顔だった。自分が倒れれば両親は生きていけない。我慢を重ねたミスクの体は日に日に衰弱していった。そんなある日、彼女のもとにある誘いが舞い込んだ。1970年、ミスクがちょうど20歳を迎える年だった。

 それは、お国のために米軍を慰安する仕事、「米軍慰安婦」への誘いだった。工場の前で、若い女性に声をかける男をニュースや新聞で見たことがあった。当時新聞では「(北の)人民軍から韓国を守ってくれている米軍兵士の心身を癒やすことこそ愛国である」と「政府も奨励」しており、慰安婦たちは「外交官のような存在」だと持ち上げられていたが、ミスクはそんなことはどうでもよかった。実際世間では양공주(ヤンゴンジュ、洋公主)と蔑まれていることは百も承知だったが、お金が必要なミスクに、この誘いを断ることは到底無理だった。

 報酬はドルでもらえて、工場で働くより何倍も稼げるというのは、どんな言葉より魅力的だったのだ。数日後、工場を辞めた彼女は、男と一緒に「동두천(ドンドゥチョン、東豆川)」行きのバスに乗った。京畿道北部にある東豆川は、米軍基地と周りを囲む基地村(キジチョン)で知られた町だ。ミスクは、○○クラブという看板の掛かった古いアパートの一室に案内された。廊下にはすでに何人もの米軍兵士が彼女を待っていた。

 こうしてミスクは「ソヨン(So-young)」になった。まだ年若い彼女につけられたニックネームだった。米軍兵士相手の売春がどんなにつらくとも、それでお金を稼いで家族が幸せになれるのなら我慢できるとミスクは思っていた。だが、いくら働いてもお金はたまらなかった。収入のほとんどが、米軍兵士のあっせん料や家賃、食事代などの名目で「パパ」と呼ばれる男に奪われ、いつしか借金ばかりが膨らんでいった。

 ミスクが基地村にいることを知られて以来、両親との連絡も途絶えてしまった。彼女の居場所はもう基地村にしかなかった。絶望して自暴自棄になったこともあったが、ミスクには、ソヨンとして基地村で生き続ける以外に選択肢はなかった。

 それからどれほどの歳月が流れただろうか。60歳を過ぎたミスクに、もはや米軍兵士の慰安はできない。「ソヨン」を求める米軍兵士は10年も前からいなかった。それでもミスクは残りの借金返済のため、若い米軍慰安婦たちの世話役に回り、掃除や洗濯に精を出した。そして返済が終わった今、ようやくミスクは基地村を離れる時が来たと思ったのだ。

 バスターミナルに向かうミスクは、悪夢のような日々の中で、つかの間に味わった幸せを思い出していた。かつて、「スティーブ」という黒人兵士と恋に落ち、2人は子どもを授かった。必ずミスクと子どもを呼ぶからね、と約束を交わして帰国したスティーブだったが、その約束が果たされることはなかった。

 スティーブと愛し合い、これまでの苦労が一気に報われるような幸せを感じていたミスクに、さらに過酷な現実が待っていた。赤ん坊を抱えたままでは仕事にならないので、やむを得ず子どもを海外養子縁組に出した。ミスクはずっと、赤ん坊を捨てた悪い母親だと自分を責めながら生きなければならなかった。心の片隅ではスティーブからの便りを待っていたが、連絡が来ることはなかった。それでもミスクは、自分の人生はそう悪いものでもなかったと思う。米軍兵士に殺された慰安婦は数知れず、死には至らなくても殴られ、蹴られるという暴力は日常茶飯事だったからだ。

 ソウルに出てきたものの、ミスクにできる仕事などほとんどなかった。生まれながらの貧困が、今もなおミスクを苦しめていた。食堂の手伝いなどで辛うじて生計を立てていたある日、ミスクは妙なうわさを耳にした。鍾路(チョンノ)にあるタプコル公園に、老人男性相手に売春をする「박카스 할머니(バッカス・ハルモニ、バッカスおばあさん)」がいるといううわさだ。己の年齢を考えて何度もためらったが、覚悟を決めてコンビニでバッカス(日本でいう「リポビタンD」のような栄養ドリンク)を何本か買うと、ミスクは鍾路へと向かった――。

 以上は、高齢者の売春や貧困問題をテーマにした『バッカス・レディ』(イ・ジェヨン監督、2016)を見て、映画に登場するいくつかの手がかりをもとに、当時の韓国社会と照らし合わせつつユン・ヨジョン演じるミスクのそれまでの人生を描写したものだ。

 あくまで私の想像を小説の形式を借りて書いたにすぎないが、本作を見て真っ先に私の頭に浮かんだのは、ソヨン(本名はミスク)の存在が持つ悲しい歴史の文脈だった。映画の冒頭でバッカス・ハルモニとなって公園にたたずむ彼女が、どんな人生を歩んで、なぜそこに立っているのか、「何が彼女をそうさせたのか」を理解する必要があると思ったのだ。今回のコラムでは、ソヨン(ミスク)の人生を通して、本作の意味を考えてみたい。

<物語> 
 鍾路一帯で老人男性を相手に売春をして生活している67歳の「バッカスおばあさん」のソヨン。客の間では“セックスのうまい女”として、鍾路一の人気を誇っている。性病の治療のために訪れた病院で偶然出会った混血児の少年ミノ(チェ・ヒョンジュン)を保護したソヨンは、トランスジェンダーの大家・ティナ(アン・アジュ)や義足の青年ドフン(ユン・ゲサン)らが暮らすアパートにミノを連れ帰る。

 ある日ソヨンは、脳梗塞で倒れた常連のソン(パク・ギュチェ)から「自分を殺してほしい」と依頼される。かつての凛々しさを失い、家族からも見捨てられたソンへの憐憫に駆られたソヨンは、迷いつつもソンの頼みを受け入れる。これをきっかけに、ソヨンには同じような依頼が相次ぎ、彼女は戸惑いながらも彼らの死に手を貸すようになる……。

 物語からもわかるように、本作は高齢者問題のみならず、トランスジェンダーや障がい者、混血児といった社会的弱者を中心に置き、「弱者が弱者を助ける」構図を見せることで、逆にそこに福祉や人権が不在・欠如していることを可視化した。本作はほかにも、韓国社会が抱えるさまざまな問題を含んでいる。その詳細を見ていこう。

 ソヨンの過去が推測できる手がかりとして、劇中には4つのセリフが登場する。出てくる順は前後するが、「38따라지(サムパルタラジ)」-「식모살이(シクモサリ、食母暮らし)」-「工場」-「동두천(ドンドゥチョン、東豆川)」の4つだ。ソヨンが自らの過去を語ることはほとんどないが、言葉少なに彼女が口にするこれらの単語だけで、韓国人ならば彼女が「差別と蔑視、貧困」の中で生きてきたことに気づくだろう。

 映画の中盤で、鍾路を追われたソヨンは、新たな立ち場所を求めてソウルの公園をさまよう。そこで本名の「ミスク」と呼びかけられたソヨンは、かつての知り合いと再会し、観客はソヨンが「ドンドゥチョン」という基地村の「米軍慰安婦」だったと知ることになる。そして、恋人だった米軍兵士のスティーブに捨てられ、彼との間に生まれた子どもを海外養子縁組に出したことも。さらに、バッカス・ハルモニの取材をするドキュメンタリー監督に請われて、しぶしぶソヨンは、「シクモサリ」や「工場」で働いた後に米軍慰安婦になったと語る。

 そして終盤、ソヨンはミノ、ティナ、ドフンを誘って遠出をする。そこは38度線近くの臨津閣(イムジンカク)だ。ティナの「お姉さんはサムパルタラジだったのよね?(字幕では「38度線を越えた?」)」との問いかけに対し、ソヨンは遠い目で「その言葉を久しぶりに聞いた」と話す。最後に刑務所で彼女の生涯が終わったとき、朝鮮戦争が勃発した1950年から2017年までを生き、無縁仏となったソヨンの人生の全貌が観客に理解されるのだ。

 コラムの冒頭に書いたソヨンの人生は、こうした手がかりに基づいて想像力を働かせたものだ。さらに、60年代後半、仕事を求めて地方から上京する少女が激増し、「食母」「工場」「バスの車掌」が三大職業だったという社会状況や、町工場が集中していたソウルのチョンゲチョンで、劣悪な労働環境にデモが多発し、70年には活動家のチョン・テイルが抗議の焼身自殺を遂げたといった歴史も加味している。だがその中でも、「米軍慰安婦」についてはもう少し説明を加えておきたい。

 「米軍慰安婦」という言葉自体は、朝鮮戦争直後から新聞の見出しに登場するが、公式的な行政用語として浮上するのは、朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権下でのこと、きっかけは69年の「ニクソン・ドクトリン」であった。当時の米大統領ニクソンが発表したアジア防衛の新政策に、韓国からの米軍撤収が含まれていたのに慌てたパク政権は、米軍の撤収を止めるために躍起になった。そこで米軍側の要請に従い、「基地村の環境改善」と「米軍慰安婦たちの性病予防の徹底」を実践したのである。

 「基地村浄化運動」(1971〜76)と称して、全国の基地村に性病診療所を設置。定期的な検査を実施したほか、英語やアメリカ文化に関する教育を行い、米軍兵士に対してより丁寧な接待のできる「米軍慰安婦」を養成した。さらに、地域の市長や警察署長が頻繁に訪れて、「あなたたちこそ愛国者だ」と慰安婦たちを激励した。法律では売春を禁じていたにもかかわらず、米軍慰安婦に関しては法律を無視して政策として積極的に推し進めるという矛盾を、パク政権は躊躇なく実践し、守るべき自国の女性を惜しむことなくアメリカに差し出し続けたのだ。

 だが実際、米軍慰安婦がメディアの話題になったのは、「お国のために献身する愛国者」としてではなく、米軍兵士によって惨殺された「被害者」としてであった(米軍兵士による慰安婦殺害事件に関しては、コラム『グエムル 漢江の怪物』を参照)。

 2000年には、耳の不自由な68歳の元慰安婦が、米軍兵士と部屋に入った後に凄惨な遺体で発見されるという痛ましい事件も起きている。散々体をもてあそばれた挙げ句に、あっけなく殺され捨てられる道具としての慰安婦を生んだのは、韓国という「お国」であり、女性を性的客体として位置付けてきた韓国の「男性中心主義」にほかならない。「サムパルタラジ」から「シクモ」へ、そして「ソヨン」から「バッカス・ハルモニ」へと、ミスクがミスクであることが一度としてなかったのは、その象徴であると言えよう。

 このように考えると、ソヨン=ミスクが、老い衰えてプライドを失った男たちを、彼らの望み通りに「殺してやる」のは、彼女の人生を絶えず踏みにじってきた「男性(中心社会)」への彼女なりの復讐ではないかと思えてならないのだ。

 脳梗塞で倒れて体が思い通りにならないから殺してくれだと? 物忘れがひどくなったから死にたいだと? 妻が先立って寂しいからあの世に行きたいだと? ふざけるな! 私の人生に比べれば、おまえたちはどれほど幸せな人生を送ってきたことか。わかるか? おまえたちにはわからないだろう。こんなことくらいで死にたいだの、殺してくれだの、あきれて物が言えないよ。どこまでもバカな男たち、だったらいくらでも殺してやろうじゃないか。

 心優しいミスクだが、その奥には、こんな無意識が渦巻いていたのではないだろうか。韓国現代史の陰で常に犠牲を強いられてきたミスクには、男たちの死への願望は、「贅沢な甘え」としか映らなかったに違いない。

 ちなみに、90年代後半、戦時中に日本の従軍慰安婦だった女性が初めて名乗りを上げて以来、韓国にとって「慰安婦」は日本との歴史問題にとって極めて重要な存在となり、神聖化されることになる。そして、韓国がアメリカのために法を犯してまで用意した「米軍慰安婦」はあらゆる意味で邪魔とされ、その名は抹殺された(※)。ミスクのような存在は、最後までお国の都合でもてあそばれたのだ。

※2010年代に「基地村浄化運動」に関する資料が公開され、歴史に埋もれてきた問題として浮上した。また、14年に元慰安婦たちが国家賠償訴訟を起こし、2審では初めて国家の責任を認める判決が出た。しかし、現在も最高裁で係争中。その後、元慰安婦たちの名誉回復と生活支援の救済法が発議されたが、進展がない。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。