このたび実写映画化された人気マンガ『ママレード・ボーイ』(集英社)。1992年に「りぼん」(同)で連載開始された同作は、主人公の高校生・光希の両親の再婚により、同い年のイケメン・遊と突然同居することになるというストーリー。ドタバタコメディと少しおとなびた恋愛模様が思春期女子に大いに支持され、94年にはテレビアニメ化もされた大ヒット作だ。アニメのオープニング曲「笑顔に会いたい」は、いまだにアラサー女性たちの鉄板カラオケソングでもある。
しかし、大人になった今、改めて『ママレード・ボーイ』を読むと、離婚した光希と遊の両親が相手を入れ替えて再婚する設定に、「これって、2つの夫婦のスワッピング物語じゃないか?」と突っ込まずにはいられない。さらに再婚後、2組の家族が一緒に同居してるなんて、もはや乱交パーティーだ。にもかかわらず、なぜ誰もこのぶっ飛び設定に触れようとしないのか。
■小学生には想起できない設定
マンガ評論家の紙屋高雪氏は、「両親のスワッピングというハチャメチャな設定に、“親しい友だち家族との楽しい同居”という設定を上乗せすることで、許容できる世界観を作り上げている」と分析する。
「ぶっ飛んだ設定は少女マンガの特権です。それに『りぼん』のような少女マンガを読む読者たちは、むしろそのあり得ない設定を期待しているところもあります。幼い頃、友達同士でずっと遊んでいられたら、同じ家で共同生活できたら……という妄想をした人も少なくないはず。その願望をそのままマンガの設定に取り入れたのが『ママレード・ボーイ』なのです」
お互いの親に恋愛を絡めたのは、“兄妹かもしれない”という展開を作るためのストーリー上の伏線に過ぎない。作者の主眼は、2家族の楽しい共同生活を描くことのほうだと紙屋氏は言う。
「スワッピングが小学生にスルーされてしまうのは、小学生ゆえに、そのような夫婦生活を想起することができないからということです。作者・吉住渉のもう1つの代表作である『ミントな僕ら』も、女子寮に男子が女装して紛れ込んで毎日同室で寝ているという異常な設定ですが、その犯罪性にまで思いが及ばないのと同じです」
さらに、『ママレード・ボーイ』は、少女マンガの王道といえる要素をてんこ盛りに入れた挑戦的な作品でもあるのだ。
「イケメン同級生・遊との突然の同居、教師と生徒(光希の親友・茗子)の禁断愛、同級生の銀太と遊の元カノ・亜梨実を含めた四角関係、実は光希と遊は兄妹かもしれないという衝撃の事実……などなど、少女マンガにありがちな要素が『ママレード・ボーイ』にはすべてきれいに収まっています。1つの作品の中でいろいろ楽しめて、なおかつ自分に合った志向の恋愛が見つけられるという、テーマパーク的な楽しさがあります」
それゆえに、多くの読者層を取り入れることに成功したのだ。そして、この作品を語る上で外せないのが、巧妙なキスシーンだ。
「キスというのは、かつて小学生女子が読むマンガ誌における、最大限の恋愛・性表現でした。吉住先生は、小学生が絶妙に興奮するキスのシチュエーションを作るのが、すごくうまい作家です。アニメのオープニングで、あんなにじっくりキスシーンを持ってくる作品は、ほかにはないように思います」
保健室で寝ている光希に、遊がそっとキスをするシーンは、『ママレード・ボーイ』の鉄板シーンともいえる。そして、圧巻なのはクローゼットの中でのキス。 「狭いクローゼットの中 何度もキスして きつく抱きしめあった 幸せだった」というモノローグは、当時の少女たちにはどれだけいやらしく映ったことだろうか。「高校生になったら、こんなオトナの恋愛ができるのかも!」とドキドキしたに違いない。
■読者が感情移入しやすい地味なヒロイン・光希
また、主人公の光希が、いわゆる没個性的な女の子であることも、重要なポイントだと紙屋氏。
「同時期に『りぼん』で連載されていた『こどものおもちゃ』(小花美穂)や『天使なんかじゃない』(矢沢あい)の主人公はものすごく個性の強い女の子でした。一方、光希にはそこまでのインパクトはありません。『こどちゃ』の紗南のような芸能人でもなければ、『天使なんかじゃない』の冴島翠のように新設された高校を引っ張っていく生徒会役員でもなく、どこにでもいる普通の女の子。だからこそ、読者が感情移入しやすい作品に仕上がっているのかもしれません」
現在は「Cocohana」(集英社)で続編の『ママレード・ボーイlittle』が連載中だ。こちらは、再婚した両親のもとに誕生した子どもたちが主人公。つまり、光希と遊の腹違いの妹・弟の物語という、これまた仰天な設定。しかし紙屋氏は「2018年の今なら、十分通用する」という。
「『ママレード・ボーイ』の設定がぶっ飛びだったのは、あくまで90年代の話です。『little』ももちろん、斬新な設定だとは思いますが、現代社会の家族形態は多様です。連れ子同士が一緒に暮らすステップファミリーも、今では珍しくもなんともありません。そういう意味で『little』は、現代社会に順応した作品といえるのではないでしょうか」
ちなみに、作者の吉住渉は、筑波大付属中学・高校を経て、一橋大学を卒業。その後、大手電機メーカーのNECで働いていたエリート。本人の生い立ちが影響しているせいか、光希と遊の両親はそれぞれ、商社、銀行、洋酒メーカー、化粧品会社に勤めるバリキャリ家庭。90年代の時点で、現行の男女雇用機会均等法を意識していたとしてもおかしくない。
実写化されても、誰もその設定に突っ込まないという状況をみると、ようやく時代が『ママレード・ボーイ』に追いついたのかもしれない。
(中村未来/清談社)