貧困の時代が生んだ、昭和の毒婦・小林カウの無学と女性性

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(前編はこちら)

 当時、このホテル日本閣事件は女による連続殺人ということで世間が驚愕した。「昭和の毒婦」などとマスコミ報道も盛んで、日本閣には連日見学者が集まった。塩原周辺の人気観光地の一番は那須御用邸だったが、次が日本閣という具合に。初公判にも多くの人が殺到、あぶれた人びとが法廷の外に陣取った。

 貧困の中に育ち、金持ちとの結婚を夢見た女は、不本意な結婚で性的にも不満を持ち続けた。1男1女をもうけたが、長男は17歳で死に、長女は音信不通で、家族に恵まれたとはいい難い。若い男と初めての恋をしたが、貢いだ末に捨てられた。その間も多くの男と関係したというが、それは仕入れ代金や生活費をタダにするための物々交換という概念。信じられるのは金と自分だけ。金のためには身骨惜しまず働き、自分の肉体さえも利用して男を操った。

 カウが善悪の区別さえついていたの疑問だ。

“女”であり続けた死刑囚・小林カウのセックスと金の欲望の先

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 世間を戦慄させた殺人事件の犯人は女だった――。日々を平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。彼女たちを人を殺めるに駆り立てたものは何か。自己愛、嫉妬、劣等感――女の心を呪縛する闇をあぶり出す。

[第8回]
ホテル日本閣殺人事件

 小林カウは戦後初めて死刑を執行された女死刑囚である。若い男に自分の肉体を与え、その男たちを巻き込みながら3人の人間を殺害した。逮捕された後も、カウは“女”であり続けた。取調べでは捜査官の気を引こうと、手を握ったりシナを作り、着物の裾から“局部”を覗かせることもあった。セックスの話にも積極的だったという。公判でも派手な着物と厚化粧、レースの被り物をしたこともあった。裁判官に色気も振りまいた。まさか自分が死刑になるとは思わず、留置所でも明るく振舞っていたという。

 これは、日本が終戦を経て高度成長期へと突入する直前、貧困と無知の中、自らの肉体を使うことも厭わず、金銭に執着した悲しい女の一生である。