一風変わった毒親マンガ『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』

「毒親」という言葉をご存じですか? 過干渉や暴言・暴力などで、子どもを思い通りに支配したり、逆に子どもの世話を一切せず放置したりする親のことを指す言葉です。マンガの世界でも近年「毒親エッセイマンガ」が増えてきました。『母がしんどい』(田房永子/KADOKAWA、中経出版)、『酔うと化け物になる父がつらい』(菊池真理子/秋田書店)、『無敵の毒親~私は母のサンドバッグ~』(たもん、はるな/WコミックスZR)、『お母さん、あなたを殺してもいいですか?』(作画 秋本尚美、シナリオ 新田哲嗣/ジャンプルーキー)などなど、衝撃的なタイトルが並びますが、読んでみるとタイトル以上に衝撃的な内容だったりするので油断なりません。

 化け物だったり、サンドバッグにされたりと毒親のタイプにもいろいろあるようですが、今回ご紹介するのは、その中でもとりわけ特殊なタイプの毒親マンガ『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』(ヤングマガジンコミックス)です。もうこの遠回しなマンガタイトルを聞いただけでも、なんのことを言ってるのかピンとくる人がいるかもしれません。

 本作は、いしいさやさんが某宗教の二世信者として母親や周りの信者から四六時中監視され、厳しい戒律のために友達や恋人も作れず、娯楽も与えられず……というつらすぎる経験をつづったものです。当初はTwitterで公開されていたもので、3万5,000リツイートされるほど話題になった後、「月刊ヤングマガジン the 3rd」(講談社)で連載されることになったのです。

 個人でどんな神様を信じるのも自由ですが、子どもが巻き込まれる場合は時として不幸が起こります。しかも、普通に学校生活を送れないレベルの厳しいルールがあるのですから、周りとトラブルになることは必至です。

かわいいお洋服はダサビッチ

 同級生の女の子の家にお呼ばれした主人公のさやちゃん。「ちゃお」は読んだことない、「コーラ」も飲んだことがない……カルチャーショックだらけなわけですが、いつも地味な格好をしているさやちゃんを心配して、かわいい服をくれるお友達。めちゃくちゃ親切ですね。こういう友達は大事にしておきたい。

 うれしくて思わず家でフィッティングするさやちゃん。しかし、それを見たお母さんのリアクションは……

「お前はダサビッチだ!」と言わんばかりのさげすんだ目。

「…うわ」
「きっもちわる…」
「そんなサタンの服早く脱ぎなさい」

 お母さん、かなりバッサリいきます。なにしろ「小悪魔」じゃなくて「サタン」の服ですから、ガチのディスりです。結局、洋服は速攻でゴミ箱行き。お母さんの前では、おしゃれな服を着る、同級生と遊びに行く、誕生日を祝う、もちろん異性とデートをしたり彼氏を作ったりすることなども全部NGなのです。なかなかしんどい青春期ですね。

 さやちゃんの家庭はお母さんのポリシーなのか、かなり勉強熱心です。それこそ、毎日のようにお母さんとマンツーマンでお勉強です。

……まあ、お勉強の内容が、ほかの小学生とはぜんぜん違うんですけども!

気まずすぎる勧誘タイム

 タイトルにもある通り、宗教勧誘に熱心なお母さんなので、子ども連れで「奉仕」と呼ばれるご近所訪問をしたりします。自分も経験がありますけど、子ども連れが来ると、つい“話ぐらいは聞いてあげたほうがいいのかな”って思っちゃうんですよね。ただ……

 同級生の家に行ったりするのは、子どもにとってだいぶ罰ゲームですよね。翌日、学校で何言われるのか、わかったもんじゃないです。お母さん、そこは空気読んであげようよ。って、読めないから、毒親なのか……。

 さやちゃんのご家庭はだいぶ進んでいて、幼稚園の頃にはすでにサンタさんが存在しないという、子どもにとって夢も希望もない現実を知らされます。

 たいていの子どもは小学校低学年くらいまではサンタの存在を信じてるでしょうから、友達と話がかみ合わないですよね。ちなみに小4のウチの娘は、いまだにサンタの存在を信じています。ただ、サンタにパソコンやらiPadやらをプレゼントしてもらいたいなどと、親の経済状況を考えずにむちゃな要求を言いだし始めてるので、早急に真実を教える必要性に駆られています。

 運動会も、応援合戦みたいな争うやつはNG、そして国歌はもちろん校歌の斉唱すらNGなのだそうで、これはどうやってもクラスで浮かざるを得ません。校歌なんて口パクで歌ったふりだけしてればいいと思うんですが、それもダメみたいです……。

「赤ちゃんはどうやってできるのか」には、どう答える?

 子どもに真実を伝える時のタブーといえば、サンタの次に来るのがなんといっても、アレ。「赤ちゃんはどうやってできるのか?」ですね。一番有名どころは「コウノトリが運んでくる」っていうやつで、コウノトリに対する軽い風評被害だと思うんですけど、さやちゃんちの某宗教では、ちゃんと対策済みでした。

「お父さんは陰茎をお母さんの産道にやさしくすべり込ませます」

 陰茎ってあたりは生々しいですが、なかなかナイスな説明なんじゃないでしょうか? 「キスしたらできた」「キャベツ畑で生まれた」みたいなあからさまなウソより、いいと思います。

 このマンガで一番衝撃的なのが、子どもに対するムチ打ちシーンです。もちろん、お母さんが元女王様だとか、そういうことではありません。

「奉仕に行きたくないな-」ってポツリと本音を言っただけで、この仕打ち 。ソフトSM的なやつじゃなく、ガチのムチです。このお仕置きは、たとえ幼児だったとしても容赦しません。しかもお母さんたちが「どのムチが一番効果があるか」を話題に盛り上がっているのが衝撃的。

「でもぜーんぶ、この子たちのためだもんね」

 これぞまさしく愛のムチ! ……と本人たちは思い込んでいるようです。

もし輸血が必要になったら……

 近所のご家庭に宗教勧誘……と同じぐらい有名なのが「輸血禁止」のエピソードです。輸血するくらいなら死を選ぶ信者もいるぐらい厳しい戒律なのですが、作中ではお母さんが倒れて輸血が必要になり、緊迫するシーンが出てきます。こんな時、家族はどうすればいいんでしょうね。トマトジュースってわけにもいかないし……。

 そのほかのエピソードとしては、あまりの娯楽のなさに、いけないこととは知りつつもマスターベーションにハマってしまうシーンもあったりして、そこまで赤裸々に描くか! ってところまで踏み込んでます。でも、これが二世信者の現実なんでしょう。

 後半では、お母さんと決別し、自由を手に入れるさやちゃんですが、それでも過去のトラウマで精神が不安定になったり、まさしく十字架を背負っていく状態のようです。

 というわけで、新興宗教のタブーに触れた毒親マンガ『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』をご紹介しました。ヤングマガジン公式サイトとコミックDAYSで試し読みができます。一風変わった毒親マンガに興味を持った方は、ぜひご一読ください。

(文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん <http://ablackleaf.com/>)

●コミックDAYS
https://comic-days.com/episode/10834108156629547376

●ヤングマガジン
https://yanmaga.jp/c/yokushukyo/

天理教、知られざる「宗教合宿」と信者22万人が集う「おぢばがえり」に潜入してみた!

天理教、知られざる「後継者合宿」と信者22万人が集う「おぢばがえり」に潜入してみた!の画像1

 いろんな宗教が世の中にはありますが、その“内側”を知る機会は滅多にないもの。今回、義実家が「天理教」の教会だったというライター・有屋町はるが体験した、世にも珍しい(?)潜入体験をお届け。「後継者合宿」「おぢばがえり」に「ひのきしん」「おやさま」――耳慣れない専門用語が飛び交う現場で、目にしたものとは!?

夫の実家は「天理教」!? 奈良県天理市の「後継者合宿」に子連れ潜入

 夫の実家が天理教の教会だと知ったのは、結婚直前でした。当時、天理教についての認識といえば、「黒い法被を着て、路上で太鼓やシンバルのような楽器を叩きながら、歌い練り歩く宗教」であり、なんとなく、カルトの部類とは違うんだろうなあ、という程度。

 あの日、初めて夫の実家に行くと、それはそれは情緒溢れる立派な教会、というか神社? いや、道場? が、ドーンと待ち構えていました。古い木造の家に瓦造りの屋根。立派な神棚と、ずらりと並ぶ楽器。何十畳もの畳が敷かれた大広間。それを目の当たりにした感想は、「かっこいい!」のひとこと。

 で、教会の機能はというと、警察でいうところの「派出所」にあたるようでした。奈良県は天理市にあり、教祖的な人がいる「本部(神殿)」という名の「警察庁」があり、その下に「群馬県警」的な「大教会」というのが各地にあったり、いろいろ経たあとのもっとも末端が、夫の実家の「教会」だそうなのです。

 実家の人たちは、そこで毎朝6時と毎晩18時に、「おつとめ」といわれる、楽器演奏&歌と、踊り&歌をやります。覚える気などさらさらないわたしは、朝は早くて起きられないから参加もしないし、夜は後ろの方で正座をして「楽器演奏はやってみたいなあ。やるなら大太鼓がイケてていいなあ」などのんきに考えているくらいでした。

 さて、結婚5年目。いつものように帰省すると、義母が夫に言います。

「ねえ、あの話、考えてくれた? 行く?」

 夫は、「いやあ、まあ」などとごにょごにょ言います。話が見えないので聞くと、どうやら天理教の「後継者講習会」なる2泊3日の合宿に、わたしたち夫婦で参加してほしいとのことでした。わたしに話すのが面倒な夫は、返事をうやむやにしていたようでした。

黒い法被に「天理教」の文字――まるで異世界!?

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 いよいよ後継者講習会を翌々日に控えた晩、夫とふたりで、持ち物の確認をすることになりました。簡単な持ち物は、義母から転送された「後継者講習会の持ち物リスト」で把握したし、2人の子どもたちは、わたしたちの講習中に天理教施設内の保育園に預けられることもわかりました。それに、「洗濯機はあるけど、干す場所があるかはわからないから、タオル類はたくさん持っていけ!」ということも(大事)。

 夫に、「どうせ3日間ずっと法被(はっぴ)を着ていることになるから、服はほんとうにどうでもいいと思うよ」と、おしゃれ欲に釘を刺されつつ、いざ出発日です。講習会前日の朝、車で8時間かけ、天理市に前乗りしました。

 山を降りると天理市に入るのですが、ここは、本当に、日本なのでしょうか。

 ところどころ印象的な赤色が施された瓦屋根の黒とグレーを基調としたどでかい集合住宅が、同じようにいくつも立ち並び、路上を歩く人々はみな、背中に「天理教」と書かれた黒い法被を着ています。あほでも、「異世界に紛れ込んだ」と思わせる雰囲気を放つ街並みです。創価学会陣取る東京都・信濃町一帯や、顕正会が幅を利かせる埼玉県・大宮公園駅界隈など目じゃありません(幸福の科学が町ぐるみになったら勝てるかもしれませんが)。

 ディズニーランドがある舞浜に近い……? いや、あのようなハリボテ感はありません。もっとも近いのは、「沖縄」かもしれません。日本なのに日本じゃない、古くから脈々と続く独自の伝統文化が、がっちりと、ぎっしりと根付いている印象を受けました。

みんなゴリゴリの天理教信者じゃん!!!

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 これが、天理教本部。からっぽの信仰心をも煽る、広大で重厚な趣き。「でかっ……」と、思わず見惚れていると、AさんBさんは神殿に向かいナチュラルに一礼をしていました。天理教独自の、4回手拍子をしたあとに。

 本部に近づくにつれ、黒い集団がどこからともなく湧いて出てきます。巨人戦開始前の東京ドームのような人口密度といいますか、何千人規模ではないでしょうか? みな神殿に吸い込まれ、中に入るとさらにびっくり。黒い人間が、広大な神殿内に、ずら―――――っと、規則正しく正座をして並んでいるではありませんか。

 壮観。圧巻。

 わたしもAさんBさんにならい、正座をします。

 ふと空気が変わり、全員参加者全員が神殿内に入ったのでしょうか。

 ♪えぇ〜あしきをはろおてた〜すけた〜ま〜え〜てんりのみ〜こ〜と〜
(ちん、どん、ちん、どん/太鼓や鈴の音)

天理教って、いいところかも……!?

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 あらかじめ、世代別にひとクラス30人ほどに分けられており、わたしも事前に知らされていた該当教室に向かうと、教室の手前と奥に、長椅子が2本。適当に、空いていた奥の椅子に座ると、ふと気づいたらその椅子は全員男性。女性はみな、手前の椅子にずらり。やばい、間違った……。

 ところでこれって、”宗教あるある”じゃないですか? 「婦人部」や「青年部」など、やたら男女で分けがち。そんなテンションに慣れていないわたしは、まるで仲間外れのごとく、講義開始を待つことに。

 しばらくすると、講師が入室。俳優の和田正人サン似の、40代半ばの爽やかハンサムです。

「まずはみなさん、居住地順に並んでください」

 挨拶もそこそこに、和田サンが言います。こ、これは……よく耳にする、自己啓発セミナー特有の……「初対面を強引にコミュニケーションさせる手法」ではないか!

“天理教ド素人”の私が、たった2日で……

 2日目の朝。天理市に来てからというもの人間の順応性に感心するばかりですが、天理偏差値5以下のわたしでも、朝の「おつとめ」で踊りをできるようになってきました。人間、閉鎖された空間に押し込められると、なんでもできるんですね。

 ふと同室のAさん、Bさんを見やると、なにやら様子がおかしい。やたら乙女チックなのです。

「いいなー、子連れじゃない人たちは」
「早朝に“おやさま”を見に行けたんでしょう?」
「もー! ずっるーい! わたしも見たかった〜!」
「ねー! わかるぅ〜!」

 2人はサッカー部の先輩の県大会決勝戦を見に行けなかったようなテンションで話していますが、まったくついてゆけません。

 2人に聞いてみると、天理教の教祖である中山みきさん(1798~1887)こと「おやさま」(天理教特有の教祖の意味)の、お披露目の儀式(?)が、早朝5時頃、神殿であったそうなのです。身軽ではない子連れたちは、そこに行けずじまいで悔やんでいる、といったところでした。

天理教の感動エピソードで、涙がドボドボ

 この日のプログラムで講義をするのは和田サンではなく、大教会の教会長兼教団幹部の男性、要は偉い人です。岸部一徳からクセを抜いたような、ダンディーなおじさまです。

 あらかじめ配られていたテキストを基に講義を行うのですが、このテキストが素人にはさっっっぱりわからない! 「おやさま」や「真柱様」といった天理用語はまだまだたくさんあるのですが、テキストにはそうした言葉が羅列してあって、初心者には解読できない仕様になっています。

「ふしから芽が出る」

 とか、意味がわからないでしょう? わたしもいまだにわかりません。

 さて、岸辺一徳の話はテキストとは違い、非常にわかりやすいものでした。

 ある信者家族の実話感動エピソードを、情感たっぷりに話すものですから、隣の介護士女性は美しい涙を目にため……るどころか、頬に伝わせているではありませんか。

 なんてピュアな空間なんだろうか。

 彼女の涙を見てわたしも真剣に聞いてみると、こんな話でした。

 ある少女が、母の日にサプライズで近所の花畑からきれいな花を取ってこようとした。が、突然の大雨。少女が遭難したと一家は大騒ぎ。ずぶ濡れで帰ってきた少女に、母親は「なにをやっていたの!」とガチギレ。少女、ギャン泣き。すぐに風呂場へ行かせると、少女の手に美しき一輪の花が握られていることに気づきました。母親は、ガチギレしてしまったことに胸を痛めます。

 少女がすんすんと泣きながら風呂場から上がると、食卓のテーブルには、一輪の花が飾られています。

「ありがとう」

 母親は少女を抱きしめましたとさ――。

 天理教の教えのひとつに、「家族を大切にする」というものがあるそうで、岸部一徳も、強く、そして優しく、家族の尊さを訴えていました。

天理教、潜入3日目ーー理想と現実のはざま

 ついに最終日を迎えた3日目の早朝。わたしはすくっと起き上がり、率先して、手慣れた手つきでおつとめができるようになりました。しかも「ほら、あんたもちゃんとやって」と、子どもに促せるまでに。

 黒い法被を羽織り、気持ちを整え、班のみんなに会いにゆくべく、砂利を踏み鳴らします。そう、もうなんか、「班のみんなに会う」という感覚になっていたんですよね。

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「あ! おはよう!」

 クラスに向かう途中で班の女性たちに会うと、自然と前日の話になります。

 わたしがはかなげな女性へ、

「わたしの友達も、姑と折り合いが悪い人、いるんだよね。その子も、勝手に趣味のものとかを捨てられるって言っていて」

 と言えば、

「そうなんだ。ほかにもそんな人がいるんだね。昨日、思いきって打ち明けてみて、よかった。だって、こんなふうに、みんなの意見が聞けたから」

 と、彼女がほっとした表情を見せます。

 なんだろう。このカタルシスは。わたしの存在が役に立ったこの満足感は。

天理教、22万人の信者が集う「おぢばがえり」に潜入

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 天理教の合宿潜入から、はや半年以上たった6月。夫側の家族グループLINEに、義母からメッセージがありました。

<今年の「こどもおぢばがえり」は7月末ですよ>

 夫の実家へ帰省するたびに聞いたことがあるこの単語、「こどもおぢばがえり」。以前、夫に聞くと、

「きぐるみのパレードやアトラクションがある、天理教本部で開催される子ども向けイベント。毎年、両親兄弟その子どもたちのほか、近所の子どもたちも誘って、天理市までマイクロバスで行く」

 と教えてくれました。その説明を自分なりに解釈すると、「子供向けの露天がたくさん出た、天理教の夏祭りってことなのかな?」と、駅前通りを交通規制して歩行者天国にするような、地元の夏祭りを想像していました。

「よし、今年こそ天理教のお祭りに行こう」

 

いざ天理教の「天理駅」へ

 ついに当日。関東に住むわたしたち家族は電車で、夫の実家のひとたちはマイクロバスで、天理駅前で待ち合わせ。電車が天理駅ホームにすべりこむと、ここからもう「こどもおぢばがえり」が始まっていることに気づきます。ホームに天理教のゆるキャラ(ピッキーとリボン)の旗が無数にはためいているのですから。

 さらに改札を出ると、それは顕著に。地方の新幹線停車駅に匹敵するほどどデカい天理駅の壁面に、ドーンと横断幕が張られているではありませんか。

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<ようこそ おぢばへ 近鉄> 天理教、知られざる「後継者合宿」と信者22万人が集う「おぢばがえり」に潜入してみた!の画像10

<ようこそおぢばへ こどもおぢばがえり JR西日本>

 驚くことに、鉄道会社のクレジット入り。これぞ宗教都市の貫禄。いよいよ市を挙げてのお祭……じゃなかった、イベントの様相を呈してきます。駅前で義家族らと落ち合うと、まずは天理教本部まで歩きます。メンバーは、夫の両親と兄弟の家族2組、そして、その兄弟の子どもの友達だという、近所の小学6年生10人。みな、お揃いの帽子をかぶっており、わたしたちの子どももかぶるよう促されました。周りを見るとみな同じように、帽子、Tシャツ、タオル、タスキ……などを揃え、グループごとに移動しているのがわかります。

天理教、異常なクオリティの「アトラクション」がある

<ジョイフルパーク>

 そうした看板が立てられた敷地には、滑り台やボールすくい、ボルダリング、ミニジェットコースターなどが設置されていますが、これ全部、手作りなのだそう。

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 スタッフは高校生〜大学生くらいのようで、遊ぶ子どもたちを手際よく誘導します。

「それぞれアトラクションごとに、“県”が運営しているんだよね。ここはどこだっけな」

 義兄が教えてくれます。彼も高校生の頃に、「自分の所属県が運営しているアトラクションを手伝ったことがある」そうです。

 決められた時間内での遊びが終了すると、待ちに待った昼食です。なんでも、「おぢば名物といえば、カレー!」と義母が沸き立つほど、とにかく昼食のカレーが子ども心をつかんで離さないそう。

天理教の集客力は、GLAY超え!?

 「おぢばがえり」の夜は、参加者やスタッフなど総勢何万人が本部参道(のような場所)で見物するパレードが行われるのです。パレード時間前に続々とひとが集まるその規模は、目視で明治神宮花火大会並みでしょうか。

 夜、いよいよパレード開始、の前に、おつとめの時間です。シーンと静まり返ったかと思うと、あの歌が低く響きます。あかりは灯篭の灯りだけ、といったほの暗さのなか、荘厳に響き渡る何万人もの天理教信者たちの神への祈りは、信者ではない近所の子どもたちの目にはどう映っているのでしょうか。

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 おつとめが終わると一転、

「パレードのはじまりでぇす!」

 と、司会者の景気の良い声がマイク越しに響くと、頭上でドッカンドッカンと花火が上がり、参加者のボルテージはマックスに。

 そうして参道(?)の入り口から続々とパレードがやってくるのですが、これまで想像していた「てきとうな着ぐるみがわらわら手を振ったり練り歩く」を根底から覆してきたのが、先頭を歩く天理教校学園高等学校のマーチングバンド。え、プロ!? プロなの!? 一糸乱れぬ行進と純度の高い演奏に、またしても鳥肌ゾクゾク。今すぐにでも自衛隊音楽隊に入隊できそうです。

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 彼らに、エレクトリカルカーや各県や地域で結成された鼓笛隊、チアリーダーが続き、

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1時間ほどでパレードは終了となります。

 すごいのが、これ、10日間毎日やっていること。

 

<「天理教のツマ、『宗教合宿』2泊3日潜入記」バックナンバー>

■(第1話)夫の実家は「天理教」!? 
■(第2話)「宗教都市」はディズニーランド!?
■(第3話)喜捨精神、奉仕の心、“宗教あるある”に翻弄された私
■(第4話)“天理教ド素人”の私が、たった2日で「仕上がった」!?

累計5400万部、50年超黙殺されてきた創価学会・池田大作の『人間革命』本としての評価は?

――創価学会の池田大作名誉会長による『新・人間革命』が昨年完結を迎えた。同シリーズは毎年ベストセラーになることから、学会員ではなくともその存在は知られているが、この本の「物語」や「商品」としての出来はどんなものだったのだろうか?

『人間革命』は第二代会長・戸田城聖の激動の半生と、教団立ち上げまでを第三代会長・池田大作が書き上げた。

 出版取次大手の日販とトーハンが発表した、今年上半期のベストセラー本。昨年9月に他界した女優・樹木希林の『一切なりゆき』(文藝春秋)が両社のランキングで総合1位に、『樹木希林 120の遺言』(宝島社)も日販3位に入り、話題になった。

 一方、その陰に隠れている印象を受けるのが、両ランキングで総合2位にランクインした『新・人間革命 第30巻 下』(聖教新聞社)である。これは国内最大の新宗教団体「創価学会」の池田大作名誉会長が、「聖教新聞」で25年近くにわたり毎日連載していた日本史上「最長の新聞小説」の最終巻だ。

自己啓発本を50倍くらい濃くした読まれ方

 1965年元日号~93年まで「聖教新聞」に連載された『人間革命』は、戦時中に牢獄に入れられた第二代会長の戸田城聖が出獄するシーンから物語が始まり、戸田の死後、若き山本伸一(=池田大作)が創価学会の第三代会長に就任して広宣流布の使命を引き受けることで終わる。

「『人間革命』は創価学会の真実の歴史が描かれた物語としてだけではなく、若き山本伸一や周囲の会員たちの奮闘の姿を通して、自らの悩みや苦しみの解決策を読みとっていくという、自己啓発本を50倍くらい濃くした読まれ方がされています。自らの悩みをぶつけながら同書を読み、仏法という教えの一端を涙ながらに理解し、実践していく……。これは『身読』と呼ばれ、会員として推奨される読み方のひとつとされています」とは、現役の学会員。

 続編の『新・人間革命』は、会長に就任した山本がハワイに訪れて世界広布を開始するところから始まり、最終巻では長年対立してきた日蓮正宗の迫害から会員を守るために会長を辞任。その後、反転攻勢をかけて、日蓮正宗から破門されるが、それを「魂の独立」として捉え、青年たちに「創価三代の師弟の魂を受け継いでもらいたい」と訴えて、完結を迎える。

 同書は創価学会という組織の中で、どのような機能を果たしてきたのだろうか? 戦後日本の宗教史を専門とする創価大学名誉教授の中野毅氏は、こう語る。

「もともと『人間革命』は第二代会長の戸田が始めた連載小説のタイトルであり、さらに『人間革命』という言葉自体は、戦後最初の東京大学総長である南原繁が、卒業生へ祝辞などで使った言葉でした。南原は、戦後の日本は政治も社会も大きく変わる必要があるが、最も重要なのは日本国民の精神的変革であり、そのためには(キリスト教信仰に基づく)精神革命、『人間革命』が必要だと説きました。それに対して戸田は『キリスト教で真の人間革命はできず、日蓮の仏法でしか人間革命はできない。実際に自分はそのことを、身をもって体験した』という思いから、自身の小説のタイトルにしたようです。それを引き継いだのが池田第三代会長による『人間革命』『新・人間革命』です。同書は折伏(布教活動)などにも活用されてきましたが、いまや創価学会の中心的聖典となったとも言えます。特に『新・人間革命』は今を生きている一般の会員が会長と共に物語に登場して描かれることから、池田会長への信頼感や親近感、師弟不二の感情や使命感を高める『参加型の聖典形成』という重要な働きもあったと思います」

 他方で出版流通の側面から同書を見てみると、65年に第1巻がミリオンセラーになったのを皮切りに、書店では毎年、確実に大口で売れる商品として非常に魅力的な存在となっている。ある出版関係者はこう語る。

「『人間革命』はひとりの購入者が20~30冊注文することもあり、個人商店でも100~200冊近くは売れます。さらに大型書店は棚に揃えるために置くこともありますが、同書は通常の委託販売とは違って、買い切り【註:返品しないことを条件に仕入れる商品】扱いのため、消化率100%で『広辞苑』(岩波書店)の売れ方に近いですね」

『新・人間革命』は第三代会長・池田大作が広宣流布のために行ってきた海外での活動と、学会員たちの活躍を描いた生きる教典。

 それでは、肝心の物語としての出来はどうだったのだろうか? ドストエフスキーや宮沢賢治に関する著作の多い文芸評論家の清水正氏は、次のように評する。

「日蓮大聖人の教えを世界に向けて広宣流布していくうえで、池田氏や学会員が苦難を乗り越える過程が書かれていますが、小説の名を借りた布教のためのルポルタージュのようでもあり、いわゆる文学とは違いますね。ある意味で池田氏がかつて日本正学館【註:戸田城聖が経営していた出版社】に勤めていた頃に手がけた、子ども向けの偉人の伝記から一歩も出ていない。伝記に『この偉人は実は好色だった』などと書かないわけですが、同じように『人間革命』も『陽と陰』でいうところの『陽の側面』しか描かないんです。しかし、『陰の側面』という、その抑圧された問題こそが文学的には重要で、自己の問題として正面から向き合い、掘り下げないといけない。外部の問題として、他人のせいにしている限りは文学にはなり得ません。ドストエフスキーは善と悪、神と悪魔が永遠に決着のつかない戦いをしている姿を小説という形で描いている。しかし、『人間革命』にはそういったものは描かれていません。離反した幹部たちとの確執であったり、池田氏を殺そうとした人たち……。そういった事件や出来事を、自分の内部の問題として、ちゃんとえぐり出して小説の中に描いていれば文学になるんですよ」

『人間革命』は歴史小説と題して一般流通しているが、学会員の経典・布教用の出版物としても機能しているため、ネガティブなことは書けない。創価学会が世界的に発展するさまを描いた『新・人間革命』では池田氏の神格化がさらに進んで、いよいよ「陽の側面」ばかりが強調されている節もある。こうした点は学会内部で、どのように考えられているのか?

「『人間革命』『新・人間革命』は中心的な当事者である池田会長が書く創価学会の歴史であり、第三者が書いた歴史ではない。そのため、多くの学会員は『創価学会の正史』として受け止めていますが、同書にも書かれているように、むしろ創価学会の『精神の正史』です。また、『新・人間革命』が91年の日蓮正宗からの分離後に発刊されたことからも、この本は創価学会が日蓮仏教の正統な後継集団であることを証明し、池田氏の会長としての役割や判断を正当化する目的もあったと言えるでしょう」(中野氏)

 ところで、『新・人間革命』の物語が現在まで続かずに00年代で終わったということで、巷で噂されている池田氏の健康状態によるところなのかと勘ぐってしまうが、実は全30巻で完結することは連載当初から決まっていたことでもある。一方で、死活問題なのが、これまで同書を販売することで潤っていた出版業界だ。

「どの書店も今年の11月の前年比は、確実に下がります。月商1000万円の店舗で毎年200冊売り上げていた場合だと、おおよそで20万円、2%の影響です。そもそも、ひとつの書店で100冊以上売れる本というのは『ワンピース』(集英社)ぐらい。コミックでは『ワンピース』の刊行があるかないかで、前年比5~10%くらい変わることもありますが、『人間革命』が分類される社会・宗教ジャンルだと前年比50%を切る可能性もある。ということは、毎年11月に確実に発売されていた『人間革命』は『ワンピース』以上に安定していたのかもしれません。そのため聖教新聞社で、取次向けに行われた最終巻の説明会では、『新しい書籍もそのうち……』という話もあったらしいのですが、何か出してもらわないと先行きは不安ですね」(前出・出版関係者)

 独自の出版文化ができているようだが、『人間革命』と『新・人間革命』は文庫版・ワイド版を合わせ、18年時点で累計5400万部発行されてきた事実は確かだ。しかし、我々は『人間革命』を読み生きてきた数百万の人々のことを知らないまま、平成を終え、令和を迎えてしまった。

 沈黙のベストセラーがない、令和時代の出版業界と創価学会はこの先どうなるのだろうか。(月刊サイゾー7月号『ヤバい本150冊』より)

「天理教って、いいところ」……? 喜捨精神、奉仕の心、“宗教あるある”に翻弄された私

前回はこちら

 神殿での映画『ラストエンペラー』オープニング的な集いが終わると、神殿近辺に立ち並ぶ講義室へ移動します。

これは「自己啓発セミナー特有」の手法…!?

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 あらかじめ、世代別にひとクラス30人ほどに分けられており、わたしも事前に知らされていた該当教室に向かうと、教室の手前と奥に、長椅子が2本。適当に、空いていた奥の椅子に座ると、ふと気づいたらその椅子は全員男性。女性はみな、手前の椅子にずらり。やばい、間違った……。

 ところでこれって、”宗教あるある”じゃないですか? 「婦人部」や「青年部」など、やたら男女で分けがち。そんなテンションに慣れていないわたしは、まるで仲間外れのごとく、講義開始を待つことに。

 しばらくすると、講師が入室。俳優の和田正人サン似の、40代半ばの爽やかハンサムです。

「まずはみなさん、居住地順に並んでください」

 挨拶もそこそこに、和田サンが言います。こ、これは……よく耳にする、自己啓発セミナー特有の……「初対面を強引にコミュニケーションさせる手法」ではないか!

「北海道、ここで〜す!」

「埼玉? あっ、群馬? じゃあ東京はこの辺?」

「関西多すぎやん! 空けてくれへんと俺入れないやんか(笑)」

 固まった空気が、徐々にやわらかく、そして和気あいあいと。すごい、自己啓発セミナー的手法。

「はい! じゃあ次は身長順に並んでください」

 2回目ともなるとみな慣れたもので、なんの疑問も持たずコミュニケーションを取りながら背の順になります。人間の順応性、半端ないって!

 と、半ば強制的に空気があったまったところで、机を運び出しグループごとになるよう並べることに。そう、学生時代におなじみの、「班」です。あらかじめ分けられていたこの班で、教室でのグループ講習を受けることになりました。

 メンバーは男性4人に女性4人。

 男性陣は、横浜DeNAベイスターズ筒香嘉智選手と同じ顔をした男性に、キツネ目の天理高校教師、小指の爪だけが異様に長いメガネをかけたほっしゃんと、アルコ&ピースの酒井健太を世に埋もれさせた男性。

 女性陣はわたしと、SPEEDのHITOEちゃんを100倍可愛くした独身OL、色白はかなげ女性に、クラスに中学時代にひとりはいた『花とゆめ』(白泉社)の発売日になると「えっこんなにしゃべる子だったの? しかもめちゃ早口」と仰天するような女性。

 みんな当然というか、ゴリゴリの信者です。

 筒香選手とHITOEちゃんは教会の子どもだし(わたしの夫と同じ立場)、高校教師は一段階上の大きい教会の子ども、ほかの3人も、親世代から信仰心を受け継いできた人たちです。

「姑が参加してほしいと言うので、参加しました。ズブの素人です。踊りもできません」

 そう言うわたしの自己紹介に、「え!?」「なんでそんな人が参加を!?」「なにその勇気!?」と、目をむき驚くのでした。常に表情を変えないほっしゃん以外は。

 で、この班で、いよいよ天理教のなんたるかを学ぶのか、と思いきや、ただただゲームをするだけ。ああ、この感じも自己啓発セミナー的手法……!

「時計を見ずに30秒を数えて挙手せよ」とか、「配られた、1〜50の数字が書かれた用紙を、順番通りに見つけよ」とかを、班ごとに競ったりします。

 そうした時間が終わると、食堂へ移動。ご飯と質素なおかず、味噌汁を配膳してもらい、同じ班の女性と食べたいな……と、まわりを見渡すと、みんなかねてからの知り合いがいるようで、緊張感がほぐれた表情ですでにきゃっきゃと食べています。

 やっぱりここでも、仲間外れ、か……。小学生時代の甘苦しい思い出が去来し胸を締め付けていると、トントン、と肩を叩かれました。振り向くと、ほっしゃんがヤカンを片手に、

「お茶のおかわり、いる?」

 ほ、ほっしゃあああああああん!!!!(涙)

「あ、大丈夫っす」 

 コップになみなみ入っているお茶を恨めしげに眺めつつ、断るしかないのでした。

 さて、午後からはだだっ広い講堂に集まり、今回の後継者講習会の宣伝VTRを見たり、青年部のリーダー的な男性のスピーチを聞きます。テーマは「心の向きを変えれば、人生はもっとわくわくする」というものだそうで、

「みなさんにも、人生をわくわくさせてほしいので、あります!」

 と、リーダーが奈良弁混じりに解説しますが、正直何を話していたのかは1ミリも覚えておりません!

 その後、また班でのなんやかんやがあり、夕方4時頃に1日目が終了。子どもたちを保育園へ迎えに行くと、楽しく遊んでいたようで、

「カレー食べてアンパンマン見た!」

 と嬉しそうに話していました。

 部屋に戻ると、さあここからが戦争です。同部屋のA子さんが、部屋について一息もつかず、全速力で風呂の準備を開始。

「ヤバイヤバイヤバイ!! マジで今行かないと風呂ヤバイことになるから! オラおめえも早く準備しろよ!」

 肝っ玉母ちゃん然とした様子で、子どもを連れ全力疾走。え、そ、そうなの? B子さんはゆったりしているけど? Aさんに流されたわたしも風呂場へ急ぐと、確かに早く来た方がよかったようでした。広々ゆったりと入っていると、あとからあとから子持ち女性がなだれ込み、洗い場は大渋滞していましたから。

 その後、夕食をとりに食堂へ。やはりご飯に質素なおかずに、お味噌汁を配膳してもらい、子どもはたっぷりのふりかけが使えることに喜んでいました。

 食事も終え一息ついていると、ふと気づくことがあります。食事配膳や、交通整備、宿舎の受付や、風呂場で手伝い係は、同じように黒いはっぴを来たおばさんたちがやっているのですが、

「あの人たちは、天理で働いている人たちなんですか?」

 Aさんにそう聞くと、なんてことのない顔をして、教えてくれました。

「全員、ボランティアだよ。『ひのきしん』っていうんだけど、お金なんて出なく、ただただお手伝いに来る人たち」

 そういえば、夫からも聞いたことがあります。義母がこうしたイベントごとに必ず天理教本部に来て手伝うことや、小さい頃から近所の老人ホームの掃除などに夫を連れて行っていたことなど。

 おばさんたちは、それが当然かのように、いやむしろ喜びであるように、嫌な顔ひとつせずに、わたしたちに接します。

 そうした雰囲気は、おばさんたちだけではありません。たとえば象徴的なのはエレベーター。都会の駅のエレベーターなんか乗ってみてくださいよ。誰も「開」なんか押してくれないし、ひどいときには乗る目前で「閉」を押してくる人もいる。こちらが「開」を押しても、誰もお礼なんて言わないのが当たり前じゃないですか。

 でもね、ここは違う。「開」を押すのは当たり前。なんならみな「開」を押したくて押したくてたまらなくてドア付近に立とうとして、「開」の奪い合い状態。降りるときには「開」を押している人に、心を込めてありがとう。

 閉まるギリギリで乗り込んでも、誰も舌打ちしない。

 なにここ、まるで天国じゃないですか……!

「いやあ、天理って、いいところですね」なんてラインを夫に送りましたが、まだ天理の表層しか見ていなかったことを、姉さん、このときは知る由もなく――。

(文・有屋町はる)

 

(隔週水曜日・次回は7月25日更新予定)

かつてラジオで流れた麻原彰晃の“遺言”を入手! 信者に向けた最後のメッセージとは……

 オウム真理教の教祖・麻原彰晃(本名・松本智津夫)をはじめ、一連のオウム関連事件で死刑判決を受けた13人のうち7人の死刑が6日、執行された。これきっかけに一部“オウマー”の間で注目を集めているのが、麻原の“遺言”だ。かつてロシアから日本に向けて放送していたラジオ局・オウム真理教放送で「決起を呼び掛ける麻原の遺言が、今になって怖すぎる」というのだ。信者に向けた最後のメッセージとは、一体どんな内容だったのか? 今回、貴重な録音テープを入手、最後の説法を完全再現した。

 オウム真理教放送は1992年、オウムがロシア当局の送信機を借り受けて、日本国内向けに放送を開始した。わざわざロシアから送信するのは、、日本では放送内容の問題で放送できないオウム真理教の布教を行う狙いがあった。

 番組では教団幹部がホーリーネームで出演して「航空機事故を予知することができた」といった、今から考えるとバカバカしい超能力を誇示したり、長々とした麻原の説法や歌を流しまくる、言わば支離滅裂、やりたい放題の内容で、毎日深夜、2時間にわたって放送していた。その後、放送枠は3時間に拡大。一般的なAMラジオで受信できる中波帯で放送されたことから、オールナイトニッポンといった深夜ラジオに夢中だった当時の中高生の一部に多少なりとも影響を与える結果となった。

 当時を知るラジオ受信マニアの40代男性は「雑音の中から上祐史浩のMCが聴こえた記憶がある。受信報告書を放送局に送ると『ベリカード』という絵ハガキがもらえるが、送付先は富士宮の教団本部になっていた。住所を伝えると信者が家に来そうな気がして、躊躇しているうちに廃局になってしまった」と振り返る。

 最後の放送は地下鉄サリン事件が発生し、教団施設に当局の強制捜査が入った95年3月22日の翌日だった。逮捕されるまでの2カ月に及ぶ潜伏生活に入った直後の麻原による、最後の説法が流されたのだ。

 説法はまず、警察への反論から始まる。「強制捜査を皮切りに弾圧は弱められる」といった、これまた支離滅裂な持論を展開。麻原は「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ。死を避けることはできない。権力側についた警察官やマスコミの者も死を避けることはできない。逆に弾圧される側についたオウム真理教のサマナ、信徒も死を避けることはできない」と、やたら「死」を意識し、グル(=麻原)の手足となって決起することを呼び掛ける。

 以下、説法最終章の全文。

「煩悩にまみれて生きてきた前生(ぜんしょう)の弟子たちよ、いよいよ君たちが目覚め、私の手伝いをする時が来た。君たちは死に際して決して後悔をしないようにしなければならない。君たちがもし選択を誤れば、君たちが人間界に生まれてきた意味を完全になくしてしまうことになる。君たちは確かに今生、情報により煩悩により汚れている。しかし、君たちの本質は汚れるはずはない。なぜならば君たちは前生の弟子であり、そして本質的には他の魂と違い、救済の手伝いをするために生まれてきたからである。私は君たちが私の手となり、足となり、あるいは頭となり、救済計画の手伝いをしてくれることを待っている。さあ一緒に救済計画を行おう。そして、悔いのない死を迎えようではないか」

 現在の信者らも同様の録音を保存しているとみられ、公安当局は殉教テロに最大限の警戒態勢を敷いている。

「宗教都市」はディズニーランド!? 「天理教」のはっぴを羽織り「ガチ合宿」に潜入

前回はこちら

 参加を表明してから半年後、いよいよ後継者講習会を翌々日に控えた晩、夫とふたりで、持ち物の確認をすることになりました。

 簡単な持ち物は、義母から転送された「後継者講習会の持ち物リスト」で把握したし、2人の子どもたちは、わたしたちの講習中に天理教施設内の保育園に預けられることもわかりました。それに、「洗濯機はあるけど、干す場所があるかはわからないから、タオル類はたくさん持っていけ!」ということも(大事)。

 夫に、「どうせ3日間ずっと法被(はっぴ)を着ていることになるから、服はほんとうにどうでもいいと思うよ」と、おしゃれ欲に釘を刺されつつ、いざ出発日です。講習会前日の朝、車で8時間かけ、天理市に前乗りしました。

 山を降りると天理市に入るのですが、ここは、本当に、日本なのでしょうか。

 

まるで異世界!? 黒い法被に「天理教」

87049E3F-D791-4989-B027-A196288D79FD[1] ところどころ印象的な赤色が施された瓦屋根の黒とグレーを基調としたどでかい集合住宅が、同じようにいくつも立ち並び、路上を歩く人々はみな、背中に「天理教」と書かれた黒い法被を着ています。あほでも、「異世界に紛れ込んだ」と思わせる雰囲気を放つ街並みです。創価学会陣取る東京都・信濃町一帯や、顕正会が幅を利かせる埼玉県・大宮公園駅界隈など目じゃありません(幸福の科学が町ぐるみになったら勝てるかもしれませんが)。

 ディズニーランドがある舞浜に近い……? いや、あのようなハリボテ感はありません。もっとも近いのは、「沖縄」かもしれません。日本なのに日本じゃない、古くから脈々と続く独自の伝統文化が、がっちりと、ぎっしりと根付いている印象を受けました。

 夫が運転する車が同じような建物の中の1棟に入ると、義母が笑顔で現れました。東海地方からここへ、わたしたちの激励にやってきてくれたのです。

 どうやら建物群は、各地域ごとの天理教信者の「宿舎」のような場所だそうで、修行やこうした機会に訪れる信者たちの宿泊所として機能しているよう。

 部屋は一部屋3万円ほどの旅館の部屋と同等の広さで、テレビや冷蔵庫等はありません。それらやトイレ、風呂は共同で使い、食事の際には食堂へゆきます。

 食事はたいへんに質素で、白いごはんに、出汁が利いたお味噌汁、お新香、のりたまのふりかけ、それだけ。ごはん、お味噌汁はおかわり自由なのがうれしいところです。

まさかの「明日から別行動」!?

 長旅で腹を空かせていたわたしは、義母の目などないものとしてさっさと白米をかっこみました。これから義母から大事なことを聞かされるというのに。

「明日もここに泊まるんですよね」

 わたしが何気なしに質問すると、義母がこう答えました。

「いや、また別の詰所(つめしょ)があるんやよ。そこに泊まるから、荷物は広げん方がええよ。はるちゃんは女性の詰所。あんた(夫)は男専用のところに行くからね」

 えっ、べ、別々……!? 明日から3日間、別々……!?

「ほうよ。男と女は、別々よ」

 聞いてない。聞いてないよ。部屋も別なら、講習を受ける場所も別だそう。

 ちなみに子どもは当然のように「母親と同室」が前提だそうで、義母に「1人は夫の方に泊まらせることはできないか」を問うと、「へ?」と、まるで想定外のことを聞かれたかのような声が返ってきました。

「家族旅行のついでに宗教潜入」は、とんだ早とちりだったのです。どうやらわたしは、本格的に、ガチな“宗教”にかかわることになってしまったようなのです。まあ全容を聞かずノリで参加を表明したわたしが悪いのですが。

 だってさあ、「講習会」だっていうから、公民館のような会場でパイプ椅子に座って、テキストを見て天理教のなりたちを学んだり、アニメか再現ビデオを見たり、踊りや歌を覚えたりするだけかと思うじゃないですか。

 それが、家族が引き剥がされてまでする“講習会”って、一体……? まったく予想もつきません。

 講習会当日の早朝、外はまだ暗い頃、町中にあの歌が響き渡るのを、人が来る機会もあまりないだろうに丁寧に干されたであろうふかふか布団に包まりながら聞いていると。

「もう行くよ、準備して」

 義母が部屋の戸を元気よく開け、テキパキと荷物を運び出します。そうして、「ハイこれ、はるちゃんの」と、おもむろにあの黒い法被も渡します。袖を通すと、おお……身が引き締まる思いがしないでもない。

 宿舎のロビーに降りると、同地区の信者さんたちが集合していました。みな法被を着て、和やかにおしゃべりをしています。

 そしてマイクロバスに乗り、講習会が行われる、教団中心部へ。ここで夫が先に降ります。あ、本当に、離れ離れなんだ。夫に、「次に会えるのは、まさか3日後?」と聞くと、

「いや、合間に偶然会えたり、1日の講習が終わったあとに落ち合う夫婦もいる」

 と、ずいぶんと事情通なことを言うので、最初からいろいろ知ってたんじゃねえのかこいつ最初に教えろよと思いつつ、「合間に会えたらいいね!」と笑顔で言い、別れました。

 その後、女性だけとなったバスは女性専用の宿舎的建物へゆき、部屋に荷物を置きます。

 先ほどまでいた建物よりはホテル感が増し、部屋の窓からはビューもよし。

 同室は、同世代のAさんとBさん。それぞれ子どもは1人ずつ。子どもたちはすぐに友達になり、「これから保育園に行くの楽しみだね! 同じクラスがいいね」など言い合っています。

 そうこうしていると講習会開始の時間が迫ります。

 同じように子持ち女性がわらわらと棟を出て、保育園へ向かいます。横断歩道に立ち交通案内をする信者さんたちが、「がんばってね!」と爽やかに声をかけてくれます。

 保育園は0歳から5歳までの未就学児対象の施設で、かなり大きめ。保育士さんが大勢いる中に子ども2人をぶっこみ、AさんBさんと落ち合い、ここからが本番、本部こと神殿へ向かいます。

 じゃり、じゃり、という質の良い砂利を踏みしめ歩くこと数分、とたんに、パッと視界が開けると同時に、目の前に、神殿がお目見えしました。

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 これが、天理教本部。からっぽの信仰心をも煽る、広大で重厚な趣き。「でかっ……」と、思わず見惚れていると、AさんBさんは神殿に向かいナチュラルに一礼をしていました。天理教独自の、4回手拍子をしたあとに。

 本部に近づくにつれ、黒い集団がどこからともなく湧いて出てきます。巨人戦開始前の東京ドームのような人口密度といいますか、何千人規模ではないでしょうか? みな神殿に吸い込まれ、中に入るとさらにびっくり。黒い人間が、広大な神殿内に、ずら―――――っと、規則正しく正座をして並んでいるではありませんか。

 壮観。圧巻。

 わたしもAさんBさんにならい、正座をします。

 ふと空気が変わり、全員参加者全員が神殿内に入ったのでしょうか。

 ♪えぇ〜あしきをはろおてた〜すけた〜ま〜え〜てんりのみ〜こ〜と〜
(ちん、どん、ちん、どん/太鼓や鈴の音)

 なんの合図もなく歌が始まると、そこにいる全員が一斉に歌い、踊り出すではないですか。

 え? え? 一体なにが起きたというのか?

 何千人ものシンクロした歌声と、踊りによる法被の擦れる音が神殿内に反響し、なんか、あ、ヤバイコレ……持ってかれる……ふわぁ〜って、持ってかれる……キマりそう……むしろこれ、EDM ……? そんな感じです。

 っていうか、そもそもこうした歌と踊りの講習をしに、わたしたちは来たのではないのか? もうみんな、講習するまでもないゴリゴリの信者じゃん! ゴリゴリが集まる場所なんじゃん! かつてないほどのアウェイ感を覚え、知識ゼロのわたしはただただ正座でふわぁ〜〜っとしているしかありませんでした。

 しかし、まだまだ序の口。このあとじわじわと天理教に染まりゆくことになるとは、姉さん、このときは知る由もなく――。

(文・有屋町はる)

 

(隔週水曜日・次回は7月11日更新予定)

夫の実家は「天理教」!? 結婚5年目、奈良県天理市の「後継者合宿」に子連れ潜入してみたら

大太鼓がイケている……! 
結婚挨拶で「奈良県天理市」に初訪問

 夫の実家が天理教の教会だと知ったのは、結婚直前でした。当時、天理教についての認識といえば、「黒い法被を着て、路上で太鼓やシンバルのような楽器を叩きながら、歌い練り歩く宗教」であり、なんとなく、カルトの部類とは違うんだろうなあ、という程度。

 あの日、初めて夫の実家に行くと、それはそれは情緒溢れる立派な教会、というか神社? いや、道場? が、ドーンと待ち構えていました。古い木造の家に瓦造りの屋根。立派な神棚と、ずらりと並ぶ楽器。何十畳もの畳が敷かれた大広間。それを目の当たりにした感想は、「かっこいい!」のひとこと。

 で、教会の機能はというと、警察でいうところの「派出所」にあたるようでした。奈良県は天理市にあり、教祖的な人がいる「本部(神殿)」という名の「警察庁」があり、その下に「群馬県警」的な「大教会」というのが各地にあったり、いろいろ経たあとのもっとも末端が、夫の実家の「教会」だそうなのです。

 実家の人たちは、そこで毎朝6時と毎晩18時に、「おつとめ」といわれる、楽器演奏&歌と、踊り&歌をやります。覚える気などさらさらないわたしは、朝は早くて起きられないから参加もしないし、夜は後ろの方で正座をして「楽器演奏はやってみたいなあ。やるなら大太鼓がイケてていいなあ」などのんきに考えているくらいでした。

 以降、年3回の帰省時は毎回その状態。教会長である義父も、生まれたときから天理教で特に熱心な義母も、もちろん夫も、「もっと真剣にやってほしい」など、何も言いません。

 わたしが妊娠時や、子どもがケガをしたときには、「『おさづけ』をするから」と言われ、お腹やケガをした箇所をさすられながら何やら唱えられる、というくだりは何度かありました。要は、「神様、どうかお助けください」というおまじないのようなものだと認識しています。

 そのとき困るのが、義父や義母は、熱心に真剣に、わたしや子どもの体をおもんぱかってくれるのに、わたしときたら邪心だらけなこと。

「ど、どうしよう、お義母さんの顔を見つめていたほうがいいのかな。どんな表情で、どこを見てればいいかな。ああ気まずいなあ」

「終わったら、『あ、なんだか楽になりました!』とか、まるでマッサージ店を出るときのように気を使って言ったほうがいいのかな」

 などと余計なことばかり考えていました。

 さて、結婚5年目。いつものように帰省すると、義母が夫に言います。

「ねえ、あの話、考えてくれた? 行く?」

 夫は、「いやあ、まあ」などとごにょごにょ言います。話が見えないので聞くと、どうやら天理教の「後継者講習会」なる2泊3日の合宿に、わたしたち夫婦で参加してほしいとのことでした。わたしに話すのが面倒な夫は、返事をうやむやにしていたようでした。で、義母。

「どうかな? はるちゃん」

「あ、参加します!」

 と、わたし。

「えっ!? 参加するの!?」 

と、夫。

「やったー! じゃあ、さっそく申し込みするね」

 と、はしゃぐ義母。参加費は義母が出してくれるというし(それでも1人3千円ほど)、天理市には行ってみたかったし、旅行がてらちょっぴり宗教にでも潜入しちゃうだなんて、楽しそうじゃん! と、軽薄に思い描いていたイメージとは180度違う現実が待っているとは、姉さん、このときは知る由もなく――。

(文・有屋町はる)

(隔週水曜日・次回は6月27日更新予定)

夫の実家は「天理教」!? 結婚5年目、奈良県天理市の「後継者合宿」に子連れ潜入してみたら

大太鼓がイケている……! 
結婚挨拶で「奈良県天理市」に初訪問

 夫の実家が天理教の教会だと知ったのは、結婚直前でした。当時、天理教についての認識といえば、「黒い法被を着て、路上で太鼓やシンバルのような楽器を叩きながら、歌い練り歩く宗教」であり、なんとなく、カルトの部類とは違うんだろうなあ、という程度。

 あの日、初めて夫の実家に行くと、それはそれは情緒溢れる立派な教会、というか神社? いや、道場? が、ドーンと待ち構えていました。古い木造の家に瓦造りの屋根。立派な神棚と、ずらりと並ぶ楽器。何十畳もの畳が敷かれた大広間。それを目の当たりにした感想は、「かっこいい!」のひとこと。

 で、教会の機能はというと、警察でいうところの「派出所」にあたるようでした。奈良県は天理市にあり、教祖的な人がいる「本部(神殿)」という名の「警察庁」があり、その下に「群馬県警」的な「大教会」というのが各地にあったり、いろいろ経たあとのもっとも末端が、夫の実家の「教会」だそうなのです。

 実家の人たちは、そこで毎朝6時と毎晩18時に、「おつとめ」といわれる、楽器演奏&歌と、踊り&歌をやります。覚える気などさらさらないわたしは、朝は早くて起きられないから参加もしないし、夜は後ろの方で正座をして「楽器演奏はやってみたいなあ。やるなら大太鼓がイケてていいなあ」などのんきに考えているくらいでした。

 以降、年3回の帰省時は毎回その状態。教会長である義父も、生まれたときから天理教で特に熱心な義母も、もちろん夫も、「もっと真剣にやってほしい」など、何も言いません。

 わたしが妊娠時や、子どもがケガをしたときには、「『おさづけ』をするから」と言われ、お腹やケガをした箇所をさすられながら何やら唱えられる、というくだりは何度かありました。要は、「神様、どうかお助けください」というおまじないのようなものだと認識しています。

 そのとき困るのが、義父や義母は、熱心に真剣に、わたしや子どもの体をおもんぱかってくれるのに、わたしときたら邪心だらけなこと。

「ど、どうしよう、お義母さんの顔を見つめていたほうがいいのかな。どんな表情で、どこを見てればいいかな。ああ気まずいなあ」

「終わったら、『あ、なんだか楽になりました!』とか、まるでマッサージ店を出るときのように気を使って言ったほうがいいのかな」

 などと余計なことばかり考えていました。

 さて、結婚5年目。いつものように帰省すると、義母が夫に言います。

「ねえ、あの話、考えてくれた? 行く?」

 夫は、「いやあ、まあ」などとごにょごにょ言います。話が見えないので聞くと、どうやら天理教の「後継者講習会」なる2泊3日の合宿に、わたしたち夫婦で参加してほしいとのことでした。わたしに話すのが面倒な夫は、返事をうやむやにしていたようでした。で、義母。

「どうかな? はるちゃん」

「あ、参加します!」

 と、わたし。

「えっ!? 参加するの!?」 

と、夫。

「やったー! じゃあ、さっそく申し込みするね」

 と、はしゃぐ義母。参加費は義母が出してくれるというし(それでも1人3千円ほど)、天理市には行ってみたかったし、旅行がてらちょっぴり宗教にでも潜入しちゃうだなんて、楽しそうじゃん! と、軽薄に思い描いていたイメージとは180度違う現実が待っているとは、姉さん、このときは知る由もなく――。

(文・有屋町はる)

(隔週水曜日・次回は6月27日更新予定)

貴乃花親方が心酔する「ほとんどカルト」な“新興宗教”元信者のテレビ局への出入りをキャッチ!

 大相撲春場所9日目、3月19日の大阪・エディオンアリーナで、付け人の力士への暴行が発覚した十両・貴公俊(たかよしとし)が休場した。通常は場内アナウンスで休場を告げる際、ケガなどの理由も述べるが、今回は何も説明のないものだった。

 元横綱・日馬富士の暴行事件では先輩の貴ノ岩が被害者となり、相撲協会を強く追及していた貴乃花親方だったが、今度は皮肉にも監督責任を問われる側で、連日の職務放棄状態に加えて批判を受けている。

 そんな中、あるテレビ局には、貴乃花親方についてなんらかの情報を知る人物が出入りしていることがわかったのだが、それがなんと宗教団体の元信者だというから驚きだ。話をキャッチしたテレビ関係者に聞いた。

「問題を起こしたのが、よりによって貴公俊なんですよね。彼は角界初の双子関取で、弟に貴源治がいますが、彼らのしこ名は貴乃花親方の後援者である龍神総宮社という新興宗教の運営者、辻本源冶郎と辻本公俊から付けたものだと言われています。龍神総宮社は1970年代ごろから存在する宗教団体で、貴乃花親方は大阪場所の宿舎にしているほど親密ですが、テレビ界ではちょっとした有名人。昔、ここの代表は心霊番組に出て心霊写真を鑑定、それが歴史上の人物の霊だと言ったり、スタジオに落ち武者の霊がいるとか、自分は毘沙門天の生まれ変わりだと言って、もろに霊感ブームの便乗商法みたいなことしていたんですから」

 龍神総宮社については宗教ウォッチャーに聞いても「ほとんどカルト団体みたいなもの」という回答があった。

「ホームページで『ガンが治った!』とする信者の声を紹介していて、際どい霊感商法の色が強い団体です。敷地前に派手な看板を立てて、光のようなものが写った写真を証拠に『ここは神様が実存する!』なんて掲示しているのを見ても、およそ察しがつくでしょう」

 龍神総宮社が開催した恒例の福豆まきイベントには過去、横綱・白鵬が参加していたのだが、その後の暴行騒動の際、龍神総宮社の代表者はモンゴル側と対立した貴乃花親方をテレビ番組で強く擁護。また、メディアで今回の暴行現場を見て「親方と貴公俊、付け人がみんな泣いてた」と美談じみた話をしているタレントのせんだみつおも、この豆まきイベントの参加者だ。

 ほか、過去には小柳ルミ子や左とん平、清水アキラらが参加しており、タレント人脈を広げていた印象もある。そんな内情を知っていそうな「元信者」が、テレビ局に出入りしていたのだから、気になる動きだ。

 貴公俊は3月18日の取組後、支度部屋で付け人に暴言を吐きながら、顔を何度も殴打していたところを目撃され、2歳年上の被害者は顔が腫れ、血まみれになりながらトイレで吐いていたという。暴行のきっかけは、付け人が貴公俊に出番のタイミングを伝えるのが遅れたためだといわれるが、その付け人は貴公俊が十両に上がった今場所から付いたばかりだった。角界関係者からは、こんな話も聞かれる。

「貴乃花部屋は人不足で、付け人が足りないんです。そういうとき他の部屋から人を借りるものですが、貴乃花親方の行動がいちいち不可解で極端に孤立していて、関わりを避ける部屋が続出している」

 少し前まで世間から革命児のようにもてはやされた貴乃花親方だが、身勝手にしか見えない言動は次第に理解を得られなくなっており、その原因には宗教団体への入れ込みも疑われつつある。そのあたりの情報を知っているかもしれない龍神総宮社の元信者。テレビ局で、どんな話を提供したのかが気になるところだ。
(文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

「宗教自体が悪いとは言い切れない」母親に信仰を強制された“二世信者”の苦悩

 子どもは親を選べない。親の教育方針や趣味趣向などが子どもに与える影響は少なくないが、否応なしにその環境に身を置く子にとっては相当な苦痛になることもあるだろう。それは、信仰についても同じことがいえそうだ。

 昨年末、コミックエッセイ『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』(講談社)を上梓したマンガ家のいしいさやさんは、母親がエホバの証人の信者で、自身も高校生の頃までは二世信者として活動に参加していた。

 母に連れられ、よその家に勧誘にいったり、宗教上の理由でクラスの行事に参加することができなかったりと、幼少期や学生時代は宗教活動中心の生活を送っていたいしいさん。今は親元から離れて宗教とは関係のない生活を送っているが、かつての記憶をマンガにした理由とは? また、「よかれと思って」娘に信仰を課した母親について、いしいさんは現在どう思っているのだろうか? お話を伺った。

■Twitterで公開されたマンガが3万5,000リツイート

 同作はもともと、Twitter上で話題になった作品だ。いしいさんも、「出版するつもりでマンガを描いたわけではない」と話す。

「信者だった時の記憶をマンガにしたのは、精神的に落ち込んでいた時に読んだ認知行動療法の本に『不快な感情になった時のこと、その時どんな感情になったか書いてみましょう』とあったから。それがいつからか、人に見てほしいという気持ちが湧いてきて、Twitterに投稿してみたんです。まさか、こんなに反響をいただけるとは予想していなかったのですが……」

 公開されたいしいさんのマンガは、瞬く間に反響を呼び、なんと3万5,000のリツイートが返ってきた。それが編集者の目に留まり、本を出すきっかけとなったのだ。

 いしいさんの元に届いたコメントの中には、同じような境遇だった人からの共感もあれば、それまで宗教活動とは関わりがなかった人たちからの驚きの声もあったという。確かに、エホバの証人といえば各国に信者をもち、日本にも全国各地に支部を置く比較的規模の大きな新宗教であるが、信者でない者にとって、その日常はベールに包まれている。

「エホバはもともとキリスト教系の宗教ですが、聖書の言葉を文字通り真実だと解釈し、その教えをできるだけ忠実に実行することが求められます。私は、やがて訪れる終末の時にも、信者だけは地上の楽園で永遠に暮らすことができると教えられてきました」

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 いしいさんは5歳のころから、熱心な信者である母親に連れられて、エホバの活動に参加していたという。そして、娘とともに楽園で暮らすことを夢見る母のもと、厳しい掟を守りながら生活を送っていた。

「信者の禁止事項は多岐にわたります。特に、偶像崇拝・淫行・血の誤用(他人や動物の血液を体内に取り入れること)などは厳しく制限されていましたね。淫行には婚前交渉も含まれていて、もしその掟を破ると“排斥”になって、ほかの信者や、同じく信者である家族との接触や会話を禁止されてしまいます。高校生の時に、気になっていた男子から告白されたことがあるのですが、付き合ったら母親がどんな行動に出るかわからなかったので、断ってしまいました」

 ほかにも、異教の行事であるクリスマスや誕生会、七夕まつりなどの祝い事への参加も禁止。偶像崇拝にあたるので、校歌や国家を歌うのも禁止。また、聖書には「争いを避けなければならない」と書かれているため、運動会の応援合戦に参加することも禁止されていたという。

「校歌斉唱の時は、みんな起立しているのに自分だけ座りっぱなしだったり、クラスの行事の時にも自分だけ机に座ってじっとしていました。そうしていると、やっぱり学校では浮いちゃうから、そのうち自分からほかの人と関わるのを避けるようになっていきました。もっとも、エホバでは信者以外の人のことを“世の子”と呼んでいて、必要以上に仲良くすることは禁止されていたんですけどね」

■宗教自体が悪いとは言い切れない

 掟だらけの日々は、いしいさんの学生時代に暗い影を落とすことになった。しかし、それでもいしいさんは「宗教そのものを否定するつもりはない」という。

「エホバは『争いを避けるべき』という考え方なので、少なくとも私の周りの信者たちは、基本的には穏やかで優しい人たちばかりでした。宗教自体が悪いとは言い切れないけど、二世として活動させられていた時は、つらいことも多かった。正直、どこに罪をもっていけばいいのかわからないんです」

 現在いしいさんは宗教から離れているが、同じ境遇の二世の中には、そのまま洗礼を受け、信者として活動を続けている人もいる。

「エホバの信者は奉仕活動などを優先しないといけないので、正社員として働くのも難しいし、掟も多いので、それ以外の場所で生きていくこと自体が、厳しいのではないかと思います。それに、正しいこととダメなことが明確に決まっていて、その通りに暮らしていれば幸せが保証されているというのは、ある意味、葛藤が少なくて楽な部分もあると思います」

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 物心ついた時から、エホバの活動に加わっていたいしいさん。しかし、エホバが説く終末思想や永遠の命などを完全に信じていたわけではなかったと話す。

「正直、神様と言われても、実感が湧かなかった。だから、信仰のせいで学校の行事に参加できない時は、ひたすら恥ずかしくて、つらくて、消えたい気持ちでいっぱいでしたね。それでも掟に従っていたのは、破ると母親にむちで叩かれるから」

 エホバでは親に従順であることが義務付けられており、いしいさんも少しでも反抗しようものなら、すぐにベルトで叩かれていたという。

「そうでなくとも、母親に逆らって悲しませるのは嫌だなと常々思っていました。自分がどうしたいかよりも、いつも母親のことばかりを考えていたから、今でも本当の自分の感情がわからなくなる時があるんです」

 いしいさんの著書『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』は、主に母親といしいさんが送ってきた日々を中心に描かれている。同書は単なる宗教の暴露本ではなく、母と娘の関係性についても考えさせられる内容だ。

「高校生の頃は、宗教にのめり込んでいた母親に怒りの矛先が向いた時もありました。その一方で、母親は私のためを思って二世として育ててきたわけですから、それを信じてあげられない自分に対する罪悪感もあります。宗教のせいでつらい思いもしたけど、母親に悪気はないわけです……まだ気持ちの面で、母親や宗教に対する決着はついていないですね」

 謎に包まれたエホバの信者の日常は、知らなかった人にとっては衝撃的な内容だが、親と子とのままならない関係性については、共感を覚える人も多いのではないだろうか。
(松原麻依/清談社)