安倍首相が乗り切った「桜を見る会」疑惑で2つの重要資料が出てこない理由

 街がクリスマスムードに包まれているというのに、永田町だけは桜、桜とかまびすしかったわけだが、臨時国会が閉幕に近づき、安倍官邸はこの疑惑を乗り越えたように見える。

 安倍首相主催の「桜を見る会」の問題である。

 それにしても、森友・加計問題を彷彿とさせる後味の悪さだった。「桜」取材に忙殺された政治部記者が嘆息する。

「いずれも決して『巨悪』でなく、安倍総理や夫妻がちょっと権力を私物化してしまっただけ。安倍首相がきちんと事実を認めて謝りさえすれば良かったが、まずいのは役所側で、それらを”合法化”させたいあまり、行き当たりばったりの理論武装を始めてドツボにハマってしまった。森友問題で自殺者を出したトラウマがあったからか、桜を見る会は、即座に来年の中止が決まりましたが、役所の”忖度”は相変わらず。野党の資料要求当日に、招待者名簿がシュレッダーにかけられたり、さらにその言い訳をするため、安倍首相に『障害者職員の勤務時間を調整して、たまたまその時期になった』と答弁させました」

 子どもでもウソとわかる答弁のオンパレードだったのに、事態が収束に向かっているのはなぜなのか。

 2つの重要資料、すなわち、シュレッダーにかけられた内閣府作成の「安倍首相枠」の招待者名簿、安倍後援会による前夜祭のホテルニューオータニの明細書、がなかなか出てこないためだ。

「招待者には、安倍首相の後援者だけでなく、単に名刺交換をしただけの反社会勢力も含まれると見られています。安倍首相は『サーバーでデータ保存し、その廃棄後は復元できない』と答弁しましたが、その生データがあれば、ツッコミどころ満載となります。前夜祭は1人会費5,000円という高級ホテルのパーティにしては格安の設定で、安倍首相サイドが不足分を持ったのではと疑われています。これは有権者への寄付にあたり、公選法違反。安倍首相は明細書はないと言い放ちましたが、そんなはずはないですし、当然ホテル側が保管しています」(前出の記者)

 森友問題は財務省が公文書を改ざんしていたことを朝日新聞がキャッチしたことで、加計問題は前川喜平・前文科次官の告発があって、「疑獄化」した。

「そうならないのは、内閣府が『ホッチキス官庁』だからですよ」

 前出の記者が解説する。

「財務省にせよ文科省にせよ、官僚人生すべてを捧げる人ばかりで、省への愛があり、だからこそ真実をメディアに告発したくなるのでしょう。一方内閣府は、『ホッチキス』と揶揄される省庁の寄せ集め集団。今の山崎重孝次官は自治省(現総務省)出身ですしね。職員の告発を期待するのは難しそうです」

 ニューオータニの明細書となると、よりハードルが上がる。

「ホテルマンが客の個人情報を出すなどご法度。一発でクビです。そもそも、安倍事務所のようなお得意様にサービスするのは当然で、値段設定はかなり安くしているはず。ただそれが明るみになると、正規料金で利用する他の顧客を怒らせることになる。つまり、安倍事務所、ホテルの双方が、明細は出さないという方針で一致しているのです」(同前)

 野党は来年の通常国会でも追及を続ける方針だが、そこまで世の関心が続くかどうかは、この資料がカギを握っているといえる。

消費税10%でも税収不足! 米メディアでもネタにされる安倍政権と『桜を見る会国会』のバカバカしさ

 この国の政治家は、国民のことを考えているのだろうか。

 現在開催されている国会では、およそ経済政策についてまともな議論がなされていると言い難い状況だ。一つずつみていこう。

 まず10月1日から消費税率が2%引き上げられ10%となった。消費税の1%引き上げによる税収増加は約2兆円。今回の2%の引き上げで4兆円の税収増となる。

 2019年だけでも、4兆円(1年間の増収額)÷12カ月×3カ月(10、11、12月分)=約1兆円の税収増になる。それでも政府は2019年度の税収見込み額が不足すると予想しており、赤字国債の発行を検討している。

 増税をおこなっても税収不足となる点について、国会ではほとんど議論もされていない状況だ。

 さらにワシントンポストなど米国の複数のメディアでは、トランプ米政権が2021年度以降の在日米軍駐留経費の日本側負担(いわゆる“思いやり”予算)について、現状の約4.5倍に当たる年約80億ドル(約8640億円)への増額を求めていると報じている。現在でも、その“思いやり”予算は米軍基地に関連する人件費や水道光熱費などで年平均約1893億円を日本が負担している。

 消費増税を国民に迫り、国民の痛みを伴った血税を、米国側の要求額通りではないにしろ、その思惑に配慮して増額し、差し出すことになる可能性は高い。

 この“思いやり”予算は、日米交渉で決定されることになっているが、その日米交渉が年末に迫っているにも関わらず、こちらもほとんど議論がかわされている様子はない。

 日米交渉では、日米貿易協定の締結問題もある。9月25日、安倍晋三首相とトランプ米大統領は首脳会談で日米貿易協定締結を最終合意し、合意確認文書に署名した。

 日本側はコメの無関税輸入枠導入を見送った一方、米国産の牛・豚肉はTPP(環太平洋連携協定)と同水準の関税に引き下げる。日本は約72億ドル(約7760億円)相当の米農産物について関税を撤廃ないし削減。米国側は産業機械や化学品、鉄鋼製品など自動車を除く工業品について関税を撤廃、削減する。

 日米貿易協定は合意確認文書への署名は行われたが、正式な協定書への署名を残している。この日米貿易で最重要課題である日米貿易協定の締結についても、議論がされていない。

 11月11日、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長は日本記者クラブ(東京・千代田)で記者会見し、再生医療用のiPS細胞作製を支援する政府の大型研究予算が2022年度で終わる予定であることを明らかにし、「いきなり(政府の支援を)ゼロにするのは相当理不尽だ」と支援継続を求めた。

 政府は山中氏がノーベル賞を受賞した2012年から10年間でiPS細胞研究などに総額1100億円を拠出することを決めた。今回の予算終了について山中氏は、「一部の官僚の考え」と断った上で、「(政府の専門家会議など)透明性の高い議論での決定なら納得だが、違うところで話が決まってしまうと理由もよくわからない」と不満をぶつけた。

「iPS細胞」は現在、米国なども研究開発に参入し、世界中で国際競争が行われている。世界をリードする研究開発に対して、国の隆盛を考えなければならない政治家が、まともな議論もせずに予算の打ち切りを決めようとしているありさまだ。

 10月4日に召集された第200回国会(臨時国会)は12月9日で会期が終了となる。少なくとも、筆者にはこの臨時国会で最重要テーマとして取り上げられているのは、安倍首相主催の「桜を見る会」の問題だ。確かに「桜を見る会」の問題も重要だろう。

 しかし、国会の開催運営には1日3億円の経費がかかる。5000万円と言われる「桜を見る会」の経費と政治資金問題を追及するために、1日3億円の経費をかけ、何日も国会を行っていることに愚には憤りを感じざるを得ない。

 金額の問題ではないにしろ、重要課題が山積しているにも関わらず、政治家、特に野党はその存在感を示すために「桜を見る会」問題の追及に固執している。

 政治は国民の生活の安定と向上のために行われるべきであり、国会はそのための問題を審議し、決める役割を担っている。ところが、政党の存在感を示すために、国民にとっては重要な問題をないがしろにし、国民の税金を無駄使いしている。

 臨時国会は後半戦に突入しているが、このままでは国会召集日から会期終了までの47日(会期日数)×3億円(1日の国会運営費)=141億円が“どぶに捨てられる”ことにもなりかねない。

欠席したのは毎日新聞だけ! 安倍総理が「キャップ懇」で官邸記者の取り込み成功

「そりゃあボクらも懇意にしている閣僚はいます。でも、編集部がその閣僚をターゲットにしている場合、食事会をセットするなんてありえない。現場の記者が戦っている時に、ノコノコ行けるわけありませんよ。だから首相動静でこれを見た時は、政治記者もここまで落ちぶれたかと思いましたね」

 そう週刊誌デスクが呆れるのは、11月20日夜に中華料理屋で開かれた安倍総理と官邸キャップの食事会のことである。

 言うまでもなくこの時期、安倍総理は「桜を見る会」で集中砲火を浴びており、午前の参院本会議では、招待者の選定過程に自身が関与したことを認めていた。

 いわゆる「キャップ懇」は、全国紙、通信社、NHK、民放の20社弱の内閣記者会加盟社、つまり官邸詰めのキャップによる懇親会で、総理以外に複数の秘書官も参加。その場の発言を報道してはいけない「オフレコ」が決まりとなっている。半年に1度程度の割合で開かれ、前回は5月下旬だった。

「毎回、赤坂の『赤坂飯店』なのですが、今回は空いていなかったらしく、平河町の『上海大飯店』が会場でした。会費制で今回は1人6,000円。『桜の会』騒動に引っかけて、今井尚哉秘書官兼補佐官が『領収書と明細は必要か?』と冗談を飛ばしていました」(出席者)

 官邸側からの声かけで、数日前に急遽、日程が決まるというが、もちろんその日にちに意味がないわけがない。

「前回は衆参同日選挙の観測が流れていたと同時に、アメリカ・トランプ大統領来日の前日でもあり、記者が情報に飢えていました。森友学園問題の真っ只中に開いたこともあります。要はニュースという”餌”を与えて、世論だけでなく、記者のガス抜きをはかる意味合いがあるのです」(官邸関係者)

「取材活動の一環」とはいえ、このタイミングでのキャップ懇開催は、安倍総理に絡めとられることに他ならず、メディアの矜持が問われる格好になった。

 ところが参加を拒否したのは、毎日新聞ただ一社。同じく政権に批判的な朝日新聞、東京新聞キャップは平然と参加し、当の東京新聞・望月衣塑子記者に「現場が取材で奮闘している最中に一体何をしているのか」とツイートされる始末だ。出席者が明かす。

「さすがに『桜』関連の質問は多く出ましたが、『(夫人の)昭恵が招待したからって何が悪いの?』『野党は選挙弱いんだから、何を言っても説得力がないよ』と安倍総理は悪びれることはなく言いたい放題。酒の席ということもあり、厳しく詰め寄る記者はいませんでした」

 もっとも、その毎日も褒められたものではないと、政治部記者は語る。

「毎日キャップは長年政権中枢を担当し、”武闘派”タイプではない。最近、毎日のYouTuber記者が総理に厳しい質問を投げかけてネットで人気になっていることもあり、欠席は、社内の圧力に屈しただけでしょう。朝日のキャップは翌日朝刊で、アリバイ的に署名原稿で安倍総理への批判を展開しましたが、じゃあ『直接総理に言えよ』っていう話。つまり社内の他部署へのポーズでしかないんです」

 何しろ、官邸キャップといえば、記者の中ではエース中のエース。将来的には政治部長どころか社長も狙えるポジションである。

「最高権力者と懇談できている自分に酔いしれているのでしょう。安倍一強はあと2年近く続き、その間は官邸とうまくやりたいでしょうから、ここで喧嘩して経歴に傷をつけたくないわけです」(同前)

 大甥である安倍総理に抜かされるまで戦後最長の在職期間を誇った佐藤栄作は、退陣表明の際、「新聞は嫌い」と言い放ち、反発した新聞記者は全員退出した。そんな骨のある記者は、もういないということだろう。

その“夢”は現実に何をもたらすのか——嘘と混乱の東京オリンピック

 前代未聞の大失敗に終わった『FYRE』という音楽フェスティヴァルがある。その惨状をテーマにしたNetflix制作・配信のドキュメンタリー『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』を見たという人も多いだろう(Huluでも同テーマで別作品のドキュメンタリーが配信中)。

『FYRE』は「バハマの離れ島で開催されるラグジュアリーな超豪華フェス」という触れ込みで、SNSで強い影響力を持つセレブやインフルエンサーにガンガンPRさせまくり、大きな話題を呼んで高額なチケットも発売直後に完売。ところが、運営がとにかく杜撰で雑でテキトーだった。規模がふくれ上がっていく一方で、アーティストのブッキング、会場設営や観客の宿泊施設、食事、交通手段の手配など、すべてがデタラメなまま強引に推し進められ、最終的に開催当日になってすべてが中止。期待を胸にやってきた観客はカオス状態の会場に放置された。結果、ソーシャルメディアで大炎上を遂げて、逮捕者まで出る始末となったのである。

 開催当日までには実にさまざまな問題が発生するわけだが、主催者であるビリー・マクファーランドは場当たり的な対応しかせず、面倒なことは下の人間に投げっぱなし。『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』はそのひどさを余すところなく映し出す。見ているうちに「こんなの失敗するに決まってるだろ」と呆れ果て、振り回されっぱなしの現場スタッフに同情して思わず胃が痛くなりつつ、他人事だから笑えてしまう。「いやあ、本当にひどい話だ」と。ただ、なんだかこの惨状は実はちょっと他人事でもないような気もする。今、私たちは『FYRE』をはるかに上回る規模のイベントが歴史的な大失敗へと突入していく過程をリアルタイムで経験しているのではないか。そう、東京オリンピックである。

 2013年9月8日の招致決定以来、今回のオリンピックに関してはとにかくろくな話がない。というか、信じられないレベルのろくでもない話ばかりが底抜けに続いている状況だ。

 そもそも招致の段階からいろいろとデタラメだった。当時、東京都知事だった猪瀬直樹氏は「世界一カネのかからない五輪」と誇らしげだったが、当初約7340億円とされていた開催費用は、いまや関連予算を含めると3兆円オーバーの見込み。当初の見積もりの4倍だ。いくらなんでも見通し甘すぎではないか。

 そして、後になって数多くの問題を引き起こすことになった東京の会期中の気候に関するアピール。「天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」などと言っていたわけだが、東京都民なら誰でもわかるように大嘘である。東京の夏は死人が出るほど暑い。

 さらに、今回の招致をめぐっては贈収賄疑惑まで出てきた。当時の招致委員会理事長だった竹田恒和氏が東京への賛成票を不法に買ったとしてフランス司法当局の捜査対象になっているという。もう何から何までインチキである。

 その後も東京オリンピックをめぐるトラブルや珍騒動は手品師の口から出てくる万国旗のように次々と終わりなく発生していった。ざっと振り返ってみたい。

 まずケチがついのが、公式五輪エンブレムの盗用問題。すったもんだの末に当初の佐野研二郎氏による当初のデザインは却下されて再公募するハメになった。

 新国立競技場の建設も最初から波乱続きだった。すでに決定していたザハ・ハディト氏案を「予算がかかりすぎる」という理由で急遽撤回。全体予算が当初の予定から4倍にも膨れ上がり、新国立競技場建設をめぐる混迷を思い返せる今となってみれば、「むしろ、そのままでよかったんじゃないか」という気がしなくもないが、結局、新たな設計計画で建設が進められることになる。その直後、聖火台スペースをつけ忘れたと聞いたときはさすがに笑うしかなかった。建設用の木材の無償提供呼びかけをして批判されまくったり、建設作業員の過労自殺という取り返しのつかない悲惨な出来事も起きたりしている。

 そんなこんなで完成が間近に迫ってきた新国立競技場だが、五輪終了後の“後利用”についてあまり考えずに作ってしまっているため、巨大な維持費の採算を取れる見通しは立っておらず、ただ赤字を垂れ流す“五輪の負の遺産”となることがほぼ決まっているようだ。なんともやりきれない話である。

 そして失笑の嵐を巻き起こしたのが“暑さ対策”だ。五輪組織委員会の森喜朗会長は「暑さはチャンス」などと相変わらずズレたことを言っていたが、結果的にチャンスどころか今回の東京オリンピックのダメなところをこれでもかとばかりに見せつけることになった。

 マラソンコース沿道にある商業施設やビルの出入り口を開放して冷気を外に流そうという“クールシェア”案の他力本願ぶりは「え? それ本気なの?」という感じだったが、小池百合子東京都知事が打ち出した“打ち水作戦”には本気で脱力させられた。そんなものであの酷暑がどうにかなると本気で思っているのか。ついでに、“浴衣”“よしず”の活用なんてことも言っていたけれど、真剣に聞いている人はどのぐらいいたんだろう。300キロ分の氷を降雪機で降らせる人工雪実験も「本当に大丈夫なのか東京都」と世間を騒がせたが、気温は下がらず、ただ服や席を無駄に濡らせるだけで、普通に考えたらそりゃそうだろうという結果に終わった。

 新国立競技場の冷房設備は、なぜか安倍首相の鶴の一声で設置されないことが決定したので、かち割り氷を配るとかいう本末転倒な話になっていたが、そもそもなんで安倍首相がそんなことを決めてしまうのかという話である。「会場周辺に朝顔の鉢を並べて視覚的にも涼しく!」という案が発表されたときに誰もが「ダメだこりゃ」と思ったことだろう。

 森会長の「東京オリンピックのレガシーのひとつにしたい」という、いつもの寝言でサマータイム導入なんてことも議論されて本気で心配したが、ここはちゃんと断念できて本当に良かった。

 暑さ対策の一番の切り札とされたのが、マラソン・競歩コ−スの遮熱舗装。24億円という資金を投じて実施されてしまったそうだが、なんとこれが逆効果。温度が下がるのは路面だけで、高い位置では普通のアスファルトより温度が高くなって熱中症のリスクは高くなってしまうという。さすがに驚いた。どうしてやってしまう前にしっかりと検証しなかったのか。

 次から次へと“バカげた”というほかない対策が打ち出され、その度にどうしようもない無力感に襲われた。そして、迷走に迷走を重ねた末、ご存知のようにマラソンと競歩はIOCの判断によって札幌開催が決まってしまったわけだが。こんな無様な話もそうない。とはいえ、招致段階で東京の気候について嘘をついていたことがそもそも悪いわけで、IOCの判断、ましてや札幌市を責めるのは筋違いというものだろう。さようならコンパクト五輪。

 そんなこんなで予算はどんどん増額されていく一方、「人にだけは絶対に金は使わん」という決意が見えてくるほど、何もかもがボランティア頼りになってしまったわけだが、ボランティアについても問題だらけである。先日は都内の中学・高校にボランティア人数が割り当てられて、半強制的に参加要請があったことが判明したが、これはもうボランティア(志願)ではなく、“動員”だ。「ボランティアのユニフォームが絶望にダサい」とか「シャイニングブルー・トウキョウってなんだよ」なんて笑っていた頃が懐かしい。医療スタッフや通訳、運転、メディア対応といった専門的なスキルが必要なスタッフもすべて無報酬、宿泊や交通費は自己負担のボランティアでかき集めるとのことだが、その作業条件の厳しさから“ブラック・ボランティア”などと揶揄もされているが、それも当然だろう。

 この他、雨が降ってしまったら大腸菌ウヨウヨの海上競技会場、選手村のダンボールベッド、会期中の渋滞解消のために首都高値上げ&通販自粛呼びかけ、観客の自撮り投稿禁止などなど、まだまだいくらでも挙げようと思えば挙げられる気もするが、とにかくこれほどまでに問題が噴出して止まらないイベントってあるのだろうか。もう国威の発揚どころか、逆に日本のダメなところの見本市、その衰退っぷりを大々的に発信しているような状況だ。誰かどうにかしてくれと思うが、いったい誰が責任者なのか、それがわからない。いかにも日本らしい話であるし、そこが一番怖いポイントでもある。

 冒頭で紹介した『FYRE』の主催者ビリー・マクファーランドは最終的に集団訴訟を起こされ、有罪が確定して6年の禁固刑が確定した。東京オリンピックはもちろん『FYRE』のような詐欺事案とはまったく異なるし、仮に大失敗に終わるようなことになっても誰かが刑事罰を問われるようなことはないはずだ(あ、竹田元会長は除く)。しかし、多くの人が「これ、このままで大丈夫なのか?」という危惧を抱いたまま、うまく対処できずに開催に向けて突き進んでいる状況は『FYRE』と共通しているといえるだろう。

 責任の所在もよくわからないまま、混乱を撒き散らしてつつ、開催へのタイムリミットは近づいている。来年、私たちはこの祭典のなかにどのような光景を目にするのだろう。そして、祭りが終わったあと、残るものは。

三原じゅん子、総理主催「桜を見る会」逆ギレツイートでまさかの”次期入閣確定”か

 ”文春砲”などの報道におんぶに抱っこだった野党が、痛快なスクープを飛ばした。

 共産党・田村智子参院議員が11月8日の参院予算委員会で、毎年4月に新宿御苑で開かれる内閣総理大臣が主催する「桜を見る会」が近年、安倍晋三総理に私物化されているのではないかと追及した問題だ。

「本来、朝日新聞や東京新聞あたりが調査報道するべき話ですが」と、社会部記者が嫉妬まじりに解説する。

「2014年に1万3,700人だった参加者数は毎年増え続け19年は約1万8,200人に。支出額は14年の3,005万円から19年は5,518万円に急増。しかも政府は来春の開催に向け約5,700万円を要求しています。田村氏はそこに目をつけ、安倍総理が今年、地元・山口県の後援会員850人を招いた事実を関係者のブログなどで丹念に拾った上、共産党機関紙の『赤旗』記者の取材を加え、じりじりと安倍総理を追い詰めたのです。その30分に渡る質疑は法廷ドラマを地で行くやり取りで、動画が一気に拡散。野党は合同で追及チームを始動させました」

 そもそも「桜を見る会」の参加者枠に「政治家枠」があることは、野党議員とて自明のこと。政権中枢に近い国会議員ほど多くの「枠」が割り振られ、民主党政権時は民主党員も恩恵に授かってきた。

「有名人ばかり来るとあって、家族や後援者を呼べば喜びますしね。ここだけの話、懇意のホステスを呼ぶ議員もいますよ。といってもせいぜい数人~数十人といったところで、安倍総理の850人は常軌を逸している。自身の後援会活動のために公金を投入しているとの批判は的を射ています」(ベテラン秘書)

 問題をややこしくしているのは、招待者は皇族、大使、国会議員、都道府県知事といった公人の他に「各界の代表者」がおり、建前上、それらは各省庁からの意見を踏まえて、内閣府、内閣官房が取りまとめているという点。芸能人が招かれるのはそのためだが、国会議員の後援者を「各界の代表者」とくくるには無理がある。

 安倍氏は「私が取りまとめたことはない」「PTA役員の人もおり、後援会の方と重複する場合もある」と子ども騙しの答弁をする一方、政府参考人の内閣府官房長が「招待者名簿は廃棄した」と述べたものだから、森友学園問題を彷彿とさせる展開に。関係者がブログなどの投稿を次々と削除する事態になっている。

 こうした中、逆ギレ気味に”参戦”してきたのが、三原じゅん子参院議員である。

「この件は内閣府のルールに則って、招待された人が出席したまでです。しかしながら番組での二人の母への発言は許しがたい侮辱発言だと思います。厳重に抗議します!」

 こうツイートしたのは、11月12日放送の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)でコメンテーターの玉川徹氏が「(三原氏の母や叔母が会に参加していたことに触れ)三原じゅん子さんのお母さんにどういう功労があるの」と述べた、というネット記事に対してだった。

 政治部記者が指摘する。

「政治家が親族のことで抗議するのは、情に訴えるための常とう手段ですが、これには『どうして「侮辱」になるんでしょうか?』と書き込まれるなど、ピントがずれている。番組が三原事務所から『回答がなかった』とした点について、三原氏は『昨夜に私の事務所に別人の議員宛ての文書が届いていていた』と応戦、『内閣府のルールに則り招待されたまでです』と三原氏がさらに書き込むと、『そのルールが知りたいのですが』と突っ込まれ、炎上騒ぎとなっています」

 三原氏といえば、今年6月の参院本会議で「愚か者の所業とのそしりは免れません。恥を知りなさい」と野党を野太い声でこき下ろし、『3年B組金八先生』(TBS系)での「顔はやばいよ、ボディーやりな」もかくやの存在感を示した。

「丸川珠代参院議員は野党時代、『この愚か者めが』と委員会質疑で叫んだことがクローズアップされ、政権復帰後に入閣を果たしています。要はこうした”武闘派”の女性が安倍総理に重用される傾向があり、三原氏もその波に乗ろうとしているのでしょう。今回、防戦一方の安倍氏を、三原氏が火だるまになって援護射撃していることからは、入閣への野心が透けて見えます」

 まさしく、安倍長期政権のボディーに入った一撃で、「桜疑惑」は当分続きそうだ。

タッパー持参で料理のお持ち帰りも!? 渦中の首相主催「桜を見る会」、金がかかるのも納得の“食べ物争奪戦”

 季節外れの「花見」の話題が世間を賑わせている。毎春開催される首相主催の「桜を見る会」について、「税金の私物化ではないか」との指摘が登場。野党が攻勢を強めている。

 桜を見る会は毎年4月、桜の名所として有名な新宿御苑(東京都新宿区)で開催されているものだ。しかし、共産党の田村智子議員が8日の参院予算委員会で、安倍政権になってから参加者数と支出額が急増していること、さらに後援会員を多数招いていることなどを指摘。与党内からも批判の声が上がっており、安倍首相は説明を迫られる事態になっている。週刊誌の政治担当記者が言う。

「桜を見る会自体は歴史があり、民主党政権時代の鳩山首相のときにも開催されています。“税金で花見なんて”という声はかねてよりありましたが、各国の大使や皇族なども招かれるイベントで、政府は“必要な公式行事である”とのスタンスを崩していません。毎年、旬な人物が招かれるため、芸能人としては1つのステータスになっており、ワイドショーなどでもその様子は取り上げられますが、数年前にキャバ嬢が招かれたことが話題になるなど、人選に関しては疑問点も多く、論争は簡単には収まらないでしょう」(政治担当記者)

 花見と言っても、今年度の参加者は約1万8,000人で、費用は5,700万円以上。公金の使い方として適切かどうか、国民が納得する説明をする必要はありそうだが、かつて桜を見る会に実際に出席したOさん(60代・女性)は、これだけお金がかかる理由の一端を見たという。Oさんは夫が地元の政治家と懇意であり、夫婦揃って招かれている。

「私が会に出席したのは数年前のことです。会場では、紅白に出場するような歌手や五輪のメダリストなども見かけましたが、印象に残っているのは食事です。会場には日本酒やビール、お団子、いなり寿司、焼き鳥、サンドウィッチ、洋菓子、和菓子などが用意されていました。しかしほぼ取り放題なので、お菓子類などは早いもの勝ちで、お饅頭のパックを20個以上もカバンに詰め込んだり、料理を詰めるタッパーを持参してきている“プロ”もいました。きっとお土産にするのでしょう。今回の騒動を見て、『確かにあれならお金がかかるはず』と、思い出しました」(Oさん)

 バイキングの料理を持ち帰るのは庶民のささやかな願望だが、基本的にはマナー違反であるのも事実。まさかそれが首相主催のパーティーで行われていたとは……。やはり野党が指摘するように、招待客の人選はしっかり考えたほうが良さそうだ。

タッパー持参で料理のお持ち帰りも!? 渦中の首相主催「桜を見る会」、金がかかるのも納得の“食べ物争奪戦”

 季節外れの「花見」の話題が世間を賑わせている。毎春開催される首相主催の「桜を見る会」について、「税金の私物化ではないか」との指摘が登場。野党が攻勢を強めている。

 桜を見る会は毎年4月、桜の名所として有名な新宿御苑(東京都新宿区)で開催されているものだ。しかし、共産党の田村智子議員が8日の参院予算委員会で、安倍政権になってから参加者数と支出額が急増していること、さらに後援会員を多数招いていることなどを指摘。与党内からも批判の声が上がっており、安倍首相は説明を迫られる事態になっている。週刊誌の政治担当記者が言う。

「桜を見る会自体は歴史があり、民主党政権時代の鳩山首相のときにも開催されています。“税金で花見なんて”という声はかねてよりありましたが、各国の大使や皇族なども招かれるイベントで、政府は“必要な公式行事である”とのスタンスを崩していません。毎年、旬な人物が招かれるため、芸能人としては1つのステータスになっており、ワイドショーなどでもその様子は取り上げられますが、数年前にキャバ嬢が招かれたことが話題になるなど、人選に関しては疑問点も多く、論争は簡単には収まらないでしょう」(政治担当記者)

 花見と言っても、今年度の参加者は約1万8,000人で、費用は5,700万円以上。公金の使い方として適切かどうか、国民が納得する説明をする必要はありそうだが、かつて桜を見る会に実際に出席したOさん(60代・女性)は、これだけお金がかかる理由の一端を見たという。Oさんは夫が地元の政治家と懇意であり、夫婦揃って招かれている。

「私が会に出席したのは数年前のことです。会場では、紅白に出場するような歌手や五輪のメダリストなども見かけましたが、印象に残っているのは食事です。会場には日本酒やビール、お団子、いなり寿司、焼き鳥、サンドウィッチ、洋菓子、和菓子などが用意されていました。しかしほぼ取り放題なので、お菓子類などは早いもの勝ちで、お饅頭のパックを20個以上もカバンに詰め込んだり、料理を詰めるタッパーを持参してきている“プロ”もいました。きっとお土産にするのでしょう。今回の騒動を見て、『確かにあれならお金がかかるはず』と、思い出しました」(Oさん)

 バイキングの料理を持ち帰るのは庶民のささやかな願望だが、基本的にはマナー違反であるのも事実。まさかそれが首相主催のパーティーで行われていたとは……。やはり野党が指摘するように、招待客の人選はしっかり考えたほうが良さそうだ。

“美しい国”における責任、それは風船のように宙を漂う


せき‐にん【責任】

①責めを負ってなさなければならない任務。引き受けてしなければならない義務。

②(━する)事を担任してその結果の責めを負うこと。特に、悪い結果をまねいたとき、その損失などの責めを負うこと。

出典:『精選版日本国語大辞典』

“責任”とはどういう意味なのか。もちろん、一般的に使われている責任という言葉の意味はわかるが、例によって軽すぎる安倍晋三首相の「任命責任は私にある」の言葉にうんざりして、「この人、責任を取るってどういうことか考えたことあるのだろうか」など改めて感じたので、そもそもの意味を辞書アプリで調べてみた次第だ。

閣僚の不祥事と疑惑はもはやお約束

 閣僚が不祥事で更迭という事態はとくに珍しいというわけではなくなってしまったが、9月11日の第4次安倍第2次改造内閣の成立からわずか1ヶ月半、立て続けに2人の閣僚が辞任するというのは、さすがに異例の事態といえるだろう。

 10月25日に辞任した菅原一秀前経済産業相は地元でのメロンやカニの贈与疑惑が浮上して批判が続く中、秘書が有権者の通夜で香典を渡していたことが「週刊文春」(文藝春秋)に報じられたことが決め手となり、その翌週31日に辞任した河井克行法相は妻で参院議員の河井案里氏がウグイス嬢に法定上限を超える報酬を渡していたことが同じく「週刊文春」に報じられたことがきっかけとなった。いずれも公職選挙法違反の疑いがあるわけだが、どうせ立件されないだろうし、されても不起訴に終わることは見えている。いつものパターンだ。

 ここで、これまでのパターンを振り返ってみよう。2012年12月の第2次安倍内閣発以降、辞任した閣僚は河井氏で10人目だ。

 まずは2014年10月の小渕優子経済産業省(肩書は当時。以下同)。後援会メンバーの観劇費用など不透明な政治資金支出をめぐって辞任。東京地検特捜部による家宅捜索が入る前に電動ドリルでパソコンのHDDを物理的に破壊するという大胆な手口には大いに驚かされたものである。小渕氏と同日、初登庁の日に出迎えが少ないことに怒って帰るという器の小ささを見せつけた松島みどり法相が選挙区で似顔絵入りうちわを配布したことが問題となって辞任。2015年2月は金銭スキャンダルを連発した西川公也農相が辞任。2016年1月に辞任したのは甘利明経済再生担当相。これを賄賂と言わずしてなんというレベルの疑惑だったが、不起訴処分に。2017年4月に辞任した今村雅弘復興相は、講演で東日本大震災について「まだ東北でよかった」というまともな頭をしていたらまず出てこない失言を放って辞任。同年7月は稲田朋美防衛省。「“武力衝突”と“戦闘”はどう違うのか」などと、なんとも日本らしい禅問答のような議論も懐かしい南スーダンPKO部隊の日報隠蔽問題で辞任した。2018年2月に辞任した江崎鉄磨沖縄北方担当相は健康上の問題が辞任の理由になっているが、就任直後に自身の担当分野なのに「北方領土問題に関しては素人」、閣僚としての国会答弁について「しっかりお役所の原稿を読ませていただく」などと発言していることを考えれば、そもそもの大臣としての資質に疑問は残る。そして、今年4月に辞任した桜田義孝五輪相が8人目。思わず「コントかよ!」と言いたくなる珍問答を次々と繰り広げて国を湧かせたことはまだ記憶に新しい。
 
 以上のそれぞれに任命責任があったことを踏まえての第4次安倍第2次改造内閣も、今回の有様になっているわけだ。

 安倍首相は菅原・河井両氏の辞任について「任命責任は私にあり、こうした事態になってしまったことに対しまして国民に深くお詫びを申し上げます」「河井大臣を法務大臣に任命したのは私であります。こうした結果となりその責任を痛感しています。国民のみなさまに深く心からお詫びしたい」と記者の前でコメントしたわけだが、ここまで響くものがまったくないお詫びもそうそうない。またなんかゴニョゴニョ言っているなぐらいのものである。河井氏辞任時のコメント後、記者たちの前から去ろうとしたときに「具体的にどのようなかたちで責任を取るのか」と問いただされたのだが、「国民の皆様の信頼を回復をして、しっかり行政を前に進めていくと、そのことにおいて責任を果たしていく。よろしいですか」と不機嫌そうに早口でまくしたてて行ってしまった。まったく具体的じゃないし、何も言っていないも同然である。まあ、質問にまともに応えられないのもいつものことなので、みんな慣れたものであろう。そこに慣れてはいけないとも思うけれど。

 安倍首相はきっと「任命責任は私にある。お詫びしたい」といえば責任を取ったことになると思っている。というか、たぶん責任を取るということについて、とくに何も考えていない。

 2017年6月5日の衆議院決算行政監視委員会では、次のような象徴的なやりとりがあった。加計学園問題について安倍首相が同年3月13日の衆議院予算委員会で「もし(私が)働きかけて決めているなら責任を取る」と発言したことに対し、民進党(当時)の宮崎岳議員に「責任とはどういう意味か。どんな責任を取るのか」と問われて、しどろもどろになりながら例によって関係のないことを延々と喋り続けた挙げ句、委員長から「責任とは何かという質問にお答えください」と急かされて、結局「(責任の)中身についてはあえて申し上げる必要はない」と答弁。なんじゃそら。

 まあ、やっぱりとくに何も考えていなかったのだろう。

 そもそも、閣僚の任命責任について安倍首相が本気で考えているようなら、今回のような人事にはならなかったはずだ。菅原・河井両氏ともに以前からさまざまな疑惑が噂されていたことは有名だ。彼らの入閣の背景には菅官房長官の強い推薦があったという。組閣において、国益や国民の生活向上よりも、“お友達”で固めることのほうが優先されるのだから“適材適所”が聞いて笑わせる。加計学園問題のキーパーソンである萩生田光一氏の文科相就任なんて、適材適所どころジョークにもならない。同大臣の「身の丈」発言は大騒ぎになって英語民間試験を延期せざるを得なくなったわけだが、この延期決定も毎日新聞によれば『首相周辺は今回の決断について、『萩生田氏を守るために、試験見直しを野党に差し出した』と表現」したというから国民を舐めきっている。というか、首相周辺ってどこなんだろうか。いずれにせよ、受験生よりも大臣の首のほうが大事というわけである。しかし、それでとくに政権支持率が下がらないのだから、まあ舐められても仕方がないといえば、仕方がないともいえるが。

「責任を取る」ということは、冒頭に掲げた辞書的な意味合いでいえば、②の「悪い結果をまねいたとき、その損失などの責めを負うこと」だろう。この意味において安倍首相は数々の“任命失敗”の責任を取っているかといえば、否と言わざるを得ない。口先だけでお詫びしたところでちっとも凝りていないことは誰の目にも明白だし、むしろ、政治の混乱による損失などの責めを負っているのは国民だ。

 行動経済学者ダン・アリエリーは、著書『ずる嘘とごまかしの行動経済学』などで、不品行などの“ごまかし”が社会的に感染するという研究結果を発表している。人間は自分と同じ社会集団の誰かが、道徳、倫理的に逸脱した行動を取るのを見ると、それに合わせて自分の道徳的指針を微調整して、それを許容範囲内の規範として取り入れてしまうそうだ。ちなみに、その誰かが“権威のある人物”の場合、引きずられる可能性はさらに高くなるという。今の日本の総理大臣からして、この状況。なるほど腑に落ちる。責任という言葉の意味は変わったのだ。

 立場が上に行けば行くほど、本来ならば責任を取るべき人物の責任は曖昧になっていく。その口から発せられた途端、“責任”はふわふわと宙に放たれた風船のように飛んでいき、やがて所在がわからなくなる。恐らく、それはどこかで破裂して飛散し、“自己責任”という名の見えない圧力となって下々の世界へ落ちてくるのだろう。国民の生活においては、いまや貧困も格差も病気も出産も育児も教育も老後も被災も自己責任。そのプレッシャーに市井の人々は思考と行動を萎縮させていく。“美しい国”どころか、すっかり“痛ましい国”だ。果たして、その責任はどこに?

“美しい国”における責任、それは風船のように宙を漂う


せき‐にん【責任】

①責めを負ってなさなければならない任務。引き受けてしなければならない義務。

②(━する)事を担任してその結果の責めを負うこと。特に、悪い結果をまねいたとき、その損失などの責めを負うこと。

出典:『精選版日本国語大辞典』

“責任”とはどういう意味なのか。もちろん、一般的に使われている責任という言葉の意味はわかるが、例によって軽すぎる安倍晋三首相の「任命責任は私にある」の言葉にうんざりして、「この人、責任を取るってどういうことか考えたことあるのだろうか」など改めて感じたので、そもそもの意味を辞書アプリで調べてみた次第だ。

閣僚の不祥事と疑惑はもはやお約束

 閣僚が不祥事で更迭という事態はとくに珍しいというわけではなくなってしまったが、9月11日の第4次安倍第2次改造内閣の成立からわずか1ヶ月半、立て続けに2人の閣僚が辞任するというのは、さすがに異例の事態といえるだろう。

 10月25日に辞任した菅原一秀前経済産業相は地元でのメロンやカニの贈与疑惑が浮上して批判が続く中、秘書が有権者の通夜で香典を渡していたことが「週刊文春」(文藝春秋)に報じられたことが決め手となり、その翌週31日に辞任した河井克行法相は妻で参院議員の河井案里氏がウグイス嬢に法定上限を超える報酬を渡していたことが同じく「週刊文春」に報じられたことがきっかけとなった。いずれも公職選挙法違反の疑いがあるわけだが、どうせ立件されないだろうし、されても不起訴に終わることは見えている。いつものパターンだ。

 ここで、これまでのパターンを振り返ってみよう。2012年12月の第2次安倍内閣発以降、辞任した閣僚は河井氏で10人目だ。

 まずは2014年10月の小渕優子経済産業省(肩書は当時。以下同)。後援会メンバーの観劇費用など不透明な政治資金支出をめぐって辞任。東京地検特捜部による家宅捜索が入る前に電動ドリルでパソコンのHDDを物理的に破壊するという大胆な手口には大いに驚かされたものである。小渕氏と同日、初登庁の日に出迎えが少ないことに怒って帰るという器の小ささを見せつけた松島みどり法相が選挙区で似顔絵入りうちわを配布したことが問題となって辞任。2015年2月は金銭スキャンダルを連発した西川公也農相が辞任。2016年1月に辞任したのは甘利明経済再生担当相。これを賄賂と言わずしてなんというレベルの疑惑だったが、不起訴処分に。2017年4月に辞任した今村雅弘復興相は、講演で東日本大震災について「まだ東北でよかった」というまともな頭をしていたらまず出てこない失言を放って辞任。同年7月は稲田朋美防衛省。「“武力衝突”と“戦闘”はどう違うのか」などと、なんとも日本らしい禅問答のような議論も懐かしい南スーダンPKO部隊の日報隠蔽問題で辞任した。2018年2月に辞任した江崎鉄磨沖縄北方担当相は健康上の問題が辞任の理由になっているが、就任直後に自身の担当分野なのに「北方領土問題に関しては素人」、閣僚としての国会答弁について「しっかりお役所の原稿を読ませていただく」などと発言していることを考えれば、そもそもの大臣としての資質に疑問は残る。そして、今年4月に辞任した桜田義孝五輪相が8人目。思わず「コントかよ!」と言いたくなる珍問答を次々と繰り広げて国を湧かせたことはまだ記憶に新しい。
 
 以上のそれぞれに任命責任があったことを踏まえての第4次安倍第2次改造内閣も、今回の有様になっているわけだ。

 安倍首相は菅原・河井両氏の辞任について「任命責任は私にあり、こうした事態になってしまったことに対しまして国民に深くお詫びを申し上げます」「河井大臣を法務大臣に任命したのは私であります。こうした結果となりその責任を痛感しています。国民のみなさまに深く心からお詫びしたい」と記者の前でコメントしたわけだが、ここまで響くものがまったくないお詫びもそうそうない。またなんかゴニョゴニョ言っているなぐらいのものである。河井氏辞任時のコメント後、記者たちの前から去ろうとしたときに「具体的にどのようなかたちで責任を取るのか」と問いただされたのだが、「国民の皆様の信頼を回復をして、しっかり行政を前に進めていくと、そのことにおいて責任を果たしていく。よろしいですか」と不機嫌そうに早口でまくしたてて行ってしまった。まったく具体的じゃないし、何も言っていないも同然である。まあ、質問にまともに応えられないのもいつものことなので、みんな慣れたものであろう。そこに慣れてはいけないとも思うけれど。

 安倍首相はきっと「任命責任は私にある。お詫びしたい」といえば責任を取ったことになると思っている。というか、たぶん責任を取るということについて、とくに何も考えていない。

 2017年6月5日の衆議院決算行政監視委員会では、次のような象徴的なやりとりがあった。加計学園問題について安倍首相が同年3月13日の衆議院予算委員会で「もし(私が)働きかけて決めているなら責任を取る」と発言したことに対し、民進党(当時)の宮崎岳議員に「責任とはどういう意味か。どんな責任を取るのか」と問われて、しどろもどろになりながら例によって関係のないことを延々と喋り続けた挙げ句、委員長から「責任とは何かという質問にお答えください」と急かされて、結局「(責任の)中身についてはあえて申し上げる必要はない」と答弁。なんじゃそら。

 まあ、やっぱりとくに何も考えていなかったのだろう。

 そもそも、閣僚の任命責任について安倍首相が本気で考えているようなら、今回のような人事にはならなかったはずだ。菅原・河井両氏ともに以前からさまざまな疑惑が噂されていたことは有名だ。彼らの入閣の背景には菅官房長官の強い推薦があったという。組閣において、国益や国民の生活向上よりも、“お友達”で固めることのほうが優先されるのだから“適材適所”が聞いて笑わせる。加計学園問題のキーパーソンである萩生田光一氏の文科相就任なんて、適材適所どころジョークにもならない。同大臣の「身の丈」発言は大騒ぎになって英語民間試験を延期せざるを得なくなったわけだが、この延期決定も毎日新聞によれば『首相周辺は今回の決断について、『萩生田氏を守るために、試験見直しを野党に差し出した』と表現」したというから国民を舐めきっている。というか、首相周辺ってどこなんだろうか。いずれにせよ、受験生よりも大臣の首のほうが大事というわけである。しかし、それでとくに政権支持率が下がらないのだから、まあ舐められても仕方がないといえば、仕方がないともいえるが。

「責任を取る」ということは、冒頭に掲げた辞書的な意味合いでいえば、②の「悪い結果をまねいたとき、その損失などの責めを負うこと」だろう。この意味において安倍首相は数々の“任命失敗”の責任を取っているかといえば、否と言わざるを得ない。口先だけでお詫びしたところでちっとも凝りていないことは誰の目にも明白だし、むしろ、政治の混乱による損失などの責めを負っているのは国民だ。

 行動経済学者ダン・アリエリーは、著書『ずる嘘とごまかしの行動経済学』などで、不品行などの“ごまかし”が社会的に感染するという研究結果を発表している。人間は自分と同じ社会集団の誰かが、道徳、倫理的に逸脱した行動を取るのを見ると、それに合わせて自分の道徳的指針を微調整して、それを許容範囲内の規範として取り入れてしまうそうだ。ちなみに、その誰かが“権威のある人物”の場合、引きずられる可能性はさらに高くなるという。今の日本の総理大臣からして、この状況。なるほど腑に落ちる。責任という言葉の意味は変わったのだ。

 立場が上に行けば行くほど、本来ならば責任を取るべき人物の責任は曖昧になっていく。その口から発せられた途端、“責任”はふわふわと宙に放たれた風船のように飛んでいき、やがて所在がわからなくなる。恐らく、それはどこかで破裂して飛散し、“自己責任”という名の見えない圧力となって下々の世界へ落ちてくるのだろう。国民の生活においては、いまや貧困も格差も病気も出産も育児も教育も老後も被災も自己責任。そのプレッシャーに市井の人々は思考と行動を萎縮させていく。“美しい国”どころか、すっかり“痛ましい国”だ。果たして、その責任はどこに?

萩生田文科相「身の丈」発言による英語試験延期は安倍政権”お友達内閣”の内ゲバだった!

 2020年度から始まる大学入試共通テストで予定していた英語民間試験が、11月1日、見送られることに決まった。

 引き金となったのは、所管する萩生田光一文科相の「身の丈」発言だが、当の本人はどこ吹く風だという。

「”文春砲”により菅原一秀経産相、河井克行法相が立て続けに辞任し、これ以上政権にダメージは与えられないと、野党の反発を丸呑みした格好です。しかし萩生田氏は失言によるバッシングを逆手にとり、見送りに舵を切った節があるのです」(文科省担当記者)

 この騒動、どうやらその内実は、安倍内閣の「お友達」による内ゲバのようなのだ。

 今の高校2年生以降の大学受験は、これまでの「センター試験」が「大学入試共通テスト」に代わり、英語に関しては、TOEFLや英検など6団体・7種類から選ぶ計画だった。これが何ともお粗末な制度設計だと、前出の記者は指摘する。

「文科省は試験について命令する権限がなく、運営方法は各民間団体に丸投げ。参加を予定していたTOEICは呆れて、7月に離脱を表明しています。蓋を開けると、受験料は約5800円から約2万5,000円と幅広い上、受験会場が一部の都道府県にしかない試験もある。民間だから利益を出すためには仕方ないことですが、不公平感が広がっていました」

 受験生の経済状況や地域によって差が出てしまうことなり、その点を10月24日夜、BSフジのニュース番組で問われた萩生田氏は「自分の身の丈に合わせて勝負してもらえれば」と言い放ったのだった。

 教育の格差を文科行政トップが認めたとして、野党やメディアが猛反発。 萩生田氏は 28日、謝罪に追い込まれた。

 そもそも新テストは、下村博文・自民党選挙対策委員長の肝いりで、文科相時代の2013年1月、「教育再生実行会議」をスタートさせて道筋をつけたものだ。民間活用は氏の強い働きかけがあってこそだ。

「この9月に大臣になった萩生田氏は、当初からこの制度を『下村先生がつくったものでしょ』と中止にしたがっていました。とはいえ、懸命に準備を進めてきた官僚や業者のことを考え、頭を悩ませていた。皮肉にも、失言によって、いかに制度が”無理筋”か世に明るみになってしまった。萩生田氏にしてみれば渡りに船だったはずです」(同前)

 実はこの2人、第1次安倍政権崩壊後も失意の底にある安倍氏を連日訪ねた盟友で、加計学園問題でも名前がそろって登場している。安倍氏もそれに応え、両氏を重要ポストで処遇したきたのだが、その近さゆえに”近親憎悪”となるのも、また世の常である。

「萩生田氏は親分肌で、下村氏に比べて人望があり、菅義偉官房長官も『オレの後継は萩生田だ。喧嘩が出来る』と評価しています。同じく『お友達』の世耕弘成・党参院幹事長は、今回の決断を『受験生の立場に立った思いやりにあふれた決断』と下村氏を当てこするかのような発言をして参戦。いずれの言動も、安倍氏の出身派閥・清和会の跡目争いが念頭にあると見るべきでしょう」(官邸担当記者)

 だが最も翻弄されているのは、高校生たちだ。こんな政局ごっこをされては、日本の英語教育が世界に伍していくことは出来そうにない。