7月26日、厚生労働省のある会議で、ドラッグストアでカウンター越しに売られる薬(スイッチOTC薬)の候補に挙がっていた、ある薬の市販化が「時期尚早」として見送られ、ネットでは産婦人科医を中心に話題となった。それは、緊急避妊薬レボノルゲストレル錠(商品名ノルレボ錠)。セックスから72時間以内に服用すれば、妊娠を回避できる薬だ。ノルレボ錠の効果や副作用、スイッチOTC化についての意見を、日本家族計画協会理事長・北村邦夫先生に聞いた。
■排卵を1週間ほど遅らせて妊娠を回避する
――今回市販化が見送られたノルレボ錠は、どのような仕組みで妊娠を回避できるのでしょうか?
北村邦夫先生(以下、北村) ノルレボ錠は、レボノルゲストレルというプロゲステロン(女性ホルモン)製剤です。妊娠は受精した卵が子宮内膜に着床することによって成立し、排卵日と排卵日前の5日間、計6日間の間に起こります。卵子の生存期間は8~24時間といわれていますので、排卵後24時間たってからのセックスでは妊娠しません。一方、精子は3~5日ほど女性の体内で生き続けますから、排卵前のセックスでも妊娠します。排卵日が一番妊娠の確率が高くて、おおむね36%くらいです。
そして、ノルレボ錠は、排卵前に服用すると排卵を抑制する、あるいは排卵を遅らせることができるため、避妊が可能になります。僕たちの長い研究の結果、ノルレボ錠を服用することで、排卵がだいたい1週間ほど遅れることがわかりました。精子の生存期間は3~5日なので、排卵を遅らせれば、妊娠に直結することはありません。ただ、排卵後ならノルレボ錠を服用する必要がありませんから、排卵前なのか排卵後なのかの判断はとても重要です。僕のクリニックでは、研究の意味合いも含めて超音波などで排卵前なのか排卵後なのかを調べて、服用してもらうかどうかを決めています。
――ノルレボ錠を処方してもらえるのは、避妊に失敗したときや、レイプ被害に遭ったときですよね。
北村 避妊しなかった、あるいは避妊できなかった、そしてレイプされた場合など、いわゆる避妊が適切に行われなかった、あるいは十分でなかった性行為があった場合、72時間以内に1.5mg錠のノルレボ錠を服用することで、約90%の確率で妊娠を回避できます。避妊が十分でなかった場合とは、コンドームが破けたり外れたりしたとき、コンドームが膣内に落ちてしまった、膣外射精で不安だ、などという場合です。

――約90%の確率ということは、服用しても妊娠を回避できない場合があるということですか?
北村 例えば、服用前にすでに受精してしまっていた場合は、妊娠する可能性が高まります。着床するのを阻止する役割がノルレボ錠にどの程度あるのかについては、いろいろな議論があり、時期によっては妊娠を阻止できない場合もあるわけです。
また、ノルレボ錠は排卵を抑制したり、遅らせることで妊娠を回避しますが、一点だけ気をつけなければならないことがあります。排卵を遅らせたがために、ノルレボ錠服用後のセックスで妊娠をする危険性が高まります。先ほども述べましたが、卵子の生存期間は24時間で、精子は3~5日です。ということは、時期によっては緊急避妊が必要なかった人でも、排卵を遅らせたがために、その後のセックスによって受精してしまうんです。我々は、そこを見極めないといけません。
――ノルレボ錠はただ1錠飲んで終わり、というわけではないのですか?
北村 僕はノルレボ錠と一緒に低用量ピルを処方し、翌日から飲んでもらいます。これは「クイックスタート」という飲み方です。低用量ピルは、月経初日から飲むのが一般的ですが、この場合は7daysルールといって「1週間は避妊効果を期待しないでね」と伝えてから飲んでもらうわけです。そして、次の月経がくると妊娠が完全に阻止されたことがわかります。とはいえ、妊娠したか否かを早く知りたいと思うのは当然なので、ピルの1シート目(初めてのピル)は2週間くらいでやめさせます。すると、妊娠していない場合は出血(月経)が起こります。それからはピルの服用ルールに従って、7日間の休薬あるいは偽薬を服用してから、次のシートを続けてもらうことになります。いずれにせよ、ノルレボ錠服用3週間後に来院してもらって、次の確実な避妊法へとスイッチしていくわけです。このような指針をもとに、現在医療の現場では緊急避妊薬を処方しています。
――低用量ピルは、飲み始めに不正出血や吐き気といった副作用が起こることがあります。ノルレボ錠は一度の服用で避妊ができるということですが、その分、副作用も大きいのですか?
北村 副作用というと大げさなので、「マイナートラブル」と呼びます。ノルレボ錠が登場するまでは「ヤツペ法」という中用量ピルを使っていた時代がありますが、この場合は吐き気や嘔吐などの症状がありました。しかし、ノルレボ錠に関しては、僕たちの長い経験の中で、吐き気などのマイナートラブルはほとんどありません。
――今回、市販(スイッチOTC)化が見送られたのは「時期尚早」という理由でしたが、なぜそのような意見が出たのでしょうか?
北村 評価検討会議には日本医師会や日本産科婦人科学会、日本薬剤師会などが参加していたと聞きますが、参加された医師の話によれば、産婦人科のグループは非常に前向きな発言をしていたといいます。いささか後ろ向きだったのは、薬剤師会だったようです。薬剤師の教育レベルの状況を見ると、まだ時期尚早だと結論づけたわけです。
――手軽に手に入れられることで性が乱れる恐れがある、といった理由ではないのですね。
北村 僕は、ノルレボ錠を繰り返し使うのをいけないことだとは思っていません。緊急避妊は、早ければ早いほど妊娠率を下げられます。緊急避妊をしたいのに、医療機関が土日で閉まっているという可能性だってあり得ます。
緊急避妊についての情報を提供しておくことと、本当に必要な人が簡単に手に入れられる状況を作ることはとても大事です。緊急避妊外来を開設しながらいつも思うのは、今でもコンドームに凝り固まっている日本の人たちの避妊法、膣外射精でよかれと思っている人たちの避妊法を大きく変えるきっかけに、ノルレボ錠がなるということです。緊急避妊薬を簡単に手に入れられるのは大事なことだけど、女性が主体的に取り組める、より確実な避妊法へと行動を変容できるかどうか、このあたりがスイッチOTC化に向けた課題のひとつになると思います。
緊急避妊の情報をメディアが積極的に提供することも大事です。日本では、性犯罪被害者に対する支援事業が行われており、レイプ被害に遭った人は通常1万5,000円ほどかかる緊急避妊が無料です。都道府県によっても違いますが、性感染症の検査や中絶の経費が無料になる地域もあります。この支援事業は平成18年から始まっていますが、あまり知られていません。
(姫野ケイ)
(後編へ続く)




