昨年、スマホ向け顔認識カメラアプリ「スノー(SNOW)」が大ブームとなった。スノーは韓国のCamp Mobileが開発したアプリであり、フィルター機能(顔認識スタンプ)が豊富で、静止画だけでなく動画の顔にも即座にクマの耳や鼻などをつけることができるほか、一緒に写った人と顔を交換(フェイススワップ)、1人の顔を複製(フェイスコピー)もできる。若い女性の間では、小顔にしたり、目を大きくするのも簡単で「盛れる」と大きな話題となった。このヒットの要因について、若い女性の“盛り”文化について技術的な面から研究している東京大学大学院情報理工学系研究科の久保友香氏は次のように語る。
「要因は3つあると考えています。まず1つ目は、“リアルタイム”で手軽に盛れることがそれまでほとんどなかったこと。リアルタイムで顔認識し、盛れるアプリは、2013年シャープのスマートフォン『AQUOS PHONE EX SH‐04E』にプリインストールされた資生堂のメーキャップシミュレーターアプリ『ビジンメークナビ』などありましたが精度はいまひとつ。同じく13年から中国のMeituが生産するスマートフォンのシリーズ『Meitu Kiss』にプリインストールされている『美図秀秀』、日本では『Beauty Plus』と呼ばれているものは、性能はいいのですが日本では未発売でした。そんな中、スノーの顔認識技術は抜群に高かったのです。おそらく最先端の機械学習を使用しているのではないかと思われます」
機械学習とは、大量のサンプルを集めて解析することで、さらに解析能力を向上させていく人工知能の分野の1つ。スノーには、友達と画像を簡単に共有できるSNS機能があり、撮影した画像を投稿できる。ユーザーが増えれば増えるほど投稿される画像が増え、スノー自体の性能も向上していくのではないか、と久保氏は推測する。一般的に顔認識は白目と黒目の組み合わせに反応するが、スノーは白目と黒目の判別がしにくいスターバックスのマークや、アニメのキャラクターなども認識できるほど精度が高い。
「2つ目の理由として、スノーで加工した顔は本当の顔がわかりにくい。しかし、仲間同士で見れば誰だかわかる。“顔”という個人情報の消し方が絶妙なんです。それも技術力の高さによるものです」
久保氏によると、同じように動物の耳を付けるなどの加工ができるアプリ「Snapchat」は、実際の顔立ちが想像できてしまう。だが、スノーであればネット上に本当の顔を晒すことに抵抗がある人でも「スノーなら大丈夫」と気軽に撮ってSNSにアップできるのだという。
「3つ目として、クマやネコなどの加工を施すことにより、『遊びだから』『友達と楽しみたいから』といった“自撮りをすることへの言い訳”がつくことです。日本人の女の子は『ナルシスト』と思われたくないという気持ちが強いので、こうした言い訳できることは重要な要素。総合的に見て、スノーは、プリントシール機に次ぐすごいものが出た、という印象です」
■技術の発展によって、女の子の自意識が変わった
もっとも「自撮り=ナルシスト」という批判そのものも過去のものになりつつある。それには次のような経緯があるという。
2006年から女子高生の間で「Decolog」「CROOZ blog」といったケータイブログがじわじわと普及し、08~09年あたりにピークを迎え、一般の女の子たちが不特定多数に向けて情報を発信する時代になった。当時のケータイは、解像度や加工技術の問題から、あまり“盛れない”。そこで、女の子たちはプリントシール機で撮影した写真をこぞってアップするようになったという。
「プリントシール機は、09年にデカ目加工がピークとなり、完全にリアルとバーチャルの顔が分離してしまいました。当時ブログをやっていた子は、リアルのクラスメイトにはブログの存在を明かさず、バーチャルのアイデンティティを重視する傾向にありました。しかし、ネット掲示板などで、ブログ読者から『あの子の顔を実際に見たけど、ブスだった』『サギりすぎ(詐欺のようだ)』と叩かれるケースが多発するようになったのです」
転機となったのは11年、ネットワークと画像処理という2つの方向の技術革新だった。
「ネットワーク面では、ブログからSNSへ移行し、不特定多数への発信ではなく、身近な人とのコミュニケーションも重視されるようになりました。その影響により、女の子たちは、リアルで見られても批判されない程度の“盛り”を狙うようになったのです。そのニーズに応えるよう、プリントシール機の画像処理技術も向上し、ナチュラルな加工を売りにした機種『LADY BY TOKYO』が大流行しました」
“盛り”の欲求の裏側には、常に技術の革新があった。程度の差はあれ、長らく目を大きくする加工は続いているのも、単に「かわいい」というだけではない理由がある。
「私は、女の子たちが大きな目を求めるのは、目は大きく加工しやすいからだと考えています。逆に、江戸時代の化粧品は白粉が中心で、まぶたを白粉でぼかすなどして、目を細く見せやすやすかったから、細く見せることを求めたのだと考えています。明治・大正時代に黒い化粧品が生産されるようになったので、目を大きくする方向に向かった……という。現代においても、目元はアイシャドウ、アイライナー、つけま、カラコンと、たくさんの化粧品があるからこそ、微調整がしやすい。それにより、友人と協調したり、あるいは少し個性を出したりすることの調整も行っています」
ところが、目中心の“盛り”に、近年変化が起きているという。
「リップとチークを重視する方向に変わってきました。SNSの普及によって、個人の“盛り”よりも友達との仲のよさをアピールする傾向が強まってきたためです。女の子たちの間で、ペアルックをする“双子コーデ”が流行していますが、リップとチークをお揃いにすると、顔の双子感はかなり強まる。コミュニケーションを円滑にするためにグループで盛って一体化しているのです」
■盛り文化は世界へ広がる
スノーのブームは、今年に入って落ち着き、そろそろ女の子たちの間で飽きられてきているともいわれる。その要因について「お手軽すぎるからではないか」と久保は語る。
「女の子たちに、『なぜ盛るのか?』とインタビューすると、最終的には『自分らしくあるため』と言います。大人から見ると、盛った顔は均一化されて、個性がないように見えるのですが、彼女たちは前述したように、まずグループで一体化し、そのなかで細かい差異を付けて個性を出そうとしているのです。例えば、つけまつげが流行していた時期は、大人から見ると同じようなメイクでも、それぞれつけまを組み合わせてカスタマイズしていました」
プリントシール機の加工も、一見同じように見えるが、次々に世界観やコンセプトの異なる機種が登場し、女の子たちのマニア心をくすぐっているのだという。
「ところが、スノーはあまりに簡単に盛れてしまうので、彼女たちがカスタマイズして微妙な個性を出す余地がない。スノーがもう少し女の子たちの手を加える隙を作れば、ブームはもっと長続きするかもしれません」
最後に、久保氏はこの盛り文化は、「今後、世界に広がっていくだろう」と語る。
「1995年にプリントシール機が生まれ、女の子たちは友達とシールを交換するなどして、実際には会ったことのない友達の友達などにも顔が知られるようになり、約20年を経て、すでに日本の女の子たちは、ネット上の自分=“バーチャル・アイデンティティ”と現実の自分、2種類の自分を巧みに操っています。今、世界ではSNSが普及して、ようやく日本の女の子の95年段階の状態……つまり、“会ったことのない人に自分の顔を知られる”ことを体験しているわけです。2025年には、世界70億人のほとんどがオンラインに接続するようになるといわれており、誰もがバーチャル・アイデンティティを持つようになるでしょう。今後どうなるか、女の子たちが通ってきた道のりは参考になります。実際に目を大きくするわけではありませんが、本当の顔を隠して仲間内では認識できるような加工という意味での“盛り”の技術と文化を、世界中の人が真似をしていく時代になるのではないでしょうか」
「Moreteru!」が世界共通語になる日はそう遠くない。
(安楽由紀子)
久保友香(くぼ・ゆか)
1978年、東京都生まれ。2000年慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科卒業。06年東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。14年より、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員に就任。専門はメディア環境学。“なりたい自分になる”ことを叶える技術を「シンデレラテクノロジー」と名づけ、現在その研究を行っている。
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