秋篠宮ご夫妻と国民に「謝らない」小室佳代氏は、話が通じない? 小室圭氏と眞子さまの結婚問題が「解決しない」理由を探る

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「息子は全部自分で決めてやるタイプなんです」小室佳代氏
「週刊文春WOMAN」2021年夏号(文藝春秋)

 フジサンケイグループ生みの親、鹿内氏一族について書かれた『メディアの支配者』(講談社)を読んだ。北海道・寒村に生まれた鹿内信隆氏がいかにしてのし上がり、フジサンケイグループのトップとして強権を振るうようになったかが描かれている。信隆氏は美術品のコレクターとしても知られ、箱根にある「彫刻の森美術館」を開くなど、美術に造詣が深かった人物だ。同書ではその理由を、鹿内家にある“狙い”があったからではないかと推測している。

 フジテレビは、“文化芸術のノーベル賞”といわれる「高松宮記念世界文化賞」の授賞式を同局地上波で放送するなど、積極的に“応援”しているが、この賞は財団法人日本美術協会が主催しており、戦前から皇族方が総裁を務められている。文化芸術を口実に、鹿内家は日本最高のブランド・皇室とお近づきになりたかったのではないか、と著者は分析しているのだ。

 そして、同じような思惑を感じさせる親子が、今、皇室を揺るがしている。秋篠宮家のご長女・眞子さまとの結婚問題の渦中にいる、小室圭氏と小室佳代氏だ。

 眞子さまと小室氏は2017年9月に「ご婚約内定会見」を行ったものの、その後、週刊誌によって小室家のさまざまな疑惑が報じられ、18年2月に宮内庁が結婚延期を発表。これから2人はどうなるのか、いまだに先が見えない。だからこそ、国民の関心が高いのだろう。毎日のように眞子さまと小室氏について報じられた記事が、ネット上にアップされる。

 たとえば、今年6月16日配信の「デイリー新潮」は、「小室圭さん、納采の儀の費用が“払えない” 秋篠宮家ご負担案が浮上していた」とスクープ。庶民の結納にあたる「納采の儀」を行うにあたり用意すべき品を示された際に、小室氏が「こんなにかかるんですか?」「母子家庭ということもあって、金銭的な余裕がなく……」と答えたため、秋篠宮さまが費用を肩代わりするおつもりだったというもの。

 この記事が「Yahoo!ニュース」に転載されると、8,000件以上のコメントが集まり、「破談にすべきだ」「俺たちの税金を1円も使うな」といった怒りの声も書き込まれた。眞子さまと小室氏のニュースは、通常のニュースと比べるとコメント数が桁外れに多く、不快感があらわになっているものばかりだと感じる。

 確かに、今の小室氏は叩きやすい。大手銀行に勤めている間に眞子さまにプロポーズしたが、結婚の意志が固まると退職。小室氏は国際弁護士になるために猛勉強しているようだが、「今年30歳になるのにまだ定職についていない」という見方をする人もいるだろう。さらに「週刊女性」(主婦と生活社)が報じた、母親である佳代氏と元交際相手の間で起こった400万円もの金銭トラブルや、今年4月に小室氏が発表した説明文書の中で繰り返された「借金ではないから、払わない」「借金じゃないのに、借金と言われて傷ついた」といわんばかりの文章を読めば、状況証拠的に「眞子さまの一時金目当て」「ロイヤルブランドを利用している」など、「小室家が皇室に近づくための結婚」と見て批判する人がいてもおかしくない。

 こうして「カネに汚い親子」というバイアスがかかってしまっている今、小室氏親子は世論に対してとても不利だ。

 たとえば、「週刊文春」20年12月17日号(文藝春秋)は、佳代氏が元婚約者に「次回は代官山ASOでキャビアのパスタを是非!」「今年は圭の大好きな恵比寿ウェスティンHの『龍天門』でお祝いDinnerしたく」というメールを送ったと報じている。2人が当時恋人同士であったことを考えると、佳代氏のおねだりがそれほどおかしな話だと私は思わないが、高級店の名前が上がっていることから、「ほら、やっぱりブランド好きでカネがかかる!」と見る人のほうが多かっただろう。

 しかし、佳代氏と元婚約者については、金銭トラブルを円満に解決できなかったことが問題のはずであり、それがいつのまにか「カネに汚い佳代氏」という“虚像”が作りあげられ、一人歩きし続けているように私には思える。

 その佳代氏について、「週刊文春WOMAN」2021年夏号(同)は「小室佳代さん密着取材一年」というタイトルで、同誌記者とのやりとりを掲載した。取材当初は頑として記者の取材に答えようとしなかった佳代氏だが、記者に子どもがいることがわかると、笑顔で会話を交わすようになったとか。小室氏親子については、マスコミで“一卵性母子”や“佳代さんの操り人形”と書かれることも多いが、佳代氏は「息子は全部自分で決めてやるタイプなんです」「(圭氏は)中学でインターナショナルスクールに進学することも自分で決めました」と語り、自身は過干渉な母ではないと主張している。

 また、佳代氏本人に対する報道については、「誤った話が広まるのは本当に苦しい。一つ一つ訂正してもキリがないくらい」「二年ほど前には周りの人たちに『さようなら』と別れを告げて、いなくなろうとしたんです」など、間違った報道によって精神的に追い込まれ、命を絶とうとしたかのように思える発言もしている。さらに、元婚約者からは突然婚約破棄を言い渡され、それまで総額400万円の支援を受けていたため「清算はどうすればいいんですか」と聞いたところ、元婚約者から「差し上げたものです」と言われていたのに、それから1年後に「お金の返済を求めるお手紙」が届き、衝撃を受けたと告白。「話が膨らみすぎてしまって、信じてもらえないかもしれませんが、これが本当の話です」と話していた。

 交際していた恋人が、別れた後に「あの時のカネを返せ」と言うのはよくあることだろうし、そのあたりの問題は法律の専門家にゆだねるしかない。物事はどこから見るかで印象は違ってくるので、佳代氏から見て「間違った報道」がなされているのも事実だろう。当事者のみが真実を知っている以上、小室氏親子が本当に「カネに汚い」かどうかは第三者にわからず、報道や世間が作り上げた虚像の部分もあるのではないだろうか。

 しかしその一方で、小室氏親子には、独特の話の通じなさがあるようにも感じた。

 「週刊文春WOMAN」に掲載されなかった可能性もあるが、佳代氏は記事の中で「お騒がせして申し訳ない」というニュアンスの発言をしていない。眞子さまに対しては、「ご心労をおかけして本当に申し訳なく思っています」と言ったものの、秋篠宮ご夫妻には言及せず、国民に対する言葉も見当たらない。

 警察のお世話になるような「悪いこと」をしていないのだから、謝る必要はないと思っているのかもしれないが、自分のせいで愛する息子の結婚にブレーキがかかり、眞子さまや秋篠宮ご夫妻までバッシングにさらされ、「皇室不要論」を主張する国民まで現れた状況を考えれば、本心は別として、大人であり、親でもある立場から、エクスキューズ的な一言があってもいいのではないだろうか。「法に触れたわけではないから、謝らない」「でも、自分が傷ついたことは主張する」のは、小室氏の説明文書とそっくりで、話の通じなさは「よく似た母子」に思えて仕方ない。

 オトナの世界では、「やりたいことをやるには、義務も果たす」のが暗黙のルールだ。上述したように、小室氏は結納の費用がかさむとわかった際、「母子家庭ということもあって、金銭的な余裕がなく……」と発言したようだが、その言い分が通るのは学生時代までだろう。一般的に、自活すべきとされる年齢をすでに超えており、幸いにして高い教育を受けているわけだから、眞子さまと結婚したいなら、仕事をして結納金を貯めるのは、小室氏の義務のようなものである。「母子家庭だから」という言い訳は通らないだろう。

 週刊誌などで報道されている通り、小室氏は早くに父親を亡くし、母子家庭で育った。もしかしたら、母子ともども肩身の狭い経験や、心もとない思いをしたことがあったかもしれない。そうだとしたら、お気の毒なことだと思うが、それは同時に「個人的な事情」でもある。どの家族にも事情はあるわけで、「母子家庭」を伝家の宝刀のように振りかざす小室氏親子は、思考回路が自己中心的すぎやしないだろうか。

 秋篠宮さまご夫妻や国民は、金銭トラブルの解決を求めているのに、この親子は常に、自分たちの事情と気持ちを訴えている。それでは当然、ご結婚問題はいつまでたっても解決しない。2人に悪気はないのだろうが、やはり「言っても言っても話が通じない人」に思えてしまうのだ。

 親と子は別人格だが、一緒にいる時間が長い分、思考回路や行動パターンが似てしまうのは否めない。親から刷り込まれた“常識”が良くも悪くも壊れるのは、社会に出てさまざまな人の価値観に触れたときだろう。社会人になった子どもが「うちの親って常識あると思っていたけど、そうでもないな」と気づいても、それは親に対する批判ではなく、成長の証しととらえるべきだと思う。

 しかし、小室氏は新卒で入った銀行を辞めてしまい、その後はアルバイトや学生生活を送っているため、同世代と比べて、社会人経験が圧倒的に少ないはずだ。こうなると、親である佳代氏の基準やルールの中で生きるしかなく、結果的に、一般社会から浮いてしまう。眞子さまはプリンセスなので、世間を知らないのは当たり前だと思うが、このままでは、眞子さまと小室氏親子の3人は“世間知らずスリートップ”として、日本からどんどん孤立していくだけではないか。

 子どもが経済的に親から独立すると、自然に親の精神的傘下から逃れようとすることも多い。佳代氏の個人的な人となりは別として、30歳を迎えようとする子どもが母親の価値観で行動しているなら、あまりに情けない。小室氏は一刻も早く社会に出て、佳代氏から学んできた“常識”を壊すべきだろう。

清原和博、「ベストファーザー賞」に異論はないが……“同じ罪”でも「ベストマザー」になれない酒井法子に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「一番悪い父親が…」清原和博
清原和博公式Twitter、6月15日

 元プロ野球選手の清原和博が、日本生活文化推進協議会などが主催する「ベスト・ファーザー賞in関西」を受賞した。これは関西にゆかりがあり、“明るく楽しい家庭づくりやユニークな子育てをしているお父さん”に送られる賞で、清原が「挫折の中でも2人の息子に向き合い再起を果たそうと前向きに生きている」ことが授賞理由だという。清原は授賞式が行われた6月15日、自身のTwitterに「一番悪い父親が…。感謝しか出て来ない」と投稿し、恐縮する様子を見せていた。

 清原は2016年に覚醒剤取締法違反で逮捕され、懲役2年6カ月、執行猶予4年の有罪判決を受けた。一時期、2人のお子さんと交流は途絶えていたようだが、19年3月に再会を果たす。長男が大学野球部に入ったこともあり、「父子鷹なるか?」とマスコミの注目を集め、その姿を見守る清原について、好意的に伝えるネットニュースもよく見かけるようになった。

 順調に社会復帰しているように見える清原だが、薬物というのはそう甘いものではないらしい。清原の公式YouTubeチャンネル「清ちゃんスポーツ」では、現在も手の震えや耳鳴り、不眠などの後遺症に悩んでいることを明かすなど、薬物と完全に手を切ることの難しさを語ったこともある。

 一歩間違えば悪い方向に行ってもおかしくない、まだ不安定な状態の清原を「ベストファーザー」と言うのはおかしいと思う人もいるだろう。清原がどんな父親かを決める権利があるのは2人のお子さんだけだが、父親が警察のお世話になってハッピーな思いはしないだろうから、子どもたちの心を傷つけた清原を「ベストファーザー」と呼ぶのはいささか無理があるように思う。

 しかし、この賞に限らず、“ベスト〇〇”というのは商業的なイベントである側面は否めない。そうなると、「ベストファーザー賞」の場合は「真面目に働く、名もない市井のお父さん」よりも、その年に注目を集めた人や、旬な有名人に賞を与えて、「ベスト○○賞」そのものの知名度を上げる狙いもあるのではないだろうか。

 主催者側だけでなく、受賞者にとっても得があるはずだ。ネット上で「清原は賞を辞退すべきだ」という意見を見たが、人前に出る商売の人は「〇〇賞受賞」のような肩書は多いほうがいいし、こういう賞が次の仕事につながる可能性もある。ビジネス的な観点でいえば、少しでもイメージアップを図りたいはずの清原が辞退するのは損だろう。

 なので、清原が「ベストファーザー賞」をもらうことに異論はないが、ここで考えてしまうのは「父親の役割とは何か?」ということである。その前に、清原と同じように覚醒剤で逮捕された子持ち芸能人のケースに触れたい。

 覚醒剤で逮捕された有名人といえば、女優・酒井法子が思い浮かぶ。酒井に限らず、違法薬物で逮捕される芸能人はたくさんいるが、酒井の場合、“失踪”が印象的だった。

 2009年、酒井の夫だった自称プロサーファー・高相祐一が、覚醒剤所持の現行犯で逮捕される。現場にかけつけた酒井も任意で尿検査を求められたが、「絶対に嫌です」と拒否。「子どもを預けているから」との理由でその場から去り、そのまま行方がわからなくなった。

 芸能人の夫が覚醒剤所持――。これだけでも、マスコミが大騒ぎすることは目に見えており、酒井の失踪後、世間では「自殺をはかろうとしているのではないか?」という見方も出てきたが、その後、警察は家宅捜索で酒井の自宅から覚醒剤と吸引器具を押収。こうなると、酒井は夫の逮捕にショックを受けて“失踪”したのではなく、体内から覚醒剤の成分を抜くために“逃亡”しているという見方が強くなった。結局、酒井は弁護士に付き添われて警察に出頭し、逮捕。裁判で懲役1年6カ月、執行猶予3年の有罪判決となる。

 現在、酒井の執行猶予はとっくに明けているが、コンプライアンスに厳しい昨今、芸能界への復帰は簡単なことではない。とはいえ、今はテレビに出ることだけが芸能活動という時代でもないのだ。今年5月に個人事務所「株式会社スマイル」を立ち上げ、YouTubeチャンネルを開設した酒井は、タレントとして新たな地盤を固めようとしているのだろう。また、同6日配信のニュースサイト「AERA.dot」のインタビューでは、社会人になる長男が酒井のYouTube動画を見て「あーでも、めっチャ、カッコ良かったよ。がんばれ」と、応援してくれたエピソードも語られている。

 再犯することもなく、個人事務所を立ち上げて再出発、さらに息子を社会人になるまで育て上げた立派なお母さんだと思うが、そんな酒井を評価して「ベストマザー賞」を送ろうという動きは、今のところない。同じ罪を犯しても、清原は許され、酒井は許されない。それは酒井が「母親なのに」罪を犯したからではないだろうか。

 「ベストマザー賞」といえば、清原の元妻でモデルの亜希は、2011年5月に「第4回ベストマザー賞」を受賞している。この賞は、清原が受賞した「ベスト・ファーザー賞in関西」とは違う団体が運営する賞なので、選考基準は違うことも考えられるが、ここでどうしても気になることがある。

 賞を受賞する前の亜希は、お子さん2人を超名門小学校に入学させ、自身も08年から10年までファッション誌「STORY」(光文社)のカバーモデルを務めるなど、公私ともに絶好調だったといえるだろう。こうした活躍が評価されて「ベストマザー賞」に選ばれるのは当然とも思えるが、これは「子どもも自分も一流でなければならぬ」という、母親にかけられた“圧”の裏返しに感じる。

 対する清原は、覚醒剤で逮捕される前から、不倫報道や入れ墨の問題などで週刊誌をにぎわせてきた。16年2月発売の「週刊ポスト」(小学館)によると、清原の右腕には上を向いた2匹の龍が彫られていて、これは「2人の息子を思ってのもの」だと書かれているが、本当に息子さんのためを思うなら、入れないほうがよかったのではないか。

 やんちゃをしても「前向きに生きている」ことが父親の役割なのに対して、母親は「夫や子どもを大成させ、自分も美しくある」ことがマスト。薬物依存症と戦う清原のことは応援したいが、その一方で、「父親と母親に求められるものの違い」にちょっと首をかしげたくなるのも事実である。

太田光は「パワハラ」、有吉弘行は「いい先輩」? 対照的な“後輩指導”に学ぶ、年長者の「無難な選択」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「パワハラだって思われるのは、まだその人の表現力が足りないんだよ」爆笑問題・太田光
『太田伯山ウイカの「はなつまみ」』(テレビ朝日系、6月2日深夜)

 人気バラエティ番組『「ロンドンハーツ』」(テレビ朝日系)で「後輩にちゃんと慕われている? 相思相愛ウラ取りグランプリ」というコーナーがあった。オアシズ・大久保佳代子やFUJIWARA・の藤本敏史ら中堅芸人は、本当に後輩からに好かれているのか確かめる企画だ。ここで明らかになったのは、先輩芸人から後輩芸人に対しての“気遣い”である。

 「芸人の世界は縦社会」だと言われることもあるが、この企画を見ると、先輩も後輩に結構気を使っている。大久保は「先輩面というか、恩着せがましい感じで接しない」と話していたし、藤本は「お笑いの話はあえてせず、おいしい店に連れて行く」と明かしていた。

 しかし、後輩たちは数多くいる先輩のうち、この2人を「一番いい先輩」に認定しなかった。藤本に関しては、お笑いの話をしないため、「学ぶことがない」という後輩の意見もあったし、彼がチョイスする名店の食事も、特にありがたいと感じていなかったようだ。対して「お世話になっている先輩」として最も名前が挙がったのは、有吉弘行。毒舌で知られるタレントだけに意外な気もするが、有吉は後輩の出演した番組をよく見ていて、褒めてくれるのだという。こうした意見を聞き、当の本人は「後輩の話を聞いて、ずっと笑っているだけ」と話していた。

 有吉のケースから考えると、

・仕事の話を聞いてくれて、ダメ出しや否定ではなく褒めてくれる人
・「いつも自分を気にかけている」と感じさせる人

 これが現代の「いい先輩像」といえるのではないだろうか。

 有吉自身、『進め!電波少年』(日本テレビ系)の出演を機に人気者になるも、すぐにブームは去り、ぱったり姿を見せなくなった。しかし、品川庄司・品川祐を「おしゃべりクソ野郎」と呼んだことが話題になり、芸能人にあだ名をつける芸で再ブレーク。今ではバラエティ番組で引っ張りだこの存在だ。ほかにも、「這い上がるにはADに気を使え」など、地獄を見た有吉だからこそ語れる話もあり、くすぶっている後輩芸人たちにとって、有吉以上の相談相手はいないように思う。

 しかし、有吉は単なる“いい人”ではない。『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)で、ある時、若い世代のスタッフなどには「注意をしない」という話になり、共演のマツコ・デラックスは「嫌われたくない」「自分が損だから」と、その理由を語っていた。これはつまり、スタッフや芸人など、自分より目下の世代に正すべきところがあっても、彼らはあえてスルーしているのだろう。 

 またそれは一方で、「求められていないことは言わない主義」とも考えられるだろう。『ロンドンハーツ』を見る限り、後輩は先輩に「あれはダメだ」と言われたら、それが芸に対するダメ出しだとしても、自分の人格を否定されたように受け止める人が多かったように思う。だとすれば、有吉のように「ダメ出しはしない」のは賢明な判断なのかもしれない。

 一方で、爆笑問題・太田光が、有吉とは対照的な後輩指導について明かしていた。

 6月2日深夜放送の『お願いランキング!』(テレビ朝日系)の水曜コーナー「太田伯山ウイカの『はなつまみ』」に出演した弘中綾香アナウンサーが、テレ朝のいち社員として、仕事の一つである「後輩育成」の難しさを吐露した。自身は新人時代に「こんなんじゃダメだとか、もっとやれとかスパルタ」な指導を受けてきたが、今の時代に同じことをやるとパワハラだと言われかねないので、どこまで注意すればいいのかわからないそうだ。

 これに対し、太田はある経験談を披露。解散が決まった後輩芸人に「解散するならネタを見せてみろ」と要求した太田は、「ここはこう(やれ)」などと6時間にも渡って指導をしたという。太田は善意で後輩を指導したのだろう。「これは技術指導だから、パワハラにはならないわけ」と主張したが、共演者であるタレント・ファーストサマーウイカは「パワハラに取る人いますよ」、神田伯山も「俺も横で聞いてて、パワハラだと思ったもん」と同意してみせた。

 太田は「パワハラだって思われるのは、まだその人の表現力が足りないんだよ」とも語っており、教える側に卓越した能力があれば、受け手はパワハラだと取らないと考えているようだ。しかし、私も太田の指導はパワハラだと思った。後輩がそれを求めていたのならまだしも、もう解散すると決意した芸人に、今さら指導してどうなるのか。後輩もいくら太田の善意だとはいえ、指導を「もう結構です」とは言えないだろう。

 一方、芸能界で「とにかく売れたい」と思う人なら、先輩のアドバイスを求め、基本的には受け入れるはずだ。また、太田のファンならば、仮に解散や引退が決まっていても、太田に直接指導してもらえるのは夢のような話で、キツいことを言われてもパワハラとは取らないと思う。要するに太田は、「後輩に求められていること」がわかっていなかったのではないか。

 とはいうものの、先輩のどんな言葉でもパワハラだと感じやすい受け手がいることも事実だろう。「自分について考えてばかりいる人」や「相手のことを考えられない人」が、それに当てはまると思う。

 芸能界は努力したからといって、それが必ず報われる世界ではないが、「売れたいけれど、売れない」時の対策として考えられるのは、「相手を研究すること」だろう。仕事をもらえる人と自分の違いを比較したり、仕事を与える側(番組のプロデューサーなど)はどんな芸が好きか、何を求めているのかを分析することで、自分の足りない部分を補強するのだ。

 けれど、「自分について考えてばかりいる人」や「相手のことを考えられない人」は、それができない。「私は売れていない、だからやめよう」でも「私は売れていないけど、まき返すぞ」でもなく、「売れていない私、かわいそうな私」というふうに、私の評価、私の価値みたいなものばかりを気にするので、次の手を打てない。

 この状態に陥ると、先輩の“指導”は“ダメ出し”にしか聞こえず、「傷つけられた」「パワハラだ」と思うのではないだろうか。売れていない自分を俯瞰で見られるかどうかがポイントで、客観性がない人はパワハラに敏感なのだと思う。

 こうして整理すると、先輩が後輩に求められていることを理解せず、しかもその後輩が「自分について考えてばかりいる」「相手のことを考えられない」タイプである場合、あらゆるハラスメントにつながっていくことがわかる。

 その結果、有吉のように「ダメ出しはしない」のが、先輩として最も無難な選択肢になるのだろう。 

 芸人や料理人など、職人気質な世界は上下関係が厳しく、一昔前まで、ある意味パワハラは当たり前だった。その代わりと言ってはなんだが、師匠は弟子の将来や生活設計にある程度の責任を持った。だからこそ、弟子は師匠についていくのだと思う。しかし、今はそんな濃密な人間関係は好まれないし、お金や時間を使って人を育てることを、責任が重く割に合わない行為とみなす年長者も増えている。

 そんな時代に若い人を指導しようと思ったら、注意すべきは“善意”ではないだろうか。おそらく太田は善意で後輩を指導したのだろうが、実はこれが一番厄介で、善意ゆえに歯止めが利かないし、周囲も指摘しにくい。指導をするなら、「相手の人生に責任を取る」くらいの覚悟がないといけないのかもしれない。

熊田曜子の発言だけで、夫を“悪者”と決めるのは不公平? 「夫婦はどっちもどっち」だから“悪口”は難しいと思うワケ

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羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

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「すべて事実です」熊田曜子
本人直筆コメント、5月31日

 若かりし頃のビートたけしが、写真週刊誌「フライデー」(講談社)編集部を襲撃したことがある。

 当時、既婚者だったたけしは、妻とは違う女性と交際しており、その女性に対して同誌が強引な取材を行ったとして、たけし軍団の若手芸人を連れて編集部に押しかけた。その結果、傷害事件に発展し、たけしは懲役6カ月、執行猶予2年の判決を受けている。

 世間では、報道(言論)に対し、暴力で報復するのは民主主義に反するとたけしを叩く声が上がっただけでなく、編集部の強引な取材方法にも非難が集まった。そんな中、マスコミはたけしの実母・北野サキさんにコメントを取りに行ったが、彼女は「あんなどうしようもないやつは、死刑にしてください」という返答で、報道陣を爆笑させたという。

 自分の息子を死刑にしたい母親は、そうそういないだろう。「本来なら、かばうはずの身内が、死刑でもいいと思うほど怒っている」と突き放すことで、「お母さん、そこまで言わなくても……」と世間のたけしに対する溜飲を下げさせたのだと思う。実際、のちにたけしが「あんなことを言ってひどい」とサキさんに抗議すると、「ああ言わないと収まらなかった」と、愛ゆえの行動だと説明したそうだ。

 サキさんのコメント力はたいしたもので、たけしの前妻・北野幹子が不倫騒動を起こした際は、押し寄せたマスコミに対し「夫婦のことは、どっちがいいとか悪いとかない」と、今度は息子であるたけしも、その妻の幹子も責めない発言をした。

 なぜフライデー襲撃事件の時は息子を強く責め、妻の不倫は責めないのか。フライデー襲撃の事件は明らかに法律違反で、警察のお世話になる案件だし、被害者も存在するから、罰を与える必要がある。しかし、不倫の場合はそうではない。

 確かに、妻の不倫はいいことではないが、のちに報道された通り、たけし自身も妻子がいる身でありながら、“恋愛”をやめてはいなかった。家庭を顧みない夫の行為が妻を傷つけ、ひいては不倫の遠因となった可能性はゼロとはいえないだろう。「夫婦のことは、どっちがいいとか悪いとかない」というサキさんの言葉は、「たけしも幹子も、どっちもどっち」の意味だと思われる。

 しかし、離婚の場合は少し話が違ってくる。タレントたちは夫婦関係を解消する際、「相手が悪く、自分にまったく非がない」と言いたいのが本音ではないだろうか。特に女性タレントの場合、ひと昔前なら、離婚するとオファーが減ることもあったが、今は「離婚しても健気に頑張るシングルマザー」といったイメージがつけば、それを仕事に生かすこともできる。なので、夫婦間がうまくいかなくなると「夫のひどい仕打ち」を匂わせるタレントは多い。

 熊田曜子も、その一人だろう。『ノンストップ!』(フジテレビ系)に出演した際、干渉してくる義母の存在や、夫が手の込んだ料理を作っても食べないことを明かしていた(夫は手の込んだ料理よりも、刺身やサラダなど「切っただけ」の料理を望んでいるそうだ)。ネット上では「面倒くさい姑」「モラハラ夫」といった意見も見られたが、熊田の発言だけを聞いて判断するのは、いかがなものかと思う。

 断っておくが、「妻は義母や夫の言うことに従うべき」と言いたいのではない。熊田の義母や夫にもそれぞれ言い分はあるはずだし、熊田が明かしたエピソードの前後に何があったかもわからない。一般人である義母や夫は、熊田ほどメディアでの発言権が強くないことを考えると、彼らを一方的に“悪者”だと決めつけてしまうのは、アンフェアではないかと思うのだ。

 熊田といえば、雨が降っていた休日に3人のお子さんを連れて出かけた都内某所の児童館で、「大人1人に子ども2人まで」というルールのために入室を断られたとオフィシャルブログに書いて炎上したことがある。児童館の場所を正確に書いていること、また、雨が降っていることを書き添えるあたり、ちょっと“責めグセ”があるのではないか。発信力のある熊田が児童館の場所を明記すれば、そこにクレームをいれる人もいるだろうし、「雨が降っていた」という言葉には、「雨で大変な中、わざわざ出かけたもかかわらず」というニュアンスがにじんでいるような気がする。

 熊田の失望もわかるが、児童館の職員はルールに基づいた仕事をしたまでで、この対応が「悪い」とは言えないだろう。もちろん、子どもを連れて行った熊田もまったく悪くない。自分と相手がいることだと、「自分(相手)が正しい、相手(自分)が悪い」と、つい白黒つけたくなることは多いが、実際は「自分も正しい(間違っている)、相手も正しい(間違っている)」というケースは多くあり、それは夫婦関係において最も生じるのではないかと思うのだ。

 熊田夫婦の関係は悪化の一途をたどっていたようで、5月18日、顔を叩かれたとして熊田が110番通報し、夫は暴行罪で逮捕された。熊田は被害届を取り下げず、双方が弁護士を立てて話し合いをしているとの報道も出たため、離婚は時間の問題だと思われた。

 そんな中、6月1日発売の「フラッシュ」(光文社)は、「夫の長年の友人」の話として、夫が熊田に暴力をふるったきっかけは、彼女の不倫を疑ったからであり、またその“暴力”も、熊田が被っていた布団をひきはがした瞬間に、手が顔に当たってしまった“偶然”だと話していた。

 くしくも、この報道がネットニュースとして配信された5月31日に、熊田は離婚を発表。「報道されております通り、令和3年5月18日の深夜、私が夫から暴行を受けたこと、身の危険を感じた私が警察に連絡したこと、駆けつけて下さった警察官に夫が逮捕されたこと、私がこの件について被害届を提出したことなどはすべて事実です」「夫からの暴力行為は今回が初めてではなく、夫が帰宅する時間が近づくと恐怖を感じようになってしまっており、そのような状態でこれ以上婚姻生活を継続することは難しい」とつづっている。もちろん、暴行の事実があったなら、それは許されることではないが、自身の不倫疑惑報道が出てしまうと、“不倫疑惑の妻”と“暴力夫”という、「どっちもどっち」な印象が強くなるだろう。

 これまで沈黙を守ってきた熊田の前夫だが、離婚して他人になってしまえば、ある意味自由に発言できるはず。本人が語らなくても“知人”の話として、今後、熊田に関する真偽ないまぜのネガティブ報道が出てくる可能性は否めない。これまではメディアにおいて熊田の発言権が強く、義母や前夫の愚痴を聞いた世間は、彼女に共感や同情をしていた。しかし、今回の離婚を経て「どっちもどっち」になったことで、前夫の声も熊田の声と同等に届くようになるだろう。

 そうすると、たとえ間違った情報であっても、イメージに傷がついて痛手を負うのは、世間にその姿を知られていない一般人の前夫ではなく、タレントである熊田のほうではないか。

 夫の悪口といえば、タレント・上沼恵美子のお家芸だが、彼女は「夫のいいつけに従って、仕事をする範囲は西は姫路、東は京都まで」「三歩下がって歩く」「夫とケンカしたときは、自分が必ず謝る」ことを自分に課していたという。ここまで徹底して“夫と妻の関係”を世間に提示するからこそ、テレビ局勤務の一般人である夫の愚痴をこぼしても、実生活に支障をきたさず、かつ「あれは芸です」と煙に巻くこともできるのだろう。

 夫の悪口は共感を集めやすいテーマかもしれないが、実は相当な腕を必要とするもの。熊田ほかママタレ各位は、簡単に手を出してはいけない領域だと肝に銘じるべきかもしれない。

田中みな実は、なぜ「怒られたくない」のか? 完璧な自分のウラにある「異様に怖がる」気持ちを読み解く

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私を怒らないでください」田中みな実
『グータンヌーボ2』(5月25日、関西テレビ系)

 若い世代の女性と話していると、「自分は職場で嫌われている」「自分は仕事ができない」と感じている人が多いことに気づく。なぜそのように思うのかと聞くと、「怒られたから」と彼女たちは言う。

 仕事でミスなり不手際があって、先輩に「間違っていたよ」とか「直しておいてね」と指摘される。それが彼女たちにとっては「叱責」や「否定」に感じるということだろう。それでは、「叱責と指摘の境目は何?」と聞くと、彼女たちは口ごもってしまう。

 誰だって怒られるのは嫌に決まっている。しかし、仕事をしている以上、ミスは避けられず、そうなると先輩や上司はそれを注意しないわけにはいかない。仕事のミスにかこつけて、人格否定をしてくる人もいるので注意は必要だが、いちいち「怒られた」「嫌われる」と思っているのだとしたら、生きにくくないだろうか。

 しかし、当たり前のことだが、若い世代の全員が「怒られた」と落ち込むわけではない。「怒られた」と落ち込む人と「これは指摘だ」と自分を正せる人の境目はどこか? その答えをくれるサンプルのような人を見つけた。フリーアナウンサー・田中みな実である。

 5月25日放送の『グータンヌーボ2』(関西テレビ系)に出演した田中は、「人生で一番怒られたときは?」というトークテーマに対し、「怒られると不本意な気持ちになる」「私を怒らないでくださいと書きたい」「異性にも怒られたくないし、ちょっと指摘されたりすると『えっ』ってなっちゃう」とし、その理由について「(子どもの頃から)怒られてこなかった」と話している。

 今は「怒らない育児」や「ほめて育てるという考え方」が浸透しているので、「怒られたことがないから、怒られることが必要以上に怖い」という自己分析は正しいと思う。さらに田中の場合、TBSの女子アナとして明石家さんまら大物芸能人にかわいがられてきた“実績”がある。芸能人や周囲にチヤホヤされている分、彼女に非があったとしても、それを指摘して面倒なことになるのを避け、言葉を飲み込んでしまう先輩や上司もいたかもしれない。

 けれど、「怒られる」ことを恐れる原因が「怒られ慣れていない」ことだけかというと、そうとも思わない。というのも、この番組で、彼女の「怒り」に対する不公平さがよく見えたからだ。

 同番組の冒頭、田中は歌手・中島美嘉、元NMB48・吉田朱里と鼎談していた。田中は中島について「私の青春」「大好きで大ファン」と語る。田中は番組MCであるから、ゲストを迎える側の立ち位置といえるだろう。だから、基本的にはゲストに気持ち良く話してもらうことが仕事なはずだし、大ファンのアーティストなら相手を敬いつつ、面白い話も聞き出せるはず……と思いきや、実際の田中は割と失礼であった。

 中島が「初めまして」と頭を下げるが(実際は、田中が局アナ時代にインタビューをしているので、初めてではない)、田中は頭を下げない。中島が美容に関して教えを乞えば「割とズボラですか? メイクとか」「やらなさそうなイメージ」と決めつけるなど、どこか「上から目線」なのだ。

 極めつけは、10年前に会った時の中島を「姿勢が、こう」と猫背で前かがみの姿勢で示し、その後に「今のほうがピンとしている」と補足していたが、わざわざこの場でその話を明らかにする意味はあるのだろうか? ここでのポイントは、カメラが回っているわけだから、中島は田中に指摘できないことである。

 そもそも、田中の感覚は不思議だ。番組MCの俳優・満島真之介は若かりし頃、有名演出家・蜷川幸雄氏の作品に出演したときに、蜷川氏の話が長かったこともあって眠くなり、大きなあくびをしてしまったそうだ。それが蜷川氏に見つかり、「俺はあくびされるような演出家になったのか~」と激高され、座っている椅子を投げられたという。このエピソードに対し、田中は「どうかと思うもんね」と満島の態度に疑問を呈していたが、上述した通り、自分だって結構失礼なことをやっている。

 田中といえば、いろいろなメディアで「マネジャーが頻繁に変わる」と報じられてきた。4月27日配信の「東スポWeb」には、ある芸能関係者の話として、「田中さんがある番組に出演した際、ドアを閉めているにもかかわらず、田中さんの楽屋から『本当にこの企画をやる意味がありますか?』とプロデューサーを責める声が聞こえてきた」話が報じられていた。「ドアを閉めているにもかかわらず」というあたりから、大声を出していたと予想することができるだろう。

 芸能界の場合、数字を持っている人が勝ちだから、田中のような売れっ子が周囲に強めに当たったとしても、スタッフは慣れっこのはず。スターのご機嫌をうまく取って、結果を出させるのもスタッフの仕事のうちだろうが、この話のポイントは、「怒られるのが嫌いな田中が、他人のことは責める」ことではないだろうか。

 「怒られることを恐れる人」というと、おとなしくて、怒られないかいつもビクビクしている「気弱な人」をイメージするかもしれないが、田中の場合「自分が他人を怒らせることや他人を怒ることはOKだが、他人が自分に同じことをするのは嫌」なわけで、つまり「他人に厳しく、自分に甘い」というやつではないだろうか。「自分は完璧だ、ちゃんとやっているのに怒られるはずがない」と思うからこそ、怒られるのを異様に怖がっているように見える。

 そして、田中のようなタイプは「自分が正しい」と思っているため、それが小さな「指摘」だったとしても、自分の行いに口を出されると「怒られた」「嫌われた」と捉え、ショックを受けるのではないか。これがまさに、「怒られた」と落ち込む人と「これは指摘だ」と自分を正せる人の差であり、境目だと思う。

 仕事ではどうしても上下関係が発生するが、自分が上でも下でも「お互いさま精神」があるかないかで、人間関係は変わってくる。怒られた時に「ある程度はお互いさま」と思える人は、自分が一方的に責められたような気にはならないはず。しかし、「自分に甘く、正しいと思っているタイプ」は、怒られると「私を侮辱した」という考えにつながり、「私は嫌われている」と落ち込むのではないか。

 もっとも、謙虚な田中みな実なんて面白くない。彼女はどんどんこの路線を突き進んでほしい。しかし、市井の田中みな実ファン、特に会社員の女性は、ここをマネると「面倒くさいオンナ」になる危険性があるから、くれぐれも注意してほしい。世の中に田中みな実は一人で十分なのだから。

久代萌美アナウンサーは、夫の“不倫”を認めざるを得ない!? 有村昆の“不倫未遂”から考える、芸能人と一般人の上下関係

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「いけなかったんかい」久代萌美アナウンサー
『ワイドナショー』(フジテレビ系、5月16日放送)

 有名人の「メイク動画」をご存じだろうか。

 有名人が使用しているスキンケア、メイクアイテムを紹介しながら、すっぴんの状態から顔を作っていくものだ。それぞれのメイク哲学やこだわりを知れるのが楽しくて、つい見てしまうが、この動画に時々「プチプラコスメを使っていて、好感が持てる」という視聴者のコメントがつくことがある。

 これはおそらく「有名人で高収入のはずなのに庶民感覚を忘れず、一般人と同じようにプチプラコスメを使うことに好感を抱く」ということだろう。かつて芸能人とは「憧れるもの、マネするもの」だったが、今は「自分と同じように見えること」が人気を博す要素になる時代なのではないか。高級ブランドに身を包んだモデルばかりが登場する女性誌は、そりゃ軒並み苦戦を強いられるだろう。

 こうした傾向を見るに、「芸能人は一般人より上の立場」という時代は終わったといえる。不倫報道ひとつとっても、“芸能人>一般人”という図式が壊れたと感じる。「週刊文春」(文藝春秋)がタレント・ベッキーの不倫を報じたのは2016年。世間が大いに盛り上がったからか、以降、「文春」をはじめとした週刊誌は不倫を多数報じるようになるが、16年より前の不倫、つまりベッキー前と、16年以降のベッキー後では、不倫報道に大きな違いがある。

 ベッキー後の不倫では、アンジャッシュ・渡部建の「多目的トイレ不倫」や、リオデジャネイロオリンピック競泳銅メダリスト・瀬戸大也に見られるように、有名人男性と一般人女性との不倫という組み合わせが目立つようになり、世間のバッシングも強くなった。

 なぜベッキー前に、有名人男性と一般人女性の不倫が話題にならなかったのか。それは「有名人男性は女遊びをするのが当たり前」という昭和的感覚があったからだと思う。

■「芸能人は一般人より上」の時代が終わり、痛い目に遭った有村昆

 時々、男性向け週刊誌で「私を抱いた有名人」という記事を見かけるが、告発した一般人女性は全て仮名であり、関係したことを裏付ける証拠は何も掲載されていなかった。

 また、あまり知名度のない芸能人女性が同様のインタビューに答える場合は、記事と共にヌードが掲載されることもあった。より注目を集めるための判断だろうが、これを「単なる売名」だと思った読者もいるだろう。そこからブレークした芸能人女性を私は知らないが、それは、世間が女性に対して「遊ばれるのは、女として恥」という固定観念を強く持っていたからではないか。

 しかし、17年にSNS上で起こった「#Me Too運動」以降、女性たちが性的な搾取にNOをつきつける動きが広がっていく。今やほとんどの人がスマホを持つので、相手が誰であろうと、不倫や性加害の証拠を押さえることは可能。週刊誌も一般人からのタレコミを歓迎する時代だ。この変化についていけず、昔の常識で、「芸能人は一般人より上なので、女性と気軽に遊べる」と思っている男性は痛い目に遭うだろう。

 映画コメンテーターの有村昆もその一人かもしれない。有村は“不倫未遂”を5月14日発売の「フライデー」(講談社)に報じられた。コンセプトバーで働く女性をSNSで見つけてアプローチし、連絡先を交換してラブホテルに行くことは成功したが、関係を持てなかったという。報道を受けて、所属事務所は有村の芸能活動休止を発表した。

 まさかこんなオオゴトになろうとは、有村は予想していなかっただろうが、もう今はそういう時代だから、芸能界で生きていこうと思うのなら、流れについていくしかない。

 しかし、有村以外にもついていけない人はいるようだ。

■久代アナは、夫と一般人女性の不倫を認めざるを得ない!?

 5月16日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、有村の話題を扱った。ゲストのAマッソ・加納愛子は「自分が有村さんの結婚相手だったとしたら、未遂で記事が出るのが一番ハズイですね。いけてないんやって。不倫しようとしたし、モテへんのかいって」「モテへんやつと夫婦になってんのかい」「自分の価値もちょっと落ちる」と語り、スタジオに笑いが起きた。新婚の久代萌美アナも「まったく同じ意見ですね」「奥さんとしては結果オーライに見せかけて、でもいけなかったんかいっていう複雑な気持ち」と話し、やはり共演者は笑っていた。

 Aマッソ・加納と久代アナは、なぜ「最後までやってこい」と不倫を奨励するのか。それは「『有名人男性なら、一般人女性ぐらいいけるはず』と一般人を下に見ている」「男性は女性からモテたほうがかっこいい」「男性の遊びは武勇伝」という昭和的感覚があるからではないか。スタジオに笑い声が起きたのは、「最後までやってこい」とばかりの男性に都合の良い言いぐさを、男性出演者が好意的に受け止めた証拠のように感じた。

 2人のその価値観は、芸能界もしくはテレビの世界で働く中で培われたのだと想像するが、注意が必要なのは新婚の久代アナだ。彼女の夫は、人気YouTuber「北の打ち師達」のはるくんである。「有名人男性は女遊びをするのが当たり前」「一般人女性が相手ならいける」と久代アナに刷り込まれているとしたら、夫が一般人女性と不倫するのを、認めなくてはいけないことにならないか。

 久代アナは理系の学部出身であり、『ワイドナショー』でたびたび「論理的に考えるタイプ」と自己分析している。であれば、男性の言うことをまるごと聞いていればいいという考えから脱却し、ぜひ自分の置かれている環境を、冷静に見ていただきたいものだ。

石田純一は、なぜ芸能界から消えないのか? 新型コロナ感染騒動に見る「自分が悪いと絶対に思わない才能」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ちょっと、おせっかいで」石田純一
YouTubeチャンネル「じゅんちゃんねる」4月29日

 石田純一ってすごいと思う。

 一般的に芸能界は弱肉強食、成果を出した人でないと生き残れないといわれるが、石田純一は本業が何なのか、誰が支持しているのか不明ながらも、消えずに芸能界で生き残っている。

 80年代にトレンディドラマに欠かせない俳優としてブレークした石田。女優・松原千明と再婚し、モデルのすみれをもうける。このまま大物俳優の仲間入りを果たすかと思いきや、90年代には19歳年下のモデル・長谷川理恵との不倫で世間を騒がせることに。家庭を捨て長谷川のもとへ走った石田は、当然のことながらバッシングを浴びた。

 フツウならここで芸能界から消えてしまいそうだが、石田は消えなかった。どんな失礼な内容であっても、ワイドショーのレポーターの質問に答え、バラエティー番組にも進出する。現在の妻、プロゴルファー・東尾理子へのプロポーズも『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)のいち企画として放送するなど、石田は「プライベートを売る」形でテレビに出続ける。

 何を聞いても答えてくれる石田は、ワイドショーにとってありがたい存在だろう。その集客力を見込んで、イベントが石田にオファーをかけ、そこにやって来たワイドショーのリポーターが「交際は順調ですか? 結婚は?」などと聞く……いわばワイドショー御用達タレントとして、石田は芸能界を生き抜いてきた。何かの賞を獲ったり、視聴率を持っているとされる人が芸能界で生き残るのは、ある意味当たり前だ。無冠でありながら生き残るとは、彼が「持っている」証明ではないだろうか。

 しかし、現在の石田はちょっとした苦境にあるといっていいだろう。石田は昨年の4月に新型コロナウイルスに感染した。ウイルスは人を選ばないので、誰が罹患してもおかしくはないが、発症前の石田の行動が明らかになるにつれ、世間から反感を買うようになっていく。

 4月上旬、石田は北関東のゴルフ場でプレーをし、そこで女性を交じえての食事会に参加する(この時、一緒にプレーをした男性が新型コロナに感染、発症している)。石田はこの後、自らが経営する飲食店の視察のために沖縄に行き、ここでもゴルフをプレー。東京に戻り、体調に異変を感じた石田は緊急入院することになった。もし石田が北関東のゴルフ場で感染していたとしたら、妻子はもちろん、沖縄に行くまでに飛行機で乗り合わせた乗員乗客、石田が経営する飲食店の従業員、そして宿泊先である沖縄のホテルやゴルフ場で働く人を感染のリスクに晒したことになる。また、一般人は新型コロナ感染を疑っても、すぐに医療機関にかかれない状況だったのに、石田がスムーズに入院できたように見えたことから「芸能人パワーだ」と批判が噴出した。

 取材を断らない男らしく、石田は入院中もレギュラーを務めていた文化放送のラジオ番組『斉藤一美のニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送)で、「油断してかかるものじゃないかもしれないですけど、やっぱり気をつけて、それでもなおかつもう一回気を付けて、一緒に乗り切れたらいいなと」とコメントを発表した。私には石田の行動は「典型的な気を付けていない人」の行動に思えるが、本人的には気を付けていたということだろう。

 これ以降、石田の行動が取り沙汰されるようになる。2020年8月18・25日合併号の「週刊女性」(主婦と生活社)が「石田純一4泊5日福岡出張で『ゴルフ』『合コン』『お持ち帰り』を満喫! 連夜の濃密宴会」と報じた。「週刊女性」の直撃を受けた石田は「今CMやらせていただいている社長とゴルフをやっただけ。俺は今、東京のテレビは番組を降りて、単発はともかくレギュラーはないので、主な収入源はスポンサーじゃないですか。だから、みなさんになんと言われようとスポンサーに挨拶回りをするのは、自分の仕事だと思っています。この家や子どもたちを守るためにも」と、「連夜の濃密宴会」は、遊びではなく仕事であると主張した。

 石田の場合、小さいお子さんが3人いることもあって、まだまだお金はかかる。背に腹は代えられないのではないだろうか。発言通り、石田は“仕事”を続け、20年9月8日号の「女性自身」(光文社)は「石田純一、またマスクなしで飲み会へ!」、21年1月21日発売の「週刊新潮」(新潮社)では、都内の焼肉店で、大人数の会食を行っていたことが報じられた。

 最近はYouTubeを始める芸能人が多いが、石田もそれに続く。しかし、登録者数も再生回数も、有名芸能人としてはお粗末といわざるを得ない。4月29日配信の「石田純一の!ナンデモお悩み相談所」では、視聴者から「最近テレビで見かけませけど……」と言われた石田は「多分干されている」と語り、その原因を「政権批判と捉えられるような発言をしたから」としていた。日本の芸能界では政治的発言はご法度なのに、義侠心にかられ、「ちょっと、おせっかいで」政治的な発言をしてしまったために、「干された」と思っているようだ。

 テレビで見かけなくなるから、干されるという時代でもないだろうが、少なくとも「政治的発言をしたから」テレビに出られないというのは違うのではないだろうか。『サンデー・ジャポン』(TBS系)や『ワイドナショー』(フジテレビ系)でも、政治的な話題を取り扱うことはあるが、レギュラーを務める芸能人は普通にコメントしているからだ。

 推測するなら、やはり新型コロナ罹患の経緯が、影響しているのではないだろうか。不倫をしていた石田がテレビに出られるのに、新型コロナで出られないのはおかしいと見る人もいるかもしれない。しかし、不倫は夫婦の問題だから所詮は他人事だが、新型コロナは他人に感染させるリスクがあり、生命をおびやかしかねないもの。共演者や製作者も怖いだろうし、「コロナ禍にもかかわらず、飲み会ばかりしている人」というイメージのあるタレントを、視聴者も見たくはないだろう。

 しかも、石田は自分の行動が「おかしい」という自覚はないようだ。YouTubeで、一連のバッシングの発端が「女性セブン」(小学館)の報道であったと指摘し、「非常に迷惑している」「後追いでいろんな記者さん、週刊誌さんがめちゃくちゃ書いたんで」「CMは9社のうち7社、残念ながら契約を打ち切られて、大変な目に遭った」と語るなど、恨み骨髄に徹するといった感じだ。

 石田に「自分に非がないかよく考えろ!」と言う人もいるだろうが、おそらく、この人は「自分が悪いと絶対に思わない才能」があるからこそ、人生も芸能界も生きてこられたのではないか。

 石田の娘・すみれは『おかべろ』(関西テレビ)に出演した際、「(有名私立小学校の)お受験のときに、ちょうど(父親の)不倫の記事が出ちゃって入れなかったんです」と話していたが、愛娘が数年準備して臨むお受験の邪魔を平気でできるのが、「自分が悪いと絶対に思わない才能」というやつではないか。

 因果関係ははっきり証明されていないものの、石田がゴルフに頻繁に行き、その後新型コロナに感染したという事実に対し、「ゴルフは危ない」というイメージを持ってしまう人もいるだろう。となると、プロゴルファーである妻・理子に仕事面でも迷惑がかかるし、めぐりめぐって、有名小学校に通うお子さんにも影響を及ぼしてしまうことを、想像しないのがすごい。

 世の中には、「すぐに自分が悪いと思ってしまう人」と、石田のように「自分が悪いと絶対に思わない人」がいるように思う。「すぐに自分が悪い」と思ってしまう派」は、真面目に行動するが、人間なので常に100%「正しい」行動が取れるわけではない。また不可抗力もあるので、自分が「正しい」と思う行動を取ったとしても、トラブルに巻き込まれることはある。

 そんなとき、「すぐに自分が悪いと思ってしまう派」は自分をひどく責めるが、「自分が悪いと絶対に思わない派」は「自分は悪くない」ので、常に堂々としている。こういう人には何を言っても無駄なので、正面切って悪く言う人は少ない(もしくはすぐにいなくなる)だろう。となると、責められることがない「自分が悪いと絶対に思わない派」は、精神的、肉体的消耗が少なく、その分生命力も強いのではないか。どちらかというと、周りの人が疲弊してしまうだろう。

 今、少し仕事が減っているとしても、10年後くらいにワイドショーで「あの時はひどいバッシングに晒されましてね」と言っている石田の姿が見えるような気がする。運が強いのは間違いないが、小さいお子さんもいることだし、やはり体には気を付けて過ごしていただきたいものだ。

ローラは、なぜ天真爛漫キャラなのに「暗い」のか? 『徹子の部屋』で明かした“家族の話”に違和感

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「心のファミリー」ローラ
『徹子の部屋』(4月27日、テレビ朝日系)

 芸能人の外見や行動は、その人の印象に影響を与える。例えば、女性芸能人が髪がピンク色であるより、黒髪のほうが清純な印象を与えるし、スターが自分より立場が下の製作スタッフにも丁寧に接していると聞けば、「礼儀正しい」「いい人だ」と解釈されるだろう。

 しかし、時々、なんだか外見や行動と印象が一致しないなと思わされるタレントもいるのである。ローラもその一人だ。華やかな見た目で、明るく振る舞っているけれど、なんとなく暗い印象を受ける。

 ローラのブレークは2012年。外国人の血を引いたモデルとしてだけでなく、バラエティー番組で披露するおぼつかない日本語や、目上の人にも臆せずタメ口を使うところが、ユーモラスだと人気を集めた。屈託のない明るさ、天真爛漫さで知名度を上げていくが、同年放送の『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』(TBS系)に出演した際は、ミッツ・マングローブに「ドアから出てくる瞬間、真顔だったね」と、いつもニコニコしているわけではないことを指摘されていた。

 そんなローラだが、14年に実父が国民健康保険の海外療育費の不正受給をしたとして、詐欺容疑で逮捕されている。親と子どもは別人格だが、イメージ商売の芸能人の親が警察のお世話になるのは、マイナスでしかない。子どもの存在が犯罪のブレーキにならないあたり、よっぽどお金に困っていたのか、衝動抑止性が低いのか。詳細は不明だが、子どもの足を引っ張ることに躊躇がないという意味で、「ヤバい家族」の匂いがするのは否定できないだろう。

 15年1月31日配信の「産経ニュース」によると、保釈保証金300万と損害賠償金200万の合計500万はローラが立て替えたという。

 16年にロサンゼルスに移住したこともあって、それほどテレビで見かけなくなったローラだが、4月27日放送『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で久しぶりに顔を見せた。ここで、これまでのローラのイメージを覆すエピソードが披露される。

 明るいキャラで売っていたローラだが、実生活では相当苦労していたようだ。ローラが生まれてすぐ、両親が離婚。ローラは父親の母国であるバングラデシュに渡り、ジャングルのような田舎で、親戚の手により育てられた。経済的にも苦労したそうだ。

 6歳の時に来日するが、父親は中国人女性と再婚。海外移住と親の再婚は、子どもにとって負担だろうが、継母は日本語が話せず、ローラはベンガル語しか話せなかったため、家庭内でも学校でもコミュニケーションがほとんど取れなかったという。その上、継母は双子を出産したそうだから、孤独だったのではないだろうか。

 実の母に対しては「(離婚してから)私に会ってくれなかった」というさみしい気持ちがあったそうだが、26歳の時に再会。自身とそっくりな母に、血のつながりを感じたことで、わだかまりは氷解。今では大親友のような関係だという。過酷な環境で育ったことは、イコール不幸ではないが、苦労したことは間違いないだろう。なんとなく陰りがあったとしても、おかしくはない。

 ロスでのローラの過ごし方は、アートを創作し、ヨガなどの運動を欠かさず、保護犬を飼い、魚の煮つけや酵素玄米など体にいい料理を手作りして「心のファミリー」に振る舞っていると話していた。

 ああ、やっぱり暗い。

 「心のファミリー」とは、血縁関係こそないが、それくらい大事な人たちという意味だろう。家族を神聖視する人を、大きく2つのパターンに分けるとすれば、一つは非常に円満な家庭で育った場合が思い浮かぶ。もう一つは、反対に円満な家庭で育たなかったからこそ、家族を必要以上に美化してしまうパターンなのではないか。上述したローラの生い立ちから考えると、彼女の場合は後者だろう。

 親しい人を家族呼びするといえば、中森明菜が思い浮かぶ。フリーのディレクター・木村恵子氏の著作『哀しい性』(講談社)によると、明菜が語った彼女の家庭環境は、いいものとは決して言えなかった。家は貧しく、お父さんは女性問題を起こす。お母さんが歌手志望だったことともあって「有名になって、稼いで来い」という家族の願いをかなえるために芸能界入りする。スターになると、家族は明菜に内緒で当時の事務所から借金をし、明菜が自殺未遂をはかっても、その気持ちを理解しようともせず、入院中の彼女にかけた第一声は「事務所とレコード会社に謝れ」だったそうだ。

 本来優しく包んでくれるはずの家族が、そうしてはくれない。その悲しみのせいか、明菜は信頼している人、大事な人を家族呼びするようになる。木村氏をお母さんと呼び、元恋人の“マッチ”こと近藤真彦はお兄ちゃん、マッチと破局後に知り合った友達以上恋人未満の付き人男性のこともお兄ちゃんと呼んでいたそうだ。さらに気に入った女性ライターをお姉ちゃんと呼び、仕事を頼むこともあったという。

 明菜は『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演する際、「ここ(楽屋)は家族しか入れないから。お母さんは入って」と言って、所属事務所の社長ですら入室を許さなかった場所に、木村氏を招き入れたという。いじらしいほど家族に対する強い思い入れがあることがうかがえるが、それは同時に、明菜に家族呼びされたら、明菜の強い思い入れに応える覚悟を必要とするということでもある。

 明菜による過度な束縛や、その不安定さに耐えきれず、木村氏をはじめとした“家族”は、彼女から離れていくが、同書を読む限り、明菜は「血がつながっていてもいなくても、人間関係には距離感は必要」ということに気づいていないようだ。

 話をローラに戻そう。大人になったローラは、親の離婚や2人の母親がいることに今は感謝していると言い、「どんな形になっても、親が幸せならうれしい」と話していた。離婚が珍しいものではなくなり、離婚したからといって子どもが不幸せとは言い切れないケースもたくさんあるので、ローラの言葉はポジティブなメッセージになり得るだろう。

 しかし、やっぱり暗い子ども時代を引きずっているのではないかと思わされることもある。「親が幸せならうれしい」とローラは言ったが、これは経済的、感情的に親に搾取される子どもが良く言うフレーズだと感じるからである。家族観は、人によって違うので何とも言えないが、家族はそれぞれが自分の幸せを追求し、困ったことがあれば助け合うのが基本であって、子どもが親の幸せを願うという「家族との距離感」は、私にとって違和感がある。

 天真爛漫でかわいく、ちょっとおバカなキャラとしてブレークしたローラだが、今や社会問題にも言及するなど、消費文明に踊らされることなく、自分の考えに基づいて人生を組み立てられるタレントになった。親孝行というウェットな日本文化に踊らされることなく、今後もますます活躍していただきたいものだ。

3時のヒロインが容姿ネタを封印しても、差別はなくならない……「オジサンはなぜ外見をイジられないのか」問題にメスを入れるべき理由 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「容姿いじりのネタ捨てる」3時のヒロイン・福田麻貴
『ワイドナショー』(フジテレビ系、4月18日)

 今、芸能人で一番使い勝手がいいのは、オンナ芸人ではないだろうか。ひと昔前、女優や歌手、芸人は仕事の範囲がはっきり決まっていたように思う。芸人が、本職の俳優に交じってドラマに出たり、本格的に音楽活動をするということは滅多になかったが、友近はNHKの朝ドラに出演したこともあるし、大物演歌歌手・水谷千重子というキャラになりきってディナーショーも行っている。

 また、フォーリンラブのバービーは、TBSラジオで『週末ノオト』のメインパーソナリティーを務めるほか、PEACH JOHNで下着の開発に取り組んでいるし、オアシズ・光浦靖子は、「文藝春秋」2020年11月号(文藝春秋社)の巻頭随筆「光浦靖子『49歳になりまして』芸歴28年・もう一つの人生も回収したい」が大きな反響を呼び、目下、各出版社からの依頼が殺到しているという。

 このように、オンナ芸人がマルチに活躍できるようになると、大事になってくるのが本人の“好感度”ではないだろうか。一般人がスターを見上げ、憧れる時代は去り、現在では「自分に似た人」」を探して共感し、応援するようになっているなどと言われるが、そう考えると、オンナ芸人の“日頃の行い”は非常に重要になってくると思う。

 そういう意味で、3時のヒロイン・福田麻貴が「容姿いじりのネタを捨てる」と決断したことはプラスに働くのではないだろうか。3時のヒロインといえば、福田麻紀、かなで、ゆめっちのトリオ芸人で、『女芸人No.1決定戦 THE W 2019』で優勝し、注目を浴びた。普通体形の福田に対し、ゆめっちもかなでも太目である(ゆめっちはウケるためにわざわざ太ったそうだ)。

 3時のヒロインの3人は、容姿をいじられることを「おいしい」と思うタイプだというが、この度、容姿ネタ封印を決めたそうだ。その理由として福田は、「劇場で容姿をいじるネタをやっても、ウケないと感じるようになったこと」また「ドキュメント的な内容のYouTubeを見慣れ、テレビの内容も本当だと信じてしまう傾向がある若者に、容姿イジりネタを『本気で攻撃している』と思われる可能性があること」を挙げていた。確かにウケないネタをみすみす続けるのは不毛だし、何よりも3時のヒロインのためにならないと言う意味で、この判断は賢明ではないだろうか。

◎容姿いじりで一番損をするのは、3時のヒロイン・福田麻貴

 『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に、3時のヒロインがゲスト出演した際、3人の中で、福田はプロデューサー的な立場であり、かなで、ゆめっちの2人に対する「ダメ出しがきつい」と明かされていた。

 福田はトリオのネタ作り担当。CMに出たいという夢もあるそうで、おそらく彼女には「トリオとしてこうありたい、こういうことをやってみたい」というふうに、目指すものが明確にあるのだろう。それをかなえるための2人への“指導”なのだろうが、いくら仕事上のこととはいえ、こういうエピソードが明かされると、福田は「性格がよろしくない」としてイメージが低下すると思われる。

 その上で、たとえネタであったとしても、また福田が自分の容姿を自虐したとしても、彼女が2人に対して容姿いじりを展開すると、「メンバーを下に見ている」という批判が出てきかねない。それどころか「メンバーを下に見ているお前だって、たいした容姿ではないくせに」と、福田の容姿までバッシングされる可能性がある。こうなるとネタはウケない、福田は世間から自らの容姿も批判されるかもしれず、さらに性格も悪いというレッテルを貼られるリスクまで抱えてしまう。容姿いじりで一番損をするのは、福田ではないだろうか。

 しかし、『ワイドナショー』コメンテーターの松本人志は、「福田さんが今、そういう考えであるなら、それでいいと思う」としたが、「でも、ずっとそれでやる必要もないし、変わっていったら変えたらいいと思うねん」と福田の意見を尊重しつつ、その一方で「(芸人と)世間との(価値観の)ネジれは、このネタをやめたらもっとネジれるんじゃないか。ネジれを直すためには絶対に引かずに頑張るという方法もあるんちゃうかな」と「あえてやめない」選択肢も提案した。

 容姿に関する話というのは本当に複雑といえる。例えば、テレビで女性タレントが容姿をイジられたとしよう。そうすると、SNSに多数の抗議の声が上がるだろう。それでは、世の中全体が「容姿差別は許さない!」という方向に行っているのかというと、そこまで足並みはそろっていないようだ。

 ネットの匿名掲示板では、いまだに有名人の容姿についてのキツい言及が見られるし、ゴシップ誌でも、女性芸能人の整形疑惑についての記事が人気だ。ということは、人には「自分の容姿について言われるのは嫌だから、そうならないためにも、他人が容姿いじりをすることには抗議する。でも、自分自身が他人の容姿を悪く言うのは楽しい」という部分があるのではないだろうか。

◎友近を「足が短い」といじった石橋貴明は、なぜ容姿をいじられない?

 そんな容姿いじり問題について、同番組に出演したEXIT・兼近大樹は「オジサンと呼ばれる世代が笑ってくれるから、人をいじったり攻撃したり怒ったりしてみせる」と、いじりがオジサンへの“サービス”であると主張した。ゲストのキャスター・安藤優子が「なんでいじるとオジさんは笑うんですかね?」と質問すると、兼近は「それが笑いと思っていた」と返していたが、私はここをもうちょっと掘り下げてほしかったと思う。

 統計を取ったわけではないので主観だが、オトコの芸人よりオンナの芸人が、無意味に容姿をいじられる率ははるかに高いのではないだろうか。例えば、フットボールアワー・岩尾望は「ハゲとるやないか」などと薄毛をいじられることもあるが、ヘアケア製品のPRに起用されるなど、仕事につながったという意味では、不利益を被っていないだろう。

 しかし、オンナ芸人の場合、そんな単純ではないように感じる。例えば、『うたばん』(TBS系)に友近が初めて出演し、中森明菜のモノマネを披露した時、司会のとんねるず・石橋貴明は、ネタを見る前も見終わった後も、ずーっと「足みじけー」と笑っていた。この場合、いじられることで友近に特に得られるメリットがあるとは思えず、これはいじりではなく、ディスりではないだろうか。

 また、友近も石橋もルックスが必須とは限らないお笑いの世界に身を置いているのに、友近は容姿について言われるが、石橋の容姿を本人の前でとやかく言う人を私は見たことがない。つまり、容姿が必要でない世界でも、女性はけなされる一方、男性が同じことをされるのは稀で、ましてや石橋のような権力者であるオジサンが面と向かっていじられることは、ほぼ皆無ではないか。

 自分の容姿は棚に上げて、女を(男も)下に見てバカにしてもよい。自分はジャッジする側の人間であると信じて疑わない。オジサンというのは、かなりの特権階級といえるだろうし、その権力の味は、ひとたび覚えたら忘れられないのではないか。また容姿によって、オジサンに愛され、権力のおこぼれを味わった女性は、美しくない女性は価値が低いと見下すようになり、容姿の悪い女性を嘲笑するようになるだろう。

 「オジサンは、なぜ外見をいじられないのか」……この問題にメスを入れなければ、芸人が容姿ネタを封印しようとしまいと、容姿差別がなくなることも、容姿のことで傷つく人も減らないのではないか。

 話を3時のヒロインに戻そう。容姿差別はなくならないにしても、いまこのタイミングで容姿いじりをやめたのは、賢明だと思う。新しい笑いを作っていくのは難しいだろうが、これは大きなチャンスでもある。「あの人たち、楽しそう」「ああなりたい」と思わせた芸人が、今売れるのではないか。3人仲良く、頑張っていただきたい。

小室圭氏は国民の望むものがわかっていない。「切実に名誉の問題」と語る“小室ブリーフ2021”に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「切実に名誉の問題でもありましたし」小室圭氏

(4月8日)

 ようやくというべきか、小室氏が母親と元婚約者との間にあった400万円の金銭トラブルについて、釈明する文書を4月8日に公表した。

 小室家の金銭トラブルを簡単に振り返ってみよう。「週刊女性」2017年12月26日号(主婦と生活社)が「秋篠宮家はご存じか! 眞子さまの婚約者・小室圭さん母の『400万』借金トラブル」と報じた。かいつまんで言うと、小室氏の母親と交際していた元婚約者の男性が、小室さんの学費や母子の生活費400万円を負担していたが、度重なる無心に疲れ果て、婚約を破棄。400万の返済を求めたが、小室さん側は「お金は贈与されたもので、返す必要がない」とスルーしたという。

 同誌で「弁護士法人・響」の天辰悠弁護士が「借用書がないのでお金を取り戻すことは難しい」と、法律的には小室母子が正しい(返済の義務はない)とコメントしていた。そもそも、借金は小室氏がしたものではないから、彼の結婚には無関係といえるだろうが、法律的には問題なくても「人からカネを借りておいて平気で踏み倒す母親と、それをとがめない息子」という印象を受けた人や、そういう人たちが皇室の縁戚となることに拒否感を覚える人もいただろう。報道があった2カ月後、宮内庁はご婚約延期を発表した。

 ネックになっているのは、金銭トラブルなわけだから、それを解決すれば流れは変わるはず……なのだが、小室氏側は19年1月に、「金銭問題は解決済みと理解」とする文書を公表した以外、沈黙したまま。国民の不信感が高まる一方の中、ついに先日、28枚4万字にも及ぶ“小室ブリーフ2021”を公表するに至った。私は一通りこれを読んだが、どうも小室氏は、国民が何を望んでいるのかわかっていないようだ。

 “小室ブリーフ”を簡単にまとめるとするのなら、「借金ではない、だから返さない」「お金を渡せば、借金だと認めたことになる」の繰り返しである。「一般的には金銭トラブルと呼ばれていますが、切実に名誉の問題でもありましたし」と「あえて払わなかったのだ」と、プライドの高さをにじませるような主張をする。

 28枚もかけて、それが言いたかったんかいと、こちらはズッコケるが、4月12日には小室氏の代理人弁護士が「元婚約者に解決金を支払う意向がある」と発表し、さらに国民を驚かせる。「借金じゃないから、払うわけにはいかない」と持論を述べつつ、けれど解決金を支払うことで丸く収めようと思ったのかもしれないが、より混乱したという国民のほうが多かったのではないだろうか。ウェブサイト「AERA dot.」が、9日夜から12日までに実施したアンケート(回答数2万8641件)によると、“小室ブリーフ”や解決金の支払いについて、賛同より批判的な声のほうが多かったという。

 小室氏にとって「名誉を守る」とは何を意味するのか。おそらく、小室氏は名誉を、名誉権にもとづく「権利の問題」と考えていて、むやみやたらに侵される筋合いはないと考えており、だからこそ、お金を渡せば金銭トラブルが解決することがわかっていながら、「あえて渡さない」選択をしたのだろう。小室氏が自身や母親の名誉を重んじていることがよくわかるが、一つ視点が抜け落ちていやしないか。

 国語辞典を引くと、名誉とは「社会的に認められている、その個人または集団の人格的価値。体面。面目」と書かれている。つまり、名誉とは個人の権利や尊厳であると同時に「他人からどう見えるか、社会からどう判断されるか」という客観的な視点も必要とするわけだ。

 小室氏がどんな人物なのかを、国民は知らない。しかし、「社会的に認められている、その個人または集団の人格的価値。体面。面目」という意味の“名誉”を考えるなら、小室氏に心もとない点があるのは確かだ。

 大手銀行に勤務していた小室氏は、眞子さまにプロポーズした後、銀行をやめてしまう。国際弁護士になりたいという夢を捨てきれなかったためと報道されていたが、実家が援助してくれる場合は別として、庶民の世界では、仕事で一人前になって生活の目途が立ってから結婚するほうが多数派だろう。きちんと国際弁護士になってからプロポーズすればいいものを、順番がおかしいため、世間に「眞子さまの持参金目当て」「ロイヤルブランドの利用」という悪い印象を持たれてしまうのではないか。

 人は誰しもバイアスをかけて物を見る。年収1億の青年が「世の中はカネではない」と言えば、「仕事ができる上に、拝金主義ではない、高潔な人物だ」と好意的に受け取られることもあるが、健康なのに働こうとしない若者が同じことを言ったら、「理屈はいいから、働けよ!」と叱られてしまう。では小室さんはどうかというと、たとえ現在、米ニューヨークアメリカでの司法試験に向けて猛勉強中とはいいえ、社会的な条件で見れば、職務経験の少ない29歳の学生だけに、マイナス方向のバイアスがかかっている。その上、金銭トラブルも明るみになってイメージはよろしくない。小室さんが自身の名誉を守りたいなら「論より証拠」で、自分の“社会的”名誉を上げるしかないのではないか。

 皇室と名誉といえば、渡辺みどり著『美智子皇后「みのりの秋」』(文春文庫)で、こんなエピソードが紹介されている。民間から初めて皇室にお輿入れになった美智子さまが廃止した乳人制度だが、上皇さまは乳人によって育てられた。当時、乳人に選ばれるのは名誉なことであり、宮内省(当時)は全国から乳人候補を探したという。白羽の矢が立った女性は、慎重を期して、警察が本人はもちろん、両親、夫の両親、近親者に犯罪者、思想犯などがいないか、徹底的に調べたそうだ。

 小室氏や若い世代の人は、こういう“調査”を「名誉を棄損している、プライバシーの侵害だ」と思うかもしれない。しかし、自分が潔白であると積極的に証明することで、まず本人の名誉が保たれる。有事の際は、宮内省関係者が対応しやすいことを考えると、この場合の名誉は、個人の権利である前に、“透明性”や“客観性”を必要とするといえるのではないか。私から見ると小室氏は、「傷つきやすく、権利を侵害されると頑なになるが、義務を果たすことには熱心でない」人物に見えてならない。

 不敬を承知でいろいろと書いたが、私は小室氏の仕事の目途が立ったら、結婚するとよいと思う。ただし、経済的な基盤ができても、懸念材料には事欠かないだろう。今回の“小室ブリーフ”で小室氏がプライドが高いこと、他人の気持ちを考えることが得意でない(読み手のことを考えたら、もっと文書を簡潔にまとめるだろう)ことが明らかになったように感じている。

 結婚とは、離婚のリスクを抱えることだが、「週刊女性」17年6月13日号によると、眞子さまは離婚した場合、皇居や宮邸には住めないという。モラハラや暴力など、夫婦の間に危機はいくらでもあるが、眞子さまは「帰る場所がない」状態で結婚しなくてはならないのだ。

 内親王のお相手といえば、上皇陛下のご長女・紀宮さまと結婚した黒田慶樹氏は、婚約内定会見で「宮さまには、これからの生活の多くが新しいことで、ご不安をお感じなることも多くおありかと存じますけれども、私といたしましては、できる限りのことをさせていただきたいと存じております」と、紀宮さまファーストで生活を組み立てる覚悟を見せていた。小室氏にこの配慮と覚悟はあるのかーー。全ての結婚は賭けだが、眞子さまにはこの賭けに、負けてほしくないと願うばかりだ。