朝日奈央のおかげで野呂佳代は変わった!? 自分を立て直すために「人と正しく比べる」必要性

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「奈央ちゃんのおかげで変わることができた」野呂佳代 
『あちこちオードリー』(1月12日放送、東京テレビ系)

 最近、女性誌やSNS上で、精神科医による「人と比べない」という論旨のコラムをよく見かけるように思う。確かに、いち会社員の女性がテレビで大活躍する女性タレントと自分を比べてもなんの意味もないし、一般人同士であっても、無駄に自分を傷つけることにつながりかねないから、「人と比べる」ことは得策とはいえないだろう。

 しかし、テレビもネットもない無人島に住んでいるのなら別だが、生きていれば人との接触は避けられない。一定の成果を常に周囲から求められる現代人が、まったく「人と比べない」というのも無理な話ではなかろうか。若い頃は特に、いろいろな意味で伸び盛りだから、「人と比べる」ことがモチベーションとなり、そこから自分の可能性に気づいたりすることもあるだろう。ということは、「人と比べる」のが悪いのではなく、「正しく比べる」ことが必要なのではないか。

 そんなことを考えていたところ、「人と比べる」ことで大きく飛躍できたのだろう有名人を見つけた。1月12日放送『あちこちオードリー』(テレビ東京系)に出演した野呂佳代だ。

 元AKB48で『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)や『ゴッドタン』(テレビ東京系)に出演するなど、これまでバラエティを中心に活動していたイメージがあるが、最近では月9ドラマ『ナイト・ドクター』(フジテレビ系)や『科捜研の女』(テレビ朝日系)に出演し、女優としてのポジションを築きつつある。

 しかし、ここに至るまでの道のりが決して平たんなものではなかったことが、『あちこちオードリー』で明かされていた。年齢を偽り、顔や全身写真を加工してAKBのオーディションに挑んだ野呂。最終選考であまりに書類と実際の容姿が違ったため、野呂いわく審査員の間に「『あいつ呼んだの、誰?』くらいの衝撃」が走ったそうだ。

 しかし、総合プロデューサーである秋元康氏の「この子がスタイルがよくなって、きれいになっていく過程があったら面白いよね」という一言でAKB入り。そこからダイエットをして痩せたこともあり、2006年発売のシングル「会いたかった」では選抜メンバーにも入った。

 このまま順調に活躍するかと思いきや、歌番組収録の際、気合を入れすぎて「会いたかった」のセンターである前田敦子に気を使うこともなく前に出てしまう。これでメンバーからひんしゅくを買い、さらには次のシングルの選抜メンバーからも外された。一方、秋元氏は野呂にお笑いのセンスを見出していたようで、「指原(莉乃)並みに」目をかけられていた時期もあったという。

 実際に適性はあったようだが、調子に乗って間違ったスタッフいじりをしたため、野呂いわく、スタッフには「案の定嫌われた」。その後、SDN48に移籍してキャプテンになったものの、「スタイルが悪い」という理由で一切選抜メンバーに選ばれなくなり、劇場しか出番がなくなる。12年にSDN48を卒業した後は、タレントとしての活動を始めた。

 しかし、自分の思い描いていたようなタレント活動ができず、うっぷんが溜まるばかりだったそう。そんな中、野呂は13年に『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)内の企画「有吉先生のタレント“マジ進路相談”」に出演。「パチンコ番組しか仕事がない」と不平不満を述べたところ、有吉弘行に「パチンコ番組全力でやれよ、バカ」とバッサリ斬られていた。

 字面だけで見れば「有吉の言葉はひどい」「野呂がかわいそう」と感じる人もいるかもしれないが、有吉自身も猿岩石として大ブレークした後に仕事がなくなるというどん底を何年も経験し、そこから再ブレークを果たした芸人だ。野呂はすでに知名度があって、パチンコ番組という仕事もあるわけだから、全力でやって話題を集めれば次のステップにつながるはず。そう考えると、有吉の言っていることはすべて正論だろう。

 有吉に怒られたことが転機となったのか、野呂はバラエティ番組から声がかかるようになる。『ゴッドタン』(テレビ東京系)のプロデューサー・佐久間宣之氏は「コントの際に演技力があったから」という理由で、野呂に番組出演をオファーしたと告白。これをきっかけに、野呂はタレント・朝日奈央と交代で同番組の代理MCを務めるようになる。

 しかし、今度はコロナ禍の影響で、芸能界の仕事そのものが少なくなり、野呂のオファーも減少。そんな状況にもかかわらず、朝日はテレビに出まくっていた。その姿を見た野呂は「変わらなきゃダメだな」と気づいたという。

 朝日が誰に対してもきちんと挨拶をしていることに気づいた野呂は、この時「挨拶しよう、コミュニケーション取ろう、演者さんと喋ろう」と心に決めたそうだ。現在、自身の活躍があるのは「奈央ちゃんのおかげで変わることができた」からだと結んでいた。こうしてオファーは徐々に増えていき、前述のように、ドラマ出演まで果たすようになったわけだ。

 冷静に考えるなら、「挨拶をしたこと」と「仕事が増えたこと」の因果関係は証明できない。しかし、野呂が売れっ子の朝日と自分を比べた結果、「挨拶をしよう」と思うようになったことは事実である。おそらく、売れっ子・朝日にあって自分にないものを比べた結果、自分に足りないのは「周囲への気配り」だと気づいたのだろう。

 「人と比べる」というのは、「自分にダメ出しをすること」だと思われがちだが、実はショッピングのようなものではないかと思う。相手にあって自分にないモノをカートに入れて購入し、自分のモノにするという、積極的な選択ではないだろうか。

 番組司会のオードリー・若林正恭は、野呂を「運が強い」と言っていたが、加えて「勘もいい」ように思う。たとえば、野呂が朝日と自分を比べて「痩せたほうがいい」と考えたら、野呂の個性がなくなってしまうので、返ってマイナスだろう。自分の強みや個性はそのままに、自分に足りないものが探せるというのは、頭、もしくは勘のよさの表れではないかと思うのだ。

 なかなか周囲に認めてもらえず、悔しい思いをしたという経験のある人は多いだろう。そういう時、自分を立て直す方法はいろいろあると思うが、野呂のように近くにいる「憧れの人」と自分を比べて、いいと思ったところを取り入れてみてはどうだろうか。効果のほどは、今後の野呂の活躍が証明してくれるだろう。 

日テレ『上田と女が吠える夜』に感じた、人を叩きすぎない配慮――若槻千夏の“塩梅”に感嘆したワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「それはできるよ、そのくらいはイケる」若槻千夏 
『上田と女が吠える夜』(1月6日放送、日本テレビ系)

 以前、『週刊さんまとマツコ』(TBS系)で、明石家さんまが「今の時代に『から騒ぎ』はできない」と話していたことがある。『から騒ぎ』とは、1994年から2011年まで放送されていた『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)のことで、さんまと多数の一般人女性がテーマに沿った恋愛トークを展開するというものだった。元TBSアナウンサー・小林麻耶や女医タレント・西川史子ら、この番組から巣立ったタレントは多い。

 確かにさんまの言う通り、今の時代にあの番組を放送するのは難しいだろう。若者が恋愛に興味を示さないといわれている時代に、恋愛をメインテーマに持ってくるのは得策と思えない。それに、『から騒ぎ』ではきれいな女性を前列に、個性の強い女性を一番後ろの列に座らせていたように私は感じた。フェミニズムの意識が高まる今の時代に同じようなことをしたら、「女性のルッキズムを推奨している!」とSNSで炎上する可能性もあるだろう。

 また、トークの内容自体も、今の時代には批判を浴びそうなものばかりだった。バラエティ番組なので出演者の発言がすべて真実とは限らないが、男性に買ってもらったプレゼントの金額で女性としての価値をはかったり、好きな男性のために料理を頑張る、ベッドで男性を奉仕するといった発言は、フェミニズムの視点からはもちろん、ジェンダーフリーの時代にもそぐわないと批判が来るのではないか。

 『恋のから騒ぎ』では、「私が忘れられないオトコ」とか「私が許せないオンナ」というように、トークテーマに性別が明記されることが多かった。これを今の時代に再現すると、たとえば女性出演者が自分の恋のライバルにあたる女性について悪く言った場合、「オンナによるオンナ叩き」と見なされたり、「“オンナは陰湿”という思い込みを持つように促している」という印象を持たれ、苦言が出る可能性は高い。こうした理由から、やはり「今の時代にはできない」番組といえるだろう。

 しかし、「作り方」「やり方」次第では、こういう人の愚痴を言う番組は、まだまだイケるのではないかと思えてきた。1月6日放送の『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)は、上記の難しさをうまくクリアしたように感じる。

 同番組の冒頭で、司会のくりぃむしちゅー・上田晋也は「この番組は、我慢できない不平不満を言いたい放題ぶちまける番組です」と説明していた。これは「この番組は、性別を問題にしていません」と婉曲にアナウンスしているのではないかと思う。トークテーマも「一言余計なヤツ」「ちょっとズレてる人」というふうに性別は明記されていない。

 また、“吠える”ターゲットを男性や番組スタッフに広げたことで、“女叩き”の印象がより薄れたのではないだろうか。これまでのパターンならば、こういう番組には、女性に好かれなさそうなキャラクターの女性タレントをあえて出演させ、その人が吊るし上げられるところも見どころの一つであったと思う。

 今回、番組に出演したグラビアアイドル・清水あいりは、セクシーなボディと甘えた声の持ち主で、外見だけで判断するなら“女の嫌いな女”に分類されてしまうだろう。なので、一昔前なら清水が男性に媚びた発言をして、ほかの出演者が一丸となって叩くという展開が繰り広げられたわけだが、『上田と女が吠える夜』ではそんな場面はなかった。清水は笑いのセンスが高く、いい意味のギャップで番組を盛り上げたのだ。

 こうした場面を見て、番組から「人を叩きすぎないようにする」という配慮を感じたが、出演するベテラン勢も光っていたように思う。特にタレント・若槻千夏の“塩梅”には感嘆するしかなかった。

 番組の後半では、ゲストに俳優・西島秀俊が出演。好きな女性のタイプを聞かれて「ごはんをおいしそうに食べる女性」と答えたところ、若槻は「食べます食べます食べます!」と挙手してみせた。これは本心というよりも、その場を盛り上げるためのサービスで、昭和的な古いノリといえるだろう。

 しかし、すべての言動が昭和なわけではない。「SNSにあふれる謎の自己主張」というテーマの際、若槻は「インスタのプロフィールのところにコメ印で『DMは事務所が管理しています』と書いてある、誰も知らねえ女っていません?」と聞いた。続けて「フォロワーがそんなにいないのに『DMは事務所が管理しています』。お前がしろよ!」と突っ込んだが、これはつまり、そんなに有名人でもないのに、事務所に守られていることをアピールするのは自意識過剰だと言いたいのだろう。

 若槻のような昭和生まれは、結果が伴わないのに自分を大きく見せることは「恥ずかしいこと」と教育された傾向があり、一昔前なら、この「誰も知らねえ女」は“勘違い女”と笑われたはずだ。しかし、SNSが出現し、我々は自分を好きなふうに見せるツールを得てしまった。「自分の価値は自分で決める」という言葉をよく聞くようになったが、その理論で言えば、たとえ人から見て売れていなくても、自分がタレントだと思えばそう名乗っていいし、「DMは事務所が管理している」と書いてもいいわけだ。

 今の時代、「自分の価値は自分で決める」人が増えているとしたら、若槻が昔のノリで「売れてもないのに、何言ってんだ」と突っ込んでしまうと、それをイジメやハラスメント、さらには女叩きだと取る人もいるだろう。しかし、さすが若槻、そんな轍は踏まない。「あなたは事務所が管理するほどの価値があるタレントではない」とは言わずに、「あなたにはDMを管理する能力があるから、自分でやりなさい」という意味で、「それはできるよ、そのくらいはイケるよ」と人を傷つけにくい突っ込みを被せたのだ。

 「傷つきやすい若者」が増えているともいわれるが、傷つきやすい人が増えるほど、世の中には愚痴や悪口がはびこるのではないだろうか。自分が不当に扱われたと思ったら、大きな声で文句を言いたくなるものだからだ。そう考えると、愚痴や悪口はエンタメとしてまだまだイケる。その際に気を付けるべきなのは、時代に合わせた人権感覚を持つことと、タレントが対象を「叩きすぎないこと」なのだろう。

 昨年5月5日放送の『あちこちオードリー』(テレビ東京系)に出演した若槻は、毒舌は今の時代にそぐわないと分析していたが、本人は古い世代を取り込む昔取った杵柄を捨てず、若い世代にも対応できるようにアップデートされている。視聴率狙いなのか、テレビ局は最近、YouTuberなどの新星をスカウトして番組に出しているが、本当の救世主は、若槻のようなデキるベテラン勢なのだと思う。

松田聖子と神田沙也加さん、「原因探し」は必要か? 親子関係を掘り起こす意味のなさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「聖子さんは非常に繊細な方ですので」 カメラマン・YAHIMONときはる氏
「女性自身」2022年1月18日・25日合併号(光文社)
 
 昨年12月、女優・神田沙也加さんが急逝した。火葬のあと、父親である俳優・神田正輝と母親である歌手・松田聖子は会見を行なったが、どんな気持ちでわが子の位牌を抱き、報道陣に挨拶をしたかと思うと、その心中は察するに余りある。

 こういう時、「原因探し」をするのはマスコミのお仕事なのだろう。1986年、聖子が当時所属していた事務所の後輩にあたるアイドル・岡田有希子さんが自ら命を絶った。「岡田さんは共演したある俳優にあこがれていたが、相手にされず失恋をはかなんだ」というのは、当時マスコミが見つけた「原因」だ。

 その後、週刊誌は岡田さんが妊娠している可能性について書き立てるなど、話はおかしな方向にどんどん膨らみ、根拠のない、臆測の域を出ない記事が出続けた。岡田さんのご家族は、さぞ精神的に追い詰められたことだろう。

 沙也加さんの場合、本人も多数のファンを抱える有名人であることに加え、母親は「あの松田聖子」である。一時、聖子と沙也加さんは関係がうまく行っていないという報道が出たこともあり、今も親子関係に触れながら「原因」を探す記事は多い。

 「女性セブン」2019年12月19日号(小学館)によると、聖子と沙也加さんはぶつかることも多かったようだ。沙也加さんは“松田聖子の娘”というプレッシャーに晒されただけでなく、聖子の度重なる結婚と離婚により転校を経験したり、いじめに遭ったりと「しなくてもいい経験」もたくさんしたという。 
 
 そんな沙也加さんは、14年に映画『アナと雪の女王』で日本語吹き替え版の声優を担当。主題歌を歌うなどして大ブレークを果たす。押しも押されぬスターとなった沙也加さんと、母でありスターである聖子の共演を見たいと思う人もいたことだろうが、その後も親子共演が実現することはなかった。

 いつも一緒にいて、なんでも話し合い、進んで共演をして「ママのすごさ」「娘のかわいらしさ」を語ることを「仲良し親子」と呼ぶのなら、聖子と沙也加さんは仲良しではなかっただろう。そして、その「原因」を頻繁に男性スキャンダルを起こした聖子のせいだと見る人もいるかもしれない。

 しかし、親子関係というものは「どこから見るか」で印象は大分変ってくる。断片的にしか情報を得られない他人には、到底理解できないものだと思うのだ。

 その昔、明石家さんまと女優・大竹しのぶの娘であるIMARUは『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演し、親のネームバリューで仕事を得ても、それに見合った活躍ができないと「親のことばかり聞かれる」ようになると言っていた。つまり、番組が求めているのはIMARU本人ではなく「親の話」なのだろう。

 ということは、沙也加さんが親子共演をしない、親の話を出さないというのは、親の名前がなくても番組に出てほしいと思われる芸能人に立派に育った証しといえるのではないか。見方を変えれば、これが親子共演をしない理由とも捉えられるわけで、実際に「仲良し」なのかどうかは、本人たちにしかわからないはずだ。

 親と子は別人格だから、大人になれば、親と子で意見が違うことは珍しくないだろう。それを不仲という言葉でひとくくりにするのは、ちょっと乱暴ではないだろうか。また、週刊誌が聖子と沙也加さんの親子関係に頻繁に触れることで、さまざまな臆測を呼んでしまい、それが聖子を追い詰めないとは言い切れない。仮に親子関係が悪かったとしても、そういう人は世の中にいくらでもいる。であれば、親子関係を掘り起こして「原因」を探すこと自体が無意味といえるのではないだろうか。

 「女性自身」2022年1月18日・25日合併号(光文社)の記事で、デビュー当時の聖子と仕事をしたカメラマン・YAHIMONときはる氏は「聖子さんは非常に繊細な方ですので、しばらくお休みすると思います」と話していたが、どうかゆっくり心身を休めてほしい。また、報じる側も、こういうケースの時は特に、純然たる事実だけにとどめるなど、配慮が必要ではないかと思わずにいられない。 

宇垣美里、桑子真帆……女子アナには「ウラオモテ」が必要!? 2021年話題の女子アナを斬る

オンナの花形職業として羨望を集める存在ゆえか、何かと穿った見方をされがちな女子アナ。そんな彼女たちをウォッチし続けるライター・仁科友里が、2021年に話題を集めた女子アナについて考察を繰り広げます。

 毎年12月初旬に発表される、オリコン社主催の「好きな女性アナウンサー」ランキング。ここ数年、盛り上がりに欠けるように感じるのは、私だけだろうか。

 「若者のテレビ離れ」が叫ばれ、女性誌の休刊も相次ぐなど、女子アナをスター化させるメディアのシステムそのものにほころびが出ていることも、このランキングが年々盛り上がらなくなっている原因かもしれない。

 しかし、メディアにとって、女子アナの知名度というのは魅力的なはずで、特に彼女たちの持つ「知的なイメージ」というのは、ほかのタレントと一線を画す大きな武器といえるだろう。では、「知的なイメージ」を保ちつつ、女子アナがさらなる飛躍を遂げるにはどうしたらいいのか。2人の女子アナを例にして、頼まれもしないのに考えてみたい。

宇垣美里アナウンサー(元TBS):「傷つきやすいキャラ」を生か

 宇垣美里アナといえば「コーヒーぶちまけ事件」を覚えているだろうか。

 2018年3月発売の「週刊現代」(講談社)が報じたところによると、当時、レギュラー出演していたTBSの情報番組『あさチャン!』のプロデューサーから降板を告げられた宇垣アナが、激怒してコーヒーカップを壁に投げつけた……という“事件”のことだ。

 しかし、のちに『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で宇垣アナ本人がこの件に言及。このプロデューサーは降板を1~2週間前に告げたそうで、宇垣アナは「もっと先に言うべきだし、失礼」と憤慨。その際、プロデューサーはコーヒーを渡そうとしたが、宇垣アナは「あなたからもらったコーヒーは飲めません」と、その場で流しに捨てただけだと主張し、「コーヒーを“投げつけた”」という週刊誌報道を否定していた。

 さらに、「私とプロデューサーしか知らない話が、どうして外に出るの? TBSの民度が知れる」と古巣を批判。この話を聞いた同番組司会のダウンタウン・浜田雅功も「おまえ、すげーな」と驚いていたが、ここまではっきりと組織を批判する人は少ないと思う。

 おそらく、宇垣アナは自分に後ろめたいところがないからこの話をしたのだろうが、TBS側が聞いたらどう思うのか。決していい気分はしないだろうし、内部での話し合いをバラされるリスクがあるとして、今後、仕事を頼まないと判断される可能性もないとはいえない。

 一方、今年30歳を迎えた宇垣アナは、メンタル面の変化を明かしていた。

 12月26日に配信された「Yahoo!ニュース Voice」の記事では、評論家・荻上チキ氏のインタビューに答える形で、「今まで正論をぶつけることで『言ってやった!』と思っていました。しかし、30歳になって、相手を言い負かして恨みだけが残ってしまっては誰も幸せにならないということに気づきました」と語っている。

 会社員のように組織に属している場合、所属する組織の上司に評価されることは重要だが、フリーランスのように雇用と収入が不安定な立場で安定して仕事をしたいと思ったら、“取引先”と“味方”は多いに越したことはない。仕事だから時には“取引先”との間にトラブルが発生することもあるだろうが、遺恨を残すような言い方をすると、仕事が減ってしまう可能性もないとは言い切れず、自分が損である。

 なので、「自分が正しいからといって、相手をやりこめない」という決意は、フリーランサーとして基本的にはプラスの変化だろう。しかし、ひろゆき氏の“論破”がウケていることでもわかる通り、世間には「相手をやりこめる姿を見たい」人も多くいるわけだ。テレビで堂々と古巣を批判できる宇垣アナの“オンナひろゆき”的な個性は、ほかの誰にも持ち得ない、貴重なものといえるのではないだろうか。

 そんな宇垣アナが急に論破をやめてしまったら、明石家さんまがよく言う「個性死んじゃう」ことになってしまわないか。

 

 それでは今後の宇垣アナは、どんな個性を出していけばいいのだろうか。同インタビューでこんな発言もしていた。

「『あのとき聞き流しちゃったけど、あの言葉に対しては怒ってよかったんじゃない?』と、そのとき怒らずにニコッとしてやり過ごした自分がすごく不甲斐ないと思ってウジウジしたり、一方で(中略)『あの言い方はなかった。もっと丁寧で優しくて人を傷つけない言い方があった』と反省したりするんです」

 この発言から考えると、宇垣アナは「傷つけられること」と「傷つけること」を恐れているのではないだろうか。そしてこの「傷つく」ことに敏感なセンスというのは、ものすごい金脈だと思うのだ。一般の女性から見れば、宇垣アナのように恵まれた人でも傷つくんだ、傷ついていいんだと励まされたような気持ちになり、特に同性のファン層の拡大が期待できる。

 実際に仕事で接する人や組織に対しては「相手を言い負かさない、恨みを買うようなことをしない」ことを信条としながら、オモテでは「傷ついた自分」をどんどん出していく。

 12月9日配信のウェブ版「フラッシュ」(光文社)で「本当に性格のいい局アナ」ランキングを発表していたが、ウラオモテをうまく使い分け、周りのスタッフに「テレビではあんなことを言っているけど、すごくいい人だよ」と思われると、さらなる飛躍が期待できるのではないだろうか。

 テレビを見ない人が増え、女子アナの“アイドル化ブーム”が終焉に向かうとするのなら、より存在感を発揮するのは「NHKの女子アナ」ではないだろうか。

 NHKは公共放送であることから、災害時や選挙の際はNHKのニュースを見る人も多いだろうし、ドラマの低視聴率化が叫ばれても、NHKの連続テレビ小説、通称“朝ドラ”は高い視聴率を誇っている。一方、朝の情報番組『あさイチ』で“朝ドラ受け”をした同局の鈴木菜穂子アナウンサーが、衝撃の展開に涙を見せたことがネット上で話題となり、好意的な反応を得ていた。このように、NHKの女子アナが“軟化”する傾向は、今後も続くと思う。

 そんな中、「世界のオザワ」こと指揮者・小澤征爾の息子にして、俳優・小澤征悦と同局の人気者・桑子真帆アナウンサーが結婚を発表した。『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した征悦によると、もともとは両親が桑子アナのファンだったそう。『突然ですが、占ってもいいですか?』(フジテレビ系)に出演した際にも、「初めて目が合った時に、彼女の目の奥にすーっと吸い込まれていく感覚があったんですよ。話す前ですよ」と、家族総出でベタ惚れなことを明かしていた。

 桑子アナにとっても、小澤家の一員になることはプロフィール上の強みとなりそうだし、それこそ「知的なイメージ」が強固になるだろう。だからこそ、気を付けなくてはならないこともある。それは、オトコの影だ。

 写真週刊誌「フラッシュ」(光文社)は今年1月、「セフレ9年 男性が自嘲告白」として、過去に桑子アナと関係があった男性の告白を掲載した。実際に読んでみるとなんてことはない、学生時代の話であり、セフレだった確たる証拠があるわけでもないので、単なる寝言のようなものだと私は感じたが、桑子アナに限らず、こういう報道は出ないに越したことはないだろう。

 また、桑子アナといえば、「言い間違い」が多いことでも知られる。18年の平昌冬季五輪では、「開会式」と「閉会式」と言い間違い、その後、テレビでしばらく姿を見なくなったことから、ネット上では「言い間違いに対する、ペナルティではないか」という臆測が広がった。

 そんな中、プライベートで親交のある俳優・和田正人が「ここにいますよ」と、桑子アナの画像をツイート。桑子アナは遅めの冬休みを取り、休暇を満喫していたというのが真相のようだったが、2人の親密そうな姿から「どんな関係なのか」と疑う声も出た。

 人は誰しもバイアスをかけて物を見てしまう。「言い間違い」だけでもアナウンサーとしてはよろしくないが、ここに「異性の友人と親しくしている写真」が加わると、「仕事でミスをしても気にしないでオトコと遊んでいる」とか「2人は不倫関係なのではないか?」と疑う人も出てくるだろう。

 異性の友人と親しくするなという意味ではなく、ウラで親しくてもいいから、画像などの証拠をオモテに出さないほうがよい、ということだ。桑子アナは判断力が甘めかつ緩めで、そこが人気の秘訣かもしれない。しかし、既婚者となったわけだから、やはり守らなくてはいけない一線もあるはずだ。

 NHK出身、世界のオザワ家という知的ブランドを持つことは、フリー転身の際も大きな武器となりえるだろう。しかし、そういう人の異性問題というのは、必要以上に叩かれやすい可能性もあるので、リスクにもなりうる。気をつけすぎるくらい、気を付けるくらいでちょうどいいのかもしれない。

【まとめ】
 「あの人は裏表がある」という言い方をすることがある。表向きの態度と内面が違うことを非難する意味も含めた表現だが、人前に出る商売の人に「ウラオモテ」がなかったら、やっていけないのではないだろうか。SNSが身近にある現代、はっきりと「ウラオモテ」を作ることが、女子アナのメンタルを守ることにつながるような気もする。女子アナのみなさんにおかれましては、健康に気を付けて、ますますのご活躍をお祈りしたいものだ。

ベッキーが今、「周りを幸せにしたい」と言ってはいけない2つの理由――“いい子発言”が気になるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「周りの人を幸せにしたい」ベッキー
『BANKSY GENIUS OR VABDAL(バンクシー展 天才か反逆者か)』プレス限定イベント

 「週刊文春」(文藝春秋)が2016年に不倫スクープの1人目として取り上げたのは、タレント・ベッキーだった。それまで「好感度が高い」「いい子」というイメージで通っていたベッキーは、既婚者であるゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音と不倫。川谷は妻がいながら、ベッキーと正月に長崎にある実家に“帰省”したという。クリーンなイメージで売っていた有名タレントが、既婚者の実家を訪問するという無神経な行動を取り、「裏切られた」と思った人もいたかもしれない。

 当時、ベッキーはCM契約を多数抱えていた。それが理由なのだろう、「文春」報道後に記者から質問を受け付けない会見を開き、川谷とは「いいお友達」だと釈明した。しかし会見後、その答えを待っていたかのように「文春」は2人のLINEのやりとりを掲載。これが不倫の確固たる証拠となり、川谷が妻と離婚するつもりであることもバレてしまった。

 不倫をして、ウソまでついて、夫を略奪しようとしている――。これまでの“いい子”イメージは消え去り、ベッキーは世間から大バッシングを浴びて、休業に追い込まれた。

 この影響はいまだに尾を引いているようだ。ベッキーがテレビに出演し、そこでの発言がネットニュースになると、「Yahoo!ニュース」のコメント欄には必ずといっていいほど「不倫したくせに」と、過去をほじくり返す声が上がる。個人の感覚の問題だから、そう思う人がいても仕方ないが、いまだにベッキーに文句をつける人は、16年より前に不倫をしていた芸能人にも文句をつけるのだろうか。

 芸能界には不倫を経て結婚したカップルはいて、おしどり夫婦として知られる中尾彬・池波志乃夫妻は、もともと不倫関係にあったことを本人たちが認めている。元テレビ朝日アナウンサー・徳永有美も、03年に夫のいる身でありながら、ウッチャンナンチャン・内村光良と温泉旅行をしていたことが発覚。徳永アナは担当していた番組で謝罪し、その後、夫と離婚して内村と再婚。なお、この騒動でテレビ朝日を退職した。

 しかし、中尾夫妻や内村・徳永アナがテレビに出ても、ネット上で「不倫のくせに」とベッキーのように責められることはほとんどない。結局、「不倫をしたから責められる」のではなく、「テレビに出ている人を責めるときに、『不倫をした』というのはいい口実になる」といったところではないだろうか。

 ネットによる誹謗中傷被害の訴訟に詳しい弁護士サンに話を聞いたことがあるが、悪質な書き込みをする人は、「みんながやっているから」「どうせバレないから」程度の「ごく軽い気持ち」で及んでいることが多いそうだ。「絶対に許せない」「物事はこうあるべきだ」というような強い主義主張を持っていることは、ほとんどないという。

 度が過ぎた悪口は書くほうが100%悪い。とはいえ、タレントがイメージ商売であることを考えると、軽い気持ちから書かれる憂さ晴らし的な悪口を含め、マイナスなことは言われないに越したことがないはずだ。 
 
 ベッキーも不倫のイメージを塗り替える活躍をするか、新しい“支持母体”を見つけられれば、批判よりも応援の声が増えるだろう。19年に結婚して母親になり、子育てについて語ることが増えた今、まずは世の母親たちを味方につけることができそうだと思った。

 12月18日放送の『すくすくナイト』(NHK Eテレ)に出演したベッキーは、母乳があまり出ず、「産後3日目からずっと泣いちゃっていた」「(子育てを)楽しめていない私は母親失格なんだとすごい思っちゃって、自分を責めたりもした」と、“理想の母親”になれなかった過去を振り返っていた。

 こういう“失敗”を積極的に明かすことで、追い詰められている多くの母親たちから共感され、“悩む母親”という新しい支持母体も得られるだろう。しかし、最近ちょっと気になる発言があった。

 ベッキーは12月10日、展覧会『BANKSY GENIUS OR VABDAL(バンクシー展 天才か反逆者か)』のプレス限定イベントに参加。自身も絵を描き、個展を開いた経験があるなどの実績が買われてのオファーかもしれない。イベント終了後、インタビューに応じたベッキーは、記者から「元気の原動力」について聞かれ、「周りの人を幸せにしたい」と答えていた。

 独身時代のベッキーは、ファンにサインをした後に、そのファンの幸せを祈って「念を込める」といろいろな番組で明かしているし、これは偽らざる本音だろう。でも、「今の」ベッキーは2つの理由で「周りを幸せにしたい」と言ってはいけないのではないかと思う。

 1つ目の理由は、アンチ・ベッキーでなくても、ベッキーの不倫を記憶している人が多いから。「周りを幸せにしたい」と“いい子発言”をすると、「自分は不倫をして、元妻を苦しめたのに?」と過去をもとにつっこみたくなる人は一定数いるだろう。

 不倫をしたからといって、いつまでも責められる社会はおかしいと思うが、不倫をしていたことは事実なわけで、そこを「なかったこと」にするのは難しい。なので、今は“いい子発言”は控えて、「みんなの喜ぶ顔が見たい」くらいにとどめておくほうが賢明ではないか。

 2つ目の理由は、数は少ないと思われるが、「人を幸せにする」という言い方に押しつけがましさを感じる人がいないとは限らないからである。「人を幸せにする」という一言からは、「自分は人を幸せにする力がある」と信じていることがうかがえてしまう。

 実際にベッキーから幸せをもらう人もいるだろうが、反対に、ベッキーを見ても幸せにならない人もいるはずだ。それはベッキーに「幸せにする力がない」からではなく、幸せかどうかは受け手の感性に委ねられているからではないか。そう考えると、幸せは「個人の問題」であり、「周りを幸せにする」という言い方自体が「大きなお世話」といえるだろう。

 また、ベッキーの「周りを幸せにしたい」という言い方は、サンタクロースが子どもにクリスマスプレゼントを配るようなハートウォーミングなイメージなのかもしれない。しかし、「幸せをあげる人」と「幸せを与えてもらう人」がいるという意味では、上下関係、もしくは支配関係に似た構造が生まれるので、「いい子のフリをして支配的」な印象を受けて、興ざめする人もいるかもしれない。

 以上、2つのことを意識して発言しないと、新しい支持母体を得られないどころか、ますますアンチが増えてしまいそうだ。

 その昔、有吉弘行に「元気の押し売り」とあだ名をつけられたベッキー。今、不倫のイメージダウンから回復途上にあるベッキーが気を付けるべきは、「周りの人を幸せにしたい」の一言からもにじみ出る、「善意の押し売り」ではないだろうか。長年のカンを生かしながら、注意深く頑張っていただきたいものだ。

ギャル曽根の小倉優子に対する「やりすぎ」行動に思う、まじめで真逆な友人との距離感

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「パパも慣れてるからね」 ギャル曽根
『100%アピールちゃん』(12月13日放送、TBS系)

 女優・辺見マリが「拝み屋」を自称する女性に洗脳され、5億円をしぼりとられた過去を2015年9月放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で明かしたことがある。マリは洗脳された原因の一つとして「まじめで責任感が強い」性格が仇になったと話していた。

 学生時代ならまじめであることは評価されるし、それが美徳だと教えられるだろう。しかし、オトナになると、まじめさは時に仇になることもある。そんな「まじめの壁」に今ぶちあたっているのは、“ゆうこりん”ことタレントの小倉優子ではないだろうか。

 歌手としてミリオンヒットを出したわけでもない、女優として当たり役があるわけでもないのに、今も消えずに芸能界を生き残るゆうこりん。独身時代は「こりん星のりんごももか姫」という設定で売り出すなど、不思議ちゃん寄りのキャラクターだったが、母となってからは料理の腕前を上げたほか、子どもの教育にも熱心だ。長男を有名小学校に合格させており、まさに「まじめな努力家」といえるのではないだろうか。

 その一方で、なぜか結婚生活は安定しない。初婚の夫はゆうこりんの妊娠中に、ゆうこりんが所属する事務所の後輩と不倫していたことを「週刊文春」(文藝春秋)に報じられ、17年に離婚。翌18年、歯科医の男性と再婚を果たしたものの、その夫は身重のゆうこりんを置いて家を出て行ってしまい、弁護士を通じて離婚の意志を告げられたという。

 夫は19年のクリスマス頃に家を出たとされているが、2年近く日々が流れた現在も離婚していない。お受験対策や芸能人としてのイメージなど、いろいろな事情があるとはいえ、ゆうこりんなら離婚してもやっていけるだろうし、あまり関係を長引かせても……というのは、凡人の発想なのかもしれない。ゆうこりんはまじめゆえに、夫婦仲がうまくいく方法を模索していたようだ。 
 
 今年9月17日に放送された『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ系)に出演したゆうこりんは、夫婦仲をうまくいかせる本を読んだと語っていた。その本には「男の人が帰ってきたときに女性が小走りで玄関に行って『おかえり』って言うのがマル」「家事なんか全然しなくてもいいから、女性が笑ってるほうが男性はうれしい」などと書かれていたらしく、ゆうこりんは「“疲れたぴょんぴょん”とかやれば、もっと違ったのかな〜」と反省。しかし、番組MCのダウンタウン・松本人志は「まだまだ失敗しそうだね」と、その反省が見当違いであることをやんわり指摘していた。

 「やればできる」を積み上げてきた人だけに、結果が出るまで愚直なまでにやり続けるのが、ゆうこりんの流儀なのかもしれない。他人からは、“頑固”とみなされることもあるだろう。そういう人と仲良くなれるのは、同じく頑固気質の人か、あまり物事を深く受け止めない、あっけらかんとした人ではないだろうか。

 ゆうこりんの親友は、大食いタレント・ギャル曽根である。ゆうこりんはギャル曽根のことを「年下だけど、電話で話して泣いちゃったりすると曽根ちゃんも泣いちゃったり。自転車で来てくれたりしました、夜何時でも」「友達以上だと思っています」と語っていたことがあり、全幅の信頼を寄せている様子。「曽根ちゃんは私にはないものを持っている」とも話していたが、確かにギャル曽根とゆうこりんは違うタイプといえるだろう。

 11年に結婚したギャル曽根は、夫の携帯にGPSを付けて居場所をチェックし、メールなどスマホの中身も見ているという。17年10月30日放送の『しゃべくり007』(日本テレビ系)に出演した際、すでにこの話をしていたので、今に始まったことではない。一般的にいうならば、パートナーの居場所をGPSでチェックする行為は“束縛”とされ、相手に嫌がられて、場合によっては別れの遠因になることもあるだろう。女性誌などに「パートナーの携帯を見るな」と書かれていることもあるし、ゆうこりんのようにまじめなタイプは、まずしない行動だと思う。

 しかし、ギャル曽根はそういうセオリーを無視しているにもかかわらず、夫と円満のように見える。12月13日放送の『100%アピールちゃん』(TBS系)に出演したギャル曽根は、夫の居場所をGPSでチェックすることを「めっちゃ便利」「パパも慣れてるからね」と、あっけらかんと語っていた。少数派だとは思われるが、GPSで居場所をチェックされるのが嫌ではない人もいるだろうし、さらなる面倒ごとを起こさないために、妥協案として受け入れる人もいるかもしれない。結局、すべては「相手次第」なわけだ。

 ゆうこりんが世間の理屈に沿って努力するタイプだとしたら、ギャル曽根はあまり深いことは考えずに、自分流を貫くタイプにも見える。気質が違う友達というのは、相性がいいだろう。オトナになると、他人に悩みを話すことは難しくなる。特に芸能人のように競争社会で人気商売の人は、誰かに話したことがうっかり外に漏れないとは限らず、人を信用しにくいところもあるだろう。そんな中、ゆうこりんにギャル曽根という友達がいてくれてよかったと思うが、気になることもある。 
 
 19年11月30日放送の『人生最高レストラン』(同)に出演したゆうこりんは、現在の夫との交際経緯を説明していた。ママ友の紹介で知り合ったというが、それをギャル曽根に報告したところ「信用できない」と言われ、2回目の食事はゆうこりんのマネジャーと、ギャル曽根を同伴させたことを明かした。 
 
 番組では、その時の様子を本人出演の再現ドラマで紹介。ギャル曽根は、夫が歯科医で今まで結婚したことがなく、40歳を超えていると知ったときに「絶対遊んでる! 絶対ダメ!」と思い、交際を反対する気だったとか。食事をしていた部屋からゆうこりんを離席させ、夫を質問責めにしたという。「お金についても話しました。芸能界って良い時もあれば、悪い時もある。稼ぎがゼロになる可能性だってある。そのときに、『あなたは養えますか?』って。聞きたいこと全部聞いた」とのこと。その結果、相手が誠実な人であると感じ、「ゆうりこんをよろしくお願いします」と頼んだそうだ。 
 
 映画やドラマでは、女友達の彼氏に詰め寄って“査定”するシーンはあり、こういうことに友情を感じる人もいるだろう。しかし、現実問題として考えると、ギャル曽根の行動はやりすぎではないか。 

 
 テレビだから多少話を盛っている可能性もあるが、彼氏候補を質問責めにして、相手が友達を嫌になってしまったらどうするのか。また、「ゆうこりんをよろしくお願いします」と言ったということは、ギャル曽根も相手の男性をいいと思ったということだろうが、結果はご存じの通りである。ギャル曽根に見る目がないと言いたいのではなく、男女がうまくいくかどうかを100%の精度で見極められる人なんていないと思うのだ。

 ゆうこりんの場合、この時、お子さんが2人いたわけだから、結婚の決断はより慎重さが必要だっただろう。それだけに、ギャル曽根に限らず、いくら仲が良いとはいえ、外野が無責任に口を挟むのはいかがなものか。

 親友のギャル曽根を信頼しており、かつ、ギャル曽根の家庭が円満なこともあって、ゆうこりんに与える影響力は大きいといえるだろう。だって、ゆうこりんはまじめだから。信じちゃうから。ゆうこりんを思う気持ちはそのままに、ギャル曽根には、そっと支えてあげてほしいと願う次第だ。 

石田純一が叩かれるのは「飲み会に行く」からではない? 世間との溝がなかなか埋まらない理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「あなたたちに話すことは、一生ありません! 」石田純一
「女性自身」2021年12月21日号(光文社)

 コロナ禍で大きく評判を落としたタレントといえば、石田純一が思い浮かぶ。

 昨年4月に石田が新型コロナウイルス感染を発表した直後は、純粋に心配している人が多かったと記憶しているが、その後、週刊誌報道などで行動の詳細が明らかになるにつれ、彼に注がれる視線は冷たいものとなっていったように思う。

 同年6月9日発売の「女性自身」(光文社)は、沖縄県知事が「県外からの来県自粛と、沖縄県民の外出自粛要請」を出した中で、石田が沖縄を訪問していたと報道。同地で経営しているレストランの視察だと説明していたが、ゴルフに興じており、プレーの途中で体調を崩していたことも明らかになる。本人もまさか自分が感染しているとは思っていなかったのだろうが、結果的に石田は、濃厚接触者を増やすような行動を取ってしまったわけだ。これが原因なのか、滞在先の沖縄のホテルは一時休館に追い込まれたという。

 真面目にステイホームしていた人にとっては、この時点で信じがたいが、このあとの行動も物議を醸した。東京に戻った石田は、某大学病院に入院する。しかし、一般の人は新型コロナに感染したかもしれない、医療機関にかかりたいと思っても、いつつながるかわからない発熱外来や、保健所にずっと電話をかけ続けるしかない。好き勝手して感染しても、芸能人ならすぐに医療にかかれるのかと、石田を非難する声はSNSでよく見られた。

 こうした民意を読んだのか、退院後、『特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル』(読売テレビ)に電話出演した石田は、「ペナルティーとして、レギュラーの番組とかも降りました」と話していた。

 ここでおとなしくしておけばよかったのに、その後も石田は「懲りない」行動を取る。

 同年8月4日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)は、石田が7月下旬に出張先の福岡で飲み会に参加し、25歳の女性を“お持ち帰り”したと報道。飲み会に参加した理由について、石田は同誌の記者に「CMをやらせていただいている社長とゴルフをやっただけなんで。僕は今、テレビを干されているので、ビジネスパートナーには気を使っているわけ。レギュラー番組はないので、主な収入源はスポンサーなんです。何を言われようが、スポンサーに挨拶回りをするのは自分の仕事だと思っていますよ。子どもたちのためにも家を守るためにも」と主張したそうだ。

 つまり、自身の行動は飲み会でスポンサーをもてなし、それを収入に変えていく、一種の営業活動だと言いたいのだろう。現在67歳の石田だが、3番目の妻であるタレント・東尾理子との間にもうけた3人のお子さんはまだ小さい。長男は大学まで続く超名門小学校に合格したと報道されており、教育費はもちろん、その他もろもろのことでもお金がかかるだろうから、少しでも“営業”を増やしたいのは理解できる。

 一方、妻である東尾の立場から考えれば、夫が非常識な行動を取ることで番組を降板して収入も減り、迷惑をこうむっただけだろう。金銭的な痛手だけではない。石田が人の集まるところに出向けば、本人はもとより、自分や子どもたちへの感染リスクも高くなってしまう。そうすると、子どもたちがクラスメイトやその親から「あの子は感染しているのではないか」と疑いの目で見られることもないとは言い切れないから、さぞ肩身の狭い思いをしたのではないか。

 端で見ていても揉め事のタネが多そうな夫婦だが、今年12月7月発売の「女性自身」は、仕事が激減したことによる経済難で、都内の一等地に立つ豪邸を石田が売却しようとしていると報じた。夫婦仲が悪化していることもあって、豪邸の売却は財産整理のためではないかという、石田の知人の話も紹介されている。記者がウラを取るべく石田を直撃したところ、「あなたたちに話すことは、一生ありません! もう来ないでいただけますか!」と激高し、「家庭は崩壊しています、はい。家庭もすべて崩壊していますから! 帰ってください」とキレながら答えたそうだ。

 週刊誌の報道で自分の評判が落ち、仕事を失ったことから、石田は「今の窮状は週刊誌のせいだ」と思いこんでいるのかもしれない。ターゲットにされている感は否めないが、実際、石田も飲み会に参加しているわけだから、週刊誌ばかり責められないだろう。

 石田が飲み会で営業を行う一方、12月5日放送『ボクらの時代』(フジテレビ系)では、脚本家の中園ミホ氏が「基本的に役者さんとはご飯は食べない」と話していた。その理由は、俳優に「ボクの役、もうちょっと立ててと言われる」「男の俳優が脚本家によくしてくれるのは、ほぼ全員そう」だから。飲み会が仕事仲間との親睦の一環ならいいが、“おねだり会”にされると面倒なので、一線を引いているようだ。

 もしかすると、石田は飲み会自体が「自分を売り込んだり、仕事を得るための手段」だと考えていて、だからこそ、批判を無視して参加しているのかもしれない。今でもそういう手法で仕事を得ている人もいるのかもしれないが、中園氏の発言でもわかる通り、業界で高い地位にある人がテレビのような公の場で「飲み会は仕事の取り引きの場ではない」とはっきり言う時代になっている。

 コロナ禍の影響でそもそも飲み会を開催することが難しいし、コロナが終息に向かっても、かつてのような雰囲気に戻るかも疑わしい。酒を飲みながら仕事仲間とコミュニケーションを取ること、いわゆる「飲みニケーション」を不要だと思う人が6割を超えたとの調査が出ていたように、世間的にも「飲み会も仕事のうち」という考え方は、どんどん廃れているのではないだろうか。

 世の中の大半の人にとって「飲み会は遊び」という感覚になっている今、批判を浴びても飲み会に出続ける石田が週刊誌で報じられれば、「どんだけ飲み会好きなんだ」「どうして懲りないんだ」と、白い目で見られるのも仕方のない部分がある。石田と世間の溝は、なかなか埋まらないと思う。

 こうやって考えてみると、石田が叩かれている理由は「飲み会に出ている」からというよりも、「民意が読めないから」と言ったほうがよさそうだ。世間の反応が予想できない芸能人は、「時代についていけていない」と思われがちである。そして、石田の仕事そのものも、今後は難しくなってくるのかもしれない。

 石田は「飲み会」以外にも、ある方法で仕事を増やしていた時期がある。 

 2番目の妻で女優・松原千明と結婚している最中に、モデル・長谷川理恵と不倫関係に陥り、ワイドショーのリポーターに追いかけまわされることになる。こんな時、ほかの俳優はひたすらリポーターを無視し、邪険にしたが、石田はほどほど真面目に質問に答えていたと記憶している。マイクを向ければ質問に答えてくれる石田をワイドショーは追いかけるが、この“集客力”に目をつけたのがイベント会社だ。

 彼をイベントに起用すれば、ワイドショーのレポーターが来てくれて、会場の様子がテレビに映る。こんな“宣伝効果”の高い人は、当時なかなかいなかっただろう。こうして、石田は仕事を増やしてきた感があるが、ワイドショーは芸能レポーターが高齢化し、若い人のなり手がないと聞いたことがあるので、番組の形も変わっていくかもしれない。イベントだって、高いギャラを払って芸能人に来てもらうよりも、インフルエンサーに宣伝してもらうことが増えている。石田の仕事獲得のための方法や、仕事そのものが「過去のもの」となる可能性は否めないだろう。

 しかし、鉱脈は意外なところにあるともいえる。石田の現在の妻や岳父は有名人だし、初婚、再婚でもうけた子どものいしだ壱成、すみれも芸能活動をしている。元妻の松原も元女優で、典型的な芸能人一家だ。

 ということで、今後は「芸能界の大家族もの」を目指して、お子さんに差し支えない範囲で、私生活を公開していったらどうか。家庭というのは、そもそもがネタの宝庫だし、家庭内の話なら飲み会で営業する必要もないから、叩かれない。若く見える石田だが、もう67歳。体に気を付けて、家族に愛想をつかされないような仕事の仕方を見つけるべき時が来ているのかもしれない。

大久保佳代子の下ネタが、コンプライアンスに抵触しない2つの方法――「天才」だと思った『かりそめ天国』の一幕

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「できることといったら、それくらしか……」 オアシズ・大久保佳代子
『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系、11月26日)

 6月6日放送の『週刊さんまとマツコ』(TBS系)で、明石家さんまとマツコ・デラックスが“いじり”について話していた。

 さんまはオンナ芸人に「さんまさん、ブスいじりしてください」と頼まれることがあるそうだ。芸人の仕事として考えるならば、これを頼んだオンナ芸人は「ブス」をネタにしてテレビに映ろうと思っているわけだから、さんまとしては協力してあげたいはずだ。

 しかし、さんまはそれをしないと話しており、その理由は「言ったほうが損をするやろ」。お互い合意の上で、ショーとしてブスいじりをしても、視聴者に「さんまは女性差別をしている」と思われてしまったら、笑いも生み出せず、自身のイメージも低下してしまう。自分が損をするならやらない、ということだろう。

 これまで一部のオンナ芸人は、ルックスや非モテをネタ、もしくは自分のキャラクターの一つにしてきた。それを「笑えない」と思う人が増えた今、これから世に出てくる若手のオンナ芸人は、何か違うキャラで勝負してくると思われる。が、困ってしまうのは、すでにこれらのネタで一時代を築いたオンナ芸人ではないだろうか。時代的に笑えないからといって、これまでのキャラを封印して全く違うキャラになった場合に、視聴者はついてくるのかわからない。かといって、時代に逆らって、ルックスや非モテ売りを続けるのも得策とは言い難い。

 時代の変化に対応するのはなかなか難しいことだと思うが、やっぱり売れている人は違う。11月26日放送『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)に出演したオアシズ・大久保佳代子は、「コンプライアンスに抵触せず、人を傷つけず、共演者にも損をさせないのに、従来のキャラを貫く」方法を見せてくれた気がした。

 大久保サンといえば、性欲が強いキャラ、下ネタが好きなキャラとして一世を風靡。性欲について語っても、実際のセックスについて口にしないのが大久保サンの賢さだと私は思っているが(実際のセックスの話だと生々しすぎる)、今の時代だと、こういう話がコンプライアンスに抵触する可能性がないとは言い切れない。

 しかし、大久保サンは2つの方法で、この難題をクリアしていると思った。まず1つ目の方法は「見る人に判断をゆだねる」ことだ。

 大久保サンは同番組で、京都の高級ホテルに泊まって1人でダラダラする企画に登場していた。ロビーの窓から外を眺めたとき、大久保サンは菜々緒ポーズのようにおしりを突き出した。ここで「私のおしり、どうですか?」などと口にしたら下ネタになってしまうし、見ている側のスタッフや出演者が大久保サンを褒めたとしても、このやりとりをセクハラだと感じる視聴者もいるだろう。

 そんな中、大久保サンは無言でおしりを突き出していたのだ。これによって、彼女の行動をエロとみなすか、偶然そういう格好になったと思うかは、見ている側の判断にゆだねられる。

 同番組司会の有吉弘行はエロだとみなしたようで、「アピールの仕方が古いね」とツッコんだが、これも時代に即しているといえるだろう。ひと昔前なら「そんなもの見せるな!」というように、「おしりの見た目が悪いから見せるな」といった意味合いのコメントが飛んだかもしれないが、それだと視聴者が不快に思ったり、セクハラだと感じるかもしれない。有吉は見た目という“危険ゾーン”には触れず、ツッコむことも忘れなかったわけだ。

 2つ目の方法は「あえて求められていないキャラを演じる」こと。部屋に備え付けられた檜のお風呂を前に、大久保サンは「見えたな、これは入浴シーンあるな」とつぶやく。「(入浴シーンを撮られても)いいんですか?」とスタッフに聞かれた大久保サンは「いいんです、いいんです。私にできることといったら、それくらいしか(ない)」「皆さん楽しませることできないんで」「片乳くらいは大丈夫なんで」と答えていた。

 大久保サンに番組がオファーしたのは、芸人として面白いことを言ってもらうためであり、入浴シーンや胸を見せてもらうのが目的ではないだろう。それがわかっているからこそ、あえて“求められていないキャラ”もしくは“勘違い女”を演じて、笑いを誘ったわけだ。

 この“勘違い女”キャラも、ひと昔前であればオトコ芸人が「何勘違いしてるんだ、ブス!」くらい言ったかもしれない。しかし、さんまも語っていた通り、今の時代にそんなことを言ったら、自分の評価を下げることは彼らもよくわかっているから、大久保サンがツッコまれる可能性は低い。実際に、同番組司会の有吉とマツコ・デラックスはただ笑っているだけだったし、大久保サンもこの展開を想定していただろう。

 結果として、大久保サンの言動はコンプライアンスに抵触せず、人を傷つけず、共演者にも損をさせない笑いを見事に成立させたといえるのではないか。

 売れている人というのは、既存キャラの大看板は変えないものの、時代の流れを察知して、少しずつ芸風を合わせて変化させていくのだろう。老舗の味も、実はずっと昔から同じ味というわけではなく、マイナーチェンジを図っていると聞いたことがあるが、それは芸能人も同じことなのかもしれない。

 エロという万人受けするネタのキャラ化に成功したこと、また、それをテレビでやっても問題ないように表現する方法を編み出したこと。大久保サンって、天才なんだと思うばかりだ。

森三中・黒沢かずこに学ぶ、「敏感力」の生かし方――面倒くさがられないために大事な“一線”はどこか?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の芸能人>
「敏感が行き過ぎちゃって、面倒くさい人と思われている部分もあると思う」森三中・黒沢かずこ
『あちこちオードリー 売れっ子&レジェンドの名場面SP』(11月10日、テレビ東京系)

 2011年に芸能界を引退した島田紳助さんが、お笑い芸人に向く男性について「生まれついて明るいやつか、逆に暗いやつ」と話していたことがある。生まれついて明るい人がお笑い芸人に向いているのはわかるが、「暗いやつ」がお笑い向きというのは、意外に聞こえるかもしれない。島田さんは「勉強や運動ができない、見た目が良くない、モテないなどのコンプレックスをうまい具合に発酵させて笑いにできると、面白くなる」といった意味の解説をしていたと記憶している。

 長期間にわたる景気の低迷や、コロナ禍で他人と接触しない生活が当たり前となりつつある今、公私共に充実している“リア充”な芸能人の存在価値は薄れているように思う。それに代わって、島田さんが言うところの「コンプレックスをうまい具合に発酵させた笑い」が求められており、それができそうなのは「自分について考えすぎている芸人」ではないだろうか。

 今年4月25日放送のラジオ『日本郵便 SUNDAY’S POST』(TOKYO FM)に出演し、「私って生きるのがヘタだと思うんですけど……」と発言した森三中・黒沢かずこは、典型的な「考えすぎている芸人」だと思う。

 09〜10年に放送されていたバラエティ番組『人志松本の○○な話』(フジテレビ系)の「ゆるせない話」回に出演した黒沢は、「(オリエンタルラジオ・藤森慎吾やキングコング・梶原雄太ら)イケイケ後輩の前を5往復したのに、挨拶してもらえなかった」とし、その理由を「森三中がツッコミもできない、ボケのアシストもできない、フリもできない、後輩にとってどうでもいいグループだから」と分析していた。「ひどい扱いを受けるのは、森三中がヘボいから」と自虐的に解釈していたようだが、それは事実とはいえないだろう。

 なぜならば、藤森は『アメトーーク!』(テレビ朝日系)などに出演した際、売れているときは天狗になっていて、ピース・綾部祐二など、かなりお世話になった先輩にも挨拶しなかったことを明かしているからだ。挨拶をするかどうかは、藤森が自身の状況を踏まえて判断した結果であり、黒沢を含んだ森三中の価値と必ずしも関係があるわけではないし、「悪く考えすぎ」だといえる。

 今月10日放送の『あちこちオードリー 売れっ子&レジェンドの名場面SP』(テレビ東京系)にて、黒沢は自身を「敏感な人間」と定義づけた上で、「結局、鈍感な人がいいんだなぁ」というポエムをしたためており、未公開シーンとして紹介された。黒沢は「敏感が行き過ぎちゃって、面倒くさい人と思われている部分もあると思う」と話していたが、この発言は「他人に迷惑をかけない敏感でいたい」という意味だと私は解釈した。

 敏感さや鈍感さというのは、生まれついての資質であり、どちらがいいとか悪いということはないだろう。黒沢の場合、敏感さが笑いにつながっているので、これは武器でもある。しかし、敏感すぎると共演者やスタッフに迷惑をかけるかもしれないし、視聴者も笑えない。敏感な人の場合、「人に迷惑をかけているかも」と感じるだけで、メンタルが追い込まれる可能性も否定できない。黒沢はちょうどいい塩梅の敏感を模索しているように見える。

 テレビ用に「考えすぎる人」を演じているのならいいが、日常生活でもこのような思考回路なのだとしたら、結構ストレスフルなのではないかと心配になる。対人トラブルに発展する可能性もないとは言い切れない。そうした敏感さが面倒なものにならないために、超えてはいけない一線があるとしたら「他社や他人など、自分以外のものに口出しをしないこと」ではないだろうか。

 黒沢に対して、考えすぎてちょっと面倒くさいなと思ったことがある。それは15年放送の『みなさんのおかげでした』(フジテレビ系)での、「石橋温泉」という企画の中だった。

 オンナ芸人がとんねるず・石橋貴明に悩みを打ち明けて、アドバイスをもらうというもので、ほかのオンナ芸人が恋愛相談をする中、黒沢は「自分がなんの目的でこの世界に入ってきたかわからなくなっちゃって」と、お笑いについて迷っていることを打ち明けた。そこからヒートアップした黒沢は、番組プロデューサーを呼び出し、「飲む金あるなら制作に回せよ! 上に媚びるな! もっと若手スタッフにチャンスやれ!」と、怪気炎を上げたのだ。

 当時、フジテレビの番組は軒並み視聴率が伸び悩み、『みなさんのおかげでした』も例外ではなかった。黒沢は、面白いものを作りたいと現場は思っているのに、上の人間が予算を飲み代として使うから制作費が少なくなってしまったり、制作者が局の上層部の顔色をうかがいすぎて若手にチャンスをあげない、冒険ができないと考え込んで、一気にぶちまけたのではないか。

 こうした現状をバッサリ斬った黒沢のことを、視聴者は面白いと感じただろうが、「社会人として」見るなら、この物言いは黒沢にとってマイナスだと思う。仮に予算が上の人間の飲み代に消えていたとしても、カネの使い方は権限ある人間の決めることだから、他社の人間である黒沢が口を出したり、あれこれ考えることではないだろう。

 また、「タレントとして」見ても、あまり得策ではない気がする。今も視聴率が振るわないフジテレビだが、将来的に盛り返す可能性がないとはいえないし、この時の番組プロデューサーが大出世を遂げるかもしれない。

 そうなった場合、仕事とはいえ、自分をテレビで怒ったタレントを起用したいと思うだろうか。フジテレビの功労者と言っても過言ではない石橋でも、切られるときは切られてしまう。黒沢がテレビやバラエティの今後を考えすぎるあまり怒ったのはわかるが、自分のタレント生命にかかわるようなことはしないほうが得策だと思う。

 「石橋温泉」といえば、こんなエピソードもある。黒沢の友人・椿鬼奴が登場した際、グランジ・佐藤大と交際しているものの、彼の収入が少ないため結婚を迷っていると打ち明けた。すると、黒沢は「本当に鬼奴と結婚するつもりがあるなら、この世界を辞めて普通の仕事をすればいい」「彼氏は『雇われのバーテンくらい、いつでもできる』と言うけれど、商売ナメんなよと思うんです。生活費を稼げるようなってから言え」と、かなり厳しい口調で佐藤を批判していた。

 黒沢から見れば、佐藤は売れているとは言い難く、借金もあり、売れるための努力すらしていないように見えて、結婚をするには「万事考えが甘い」と言いたいのかもしれない。こんな人と結婚したら、友人の鬼奴が不幸になると考えて心配しているのだろうが、交際相手、結婚相手については鬼奴が決めることであって、黒沢を含めた他人に口を挟む権利はない。

 鬼奴は黒沢の気質を理解しているからか、交際相手を批判されても揉めることはなかったようだが、一歩間違えば、友情が決裂してしまったかもしれない。

 このように、黒沢の敏感力は自分に向かうと、「いちいち考えすぎだけど面白い」と言われるようなネタになるが、その力が他社や他人に向かってしまうと「言いすぎ」「そこまで否定される筋合いはない」「越権行為」となり、トラブルのもとになりかねないと思う。とはいえ、「敏感が行き過ぎちゃって、面倒くさい人と思われている部分もあると思う」と話していたように、黒沢は自分の資質を理解しているのだろう。

 そこで、過剰な敏感力をうまく生かすために、頼まれもしないのに黒沢におすすめしたいのは、YouTubeチャンネルで「敏感な女子のためのお悩み相談」を始めることである。

 自分と同じような人たちの悩みを聞くうちに、「この敏感さは面倒くさい」「この敏感さはいい」というふうに、黒沢なりのガイドラインができてくるはずだ。今は「コンプレックスをうまい具合に発酵させた笑い」が求められると思うだけに、黒沢も自分や他人を傷つけることなく、健康的に考えすぎながら、私たちを大いに笑わせてほしいものだ。

瀬戸内寂聴さんが“悩み相談の達人”として人気だったワケ――「いい適当さ」を振り返る

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「言うこと、聞かなくていいの」瀬戸内寂聴
『快傑えみちゃんねる』(6月1日、関西テレビ)

 相談というプライベートなことを、わざわざテレビでやる時に問われるのは、“相談を受ける側がいかにテレビ映えする回答ができるか”である。かつて、自分の言うことを聞かない相談者に「地獄に落ちるわよ」と言い放った占い師がいたが、倫理面ではアウトでも、テレビで大ヒールを演じ抜いたという意味で大成功である。

 テレビにある程度台本はあるだろうが、シロウトさんにテレビ映えする回答は難しいなと思わされるのが、『怒れるオジサンとヤバイ女』(テレビ東京系)のお悩み相談コーナーである。

 5月26日放送の同番組で、タレント・熊切あさ美の「女優業にシフトしたいが、愛之助との破局のイメージが強すぎて敬遠される」という悩みに、敏腕選挙戦略家の鈴鹿久美子氏が回答していた。鈴鹿氏いわく、「37歳の生足は難しい」。“愛人イメージ”を払しょくしたいのなら、年齢にふさわしい、きちんとした格好をしろとアドバイスしていたが、ストッキングをはいたら、女優の仕事が来るのかは疑問である。また鈴鹿氏は、熊切に若い女性への恋愛アドバイザーになることを勧めていたものの、女優の比重を増やしたいという人に、違う職種を勧めるのは適切なのだろうか。

 これは、相談を受ける者として、鈴鹿氏がダメという意味ではなく、むしろ芸能人もしくは有名人がウマすぎると言うべきだろう。よく聞いてみると実質的なアドバイスはないのに、いいことを言ってもらった気にさせるのが日本一ウマい人、それは作家の瀬戸内寂聴ではないだろうか。

 6月1日放送の『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)に、瀬戸内とタレント・矢口真里が出演した。瀬戸内が出演を決めた理由は、「えみちゃん、大好きなの」と語るほどの上沼ファンだからだそうだが、話題はまず“矢口の再婚”へ。矢口は、俳優である夫(当時)・中村昌也のいない隙に、自宅にオトコを連れ込んだところ、予定外に中村が帰宅。オトコをクローゼットに隠したものの、結果バレてしまうという“クローゼット不倫”で離婚に至った。矢口は活動停止を余儀なくされるが、その後、不倫相手と交際を続け、再婚を果たした。

 上沼は、この結婚はうまくいかないと予想する。不倫が配偶者にバレると、交際が終わるのはよくある話だが、矢口は交際を続けた理由を「彼と家族しか支えがなかったから」と説明する。上沼いわく、「入院中においしい弁当を届けてくれた人と婚約したら、別れる」のだそうだ。これはつまり、病院のまずい食事に比べたら、差し入れしてくれる弁当ははるかにおいしい。しかし、退院していろいろなものを自分の足で食べにいけるようになったら、差し入れ弁当のおいしさやありがたみは薄れてしまう……というわけである。

 このほかにも、元モデルである矢口の現在の夫が、騒動の余波を受けてサラリーマンになったことに対し、上沼は「サラリーマンは務まらない」と断言。また夫の経済状況に合わせて、これまでの半分以下の家賃のマンションに住んだり、生活費を折半していることに対しても、「無理している(から別れる)」と繰り返していた。

■瀬戸内寂聴のアドバイスは無責任で明るい

 上沼のアドバイスは、夫を芸能界に戻し、矢口が養えばよいというものだったが、それがどうして夫婦円満につながるのか、私には理解できなかった。一方、あれこれ言う上沼に対して、瀬戸内が「言うこと、聞かなくていい」と口を開き、「恋愛は雷に打たれるようなもので、防ぎようがない」「会うべくして(不倫相手に)会った」「あなたは損していない」「全部あなたのプラスになって栄養になって、いいことがある」「“経験者は語る”だから、安心して」と結んでいた。

 矢口に対する世論を多少斟酌して、上沼が下げ、それでは後味が悪いので瀬戸内が上げる。番組としてうまくオチがついたわけだが、瀬戸内の発言は実質的なアドバイスでないことに気づく。実務面のアドバイスもなく「大丈夫」と言うことを無責任と感じる人もいるだろうが、相談される側が、相談者の人生に責任が持てないことを考えると、これくらいアバウトな方が、お互いにとっていいのではないだろうか。悩み相談はアドバイスの質を問うものではなく、共感をもって話を聞いた時点で終了しているのかもしれない。

 そもそも、矢口が現状に悩んでいるとは思えない。『おしゃべりオジサンとヤバい女』に出演した矢口は、「(再婚したからといって)きれいなイメージに戻るつもりはない」「再婚ってさわやかな風が吹く」と発言し、司会の千原ジュニアに「(さわやかな風)全然吹いていないよ」と否定されていた。このように矢口には、自分がいいイメージを持たれていないことに気づいていない鈍さがある。こんな鈍い人に、真剣に話をする必要はないわけだ。

 『えみちゃんねる』の終わりに、瀬戸内は「“みえちゃん”だって、こんなにチャーミングだから」と上沼の名前を間違って呼んでいた。上沼は「ほんまにファンかいな」といぶかしがるが、この適当さもまたちょうどいい。適当だから、優しくなれる。責任がないから、励ませる。さまざまな世代の悩みを受け入れるために必要な愛とは、無責任とほぼ同義ではないだろうか。国民的作家の人気の秘訣は、ドラマチックな人生や文学性はもちろんだが、案外こんなところにあるのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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