阿佐ヶ谷姉妹は、今のテレビが求める条件をすべて満たす……「キラキラ」「攻撃性」のない笑いが求められるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「好きなご挨拶ベスト3」阿佐ヶ谷姉妹 
『久保みねヒャダ こじらせナイト』(3月18日放送、フジテレビ系)

 3月23日放送『あちこちオードリー』(テレビ東京)に出演した磯山さやかが、自身の芸能生活22年に浮き沈みがなったことの理由として、キラキラした芸能人がよく出没する西麻布や六本木には行かず、そもそも、芸能人同士で飲み歩かなかったことを挙げていた。「(一緒に)飲んでいた人が、のちに逮捕されちゃう」ことがなかったので、芸能活動が阻害されなかったという。

 確かに、コンプライアンスを遵守する今のテレビでは、本人ではなく、友人が警察のお世話になることも好ましくないだろう。2021年1月発売の「週刊文春」(文藝春秋)が“ゆきぽよ”こと木村有希の自宅で知人男性がコカインを使用し、ゆきぽよ宅は強制捜査を受けたと報じた。ゆきぽよ本人が薬物を使用したわけではないが、この報道の影響があったのか、テレビで見る回数はめっきり減ったように感じる。個人的には、タレント本人が法律違反をしていないのなら、そこまで目くじらを立てる必要はないと思うが、それではスポンサーは納得しないのかもしれない。

 テレビはずっと“キラキラした人”が注目を集めるもので、大衆はそれに憧れ、彼らを真似てきた。しかし、磯山の話を聞くと、今のテレビは西麻布や六本木に行かないような、「キラキラしない人」が向いている場となりつつあるのではないだろうか。

 また、テレビの見せ方も変わりつつあると感じる。3月11日放送『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)で、「病院で受付の前に立ってから診察券を探す人、改札のギリギリで残金不足で通過できない人、レジで金額が出てからお財布を出す人など、準備不足の人を許せますか?」という視聴者からの質問に、有吉弘行とマツコ・デラックスが答えていた。かつては、タレント側が「こういう人は許せない!」と怒り出し、お茶の間がそれに賛同したものだったが、同番組は「視聴者の許せない人」を紹介し、出演者に共感させていたのだ。

 こうした変化と、ネットでの書き込みが過激化していることは無関係ではないだろう。名前の売れたタレントが「こういう人は許せない!」と一般人のことを批判すると、視聴者の中には「上から物を言われた」と感じて、そのタレントに誹謗中傷めいた意見を書きこむ可能性がいないとは言えないし、番組自体が炎上する可能性もある。それを避けるために、制作者は視聴者の投稿に共感をさせるなど、番組を「攻撃性のない内容」にするしかないのではないだろうか。

 「キラキラしない人」であり、「攻撃性のない内容」に対応でき、かつタレントとしての知名度と、オリジナルな面白さを持っている。この条件をすべて満たす芸能人は今、阿佐ヶ谷姉妹しかいないのではないかと思う。

 3月18日深夜放送『久保みねヒャダ こじらせナイト』(フジテレビ系)に出演した阿佐ヶ谷姉妹は、「好きなご挨拶ベスト3」というテーマを持ち込み、トークを展開した。この「好きな○○ベスト3」は阿佐ヶ谷姉妹の定番ネタだが、どギツい笑いに慣れてしまった人には、インパクトが足りないかもしれない。 
 
 阿佐ヶ谷姉妹が挙げた1位は、渡辺が「ありがとうございます」、木村が「いってきます」で、これも刺激があるとは言い難い。だが、こういうネタは誰も傷つけないし、好きなものを語っていると、自然と平和な空気が漂う。大爆笑を取るタイプではないが、これくらいの攻撃性のなさが、今のテレビには合っているように思った。

 阿佐ヶ谷姉妹の渡辺江里子と木村美穂は、血のつながった姉妹ではない。2018年開催の『女芸人No.1決定戦 THE W』(日本テレビ系)で優勝し、売れっ子の仲間入りを果たした2人だが、『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』(幻冬舎)によると、2人はそれまで六畳一間で同居生活を送っており、プライバシーがないことで小競り合いを起こすこともあったという。

 晴れて売れっ子になり、別々に住むことにするが、2人はキラキラした港区を目指さない。もともと住んでいたアパートの隣の部屋が空いたことから、そこに引っ越し、お隣さんとなった。

 ひと昔前の価値感なら、40代の独身女性が2人で住んでいると、「さみしい女たち」と言われたかもしれない。しかし、芸能人の不倫報道が頻発していることでもわかる通り、結婚したからといって、愛のある生活を送れるとは限らない。それに、近年「毒親」「きょうだいリスク」という言葉が出てきたことからも、血のつながった家族でも適切な関係が築けないことがあると、我々は知ってしまった。

 それなら、夫婦でなくても、血がつながっていなくても、気の合う人と隣に住み、心の通った会話をし(夫婦や家族であっても、表面的な会話しかできないことはある)、自分の好きな仕事をして、経済的な独立を果たす阿佐ヶ谷姉妹のような暮らしというのは、現代の理想の形の一つではないか。阿佐ヶ谷姉妹はお笑い芸人として視聴者に求められるだけでなく、大衆の憧れになりつつあるのだろう。

 阿佐ヶ谷姉妹が日常的なフツウの話をして、ふふっと笑う。キラキラも大爆笑もない代わりに、人を傷つけることもなく、攻撃性もない。だから、飽きることもなく、延々と見ていられる。今の視聴者が求めているのは、そんなフツウの笑いなのかもしれない。

小林麻耶、松居一代の暴露スタイルと異なる「計画性のなさ」……「テレビに出たい」発言に見る覚悟の違い

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「松居一代です」小林麻耶
國光吟氏YouTubeチャンネル「吟 Akira」(3月21日)

 最近はやっている暴露系YouTuberを真似たのだろうか。タレント・小林麻耶が元夫の國光吟氏のYouTubeチャンネル「吟 Akira」にて、「秘密の暴露」を始めた。

 2020年に『グッとラック!』(TBS系)のコメンテーターを降板、所属事務所にマネジメント契約を解除されてから、テレビでほぼ見かけなくなった麻耶。どうしても多くの人に訴えたいことがあるのかもしれないが、「暴露すること」で窮地に立たされるのは、麻耶自身ではないかと思う。

 3月21日に公開された動画「小林麻耶暴露」での発言によると、麻耶と國光氏は昨年の4月に離婚したそうだ。しかし、元夫である國光氏と、17年に亡くなった麻耶の妹・小林麻央さんの夫であり、歌舞伎俳優・市川海老蔵からの「公表しなくていい」という意見に従い、発表を控えていたという。

 しかし海老蔵は昨年10月29日、自身のオフィシャルブログに「おかえり」というタイトルで、麻耶の離婚を示唆したうえ、久しぶりに甥や姪と会ったかのような印象を与える文章をつづった(麻耶いわく、子どもたちと交流が途絶えていたことはなかったそうだ)。麻耶は歌舞伎関係者に聞いた話として、海老蔵がこのブログを書いた理由は、自分のオンナ遊びをカムフラージュするためだと暴露。許可なくプライベートを「売られた」と感じ、麻耶はショックを受けたと語った。

 離婚こそしたものの、麻耶は國光氏と親しくしていた。一方で、海老蔵のブログを見た週刊誌記者が麻耶を追いかけ、國光氏とのツーショット写真を紙面に掲載。それを見た海老蔵ファンから「海老蔵さんの気持ちをなぜこんなに踏みにじるんですか?」「恥ずかしくないんですか?」「あなたなんていなくなればいい」などと、バッシングされたらしい。

 自分は悪いことをしていないのに、悪者と決めつけられたことに納得がいかなかったのだろう。麻耶は海老蔵の「真の姿」を暴露し始める。

 海老蔵は亡くなった妻・麻央さんの病室にやってきたものの、その場に5秒もいなかったこと。さらに、「ものすごく苦しくて、本当に大変なときに競馬新聞を病室で開き、競馬を見ながら楽しんでいましたよね、私と母と父の前で」「とてもいい施術をしてくれる先生方を見つけては、ご自分が先にその時間を取り、長い間施術を受け、妹はいつも後回しでした」「妹が亡くなった日に、海老蔵さんは父に向ってこう言いました。『こんなに高いマンション、借りたばっかりなのに!』って。父は絶句していました」「妹からも相談を受けていました。『苦しいよ、苦しいよ、死にたいよ、離婚したいよ』って」。

 麻耶にとってはキツい仕打ちだったのだろうし、暴露したくなる気持ちはわからないでもない。しかし、これは「闘病・介護あるある」「結婚生活あるある」と言えるようにも思えた。

 私も経験があるが、家族だからといって、全員が病人の気持ちに寄り添えるとは限らず、むしろ「この人、何しに来たんだろう?」と言いたくなる身内はいる。このような例は私の周りに限ったことではないようで、ある外科医から聞いた話だと、妻の入院中に「おまえが入院しているから大変だ」と嫌味を言う夫や、70代の母親が入院した際、娘は仕事と子育てをしながらせっせとお見舞いに来るのに、独身の息子は全く顔を見せないこともあるそうだ。

 また、麻央さんが離婚したいと思っていたという話も、意外性はなかった。というのは、結婚していて離婚が一度も頭をよぎらない人のほうが稀だろうし、麻央さんの場合、嫁ぎ先は梨園だ。複雑なしきたりや人間関係の中で疲れ果て、離婚したいと思い、信頼する姉につい気持ちを漏らしたとて不思議ではない。

 歌舞伎界きっての名門・市川家の跡取りとして、子どもの頃から大人に囲まれ、お世話され続けて育っただろう海老蔵。妻を愛しているからといって、闘病中にいきなり違う性質の人間になると私は思わない。海老蔵が妻を支える夫として不向きであったとしても、「いい夫ではなかった」とは言い切れないし、麻央さんが「離婚したい」と言ったとしても、それは「愛のない結婚生活」「夫婦不仲だった」ということではないだろう。

 “真実”を伝えれば、世間の人は見る目を変えて、自分の味方をしてくれると麻耶は思ったのかもしれない。しかし、暴露というのは、インパクト次第で真実だと信じてもらえるか否かが決まる勝負でもあると、個人的に思っている。たとえば、海老蔵が麻央さんの闘病中に不倫していたなど、明らかに倫理に背くことを確たる証拠と共に白日の下に晒せば、世間は驚くだろうし、真実だと信じてもらえそうだ。

 そう考えると、麻耶が今回YouTube上で明かした話だけでは「よくあること」で済まされてしまい、かえって麻耶のほうが「海老蔵に固執している」と悪印象を持たれてしまうのではないか。

 暴露動画には年齢制限があったものの、その内容がネットニュースになれば、海老蔵のお子さんたちも簡単に目にすることができる。麻耶にそんなつもりはなくても、お子さんたちを傷つけることになってしまい、親族から疎まれてしまうかもしれない。今回の暴露で海老蔵に与えたダメージと、麻耶が背負うリスクを比べると、後者のほうが大きくはないだろうか。

 麻耶は動画の冒頭で「松居一代です」とボケて見せた。17年、俳優・船越英一郎と離婚をめぐって揉めていた女優・松居一代は、マスコミが船越の所属する大手事務所に忖度して、「真実(船越の不倫)」が報じられないと思い、YouTubeを立ち上げる。そこで、船越のセカンドバッグにバイアグラが入っていたことなどを「不倫の証拠」と語った。その暴露スタイルを真似るという意味で、麻耶は「松居一代です」という“ギャグ”を言ったのかもしれないが、一代を甘く見てはいけない。

 “松居劇場”が連日繰り広げられる中、一代は「日刊スポーツ」の取材に対し、「タレント生命なんて気にしていません。もうテレビに出ることはないでしょう。日本にいるつもりもありません」と答えている。これは、一代はもうテレビに出られなくなる、タレントとして活動できなくなることを覚悟の上で、船越が所属する大手事務所にケンカを売るような暴露をしたと見ることもできるだろう。

 実際、一代は船越の名誉を棄損したとして、民事で船越の所属事務所から、刑事で船越本人から訴えられた。しかし、所属事務所とは金銭支払いなしで和解が成立、刑事事件のほうでも不起訴となった。日本にいるつもりはないという言葉通り、現在、一代はアメリカに渡り、投資家として活躍している。不安定に見えて実はものすごく緻密で計画的というか、有言実行というか、自分のやりたいことは全部やるのが一代らしさだと思う。

 それに対し、麻耶はどうか。暴露動画を出す前、22年3月18日のブログで「これから私はまたテレビに出たいと思っています」と書いていたし、「何も悪いことをしていないので今までお世話になってきたテレビ局の方は私のことを信じていただけたら幸いです」と結んでいる。確かに法律違反をしたわけではないのだから、テレビに出る資格は十分ある。

 しかし、暴露というのは、法律違反とは違った意味で嫌がられるのではないだろうか。「暴露する人」という“実績”を自分で作ってしまったため、ちょっとした行き違いや誤解を「いじめられた」「だまされた」と一方的に暴露される可能性を考えたら、テレビ関係者に敬遠されることは想像に難くない。「テレビに出たい」と言いながら、その可能性が遠のく行動を取る麻耶に、一代のような計画性はあるのだろうか。

 一方で、麻耶は数秘術のオンライン講座を開設するなど、スピリチュアルカウンセラーとしての活動を発表している。しばらくはその活動に専念して、占い師としての実績を作ったらどうだろうか。占いというのは固定ファンのいるジャンルなので、「当たる」と評判になれば、テレビのほうから「お願いします、出てください」とオファーが来るはずだ。

 久しぶりに麻耶を見たが、少しやせたように感じる。まず体を大事にして、大きな決断はその後にしてほしいと思わずにいられない。 

野村周平、「やんちゃな母」がイメージ回復の手段に? 『ツマミになる話』で見えた「いい人」キャラへの可能性

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<今週の有名人>
「お母さん、好きなドラマが『SEX AND THE CITY』」野村周平
『人志松本の酒のツマミになる話』(3月11日放送、フジテレビ系)

 コンプライアンス厳しき折、タレントが刑事事件を起こしたり、誰かを傷つけるような不祥事が発覚したりすると、テレビへの復帰は難しくなる。しかし、そこまでいかないのであれば、芸能人や有名人の“悪いイメージ”というのは、必ずしもマイナスではないと考えることがある。

 その昔、情報バラエティ番組『5時に夢中!』(TOKYO MX)に出演した元プロレスラーでタレントの北斗晶が、「悪役はトク」と話していた。プロレスラーだったこともあり、北斗には「怖い人」というイメージもあるが、あいさつをするなど常識的な範囲で礼儀正しくしているだけで、世間サマから「実はすごくいい人なんだ」と言われるそうだ。 
 
 つまり、もともとマイナスなイメージがあると、フツウのことをしただけで「ああ見えて、本当はいい人」と思ってもらえるからトク、ということだろう。とはいえ、コンプライアンスに厳しい今、礼儀正しいぐらいは当たり前で、世間サマに「いい人」と思ってもらえない可能性も高い。それでは今の時代、何をすれば「本当はいい人」と思ってもらえるのだろうか。 
 
 3月11日放送のバラエティ番組『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ系)に、俳優・野村周平が出演した。本人いわく、「やんちゃなイメージ」に悩んでいるらしい。 
 
 野村といえば、2021年12月28日放送のトークバラエティ番組『ボクらの時代』(同)に出演し、今の自分はモテていると明かしたうえで「やっと俺の良さを、女どもがわかってきた」と、その理由を分析。ネット上では、この“女ども”という言い方に反感を抱く書き込みが多く見られた。

 ほかにも、理想の結婚相手を「自立している人」とし、その理由を「『お前なんかに(お金を)払ってもらわなくても払えるから』みたいな人。そのほうがやっぱりいいし、俺の人生を邪魔しない」と言っていた。個人的にはこっちのほうがイヤな感じだと思ったが、どちらにしても、野村が“俺サマキャラ”であることは間違いないだろう。

 しかし、『酒のツマミになる話』で野村が「清純派という言葉に憧れがある」「さわやかなほうで行っていたら、もっと何かあったんちゃう? と思ってしまう」「後輩に『すぐ殴る人だと思っていました』と言われる」と語っていたことから考えると、自身のイメージやキャラクターが世間から反感を買っていることを、それなりに気にしているようだ。

 コンプライアンス厳しき折、やんちゃなイメージは時にマイナスになるかもしれない。しかし、同番組内で野村は、絶好の「イメージ回復の手段」を持っていることが明らかになった気がした。「お母さんの話」をすればいいのではないだろうか。

 共演のフットボールアワー・岩尾望は、近所の公園で愛犬を散歩させていたところ、ある女性から「野村周平の母です」と声をかけられたそうだ。岩尾いわく、お母さんの見た目は「結構やんちゃな感じ」。これを聞いた野村が「お母さん、好きなドラマが『SEX AND THE CITY』」と言うと、岩尾は「確かに海外ドラマ見ているような見た目」と返した。

 バラエティ番組なので話を盛っている可能性もあるが、野村によると友達に「お母さん、乳首が透けていた」と言われたこともあるらしく、露出度は高めらしい。野村はお母さんに「東京のええ男つかまえたい願望がある」と説明していたが、こんなに素晴らしい人材、使わない手はないだろう。

 息子とお母さんという取り合わせは、古今東西、老若男女ウケするネタである。同番組司会のダウンタウン・松本人志も若い頃はトガっていたが、お母さんとテレビによく出ていた。この共演が誰の希望だったかわからないが、日ごろはトガっている松本が、お母さんの前では形無しになる姿は、好感度を上げるのに貢献したといえるのではないか。

 野村もイケイケなお母さんをバラエティ番組に出して、「東京のええ男」を求めて暴走するお母さんをいさめたらどうだろう。お母さんは岩尾のことを「あのブサイクな芸人、誰や」とたずね、野村が「そんな言い方したら、アカンよ」と返したそうだが、このノリをテレビでやればいいと思う。

 タレント本人が暴走すると、タレント本人のイメージが悪くなるだけだが、一般人であるお母さんの暴走なら、タレント側に大きな影響はないはずだ。むしろ、お母さんとの会話で、いつものやんちゃなイメージとは違う優しい顔を見せられたら、野村のイメージは上がるかもしれない。

 テレビの視聴率低下が進み、比較的低予算で作れるとされるバラエティ番組が多くなると、芸人の仕事は増えるが、歌手や俳優は苦戦を強いられるだろう。そんな中で、世間サマからいいイメージを持たれていないタレントに勧めたいことは、「立っている者は親でも使え」ならぬ、「イメージアップのためなら親でも使え」である。野村はまさに、そのチャンスを「持ってる」人のような気がしてならない。 

ジャガー横田の息子・大維志くんと秋篠宮家・悠仁さまの“高校受験・進学”に思う、子どものプライバシーと大人の責任

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「話題作りというのもありますが、一番は自分への“みそぎ”です」木下大維志くん
『バイキングMORE』(3月7日放送、フジテレビ系)
「中学生の作文とはいえ、著作権法違反であることは明らかです」皇室担当記者
「女性自身」2022年3月15日号 (光文社)

 今、世間から注目されている15歳の少年が2人いる。

 1人目は、プロレスラー・ジャガー横田と医師・木下博勝氏の息子・大維志くんだ。自身のインスタグラムで高校受験の結果を公表し、ネット上で物議を醸した。合格したのであれば「よかったね」と思えるが、大維志くんは、これまで受けた学校は全部落ちており、インスタグラムに不合格通知の画像と、悪態をつくような文章を投稿していた。

 そんな中、大維志くんは3月7日放送の『バイキングMORE』(フジテレビ系)に出演し、SNSに合否通知を掲載する理由は「話題作りというのもありますが、一番は自分への“みそぎ”です」と答えた。大維志くんは芸能人ではないものの、“ジャガー横田の子ども”ということで、生まれたときからワイドショーに追いかけられていた。生まれたばかりの大維志くんを前に、父である木下氏が「東大法学部に行ってほしい」と話していたのを見たことがあるし、自身もバラエティ番組に出演。中学受験に挑む様子は『スッキリ』(日本テレビ系)に密着されるなど、“半芸能人”といえるだろう。

 生育環境から、大維志くんには「目立ってナンボ」という芸能人的な価値観が刷り込まれてしまったのかもしれない。「みそぎ」という言葉を選ぶのも、政治家や芸能人のようだ。しかし、今は「みそぎ」よりもSNSから離れて、試験対策に集中するほうが得策ではないか。

 こういうときは、大人にちゃんと諭してほしいものだが、この家族には期待できないかもしれない。YouTubeに「ジャガー横田ファミリーチャンネル」を開設し、大維志くんを含め家族3人で動画に出演している。その中には、受験事情を赤裸々に語る動画も多く、大維志くんの志望校こそ公表しないものの、三者面談での学校側とのやりとりなどを明かしていた。

 3月1日配信の「JJ(編注:大維志くん)の高校受験結果と詳細すべてお話しします」との動画で、木下氏は「今の時代は何でも表に出す時代ですよ」「(大維志くんが受験結果をSNSに投稿することは)誰かに迷惑かけてますか?」「親は応援する立場を貫く」と述べている。続けて「ヤフーニュースもすごいですよね。連日(記事が)出ていますから」と笑顔を見せていたことを考えると、このように注目される状況は木下氏にとって、まんざらでもないのだろう。

 確かに、今やSNSで自分のプライバシーを公開することは“当たり前”となりつつある。それでは、プライバシーという概念がなくなったかというと、もちろんそんなことはない。特に未成年のプライバシーは、今も昔も取り扱いには気を配るべきではないか。そして受験の合否というのは、未成年のプライバシーの中でも、特に守るべき繊細な情報だと思うのだ。 

 「ジャガー横田ファミリーチャンネル」を見ていると、大維志くんが悪態をつき、ジャガー横田とケンカになり、それを木下氏がいさめるというパターンが多いことに気づく。木下氏は生意気ざかりの大維志くんに対して、頭ごなしに否定することはしない。コメント欄を見ていると、そんな木下氏に好感を寄せる視聴者もいるようだ。

 このYouTubeチャンネルは、木下氏だけのイメージアップチャンネルなのでは? と思わなくもない。そして私が気になったのは、木下氏が大維志くんについて「メンタルが強い」と言い、ジャガー横田が「強くない、繊細」とフォローしていたことである。

 人の性格というものは、どこから見るかでも印象が変わるし、まるで接点のない私が言うのもなんだが、大維志くんのメンタルが強いとは思わない。大維志くんはインスタグラムのストーリーズに不合格通知の画像を載せ、「how many times do I have to see this shit」(何回見たら気が済むんだこの野郎)の一文を添えていたことがある。ここから考えてもわかる通り、彼はもう不合格通知は見たくない、つまり、受かりたくて苦しんでいるわけだ。

 今の時期、クラスメイトの多くは進学先も決まり、学校は解放感に包まれ、新生活への期待に胸を膨らませていることだろう。それなのに、大維志くんはまだ行き先が決まらない。そんな寂しさややるせなさを、SNSにぶつけているのではないだろうか。

 一方の木下氏は、自身のインスタグラムで「心が折れない息子を見て、親ですがJJを見習いたいと感じました」とコメントしている。これまた好感度の上がりそうなコメントだが、大維志くんはまだ15歳。大人のような判断力は持っていない。SNSに息子さんのことを書くよりも、息子さんと向き合ってほしいと思うのは、私だけではないはずだ。子どもを守るのは、大人の役目だろう。

 もう一人、受験の結果があれこれ取り沙汰されている15歳は、秋篠宮家のご長男・悠仁さまである。長女の眞子さんと結婚した小室圭さんをめぐっては、米・フォーダム大学に授業料全額免除という待遇で入学したことなどが、ネット上で「皇室利用ではないか」と物議を醸した。そんな小室さんと眞子さんが結婚したため、秋篠宮家を「皇室の私的利用を許した家」と見る人もいるようだ。

 そして今年、悠仁さまがお茶の水女子大附属中学から“提携校制度”を使って筑波大付属高校へ進学され、ネットでは再度、「皇室の私的利用ではないか」という声が高まっている。

 秋篠宮家の側近・皇嗣職大夫や、筑波大学の学長も「私的利用」を否定しているが、タイミングが悪いことに、2月16日配信のニュースサイト「NEWSポストセブン」が「悠仁さまの文学賞入賞作文の一部が他の人の文章と酷似 宮内庁は参考文献の記載漏れを認める」と報じたのだ。

 同記事によると、悠仁さまは福岡県北九州市が主催した「第12回子どもノンフィクション文学賞」の佳作に選ばれたが、不適切な引用と参考文献の記載漏れが指摘されたという。同誌が宮内庁報道室に確認したところ、「ご指摘に感謝します」とミスを認めたそうで、「この旅行記は、悠仁親王殿下が、自らいろいろな文献等をお調べになり書かれましたが、参考文献の記載が十分ではなかったと振り返っておられました」という悠仁さまのコメントも紹介している。

 普通の中学生なら“うっかりミス”で済む可能性もあるが、秋篠宮家に「皇室の私的利用を許した家」というイメージを持つ人々は、そう受け止めないだろう。ヤフーニュースのコメント欄には「またズルをしたのか」「賞を取り消すべきだ」といった批判的な書き込みが多く、“提携校制度”を使った高校進学に絡めて「不信感が募る」「優遇されているようにしか見えない」などの厳しい声もある。

 日本のテレビや新聞は、この件についてそれほど大きく取り上げなかった。しかし、「女性自身」22年3月15日号(光文社)によると、海外では大きく報じられたそうだ。それを踏まえ、同誌は「中学生の作文とはいえ、著作権侵害であることは明らかです。生物学に関心があるという悠仁さまですが、研究者を目指されるのではあればなおさら注意すべきことのはずです」という、皇室担当記者の見解を掲載した。 
 
 確かに、うっかりミスであっても、いけないことには間違いはない。けれど、責められるべきは悠仁さまなのだろうか。

 悠仁さまは良くも悪くも常に注目されるお立場で、今は明らかに秋篠宮家に逆風が吹いているから、ささいなミスも許されない。しかし、まだ文章を書き慣れていない15歳がミスをするのは当たり前だろう。

 「自身」では「研究者を目指されるのであればなおさら注意すべき」と強い言葉が使われているが、本当に注意すべきなのは、周りの大人ではないか。悠仁さまが仮にノーチェックで賞に応募してよいとおっしゃったとしても、周りの大人が念には念を入れて確認するべきだったと思う。

 庶民であろうと、半芸能人であろうと、皇室の方であろうと、自分からSNSに投稿しようとしまいと、15歳はまだまだ子どもだ。ミスをするのは当たり前だし、世の中のこともわかっていない。何より、見ず知らずの人にネット上で悪く言われたら、心が傷つかないわけはない。

 SNSの時代だからこそ、大人は子どものプライバシーに配慮し、行き過ぎた行為がないが、目を配る必要があるのではないかと思わずにいられない。

カズレーザー、最大の魅力は「自意識に振り回されないこと」? オープンカーを“笑う”芸人との違い

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「いい服は着るのに、オープンカーはぐだぐだ言う」メイプル超合金・カズレーザー
『オードリーと選の夜』(2月28日放送、テレビ朝日系)

 2月28日放送のバラエティ番組『オードリーと選の夜』(テレビ朝日系)内で、オープンカーについて取り上げていた。

 「芸能人たちが“今気になってしょうがないコト”を発表し、みんなで語り合う」という番組内容で、サンドウィッチマン・富澤たけしは「オープンカーに乗る人の気が知れない」と話した。その理由として「恥ずかしいじゃないですか、ものすごく見られるし。夏はわかる気がする。冬になんでオープンにして走っているの?」と言い、特に冬の寒い時期にオープンカーに乗る意味がわからないようだ。

 ロバート・秋山竜二も「乗っている奴のテンションがね。もっとはっちゃければいいのに、屋根がある顔をしている」と、あえてプライバシーのない車に乗り、自分をさらしておきながら、見られていないかのように冷静に振る舞うハートの強さや不思議さを指摘。番組司会のオードリー・若林正恭は「だいたいブランドのめちゃデカいロゴが入ってる服着ている」と、オープンカーに乗る人に経済的余裕とアピール気質を感じると話していた。

 3人とも、オープンカーに乗る人をちょっとバカにしているように私には感じられたが、メイプル超合金・カズレーザーは「むっちゃ乗りたい、がぜん乗りたい」と発言し、スタジオでは驚きの声が上がった。続けて、富澤らに「人の目がどうとか、みなさんおっしゃいますけど、じゃあオシャレするなよって思うんですよ。オシャレってそもそも人に見られるためにやってるじゃないですか」と反論。「いい服は着るのに、オープンカーはぐだぐだ言うなよ」と、好きな服を着ることとオープンカーに乗ることは、同じ「人に見られること」を意識している行為だと主張した。

 これらの会話、私には微妙にかみ合っていないように感じられた。カズレーザーは単純に「オープンカーに乗りたいか、乗りたくないか」を話している。しかし、ほかの3人、特に若林は違うのだ。

 番組スタッフは実際に、東京・表参道でオープンカーに乗っている女性を見つけ、インタビューを行った。その際、女性が「オープンカーに乗っている人は、みんな目立ちたがり」と自己申告したため、このVTRを見ていた若林は「最後の最後、ようやく目立ちたがり屋っていうのが出てきた。自首してきた」とまとめていた。

 つまり、若林自身も「オープンカーに乗っている人は目立ちたがり屋」だと思っており、VTRを見ている間、「オープンカーに乗る人は目立ちたがり屋か、そうではないか」を気にしていたのだろう。富澤と秋山も「乗ったことで自分は人からどう見られるか」を考えたうえで、「オープンカーに乗る人の気が知れない(自分も乗らない)」と言っているように見える。

 番組では、そんな「目立ちたがり屋」な人々を笑っているように感じたが、オープンカーに乗る人が本当に目立ちたがり屋だったとして、それが笑われるのはなぜなのか。

 2017年1月7日放送のラジオ番組『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で若林は、オリエンタルラジオ・藤森慎吾に、体格が小柄なのに高級大型車・ランドクルーザーに乗っているのは「ダサい」と言われたことを明かした。藤森は「若林さんはプリウスとか、そういうのでいいんすよ」とも話したそうだ。

 高級車と芸人といえば、平成ノブシコブシ・吉村崇は15年放送の『ざっくりハイタッチ』(テレビ東京系)で、免許を持っていないのに、2000万円もするBMW i8を借金してまで購入したと告白。本当は芸能人の彼女を助手席に乗せたいけれど、それは無理なので、地上波に出られていないレベルのグラビアアイドルを乗せているとも語り、その場にいた千原兄弟・千原ジュニアや小藪千豊、フットボールアワーは笑っていた。

 自動車メーカーは車が売れればうれしいわけだから、大柄な人でなくてもランドクルーザーを売るし、超高級車の助手席に誰を乗せようと関係ないはずだ。

 しかし一方で、車というのは「いつもとは違う何か」もつきまとう買い物のようだ。車は「自分は人からこう見られている」という自意識を購入者に発動させてしまい、周囲も「あいつはあの車に似つかわしくない」「この車にはこういう女でないと乗せられない」「あの車に乗っている人は○○に違いない」といったジャッジをさせるのかもしれない。

 でも、そうした「似つかわしくない」「目立ちたがり屋に違いない」といった周囲の反応を気にするのは、“自意識の呪縛”でしかないだろう。似合ってないのは「ダサい」、目立ちたがり屋は「恥ずかしい」という呪縛だ。なので、オープンカーに乗る人たちの言動が理解できずに笑ったのではないか。

  一方で、カズレーザーにはそういう自意識の呪縛めいたものを感じない。

 カズレーザーは売れっ子でありながら、贅沢な生活には興味がないことを明らかにしている。ブレークを果たした後も、家賃3万7,000円の事故物件に住んでいることを、いろいろな番組で話していた。20年12月26日配信のウェブサイト「東洋経済オンライン」のインタビューによると、今はファミリー向けの賃貸マンションで、トレンディエンジェル・たかしと後輩2人の計4人で共同生活を送っているそうだ。

 また、今年2月8日配信のウェブサイト「週刊SPA!」によれば、カズレーザーは週に1回の休みは必ず確保しているというから、仕事や収入を必死で増やす気がそもそもないのだろう。

 自身のYouTubeチャンネルに寄せられた、視聴者からの「一度きりの人生ダラダラ過ごしてもいい?」という質問に対しては、「いやいや、一度きりの人生なんだから、ダラダラしたほうがいいと俺は思いますね。2回、3回あるんだったら、今回リスク取って頑張ってもいいですけど」と答えている。

 こうした受け答えから見ても、カズレーザーは「お金を稼いで高級車に乗り、人から良く見られたい」といった自意識を、ほとんど持っていないように思う。 
 
 だからといって、カズレーザーがなまけ者という意味ではなく、自分がどうしたら効率よく、心地よく仕事ができるのか、彼自身がよくわかっているのではないだろうか。ワイドショーのコメンテーターからバラエティ番組まで幅広く活動しているが、カズレーザーの最大の魅力は、自意識や煩悩に振り回されていないが故の軽さ、明るさがあることのように見える。

 Apple創業の中心人物であるスティーブ・ジョブズら世界のセレブは、禅をベースにしたマインドフルネス(評価にとらわれず、ただ事実をそのまま受け入れること)に夢中になっていたが、カズレーザーは現代日本でただ1人の「しゃべるマインドフルネス」なのかもしれない。

千原ジュニア、渡部建に「土下座させる」発言は時代にマッチしていない? 芸人としての「覚悟」に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「芸人やったら、覚悟決めて来いよ」千原兄弟・千原ジュニア 
『Abema的ニュースショー』(2月20日放送、ABEMA)

 2020年6月に複数女性との不倫が発覚し、芸能活動を自粛していたアンジャッシュ・渡部建が、今年2月15日放送の『白黒アンジャッシュ』(千葉テレビ)で復帰を果たした。その番組内容は、相方である児嶋一哉が渡部に対し、「お前の人間性だと思う。お前は調子に乗っていた。お前の、人を雑に扱うようなことが、女性をあんな扱いするようなことになった」と公開説教し、渡部が謝罪するという形だった。

 児嶋が渡部を叱り、謝らせることで、実際に視聴者がどう感じるかは別として、一応「謝罪した」という形になる。この先の2人がどうなるかはわからないが、とりあえず再スタートラインについたといえるだろう。

 渡部の復帰を受けて、いろいろな芸人がコメントを出しているが、私が引っかかったのは、千原兄弟・千原ジュニアの発言だ。

 芸人として、ひと肌脱ごうと思ったのだろう。2月20日放送『Abema的ニュースショー』(ABEMA)に出演したジュニアは、渡部の同期、もしくは先輩が渡部をボロクソにいじるほうが、渡部にとっていいのではないかと思い、自分がいじり役になると他番組で名乗り出たそうだ。すると、ジュニアと兄・せいじが毎月やっているトークイベント「千原トーク」という舞台に、自身のマネジャーが渡部の出演をオファーしたことを明かした。

 舞台ならスポンサーがいないので、渡部も出演しやすいと思ったのだろうし、復帰の見込みが立っていない渡部にとっては、天の助けかもしれない。しかし、渡部の所属事務所からは「お声がけは本当にうれしいんですけど、今は『白黒アンジャッシュ』だけでやっていきたいと思っていますんで」と、お断りされたらしい。

 これを受けてジュニアは、「俺はね、芸人やったら、覚悟を決めて来いよと(思う)」「せいじと2人、土下座させて、ボロクソやるけどな」と、渡部の意気地のなさを指摘していた。

 同じ芸人として渡部の窮地を救ってやろうという“善意”を無下にされて、腹が立ったのかもしれないが、ビジネスとして考えるなら、渡部の事務所の判断は正しいのではないかと思う。

 確かに舞台であれば、スポンサーがいるわけではないから、渡部を呼んで、それこそ土下座をさせても問題はないだろう。しかし、観客がその様子をネットに書き込む可能性を忘れてはいけない。正しく書いてくれるならまだしも、明らかに間違ったことが書き込まれた場合、テレビなら反論や検証ができる。しかし、舞台のようにクローズドな空間の場合、それは難しいだろう。

 たとえば、渡部が舞台の間にちょっと笑顔を見せたとする。それを悪意的に解釈して、「渡部は終始ヘラヘラしていた」とネット上に書き込まれたりしたら、渡部のイメージはますます下がって、やられ損だ。情報の統制という意味で考えるなら、ここはおとなしくしているほうが賢明ではないか。

 また、ジュニアの「芸人やったら、覚悟を決めて来いよ」発言で考えさせられたのは、現代における「芸人」とはなんだろう、ということだ。渡部へのコメントから解釈するならば、ジュニアの言う芸人とはおそらく、人に笑われたり、土下座させられることを恥と思わない人のことを指すのだろう。

 しかし、その考えは、今の時代とマッチしていないと思うのだ。

 今や芸人は、「人気商売」と呼ばれるほぼすべてのジャンルで活躍しており、芸能界のオールラウンドプレーヤーといえるだろう。ワイドショーのコメンテーターとして出演することは当たり前だし、現在放送中のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』には、おいでやす小田が、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』には、わが家・坪倉由幸やティモンディ・高岸宏行が出演している。

 さらに、出版不況と言われて久しい中でも、ハライチ・岩井勇気のエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)はベストセラーを記録。ピース・又吉直樹は小説『火花』(文藝春秋)で第153回芥川龍之介賞を、オードリー・若林正恭の旅エッセイ『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA)は第3回斎藤茂太賞を受賞。阿佐ヶ谷姉妹によるエッセイ『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』(幻冬舎)も好評で、昨年、NHKでドラマ化された。

 俳優業や文筆業は、厳しいプロテストをクリアしてその道に入ってきた“本職”がいるが、芸人たちはいつのまにか、彼らと肩を並べるケースも出てきたわけだ。芸人はネタを作り、それを演じるのが仕事だから、もともと文筆や演技と親和性が高いのだろう。一方で今、世間が求めているのはそうした「本職の技」ではない、と見ることもできるのではないか。

 トークバラエティ番組『アメトーーク!』(テレビ朝日系)に「家電芸人」という人気企画がある。その名の通り、芸人がおすすめ、もしくはお気に入りの家電についてプレゼンをするというものだ。本当に家電が欲しいのなら、量販店に行って直接店員に尋ねるほうが効率的だ。にもかかわらず、この企画が人気なのは、視聴者が「よく知っている人」に「マニアックすぎない知識」を「わかりやすく、親しみやすい態度」で授けてほしいと思っていることの表れのように感じる。

 本職の俳優や作家、そして量販店の店員はプロだから、知識も自負も相当あるだろう。けれど、それは聞き手とっては話が難しすぎたり、態度が「上から目線」に感じられるかもしれない。一方で、異業種に“お邪魔する”という意識のある芸人は、基本的に腰が低いように思うし、話芸もある。プロではないからこそ身近に感じられる芸人は、何をやるにも世間にとって「ちょうどいい存在」なのかもしれない。

 ジュニアは若い頃、お笑いに対してストイックな一方で、一般人とのケンカもいとわぬ気性の荒さから「ジャックナイフ」と呼ばれていたそうだ。そういう破天荒さが「芸人らしさ」といわれていた時代もあったが、これだけ芸人が多くのジャンルから求められるようになると、世間にとって「ちょうどいい存在」でいることに加えて、芸人こそ好感度が重要になってくるのではないだろうか。

 笑いさえ取れれば私生活はどうでもいい、というように、笑いと私生活がセパレートしていた時代が過ぎたことは、誰よりも渡部が証明している。もうすでに、好感度の高い芸人のほうが、笑いを取れる方向にシフトしているのではないか。ジュニアが渡部を土下座させたところで、世間がどちらかを身近な存在に感じたり、好感度が上がるとは思えない。

 この点について渡部やその事務所が理解しており、ジュニアのオファーを断ったのならば、たとえ同じ芸人仲間であっても、無理やり前時代的な「芸人らしさ」に巻き込むべきではないだろう。

 ジュニアといえば、落語家・桂三枝に「結婚して上のステージで、今まで見えへんかった笑いを作ったらどうや?」と言われたことが結婚を決めた理由の一つだと、2015年11月7日放送のラジオ番組『千原ジュニアのRPM GO!GO!』(ニッポン放送)で明かしている。

 ジュニアは18歳年下の一般人女性と結婚し、二児の父となった。三枝の言葉の真意はわからないが、私生活から笑いを生む「最初の大御所」となるのはどうだろうか。そういうネタを拝見するのを楽しみにしている。

有働由美子アナ、平野歩夢選手へのセクハラ発言に思う「自虐キャラ」から「老害キャラ」にならないための方法

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「いち日本に住むオバチャンの、ホルモン……って言うといやらしいですけど」有働由美子 
『うどうのらじお』(2月11日、ニッポン放送) 
 
 先日、デパートの商品券売り場に行った時のこと。そこには1人のおばあさんがいて、理由はわからないものの激高しており、女性店員に「あなたじゃ話にならないから、男の人を出してよ!」と言っていた。売り場の店員は全員女性で、裏から出てきた先輩と思われるスタッフも女性だったため、おばあさんの怒りは治らず「男を出せ!」と繰り返した――。

 文脈から考えると、おばあさんの言う“男の人”とは、性別ではなく責任者などの“エラい人”を指していると思われる。権限のある人が男性とは限らないわけだが、特にお年寄り世代では、女性の社会進出がなされたなかったことから「偉い人は男性」と刷り込まれている可能性は否定できない。知り合いの40代女性医師は若手の頃、たくさんの患者に「女医が担当だなんて、ハズレだ」と、オンナというだけで罵倒された経験があると言っていた。

 責任ある地位につくのは男性、男性は優秀というふうに、「女性は男性に劣る」と決めつけることは、男尊女卑にあたる。また、女性の結婚や妊娠・出産などを理由に「劣る」とするならば、セクハラにもなるだろう。このあたりの発言に気をつけないといけないのは、やはり中高年ではないか。それはテレビによく出ている人も、例外ではないように思う。

 北京オリンピック真っ只中、2月11日放送のラジオ番組『うどうのらじお』(ニッポン放送)では、有働由美子アナウンサーが、スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩夢選手について話していた。「淡々として表情も変わらずに、1回目、2回目、3回目と、どんどんどんどん上げてくる感じを見て、『なんか本当に好きになりそう、この人』と思って」と、平野選手のファンになったことを明かした。

 日ごろ見ることのない競技をオリンピックで見て、その競技に興味を持ったり、特定の選手のファンになるというのは、よくあることだろう。しかし、この発言の前後がちょっといただけないのだ。

 有働アナは「久しぶりに女心がキュンキュンとしましたね。残り少ないホルモンが出てきたみたいな気持ちになりましたけども」「素晴らしい演技、素晴らしい滑り以上に、いち日本に住むオバチャンの、ホルモン……って言うといやらしいですけど、気持ちまで若返らせていただきました」と結んでいた。

 有働アナは「ホルモン」としか言っておらず、どのホルモンについて言及しているかは不明だが、「残り少ない」「オバチャン」などの表現から考えると、加齢と共に減っていく「女性ホルモン」と考えるのが妥当だろう。

 その前提で話を進める前に、女性ホルモンに関するウソについてツッコミを入れたい。有働アナの言う「キュンキュンすると、女性ホルモンが出る」という話に、医学的根拠はないそうだ。ウェブサイト「ダイヤモンドオンライン」で2020年8月30日に配信された「『恋愛やセックスで女性ホルモンが活性化する』という、大ウソ」との記事にて、産婦人科医で医学博士の宋美玄氏は、恋愛やセックスで感じる多幸感と「女性ホルモンはまったくの無関係」と断言。「女性ホルモンはその人の意志で増減できません」とも説明している。

 そもそも、メダリストのファンになった話に女性ホルモンを持ち込む必要はないと思う。「女心がキュンキュンした」まではアリだと思うが、女性ホルモンについて触れると、有働アナが平野選手にセクハラしているような印象になることを、ご本人は自覚しているのだろうか?

 もし有働アナと同じ52歳の男性アナウンサーが、金メダルを取った女性選手について「彼女の活躍を見ていたら、残り少なくなったオジサンのホルモンがよみがえって、気持ちまで若返りました」などと言ったら、世間から完全にセクハラだと認定されて炎上するだろう。

 セクハラは「男性が女性にしてはいけないこと」ではなく、男女問わず、誰に対してもやってはいけないことである。平野選手を見て、どんな気持ちを抱こうとそれは個人の自由だが、ラジオで発言するべきことではなかったように思う。

 今回に限らず、有働アナはジェンダーに関して不用意な発言が多い。たとえば、NHKを辞めてフリーに転身した18年10月、日本テレビ系の報道番組『news zero』のメインキャスター就任が発表された際の、記者会見でのことだ。

 日替わり出演するアナウンサーが若いこともあって、有働アナは「若いアナ、キラキラした人と、“置屋の女将”みたいな感じですが、女将なりに頑張ります」と意気込みを語っていた。しかし、メインキャスターはキャリアや経験が必要なわけだから、若手がやるほうが不自然だ。わざわざ年齢に絡めて「女将なりに頑張ります」などと、自虐する必要はあるのだろうか。

 また、“置屋の女将”というのも誤解を招く発言だと思う。置屋とは、芸者や遊女を抱える家のことを指し、その女将は、置屋で引き受けた少女の衣食住の面倒を見て、踊りなどの芸を仕込み、一人前の芸者に育て上げる役目を持っている。

 しかし、宮尾登美子の小説『陽暉揮楼』(文春文庫)には、借金返済を理由に、嫌がる芸者に無理やり客を取らせるシーンが描かれており、置屋の女将がただ「面倒を見る」役割ではないことがわかる。気の置けない仲間内での会話ならともかく、公的な場で性接待のオーガナイザーの意味もある言葉を使うのは、ちょっと配慮が足りないと思う。

 このほかにも、21年1月8日放送の『うどうのらじお』で、自身が若い頃のクリスマスの過ごし方に触れたトークの中で、彼氏と過ごす予定のない自分と女友達のことを「余った女子」と言っていた。クリスマスを恋人と過ごさなければいけない決まりはないし、1人または友人や家族と過ごそうが、その人の自由だろう。にもかかわらず、彼氏とクリスマスを過ごさない女性は「余っている」という印象を与える発言を、公共の電波に乗せてしまうのはいかがなものか。

 こうした発言は全て自虐のつもりなのだろうが、有働アナ自身が「女性は若いほうがいい」というセクハラ的な考えや、「女性は男性に選ばれてナンボ」のような男尊女卑的な価値観を持っていることに無自覚ではないか。

 有働アナは女子アナで初めて自虐をした人だと、私は思っている。有働アナが20代の頃、返って目立つド派手な変装をして、プロ野球選手の家に通う姿を写真週刊誌に撮られたことがある。その野球選手は妻と別れたばかりということもあって、世間では「不倫だったのではないか」「略奪だったのか」といった声も上がったが、有働アナはこの時、「オトコを盗られることはあっても、盗ることはない」という自虐コメントで乗り切った。この経験から、自虐をすると周囲に喜んでもらえる、そういう自分が求められていると思い込んでしまったのかもしれない。

 成功者ほど過去の成功体験にすがる傾向があるそうだが、昔ならOKでも、今の時代にアウトということはいくらでもある。抜群に好感度が高いことも相まって、有働アナのセクハラや、男尊女卑的な発言をしつこくネチネチ指摘しているのは、私くらいだろう。しかし、若手の人気アイドルと共演することもある有働アナは、ジェンダーフリーの感覚を持った若者視聴者の視線にさらされていることを、忘れてはならないと思う。

 ネット社会は、何がきっかけで大事故になるかわからない。“自虐キャラ”から“老害キャラ”にならないためにも、有働アナには一度、専門家の指導を受けながら、ジェンダーについて学ぶことをお勧めしたい。

アンジャッシュ・渡部建、復帰前の今必要なことは何か? 「ゼロから頑張る」宣言の前に必要なもの

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「ゼロからまた頑張りたい」アンジャッシュ・渡部建
人力舎公式サイト、2月5日

 アンジャッシュ・渡部建が所属事務所の公式サイトで、活動再開を発表した。2020年6月11日発売の「週刊文春」(文藝春秋)にて、六本木ヒルズ内の多目的トイレで一般女性と不倫に及んでいたことを報じられる数日前から、芸能活動を自粛していた渡部。復帰始めの仕事は千葉テレビの冠番組『白黒アンジャッシュ』で、相方である児嶋一哉は、自身のYouTubeチャンネルで「いろんなご意見があると思いますけれど、暖かく見守っていただければ」と視聴者に訴えていた。

 不倫は決して褒められたことではないが、警察のお世話になったわけでもないのに、いつまでも復帰できないのはおかしいと思う。しかし、復帰することと、芸能人として世間から支持を集められるかは全くの別問題で、渡部がイメージを回復させるのは相当難しいのではないだろうか。

 渡部復帰にあたり、2月6日放送の『ABEMA的ニュースショー』(ABEMA)に出演した千原兄弟・千原ジュニアは、「視聴者の方は『私は見ない』という方もたくさんおられるでしょうけど、我々芸人はいじってご覧になっている方に笑っていただけるようにするしかなくない?」とし、「『おいスケベ』『いや渡部だよ』みたいに」と渡部の復帰を促す意味で、積極的にいじっていく姿勢を明らかにした。しかし、同番組出演者のFUJIWARA・藤本敏史はジュニアとは違う意見で、「いじって笑いにするの難しいんじゃないか」と述べていた。私も藤本と同じ意見だ。

 21年6月6日放送の『週刊さんまとマツコ』(TBS系)で、明石家さんまが「女芸人から見た目をいじってほしいと言われることはあるけれど、いじったほうが損するやろっていう話」と言っていたことがあるが、渡部の問題も同じ話ではないだろうか。既婚者でありながら、多目的トイレで一般女性と不倫したことを芸人がいじると、いじった芸人がそれらを「笑える出来事」だと解釈しているように思われて、自分の好感度が下がりかねない。

 そんな危ない橋を渡りたくない芸人は多いだろうし、「おいスケベ」「いや渡部だよ」で笑える視聴者がいるのかどうかも疑問だ。そこまでして、渡部を積極的に「助けたい」と思う共演者はどれほどいるのだろうか。

 そもそも、渡部はどうして世間サマに怒られたのか? ジュニアのように「渡部をいじろう」と考えている芸人がいるとすれば、本当の理由をわかっているのだろうか? 私は、今回の騒動で渡部の「セコさ」と「モラハラ気質」が明らかになり、それが世間の拒否感につながっていると思う。

 一言で「不倫」と言っても、それぞれの事情は千差万別である。たとえば、ベッキーとゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音の不倫を報じた「文春」によると、ベッキーは知り合ったとき、川谷が既婚者だったとは知らなかったとされている。

 相手が既婚者だと知りながら深い関係を持ったら不倫となり、ベッキーは川谷の妻に貞操権を侵害したとして訴えられても文句は言えない。だから、川谷が既婚者だと知った時点で身を引くべきだっただろう。しかし、相手が「妻と別れるつもりだ」と言ってきたら、判断が鈍ってもおかしくないとも思う。

 不倫はよろしくないが、優等生キャラで男性との熱愛もほとんど聞かれなかったベッキーが、既婚者というワケありの男・川谷との恋をやめなかったというのは、それだけ相手のことが好きだったのではないだろうか。「本気で好きになってしまった人が実は既婚者だった」というパターンは一般人の世界でもよくあることで、その部分だけ見て「そういうことはあるよね」と2人に感情移入した人もいるかもしれない。

 しかし渡部の不倫の場合、そういう感情移入をできる要素が全くないように私には感じられる。多目的トイレでの性行為というのは、女性を性処理の道具としか見ていないと思われても仕方がなく、そこに「好き」といった感情はないだろう。しかも、渡部は複数の女性と関係を持っており、行為に及んだあとは、その女性たちに“1回1万円”を渡していたという。渡部と一般女性の関係には、「やったことは悪いけれど、気持ちはわからないでもない」という世間的な共感ポイントが、まるでないと思うのだ。

 さらに「文春」によると、渡部は相手女性と自分とのLINEのやりとりが消去されているか、自分自身で確認していたそうだ。行為に及ぶ場所の金を惜しむだけでなく、相手が裏切るかもしれないと疑い、情報の流出を絶対に防ぎたいという、渡部のあらゆるセコさも伝わってくる。

 それでは、渡部は常にこすっからいオトコかというと、そうでもなさそうだ。渡部の妻は女優の佐々木希だが、佐々木は渡部の復帰発表後、自身の公式インスタグラムに「これからはゼロから頑張る主人の姿を見守ることに決め、今まで以上に感謝の気持ちを持ち、家族と共に前に進んでいこうと思っています」と投稿。離婚することなく、渡部と共にいる決意を明らかにしている。離婚しない理由は他人が知る由もないが、少なくとも渡部は、佐々木にとって失いたくない存在なのだろう。

 女優である妻・佐々木のことは大切に扱っているように見えるが、名もなき一般人の扱いは明らかにぞんざいだ。私はそんな渡部に、モラハラ気質を感じている。
 
 本来、対等な存在のはずなのに、社会的地位や収入の高いほうが低いほうをバカにしたり、精神的に追い詰めることを「モラルハラスメント(モラハラ)」と呼ぶ。モラハラを起こす人の特徴の一つとして、多くの精神科医が「社会的地位にこだわる人」を挙げている。モラハラをする人は、素の自分に自信がないために、社会的地位など目に見えるものしか信じられない。その結果、自分より上の立場の人に出会った場合は「負けた」と思って卑屈なまでにへつらうが、下の立場だと思うと威張り散らし、これがモラハラにつながっていくそうだ。

 多目的トイレという非衛生的な場所での不倫には、「一般人ならここでいい」といったモラハラ的な価値観がにじみ出ていると思わざるを得ない。こうなると、特に女性視聴者からの支持を取り戻すのはかなり難しいだろう。

 渡部は所属事務所の公式ホームページで「ゼロからまた頑張りたい」と書いていたが、実際の渡部の好感度はマイナスの域に達しており、ゼロ地点にたどり着くことすら大変なことだと私は思う。それを渡部本人、そして「渡部をいじろう」と思っている周辺の芸人たちは、わかっているのだろうか。

 渡部といえば、「文春」報道が出る前に突然活動休止を発表した。この行動は、やはりセコいというか、この期に及んでプライドが高いんだなという印象を私は受けた。「文春」が出た後に会見を開いて謝っても、どのみち世間からの反感は収まらず、活動休止に追い込まれただろうから、何をしても同じだという意見もあるだろう。

 しかし、たとえ許されないとしても、とりあえず自分の言葉で謝る人と、最初から雲隠れしてしまう人とでは、どちらが「誠実」という印象を与えるかは言うまでもない。

 渡部の復帰に賛成とか反対とか、赤の他人が議論してもあまり意味はなく、活動を再開するのも当然のことだと思う。しかし、上述した通り、渡部のやったことをほかの芸人がいじるのは、リスクが伴う。だからこそ、渡部は相方も巻き込まず、自分一人でYouTubeを始めるなどして、地道に活動を再開したほうがよかったのではないだろうか。

 最初は批判的な意見が寄せられるかもしれないが、それでも続けていけば、ファンもつきそうだ。次第に風向きが変わって、堂々とテレビに復帰できたかもしれない。しかし、その道を選ばず相方とテレビで復帰する渡部は、やはりセコいなと思う。

 今の渡部に必要なのは謝罪でも、妻や相方からのサポートでもなく、「恥をかく勇気」なようが気がしてならない。

桝太一アナウンサー、日テレ退社で「一人勝ち」か? 「的確に科学を伝える」転身が受け入れられるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「わかりやすく的確に科学を伝える」桝太一アナウンサー
『真相報道バンキシャ!』(1月23日放送、日本テレビ系)

 新型コロナウイルス感染症の流行は、第6波が必ず来ると言われていたが、ここまでの感染者増加を予想していた人はいただろうか。共同通信社によると、2月2日、日本国内で新たに報告された新型コロナウイルス感染者は9万4,908人となり、過去最多を更新したそうだ。

 芸能人が感染したというニュースを聞くことも多くなった。タレントのベッキーや及川奈央、お笑い芸人のオードリー・春日俊彰と若林正恭、歌舞伎俳優・中村芝翫、女優・ともさかりえら、多くの芸能人が新型コロナ感染を報告している。お笑い芸人のダウンタウン・松本人志は濃厚接触者に該当するという理由で、1月30日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)を欠席した。

 同番組では、タレントのヒロミ、眞鍋かをり、お笑い芸人のEXIT・兼近大樹ら出演者が新型コロナへの意見を述べていたが、私には歌手・西川貴教の発言が興味深かった。「こういった形で(テレビに)出ている人間が言うことじゃないのかもしれないですけど、テレビというかメディアの罪っていうか。専門家でもない芸人さんとかタレントさんとか我々みたいなものが出て行って。(中略)ああでもないこうでもないとコメントを求められるから、言わなくてはいけない。日々情報はアップデートされるし、その度に意見が変わったりして、いろんな不安を煽っているんじゃないかと思って」と述べていた。

 番組MCでお笑い芸人の東野幸治が「専門家じゃない人のコメントは、できるだけ言わないほうじゃいいんじゃないか」と要約していたが、その通りではないだろうか。感染症の専門家でもわからないことを、芸能人に答えさせるのは無理がある。タレントたちもそれをわかっているからか、自分の対策や周辺の出来事を語る場合が多いように思う。一方で、厄介なのは「頭がいい枠」のコメンテーターではないか。

 人は誰しもバイアスをかけて物を見ている。たとえば、「偉人の名言」はその代表例といえるだろう。“経営の神さま”こと、パナソニックの創業者・松下幸之助氏の名言に「世にいう失敗の多くは、成功するまでにあきらめてしまうところに原因があるように思われる」というものがある。「成功するまでやり続けろ」という意味だが、事業に失敗して会社をつぶしてばかりいる人が同じことを言ったら、世間サマは納得してくれるだろうか。おそらく「損切りが遅いから、事業に失敗するんだ」と批判されるのがオチだ。人は誰しも社会的地位で相手の発言を信頼するか決めているからこそ、この言葉を「名言」と捉えるのだろう。

 人によってバイアスの強弱は異なるが、私たちはまず、その人の見かけや社会的地位などで相手を信頼するかどうかを、うっすら決めてしまっている。『報道ステーション』(テレビ朝日系)などでコメンテーターを務めたタレント・ショーンKは、「テンプル大学でBA(学士)、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得。パリ第1大学パンテオン・ソルボンヌに留学」という華麗な学歴をウリにしていた。しかし、2016年3月発売の「週刊文春」(文藝春秋)により、これらが経歴詐称であったことが発覚し、タレント活動を自粛することになる。

 経歴詐称はいけないことだが、ショーンが活動している最中、「学歴が高いわりに発言の内容が薄いな」というように詐称を疑う人は、ほとんどいなかっただろう。これは、私たちに強いバイアスがかかっていた証拠ともいえる。「何を言うか」ではなく「誰が言うか」で、その発言を支持するかしないかを決めてしまっていたのだ。

 ワイドショーなどに出演する学者や専門家たちは、言うまでもなく高学歴を誇る「頭がいい枠」である。芸能人の不倫のように「夫婦で解決してください」という問題であれば、どんな意見を言ってもたいした問題にはならないだろう。しかし、新型コロナウイルスのように多くの人の生命や生活に関係することを「頭のいい枠」の人が口にすると、「あの人が言っているから正しいに違いない」と本気にする視聴者は多いように思う。

 しかし、その情報が間違っている場合もある。「頭のいい枠」の人の発言はネットニュースになって拡散されていくので、番組を見ていない人にまで悪影響が及ぶかもしれない。

 そんな難しいポジションにいる「頭がいい枠」だが、高学歴だけではテレビのコメンテーターは務まらない。キャラの濃さやアクがなければ視聴者から人気が出ないので、どんなに正しいことを言っても話を聞いてもらえないだろう。みんなが同じ意見では番組は面白くないから、あえてヒール役を演じるようなサービス精神も必要とされそうだ。とはいえ、「頭がいい枠」はタレントではないので、これらの条件を完璧に満たす人は極めて稀だろう。

 それでは、テレビで新型コロナのことをうまく話題にしつつ、デマを拡散しないためにはどうすればいいのか。答えはごくシンプルで、番組の中に“調整役”がいればいいと思う。「頭のいい枠」のコメンテーターと同等か、それ以上の知性を持ち、かつコメンテーターの個性を殺さず、けれど、問題がありそうな発言は軌道修正を図る。

 口で言うほど簡単なことではないが、それができそうな人物がただ一人いる。日本テレビの桝太一アナウンサーだ。

 1月23日放送の『真相報道バンキシャ!』(日本テレビ系)で、今年3月末をもって日本テレビを退職し、同志社大学ハリス理化学研究所の専任研究員に転身することを発表した枡アナ。科学と社会をつなぐ「サイエンス・コミュニケーション」という学問分野を極めるための退社だそうで、「わかりやすく的確に科学を伝える方法を、番組を通して皆さんと一緒に考えて実践していくことを目指したいと思っています」とコメントしていた。

 枡アナの日テレ退社を「人気アナウンサーからアカデミック分野への転身」と見る人もいるだろう。しかし、私は事実上の「フリー転身宣言」だと解釈した。

 新型コロナウイルスだけではなく、近年、地震や台風など、命をおびやかすほどの自然災害が増えている中、科学にまつわる情報は今後さらに必要とされていくだろう。そんな中で、各種コメンテーターの“調整役”として、専門家の言うことを理解できる科学的知識を持ったアナウンサーは、今のところ桝アナ一人といっても過言ではないはずだ。

 桝アナはもともと東大大学院農学生命科学研究科出身で、すでに科学に関する素養は十分すぎるほどある。今後、同志社大学ハリス理化学研究所で実績を積み上げていけば、視聴者には「桝アナが言っているなら、本当だ」と受け入れてもらえるだろう。

 高年収の日本テレビを辞めてまで研究者になる桝アナを、「お金への欲がない人」とするいう書き込みをネット上で見たが、フリーのアナウンサーとして科学番組の司会を一手に引き受ければ一人勝ちなわけで、日テレ時代の年収など軽く超えるのではないか。

 これまで、人気局アナがフリーとなる場合、主戦場をバラエティ番組やワイドショーに移すことが多かった。しかし今、この分野は苦戦続きのレッドオーシャンであり、参入するのは得策ではないだろう。テレビを見ない人が増えているともいわれるが、災害のときはテレビでニュースを確認する人は多いはず。これから、ますます世の中に求められるだろう分野が、自分の得意分野であるという奇跡。やっぱり、桝アナのように人気のある人は、ツキもあるのだと恐れ入るばかりだ。

マツコ・デラックスの引退説に考える、テレビ視聴者に“毒舌”が通用しなくなった現況

 マツコ・デラックスと関ジャニ∞・村上信五がMCを務めるバラエティ番組『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)。1月24日の放送では、マツコのある発言がネット上で話題になった。

 番組の終盤、「人気占い師シウマさんに2022年の2人を占ってもらった件」と題したコーナーを放送。『夜ふかし』でおなじみの占い師・琉球風水志シウマ氏が、村上とマツコの仕事運などを占った結果、マツコは「仕事を増やすというよりは、今ある物を辞めずに持続することを心がけてください」と診断されていた。

 この結果に村上が「今までよく(仕事を)辞めずに持続してきたな」と言うと、マツコは「本当です。もう十分でございます」と反応。ネット上ではこの一言を受けて、「マツコはもう芸能界に未練なさそう」「仕事を減らすのか、引退なのか……」といった声が飛び交い、再びマツコの“芸能界引退説”が浮上しているようだ。

 これまで何度も引退をほのめかしてきたマツコだが、2020年9月16日に『ホンマでっか!?TV』を“卒業”した際は、一部週刊誌でも芸能界引退の可能性を報じられていた。「女性自身」10月27日号(光文社)によれば、マツコの所属事務所社長が「彼女もまもなく50歳になります。いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです」と語ったと伝えている。

 マツコは“毒舌キャラ”として今もテレビに出続けているが、昨年11月13日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)では、本音が漏れたことも。テレビにおける自身の身の振り方について、「いろいろ考えているのよ。どのタイミングで身を引こうかなってずーっと考えている」「自分も結構、追い詰められているから」などと吐露したのだ。

 なぜマツコが「追い詰められている」のかは、本人にしかわからない。一方で、ライターの仁科友里氏は、かつて連載「女のための有名人深読み週報」の中で、「今の時代はマツコのような毒舌タレントには、やりにくい部分はあるように思う」とつづっていた。一体、何がマツコを“やりにくく”しているのだろうか? マツコの進退を気にする声が上がる今、同記事を再掲する。
(編集部)


羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」マツコ・デラックス
『マツコ&有吉のかりそめ天国』(10月9日、テレビ朝日系)

 マツコ・デラックスが『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)を静かに“卒業”したことで、突如“引退説”が浮上してきている。

 10年間レギュラー出演をしていて、司会の明石家さんまとのやりとりを楽しみにしていた視聴者も多いことだろう。マツコクラスの大物が番組を“卒業”するとなると、セレモニー的な企画が組まれそうなものだが、実際は番組の最後に「マツコさんは今日の放送でホンマでっか!?を卒業します。およそ10年間本当にありがとうございました」というアナウンスがあったのみ。

 この顛末について、「女性自身」10月13日号(光文社)は、「マツコ、『ホンマでっか』卒業の真相 引退前倒しで保護猫支援か」と報じた。また10月27日号の同誌では「マツコ引退説に事務所社長答えた『今のままずっとは難しい』」という記事が掲載され、所属事務所の社長が「彼女もまもなく50歳になります。いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」と、マツコが変革の時を迎えていることを認めるコメントしていた。

 さらに、「週刊女性」(主婦と生活社)の直撃を受けたマツコ・デラックス自身が、「みなさんにとっては突然なのかもしれないけれど。アタシも次の人生を考えるときに、このままだと身動きがとれないからね。だから降りられるものは降りようとしていますよ。なんかしがみつくのも嫌だし、もっと若い人に頑張ってもらわないといけないわけだから」と心境を吐露している。

 このタイミングでの仕事の縮小には驚くが、マツコはブレーク直後から、いろいろな番組でずっと芸能界に居続けるつもりはないと発言しており、今年1月の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)でも、「あと10年くらい細々と頑張って国外に脱出しようと思っているの」と話していただけに、前から思っていたことを実行しつつあるというほうが正しいのではないか。

 気になるのが、所属事務所社長の「いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」という言葉である。私には順風満帆に見えるマツコの芸能活動だが、マツコ本人とマツコの育ての親は、危機感のようなものを感じているということだろう。

 それが何かが語られることはないので推測するしかないが、確かに今の時代はマツコのような毒舌タレントには、やりにくい部分はあるように思うのだ。

 10月9日放送の『マツコ&有吉のかりそめ天国』(テレビ朝日系)で、マツコと有吉弘行が、フリーアナウンサー・田中みな実とテレビ朝日アナウンサー・弘中綾香について話していた。

 南海キャンディーズ・山里亮太、田中、弘中両アナがMCを務める新番組『あざとくて何が悪いの?』(同)が同10日から始まり、第1回のゲストが有吉だった。収録時、弘中アナが「1回目のゲストが有吉さん、怖い」と怯えていたので、有吉は「そんなこと言わないでよ」と言いつつ、「『かりそめ天国』のオフのとき、お前の悪口言ってるけどな」と付け加えた。有吉はそのときのことを振り返り、「自分の名前だけで言えばよかったんだけど、マツコさんの名前も出しちゃった」と、自分だけでなく、マツコも弘中アナの悪口を言っているかのように話してしまったと謝罪していた。

 私は、マツコや有吉と同世代だが、我々が若い頃のテレビでは、番組の企画で、タレントが大物や旬の芸能人のことを「嫌い」と言うことは結構あった。特に毒舌をウリにする芸人やタレントは、視聴者の興味を引く人物について、カメラの前で悪く言うのが「お仕事」なわけだし(無名のタレントの名前を挙げても、面白さがない)、そもそも、カメラの前でそういう話をしている時点で、本当に嫌いということはないだろう。

 しかし、それは世慣れた中年の論理で、今のテレビで同じことをすると、現代の若者は傷つきやすいのか、「有吉やマツコが女子アナをいじめている」「パワハラだ!」と解釈することもあるのではないだろうか。それがSNSで拡散されると、番組を見ていない人もノリで加担して、炎上しないとも限らない。

 マツコは「田中みな実の時ってプロレスができたじゃん、いい時代だったよ」と回想する。「私はプロレスしがいのある女が出てきたなくらいに思って、ちょっとやったわけよ。そしたら、ただの悪口になるっていう」と予期せぬ結果を生んだと明かし、有吉も「そうなんだよね、ひどい、ひどいと言われちゃうんだよね」「僕も、ほとんどそういうのには関わらないようにしている」と同調していた。

 田中アナとマツコのプロレスと言えば、『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』(TBS系)という番組が思い出される。さんまが司会をし、テーマに沿っておネエタレントたちが恋愛にまつわるトークを展開する番組で、ゲストとして登場した田中アナは、「さんまさんのことが結婚したいくらい好き」とぶりっ子キャラを全開で挑んでいた。

 マツコが、隣に座るミッツ・マングローブに「(田中のことが)本当に嫌いなのよ」とつぶやいたことを聞いた双子のおネエタレント・広海が「本当に嫌いって言ってる」と暴露。田中が「マツコさんに嫌われるようなことをしてしまって、申し訳ありません」と泣き出した。が、実は手の甲で隠された田中の口元は笑っていて、つまり泣いたのは一瞬だったという壮大なオチが待っていた。しかし「仕事として」言い合いをしても、「泣かせた」となると、視聴者のイメージ的には、マツコが断然悪者で、結果的に損をしたと言えるのではないだろうか。

 マツコは「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」と、『かりそめ天国』で話していたが、扱いがわからなければ当たり障りなく接するしかなく、けれど、それではマツコの個性が生きない。そして、今後も傷つきやすい視聴者が増えることが予想されるとなると、マツコのやりにくい状態は続くと思われる。

 フェミニズムの台頭も、毒舌タレントには向かい風になるのかもしれない。世間に「性差別を許さない」という空気が生まれ、それ自体は望ましいことだが、「性差別とは何か」を誰もが明言できるほど、フェミニズムは根付いていないと私は感じている。そういう時代に、女子アナや女性タレントに毒舌を吐くと、発言内容を精査せず「女性を悪く言うことは、女性差別だ」と感じる人も出てくるだろう。

 時代の変化を止めることはできないが、マツコが見られなくなるのはつまらない。今のようなスタイルでなくても、マツコにとってベストな形で、コアなファン向けに活動してほしいと思うのは私だけではないはずだ。

※2020年10月15日初出の記事に追記、編集を加えています。