眞子さまと小室圭氏の結婚問題に悩まれる紀子さまへ。「ネットを見ない方がいい」と進言したいワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「いっそ“結婚”を認めて発表してしまった方が、まだ良いのかもしれませんね」紀子さま
「週刊新潮」9月12日号(新潮社)

 本当にどうしたもんだか、というのが多くの人の感想ではないだろうか。

 秋篠宮家のご長女・眞子さまと小室圭氏のご婚約内定会見が行われたのが、2017年9月のこと。小室氏の仕事が安定していないことに一抹の不安を感じた国民もいただろうが(私もその一人である)、おおむね祝福ムードだったのではないか。

 しかし、同年12月、「週刊女性」(主婦と生活社)が「眞子さま、嫁ぎ先の“義母”が抱える400万超の“借金トラブル”」というタイトルで、小室氏の母親の金銭トラブルをすっぱ抜く。

 小室氏が幼い頃に父親は自死しており、母親はある男性と婚約していた。学費が高いとされるインターナショナルスクールや留学費用、アナウンサースクールの授業料は、この男性が“援助”していたが、あまりに金銭の要求が多くなってきたので、男性は婚約を解消。かわりに小室氏の母にこれまで「貸した」400万円の返済を求めたが、母親は「贈与だと認識している」と返済を拒否しているという内容だった。

 世間からは、「皇室に連なる家庭が、こんなことでいいのか」という意見が上がり、18年の2月に、結納にあたる“納采の儀”が延期されたことを宮内庁が発表。さらに、小室氏は3年間のアメリカ留学に出掛けてしまう。「週刊朝日」(朝日新聞出版)によると、授業料は奨学金で賄い、生活費はかつての勤務先である法律事務所が負担するという。法学部卒でない小室氏が奨学金をもらえるのはどうしてなのか、また法律事務所が、弁護士資格を持たない青年の生活費を丸抱えしてどんなメリットがあるのかを考えると、なんらかのチカラが働いているのではないかと疑問を持つ人は多いだろう。

 小室氏が留学して1年余りが経過したが、結婚問題に進展はない。仮に弁護士資格が得られたとしても、将来の見通しはそう甘くないようだ。ニューヨーク州の弁護士資格を持つ山口真由氏は「女性自身」(光文社)の取材に対し、「仮に合格しても、もとから日本の資格を持っていない人はニューヨークの州法しか扱えないので、日本での仕事はかなり限られます」「アメリカの法曹界はものすごい学歴社会なんです。スタンフォード、ハーバードといった『トップ14』と呼ばれる名門ロースクール出身者でなければ、都市部の大きな事務所では門前払いでしょう」とコメント。合格しても生活が安定するのは厳しいとの見方を示した。

 400万円問題も一向に解決しそうにない。元検察官で弁護士の清原博氏は同誌の取材に対し、借用書がないので返済義務はない、返済ではなく、和解金や謝礼という形にするのが一般的としたうえで、「『債務不存在確認訴訟』といって、借金がないことを裁判所に確認してもらうことができます」と打開策を提案している。しかし、訴訟となれば弁護士を依頼する必要があり、当然費用もかかるが、これまでの小室家の行動を見る限り、自腹を切って動くタイプではないと言えるだろう。これからもずっと「借金ではなく、贈与だ」と言い続けるのではないだろうか。

 小室氏に対してはもちろん、国民がプリンセスや秋篠宮家に向けるまなざしは厳しいものとなっている。9月12日号の「週刊新潮」(新潮社)によると、追い詰められた紀子さまは「このまま批判を浴び続けるくらいなら、いっそ“結婚”を認めて発表してしまった方が、まだ良いのかもしれませんね」などと、関係者に述べられたという。

 秋篠宮家が批判にさらされてイメージダウンすれば、悠仁さまという皇位継承者に対する国民の敬意をも薄れてしまうと紀子さまはお考えかもしれないが、もし本当にそうした思いで結婚を許可したら、紀子さまは、世間からの「眞子さまの今後を考えていない「眞子さまのことを切り捨てた」「冷たい母親」といった批判にさらされるのではないか。ご成婚以降、優等生妃殿下でいらした紀子さまには大きな屈辱だろうし、眞子さまが結婚した後、新たなトラブルが起きないとは言い切れない。

 冷静に「結婚か破談か」を見極めるため、紀子さまにできることは何なのだろうか。

 婚約会見で自分のことを「ニブい」と語った小室氏。であるなら、紀子さまは「ニブい」人にもわかるように、具体的な数字で、小室氏に結婚の条件を提示したらどうか。「〇年以内に小室家が400万円を全額返す」「小室氏が年収〇万円以上を達成する」ことを条件にすれば、話が早いはずだ。もしそれでも「返さない」「稼げない」というのなら、プリンセス云々の前に、一人のオトナとして誰とも結婚する資格はないと思う。しかし、これらの基準をクリアできるのなら、プリンセスとの結婚を認めてあげた方がよいのではないだろうか。はっきりとした基準があることは、プリンセスの気持ちを固める上でも有効だと思われる。

 そして、もう1つ。「週刊女性」が、「自分たちが国民からどう思われているかを知るために、紀子様はネットニュースをチェックしていることがある」という秋篠宮家関係者の証言を掲載していたが、紀子さまはネットをご覧になるのをやめた方がよいのではないかと思う。

 紀子さまご成婚の際、大きく報じられたのが、「家にテレビがない」ことだった。勉学の妨げになるとの方針で置かないというのが、いかにも学者家庭の川嶋家らしいが、私もある時期、テレビがない生活をしたことがある。意外なほど、不便はなかった。それどころか、勝ちとか負けとか、ブスとか美人というような二元論の世界から離れられて、精神衛生上よかった。

 ご成婚前こそ、紀子さまもお輿入れに必要なもの、例えば、手袋といったさして高額でないものも、天皇家に請求書を回して美智子さまにため息をつかせていると「週刊文春」(文藝春秋)に書かれたことがあるが、皇室に入られた紀子さまは、その環境にすんなりとなじまれた印象がある。その強靭なメンタルが作られた要因の1つは、テレビのない生活を送り、無駄な情報を入れなかったために、強い自己肯定感を保てたからではないだろうか。

 情報を得るものとして、テレビとネットは同じ役割と言えるが、そうは言っても、テレビにはスポンサーがついており、出演者であるタレントやコメンテーターは顔をさらしている分、発言には自制心が働く。しかし、ネットは顔が見えないため、無法地帯である。特に格差社会を迎え、カネに敏感になっている国民にとって、皇室の権威と持参金を手にしようとしているようにも見える小室氏を叩いて、自分の日常のウサを晴らしたいと考える人はいるだろう。そういった書き込みを紀子さまがご覧になると、精神的にも消耗することは間違いないし、何よりもプリンセスが安定した結婚生活を送るためにはどうしたらいいのか、という本質を見失ってしまわないだろうか。

 いずれにしても、国民が願うことは、プリンセスのお幸せである。「小室さん、ちょっと頑張ってよ」と背中を叩きたい思いでいるのは、私だけではないはずだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

眞子さまと小室圭氏の結婚問題に悩まれる紀子さまへ。「ネットを見ない方がいい」と進言したいワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「いっそ“結婚”を認めて発表してしまった方が、まだ良いのかもしれませんね」紀子さま
「週刊新潮」9月12日号(新潮社)

 本当にどうしたもんだか、というのが多くの人の感想ではないだろうか。

 秋篠宮家のご長女・眞子さまと小室圭氏のご婚約内定会見が行われたのが、2017年9月のこと。小室氏の仕事が安定していないことに一抹の不安を感じた国民もいただろうが(私もその一人である)、おおむね祝福ムードだったのではないか。

 しかし、同年12月、「週刊女性」(主婦と生活社)が「眞子さま、嫁ぎ先の“義母”が抱える400万超の“借金トラブル”」というタイトルで、小室氏の母親の金銭トラブルをすっぱ抜く。

 小室氏が幼い頃に父親は自死しており、母親はある男性と婚約していた。学費が高いとされるインターナショナルスクールや留学費用、アナウンサースクールの授業料は、この男性が“援助”していたが、あまりに金銭の要求が多くなってきたので、男性は婚約を解消。かわりに小室氏の母にこれまで「貸した」400万円の返済を求めたが、母親は「贈与だと認識している」と返済を拒否しているという内容だった。

 世間からは、「皇室に連なる家庭が、こんなことでいいのか」という意見が上がり、18年の2月に、結納にあたる“納采の儀”が延期されたことを宮内庁が発表。さらに、小室氏は3年間のアメリカ留学に出掛けてしまう。「週刊朝日」(朝日新聞出版)によると、授業料は奨学金で賄い、生活費はかつての勤務先である法律事務所が負担するという。法学部卒でない小室氏が奨学金をもらえるのはどうしてなのか、また法律事務所が、弁護士資格を持たない青年の生活費を丸抱えしてどんなメリットがあるのかを考えると、なんらかのチカラが働いているのではないかと疑問を持つ人は多いだろう。

 小室氏が留学して1年余りが経過したが、結婚問題に進展はない。仮に弁護士資格が得られたとしても、将来の見通しはそう甘くないようだ。ニューヨーク州の弁護士資格を持つ山口真由氏は「女性自身」(光文社)の取材に対し、「仮に合格しても、もとから日本の資格を持っていない人はニューヨークの州法しか扱えないので、日本での仕事はかなり限られます」「アメリカの法曹界はものすごい学歴社会なんです。スタンフォード、ハーバードといった『トップ14』と呼ばれる名門ロースクール出身者でなければ、都市部の大きな事務所では門前払いでしょう」とコメント。合格しても生活が安定するのは厳しいとの見方を示した。

 400万円問題も一向に解決しそうにない。元検察官で弁護士の清原博氏は同誌の取材に対し、借用書がないので返済義務はない、返済ではなく、和解金や謝礼という形にするのが一般的としたうえで、「『債務不存在確認訴訟』といって、借金がないことを裁判所に確認してもらうことができます」と打開策を提案している。しかし、訴訟となれば弁護士を依頼する必要があり、当然費用もかかるが、これまでの小室家の行動を見る限り、自腹を切って動くタイプではないと言えるだろう。これからもずっと「借金ではなく、贈与だ」と言い続けるのではないだろうか。

 小室氏に対してはもちろん、国民がプリンセスや秋篠宮家に向けるまなざしは厳しいものとなっている。9月12日号の「週刊新潮」(新潮社)によると、追い詰められた紀子さまは「このまま批判を浴び続けるくらいなら、いっそ“結婚”を認めて発表してしまった方が、まだ良いのかもしれませんね」などと、関係者に述べられたという。

 秋篠宮家が批判にさらされてイメージダウンすれば、悠仁さまという皇位継承者に対する国民の敬意をも薄れてしまうと紀子さまはお考えかもしれないが、もし本当にそうした思いで結婚を許可したら、紀子さまは、世間からの「眞子さまの今後を考えていない「眞子さまのことを切り捨てた」「冷たい母親」といった批判にさらされるのではないか。ご成婚以降、優等生妃殿下でいらした紀子さまには大きな屈辱だろうし、眞子さまが結婚した後、新たなトラブルが起きないとは言い切れない。

 冷静に「結婚か破談か」を見極めるため、紀子さまにできることは何なのだろうか。

 婚約会見で自分のことを「ニブい」と語った小室氏。であるなら、紀子さまは「ニブい」人にもわかるように、具体的な数字で、小室氏に結婚の条件を提示したらどうか。「〇年以内に小室家が400万円を全額返す」「小室氏が年収〇万円以上を達成する」ことを条件にすれば、話が早いはずだ。もしそれでも「返さない」「稼げない」というのなら、プリンセス云々の前に、一人のオトナとして誰とも結婚する資格はないと思う。しかし、これらの基準をクリアできるのなら、プリンセスとの結婚を認めてあげた方がよいのではないだろうか。はっきりとした基準があることは、プリンセスの気持ちを固める上でも有効だと思われる。

 そして、もう1つ。「週刊女性」が、「自分たちが国民からどう思われているかを知るために、紀子様はネットニュースをチェックしていることがある」という秋篠宮家関係者の証言を掲載していたが、紀子さまはネットをご覧になるのをやめた方がよいのではないかと思う。

 紀子さまご成婚の際、大きく報じられたのが、「家にテレビがない」ことだった。勉学の妨げになるとの方針で置かないというのが、いかにも学者家庭の川嶋家らしいが、私もある時期、テレビがない生活をしたことがある。意外なほど、不便はなかった。それどころか、勝ちとか負けとか、ブスとか美人というような二元論の世界から離れられて、精神衛生上よかった。

 ご成婚前こそ、紀子さまもお輿入れに必要なもの、例えば、手袋といったさして高額でないものも、天皇家に請求書を回して美智子さまにため息をつかせていると「週刊文春」(文藝春秋)に書かれたことがあるが、皇室に入られた紀子さまは、その環境にすんなりとなじまれた印象がある。その強靭なメンタルが作られた要因の1つは、テレビのない生活を送り、無駄な情報を入れなかったために、強い自己肯定感を保てたからではないだろうか。

 情報を得るものとして、テレビとネットは同じ役割と言えるが、そうは言っても、テレビにはスポンサーがついており、出演者であるタレントやコメンテーターは顔をさらしている分、発言には自制心が働く。しかし、ネットは顔が見えないため、無法地帯である。特に格差社会を迎え、カネに敏感になっている国民にとって、皇室の権威と持参金を手にしようとしているようにも見える小室氏を叩いて、自分の日常のウサを晴らしたいと考える人はいるだろう。そういった書き込みを紀子さまがご覧になると、精神的にも消耗することは間違いないし、何よりもプリンセスが安定した結婚生活を送るためにはどうしたらいいのか、という本質を見失ってしまわないだろうか。

 いずれにしても、国民が願うことは、プリンセスのお幸せである。「小室さん、ちょっと頑張ってよ」と背中を叩きたい思いでいるのは、私だけではないはずだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

高嶋ちさ子、「オンナにはみんなウラがある」の主張――「性別」で性格を決める不可思議

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「オンナはみんなウラがある」高嶋ちさ子
『ザワつく! 一茂 良純 時々ちさ子の会』(テレビ朝日系、8月30日)

 人柄もしくは性格を決定づけるのは、行動とされている。例えば、人に対して親切に接する人は「優しい」とみなされる……そう信じている人は多いだろうが、それは本当だろうか。

 今年の『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)に美容家・IKKOが出演し、「人生を変えた人」を紹介していた。横浜・元町の美容院で厳しい修行を積んだIKKO。その美容院のオーナーに、美容師としての技術はもちろん、礼儀作法も徹底的に仕込まれた。主婦と生活社が運営するニュースサイト「週刊女性PRIME」によると、IKKOはタレントとして活動を始めた頃から、テレビ出演の際に、共演者全員に直筆の手紙とちょっとしたプレゼント(ただし、自分の開発した商品以外)を欠かさないそうだ。

 礼儀を重んじる良識は、横浜の修業時代に培われたのかもしれない。ネットには「IKKOさん、いい人」という意見が多く見受けられた。

 もちろん、それに異論はないが、それではもしIKKOがヘアメイクとして頭角を現していない頃に、周囲に感謝の手紙やプレゼントを渡したらどうだろう。「いい人」と言ってもらえるだろうか?

 恐らく、否だろう。そんなことよりも、本業であるヘアメイクの上達に時間をかけるべきだという意見が出てくるはずだ。人柄や性格といった「内面」は、肩書、社会的地位などの「外面」と無関係であるかのように思われるが、実は連動していると言えるのではないか。本業(仕事)で成果を出しているからこそ、「人間ができている」「いい人だ」と言われるのだと思う。

 このように、「内面は外面と連動する」が私の性格持論だが、バラエティー番組は時々、「性別」や「見た目」で性格を決めてしまう。8月30日放送の『ザワつく! 一茂 良純 時々ちさ子の会』(テレビ朝日系)では、ロンドンで連携してスリを働く外国人美女3人組の動画を紹介していた。同番組進行のサバンナ・高橋茂雄は、MCの高嶋ちさ子に「やはり、美人はウラがあるんですか?」と質問を投げかける。

 人にウラがあることと、犯罪を働くのは次元の違う話だし、美人がみんな犯罪者であるわけはないので、かなり極端な質問と言えるが、毒舌売りをしている高嶋に話をフるのは「美人」もしくは「ウラのあるオンナ」をぶった斬ってほしいというパスだろう。高嶋は「オンナはみんなウラがある」とし、その根拠として「今年になってオンナに3人だまされている」「弱いところを見せて、人に何かしてもらって、それを踏み台にしていく」と述べた。

 詳細は語らなかったが、かわいそうだと思って助けてあげたら、感謝されるどころか利用されたというところだろうか。

 近づいてきた人が仕事関係の人なのか、それともプライベートで付き合いのある人かはわからないものの、今やバラエティー番組でひっぱりだことなった高嶋。お金も地位もある。たくらみを持って近づいてくる人がいても不思議ではない。

 ここで疑問に思うのが、「オンナにはみんなウラがある」の“みんな”に高嶋自身は含まれているのかということである。

 2017年放送の『しゃべくり007』(日本テレビ系)で、高嶋が夫とのなれそめについて、こんな話をしていたことがある。

 高嶋と夫は合コンで知り合ったが、夫には交際している女性がいた。夫にその女性と結婚するつもりがあるのか尋ねると「ない」と答えたので、「結婚する気がないのに、引っ張るのはかわいそうだから、別れろ」「クリスマスまでに別れろ」とたきつけ、夫は素直にそれに従ったそうだ。そして、高嶋はめでたく彼女となった。

 この方法、十分「ウラがある」と言っていいのではないだろうか。高嶋は夫の顔が大好きで、生まれて初めて自分から積極的にアプローチしたとも話していた。「ウラがある」と言われても、大勝負に出たい気持ちは、高嶋にも理解できるのではないだろうか。また、いくら高嶋に命令されたからと言って、それまで付き合っていた彼女をあっさり捨て、美人ヴァイオリニストとして名高い高嶋に乗り換えた夫だって、ウラがないとは言い切れないだろう。

 つまり、「オンナはみんなウラがある」のでもなく、オトコもオンナもみんなウラがあるのだ。

「〇〇にはウラがある」と言う場合、「〇〇」の中に美人という単語を入れたくなる人もいるだろう。「美人には相手にされないかもしれない」とか「美人は高飛車」という恐れに由来する決めつけだと思われるが、ウラがあることと、外見に因果関係はない。美人だろうがブスだろうが、自分にとって大事なもの、人に渡したくないもの、死守したいものを前にしたとき、法律とその人の常識の範囲内で他人を出し抜くかどうかは個人の問題ではないだろうか。それに、社会人にもなって、ウラがなかったら、求められる仕事を全うできると私には思えない。

 文化人枠からテレビの世界にやって来て、売れっ子になった高嶋。本業であるヴァイオリンのコンサートも満員御礼続きだそうだ。しかし、「好事魔多し」という諺もある。ウラのない人なんていないのだから、本当にシャレにならないだまされ方をしないように、お気をつけいただきたいものである。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

フジテレビ社長に「女として好みのアナ」を質問――山崎夕貴が破った「女子アナの暗黙の了解」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「女として、好みの女性アナウンサーは?」フジテレビ・山崎夕貴アナウンサー
『ダウンタウンなう』(フジテレビ系、8月23日)

 テレビ局が番組を放送することに意図があるとしたら、その一つは「視聴者に希望を与える」ことではないだろうか。

 『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)に対し、「感動ポルノ」という批判は昔からあるものの、ここまで続いているのは、やはり「希望を与えてくれる話」を求める視聴者が多数いると見ることもできる。

 そう考えると、ことバラエティーにおいて、視聴者が「希望を与えてくれる話」を求めているとすると、芸能人たちのぶっちゃけや自虐的な話に人気が集まるのも理解することができる。視聴者は「有名人でも、生活は一般人とたいして変わらないではないか」と共感し、「自分の生活」に希望を抱けるからだ。ただし、この方法は、リスクも伴う。例えば、マツコ・デラックスは『マツコ&有吉かりそめ天国』(テレビ朝日系)で、「ホテルのカレーは高い」と話していたが、「女性自身」(光文社)は、「マツコ ギャラが芸能界最高額に 30万円から4年で1本500万」と報じている。他人のギャラをどうやったら調べられるのか疑問だが、「マツコは庶民的だ、オレたちと同じだ」と信じていた人ほど、こういった高年収話を聞くと、アンチに回ってしまう可能性がある。

 ぶっちゃけや自虐というのは、行うのは簡単かもしれない。しかし、超えてはいけない一線、もしくは暗黙の了解というものがあるのではないだろうか。

 その一線を、8月23日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に出演した山崎夕貴アナは越してしまったように思えてならない。同番組のゲストは、フジテレビ新社長の遠藤龍之介氏。同局のエースアナウンサーである山崎アナが、聞きたいことを切り込んでいくという趣向だった。

 「若手の給料はどうにかならないか?」「社長はどれくらいもらっているのか?」というように、山崎アナは聞きにくいことを切り込んでいく。カネの話はタブーと上述したが、このように「給料が少ない」系の話であれば、「あんなに売れているアナウンサーも、給料が少ないんだ」とだまされてくれる視聴者はいるはずだから、OKだろう。

 私が度肝を抜かれたのは、山崎アナが「女として、好みの女子アナウンサーは?」と社長に聞いたこと、また「女性アナウンサーは社長に気に入られたいと思っている」と話していたこと。というのは、女子アナの暗黙の了解とは、「女として」見られていること、もしくは「女として」優れていることに、「気づいていないフリ」をすることだと思っていたからだ。

 では、女子アナの「気づいていないフリ」とは何か。

 例えば、フジはかつて『オレたちひょうきん族』という番組を放送していたが、この番組では女子アナがプールに落とされたり、水をかけられたりする演出が多かった。当時子どもだった私でも、プールに落とされるタイミングはわかったが、女子アナたちは逃げない。オトナになると気づくが、あれは単なる笑いではなく、男性へのサービスという意味も含んでいた演出だったのだろう。美人アナウンサーがびしょ濡れになり、洋服が透けたり、ボディーラインが出ることに性的な興奮を覚える男性視聴者も多かったと推測する。だから、女子アナはお仕事としてプールに落とされなければならない。なので子どもでもわかる見え見えの展開でも、「気づいていないフリ」をする必要があったのではないだろうか。それはつまり、「女として」見られていることにも、「気づいていないフリ」をしているということだ。

 この流れは、今日でもあまり変わっていないと思う。『モヤモヤさまぁ~ず2』(テレビ東京)でアシスタントをしていた大江麻理子アナは、さまぁ~ずの命令で筋トレ道具を使い、両足を大きく開いてМ字開脚のような体勢を取らされたことがある。そこで「やめてください!」と言うことは、その体勢がM字開脚であると認識していることと同じだろう。しかし、大江アナがМ字開脚だと「気づかないフリ」をして応じれば、番組は進行するし、男性視聴者も喜ぶ。大江アナはよくきょとんとした顔をしていたが、これは「気づいていないフリ」を表情で表したものではないだろうか。

 女子アナは自分の美貌やその価値についても、「気づいていない」ように振る舞う必要があるように思う。女子アナと言えば、ミスコンの覇者が多いことでもよくわかるように、美貌が要求される職業と言えるだろう。しかし、女子アナがアナウンサーとしての資質に美貌を挙げることはない。例えば、TBSラジオ『ジェーン・スー 相談は踊る』で、「どうしたらアナウンサーになれるか」という女子大生に対し、同局の江藤愛アナは「なりたいという気持ちが大事」「アナウンサーが出した本を読む」とアドバイスしていた。江藤アナは準ミス青山に輝いているが、女子大生に「見た目も重要」というようなアドバイスをはしない。美貌が必要なことは明らかではあるものの、「女として」認められたからではなく、あくまでも「会社員として」有能であると認められたふうに振る舞うのが、女子アナの掟というやつではないだろうか。

 接客のプロという意味ではなく、「オトコを喜ばす」という意味のホステスだと揶揄されることも多かった女子アナ。山崎アナの先輩にあたる中村江里子は、女子アナの性的な部分がクローズアップされたり、意図的にスキャンダラスに書かれることに対し、1998年の「週刊文春」(文藝春秋)で、「いい加減にしてよ女子アナいじめ」というタイトルで寄稿している。エルメスフリークとして知られていた中村は、とんねるず・石橋貴明にかわいがられていたこともあって「石橋から渡されたカードでエルメスを買っている」など書き立てられたことに怒り、中村をはじめとする女子アナは「会社員として」堅実に仕事をしていると訴えていた。

 しかし、あれから20余年の時を経て、後輩である山崎アナは、この「#Me Too」時代に「女性アナウンサーは社長に気に入られたいと思っている」と話したり、「女として、好みの女性アナウンサーは?」と質問することにより、フジもしくは女子アナのホステス気質を暴露してしまったわけだ。これは間違いなく、フジ全体のイメージダウンだろう。

 「NHKから国民を守る党」が「NHKをぶっ壊す」というスローガンを掲げたとき、「あり得ない」と受け止めた人は多かったことだろう。しかし、選挙で勝利した。地方出身で、就職試験まで一度も東京に来たことがなく、売れない芸人と結婚した“庶民派アナ”の山崎アナが、フジテレビをぶっ壊してしまう日があり得ないとは言い切れないかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

とにかく明るい安村の「世間が不倫を許さない理由」に疑問――自ら「嫉妬買った」と語るリスク

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「自分も我慢してるからじゃないですか?」とにかく明るい安村
『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系、8月13日)

 8月13日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で、とにかく明るい安村を久しぶりに見たと思ったら、それもそのはず、“干されて”いたそうだ。売れない時代を支えてくれた妻と結婚し、一児をもうけ、マイホームパパで売っていた安村だが、「週刊文春」(文藝春秋)に不倫を撮られてしまう。妻には土下座して詫び、許してもらったそうだが、この影響で収録済みだった番組はお蔵入り、30本以上の仕事がキャンセルで、現在もメディアでの仕事は0らしい。

 同番組では「なぜ世間は不倫を許さないのか?」といったテーマで、安村センセイが解説を進めていく。センセイいわく、「人類みなスケベ」。性欲は三大欲求の1つだが、それを理性でかろうじて抑えている。自分が我慢している中、誰かがルールを破ると「ずるい」と感じる、ある種のジェラシーから、バッシングに転じるそうだ。

 簡単に言うと、世間が不倫を許さないのは、嫉妬ゆえと安村は思っているのだろう。しかし、本当にそうだろうか。

 芸能人の不倫と、発覚後のペナルティーを見ていると、ある法則性に気づく。性別、年齢でペナルティーが変わってくるのだ。不倫を撮られた芸能人、ジャンル、年代(当時)、ペナルティー(報道等でわかっている範囲での)を、男女別に挙げてみると、以下の通り。

<男性>
俳優
渡辺謙(50代)降板などのペナルティーはなし
袴田吉彦(40代)同上
原田龍二(40代)舞台『サザエさん』は降板するが、『5時に夢中!』(TOKYO MX)の司会は続行。 

お笑い芸人
宮迫博之(40代)降板などのペナルティーはなし
千原せいじ(40代)同上 
千鳥・大悟(30代)同上

ミュージシャン
ゲスの極み乙女・川谷絵音(20代)降板などのペナルティーはなし 

<女性>
女優
斉藤由貴(50代)大河ドラマ降板、CM契約を解除するが、まもなく復帰
藤吉久美子(50代)降板などのペナルティーはなし 

バラエティータレント
ベッキー(30代) レギュラー番組を全て降板、CMの契約解除。約4カ月間休業する
矢口真里(30代) レギュラー番組、CMの契約解除。約1年4カ月休業する

アナウンサー
フジテレビ・秋元優里(30代) アナウンス室から異動

 こうやって見てみると、男性芸能人はジャンル、年代を問わず、不倫をしてもペナルティーはない、もしくはあっても軽いと言うことができるだろう。女性芸能人の場合、50代の女優陣は比較的軽傷だが、30代の若いゾーンの女性たちへのペナルティーはかなり重いと言える。

 この慣例から考えると、オトコ芸人である安村の復帰は比較的容易なはずだ。不倫をして、嫉妬を買い、干されたと本人は思っているようだが、実際の原因は別のところにあるのではないだろうか。安村と言えば、「安心してください、穿いてますよ」でブレークしたが、このネタだけで、芸能界を生き残っていくことはできないだろう。ネタの鮮度が薄れてきたことと、不倫騒動がほぼ同じタイミングで起こり、視聴者の反感を買うリスクを取ってまで、テレビが起用したい芸人ではなかったという可能性は捨てきれない。

 しかし、安村は「なぜ夫に不倫をしてほしくないかというと、自分(妻)も我慢しているからじゃないですか?」などと、あくまでも「不倫は全員がしたいもの」「だから、自分は嫉妬されてしまった」というスタンスを崩さない。どう解釈するかは本人の自由だが、人前で「嫉妬された」と言うときは、ある“条件”をクリアしていけなければ、自分の評判を落とすことになりかねないのではないだろうか。

 その“条件”とは、本業で何らかの結果を出していること。例えば、会社を解雇されたサラリーマンが、その理由を「嫉妬された」と言っても、聞かされた方はピンとこないし、場合によっては、人のせいにするクセのある性格だとみなされることもある。しかし、その後自分で会社を興したり、違う会社に行って結果を出せば、「能力があるから、嫉妬を買った」説は信ぴょう性が高くなり、応援してくれる人も増えるだろう。世の中に嫉妬があるかないかで言えば、確実にある。しかし、「嫉妬を買った」という言葉は、責任転嫁に聞こえることもあるので、簡単に口にしていい言葉ではないと私は思っている。慰める意味で他人に言うのはアリだが、いいオトナが公衆の面前で自分に使うには、リスクがありすぎるのではないだろうか。

 安村が今の状況を打破するために必要なのは、面白いネタを作ること。お子さんもいるのだから、家族のためにも、もうひと頑張りしてほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

とにかく明るい安村の「世間が不倫を許さない理由」に疑問――自ら「嫉妬買った」と語るリスク

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「自分も我慢してるからじゃないですか?」とにかく明るい安村
『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系、8月13日)

 8月13日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で、とにかく明るい安村を久しぶりに見たと思ったら、それもそのはず、“干されて”いたそうだ。売れない時代を支えてくれた妻と結婚し、一児をもうけ、マイホームパパで売っていた安村だが、「週刊文春」(文藝春秋)に不倫を撮られてしまう。妻には土下座して詫び、許してもらったそうだが、この影響で収録済みだった番組はお蔵入り、30本以上の仕事がキャンセルで、現在もメディアでの仕事は0らしい。

 同番組では「なぜ世間は不倫を許さないのか?」といったテーマで、安村センセイが解説を進めていく。センセイいわく、「人類みなスケベ」。性欲は三大欲求の1つだが、それを理性でかろうじて抑えている。自分が我慢している中、誰かがルールを破ると「ずるい」と感じる、ある種のジェラシーから、バッシングに転じるそうだ。

 簡単に言うと、世間が不倫を許さないのは、嫉妬ゆえと安村は思っているのだろう。しかし、本当にそうだろうか。

 芸能人の不倫と、発覚後のペナルティーを見ていると、ある法則性に気づく。性別、年齢でペナルティーが変わってくるのだ。不倫を撮られた芸能人、ジャンル、年代(当時)、ペナルティー(報道等でわかっている範囲での)を、男女別に挙げてみると、以下の通り。

<男性>
俳優
渡辺謙(50代)降板などのペナルティーはなし
袴田吉彦(40代)同上
原田龍二(40代)舞台『サザエさん』は降板するが、『5時に夢中!』(TOKYO MX)の司会は続行。 

お笑い芸人
宮迫博之(40代)降板などのペナルティーはなし
千原せいじ(40代)同上 
千鳥・大悟(30代)同上

ミュージシャン
ゲスの極み乙女・川谷絵音(20代)降板などのペナルティーはなし 

<女性>
女優
斉藤由貴(50代)大河ドラマ降板、CM契約を解除するが、まもなく復帰
藤吉久美子(50代)降板などのペナルティーはなし 

バラエティータレント
ベッキー(30代) レギュラー番組を全て降板、CMの契約解除。約4カ月間休業する
矢口真里(30代) レギュラー番組、CMの契約解除。約1年4カ月休業する

アナウンサー
フジテレビ・秋元優里(30代) アナウンス室から異動

 こうやって見てみると、男性芸能人はジャンル、年代を問わず、不倫をしてもペナルティーはない、もしくはあっても軽いと言うことができるだろう。女性芸能人の場合、50代の女優陣は比較的軽傷だが、30代の若いゾーンの女性たちへのペナルティーはかなり重いと言える。

 この慣例から考えると、オトコ芸人である安村の復帰は比較的容易なはずだ。不倫をして、嫉妬を買い、干されたと本人は思っているようだが、実際の原因は別のところにあるのではないだろうか。安村と言えば、「安心してください、穿いてますよ」でブレークしたが、このネタだけで、芸能界を生き残っていくことはできないだろう。ネタの鮮度が薄れてきたことと、不倫騒動がほぼ同じタイミングで起こり、視聴者の反感を買うリスクを取ってまで、テレビが起用したい芸人ではなかったという可能性は捨てきれない。

 しかし、安村は「なぜ夫に不倫をしてほしくないかというと、自分(妻)も我慢しているからじゃないですか?」などと、あくまでも「不倫は全員がしたいもの」「だから、自分は嫉妬されてしまった」というスタンスを崩さない。どう解釈するかは本人の自由だが、人前で「嫉妬された」と言うときは、ある“条件”をクリアしていけなければ、自分の評判を落とすことになりかねないのではないだろうか。

 その“条件”とは、本業で何らかの結果を出していること。例えば、会社を解雇されたサラリーマンが、その理由を「嫉妬された」と言っても、聞かされた方はピンとこないし、場合によっては、人のせいにするクセのある性格だとみなされることもある。しかし、その後自分で会社を興したり、違う会社に行って結果を出せば、「能力があるから、嫉妬を買った」説は信ぴょう性が高くなり、応援してくれる人も増えるだろう。世の中に嫉妬があるかないかで言えば、確実にある。しかし、「嫉妬を買った」という言葉は、責任転嫁に聞こえることもあるので、簡単に口にしていい言葉ではないと私は思っている。慰める意味で他人に言うのはアリだが、いいオトナが公衆の面前で自分に使うには、リスクがありすぎるのではないだろうか。

 安村が今の状況を打破するために必要なのは、面白いネタを作ること。お子さんもいるのだから、家族のためにも、もうひと頑張りしてほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

『かりそめ天国』の「飯尾No.1 女性管理職編」に見る、気づかれにくい「セクハラの芽」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「あの方からもらいたかった」ずん・飯尾和樹
『マツコ&有吉のかりそめ天国』(8月7日、テレビ朝日系)

 「#Me Too運動」は、ハリウッドの有名プロデューサーの長年にわたるセクハラ行為を、女優が告発したことから始まった。職権を濫用し、女性たちが断れないのをわかっていながら、肉体関係を迫る。非常にわかりやすいセクハラだと言えるだろう。

 それでは、ミスコンはセクハラにあたるのか? 勉強のできる人が頭脳を生かした職業についたり、運動の得意な人が才能を伸ばしてオリンピックに行くのと同じように、美に恵まれた人が、美を必要とする職業につくのは、合理的な考え方だと私は思っている。なので、ミスコンもセクハラではないのではないか。ただし、全女性に強制参加というのであれば、ちょっと話は変わってくる。

 セクハラという言葉になじみはあっても、概念がいまいちはっきりしないという人が多いので、何がセクハラで、何がそうでないのかは、当分議論が続くと思われる。Aさんの感覚ではセクハラでも、Bさんにはそうではないと感じられるケースも多々あるだろう。

 セクハラと思う視聴者は少なかっただろうが、私が「感じが悪いなぁ」と思ったのが、8月7日放送の『マツコ&有吉のかりそめ天国』(テレビ朝日系)内の企画「飯尾No.1」である。同企画は、これまで全国各地のキャバクラをずん・飯尾和樹が回り、各店舗のNo.1キャバクラ嬢を競合させて、飯尾のNo.1を選んでいた。放送時間が午後11時台だったことからできた深夜向きの企画と言えるだろう。

 しかし、同番組は10月から金曜の午後8時放送に変わる。ファミリー層の見るゴールデンタイムで、キャバクラがまずいと思ったのか、「飯尾No.1 女性管理職編」に企画を変更することにしたようだ。

 同企画は、飯尾が会社訪問をし、女性上司に会い、部下に仕事ぶりを聞く。そして「誰の部下として働きたいか」を決めるというものだ。その会話の中で、性的な話をしたりすることはまるでない。にもかかわらず、私がこの企画をセクハラ的だなと思わずにいられなかったのは、会社員に“魅力”を問うのが、適当だと思えなかったからだ。

 キャバクラのお仕事は、女性の魅力で多くの男性を惹きつけて、指名を稼ぐことと言えるだろう。指名の数が給料に直結することを考えると、彼女たちの優しさや美しさは「仕事」であり、「有料のサービス」と言える。一方、男性から見れば、キャバクラは金を払って好きな女性を選んでいい場所である。そういう世界で生きるキャバ嬢にとって、「飯尾No.1 キャバ嬢編」は通常業務の延長だろう。テレビに出るだけで箔付けにつながるし、幸運にも飯尾No.1の座を得れば、指名も増えるだろうから、いい宣伝になると言える。

 しかし、会社員は違う。会社員は人気商売ではなく、事務職や営業職などのプロとして採用されている。女性管理職は「女性だから」管理職に登用されたわけではなく、仕事の能力が管理職にふさわしいと判断されて、昇進したはず。なので、「この女性上司の下で働きたい」というテーマそのものが、そもそもおかしいのではないだろうか。男性上司ではなく、女性上司をターゲットにしているのは、女性に「特別なもの」を求めていると私には感じられるのだ。

 会社員の女性に対する「特別なもの」を求める姿が、飯尾が某社を訪問した際の会話にも出ていた。広報の男性が、首からぶらさげるタイプの入館証を飯尾に手渡した。飯尾は「あの方(受付嬢)から受け取りたかった」といい、広報の男性は「すみません」と謝罪する。

 広報の男性が飯尾に来館証を渡したのは、それが広報の仕事だから。しかし、飯尾は「女性からもらいたい」という「サービス」を無料で要求しているのである。会社員は事務や営業などのエキスパートとして仕事をして、その対価として給料をもらっているわけだが、一部の男性は、仕事とは関係ない「サービス」を、無料で女性に要求したり、受け入れてもらえることを当然のことと信じてやまない。これがセクハラの芽であると言えるのではないだろうか。

 視聴者のクレームを恐れる昨今、テレビの制作側も、いろいろ配慮していると思う。No.1キャバクラ嬢より、No.1女性上司の方が、女性を「応援している」印象を与えるので、女性視聴者を怒らせない。企業側も、女性上司をテレビで紹介してもらえたら、自社の宣伝とイメージアップにつながる。飯尾も、お笑い芸人として、おちゃらけて見せたわけで、本気とは限らない。誰も悪意などないし、それぞれの仕事をしたまでだろう。

 しかし、悪気がないからこそ、一番タチが悪いと言えるのではないだろうか。女性は会社員としての仕事をおろそかにすることなく、本業におおよそ関係ないサービスを無料で要求されても、笑顔で受け入れてほしいという意図が見え隠れするからだ。

 「#Me Too運動」をきっかけに、セクハラがいけないという気運が高まったことは事実で、恐らく、女性のカラダを触ったりするような、あからさまなセクハラは減っていくだろう。しかし、こういう「女性に本分以外のことを要求してもいい」という甘えを信じる男性が一定数いることを考えると、セクハラの根絶には、かなりの時間がかかるのではないかと思わずにいられない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

滝沢クリステルと小泉進次郎「できちゃった婚」に見る、政治家一家のずる賢い「計算高さ」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「女子アナはしたたか」小原ブラス
『5時に夢中!』(TOKYO MX、8月7日)

 元内閣総理大臣・小泉純一郎氏の次男にして、自民党厚生労働部会長の小泉進次郎。将来の総理大臣に最も近いとも目されているが、その進次郎氏がフリーアナウンサー・滝川クリステル(以下、滝クリ)との結婚を発表した。滝クリは妊娠しており、年明けに出産予定だという。

 結婚発表まで、週刊誌に交際のうわさをキャッチされなかったという意味では驚いたが、滝川の方が4歳年上であるものの、二人は同年代。オトナのカップルという感じでお似合いだと私は感じた。

 しかし、ネットでは「いい年をしてデキ婚」というように、妊娠が先の結婚を非難する声が上がっている。さらに8月7日放送の『5時に夢中!』(TOKYO MX)では、ロシア出身のタレント・小原ブラスが「女子アナはしたたか」と発言した。

 妊娠が先の結婚を責める声と、「女子アナはしたたか」発言は、根っこのところでつながっているのではないだろうか。女子アナはしたたかだから「結婚に持ち込む」ために、既成事実(子ども)を作ってオトコが逃げられないようにしたというふうに、オトコを騙したと思い込んでいるのではないだろうか。

 しかし、意図的に子どもを作って結婚する程度のしたたかさが通じるほど、政治家の家は甘くないように思う。ノンフィクション作家・石井妙子氏の著作『日本の血脈』(文春文庫)には、政治家一家・小泉家の軌跡が書かれている。

 小泉家は、もともとはとび職人の家系で、政治エリート一家ではない。そういう家系から、なぜ総理大臣が生まれたかというと、女たちがなりふり構わず政治資金を作り、奮闘したからだという。純一郎氏には3人の姉がいるが、彼女たちが中心となって純一郎氏の脇を固め、選挙を勝ち続けた。

 政治家の家には跡取りは不可欠であるので、純一郎氏は某製薬会社元会長の孫娘とお見合いをして結婚し、子どもをもうけた。都会育ちの夫人と、選挙以外はお金を使わない、食事もお茶漬け程度でいい小泉家の女たちの相性は悪く、純一郎氏は離婚を強く勧められる。夫婦仲は決して悪くなかったが、姉たちのサポートなしに、選挙は戦えない。純一郎氏が離婚したのは、夫人が3人目の子どもを妊娠している最中だったという。

 離婚ではないものの、政治家の妻というポジションが甘くないことを知らされる例はほかにもある。「週刊新潮」(新潮社)によると、みんなの党代表・渡辺喜美氏の妻の経歴は電通の子会社勤務ということになっているが、もとは銀座の高級クラブのホステスだったという。今の若い世代にはピンとこないだろうが、その昔、水商売に従事する女性を低く見る風潮があったため、経歴をロンダリングした方が、選挙に有効だと考えたのではないだろうか。

 選挙のためなら、不仲でなくとも、身重の妻と離婚して子どもと引き裂いてしまう。これが政治家の家にとって当たり前の判断であるとすれば、妊娠したくらいでは、結婚に持ち込むための “武器”にはならないのではないだろうか。政治家の妻は選挙区を守り、夫は都内と地元を往復するのが一般的なスタイルであると聞いたことがある。となると、妻の人気が、夫の票に直結する可能性があるということだろう。

 滝クリと言えば『ニュースJAPAN』(フジテレビ系)で人気を博し、2013年にアルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれたIOC東京五輪誘致にて、流ちょうなフランス語と「お・も・て・な・し」で、東京五輪開催を引き寄せた立役者。英語も堪能である上にあの美貌で、知名度も抜群だ。政治家の妻、もしくは将来のファースト・レディーとして、充分ではないだろうか。すでに妊娠しているということは、間もなく跡取りができることを意味するので、嫁としての務めも果たしている。つまり、滝クリと結婚してトクをするのは、小泉家の方ではないだろうか。

 「したたか」という言葉は、粘り強いとか、しぶといという意味だが、日常生活で使われる際は、「計算高い」「ずる賢い」というニュアンスを含んでいることがある。有名政治家など名門家庭の男性や高収入の男性と結婚した女子アナが「したたか」と言われるのも、「計算高い」「ずる賢い」という意味なのだろう。しかし私に言わせるのなら、そういう恵まれた男性ほど、自分にとって有益な女性を選んでいるし、自分に最大限のメリットを与えてくれる女性を吟味した結果が、女子アナだったということではないだろうか。結婚に関して、「計算高い」「ずる賢い」のは、男性の方だと私は思っている。

 何はともあれ、結婚も新しい命の誕生もおめでたい。滝クリにおかれましては、体に気を付けて、お過ごしいただきたいものだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

V6・井ノ原快彦は、プライドが高い人間――デビュー当時の冷遇から「現在の成功」を手にした強さ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「負けじゃねえかよ!」V6・井ノ原快彦
『ダウンタウンなう』(フジテレビ系、7月27日)

 「プライドが高い人」とはどういう人のことを指すのだろうか。目上の人にも臆せず、自分の意見をはっきり言う、元TBSアナウンサーの宇垣美里のような人を連想する人もいるかもしれない。宇垣と言えば、TBS時代にプロデューサーから番組降板を告げられた際、あまりに直前の連絡だったために「私に失礼」とし、プロデューサーが用意してくれたコーヒーを「あなたからもらったコーヒーは飲めません」と流しに捨てたと『ダウンダウンなう』(フジテレビ系)で明かしている。

 上の立場の人間に自分の意見を強く主張する姿勢は、プライドの高さゆえと解釈する人もいるだろうが、「コーヒーを捨てる」という挑発的な行為はいかがなものかと見る人もいるだろう。これでは、プライドが高いというより、「常識がない人」とみなされてしまう。となると、プライドの高い人は、自分を持ちながらも、人に不快感を与えない礼儀正しさが必要になると言えるだろう。また、ある程度仕事で結果を出している人でないと、単なる「愚痴っぽい人」と思われる可能性もあるので、仕事での実績もマストである。

 プライドが高い人とは、実は「仕事で結果を出し、自分を持っていて、礼儀正しく抑制的印象を与える人」と考えた場合、V6・井ノ原快彦が浮かぶ。『あさイチ』(NHK)では、有働由美子アナとの名コンビで、番組を高視聴率に導いた。現在は俳優として活躍するとともに、『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)の司会を務めている。誠実そうなイメージが視聴者から愛されている印象も強い。その井ノ原が、坂本昌行、長野博と共に『ダウンタウンなう』に出演し、V6結成25年の歴史を振り返っていたが、多くの葛藤を乗り越えてきた強さのようなものを感じた。

 V6は井ノ原、坂本、長野の年長者グループ・20th Century(トニセン)と、森田剛、三宅健、岡田准一の若手グループ・Coming Century(カミセン)で構成されている。ジャニー喜多川氏にトニセンとカミセンは「3対3のバーサスだよ」と言われていたそうだが、井ノ原は「やる前から(結果は)決まってるんじゃねえか! 負けじゃねえかよ!」と思ったそうだ。実際、扱いは明らかにカミセンの方が上。デビューシングルのジャケット写真で、トニセンは前列にいるものの、映りが小さい。セカンドシングルのジャケット写真では、トニセンは後列で、やはり映りも小さい。ほかにもカミセンだけが「ラジオ番組を持たせてもらえる」「合宿所まで送迎してもらえる」といったことがあったそうだ。

 そんな格差について、井ノ原以外のトニセンメンバーはどう思っていたのだろうか。2015年、V6デビュー20周年を記念して出演した『SONGS』(NHK)で、長野は入所9年、数々の後輩に追い抜かれて、23歳でのデビューが決まったため、「やっと」と思ったそうだ。坂本も24歳のデビューと、かなりのスロースタートなため、「やっとつかんだ栄光」「(チャンスを)離さない」としており、2人にはなりふり構わずしがみつこうという割り切りが感じられた。しかし、井ノ原はデビュー当時19歳と、トニセンの中ではカミセンに年齢が一番近い。ほかの2人のように割り切れないものを感じていたのではないか。

 井ノ原と言えば、『TOKIOカケル』(フジテレビ系)で、ジャニー氏を激怒させたエピソードを披露している。初の雑誌の表紙撮影で、カメラマンの言うままに笑っていたら、ぶさいくな顔になってしまい、ジャニー氏に「とんでもないことをしてくれたな」「YOU、ひどいよ」と怒られたそうだ。井ノ原がきちんとした地位を築いた今なら、いい笑い話になるが、ジャニーズ事務所が美少年を輩出する事務所であること、プロデュースの責任者がジャニー氏であることを考えると、ジャニー氏に見た目を叱責されるのは、タレントとして致命傷になりかねないのではないだろうか。

 トータルして考えると、デビュー当時の井ノ原の置かれた環境や評価は過酷と言える。デビューしたら前列、しかもセンターに行きたいと思うのは、芸能人なら当然のことである。しかし、デビュー時の雰囲気で言えば、井ノ原にセンターは無理そうだ。

 『ダウンタウンなう』で、トニセンのセカンドシングルでの扱われ方を見たダウンダウン・松本人志は、「終わりや」と言っていた。確かにあのジャケットを見て、トニセンが期待された存在であると思う人はほとんどいないだろう。しかし、“終わり”は違う何かの始まりを意味することもある。野球チームに4番バッターばかりを集めれば勝てるのかというと、そうは言えないだろう。なぜなら、1番バッター、2番バッターにそれぞれ役割があり、彼らがいるからこそ、4番が生きてくるからだ。井ノ原はセンターになることを諦め、一流の脇になろうとしたのではないだろうか。そこに、自身の信念を持つようになったと感じるのだ。

 井ノ原を「4番をあきらめた人」と仮定すると、井ノ原のかつての相棒、有働アナも同じ部分があるように見えてくる。有働アナは入局わずか4年で東京進出を果たした優秀なアナウンサー。その一方で、一緒にニュースを読む男性アナウンサーに外見をいじられることが多々あった。有働アナは民放によくいるミスコンの女王を経て鳴り物入りで入社する4番タイプの女子アナではない。しかし、自虐という新しいキャラクターを生み出すことで、親しみやすいアナウンサーとしての地位を確立した。つまり、有働アナと井ノ原は「4番ではない」というポジションが似ているわけで、脇に回ってV6を支えてきた井ノ原が、有働アナに合わせるのはたやすかったのではないだろうか。

 常識で考えると、一般人の世界で突出した魅力を持つ人が芸能人や女子アナになったりするのだろう。が、恵まれた人が集まれば、そこでまた新たな序列にさらされることになり、これまで味わうことのなかった挫折を経験するかもしれない。しかし、「損して得とれ」という諺があるとおり、損をすることは負けとは限らないのだ。

 かつて、トニセンへの冷遇に「負けじゃねえかよ!」と憤った井ノ原だが、その後、彼は信念をもって負けをあっさり認め、また別の勝ちを得た。プライドが高い人というのは、「負けをあっさり認められる人」のことも、指すのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

吉本興業騒動で口をつぐむオンナ芸人たち――いま再び山崎ケイの「ちょうどいいブス」を考える

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「普段、人から褒められていないのかな」相席スタート・山崎ケイ
『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系、7月13日) 

 吉本興業のブラック体質ぶりについて、有名無名含めた多くのオトコ芸人たちが抗議の声を上げている。しかし、オンナ芸人で正面切って会社の在り方に文句を言っているのが、友近とハリセンボン・近藤春菜の二人しかいないというのは、吉本興業の体質を表しているのかもしれない。吉本興業の顔はオトコ芸人であり、オンナは添え物。だから、オンナ芸人が口をつぐんだままでいるしかないと思うのは、考えすぎだろうか。

 吉本興業内の力関係において、「オトコ芸人>オンナ芸人」という暗黙の了解があるとすると、相席スタート・山崎ケイの「モテない美人よりモテるブス」を目指すためのメソッド「ちょうどいいブス」が、非常に理にかなったものに感じられる。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「たいこ持ち芸人」の回で、たむらけんじが「芸を磨くより、先輩に可愛がられた方が早く売れる」と話していたことがあったが、「ちょうどいいブス」はオトコ芸人の懐に入るのにもってこいのキャラクターだと思うからだ。

 「ちょうどいいブス」とは「酔ったらいける(抱ける)女性」のことを指すそうだ。オトコ芸人から見れば、「ちょうどいいブス」を自称する女性は「いじってもOK」かつ「いじらしい」かつ「都合がいい」存在で、可愛いだろう。キャラとしても新しいので、バラエティー番組に出る際の武器にもなる。山崎のエッセイ『ちょうどいいブスのススメ』(主婦の友社)は重版がかかり、テレビドラマ化され、本人も大ブレーク……するはずだったが、ミソがついた。

 #MeToo運動以降、一般の女性たちもSNSでこれまで我慢してきたセクハラを語っていいと気づいた。ゆえに、自分からブスという侮蔑を受け入れ、「酔ったらいける」オンナになりたがる山崎と、それをドラマ化しようとしたテレビ局には、放送前から非難が殺到。ドラマはタイトル変更を余儀なくされた。 

 原作者である山崎も、もちろん叩かれた。山崎が過去、痴漢について「満員電車に乗って、無事に目的地に着いたら、そういう努力(注:痴漢をしない努力)をしてくれた男性がいたのかなって思ってみよう」とツイートした“前科”もあったことから、「痴漢をしないのは当たり前のこと」「なぜそこまでオトコにおもねるのか」という批判も噴出した。

 しかし、どんなキャラを標榜しようと山崎の自由だし、キャラを際立たせることが、飯のタネでもある。山崎のモテたい気持ちをそしる権利は誰にもないが、その一方で、山崎の言動を見ていると、こりゃ燃えるだろうなぁと思うことがある。山崎は「ちょうどいいブス」を他人にススメており、さらに“決めつけ”のニュアンスが漂う発言をすることがあるのだが、これが一歩間違うと炎上を呼んでしまう気がするのだ。

 『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)に、ニッチェ・近藤くみこが出演し、飲み会で現役医師芸人・しゅんしゅんクリニックP(以下、しゅんP)に「タイプだ」と口説かれたと暴露した(しゅんPは否定)。 

 この暴露に対し、山崎は「しゅんPはみんなにそういうことを言っている」「私も『今日の服、可愛いですね』って言われる」とし、「勘違いしちゃうくらい、(近藤は)あんまり普段、人から褒められてないのかな」と締めくくった。

 つまり山崎は、近藤が褒められ慣れていないがゆえ、しゅんPの社交辞令を真に受けて舞い上がって勘違いをしたと言っているわけだ。しかし、「しゅんPがほかのオンナ芸人を口説いているところを見た」のなら、「近藤の勘違い」である可能性は高くなってくるが、山崎はその飲み会に参加していないのだから、ちょっと決めつけが過ぎないだろうか。その根底には「おまえがモテるわけがない」というあざけり、もっと言うと“女嫌い”が潜んでいないだろうか。

 近藤は「口説かれたことは虚言ではない」と訴え、同じ飲み会に参加していたフォーリンラブ・バービーも「こんちゃんのことを、しゅんPがエロい目で見ていた」と証言している。バラエティーでの発言が全て真実である必要はないが、バービーの発言によって、山崎の“決めつけ”の可能性が強まった。

 女性として、芸人として、山崎がモテを追求するのはアリだ。ただし、芸人を含むほかの女性全般に関して「お前なんてモテない」的なニュアンスを含んだ表現をすると、オトコにおもねるだけでなく、オンナを踏み台にする“オンナの敵”とみなされる可能性は大いにある。そしてさらに世間のイメージは悪化するだろう。

 そうは言っても、いまだにバラエティー番組では、オンナ芸人同士がいがみ合う展開を求められるだけに、山崎がオンナ芸人をまったく落とさないで仕事をするのも、難しい部分はある。そんな中で、山崎が世間のイメージを回復させようとするなら、「私生活」で挽回するのはどうだろうか。山崎がプロ野球選手(二軍でも可)や俳優など、女性に人気の高い職種の男性と交際宣言をすれば、「ちょうどいいブス」の効果が証明されたことになり、一気にイメージは上がるのではないか。

 結局のところ、世の中は「勝てば官軍、負ければ賊軍」であり、何を言うかより、誰が言うかの方が大事な部分がある。私生活で、みんながあこがれる結果を残せれば、お笑いというカテゴリに留まらず、アラフォーの星になれる可能性は大。ケイちゃん、今が正念場なのでぜひ奮起されたし。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。