小室圭さんの「内面」を持ち上げ、眞子さんは「見る目がある」と称賛――司法試験合格への著名人コメントに違和感を覚えるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「結果どうこうのじゃなくて、チャレンジしていることが素晴らしい」加藤浩次
『スッキリ』(日本テレビ系、10月24日)

 小室眞子さんの夫・圭さんが3回目にして、アメリカ・ニューヨーク州の司法試験にめでたく合格した。それに伴う著名人のコメントを見ていると、なんだか話がズレている気がするのだ。そこで、私にとって違和感のあったポイントを2つ取り上げてみたい。

違和感その1:小室圭さんの“内面”を持ち上げる

 「結果が良ければ、そのプロセスまですべて正しい」「社会的成功を収めている人は内面も立派」と決めつけることを、心理学では「信念バイアス」と呼ぶが、10月24日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)で、MC・加藤浩次が話していたことは、まさにそれに当てはまるのではないだろうか。

 加藤は「おめでとうございます。よかった」と祝福し、「結果どうのこうのじゃなくて、チャレンジしていることが素晴らしいと。何もしないで文句を言っているほうがよっぽどダメ」と、チャレンジ精神を持つ圭さんの“内面”を称えるかのような発言をしていた。

 しかし、圭さんと眞子さんは今、皇室から離れて、経済的に自活することが求められているように思う。彼らにとっては「結果」こそ重要で、圭さんの内面うんぬんの話はズレているのではないか。

 というのも、圭さんはこれまで、ニューヨーク州でロー・クラーク(法律事務員)として働いてきたが、弁護士とは年収が大分違うとされている。圭さんが同州の弁護士を志した理由の一つには、経済的基盤の強化があったのではないだろうか。もちろん眞子さんと共働きするという方法もあるが、ビザの種類によっては眞子さんは働けないし、日本を発つ前に複雑性PTSDであると公表しており、働くのに適した体調ではないことも考えられる。

 となると、小室さんは生活を支えるべく、一刻も早く司法試験に合格して生活費をしっかり稼ぐか、もっと家賃が安いマンションに引っ越して生活レベルを下げるなど、身の丈に応じた生活をする必要があったといえるだろう。そんな中、圭さんは前者を目指して結果を出した。

 やっぱり加藤の「結果どうのこうのじゃなくて、チャレンジしていることが素晴らしい」という発言は、見当違いだと思う。

 圭さんが合格したことで、AV監督・村西とおる氏は、自身のTwitterで「なんのかんのといっても眞子さまの目利きが優れていたことが証明された」、漫画家の倉田真由美氏は10月22日配信のウェブサイト「AERA dot.」の記事で「眞子さんの見る目は確かだったと言えるし、たたいてた人も目を覚まさせられたのではないでしょうか」と発言していた。

 おそらく、眞子さんは司法試験に受かるような能力のある男を見極めて選んだ、だから、見る目があると言いたいのだろうが、これもちょっと話がズレているように思う。

 そもそも国民が圭さんに不信感を抱いた主な理由は、2つあるといえる。1つ目は、圭さん本人のことではないとはいえ、お母さんの金銭問題を放置するかのように思える態度に、小室家の良識が問われた。2つめは、小室さんが米フォーダム大学に留学した際に、同大のホームページに「プリンセス・マコのフィアンセ」と書かれていたことから、小室さんが眞子さんの女性皇族という立場を自らの“箔付け”に利用し、特別な待遇を受けたのではないかと物議を醸した。つまり、司法試験に合格するかどうかは二の次三の次だったはずなのだ。

 また、村西氏、倉田氏ともに、小室夫妻を応援しているように見せかけて、実は真逆のことをしているのも気になる。

 主に結婚の際、女性に対して「オトコを見る目がある」ということは珍しくないが、男性に対して「オンナを見る目」という表現がなされることはほとんどない。これは「オトコは仕事、オンナは家庭」という性別分業が長いことなされていたため、夫婦で仕事をして、夫婦で家庭のことをするという意識のある人がまだまだ少なく、加えて、「女性の幸せは男性次第」という観念が村西氏&倉田氏をはじめ、世間にも根強く残っているからではないか。

 もしそうだとしたら、今後、内親王の結婚はかなり難しくなるだろう。ジェンダーフリーが叫ばれる中、自分だけが経済力その他もろもろの負担を引き受けて、内親王を「幸せにする」という考える男性は少ないと思うし、それでも結婚したいという男性が現れても、大きな負担に耐えかねて結婚生活に挫折する可能性がある。「オトコを見る目」を評価することは、内親王および相手の男性を苦しめる遠因になるように思えてならないのだ。

小室夫妻と秋篠宮家の溝はまだ埋まっていない?

 見事合格を果たした圭さんだが、まだまだこれで一件落着とはいかなそうだ。10月21日配信のニュースサイト「FRIDAY DIGITAL」は「3度目の正直も…小室圭さん『合格ですべてOK』とはならない訳」と伝えており、日本のマスコミや国民は今後も小室夫妻を放っておかないとみられる。

 一方、同24日放送の『ゴゴスマ~GO GO!Smile!~』(CBC)では、皇室ジャーナリストの近重幸哉氏が、小室夫妻は「宮中の催しにご夫妻そろって招かれるのは、まだまだ少しハードルが高いのではという感じがしますね」と語り、一連の結婚騒動によって生まれた小室夫妻と秋篠宮家の溝は埋まっていないことを示唆した。

 しかし、2人で経済的に自活してやっていけるのなら、世間の声も“実家”の声も関係ない。どうか、堂々と自分たちの幸せを追求していただきたい。

有吉弘行のイジリはOK、ノブコブ・吉村には激怒……フジモンの「失礼なことも、全然言ってこい」発言によぎる疑問

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<今週の有名人>
「失礼なことも、全然言ってこい」FUJIWARA・藤本敏史
『あちこちオードリー』(10月12日放送、テレビ東京系)

 今から14年前の2008年。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で、「たいこ持ち芸人」という回があった。「ネタを作るより、先輩にかわいがられるほうが早く売れる」ことから、サバンナ・高橋茂雄らが、いかにして先輩をいい気持ちにさせるかのテクニックを披露していた。

 しかし、「先輩にかわいがられる」ことも決して簡単なことではないだろう。芸人としては尊敬している先輩でも、人間としての相性が合わないことも考えられるし、さらに厄介なのは、先輩が自分の立場を利用して、無理難題を押しつけてこないとは言いきれない。

 しかし、人権やハラスメントに対する意識が高まった現在、先輩が後輩にそんなことをした場合、その一部始終を録音されてSNSや動画サイトで配信されてしまう可能性がある。かつて先輩とは、後輩に対して「何をしてもいい」存在だったかもしれないが、現代では売れている先輩ほど、そういったリスクも踏まえたうえで、周囲に気を使う必要があるのではないか。

 そんな流れを察知しているのだろうか、10月12日放送『あちこちオードリー』(テレビ東京系)に出演したフジモンことFUJIWARA・藤本敏史は「芸能界が生きやすくなる教訓」として、「芸歴を重ねれば重ねるほど隙を作れ」を挙げていた。

 昔のフジモンは、後輩にイジられることをよしとしなかった時期もあったが、今では「全然大丈夫になった」そうで、「失礼なことも、全然言ってこい」というスタンスを取っているそうだ。隙を作るために、フジモンは収録の際「後輩があいさつに来るやんか。絶対に一絡みする」と自分から若手に歩み寄り、積極的にコミュニケーションを取っていることを明かしていた。

 みちょぱは、そんなフジモンのスタンスを「女性タレントからしても、それはめっちゃありがたい」とし、その理由を「(フジモンをイジっても、一般人から)叩かれもしない」と述べていた。

 つまり、みちょぱが芸能界の先輩をイジると、視聴者に「礼儀知らず」と認識され、叩かれる可能性がある。しかし、フジモンの場合、自ら「イジっていいキャラ」として振る舞っているので、視聴者の間でも「あの人はイジっていい人なのだ」と周知されており、後輩も心置きなくイジることができるわけだ。フジモンとしては、後輩にイジられる機会が増えれば、それだけテレビに映る時間も増えるだろうから、結果的にトクをするのだろう。

 しかし、いくらフジモンに「失礼なことも、全然言ってこい」と言われたからといって、それを鵜呑みにするのは危険かもしれない。

 15年1月放送の『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN)で、有吉弘行がこんな話をしていたことがある。

 年末の深夜に仕事を納め、フジモン、ロンドンブーツ1号2号・田村淳、おぎやはぎ・矢作兼、平成ノブシコブシ・吉村崇、プロデューサーと食事に行ったという有吉。店までの道すがら、「藤本さんは貧乏だから餅も買えないだろうから、1万円くらい、早めのお年玉でもやろうか」とフジモンをイジると、「俺の嫁、誰やと思ってんねん。木下優樹菜だぞ」と応酬したという。

 ここまでは、後輩・有吉によるフジモンイジりが成立していたのだろうが、同じく後輩である吉村が便乗し、「そうですよね。藤本さん、あんまりテレビで見ないですもんね」と言うと、事態は一変。フジモンはイジりと受け止めなかったようで「おい、なんや」と、詰め寄ろうとしたそうだ。

 有吉は、冗談だと思って止めたものの、フジモンは本気で、吉村を道の反対方向に連れていき、アゴをつかんで何やら怒っていたとのこと。フジモンは吉村を怒った理由を「ちょっと調子に乗りすぎだから、ちょっとだけ怒ったんや」と有吉に説明したという。

 有吉と吉村の発言だけ見れば、有吉のイジりのほうがキツい気がする。しかし、有吉のイジりはOKで、吉村の場合は「調子に乗っている」とみなされる。なぜ有吉だけ許されるのか、その理由はわからないが、我々一般人の世界でも「同じことをしているのに、あの子は許されて、自分は怒られる」ということは珍しくないだろう。

 フジモンは、後輩に失礼なことを言われても構わないと言うけれど、後輩なら誰でもいいわけではなく、実は「自分が好感を持っている後輩になら」など、何らかの前提条件が隠されているのではないか。そのあたりの機微をうまく読まないと、フジモンに言われた通りイジっただけなのに、なぜか怒られた……なんてことが起きてしまうかもしれない。

 本稿をお読みの方の中にも、先輩から「思ったこと、なんでも言っていいよ」と言われたという人はいるだろう。しかし、フジモンの例を見ると、いきなり「なんでも言う」ことはおすすめできない。よーく先輩と周囲の様子を見極めて、判断していただきたいものだ。

なぜ黒沢かずこは、明石家さんまの老後をやたらと心配するのか? 彼女が気づいていない本心

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<今週の有名人>
「(さんまさんの老後が)本当に心配で!」森三中・黒沢かずこ
『週刊さんまとマツコ』(10月9日、TBS系)

 10月9日放送『週刊さんまとマツコ』(TBS系)では、森三中・黒沢かずこが「芸能人から業界人までが集う夢の老人ホーム」のプレゼンを行っていた。さんまは高収入だからか、多くの人に「(業界関係者用の)老人ホームを作ってくれ」と頼まれるそうだが、多忙なさんまがそれを実行に移すことは難しい。そこで黒沢サンがさんまの希望をヒアリングして、それに沿った老人ホームの建設を始めたいというのだ。

 黒沢サンのビジョンでは、さんまはスター棟と呼ばれる棟に住み、4フロアを自由に使う。黒沢サンやその他元テレビ関係者は8畳のワンルームがある寮に住み、スター棟と寮は渡り廊下でつながっている。その渡り廊下に、さんまがよく行く焼肉店・游玄亭などの飲食店を誘致し、ギャラ飲みしてくれる女性を呼んで簡易キャバクラを作る。さんまは「セカンドライフ漫談やないか」とツッコんでいたが、暗くなりがちな老後の話を、明るく、真面目に妄想している黒沢サンは面白かった。

 が、黒沢サンって相変わらずだなと思う。

 黒沢サンは、今回の企画を番組の構成作家に直談判したそうだ。そこまでの熱意を持つ理由を、黒沢サンは「(さんまさんの老後が)本当に心配で!」「幸せになってほしい」からだと言っていた。つまり、さんまへの愛、さんまのための行動としているが、黒沢サンはもともと“心配グセ”を持っているのではないだろうか。

 2015年2月放送の『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)で、黒沢サンは、仲の良い芸人・椿鬼奴が交際中(当時、同5月結婚)のグランジ・佐藤大について、「経済力のなさが心配」と言っていた。

 佐藤はギャンブルが好きで、借金もあるとのこと。黒沢サンは鬼奴のパートナーにふさわしい人物か心配になったらしく、「本当に鬼奴と結婚するつもりがあるなら、この世界を辞めて普通の仕事をすればいい」「彼氏は雇われのバーテンくらい、いつでもできると言うけれど、商売なめんなよと思うんです。生活費を稼げるようになってから言え」となかなかの口調で佐藤を批判していた。

 金銭的な苦労があると、夫婦仲が悪化する原因となり得るので、夫婦そろって安定した職に就くのは、確かに望ましいことだ。しかし、誰と結婚するか、どんな結婚をするかは鬼奴の問題であり、友だちといえども、黒沢サンが口を挟む権利はない。

 テレビなのでわざとキツく言ったのだと信じたいが、自分の彼氏を悪く言われて、鬼奴もいい気持ちはしないだろうし、“心配”を理由にあれこれ友だちに口を出すことは、一歩間違えば友情の破綻につながる場合だってある。暴力を振るわれているとか、脅されて金品をむしり取られているというなら、友だちを助ける必要があるだろうが、そうでないのなら、心配してあげる必要はないだろう。

 『おかげでした』の別の回でも、黒沢サンは暴走していた。芸人として成功したという実感が持てないので、恋愛や結婚に興味が持てないと話していたのだが、だんだん方向がずれていく。感情がたかぶった黒沢サンは、番組のプロデューサーに対し、「飲む金あるなら制作に回せよ! 上に媚びるな! もっと若手スタッフにチャンスやれ」と訴えたのだ。なぜここまで熱くなるのかというと、黒沢サンいわく「テレビが好き」だから。テレビ離れが叫ばれる時代に、フジテレビの行く末を心配して暴走したのだろう。

 テレビはショーなので、番組の偉い人が黒沢サンに黙って怒られるというのは、いい見どころを提供したといえる。しかし、発言の内容はどうだろうか。

 元フジテレビ社員・長谷川豊氏がYouTubeチャンネル「街録Ch~あなたの人生、教えて下さい~」で、同局低迷の背景について、上層部はキャバクラで大金を使うのに、現場にはお金がないなどと話していたから、おそらく制作費が足りない、もしくは制作費を飲み代など不当に使う人がいるのは本当のことなのだと思う。しかし、それはフジテレビ内部の問題なので、社員ではない黒沢が口を挟むべきことではないだろう。

 「心配」という善意が起点になっているとはいえ、黒沢サンは鬼奴の件でもフジテレビの件でも、「超えてはいけない一線」を無視して、口を出してしまうところがあるように思う。なぜ黒沢サンがそんなことをしてしまうのかというと、黒沢サンが自分の本音に気づいていないからではないか。

 黒沢サンは「(さんまさんの老後が)本当に心配で!」と話していたが、私にはさんまの老後に不安な要素があるとは思えない。女優・大竹しのぶと離婚して独身ではあるものの、親しくしている人がいるようだし、今後、結婚する可能性もある。娘のIMALUもいるし、資金力もあるので介護施設に入ることもできるだろう。なぜ黒沢サンが、さんまを心配するのか意味がわからない。

 心理学の世界に「投影」という概念がある。自分の抑圧された感情を他人のものとすり替えてしまう防衛機制を指す。例えば、妻の浮気を疑って、あまり外出させない、携帯をチェックするなどの行動を取る夫がいるとする。「それだけ執着するのは、よっぽど妻のことを愛しているからだろう」と見る人もいると思うが、実は自分が強い浮気願望を持っていることに気づかず、「妻が浮気したがっている」と話をすり替えてしまうのだ。

 この投影理論に黒沢サンを当てはめて考えてみると、黒沢サンが誰かを「心配している」と言うのは、相手も不安を抱えているという前提からなのだろうが、これはつまり、自分自身が抱える不安を相手に投影しているのではないか。つまり黒沢サンは、さんまの老後を心配しているわけではなく、自分の老後を心配しているように思う。

 『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)で、黒沢サンは「一人が苦手だけど、結局一人になっちゃう。一人っ子だし、パートナーもできたことがない。だから、みなさんは究極の一人を知らない」と話していた。

 一人でいることはまったく問題ないし、テレビで自分の心にもない発言をするのもアリだと思うが、自分の本心に気づかないままでいると、メンタルヘルスを損ねる可能性がある。どうか自分の心に向き合う時間を作ってほしいと願わずにいられない。

東出昌大は、元妻・杏にとことんまで甘えている? 「清貧気取りの山籠もり」よりすべきこと

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<今週の有名人>
「臆測で事実と違うことを書かれるのはイヤなので、きちんと自分からお話したい」東出昌大
「週刊女性」2022年10月11日号(主婦と生活社)

 2022年10月11日号「週刊女性」(主婦と生活社)に掲載された「≪直撃撮≫東出昌大、不倫・離婚後の“ひとり身生活”は山小屋!家賃ゼロ、携帯電話は圏外、汲み取り式トイレの『自給自足生活』を語った」という記事。

 タイトル通り、東出は女優・唐田えりかとの不倫が原因で、20年夏に女優・杏と離婚。現在、人里離れた関東近郊の山間の山小屋で暮らしており、自分で仕留めた獣をさばいたり、山菜を取ったり、近所の人にもらった野菜を食べるなどして生活しているという。小屋には風呂がないので、温泉につかる日々だそうだ。

 人気俳優として、都心に住まいを持っていた頃と比べると、あまりにも質素な暮らしぶりだけに、現在の東出を“転落”したと感じ、「彼は反省している」と受け取る人もいるかもしれない。けれど、この記事を読んで、私が感じたのは、東出の「人にとことんまで甘えてしまう」一面だった。

 同記事の中で、東出は取材を受けた理由を「臆測で事実と違うことを書かれるのはイヤなので、きちんと自分からお話したい」としている。芸能人の不倫が好意的に受け止められることはないが、中でも東出の不倫は群を抜いて感じが悪かった。

 不倫をスクープした「週刊文春」(文藝春秋)によると、東出は杏との間に3人の子どもがいるものの、家事・育児をすることはなく、杏はワンオペを強いられたそうだ。東出は、家に帰ってすぐに温かい食事ができていないと、怒って外に食べに行ってしまうなど、モラハラ的な態度もあったという。また、不倫相手の唐田が、東出との関係を頻繁にSNSで匂わせていたが、それをやめさせようとしなかった。このように、東出の不倫にはイヤな要素がてんこ盛りで、彼の好感度は地に落ちたといえるだろう。

 唐田との不倫の後も、東出の“やらかし”は続く。コロナ禍の影響で“密”を避けることが求められ、エンタメ界が打撃を受ける中、東出が映画のロケ先に女性を呼び寄せていたことが、昨年10月発売の「文春」報道によって明らかとなった。東出は独身だから恋愛自体は構わないが、イメージ回復に努めなければいけない時期、かつ新型コロナ感染のリスクを下げなくてはいけない時期の軽はずみな行動に、事務所はすっかりあきれ、東出を解雇したのだった。

 一連の騒動で、すっかり「悪者」となった東出を擁護するような報道はほとんどなく、中には「東出は悪いヤツ」という結論に基づく偏った記事や、明らかに事実と違う記事もあったのかもしれない。しかし、本来、彼の味方であるはずの事務所から切られたということは、東出がそうした“臆測”だけで追い込まれたのではないということを示唆しているのではないか。

 思うに、東出は「自分のせいで人に迷惑をかけている」という気持ちを持ちづらい人なのだろう。もしそういう気持ちがあれば、自分がピンチの時に手を差し伸べてくれる人には感謝するだろうし、「恩に報いたい」と思うはずだが、彼は前事務所からの恩を仇で返した。東出は「甘やかされたら、もっと甘えてもいい」と思ってしまうタイプなのかもしれない。

 「週刊女性」の記事によると、東出は今住んでいる山小屋を無料で借りているだけでなく、近所の人から野菜をもらっているとも書かれていた。しかし、生活するお金がまったくないわけではないだろうから、「ちゃんと払えばいいのに」と思ってしまう。

 彼の「甘やかされたら、もっと甘えていい」は今に始まったことではないようだ。先述したように、東出は結婚中、自分は仕事だけを行い、杏にワンオペでの家事・育児を強いてきた。これも、子どもを放り出せないという杏の真面目さに甘えていたのだろう。杏はこのような生活の中、ドラマ撮影にも臨んでいたため、睡眠不足と疲労から来るめまいに悩んでいたそうだが、それでも東出は杏に甘えるばかりで、ひそかに唐田と不倫の恋を楽しんでいたわけだ。

 また東出は離婚後、仕事が激減したこともあり、養育費は子ども1人に対して月に1万円と「女性セブン」(小学館)に報じられていた。幸か不幸か、杏は仕事が順調なので、お子さんたちに直接的な影響はないだろうが、杏との結婚は解消されても、父親として果たさなくてはいけない責任があるはずだ。杏の経済力に甘えて、清貧気取りで山に籠っていないで、ほかにやるべきことがあるのではないだろうか。

 人の性格というのは早々変わらないので、今後も東出は、次々に現れる“彼を甘やかしたい人”に対し、相手が限界を迎えるまで甘えていくのだと思う。それは個人の生き方だから、他人がとやかく言うことではないが、本稿をお読みの方には、「手を差し伸べた時に『もっと、もっと』と甘えてくる人には、性別問わず気をつけて」と申し上げたい。

Cocomiのアドバイスを聞き入れない工藤静香――「娘に折れない母」と「融通の利かない長女」の関係

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<今週の有名人>
「せっかく娘が『やめな』と言ってくれるんだけど」工藤静香
『SONGS』(9月22日、NHK)

 みなさんは、工藤静香のインスタグラムをご覧になったことがあるだろうか。プロフィールにある「ファンの方々への、30周年の感謝の気持ちを込めてはじめさせていただきました」という言葉から考えると、インスタは、「歌手・工藤静香」としての活動といえるだろう。しかし、よく見ていくと、そこにはファンへの感謝だけでなく母心がにじんでいるように思えてならない。

 長女Cocomiと次女Koki,が、それぞれクリスチャン・ディオールとブルガリのアンバサダーを務めているからだろうか、工藤サンは同ブランドのアクセサリーや服をよく身に着け、インスタに写真をアップしている。娘たち2人は芸能人としては駆け出しで、知名度の点ではまだ工藤サンに及ばない。工藤サンのインスタといえば、更新されるたびにネットニュースとなり、一気に拡散されるのが常だけに、彼女は投稿を通して、娘たちの援護射撃をしているといえるのではないか。

 母親が娘の活動を応援するというのは、一般には望ましい姿とされる。ただし、工藤サンに関しては、ちょっと難しい部分もあるのではないだろうか。なぜなら、工藤サンはスターだから。「私は自分自身の努力でスターになった」「私のやり方は正しい」という自負があるだろうし、フツウの人が到底持ちえない人脈など、有形無形の財産を持っているはず。そんなスターの母親と、駆け出しの娘たちとでは、権力差がありすぎる。

 娘たちが「ママの言うことは正しいんだ、絶対なんだ」と思えているうちはいいが、「確かにママはスターで尊敬しているが、だからといって、言っていることが全部正しいとは限らないのでは?」というような疑問を持ったときに、権力の差があるため娘たちの意見が通らず、亀裂が生じる気がするのである。

 亀裂といえば、工藤サンは10代の頃、『ザ・ベストテン』(TBS系)で、「好きな人には絶対口答えしない」と、男ファーストであることを明かし、好きな男の言うことを全肯定することで、亀裂が生じるのを防ぐかのような発言をしていた。

 工藤サン、今もその考えに変わりはないようで、坂本美雨がパーソナリティを務めるラジオ番組『ディアフレンズ』(TOKYO FM)の2021年3月21日放送回に出演した際、リスナーからの「ケンカした時の対処法は?」という質問に対し、おそらく夫・木村拓哉の存在を意識しながら、「簡単ですね。『コーヒー飲む?』とか声かけます。私、めちゃくちゃ折れまくりです。もう工藤折れ香ですよ、めっちゃ折れます」と答えている。

 自分が折れること強調しているということは、「本当は折れたくないけれど」という気持ちがあるからだろう。折れたくないけれど、惚れたオトコの前では折れる。それが工藤サンの流儀なのかもしれない。

 しかし、娘に対してはそうでもないようだ。

 9月22日放送の『SONGS』(NHK)で、Cocomiと共演した工藤サン。「娘に(歌い方について)『伸ばしているのが長いから、ほかの音と当たるから、あまり伸ばさないほうがいいんじゃない?』と言われたことがあって。『あー、そうなんだ。ありがとう』って言いながら、伸ばしましたけどね」とCocomiのアドバイスを聞き入れなかったエピソードを披露。

 「そこはちょっと、自分のやってきたことを貫きたい。せっかく娘が『やめな』といってくれるんだけど、伸ばしましたね」と、“御意見無用”の理由を説明してみせた。

 Cocomiは音大生であり、彼女の指摘が見当違いなものとは考えにくいだけに、こんなところにも、工藤サンと娘にいつか亀裂が生じるのではないかという不安を感じてしまうのである。

 また、Cocomiの言動を見るに、Koki,より彼女のほうが母親とぶつかりそうだとも思ってしまう。

 日常生活を共にしていれば、自分の母親が、娘の指摘を受け入れるタイプか否かは簡単に判断できるはずなのに、ちょっと険悪になりそうなことも真面目に言ってしまう。Cocomiは、そんな融通の利かない「長女体質」を持っているといえないだろうか。

 「長女」とは、親にとって初めて生まれた女の子を指す言葉だが、性格を表す時に使われることもある。人が「〇〇ちゃんって長女っぽい」と言うとき、多くの場合は、母親のお手伝いをして、わがままを言わないしっかり者、でも真面目すぎて甘えベタ、要領が悪いといった意味で、「損する存在」の代名詞としても使われる。

 Cocomiが工藤サンから愛情深く育てられたことは疑う余地はないものの、「ザ・長女だなぁ」と思わされることが多々ある。例えば、Cocomiは母の日のインスタグラムで、「母とはいつも喧嘩してばかり 思ってもいないことを言ってしまったりして いつも私のためにしてくれるすべてに感謝したいです」とつづっていた。

 どこの親子でもけんかくらいするが、工藤サンがインスタで娘への愛を語り、「優しいお母さん」を印象づけている以上、「喧嘩してばかり」はお母さんのイメージを下げかねない情報だろう。彼女の「嘘がつけない」というか、「バカ真面目」な部分は、「ザ・長女」といえ、そこが母娘の衝突の原因になる可能性があるのだ。

 ちなみに妹のKokiは、デビュー当時から、「母のような女性になりたい」「好きな食べ物は、母の手料理」と公的な場で工藤サンを褒め続けている。もちろん本心だろうが、CocomiとKoki,の発言を比べると、工藤サンがうれしいと感じるのはKoki,発言ではなかろうか。工藤サンはよくKoki,が作ってくれたという朝食の画像をインスタにアップしており、やはりCocomiよりKoki,のほうが、母親にかわいがられるのが上手なタイプのように思えてしまう。

 このように、私は工藤サンとCocomiの関係が気になるわけだが、幸いというべきか、Cocomiはフルート奏者であり、工藤サンとは活動のジャンルが違う。クラシックの世界でも、知名度があることは大事だろうから、工藤サンの娘として知名度を高めつつ、母以外の尊敬できる師を見つけて頑張ってほしい。全国の長女は、あなたを応援しています。

浜崎あゆみと松浦勝人氏の感覚は「90年代で止まっている」――2人のハグ写真に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「会いたかった人だらけで、なかなか自分の席まで辿り着けないぱてぃーん」浜崎あゆみ
(浜崎あゆみインスタグラム、9月20日)

 浜崎あゆみが9月20日にインスタグラムを更新した。お台場で開かれたダンスミュージックフェス『ウルトラジャパン2022』を訪れた浜崎は、「会いたかった人だらけで、なかなか自分の席まで辿り着けないぱてぃーん」とつづり、レコード会社「エイベックス」代表取締役会長・松浦勝人氏とハグする様子をアップしている。私はこの文面と2人の“ノリ”に気になるところがあった。

 松浦氏といえば、大学時代に貸しレコード店でアルバイトをしており、そこで知り合った仲間と一緒に、レコードとCDの輸入卸売業を始め、その後、一代でエイベックスという音楽帝国を作り上げた人物である。

 音楽プロデューサー・小室哲哉氏の絶頂期だった1990年代、彼が手掛けるアーティストばかりが売れていた中、松浦氏が「小室氏を介さず、自社でアーティストを育てたい」と見いだしたのが浜崎だった。

 浜崎はその期待に応えて、見事大ブレークを果たし、2人はプライベートでも交際を開始。しかし、その関係は3年あまりでピリオドが打たれ、松浦氏はモデル女性と結婚・離婚しており、一方の浜崎はオーストリア出身のモデル、アメリカ・UCLAの大学院生とそれぞれ結婚し、離婚。2019年、21年には、パートナーと結婚という形を取らずに、子どもを出産した。

 このように、別々の方向に進んだはずの2人だが、最近は松浦氏のYouTubeチャンネルや浜崎のインスタグラムでの“共演”が目立つ。あまり芸能界で元カップルが共演することはないからか、ネット上には「家族を超えた関係」というような好意的な書き込みも見られたが、私は違う解釈をした。2人が見ているのは相手ではなく、「若かった頃の自分」なのではないだろうか。

 松浦氏のYouTubeチャンネルや、浜崎のインスタを見ていると、2人とも服装が全盛時と似通っているために、かえって寄る年波が明らかになっているように見える。巷間、人は自分の全盛期のファッションを引きずってしまうというだけに、それも致し方ないし、好きな服を着ればいいのだが、2人は感覚そのものが、90年代で止まっていやしないかと感じるのだ。

 その理由は、松浦氏と浜崎にとって、90年代が特別すぎる時代だったからだろう。

 松浦氏と浜崎のように、仕事でも恋愛でもパートナーである場合、仕事の成功が恋愛を盛り上げるものだ。2人で取り組んだ仕事がうまくいけば、お金と地位が手に入り、「才能がある」というお墨付きを得られ、その結果、より大きな仕事や夢に挑戦できるようになる。こうした成功が、相手への思い入れを強め、恋愛の充足感を高めるのは想像に難くない。

 芸能の仕事は、売れればケタ違いの名声を得られる世界であることを踏まえると、それに付随する恋愛の盛り上がりも圧倒的だったはず。松浦氏と浜崎は、そんな稀有な経験をしたであろう若かりし90年代に、立ち止まったままな気がするのだ。

 2人は結局別れたが、別離で必要以上に痛手を負わなかったことが、90年代をよりいいものだったと思わせているのかもしれない。小室氏と華原朋美も、仕事とプライベートでパートナー関係を築いていたが、別離をきっかけに小室氏が曲の提供をやめてしまい、華原は大きな傷を負った。それが芸能界では当たり前のことなのか、私にはわからないが、松浦氏は小室氏のように薄情ではなかったようで、関係が終わっても浜崎を冷遇することはなかった。むしろ、別離はある意味、浜崎の魅力の一つである「歌詞」のネタとして、うまく昇華されたのかもしれない。

 誰しも「若い頃はよかった」と思うことはあって、変に魔が差して、若い頃の恋人に連絡を取ってしまった経験を持つ人もいるだろう。しかし、この2人の場合、なにせケタ違いの成功を収め、それに伴う恋愛の高揚を知っていそうなだけに、感覚が90年代で止まっていたとしても無理からぬことなのではないか。

 そんな2人は現在、松浦氏が57歳、浜崎が43歳。松浦氏は年齢的にこのままでいくのだろうが、浜崎は自分が若かった90年代の感覚を脱する機会はあるように思う。

 孔子の「論語」に「四十にして惑わず」という言葉があることから、40代は不惑と呼ばれる。「論語」の生まれた時代と今とでは、社会のあり方も平均寿命もまったく違うので、単純に比べることはできないが、私に言わせると、現代の40代は「惑う時期」というか、「魔の時」に当たる。

 40代というのは不思議な年齢で、若くはないが、本格的に老いているともいえない、中途半端な年代だと思う。浜崎といえば、自己プロデュース力に定評があるものの、さすがに40代を迎えて、若かった頃の90年代のノリを続けていくべきか、それとも新しさを出していくかは、迷いどころなのかもしれない。

 古くからのファンは、全盛期の感覚を保つ彼女を応援しているのだろうか。しかし、彼女の全盛期を知る身として一つ言わせてもらうなら、もし浜崎が「若い」と「新しい」をイコールと考えているのであれば、それは違うということ。40代のシックな浜崎もまた「新しい」わけで、そんな彼女を見たいのは、私だけではないように思う。

『さんま御殿』袴田吉彦のトークに考える、自称「さみしがり屋」男の厄介なところ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「妻も仕事しているんで」袴田吉彦
『踊る!さんま御殿!!』(9月13日、日本テレビ系)

 週刊誌によって、有名人の狼藉が明らかにされ、SNSやワイドショーで“裁判”が始まる。「番組を降板せよ」「活動を自粛しろ」など、私からするとちょっと言いすぎじゃないかなと思う発言も見られるが、変だなぁと思うのが、“悪いこと”をしてもペナルティが一様でないところだ。

 例えば、俳優・渡辺謙は、女優・南果歩と2018年5月に離婚を発表。渡辺は17年3月、一般人女性との不倫を「週刊文春」(文藝春秋)に撮られており、記事を読むと、南の乳がん闘病中も不倫をしていたことがわかる。夫に不倫をされてうれしい妻はいないだろうが、特に妻が大病をしている時の不倫というのは、最悪のタイミングだろう。

 しかし、渡辺には「活動を自粛すべき」といった声はSNSにほとんどなかったと記憶しているし、当時『バイキング』(フジテレビ系)の司会・坂上忍は「謙さんでも不倫はダメなの?」と、国際派俳優であれば不倫を容認するかのような発言をしていた。

 また、こうした例もある。9月10配信のニュースサイト「文春オンライン」は、球界の不祥事を報道。球界を代表するスター選手である読売ジャイアンツの坂本勇人選手が、肉体関係を持つ一般人女性に対し、避妊をしなかったそうで、妊娠すると「本当は今すぐおろせよって言いたい」と逆ギレしたそうだ。中絶を強要された女性はうつ病に陥り、自殺未遂したという。

 読売ジャイアンツといえば、「巨人軍は常に紳士たれ」が球団創立者・正力松太郎氏の遺訓として知られるが、坂本選手は主力選手だからか、紳士とは真逆の鬼畜的行動を取っても、球団が試合に出さないなどのペナルティを科す様子はない。それだけでなく、スポーツ新聞やワイドショーも、この件に触れていないのだ。

 世間一般には、「不倫はいけないこと」「女性を傷つけるのは許されない」と言われているものの、結局、人によってSNSユーザーもメディアも態度を変えているわけだ。こうなると、有名人の不祥事に対するバッシングは、場合によって、単なるいじめと変わらなくなってしまうが、SNSやメディアの不平等裁判を自身に有利な形でうまーく切り抜けた人がいる。俳優・袴田吉彦だ。

 17年5月、グラビアアイドルとの不倫を「週刊新潮」(新潮社)に報じられた袴田。人気俳優でありながら、密会場所はアパホテルで、しかもポイントまで貯めていたという。そのショボさが功を奏したのか、今は不倫をネタにしてバラエティに出演。なお、不倫騒動が起きた後、妻とは離婚をし、昨年、一般女性と再婚している。

 そんな袴田が、9月13日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、危うい発言をしていたのが気になった。「独身者の言動にイラッとしたことはあるか?」というトークテーマに対し、袴田は「嫁とケンカした時に、後輩に電話をするけれど、独身の人のほうが出ない」と回答。

 いまいち意味のわからない答えだが、袴田いわく「基本さみしがり屋で、結構電話するんですよ」とのこと。タレント・矢部みほが「そもそも、結婚したのに、なんでそんなにさみしくて電話するんですか?」と質問すると、「嫁も仕事しているんで」と、妻が仕事で不在の時間は、さみしさを感じていることを匂わせた。

 袴田が話したかったことは、「妻とケンカをした、もしくは妻が仕事でいないなどの理由でさみしくなると、後輩に電話をするが、電話に出てくれなくてイライラする」ということだろう。

 「さみしがり屋」というと、ちょっと聞こえはいいけれど、この人の場合、単に自己中心的というか、自分の衝動を抑えきれないタイプなのではないか。なぜなら、前妻は小さいお子さんのいる専業主婦で、おそらく仕事のために家を空けることはなかったと推測するが、そんな「さみしくない」状態でも、袴田は不倫をしていたわけだから。

 自称「さみしがり屋」な男性の厄介なところは、恋人や妻に罪悪感を抱かせることがあるところだ。例えば、「さみしいから、浮気した」と言われたら、真面目な女性は「さみしいというのは、私のことを愛しているからだ」「私がさみしくさせなかったら、浮気をしなかったのではないか」と自分を責めてしまうだろう。しかし、ご自分に置き換えてみればわかると思うが、たとえさみしくても、大人であればそれを解消する手段はいくらでもあるし、相手のことを思いやれる人なら、浮気はしないはずだ。

 若い人たちならともかく、50歳に手の届こうとしている人が、いまだに「さみしがり屋で、人に電話してしまう」「電話に出てもらえないと、イライラする」といった話をしているのを聞くと、これまで周りに甘やかされてきた過去が忍ばれる。いつまでも自分に都合のいい人を求めるのはやめて、いい加減オトナになってくれよと言いたくなるのだ。

 不平等裁判をうまーく切り抜けることに成功した袴田だが、また何かしでかさないかという危うさを感じてしまった。ただ幸いというべきか、番組内で、袴田は妻に金銭管理を任せていると話していたが、こういうしっかり者の妻なら、夫に「さみしい」と言われたくらいで動じることはないだろう。今度、不倫がバレたら、前回のようにはいかないのは、袴田本人が一番わかっていると思う。妻を大事にして平穏な結婚生活を送ってほしいものだ。

高橋真麻、TBS・宇賀神メグに「腹立ちましたよ」……今の時代に合う「女子アナの小競り合い」とは?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「ちょっと、腹立ってます」高橋真麻
『人生最高レストラン』(9月3日、TBS系)

 現在は、フリーアナウンサーの高橋真麻が、2004年にフジテレビに入局した時、「大変だろうなぁ」と思ったことをよく覚えている。父親は大物俳優・高橋英樹。この時点で、世間から「コネ入社だろう」と言われることは想像がついた。フジテレビは民間企業なので、コネ入社であっても問題はないが、女子アナのような人気の職種に「コネで入った」と思われると、「ズルをした」と批判する人が出てくるのは想像に難くない。

 入社した真麻は『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)に出演し、英樹のいる前でとんねるずから熱湯をかけられ、一斗缶で殴られ、鼻フックをされたりしていた。これはフジテレビ側の「我々は彼女を特別扱いしていない」「英樹さんもこうして笑っているわけだから、いじめではない」というメッセージではないかと私は受け取った。ほかにも、お正月番組でほかの女子アナが振袖を着ているのに、真麻だけ顔が見えない着ぐるみを着用しているなど、フジによる笑えないイジリは続き、一方でネットでの「コネ」バッシングはやまず。彼女はどんどん痩せていった。

 真麻はいろいろな番組で当時のことを振り返り、「『かわいい』って言われないなら、『細い』って言われたいと思ってしまった」「ラーメンも麺2本くらいしか食べられなかった」など、精神的に追い込まれ、食欲に異常をきたしていたことを告白している。

 9月3日放送『人生最高レストラン』(TBS系)に出演した真麻によると、「(入社)2~3年目ぐらいの時に、私はもうホント『この日空いている女子アナなら誰でもいいですよ』っていう仕事しか来なくて……」と、仕事自体もうまくいっていなかったそうだ。

 そのことを英樹に愚痴ったところ、「父が『誰がやってもいいって思われてる仕事こそ、一生懸命やりなさい』と。『そうしたら、最初は誰でもいいやって思っていたけど、真麻に頼んでよかったね。じゃあ、次も真麻に頼もうってなるから、耐えろ』と『乗り越える力を身につけなさい』って言われて」と明かしている。

 スターと呼ばれる人も、その来歴を調べてみると下積みの時代を経験しているものだ。英樹のアドバイスは、もしかしたら自分の芸能生活の経験から生み出されたものだったのかもしれない。しかし、その後の真麻の活躍ぶりを見るに、英樹のアドバイス以上に、時代が彼女に味方したといえるだろう。

 それまでテレビは、「キラキラした人が出るもの」というのが一般認識だったものの、視聴者はだんだんとそうしたリア充を感じさせる人を好まなくなり、「自分と同じ人」を好むようになってきたのだ。バラエティ番組で、真麻はご両親が厳しかったことから、社会人になっても恋愛経験がないと話していたが、視聴者は、有名アスリートやIT長者と浮名を流す女子アナよりも、真麻タイプに共感を寄せるようになったのだろう。彼女の需要は、次第に高まってきた。

 一方、『人生最高レストラン』でも話していたが、真麻は「ニュース読みをしっかりやりたい」という思いから、フジでBSテレビのニュースの仕事をずっと続けていたそうで、世間に、彼女のアナウンス能力を評価する声も広がってきたのだ。

 真麻もその流れはわかっていて、アナウンス技術をさらに磨くとともに、お金持ちと捉えられるような話はしないなど、必死に庶民に合わせていたように思う。局アナ時代は、お嬢様として育ったエピソードは完全に封印して、フツウの人を演じきっていたふうに見えた。

 しかし13年にフジテレビを退職し、フリーアナウンサーとなった真麻は、15年に出演した『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で、食事をするレストランにあらかじめ電話をして、味付けを薄くしてもらうことを頼むと発言。また20年に出演した『ダウンタウンDX』(同)では、子ども時代から年末年始はずっとファーストクラスでハワイに行っているため、仕事で初めてエコノミークラスに乗ったときは「狭すぎて、吐きました」と明かすなど、“お嬢様エピソード”を解禁している。

 女子アナが、人並外れたルックスやキャラクター、プライベートの話題でもてはやされた“女子アナブーム”も今は昔。テレビ離れが深刻化、さらに新型コロナウイルスの影響でCM収入が激減するなど、テレビ業界は景気の悪い話が多い。

 そんな中、真麻はフリー転身後もバラエティ番組のアシスタントや、情報番組のコメンテーターとして生き残り、活躍を見せている。“お嬢様エピソード”こそ解禁したものの、結婚、出産したことで、話の幅も広がって、より視聴者の感覚に近いコメントができているのではないだろうか。こうやって考えてみると、真麻は入社して数年は苦労したかもしれないが、フリーとなっても仕事が途切れない、数少ない勝ち組女子アナといえるだろう。

 そんな真麻しかできない役、それは「女子アナを叱る役」だと思うのだが、どうだろうか。

 『人生最高レストラン』で、MCの加藤浩次から「フリーになって9年もたってくると、甘めの局アナ見ると、『おい、甘ぇな、こいつ甘ぇぞ』みたいな感じは芽生えることがある?」と振られた真麻は、「局アナの大変さも知っているので」と一旦は否定。

 しかし、同番組アシスタントMCの宇賀神メグアナウンサーが「バラエティをやりたい」と言うと、「でも、(宇賀神アナは)ぜい沢ですよ、元局アナからしたら。『THE TIME,』(TBS系)をやって、この番組のアシスタントをやってるなんて最高級ですよ。さっき、バラエティ出たいって言ったとき、『え?』って思っちゃいましたもん」と宇賀神の今のポジションがいかに恵まれているかを経験者目線で語り、加藤の「腹立った?」のたび重なる煽りに、「ちょっと、腹立ちましたよ」と応じた。

 「学生とかでも採用試験の時に、『バラエティやりたいです』って言う子がいるんだけど、意味がわからない。アナウンサーになりたくて、バラエティに出たいってどういうこと?」と、アナウンサーの“本分”について説く真麻。宇賀神アナは「いまある仕事をコツコツやっていきます」と反省する姿を見せており、この程度のちょうどいい小競り合いが、今のテレビには合っていると思った。

 女子アナの小競り合いといえば、番組MCの男性芸能人が、女子アナを「かわいい」と依怙贔屓(えこひいき)し、オンナ芸人が「騙されてる!」とツッコむのがお決まりのパターンだった。しかし、今、このパターンをやったら、セクハラとみなされて炎上する可能性がある。しかし、仕事の話であれば、そういうことはないだろう。こうした炎上リスクのない小競り合いは、テレビ番組をほどよく賑わせてくれると感じる。

 番組内で「私が局アナだったことを知らない人もいる」と言っていた真麻。今、テレビでよく見る女性アナウンサーで、真麻のように「わかりやすい挫折」をした人はいないように思う。当時はとてもつらかったろうが、成功した今だからこそ、その経験を生かしていただきたいものだ。

東出昌大、渡辺謙、実母……“問題のある人たち”に囲まれる杏が「優等生」なワケ

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<今週の有名人>
「朝5時半から、修羅場かよ」渡辺謙
YouTubeチャンネル「杏/Anne TOKYO」8月28日

 女優・杏が8月28日配信のYouTubeチャンネル「杏/Anne TOKYO」で、フランスへの移住を発表した。お子さん3人と愛犬とともにフランスへ渡り、今後は日本と行ったり来たりするそうだ。移住の詳しい理由は明らかにしていないが、“問題のある人たち”と距離を置きたかったのかもしれない。

 ご存じの通り、杏は、女優・唐田えりかと3年にわたる不倫関係を結んでいた俳優・東出昌大と2020年7月に離婚。これで晴れて他人となり、新たな生活をスタートできると思いきや、東出はその後もスキャンダルを報じられ、杏に迷惑をかけた。昨年10月発売の「週刊文春」(文藝春秋)によると、東出は「新恋人をロケ地に同伴させる」という業界の掟を破る行動を起こしていたそうだ。

 単に新しく恋人ができたという話なら、世間も「独身だから、どうぞご自由に」と言えるが、東出はどうも人の気持ちを逆なでするような行動を平然と取ってしまうところがあるのではないだろうか。東出のダメ男ぶりが報じられるたびに、多くの人が「杏は苦労した」と前妻に思いを馳せてしまうだろうし、杏はいつまでたっても東出の存在に頭を悩ませる可能性がある。

 一方、杏は国際的に活躍する俳優・渡辺謙の娘だが、彼も私生活の面では問題が多い人といえるだろう。人気俳優としての地位を確立しつつあった1989年、白血病に罹患し俳優生命が危ぶまれたものの、見事に回復。「めでたしめでたし」と言いたいところだが、杏の実母である当時の妻との夫婦仲は冷え、泥沼離婚裁判で複数の女優との不倫を暴露された。

 2005年3月に離婚が成立し、同年12月、女優・南果歩と再婚。しかし17年3月には、南が乳がん闘病中にもかかわらず、一般女性と不倫中であることを「文春」に報じられた。不倫はいつ何時もパートナーを傷つけるものだが、特に相手が大病をしている際は、タイミングとして「最悪」と言えるのではないだろうか。

 渡辺は南と離婚の意志がないと話していたものの、2人は18年5月に離婚を発表。南は22年2月発売の自著『乙女オバサン』(小学館)において、渡辺の不倫を知り、うつ病を患ったことを告白しているが、一方の渡辺は現在、「女性セブン」21年1月7・14日号(同)によると、元不倫相手の一般女性と軽井沢で同棲しているそうだ。

 渡辺は独身だから、誰と交際しても問題はないけれど、東出と同じく、どうも人の気持ちがわからないタイプと言え、杏をやきもきさせているのではないだろうか。

 元夫、実父がこんな状態だけに、せめて実母だけは、杏の頼りになってほしい……しかし、「女性セブン」20年9月17日号は、個人事務所の社長だった実母が、杏に対して12億円の訴訟を起こしたと報じている。

 杏は08年から芸能プロダクション「トップコート」に所属し、翌年には節税対策のため、実母が代表を務める個人事務所を設立。しかし給与があまりにも少ないことを疑問視した杏が、その個人事務所を退社し、トップコートとの直接契約に戻したいと申し出たことで、実母が訴訟に踏み切ったそうだ。

 同誌によると、実母は心酔する霊能者を個人事務所のコンサルタントにして、多額のコンサルティング料を支払っていたそうで、杏は不信感を持っていたという。実母は過去にも、渡辺の白血病治癒を願って、宗教団体へお布施したため、多額の借金を背負ったと報道されており、杏を長年、信心と金の問題で苦しめてきたのかもしれない。

 東出、渡辺、そして実母という“問題のある人たち”に囲まれているのに、杏はぶっちぎりの優等生だ。女優としての好感度は抜群だし、お子さんを愛情深く育てている。YouTubeチャンネルも好調だ。東出と杏の両親は、彼女の爪の垢を煎じて飲めと言いたいところだが、両親と杏の関係を心理学の観点から見ると、杏は優等生に“ならざるを得なかった”と言えるのではないか。

 夫婦の対立や虐待、経済的問題などが恒常的にある家族は「機能不全家族」と呼ばれる。このような家族の中で育つと、本来、親が子どもを守るべきなのに、子どもが親のケアをするようになることがあるという。特に娘が「母親の母親化」して、感情的なお守をしてしまうことは、よく知られている。その結果、子どもは努力家で、社会的な成功を収めるしっかり者に成長することがあり、彼らにとってその成功は、自分のためではなく、崩壊しそうな家庭を支えるためのものだといわれているのだ。

 杏もまた、人気俳優の娘に生まれながら、渡辺の病気や、実母の借金、両親の不和など、過酷な子ども時代を過ごしており、「機能不全家族」の中で育ったと言えるのではないか。ゆえに、優等生にならざるを得なかった面があるように思う。

 「女性セブン」20年9月17日号の記事には、「(渡辺謙との)離婚後、A子さん(筆者注:杏の実母のこと)の元に残ったのは2人の子供と、多額の借金。そこで、一念発起したのは、A子さんではなく、杏だった。それまでも行っていたモデルとしての活動に専念するために、高校を中退したのだ」という記述がある。

 本人が認めていないのに決めつけてはいけないが、実母が作った多額の借金は、やはり杏が働いて返済したのではないだろうか。家族の誰にも頼れないから、自分が頑張るしかないと決心したかもしれない10代の杏は、その後、モデル、女優として成功を収めた。

 そして母になって離婚した30代の今も、やっぱり親に頼れない。有名人は問題行動ばかりが大きく報道されるので、どうも悪い印象を持ってしまいがちだが、それでもやっぱり杏にとって、親は足かせのように思えてならないのだ。

 渡辺は、8月28日に公開された「杏/Anne TOKYO」の動画に出演し、杏と料理を作りながら、愛犬の話を披露していた。渡辺の愛犬を朝、庭に出したところ、キジの親子が入り込んでいることに気づいたという。犬がキジを見つけたら、修羅場になることは目に見えており、渡辺は「母キジって怖いじゃん、子どもいると」「朝5時半から、修羅場かよと思って」と話していた。

 自分とて子どもを持つ親なのだから、子どもを守るために攻撃的になる母キジの気持ちをわかってもよさそうなものだが、そこはスルーして「朝5時半から、修羅場かよと思って」と揶揄してしまうのが、渡辺謙という人なんだと思う。人の気持ちがわからないことで、夫婦の対立を招き、結果的に自分の家族を「機能不全家族」にしてしまった……そんな想像をかき立てるのだ。

 俳優としての業績と人柄はまったく別の問題だから、彼のすべてが責められるべきとは思わないが、家族を持つことはあんまり向いていないのではないか。やはり、親と離れる杏の渡仏は、いろんな意味でいい結果を生むような気がする。「お体に気をつけて、元気でいってらっしゃい」と言いたい気持ちでいっぱいだ。

有働由美子アナの「オバハン自虐」を許容していた大組織・NHKの“男尊女卑”体質

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<今週の有名人>
「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなる」有働由美子
ニュースサイト「週刊女性PRIME」8月23日

 臨床心理士・信田さよ子氏の著作『夫婦の関係を見て子は育つ』(梧桐書院)によると、子どもというのは親を実によく見ており、その関係が子どものジェンダー観に影響する可能性があることを指摘している。

 例えば、夫婦が表面的に仲良くしていても、父親が「家事なんて、オンナの仕事だ」と思って何もやらないと、それを見た息子は「そうだ、家事はやらないでいい、オンナの仕事だ」と思い込んでしまい、家事をやらなくなるケースがあるという。一方、そういう父親を持った娘は「そうね、家事はオンナがやるべきね」と思い込んでしまい、将来的に支配的なパートナーを選んでしまう可能性があるそうだ。

 夫婦関係が子どものジェンダー観に影響するとは興味深い指摘だが、私が思うに、若い時に身を置いた会社の環境も、ジェンダー観に影響するのではないだろうか。元NHKのフリーアナウンサー・有働由美子を見ていると、そんなことを思ったりする。

 10年近く前の話だが、「女性自身」2013年11月26日号(光文社)が、有働アナと5歳年下の地方企業の御曹司との熱愛をスクープした。男性はバツイチで、前妻との間にお子さんが3人いるという。有働アナは同誌の取材に対し、交際を肯定も否定もしなかったが、男性は「嫌いだったら一緒に食事に行ったりしないですよ。好意を持っていないと言ったらウソになります」と恋愛感情があることを示唆。

 しかし、有働アナは東京で仕事があるし、男性側も地方に地盤がある。恋愛したら結婚しなくてはいけないと決まりがあるわけではないから、お互いの事情に合わせて、いい関係を育んでいるのだろう……そう勝手に思っていたら、ニュースサイト「週刊女性PRIME」(主婦と生活社)が8月23日、有働アナの破局を報じた。

 有働アナは交際そのものを肯定も否定もしていないので、破局というのは正確ではないのかもしれないが、記事を読むと、交際報道とは別のことが気になってくる。

 メインキャスターを務める『news zero』(日本テレビ系)の出演を終えて帰宅した有働アナを、週刊誌の記者が直撃する。有働アナは「……こんな“オバハン”のために、夜分遅くまでご苦労さまです」と恒例のオバチャン自虐をした後で、「彼は何人かいる異性の友人のうちの1人。恋愛感情とかはありません」ときっぱり交際を否定。「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなるんですよ」とコメントしていた。

 おそらく、有働応援団の皆さんは、「記者の急襲にもかかわらず、ユーモアのある返しだ! サバサバしてさすがオトナの女!」と好意的にみなすのだろう。でも、私は有働アナの中に“オジサン”が住んでいるんだなぁと思わずにいられない。

 週刊誌が有働アナを取材するのは、彼女が知名度/好感度ともに高い「数字が取れる人」だからだ。週刊誌はビジネスだから、オジサンでもオバハンでも子どもでも、数字さえ取れれば何だっていい。長年、女性アナウンサーのトップランナーとして走ってきた有働アナが、こんな簡単な人気商売のカラクリをご存じないはずがない。

 にもかかわらず、「……こんな“オバハン”のために」という言葉を持ってくるのは、有働アナの中に「オバハンというのは嫌われる存在だから、とりあえずへりくだったほうが、好感度が上がるし、読者に喜ばれる」という、まるでオジサンのような“思い込み”があるからではないだろうか。

 その思い込みがどこで作られたか、他人に知る由もないが、おそらく有働アナを取り巻く環境……つまり会社(NHK)にもそういう体質があったのではないかと推測する。

 私は有働サンよりちょっと下の世代だが、若い頃「年齢によって、女性の進退を決める」ことが公然となされてきた印象がある。私の友人は財閥系企業に勤めていて、社則にはないものの「女子社員は25歳で退職する」ことが暗黙の了解だった。

 いざ25歳になると、周囲の男子社員に「早く辞めてよ。若い子が入ってこない」と面と向かって言われたり、仕事の面談でオジサン上司に「交際相手はいるのか、結婚の予定はあるのか」と聞かれることは珍しくなかったそうだ。受付や秘書課の女性が30歳を過ぎると、本社から支社に異動させられるケースも実際にあった。

 若い人は、良くも悪くも大人の影響を受けやすいから、1日のほとんどを過ごす会社という場所で、それなりの地位を持つオジサンが、女性に対してこういう態度を取ると、「女性は社歴が上がると、失礼なことを言われたり、理不尽なことをされても仕方がない存在」と刷り込まれてしまうのではないだろうか。

 有働アナは20代の若手の頃から、公共の電波を使って、自身の容姿や年齢を自虐してきた。それは逆に言うと、NHKが彼女の発言を許容していた、彼女の発言が面白いと思っていたということではないだろうか。

 今さら言うまでもないが、有働アナは日本を代表する女性アナウンサーで、彼女の実力は誰もが評価しているはず。けれども、有働アナの中に住みついたオジサンが、「女性は仕事ができても、若く美しくなければ価値がない」とささやいてくるために、彼女はする必要のない自虐を延々としてしまうように思う。

 有働アナのジェンダー観の危うさは、NHKという大組織を離れて、いよいよ明らかになりつつある。フリー転身後、報道番組『news zero』のメインキャスターに就任したが、日替わりで出演する女性アナウンサーが若いことから、発表会見で「若いアナ、キラキラした人と、置き屋の女将みたいな感じですが、女将なりに頑張ります」と自虐した。

 いつものサービス精神を発揮したのだろうが、公の場で、性的接待のオーガナイザーの意味も持つ“置き屋の女将”という言葉を使い、暗に「若い女性アナウンサー=男性に差し向ける存在」と捉えられかねない表現をしたことについては、女性論客からも「いかがなものか」という声が上がった。

 自身のラジオ番組『うどうのらじお』(ニッポン放送)で、北京五輪スノーボード男子の金メダリスト・平野歩夢選手に対して「久しぶりに女心がキュンキュン! としましたね。残り少ないホルモンが出てきたみたいな気持ちになりましたけども」「素晴らしい演技、素晴らしい滑り以上に、いち日本に住むオバチャンの、ホルモン……って言うといやらしいですけど、気持ちまで若返らせていただきました」と発言し、物議を呼んだこともある。

 これは平野選手に対する明らかなセクハラであるとともに、「オバチャンは女性ホルモンが枯れている」という自虐――やはり女性の若さを重んじているからこその発言に聞こえるのだ。

 抜群の好感度のために大炎上はしないものの、有働アナのトークには「年齢と性」の要素が含まれていることが多い。そのため、炎上リスクが高かったり、誤解を持たれやすくなる。

 先ほどの「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなるんですよ」という有働アナの発言も、彼女の偽らざる気持ちだと思われるし、「女は若いほうがいい」というオジサン思想の人には、「そうだ、いつまで若いつもりでいるんだ」と歓迎されるだろう。しかし、世の中には50歳を過ぎても恋愛が大好きな女性もいるわけで、そういう人は、有働アナの発言にモヤモヤするだろう。

 こういうリスクを回避するためには、主語をはっきりさせる必要があるのではないか。「私は恋愛に興味がありません、50歳を過ぎたからですかね」と言えば、それは有働アナの意見だとして受け止められるが、「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなるんですよ」という言い方は、「25歳になったら、会社をやめろ」という過去になされた根拠のない決めつけと、さして変わらない気がする。

 有働アナは、『うどうのらじお』内で、森喜朗氏が女性蔑視発言の責任を取り、辞意を表明したことについて、「私も男社会に長く生きているので、アップデートできていない部分があるんで、すごく発言するのが怖いというか……」と話していたことがある。誰もが程度の差はあれ、男尊女卑社会に生きており、そこに適応しなければ生きていけなかったわけだから、そうした部分があるのは当たり前だろう。

 もしアップデートできる人とそうでない人の間に差があるとしたら、本人の気質(男性にかしづくのが好きな人もいる)に加え、傷の深さも関係してくるのではないか。男尊女卑社会に悩み、深く傷つき、それでもどうにかして適応しようと努力した人ほど、男尊女卑社会的な価値観を手離せないように思うのだ。有働アナの自虐は痛みの歴史。そう考えると、やっぱり彼女の自虐は笑えない。