嵐・二宮和也と伊藤綾子は、「ネットとSNSがなかったら結婚できなかった」と私が思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「一人の男としてケジメと決断」嵐・二宮和也
(結婚報告メッセージ、11月12日)

 嵐・二宮和也との交際をブログで“匂わせ”、多くのファンを敵に回した元フリーアナウンサー・伊藤綾子。2018年3月に「いったん、メディアの仕事から離れたい」とコメントを残して、芸能界から去っていったが、「いったん離れたい」ということは、つまり公の場に戻ってくる意志があるんだなと私は勝手に解釈していた。そして、11月12日、二宮は結婚を発表し、姿こそ見せないものの、果たしてアヤコは「ミセス二宮」として捲土重来したわけだ。

 2人の結婚を祝福したいという人、そうでない人の言い分はそれぞれ理解できる気がするが、それとは別に、ネットもしくはSNSがなかったら、このカップルは結婚できたのだろうかと、タラレバしてしまう。

 ジャニーズ事務所は、「所属タレントと恋愛した芸能人を干す」とか「所属タレントを結婚させないようにしている」といった、都市伝説を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。V6のように6人中4人が既婚者というグループもあるので、本当にそんなタレントの自由を奪い、事務所の意向に従わせるようなことをしていたのか、真偽のほどはわからないが、少なくとも、「マスコミ」から自由を奪い、逆らわせないようにしていた時代があったのは確かである。

 1999年、「週刊文春」(文藝春秋)が、ジャニーズ事務所社長(当時)・ジャニー喜多川氏の所属タレントに対するセクハラを報じた。ジャニーズは名誉棄損で文藝春秋社を提訴し、裁判の結果、文藝春秋社は120万円の支払いを命じられたものの、セクハラについては認定された。

 日本を代表する芸能事務所のトップが、タレントにセクハラを働いている。常識的に考えれば大騒ぎになりそうなものだが、この事件を扱うニュース番組やワイドショーはなかった。高視聴率請負人とも言える人気スターを多数抱えるジャニーズだけに、もし取り上げたらタレントの出演を取りやめるといった圧力のようなものを、局側にかけていたのではないだろうか。あの時代、ジャニーズや所属タレントのネガティブ情報を目にすることはほとんどなかったように記憶している。

 しかし、90年代にネットが出現し、人々が「顔が見えない状態」で、自分の意見を言えるようになると、ジャニーズの情報管理体制に支障が生じだす。信ぴょう性が高いとは言えないものの、全てがガセとも言い切れない情報が、ネット上で散見されるようになった。ただ、当時のネットは「書いたら、書きっぱなし」の状態で、その情報が不特定多数の目に触れる機会も少なかったものだが、2000年代前半にSNSが現れると、従来の機能に加えて、「見知らぬ人同士とつながれる」「情報を拡散できる」ことができるようになる。

 最もこの恩恵に預かることができたのは、これまで意見を潰されてきた「弱い立場の人」ではないだろうか。例えば世界的なムーブメントになった「♯Me too運動」は、セクハラを受けてきたけれど、泣き寝入りするしかなかった弱い立場の女性の告発に端を発している。しかも、スマホの普及が進んだことで、証拠を保存する機能(動画、録音、LINEの履歴など)を人々が携帯できるようになった。一般人にはしがらみがないので、怖い物もない。かつて芸能事務所は、週刊誌に所属タレントのスキャンダルが暴かれることを恐れたものだが、今はSNSを使いこなす「モノ言う素人」が一番怖いのではないだろうか。

 それでは、ジャニーズにとっての最大の脅威「モノ言う素人」は誰かと言うと、二宮と交際中のアヤコだったのではないだろうか。芸能界をいったん退いた身だけに、アヤコがいくら非常識な行動を取っても、いさめてくれる事務所関係者はいない。かつ、アヤコは、世間に知られたくない二宮の情報をいくらでも握っていると言えるからだ。

 “匂わせ”を繰り返したアヤコは、嵐ファンからの好感度が高いとは言えないだろう。事務所もそんなアヤコとの交際に反対していたのではないだろうか。しかし、これで別れることになったら、アヤコが逆恨みして、SNSで二宮のネガティブな情報を拡散するかもしれない。また、ジャニーズの脅威はアヤコだけではないだろう。SNSでは、嵐ファンでない女性層から「年頃の女性と長年付き合った挙げ句に捨てた」といった意見が出て、拡散され、二宮のイメージダウンにもつながりかねない。二宮の結婚報告メッセージには「一人の男としてケジメと決断」と書かれていたが、アヤコと結婚しなくても、イメージダウンする可能性はあったと言えるだろう。

 テレビ局などのメディアを意のままに操ってきたジャニーズにとって、SNSでの暴露や批判は初めて目にする類いのものかもしれない。メディアであれば担当者を呼び出せるが、一般人相手にそれをするわけにはいかない。それこそ、一般人を恫喝したら、それもまたSNSで拡散されてしまうだろう。そう考えたとき、二宮とアヤコを“強制破局”させられないような空気が、ジャニーズ内に広がったのではないかと感じるのだ。

 ジャニー喜多川さんが亡くなり、過渡期を迎えたジャニーズ。そして、SNSを通して、多くの人が意見を言えるようになり、それをテレビが後追いするようになった時代。「結婚はタイミングである」と言われるが、アヤコにとっては「今のこの流れ」こそが、結婚のタイミングとして最適だったのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

嵐・二宮和也と伊藤綾子は、「ネットとSNSがなかったら結婚できなかった」と私が思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「一人の男としてケジメと決断」嵐・二宮和也
(結婚報告メッセージ、11月12日)

 嵐・二宮和也との交際をブログで“匂わせ”、多くのファンを敵に回した元フリーアナウンサー・伊藤綾子。2018年3月に「いったん、メディアの仕事から離れたい」とコメントを残して、芸能界から去っていったが、「いったん離れたい」ということは、つまり公の場に戻ってくる意志があるんだなと私は勝手に解釈していた。そして、11月12日、二宮は結婚を発表し、姿こそ見せないものの、果たしてアヤコは「ミセス二宮」として捲土重来したわけだ。

 2人の結婚を祝福したいという人、そうでない人の言い分はそれぞれ理解できる気がするが、それとは別に、ネットもしくはSNSがなかったら、このカップルは結婚できたのだろうかと、タラレバしてしまう。

 ジャニーズ事務所は、「所属タレントと恋愛した芸能人を干す」とか「所属タレントを結婚させないようにしている」といった、都市伝説を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。V6のように6人中4人が既婚者というグループもあるので、本当にそんなタレントの自由を奪い、事務所の意向に従わせるようなことをしていたのか、真偽のほどはわからないが、少なくとも、「マスコミ」から自由を奪い、逆らわせないようにしていた時代があったのは確かである。

 1999年、「週刊文春」(文藝春秋)が、ジャニーズ事務所社長(当時)・ジャニー喜多川氏の所属タレントに対するセクハラを報じた。ジャニーズは名誉棄損で文藝春秋社を提訴し、裁判の結果、文藝春秋社は120万円の支払いを命じられたものの、セクハラについては認定された。

 日本を代表する芸能事務所のトップが、タレントにセクハラを働いている。常識的に考えれば大騒ぎになりそうなものだが、この事件を扱うニュース番組やワイドショーはなかった。高視聴率請負人とも言える人気スターを多数抱えるジャニーズだけに、もし取り上げたらタレントの出演を取りやめるといった圧力のようなものを、局側にかけていたのではないだろうか。あの時代、ジャニーズや所属タレントのネガティブ情報を目にすることはほとんどなかったように記憶している。

 しかし、90年代にネットが出現し、人々が「顔が見えない状態」で、自分の意見を言えるようになると、ジャニーズの情報管理体制に支障が生じだす。信ぴょう性が高いとは言えないものの、全てがガセとも言い切れない情報が、ネット上で散見されるようになった。ただ、当時のネットは「書いたら、書きっぱなし」の状態で、その情報が不特定多数の目に触れる機会も少なかったものだが、2000年代前半にSNSが現れると、従来の機能に加えて、「見知らぬ人同士とつながれる」「情報を拡散できる」ことができるようになる。

 最もこの恩恵に預かることができたのは、これまで意見を潰されてきた「弱い立場の人」ではないだろうか。例えば世界的なムーブメントになった「♯Me too運動」は、セクハラを受けてきたけれど、泣き寝入りするしかなかった弱い立場の女性の告発に端を発している。しかも、スマホの普及が進んだことで、証拠を保存する機能(動画、録音、LINEの履歴など)を人々が携帯できるようになった。一般人にはしがらみがないので、怖い物もない。かつて芸能事務所は、週刊誌に所属タレントのスキャンダルが暴かれることを恐れたものだが、今はSNSを使いこなす「モノ言う素人」が一番怖いのではないだろうか。

 それでは、ジャニーズにとっての最大の脅威「モノ言う素人」は誰かと言うと、二宮と交際中のアヤコだったのではないだろうか。芸能界をいったん退いた身だけに、アヤコがいくら非常識な行動を取っても、いさめてくれる事務所関係者はいない。かつ、アヤコは、世間に知られたくない二宮の情報をいくらでも握っていると言えるからだ。

 “匂わせ”を繰り返したアヤコは、嵐ファンからの好感度が高いとは言えないだろう。事務所もそんなアヤコとの交際に反対していたのではないだろうか。しかし、これで別れることになったら、アヤコが逆恨みして、SNSで二宮のネガティブな情報を拡散するかもしれない。また、ジャニーズの脅威はアヤコだけではないだろう。SNSでは、嵐ファンでない女性層から「年頃の女性と長年付き合った挙げ句に捨てた」といった意見が出て、拡散され、二宮のイメージダウンにもつながりかねない。二宮の結婚報告メッセージには「一人の男としてケジメと決断」と書かれていたが、アヤコと結婚しなくても、イメージダウンする可能性はあったと言えるだろう。

 テレビ局などのメディアを意のままに操ってきたジャニーズにとって、SNSでの暴露や批判は初めて目にする類いのものかもしれない。メディアであれば担当者を呼び出せるが、一般人相手にそれをするわけにはいかない。それこそ、一般人を恫喝したら、それもまたSNSで拡散されてしまうだろう。そう考えたとき、二宮とアヤコを“強制破局”させられないような空気が、ジャニーズ内に広がったのではないかと感じるのだ。

 ジャニー喜多川さんが亡くなり、過渡期を迎えたジャニーズ。そして、SNSを通して、多くの人が意見を言えるようになり、それをテレビが後追いするようになった時代。「結婚はタイミングである」と言われるが、アヤコにとっては「今のこの流れ」こそが、結婚のタイミングとして最適だったのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

「大久保佳代子が、後輩から慕われていない理由」から考える、いま求められる理想の先輩像

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「先輩面と言うか、恩着せがましい感じで接しない」オアシズ・大久保佳代子
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系、10月29日)

 かつて『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で「たいこ持ち芸人」という企画の回があった。たむらけんじによると「ネタを作るより、先輩に気に入られる方が早く売れる」そうで、出演者が、先輩をいかに気持ち良くするかのテクニックを披露していた。これは「仕事のない芸人が、世に出るためのテクニック」と見ることもできるだろう。そういう意味で、売れていない芸人にとって、全ての売れている先輩はありがたい存在と言えるのではないか。

 それでは、自分の力で仕事が来るようになった芸人にとって、どういう先輩が「いい先輩」なのだろうか。10月29日放送『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で放送された、「後輩にちゃんと慕われている? 相思相愛ウラ取りグランプリ」に、後輩の本音が隠されているように感じた。

 同企画では、まず芸人に、「可愛がっている後輩10人」をランキング形式で挙げてもらう。そこで名前が挙がった後輩たちに、同じく「お世話になっている先輩10人」をランキング形式で発表させる。お互いが1位を指名したら相思相愛で、ベストの関係となる。

 実際にアンケートを取ってみると、「自分は慕われていると思っていたが、後輩はそうでもなかった」という場合が多い。例えば、FUJIWARAの‎藤本敏史は、パンサーの向井慧、ジャングルポケットのおたけが自分を1位に指名すると予想していたが、実際は向井が5位、おたけが4位といった具合だ。

◎実はそれほど後輩に慕われていなかった大久保佳代子

 今回はオアシズ・大久保佳代子がオンナ芸人として初めてこの企画に挑戦し、森三中・黒沢かずことたんぽぽ・川村エミコが「自分を1位にする」と予想する。大久保いわく、黒沢は、自身の相方・光浦靖子とも親しいが、週に一度、大久保に電話をかけてきて食事をしているという。一方、川村とも、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で共演してから、収録終わりに毎回飲みに行く関係になったとのこと。

 しかし、フタを開けてみると、黒沢は「お世話になっている先輩1位」に光浦を、川村は森三中・大島美幸を挙げる。

 黒沢は、光浦を選んだ理由について、「悩んでるときに、ずっと最後まで話を聞いてくれる」「私たちがお仕事をいただけるレールを作ってくれた」と説明。川村は、大島を選んだ理由について、「私の顔色も察してくれて『何かあったの?』と聞いてくださいます」「お仕事でもロケでも尊敬しています」と述べた。

 黒沢、川村の意見を見るに、後輩は先輩に「自分の話を聞いてほしい」「先輩に気づいてほしい」という包容力のようなものを期待しているのではないか。大久保は後輩と接するときに「先輩面というか、恩着せがましい感じで接しない」「私だって話を聞いている」と言っていたが、その姿勢が後輩たちにとって満足いかなければ、意味はないだろう。

◎失恋したいとうあさこを突き放したことも……

 「話を聞く」と言えば2017年、大久保とともに『中居の神センス塩センス!!』(フジテレビ系)に出演したいとうあさこが、こんなエピソードを披露していた。

 大失恋した大久保は、2日に一度のペースで、大親友である後輩・あさこ宅に泊まり、あさこも大久保用のパジャマを用意して、朝まで話を聞くなど親身になっていたそうだ。しかし、あさこが失恋をしたとき、大久保は「用事がある」とあさこを突き放したという。大久保は「同じ話を延々と。辛気臭い」と、その理由を語っていた。

 現実的に考えれば、失恋後にいろいろ考えたところで、どうにもならない。そんなのは本人もわかっているだろう。けれど、その一方で、心の整理のためにうじうじ考える時間を欲し、誰かに話を聞いてほしいと思うことはあるはず。それを親しい先輩が、「辛気臭い」と切って捨てるのはいかがなものか。特に大久保の場合、自分の失恋の際に、あさこに付き合ってもらったという“借り”があるのだから、聞いてあげるべきなのではないだろうか。

 悩みというのは、明確な正解があるとは限らないもの。しかも、悩んでいる人が誰かに意見を求めたとしても、結局のところそれを聞き入れず、自分の思った通りにするというのは、よくある話である。となると、悩みは「聞いてもらう」ことに意味があり、聞き手は、「いかに気持ちよく聞いてあげる」かが問われるのではないだろうか。特に後輩が先輩に相談する場合、力関係に差があるので、先輩が聞きたくなさそうなそぶりを見せたら、後輩は気を使って無理に話を終わらせるしかないだろう。後輩に対して「先輩面をしない」といくら大久保が思っても、歴然とした上下関係がある以上、後輩にその姿勢は伝わらないのではないか。

 『ロンドンハーツ』で、意外にも「お世話になっている先輩第1位」という声が多数集まったのは、有吉弘行だった。後輩いわく、有吉は後輩の出演する番組を見ていて、しかも褒めてくれるそうだ。有吉は「俺は後輩の話を聞いて、ずっとウケているだけ」と言っていたが、今の時代に慕われる先輩というのは、頻繁に会ったり、高い食事をご馳走するのではなく、自分の意見は言わずに、ひたすら後輩の言うことや仕事ぶりを、受け止めてあげる人なのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

宮迫博之と徳井義実の「足を引っ張らない」ために――後輩思いの明石家さんまが注意すべきこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「かわいい後輩やけど、今回のことは何ともできん」明石家さんま
『ヤングタウン土曜日』(MBSラジオ、10月26日)

 お笑いコンビ、チュートリアル・徳井義実の個人会社が確定申告をしておらず、東京国税局に7年間で1億2000万円の申告漏れを指摘された。

 芸能人の確定申告に税務署の“ご指導”が入るのは、珍しくない。例えば「関西の女帝」として名高い上沼恵美子は、1997年と2005年の確定申告で、経費として申請した衣装代等が経費に当たらないとして、追徴課税されている。しかし、何が経費で何が経費でないのかは一概に言えない部分もあるそうだ。上沼の場合、確定申告したものの「見解の相違」で追徴課税されたわけだが、徳井は確定申告そのものをしていなかったという。

 『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した細野敦弁護士は、徳井が逮捕されることを免れた理由について「税金逃れなどの裏工作がないので、悪質とはみなされなかったから」と解説したが、法的にはセーフでも、高額所得者が税金を一切払おうとしないというのは、一般人からみれば悪意的とみなされても仕方がないだろう。こうして、徳井は活動自粛に追い込まれた。

 10月26日放送のMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』で、明石家さんまはこの件に触れ、「かわいい後輩やけど、今回のことは何ともできん」とコメントしている。

 しかし、さんまが「後輩を助けたい」という気持ちを持っていることは、明らかだろう。実際に、反社会的勢力の忘年会に出演し、ギャラをもらったことで、吉本興業から解雇された雨上がり決死隊・宮迫博之を、さんまは救おうとしている。この件は、宮迫が吉本興業にウソの報告をしたことで、話が一気にややこしくなったが、吉本側も臭いものには蓋とばかりに、宮迫に「記者会見するなら全員クビ」と、恫喝まがいの発言をするなど、対応のまずさが明らかになっている。結局、事実上、解雇された宮迫は、再び吉本興業に戻る気にはならないだろうし、かといって別の事務所に行くのも難しいだろう。

 そんな事情をおもんぱかってか、さんまは宮迫を自分の個人事務所で預かるという“救済措置”を申し出たのだ。さんまは最近、宮迫の復帰に向けて「みんなで一緒にオフホワイトからブラックに、そして白紙に戻った男を囲む会」を企画し、テレビ局員や芸能、お笑い関係者に招待状を送ったという。徳井に関しては、そういった救いの手を差し伸べられないが、心配はしているということなのだろう。

 後輩のピンチを先輩が助けるというのは、浪花節的というか日本人ウケする話である。しかし、このSNS時代、さんまのような大物が後輩を助けるのは、かえって復帰の足を引っ張ることになるのではないだろうか。

 そう考える理由として、まず筆者の思う「SNSでの炎上が長引く2つのポイント」について触れたい。1つは当人が「いい思い(カネや異性関係)」をしているかどうか。2つ目は「モラル的・法的に悪いか悪くないか」の二元論で語れるものかどうかである。

 例えば、企業CM内での「女性の描き方」が炎上することがあるが、こういうジェンダーネタは、誰かがカネや異性関係などで「いい思い」をするものではないだろうし、また「悪いか悪くないか」がモラル的・法的に裁きにくいので、炎上してもそう長引かない。

 しかし、不倫や税金未納のようなネタは、当人が「いい思い」をしていることであり、また「悪い」ことだと指摘しやすい。騒動が少し下火になっても、週刊誌などで追加情報がもたらされれば、再び燃える。

 宮迫の場合は、反社会的勢力への闇営業で金銭を得るという「いい思い」をしている。また、本当に反社会的勢力と知らないで宴会に出席したのかもしれないが、「ギャラはもらっていない」とウソをつくという「悪いこと」をしたのは明らかだろう。加えて宮迫は2017年にも「いい思い」をするとともに「悪いこと」をしている。「週刊文春」(文藝春秋)に不倫疑惑を報じられたのだ。不倫したい気持ちはあったが、未遂に終わったとの意味で「オフホワイト」という言葉を使い弁明したが、この一件も、人が叩きやすいことをしたと言えるのではないだろうか。徳井も同じで、高額所得者であるにもかかわらず、カネを払わないで「いい思い」をした上に、納税という法律で決まっていることを回避していたわけだから、「悪い」と断罪しやすい。

 それでは次に、こういう叩かれた人が“復活”するには、どうしたらいいか。音楽プロデューサー・小室哲哉の不倫釈明会見に、その秘訣が隠されているように思う。

 妻であるKEIKOがくも膜下出血に倒れ、実家の大分で療養中、小室は看護師である女性との不倫を「文春」に撮られた。病身の妻がいるにもかかわらず、不倫。「いい思い」をしている、かつ「悪い」ことであるので、SNSは批判で盛り上がったが、小室は会見を開き、冒頭で騒動のけじめとして引退を発表する。それに加え、KEIKOの介護のつらさや、男性機能をなくしているので不貞行為はないとも説明した。ここで世論は一転し、「介護でつらい人が安らぎを求めて何が悪い」「ここまでプライバシーを明らかにされて、ひどい」といった意見や、「『文春』を廃刊にしろ」という過激派も現れたのである。

 SNSが炎上すると、炎上ネタの渦中の人物に「引退しろ」という意見が見られるが、これは必ずしも本当に引退してほしいと思っているわけではなく、「引退に匹敵してもおかしくないくらい、悪いことをした」と責める気持ちの表現として使われることもあるだろう。

 だから、小室のように先手を打って「引退します」と言われてしまうと、「何もそこまですることはないじゃないか」とSNSユーザーは慌てふためくし、マスコミも引退して一般人となった小室を厳しく追及できない。つまり、自分で自分を過剰に罰する姿を見せれば、SNSユーザーの意見は反転する可能性があると言えるだろう。

 もし、そうだとするならば、宮迫や徳井は「もういいよ」と言われる姿を大衆に見せないといけない。とりあえず、年単位で活動を休止し、YouTubeなどもやらず、ほとぼりを冷ますのが一番いいのではないか。活動をしないということは、ギャラも入ってこないのだから、「いい思い」ができないという意味で、わかりやすい禊になるはずである。それに、SNSで叩かれる人は移り変わるので、1年もすれば、みんな「あれ、あの人、何かしたっけ?」となる可能性は高まるはずだ。

 ここであらためて、なぜ私が「このSNS時代、さんまのような大物が後輩を助けるのは、かえって復帰の足を引っ張ることになるのではないか」と思ったかを、考えてみたい。さんまのような大物にお膳立てしてもらい、早々に復帰を狙うと、不祥事を起こした本人たちが「反省が足りていない」と見られる可能性があるからだ。一方、さんま自身も「権力を使った」として、「老害」と言われしまうこともないとは言い切れない。

 さんまが後輩思いなのは、今に始まったことではないようだ。01年、千原ジュニアがバイク事故を起こして、顔がめちゃめちゃになってしまったことがある。もう芸人として活動するのは無理だろうと思っていたところ、先輩後輩含めた芸人の助けがあって復帰にこぎつける。さんまは、ジュニアから、退院祝いとして「レギュラーが欲しい」と頼まれ、一旦は「無理や」と断ったものの、わざわざ冠番組『おかしや?さんま!』(TBS系)のオファーを引き受け、千原兄弟をレギュラーに抜てきしたことがあるそうだ。

 さんまは、ジュニアも宮迫も徳井も、同じように気にかけているつもりかもしれないが、その頃と今では事情が違う。SNSでなんでも拡散できてしまう時代だからこそ、後輩を助ける際、「何を見せないか」がポイントになってくるように思う。公式な場ではあえて厳しめのこと、「助けない」といった旨の発言をして、誰も知らないところで手を差し伸べたり、自分の番組で起用するための根回しをする。SNS時代の「後輩思い」とは、二重人格にも似た複雑な対応が求められるのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

小室哲哉、KEIKOとの離婚調停スクープに考える「面倒なものはポイ捨て」という冷酷な性格

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「ブランド品を購入し、誕生日には数十万円のワインでお祝いしている」
「文春オンライン」(10月22日配信)

 音楽プロデューサー・小室哲哉とKEIKOが離婚調停中だと、ウェブサイト「文春オンライン」が報じている。同サイトによると、小室とKEIKOは5回目の離婚調停に入ったが、ネックになっているのが「婚姻費用分担請求」。くも膜下出血を起こしたKEIKOは現在、大分の実家に身を寄せ、小室は東京に住んでいるが、婚姻が継続している以上、KEIKOは生活費などの婚姻費用を請求する権利がある。小室は2008年に詐欺事件で逮捕された後も、年収が1億円切ったことはないと話しているものの、婚姻費用は月に8万が妥当だと主張しているそうだ。

 調停中の小室には、新恋人の存在も明らかになっている。相手は2018年1月に「週刊文春」(文藝春秋)に不倫相手として撮られた看護師のA子さん。関係は今も続いており、港区にある小室の自宅に、A子さんとその家族を泊めているという。

 不倫報道がなされてすぐ、小室はすぐに会見を開く。内容をまとめると、妻であるKEIKOはくも膜下出血の後遺症で「小学校4年生の漢字ドリルをやっている」状態で、大人の女性としてのコミュニケーションが取れなくなってしまった。介護疲れから精神的なよりどころをほかの女性に求めてしまったが、男性としての機能を失っているので不倫ではない。しかし、責任を取って引退すると小室は述べた。

 不倫の理由が“介護”であるのなら、世間サマは情状酌量の余地を認めるらしい。「介護で疲れた人が、ほかに救いを求めてどこが悪いのか」という意見や、「小室を引退に追い込んだ」として、不倫を報じた「文春」を責める声もあった。

 介護をしているなら、不倫をしてもいいというのもおかしな理屈だと思うが、それはさておき、小室が介護しているという話を、私はまったく信じることができなかった。介護とは、単なるヘルプではなく、介護する側のメンタルや日常をも蝕んでいく。そんな面倒くさいことを、小室ができるとは思えなかったのだ。

あまにも冷酷だった、華原朋美との別れ

 小室は、面倒なことから徹底的に逃げるタイプなのではないかと思った理由は、華原朋美との“別れ方”が、私にはあまりにも冷酷に感じられたからだ。かつて小室と交際、同棲していた華原は、小室との別れを『華原朋美を生きる。』(集英社)で以下のように説明している。

 レコーディングでロサンゼルスに行ったものの、小室から連絡はなく、ホテル移動を命じられ、そこでもずっと小室に会えなかった。同棲していたマンションにも小室が帰ってくることはなく、携帯の番号は変えられ、別れ話をすることもなく、目の前からいなくなった。

 小室にも言い分はあると思うが、一時は一緒に暮らした人であれば、ほかにも別れ方があったのではないか。仕事においても、プライベートにおいても、突然一方的に関係を切るという小室の別れ方は「自分にとって面倒になったものはポイ捨てする」という性質の表れのように感じ、「プライベートのいざこざを仕事に持ち込むべきではない」といったビジネス上の判断とは思えないのだ。こうして、和製マライア・キャリー、現代のシンデレラとして崇められていた華原は、一瞬でその地位を失い、長い低迷に苦しむことになる。

 そんな華原との一件から、私は「介護をしていない」と決めつけていたわけだが、当たらずといえども遠からずだったようで、昨年7月、KEIKOの親族が「文春」で、小室が記者会見で語った内容は「ほとんどウソ」と反論。「漢字ドリルをやっていたのは、5年前」「小室は介護などしていない」「そもそもKEIKOは要介護ではない」などと主張していた。どちらが真実かは確かめようもないが、「女性セブン」(小学館、19年11月7・14日号)の記者に直撃され、きちんと応じているKEIKOを見るに、小室の言っていた「大人としてのコミュニケーションが取れない」ということはなさそうだ。

 そして小室は、現在離婚調停において、KEIKOには月8万円の生活費しか送れないと主張しているといい、これもまた「面倒なことから徹底的に逃げている」ようにも見えるが、一方で新恋人には相当貢いでいるようだ。「文春」によると、「小室さんは離婚に向けてKEIKOに対しては極力お金をかけようとしない一方、A子さんにこれまで随分とお金を使ってきた。海外での仕事のたびにブランド品を購入し、誕生日には数十万のワインでお祝いしている」という。

 KEIKOが気の毒だと思う人もいるだろう。しかし、かつてはKEIKOも「カネを貢がれる側」だったのである。

 小室は華原と別れた後、自らがプロデュースするグループのdosのAsamiと結婚して一子をもうける。しかし、わずか10カ月後に離婚し、その8カ月後にKEIKOと再婚している。番組名は失念したが、新婚時代の小室とKEIKOに密着した番組を見たことがある。朝起きてすぐ、KEIKOは水がわりに高級シャンパンを飲み、ブランドショップで「ここからここまで、全部ちょうだい」と命じる。だが、この頃、小室の家計は実は火の車だったそうだ。

 09年に放送された『芸能界の告白』(フジテレビ系)で、小室自身が当時のことを回顧している。一時は100億円以上もの資産を持つと言われていた小室だが、香港の音楽ビジネス会社に対する投資の失敗や、小室の作った曲がヒットしなくなったこと、レコード会社との契約解除によってプロデュース代約18億円を返金する必要に迫られるなど、金欠に陥っていく。KEIKOと結婚したときは10億円もの借金を抱えており、KEIKOは懐事情を心配していたそうだが、小室は「おカネのことは何一つ心配することはない」と強く言ったそうだ。

 超高級マンションに住み、KEIKOにも高級なプレゼントをふんだんに送るなど、全盛期と同じ贅沢な生活を送っていた小室夫妻。しかし、その一方で“前の女”であるAsamiには慰謝料や養育費を支払っていなかったと、Asami自身が「週刊ポスト」(小学館)に告白している。同誌によると、Asamiとの交際が始まったのは小室と華原が交際している頃。Asamiが妊娠したことで、2人は結婚することになるが、結婚5カ月を迎えた頃に、小室がKEIKOと浮気していることに気づいたという。気に入った女にはふんだんにカネをかけ、飽きたら節約が、小室流の愛し方なのかもしれない。だとするならば、KEIKOも“順番”が来たという話だろう。

 なお、その後、金策に困った小室は、自身は音楽著作権を持っていないにもかかわらず、ある投資家に「著作権を10億円で売りたい」と申し出て、前金の5億円をだまし取るという詐欺事件を起こし、逮捕されている。

 『芸能界の告白』を見ているとわかるが、小室は神妙な顔をして事件を語るものの、「ありがとう」と「ごめんなさい」を言わないことに気づく。「感謝する」「謝る」という基本的な概念が欠落しているように見えるが、音楽以外のことはからきしダメなのが「天才」というものなのだろう。

 そう考えたとき、あらためて「小室のそばにいる」ということの難しさを感じる。仕事、プライベート問わず、こういう人のそばにいる側は、その「覚悟」を問われるからだ。何かをやってあげても、当然、感謝もされないし、もしかしたら平気で後ろ足で砂をかけるようなことをされるかもしれない。それでもいいと思える人でなければ、この「天才」のそばにいてはいけないと思う。一方、小室も小室で、KEIKOとの離婚は避けられないだろうが、もう結婚するのをやめたらいいのではないだろうか。結婚しなければ不倫と騒がれることもなく、パートナーチャンジをとがめられることもない。

 しかしこうして忠告をしたところで、小室は自分都合の人であり、また、そんな小室を受け入れようなどと、覚悟もないまま変なきまぐれを起こす女性がいるのも世の常。元彼女、元妻、そして未来の女性たち、お気の毒様と言うしかない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

渡辺直美にあって、ゆりやんレトリィバァに“ないもの”とは? きわどい星条旗柄の水着に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「日本の方にやられると、若干ショックです(笑)」ゆりやんレトリィバァ
『アポロアマチュアナイトジャパン2019』(10月11日)

 2018年12月に『土曜プレミアム さんま&女芸人お泊り会』(フジテレビ系)が放送された。その名の通り、明石家さんまと女芸人17人が箱根に一泊旅行に出かけるという企画だ。

 出演者の一人、ゆりやんレトリィバァは、この旅行の抱負として「ボケ倒す」と宣言する。それはお笑い芸人としてはまったく正しいことだろう。ゆりやんがいいボケをかませば、周囲がツッコむので番組は盛り上がる……そんな相乗効果が期待できる。しかし、実際はどうだったかと言うと、編集されている可能性も捨てきれないが、ゆりやんのボケは数こそ多いが、私には成功したようには感じられず、「しつこい」と感じることの方が多かった。

 例えば、ボケ倒したゆりやんが、「アカン、全然ボケられへんかった」とボケて、周囲から「どこがや」という声が上がったシーンがあった。即座にツッコみが返ってきて、盛り上がったという意味では、成功なのかもしれない。しかし、フォーリンラブ・バービーは「むしろ黙っていてほしいくらい」「やりすぎだよ、ちょっと」「おかげで私のファッションチェック、すごい短かったじゃないの」などと訴えていた。「自己アピールを邪魔される」という明らかな不利益をバービーに与えたことから考えると、ゆりやんのボケは共演者にも不評なのではないか。

 もちろん、こういうやりとりを「面白い」と思う人もいるだろうが、「ゆりやんは我が強い」と解釈する人もいるだろう。同番組で、さんまが犬にエサをあげるときに、メープル超合金の安藤なつが犬のふりをするボケをかましていたが、ゆりやんは安藤の隣に座りこむ。「ネタ、かぶってるから」とさんまがゆりやんに言ってたのも、他人サマのボケを邪魔するのはルール違反だからではないか。

 しかし、空気を読まずに前に行く姿勢は、芸人として大成功する資質とも言えるだろう。ゆりやんは、持ち前の英語力を生かして、アメリカのオーディション番組『America's Got Talent』に出演。通訳を介せずに、英語でボケて会場を沸かせた。

 オーディションには落ちたが、海外のオーディション番組に挑戦するパイオニアとなったゆりやん。日本のオンナ芸人が世界に飛び出すのはいいニュースなはずだが、この番組を見ても、私の感想はやっぱり「我が強い」でしかなかった。

■ゆりやんは、水着を着る必要性がない?

 なぜ、私はゆりやんを「我が強い」と感じたのか。

 ゆりやんは『America's Got Talent』に、角刈りのカツラをかぶり、星条旗柄の水着で出演していた。かなりきわどい角度の水着なので、少し動けば乳首がポロリする可能性は大だ。この水着がよほど気に入っているのだろうか、ゆりやんは日本で開かれたオーディション『アポロアマチュアナイトジャパン2019』にも、同じいでたちで出場。このオーディションは、上位3組に選ばれれば決勝進出、優勝すれば本場アポロシアターで開催される『アマチュアナイト・スーパー・ドッグトップ』に出場することができるというもので、審査は観客の声援とブーイングのみ。声援が多ければ合格であり、ブーイングが多ければ退場となる。

 ゆりやんは、そんなオーディションで、ダンスとポールダンスを披露したが、ブーイングを浴びて退場。日本では観客がブーイングするという習慣があまりないので「日本の方にやられると、若干ショックです(笑)」と話していたという。

 ネットでは「下品」とか「不快」という意見も見受けられたが、私がまず思うのは、そもそも、ゆりやんは、あのパフォーマンスにおいて、水着を着る必要があるのかということである。

 例えば、世界進出するオンナ芸人と言えば、渡辺直美を思い浮かべる人もいるだろう。直美も露出の高い衣装を着てビヨンセの口パクをしたり、扇情的な表情を浮かべることがある。これがバッシングされないのは、それらが“芸”に必要だからではないだろうか。きわどい衣装であっても、グラマラスなビヨンセというアメリカの大スターを連想させるための“道具”という意味で、正当性がある。しかし、ゆりやんの場合、まず何が彼女の芸なのかという骨格がはっきりしないため、あの水着が必要であるかどうかも不明瞭なのだ。

 もう一つ、直美にあって、ゆりやんにはないもの。それは主義もしくは個性である。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演した直美の話によると、彼女のデビュー当時、オンナ芸人は「オンナを捨てろ」という考え方が主流で、直美のようにメイクやファッションを楽しんでいると、先輩に「おかしい」と指摘されることもあったそうだ。しかし、直美は「こういう格好が好きだから」という姿勢を貫いた。本業でブレークしたこともあるだろうが、周囲も次第に「それが直美だよね」と個性として認めてくれたという。一方、ゆりやんも、ファッション界に進出するなどしているが、直美のような主義が見えないからか、「渡辺直美の二番煎じ」といった見られ方をしている印象だ。

 それに、直美のビヨンセの口パクはよく考えてみると、「ビヨンセっぽい」けれど、「ビヨンセのコピー」ではない。直美が解釈したビヨンセを演じているのであり、これは完全なオリジナルである。対して、ゆりやんはどうだろうかと言うと、自身のインスタグラムで、見事なポールダンスを披露しているが、ポールダンスがうまい人なら本職のダンサーを含めて、ほかにもたくさんいる。これに何かをプラスしないと個性になると私は思わない。直美には外見を含めて「こうありたい」という主義・個性を感じるが、ゆりやんからそういうものを感じないのだ。だからこそ、ゆりやんは、ただの「我の強い人」に見えるのかもしれない。

 余談だが、2004年の『第38回スーパーボウル』のハーフタイムショーで、アメリカの超大御所歌手、ジャネット・ジャクソンがジャスティン・ティンバーレイクとのデュエット中に片方の胸をポロリさせる事件があった。アクシデントなのか意図的なものかは不明だが、生中継したテレビ局には視聴者から抗議が殺到し、多額の罰金を支払うことになったそうだ。ゆりやんが今後、個性や主義を手にして、オーディションに受かり、アメリカで仕事をするようになったとして、ポロリする可能性のある、訴訟リスクの高い人をテレビが使いたいかと言うと、首をかしげてしまう。

 日本とは段違いの訴訟社会アメリカ。そこで本気でやっていこうと思うなら「いろいろ気ぃつけてがんばりや~」とゆりやん風にエールを送らせていただく。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

道端アンジェリカ、夫の逮捕報道を通して見えてきた「実はカネに執着ナシ」の一面

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「今回の夫の発言は、私が知人の男性と身体を密着させ飲酒していたことを夫が疑い、そのことで夫がお相手の方を責めた結果、なされたものでした」道端アンジェリカ
(所属事務所公式サイトでの謝罪コメント、10月5日)

  カネのあるオトコほど、カネの話をするオンナが嫌い。先週この連載で、そんなことを書いたが、「カネの話をするオンナ」とはどんな人なのだろうか。

  芸能界で「カネの話をするオンナ」というと、女医でタレントの西川史子を思い浮かべる人もいるだろう。西川はタレントとして出立ての頃、「結婚相手に望む年収は4000万」と宣言し、また「ブスは生きる価値がない」とも語るなど、高飛車キャラで話題を集めた。

  もう一人、カネの話を臆することなくしていたのが、モデルの道端アンジェリカである。アンジェリカはかつて『解決!ナイナイアンサー』(日本テレビ系)で、「結婚相手は最低年収5000万円ないとダメ」と発言、さらに「週に一度は子どもを預けて、夫婦でディナーしたい」と述べて、ネットで叩かれたことがあった。

  年収300万円の人にとって、年収4000万、5000万というのは想像すらつかない金額だけに、彼女たちを「強欲」と捉え、非難した人もいただろう。しかし、自身も高収入であろう西川やアンジェリカにとっては、「ちょっと上」くらいの数字なのではないのではないだろうか。有名人や名の知れたモデルと親しくしたいと考える高収入男性もいるだろうし、富豪と女性芸能人という組み合わせは定番でもあるので、私は彼女たちの発言が「強欲」とは思わない。

  が、カネの話をはっきり口にする女性タレントほど、カネのある男性と縁がなくなるのではないだろうか。

■西川史子が「年収4000万」公言と引き換えにしたもの

  例えば、西川は結局、年収4000万でない男性と結婚したが、離婚。結婚していた頃から『サンデー・ジャポン』(TBS系)でけんかや夫の家出の話をするなど、不仲は周知の事実だった。離婚後は激やせが話題になるなど、「メンタルやや不安定」なキャラとして見られるようになった。

  なぜ西川が年収4000万の男性と「結婚できなかったか」と言えば、テレビ出演が仇になったのではないか。年収4000万の男性と言えば、代々お金持ちの名門家庭のお坊ちゃんが思い浮かぶ。名門家庭というのは、かなり保守的で、芸能界など人前に出る仕事をする女性を嫌がることもあると聞く(一発当てた時代の寵児的な男性も、年収4000万に当てはまるが、確かに彼らは常識や既成概念にこだわらないものの、保守的な家庭に育ち、人に頭を下げられ慣れたセンセイである西川とは、文化的に相入れない部分もあるだろう)。

  駆け出しのタレントが、テレビに出るためにはキャラが必要である。西川はテレビに求められるまま「年収4000万でないと結婚しない」キャラとなり、タレントとしてのポジションと引き換えに、年収4000万の男性を遠ざけたのではないだろうか。

 そんな西川は、離婚直後にも『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)で「年齢は80歳まで。年収3000万以上か資産家」と再婚相手の募集をかけていた。番組司会のとんねるず・石橋貴明が軽く引いていたように私は感じ、またネットでも「まだ年収にこだわっている」と叩かれていたものだ。ここでも西川は、求められるキャラを貫き通していたとも思えるが、好感度を意識しだしたのか、最近は男性の年収の話はほとんどしない。

 が、恋愛はしていたようだ。9月24日の自身のインスタグラムで「昨日失恋をしました」「私が良いと思ってた人、 みんながクソみそに罵ってくれました!」と発表。10月6日放送の『サンデー・ジャポン』で、その詳細について話していた。西川いわく、相手の男性とは「何年か交際していた」「指輪まで見に行った」「ハリー・ウィンストンに担当の人までいた」仲で、「会社にも報告していた」そうだから、ある程度結婚を見据えて交際していたのだろう。

 最終的にうまくいかないのは縁がなかったということだから、早くわかってよかったと思うべきだろうが、その一方で、ほかのタレントとは異なり、結婚、再婚を通して条件にカネをあげた西川の再婚が遠のいているのは、そうすることにより、カネのあるオトコ、もしくは結婚が逃げていくという“呪い”にかかっているのではないかと思わずにいられない。

■道端アンジェリカは実のところ「カネに興味がない」?

  もう一人のカネの話を臆することなくするオンナ、道端アンジェリカは今、渦中の人と言っていいだろう。

  アンジェリカの夫が、アンジェリカの知人男性から35万を脅し取ったとして逮捕された。夫は男性に「お前の家族をめちゃくちゃにする」「ウソをついたら、鉛筆で目を刺す」「人生やり直しだな」と迫ったそうだ。なぜこのような事件が起きたのか。アンジェリカの所属事務所のホームページに掲載されたコメントによると、「今回の夫の発言は、私が知人の男性と身体を密着させ飲酒していたことを夫が疑い、そのことで夫がお相手の方を責めた結果、なされたものでした」としている。「スポニチアネックス」によると、二人は夫の経営するバーの個室で密着していたとされ、個室に備え付けられた防犯カメラの映像を見た夫が、アンジェリカと共に、男性の職場に乗り込んだそうだ。

  アンジェリカがなぜ男性と密着していたのかはわからないが、夫の目の届く場所で、防犯ビデオが備え付けられているのに、わざわざ夫の嫌がることをするとは考えにくい。さらに、夫と一緒に男性の職場に乗り込んでいるのだ。なぜアンジェリカは、自分も恐喝行為に一枚噛んでいると思われることに気づかなかったのだろうか?

  夫の逮捕を受けて、アンジェリカは『東京ガールズコレクション北九州2019』の出演を取りやめており、事件の全容が明らかになるまで、今後も活動を自粛することが予想される。場合によっては、長期休業をやむなくされるかもしれない。35万のカネを脅し取る夫を止めなかったために、カネに換算できない損失をこうむってしまったと言えるだろう。

  そんなアンジェリカを「バカだ」と責めたいわけではない。案外アンジェリカは、実のところカネに興味がなく、ザル勘定なのではないかと思うのだ。「女性自身」(光文社)によると、結婚当時の夫はPR会社のサラリーマンで、年収5000万には届いていなかったそうだ。もし本当にアンジェリカがカネ第一主義なら、稼げる額に限界があるサラリーマンとは結婚しないだろうし、もっと緻密にカネのことを考えていたならば、自分の仕事に差しさわりがある行為(仕事ができなければ、自分の収入も減る)に加担するような行動は取らないのではないか。彼女は西川と違って、高収入の男性を遠ざけるだけでなく、タレントとしてのポジションまで失いかけてしまったように思う。

  ほかのアジア地域と違い、日本はカネを不浄と見ることがある。金銭の寄付を浄財と言うのも、カネを穢れたものとする意識があるからだろう。ゆえにカネの話をする人は下品だとされ、眉をひそめられるわけだが、アンジェリカの例から考えるに、カネの話をする女性は、案外ワキが甘いというか、お人よしではないだろうか。カネの話をしない人の方が、カネに対する執着が強いのかもしれない。

  カネがなくては生活できないのは、誰にとっても疑いのない事実であろう。それくらい重要なものだからこそ、カネの話をしてはいけないと解釈することもできるはず。現状の日本において、「高収入男性と結婚したい」という女性は、マナーの面でも、アンジェリカの轍を踏まないためにも、「結婚相手は年収〇万以上の人」と口に出すことはやめた方がいいのかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

「萬田久子との関係」を暴露された西野亮廣、その狼狽ぶりに見る「性に関する固定概念」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「過去の常識にしがみつくな」キングコング・西野亮廣
『ダウンタウンなう』(フジテレビ系、9月20日)

 一般的に「モテる」というのは「いいこと」とされている。しかし、女性の場合、「モテる」ことが必ずしも自分の評判を上げることにつながるわけではないようだ。

 例えば、女優・萬田久子。『ボクらの時代』(フジテレビ系)に、キャスター・安藤優子、郷ひろみと共に出演したことがある。ミス・ユニバース日本代表として世界大会に出場した萬田は、芸能界に進出。そこで得た仕事の一つが、「ニュース番組のお天気お姉さん」だった。その番組には安藤も出演していたが、製作スタッフの男性陣は安藤がミスをすると厳しく叱責するが、萬田にはメロメロでミスをしても「仕方ないよ」と気遣うことすらあったそう。人によって態度を変える男性陣への批判こそあれ、それだけ萬田が魅力的な女性だと受け取る人も多いだろうから、これは彼女のイメージを上げる「モテ話」と言えるだろう。

 2018年3月の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)でも、萬田のモテ話が話題になったことがある。萬田は20代の頃に有名アパレルメーカーの経営者と出会うが、相手には妻子がいた。彼女は独身のまま、子どもを産むことを決断。男性が妻と別れた後も事実婚を貫き、法的な結婚をすることはなかった。その男性とは、11年に死別しており、その後、公になっているパートナーはいない。

 そんな萬田は、その男性に出会う前、業種を問わず、いろいろな大物に口説かれたと同番組で告白したのだが、「ワンナイト的なことは、たくさんあった」と言うと、それまでとは打って変わって、MCのダウンタウン・浜田雅功、松本人志、プレゼンターの坂上忍が急に沈黙したのだ。独身なわけだから、何も問題はないと個人的には思うが、「ワンナイトをするオンナは引く」と彼らは内心思っていたのではないだろうか。モテる人は、「異性が寄ってくる人」であり、そこから、関係性はともかく二人が同意すればセックスしてもおかしくない。ということは、モテる人は男女ともセックスの経験が多くなっていくのは自然なことだ。しかし、会話が盛り上がらなかったことを踏まえると、このモテ話は萬田にとってマイナスである。

 9月20日放送の『ダウンタウンなう』で、またもや萬田久子の名前が出てきた。

 この日のゲストは、キングコングの西野亮廣。最近は芸人というより、絵本作家や作家としての活躍が目立つ。西野が書いたビジネス書は累計50万部を売りあげるヒットを記録。絵本の世界にも進出した西野は、『えんとつ町のプペル』(幻冬舎)をインターネットで無料公開し、業界からは「非常識だ」と非難され、大炎上した。しかし、西野は話題づくりを狙って無料公開したわけではなく、「母親ってお金にそんなに自由がないから、ネタバレしてるもの、面白いという結果が出てるものにしか反応しないんです。ここを突破しようと思ったら、お母さんに家の中で立ち読みをさせて結果を出させてしまった方が、手を伸ばしてくれる」といったセールス上の戦略があったと話す。西野の読みはあたり、絵本は40万部を売り上げ、映画化も決定する。西野の名言として、「過去の常識にしがみつくな」という言葉が紹介されたが、それは彼の重要な戦略の一つだそうだ。

 時代の寵児となり、独身でもある西野は、恋愛を謳歌しているようだ。20代の頃はタレント狙いだったが、今はもっぱら一般人女性狙いで、気に入った女性にインスタグラムを使ってアプローチをしているという。インスタをやっていないダウンタウンや坂上は「へ~」と驚くばかりだが、松本が「萬田久子さんとはどうなってるの?」と急に話を変える。

 これまで冷静だった西野は明らかに狼狽し、「この動揺からすると、何かやってる感じ」と自ら語り、それ以上の弁明はしなかった。松本に「ヘタか」と突っ込まれて、この回は終わりになったが、視聴者の中には、西野と萬田の間に男女の関係があったという印象を持つ人もいただろう。公表していない関係を、含みを持ってバラされたという意味では、萬田、西野双方にとってマイナスだろう。特に萬田はその場にいないので、「言われ損」である。

 萬田、西野は独身だから、二人の間に何があっても問題はないのだが、私が気になるのは、なぜ松本が、萬田と西野の交友を知っているかなのである。二人は週刊誌などで交際が報じられたわけではない。となると、西野もしくは萬田と近しい人が、松本に「二人は親しい」という情報を入れたと考えることはできるはずである。西野側と萬田側、どちらの人間が松本に話をしやすいかと言えば、確率論で考えればお笑いの後輩である西野側と考えるのが自然。“犯人”が誰かはわからないが、最初に西野が誰かにもらしたからこそ、松本の耳に届くことになったのではないだろうか。

 萬田のワンナイト発言に対するダウンタウンや坂上の反応でもわかる通り、女性の場合、モテてもいいが「あやふやな関係でセックスした」という意味の発言をすると評判を下げかねない。しかし、男性が女性とのあやふやな関係でのセックスを第三者に言うことは、自分の魅力を伝えるものだと考えられているのではないだろうか。西野と萬田の関係がどのようなものかは二人にしかわからないものの、松本も「男性側のセックス(を想像させる)話は、ネタになる、面白い」「イメージダウンにはならない」と思っているからこそ、このネタを振ってきたのだと私は感じた。

 昭和後期の女性週刊誌には、美容整形と共に処女膜再生手術の宣伝がなされていた。処女は嫁入り道具の一種なので、処女でなければまずいという考えがあったからこそ、需要があったのだろう。しかし、今、この手の広告を見かけることはない。性の自由化が進み、処女に価値を見出す人が減ったと解釈することもできるだろう。

 しかし、「女性にセックスの体験が豊富であってほしくない」という考え方はいまだ残っているのではないか。萬田の名前を出された時の西野の動揺ぶりを見るに、萬田のイメージダウンにつながることを危惧していたのかもしれないが、違う可能性もある。あやふやな関係でのセックス、しかも相手は有名女優だったため自慢したかった(だからこそ、周囲に漏らす)という面もありつつ、「ワンナイトをさらっと公言してしまう経験豊富な女性」との関係は、自分にプラスにならないと思っている節があったのではないだろうか。「過去の常識にしがみつくな」という革命児・西野でも、性に関する固定観念はしっかりと残っているようだ。

 セックスは相手がいないと成立しないことから考えると、オトコだけが遊んでいるとは考えにくい。現代を生きる女性は遊ぶ男性を選ぶ際、萬田との関係を周囲に漏らしていたのではないか疑われる西野の姿を思い出し、「口の軽さ」をチェック項目に加えたらどうかと提言したい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

「萬田久子との関係」を暴露された西野亮廣、その狼狽ぶりに見る「性に関する固定概念」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「過去の常識にしがみつくな」キングコング・西野亮廣
『ダウンタウンなう』(フジテレビ系、9月20日)

 一般的に「モテる」というのは「いいこと」とされている。しかし、女性の場合、「モテる」ことが必ずしも自分の評判を上げることにつながるわけではないようだ。

 例えば、女優・萬田久子。『ボクらの時代』(フジテレビ系)に、キャスター・安藤優子、郷ひろみと共に出演したことがある。ミス・ユニバース日本代表として世界大会に出場した萬田は、芸能界に進出。そこで得た仕事の一つが、「ニュース番組のお天気お姉さん」だった。その番組には安藤も出演していたが、製作スタッフの男性陣は安藤がミスをすると厳しく叱責するが、萬田にはメロメロでミスをしても「仕方ないよ」と気遣うことすらあったそう。人によって態度を変える男性陣への批判こそあれ、それだけ萬田が魅力的な女性だと受け取る人も多いだろうから、これは彼女のイメージを上げる「モテ話」と言えるだろう。

 2018年3月の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)でも、萬田のモテ話が話題になったことがある。萬田は20代の頃に有名アパレルメーカーの経営者と出会うが、相手には妻子がいた。彼女は独身のまま、子どもを産むことを決断。男性が妻と別れた後も事実婚を貫き、法的な結婚をすることはなかった。その男性とは、11年に死別しており、その後、公になっているパートナーはいない。

 そんな萬田は、その男性に出会う前、業種を問わず、いろいろな大物に口説かれたと同番組で告白したのだが、「ワンナイト的なことは、たくさんあった」と言うと、それまでとは打って変わって、MCのダウンタウン・浜田雅功、松本人志、プレゼンターの坂上忍が急に沈黙したのだ。独身なわけだから、何も問題はないと個人的には思うが、「ワンナイトをするオンナは引く」と彼らは内心思っていたのではないだろうか。モテる人は、「異性が寄ってくる人」であり、そこから、関係性はともかく二人が同意すればセックスしてもおかしくない。ということは、モテる人は男女ともセックスの経験が多くなっていくのは自然なことだ。しかし、会話が盛り上がらなかったことを踏まえると、このモテ話は萬田にとってマイナスである。

 9月20日放送の『ダウンタウンなう』で、またもや萬田久子の名前が出てきた。

 この日のゲストは、キングコングの西野亮廣。最近は芸人というより、絵本作家や作家としての活躍が目立つ。西野が書いたビジネス書は累計50万部を売りあげるヒットを記録。絵本の世界にも進出した西野は、『えんとつ町のプペル』(幻冬舎)をインターネットで無料公開し、業界からは「非常識だ」と非難され、大炎上した。しかし、西野は話題づくりを狙って無料公開したわけではなく、「母親ってお金にそんなに自由がないから、ネタバレしてるもの、面白いという結果が出てるものにしか反応しないんです。ここを突破しようと思ったら、お母さんに家の中で立ち読みをさせて結果を出させてしまった方が、手を伸ばしてくれる」といったセールス上の戦略があったと話す。西野の読みはあたり、絵本は40万部を売り上げ、映画化も決定する。西野の名言として、「過去の常識にしがみつくな」という言葉が紹介されたが、それは彼の重要な戦略の一つだそうだ。

 時代の寵児となり、独身でもある西野は、恋愛を謳歌しているようだ。20代の頃はタレント狙いだったが、今はもっぱら一般人女性狙いで、気に入った女性にインスタグラムを使ってアプローチをしているという。インスタをやっていないダウンタウンや坂上は「へ~」と驚くばかりだが、松本が「萬田久子さんとはどうなってるの?」と急に話を変える。

 これまで冷静だった西野は明らかに狼狽し、「この動揺からすると、何かやってる感じ」と自ら語り、それ以上の弁明はしなかった。松本に「ヘタか」と突っ込まれて、この回は終わりになったが、視聴者の中には、西野と萬田の間に男女の関係があったという印象を持つ人もいただろう。公表していない関係を、含みを持ってバラされたという意味では、萬田、西野双方にとってマイナスだろう。特に萬田はその場にいないので、「言われ損」である。

 萬田、西野は独身だから、二人の間に何があっても問題はないのだが、私が気になるのは、なぜ松本が、萬田と西野の交友を知っているかなのである。二人は週刊誌などで交際が報じられたわけではない。となると、西野もしくは萬田と近しい人が、松本に「二人は親しい」という情報を入れたと考えることはできるはずである。西野側と萬田側、どちらの人間が松本に話をしやすいかと言えば、確率論で考えればお笑いの後輩である西野側と考えるのが自然。“犯人”が誰かはわからないが、最初に西野が誰かにもらしたからこそ、松本の耳に届くことになったのではないだろうか。

 萬田のワンナイト発言に対するダウンタウンや坂上の反応でもわかる通り、女性の場合、モテてもいいが「あやふやな関係でセックスした」という意味の発言をすると評判を下げかねない。しかし、男性が女性とのあやふやな関係でのセックスを第三者に言うことは、自分の魅力を伝えるものだと考えられているのではないだろうか。西野と萬田の関係がどのようなものかは二人にしかわからないものの、松本も「男性側のセックス(を想像させる)話は、ネタになる、面白い」「イメージダウンにはならない」と思っているからこそ、このネタを振ってきたのだと私は感じた。

 昭和後期の女性週刊誌には、美容整形と共に処女膜再生手術の宣伝がなされていた。処女は嫁入り道具の一種なので、処女でなければまずいという考えがあったからこそ、需要があったのだろう。しかし、今、この手の広告を見かけることはない。性の自由化が進み、処女に価値を見出す人が減ったと解釈することもできるだろう。

 しかし、「女性にセックスの体験が豊富であってほしくない」という考え方はいまだ残っているのではないか。萬田の名前を出された時の西野の動揺ぶりを見るに、萬田のイメージダウンにつながることを危惧していたのかもしれないが、違う可能性もある。あやふやな関係でのセックス、しかも相手は有名女優だったため自慢したかった(だからこそ、周囲に漏らす)という面もありつつ、「ワンナイトをさらっと公言してしまう経験豊富な女性」との関係は、自分にプラスにならないと思っている節があったのではないだろうか。「過去の常識にしがみつくな」という革命児・西野でも、性に関する固定観念はしっかりと残っているようだ。

 セックスは相手がいないと成立しないことから考えると、オトコだけが遊んでいるとは考えにくい。現代を生きる女性は遊ぶ男性を選ぶ際、萬田との関係を周囲に漏らしていたのではないか疑われる西野の姿を思い出し、「口の軽さ」をチェック項目に加えたらどうかと提言したい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。

『おぎやはぎの「ブス」テレビ』に考える、「不美人」があざけられることのおかしさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「ムカつくかもしれないけど、考え方としては正しいよ」おぎやはぎ
『おぎやはぎの「ブス」テレビ』(Abema TV、9月9日)

 テレビ朝日は、ブスネタが好きなのだろうか。

 『お願い!ランキング』(テレビ朝日系)には、「自称美人」のタレントを、メイプル超合金のカズレーザーと相席スタートの山崎ケイが「美人かブスか」をジャッジするコーナーがある。美貌でカネが稼げるレベルだと判断されたからこそ芸能人になれるわけで、常識で言えば、美人に決まっている。しかし、カズレーザーの判定は、たいてい「ブス」である。

 その理由は、「タレントとしてオリジナリティーがない」というように、内面について触れたものが多い。タレントとしての欠陥が、なぜ容姿を貶める「ブス」という言葉に変換されるのか私には理解できないが、「ブス」と言われて全力でがっかりする女性タレントと、スタジオから巻き起こる笑い声というのは、テレビ映えすると、テレビ朝日は考えているのか。

 サイバーエージェントとテレビ朝日が出資して設立されたインターネットテレビ局Abema TV。テレビ朝日と関係のあるここも、ブスがお好きなようである。『おぎやはぎの「ブス」テレビ』では、芸人おぎやはぎと、芸人や舞台女優など「自称ブス」が集ってトークをする。9日放送回では、「ブスはいくらで脱いじゃうのか?」というタイトルで、「出演者がヌード企画を持ちかけられたら、脱ぐのか脱がないのか、脱ぐならいくらになるのか」を隠し撮りしていた。おぎやはぎは、脱ぐことを躊躇したり、3万円という値段を掲げたブスを安価だと笑い、一方で「脱ぐことでいろいろなリスクを背負うかもしれないから、60歳くらいまでの生活費として1億欲しい」と言ったブスには、「ムカつくかもしれないけど、考え方としては正しいよ」とブスを笑う。安くても高くても、笑う。結局、ただ単にブスを笑いたいだけではないだろうか。

 美しさは生まれつきの部分が大きいことから考えると、才能の一つと見ていいだろう。天賦の才が与えられたという意味では、美人もオリンピック選手も一緒である。

 しかし、美人とオリンピック選手が決定的に違う部分もある。例えば、オリンピックに出られないが、マラソンを趣味として楽しんでいる人や、「マラソンなんてとんでもない、大の苦手だ」という人がいたとしても、その人が「おまえなんて、オリンピックに出られないくせに」と日常生活でそしられたり、笑われることは、まずないだろう。

 しかし、美については、それでお金を稼ぐレベルでない人や、不美人が、才能がないとして笑われてあざけられるという、「逆オリンピック」――才能がないことをジャッジされる大会が堂々と開催されるのである。『「ブス」テレビ』は、その代表例と言っていいだろう。

 なぜスポーツに関しては、優秀な人だけが称えられるのに、女性の美醜問題では、「逆オリンピック」が開催されるか。それは、ブスをあざける人が、自分のポジションをどう自覚しているのかの問題ではないだろうか。

 オリンピックに、「自分は出られる」もしくは「出る権利がある」と信じている人は稀だろう。オリンピックを見る際に、「自分にはできないことを、できるなんてすごい」という敬意を持ちながら見る人もいるはずだ。力関係を端的に表すと、「アスリート>自分」なのである。

 しかし、女性の美醜問題では「自分はいろいろ言っていい」「ジャッジする権利がある」と信じて疑わない人が多いのではないだろうか。

 世の中には、正当な理由から「女性の容姿をジャッジする権利がある」人というのは、存在する。例えば、女性アイドルオーディションの審査員はダメ出しする権利がある。また、Amazonプライムビデオで配信されている『バチェラー・ジャパン』のように、1人の男性を複数の女性が取り合っている場合も、バチェラーが「女性の容姿をジャッジする権利がある」状態に陥りやすい。

 「審査員>アイドル志望の女性」「バチェラー>女性参加者」という力関係に疑問を覚える人もいるだろうが、それでオーディションに合格したり、女性側がバチェラーに「選ばれる」ことにメリットがあると感じているのなら、win-winだろう。

 厄介なのは、「女性側にメリットもないのに、女性の容姿をジャッジする権利がある」と思い込んでいる人、つまり、「自分>女性」と信じて疑わない人ではないだろうか。自分が女性より立場が「上」と信じる人にとって、『「ブス」テレビ』のような「逆オリンピック」は、自分の気持ちを代弁してくれる気持ちよさ、弱い者いじめのような面白さがあるのだと思う。

 『「ブス」テレビ』は、「ブスはいくらで脱いじゃうのか?」で、さんざん「ブス」をコケにしたわけだが、バランスを取ろうと思ったのか、番組後半で「ブスだけどこの男はちょろかった!」いうテーマのコーナーを放送していた。「ブス」たちが簡単にヤれたオトコの特徴を話すという内容だ。アクティブにセックスを楽しむという「明るい面」を伝えているのだから、この番組は「ブス」を貶めていませんよ……そんなエクスキューズだったのかもしれないが、もしそうなら、それこそが「自分>女性」と信じる人たちの、典型的な発想ではないだろうか。というのも、この企画には、「ブスはモテないから、男にセックスしてもらえない」という制作側の思い込みを私は感じるのだ。しかし、セックスは「してもらう」ものではない。故にブスがセックスをすることは、不思議なことでも、すごいことでもないのである。

 『「ブス」テレビ』の公式HPには、「世の中『ブス』の方が多数派でしょ!」と書かれている。確かに、美貌でお金を稼げるレベルの女性以外を「ブス」とするなら、この言い分は正しい。しかし、決定的に欠けている視点がある。男性とてカオで商売できる人はほとんどいないわけだから、男女はイーブンなはずだ。にもかかわらず、女性だけをしつこく「ブス」と言うのは、「オトコは顔じゃないけれど、オンナは顔」という思い込みが存在するからで、美醜の問題ではなく、根っこにあるのは男女差別ではないだろうか。

 人が多数いれば、どうしても序列は生まれるので、ブスやブサイクと言われる男女が生まれてしまう。それ自体は「数学で赤点取った」「徒競走でビリだった」ことと同じで、特に深い意味はないだろう。しかし、ブサイクに比べ、ブスという特徴だけが、人格否定にも似た強さで、責められるのはどうしてなのだろう。表面的にブスの味方をするよりも、「なぜそんなにブスを責めるのか」を討論する番組を、Abema TVは作ってくれないだろうか。きっと「嫌いだから」の一言で終わってしまうと思うけど。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。