羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今回の有名人>
「人が集まる場所に行っちゃったりするのは、脇が甘い」AKB48・峯岸みなみ
『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系、1月13日)
2019年11月11日、ニュースサイト「デイリー週刊」が「KAZMAXが合成麻薬の使用容疑で逮捕、『峯岸みなみ』との親密写真流失で波紋」と報じた。
記事には、タイトルの通り、合成麻薬の使用容疑で逮捕された投資家のKAZMAXとAKB48の峯岸みなみが顔を密着させている写真が掲載されている。もともと峯岸は別の投資家と親しくしていて、その人を通じてKAZMAXと知り合ったそうだ。KAZMAXの知人いわく、「我々の間では、峯岸は“呼べば来る女”として有名」とのこと。続けて「仮想通貨トレーダーや若手起業家などの飲み会にしょっちゅう来ていて、若くて羽振りがいいメンツだとすぐに顔を出す。同席者の金の出所は気にならないようですね。元々合コン好き、飲み会好きですから、その場のノリで密着して写真を撮ることにも抵抗がないのでしょう」と語っている。
警察のお世話になるような人と密着して写真を撮り、それが週刊誌の手に渡ってしまうという意味では、マズい出来事だったのかもしれない。しかし、峯岸は法律違反をしたわけではない。にもかかわらず、この記事を読むと、麻薬を使用した容疑がかけられている男性よりも、峯岸の方がはるかに悪く書かれていないだろうか。KAZMAXの知人の証言をまとめると、峯岸は飲み会とカネのある男が好き、ノリで密着写真を撮ることに抵抗のない軽い女だとされており、彼女を貶めているように思えてならない。峯岸は独身なわけだし、カネのある男や飲み会が好きだとしても、それは個人の趣味の問題だから責められる必要はない。峯岸、とんだもらい事故だと言えるのではないだろうか。
“呼べば来る女”というのも、理屈の通らない表現のように感じる。飲み会には呼ばれなければ参加できないし、呼ぶ方も来てほしいから誘うわけだ。“呼べば来る女”という言い方は、「あいつは来るに決まっている」というように、峯岸を物欲しげな女として下に見ているように、私には感じられる。
軽い女呼ばわりされて、峯岸は気の毒としか言いようがないが、その峯岸が昨年12月、20年4月でのAKB48卒業を発表した。今年は勝負の年になるだけに、峯岸は1月13日放送の『有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議』(TBS系)に出演し、スキャンダルが続き、世間のイメージが悪いことをどう挽回したらいいのか、相談にやって来た。
同番組出演者の杉村太蔵氏は「本当にイメージが悪い」「(峯岸に誘われて飲みに行ったら)絶対、反社(会的勢力)がいるイメージ」とし、「誘われるとき、絶対当日でしょ?」と逆に峯岸に質問した。「そうですね」と認めた峯岸に対し、「当日の女なんだよ」「当日の女からの脱却を提案したい」と畳みかけた。
当日に誘われて飲みに行く“当日の女”が、なぜ脱却すべきネガティブな存在なのか。若い読者の方にはピンと来ない可能性があるので説明しよう。現在では、SNSがあれば、仕事中であっても連絡が取り合えるので、2人のタイミングが合いさえすれば、すぐに待ち合わせることはできるだろう。しかし、太蔵氏や私のようにSNSのない時代に20代を過ごした人間は「会いたければ、きちんとあらかじめ約束をする」しか方法がなく、翻って「あらかじめ約束することが、本気の証拠」と考える人もいるのだ。この理論で考えると、“当日の女”というのは、遊びの存在であることを意味するので、「当日の女なんだよ」発言は、「遊びの女なんだよ」という意味である。だからこそ「当日の女からの脱却を提案したい」と太蔵氏は言ったのではないだろうか。少なくとも「新潮」の“呼べば来る女”という記述や“当日の女”という表現が、峯岸を褒めていないことだけは確かである。
峯岸は、反社とのつながりがまったくないことを主張した上で、「人が集まる場所に行っちゃったりするのは、脇が甘い」と自らの行為を反省し、禁酒を宣言した。しかし、私に言わせるのなら、飲酒や人の集まる場所に行くことが罪なのではない。自分を下に見る人のところに、のこのこ出かけて行くと、トラブルに巻き込まれる率が高くなるということではないだろうか。
AKB48を卒業すると、誰もがそれなりに苦労を経験するだろう。しなくていい苦労を背負い込まないように、峯岸もオトコには気を付けて頑張ってほしい。