AKB48・峯岸みなみは、「ハイステイタス男性」との結婚希望? そのためには「仕事」こそ重要なワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「どこかしらひっかかれば、そこから派生して全部できると思うんです」AKB48・峯岸みなみ
『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系、2月29日)

 アイドルが人気グループから脱退し、オトナの女性として芸能活動を続けるというのは、なかなか難しいことではないだろうか。一度グループから出てしまったら、グループの御威光は通用しない。歌でも演技でもバラエティーでも、すでに活躍している人がいるわけだから、新参者が入り込むことはそう簡単ではないだろう。

 こんな時、女性芸能人は「結婚をしてしまえばいい」と思うかもしれない。しかし、「昭和や平成中期ならともかく、今の時代、それはダメだと思うよ」……2月29日放送の『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系)に出演したAKB48・峯岸みなみを見て、頼まれてもいないのに、こんなことを言いたい気持ちになった。

 峯岸はAKB48の1期生。在籍期間は14年と長期に及ぶが、来月2日に卒業を迎える予定だ。番組は、峯岸の自宅を番組MCの講談師・神田伯山が訪問する形で進行する。峯岸は最近YouTubeを始めが、その理由を「テレビに疲れた」と説明する。「YouTubeですごいバズろうというのではなく、こういう“自分が出せる場所”であったらいいな」と語り、数字にこだわっていないと語る。この会話はリビングでなされていたのだが、私は、峯岸の後ろにある本棚の蔵書が気になった。

 峯岸はなかなかの読書家なのかもしれない。直木賞作家・桜木紫乃氏の『ホテルローヤル』(集英社)、芥川賞作家・今村夏子氏の『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)という文芸作品に交じって、樹木希林さんの『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文藝春秋)、デヴィ夫人の『選ばれる女におなりなさい デヴィ夫人の婚活論』(講談社)が見える。

 AKBを卒業すると恋愛は解禁になるが、伯山に「どんな人を狙ってるの?」とたずねられた峯岸は「好きとかじゃなくて、こういう方とお付き合いとか結婚できたら、『峯岸っていいオンナなのかな』とか『まともなオンナなんだな』って思われそうな」お相手とし、「スポーツ選手とか」と答えた。スポーツ選手と一言でいっても、ピンからキリまでいるが、世間に「峯岸っていいオンナなのかな」と思われそうなお相手がいいという発言から考えると、人気も実力もある高収入なスポーツ選手を希望しているのだろう。峯岸がデヴィ夫人の婚活本を読んでいたのは、インドネシア建国の父であるスカルノ大統領というハイステイタスの男性と結婚した“実績”のある人の意見を参考したいと思ったからなのかもしれない。

 長い間、恋愛(結婚)と仕事というのは、水と油のように対極の存在と考えられてきた。例えば現在の皇后陛下、雅子さまは、男女雇用機会均等法1期生だが、当時は好景気で給料も右肩上がり、雇用も保証されていたので、男性は自分一人の収入で十分妻子を養うことができた。そのため、仕事に熱中する女性より、身の回りの世話を焼いてくれる家庭的な女性と結婚したいと願う男性は多かったのだ(この頃のドラマは、主人公のキャリアウーマンが、彼氏をぶりっ子に奪われ、結婚してしまうというパターンが目立っていた)。

 しかし、今やそんな収入のある男性はごく一部となっているし、男性の意識も変わっている。少し古いデータだが、厚労省が15~39歳の独身者3,133人を対象に行った「若者の意識調査」の結果が、2013年9月24日の「日本経済新聞」に掲載されている。女性に「専業主婦になりたいか」と質問したところ、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」が計34.2%だったのに対し、男性に「妻に専業主婦でいてほしいか?」と質問したら「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」は計19.3%にとどまっている。つまり、現代は、妻に働いてほしい男性のほうが主流派と言える。となると、きちんと仕事をすることは婚活対策としても得策なわけだ。

 話を峯岸に戻そう。結婚にも「重要」と考えられる仕事に関し、将来の展望を聞かれた峯岸は、「ずっと日の目を浴びられたらいいな」というが、具体的にコレというものは見つかっていない様子。「何が求められているのかが、わからないので」としつつ、「どこかしらに引っかかれば、そこから派生して全部できると思う」と結んでいた。

 芸能界は結果が全てなので、彼女の方針が正しいかは、今後の活躍が証明してくれるだろうが、「どこかしらに引っかかれば、そこから派生して全部できると思う」とは、どういう意味なのだろうか。例えばバラエティーなどで頭角を現し、そこから歌や演技もというふうに、活動範囲を広げていきたい……そういった意味なのかもしれないが、そもそも、芸能人は「全部できる」必要があるのだろうか?

 引退した安室奈美恵さんが、「FRaU」(講談社)のインタビューで「できない」ことについて語っていたことがある。「自分より歌のうまい人も踊れる人もいる、だからこそ、歌って踊ることにこだわっている」という趣旨の話だったが、できないことを克服するよりも、できることを組み合わせて、その分野で抜きんでるほうが得策ということだろう。

 その理論に照らし合わせて考えた場合、峯岸の戦法は少し雑に感じる。「どこかしらに引っかかれば」ではなく、自分が引っかかる場所を明確にした上で、アプローチする必要があるのではないだろうか。そうやって仕事を続けていくことが、彼女の望む「結婚」にもつながっていくような気がするのだ。

 この「自分の強みをはっきりさせること」は、婚活にも大きく関わってくるのではないか。峯岸も参考にしているかもしれないデヴィ夫人が、1978年に発表した『デヴィ・スカルノ自伝』(文藝春秋)によると、夫人は、母親と弟を養うために、外国人専門の高級クラブで働きだしたという。その理由は、戦後まもない時代でドルが強く、ギャラが良かったから、また当時、水商売の女性は、世間的に低く見られていたものの、外国人相手なら、将来日本人と結婚するときに職歴がバレないと思ったからだそうだ。

 当初は日本人男性との結婚を夢見ていたが、自分をレディーとして扱ってくれる外国人男性のほうが性に合うことに気づいた夫人。交際相手の外国人から生きた英語と外国式のマナーを学び、商社マンなどの人脈を広げていく。そのうちの一人が、スカルノ大統領との出会いを橋渡ししてくれて現在に至る。夫人のケースは、日本とインドネシア間の戦後補償や開発援助など、いろいろな利害がからんでいたために、一般人の結婚と同列に語ることはできないだろう。しかし、もし夫人が、英語ができなかったら、またもし商社マンがスカルノ大統領を紹介してくれなかったら、このロマンスは結実しなかっただろう。つまり、夫人はクラブで働いたこと(仕事)をきっかけに、自分に合う男性を知り、外国人男性にふさわしいスキルを高めて、チャンスをくれる人と知り合い、理想通りのハイステイタスな男性と結婚したわけだ。やはり、強みをはっきりさせることは、仕事に、そして婚活に影響を与えると言えるだろう。

 峯岸と言えば、少し前、「週刊新潮」(新潮社)に「仮想通貨トレーダーや若手起業家などの飲み会にしょっちゅう来ていて、若くて羽振りがいいメンツだとすぐに顔を出す」「峯岸は“呼べば来る女”として有名」という失礼な書かれ方をされていた。峯岸は仕事も恋愛もやみくもに数打ちゃ当たる方式にするのではなく、自分の強みをもう一度研究することから始めるのもいいのかもしれない。

AKB48・峯岸みなみは、「ハイステイタス男性」との結婚希望? そのためには「仕事」こそ重要なワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「どこかしらひっかかれば、そこから派生して全部できると思うんです」AKB48・峯岸みなみ
『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系、2月29日)

 アイドルが人気グループから脱退し、オトナの女性として芸能活動を続けるというのは、なかなか難しいことではないだろうか。一度グループから出てしまったら、グループの御威光は通用しない。歌でも演技でもバラエティーでも、すでに活躍している人がいるわけだから、新参者が入り込むことはそう簡単ではないだろう。

 こんな時、女性芸能人は「結婚をしてしまえばいい」と思うかもしれない。しかし、「昭和や平成中期ならともかく、今の時代、それはダメだと思うよ」……2月29日放送の『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系)に出演したAKB48・峯岸みなみを見て、頼まれてもいないのに、こんなことを言いたい気持ちになった。

 峯岸はAKB48の1期生。在籍期間は14年と長期に及ぶが、来月2日に卒業を迎える予定だ。番組は、峯岸の自宅を番組MCの講談師・神田伯山が訪問する形で進行する。峯岸は最近YouTubeを始めが、その理由を「テレビに疲れた」と説明する。「YouTubeですごいバズろうというのではなく、こういう“自分が出せる場所”であったらいいな」と語り、数字にこだわっていないと語る。この会話はリビングでなされていたのだが、私は、峯岸の後ろにある本棚の蔵書が気になった。

 峯岸はなかなかの読書家なのかもしれない。直木賞作家・桜木紫乃氏の『ホテルローヤル』(集英社)、芥川賞作家・今村夏子氏の『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)という文芸作品に交じって、樹木希林さんの『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文藝春秋)、デヴィ夫人の『選ばれる女におなりなさい デヴィ夫人の婚活論』(講談社)が見える。

 AKBを卒業すると恋愛は解禁になるが、伯山に「どんな人を狙ってるの?」とたずねられた峯岸は「好きとかじゃなくて、こういう方とお付き合いとか結婚できたら、『峯岸っていいオンナなのかな』とか『まともなオンナなんだな』って思われそうな」お相手とし、「スポーツ選手とか」と答えた。スポーツ選手と一言でいっても、ピンからキリまでいるが、世間に「峯岸っていいオンナなのかな」と思われそうなお相手がいいという発言から考えると、人気も実力もある高収入なスポーツ選手を希望しているのだろう。峯岸がデヴィ夫人の婚活本を読んでいたのは、インドネシア建国の父であるスカルノ大統領というハイステイタスの男性と結婚した“実績”のある人の意見を参考したいと思ったからなのかもしれない。

 長い間、恋愛(結婚)と仕事というのは、水と油のように対極の存在と考えられてきた。例えば現在の皇后陛下、雅子さまは、男女雇用機会均等法1期生だが、当時は好景気で給料も右肩上がり、雇用も保証されていたので、男性は自分一人の収入で十分妻子を養うことができた。そのため、仕事に熱中する女性より、身の回りの世話を焼いてくれる家庭的な女性と結婚したいと願う男性は多かったのだ(この頃のドラマは、主人公のキャリアウーマンが、彼氏をぶりっ子に奪われ、結婚してしまうというパターンが目立っていた)。

 しかし、今やそんな収入のある男性はごく一部となっているし、男性の意識も変わっている。少し古いデータだが、厚労省が15~39歳の独身者3,133人を対象に行った「若者の意識調査」の結果が、2013年9月24日の「日本経済新聞」に掲載されている。女性に「専業主婦になりたいか」と質問したところ、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」が計34.2%だったのに対し、男性に「妻に専業主婦でいてほしいか?」と質問したら「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」は計19.3%にとどまっている。つまり、現代は、妻に働いてほしい男性のほうが主流派と言える。となると、きちんと仕事をすることは婚活対策としても得策なわけだ。

 話を峯岸に戻そう。結婚にも「重要」と考えられる仕事に関し、将来の展望を聞かれた峯岸は、「ずっと日の目を浴びられたらいいな」というが、具体的にコレというものは見つかっていない様子。「何が求められているのかが、わからないので」としつつ、「どこかしらに引っかかれば、そこから派生して全部できると思う」と結んでいた。

 芸能界は結果が全てなので、彼女の方針が正しいかは、今後の活躍が証明してくれるだろうが、「どこかしらに引っかかれば、そこから派生して全部できると思う」とは、どういう意味なのだろうか。例えばバラエティーなどで頭角を現し、そこから歌や演技もというふうに、活動範囲を広げていきたい……そういった意味なのかもしれないが、そもそも、芸能人は「全部できる」必要があるのだろうか?

 引退した安室奈美恵さんが、「FRaU」(講談社)のインタビューで「できない」ことについて語っていたことがある。「自分より歌のうまい人も踊れる人もいる、だからこそ、歌って踊ることにこだわっている」という趣旨の話だったが、できないことを克服するよりも、できることを組み合わせて、その分野で抜きんでるほうが得策ということだろう。

 その理論に照らし合わせて考えた場合、峯岸の戦法は少し雑に感じる。「どこかしらに引っかかれば」ではなく、自分が引っかかる場所を明確にした上で、アプローチする必要があるのではないだろうか。そうやって仕事を続けていくことが、彼女の望む「結婚」にもつながっていくような気がするのだ。

 この「自分の強みをはっきりさせること」は、婚活にも大きく関わってくるのではないか。峯岸も参考にしているかもしれないデヴィ夫人が、1978年に発表した『デヴィ・スカルノ自伝』(文藝春秋)によると、夫人は、母親と弟を養うために、外国人専門の高級クラブで働きだしたという。その理由は、戦後まもない時代でドルが強く、ギャラが良かったから、また当時、水商売の女性は、世間的に低く見られていたものの、外国人相手なら、将来日本人と結婚するときに職歴がバレないと思ったからだそうだ。

 当初は日本人男性との結婚を夢見ていたが、自分をレディーとして扱ってくれる外国人男性のほうが性に合うことに気づいた夫人。交際相手の外国人から生きた英語と外国式のマナーを学び、商社マンなどの人脈を広げていく。そのうちの一人が、スカルノ大統領との出会いを橋渡ししてくれて現在に至る。夫人のケースは、日本とインドネシア間の戦後補償や開発援助など、いろいろな利害がからんでいたために、一般人の結婚と同列に語ることはできないだろう。しかし、もし夫人が、英語ができなかったら、またもし商社マンがスカルノ大統領を紹介してくれなかったら、このロマンスは結実しなかっただろう。つまり、夫人はクラブで働いたこと(仕事)をきっかけに、自分に合う男性を知り、外国人男性にふさわしいスキルを高めて、チャンスをくれる人と知り合い、理想通りのハイステイタスな男性と結婚したわけだ。やはり、強みをはっきりさせることは、仕事に、そして婚活に影響を与えると言えるだろう。

 峯岸と言えば、少し前、「週刊新潮」(新潮社)に「仮想通貨トレーダーや若手起業家などの飲み会にしょっちゅう来ていて、若くて羽振りがいいメンツだとすぐに顔を出す」「峯岸は“呼べば来る女”として有名」という失礼な書かれ方をされていた。峯岸は仕事も恋愛もやみくもに数打ちゃ当たる方式にするのではなく、自分の強みをもう一度研究することから始めるのもいいのかもしれない。

SHELLY、 “離婚イジり”をスルーする姿に感じた「子どものために元夫も自分も責めない」という信条

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「フラれましたぁ~」SHELLY
『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系、2月23日)

 結婚や出産、そして離婚といったプライバシーは、できれば他人に明らかにしたくないものかもしれない。しかし、タレントにとっては、キャラを変更する絶好の機会でもある。うまくいけば、仕事につながることもあるので、これを利用しない手はないだろう。

 かつて芸能人の離婚はマイナスイメージでしかなかった。しかし、2017年に離婚した小倉優子は、仕事と子育てに邁進するシングルマザーにキャラチェンジし、同年、オリコン調査の「好きなママタレント」ランキングで1位を獲得。このように「好きなママタレ」は結婚しているかどうかは問題でなくなってきている。また一般的に芸能人にとって、CMはおいしい仕事と言われるが、小倉は大手消費財メーカーのCMにも出演しており、「芸能人として」見るのなら、離婚はまったくマイナスではなかったと言えるだろう。

小倉優子とSHELLYの離婚は「笑いのネタ」に

 しかし、結婚や出産と違って、「離婚ウリ」というのはプライドを捨てないとできないのかもしれない。

 小倉が離婚後に『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)に出演したときのこと。「チャチャッとキッチン」というコーナーで、小倉は「小倉家のハッピー豚丼」を披露する。しかし、石橋貴明に「ハッピー? 今、アンハッピーなんでしょ」と、離婚したのだからアンハッピーなはずだと言われてしまう。小倉が「毎日、ハッピーなんですよ」と力説すると、おぎやはぎ・矢作兼は「本当に楽しい人は、そんなこと言わない」と小倉が“不幸”であると主張して止まない。小倉が披露した豚丼は、母親の直伝のレシピだそうだが、それを元夫の好みにアレンジしたものと説明すると、木梨憲武は「前の旦那丼」、石橋は「同じ事務所の女の子を……」とかぶせていく。「週刊文春」(文藝春秋)が報じた小倉の夫(当時)の不倫相手が、小倉の事務所の後輩であったことから、このような表現を取ったのだろう。

 昨年の11月に離婚したSHELLYも、最近よくイジられている。『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で本人が語った離婚の経緯は、

・テレビディレクターをしている夫から突然離婚を切り出され、晴天の霹靂
・喧嘩が絶えなかったことに気づいて、別居をしてみたら生活がすごく楽になった
・夫とは離婚をした後も、共同で子育てをしている。今はとてもハッピー

だそうだ。

 そのSHELLYが、2月23日放送の『行列のできる法律相談所』(同)に出演した。ゲストの俳優・窪田正孝は、昨年9月に結婚したばかりだが、東野幸治は「ちょっと、SHELLYさんもいるので、あんまり幸せなことは……」と茶々を入れ、SHELLYは「本当にもう大丈夫ですから」とカメラ目線かつ険しい顔で答える。誰が発言したかはわからないが、「負のオーラ」と言っている人もいた。

 また、昨年の12月に結婚したゲストのバカリズムも、「結婚したいと思って、SHELLYさんにアドバイスもらっていた」と言い、東野が「恥ずかしい」とかぶせる。なんでもバカリズムは、SHELLYから「男が言う『家事を手伝う』っていうのは、奥さんが家事をするのが前提の言い方だから絶対ダメ」と聞いていたので、「結婚して、言われた通りやっていて。(でも)テレビつけたら、(SHELLYが)めっちゃ離婚してる」と笑う。さらに、司会のアンジャッシュ・渡部建は、「珍しいパターンで、向こうに(離婚を)切り出される」、東野も「芸能人とスタッフが結婚して、スタッフにフラれる」と指摘。SHELLYはおどけて「フラれましたぁ~」と応じていた。

 そのほかにも、お子さんを元夫に預けている時間は完全にフリーとなったため、最近はいとうあさこや中村アンなどと飲みに行くことが可能になったというSHELLYに対し、渡部が「みんな、どっか腹の奥で笑っているみたいなところ、あるでしょ」と畳みかけるシーンもあった。

 小倉もSHELLYも、番組の制作側や共演者と協力し、あえてイジらせ、笑いにすることで、離婚を暗いイメージにせず、腫れ物のように扱われるのを避けていると見ることもできるだろう。しかし、『みなさんのおかげでした』や『行列のできる法律相談所』の出演者の発言を聞いていると、小倉とSHELLYが抱いているかもしれない思いとは裏腹に、「夫に不倫されて離婚するオンナ、夫から離婚を言い渡されたオンナというのはみっともない、恥ずかしい。だから、バカにしてもいい」という価値観を、制作側、もしくは出演者が持っているのではないかと思わされる。

 特にSHELLYは、バラエティーが主戦場のタレントなので、イジりがきつい。渡部はSHELLYを「笑いを食いつぶす野犬」とも表現していたが、離婚話は腕次第で、笑いのネタになる。制作サイドはそうしたエピソードを知りたいと思ったのか、事前アンケートで「最近イライラしたことは何ですか?」と尋ねたが、SHELLYは「喉を痛めてしまい、あまりしゃべらないようにしていました」と、離婚とは全然関係ない回答をする。「最近、気になることは?」という質問にも「ナマケモノに会いたい」、「弁護士軍団に相談したいこと」という質問にも「『SHELLYおすすめの店』と勝手に宣伝されて、困ってます」と頑として離婚に触れなかった。

 東野は「勘のいいSHELLYならわかるやろ」と突っ込んでいたが、離婚前のSHELLYが、家事をやらない夫への不満などをはっきり口にし、それがウケていたことを考えると、つまり番組は「元夫の不満、悪口」を求めていたのだろう。しかしSHELLYは、わかっているからこそ、あえて応じなかったのではないかと思うのだ。

 SHELLYは『Wの悲喜劇~日本一過激なオンナのニュース』(Abema TV)で、「相手(元夫)を悪者にして、笑いを取るのってすごい簡単で。だけど、それをやったときに子どもたちがかわいそう。お母さんがお父さんの悪口をテレビで言ってるって、最悪じゃないですか」と話している。つまり、元夫の悪口は言わないと決めているということだろう。

 「元夫の悪口を言わない」というと、スザンヌのことが思い出される。福岡ソフトバンクホークスの元投手・斉藤和巳氏から離婚を切り出されたスザンヌは、話し合いを希望したものの拒否され、弁護士を介してしか、やりとりができなくなったという。しかし、離婚会見で、スザンヌはそんな身勝手な夫を責めなかった。「いろんなことがあっても我慢していたんだと思う」「私の余裕がなかった」といったふうに、どちらかというと自分を責めてみせた。男を責めずに、自分がへりくだるスザンヌの会見は称賛を浴びたと記憶している。

 しかし、SHELLYはスザンヌとは違って、夫も責めないが、自分も責めない。それは偶然というよりも、信条と言えるのではないだろうか。SHELLYの「お母さんがお父さんの悪口をテレビで言ってるって、最悪じゃないですか」という理論で言うのなら、お母さんが「私がダメなオンナなので、愛想を尽かされ、離婚されてしまいました」といった具合に自虐することも、お子さんたちは喜ばないだろう。

 もちろん、バラエティータレントとしてギャラをもらっている以上、ある程度は番組の方針に沿って「離婚されたオンナ」を面白おかしく演じなくてはならない。だから、おどけて「フラれましたぁ~」と言ったりもする。けれどSHELLYには「ここだけは譲れない」というポイントがあり、それが「元夫のことも、自分のことも責めないこと」なのではないだろうか。

 「オンナを笑うこと」に疑問を持たない日本のバラエティーでは、SHELLYのように主義主張のあるタレントは扱いにくい部分があるのかもしれない。けれど、結婚も離婚も両者の合意があって成立するわけだから、どちらが離婚を言い出したかに意味があると、私は思わない。明るくしていたが、少し細くなったようにも見えるSHELLY。体に気を付けて、頑張っていただきたいものである。

石橋貴明、「モテる」に重きを置かない若者とのギャップ――「40年ぶりレギュラーゼロ」報道に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「スマホやネットには負けない」石橋貴明
「女性自身」2020年3月3日号(光文社)

 一世を風靡した芸能人とて、永遠にそのポジションにいられる保証はない。静かに身を引く人もいれば、果敢に新しい芸風に挑む人もいることだろうが、成功するのはそう簡単なことではないだろう。

 関東お笑いコンビの筆頭格、とんねるず・石橋貴明のレギュラー番組『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系)が今夏で打ち切られると「女性自身」(光文社)が報じている。同局の『とんねるずのみなさんのおかげでした』終了後、午後11時台で始まった同番組だが、石橋のギャラが高いわりに、数字(視聴率)が芳しくないのだそうだ。石橋はフジテレビ上層部に直談判して番組の継続を訴えたものの、フジ側は翻意しなかったという。こうして40年ぶりにレギュラー番組がゼロになりそうな石橋だが、テレビへの気持ちは強く、「スマホやネットには負けない。まだまだ面白いことができる!」と各局に新企画を売り込んでいると記事は結ばれていた。

 石橋の全盛期を知る者としては、レギュラーがゼロになることは想像もつかないが、それでは新しい企画を持ち込めば、石橋が“再生”できるかというと、首をひねらざるを得ない。

 というか、石橋の“敵”は本当にスマホやネットなのだろうか?

 石橋の出演番組を見ていると、彼の女性に対するスタンスが特徴的であると、私は感じる。石橋は最初の結婚をしている際も、妻ではない女性と親密な関係であることを自らほのめかし、女性に関する性的な冗談もよく口にしていた。また、モデルや女優といった女性共演者はほめそやす一方、芸人・友近のネタを『うたばん』(TBS系)で見た際、ネタの精度には触れずに、繰り返し「脚短い」と語るなど、女性を見たらまず容姿に触れるクセがあった。

 「それが許されていた時代だった」と言ってしまえばそれまでだが、石橋がオンナ遊びを隠さなかったり、女性の容姿に触れずにいられなかったのは、モテることや、美しい女性と交際することをステイタスと考えていたからではないだろうか。石橋のような数少ない“成功者”は、自分の中の「美しい」という枠にあてはまらない女性を「自分にふさわしくない存在」として、けなしてもいいと思っていたのかもしれない。

 ステイタスと言えば、石橋はかつてバラエティー番組で、「JJ」(光文社)の表紙を飾った女優・石原真理子と交際したかったと話していたことがある。石原と言えば、不思議ちゃん系の女優というイメージを持つ人もいるかもしれないが、大田区田園調布育ちの社長令嬢で、小学校から上皇后さまのご出身大学の付属校に通っていたお嬢さまなのである。芸能界に入ってからは清純派女優として人気を博した。石橋は、石原のように育ちと見た目が良く、人気者という高嶺の花のような女性が好みなのかもしれない。石原とは交際しなかったようだが、石橋の現在の妻、女優・鈴木保奈美も、トレンディードラマの女王として高い人気を誇っていた。お笑いの世界では、売れているタレントでも、一般人女性と交際および結婚することも珍しくないが、石橋の場合、ステイタスの高い女性を妻にして、さらに自分のステイタスを高めたいと思っているように感じるのだ。

 もし石橋が、そのように信じて、またモテることを是とするなら、若い世代と価値観が乖離していると言わざるを得ないだろう。「若者の恋愛離れ」という言葉を耳にしたことがある人も多いだろうが、結婚相談所「オーネット」が発表した、2020年に成人式を迎える男女を対象にした「恋愛・結婚に関する意識調査」によると、「現在、交際相手がいる」のは29.6%だそうだ。2017年~19年には、交際相手がいる率は3割を超していたそうだから、数字で見ると、恋愛している若者は徐々に減っていることになる。交際相手がいないことの理由はいろいろあるだろうが、個人的には多くの若者は「モテること」に重きを置いていないように感じている。

 となると「売れてのしあがり、ステイタスの高い女性と交際もしくは結婚する」という、石橋の人生訓もしくは成功譚そのものが、若い人にはピンとこないのではないだろうか。

 世代で価値観が違うのは当たり前で、無理に相手におもねっても意味はないだろう。石橋はバブル時に一世を風靡したタレントで、同世代に同じ価値観を持つファンを抱えていると思われる。

 以前この連載で、元貴乃花親方の元妻・河野景子について、「バブル世代は、いつまでもモテたがっているのではないか」と書いたことがあるが、石橋はこの際、バブル世代向けの『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)を復活させたらどうだろうか。番組の最初に「タカさんチェック」と称して、女性参加者が石橋から一方的にいろいろ聞かれることや、男性参加者が女性参加者に告白する(女性には告白の権利がないので、男性に好かれないと終わり)仕組みなど、男女平等教育を受けた若い世代には「は?」と思われる番組かもしれないが、「アプリは怖いが、出会いはほしい」という恋愛したいバブル世代には人気が出るかもしれない。

 石橋のオンナ遊び話や女性に対する容姿いじりの芸風は、今では受け入れられないだろう。しかし、長年、芸能界の先頭を走ってきた石橋が、それだけの芸人だと私は思わない。熟成した新しい石橋を見たいと思うのは、私だけではないはずだ。

石橋貴明、「モテる」に重きを置かない若者とのギャップ――「40年ぶりレギュラーゼロ」報道に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「スマホやネットには負けない」石橋貴明
「女性自身」2020年3月3日号(光文社)

 一世を風靡した芸能人とて、永遠にそのポジションにいられる保証はない。静かに身を引く人もいれば、果敢に新しい芸風に挑む人もいることだろうが、成功するのはそう簡単なことではないだろう。

 関東お笑いコンビの筆頭格、とんねるず・石橋貴明のレギュラー番組『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系)が今夏で打ち切られると「女性自身」(光文社)が報じている。同局の『とんねるずのみなさんのおかげでした』終了後、午後11時台で始まった同番組だが、石橋のギャラが高いわりに、数字(視聴率)が芳しくないのだそうだ。石橋はフジテレビ上層部に直談判して番組の継続を訴えたものの、フジ側は翻意しなかったという。こうして40年ぶりにレギュラー番組がゼロになりそうな石橋だが、テレビへの気持ちは強く、「スマホやネットには負けない。まだまだ面白いことができる!」と各局に新企画を売り込んでいると記事は結ばれていた。

 石橋の全盛期を知る者としては、レギュラーがゼロになることは想像もつかないが、それでは新しい企画を持ち込めば、石橋が“再生”できるかというと、首をひねらざるを得ない。

 というか、石橋の“敵”は本当にスマホやネットなのだろうか?

 石橋の出演番組を見ていると、彼の女性に対するスタンスが特徴的であると、私は感じる。石橋は最初の結婚をしている際も、妻ではない女性と親密な関係であることを自らほのめかし、女性に関する性的な冗談もよく口にしていた。また、モデルや女優といった女性共演者はほめそやす一方、芸人・友近のネタを『うたばん』(TBS系)で見た際、ネタの精度には触れずに、繰り返し「脚短い」と語るなど、女性を見たらまず容姿に触れるクセがあった。

 「それが許されていた時代だった」と言ってしまえばそれまでだが、石橋がオンナ遊びを隠さなかったり、女性の容姿に触れずにいられなかったのは、モテることや、美しい女性と交際することをステイタスと考えていたからではないだろうか。石橋のような数少ない“成功者”は、自分の中の「美しい」という枠にあてはまらない女性を「自分にふさわしくない存在」として、けなしてもいいと思っていたのかもしれない。

 ステイタスと言えば、石橋はかつてバラエティー番組で、「JJ」(光文社)の表紙を飾った女優・石原真理子と交際したかったと話していたことがある。石原と言えば、不思議ちゃん系の女優というイメージを持つ人もいるかもしれないが、大田区田園調布育ちの社長令嬢で、小学校から上皇后さまのご出身大学の付属校に通っていたお嬢さまなのである。芸能界に入ってからは清純派女優として人気を博した。石橋は、石原のように育ちと見た目が良く、人気者という高嶺の花のような女性が好みなのかもしれない。石原とは交際しなかったようだが、石橋の現在の妻、女優・鈴木保奈美も、トレンディードラマの女王として高い人気を誇っていた。お笑いの世界では、売れているタレントでも、一般人女性と交際および結婚することも珍しくないが、石橋の場合、ステイタスの高い女性を妻にして、さらに自分のステイタスを高めたいと思っているように感じるのだ。

 もし石橋が、そのように信じて、またモテることを是とするなら、若い世代と価値観が乖離していると言わざるを得ないだろう。「若者の恋愛離れ」という言葉を耳にしたことがある人も多いだろうが、結婚相談所「オーネット」が発表した、2020年に成人式を迎える男女を対象にした「恋愛・結婚に関する意識調査」によると、「現在、交際相手がいる」のは29.6%だそうだ。2017年~19年には、交際相手がいる率は3割を超していたそうだから、数字で見ると、恋愛している若者は徐々に減っていることになる。交際相手がいないことの理由はいろいろあるだろうが、個人的には多くの若者は「モテること」に重きを置いていないように感じている。

 となると「売れてのしあがり、ステイタスの高い女性と交際もしくは結婚する」という、石橋の人生訓もしくは成功譚そのものが、若い人にはピンとこないのではないだろうか。

 世代で価値観が違うのは当たり前で、無理に相手におもねっても意味はないだろう。石橋はバブル時に一世を風靡したタレントで、同世代に同じ価値観を持つファンを抱えていると思われる。

 以前この連載で、元貴乃花親方の元妻・河野景子について、「バブル世代は、いつまでもモテたがっているのではないか」と書いたことがあるが、石橋はこの際、バブル世代向けの『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)を復活させたらどうだろうか。番組の最初に「タカさんチェック」と称して、女性参加者が石橋から一方的にいろいろ聞かれることや、男性参加者が女性参加者に告白する(女性には告白の権利がないので、男性に好かれないと終わり)仕組みなど、男女平等教育を受けた若い世代には「は?」と思われる番組かもしれないが、「アプリは怖いが、出会いはほしい」という恋愛したいバブル世代には人気が出るかもしれない。

 石橋のオンナ遊び話や女性に対する容姿いじりの芸風は、今では受け入れられないだろう。しかし、長年、芸能界の先頭を走ってきた石橋が、それだけの芸人だと私は思わない。熟成した新しい石橋を見たいと思うのは、私だけではないはずだ。

ムロツヨシ、「彼氏いるの? 彼女いるの?」発言を“セクハラ”だと理解していないことの問題点

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「かわいいのにな」ムロツヨシ
『川柳居酒屋なつみ』(テレビ朝日系、2月11日)

 女優や俳優は、ドラマや映画で見るものだと思われていた時代があったが、今やバラエティーやトーク番組に進出するケースが増えている。ドラマ冬の時代、意外な素顔が垣間見れば、次の仕事につながるのかもしれないが、実際には「あんまり、しゃべらない方がいいのに……」と思えて仕方のない女優や俳優もいる。

 例えば、ムロツヨシ。長い下積みを経験し、舞台、映画とジャンルを問わず、活躍している俳優で、複雑な家庭環境や、小泉孝太郎、綾野剛などのイケメン俳優との華やかな交遊を明らかにしているので、演技以外にも引き出しが多く、バラエティー番組向きと言えるかもしれない。しかし、2月11日放送の『川柳居酒屋なつみ』(テレビ朝日系)に出演した際のトークから考えると、あまりバラエティー向きではない、もっと言うと、しゃべるほど女性人気が下がるタイプかもしれないと思った。

 撮影中にイラッとすることについて、ムロは“ハラスメント狩り”を挙げている。具体的な例としては、「若いスタッフさんに、『彼氏いるの? 彼女いるの?』と聞くのもダメ。これが怖い、ずっと言ってきたもん」と、自分の発言がセクハラに該当することに不満を抱いているという。ムロは、セクハラになる「理由」を理解できていないようで、待ち時間に「『彼氏はいるのか? (いないと言われたら)そうか、かわいいのにな』と言うのはハラスメントではなく、コミュニケーションだと思いたい。でも、みんなが(それはハラスメントだと)言うからやめてる」と、不本意ではあるものの、そういう会話をしないことにしていることを明かした。そのため、今は「待ち時間、何にも言えない」のだそうだ。

 あのぉ、あなた、いいオトナなのに「彼氏いるのか?」以外に話題ないんですか? それを聞くと、交流がどれくらい深まるんですか? と思ったのは、私だけではないはずだ。

 職場で女性に彼氏の有無を聞きたがる男性というのは、一定数いるだろう。そういう人は、ムロのように「セクハラではなく、コミュニケーションだ」と主張することが多い。しかし、彼氏の有無について尋ねることは、相手の性生活について聞くことと近い意味があるわけで、なぜ職場の人にそんな究極のプライバシーを開示しなくてはいけないのだろうか。言うまでもないが、女性だけでなく男性に対しても、この話題は不適切と言えるだろう。

 一般的に、セクハラは課長とヒラ社員といった具合に、権力差のある関係で起きやすいと言われている。課長の言うことが不条理であっても、人事上の報復を恐れて、ヒラ社員は言うことを聞かざるを得ないからである。ムロのような人気の俳優と制作スタッフでは、「ムロ>スタッフ」という暗黙の力関係があるだろう。自分より“上”の立場の人に聞かれたら、“下”の立場の者は、嫌な質問だと思っても、答えざるを得ないのではないか……そう考えられないあたり、配慮が足りなすぎではないだろうか。

■「褒めてるからセクハラにはならない」は間違い

 「彼氏はいるのか? (いないと言われたら)そうか、かわいいのにな」というムロ発言は、もう一つの悪質さを秘めているように感じられてならない。「かわいいのにな」と付け加えることで、ムロは「褒めているのだから、セクハラではない」とアピールしているのかもしれないが、褒めたつもりがセクハラになることもある。

 2018年に、内閣府が発表した「セクハラ防止啓発ポスター」がある。これは、男性の「今日の服かわいいね。俺、好みだな」「痩せてきれいになったんじゃない?」という、“褒めたつもり”の発言について、女性が「関係ないでしょ!」「そういうとこだけ見ているんですね…」と不快感をにじませるという内容になっている。そして「セクハラを決めるのはあなたではない」という結論が書かれているのだ。

 セクハラに関しては、この言葉はセーフでこれはアウトと簡単には判断できないだろう。しかし、確かなことは「褒めているから、セクハラにはならない」とは言いきれないということだ。「褒めているのだから、いいじゃないか」と憤慨する男性もいるかもしれないが、発言の内容ではなく、「仕事に関係ない部分」を勝手に査定してくる、男性の「上から目線」に、不快感を持つ女性も少なからずいると覚えてほしい。

 ムロと言えば、友人である元俳優・新井浩文が2019年2月に強制性交の容疑で逮捕された際、「目を見て、悪いことをした、と言ったら、思いっきり、叱ります、嫌という程、叱ります、それだけです、まだ目を見てない、だから俺は普段通り、これから飲みいってくるよ、来れそうだたったら、連絡してな、いってくるね、」とツイートした。新井のことと明言されていないものの、このツイートに「性犯罪を叱るくらいで済ませていいのか?」という批判が相次ぎ、炎上したことがある。

 おそらく、まだ起訴されるかどうかもわからないし、友人だからこそ信じたくないという気持ちを持っていたのだろうが、被害者の女性が存在していて、しかも性犯罪である。こうした軽々しい発言は、性犯罪もしくは女性を軽く見ていると思われても仕方がないだろう。ムロのような悪気のない性差別ほど、実は意識改革が難しいと言える。であれば、演技だけでいける実力派なのだから、人気を下げかねないバラエティーはあきらめたらどうかと思わずにいられない。
(仁科友里)

河野景子、唐田えりかを「モテない」と分析! バブルを思わせる「モテ至上主義者」の厄介さ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「そもそも、あんまりモテないと思うんですけど」河野景子
『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ、2月1日)

 「週刊文春」(文藝春秋)が報じた俳優・東出昌大と女優・唐田えりかの不倫騒動。東出にはNHK連続テレビ小説『ごちそうさん』で共演し、結婚に至った杏という妻、そして3人の子どもがいる。「文春」によると、杏が下のお子さんを妊娠している最中から不倫が始まり、その関係は3年に及ぶという。唐田は人気俳優との恋愛に舞い上がったのが、密着している2人の写真をプリントアウトして周囲に配ったり、東出に似たイラストにキスするような写真をSNSにアップしたりと、匂わせを連発。杏に唐田との関係を気づかれた東出は、いったんは連絡を取らないようにすると約束したが、実際は切れていなかったそうだ。

 妊娠中の不倫、その期間は結婚生活の約半分、相手は当時未成年、しかも匂わせ連発と、女性の嫌いなものを全部のせしたような不倫スキャンダルだけに、東出と唐田の好感度は下がるばかり。

 芸能ネタを扱うワイドショーでは、当然東出や唐田が叩かれているが、そんな中でものすごい存在感を見せたのが元フジテレビアナウンサー・河野景子ではないだろうか。2月1日放送の『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ)にコメンテーターとして出演した河野。司会のますがおかだ・増田英彦に「匂わせをする心理がわかるか?」と聞かれると、「彼女はまだ若いじゃないですか。恋愛経験もなくて、それがもう東出さんと恋愛していることに有頂天になってしまって」と分析し、最後に「私ね、そもそも(唐田は)モテない女性だと思うんですよ。モテる人だったら、隠すじゃないですか」と締めくくった。

 日本に姦通罪はないから、不倫は犯罪ではないものの、やはり、褒められたことではない。当然、不倫をした人をある程度責めるのは、コメンテーターの“お仕事”である。しかし、多くのコメンテーターが、その人の“行動”について意見を述べているのに対し、河野は「モテない」と“人格”に関わるコメントをしてみせた。モテてもモテなくても、不倫がよろしくないことに変わりはない以上、このコメントは、単なる個人攻撃ではないだろうか。いいオトナが自分の娘といってもおかしくない若い女性に対して、「モテない」と人格を貶めるような言い方をするのは、逆に言うと、それだけ河野にとって「モテる」ことが重要事項であるとみることができる。

 河野のように、他人の行動の全てを「モテる」かどうかで分けたがる、「モテ至上主義」の人というのは確かにいる。そういった人たちの言動の具体例を挙げてみよう。女性が「料理を習いたい」と言った場合、多くの人は「どんな料理を習うの?」とか「どこで習うの?」といった具合に「料理について」掘り下げるだろう。しかし、モテ至上主義者の場合、「料理がうまいとモテる」「オトコの胃袋をつかむ」といった具合に、全てを男性やモテと結びつけてしまう。モテ至上主義者は、人生には、モテに関係がなくても楽しいことがあると理解できないらしく、観劇や芸能人の追っかけなど、モテにつながりそうもない趣味が理解できず、「そんなことをしてもモテないよ」「推しが彼氏になってくれるわけじゃないのに」と茶々を入れてくることもある。

 個人的には、モテを意識することが悪いとは思わない。彼氏が欲しいとか、婚活をしているというのなら、「相手の視点を知る」という意味で、「モテ」をある程度意識する必要はあるだろう。しかし、それは時と場合によるものだし、他人に強制していいものではない。

 しかし、重度のモテ至上主義者になると「ブスはモテない」「モテないから彼氏がいない、モテないから独身」といった具合に、見た目や聞こえだけで「モテる」「モテない」を決めつけてくるのではないか。私も決めつけて何だが、こういうモテ至上主義者は、河野のような、日本にカネがあり余っていたバブル期に青春を過ごした人に多いのではないかと感じている。

 河野のモテ至上主義は「女性はモテてなんぼ」と考えられていた時代を彷彿とさせるが、この主義こそが彼女自身を救ったのかもしれない。

 フジテレビの人気女子アナとして、明石家さんまら大物にも人気のあった河野だが、男性に媚びるような態度を取ることから、女性人気は高くなかったと記憶している。それは河野自身のキャラクターだったのかもしれないが、当時のフジテレビ女子アナとしては、そう振る舞うのが正解だった部分もあるのだろう。

 その河野が横綱の貴乃花と結婚し、バッシングが始まった。もともと女性人気が高くなかったことに加え、河野が年上だったことも影響しているだろう。河野が振袖を着て婚約会見に臨んだところ、「初々しさがない」「貫禄がある」と当時の週刊誌に書き立てられた。また夫妻は妊娠が先の結婚だったのだが、保守オジサンからは「オンナが年上なんだから、避妊をリードしてやれ」と意味不明なことを、女性週刊誌にも「妊娠をエサに結婚に持ち込んだ」と書かれたりもした。さらに一昨年の12月、『バイキング・ザ・ゴールデン』(フジテレビ系)では、河野自身が結婚当初を振り返り、「毎日嫌がらせの手紙が来て、小包も郵便局で開けないといけなかった」と話していたこともあった。

 真面目な人ほど「なぜ自分は嫌がらせをされるのか」「何がいけないのか」と考えこんでしまうだろう。しかし、バッシングされる理由を考えても、正確な答えがわかるわけはなく、さらに落ち込んでしまう。そんなとき、役に立つのが、河野お得意の“モテ思考”ではないだろうか。「私がモテるから嫉妬している」「モテない人の妬み」。当時、河野がバッシングをどのように受け止めていたのかは定かではないものの、そう割り切ってしまえば、ストレスがぐっと減るのではないかと思った。

 不倫と言えば、離婚後、既婚者のイタリア料理店シェフと親密にしている写真を「フライデー」(講談社)に撮られた河野。熱愛そのものは息子の花田優一が否定していたが、ワイドショーであまりキツいコメントをすると、万が一起こるかもしれないご自分のスキャンダル時に、特大ブーメランとなって帰ってくるのは目に見えている。そのあたりにお気をつけて、今後もモテていただきたいものである。

みちょぱが唐田えりかを「怖い」と批判……「清楚系」と「ギャル系」を分断する世間に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ほんと清楚系って、マジ怖い」みちょぱ(池田美優)
『サンデー・ジャポン』(TBS系、1月26日)

 女優・杏の夫で俳優・東出昌大が、若手女優・唐田えりかと不倫関係にあり、それがバレたことで夫妻が別居していると「週刊文春」(文藝春秋)が報じた。

 芸能人の不倫は珍しくないが、登場人物3人が芸能人というケースは稀ではないだろうか。東出の不倫相手が一般人女性の場合、週刊誌も個人が特定できる情報には触れない。しかし、東出の相手である唐田は女優という身分のため、実名を報じられ、さらに今時SNSをやらない芸能人はほとんどいないので、そこから「こんなにヤバい女だ」という証拠を探されてしまう。「人の家庭を壊すオンナ」という先入観があると、情報は悪意的に解釈されがちである。「ひどいオンナ」と必要以上にバッシングされることは想像に難くない。

 また、当の唐田が怖いくらいの匂わせっぷりなのである。『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した芸能ジャーナリスト・山田美保子氏によると、唐田は東出とのツーショットをプリントアウトして周囲に配ってみたり、東出にそっくりなイラストにキスをしている写真をインスタグラムにアップするなど、挑発的とも思える証拠を残している。

 同番組に出演していたモデル・みちょぱは、山田氏の解説を受けて「よくできんな」「奥さんを知っているわけじゃないですか。しかも、奥さんのお父さんも有名な方じゃないですか。度胸がマジすごい」と発言し、「ほんと清楚系って、マジ怖い」としめくくった。

 唐田が自分で「私は清楚系です」と名乗ることはしていないだろうが、色白、黒髪、ナチュラルメイクの唐田は、カテゴリとしては、確かに清楚系と言えるだろう。それに対し、みちょぱは、ギャルタレントとして活躍中。ギャル御用達雑誌「Popteen」(角川春樹事務所)の読者モデル出身であり、明るい髪色とカラコンというファッションは、まさに王道のギャル系なのではないか。ギャル系であるみちょぱが、清楚系の唐田の素行を批判したのは、世間が抱く「清楚系」と「ギャル系」の内面へのイメージは「間違っている」と暗に抗議したように感じた。

◎「ギャル系」は性的に奔放、「清楚系」は貞淑という思い込み

 同番組には、モデルでタレントの藤田ニコルやゆきぽよも出演するが、彼女たちもギャルであったことを公言している。この3人のギャルが、清楚系の特徴と思われがちな「礼儀正しさ」を、業界で評価されていることをご存じだろうか。みちょぱはTwitterで「一応芸能界入ってきて礼儀だったりに関して1回も怒られたことないのが自慢のあたし」とツイートしている。また藤田も梅沢富美男から、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、「礼儀正しい」と褒められ、ゆきぽよも『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)を手掛けるプロデューサー・高橋弘樹氏に、「とにかく、距離の詰め方がうまい。だけどすごく礼儀正しくて」と「フラッシュ」(光文社)で評されていた。

 『俺の持論』(テレビ朝日系)に出演したみちょぱは、「(ギャルは)地元やギャルサークルの先輩との接点が多いため、若くして縦社会を知る」ことで、礼儀正しくなると解説していた。加えて、もう一つの可能性として、ギャルでない人がギャルを「礼儀正しくないに違いない」という具合に勝手に見積もっているので、ギャルが常識的に振る舞うと「すごい」と感じるのではないかとも思う。

 またバラエティー番組で、ギャルタレントは元カレのことや交際人数について質問されることがあるが、黒髪色白の清楚系はそんなことは聞かれない。それもまたギャル系は性的に奔放で、清楚系は貞淑という世間のイメージが関係しているのではないか。ギャルタレントは「元カレが警察のお世話になった」などのネタを持っていることも多いので、それを引き出すためとも言えるだろうが、清楚系だって面白い元カレネタがないとは言い切れない。世間では、特に女性に対して、元恋人について尋ねるのは、異性経験を聞くのと同じような意味合いを含むこともあるので、センシティブな問題とされている。清楚系には質問せず、ギャルになら平気で聞けるというのは、ギャルは性的に奔放だという偏見から、「大丈夫だろう」とどこかでギャルを低く見ているのではないだろうか。

◎日本が誇る清楚系・吉永小百合も恋愛をしていた

 ギャルタレントが性的に奔放で、清楚系の女性芸能人は貞淑だと思っている人は、特に男性に多いかもしれないが、それはまったくの思い込みというやつだろう。

 日本が誇る清楚系女優と言えば、吉永小百合。恋愛や結婚などしてイメージダウンをされては困ると、元日活の常務が小百合に「二十一歳までは結婚するな。男を知ってもいかん」と恋愛禁止令を出したと「アサ芸プラス」の記事に書かれていた。しかし、作家で小百合の友人である中平まみ氏によると、実際は恋愛をしていて、運転手が席を外した状態で、某俳優と車の中で二人きりになったこともあり、また中平氏に「二十いくつにもなって処女のはずがないでしょ」と語っていたという。また、下ネタもイケる口で、女優・富士真奈美や吉行和子らとの句会で、バレ句(エロチックな内容の川柳)を詠むことになった際は、「松茸は舐めてくわえてまたしゃぶり」と披露して、周囲を驚かせたそうだ。

 「小百合が清楚系というのはウソだ!」と言いたいわけではなく、女性が仕事をしていれば、近くにいる人を好きになることもあるだろうし、場合によってはセックスもするだろう。下ネタを言うこともおかしくはない。ポイントは、そういう自分をどこで見せるかという判断だけである。昨年12月13日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に出演したゆきぽよは、清楚系の代名詞でもある女子アナの久代萌美を指して、「こういう外見の子が、めちゃめちゃ遊んでるってホントっすよ」「(自分のような)こういうリアルギャルよりも、隠れてる奴の方が遊んでますから」と述べていたが、清楚系とかギャル系というのは単なるファッションの違いでしかなく、性的な奔放さは見た目では判断できないはずだ。みちょぱの言う「ギャルが礼儀正しくなる理由」についても同様だ。縦社会で同じ “教育”を受けたとて、全員が礼儀正しくなるわけではないだろうから、「ギャル」というのは関係なく、その「本人」が、できる素質を持っているという話ではないか。

 もしかしたら、みちょぱらギャルタレントは、見た目がギャルであることで、理不尽な決めつけにさらされたのかもしれない。しかし、ギャルということで低く見られがちだからこそ、イメージをより良くすることもできる。マジ頑張ってほしい。
(仁科友里)

みちょぱが唐田えりかを「怖い」と批判……「清楚系」と「ギャル系」を分断する世間に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ほんと清楚系って、マジ怖い」みちょぱ(池田美優)
『サンデー・ジャポン』(TBS系、1月26日)

 女優・杏の夫で俳優・東出昌大が、若手女優・唐田えりかと不倫関係にあり、それがバレたことで夫妻が別居していると「週刊文春」(文藝春秋)が報じた。

 芸能人の不倫は珍しくないが、登場人物3人が芸能人というケースは稀ではないだろうか。東出の不倫相手が一般人女性の場合、週刊誌も個人が特定できる情報には触れない。しかし、東出の相手である唐田は女優という身分のため、実名を報じられ、さらに今時SNSをやらない芸能人はほとんどいないので、そこから「こんなにヤバい女だ」という証拠を探されてしまう。「人の家庭を壊すオンナ」という先入観があると、情報は悪意的に解釈されがちである。「ひどいオンナ」と必要以上にバッシングされることは想像に難くない。

 また、当の唐田が怖いくらいの匂わせっぷりなのである。『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した芸能ジャーナリスト・山田美保子氏によると、唐田は東出とのツーショットをプリントアウトして周囲に配ってみたり、東出にそっくりなイラストにキスをしている写真をインスタグラムにアップするなど、挑発的とも思える証拠を残している。

 同番組に出演していたモデル・みちょぱは、山田氏の解説を受けて「よくできんな」「奥さんを知っているわけじゃないですか。しかも、奥さんのお父さんも有名な方じゃないですか。度胸がマジすごい」と発言し、「ほんと清楚系って、マジ怖い」としめくくった。

 唐田が自分で「私は清楚系です」と名乗ることはしていないだろうが、色白、黒髪、ナチュラルメイクの唐田は、カテゴリとしては、確かに清楚系と言えるだろう。それに対し、みちょぱは、ギャルタレントとして活躍中。ギャル御用達雑誌「Popteen」(角川春樹事務所)の読者モデル出身であり、明るい髪色とカラコンというファッションは、まさに王道のギャル系なのではないか。ギャル系であるみちょぱが、清楚系の唐田の素行を批判したのは、世間が抱く「清楚系」と「ギャル系」の内面へのイメージは「間違っている」と暗に抗議したように感じた。

◎「ギャル系」は性的に奔放、「清楚系」は貞淑という思い込み

 同番組には、モデルでタレントの藤田ニコルやゆきぽよも出演するが、彼女たちもギャルであったことを公言している。この3人のギャルが、清楚系の特徴と思われがちな「礼儀正しさ」を、業界で評価されていることをご存じだろうか。みちょぱはTwitterで「一応芸能界入ってきて礼儀だったりに関して1回も怒られたことないのが自慢のあたし」とツイートしている。また藤田も梅沢富美男から、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、「礼儀正しい」と褒められ、ゆきぽよも『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)を手掛けるプロデューサー・高橋弘樹氏に、「とにかく、距離の詰め方がうまい。だけどすごく礼儀正しくて」と「フラッシュ」(光文社)で評されていた。

 『俺の持論』(テレビ朝日系)に出演したみちょぱは、「(ギャルは)地元やギャルサークルの先輩との接点が多いため、若くして縦社会を知る」ことで、礼儀正しくなると解説していた。加えて、もう一つの可能性として、ギャルでない人がギャルを「礼儀正しくないに違いない」という具合に勝手に見積もっているので、ギャルが常識的に振る舞うと「すごい」と感じるのではないかとも思う。

 またバラエティー番組で、ギャルタレントは元カレのことや交際人数について質問されることがあるが、黒髪色白の清楚系はそんなことは聞かれない。それもまたギャル系は性的に奔放で、清楚系は貞淑という世間のイメージが関係しているのではないか。ギャルタレントは「元カレが警察のお世話になった」などのネタを持っていることも多いので、それを引き出すためとも言えるだろうが、清楚系だって面白い元カレネタがないとは言い切れない。世間では、特に女性に対して、元恋人について尋ねるのは、異性経験を聞くのと同じような意味合いを含むこともあるので、センシティブな問題とされている。清楚系には質問せず、ギャルになら平気で聞けるというのは、ギャルは性的に奔放だという偏見から、「大丈夫だろう」とどこかでギャルを低く見ているのではないだろうか。

◎日本が誇る清楚系・吉永小百合も恋愛をしていた

 ギャルタレントが性的に奔放で、清楚系の女性芸能人は貞淑だと思っている人は、特に男性に多いかもしれないが、それはまったくの思い込みというやつだろう。

 日本が誇る清楚系女優と言えば、吉永小百合。恋愛や結婚などしてイメージダウンをされては困ると、元日活の常務が小百合に「二十一歳までは結婚するな。男を知ってもいかん」と恋愛禁止令を出したと「アサ芸プラス」の記事に書かれていた。しかし、作家で小百合の友人である中平まみ氏によると、実際は恋愛をしていて、運転手が席を外した状態で、某俳優と車の中で二人きりになったこともあり、また中平氏に「二十いくつにもなって処女のはずがないでしょ」と語っていたという。また、下ネタもイケる口で、女優・富士真奈美や吉行和子らとの句会で、バレ句(エロチックな内容の川柳)を詠むことになった際は、「松茸は舐めてくわえてまたしゃぶり」と披露して、周囲を驚かせたそうだ。

 「小百合が清楚系というのはウソだ!」と言いたいわけではなく、女性が仕事をしていれば、近くにいる人を好きになることもあるだろうし、場合によってはセックスもするだろう。下ネタを言うこともおかしくはない。ポイントは、そういう自分をどこで見せるかという判断だけである。昨年12月13日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に出演したゆきぽよは、清楚系の代名詞でもある女子アナの久代萌美を指して、「こういう外見の子が、めちゃめちゃ遊んでるってホントっすよ」「(自分のような)こういうリアルギャルよりも、隠れてる奴の方が遊んでますから」と述べていたが、清楚系とかギャル系というのは単なるファッションの違いでしかなく、性的な奔放さは見た目では判断できないはずだ。みちょぱの言う「ギャルが礼儀正しくなる理由」についても同様だ。縦社会で同じ “教育”を受けたとて、全員が礼儀正しくなるわけではないだろうから、「ギャル」というのは関係なく、その「本人」が、できる素質を持っているという話ではないか。

 もしかしたら、みちょぱらギャルタレントは、見た目がギャルであることで、理不尽な決めつけにさらされたのかもしれない。しかし、ギャルということで低く見られがちだからこそ、イメージをより良くすることもできる。マジ頑張ってほしい。
(仁科友里)

宮下草薙・草薙航基、「コミュ障のできないキャラ」ではなく「図々しいできない子」と感じるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「こんなに合わない人、僕、初めて」宮下草薙・草薙航基
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系、1月14日)

 バラエティー番組には、「できないキャラ」の存在が不可欠ではないだろうか。

 例えば、世界各国の“ミステリー”をテーマにしたクイズ番組『日立 世界ふしぎ発見!』(TBS系)。レギュラー解答者である黒柳徹子が全問正解に近い正答率を誇る一方で、同じくレギュラー解答者である野々村真は不正解である率が高い。突拍子もない答えを言うことから笑いが起きることもたびたびである。そんな野々村を「できないキャラ」と見ることもできるだろうが、もし出演者全員が正解してしまったら、番組には起伏がなく、盛り上がらない。野々村がいるからこそ、黒柳の正答率の高さも引き立つことを考えると、「できないキャラ」は番組に必要と言えるだろう。

 芸能界は礼儀作法にうるさいと言われるが、そういった振る舞いが「できないキャラ」のタレントもいる。モデルのローラは、大御所相手に敬語を使わないタメ口キャラでブレークしたが、このキャラが許されたのは、ローラのルックスや生い立ちが関係しているだろう。ローラの父親はバングラディッシュ人、母親は日本人とロシア人の血が混ざったクォーター。そのため日本語がおぼつかない部分があっても、愛らしいルックスも相まって「仕方がない」と思わせる余地があるのだ。

 こう考えると、「できないキャラ」は、本当に「できない人」であることよりも、「番組を盛り上げることに貢献できる人」もしくは「『この人なら仕方がない』という“正当性”を感じさせる理由を持っている人」ということが重要で、そういった芸能人が座れるポジションと言えるだろう。

 最近人気の「できないキャラ」と言えば、お笑い芸人・宮下草薙の草薙航基を思い浮かべる人も多いだろう。『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)に出演した際、草薙は、千原ジュニアから飲み会の誘いを受けたものの、「飲み会でも急に大喜利をやったりしそう」「面白い答えを言わないと、食べちゃいけないみたいな」と勝手に“想像”して、断ってしまうという。こういう人付き合いができない「コミュ障」エピソードを豊富に持つこと、また彼の朴訥とした雰囲気に、親近感を抱く視聴者も少なくないのではないか。

 しかし、1月14日放送の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)を見ると、草薙が本当にコミュ障なのか疑問に思えてくる。

 同番組では、明るくポジティブなキャラで売っているANZEN漫才・みやぞんと、コミュ障の草薙が、2人で1泊の伊豆旅行へ行くという企画が放送された。これは“お仕事”なので、みやぞんには盛り上げようと努力する様子がうかがえたが、草薙の受け答えを見ていると、3つの特徴があることに気づく。

1.自分で話題を見つけることはせず、相手(先輩)の話も掘り下げない
 みやぞんは草薙に好きな食べ物や、よく聞く音楽を尋ねるが、草薙は会話が広がるような受け答えはできない。であれば、みやぞんに同じ質問をすればいいのに、そういった発想はできないようだ。草薙は藤田ニコルのことが好きで、同番組ではニコルに洋服を選んでもらうロケも行っている。しかし、そこに話がいくと、草薙は「ニコルさんの話はもう大丈夫です」とシャットアウト。話題が続かないので、みやぞんが珍妙なゲームを提案したものの、これも盛り上がらない。草薙は「こんな合わない人、僕、初めて」と言うが、そもそもゲームをすることになったのは彼自身が会話を拒んでいるからである。温厚キャラで知られるみやぞんも、「何でもダメダメ言うよ」と少しイラついていた。

2.相手に合わせない
 お昼ごはんを食べる段階になり、みやぞんが、草薙の好物だという「カレーを食べよう」と提案するも、草薙は「(みやぞんが)好きなもの食べましょう」と言う。であればと、みやぞんは場所が伊豆ということもあり、「魚にしよう」と勧めるのだが、草薙は「魚、あんまり……。でも、全然食べられます」と答えていた。魚があまり好きではないと聞かされて、「じゃ、魚を食べに行こう」と言える人はかなり少数派だろう。草薙は他人に合わせるふりをして、まったく合わせていないのだ。

3.実は上から目線
 温泉宿での就寝時、草薙は「(みやぞんのことを)誤解していてすみませんでした」と謝罪する。どう誤解していたかというと、みやぞんを「イカれた奴だな」と思っていたのだそうだ。先輩であるみやぞんに対し、暴言を吐くことが「面白い」とバラエティー的には思われているのかもしれないが、一般的に考えれば、こんな発言ができるのは、他人に対する敬意がない証拠ではないだろうか。少なくとも、お世話になるかもしれない存在だと思えば、こういう言い方はしないだろう。

 こうした特徴から、草薙はコミュ障というより、案外図太く図々しい面もあるように私には感じられた。

 「できないキャラ」がバラエティー番組に不可欠であることを考えると、草薙は貴重なキャラと言えるかもしれない。しかし、野々村やローラと比べると、明らかに違う点がある。それは2人と違って、彼が共演者に迷惑をかけていることだ。

 野々村がクイズで間違っても、徹子ら共演者にデメリットは生じない。ローラのタメ口を不愉快に思う先輩芸能人もいるかもしれないが、その場合にも睨まれるのはローラであって、共演者がとばっちりを受けることはないだろう。が、草薙の場合、みやぞんのように共演する人がデメリットをこうむるのだ。もし、みやぞんが草薙といて、イラついた顔を見せれば「本当は温厚なキャラじゃない」と思われる可能性もあるし、はっきりと非を指摘すれば「みやぞんがパワハラしている」と言われる可能性もゼロではない。

 となると、共演者は自分のキャラを守るためにも、たとえ自身の方が先輩であろうと、草薙の下手に出て機嫌を取ってあげなくてはいけなくなる。疲弊するのは、共演者ではないだろうか。

 草薙は『アメトーーク!』や『ロンドンハーツ』など、テレビ朝日の名物プロデューサーである加地倫三氏の番組に出演する機会が多い。それだけ加地プロデューサーに評価されているということだろう。「できの悪い子ほどかわいい」ということわざがあるが、私の経験から言うと、こういう立場のあるエラい人ほど、自称コミュ障の「できない子」をかわいがりがちである。

 芸能界はオファーがなければ成立しない商売。共演者や先輩に嫌われてもいいが、オファーをかける側の人にだけは嫌われないようにして、草薙には頑張っていただきたいものだ。