石田純一、「カネ」への態度に見る人となり……息子への「お金だけが人生じゃない」という言葉に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「お金だけが人生じゃない」石田純一
「女性自身」(光文社)2020年5月19日発売号

 相手の人となりを判断するとき、多くの人が、その人の“発言”を根拠にするだろう。「こんな立派なことを言っていたから、立派な人に違いない」と判断するわけだ。しかし、人間には嘘をつく能力があるので、言っていることが本心なのかはまた別の問題になってくる。

 なので、言葉ではなく、相手の実際の行動を判断基準にするべきだという人もいる。例えば、愛妻家であることを公言していた芸能人が不倫をしていたとしたら、その人を愛妻家とみなす人は減るだろう。

 しかし、他人の行動を逐一見張ることはできないわけだから、行動で人格を定義するというのも現実的ではない。それでは、何でもって相手を判断すればいいかというと、「カネ」に対する態度だと私は思っている。資本主義社会において、カネは命の次に大事なものといっても過言ではない。カネをもらうことに躊躇はなくても、なるべくなら払いたくないというのが、多くの人の本音ではないだろうか。だからこそ、カネの払い方や遣い方に人となりが表れるし、またカネを払った場合は大概証拠が残るので、ウソもつきにくい。どんなに立派なことを言っても、例えば税金や養育費など払うべきものを払わない人、金遣いが荒い人は、その程度の人と言えるのではないだろうか。

 今、芸能界で一番カネのやりくりに頭を痛めているのは、俳優・石田純一かもしれない。

 石田が新型コロナウイルスに感染したことを発表したのは、4月15日のことだった。所属事務所の説明によると、石田は「仕事のため」沖縄で経営する飲食店を訪れて打ち合わせをした。しかし、体調が悪かったためホテルで安静にした後、帰京。病院に行ったところ、新型コロナウイルスに感染していることがわかり、入院したという。そして、この発表の翌日、実際には仕事関係者とゴルフに行き、プレー中に体がだるく感じたということも公表した。

 緊急事態宣言が出ている中での、沖縄訪問。ゴルフが不要不急の案件に該当すると感じた人は多く、石田は批判にさらされた。そんな中、「スポーツニッポン」が新たな爆弾を投下する。

 石田は4月5日にも、北関東のゴルフ場でプレーをし、その後女性を交えて食事会を行ったとのこと。この食事会に参加した複数のメンバーが、新型コロナウイルスに感染していることがわかったといい、石田もこの会で「もらってしまった」可能性はゼロではない。

 もし石田がこの会で感染したと仮定するのなら、石田は沖縄行きの飛行機で乗り合わせた人、客室乗務員、空港の人、自身が経営する店や宿泊したホテル、ゴルフ場の従業員の感染リスクを高めてしまったと考えられる。石田が故意に感染させようとしたとは思わないが、軽率だとそしられるのは仕方がないことだろう。体調が回復したとしても、好感度が落ちた石田に仕事のオファーがあるかは不明なので、収入が減る可能性は否めないし、もし副業の飲食店を経営し続けるなら、光熱費や家賃や人件費などは払い続けなくてはいけない。

 失墜したイメージを回復しようとしているのか、「女性自身」(光文社)の電話取材に応じた石田は、現在、自宅内で家族と隔離されて生活していること、病室で死を意識し、息子さんに「偉くなるとか、お金をいっぱい稼ぐだけが人生じゃない。努力して新しい自分を獲得すること。これが本当に大切なことなんだよ」という遺言まで用意したことを明かしている。

 おそらく、社会的地位や経済的繁栄を追い求めるより、大事なことがあると言いたかったのだと思われるが、カネと言えば、石田の金銭的な浮き沈みをご存じだろうか。

 石田は3回結婚しているが、2回目の結婚相手は女優・松原千明で、その娘が現在女優として活躍するすみれである。松原との結婚の最中、石田はモデル・長谷川理恵と不倫関係に陥る。ワイドショーのリポーターに追いかけられたときに、石田は「不倫は文化」と発言し、猛バッシングされた。3月放送の『おかべろ』(関西テレビ)によると、すみれは小学校受験の親子面接の際に、面接官から「不倫は文化なんですか?」と発言を蒸し返され、結局不合格になったという。

 その後、マスコミから逃げるようにハワイに渡った松原とすみれだが、すみれがオバマ元大統領の出身校である名門高校に合格すると、石田からカルティエの時計をプレゼントされたたそうだ。番組名は失念したが、すみれが「パパはこういう目立つことをするのが好き。時計より、お金を送ってくれるほうがありがたかった」などと、父との間に金銭的なしこりがあることを思わせるような発言をしていた記憶がある。

 この件と関係があるとは断言できないが、2013年放送の『金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)に出演した石田は、不倫騒動の影響で仕事が激減、副業として開いていたタオルショップも閉店に追いこまれ、多額の借金を背負ったことを告白していた。そのせいで養育費も払えなくなり、松原に減額を申し出たというから、相当困っていたのだろう。

 一方のすみれは、授業料が年間500万かかる全米屈指の名門大学に進学したいと願うようになる。母親である松原は「家を売ってでも、進学させてあげる」と言ってくれたが、それだけは避けたいとの思いから、17歳のすみれは、石田に援助を頼んだと、15年5月15日放送の『気まずい二人が久しぶりに会ってみました』(フジテレビ系)で明かしていた。石田が快く応じたと美談になっていたが、親が子どもの学費を出すのは「当たり前」と言えるだろう。すみれが意を決して頼みごとをしたのは、石田がそもそもカネを出したがらないことを知っていたからではないだろうか。

 そのほかにも、石田は現在の妻であるタレント・東尾理子に何の相談もなく冷麺の店をオープンし、お金が足りなくなったのか、保証人の欄にサインをするように求めてきたと、理子が一昨年放送の『梅沢富美男のズバっと聞きます』(フジテレビ系)で明かしていた。店がテレビで紹介されたことで客が増え、2号店を出すことにも意欲的だそうだが、理子に直接的な報告や相談はしていないらしい。

 このように見ていくと、石田は松原との結婚時から今に至るまで、副業と金欠を繰り返していると言えるのではないだろうか。芸能界は浮き沈みが激しいから、副業をして備えているのだろうが、結果的に、「お金だけが人生じゃない」という割に、カネに振り回されているように感じられるのだ。石田のカネにまつわるエピソードから判断すると、派手好みで、自己中心的なところがあると言えるのではないか。

 そんな「カネ」をめぐるさまざまなエピソードから、石田の人格を察することができるが、現実問題として「カネ」の問題で、完全に再起不能になるかというと、そうはならないと思う。石田には妻という切り札がある。理子の父親は元西武ライオンズの監督を務めた東尾修で、彼は殿堂入りも果たした大投手であり、理子はその一人娘だ。

 17年、ニッポン放送のラジオ番組『あなたとハッピー!』に出演した理子によると、東尾氏は女性関係がおサカンで、家庭内には、外泊をすると、ペナルティーとして理子に1万円を上げるという決まりがあったという。すると、すぐにお金が貯まって、高校生でありながらゴルフの会員権が買える金額が貯まったというから、東尾氏の財力は推して知るべしである。

 打ち出の小づちのような妻がいて、小さなお子さんが3人いるのだから、石田もしばらくは、「カネ」に振り回されないよう、おとなしくしていたらどうか。コロナ禍で何かとイラついている人が多い今、不用意な行動が、芸能人生命を縮めるといっても過言でないように思えてならない。

壇蜜、「若い子好きの夫」に不安を抱く妻に助言も……「悩み相談の名手らしからぬ」と感じたワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「もうおばさんなの」壇蜜
ウェブサイト「OTEKOMACHI(大手小町)」4月29日

 新聞や雑誌には、よく人生相談のコーナーがあり、心理学や法律の専門家、そして有名人などが回答をしている。相談に対して、思ったことを言えばいいラクな仕事と言う人もいるかもしれないが、けっこう難しいのではないだろうか。

 ウェブサイト「ニッポン放送NEWS ONLINE」で連載中の作家・瀬戸内寂聴のコラム「今日を生きるための言葉」によると、「みんな話し相手が欲しいのです。悩み事は外に吐き出すだけでも楽になります。だから、話し相手や聞き役になってあげるだけでも、価値ある布施になるのです」と書いている。この文章からは、悩みには直接的な答えよりも、相手の話をよく聞く姿勢を見せることのほうが大事ということが感じられる。

 しかし、友人など親しい間柄の場合はこれでいいと思うが、タレントが仕事として人生相談を請け負った場合、

1.よく知らない人に対して、
2.傷ついた相手の気持ちを損ねることなく、
3.タレントとしての自分のカラーを出しながら、
4.仕事を発注した人々を満足させ、
5.お悩みとは無関係の読者も満足させる回答をする

という、5つのハードルをクリアしなければいけないだろう。そのためには、読んで書く能力に加え、タレントとしての知名度やキャラも確立されている必要なのではないか。

 こう考えると、壇蜜にお悩み相談のオファーが舞い込むのも納得がいく。29歳という年齢で遅いグラビアデビューを果たした壇蜜だが、『サンデー・ジャポン』(TBS系)では、そのコメントぶりが「誰も責めないとして評価されている印象。最近は文筆家としての活動も始めた。知名度もあるし、ホステス経験もあるので、壇蜜に男女の機微を語らせたいと思っている人は多いのではないか。しかし、「上手の手から水が漏れる」という諺のとおり、そんな壇蜜でも失敗する時があるのだと思うことがあった。

 読売新聞が運営する女性向けウェブサイト「OTEKOMACHI(大手小町)」。壇蜜はここで、お悩みアドバイザーを務めている。「若い女性が好きで飲みに誘う夫 どうしたら信じられる?」というお悩みが寄せられた。

 相談者の女性は、30歳前後の一児の母。26歳の時に14歳年上の男性と社内結婚をしたが、当時から夫は社内で「若い子好き」とうわさされていた。けれど、若い子なら誰彼かまわずということはなく、後輩に慕われてもいるそうだ。現在、結婚から3年、夫は家庭を大事にしてくれているが、こっそり社内の若い女性と連絡を取っているという。浮気の証拠はないものの、相談者は不安になってしまうのだそうだ。

 壇蜜の回答は、いくら若い子が好きでも「ついていけない」と夫も思う日が来るので、少し様子を見てみることを提案。

 「『もうおばさんなの。ふふ。でも一番大事な人にはかわいいって言ってほしいわね』と、自分は若くない、でも土俵が違うことをアピールして、ゆっくり旦那さんに微笑んでみましょう」「おばさんという隠れ蓑を使って、一線をひいた余裕の姿勢はきっと今のヤキモキを変えてくれるでしょう」と助言し、「『あなたも(若い子が)好きねぇ。そんなにいいのか私も試してみようかしら』とヒヤリとさせる一言も忘れずに」としめくくっている。

 「Yahoo!ニュース」に記事が転載されると、辛口なコメントが並ぶと言われる“ヤフコメ”で、この回答はネットユーザーから「さすが壇蜜」「知的」「こういう女性と結婚できた夫は幸せ」と歓迎されていた(余談だが、私が書いた記事に対するヤフコメ民のみなさんのコメントは、「ババア」とか「ションベンライター」といった類いのものばかりだ)。これらの称賛する書き込みを見るに、おそらく男性のものと思われるが、夫の携帯を見るとか、「どういうことか」と問い詰めるというような実力行使に出ない、ソフトな牽制が、男性のツボを刺激したのだろう。

 人生相談は読者が「うまい!」と思うことが大事であって、実際の解決方法を提案する必要はない。ヤフコメを見る限り、壇蜜の回答が支持されているわけだから「いい仕事をした」と見ていいのだろう。

 しかし、壇蜜の持ち味である「誰も責めない」という原則が、今回の相談では珍しく破られているのにお気づきだろうか。幼子を抱えた30歳前後の女性が、「40代の夫が若い子にちょっかいを出していること」に不安を持っている。「妻子持ちが何やってるんだ」と夫を責めず、30歳そこそこの女性に、若い子と対極の存在を意味する「おばさん」を自称させようとしている。つまり壇蜜は、相談者の女性を直接的に責めてはいないものの、「自分自身を貶めさせる」ことを推奨するのは、間接的に責めているように感じるのだ。妻が「おばさん」を自称する真意に気づかずに「本人が言ってるんだから、おばさんとして扱っていいんだ」と、夫が素直に信じてしまう可能性もなくはないだろう。やはり自分で自分を貶めるようなことは言わないほうがいいのではないか。

 壇蜜のメインの支持層が男性だから、その層を傷つけない、だから相談者の夫も悪く言わないと言うのは、タレントとして賢明な判断だとも思う。しかし、それは女性側を傷つけていいという意味ではないだろう。「誰も責めない」ことが評価されているように見える壇蜜にしては珍しいミスだと私は思ったが、それでは、どう回答すればいいのかと言うと、これがまた難しい。

 例えば、「若い女性が40歳過ぎた妻子持ちなんて相手にしませんよ!」と言えば、相談者の愛する夫を貶めることになる。一方、昭和の人生相談でよくなされていた、「あなたは妻なのだから、どっしりと構えていなさい」という回答もふさわしくないだろう。これは「妻以外の女性とのセックスは所詮、遊びなのだから」という意味が含まれた回答だが、これだけ芸能人の不倫や離婚が取りざたされる中、相談者も妻という立場に胡坐をかいてもいられないからだ。はたまた「社内の若い子を飲みに頻繁に誘っていると、セクハラって言われるかもよ!」というのも、壇蜜のキャラと合わないからNGなのではないか。

 悩み相談の名手・壇蜜ですら、このお悩みに「誰も傷つけない答え」を導きだせないのは、そもそもこの相談自体にねじれがあるからではないだろうか。

 「浮気しているとしか思えない」証拠を見つけてしまったのなら話は別だが、相談者の夫が若い女性と連絡を取っていることを、「浮気してる」と見るか、「仕事の相談に乗っているんだ、それだけ後輩に慕われているんだ」と思うかは、相談者の感じ方の問題のように思う。不安を感じやすいタイプの人だったり、自分も違う女性から夫を奪い取ったなど「身に覚え」がある人は、ささいな出来事も、悪いほうに考えてしまうだろう。こういう人に「浮気なんてしないと思うよ」と言ったとしても、世の中に100%はないので「なぜ、そんなこと断言できるの?」と不興を買うことも考えられる。なので、この問題の芯は、夫が若い子が好きなことではなく、なぜ相談者がそんなに不安になるのか、なぜ夫を信じられないのかを考えることではないだろうか。

 求められてもいない私の意見はさておき、ジェンダーをめぐる炎上が珍しくない時代、30代そこそこの女性に「おばさん」は適切な表現ではなかったと思う。壇蜜がいきなり男女平等を訴えるキャラになる必要はないが、不用意に女性を貶めないことは、今後の壇蜜にとって一つの課題となるのかもしれない。

ブルゾンちえみの「ヴィーガン告白」に考える、「面倒くさがられること」を受け入れる大切さ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「はいはい、そういう系ねとカテゴライズされて面倒くさがられることを恐れ」ブルゾンちえみ(藤原史織)
(公式Twitter、4月23日)

 2020年3月末に所属していたワタナベエンターテインメントを退所したタレント・ブルゾンちえみ。人気芸能人が実質的に芸能界を引退し、イタリアに留学というのはずいぶん思い切った決断をしたのではないだろうか。

 ブルゾンといえば、個性的なメイクが思い浮かぶ。「VOCE」(講談社)で、ブルゾンは「メイクで男ウケを狙う人っているじゃない? でも、ありのままの自分を好きになってくれる人じゃなきゃ、結局うまくいかない。だから、誰になんと言われようが、ダークレッド色のリップを譲る気はないの」「寂しいパーツがあると他のパーツも寂しく見えるから、ON and ONが絶対」と、顔のパーツ全てを強調したメイクにしていることを明かしている。日本では長年「化粧をしているように見えない」ナチュラルメイクが職場や男性にウケがいいとされてきた。「男のためでないメイク」「濃いメイクが好き」というブルゾンの主義は、特にブルゾンと同世代の女性に新しく感じられたことだろう。

 そんな日本であまり見ない、海外的なセンスの濃いメイクで、2人のオトコを従えた自称キャリアウーマンが、腰をくねらせて「オンナに生まれてよかった」とちょっと上から目線で説く。強くて自由なオンナを思わせる「35億ネタ」で、ブルゾンは17年に大ブレークを果たしたが、ネタ中のセリフが、占星術家Keiko氏の著書の一部に酷似していると、盗作疑惑が持ち上がったことがある。「週刊文春」(文藝春秋)の直撃を受けたブルゾンは「どうとでも言ってください」と強気なコメント。私は本を書く側なので、どうしても著者の肩を持ってしまうが、法的には問題がなくても、もうちょっと言い方があるのではないだろうか。ブルゾンに、プライドが高くて面倒くさい人なのかもしれないという印象を受けた。

 「35億」でブレーク後、ブルゾンはお笑いだけでなく女優業に進出し、『人は見た目が100パーセント』(フジテレビ系、17年)に出演。また同年『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ)のチャリティランナーに選ばれ、完走している。しかし、お笑いのほうではあまりめざましい活躍をしたとは言い難いだろう。「オンナのイヤはイヤじゃない」なる新ネタを発表したが、女性の心からの拒絶を「OKサイン」と受け取る男性が生まれかねない表現だとして、ネット上で批判の声が上がった。

 『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)の水曜レギュラーだったこともあるが、笑いを生み出していたとは言いにくい。クイズの時は、ボケずにすぐに正解を答えてしまうし、ラグビー発祥の地でスクラムを体験するロケでは、「恥ずかしい」「女子がすることじゃない」と逃げ腰だった。芸人だからカラダを張れと言うつもりはないが、そのほかの部分で見せ場を生み出せていないように感じられた。

 引退直前に出演した『行列のできる法律相談所』(同)で、ブルゾンは自身のスキルのなさに悩んでいたことを明かしている。芸歴2年目で大ブレークし、芸の蓄積がないまま、東野幸治ら人気芸人と共演という大舞台を与えられてしまったブルゾン。やはり、力量の差は否めず、話題を振られても黙りこんでしまうこともあったようだ。「私じゃないほうが、もっと面白い番組になるのになぁ」と悩んでいたことを涙ながらに明かしていたから、陰で相当悩んでいたのだろう。あのまま芸人を続けていれば、「面白くないのに出ている」と言われかねない。ほかにやりたいことがあるのなら、そちらを選ぶほうが賢明だろう。

 しかし、イタリアに留学するにあたり、ブルゾンはやりたいことが何かを明言していない。公式インスタグラムを見ると、環境問題や政治、動物愛護に興味を持っていることがわかる。何か新しい活動を始めようとする場合、お笑いで培った知名度とインパクトのあるメイクが施された顔は大きな武器になると言える。留学の準備が整うまで語学を勉強しつつ、ファンやフォロワーとつながっておくことが夢の実現の近道なのではないだろうか。

◎「面倒くささ」こそ、ブルゾンちえみらしさ

 現在は、「ブルゾンちえみ」という名前を捨て、本名の藤原史織としてTwitterとYouTubeを開始したようだ。Twitterでは「2年前から肉を食べていない」ことを明かし、その理由として「“ベジタリアン”とか“ヴィーガン”とかはいはい、そういう系ねとカテゴライズされて面倒くさがられることを恐れ、肉を食べないことを言えずにいた。でも無理しなくていいんだ。そう思える仲間ができたこと。それが嬉しかったこと」と付け加えている。

 「肉を食べない女性芸能人」といえば、女優・浅芽陽子が思い出される。「エバラ焼き肉のたれ」のCMに出演していた浅芽だが、「私は肉を食べない」と発言したことで、降板に追い込まれる騒動が起きたのだ。芸能人が特定の思想や主義があると、スポンサー絡みで仕事に影響する恐れがある。だから、ブルゾンも公言するのを控えていたのかもしれない。芸能界を引退することで、いろいろなしがらみが解放されて、言いたいことを言える自由をかみしめているだろう。

 が、少し気になるのは「カテゴライズされて、面倒くさがられることを恐れ」という言い回しだ。つまり、ブルゾンは「あいつ、面倒くせー」と言われたくないのだろうが、この「面倒くささ」こそが、「ブルゾンちえみの“らしさ”」ではないか。

 19年2月1日放送の『アナザー・スカイ』(同)にブルゾンちえみが出演した時のこと。司会である今田耕司が「どんな30代を過ごしたいか?」と質問したところ、ブルゾンはなぜか答えられず、長いこと黙りこくり、今田が「軽く考えたら」と促したことがあった。あの沈黙の長さは結構なものだったと私は感じた。ブルゾンは自分を「真面目」と自己分析しており、だからこそ、先輩に向かって適当なことを言えないとか、視聴者の心に響くことを言おうと思って考えこんだのかもしれない。しかし、自分以外の立場、つまり今田や視聴者の目線で考えてみたら、どうだろう。ブルゾンが黙り込むことで番組が止まってしまっては、今田がブルゾンを追い込んでいるように見えなくもないので、今田もやりにくいし、視聴者も違和感を覚えるのではないか。そう考えると、ブルゾンの行動は、今田にも視聴者にも「面倒くさい」と捉えられるように思うのだ。

 裁判での証言のように「嘘をついてはいけない」わけではないのだから、適当に答えてもいいだろうし、ほかの女性ゲストが出演した回を見れば、「どんな30代を過ごしたいか?」といった質問がされることも、事前に把握できたはず。おそらくブルゾンがこうしたフリートークを苦手とするのは、自分の殻に閉じこもりがちで、周りの動きが目に入らず、ゆえに準備が足りないからではないだろうか。しかし、これは、SNSの発達により他者からの視線を気にしすぎて、自意識過剰になってしまう、そんな今どきの若い人が持つ大きな特徴の一つでもあるように感じるのだ。だからこそ、ブルゾンに対し、「私と同じだ」とシンパシーを感じ、ファンになる若者は少なくないと思う。

 ベジタリアンやヴィーガンに限らず、多数派でないものを悪く言ったり、「面倒くさい」と言う人はいる。しかし、ビジネスを伴った自己実現という観点から言うと、そういうところは、自分が第一人者として立てる場所であり、「面倒くさい」は金脈と言えるのではないだろうか。

 新型コロナウィルスの影響ですぐに留学は無理だろうが、海外に行けば、ブルゾンは自分の常識が無意味なことに気づくだろう。ブルゾンが喜んで「面倒くさい人」であることを受け入れた頃、彼女は新しい肩書で私たちの目の前に現れるのかもしれない。
(仁科友里)

フジモンこと藤本敏史が、離婚で失ったモノ……木下優樹菜は「水戸黄門の印籠」だった?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「元嫁からこのアカウントを引き継いで初めてのSNSやってみまーす」
(藤本敏史インスタグラムより)

 昨年末に離婚を発表したタレント・木下優樹菜とお笑い芸人・FJIWARAの藤本敏史(以下、フジモン)。私は「離婚しない」と勝手に決めつけていたので驚いた。藤本が優樹菜にブサイクとののしられることは、夫婦恒例のネタだった。しかし、ある時から、そのイジりが笑いの範疇を超えてきつくなってきたと感じられることが増えたが、あれは離婚の一つのシグナルだったのかもしれない。

 それでも、なぜ私が、フジモンと優樹菜は離婚しないと考えたかというと、この結婚はフジモンにメリットが大きいため、フジモンは優樹菜を手放さない、また優樹菜に愛想を尽かされないように良い夫に徹すると思ったからだ。

 番組名は失念したが、二人が交際中、バラエティ番組で「フジモンは、みんなのいる楽屋で、木下が掲載されているファッション誌をわざわざ読む」と暴露されていたことがある。フジモンは「彼女に感想を求められるから、読まされる」と説明していたが、それなら家で見てもいいはずだ。「彼女がモデルであること」を、フジモンは周りにアピールしたかったのだろう。加えて、優樹菜はフジモンの17歳年下である。若い女性を妻にすることにステイタスを感じる男性は多いので、優樹菜はフジモンにとって「得難い、自慢の彼女」だったのではないだろうか。

 フジモンの猛アプローチで結婚に至った二人だが、芸歴はフジモンのほうが長いにもかかわらず、収入は優樹菜のほうが上だったという。新婚時に二人に密着した番組を見たことがあるが、優樹菜のほうが収入が上なので、優樹菜がフジモンのための車を買い、保険も払っていると話していた。

 独身時代はおバカタレントの一人だった優樹菜だが、結婚後はタレントとして、さらに飛躍を遂げたと言っていいのではないだろうか。出産後はママタレとしても人気で、オリコンが調査した「好きなママタレントランキング」で2016年に1位に輝くなど、支持する人は多い。インスタグラムのフォロワー数も国内上位をキープしていた。

 フジモンも優樹菜の活躍には敬意を表していたようだ。15年12月13日放送の『上沼・高田のクギヅケ!』(読売テレビ)によると、「(優樹菜の)1年契約の仕事のギャラをチラっと見たら、絶対ショックを受けると思って見ないようにしていた。でも置いてあった。それはもうビックリして……。ボクがそれぐらい稼ごうと思ったら、ルミネの劇場に800回くらい出なあかん!」と話していたから、かなりの収入格差があるのだろう。しかし、当時のフジモンはその格差を気にすることなく、「そんなプライド捨てたら、めっちゃ楽になりますよ。妻が一家の大黒柱と思ったら、めっちゃ楽になります」と語っていた。

 「寄らば大樹の陰」ということわざがあるが、若く美しく稼ぐ妻のそばにいると何かとトクなはずだし、お子さんも二人いる。だからフジモンは離婚したくないだろうし、離婚を回避すべく優樹菜に尽くすはずと、私は思っていた。しかし、そういう端から見える「条件面」だけではどうにもならないのが、結婚の不思議な点なのかもしれない。

 交際から結婚、妊娠出産、育児とプライベートをかなりオープンにしてきた優樹菜とフジモンだが、離婚についてはかなり歯切れが悪い。フジモンは3月26日放送の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で、離婚の原因について「昔だったらケンカして言い合ってスッキリしていたのが、だんだんと言うのも嫌になってきた。それが溜まっていって……。お互いね。じわじわなのよ」と、決定的な何かがあったわけではないと説明。優樹菜が離婚理由についてコメントを出せば、世間から大きな反響を呼んだだろうが、“タピオカ騒動”の責任を取って現在は休業中なので、特に話題にもならず、フジモンに離婚特需が起きることはなかった。

 そんなフジモンが4月12日、インスタを始めた。フジモン本人が新しく立ち上げたものではなく、優樹菜が「嫁が旦那フジモンを載せていくだけのアカウント」として使っていたものを、引き継いだのだという。フジモンが「元嫁からこのアカウントを引き継いで初めてのSNSやってみまーす」とプロフィール欄に書いたことで、「円満アピール」「偽装離婚」という声がネットで上がっているようだ。

 離婚しても「優樹菜が撮ったフジモンの写真」がアップされるなら、円満アピールや偽装離婚と言われるかもしれないが、実際はそうではないようだ。では、なぜわざわざ、別れた妻のアカウントを使うのかというと、妻のアカウントについていたフォロワーを引き継ぎたかったからではないだろうか。

 バラエティ番組で、タレントを紹介するとき「SNSのフォロワーは○人」と言うように、現代ではフォロワー数を人気のバロメーターとみなす傾向がある。企業もフォロワーが多い人を宣伝に登用したりするので、人気商売の人にとって、フォロワー数は重要な商売道具であると言えるだろう。

 優樹菜がフジモンの写真を載せていくだけのアカウントをフォローしたり、「いいね!」をしてくれた人は、自分を評価してくれるファンなはずだから、引き継がない手はないー。もし、フジモンがそう思ったとしたら、それは見当違いではないだろうか。

 フォロワーは「優樹菜の夫」もしくは「結婚しても、ずっと妻に優しい仲良し円満夫婦の夫」が見たいのだと思う。過去の投稿を見ると、フジモン単体の写真よりも、優樹菜と一緒のの写真ほうが、「いいね!」数のケタは1桁増える。となると、離婚して優樹菜とフジモンが無関係になれば、フジモンはフォローしたい対象からはずれるだろう。それに、優樹菜の人気が低下すればフォロワーは減ると言える。

 15年1月11日放送のラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN系)で、有吉がフジモンを「貧乏だから、餅も買えないだろうから、1万円くらい早めのお年玉でもやろうか?」とイジったところ、「俺の嫁、誰だと思ってんねん! 木下優樹菜やぞ!」と返されたことを明かしていたが、水戸黄門の印籠のような妻はもういない。

 金銭的に頼りにすることもできないし、家族ネタで仕事を取ることもできない。これまで優樹菜から受けてきた有形無形の恩恵を、フジモンはひしひしと感じているのかもしれない。

松嶋尚美、「昨日、家で友達と遊んだ」発言で批判の嵐も……彼女は「天然」ではなく「策士」と感じるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「昨日、友達と遊んじゃって、家で」松嶋尚美
『バイキング』(フジテレビ系、4月8日)

 あなたの周囲に、自分に知識や常識がないことをアピールする人はいませんか?

 例えば、漢字が読めないとか、言葉の言い間違いを披露したり、入社試験や昇進試験のときに、いかにその場にそぐわない服装や態度で臨んだかを話す人。私はこういう人を見たら、面倒くさそうなので、すぐに距離を置くようにしている。幸いなことに、人に会わない仕事のため、それで済んでいるが、4月8日放送の『バイキング』(フジテレビ系)に出演した松嶋尚美を見て、やっぱりこういう人は苦手だと、あらためて思った。

 新型コロナウィルス感染症の拡大で、とうとう7都道府県に緊急事態宣言が出た。新しいウィルスなので、治療薬はなく、対処療法を取るしかない。4月8日の「福井新聞」によると、ワクチン候補は50種類以上あるが、安全性の確認など、越えなければいけない壁がいくつもあるとのこと。となると、薬が開発されるまで、私たちはともかくうつら(さ)ないことを心がけるしかない。

 安倍晋三首相は、緊急事態宣言で「人の接触を8割減らして」と呼びかけたが、リモートワークできない仕事も少なくないだろう。また、テレビも新型コロナの影響を受けている。ロケは中止となり、ソーシャルディスタンスを保つため、ゲストの距離は離されている。ニュースやワイドショーも、いかにして感染を防ぐかについて報じているが、そんな中、松嶋は『バイキング」で「昨日、友達と遊んじゃって、家で」と発言。「心苦しい、本当に今日は最後よ」と笑って話し、「今日から(人との接触8割減を)本当にするから」と誓っていた。

 松嶋と言えば、千代大海を「千代大会」だと思っていたり、ニコラス・ケイジを「ニコラス刑事」だと信じていたなどの天然ボケエピソードに事欠かないことから、今回の「友達と家で遊んだ」発言も、その延長だと見る人もいるだろう。

 しかし、松嶋は万事無防備かというと、そうでもないようだ。松嶋は宅配便のサインをする際に、宅配の人が持っているボールペンは使わず、自分ものを使うと話していた。いろいろな人が触るボールペンにウィルスがついていることを想定した自衛策だろう。

 人を家に呼んで遊ぶという、感染の確率を高めかねないことをする一方で、人が触ったボールペンには抵抗がある。これはつまり、自分の楽しみは優先するけれど、人からうつされるのはイヤという意識が強いということではないだろうか。天然ボケというと、何も考えていない人を連想するだろうが、松嶋は自分に甘い一方で、案外ディフェンスは固い人なんだなと感じるのだ。

 加えて、松嶋の判断力は鋭敏な気がする。一般人の雑談ならともかく、芸能人はギャラが発生する場所で話すとき、「今、この話をしていいのかどうか」という判断力が試されるだろう。「友達と家で遊んだ」発言に対し、共演者のおぎやはぎは「何やってんの」と呆れていたが、番組司会の坂上忍は、激怒するかと思いきや、笑った後に「正直な飾らない尚美ちゃんが好きですけど、今日から(人との接触8割減を)お願いします」と言うに留めた。ネットでは、松嶋の行為に批判が噴出したが、番組内で力を持っているであろう坂上は怒っていない。非常識なことを言えるのは、何を言ったら、その場にいる実力者が怒るか/怒らないかを読む能力があるか、もしくは、実力者に気に入られているので怒られない勝算があるかのどちらかで、それができる人は、天然ボケというより、策士ではないだろうか

 ネットでは、松嶋は降板すべきだという意見もあったが、松嶋はかなり『バイキング』向きのコメンテーターと言えるように思う

 『バイキング」の特徴の一つは、坂上が、司会という立場を超えて意見を言うことだと私は思っている。坂上は弁が立つタイプであり、ネットの反応を恐れずに自分の意見が言えるところもある一方、自分の意見と違ったり、進行役の榎並大二郎アナウンサーなど目下がとちったりすると、相手に詰め寄るといった強権的な部分もある。こういう人がメインの場合、脇を高める人は、水曜MC・おぎやはぎのように、ゆるさがあるほうがいいだろう。

 女性コメンテーターも同様で、これまでのケースから見ると、自己主張の強い女性タレントはレギュラーになっていない。今は“卒業”してしまったが、YOUがレギュラーだったときも、ほかの番組とは打って変わって、歯切れが悪かった。興味のない話題を振られていた可能性は否めないが、意見をはっきり言わないほうが、坂上のお好みであることに気づいていたからではないだろうか。もしそうだとすると、いつも突拍子もないことを言う(かつ、坂上を怒らせない)松嶋は、『バイキング」には欠かせないコメンテーターと言えるだろう。

 松嶋と言えば、かつて中島知子と共にオセロとして活躍していたが、中島が占い師の女性に洗脳されたという疑惑が浮上し、激太りしたと騒がれ、また家賃を滞納するなどのトラブルを起こして、所属事務所から解雇された。その後、コンビも解散したが、当時『ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)に出演した中島によると、“奇行”の原因は所属事務所と話が合わなかったことに加え、「(松嶋が)何年か前に独立した。コンビなのに独立した」と個人事務所を作ったことも理由に挙げていた。この言葉から考えると、中島は「相談もなく独立され、裏切られた」と思ったのかもしれない。今はテレビで中島を見ることはなくなってしまったが、相方に相談せず、いち早く独立し、解散しても一人で芸能界に生き残っている松嶋は、順風満帆そのものと言えるのではないだろうか。

 非常識な言動を見せても生き残れる人というのは、人の何倍もチャンスやタイミングを見ることに敏いと言えるのかもしれない。おそらく、今後もすっとぼけた発言を繰り返し、芸能界を渡っていくであろう彼女を、私は震えながら見つめていくつもりだ。

藤原紀香、新型コロナ感染拡大に「地球よーごめんね」……「誰も傷つけない」発言の妙

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「地球よーごめんね」藤原紀香
「藤原紀香オフィシャルブログ」(3月27日)

 「お祝い」と「お悔やみ」というのは、オトナになると避けて通れないものになるが、芸能人や有名人の場合、これらの義理事が「自身のアピールの場になる」という側面も否定できない部分があるだろう。大スターが結婚した場合、また亡くなった場合など、芸能人など各界の著名人がコメントを発表し、それをメディアが取り上げることで、自分にスポットが当たるからである。

 お祝いとお悔やみ、どちらも言葉を選ぶ必要があることに違いはないが、より難しいのはお悔やみではないだろうか。そんなつもりはなくても、不謹慎だったり、不道徳と受け止められる発言をすると、深い悲しみの中にいるご遺族をさらに傷つけることになる。だからこそ、難しいと言えるし、もっと言うとお悔やみを言う側の“本質”のようなものが見える気がしてならない。

 タレントの志村けんさんが、3月29日、新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった。所属事務所は志村さんが感染と入院をその前に発表していたが、誰もが回復を信じていたのではないか。それだけに、国民が受けたショックも大きく、こういう不測の事態に、「この人って自分のことしか考えていないんだなぁ」と真底思わされたのが、小池百合子東京都知事のお悔やみコメントだ。

「まず、謹んでお悔やみを申し上げたいと思います。志村さんと言えば、本当にエンターテイナーとして、みんなに楽しみであったり笑いを届けてくださったと感謝したい。最後に悲しみとコロナウイルスの危険性について、しっかりメッセージを皆さんに届けてくださったという、最後の功績も大変大きいものがあると思っています。お悔やみ申し上げます」

 志村さんは「新型コロナウイルスは怖いんだよ」と国民に伝えるために、亡くなったのではない。ご本人も回復を望んでいたと思うが、新種のウイルスを前に、医師団も志村さんもなすすべがなかったのだろう。人の死を“功績”と変換してしまうあたりに、小池都知事の情のなさが露呈し、やはり彼女が自分のことしか考えていないと思わされるのだ。

 小池都知事は同25日の会見で、「感染爆発の重大局面」として、平日はなるべく家で仕事を、夜の外出は控えて、週末も不要不急の外出は取りやめるように促している。また同27日には「接待を伴う飲食の場で、感染を疑う事例が多発している。ナイトクラブやバーなどの入店を、当面控えてほしい」と呼びかけた。一言でいえば、なるべく家から出ないような生活をしてくれ、ということではないだろうか。

 しかし、同29日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)によると、渋谷や原宿は若者が激減しているものの、目黒川沿いには桜を見たい若者が集まっていた。自治体は花見自粛の看板を出しているが、若者たちはスマホで桜を撮影している。20代のある女性は「ずっと通勤で混んでいる電車を使っていて、今更自粛って言われても……」といった具合に、危機意識は薄いようだ。

 もちろん若者全員が同じ考えだとは思わないが、小池都知事が再三、三密(換気の悪い密閉空間、大勢がいる密集場所、間近で会話する密接場面)を避けるように呼び掛けても、どこか他人事だった人はいただろう。しかし、志村さんという国民的大スターが亡くなったことで、新型コロナウイルスの怖さが身に染みて、なるべく外出を控えようと思う人も増えるはずだ。それで感染爆発が抑えられれば、国民の安全な生活が保たれることはもちろん、それを主導した政治家としての小池都知事の手腕を示すアピール材料になるのではないか。こうやって考えていくと、「最後の功績」が誰のための言葉かと言えば、小池都知事本人のためではないだろうか。

 結果を出すのが政治家の宿命とは言え、人の死を軽視するような発言は、聞いていて気持ちのいいものではない。それに比べると、なんとも間が抜けていて、いい感じなのが、藤原紀香の新型コロナウイルスに関する記述だ。特定の人物へのお悔やみの言葉ではないのだが、新型コロナウイルスが世界中に大きな被害をもたらしていることに関し、“お気持ち表明”をしている。これもまた言葉選びが難しいものと言えるだろう。

 同27日、紀香はブログに「オリンピックが延期となりました。コロナが依然として猛威を奮いまくっています。こんなこと、誰が予想したでしょう」とつづっている。新型コロナウイウスを「目に見えないものとの闘い」とし、「目に見えないものといえば、ウイルスだけでなく、これまで自然や動物の声を、人はちゃんと聞いてきたのだろーか(中略)地球よーごめんね、そしてありがとう」と結んでいる。

 おそらく、紀香はウィルスを環境破壊によってもたらされる公害かなにかだと思っているのだろうが、それは違う。ウイルスや細菌と人類の付き合いは非常に長く、人類はこれらと戦いながら、生き延びてきたとも言える。

 例えば、最近、日本でも爆発的に罹患者が増えている梅毒は、まだ断定されていないものの、15世紀の終わりに、コロンブスが新大陸から持ち帰ったという説が濃厚である。新大陸を発見すれば、新たな領土、奴隷、農作物が手に入るという利点がある。しかし、梅毒のように不必要なものをもらってしまうこともあるわけだ。新型コロナウイルスが最初に発見されたのは、中国の武漢市だが、そこから中国全土、世界各国に広がっていった。グローバル化が進むと、貿易や旅行がしやすくなるなどいいことが増えるが、その一方で伝染病など好ましくないものをもらってきしまうリスクも高まると言える。コロンブスの時代も現代も構造的には変わらないと言えるだろう。

 理論で言えば、紀香の書いている「地球よーごめんね」は的外れである。しかし、紀香のこの文章は誰も傷つけない。加えて、ちょっとズレているという意味で面白くて、話題性もあるのでネットニュースにもなる。だが、炎上するほどではない。

 「話題になる」という芸能人としてのお仕事を果たしながら、越えてはいけない一線を越えることはない。紀香ってやっぱり、芸能人として、すごいと言わざるを得ない。

藤原紀香、新型コロナ感染拡大に「地球よーごめんね」……「誰も傷つけない」発言の妙

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「地球よーごめんね」藤原紀香
「藤原紀香オフィシャルブログ」(3月27日)

 「お祝い」と「お悔やみ」というのは、オトナになると避けて通れないものになるが、芸能人や有名人の場合、これらの義理事が「自身のアピールの場になる」という側面も否定できない部分があるだろう。大スターが結婚した場合、また亡くなった場合など、芸能人など各界の著名人がコメントを発表し、それをメディアが取り上げることで、自分にスポットが当たるからである。

 お祝いとお悔やみ、どちらも言葉を選ぶ必要があることに違いはないが、より難しいのはお悔やみではないだろうか。そんなつもりはなくても、不謹慎だったり、不道徳と受け止められる発言をすると、深い悲しみの中にいるご遺族をさらに傷つけることになる。だからこそ、難しいと言えるし、もっと言うとお悔やみを言う側の“本質”のようなものが見える気がしてならない。

 タレントの志村けんさんが、3月29日、新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった。所属事務所は志村さんが感染と入院をその前に発表していたが、誰もが回復を信じていたのではないか。それだけに、国民が受けたショックも大きく、こういう不測の事態に、「この人って自分のことしか考えていないんだなぁ」と真底思わされたのが、小池百合子東京都知事のお悔やみコメントだ。

「まず、謹んでお悔やみを申し上げたいと思います。志村さんと言えば、本当にエンターテイナーとして、みんなに楽しみであったり笑いを届けてくださったと感謝したい。最後に悲しみとコロナウイルスの危険性について、しっかりメッセージを皆さんに届けてくださったという、最後の功績も大変大きいものがあると思っています。お悔やみ申し上げます」

 志村さんは「新型コロナウイルスは怖いんだよ」と国民に伝えるために、亡くなったのではない。ご本人も回復を望んでいたと思うが、新種のウイルスを前に、医師団も志村さんもなすすべがなかったのだろう。人の死を“功績”と変換してしまうあたりに、小池都知事の情のなさが露呈し、やはり彼女が自分のことしか考えていないと思わされるのだ。

 小池都知事は同25日の会見で、「感染爆発の重大局面」として、平日はなるべく家で仕事を、夜の外出は控えて、週末も不要不急の外出は取りやめるように促している。また同27日には「接待を伴う飲食の場で、感染を疑う事例が多発している。ナイトクラブやバーなどの入店を、当面控えてほしい」と呼びかけた。一言でいえば、なるべく家から出ないような生活をしてくれ、ということではないだろうか。

 しかし、同29日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)によると、渋谷や原宿は若者が激減しているものの、目黒川沿いには桜を見たい若者が集まっていた。自治体は花見自粛の看板を出しているが、若者たちはスマホで桜を撮影している。20代のある女性は「ずっと通勤で混んでいる電車を使っていて、今更自粛って言われても……」といった具合に、危機意識は薄いようだ。

 もちろん若者全員が同じ考えだとは思わないが、小池都知事が再三、三密(換気の悪い密閉空間、大勢がいる密集場所、間近で会話する密接場面)を避けるように呼び掛けても、どこか他人事だった人はいただろう。しかし、志村さんという国民的大スターが亡くなったことで、新型コロナウイルスの怖さが身に染みて、なるべく外出を控えようと思う人も増えるはずだ。それで感染爆発が抑えられれば、国民の安全な生活が保たれることはもちろん、それを主導した政治家としての小池都知事の手腕を示すアピール材料になるのではないか。こうやって考えていくと、「最後の功績」が誰のための言葉かと言えば、小池都知事本人のためではないだろうか。

 結果を出すのが政治家の宿命とは言え、人の死を軽視するような発言は、聞いていて気持ちのいいものではない。それに比べると、なんとも間が抜けていて、いい感じなのが、藤原紀香の新型コロナウイルスに関する記述だ。特定の人物へのお悔やみの言葉ではないのだが、新型コロナウイルスが世界中に大きな被害をもたらしていることに関し、“お気持ち表明”をしている。これもまた言葉選びが難しいものと言えるだろう。

 同27日、紀香はブログに「オリンピックが延期となりました。コロナが依然として猛威を奮いまくっています。こんなこと、誰が予想したでしょう」とつづっている。新型コロナウイウスを「目に見えないものとの闘い」とし、「目に見えないものといえば、ウイルスだけでなく、これまで自然や動物の声を、人はちゃんと聞いてきたのだろーか(中略)地球よーごめんね、そしてありがとう」と結んでいる。

 おそらく、紀香はウィルスを環境破壊によってもたらされる公害かなにかだと思っているのだろうが、それは違う。ウイルスや細菌と人類の付き合いは非常に長く、人類はこれらと戦いながら、生き延びてきたとも言える。

 例えば、最近、日本でも爆発的に罹患者が増えている梅毒は、まだ断定されていないものの、15世紀の終わりに、コロンブスが新大陸から持ち帰ったという説が濃厚である。新大陸を発見すれば、新たな領土、奴隷、農作物が手に入るという利点がある。しかし、梅毒のように不必要なものをもらってしまうこともあるわけだ。新型コロナウイルスが最初に発見されたのは、中国の武漢市だが、そこから中国全土、世界各国に広がっていった。グローバル化が進むと、貿易や旅行がしやすくなるなどいいことが増えるが、その一方で伝染病など好ましくないものをもらってきしまうリスクも高まると言える。コロンブスの時代も現代も構造的には変わらないと言えるだろう。

 理論で言えば、紀香の書いている「地球よーごめんね」は的外れである。しかし、紀香のこの文章は誰も傷つけない。加えて、ちょっとズレているという意味で面白くて、話題性もあるのでネットニュースにもなる。だが、炎上するほどではない。

 「話題になる」という芸能人としてのお仕事を果たしながら、越えてはいけない一線を越えることはない。紀香ってやっぱり、芸能人として、すごいと言わざるを得ない。

唐田えりか、「杏から東出を略奪するため」に必要だったこと――「結婚とカネ」を考える

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「事務所の人も行方をつかめていないという話が……」山田美保子
『サンデー・ジャポン』(TBS系、3月22日)

 杏は、夫である俳優・東出昌大の不倫を許すのか――? 俳優・東出昌大が3月17日に不倫の謝罪会見を開いたことで、夫婦の今後に注目が集まっている。別居は続けているものの、杏は東出と子どものコミュニケーションは拒否していないそうなので、「杏は東出を許すのではないか」と見る人もいれば、一方、マスコミからの「杏と唐田、どちらが好きか?」という質問に、東出が妻である杏と即答しなかったことから、「杏も愛想を尽かして離婚に踏み切るのではないか」と見る人もいるようだ。

 杏の決断はいずれ明らかになるだろうが、金銭的な面で考えると、東出は離婚したくないのではないか。

 不倫騒動の影響を受けて、東出はCMを降板している。「フライデー」(講談社)によると、CMの違約金は2億円とのこと。東出に仕事があれば、支払うことはできるだろうが、イメージダウンした今の彼に、不倫報道前のようにオファーが来るかというと疑問だ。加えて、もし離婚となれば、家族で暮らす豪邸を完全に出なければならず、慰謝料や3人の養育費も払わなくてはならない。やはり、仕事がなければ、これらを支払うことができないだろう。しかし、杏に許してもらえれば、とりあえず食いっぱぐれることはない。杏と今後も一緒にいられれば、「危機を乗り越えた夫婦」と世間のイメージも変わり、仕事面でやり直せる可能性もゼロではないだろう。

 東出の所属事務所も、離婚は避けたいと思っているのではないか。事務所はビジネス的観点から、売れっ子である東出を早く復帰させて、違約金分を含めた金額を稼いでもらいたいというのが本音だろう。謝罪会見は、事務所がお膳立てをしたと考えるのが一般的だが、なぜそのように骨を折るかというと、正式な謝罪をしなければ、東出は芸能活動ができないから。会見での受け答えのうまさは、さほど問題ではなく、芸能記者に囲まれてぼこぼこにされ、“公開処刑”されることが、禊ぎになるのではないかと私は感じている。

 それに対し、唐田えりかの復帰は相当厳しいのではないか。3月22日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演した山田美保子センセイは、「(唐田は)消息不明でして、事務所の人も行方をつかめていないという話が……」と言っていたが、これが唐田の立場を端的に表していると言えるのではないだろうか。事務所が行方をつかめていないというのは、事務所がさじを投げている、もしくはどうでもいい存在だと思っていることの表れのようにも感じられるのだ。女優業の先輩の夫と不倫をし、それをSNSで匂わせるとは相当タチが悪いだけに、事務所からそういった扱いをされても「当然」と思う人もいるだろう。しかし、不倫の“共犯”である東出には、事務所と経済力のある妻という守ってくれる人がいることを考えると、現在の東出と唐田はどちらも危機的状況にあると言えど、そのレベルには雲泥の差があると言えるのではないか。

 なぜこのような不均衡が起きるのか。それは、芸能界という「弱肉強食」「勝てば官軍」の世界では、売れていない人の立場が圧倒的に弱いからだろうが、加えて結婚という契約が、案外「重い」からではないか。

 恋愛と結婚の一番の差は、カネに対する権利と言えるだろう。恋愛なら、カップルのどちらがデート費用などにカネを出そうと、二人がよければ問題はないが、結婚においては、民法がカネの“分担義務”という基本理念を定めている。例えば、民法第760条には「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」とある。結婚生活を送るにあたり、必要な費用は二人で協力して出しましょうという意味で、別居中であっても、生活費は分けてはならないとされているのだ。さらに、民法762条には「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する」とあり、結婚後につくった財産は(所有が明らかではない場合)、二人のものとされている。つまり「オレ(私)が稼いだんだから、オレ(私)のもの」とはならないわけだ。この原則を好意的に解釈すれば、“夫婦平等”と見ることができるだろうが、うがった見方をすると、稼いだ金が二人のものになるだけに、収入の高いほうも低いほうも「別れると損」なことに気づく。法律が、夫婦を別れにくくするように、やんわり縛っていると言えるのではないか。

 唐田がどんなつもりで不倫をしていたのかはわからないが、東出を奪いたいと思っていたのなら、「別れると損」というカネにまつわる結婚の原則を打破する必要があったのではないか。唐田が売れて稼いでいるのであれば、東出が唐田に乗り換えても損はないが、そうでなければ、特に唐田と結婚する意味はないだろう。また、唐田が売れっ子の稼ぎ頭であれば、不倫がバレても事務所も全力で守ってくれたはずだ。不倫する女性芸能人にとって「売れているか、稼げているかどうか」は、大きな意味を持つように思う。

 不倫が露見すればバッシングされ、仕事を失う――これまでのスキャンダルを見てわかっているはずなのに、それでも一向に減らない芸能人の不倫。それだけ甘美なものなのかもしれないが、不倫をするなとは言わないものの、せめて売れてから。稼いでいないうちは、不倫はダメ。独身女性芸能人のみなさんは、ぜひ自分が損をしない選択をしてほしいものだ。

「杏と唐田どちらが好き?」という質問を絶賛――『とくダネ!』と小倉智昭に危惧すること

「杏と唐田どちらが好き?」という質問を絶賛――『とくダネ!』と小倉智昭に危惧すること
小倉智昭は「SNS時代」を理解していない――「杏と唐田どちらが好き?」という質問を絶賛するヤバさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「芸能史上に残ります」小倉智昭
『とくダネ!』(フジテレビ系、3月18日)

 会ったこともない芸能人について、ああだこうだ書くことを小商いにしている私が芸能ニュースに望むこと、それは「ちょっと笑える要素」があってほしいということだ。私の中で「不倫」というのは、芸能ニュースとして最適の部類に入るのかもしれない。なぜなら日本には姦通罪はないため、警察のお世話になる案件ではなく、また人命が失われるわけでもなく安心してネタにできる、そして「ちょっと笑えるポイント」に事欠かないからだ。

 「週刊文春」(文藝春秋)が、女優・鈴木杏樹と新派の俳優・喜多村緑郎の不倫を報じたが、2人は千葉の海岸でデートをし、ラブホテルで休憩したという。名の知れた芸能人がお安いラブホテルに行くというのが「ちょっと笑える要素」であり、こういう部分があると、ネタにしやすいし、沈静化するのも早いように感じている。しかし、俳優・東出昌大の不倫のように、「笑える要素ゼロ」の不倫は、私にとっては好ましくない芸能ニュースだ。女優・杏の妊娠中から不倫を始め、結婚生活5年のうち不倫は約3年、お相手の女優・唐田えりかはSNSで匂わせを連発と、「笑える要素ゼロ」。女性をイラつかせる要素を全部詰め込んだかのような不倫は、バッシングが過熱しやすい。事実、不倫発覚後2カ月近く経過したものの、テレビも週刊誌もSNSも、この話題で持ちきりだ。

SNSで変わったワイドショーと週刊誌

 昔は芸能人の不倫スキャンダルを報じるのは、週刊誌とテレビだけだった。週刊誌は1週間もすれば店頭から消えるし、ワイドショーも週刊誌から提供されるネタだけで番組を作り続けるのには限度がある。不倫のニュースも2~3日くらいで終息していたように記憶している。

 しかし、SNSの出現で、ワイドショーも変わった。テレビはSNSの反応を視聴者の意見とみなし、既存の情報とからめて、視聴者の反応をテレビで取り上げることにより、同じ話題を引っ張ることをし始めた。視聴者の意見に対し、さらに芸能人のコメンテーターがコメントし、それがネットニュースになり、そこに視聴者がまた反応する。こうなると、ニュースは延々と続き、「悪いことをした人」は、ずっと責められることになる。

 一方でSNSによって週刊誌は変わったのだろうか。東出の不倫を最初に報じた「文春」は、唐田や東出の言い分を続報した。この話題に読者が食いつくと踏んだのかもしれないが、これは小室哲哉氏の時と同じ轍を踏まないための「文春」側の“防御”ではないかと、私は勝手に感じている。

 2018年、「文春」が音楽プロデューサー・小室氏の不倫を報じた。くも膜下出血による後遺症で療養中のKEIKOという妻がありながら、看護師の女性を家に招き入れていたのだ。SNSでは激しいバッシングが起きるが、小室氏は会見を開き、妻の介護疲れから女性看護師に癒やしを求めたこと、また、男性としての機能を失っているので不倫ではないことを告白。しかし、騒動のけじめとして引退を発表する。この時に、介護に疲れた小室氏に同情の声が起こり、「『文春』が小室を引退に追い込んだ」「週刊誌にそこまでする権利があるのか」という怒りの声がSNS上に上がった。バッシングの矛先が小室氏から「文春」に変わったのだ。

 この経験から、「文春」は騒動の登場人物全てに焦点を当て、バランスを取ることで、1人だけを追い込みすぎることを避けようとしたのではないだろうか。例えば唐田は、先輩である杏に対し、不倫を匂わせる行為を連発するしたたかな女性という印象を持つ人も多いだろうが、「文春」は、唐田が東出と別れようと葛藤していたことも記事にしている。この記事を読んだからといって、唐田のイメージが回復することはないだろうが、「そこまで悪い子でもない」という印象を受ける人は多いだろう。また「文春」は東出にも直撃取材を行い、「いま、自分は自分の過ちから、かけがえのない日々を失ったことを実感しています」という本人のコメントを引き出した。唐田の記事同様、この発言があっても東出のイメージは地に落ちたままだが、「不倫を悔いている」というスタンスを見せることで、世間のバッシングが過熱するのを抑えた可能性はあるだろう。

 東出や唐田を追い込みすぎると、「文春」自体が批判にさらされるから、東出や唐田の言い分も掲載した……これは私の臆測に過ぎないが、杏にダメージを与えた側の言い分も掲載するというのは、「機会を均等に与える」という意味で公平なのである。

 しかし、テレビに、週刊誌のような配慮はあるのだろうか?

 3月17日、東出が不倫報道後、初めて公の場に姿を見せた。杏と離婚するのか取材陣から質問が集中する中、「これ以上、妻を傷つけたくありません」という理由から、「お答えできません」という回答に終始していた。そんな中、ある女性レポーターが「杏さん、唐田さん、どちらが好き?」と質問し、東出が「妻」と答えず「お答えできない」と言ったことが、ネットで話題になっている。「杏」と答えれば、「それなら、なぜ不倫したのか?」と言われてしまうから、うかつに答えられないだろうし、そう答えることで、「やっぱり、唐田をもてあそんだ」という意見が起こらないとも限らない。東出の答えは、そういった意味で「正解」と言えるだろう。

 翌18日放送の『とくダネ!』(フジテレビ系)では、司会の小倉智昭が、この質問を「芸能史上に残ります」と絶賛していた。しかし、この質問は本当に必要だろうか? 今更こんなことを聞いて、何の意味があるのだろうか?

 東出は今、芸能人として一番の危機を迎えていることは間違いないだろう。がた落ちした好感度を、これ以上下げたくないだろうから、どんな失礼な質問も我慢して答えなくてはいけない。不愉快な表情を少しでも見せれば、「反省していない」と言われかねないからだ。

 弱っているときにつけこむように、「杏と唐田どちらが好き?」というきわどい質問をすることを良しとした小倉は、これを「面白い」と思っているのかもしれないが、そういういじめのような論理がまかりとおるのは、情報源がテレビだけだった時代ではないだろうか。「悪いことをしたから」を理由に、調子に乗って芸能人を追い込むと、「文春」が抗議にさらされたように、SNSから批判の声が上がり、今度は怒りの矛先が、番組や小倉本人に行く可能性があることに気づいているのだろうか?

 ちなみに小倉と言えば、かつて『とくダネ!』でコンビを組んでいた女優・菊川怜の結婚相手である実業家男性と食事をし、「いい男」「こちらが言葉遣いに気を使わないといけないほど、きちっとしている」とベタ褒めしていたことがある。しかしその実業家男性は、2人の女性との間に、同時期に婚外子をもうけていたと「文春」が報じた。さらに、「週刊新潮」(新潮社)は、さらにもう1人、実業家男性の子どもを出産した女性がおり、彼女が養育費を求めて訴えを起こしたと報じている。小倉が何をもって「いい男」と判断したかは不明だが、もし「一代で莫大な財を築いたから、いい男」と思ったのだとしたら、それは時代遅れだと言えるだろう。「オトコは仕事さえデキれば、オンナにだらしがなくてもいい」という時代はもう終わっているからこそ、不倫がこんなに騒がれるのだ。

 小倉のこうした言動を見ると、年を取ることがマイナスだとは思わないが、ある程度は時代に沿う努力は必要ではないだろうかと感じる。そうしないと、テレビも小倉自身もどんどん「過去の遺物」に成り下がっていくように思えてならない。

小倉優子、「真面目な人」と言われた夫との“離婚危機”報道に考える「結婚相手」に必要なもの

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「夫がこんなにも怒りっぽい人とは思わなかった」小倉優子
「サンケイスポーツ」3月11日号

 2019年11月30日放送の『人生最高レストラン』(TBS系)のゲストがタレント・小倉優子だった。小倉は18年に歯科医の男性と再婚をしており、その経緯について話していた。

 きっかけはママ友の紹介で「絶対に合う人がいる。すごい良い人で、絶対2人は合うから」という理由で紹介してもらったのだという。一緒に食事をした際の印象はよかったそうだが、親友であるタレントのギャル曽根が「(小倉の言葉は)信用できない」として、2回目の食事の際に、マネジャーとともに同席したそうだ。

 ギャル曽根は「歯医者さんで今まで結婚したことがなく、40歳超えているとなったときに、『絶対遊んでる! 絶対ダメ!』って思って反対する気持ちだった」そうで、食事の際、小倉を部屋から出して質問攻めにしたという。「お金についても話しました。芸能界って良い時もあれば、悪いときもある。稼ぎがゼロになる可能性だってある。そのときに、あなたは養えますか? って。聞きたいこと全部聞いた」そうだ。その結果、「今まで見たことがないぐらい、真面目な人」という感想を抱き、ゆうこりんを託すことにしたと語っていた。

 おそらく、こういう話を、特に若い女性は「友達のために、ひと肌脱ぐいい話」と思うのだろう。しかし、私には歯科医を紹介したママ友も、ギャル曽根も「気持ち悪い」と感じるのだ。

 何を根拠に「良い人」「絶対、2人は合う」なんて言えるのだろうか。どうして「真面目な人」であれば、結婚生活がうまくいくと言えるのだろうか。ママ友とギャル曽根の行為が善意からきていることはわかっているが、結婚というのは、それなりに大きな人生の選択だし、ましてや小倉には前夫との子どもが2人いる。「相手の連れ子を愛せない」という話は男女関係なくよく聞く話だし、ごく一部の極端な例であるとは言え、夫が妻の連れ子を虐待する事件だって起きている。ママ友はそんなデリケートな状況に首を突っ込んで、「絶対合う」と言える自信がどこから来るのだろう。またギャル曽根のように、デートに友達がしゃしゃり出てくることで、小倉に対する男性の気持ちが萎えてしまわないとも限らない。

 繰り返すが、ママ友もギャル曽根も「ゆうこりんのためを思って」の行動だということはわかっているつもりだ。しかし、善意というのは「いいことをしている」という大義名分がある分、歯止めが利かなくて厄介な部分もある。それに、私にとって「気持ち悪い」ことでも、ゆうこりんの結婚がうまくいけば、全方位的に「いい話」になるはず……だが、現実はそうでもなかったようだ。

 3月11日発売の「サンケイスポーツ」が、小倉の離婚危機について報じている。記事によると、現在小倉は妊娠中だが、昨年の暮れに突然夫が家を出てしまい、離婚を要求してきたという。以降は、弁護士を通してやりとりをしており、離婚だけではなく、連れ子との養子縁組の解消を求めてきたという。なお記事では、夫は歯科医院を開業するにあたり、小倉に専業主婦になることを求めたものの、小倉が拒否したことが原因とされている。

 なぜ、夫が歯科医院を開業すると、妻は専業主婦になる必要があるか私にはわからないが、それはさておき、小倉は「私が悪かった」と詫びて復縁を望んだそうだ。しかし、夫の気持ちは変わらず、生まれてくる子どもに会う気もないという。小倉は「夫がこんなにも怒りっぽい人とは思わなかった。でも、子供たちや生まれてくる子のためにも、元の関係に戻りたい」と話しているそうだ。

 この記事は若干、小倉びいきのきらいがしないでもないが、夫婦の内情はともかく、妻が自分の子どもを妊娠中に、いきなり家を出ていって、弁護士を通して離婚を要求する人の、どこが「真面目な人」「良い人」なのだろうか。そういう冷たい仕打ちをする人と、小倉は「合う」のだろうか。

結婚相手との「性格的な相性」は意味がない?

 断っておくが、私は小倉に夫を紹介したママ友と夫に太鼓判を押したギャル曽根を「見る目がない」と言いたいのではない。数回会ったくらいで性格なんてわかりっこないし、もしかしたら小倉の夫は、本当は「良い人」「真面目な人」かもしれない。しかし、そもそも性格的なものは、結婚生活に意味がないのではないかと思うのだ。

 おそらく、ママ友が「良い人」とアピールし、ギャル曽根が「真面目かどうか」にこだわったのは、小倉の前夫が、小倉の妊娠中に事務所の後輩に手を出したことが影響しているのだろう。しかし、「良い人」「真面目な人」なら不倫をしないという保証はないし、かえって、「良い人」だから、「真面目な人」だから、相手に夢中になりすぎて、家庭を捨ててしまったという話を聞いたこともある。

 相手の性格的なものが問われるのは、結婚よりも恋愛ではないだろうか。恋愛は2人の問題だから、性格的な相性がいいほうが楽しめるだろう。しかし、結婚は生活を共にする(稼いで、家事をやって、欲しい人は子どもをつくり、育てる)ことだから、どちらかというと、男女の関係より、ビジネスパートナーと考えたほうがしっくりくるように思う。

 何年一緒にいても、相手の性格というのは、わかっているようで、わからないものではないかと、個人的には感じている。そして、性格が良い(悪い)よりも大事なことは、相手に何か「いいもの」を与えようとする姿勢ではないだろうか。極端な例ではあるが、みんなに「良い人」と思われたくて、後輩におごりまくる人よりも、誰にも1円もおごらず「ケチ」だと言われたとしても、給料をきちんと全額家庭に入れてくれる人のほうが、結婚相手としては向いているだろう。

 離婚はほぼ確定の感のある小倉だが、もう周囲は変な気を回して、次なる夫候補を探すようなことをせずに、そっとしておいたらどうか。数年のうちに「父親が変わること」を繰り返すのは、お子さんにいい影響を与えるとはどうしても思えない。

 仕事をして、子どもを育てるという今のライフスタイルを変えなくても、本当に縁がある人とは出会えるのではないだろうか。ゆうこりんも、歯科医師といった「ステイタスのある職業」や、「両親のそろった家庭」みたいな体裁にこだわらず、もっと自分を信じて頑張ってと言いたい気持ちだ。