華原朋美、「薬物乱用で事務所クビ」報道も……彼女は「芸能界を引退すべきではない」と思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「大企業に勤めている次期社長だと言われている友達がいるんですけど」華原朋美
「週刊文春」2020年9月24日号(文藝春秋)

 タレント・華原朋美の周辺がかまびすしい。

 華原は昨年の夏に男児を出産したが、友人であるバイオリニスト・高嶋ちさ子からベビーシッターを紹介してもらったという。高嶋家の子どもたちもお世話になったという“実績”があるので信頼していたようだが、シッターが哺乳瓶でジュースを飲んでいる華原の赤ちゃんの両脚を持って、逆さづりにしていたことが発覚。驚いた華原は、シッターとの契約を打ち切り、逆さづりの動画をLINEで高嶋に送ったところ、「これのどこが虐待なの? うちもこれ大好きでいっつもやってもらってた(中略)。もしもこれを虐待と取るのだとしたら、おかしいよ」と、まるで「おかしいのは、おまえだ」と言わんばかりの返事が返ってきたという。

 華原は平常心ではいられないだろうが、高嶋とのトラブル報道の興奮が冷めやらないうちに、所属プロダクション尾木が、華原との契約解除を発表した。尾木プロの説明では、華原本人から「やめたい」と申し出があったそうだが、2020年9月24日号「週刊文春」(文藝春秋)は、実際にはクビだと報じ、その原因を「華原の精神安定剤や睡眠導入剤の乱用」だとしている。華原は最近になって、3回交通事故を起こしているが、その際も薬物の過剰摂取で酩酊状態だったと報じた。

 「文春」の直撃を受けた華原は、交通事故を起こしたことは認めていたが、薬の乱用は否定。逆に「なんでそんなに薬にこだわるんですかねぇ」とつぶやいたという。

 ここまで薬物の乱用を疑われるのは、過去のことが影響しているのではないか。華原は今から10年ほど前に、薬物の過剰摂取で救急搬送されたことがある。10年9月16日号の「女性セブン」(小学館)によると、タクシーに乗り込んだ華原が行先も告げずに眠り込んでしまったため、困った運転手が警察に華原を送り届けた。当時の華原は、本人いわく、「精神安定剤とか睡眠薬がないと生きられなくなった」状態だったが、芸能界復帰に戻りたい一心から断薬し、実際、12年に復帰を果たした。

 メンタルが極度に不安定だったり、処方箋薬であっても薬物の乱用がウワサされる芸能人は、仕事に穴をあけるリスクがあるので、制作側はあまり使いたくないというのが本音ではないだろうか。そもそも、新型コロナ肺炎の関係で、芸能界の仕事そのものが減っているだろうし、その上、華原は契約解除によって、守ってくれる存在である事務所もなくなってしまった。ネットでは「ともちゃんには幸せになってもらいたいのに、なかなかうまくいかない」と、華原の周りで起きる出来事を“厄災”とみなすコメントや、「育児に専念したら」と芸能界休業もしくは引退を進める声もあったが、私は華原の輝く場所は芸能界以外にはないと思う。

 華原を語る上で欠かせないのが、音楽プロデューサー・小室哲哉氏との交際だろう。深夜番組で時折見かけるグラビアアイドルだった華原が、小室氏との出会いによって、日本を代表するアイドル歌手になった。不思議ちゃんなのか、それとも精神不安定なのか、華原は歌番組で質問されても答えず、うなり声をあげたりすることもあった。フツウなら、番組のプロデューサーや司会者などから怒られそうなものだが、背後に超ヒットメーカー・小室氏が控えているので特にそんなこともなく、「そういうところがかわいい」と、かえって評価されてもいた。

 しかし、小室氏の心変わりで二人の関係は終わる。失恋は誰にとってもつらいものだが、華原の場合、小室氏を失うということは、曲を書いてもらえなくなることを意味するだけに、ヒットチャートからの転落は免れないだろう。当然、仕事も収入も減るし、これまでチヤホヤしてくれた人が去っていくことも想像に難くない。華原は失恋で全てを失ったと言って過言ではないだろう。

 華原が安定剤に依存しているとか、メンタルの調子が悪いという報道はたくさんあったが、それは、ある意味当たり前のことで、もしフツウの女性が同じ経験をしたら、とっくに自ら命を絶っているか、生きていても再起不能に追い込まれたように思う。

 華原が不安定であることは間違いないものの、その一方で念願の芸能界に復帰し、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の劇中曲「夢やぶれて」を歌って、世間から高い評価を得た。また、番組名は失念したが、芸能界復帰を目指していた頃、華原は「女の子を生んで、アイドルにしたい」と話していた。そして彼女は実際に、男児ではあるものの、40半ばで無事に出産を果たしている。さらに、「女性自身」(光文社)によると、所属事務所の社長に「痩せないと(ディナーショーの)ステージに立たせない」と言われたことから、1カ月に9キロを落とすダイエットに成功したなど、プロフェッショナルな一面を持っているのだ。

 極度に不安定でありながら、その一方で不運をはねかえし、やりたいこと、やるべきことを達成していく。弱そうでものすごく強い、もしくは“デキる”人なのが華原だと思う。その矛盾が華原の魅力で、だからこそ芸能界でしか生きられない人なのではないかと、私は思うのだ。

 また、華原は助けてくれる人にも事欠かないようだ。華原の家の部屋につけられたカメラの画像が動かぬ証拠となって、虐待騒動が表沙汰になったが、カメラ設置を勧めてくれたのは「大企業に勤めている次期社長だと言われている友達」だそうだ。小室氏は華原の恩人だろうが、小室氏がいなくても、華原は手を差し伸べてくれる人に事欠かない人生なのかもしれない。

 事務所を辞め、フリーとなった華原はYouTubeを始めた。「具合が悪そう」と心配する声もあるが、もともと不安定さが魅力な人だから、どんどん芸能界で突き進んでほしい。けれど、どんな理由であれ、交通事故が頻繁に起きているのは気になることではある。お子さんもいることだし、車の運転は控えつつ、芸能活動を頑張ってほしいと思わずにいられない。

小島瑠璃子、大先輩・和田アキ子に「原泰久氏との交際報告せず」に“計算高さ”を感じたワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「こじるり、結婚するとき言えよ」和田アキ子
『アッコにおまかせ』(9月6日、TBS系)

 かつて『めちゃ×2イケてるッ』(フジテレビ系)で、加藤浩次が「売れる女の子のバラエティタレントは、本当に性格がいいか、全部計算かのどちらか」という意味の話をしていたことがある。何をもって「本当に性格がいい」かについては言及していなかったが、多くの人が出演するバラエティ番組では、ほかの出演者を立てつつも、自分の個性をアピールする必要がある。

 となると、バラエティ向きの「性格の良さ」とは、礼儀正しさと控えめさ、空気を読む力を指すのではないだろうか。一方の「全部計算」とはどうかと言うと、自分の見せ場を作るために「全部計算」するわけで、となると、番組全体の流れや司会者、共演者のクセなどを冷静に把握しなければ、自分に有利な展開に持っていけない。そうすると、かなり共演者について研究する必要があり、「勉強熱心」「努力家」と見ることもできるはずだ。「本当に性格がいい」タイプであろうと「全部計算」タイプであろうと、実は根っこの部分は似ていて、「相手をよく見ている」という共通点があるように思う。

 「本当に性格がいい」タイプと「全部計算」タイプの売れっ子女性バラエティタレントに、もう一つ共通点があるのではないかと思うことがある。というのも、どちらも不倫や略奪など「ワケあり恋愛」にはまりがちのように感じられてならないのだ。

 例えば、平成のバラエティ番組で大活躍していたタレント・ベッキー。かつてベッキーは『やりすぎコージー』(テレビ東京系)で「テレビ局のスタジオに入るときは、一礼する」「サイン色紙を書いた後は相手の幸せを祈る」といった習慣を明かすなど、礼儀正しく、「性格がいい」タレントとして有名だった。

 そんなベッキーが、ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音と恋をする。「週刊文春」(文藝春秋)によると、ベッキーは川谷が当時既婚者であることを知らされていなかったそうだが、不倫を「文春」に撮られてしまった。いい子ウリしていただけにイメージは失墜し、CMや番組も降板。長期の休業を余儀なくされた。

 そして、『アメトーーク』(テレビ朝日系)で、ヒロミに「天才だと思うね」と評された小島瑠璃子。彼女もベッキーと同様、バラエティで大活躍しながら、「ワケあり恋愛」にはまったタレントと言っていいのではないだろうか。

 小島は大物の覚えはめでたいが、同世代には遠慮がないようだ。『クイズ!THE違和感』(TBS系)では、トリンドル玲奈が話しているのに、割り込んで入っていくなど、バラエティ巧者らしからぬ態度を見せた。誰を立てて、誰なら攻めていいかを知っているあたり、「計算高い」と言えるのではないだろうか。

 その小島の熱愛を、7月末に「週刊ポスト」(小学館)が報じた。お相手は、超人気漫画『キングダム』(集英社)の作者、原泰久氏。もともと、小島が『キングダム』の大ファンで、2018年11月放送の『世界ふしぎ発見!』(TBS系)で対面を果たす。そこから交際が始まったと考えるのが自然だが、原氏はお子さんのいる既婚者。となると、三角関係の末に小島が妻子から原氏を略奪したのではないかという説が浮上してきた。

 しかし、「文春」によると、事態はもっと複雑だった模様。原氏は「妻と別れるから、結婚してほしい」とあるアイドルに迫り、アイドルは当時の婚約者と別れてまで交際を始めた。しかし、原氏は離婚せず、アイドルは芸能界を引退した。その“空席”に飛び込んできたのが、小島だったそうだ。

 小島と原氏の関係が不倫だったのかを知るために、原氏の離婚時期は重要になってくるが、原氏はTwitterで、離婚の時期を今年の3月だと発表した。ニュースサイト「文春オンライン」によると、小島との交際は「春から」だそうで、ということは、不倫でも略奪でもないと見ることができる。しかし、だからといって、世間が祝福ムードにはなっているかというと、そうでもないように個人的には感じている。

 このように「ワケありの恋愛」をしたベッキーと小島だが、ベッキーは「本当に性格がいい」タイプゆえに、川谷を責めずに離婚を待つ戦法を取り、その途中で「文春」に撮られてしまったという印象を受けるが、一方の小島は「全部計算」タイプであるゆえに、まるで原氏を囲い込むかのように、定期的に交際情報や匂わせ疑惑が上がってくる。

 例えば、8月27日付のニュースサイト「NEWSポストセブン」が「小島瑠璃子と『キングダム』作者のデート、ジブリ映画鑑賞か」と報じていて、小島が原氏に肩に手を回すなど、仲の良さを示す写真が掲載されている。8月19日放送の『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)では、「中国の兵馬俑を見に行ったところ、自宅の寝室から変な音がするようになり、霊視してもらったところ、寝室に中国の兵士が前から後ろに並んで、枕元を見ていると指摘された」など、中国ネタを披露して、司会の明石家さんまに「キングダムだな~」と言われていた。

 このほかにも9月5日放送の『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子のみむこじラジオ』(ニッポン放送)では、「結婚前の同棲」が話題に上がったとき、「私はそんなに長く同棲しなくていいな、と思っちゃう」と、早く結婚をしたほうがいいと思わせるような発言をしている。

 これらの出来事や発言を単なる偶然と解釈するか、前妻や過去の彼女へのマウント、もしくは「原氏とは交際が順調である」アピールと取るかはその人次第だが、一つ興味深いのは、小島が今回の熱愛を同じ事務所の大先輩・和田アキコへ報告していないことだ。

 和田は、後輩芸能人の交際や結婚、離婚を報告されることを好むタイプだろう。報告を怠ると、和田の機嫌を損ねるので、特に和田の直接の後輩であるホリプロ所属タレントたちは、きっちりと報告しているようだ。小島もホリプロ所属なので、当然報告は済ませているかと思いきや、8月9日放送の『アッコにおまかせ!』(TBS系)で、和田は交際を「聞いていない」と漏らしていた。9月6日放送の同番組では「こじるり、結婚するときは言えよ」と言っていたことから考えると、どうしても報告がほしいようだ。

 それでは、小島が報告をしないタイプかというとそうでもない。小島は以前に関ジャニ∞・村上信伍の自宅マンションに通う姿を「フライデー」(講談社)に撮られたことがある。その時はちゃんとに報告し、和田は『アッコにおまかせ』で「二十歳すぎてるし、別にいいと思う」と交際を肯定するコメントを出している。このことから考えると、小島は、交際が順調で擁護してほしい時は和田に報告し、いろいろとワケありで全てを報告するわけにいかない恋愛の際は報告しないというふうに使い分けているのではないか。和田が「報告を受けていない」と怒る様子を見た時の原氏のリアクションまでを計算する……そんな策士っぷりを発揮しているように感じられた。

 もちろん、小島が不倫略奪愛をしたという証拠はないし、仮に略奪したとしても、小島のために、妻子を捨てるかどうかという最終的な決断をしたのは原氏だから、小島が責められるのもおかしな話だ。ただ一つ言えることは、小島は、まるで計算しているかのように、「原氏との交際が順調である」という既成事実を着々と積み上げているということだろう。

 どんなワケあり恋愛だろうと、きちんと結婚して安定した生活を営めば“純愛”になる。大手のプロダクションが手塩にかけて育てた人気タレントのイメージを落とすような交際をしておいて、「ただ付き合ってます」では、済まされない。原氏が小島との結婚を決心しないがきり、交際アピールはやまないのかもしれない。

小島瑠璃子、大先輩・和田アキ子に「原泰久氏との交際報告せず」に“計算高さ”を感じたワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「こじるり、結婚するとき言えよ」和田アキ子
『アッコにおまかせ』(9月6日、TBS系)

 かつて『めちゃ×2イケてるッ』(フジテレビ系)で、加藤浩次が「売れる女の子のバラエティタレントは、本当に性格がいいか、全部計算かのどちらか」という意味の話をしていたことがある。何をもって「本当に性格がいい」かについては言及していなかったが、多くの人が出演するバラエティ番組では、ほかの出演者を立てつつも、自分の個性をアピールする必要がある。

 となると、バラエティ向きの「性格の良さ」とは、礼儀正しさと控えめさ、空気を読む力を指すのではないだろうか。一方の「全部計算」とはどうかと言うと、自分の見せ場を作るために「全部計算」するわけで、となると、番組全体の流れや司会者、共演者のクセなどを冷静に把握しなければ、自分に有利な展開に持っていけない。そうすると、かなり共演者について研究する必要があり、「勉強熱心」「努力家」と見ることもできるはずだ。「本当に性格がいい」タイプであろうと「全部計算」タイプであろうと、実は根っこの部分は似ていて、「相手をよく見ている」という共通点があるように思う。

 「本当に性格がいい」タイプと「全部計算」タイプの売れっ子女性バラエティタレントに、もう一つ共通点があるのではないかと思うことがある。というのも、どちらも不倫や略奪など「ワケあり恋愛」にはまりがちのように感じられてならないのだ。

 例えば、平成のバラエティ番組で大活躍していたタレント・ベッキー。かつてベッキーは『やりすぎコージー』(テレビ東京系)で「テレビ局のスタジオに入るときは、一礼する」「サイン色紙を書いた後は相手の幸せを祈る」といった習慣を明かすなど、礼儀正しく、「性格がいい」タレントとして有名だった。

 そんなベッキーが、ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音と恋をする。「週刊文春」(文藝春秋)によると、ベッキーは川谷が当時既婚者であることを知らされていなかったそうだが、不倫を「文春」に撮られてしまった。いい子ウリしていただけにイメージは失墜し、CMや番組も降板。長期の休業を余儀なくされた。

 そして、『アメトーーク』(テレビ朝日系)で、ヒロミに「天才だと思うね」と評された小島瑠璃子。彼女もベッキーと同様、バラエティで大活躍しながら、「ワケあり恋愛」にはまったタレントと言っていいのではないだろうか。

 小島は大物の覚えはめでたいが、同世代には遠慮がないようだ。『クイズ!THE違和感』(TBS系)では、トリンドル玲奈が話しているのに、割り込んで入っていくなど、バラエティ巧者らしからぬ態度を見せた。誰を立てて、誰なら攻めていいかを知っているあたり、「計算高い」と言えるのではないだろうか。

 その小島の熱愛を、7月末に「週刊ポスト」(小学館)が報じた。お相手は、超人気漫画『キングダム』(集英社)の作者、原泰久氏。もともと、小島が『キングダム』の大ファンで、2018年11月放送の『世界ふしぎ発見!』(TBS系)で対面を果たす。そこから交際が始まったと考えるのが自然だが、原氏はお子さんのいる既婚者。となると、三角関係の末に小島が妻子から原氏を略奪したのではないかという説が浮上してきた。

 しかし、「文春」によると、事態はもっと複雑だった模様。原氏は「妻と別れるから、結婚してほしい」とあるアイドルに迫り、アイドルは当時の婚約者と別れてまで交際を始めた。しかし、原氏は離婚せず、アイドルは芸能界を引退した。その“空席”に飛び込んできたのが、小島だったそうだ。

 小島と原氏の関係が不倫だったのかを知るために、原氏の離婚時期は重要になってくるが、原氏はTwitterで、離婚の時期を今年の3月だと発表した。ニュースサイト「文春オンライン」によると、小島との交際は「春から」だそうで、ということは、不倫でも略奪でもないと見ることができる。しかし、だからといって、世間が祝福ムードにはなっているかというと、そうでもないように個人的には感じている。

 このように「ワケありの恋愛」をしたベッキーと小島だが、ベッキーは「本当に性格がいい」タイプゆえに、川谷を責めずに離婚を待つ戦法を取り、その途中で「文春」に撮られてしまったという印象を受けるが、一方の小島は「全部計算」タイプであるゆえに、まるで原氏を囲い込むかのように、定期的に交際情報や匂わせ疑惑が上がってくる。

 例えば、8月27日付のニュースサイト「NEWSポストセブン」が「小島瑠璃子と『キングダム』作者のデート、ジブリ映画鑑賞か」と報じていて、小島が原氏に肩に手を回すなど、仲の良さを示す写真が掲載されている。8月19日放送の『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)では、「中国の兵馬俑を見に行ったところ、自宅の寝室から変な音がするようになり、霊視してもらったところ、寝室に中国の兵士が前から後ろに並んで、枕元を見ていると指摘された」など、中国ネタを披露して、司会の明石家さんまに「キングダムだな~」と言われていた。

 このほかにも9月5日放送の『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子のみむこじラジオ』(ニッポン放送)では、「結婚前の同棲」が話題に上がったとき、「私はそんなに長く同棲しなくていいな、と思っちゃう」と、早く結婚をしたほうがいいと思わせるような発言をしている。

 これらの出来事や発言を単なる偶然と解釈するか、前妻や過去の彼女へのマウント、もしくは「原氏とは交際が順調である」アピールと取るかはその人次第だが、一つ興味深いのは、小島が今回の熱愛を同じ事務所の大先輩・和田アキコへ報告していないことだ。

 和田は、後輩芸能人の交際や結婚、離婚を報告されることを好むタイプだろう。報告を怠ると、和田の機嫌を損ねるので、特に和田の直接の後輩であるホリプロ所属タレントたちは、きっちりと報告しているようだ。小島もホリプロ所属なので、当然報告は済ませているかと思いきや、8月9日放送の『アッコにおまかせ!』(TBS系)で、和田は交際を「聞いていない」と漏らしていた。9月6日放送の同番組では「こじるり、結婚するときは言えよ」と言っていたことから考えると、どうしても報告がほしいようだ。

 それでは、小島が報告をしないタイプかというとそうでもない。小島は以前に関ジャニ∞・村上信伍の自宅マンションに通う姿を「フライデー」(講談社)に撮られたことがある。その時はちゃんとに報告し、和田は『アッコにおまかせ』で「二十歳すぎてるし、別にいいと思う」と交際を肯定するコメントを出している。このことから考えると、小島は、交際が順調で擁護してほしい時は和田に報告し、いろいろとワケありで全てを報告するわけにいかない恋愛の際は報告しないというふうに使い分けているのではないか。和田が「報告を受けていない」と怒る様子を見た時の原氏のリアクションまでを計算する……そんな策士っぷりを発揮しているように感じられた。

 もちろん、小島が不倫略奪愛をしたという証拠はないし、仮に略奪したとしても、小島のために、妻子を捨てるかどうかという最終的な決断をしたのは原氏だから、小島が責められるのもおかしな話だ。ただ一つ言えることは、小島は、まるで計算しているかのように、「原氏との交際が順調である」という既成事実を着々と積み上げているということだろう。

 どんなワケあり恋愛だろうと、きちんと結婚して安定した生活を営めば“純愛”になる。大手のプロダクションが手塩にかけて育てた人気タレントのイメージを落とすような交際をしておいて、「ただ付き合ってます」では、済まされない。原氏が小島との結婚を決心しないがきり、交際アピールはやまないのかもしれない。

YouTuber・フワちゃん、坂上忍を「あんた」呼び! 「タメ口強気キャラ」が芸能界で通用しないと思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「高嶋ちさ子は怖い」フワちゃん
『タウンダウンなう』(フジテレビ系、8月28日)

 関西テレビの人気番組『快傑!えみちゃんねる』が、7月24日をもって終了した。高視聴率を誇っていた人気番組が、番組改編期でもないのに幕を閉じるとはあまり聞かない話だが、元はと言えばこの突然の番組終了騒動は、同番組司会の上沼恵美子と、出演者のキングコング・梶原雄太のトラブルが発端だと言っていいだろう。

 「女性セブン」7月16日号(小学館)によると、梶原は2003年に大ブレークしたものの、あまりの多忙に精神的に追い詰められ、失踪騒動を起こしてしまった。仕事に復帰したが、引退を考えていた梶原に「あなたはスターになる人ですよ」と声をかけて励まし、自身の番組のレギュラーに抜てき。しかし、『快傑!えみちゃんねる』に構成作家として参加している上沼の次男は、上沼があまりに梶原をかわいがることに嫉妬し、梶原の悪評を広めるように。それを信じてしまった上沼は、6月26日放送の同番組収録で、梶原を「義理を欠いている」と責めた。「それは“いじり”の域を超え、“パワハラ”に近いものだった」と「女性セブン」はつづっている。

 結局、梶原は『快傑!えみちゃんえる』を降板。これを受けて、関西テレビと上沼の間で話し合いがもたれた。関西テレビは10月での番組終了を打診したが、上沼がキレて強制終了となったそうだ。これ以降、「女性セブン」では、「上沼恵美子に見る『パワハラ加害者の共通点』精神科医が指摘」といった具合に、上沼とパワハラを結び付けた記事をよく目にするようになった。

 このような記事が書かれるのは、セクハラやパワハラなどのハラスメントに世間の関心が高いからだが、こういう時代に支持を得るのは、「パワハラを恐れず、年長者に逆らう失礼なタレント」ではないだろうか。例えば、YouTuberのフワちゃん。彼女のヘアスタイルや言動を見た時に、タレント・篠原ともえを思い出した人も一定数いると思う。7月20日に出演した『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で、フワちゃんのお母さんが篠原のファンで、3歳くらいから同じようなヘアスタイルとファッションをさせられていたと話していた。またフワちゃんも篠原も、そう親しくない相手に対してぐいぐい行くという共通点があるが、異なるところもある。

◎篠原ともえより強気なフワちゃん

 90年代に『LOVE LOVE 愛してる』(フジテレビ系)という音楽バラエティ番組にレギュラー出演していた篠原は、「篠原ともえのプリプリプリティー!!」というコーナーを担当していた。これは、篠原がタレントの楽屋を訪れ、体をくねくねさせながら、「何かください」と物をねだって視聴者にプレゼントするコーナーだったが、目上の有名芸能人であろうと、がんがん距離を詰めていく篠原を「無礼」だとして、男性芸能人の中には、ぶったり飛び蹴りを食らわせたりする人が、実際にいた。もちろん力加減は調節していただろうが、それでもあきらめずに詰め寄る篠原が、もう一度蹴られたり、水をかけられたりすることもあった。今なら炎上必至のコーナーだろう。

 ただ、当時の篠原は目上の芸能人の楽屋に物怖じせずに押し入り、「何かください」とお願いするものの、相手の芸能人を立てていたように私には感じられた。しかし、フワちゃんは常に強気なのである。芸能界は年功序列の世界のようだが、8月28日放送の『ダウンタウンなう』(同)に出演したフワちゃんは、ダウンタウンの二人を「松ちゃん」「浜ちゃん」、坂上忍をそのままフルネーム呼び捨てにしている。このほかにも、ビートたけしを「たけし」、タモリを「タモリ」と呼び捨てにしている。そんなフワちゃんの言動をダウンタウンら三人は笑っているが、これが「今の時代」なのだと思う。

 かつて、坂上忍はMCを務める『バイキング』(同)で、タメ口をきくタレントに「冗談じゃねえぞ」と不快感をあらわにしていたことがあるが、最近は「週刊女性」(主婦と生活社)にも「坂上忍のパワハラで『バイキング』が9月終了か」と報じられるなど、「パワハラをしていそうな人」というイメージを持たれつつある。同番組で進行を務める榎並大二郎アナがミスをしたとき、坂上の当たりが強いのもあり、そう見る人がいても仕方ないだろう。しかし、坂上がフワちゃんに呼び捨てされたとき「冗談じゃねえぞ」と言ってしまうと、パワハラのイメージはますます強まるはず。だから、こういうときは本心は別として「オジサンまいったなぁ」といった感じで、笑っておくのが得策と言えるのではないだろうか。事実、坂上はフワちゃんに呼び捨てにされ、タメ口をきかれても、笑っているか、時折ポカンとはするもののあからさまに怒っておらず、ハラスメント意識が高くなった「今時」の対応だと感じた。

 また坂上は「フワちゃんてさ、恋とかすんの?」と質問し、フワちゃんは「は? あんたのこの関係性で教えてあげるわけないじゃん」と返して笑いを誘ったが、これも「今時」だと思う。昔も「プライベートのことを話したくない」という女性タレントはいたが、そんなことを言おうものなら、司会者に「なら、何しに来てるんだギャラ泥棒」と返されたし、同じ考えを持つ視聴者もいただろう。しかし、今はパワハラやセクハラはいけないという考えが広がっているので、職場でも「彼氏いるの?」といったプライベートな質問をする年長者は「おかしい」と言っていい時代だ。坂上も、フワちゃんに興味があるわけではなく、仕事だから聞いたまでだろうが、プライベートに踏み込んでくる年長者に悩まされている若い人は、フワちゃんの返しに「よく言った」と爽快感を感じたのではないだろうか。

◎タメ口強気作戦は「男性にしか使えない」!?

 それでは、このタメ口強気作戦で芸能界を渡っていけるかというと、そう甘くないのではないだろうか。『ダウンタウンなう』で、フワちゃんは「怖かった芸能人」として、バイオリニスト・高嶋ちさ子の名前を挙げていた。「高嶋ちさ子は怖い」「目でめちゃくちゃ威嚇された。失礼はたらいたらマジで手出されるんじゃね? と思って。だから、しれ~と目線をそらした」と説明していたが、タメ口強気作戦は「男性にしか通用しないこと」に、フワちゃんは気づいているのだろうか。

 「大の男が女子ども相手に本気になって」というように、日本では女性と子どもを弱いもの、一段低い立場として見る傾向がある。男は「女子ども」より上の立場なのだから、仮に「女子ども」がおかしなことをしたとしても、本気で怒ると「男の値打ちが下がる」と言う人もいた。フワちゃんは20代の女性なので、番組のMCを務める男性芸能人から見れば「女子ども」枠だろう。自身のイメージ低下と「女子ども相手にむきになっても仕方がない」という考えから、フワちゃんを怒る男性芸能人は少ないのではないだろうか。

 それでは、女性芸能人がMCだとどうか。年若いフワちゃんに呼び捨てにされて、むっとすれば「おとなげない」と言われ、お説教をすれば「怖いオバサン」とか「若い子に嫉妬」と言われかねないだろうし、では、男性と同じく笑って対応しても、「裏ではキレてそう」などと言われかねない。こうなると、女性芸能人にとって、フワちゃんは関わると面倒な存在になるだろう。フワちゃんと絡むと自分が損をするので、高嶋のように、関わる前に牽制する女性タレントは多いのではないか。

 一方フワちゃん側も、目上の女性タレントを前にすると、タメ口強気キャラが崩壊する面があるように思う。というのも、『徹子の部屋』で、フワちゃんは司会の黒柳徹子を「徹子さん」と呼んでいたのだ。男性の大御所は呼び捨てなのに、女性の場合はそうしないとなると、視聴者に「案外、忖度してる」と思われて、「自由奔放」という最大の武器がブレてしまうだろう。

 芸能界を渡っていくには、複数の武器を持っていないといけないのかもしれない。フワちゃんがテレビや芸能界にこだわっているとは思わないが、もう一つ違う何かを生み出さなくてはいけない時期に来ているのではないだろうか。

YouTuber・フワちゃん、坂上忍を「あんた」呼び! 「タメ口強気キャラ」が芸能界で通用しないと思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「高嶋ちさ子は怖い」フワちゃん
『タウンダウンなう』(フジテレビ系、8月28日)

 関西テレビの人気番組『快傑!えみちゃんねる』が、7月24日をもって終了した。高視聴率を誇っていた人気番組が、番組改編期でもないのに幕を閉じるとはあまり聞かない話だが、元はと言えばこの突然の番組終了騒動は、同番組司会の上沼恵美子と、出演者のキングコング・梶原雄太のトラブルが発端だと言っていいだろう。

 「女性セブン」7月16日号(小学館)によると、梶原は2003年に大ブレークしたものの、あまりの多忙に精神的に追い詰められ、失踪騒動を起こしてしまった。仕事に復帰したが、引退を考えていた梶原に「あなたはスターになる人ですよ」と声をかけて励まし、自身の番組のレギュラーに抜てき。しかし、『快傑!えみちゃんねる』に構成作家として参加している上沼の次男は、上沼があまりに梶原をかわいがることに嫉妬し、梶原の悪評を広めるように。それを信じてしまった上沼は、6月26日放送の同番組収録で、梶原を「義理を欠いている」と責めた。「それは“いじり”の域を超え、“パワハラ”に近いものだった」と「女性セブン」はつづっている。

 結局、梶原は『快傑!えみちゃんえる』を降板。これを受けて、関西テレビと上沼の間で話し合いがもたれた。関西テレビは10月での番組終了を打診したが、上沼がキレて強制終了となったそうだ。これ以降、「女性セブン」では、「上沼恵美子に見る『パワハラ加害者の共通点』精神科医が指摘」といった具合に、上沼とパワハラを結び付けた記事をよく目にするようになった。

 このような記事が書かれるのは、セクハラやパワハラなどのハラスメントに世間の関心が高いからだが、こういう時代に支持を得るのは、「パワハラを恐れず、年長者に逆らう失礼なタレント」ではないだろうか。例えば、YouTuberのフワちゃん。彼女のヘアスタイルや言動を見た時に、タレント・篠原ともえを思い出した人も一定数いると思う。7月20日に出演した『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で、フワちゃんのお母さんが篠原のファンで、3歳くらいから同じようなヘアスタイルとファッションをさせられていたと話していた。またフワちゃんも篠原も、そう親しくない相手に対してぐいぐい行くという共通点があるが、異なるところもある。

◎篠原ともえより強気なフワちゃん

 90年代に『LOVE LOVE 愛してる』(フジテレビ系)という音楽バラエティ番組にレギュラー出演していた篠原は、「篠原ともえのプリプリプリティー!!」というコーナーを担当していた。これは、篠原がタレントの楽屋を訪れ、体をくねくねさせながら、「何かください」と物をねだって視聴者にプレゼントするコーナーだったが、目上の有名芸能人であろうと、がんがん距離を詰めていく篠原を「無礼」だとして、男性芸能人の中には、ぶったり飛び蹴りを食らわせたりする人が、実際にいた。もちろん力加減は調節していただろうが、それでもあきらめずに詰め寄る篠原が、もう一度蹴られたり、水をかけられたりすることもあった。今なら炎上必至のコーナーだろう。

 ただ、当時の篠原は目上の芸能人の楽屋に物怖じせずに押し入り、「何かください」とお願いするものの、相手の芸能人を立てていたように私には感じられた。しかし、フワちゃんは常に強気なのである。芸能界は年功序列の世界のようだが、8月28日放送の『ダウンタウンなう』(同)に出演したフワちゃんは、ダウンタウンの二人を「松ちゃん」「浜ちゃん」、坂上忍をそのままフルネーム呼び捨てにしている。このほかにも、ビートたけしを「たけし」、タモリを「タモリ」と呼び捨てにしている。そんなフワちゃんの言動をダウンタウンら三人は笑っているが、これが「今の時代」なのだと思う。

 かつて、坂上忍はMCを務める『バイキング』(同)で、タメ口をきくタレントに「冗談じゃねえぞ」と不快感をあらわにしていたことがあるが、最近は「週刊女性」(主婦と生活社)にも「坂上忍のパワハラで『バイキング』が9月終了か」と報じられるなど、「パワハラをしていそうな人」というイメージを持たれつつある。同番組で進行を務める榎並大二郎アナがミスをしたとき、坂上の当たりが強いのもあり、そう見る人がいても仕方ないだろう。しかし、坂上がフワちゃんに呼び捨てされたとき「冗談じゃねえぞ」と言ってしまうと、パワハラのイメージはますます強まるはず。だから、こういうときは本心は別として「オジサンまいったなぁ」といった感じで、笑っておくのが得策と言えるのではないだろうか。事実、坂上はフワちゃんに呼び捨てにされ、タメ口をきかれても、笑っているか、時折ポカンとはするもののあからさまに怒っておらず、ハラスメント意識が高くなった「今時」の対応だと感じた。

 また坂上は「フワちゃんてさ、恋とかすんの?」と質問し、フワちゃんは「は? あんたのこの関係性で教えてあげるわけないじゃん」と返して笑いを誘ったが、これも「今時」だと思う。昔も「プライベートのことを話したくない」という女性タレントはいたが、そんなことを言おうものなら、司会者に「なら、何しに来てるんだギャラ泥棒」と返されたし、同じ考えを持つ視聴者もいただろう。しかし、今はパワハラやセクハラはいけないという考えが広がっているので、職場でも「彼氏いるの?」といったプライベートな質問をする年長者は「おかしい」と言っていい時代だ。坂上も、フワちゃんに興味があるわけではなく、仕事だから聞いたまでだろうが、プライベートに踏み込んでくる年長者に悩まされている若い人は、フワちゃんの返しに「よく言った」と爽快感を感じたのではないだろうか。

◎タメ口強気作戦は「男性にしか使えない」!?

 それでは、このタメ口強気作戦で芸能界を渡っていけるかというと、そう甘くないのではないだろうか。『ダウンタウンなう』で、フワちゃんは「怖かった芸能人」として、バイオリニスト・高嶋ちさ子の名前を挙げていた。「高嶋ちさ子は怖い」「目でめちゃくちゃ威嚇された。失礼はたらいたらマジで手出されるんじゃね? と思って。だから、しれ~と目線をそらした」と説明していたが、タメ口強気作戦は「男性にしか通用しないこと」に、フワちゃんは気づいているのだろうか。

 「大の男が女子ども相手に本気になって」というように、日本では女性と子どもを弱いもの、一段低い立場として見る傾向がある。男は「女子ども」より上の立場なのだから、仮に「女子ども」がおかしなことをしたとしても、本気で怒ると「男の値打ちが下がる」と言う人もいた。フワちゃんは20代の女性なので、番組のMCを務める男性芸能人から見れば「女子ども」枠だろう。自身のイメージ低下と「女子ども相手にむきになっても仕方がない」という考えから、フワちゃんを怒る男性芸能人は少ないのではないだろうか。

 それでは、女性芸能人がMCだとどうか。年若いフワちゃんに呼び捨てにされて、むっとすれば「おとなげない」と言われ、お説教をすれば「怖いオバサン」とか「若い子に嫉妬」と言われかねないだろうし、では、男性と同じく笑って対応しても、「裏ではキレてそう」などと言われかねない。こうなると、女性芸能人にとって、フワちゃんは関わると面倒な存在になるだろう。フワちゃんと絡むと自分が損をするので、高嶋のように、関わる前に牽制する女性タレントは多いのではないか。

 一方フワちゃん側も、目上の女性タレントを前にすると、タメ口強気キャラが崩壊する面があるように思う。というのも、『徹子の部屋』で、フワちゃんは司会の黒柳徹子を「徹子さん」と呼んでいたのだ。男性の大御所は呼び捨てなのに、女性の場合はそうしないとなると、視聴者に「案外、忖度してる」と思われて、「自由奔放」という最大の武器がブレてしまうだろう。

 芸能界を渡っていくには、複数の武器を持っていないといけないのかもしれない。フワちゃんがテレビや芸能界にこだわっているとは思わないが、もう一つ違う何かを生み出さなくてはいけない時期に来ているのではないだろうか。

心屋仁之助氏の本で「結婚できた」と激推し! 紺野ぶるまに見る、スピリチュアル好きの思考回路

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「人生のどん底にいて……」紺野ぶるま
『今夜くらべてみました』(日本テレビ系、8月19日)

 例えば、占いやスピリチュアルといった「目に見えないもの、科学で証明されないもの」は、一緒くたにされがちではないだろうか。まったく興味がない人にとって、占いやスピリチュアルは「同じようなもの」かもしれない。しかし、占いを信じる人、スピリチュアルが好きな人は似て異なるのかもしれない。8月19日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)に出演した芸人・紺野ぶるまを見て、そんなことを思った。

 「本棚が独特な女」の一人として、出演した紺野。「この本がなければ、結婚していない」として、心理カウンセラー・心屋仁之助氏の『ゲスな女が、愛される -あっという間に思い通りの恋愛ができる!』(廣済堂出版)を挙げた。内容を紹介するため、紺野は「気になっている人がいる炎天下でのバーべキュー、どんな行動を取る女性がモテると思いますか?」と共演者に質問する。女優・浜辺美波は「サラダを取り分ける」、番組アシスタントの指原莉乃は「人とかぶらない差し入れを持っていく」といった具合に、二人とも「気が利く」行動を取るとモテるのではないかと言っていたが、同書によると、モテるのは「パラソルの下、サングラスをかけて何もしない女」だという。なぜそんな女がモテるのかというと、「女が男に肉を焼いてあげるから、男が焼かなくなる」
のだそうで、冷房の効いた車の中で休んでいるようなゲスな女に、男性はせかせかと肉を焼いて運んでしまうとのことで、それが同書における「モテ」だと力説した。

 指原はこれに「それって、すっごい美人じゃないと成立しなくない?」と発言し、紺野は「それを言ったら、元も子もない」と返したが、同じことを思った視聴者も多かったのではないだろうか。しかし、万人にあてはまる本は存在しないので、心屋説でうまくいく人もいれば、そうでもない人もいて、紺野は前者のうまくハマったタイプなのだろう。

 紺野は「何かしないと愛されないと思っているから、何かしないと愛されない」と思い込みの危険さを説く。加えて、「何もしなくても愛されると信じたら、何もしなくても愛されるという事実だけが集まってくる」と、スピリチュアルの代表格「引き寄せの法則」を思わせるような発言もしている。

 実際、紺野はスピリチュアルも好きで、影響を受けたものに、日本のスピリチュアル界の首領、江原啓之の著作を挙げている。紺野は高校を中退しているが、その時が「人生のどん底にいて、現実に起こることを真正面から受け止めると、落ち込んでしまう。物事を多角的に見るといいよ、というのを学んだ」と話していた。

 人生で一番つらい時期をスピリチュアルが救ってくれたというのは、「いい話」なのかもしれない。しかし、紺野の話をよく聞いてみると疑問がわかないでもない。

 紺野は、校則の厳しい私立高校に通っていたが、当時の紺野は金髪のガングロギャルで、こうした格好は校則違反に当たったという。また「あと一回問題を起こしたら退学」と宣告されていたが、紺野は遅刻をしてしまう。おでんを食べながら登校していた紺野を校門の前でまちかまえていた校長先生は、「社会のくず、くさったみかん」とののしった。カチンと来た紺野は、おでんの汁で校長先生の周りを囲み、「黒魔術かけたから、ここから出るなよ」と言い放って、教室に向かったという。すると、翌日に親が呼び出されて、退学になったそうだ。

 紺野自身が中退を「人生のどん底」と言っているのだから、本人にとってはつらい経験だったのだと思う。しかし、中退の経緯を聞いてみると、病気や金銭的な問題というような不可抗力ではなく、本人の素行不良である。高校は義務教育ではないし、ましてや私立高校の場合、校則を守らなければ退学させられる要因になることは周知の事実だろう。学校側も突然退学を言い渡したわけではなく、「あと一回問題を起こしたら退学」とあらかじめ警告もしている。家庭の問題など、ここで明かされていないエピソードもあるのかもしれないが、放送回を見る限りでは、他人から同情されるエピソードだとは思えなかった。

 占いが好きな人は「未来を恐れる人」だと言えるかもしれない、と前回の本連載で書いた。将来いいことが起きるかもしれないと期待して、もしくは今はいいけれど、この先に悪いことが起きるかもと不安になり、つい占い師のもとへ足を運んでしまうのではないかと思うのだが、スピリチュアル好きが恐れているのは、「お前が悪い」と言われることではないか。

 江原氏の著作を読んだり、『オーラの泉』(テレビ朝日系)を見ていると、「全ては必然」「魂の学び」という言葉が頻発し、「お前が悪い」とは言われない。病気や事件・事故、天災に巻き込まれるなど、この世の苦しみには理不尽なものが多いので、「この世の出来事は、お前が悪いのではなく、起こるべくして起こる」「魂を成長させるために、痛みを経験している」というスピリチュアリストの言葉に救われる人は多いだろう。が、実際には明らかに自分に非があるのに「おまえが悪い」と言われることを恐れて、見ないふりをする、“逃げ”のスピリチュル愛好家も数多くいるのではないだろうか。

 紺野は居酒屋で「一目ぼれしたんで、結婚してください」と声をかけてきた男性と交際、結婚したと明かしていたが、「結婚できる本」として、ジェーン・スー氏の『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)を挙げていた。同書はスピリチュアル本ではないが、「これを読んでいなかったら、結婚してない」と心屋の本と並べて推す紺野を見ていると、スピリチュアルにハマッる愛好家のように見えてしまう。しかし、紺野がいくら同書を効果的だと言っても、ブライダル業界に「男性が女性に一目ぼれした場合、結婚率は高く、離婚率が低い」という統計があるのをご存じだろうか。紺野の結婚は、この統計に基づく法則にあてはまるわけだ。もちろん読書も効果があったと思うが、成功(や失敗)の原因は一つではなく、いくつもの要因が重なってなされるのではないだろうか。どうか、スピリチュアルなど“何か一つ”に頼りすぎることなく、紺野には今後も芸能活動に励んでいただきたい。

『有吉反省会』本仮屋リイナのエピソードに、占いが好きな人ほど「実は占い師を信じていない」説が浮上したワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「なんでもかんでも占いで決めないと気が済まないことを反省しにまいりました」本仮屋リイナ
『有吉反省会』(日本テレビ系、8月8日)

 占いを信じすぎてしまう、という人は、2種類いるのではないだろうかと思っていた。

 まず一つめは、いいことを言われたい人。占い師に「〇年後にいいことがある」と言われることで、将来に希望が持て、前向きになれる。だから、占い師のもとに何度も足を運ぶ。当然、それ相応のカネを占い師に貢ぐことになるが、明日の活力がカネで買えるというのなら、「アリ」なのかもしれない。

 二つめは、不安感の強い人。占い師に「〇年後に悪いことがある」と言われると、今がどんなに充実していても不安でたまらなくなり、それを避けるために占い師のもとに日参してしまう。

 不安というのは財布の紐をゆるませる力があるそうだ。広告業界に「恐怖マーケティング」という言葉があるのをご存じだろうか。例えば洗剤などのCMで「目に見えない雑菌がこんなにいる」といった感じに、菌がうごめく映像を見たことがある人は多いと思うが、こうやって不安を煽ることで、消費を促すことを「恐怖マーケティング」と言う。YouTubeで流れる広告動画で、「太ったら、彼氏に浮気された」「ムダ毛のせいで、彼氏にフラれた」というように、「努力を怠ると、悪いことが起きる」とでも言いたげな内容のものをよく目にするが、これも一種の「恐怖マーケティング」と言えるのではないだろうか。何を信じようと個人の自由ではあるものの、不安に取り憑かれると、際限なく占い師に貢ぎかねないので、ある程度注意が必要と言える。

 このように、「いいことを言われたい」もしくは「不安感が強い」というタイプの人が、占いにハマり、多額のカネを使っているのだと私は思ってきた。しかし、8月8日放送の『有吉反省会』(日本テレビ系)に、フリーアナウンサー・本仮屋リイナが、「なんでもかんでも占いで決めないと気が済まないことを反省」するために出演した回を見て、考えを新たにした。占いにはまる人には、もう一つ特徴があるのではないだろうか。

 同番組司会の有吉弘行は「占いが一番嫌いです、この世の中で」というくらいの占い嫌い。それに対し、本仮屋は「生活の全て」を占いで決めているという。例えば、お昼ご飯に餃子を食べていいのか、前髪を切っていいのか、お高いパジャマを買っていいのかを、占い用オラクルカードに尋ねる。これらの質問に“正答”はないので好きにすればいいが、結婚のように、ある程度の覚悟や決断を必要とする事柄も、占い師を頼ってきたという。

 本仮屋はかつて名古屋の占い師の元を訪れ、「今すぐ結婚したいんですけど、(今の)彼は運命の相手ですか?」と尋ねたところ、占い師に「運命の相手で、結婚はできるけど、今じゃないと思う」と言われてしまった。「今すぐ結婚したい」本仮屋は納得がいかず、京都に「当たる」と評判の占い師がいるのを聞きつけて、そこに出向いたところ、「この人は運命の相手じゃないから、あなたにぴったりの人がいるから紹介します。一流会社の〇〇さんです」と実在する人を紹介され、「インチキだと思い、無視しました」と話していた。

◎占い好きな人は「自分が正しい」と信じて疑わない?

 占い好きの人には「あるある」なのかもしれないが、ここに三つめの“占いが好きな人の特徴”が含まれているのではないだろうか。

 本仮屋は「なんでもかんでも占いで決めないと気が済まない」と言っているが、名古屋の占い師の「運命の相手だ」という言葉を無視し、“浮気”をして京都の占い師のところに出かけている。また、京都の占い師の言うことは確かにうさん臭いが、だからといって、占いそのものに対する信頼度が下がったわけでもなさそうだ。これらのエピソードから考えると、本仮屋をはじめとして占いが好きな人は、案外占い師を信じていない(だから、違う占い師のところに行く)し、占い師の話自体も、特に真面目に聞いていないと言えるだろう。

 このエピソードを聞いた有吉は、「自分がほしい答えを待つのね」と言っていたが、まさにその通りで、占い好きの人は「自分の言ってほしいことを、何も言わないのに相手が言ってくれること」を望んでいるのではないだろうか。だとすると、割と独善的で人の話に耳を傾けないか、「自分が正しい」という思いが強いタイプに感じられる。

 本仮屋は占いのほかに、「病気やケガも薬に頼らないで治したい」という思いから、「子どもが鼻づまりの時は母乳をさす」という話をしていた。「本仮屋リイナさんの見解です。療法は医師の指示に従ってください」とテロップが出ていたが、テレビという誰が見るかわからない媒体で、健康被害が起きるリスクも考えずに発言してしまうのも、本仮屋が「自分は正しい」と信じて疑わないタイプであることを示しているように感じられる。

 ちなみに、私の周囲の占い好きに、不幸な人はいないが、すごく幸せそうでもない。なぜなら、本当の不幸がやってくると、占いにハマっている暇はないし、幸せならそもそも占いは必要ないからだろう。まあまあ幸福で、ほどほど不満。占いにハマっている本仮屋も、おおむね幸福なのではないか。人の話をあまり聞かないタイプなので、占い師のいいなりになるようなことはなさそうだが、カネを使いすぎて家族に愛想を尽かされないように注意したほうがいいのかもしれない。

『有吉反省会』本仮屋リイナのエピソードに、占いが好きな人ほど「実は占い師を信じていない」説が浮上したワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「なんでもかんでも占いで決めないと気が済まないことを反省しにまいりました」本仮屋リイナ
『有吉反省会』(日本テレビ系、8月8日)

 占いを信じすぎてしまう、という人は、2種類いるのではないだろうかと思っていた。

 まず一つめは、いいことを言われたい人。占い師に「〇年後にいいことがある」と言われることで、将来に希望が持て、前向きになれる。だから、占い師のもとに何度も足を運ぶ。当然、それ相応のカネを占い師に貢ぐことになるが、明日の活力がカネで買えるというのなら、「アリ」なのかもしれない。

 二つめは、不安感の強い人。占い師に「〇年後に悪いことがある」と言われると、今がどんなに充実していても不安でたまらなくなり、それを避けるために占い師のもとに日参してしまう。

 不安というのは財布の紐をゆるませる力があるそうだ。広告業界に「恐怖マーケティング」という言葉があるのをご存じだろうか。例えば洗剤などのCMで「目に見えない雑菌がこんなにいる」といった感じに、菌がうごめく映像を見たことがある人は多いと思うが、こうやって不安を煽ることで、消費を促すことを「恐怖マーケティング」と言う。YouTubeで流れる広告動画で、「太ったら、彼氏に浮気された」「ムダ毛のせいで、彼氏にフラれた」というように、「努力を怠ると、悪いことが起きる」とでも言いたげな内容のものをよく目にするが、これも一種の「恐怖マーケティング」と言えるのではないだろうか。何を信じようと個人の自由ではあるものの、不安に取り憑かれると、際限なく占い師に貢ぎかねないので、ある程度注意が必要と言える。

 このように、「いいことを言われたい」もしくは「不安感が強い」というタイプの人が、占いにハマり、多額のカネを使っているのだと私は思ってきた。しかし、8月8日放送の『有吉反省会』(日本テレビ系)に、フリーアナウンサー・本仮屋リイナが、「なんでもかんでも占いで決めないと気が済まないことを反省」するために出演した回を見て、考えを新たにした。占いにはまる人には、もう一つ特徴があるのではないだろうか。

 同番組司会の有吉弘行は「占いが一番嫌いです、この世の中で」というくらいの占い嫌い。それに対し、本仮屋は「生活の全て」を占いで決めているという。例えば、お昼ご飯に餃子を食べていいのか、前髪を切っていいのか、お高いパジャマを買っていいのかを、占い用オラクルカードに尋ねる。これらの質問に“正答”はないので好きにすればいいが、結婚のように、ある程度の覚悟や決断を必要とする事柄も、占い師を頼ってきたという。

 本仮屋はかつて名古屋の占い師の元を訪れ、「今すぐ結婚したいんですけど、(今の)彼は運命の相手ですか?」と尋ねたところ、占い師に「運命の相手で、結婚はできるけど、今じゃないと思う」と言われてしまった。「今すぐ結婚したい」本仮屋は納得がいかず、京都に「当たる」と評判の占い師がいるのを聞きつけて、そこに出向いたところ、「この人は運命の相手じゃないから、あなたにぴったりの人がいるから紹介します。一流会社の〇〇さんです」と実在する人を紹介され、「インチキだと思い、無視しました」と話していた。

◎占い好きな人は「自分が正しい」と信じて疑わない?

 占い好きの人には「あるある」なのかもしれないが、ここに三つめの“占いが好きな人の特徴”が含まれているのではないだろうか。

 本仮屋は「なんでもかんでも占いで決めないと気が済まない」と言っているが、名古屋の占い師の「運命の相手だ」という言葉を無視し、“浮気”をして京都の占い師のところに出かけている。また、京都の占い師の言うことは確かにうさん臭いが、だからといって、占いそのものに対する信頼度が下がったわけでもなさそうだ。これらのエピソードから考えると、本仮屋をはじめとして占いが好きな人は、案外占い師を信じていない(だから、違う占い師のところに行く)し、占い師の話自体も、特に真面目に聞いていないと言えるだろう。

 このエピソードを聞いた有吉は、「自分がほしい答えを待つのね」と言っていたが、まさにその通りで、占い好きの人は「自分の言ってほしいことを、何も言わないのに相手が言ってくれること」を望んでいるのではないだろうか。だとすると、割と独善的で人の話に耳を傾けないか、「自分が正しい」という思いが強いタイプに感じられる。

 本仮屋は占いのほかに、「病気やケガも薬に頼らないで治したい」という思いから、「子どもが鼻づまりの時は母乳をさす」という話をしていた。「本仮屋リイナさんの見解です。療法は医師の指示に従ってください」とテロップが出ていたが、テレビという誰が見るかわからない媒体で、健康被害が起きるリスクも考えずに発言してしまうのも、本仮屋が「自分は正しい」と信じて疑わないタイプであることを示しているように感じられる。

 ちなみに、私の周囲の占い好きに、不幸な人はいないが、すごく幸せそうでもない。なぜなら、本当の不幸がやってくると、占いにハマっている暇はないし、幸せならそもそも占いは必要ないからだろう。まあまあ幸福で、ほどほど不満。占いにハマっている本仮屋も、おおむね幸福なのではないか。人の話をあまり聞かないタイプなので、占い師のいいなりになるようなことはなさそうだが、カネを使いすぎて家族に愛想を尽かされないように注意したほうがいいのかもしれない。

藤田ニコルの母、ギャラ交渉でオスカーと対立報道……芸能人生命を脅かす「危険な身内」に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ギャラとか契約とかをもっとイイ感じにしていこう、と」藤田ニコル
「週刊新潮」2020年8月13・20日号(新潮社)

 番組名は失念したが、昔、松田聖子など名だたるアイドルを輩出してきた芸能事務所・サンミュージックの創始者、相澤秀禎氏の出ている番組を見たことがある。印象的だったのが、相澤氏が「女性アイドルを一人にしない」と言っていたことだった。アイドルは見た目の華やかさと違ってストレスフルな商売のため、一人にすると精神的に追い込まれてしまうこともある。なので、デビュー直後は社長の家で下宿、「一人暮らしをしたい」とアイドルが言いだしたときは、最初はお母さんやお姉さんなど身内を招いて一緒に暮らしてもらい(その分、広い家が必要だが、その経費は事務所が負担すると言っていた)、一人暮らしはその後というふうに、段階を踏むと話していた。

 女性アイドルのメンタル面に重きを置いているあたりがさすがだが、この考え方には盲点がある。そばに置いて良い影響があるのは、「まともな身内」という条件つきではないだろうか。

 例えば、同事務所には清純派アイドルとして名高い桜田淳子が所属していた。桜田は実姉と暮らしていたが、姉は統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の信者で、影響を受けた桜田も入信し、1992年には同教会の合同結婚式に参加することを発表した。日本国憲法は信教の自由を保障しているので、どんな宗教を信仰しようと自由である。しかし、統一教会の霊感商法(先祖のたたりや因縁を理由に、高額な商品を買わせること)は社会問題化していた。イメージ商売の芸能人が、そんな宗教を信仰し、そこの広告塔を務めることはよろしくないだろう。実際、桜田は信仰を明らかにした後、事実上引退に追い込まれている。

 桜田はアイドルとして一世を風靡したが、喜劇もこなせる女優として評価は高かった。「たられば」を言っても仕方がないものの、芸能活動を続けたいのであれば、お姉さんと住まないほうがよかったのではないか。こう考えると、誰をそばに置くかというのは、芸能人生命にかかわることなのかもしれない。

 今、最も危険な芸能人の“身内”と言えば、どうしてもギャルタレントの母親たちが頭に浮かんでしまう。

 2020年8月13・20日号「週刊新潮」(新潮社)によると、タレント・藤田ニコルの母親が弁護士を立てて、ニコルの所属事務所「オスカープロモーション」に“ギャラの取り分”をめぐる交渉を行っており、認められなければ独立も辞さない態度だと報じた。今年2月の「新潮」でも、ギャラをめぐり、母と事務所が対立、マネジャー的な役割を果たしていた母親が現場から姿を消したという内容の記事が掲載されたが、両者の対立は溝が深そうだ。

 ニコルは「新潮」の取材に対し、「そんなに大げさな話じゃないんですよ。確かに、お母さんと会社が何度か話し合いをしているのは本当ですけど。でも、揉めてるってわけじゃなくて、ギャラとか契約とかをもっとイイ感じにしていこう、と……」と答えている。

 芸能人の賃金体系は一般人である私には想像もつかないが、ギャラの交渉をするのは当然の権利だろう。しかし、ニコル母のが、私には銭ゲバに感じられて仕方ないのは、過去に『情熱大陸』(TBS系)で見た彼女の振る舞いが記憶に残っているからだ。

 同番組の中で、ニコルが母親を含めた家族の家賃を払ってあげているというエピソードが明かされたが、当の母親は「ありがとう」を言っていなかった。周囲に「どうしたら、そんな(に親孝行な)子が育つの?」と言われても、「知らないよ、そんなこと」と返すそうだ。母親の照れ隠しかもしれないが、年端もいかない娘が一生懸命働いたカネを自分が使うのに、「ありがとう」を言わないというのは、心のどこかで「娘の稼いだカネは自分にも権利がある」と思っているからではないだろうか。

 同じくギャルタレントのみちょぱの母も、結構危険なのではないかと私は見ている。売れっ子であるみちょぱは、『うちのガヤがすみません!』(日本テレビ系)で、母親に車をプレゼントしたことを明かしていた。「誕生日とかイベントは大切にしています。ママも自分が稼いでいることを知っているので、年を取っていくごとにどんどんねだるものが高くなってきた」と告白。このほかにも、『人生イロイロ超会議』(TBS系)で、みちょぱが一人暮らしを始めたら、母親が隣の部屋に住みだしたと話していた。母は娘がかわいくて仕方がないという意味で「いい話」なのかもしれないが、「娘を見張っている」とも言えるのではないだろうか。『しゃべくり007』(日本テレビ系)では、お母さんはみちょぱの付き人のような仕事をして、金銭管理も行っていると明かしていた。いやらしい言い方をすると、娘に食わせてもらった上に、娘の稼いだカネを自由にできるのである。「お母さんだから、任せて安心」と思うかもしれないが、身内だからこそ遠慮がなくて、こじれることもあるので注意する必要はあるだろう。

 「身内に任せること」が間違っている、と言いたいわけではない。聖子は所属事務所の社長など、経営を実父、実母、実兄と身内で固めていることで知られているが、金銭トラブルは聞いたことがない。単にラッキーだったのかもしれないが、聖子の父親が元公務員であるように「もともと違う仕事をきちんとしていて、特にカネに困っていない」ということも、プラスに働いていたのではないか。経済的に困窮していて、一発当てたい願望があると、どうしても芸能人の娘をあてにしまうと思うのだ。

 ニコルらギャルタレントは、おバカキャラをウリにする一方で、古い価値観……例えば年功序列とか男尊女卑にも適応力が高い印象がある。親孝行を重んじるのもその一つかもしれないが、どうかホドホドに。お金やタレント生命を大事にしてほしいと願ってやまない。

テレ朝・弘中綾香アナの「あざとさは処世術」論に疑問! “女子アナではない会社員”が信じると「痛い目に遭う」と思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私的には好感度の高い人=あざとい人というイメージ」テレビ朝日アナウンサー・弘中綾香
(ウェブサイト「VoCE」7月25日)

 最近テレビで「あざとい」という言葉をよく聞く。「あざとい」の本来の意味は、小狡いとか、やり方があくどいというように、決して褒め言葉ではない。しかし、フリーアナウンサー・田中みな実とテレビ朝日・弘中綾香アナは『あざとくて何が悪いの?』(テレビ朝日系)において、あざとい言動で男性を虜にする女性について話し合いながら、「あざといことは悪いことではない」という“ニュー・あざとい論”を展開している。7月25日に放送した同番組において、田中と弘中アナは、可愛い子ぶった振り付けをふんだんに盛り込んだ“最強にあざといダンス”を披露していた。

 また、弘中アナは7月25日付のウェブサイト「VOCE」のインタビューで、「あざとさって、決してネガティブなことじゃないと思うんです。その場の雰囲気を和らげたり、そこにいる人の気分を良くしてあげられるテクニック」「最もしっくりくる表現は“処世術”かな」「私的には好感度の高い人=あざとい人というイメージ」などと答えていた。ということは、弘中アナは周囲のために気を使って、またはうまくこの世を渡っていくために、あざとく振る舞っているのかもしれない。

 売れている芸能人やアナウンサーがメディアで言っていることは「本当のこと」に聞こえるかもしれない。特に局アナは、今や芸能人と同等の存在ながら、イチ会社員としての一面も持つので、弘中アナに親近感を抱き、その処世術を真似しようとする一般の会社員もいるだろうが、果たしてうまくいくのかと思ってしまうのだ。

 芸能人のように「オファーがないと成立しない」「時代の変化に適応しなくてはならない」「勝てば官軍」というハイリスク・ハイリターンの職業の人、また局アナのように芸能人に準ずる職業の人と、基本的に社則に基づいて行動し、対価を得る一般の会社員は“違うルール”で生きており、ゆえに会社員の女性がヘタに彼女たちを真似すると、痛い目に遭うのではないかという気すらしてくる。

■弘中アナがあざとくても嫌われないワケ

 弘中アナが、確固たる信念を持って「あざとさ」を処世術としているならそれでよいけれど、そもそも、彼女が「あざとさ」で評価されているのかというと疑問である。弘中アナと言えば、『激レアさんを連れてきた。』(同)で、顔に似合わぬ毒舌でブレーク。「夢は革命家」と語り、テレ朝の社員でありながら、局の垣根を越えて『オールナイトニッポン0(ZERO)』(ニッポン放送)のメインパーソナリティーを務めたこともあるなど、局がどれほど彼女に期待をかけていたかは明らかだ。その期待に応えるように、弘中アナはオリコン主催の「好きな女性アナウンサーランキング」で、テレ朝アナとして初の首位の座を獲得した。今月末から始まるジャニーズJr.の6人組ユニット「美 少年」の初主演ドラマ『真夏の少年~19452020』(同)で、弘中アナは“女優デビュー”することも明らかにされた。

 そんな弘中アナの入社に関しては、面白いエピソードがある。弘中アナを見いだしたのは、『アメトーーク!!』などを手掛けたテレ朝の名物プロデューサー・加地倫三氏だが、入社試験の際、「(弘中アナは)アナウンサースキルはひどかったけれど、フリートークが抜群に面白かった」と光るものを感じて採用したそうだ。

 人事部の期待に沿えない人材も多い中で、弘中アナが「好きな女性アナウンサー」でテレ朝初の1位を獲得したことは、本人の実力はもちろん、「生みの親」である加地氏の慧眼を裏付けることになるから、加地氏にとっても喜ばしいことだろう。「日刊スポーツ」は今年5月、その加地プロデューサーが昇進して役員待遇となったと報じている。つまり弘中アナはテレ朝始まって以来の偉業を成し遂げただけでなく、役員の後ろ盾も持っているわけだから、サラリーマンとしては“無双”なわけだ。

 結果を出す人に優しく、出さない人に冷たいのは世の常だけに、弘中アナは、何をやっても特に社内では好意的に解釈してもらえるだろう。そう考えると、「好感度が高い人が、あざとい」のではなく、「仕事ができる人のすることは好意的に解釈されるので、あざといことをしても嫌われない」というのが真理ではなかろうか。

 しかし、一般の会社員女性が、誰もが納得する目覚ましい結果を出さず(会社員の業績は可視化できないものも多い)、偉い人の“お墨付き”もなく、弘中の行う表面的な「あざとさ」だけを真似しても、好意的に解釈されない可能性は高い。どんなに忠実に「あざとさ」を演じても、好意的に解釈する人ばかりではないだろうから、嫌われても動じないメンタルの強さも必要になるし、「あざとさ」を演じるには、ルックスなどの生まれつきの要素や、年齢も無関係とは言えない。会社員の女性が「テレビでやってるから。女子アナが言ってるから」と信じて、オフィスで「あざとい女」を演じた結果、浮いてしまった日には目も当てられないだろう。

■弘中アナは「あざとさ」よりアナウンサー技術を磨くべき?

 弘中アナに話を戻そう。向かうところ敵なしの弘中アナだが、死角がないわけでもない。『オールナイトニッポン0』では、他人から「オンナのくせに」「アナウンサーなのに」と勝手にくくられることに対して不満を言っていた弘中アナ。だからこそ、まずは「あざとさ」を処世術にするより、アナウンサーとしての足場を固めたらどうだろう。弘中アナは原稿読みが決してうまいとは言えず、声も高くて聞きづらいという評価も多い。このまま、いろいろな仕事に手を出しながら年を重ねたら、アナウンサーとしての実力は、ほかの女性アナウンサーと差がつく一方だろうし、ただの器用貧乏で終わってしまう可能性だってある。

 そもそも本当に「あざとい人」というのは、周囲に「あざとい」と気づかせず、いつのまにか頂点に立っている人のことを指すのではないかと思う。私から見れば、弘中アナは「接客業並みの気づかいをする人」もしくは「頑張り屋さん」である。彼女はそれも「お仕事」という一面があるのかもしれないが、一般の会社員女性はそうではないはずだ。どうか、弘中アナに影響されて、自分の“本分”を見誤らないほしいと思わずにいられない。