高樹沙耶、大麻ツイート終了宣言の裏に新しいオトコ……“男捨離”を繰り返す彼女に見る、恋愛体質の条件

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私を誰よりもわかってくれる人」高樹沙耶
(「デイリー新潮」2020年11月3日)

 「恋愛体質」という言葉がある。20年くらい前の女性誌で頻繁に使われていた言葉で、正確に定義されてはいなかったが、「すぐ恋をしてしまう人」のような意味で使われていた。今と違って、「恋をしていないと、干からびる」「クリスマスに恋人がいないのは、寂しい女」と刷り込まれていた時代だったこともあり、女性たちは躍起になって、自分を「恋愛体質」に導こうとしていた。

 具体的な方法としては、「一人でバーに飲みに行くこと」とか「ゆっくり話すこと」などが挙げられていた。確かに一人でいたほうが男性に声をかけられる率は上がるのかもしれないし、自分が優位に立ちたい男性は、ゆっくり話す女性……もっと言うと、積極的に自己主張をしない女性を好むかもしれない。しかし、そういう男性を女性側が好きになるかというと別の問題なので、「恋愛体質」になる方法、もしくは「恋愛体質」の人の条件としては不十分ではないだろうか。

 恋愛体質の人の条件とは、一体どのようなものなのか。そう考えたときに、私の頭に真っ先に浮かぶ芸能人、それが元女優・高樹沙耶である。彼女は常にオトコの存在によって人生の選択を行い、新しいオトコができるたびに、方向転換をしてきた女性のように見え、それこそが恋愛体質の条件を体現していると思う。

 『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で、彼女の半生がまとめられていたことがある。映画『沙耶のいる透視図』で主演に抜てきされた高樹。フルヌードになることが条件だったが、高樹はためらうことなく、そのチャンスをつかんだ。そこから順調に女優として活躍を続け、人気ドラマに多数出演する。時代はバブル真っ只中、高樹はとてつもないカネを持つバブル紳士と飲み歩き、贅沢な生活を送る。遊んでいるときは楽しかったけれど、家に帰るとさみしかったと話していた。

 女優のイメージが強い高樹だが、実は作詞家として活動していた時期もあったことをご存じだろうか。『はじめてのおつかい』(日本テレビ系)の挿入歌として知られる「しょげないでよBaby」は高樹の作詞で、90年代前半には、ほかの人気アーティストにも作詞提供をしている。彼女は女優だけでなく、作詞家としての才能もあるようだ。

 そんな音楽業界のつながりで知り合ったかどうかは不明だが、高樹は1998年、シンガーソングライターの中西圭三と結婚するも、2000年に離婚。その後、ハワイに渡る。そこで知り合った婚約者である水中カメラマンの手ほどきを受け、フリーダイビングの日本大会で当時の日本新記録を達成、ハワイで行われたフリーダイビング大会では総合2位を記録し、銀メダルを獲得している。当時の高樹に密着した番組を見たことがあるが、フリーダイビングは深い水底に潜るため、呼吸ができなくなる不安と闘わなくてはならない。潜る前の高樹に、男性が「絶対に大丈夫」と暗示をかけるように声をかけていたのが印象的だった。

 結局、この二人は結婚せずに、高樹は日本に戻って、まず千葉県・南房総で自給自足の生活を始める。その後、11年には、沖縄県・石垣に移住していたことが週刊誌に報じられ、16年には医療大麻の合法化を訴えて、「第24回参議院議員選挙」に出馬するも落選した。

 高樹はこの間、「大麻草検証委員会」の幹事を務めていることを明らかにしていた。コンプライアンス遵守の流れが高まるテレビの世界で、現行、法律で禁止されている大麻を推す女優は、危険な存在でしかない。テレビの仕事は減り、12年には事務所との契約も解除となった。16年10月7日放送の『爆報!THEフライデー!』(TBS系)では、高樹は男性4人と共同生活を送りながら、コテージを経営していると話していたが、この男性のうちの一人が「大麻草検証委員会」の代表で、高樹との交際がうわさされていた人物である。そして、テレビ放映から間もない10月25日、高樹は大麻取締法違反の疑いで、現行犯逮捕されてしまう。執行猶予3年の有罪判決を受けたが、その後も大麻の合法化に向けてTwitterを中心に活動していた。

◎「もったいない」という考え方をしない高樹沙耶

 そんな高樹が先日10月6日、突然「この場から去ります」とツイートして、発信をやめた。

 ニュースサイト「デイリー新潮」によると、高樹は大麻を合法化したいという気持ちに変わりはないようだ。アメリカやカナダの一部の州で大麻が合法化されたことを挙げ、「そんな世界的な流れのなかで、日本だけが取り残されたままでいる。テレビなどが平然と、大麻は覚せい剤と同じだと“ウソ”の情報を伝え続けているんです」と語っている。それでは、なぜ活動をストップさせることにしたかというと、「著名人で、ここまで声高に叫び続けているのは、私くらいじゃないですか。でも、いくら発信し続けても、わかってくれない。国が“ダメ、絶対ダメ”としている以上、メディアもそれに倣うし、進まないんだって気づいたとき、もう矢面に立ちたくないって思うようになってしまって」とのことだ。

 もし、高樹が本当に大麻を合法化したいのなら、やみくもに他国の例を引っ張ってくるのではなく、大麻が本当に悪いものなのかを、自ら科学的に検証する姿勢が求められるように思うが、それはさておき、高樹は藤井風の「帰ろう」という歌を聞いて、気持ちが変わったという。「憎しみあいの果てに何が生まれる わたし、わたしが先に忘れよう」という歌詞に心打たれて、高樹はツイートをやめたそうだ。

 そして、高樹の傍らには新たなオトコがいる。高樹が逮捕されたとき、これまで親切にしてくれた石垣島の人たちもよそよそしくなった。高樹はメンタルのバランスを崩して、精神科に通院するようになるが、その時に知り合った男性が親身になって励ましてくれたという。その男性は「私を誰よりもわかってくれる人」だそうで、すでに結婚して2年が経過しているとのこと。もちろん「大麻草検証委員会」代表の男性との関係は終わっている。

 そんな高樹を「男にのめりこむタイプ」と見る人もいるだろうし、実際そうだと思うが、高樹の特筆すべき点は「激しくのめりこむが、終わった後の未練や後腐れがまったくないところ」ではないだろうか。

 例えば、フリーダイビングを恋人の影響で始めたとしても、日本新記録を達成するとは相当センスがあったのだろう。その道を究めることもできたはずなのに、高樹は男性と別れたら、競技としてのフリーダイビングをやめてしまっている。同様に、大麻合法化に向けて活動するため、人気女優の座と経済的な基盤を手放してしまったが、そこを真剣に悔いているようにも見えない。新しいオトコが見つかったら、あれだけアツくなっていた大麻に関するツイートもあっさりやめてしまった。自分のやってきたことを大事に思うほど、“過去”は捨てにくくなるものだと思うが、高樹は物事に真剣に取り組むことはあっても、「もったいない」という考え方をしないし、忘却力に長けているといえる。

 「サンクコスト効果」という言葉をご存じだろうか。投資した金額やかけた時間を惜しむあまり、判断を誤ってしまう心理状態のことを指す。恋愛にたとえると「恋人に誕生日プレゼントをあげたばかりだから(別れるのはソン)」「〇年も付き合ったんだから(別れたくない)」というような考え方がそれにあたるだろうが、思うに高樹はこういう未練というかケチくささみたいなものと無縁なのではないか。

 冒頭で私は、「恋愛体質の人といえば、高樹沙耶」と述べたが、こうした彼女の特徴こそ、「恋愛体質」と呼ばれる人の条件だと思うのだ。日頃から後先考えずにはいられない人、目先の利益を気にしてしまう人は、「恋愛体質」なるものを目指しても無理だと思うし、目指す必要もないだろう。

 「デイリー新潮」で、「うちの墓に入れば。最後まで、婆さんになっても面倒見るよ」と夫に言われたと高樹は明かしていたが、今その言葉を受けて「うれしい」と思うことと、結婚生活が続くかは別の話である。今の夫の好きなものに染まり、いっぱしの業績をあげ、その恋が終わればすっぱりやめる。そんな“男捨離”を繰り返していくように思えてならない。

なぜデヴィ夫人を起用するのか? 倫理観の低下、ザツな番組づくり……いまこそテレビ局に物申したいこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ネットニュース見たんじゃないですか?」山崎夕貴アナウンサー
『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系、10月28日)

 長らくテレビを見ていて思うのは、最近のテレビ局もしくは番組は、倫理観が低下しているというか、作りがザツではないだろうか。

 例えば、10月24日放送の『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ)でデヴィ夫人が「みなさん、知らないでしょうけど、不妊になるのは堕胎が原因です」「前に付き合っていた男の人と、堕胎しましたって言えないじゃない。隠してますよ、全員が」「9割9分は堕胎です」と発言していた。

 言うまでもないが、これは明らかに間違った情報で、ネットは炎上。デヴィ夫人はTwitterで補足説明をしたが、この時も「私の知る限り不妊の多くは堕胎経験者」と主張することをやめない。関係者から要求されたのか、デヴィ夫人はオフィシャルブログで謝罪したが、「私はカソリック教徒だったため、中絶によってその方自身、または周りの方々が生涯取り返しのつかない後悔に陥ってほしくないという強い思いからの発言でした」とつづっており、「中絶で不妊になること」に固執している様子が窺える。

 デヴィ夫人の暴走は今に始まったことではなく、基本的に相手の意見は絶対に聞き入れず、激昂しやすい印象だ。怒りが頂点に達すると、個人攻撃に転じることもある。今だったら確実に問題になるだろうが、かつてある番組で男性と口論になったとき、男性が同性愛者であるという個人情報を暴露したこともあるだけに、明らかに議論には不向きな人だ。見た目は若くても、御年八十。ゆえに知識が古く、問題発言も多い。こんな危険な人物を、なぜテレビ局は起用するのだろうか。

 また、司会者や女性アナウンサーの態度も、私には疑問だった。デヴィ夫人の「不妊になるのは、堕胎が原因です」発言に、MCのますだおかだ・増田英彦は黙ったまま、女性アナウンサーは「一部、そういった意見もあります」と安易に肯定してしまっている。

 デヴィ夫人がここまで強く言い張るなら、二人とも「不妊の原因は9割9分堕胎」説について、いつの時代の話なのか、誰が言っているのか、何人のケースからそういう結論に至ったのかを掘り下げる必要があったのではないだろうか。デヴィ夫人は「私、絶対正しいです」と言い切っていたが、何の知識もない人があの番組を見たら「不妊の人は、中絶経験者」と信じてしまうこともあるだろう。デヴィ夫人のような人をゲストに招くのなら、司会者がきちんとストッパー機能を果たすべきではないだろうか。

 また局側が、番組公式サイトに謝罪コメントを出して終わりにしようとしているのも、私には理解できない。今年4月に『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、岡村隆史が「コロナが終息したら、ものすごく絶対に面白いことがある。苦しい状態がずっと続きますから、美人さんがお嬢(風俗嬢)やります」と話したことが“女性蔑視”とされて大炎上したが、デヴィ夫人の発言は、女性蔑視を通り越して、人権侵害の域に達していると私は思う。テレビ局は降板させるのが妥当ではないだろうか。

 言論の自由はもちろんあるが、「言ってはいけないこと」「根拠を提示したうえで、言わないといけないこと」も確実にある。そのあたりの調節ができず、言いたいことを言うだけなら、テレビはYouTubeと変わらないだろう。

 もう一つ、番組側の倫理観のなさとザツな作りが目立つのが、占い番組である。

 定期的にテレビ局は占いの番組を作る。2004年には、六星占術でおなじみ、細木数子が番組を持っていた。占いが当たっているのかどうか、本人でないとわからないが、大物芸能人やイケメン、好きなタイプの男性がゲストの際は、褒めちぎった鑑定をし、若い女性、お笑い芸人にはおしなべて冷たかったと記憶している。「あんた、地獄に落ちるわよ」という決め台詞的な言葉は、テレビで言っていいものとは思えないが、20%台という高い視聴率を叩き出していたようである。

 最近もまた『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系)という占い番組が始まった。「占いは信じない」と言っていた芸能人が、占い師の言葉に「うそ〜、なんでわかるの?」というのがお決まりのパターンだが、ちょっと演出過剰かつ詰めが甘いように思う。

 例えば、9月30日放送の同番組で、モデル・マギーが占い師に「お父さんに似てますね?」と言われ、「当たっている~」とうなずいてみせたが、親子なんだから、似ているのは当たり前だろう。

 また10月28日放送回では、同局の山崎夕貴アナが出演。「占いを信じない」という山崎アナは、占い師に「人を信じやすいので、浮気されやすい」と言われ、結婚前に夫である芸人・おばたのお兄さんの浮気が報じられたことから、「ネットニュース見たんじゃないですか?」と信じてない様子だった。しかし、下記の2つのことを指摘をされると、だんだん占い師に引き込まれていく。

1.夫である芸人・おばたのお兄さんは王様気質、プライドが高いし、身の回りの世話は自分でやらない。誰かにやってもらうのが好き。
2.山崎アナの携帯番号の下4ケタの合計数が25。色ごとに振り回される数字なので、おばたのお兄さんが、また浮気をする可能性が出てくる。

 1に関して、おばたは仕事も家事もバリバリやるお母さんに面倒を見てもらってきたといい、その分、ちょっとだけ亭主関白なところがあると、山崎アナは占い師の言い分を認めていた。2については、浮気されて以来、いつも「どこに、誰と行っているか、何時に帰るか」を確認していると話していたから、浮気されることに警戒心があるということだろう。

 山崎アナが「当たった」と思っているのなら、他人が口を挟む余地はないのだが、家事の苦手な山崎アナに、おばたが家事をやってほしいと思っていることや、時に文句を言っていることは、いろいろなバラエティー番組で明らかになっている。視聴者からすると、山崎アナの出演番組をある程度見ていれば、仕入れられる情報なので新鮮味にかけるし、「占いが当たった!」というカタルシスは得られない。また浮気の件も、“自分より超格上の女子アナを、交際早々に悲しませることができる人なら、いつまた浮気してもおかしくない”と推測するのは容易であり、占いというより、常識の範疇の話ではないか(そもそも「占いが当たっている」「この占い師はすごい!」というふうに持っていきたいのなら、本人でさえも知らない、もしくは忘れているようなエピソードを引き出さないと、占い番組の醍醐味が出ず、なんだかヤラセのような印象を視聴者に与えてしまう)。

 断っておくが、私は占いが「はずれている」と言いたいのではない。判断力の甘い子どもや若い人、精神的に依存しやすい人が、不確かな占いをまるで魔法のようだと信じ込み、大金をつぎ込んでしまうことを危惧するのだ。テレビ局はその危険性を踏まえて、占い番組を制作しなければいけないのではないだろうか。

 占いのように不確かなものを扱うときは、「不確かである」とちゃんとアナウンスした上できっちりエンタメ化し、逆に不妊のような医学的根拠を求められるテーマでは、専門家に任せて素人は余計なことを言わない。テレビ局員のみなさん、そこのところ、どうぞよろしくお願いいたします。

「おばちゃん復権ツイート」の投稿者と相席スタート・山崎ケイ……共通する“ジェンダーへの無理解”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「また炎上の火種になりかねないかなと思って」相席スタート・山崎ケイ
(YouTubeチャンネル「相席YouTube」、10月14日)

 Twitterで、妻子ある研究者の男性による「おばちゃん復権ツイート」が燃えていたのをご存じだろうか。問題のツイートは複数にわたっているが、端的にまとめると、

「独身男性に世間が向ける目は厳しい。若い女性に警戒されるかもしれないと気を使ってしまうし、男性と群れていると「男が好きなのか」と言われる。そんな彼らを救うのがおばちゃんの存在。異性として意識することはないけれども、女性的な視線を持ち、独身男性をあれこれ気遣ってくれる。おばちゃんが絶滅したことで、社会の潤滑油がなくなって、日本社会はぎすぎすしてしまった。日本社会におばちゃんを取り戻す努力を!」

というような内容だった。そして投稿者男性は、これらのツイートを「おばちゃんの復権」というタイトルをつけて、ツイートまとめツール「Togetter」に投稿したのだ。

 なぜおばちゃんが、見返りのない独身男性のお世話をしなければならないのか。投稿者男性の脳内には「女性はお世話をする性」という決めつけが潜んでいないかなどの理由で、このツイートは燃えた。

 個人的に付け加えさせてもらうと、私は「おばちゃん復権」という言葉の、“復権”が気になった。国語辞典を引くと、復権とは「一度失った権利などを回復すること」「停止された資格を回復させること」とある。絶滅したおばちゃんの“復活”を望むというニュアンスで使用したのかもしれないが、あえて“復権”を使ったのは、つまり、この投稿者男性は、おばちゃんを「ある権利を失った存在」として見ているのではないか。それでは、おばちゃんがもともと持っていたものの、失った権利とは何か。

 それが私の意訳したツイート内容にある「異性として意識することはない」ことに隠されていると思う。おばちゃんはかつて若い頃、性的な魅力を持ち、男性に求められることで社会に存在する権利を持っていたが、性的な魅力を失ったおばちゃんにはその権利がない。けれども、独身男性のお世話を無償でして社会の潤滑油になるのなら、その権利をもう一度与えてやってもよい……と、心のどこかで考えていたから、“復権”という言葉を使ったのでははないだろうか。

 投稿者男性はTwitterで「友人の女性から『女性は男性に対して感情労働をさせられ続けてつらい目にあってきた、なお求めるのか』というご批判だと解説してもらいました」と謝罪していた。素直に謝っている人に追い打ちをかけてなんだが、なぜ妻ではなく、友人の女性に解説してもらうのだろうか。「独身男性のため」と書いていたが、おばちゃんを必要としているのは、ほかならぬこの男性ではないかという気がしなくもない。

 頭の良い人とされているが、ジェンダー関係になると、不用意な発言をすることは珍しくない。それだけ女性蔑視が社会に浸透してしまっているからだと思うが、もしかしたら、ジェンダーは、理解するのに“センス”がいる事柄なのかもしれないとも思う。頑張って理解しようとしているつもりでも、どうもピンとこない人もいるだろう。そのうちの一人が、高学歴芸人である相席スタートの山崎ケイではないか。

◎「夫の苗字を名乗ったら炎上の火種に」山崎ケイのズレた感覚

 10月14日に落語家の立川談笑と結婚したことを発表した山崎。コンビのYouTubeチャンネル「相席YouTube」に夫を招き、相方の山添寛が聞き手となって二人のなれそめを語っていた。

 立川は、もともと吉本興業に所属する芸人で、山崎の後輩。山崎のタイプではなかったが、「山崎の顔が好き」な立川はあきらめずアプローチを続け、結婚に至った。

 山崎と言えば、「ちょうどいいブス」を持ちネタとしていた時期があった。しかし、考えてみると、最近「ちょうどいいブス」を耳にしない。2020年5月10日に『サンデー・ジャポン』(TBS系)に山崎が出演した際、司会の爆笑問題・太田光に「ちょうどいいブスと言わなくなったら、おとなしくなった」と指摘されると、山崎は「炎上するんだもん」と説明していた。つまり、炎上を避けるために「ちょうどいいブス」を封印したということだろう。

 山崎は今も炎上には気を使っているようだ。「相席YouTube」で、視聴者から「結婚したから芸名を変えるのか?」と聞かれた山崎は「夫婦別姓が叫ばれている中で、堂々と『結婚したので、旦那の苗字に変えます』って言うのは、炎上の火種になりかねないかなと思って」とし、引き続き「山崎ケイ」で行くと話していた。

 山崎は単純に、従来もしくは多数派の慣習を踏襲すると炎上すると思っているのかもしれないが、ジェンダー関連で燃えるときの条件の一つは「役割や評価を、性別を理由に一方的に押しつけること」ではないかと私は思っている。

 上述したおばちゃん復権の例で言うと、独身男性の面倒を見ろと、女に役割を押しつけているうえ、「異性として意識することはない」と一方的に性的評価を下している。さらには、金銭的な見返りもない。だからこそ炎上したのだろう。しかし、山崎が苗字を変えたとしても、誰にも性別を理由に役割や評価を押しつけない。よって、燃える可能性は低いのではないか。

◎「結婚でいい女証明」発言の炎上リスク

 「ちょうどいいブス」を封印した山崎は、「いい女キャラ」を掲げている。あえて「自分を上げる」ことで、おかしさを誘うのかもしれないが、これまた炎上のリスクの高いキャラではないだろうか。

 山崎は10月15日にオンラインの番組『映画もアートもその他もぜ~んぶ喋らせろ!』に出演し、司会の次長課長・河本準一に結婚について聞かれると、「証明されたってことですよね、やっぱりいい女だって」とコメントした。「いい女」キャラを全うしての発言だろうが、テレビでこの発言をしたら、それこそ燃えるのではないだろうか?

 結婚というのは、転職と同じように人生の選択肢の一つにすぎない。したい人はすればいいし、したくない人はしなくてよい。にもかかわらず、女性誌が多くのページを割いて特集を組んできたのは、そこに「特別な意味」があるからだろう。

 それが何かをはっきりと言語化したのが、2003年に発売された酒井順子の『負け犬の遠吠え』(講談社文庫)だと思う。当時、独身の30代だった酒井は「どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは『女の負け犬』なのです」と綴った。酒井は自身もそのグループに所属していることから自虐的に書いたつもりだったようだが、「30代以上で結婚していなくて子どものいない女は、負け犬と呼んでいい」というように、言葉が勝手に独り歩きを始めた。結婚していないくらいで“負け”という評価を押しつけられたくないと怒る読者は多数いて、当然、酒井も批判にさらされた。

 結婚したことを「いい女の証明」と言う山崎発言も、同様のリスクをはらんでいるのではないだろうか。結婚という個人の自由に、「いい女だから」という評価をからめると、「じゃ、結婚してない女は、いい女じゃないってことか?」と取る人がいないとも限らない。

 今年7月2日の本連載でも述べた通り、山崎はセクハラに気をつけているようで、結果的にセクハラを悪質化させる態度を取ってしまうところがある。思考回路の軸が「男性によく思われること」で固まっていて、ジェンダーに気が回らないのかもしれない。かといって、炎上も避けたいだろう。

 となると、山崎は媒体とネタを選ぶ必要があるのではないだろうか。山崎のファンしかいない場所、ネットニュースにならない場所でいつも通りのキャラで行き、そうでない場所では無難にやり過ごす。そのあたりを山崎の周囲がうまーくサポートできるかどうかが、今後の活動に重要となるのかもしれない。もちろんジェンダーへの理解を深め、それをネタに反映できることが一番いいことではあるのだが……。

マツコ・デラックスの引退説に考える、テレビ視聴者に“毒舌”が通用しなくなった現況

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」マツコ・デラックス
『マツコ&有吉のかりそめ天国』(10月9日、テレビ朝日系)

 マツコ・デラックスが『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)を静かに“卒業”したことで、突如“引退説”が浮上してきている。

 10年間レギュラー出演をしていて、司会の明石家さんまとのやりとりを楽しみにしていた視聴者も多いことだろう。マツコクラスの大物が番組を“卒業”するとなると、セレモニー的な企画が組まれそうなものだが、実際は番組の最後に「マツコさんは今日の放送でホンマでっか!?を卒業します。およそ10年間本当にありがとうございました」というアナウンスがあったのみ。

 この顛末について、「女性自身」10月13日号(光文社)は、「マツコ、『ホンマでっか』卒業の真相 引退前倒しで保護猫支援か」と報じた。また10月27日号の同誌では「マツコ引退説に事務所社長答えた『今のままずっとは難しい』」という記事が掲載され、所属事務所の社長が「彼女もまもなく50歳になります。いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」と、マツコが変革の時を迎えていることを認めるコメントしていた。

 さらに、「週刊女性」(主婦と生活社)の直撃を受けたマツコ・デラックス自身が、「みなさんにとっては突然なのかもしれないけれど。アタシも次の人生を考えるときに、このままだと身動きがとれないからね。だから降りられるものは降りようとしていますよ。なんかしがみつくのも嫌だし、もっと若い人に頑張ってもらわないといけないわけだから」と心境を吐露している。

 このタイミングでの仕事の縮小には驚くが、マツコはブレーク直後から、いろいろな番組でずっと芸能界に居続けるつもりはないと発言しており、今年1月の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)でも、「あと10年くらい細々と頑張って国外に脱出しようと思っているの」と話していただけに、前から思っていたことを実行しつつあるというほうが正しいのではないか。

 気になるのが、所属事務所社長の「いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」という言葉である。私には順風満帆に見えるマツコの芸能活動だが、マツコ本人とマツコの育ての親は、危機感のようなものを感じているということだろう。

 それが何かが語られることはないので推測するしかないが、確かに今の時代はマツコのような毒舌タレントには、やりにくい部分はあるように思うのだ。

 10月9日放送の『マツコ&有吉のかりそめ天国』(テレビ朝日系)で、マツコと有吉弘行が、フリーアナウンサー・田中みな実とテレビ朝日アナウンサー・弘中綾香について話していた。

 南海キャンディーズ・山里亮太、田中、弘中両アナがMCを務める新番組『あざとくて何が悪いの?』(同)が同10日から始まり、第1回のゲストが有吉だった。収録時、弘中アナが「1回目のゲストが有吉さん、怖い」と怯えていたので、有吉は「そんなこと言わないでよ」と言いつつ、「『かりそめ天国』のオフのとき、お前の悪口言ってるけどな」と付け加えた。有吉はそのときのことを振り返り、「自分の名前だけで言えばよかったんだけど、マツコさんの名前も出しちゃった」と、自分だけでなく、マツコも弘中アナの悪口を言っているかのように話してしまったと謝罪していた。

 私は、マツコや有吉と同世代だが、我々が若い頃のテレビでは、番組の企画で、タレントが大物や旬の芸能人のことを「嫌い」と言うことは結構あった。特に毒舌をウリにする芸人やタレントは、視聴者の興味を引く人物について、カメラの前で悪く言うのが「お仕事」なわけだし(無名のタレントの名前を挙げても、面白さがない)、そもそも、カメラの前でそういう話をしている時点で、本当に嫌いということはないだろう。しかし、それは世慣れた中年の論理で、今のテレビで同じことをすると、現代の若者は傷つきやすいのか、「有吉やマツコが女子アナをいじめている」「パワハラだ!」と解釈することもあるのではないだろうか。それがSNSで拡散されると、番組を見ていない人もノリで加担して、炎上しないとも限らない。

 マツコは「田中みな実の時ってプロレスができたじゃん、いい時代だったよ」と回想する。「私はプロレスしがいのある女が出てきたなくらいに思って、ちょっとやったわけよ。そしたら、ただの悪口になるっていう」と予期せぬ結果を生んだと明かし、有吉も「そうなんだよね、ひどい、ひどいと言われちゃうんだよね」「僕も、ほとんどそういうのには関わらないようにしている」と同調していた。

 田中アナとマツコのプロレスと言えば、『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』(TBS系)という番組が思い出される。さんまが司会をし、テーマに沿っておネエタレントたちが恋愛にまつわるトークを展開する番組で、ゲストとして登場した田中アナは、「さんまさんのことが結婚したいくらい好き」とぶりっ子キャラを全開で挑んでいた。マツコが、隣に座るミッツ・マングローブに「(田中のことが)本当に嫌いなのよ」とつぶやいたことを聞いた双子のおネエタレント・広海が「本当に嫌いって言ってる」と暴露。田中が「マツコさんに嫌われるようなことをしてしまって、申し訳ありません」と泣き出した。が、実は手の甲で隠された田中の口元は笑っていて、つまり泣いたのは一瞬だったという壮大なオチが待っていた。しかし「仕事として」言い合いをしても、「泣かせた」となると、視聴者のイメージ的には、マツコが断然悪者で、結果的に損をしたと言えるのではないだろうか。

 マツコは「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」と、『かりそめ天国』で話していたが、扱いがわからなければ当たり障りなく接するしかなく、けれど、それではマツコの個性が生きない。そして、今後も傷つきやすい視聴者が増えることが予想されるとなると、マツコのやりにくい状態は続くと思われる。

 フェミニズムの台頭も、毒舌タレントには向かい風になるのかもしれない。世間に「性差別を許さない」という空気が生まれ、それ自体は望ましいことだが、「性差別とは何か」を誰もが明言できるほど、フェミニズムは根付いていないと私は感じている。そういう時代に、女子アナや女性タレントに毒舌を吐くと、発言内容を精査せず「女性を悪く言うことは、女性差別だ」と感じる人も出てくるだろう。

 時代の変化を止めることはできないが、マツコが見られなくなるのはつまらない。今のようなスタイルでなくても、マツコにとってベストな形で、コアなファン向けに活動してほしいと思うのは私だけではないはずだ。

マツコ・デラックスの引退説に考える、テレビ視聴者に“毒舌”が通用しなくなった現況

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」マツコ・デラックス
『マツコ&有吉のかりそめ天国』(10月9日、テレビ朝日系)

 マツコ・デラックスが『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)を静かに“卒業”したことで、突如“引退説”が浮上してきている。

 10年間レギュラー出演をしていて、司会の明石家さんまとのやりとりを楽しみにしていた視聴者も多いことだろう。マツコクラスの大物が番組を“卒業”するとなると、セレモニー的な企画が組まれそうなものだが、実際は番組の最後に「マツコさんは今日の放送でホンマでっか!?を卒業します。およそ10年間本当にありがとうございました」というアナウンスがあったのみ。

 この顛末について、「女性自身」10月13日号(光文社)は、「マツコ、『ホンマでっか』卒業の真相 引退前倒しで保護猫支援か」と報じた。また10月27日号の同誌では「マツコ引退説に事務所社長答えた『今のままずっとは難しい』」という記事が掲載され、所属事務所の社長が「彼女もまもなく50歳になります。いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」と、マツコが変革の時を迎えていることを認めるコメントしていた。

 さらに、「週刊女性」(主婦と生活社)の直撃を受けたマツコ・デラックス自身が、「みなさんにとっては突然なのかもしれないけれど。アタシも次の人生を考えるときに、このままだと身動きがとれないからね。だから降りられるものは降りようとしていますよ。なんかしがみつくのも嫌だし、もっと若い人に頑張ってもらわないといけないわけだから」と心境を吐露している。

 このタイミングでの仕事の縮小には驚くが、マツコはブレーク直後から、いろいろな番組でずっと芸能界に居続けるつもりはないと発言しており、今年1月の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)でも、「あと10年くらい細々と頑張って国外に脱出しようと思っているの」と話していただけに、前から思っていたことを実行しつつあるというほうが正しいのではないか。

 気になるのが、所属事務所社長の「いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」という言葉である。私には順風満帆に見えるマツコの芸能活動だが、マツコ本人とマツコの育ての親は、危機感のようなものを感じているということだろう。

 それが何かが語られることはないので推測するしかないが、確かに今の時代はマツコのような毒舌タレントには、やりにくい部分はあるように思うのだ。

 10月9日放送の『マツコ&有吉のかりそめ天国』(テレビ朝日系)で、マツコと有吉弘行が、フリーアナウンサー・田中みな実とテレビ朝日アナウンサー・弘中綾香について話していた。

 南海キャンディーズ・山里亮太、田中、弘中両アナがMCを務める新番組『あざとくて何が悪いの?』(同)が同10日から始まり、第1回のゲストが有吉だった。収録時、弘中アナが「1回目のゲストが有吉さん、怖い」と怯えていたので、有吉は「そんなこと言わないでよ」と言いつつ、「『かりそめ天国』のオフのとき、お前の悪口言ってるけどな」と付け加えた。有吉はそのときのことを振り返り、「自分の名前だけで言えばよかったんだけど、マツコさんの名前も出しちゃった」と、自分だけでなく、マツコも弘中アナの悪口を言っているかのように話してしまったと謝罪していた。

 私は、マツコや有吉と同世代だが、我々が若い頃のテレビでは、番組の企画で、タレントが大物や旬の芸能人のことを「嫌い」と言うことは結構あった。特に毒舌をウリにする芸人やタレントは、視聴者の興味を引く人物について、カメラの前で悪く言うのが「お仕事」なわけだし(無名のタレントの名前を挙げても、面白さがない)、そもそも、カメラの前でそういう話をしている時点で、本当に嫌いということはないだろう。しかし、それは世慣れた中年の論理で、今のテレビで同じことをすると、現代の若者は傷つきやすいのか、「有吉やマツコが女子アナをいじめている」「パワハラだ!」と解釈することもあるのではないだろうか。それがSNSで拡散されると、番組を見ていない人もノリで加担して、炎上しないとも限らない。

 マツコは「田中みな実の時ってプロレスができたじゃん、いい時代だったよ」と回想する。「私はプロレスしがいのある女が出てきたなくらいに思って、ちょっとやったわけよ。そしたら、ただの悪口になるっていう」と予期せぬ結果を生んだと明かし、有吉も「そうなんだよね、ひどい、ひどいと言われちゃうんだよね」「僕も、ほとんどそういうのには関わらないようにしている」と同調していた。

 田中アナとマツコのプロレスと言えば、『さんまのホントの恋のかま騒ぎ』(TBS系)という番組が思い出される。さんまが司会をし、テーマに沿っておネエタレントたちが恋愛にまつわるトークを展開する番組で、ゲストとして登場した田中アナは、「さんまさんのことが結婚したいくらい好き」とぶりっ子キャラを全開で挑んでいた。マツコが、隣に座るミッツ・マングローブに「(田中のことが)本当に嫌いなのよ」とつぶやいたことを聞いた双子のおネエタレント・広海が「本当に嫌いって言ってる」と暴露。田中が「マツコさんに嫌われるようなことをしてしまって、申し訳ありません」と泣き出した。が、実は手の甲で隠された田中の口元は笑っていて、つまり泣いたのは一瞬だったという壮大なオチが待っていた。しかし「仕事として」言い合いをしても、「泣かせた」となると、視聴者のイメージ的には、マツコが断然悪者で、結果的に損をしたと言えるのではないだろうか。

 マツコは「今、わからん。女子アナをどう扱っていいか」と、『かりそめ天国』で話していたが、扱いがわからなければ当たり障りなく接するしかなく、けれど、それではマツコの個性が生きない。そして、今後も傷つきやすい視聴者が増えることが予想されるとなると、マツコのやりにくい状態は続くと思われる。

 フェミニズムの台頭も、毒舌タレントには向かい風になるのかもしれない。世間に「性差別を許さない」という空気が生まれ、それ自体は望ましいことだが、「性差別とは何か」を誰もが明言できるほど、フェミニズムは根付いていないと私は感じている。そういう時代に、女子アナや女性タレントに毒舌を吐くと、発言内容を精査せず「女性を悪く言うことは、女性差別だ」と感じる人も出てくるだろう。

 時代の変化を止めることはできないが、マツコが見られなくなるのはつまらない。今のようなスタイルでなくても、マツコにとってベストな形で、コアなファン向けに活動してほしいと思うのは私だけではないはずだ。

立川志らく、「料理は女性がするもの」議論の発言に考える『グッとラック!』が視聴率低迷のワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「お母さんが料理を作っていたのは間違いだっていうのはおかしな話で」立川志らく
『グッとラック!』(TBS系、10月6日)

 少し前に起きた、Twitter発のポテサラ論争をご記憶だろうか。

 スーパーの惣菜コーナーで、幼児を連れた女性がポテトサラダのパックを手にしていると、高齢男性が近づいてきて、「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と声をかける様子を目撃した投稿者。うつむいてしまった女性に、投稿者は娘さんを連れて、「大丈夫ですよ」と心の中でつぶやきながら、2パックもポテサラを買ったといい、このツイートは大いにバズった。

 ワイドショーなどがこの話題を取り上げ、その論調は「忙しいなら買えばいい」「人の家のことに口を出すな」というものが多数だったが、『グっとラック!』(TBS系)の出演者・国山ハセンアナウンサーは、しつこく「総菜のポテサラと手作りのポテサラ、どちらに愛を感じるか? やっぱり手作りのポテサラに愛を感じる」「手間暇かけるのは、愛と感じますでしょ?」と、“手作りイコール愛”とする主張を連呼。その結果、軽く炎上し、リターンマッチとしてか、ハセンアナは番組内で「人生で初めてのポテサラ作り」に挑戦していた。これは番組側が、ハセンアナにポテサラ作りの大変さを実感させることで、“手作りイコール愛”というのが、いかに世間ズレした考えなのかを理解させ、その姿を視聴者に見せるための企画だと思った。

 料理の経験がないのか、ハセンアナはきゅうりを薄切りにできず、にんじんの皮をむくのを忘れ、じゃがいものゆで具合も微妙。試食した番組出演者は「じゃがいもの味がぱさぱさしている」「フツウのつぶれた芋、何かがおかしい」という評価で、味はさんざんだった模様。

 ハセンアナは「手作りは当たり前じゃないし、料理が出てくるのも基本的に当たり前ではない」とまとめていて、これで一応のオチがついた形にはなったものの、私にはハセンアナがなぜ自身の発言が批判されたのか、理解したようには思えなかった。というのも、実際にポテサラを作ることで、彼は「面倒だから総菜のポテサラもあり」と思うのではなく、「こんな面倒だとわかったら、ますます手作りのポテサラの価値を感じるようになった」という方向に転がったように感じたからだ。

 もちろん、ハセンアナが「総菜のおかずなんて認めない! オンナが作れ!」という考えでも、他人が文句を言う筋合いはない。しかし、「番組内での発言」は、ハセンアナ個人ではなく、番組の主張だと視聴者に捉えられる可能性もあるだけに、発言にはそれ相応の責任が生じるし、また番組の企画意図(手作りイコール愛)を汲んだ発言をしなければならない面もあるのではないか。にもかかわらず、企画意図を無視しているように見えるハセンアナを、番組がキャスティングするのは、話題作りのために炎上商法を狙っているからだと思っていたが、番組は視聴率の低迷がたびたび報じられていることから考えると、炎上は数字(視聴率)に結びついていないようだ。

 テコ入れのためだろうが、『グッとラック!』は9月末から、メインコメンテーターなる聞きなれないポジションを作り、ロンドンブーツ1号2号・田村淳を投入した。

 10月6日放送の同番組では、元テレビ東京アナウンサー・大橋未歩が「『料理は女性がするもの』と考える方にはドン引きします」と自身のインスタグラムにアップしたことを取り上げた。同番組の取材に対し、大橋アナは「女性が『結婚した』と男性に言ったときに、男性から『料理はできるの?』とすぐさま言われているのを見聞きしたことがありまして、『結婚=料理』という認識の方もいるのかなと思ったことがありました」と、性別によって役割を決められることに関して、違和感があると話していた。

 番組では、この問題について議論が繰り広げられたが、ハセンアナは「フツウに何の意識もなく、聞いていました」「悪気はなかった」と告白。同番組の出演者で、後輩の若林有子アナからは、ハセンアナに「料理ができない」と言ったところ、「だからモテないんだよ」と指摘されたというエピソードまで暴露され、「料理を女性に作ってもらうことに憧れがある」と弁明していた。

 一方の淳は、自分は料理ができるので、「料理ができるのか?」という質問は、単なる日常会話に過ぎず、仮に「できません」という答えが返ってきたら、「じゃ、旦那さんが作るんだ」と聞き返すとのこと。3時のヒロイン・福田麻貴は「昔は女性がするのが当たり前」「女性はみんなオトナになったら、料理ができるようにならないとあかんねや」「合コンとかで『料理できるの?』と言われて、『できない』って言えないな」「ちょっとコンプレックスみたいな感じになってきたところに、大橋さんとかがこういうことを言ってくれた時に、『ほんまやん!』となる」と述べた。

 そんな中、淳は「じゃ、言わせてもらいますけどね、女性誌でさんざん料理を作るオンナがモテるみたいなことを言って、さんざん料理スキルを高めましょうってあおってるんですよ。男子には、結婚したら女性が料理を作るんだって刷り込まれている人もいると思う」と、料理問題は女性が作った圧であると主張。ハセンアナは「いいぞ~!」と同調する。

 ここで、なぜか志らくは「女性が、お母さんが料理を作っていたのは間違いだっていうのはおかしな話で」と言い出す。「日本は、お母さんが(料理を)作ってきたという文化があるわけですよ。中には本当の女中のようになって、苦しんでるお母さんたちもいたかもしれないけど、でも、お母さんが(料理を)作っていて幸せだった家庭もいっぱいある」「現代の女性が、そういう世代を否定するのは失礼」と持論を展開。誰も昔の女性を否定するようなことは言っていないので、話が飛躍しすぎな気はするが、このあたりが『グっとラック!』の視聴率が、いまいち伸びない理由……特に“女性視聴者”を逃している理由ではないだろうか。

 志らくは「女性だからといって料理をする必要はない」と言ってしまうと、これまで専業主婦として家庭に貢献してきた年配の女性視聴者の生き方を否定していると思われることを恐れたのかもしれない。しかし、だからといって「現代の女性が、そういう世代を否定するのは失礼」とまで言い切ってしまうと、今度は現代の女性から「私たち、一言もそんなこと言ってませんけど?」と反感を買うだろう。味方をするふりをして、敵を作ってしまうわけだ。

 それはハセンアナも一緒で「料理を女性に作ってもらうことに憧れがある」と女性を崇めるようなことを述べつつ、カメラの回っていないところでは「料理ができないとモテない」と言ってしまっている。「結局、女性を低く見ている」と言わざるを得ない小ネタがぽろぽろ出てきてしまうことから考えると、ポテサラ騒動以降も二人とも女性の味方になりきれていないのだ。

 そうなると、女性視聴者の心をつかむには、女心に精通し、独身時代にはプレイボーイとして鳴らした淳頼みになるが、その淳が「女性誌が料理を作れとあおっていることについて、どう思う?」と女性陣に質問してしまう。淳が具体的な女性誌の名前を挙げたわけではないが、私個人の感覚としては「料理を作ればモテる」という記事は年々少なくなっているように感じる。

 料理の代わりに増えたと感じるのが、筋トレの記事だ。お笑い芸人のゆりやんレトリィバァが、食事改善と筋トレで30キロ以上痩せたそうだ。ダイエットというと、痩せてきれいになることで恋愛に積極的になれる、つまり男性のためだと連想する人もいるだろう。しかし、「MAQUIA」11月号(集英社)によると、ゆりやんも今までは好きな人に振り向いてもらうためにダイエットをし、失恋するとリバウンドしていたそうだが、「体を鍛えて痩せることは、誰のためでもなく、自分のため」と気づいてから、結果を出せるようになったそうだ。

 男性のための努力ではなく、自分のため。多くの筋トレ好き女性の意見を、ゆりやんは代弁した形になったのではないだろうか。同様に、昨今では料理に関しても、男性のためにするものではなく、日々の生活や自身の楽しみのためにするものという価値観になってきたのではないか。

その昔、「嫁の条件105カ条」を公言し、女性が自分に合わせることを当然としてきた淳が、この女性心理の変化を理解できるのか……。

 船頭多くして船山に上るというが、メイン出演者を見る限り、この番組の先行きはなかなか厳しそうな気がしてならない。

立川志らく、「料理は女性がするもの」議論の発言に考える『グッとラック!』が視聴率低迷のワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「お母さんが料理を作っていたのは間違いだっていうのはおかしな話で」立川志らく
『グッとラック!』(TBS系、10月6日)

 少し前に起きた、Twitter発のポテサラ論争をご記憶だろうか。

 スーパーの惣菜コーナーで、幼児を連れた女性がポテトサラダのパックを手にしていると、高齢男性が近づいてきて、「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と声をかける様子を目撃した投稿者。うつむいてしまった女性に、投稿者は娘さんを連れて、「大丈夫ですよ」と心の中でつぶやきながら、2パックもポテサラを買ったといい、このツイートは大いにバズった。

 ワイドショーなどがこの話題を取り上げ、その論調は「忙しいなら買えばいい」「人の家のことに口を出すな」というものが多数だったが、『グっとラック!』(TBS系)の出演者・国山ハセンアナウンサーは、しつこく「総菜のポテサラと手作りのポテサラ、どちらに愛を感じるか? やっぱり手作りのポテサラに愛を感じる」「手間暇かけるのは、愛と感じますでしょ?」と、“手作りイコール愛”とする主張を連呼。その結果、軽く炎上し、リターンマッチとしてか、ハセンアナは番組内で「人生で初めてのポテサラ作り」に挑戦していた。これは番組側が、ハセンアナにポテサラ作りの大変さを実感させることで、“手作りイコール愛”というのが、いかに世間ズレした考えなのかを理解させ、その姿を視聴者に見せるための企画だと思った。

 料理の経験がないのか、ハセンアナはきゅうりを薄切りにできず、にんじんの皮をむくのを忘れ、じゃがいものゆで具合も微妙。試食した番組出演者は「じゃがいもの味がぱさぱさしている」「フツウのつぶれた芋、何かがおかしい」という評価で、味はさんざんだった模様。

 ハセンアナは「手作りは当たり前じゃないし、料理が出てくるのも基本的に当たり前ではない」とまとめていて、これで一応のオチがついた形にはなったものの、私にはハセンアナがなぜ自身の発言が批判されたのか、理解したようには思えなかった。というのも、実際にポテサラを作ることで、彼は「面倒だから総菜のポテサラもあり」と思うのではなく、「こんな面倒だとわかったら、ますます手作りのポテサラの価値を感じるようになった」という方向に転がったように感じたからだ。

 もちろん、ハセンアナが「総菜のおかずなんて認めない! オンナが作れ!」という考えでも、他人が文句を言う筋合いはない。しかし、「番組内での発言」は、ハセンアナ個人ではなく、番組の主張だと視聴者に捉えられる可能性もあるだけに、発言にはそれ相応の責任が生じるし、また番組の企画意図(手作りイコール愛)を汲んだ発言をしなければならない面もあるのではないか。にもかかわらず、企画意図を無視しているように見えるハセンアナを、番組がキャスティングするのは、話題作りのために炎上商法を狙っているからだと思っていたが、番組は視聴率の低迷がたびたび報じられていることから考えると、炎上は数字(視聴率)に結びついていないようだ。

 テコ入れのためだろうが、『グッとラック!』は9月末から、メインコメンテーターなる聞きなれないポジションを作り、ロンドンブーツ1号2号・田村淳を投入した。

 10月6日放送の同番組では、元テレビ東京アナウンサー・大橋未歩が「『料理は女性がするもの』と考える方にはドン引きします」と自身のインスタグラムにアップしたことを取り上げた。同番組の取材に対し、大橋アナは「女性が『結婚した』と男性に言ったときに、男性から『料理はできるの?』とすぐさま言われているのを見聞きしたことがありまして、『結婚=料理』という認識の方もいるのかなと思ったことがありました」と、性別によって役割を決められることに関して、違和感があると話していた。

 番組では、この問題について議論が繰り広げられたが、ハセンアナは「フツウに何の意識もなく、聞いていました」「悪気はなかった」と告白。同番組の出演者で、後輩の若林有子アナからは、ハセンアナに「料理ができない」と言ったところ、「だからモテないんだよ」と指摘されたというエピソードまで暴露され、「料理を女性に作ってもらうことに憧れがある」と弁明していた。

 一方の淳は、自分は料理ができるので、「料理ができるのか?」という質問は、単なる日常会話に過ぎず、仮に「できません」という答えが返ってきたら、「じゃ、旦那さんが作るんだ」と聞き返すとのこと。3時のヒロイン・福田麻貴は「昔は女性がするのが当たり前」「女性はみんなオトナになったら、料理ができるようにならないとあかんねや」「合コンとかで『料理できるの?』と言われて、『できない』って言えないな」「ちょっとコンプレックスみたいな感じになってきたところに、大橋さんとかがこういうことを言ってくれた時に、『ほんまやん!』となる」と述べた。

 そんな中、淳は「じゃ、言わせてもらいますけどね、女性誌でさんざん料理を作るオンナがモテるみたいなことを言って、さんざん料理スキルを高めましょうってあおってるんですよ。男子には、結婚したら女性が料理を作るんだって刷り込まれている人もいると思う」と、料理問題は女性が作った圧であると主張。ハセンアナは「いいぞ~!」と同調する。

 ここで、なぜか志らくは「女性が、お母さんが料理を作っていたのは間違いだっていうのはおかしな話で」と言い出す。「日本は、お母さんが(料理を)作ってきたという文化があるわけですよ。中には本当の女中のようになって、苦しんでるお母さんたちもいたかもしれないけど、でも、お母さんが(料理を)作っていて幸せだった家庭もいっぱいある」「現代の女性が、そういう世代を否定するのは失礼」と持論を展開。誰も昔の女性を否定するようなことは言っていないので、話が飛躍しすぎな気はするが、このあたりが『グっとラック!』の視聴率が、いまいち伸びない理由……特に“女性視聴者”を逃している理由ではないだろうか。

 志らくは「女性だからといって料理をする必要はない」と言ってしまうと、これまで専業主婦として家庭に貢献してきた年配の女性視聴者の生き方を否定していると思われることを恐れたのかもしれない。しかし、だからといって「現代の女性が、そういう世代を否定するのは失礼」とまで言い切ってしまうと、今度は現代の女性から「私たち、一言もそんなこと言ってませんけど?」と反感を買うだろう。味方をするふりをして、敵を作ってしまうわけだ。

 それはハセンアナも一緒で「料理を女性に作ってもらうことに憧れがある」と女性を崇めるようなことを述べつつ、カメラの回っていないところでは「料理ができないとモテない」と言ってしまっている。「結局、女性を低く見ている」と言わざるを得ない小ネタがぽろぽろ出てきてしまうことから考えると、ポテサラ騒動以降も二人とも女性の味方になりきれていないのだ。

 そうなると、女性視聴者の心をつかむには、女心に精通し、独身時代にはプレイボーイとして鳴らした淳頼みになるが、その淳が「女性誌が料理を作れとあおっていることについて、どう思う?」と女性陣に質問してしまう。淳が具体的な女性誌の名前を挙げたわけではないが、私個人の感覚としては「料理を作ればモテる」という記事は年々少なくなっているように感じる。

 料理の代わりに増えたと感じるのが、筋トレの記事だ。お笑い芸人のゆりやんレトリィバァが、食事改善と筋トレで30キロ以上痩せたそうだ。ダイエットというと、痩せてきれいになることで恋愛に積極的になれる、つまり男性のためだと連想する人もいるだろう。しかし、「MAQUIA」11月号(集英社)によると、ゆりやんも今までは好きな人に振り向いてもらうためにダイエットをし、失恋するとリバウンドしていたそうだが、「体を鍛えて痩せることは、誰のためでもなく、自分のため」と気づいてから、結果を出せるようになったそうだ。

 男性のための努力ではなく、自分のため。多くの筋トレ好き女性の意見を、ゆりやんは代弁した形になったのではないだろうか。同様に、昨今では料理に関しても、男性のためにするものではなく、日々の生活や自身の楽しみのためにするものという価値観になってきたのではないか。

その昔、「嫁の条件105カ条」を公言し、女性が自分に合わせることを当然としてきた淳が、この女性心理の変化を理解できるのか……。

 船頭多くして船山に上るというが、メイン出演者を見る限り、この番組の先行きはなかなか厳しそうな気がしてならない。

花田優一、今度は歌手デビュー! 「肩書に興味ない」とのたまう彼に助言したこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「本職って言葉があまり好きじゃなくて……」花田優一
『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系、9月28日)

 多くの芸能人が番組によって、自身の“見せ方”を変えているように思う。

 例えば、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)のように、司会者が日本のテレビ界の生き字引である黒柳徹子で、かつ主たる視聴者がある程度年配であることが予想される場合、タレントは礼儀正しく振る舞うほうが、視聴者に好感を持たれやすいだろう。逆に『アメトーーク!』(同)のように、視聴者層が若く、多くのゲストが一堂に会する番組の場合、礼儀正しくしているだけでは、自分の存在が光らない。ある程度はっちゃけるなど、目立つことは必要だろう。

 しかし、花田優一はどの番組に出る時も、“見せ方”を変えない。常に「出てやってる」という空気を醸し出しているように、私には感じられる。大物にしか許されない態度を自然と取ってしまうのは、花田の両親がそろって大物であることと無縁ではないだろう。

 平成の大横綱・貴乃花光司を父に、元フジテレビの人気女子アナウンサー・河野景子を母に持つ花田が、イタリア留学を経て、タレントでも俳優でもなく「靴職人」という仕事を選んだと世間に知れ渡ったとき、「ほかの二世のようにチャラチャラしていない」「一つの道を究めたいというあたり、相撲道に邁進したお父さんに似ている」などと、好感を持った人も多かったのではないか。

 しかし、次第に雲行きが怪しくなってくる。ニュースサイト「日刊ゲンダイDIGITAL」が、花田と顧客との間のトラブルを報道。花田の靴は最低でも一足20万円以上する高価なものだが、前払いで注文しても納期が守られないことがあるとのこと。催促の電話やメールをしても返事がないので、所属事務所に電話して返金してもらった人もいるそうだ。

 また「女性自身」(光文社)は、イタリアのフィレンツェに飛んで、花田の“師匠”を取材するが、彼は、

「ユウイチは私の弟子とは言えない。教師と生徒の関係だよ」
「2年や3年の修行だけで一人前になれると思うか? それは個人次第だから一概に何年修業が必要とはいえないよ。ユウイチは熱心に勉強していたが、まあ裁縫の技術に関してはもっと経験を積んだほうがいいと思う」

と花田との師弟関係を否定、職人としての腕に関しても疑問を投げかけるようなコメントを残した。

 これらの報道に加え、花田が頻繁にテレビに出ていることもマイナスイメージを加速させたようだ。ネット上でも「テレビに出ていないで靴作れ」という意見が見られるようになった。その時点で、靴の納品が遅れていることや、師匠だと言っていた人物が実際はただの先生だったことを、素直に謝ってしまえばよかったのだろう。しかし、『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で、司会のダウンタウン・松本人志に「ちょっと羽賀研二に似ている」と言われたように、花田は多弁な割に、肝心なことから逃げるような言い方をするので、さらに世間に不誠実な印象を与えてしまう。『バイキング』(フジテレビ系)で、靴作りへのこだわりを語る花田に、おぎやはぎ・矢作兼が「うるせぇから10年靴作れ」と指摘したこともあったが、「論より証拠」で、御託を並べるより、腕を磨いていい靴を作れと言いたかったのではないか。

◎歌手業にも進出の花田優一、「肩書に興味ない」というけれど

 そんな花田だが、靴職人だけでなく、画家としても活動を始めた。花田のオフィシャルブログによると、『アートフェア2019』に出展した花田の絵は、初日に完売したそうだから、人の心をつかむ絵を描く才能があるのかもしれない。

 私は花田がテレビに出ることも、絵を描くこともまったく問題はないと思うが、それは靴を注文してくれた客との間にトラブルがないことが前提だと思う。1分1秒たりとも遅れてはならないとは言わないものの、高いお金をもらっている以上、責任はあるはずだ。逆に言うと、ちゃんと納期を守れた上で、テレビに出たり、絵を描いたりしていたら「マルチな才能」としてもてはやされるのではないかと思うが、なんと花田、靴職人としての仕事に力を入れるどころか、今度は歌手デビューをするそうだ。

 そんな花田に『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)が密着していた。歌手としての実績は何もないわけだから、常識的に考えるのなら、番組に「紹介していただく」立場なはずだが、花田は違う。「音楽系の飲み仲間とカラオケに行って歌っていたら、『うまいね、これ、いけるんじゃない?』という話になった」「ボイトレはしていないけれど、いい声が出てしまう」「一番は取りたい」「『紅白』って、日本人だったら、出てみたい」と語り、自らの才能に自信を持ち、活動にも意欲的な様子が伝わってきた。その姿からは、やはり「番組に出てやってる」という態度が感じられる。

 しかし、話が靴に及ぶと、途端に歯切れが悪くなる。抱えている靴の注文数を聞かれると、「どうでしょうか、30~40じゃないでしょうか」「(靴の注文は)最低限の量ですけど、受け付けています」と述べ、その表情は“あまり聞いてくれるな”と言わんばかりであったように、私は感じた。

 靴職人、画家、歌手と三足のわらじを履く花田に、番組スタッフが「今の肩書は何?」と尋ねると、花田は「本職って言葉があまり好きじゃなくて……」「僕に関しては、花田優一っていう人間が何かを作り出しているだけであって…」「肩書はあんまりこだわりはないので、興味はない」と話していた。

 「肩書はどうでもいい」。花田と同じように感じる若い人も多いと思うが、それでは、なぜ肩書を聞かれるのか考えたことがあるだろうか?

 花田は現在25歳だが、父親である貴乃花がその年のときは、すでに横綱になっていた。当時の彼に「あなたの肩書は何ですか?」と聞く人は、おそらくいないだろう。なぜなら、貴乃花が歴史に残るような国民的力士であることは、周知の事実だからである。

 それは母親である河野とて同じことだ。フジテレビに入社した河野は、同期である八木亜希子や有賀さつきさんらと共に、三人娘として「女子アナブーム」の先駆者となった人物。人気女子アナとして、日本中に顔が知れ渡っている河野に対し、肩書を問う人はいなかっただろう。

 肩書を聞かれるというのは、純粋に相手の肩書を知りたい場合もあるが、業績が知られていないので、何をやっているのかわからないから、本人に確認を取るしかないという意図がこめられていることもある。なので、もし花田が肩書とか本職という言葉が嫌いで、それについて聞かれたくないのなら、世間があっと驚く結果を出すのが一番なのだ。

 口の達者さと小ズルさ、ハートの強さがある花田は、おそらく職人のような地味な裏方はあまり向いていないように思う。靴の受注は、今以上に減らして、バラエティーに本格進出したらどうだろう。大御所に叩かれ、怒られても平然と言い訳できるキャラは、若者にウケるかもしれない。

 そう言えば、花田のお母さんである河野も貴乃花と結婚したときは、河野が年上ということもあって、かわいそうなくらいマスコミに叩かれた。しかし貴乃花は勝ち続け、河野は賢夫人としての地位を盤石にしていた。花田は今こそ、親譲りの粘り強さを見せる時なのかもしれない。

おぎやはぎ・小木博明、『バイキング』山口達也へのコメントが不愉快だったワケ……転換期迎えるワイドショーの在り方

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「デリバリーのバイトでもしていたんじゃないか」おぎやはぎ・小木博明
『バイキング』(フジテレビ系)9月23日

 TOKIOの元メンバー・山口達也が、酒を飲んでバイクを運転し、乗用車に追突する事故を起こし、酒気帯び運転の現行犯として逮捕された。「サンケイスポーツ」によると、山口は「一晩中、酒を飲んでいた」と供述しており、呼気検査によると、山口は500ミリリットルのビール7~8本相当のアルコールを摂取していたことがわかったという。

 山口は警察官の運転する乗用車に追突したことで、酒気帯び運転がバレてしまったわけだが、『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ系)では、防犯カメラに映る呆然としているかのように見える山口に対し、司会の安藤優子が「私、一つ疑問なのは、さっき呆然としている感じが伝わってきたじゃないですか? もし、自分のやったことの重大さを自覚しているのであれば、なぜ(バイクに)乗ったのかということですよね」とコメント。いつもの「じゃないですか?」口調で山口を責めていた。

 私はもちろん医師でも専門家でもないので、山口がどんな状態にあるのかについて書く資格はないが、山口の問題を推測するならば「大変なことになるとわかっていても、飲酒がやめられない」ことではないか。

 飲酒運転をしてはいけないことは、子どもでも知っている。もし山口の飲酒運転が世間にバレたら、芸能界復帰は絶望的だ。フツウの人間であれば、失うもの大きさやペナルティーの重さが、犯罪行為を抑制するのに一役買うが、ある一線を越えると、それは何の意味もなくなってしまうのではないだろうか。そもそも、山口は酩酊するまで飲酒し、女子高生に強制わいせつを働いたことで芸能界を追われている。酒が原因で全てを失ったと言っても過言ではないのに、それでも飲酒がやめられない。かなり深刻な状態だと思われるので、一刻も早くいい専門医にめぐりあって、適切な治療を受けてほしいと思うばかりである。

 有名人の起こした事件というのは、ワイドショーでは扱いやすいネタだろうし、コメンテーターも乗っかりやすい案件だろう。なにせ犯罪者なわけだから、悪く言ってもいいという意識が働くからだ。しかし、その発言には引っ掛かりを覚えることも少なくない。

 山口の芸能界復帰が限りなくゼロになったかだろうか、9月23日放送の『バイキング』(同)で、おぎやはぎ・小木博明の山口に対する物言いは厳しかった。山口は警察の取り調べに対し、「(バイクで)友達の家に行くところだった」と説明しているが、大きなリュックを背負っていたことから、小木は「デリバリーのバイトでもしていたんじゃないか。突然仕事が入って、お客さんのことを思って、飲酒運転をやっちゃったんじゃないか」とコメントしていた。これは冗談だろうが、私にはまったく面白くなかったし、転落したアイドルを小バカにするような言い方は不愉快だった。

 多くの人にとって、リラックスの手段とされるアルコールが、ある人にとっては、人生を破壊しかねないものに変化してしまう。アルコール依存症に限らず、たいていの病気には「発症しやすい条件」があると知られているが、その条件を満たす全ての人が罹患するとは限らないだけに、人が病気になるのは「たまたま」という部分もあるのだろう。

 小木と言えば今年8月に、ステージ1の腎細胞ガンであることを公表したが、この病気が見つかったのは「たまたま」だったそうだ。持病の片頭痛の治療のために入院し、エコーや精密検査をしたところ、がんが見つかったという。病気になることだけでなく、病気が見つかるのも「たまたま」な面はあるだろう。そんな「たまたま」に助けられた小木だからこそ、病気の人を茶化すようなことを言ってほしくなかった。

 が、小木にとっては、それがお仕事なのも事実である。毒にも薬にもならない真面目なことを言ったら、「ギャラ泥棒」と呼ばれるだろう。小木は、忠実に自分の仕事をしているにほかならないのだ。

 でも、ワイドショーは今、転換期に来ているのではないかと思う。昭和、平成中期のワイドショーと言えば、芸能人の熱愛を追いかけ、披露宴を中継し、新婚旅行にもついて行った。しかし、今は、芸能人本人がSNSで交際や結婚報告をし、披露宴をしないカップルも増えるなど、ワイドショーの出番は減っている。

 その代わりと言っては何だが、新型コロナウイルスや、地震や台風といった災害など、生活の安全を脅かすことが次から次に勃発し、視聴者の関心が移ってきている。依存症もどちらかというと、このカテゴリの問題であり、実際の依存症当事者、また家族の依存症に悩んでいるものの、誰にも相談できずにいる人は多いのではないだろうか。

 だとすると、ワイドショーもお笑い芸人でお茶を濁していないで、上記のような問題に「こういう時はこうしてください」などと、はっきり言える専門家を、今よりも積極的に招いていく方針にしべきではないか。ワイドショーというと、司会者の人選やタレントの発言ばかり注目が集まるが、シロウトの意見なんて聞いても意味がないと思う人もいるはずだ。今の視聴者が真に求めているのは「正しい情報を伝えてくれる、しっかりした番組」のように思えてならない。

華原朋美、「薬物乱用で事務所クビ」報道も……彼女は「芸能界を引退すべきではない」と思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「大企業に勤めている次期社長だと言われている友達がいるんですけど」華原朋美
「週刊文春」2020年9月24日号(文藝春秋)

 タレント・華原朋美の周辺がかまびすしい。

 華原は昨年の夏に男児を出産したが、友人であるバイオリニスト・高嶋ちさ子からベビーシッターを紹介してもらったという。高嶋家の子どもたちもお世話になったという“実績”があるので信頼していたようだが、シッターが哺乳瓶でジュースを飲んでいる華原の赤ちゃんの両脚を持って、逆さづりにしていたことが発覚。驚いた華原は、シッターとの契約を打ち切り、逆さづりの動画をLINEで高嶋に送ったところ、「これのどこが虐待なの? うちもこれ大好きでいっつもやってもらってた(中略)。もしもこれを虐待と取るのだとしたら、おかしいよ」と、まるで「おかしいのは、おまえだ」と言わんばかりの返事が返ってきたという。

 華原は平常心ではいられないだろうが、高嶋とのトラブル報道の興奮が冷めやらないうちに、所属プロダクション尾木が、華原との契約解除を発表した。尾木プロの説明では、華原本人から「やめたい」と申し出があったそうだが、2020年9月24日号「週刊文春」(文藝春秋)は、実際にはクビだと報じ、その原因を「華原の精神安定剤や睡眠導入剤の乱用」だとしている。華原は最近になって、3回交通事故を起こしているが、その際も薬物の過剰摂取で酩酊状態だったと報じた。

 「文春」の直撃を受けた華原は、交通事故を起こしたことは認めていたが、薬の乱用は否定。逆に「なんでそんなに薬にこだわるんですかねぇ」とつぶやいたという。

 ここまで薬物の乱用を疑われるのは、過去のことが影響しているのではないか。華原は今から10年ほど前に、薬物の過剰摂取で救急搬送されたことがある。10年9月16日号の「女性セブン」(小学館)によると、タクシーに乗り込んだ華原が行先も告げずに眠り込んでしまったため、困った運転手が警察に華原を送り届けた。当時の華原は、本人いわく、「精神安定剤とか睡眠薬がないと生きられなくなった」状態だったが、芸能界復帰に戻りたい一心から断薬し、実際、12年に復帰を果たした。

 メンタルが極度に不安定だったり、処方箋薬であっても薬物の乱用がウワサされる芸能人は、仕事に穴をあけるリスクがあるので、制作側はあまり使いたくないというのが本音ではないだろうか。そもそも、新型コロナ肺炎の関係で、芸能界の仕事そのものが減っているだろうし、その上、華原は契約解除によって、守ってくれる存在である事務所もなくなってしまった。ネットでは「ともちゃんには幸せになってもらいたいのに、なかなかうまくいかない」と、華原の周りで起きる出来事を“厄災”とみなすコメントや、「育児に専念したら」と芸能界休業もしくは引退を進める声もあったが、私は華原の輝く場所は芸能界以外にはないと思う。

 華原を語る上で欠かせないのが、音楽プロデューサー・小室哲哉氏との交際だろう。深夜番組で時折見かけるグラビアアイドルだった華原が、小室氏との出会いによって、日本を代表するアイドル歌手になった。不思議ちゃんなのか、それとも精神不安定なのか、華原は歌番組で質問されても答えず、うなり声をあげたりすることもあった。フツウなら、番組のプロデューサーや司会者などから怒られそうなものだが、背後に超ヒットメーカー・小室氏が控えているので特にそんなこともなく、「そういうところがかわいい」と、かえって評価されてもいた。

 しかし、小室氏の心変わりで二人の関係は終わる。失恋は誰にとってもつらいものだが、華原の場合、小室氏を失うということは、曲を書いてもらえなくなることを意味するだけに、ヒットチャートからの転落は免れないだろう。当然、仕事も収入も減るし、これまでチヤホヤしてくれた人が去っていくことも想像に難くない。華原は失恋で全てを失ったと言って過言ではないだろう。

 華原が安定剤に依存しているとか、メンタルの調子が悪いという報道はたくさんあったが、それは、ある意味当たり前のことで、もしフツウの女性が同じ経験をしたら、とっくに自ら命を絶っているか、生きていても再起不能に追い込まれたように思う。

 華原が不安定であることは間違いないものの、その一方で念願の芸能界に復帰し、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の劇中曲「夢やぶれて」を歌って、世間から高い評価を得た。また、番組名は失念したが、芸能界復帰を目指していた頃、華原は「女の子を生んで、アイドルにしたい」と話していた。そして彼女は実際に、男児ではあるものの、40半ばで無事に出産を果たしている。さらに、「女性自身」(光文社)によると、所属事務所の社長に「痩せないと(ディナーショーの)ステージに立たせない」と言われたことから、1カ月に9キロを落とすダイエットに成功したなど、プロフェッショナルな一面を持っているのだ。

 極度に不安定でありながら、その一方で不運をはねかえし、やりたいこと、やるべきことを達成していく。弱そうでものすごく強い、もしくは“デキる”人なのが華原だと思う。その矛盾が華原の魅力で、だからこそ芸能界でしか生きられない人なのではないかと、私は思うのだ。

 また、華原は助けてくれる人にも事欠かないようだ。華原の家の部屋につけられたカメラの画像が動かぬ証拠となって、虐待騒動が表沙汰になったが、カメラ設置を勧めてくれたのは「大企業に勤めている次期社長だと言われている友達」だそうだ。小室氏は華原の恩人だろうが、小室氏がいなくても、華原は手を差し伸べてくれる人に事欠かない人生なのかもしれない。

 事務所を辞め、フリーとなった華原はYouTubeを始めた。「具合が悪そう」と心配する声もあるが、もともと不安定さが魅力な人だから、どんどん芸能界で突き進んでほしい。けれど、どんな理由であれ、交通事故が頻繁に起きているのは気になることではある。お子さんもいることだし、車の運転は控えつつ、芸能活動を頑張ってほしいと思わずにいられない。