小島瑠璃子に見る“嫌われる”才能……『キングダム』作者との交際が「騒がれたワケ」の自己分析に感服!

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「そういうところを刺激しちゃって、申し訳なかったな」小島瑠璃子
『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(12月26日、ニッポン放送)

 芸能人は人気商売であるから、「好かれる」プロフェッショナルといえる。しかし、全ての人に「好かれる」ことは不可能だし、芸能界という世界では「好かれる」と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に、「嫌われる」ことが才能になるのではないだろうか。

 一般人の世界では「嫌われる」人は避けられる。しかし、芸能界では「嫌われ役」は「好かれる人」を引き立たせるために必要な存在なのだ。そういう意味で「嫌われる」ことは、実は芸能人にとってプラスではないだろうか。

 2021年1月5・12日号の「週刊女性」(主婦と生活社)が、「女が嫌いな女2020」を発表したが、このランキングに入ることは実は「芸能人として」光栄なことかもしれない。

 ランク入りした芸能人の名前を具体的に挙げてみよう。1位の座についたのは、フワちゃん。2位は田中みな実、3位は鈴木奈々、4位は土屋太鳳、5位は上沼恵美子、6位は広瀬すず、7位は加藤紗里、8位は工藤静香、9位はダレノガレ明美、10位は久本雅美となっている。

 こうやって見てみると、ランキング入りした芸能人の多くは「2020年に話題になった人」と言えるのではないだろうか。フワちゃんは昨年テレビ露出が急増し、「『現代用語の基礎知識』選 2020ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれた。田中は、19年末に発売した写真集の累計が60万部を突破している。上沼は、自身が司会を務める『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)からキングコング・梶原雄太が突然“卒業”したことから、上沼が梶原を一方的にクビにしたのではないかと、パワハラ疑惑がうわさされた。加藤はウェブサイト「AERA.dot」に掲載された「加藤紗里『夫に3カ月で1億円』使わせて超スピード離婚していた」という記事が、昨年読まれた記事の第2位に輝くなど、お騒がせキャラとして認知されつつある。ダレノガレも元祖炎上クイーンで、昨年は自身の薬物疑惑記事を真っ向から否定し、『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、毛髪検査の結果を生報告するなど、注目を集めた。

 ということは、ランキングから「2020年に話題になった人」を抜いて残った人……鈴木、土屋、広瀬、工藤、久本が、話題性以外で嫌われた、ポテンシャルの高い「嫌われる女」といえるのではないだろうか。

 彼女たちを嫌いかどうかは人それぞれだろうが、テレビにたくさん出るからこそ、視聴者の目に留まって「嫌い」と認知されることを考えると、「嫌われる」ためには、まず売れていなくてはならない。だが、テレビに嫌いな芸能人が出てきた場合、多くの人はそこで番組を見るのをやめてしまうだけに、「嫌いなんだけど、なぜか見ちゃう」という、ポテンシャルの高い「嫌われる女」になるためには、別の才能がいる。それは人をイラつかせるエピソードを、瞬時に生み出せる力ではないだろうか。

 例えば、工藤が時代を代表するスターと浮名を流していた独身時代、『ザ・ベストテン』(TBS系)で、「夫に浮気されたらどうしますか?」と質問され、突き放すような口調で「自分に魅力がないんだから、しょうがないんじゃないですか?」とのたまったことがある。夫に浮気された経験がある人が聞いたら嫌な気分になるだろうし、そういう経験がなくても「なぜオンナが責められるんだ」とイラッとする人もいるだろう。このように、「嫌われる」才能にあふれた女は、人を瞬時にイライラさせるエピソードを生むことで、自身を強烈に印象付けるのである。

 やはり「嫌われる女」になるためには、特殊な才能が必要といえるだろう。この才能を持つ人は滅多にいないので、「嫌いな女」ランキングのメンバーは固定化されて新鮮味がかけがちだが、20年、新型コロナウイスルに悩まされる日本に、小島瑠璃子というポテンシャルの高い「嫌われる女」が誕生した。「週女」のランキングでは14位。彼女も昨年お騒がせだっただけに、話題性だけでランクインしたと見る向きもあるだろうが、私に言わせるのなら、彼女は「嫌われる」才能を誇る、トップに輝いてもおかしくない超新星だ。

 20年8月14日・21日号の「週刊ポスト」(小学館)が、小島と大人気漫画『キングダム』(集英社)を手がける漫画家・原泰久氏の“福岡での手つなぎデート”を報じた。同誌によると、小島より19歳年上の原氏には妻子がいたが、離婚したので小島が猛アタックして交際にこぎつけたという。

 善良な方は、好きな人がたまたまフリーになるなんてタイミングがよかったねと思うのだろうが、小島とのことがきっかけで夫婦仲が壊れたという可能性もゼロではない。そのため、「略奪愛ではないか」という声もネットに上がった。

 しかし、真相はもっとヘビーなものだったようだ。「週刊文春」(文藝春秋)によると、原氏は別のアイドルと不倫関係にあったとのこと。アイドルには婚約者がいたものの、原氏のために別れたそうだが、結局、原氏は妻と離婚しなかったので、結婚することはできずじまい。その後、アイドルは芸能界を引退し、一方の原氏は小島と親しくなったと同誌は報じている。

 小島が不倫をしていた証拠があるわけではないので、決めつけてはいけないが、バラエティー番組を主戦場とする若い女性タレントに、ワケありの恋愛をしているイメージがつくのはよろしくないのでは……というのは、私のような凡人の発想で、本人はどこ吹く風のようだ。

 12月26日放送の『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(ニッポン放送)に出演した小島。20年を「週刊誌の報道をたくさんされた年でもあったので、本当に人生で一番大変な年だったんですよ」と振り返った。若手女性タレントの恋愛がタブーな時代ではないが、不倫の可能性があるとなると話は別だ。さぞ大変だったと推察するが、小島はその原因を

「(コロナ禍で)やっぱりみんな家に閉じ込められているから、人が何かやってるのをものすごく気にする」「そういうところを刺激しちゃって申し訳なかったな」

と分析していた。

 小島の発言は「私が楽しく出歩いていることが、家に閉じ込められていた一般人の皆さんはうらやましかったんでしょ? だから、叩くんでしょ。イライラさせてごめんね」と一般人を憐れんでいるかのように聞こえなくもない。言うまでもないが、一般人が気にしているのは、小島が略奪愛をしたのかどうかで、コロナはあまり関係ないだろう。

 しかし、こうやって常に自分に都合のいい解釈ができるのは、「嫌われる女」の才能を持つ証しといえるのではないか。この才能がある限り、原氏と別れようと別れまいと、タレントとしての小島はびくともしないだろう。

 それよりも気を付けないといけないのは、原氏のほうではないか。ご自身の才能や漫画へのモチベーションを小島に吸い取られないように注意していただきたいものだ。

小島慶子、小林麻耶、宇垣美里……もてはやされるフリー女子アナたちの“弱点”をえぐる!

オンナの花形職業として羨望を集める存在ゆえか、何かと穿った見方をされがちな女子アナ。そんな彼女たちをウォッチし続けるライター・仁科友里が、2020年に話題を集めた女子アナについて考察を繰り広げます。

 キー局勤務を経て、タレントに転身する女子アナたち。知名度のある「愛される女子アナ」だからこそ成せる技だが、もてはやされるというのは大変なことも多そうで、彼女たちの弱点にもつながりかねない。今回、2020年に世間をざわつかせた“愛される女子アナ3人”の事件簿をまとめてみた。

◎その1: 小島慶子「フェミニストとしてもてはやされる裏側で……

 私の愛するコジケイこと小島慶子、第3シーズンに突入したようである。

 第1シーズンはTBSの局アナ時代、第2シーズンはTBSラジオ『キラ☆キラ』で大ブレークをし、フリーに転身したとき。女子アナという「好感度勝負」の職業でありながら、コジケイの舌鋒はすこぶる鋭い。上司や同僚の悪口とも思える話や下ネタで人気を博した。かといってオンナを捨てたオバちゃんキャラというわけではない。39歳で水着写真集を出したことでも話題になった。女子アナという超人気職につきながら、そこに甘んじることもない知性もしくは批判精神としゃべりのセンスを持ち、見た目の良さも兼ね備えたコジケイはさしづめ「プレミアム女子アナ」といったところか。

 そんなコジケイだが、2017年の「#Me Too運動」以降は、フェミニズムに傾倒し、第3シーズンに突入。ジェンダーフリー、ハラスメントNOの論客として活動を始める。

 人々に何かを訴えるときに、書き手のルックスや経歴は大きな信用もしくはバイアスになる。才色兼備な女性が就く職業とされる女子アナだったコジケイは、“バエる論客”として重宝され、愛される存在なのだろう。しかし、コジケイがフェミニストとしてハラスメントについて持論を展開する一方で、本人のなさっていることは、筆者からすると「ご自身がハラスメントしてるのでは?」と疑問がわく。

 「婦人公論」11月24日号(中央公論新社)でコジケイが告白した“エア離婚”。お子さんが大学に入ったら、離婚するという前提で夫婦を続けることをこう名付けたそうだが、それはまぁ、夫婦の問題なので、お好きにどうぞ。しかし、コジケイの夫に対する態度には背筋が凍る。

 離婚したいと思った理由は、長男を出産直後、夫が「歓楽街で女性をモノのように消費した」からそうだ。夫の懇願で離婚はとどまったというが、オーストラリアに移住し、コジケイが大黒柱となる生活になった頃、「精神的な限界に達した」という。「なぜ女性をモノとみなすような行為をしたのか」とコジケイは夫に問う。夫はコジケイの思うような答えを返せないので、その度に夫へ参考資料を送って、コジケイは自身の思う模範解答を引き出そうとする。その期間、16年。2人の息子さんにも父親のしたことを告げ、それは「女性蔑視」であることを告げたという。コジケイ本人は人権教育のつもりかもしれないが、公開処刑というやつではないだろうか。それに、お子さんに親の性生活を知らしめるのは、虐待ではなかろうかとも思う。

 過去に伝えられたコジケイ夫婦の話も補足しながら、この話の男女を入れ替えた、たとえ話にしてみよう。

 共働きの夫婦がいる。妻が出産直後にホストクラブまたは女性用風俗店に行き、散財をしてきた。夫は怒り、離婚したいといったが、妻が謝罪したので思いとどまった。しかし、夫は16年間、ことあるごとに「なぜそんなことをしたのか」と妻を責め、謝っても「正解ではない」と許してもらえない。妻が仕事を辞めた後に海外に移住したが、専業主婦になったタイミングで、夫は「子どもが大学に入ったら、離婚しよう」と言い渡す。若いとはいえない、しかも、英語が苦手な妻が外国で安定した職を得るのは難しい。しかし、子どもの生活があるので、日本に帰って職探しをするわけにもいかないだろう。当然、夫の顔色を見て過ごさなくてはならなくなる。これって経済的DV、もしくはモラハラではないだろうか。

 精神医学では、「強すぎる自己愛」がモラハラの原因の一つと解説されるが、自己愛が強くなければ、花形職業である女子アナという仕事に就けなかっただろう。「週刊アサヒ芸能」2012年1月12日号(徳間書店)において、コジケイはコラムニスト・辛酸なめ子と対談し、「アナウンサーとか全然興味なかったんですけどぉ、マスコミ試験のほうが一般企業より早いから、試しに受けてみなって言われてぇ、そうしたら受かっちゃったんですぅ」というタイプの女子アナについて、「そんなワケないって。そんな薄ボンヤリした目標で3000人に1人しか通らない試験に受かるわけがない(笑)」と述べている。コジケイ本人はどうかというと「私、さんざんバカにされましたもん! 大学時代に『アナウンサーになりたいんだよね。無理かもしれないけど、頑張るんだ』って言ったら、みんなに鼻で笑われて」と、がむしゃらだったことを隠さない。

 正直者と見る人もいるだろうが、20年近く前の採用試験のことを持ち出すあたり、「女子アナであること」に、一番こだわっているのはコジケイなのではないか。繰り返しになるが、コジケイが夫を許そうと許すまいと本人の自由である。しかし、夫を許せないのも「女子アナが妻でありながら」という強い自己愛のせいではないかと邪推する。

 離婚は自由だが、フェミニストとして脚光を浴びているにもかかわらず、その言動の端々からモラハラであることが漏れ出てくるのはいかがなものか。とにもかくも、ご夫君、お体とメンタルを大切にというしかない。

◎その2:小林麻耶「オトコに愛されすぎる罪」

 11月に、『グッとラック!』(TBS系)のコメンテーター降板を、自身のYouTubeチャンネルで告白した小林麻耶。同日、事務所からも契約解除されたということは、彼女は制御不能な状態になってしまったということだろう。同番組を見ていても、無駄に激高してコメントができなくなることがちょいちょいあったので、もうメンタルは限界に近かったのかもしれない。

 全ては結果論になるが、この人は女子アナではなく、タレントになったほうがよかったのではないか。小林のメディアデビューは、明石家さんまがシロウト女性と恋愛について語る『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)。前列にはかわいい子が、そうでない子は後ろの列に座るのが暗黙の了解で、麻耶は常に前列にいて、人気を博した。

 麻耶が出演した9月放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)によると、この経験をきっかけに、女子アナを志すことになったという。「準備期間が短いにもかかわらず」内定を得た麻耶だが、11月放送の『特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル』(読売テレビ)に出演した吉川美代子アナは「私は評価しなかった」とバッサリ。しかし、「TBSとしては、入って研修が終わった後、すぐに番組つけて話題になると、制作サイドは注目してましたから」と、数字がほしいテレビマンの発想を解説していた。

 実際に小林は入社直後からレギュラー番組5本を持たされるが、一度もニュースは読ませてもらえなかったことに、会社の“思惑”が感じられる。麻耶の著書『しなくていいがまん』(サンマーク出版)によると、本人もアナウンス技術が低い自覚があったようだし、スタッフにも衣装など見た目のことしか褒められず、周囲からも「調子に乗ってる」「媚びて仕事を取っている」と言われたそうだ。

 しかし、小林がしっとりとニュースを読んだら、個性が死んじゃうわけで、彼女をテレビに出す意味はなかっただろう。かといって、ぶりっ子キャラのままでいるアナウンサー、もしくはアナウンス技術が低いままのアナウンサーを視聴者が受け入れるとは思えない。やはり、タレントとして「日本一のぶりっ子」の座を目指したほうがよかったのではないかと思えてならないし、アナウンサーとしての葛藤がなければ、現在ほどメンタルが追い詰められることもなかったのではないかと思ってしまう。

 そういえば、『しくじり先生』に出演した女優・遼河はるひは、小林について「女同士だとフツウ。なんだけど、一人でも男性がいると、すごい(態度が)変わる」と話していた。男性の前だと自然とサービスしてしまうのかもしれないし、そのリターンがあったから女子アナにまで上り詰めたのかもしれないが、男のチヤホヤほど無責任なものはない。男から愛されるのも、ほどほどが適量ということなのかもしれない。

◎その3:宇垣美里「ジェンダーレス時代に愛されるということ」

 テレビを見る人が減っているといわれて久しい中、新型コロナウイルスの流行により、さらにテレビ業界は景気が悪くなっているのではないか。こういう時代に、フリーランスのアナウンサーが生き残る手段の一つとして考えられるのが、「古巣と仲良くすること」だ。

 そんな中、ここ1年、テレビにあまり姿を見せなかったのが宇垣美里だ。この人は、TBSから独立後すぐに“やらかして”いる。『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に出演した本人いわく、プロデューサーに、番組降板を直前になって告げられて「なんて失礼なことをするんだ」とご立腹。プロデューサーが買ってきてくれたコーヒーを「あなたからもらったコーヒーは飲めません」と流しに捨てたそうだ。宇垣はそのエピソードを、「私とプロデューサーの間の話が外に出ている時点で(TBSの)民度が知れるわみたいな感じ」とまとめていた。まぁ、宇垣も言えないことがたくさんあるのだろうが、古巣とのトラブルを明らかにすると、他局からも「同じことをされたら、たまらん」と敬遠されるのではないだろうか。

 オンライン「ViVi」で連載中のエッセイで、宇垣はこんなことを書いていた。

「虫を怖がらずむんずと手づかみで捕獲すれば『男らしい』、ぐちぐちと細かいことにずっと囚われている人のことを『女々しい』。サラダをタイミングよく取り分けるのがどうも下手な私は『女子力』がないのだろう。うんざりだ」

 人の内面や得意なことは、性別ではなく個人の素質であり、ジェンダーレスを歓迎している文章だと私は理解した。宇垣のこうした古い価値観を打ち破らんとする言動が、ファンから愛されているのだと思うが、そういう「レス」な時代でも、上司の性別は問わず、最低限の敬意を払うというのは必要不可欠なのではないか。自分の言い分が、正当であると心から思えるのなら、なおさら日ごろから周囲に信頼されるような態度、発言を心掛けなくてはいけないように思う。

【まとめ】
 今回取り上げなかった局アナだが、彼女たちは今まさに過渡期を迎えているのかもしれない。タレントがYouTubeで稼ぐという方式が一般的になり、芸能人の脱テレビは進んでいくと思われる。となると、「テレビ専属」である局の女子アナは、芸能人の代わりとして、よりタレント性が求められ、個性の強さが歓迎される。しかし、あまりにエキセントリックだと「美しく従順な女子アナ」を望む男性視聴者や年配の視聴者の心をつかめないし、ルックスやキャラで勝負しすぎるとアナウンサーとして伸び悩み、結果的に女子アナ生命を縮めることになりかねない。つまり、愛されなくてはいけないが、あまりに偏った愛され方は命取りといえるのではないか。その上、女子アナは組織の一員であるから、組織人として周囲とうまくやる必要もある。そのバランスを取るのがなかなか難しく、メンタルが削られるのかもしれないが、どうぞ来年もご活躍いただきたいものである。

花田優一「来年は絶対に紅白に出る」宣言! 彼の「底の浅さ」と「へこたれなさ」が生きるテレビ番組とは?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「来年は絶対に紅白に出る」花田優一
(花田優一オフィシャルブログ、12月19日)

 剣劇女優・浅香光代さんが亡くなったニュースを見ていたら、その昔、「熟女に怒られる番組」が多かったことを思い出した。デヴィ夫人、野村沙知代さん、淡路恵子さんなど波瀾万丈な人生を送ってきた女性陣が人生相談に乗り、相談者(ほとんどが女性)を怒るという内容だった。相談者は最初、ふてぶてしく振る舞うが、熟女に怒られるうちに「本当にそうだ」と改心し、謝罪する。そして「あんた、がんばんなさいよ」と熟女が励ましてめでたしめでたし。同じようなパターンの番組はいくつかあったから、それなりに視聴率を取っていたのではないだろうか。

 しかし、今、こういう番組はできないのではないかと思う。前回、この連載のフワちゃんの回で触れたが、自分に非があっても怒られると逆ギレ的な反応を示す若手タレントも出てきている中、説教する側が視聴者からパワハラだと指摘され、エンタメにならないかもしれない。また、お説教をショーにするのなら、説教と反論のラリーがある程度続かないと面白くない。つまり、説教する側とされる側が同じくらい弁が立つことが条件となる。年寄りと対等にケンカショーをするのなら、よっぽど口がうまくないといけないだろう。怒られる側に知名度も必要である。

 世間から「怒られて当然」と思われていて、知名度があり、ちょっと怒られたくらいでへこたれない人物(怒られたほうが泣いたりしたら、それこそいじめっぽい)……そんな人はもういないだろうと思ったが、見つけた、花田優一である。

 平成の大横綱・貴乃花と女子アナブームの立役者・河野景子の間に生まれた優一。母譲りなのか弁が立ち、選んだ仕事が実直な靴職人であることも印象がよかった。2018年放送の『アナザースカイ』(日本テレビ系)で、靴の職人修行をしていたイタリア・フィレンツェを訪れた優一は、「日本に帰ったけど、今でも自分はアンジェロの弟子です」と師弟愛をアピール。貴乃花も実の父である師匠を尊敬していたことはよく知られているだけに、優一に貴乃花の姿を重ね合わせた人も多いだろう。

 そんな優一は工房を構え、オーダーを受けて靴を作っていたが、19年1月、「女性自身」(光文社)に、靴の代金を受け取っておきながら、納期を守らないと報じられる。約束は守るのがビジネスの基本なので、批判が噴出する中、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に出演した優一は、火に油を注いでしまう。「報道されてる方とかは、世界中の有名なブランドのオーダーシューズを調べていただきたい」「手作りのものは時間がかかる。平面的なものを立体にするって時間がかかるんです」と反論したからだ。

 手作りで時間がかかるなら、それを加味して納期を設定すればいいだけでは? と思うが、優一がケンカショー向きたるゆえんは、この“明らかな自分の落度を、浅い屁理屈で返すところ”ではないだろうか。なんせ優一側に落度があるので、説教する側は責めやすいし、屁理屈だから論破しやすい。そこですぐに謝らないのも優一の魅力で、説教する側もさらにイライラさせられるからこそ、「お父さんはあんなに偉大なのに」「親の七光りをいいことに」という、優一を煽るような禁断の一言を言いたくなるのではないか。

 同じ二世タレントでも、元巨人軍・桑田真澄氏の子息、Matt Roseに、この芸当はできない。『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系)に出演した際、Mattは神田伯山に「変わったメイクをしている」と言われて、黙りこんでしまっていた。どんな理由で黙ったのかは不明だが、番組は止まってしまうし、伯山がいじめたように見る人がいないとも限らず、これはよろしくないだろう。ここ最近のMattは美容界が主戦場だけに、テレビでの評判がよろしくなくてもそれでいいのだろうが、やはりどんなことでもいいから言い返す瞬発力が、バラエティー番組には必要で、優一はほかの二世タレントと比べて、この部分が突出しているように感じる。

 靴の納期問題が解決したのか不明なまま、優一は画家としても活動を始め、個展を開く。さらに今年の秋に歌手デビューを果たした。『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)に出演し、「ボイストレーニングはしていない」としながらも、「一番はとりたいです。この人、歌手で成功したんだっていうのを、皆さんにわかってもらえるように」といい、『NHK紅白歌合戦』に出場したいと話していた。

 ある演歌歌手が、『紅白歌合戦』に出場できれば、一流歌手の仲間入りができて、ギャラも上がると言っていた記憶があるが、その晴れ舞台のために、各事務所や歌手が、あらゆる意味でしのぎを削っていることは想像に難くない。そこへぽっと出の優一がそう簡単に参入できるわけはなく、今年、NHKからオファーはなかったようだ。

 しかし、優一はオフィシャルブログに「来年は紅白に絶対に出る」と書いている。若いタレントで、このへこたれない感じを持っている人は今、ほとんどいないのではないか。

 かつて、『バイキング』(フジテレビ系)に出演した優一は、「職人とはスポットライトが当たるべき職業。職人という精神論を伝えるために、靴というツールがあるだけ。僕がこの先、画家になったとしても、カバンを作り始めたとしても、靴を始めたときの思いと何も変わらないと、なるべく多くの人に知ってもらいたい」と、求められていない自分語りをしていた。これに、おぎやはぎ・矢作兼は「お父さんの気持ちがわかるもん。今みたいなことガンガン言われたら、『うるせぇから10年靴作れ!』と言いたくなる」と切り捨て、それを聞いた優一は爆笑していた。

 こういうふうに、説教するオジサン・オバサン芸能人と優一を組み合わせてみたらどうだろうか。若者も年寄りも、説教する側される側、それぞれに対して「そうだそうだ」と肩入れできる応酬が期待できるかもしれない。

 私は常々二世の子は、生きていくのが大変だと思っている。これまで味わってきた特権は、親の力であって、芸能界では、自分が結果を出せなければ、それを維持できないからだ。そんな中、知名度とハートの強さと底の浅さを持つ優一は「日本一、へこたれないオトコ」としてテレビ界で活躍できる気がしてならない。

YouTuber・フワちゃん、バイトの先輩に逆ギレ! 「怒られなくなった若者」は生きにくくないのか?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今まで怒ってきた人を種類別に分析してみた」フワちゃん
『あざとくて何が悪いの?』(12月11日、テレビ朝日系)

 若い人を怒ってはいけない、ということは、現代の中年の間でコンセンサスを得ていると言えるだろう。私も中年だが、同世代の美容師さんが新人を注意したところ、その子は「お昼を買ってきます」と言ったきり、二度と戻って来なかった(そのまま辞めて、ご両親が会社に私物を取りに来た)そうだし、私の夫(会社員)も若い子をへたに注意すると、怒られるのが怖くてミスを隠すから、絶対に怒らないと決めていると言っていた。

 そういう時代なのだと思うが、その一方で、若い人はそれで生きにくくないのか疑問に思う。仕事をしていてミスをしないということはあり得ないし、また自分のミスでなくても、頭を下げなくてはいけない場面もあるだろう。そういう時はどうするのかと思っていたところ、12月11日放送の『あざとくて何が悪いの?』(テレビ朝日系)で「怒られたときの対処法」が取り上げられていた。

 この日のゲストは、2020年のテレビ界を席巻したニュースター・YouTube芸人、フワちゃん。明石家さんまや和田アキ子ら大物芸能人を呼び捨てにしても、怒られないフワちゃん。しかし、バイトでは怒られまくりで、15回クビになった経験があるそうだ。そんなフワちゃんが、人にガチで怒られたとき、そのショックを和らげるために「今まで怒ってきた人を種類別に分析してみた」そうだ。

 番組MCの弘中綾香アナは「怒る人は絶対に怒りますからね」、南海キャンディーズ・山里亮太は「聞き流し術って大事ですよ」と、怒ってくる側が理不尽かのようなニュアンスを含ませていたが、実際のフワちゃんのエピソードから考えると、私には怒られて当然のように感じられた。

◎怒ってくる先輩を「気分屋」扱いのフワちゃん

 具体例を挙げると、フワちゃんは大学時代に居酒屋でバイトしていたそうだが、男性の先輩に「NEWヘアスタイル超可愛いね」「私のオススメのヘアピン、絶対つけたら超かわいいと思うよ」とため口で外見をイジっていたとのこと。しかし先輩は髪を切っておらず、後輩にタメ口をきかれていい気分がしなかったようで、「いい加減にしろよ」「俺はいいけど、ほかの人だったら、マジギレされるよ」と怒ってきたという。フワちゃんは、この「俺はいいけど」と断る人を「タイプ1」に分類し、「『俺はいいけど』と言われても『うのみにするな、フツウにキレてるぞ』『謝ってすぐ行為をやめよう』」と、対処法を説いていた。まるで「先輩には騙されないぞ」とばかりの言い分だが、最初から先輩を怒らせるような行為を取らなければいいのではないだろうか。

 また、バイトの最中、客に出す料理を運ぶ間に、フワちゃんは何度もつまみ食いをしてしまい、その度に先輩から怒られていたそうだ。「そういえばお前さ、先月もお客さんが飲みものこぼした時さ……」と過去のことを蒸し返してグチグチ怒られることもあったといい、フワちゃんはそういった先輩を「タイプ2」に分類。対処法としては「先輩が穏やかなときに、あらかじめやらかしたことを、謝りに行くしかない」とし、先輩の機嫌が悪くないときに「あまりにもおいしそうなので、さっき1個つまんじゃいました。本当にごめんなさい」と自ら謝罪すると話していた。つまみ食いをやめようという発想にならないのが不思議である。

 このほかにもフワちゃんは、バイトの後、飲みに行く約束をするほど仲のいい先輩に、「所定の場所にハンディ(注文を受けるための携帯型端末)を置かなかったこと」を怒られたという事例を紹介。この先輩を「タイプ3」とし、「気分屋激ギレタイプ」「マジでその日にキレるポイントが違うから、怒られるか怒られないかは運」と指摘、その対処法を「先輩が見ていないときに、アッカンベーをする」としていたが、これこそ逆ギレではないだろうか。所定の場所に所定のものを置くのは決まりだし、仕事に必要なものがなければ、自分以外の誰かが困る。私には先輩は「気分屋」でなく、正当な注意をしているように思えた。

◎フワちゃんはスタッフのミスを「自分が悪い」と思えるのか?

 しかし、番組放送後、SNSで反響を調べてみると「勉強になる」という意見もちらほら見られた。怒られたときに傷つかない方法を求めている人がそれだけ多いということかもしれないが、それでは誰かに怒られたとき、それが正当な怒りなのか、もしくは相手の性格的な問題で八つ当たりされているかを見極めるため、こんな方法を試してみたらどうだろうか。

 それは「同じことを自分がやられたら、どう思うか」を想像することだ。

 フワちゃんは、『マツコ会議』(日本テレビ系)にリモート出演していたが、番組中に宅配ピザを食べていた。テレビに出ているのに、自宅のリビング気分でピザを食べるあたりが、視聴者のおかしさを誘うと計算したのだろう。番組中、ずっと食べ続けるため、念のためピザを2枚も取ったとフワちゃんは明かしていたが、もしこのピザがフワちゃんのもとに届く前に、デリバリーのスタッフにあらかた食べられていたらどう思うのか。注文した品が完璧な状態で届かないこと自体信じがたいミスだし、加えてフワちゃんが綿密に準備していたパフォーマンスができなくなってしまうが、それでイラッとしないのか。もし、デリバリーのスタッフにイラッとするのなら、居酒屋の先輩がフワちゃんを怒ったことも「当然のこと」として受け止めなくてはならないはずだ。

 また、フワちゃんといえば、テレビに出ている途中に、自撮り棒を使って自撮りをすることがよくあり、それが一種のフワちゃんらしさでもあるが、この自撮り棒をスタッフがどこかに持って行ってしまって見当たらなかったら、困らないだろうか。日頃、飲みに行くなど良好な関係を築いているスタッフに、「決まりを守ってほしい」という意味でそれを指摘したときに「気分屋」とか「毎日キレるポイントが違う」と言われて、「その通りだ、自分が悪い」と思えるのか。

 自分の機嫌が悪い時に、自分より立場の弱い人に当たり散らすタイプも実在するので、そういう人の言うことを全部真に受ける必要はない。しかし、正しい指摘をスルーするのもよろしくない。同じことを何度も注意されると、「話を聞いていない」と受け取られ、目上の人との関係性も悪くなるし、何度も怒られたら傷つくことになるからだ。

 フワちゃんを見ていると、自分が他人にするのはOKだけど、他人に同じことをされたら許さないという被害者のフリをした加害者になっていないかということを思わされる。自分は理不尽に怒られがちだと思う人は、一度考えてみてもいいかもしれない。

高畑裕太、復帰の足を引っ張るのは母・高畑淳子? 「被害者の椅子」に座ろうとする彼女に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私も親バカかもしれませんが……」高畑淳子
(「週刊女性」2020年12月22日号、主婦と生活社)

 若い方は驚かれるかもしれないが、昔のテレビというのは、結構なんでもアリだった。ファミリー向けドラマの銭湯のシーンで、女性のエキストラがバストとバストトップをもろだしにしていたし、トーク番組では司会者がタバコを吸っていた。大麻や覚せい剤で逮捕された芸能人が、少し時間をおいてテレビに戻ってくることも可能だった。

 ところが時代は変わる。テレビ局がコンプライアンスを重視し、社会的良識を重んじるようになると、上記のような光景は一掃される。テレビ局、スポンサー、視聴者に嫌われないように、芸能人のみなさんは「正しく生きること」が求められているのかもしれないが、それでは視聴者たちが嫌う「正しくない生き方」の筆頭格は、“性犯罪”ではないだろうか。

 女優・高畑淳子の息子で、俳優の高畑裕太が強姦致傷容疑で逮捕されたのは、2016年8月のこと。ドラマだけでなくバラエティー番組にも多数出演し、二世タレントとして頭ひとつ抜けていた感があった裕太だが、性犯罪を起こしたということで世間に与えた衝撃は大きかった。示談が成立し、不起訴処分となったものの、だからといって、今までどおり、テレビの世界に戻れるはずもない。

 そうはいっても、芸能界の華やかさを味わってしまった、ほかの仕事を経験したことのない人が、芸能界以外の場所で生きていくのは、実質不可能だろう。「週刊女性」20年12月22日号(主婦と生活社)によると、裕太は19年8月に下北沢の小劇場で俳優としての活動を開始している。舞台はテレビほどスポンサーの意見が強くないだろうから、再出発の場としては適当だろう。舞台から始めて、映画というように、ゆっくり実績積み上げていけばいいのではないだろうか。

 が、ちょっと足を引っ張りそうなのが、お母さんである女優・高畑淳子である。裕太が事件を起こした後、すぐに会見を開いて「芸能界に戻してはいけない」と話していたが、そもそも息子を売り込むために、バラエティー番組での共演も辞さなかった人だ。裕太が復帰し、経済的にも安定することを望んでいるだろう。その気持ちはわかるが、ちょっと「いらんこと」を言いすぎな気がしないでもない。

 「週刊女性」の記者の直撃を受けた高畑は、記者に対し、「……まず、あの事件に対して、あなたはどう考えていらっしゃいますか? 本当に息子が、あんなことをしたと思われているのですか?」とカウンターパンチを仕掛けている。

 そして高畑は「相手は被害届を出してすぐに“いくら出すんだ”と示談金を要求してくるなど、非常識なところがありました。それで警察は彼らの言い分がおかしいと判断して、不起訴処分にしたんです」と語り、ニュアンスとして“息子はやっていない、息子は悪くない”ということを匂わせている。

 最後に「私も親バカかもしれませんが……。逃げてばかりじゃいけないなと思っています。私たち家族の4年間の苦しみを考えてほしいです」と、今後は事件に対して、反論する意思があるかのようにも思えるコメントを残し、去っていったという。

 いろいろ言えないことも多いのだろうと推測できるが、記者会見では謝罪し、それが済んだら「被害者の椅子」に座ろうとすることは、得策でないように思える。それなら、示談にせず裁判で争えばよかったという声も出てくるだろうし、被害者側が高畑の言う「非常識なところがある人」の場合、“息子は悪くない”というニュアンスの発言をすると、反撃される恐れがないとはいえない。

 高畑がこういう発言をすることで、世間に「女優として高い演技力を誇りながら、プライベートでは理知的でさばけたなお母さんだと思っていたけど、バカ親だった」という印象を持たれ、自分自身の好感度を下げる可能性もあるのだ。

 もっとも高畑の「息子は無実」といった発言は、今に始まったことではなく、17年4月28日付のウェブサイト「女性自身」の記事においても、記者の質問に「彼は無実です」「あの子の人生が台無しになったんですよ!」と発言、やはり「息子はハメられた」と信じているようだ。

 それでは、裕太は実際に、事件によって「人生台無し」になったのか?

 確かに裕太のテレビ復帰は厳しくなったが、実際に同意があいまいな性交渉をしてしまったという意味では、自業自得な部分はあるだろう。一方で、お母さんである淳子の人生はというと、決まっていた舞台は降板しなかったものの、一時、テレビへの出演を控えたりしていたそうだ。淳子がテレビに出れば、性犯罪を思い浮かべる人もいるだろうから、その判断は有名人として妥当といえるだろうし、そうはいっても、実力のある女優だから、淳子にオファーが絶えることはない。こうなると、割を食っているのは、裕太のお姉さんである、女優・こと美ではないだろうか。

 「週刊女性」19年8月6日号によると、こと美は裕太と意見がぶつかりがちな淳子に代わり、裕太の復帰を支えてきたそうだ。裕太が舞台に復帰したとき、こと美は「また何かあったら私は弟と縁を切ります」と言っていたという。言葉だけで解釈するとクールなように感じるが、オトナである裕太が復帰にこぎ着ける3年余の間、ずっと面倒をみていたわけで、実際はものすごく裕太に労力を割いていると言えるのではないだろうか。

 もう一つ不思議に思うのが、淳子は裕太とバラエティー番組に出演するなど、芸能活動をプッシュしてきたのに、こと美のときにそれをしなかったのは、なぜなのかということである。こと美が自分一人の実力で仕事が取れるから心配ないと思ったのかもしれないが、お母さん、裕太をひいきしすぎではないだろうか。

 番組名は失念したが、その昔、バラエティー番組で、淳子が「私が死んだら、この子(裕太)は税金とか払えないと思う」と話していた。経済力がなくて払えないという意味か、期日までに収める事務手続きができないという意味かはわからないものの、裕太への溺愛ぶりから考えると、こういう手間もお姉さんが背負わされるのかもしれない。

 娘と息子がいると、母親が息子ばかりひいきするという話はよく聞くし、気の利く長女がつい家の尻ぬぐいをしてしまうのは、あるあるだろう。もし、高畑家もそのパターンに当てはまるとするのなら、お姉さんは長女の呪縛から逃れて、好きに生きてほしいと願わずにいられない。

高畑裕太、復帰の足を引っ張るのは母・高畑淳子? 「被害者の椅子」に座ろうとする彼女に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私も親バカかもしれませんが……」高畑淳子
(「週刊女性」2020年12月22日号、主婦と生活社)

 若い方は驚かれるかもしれないが、昔のテレビというのは、結構なんでもアリだった。ファミリー向けドラマの銭湯のシーンで、女性のエキストラがバストとバストトップをもろだしにしていたし、トーク番組では司会者がタバコを吸っていた。大麻や覚せい剤で逮捕された芸能人が、少し時間をおいてテレビに戻ってくることも可能だった。

 ところが時代は変わる。テレビ局がコンプライアンスを重視し、社会的良識を重んじるようになると、上記のような光景は一掃される。テレビ局、スポンサー、視聴者に嫌われないように、芸能人のみなさんは「正しく生きること」が求められているのかもしれないが、それでは視聴者たちが嫌う「正しくない生き方」の筆頭格は、“性犯罪”ではないだろうか。

 女優・高畑淳子の息子で、俳優の高畑裕太が強姦致傷容疑で逮捕されたのは、2016年8月のこと。ドラマだけでなくバラエティー番組にも多数出演し、二世タレントとして頭ひとつ抜けていた感があった裕太だが、性犯罪を起こしたということで世間に与えた衝撃は大きかった。示談が成立し、不起訴処分となったものの、だからといって、今までどおり、テレビの世界に戻れるはずもない。

 そうはいっても、芸能界の華やかさを味わってしまった、ほかの仕事を経験したことのない人が、芸能界以外の場所で生きていくのは、実質不可能だろう。「週刊女性」20年12月22日号(主婦と生活社)によると、裕太は19年8月に下北沢の小劇場で俳優としての活動を開始している。舞台はテレビほどスポンサーの意見が強くないだろうから、再出発の場としては適当だろう。舞台から始めて、映画というように、ゆっくり実績積み上げていけばいいのではないだろうか。

 が、ちょっと足を引っ張りそうなのが、お母さんである女優・高畑淳子である。裕太が事件を起こした後、すぐに会見を開いて「芸能界に戻してはいけない」と話していたが、そもそも息子を売り込むために、バラエティー番組での共演も辞さなかった人だ。裕太が復帰し、経済的にも安定することを望んでいるだろう。その気持ちはわかるが、ちょっと「いらんこと」を言いすぎな気がしないでもない。

 「週刊女性」の記者の直撃を受けた高畑は、記者に対し、「……まず、あの事件に対して、あなたはどう考えていらっしゃいますか? 本当に息子が、あんなことをしたと思われているのですか?」とカウンターパンチを仕掛けている。

 そして高畑は「相手は被害届を出してすぐに“いくら出すんだ”と示談金を要求してくるなど、非常識なところがありました。それで警察は彼らの言い分がおかしいと判断して、不起訴処分にしたんです」と語り、ニュアンスとして“息子はやっていない、息子は悪くない”ということを匂わせている。

 最後に「私も親バカかもしれませんが……。逃げてばかりじゃいけないなと思っています。私たち家族の4年間の苦しみを考えてほしいです」と、今後は事件に対して、反論する意思があるかのようにも思えるコメントを残し、去っていったという。

 いろいろ言えないことも多いのだろうと推測できるが、記者会見では謝罪し、それが済んだら「被害者の椅子」に座ろうとすることは、得策でないように思える。それなら、示談にせず裁判で争えばよかったという声も出てくるだろうし、被害者側が高畑の言う「非常識なところがある人」の場合、“息子は悪くない”というニュアンスの発言をすると、反撃される恐れがないとはいえない。

 高畑がこういう発言をすることで、世間に「女優として高い演技力を誇りながら、プライベートでは理知的でさばけたなお母さんだと思っていたけど、バカ親だった」という印象を持たれ、自分自身の好感度を下げる可能性もあるのだ。

 もっとも高畑の「息子は無実」といった発言は、今に始まったことではなく、17年4月28日付のウェブサイト「女性自身」の記事においても、記者の質問に「彼は無実です」「あの子の人生が台無しになったんですよ!」と発言、やはり「息子はハメられた」と信じているようだ。

 それでは、裕太は実際に、事件によって「人生台無し」になったのか?

 確かに裕太のテレビ復帰は厳しくなったが、実際に同意があいまいな性交渉をしてしまったという意味では、自業自得な部分はあるだろう。一方で、お母さんである淳子の人生はというと、決まっていた舞台は降板しなかったものの、一時、テレビへの出演を控えたりしていたそうだ。淳子がテレビに出れば、性犯罪を思い浮かべる人もいるだろうから、その判断は有名人として妥当といえるだろうし、そうはいっても、実力のある女優だから、淳子にオファーが絶えることはない。こうなると、割を食っているのは、裕太のお姉さんである、女優・こと美ではないだろうか。

 「週刊女性」19年8月6日号によると、こと美は裕太と意見がぶつかりがちな淳子に代わり、裕太の復帰を支えてきたそうだ。裕太が舞台に復帰したとき、こと美は「また何かあったら私は弟と縁を切ります」と言っていたという。言葉だけで解釈するとクールなように感じるが、オトナである裕太が復帰にこぎ着ける3年余の間、ずっと面倒をみていたわけで、実際はものすごく裕太に労力を割いていると言えるのではないだろうか。

 もう一つ不思議に思うのが、淳子は裕太とバラエティー番組に出演するなど、芸能活動をプッシュしてきたのに、こと美のときにそれをしなかったのは、なぜなのかということである。こと美が自分一人の実力で仕事が取れるから心配ないと思ったのかもしれないが、お母さん、裕太をひいきしすぎではないだろうか。

 番組名は失念したが、その昔、バラエティー番組で、淳子が「私が死んだら、この子(裕太)は税金とか払えないと思う」と話していた。経済力がなくて払えないという意味か、期日までに収める事務手続きができないという意味かはわからないものの、裕太への溺愛ぶりから考えると、こういう手間もお姉さんが背負わされるのかもしれない。

 娘と息子がいると、母親が息子ばかりひいきするという話はよく聞くし、気の利く長女がつい家の尻ぬぐいをしてしまうのは、あるあるだろう。もし、高畑家もそのパターンに当てはまるとするのなら、お姉さんは長女の呪縛から逃れて、好きに生きてほしいと願わずにいられない。

金子恵美は、なぜ宮崎謙介と離婚しないのか? 4年ぶり二度目の不倫を許した“政治的判断”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「政治家の癖かもしれないですが」金子恵美
『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送、11月30日)

 ニュースサイト「文春オンライン」が報じた元衆議院議員・宮崎謙介の「4年ぶり二度目の不倫」。驚いた方もいるとは思うが、私にはそれほど意外なことではなかった。若い女性は浮気性の男性に対し、「自分を愛しているのなら、改心して真人間になってくれる」「私の愛で、相手を変えて見せる」と張り切ることがあるが、大変残念なことに、人の悪癖というのは、そう簡単には治らないと私は思う。

 宮崎は結婚を2回している。最初の妻は衆議院議員・加藤鮎子、二番目の妻が元衆議院議員の金子恵美である。ウェブサイト「女性自身」2016年4月12日付の記事によると、加藤と金子は政界の「女子会仲間」で、金子が宮崎との結婚について相談すると「女癖の悪さで私も別れたんだから、あの男だけはやめときなよ! 女癖と高飛車な態度は絶対に治らない。恵美ちゃんはわかってない!」と猛反対されたそうである。鮎子センセイ、それじゃ、あなたはなぜ結婚したの? とお聞きしたい気分に駆られるが、それでも再婚に至ったのは、宮崎には浮気性という欠点をもしのぐ、何かいいところがある男性なのではないだろうか。

 金子と再婚した宮崎は、金子の妊娠中に育児休暇を取ると宣言し、“イクメン議員”として知名度を上げるが、「週刊文春」(文藝春秋)に元グラビアアイドルとの不倫を撮られてしまう。宮崎が週刊誌に自分の不倫が出ることを打ち明けたのは、金子が初産を果たした日だったという。

 不倫が明るみに出たことで、宮崎は議員を辞職。金子も衆議院選所に出馬するが、落選してしまう。政界から追い出された形になった2人だが、宮崎が育児をメインになって行い、いいパパぶりをバラエティー番組で披露し、時に夫婦で番組に出演するようになって4年。だんだんと不倫のイメージも薄れ、宮崎は現在、『バラいろダンディ』(TOKYO MX)で金曜日の司会を務めている。今年10月10日放送の『せやねん!』(MBS)にリモート出演した金子によると、夫婦ともども収入が議員時代を超え、別荘を購入したそうで、順風満帆。同月に発売したエッセイ『許すチカラ』(集英社)では、不倫騒動の顛末と夫を許した理由をつづり、同書で「私はこう宣言したい。『許すチカラ』で、私は幸せになれた」と力強く語っているが、11月27日、「文春オンライン」に宮崎の不倫を暴かれてしまった。相手の女性は、30代の医療従事者だそうだ。

 夫に不倫をされてうれしい妻はいないだろうが、金子の場合、夫婦揃ってテレビでタレント活動をしているので、両者のイメージ低下が避けられず、そこから仕事を失い、経済的なダメージを背負う可能性もある。また、「(夫を)許して幸せになれた」と書いたそばから、夫に不倫された金子は赤っ恥もいいところで、書籍のセールスにも影響が出てくるかもしれない。ほかのキー局と違って、TOKYO MXは「不祥事を起こしたら、即降板」という方針ではないらしく、宮崎も司会者として続投しているが、「危機を乗り越えた夫婦」「円満な夫婦」としてオファーが来ていた他局の仕事は、キャンセルされても文句は言えないだろう。

 一度だけならまだしも、二度も夫に足を引っ張られた金子だが、今回も離婚を考えていないという。『バラいろダンディ』に出演したフリーアナウンサー・大島由香里は、フィギュアスケーター・小塚崇彦選手と離婚しており、金子と同じく一児の母である。「週刊文春」によると、大島の離婚理由は、夫のモラハラと夜遊びだったそうだ。夫に迷惑をかけられたという意味では、大島と金子は似ており、それなのに離婚しない金子が、大島には理解できない様子で、「はっきり言って、今回生理的に宮崎さん無理って思っちゃった」と、ヨソ様の夫に対して、手厳しい発言をしていた。

 別れる理由も別れぬ理由も人それぞれ。金子が別れないと言っているのだから、それでいいわけだが、それよりも驚いたのは、11月30日放送の『斉藤一美 ニュースワイドSAKIDORI!』(文化放送)における金子の発言である。周囲から「なぜ別れないのか?」と聞かれるそうだが、金子は「政治家の癖かもしれないですが、白黒ハッキリ自分で判断したいときに、私なりの判断基準というかルールがあって。そこで判断したのみなんですよね」と答えていた。

 あれ? あなた、政治家でしたっけ?

 上述した通り、金子は衆議院選挙で落選していて、現在は政治家ではなく、タレントといったほうが正しいだろう。けれど、金子の中で、自分は「今でも政治家」もしくは「いつかは政治家(に返り咲く)」と思っているのではないだろうか。

 だとすると、金子が別れない理由もそう不思議ではなくなる。「政治的判断」という言葉がある。政治家が、物事の善悪とは別に、多くの人の利益になる方針を自身の責任で決断することを指すが、金子は「政治的判断」で宮崎と別れないと考えられるのではないか。

 度重なる不貞というのは、倫理的に言えば、夫としてアウトである。しかし、夫妻には4歳になるお子さんがいる。金子宮崎夫妻が、『THE名門校 日本全国すごい学校名鑑』(BSテレ東)に出演した際、宮崎は小学校受験について「一応、視野に入ってますね」とそこそこ意欲的だった。金子も同じ気持ちで、本当に小学校受験に挑戦するのなら、離婚なんてしている場合ではない。

 また、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、宮崎は金子を「お金の管理ができない。それから時間の管理もできない。で、料理がまったくできない」と上から目線でけなしていたが、逆にいうと、自分の苦手なことをやってくれる夫は、金子から見れば大変助かる存在といえるのではないだろうか。

 金子が夫を評価する点も、非常に「政治家」的である。マイナビニュースの「金子恵美、涙…4年前の夫・宮崎謙介の不倫を許した思いと今『許すチカラ』インタビュー」によると、「政治家ってやっぱり上昇志向の強い人が多いから、私(金子)は政務官になった、(夫は)政務官になるどころか議員も辞めてるっていう。でも、あの人はちゃんと家に帰ってきたら、私の労をねぎらうわけです」「私は多分できないかもしれない、悔しいとかね」「なんで私以外は政務官になってるのに、みたいな。恨みつらみを言うと思いますけどね」「(夫が)私の政治活動の応援に徹していたのは、大したもんですよね」と、金子は宮崎の“妻の活躍に嫉妬しない点”を評価している。

  このように、上昇志向が強い金子にとっては、政治家として返り咲くためにも、仕事をばりばりして家庭を顧みない夫よりも、多少ちゃらんぽらんでも子どもの面倒を見て、妻の仕事を応援してくれる宮崎のような夫のほうが「好ましい」のではないだろうか。

 しかし、「政治的判断」というのは、時に非情なものである。宮崎は、今許されたと思っても、それは未来永劫許されたことを意味しない。金子が政界に返り咲いたり、子どもが成長したときに、ある日突然、金子が「離婚しましょう」とならないとも限らない。宮崎は今後、そのことに気をつけて行動する必要があるのかもしれない。

ローラ、フワちゃんを「合わない」と拒絶! 彼女がもはやテレビで“好感度の高い振る舞い”をする必要がないワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「何かが合わない感じ」ローラ
『まつもTOなかい ~マッチングな夜~』(11月21日、フジテレビ系)

 11月7日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)、ゲストはフワちゃんだった。今年テレビに出まくった、ニューカマー・フワちゃんに対し、番組のMCを務めるマツコ・デラックスには最近“引退説”が持ち上がっている。「女性自身」2020年10月27日号(光文社)によると、マツコの所属事務所社長は同誌の電話取材に対し、「いまのキャラのままで、これからずっと将来も、というのはやっぱり難しいです。これからどうするのかを自分でも考えているところですよ」と話し、引退説を完全否定しなかった。もちろん今すぐ引退ということはないだろうが、いつまでテレビでマツコが見られるかは未知数のようだ。

 そのせいか、最近マツコが番組で話す内容には、まるで「辞めていく先輩が新人に言っておきたいこと」のように感じられるものが多い。テレビの将来を憂うマツコは、「この人(フワちゃん)に課せられた使命は大きい」として、テレビの世界で活躍するコツをフワちゃんに伝授していく。そのうちの一つが、「人を選べ」だった。これは、フワちゃんの個性を理解した上で、番組の企画を立てられるテレビマンと組めというアドバイスだったが、フワちゃんは真面目に聞いていたものの「(テレビの世界に)しつこくしがみつくとか、長く生き残るぞという意気込みではない」「海外に行って売れたい」と、「そこまでテレビに興味はない」と言ってのけた。

 そんなフワちゃんが11月21日に出演したのが、『まつもTOなかい ~マッチングな夜~』(フジテレビ系)。ダウンタウン・松本人志と中居正広が会わせてみたい二人をマッチングするという企画の番組で、フワちゃんの相手は、モデル・ローラだった。

 ローラといえば、モデルとしての活躍はもちろん、大物にも物怖じせずタメ口で行くキャラでブレークした。現在、ロサンゼルス在住だそうだが、テレビで見るのは久しぶりに感じる。歯を直したのか、痩せたのか、顔の印象が大分変ったような気がした。そんなローラは、フワちゃん以上に、テレビに囚われていないように感じられた。

 フワちゃんは芸能界では、ローラの後輩に当たる。正攻法の「ローラさんにめちゃめちゃ憧れていて」「ローラさんのYouTubeを見てオーガニックに興味を持って」と下手に出ることで、ローラの歓心を買おうとするが、ローラはまったく笑わない。「ローラさんがモデルをやっているときから見ていた」とフワちゃんがさらに機嫌を取り、「は~、うれしいな」とは言うものの、やはり顔は笑っていない。中居は震え、松本も「こりゃ、だめだわ」と二回漏らしていた。話が合わないというより、ローラがフワちゃんを受け入れていないように私には見えた。あまりに盛り上がらないので、松本が「ローラはフワちゃんと会いたくなかったの? 人と会うの好きでしょ?」と聞くと、ローラは「大好き。でも、何かが合わない気がするの」と拒絶してみせた。

 テレビを見ていて、出演者が表面的には和やかそうに話していても、あまり相性が良くないだろうと感じることはあるが、ここまで盛り上がらないというのは滅多にない気がする。フワちゃんが気を使っている姿が気の毒だったし、あれではローラが新人イジメをしているように見えたのではないだろうか。わざわざロサンゼルスからやって来て、あの態度では好感度がガタ落ちだろうと思ったが、この考え方自体が古いのではないかと考え直した。

 可愛くて面白いモデルという印象のあったローラだが、実はかなりの料理上手で、『めざましテレビ』(フジテレビ系)で料理コーナーを持っていたこともある。盛り付けや食器のセンスも良く、体にいいものを取り入れて作った料理をインスタグラムにアップしていた。

 そんな食に思い入れのあるローラは、今年の10月26日に、インスタで「実は環境問題の事をたくさん勉強してから、、お肉が与える環境へのダメージがものすごく大きいということをしって1年ほど前からお肉を食べる事をやめたの」と明かしている。

 日本の芸能界で環境問題に関心があると言ったり、特定の食品を食べないと公式の場で発表すると、CMなどに差しさわりがある。ひと昔前ならそう考えられただろうが、『マツコ会議』でのフワちゃんの発言通り、テレビの世界はしがみつくものではなくなっているのではないか。そもそもテレビに出たり、CMに出ることが、芸能人として成功という考え方自体が廃れてきているようにも思う。

 ローラは今年7月に、14年間所属していた事務所を6月末をもって退所したことを発表。「女性自身」7月21日号の記事によると、最近のローラはテレビの露出を減らし、自分のやりたいことに中心に動くようになってきたそうだ。それができるのも、インスタグラムのフォロワー数640万人、Youtube登録者数70.5万人(11月26日現在)と、インフルエンサーとしての地位があるからだという。だからローラは自分を曲げてまで、テレビで好感度の高いふるまいをする必要がなかったのかもしれない。

 ネットがない時代、芸能人はテレビに出て顔と名前を売ることが“お仕事”であった。テレビに出るためには、売り込んでくれる事務所に所属し、頭を下げてテレビに出してもらう。よっぽどの売れっ子でもない限り、タレントは事務所とテレビ局には頭が上がらなかっただろう。

 しかし、今はシロウトでも番組を作って発信できる時代である。YouTubeなら、いつでも好きな時に動画が見られる。テレビと比べて、時間が長すぎないのも忙しい現代人には助かるため、人気を博しているのではないだろうか。若い世代には、ほしい情報、好きな人をピンポイントで得られるので、テレビよりYouTubeのほうが便利なのだと思う。

 少し前なら、大きな事務所の人は偉そうにしているとか、お笑いはアイドルより下とか、芸歴の長い人を敬わねばいけないといった事務所別・職種別・芸歴の序列があったが、これからはYouTubeの登録者数の多さでタレントをはかる時代になるのかもしれない。ちなみにフワちゃんのYouTube登録者数は、ローラより約4.5万人多い75.1万人である。

眞子さまは国民の信頼をなくし、秋篠宮ご夫妻は「子育て失敗」とまで……それでも“何もしない”小室圭さんと佳代さんに思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ご苦労さまでございます」小室佳代さん
(ウェブサイト「女性自身」10月29日、光文社)

 宮内庁が11月13日に発表した、眞子内親王殿下の「お気持ち」文書。

 小室圭氏との結婚について、「様々な理由からこの結婚について否定的に考えている方がいらっしゃることも承知しております」と民意を慮りつつも、「結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」と、結婚したいお気持ちに変化がないことを表明された。

 だめだ、こりゃ。肩をがっくり落としたのは、私だけではあるまい。

 眞子さまは「さまざまな理由から」結婚を反対されていると思われているようだ。確かに日本の皇室は長い歴史を誇り、世界的にも敬愛される対象で、ゆえによくも悪くも皇族方の結婚相手にあれこれ口を挟む人は後を絶たないだろう。

 しかし、今回の問題は、それともまた違う種類のものではないか。私の感覚で言わせてもらうならば、問題点は以下の2つだと思う。

1.小室氏の仕事が定まっておらず、収入が確保されていない
2.小室氏の母親が金銭トラブルを抱えており、それがいまだに解決されない

 つまり、この問題の争点は、常にカネといえるのではないだろうか。

 日本国憲法第24条は「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と定めているので、眞子さまと小室氏が「結婚したい」と言えば、他人は口を挟むことはできない。しかし、職が定まっていない小室氏と眞子さまは、どうやって暮らしていくのか。小室氏は現在ニューヨークに留学中だが、2018年7月19・26日号の「女性セブン」(小学館)によると、留学費用はかつて在籍していた弁護士事務所からの援助と奨学金で賄っているという。

 もしこれが庶民の世界なら、年長者が、結婚したいという若者に対し、「仕事をしてお金貯めてからね」と諭して終わりだろう。しかし、眞子さまの場合、幸か不幸か“結婚一時金”がある。一時金の元資は税金であるから、納税者の国民が、「健康でありながら働こうとしない若者のためになぜ血税を使うのか」と反感を抱いても、仕方のない部分はあるだろう。

 今回の結婚のネックがカネだと仮定して考えてみると、実はその解決策はかなりシンプルだといえるのではないか。

 まず、小室氏は定職につく。国際弁護士のような華やかな職業である必要はないだろう。ご婚約内定会見直後、小室氏が『月たった2万円のふたりごはん』(幻冬舎)を買ったことが話題になったが、身の丈に応じたレベルの生活を送れば、世間からとやかくいわれることはないだろう。

 一方、母親の借金問題に関しては、小室氏本人の問題ではないので、そしられる理由はないと、私は思う。しかし、こういった問題が出れば、眞子さま、もしくは皇室の権威を傷つけることは明らかだし、愛する母親に好奇の視線が向けられることにもなる。愛するフィアンセや母親を守るため、本人に責任がなくても、小室氏がイニシアチブを取って行動すべきだったのかもしれないけれど、これもまた解決困難な問題ではない。

 というのも、借りたカネは返さなくてはならないが、小室氏の母親と金銭トラブルのあった男性は、借用書を交わしていないそうだ。これが何を意味するのか、「女性自身」(光文社)のウェブサイトに、19年9月5日付で掲載された記事では、元検察官で国際弁護士の清原博氏がこう解説している。

「借用書もないそうですし、裁判で勝てるなんの保証もありません。話し合いでの解決を模索するほかないでしょう。小室さん側が400万円はあくまで贈与だと主張し続けるならば学費や生活費を支援してもらったことへの謝礼という意味合いで誠意を示してもらうしかありません。返済ではなく、和解金や解決金という名目であれば、400万円の一部を小室さん側に支払(ってもら)うのが現実的な解決法だと思います」

 つまり、400万全額を返済するのではなく、“お気持ち”を渡せばいいということだろう。それはそんなに難しいことなのだろうか?

 眞子さまがお気持ちを表明したことで、「女性自身」は11月15日、「『眞子さま頑張って欲しい』変わらぬお気持ち公表にエールも」というタイトルの記事を掲載した。愛する男性との結婚を一途に夢見る眞子さまのお姿に共感を寄せる女性もいるのだろうが、冷静になって考えてみると、今回の問題(定職につく、母親の金銭トラブルを解決するために動く)で頑張るべきは、小室氏と母親ではないだろうか。眞子さまに何を頑張れというのだろう。

 お小さい頃から、上皇さまご夫妻の初孫として、国民に愛されてきた眞子さまだが、結婚問題では国民を失望させたといえるだろう。眞子さまは小室氏のために国民からの信頼をなくし、秋篠宮ご夫妻も「子育て失敗」とまで言われているのに、小室氏と母親は、なぜ眞子さまや秋篠宮ご夫妻の名誉を回復する行為に出ないのか、本当に不思議でならない。

 小室氏の母と言えば、最近の姿を「女性自身」(10月29日付)がキャッチしている。同誌によると、日本テレビの記者に直撃取材され、「息子さんとお話になりましたか?」と聞かれた小室氏の母親は、質問には答えず「ご苦労さまでございます」と返答したという。

 今の時点では、結婚について何も言えることはないだろうし、かといって無視するのも愛想がない。だからこそ、「ご苦労さまです」という挨拶を返したのだろうと思われるが、この言葉のチョイスが小室氏の母親「らしい」と思うのは、私だけだろうか。

 諸説あるが、「ご苦労さま」は目上から目下に使うという説があり、誤解を避けるためにも、公的な場面で使わないほうがいいという人もいる。この言葉を使ったからといって、小室氏の母親が記者を下に見ていると決めつけてはいけないが、自身の金銭トラブルのせいで最愛の息子が叩かれ、結婚が滞っているのに何の手立ても打たないことから考えると、やはり小室氏の母は、どことなく世間や皇室に対して居直っているというか、「上から目線」といえるのではないだろうか。この性質は、小室氏にも受け継がれていて、親子共通のニブさというか図々しさが国民を苛立たせ、眞子さまと秋篠宮ご夫妻を窮地に追い込んでいると思えてならないのだ。

 愛する人のために行動を起こせない人は、結婚しても相手を幸せにできないと個人的には思うが、「お気持ち」の文書を読む限り、おそらく、眞子さまが結婚をあきらめることはないだろう。それならば、眞子さまがフルタイムで働き、小室氏の母親の和解金を支払うしかないのではないか。国民に祝福されなくても、職についておらず、借金(和解金)を背負っている人と結婚したい、でも、お金(国民が納めたもの)もちょうだいねでは、国民は納得しないだろう。

 一般人の世界では、「自由に生きること」は「経済的に独立していること」とほとんど一緒である。もしかすると、眞子さまは、今、生まれて初めて、「自由に生きる」難しさに直面していると言えるのかもしれない。

マツコ・デラックス、夫の愚痴吐く妻に「選んだのは自分」! 結婚における自己責任論に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「勘のニブい不出来な旦那を選んだのは自分なわけだし」マツコ・デラックス
『5時に夢中!』(TOKYO MX、11月9日)

 親しくしていた友人と、結婚や出産を機に距離ができてしまう。ある程度の年齢の女性なら、一度は経験する出来事ではないだろうか。その友達と仲が良いほど、後味は悪いものになる。そのため、「女の友情はアテにならない」と一般化されて語られてしまい、それを否定する声もあるが、現実問題、ライフスタイルが異なっても友人関係を続けるのは、難しい部分があると言えるだろう。

 自分の身の回りのちょっとしたこと、例えばお昼に食べたものとか、買い物の戦利品を、友達と話すことに楽しみを感じていたとする。しかし、もし友達が結婚して生活レベルが格段に上がり、買ったものの金額が高額になったり、夫のものを買ったことを報告してきたときに、今までと同じ気持ちで返事をすることができるだろうか。また、友人に子どもができたとして、育児に悩む友達の話を聞いても、共感できないと思う。

 こうなると、お互いに消化不良を起こして「話してもなんか面白くない、すっきりしない」という状態に陥り、なんとなく疎遠になってしまう。どちらが悪いというわけではなく、ライフスタイルが変われば関心も変わり、それに伴って人間関係も変わっていくということだろう。仮に一時期疎遠になったとしても、永遠の別れではないし、個人的な経験で言わせてもらうと、「この人は合う」と確信できる人とは、多少のブランクがあっても続くので、気に病む必要はないと思っている。

 しかし、その一方で、双方のライフスタイルの変化は関係なしに、確実に友人関係を悪化させ、ヘタすると永遠の別れにもつながるケースというのもあるように思う。

 11月9日放送の『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、ネットで話題を呼んだ「夫の弁当」に関する悩みをトピックに取り上げていた。投稿者の既婚者女性は、持病の手術のために1週間入院生活を送ることに。退院後、夫から、職場の若い女性が毎日手作り弁当を作ってくれたことをあっけらかんと報告され、モヤモヤしたという。その後、投稿者の女性は、職場の女性にお礼を言うとともに、「これからは私が作る」と告げたそうだ。

 番組アシスタントの大橋未歩は、「自分だったら夫に断ってほしい」と話していたが、コメンテーターのマツコ・デラックスは、投稿者が女性に対し、お礼を言って「これからは私が作る」と告げたことについて、「それ(敵意)をむき出しにしないほうがカッコよくない?」と、案に目くじらを立てるなと指摘し、「勘のニブい不出来な旦那を選んだのは自分なわけだし、そんなに気にしなくてもいいのかなって思う」と結んでいた。

 確かに、夫が自ら、同僚女性の手作り弁当を食べたことを妻に話しているくらいだから、やましさのようなものは、あまりないのかもしれない。しかし、この問題のポイントは、妻が「嫌だ」と感じたことであり、そこをフォローする回答が求められるのではないだろうか。もしそうだとするのなら、「勘のニブい不出来な旦那を選んだのは自分なわけだし」という答えは、「そんなオトコを選んだのはオマエなんだから、オマエが悪い。オマエが我慢しろ」と聞こえなくもない。

 この問題に限らず、既婚者が夫婦間の愚痴を話すと、「結婚前にわからなかったの?」「どうして、そんな人と結婚したの?」「オトコを見る目がない」と返す人は一定の割合でいる。確かに自分で選んだ人だから、自己責任と言われても仕方がない面はあるのかもしれないが、結婚前に相手の人格を全て理解することは、実質不可能ではないだろうか。「そんなオトコと結婚しちゃったわけだから」と友達に言われてしまったら、今後、その人には世間話も兼ねた愚痴は一切言えなくなることだけは、確かである。愚痴を聞きたくないので、シャットアウトのために言うならいいが、もし相手と友達関係を続けるつもりなら、使わないほうがいい表現ではないだろうか。

 日本では、「夫の不出来は、妻の責任」という考えが根強いせいか、結婚を「夫の人格を全て認めた契約」だと解釈し、愚痴を許さない人がいるように思う。しかし、世の中に完ぺきな人間などいないのだから、パートナーへの不満があることは、悪いこととは言えないだろう。

 おそらく、マツコは喧嘩両成敗的に「夫がニブい」「(妻は)そんな人を選んだ」と発言して収めたのだと思う。それはコメンテーターとしては大正解だろうが、友達として考えるのならナシ。こうやって考えてみると、友達とは相手の取るに足らない愚痴を否定せずに聞ける関係を指すのかもしれない。