弘中綾香アナは「義理チョコ廃止」実現できない!? 敬意を払われたい男の存在と、女子アナという仕事

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「一体誰が得をするんだろう」テレビ朝日・弘中綾香アナウンサー
ニュースサイト「HUFFPOST」2月14日

 「謎のバレンタイン」を経験したことがある。

 今から10年以上前、私はハケン社員として某企業で働いていた。正社員の女性たちが、男性社員に渡すバレンタインの義理チョコの話をしていたので、ハケン仲間にどうしているのか聞いたところ「ハケンで渡している人は聞いたことがない」と言っていたため、私も何もしなかった。

 するとバレンタイン当日、昼休み近くに課長に呼ばれ、「オレがお金を出すから、チョコレート買って上司にあげてほしい」と言われてしまった。言っておくが、私は男性に人気があるタイプでは決してなく、さらにハケンだ。私からチョコをもらっても意味がなかろうと思いつつ、昼休みに近所のデパートまで走った覚えがある。もちろん、課長にお金をもらうのは憚られたので、自腹だった。

 そんな経験をしたことすら忘れていたが、2月14日配信のニュースサイト「HUFFPOST」の記事「弘中綾香アナがバレンタインデーに長年抱く疑問を明かす。『義理チョコは廃止でいい』」を読んで、「謎のバレンタイン」の謎が解けた気がした。

 何年か前のバレンタインに、老舗チョコレートメーカーのGODIVAが、「義理チョコをやめよう」と提案して話題を呼んだが、テレビ朝日・弘中綾香アナも、義理チョコは半ば義務として風習化していることに疑問を抱いているという。かつて弘中アナは『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演していた際、スタッフ100人以上に義理チョコを配ったという。費用は自腹だろうから、いくら高収入の女子アナといっても痛手だろうし、弘中アナいわく「経験として義理チョコを貰った方のリアクションを見てもそこまで喜んでない人もいれば、お返しがないケースも実際多いんですよ。それを見ていると、この行為は『一体誰が得をするんだろう』って思ってしまうので、義理チョコは個人的に廃止でいいと思っています」。

 それでは、弘中アナが義理チョコを配っていないかというと、そうではないらしい。周りが配っているので、つい自分も合わせてしまっているという。

 「夢は革命家」を公言し、歯に衣着せぬ発言が人気の弘中アナでさえ、「たかが義理チョコ」をやめられない。おかしいと思う人もいるだろうが、女子アナとスタッフというのは、なかなか難しい関係性なのかもしれない。

◎「スタッフに嫌われない」は女子アナのお仕事?

 番組名は失念したが、カトパンこと元フジテレビ・加藤綾子アナの全盛期に、後輩の女子アナが“加藤の仕事術のすごさ”を検証する番組を見たことがある。ポジションの高くない男性スタッフからデートに誘われたカトパンは、どう対応するかを隠し撮りするという内容だった。スタッフはしつこく迫るが、カトパンは連絡先を教えないし、デートにも応じない。常に笑顔で「携帯が手元にないから、スケジュールがわからない」と優しく断っていた。その理由を、カトパンは「男性のプライドを傷つけないため」と説明し、後輩もその対応を絶賛していた。

 テレビの世界におけるスタッフと女子アナの原則的な上下関係というものが私にはわからないが、「スタッフに嫌われない対応」はカトパンの個人的な仕事術というより「女子アナとしてのお仕事」という側面もあるのではないだろうか。

 アナウンサーとランキングといえば、毎年12月のオリコン社主催「好きなアナウンサーランキング」が有名だが、「フラッシュ」(光文社)は「業界人が選ぶ『好きな女子アナ・嫌いな女子アナ』」という企画をちょくちょく行っている。これはスタッフなどの“身内”が選ぶランキングで、女子アナはスタッフにもある程度サービスして好かれておかないと「性格が悪い」と、こうした企画にタレこまれないとも限らない。特に注意すべきは、カトパンのように人気女子アナではないだろうか。視聴者からの人気が高くても、スタッフから支持されなければ「裏表がある」といわれかねないからだ。

 弘中アナも、オリコン社主催の「第17回 好きな女性アナウンサーランキング」で前年に引き続いて、2年連続首位を獲得した人気アナである。カトパンと同じく、スタッフにも気を配らないといけない立場だろう。ほかの女子アナが義理チョコを配っているとして、弘中アナだけそれをしなかったら「スタッフを軽んじている」と言われかねない。そう考えたら、費用負担が大きくても、たいして喜ばれなくても、お返しがなくても、義理チョコをやらないわけにいかないのではないか。

◎義理チョコで「敬意を払われている証拠」が欲しい男たち

 スタッフとチョコレートといえば、こんなこともあった。2月14日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、義理チョコ文化の衰退が取り上げられた際、MCの東野幸治が、久代萌美アナウンサーに、誰にチョコレートをあげたのか尋ねていた。久代アナは「(東野と松本人志の)お二人にしかあげていない」と答えると、松本は「スタッフとかに渡さないの?」と驚いたようで、東野に至っては「だから、スタッフにあんまり評判よくないんですよ」とまぜっ返していた。

 チョコレートくらいで評判が変わるとはとても思えないものの、テレビに出ている人を中心に「義理チョコをもらうことを、敬意を払われているかのバロメーター」と解釈する男性もいるのではないだろうか。

 いきなり話をスケールダウンさせて恐縮だが、私がハケンとして働いていた時の上司がチョコレートを欲しがったのも、チョコレートそのものが欲しかったというわけではなく、敬意を払われている証拠が欲しかったのかもしれない。これは女子アナのように男性人気が大事な職種や、大物男性タレントのアシスタントをする……もっというと「仕える」ことが多い職種で、特に起きがちな現象なのではないだろうか。義理チョコを「一体誰が得をするんだろう」と発言していた弘中アナだが、こうやって考えてみると「軽く見られたくない、損をしたくない男性」には意味のある行事なのかもしれない。

 「革命家」になり、アナウンサーのイメージを変えることが夢だという弘中アナだが、真の革命家、キューバ社会主義革命の父、フィデル・カストロは革命を成し遂げるため、メリットがあれば本来なら敵のはずの資本家とも積極的に手を結んだという。新しいことをやりたくても、世の中というのは、なかなか理屈通りに動かないのも事実。どうか弘中アナも清濁併せ吞みながら、革命のために頑張っていただきたい。

古舘伊知郎に見る“女性差別”的思考……小川彩佳アナへの「自我が強すぎる」発言が意味するモノ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「悪く言うと自我が強すぎる」古舘伊知郎
YouTubeチャンネル「古舘Ch」(2月8日)

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入る理事会は時間がかかる」と発言し、波紋を広げている。一応謝罪はしたものの、逆ギレのような印象を与える対応に、ネット上では辞任を求める声が上がった。都庁には抗議が殺到、オリンピックボランティアの辞退が続出し、各国の駐日大使館が抗議のTwitterデモを始めた。

 これだけ「差別を許してはならない」という動きが高まっているのに、肝心の国際オリンピック委員会は「絶対的に不適切」としただけで、森氏の処遇検討を求めず、経団連の中西宏明会長に至っては「まぁ、こういうのをわっと取り上げるSNSってのは恐ろしいですよね。炎上しますから」と、SNSが害悪であるかのような頓珍漢な発言をしている。経済界の元締めである経団連会長がこんなことを言っているくらいだから、オリンピックのオフィシャルスポンサーである企業から、森氏の責任を問う声が上がることはないだろう。

 今回の森発言のように問題視されることはないものの、女性差別だなと思わされるのが、有名人の不倫に対しての記事やコメントである。

 例えば、『NEWS23』(TBS系)のメインキャスターを務める小川彩佳アナの夫で、資産16億ともいわれる医療ベンチャー会社社長(当時)T氏が不倫をしていたことを「週刊文春」(文藝春秋)が報じた。小川アナは出産後3カ月でのスピード復帰。赤ちゃんを抱えての仕事復帰は想像を絶する大変さだろうが、夫はその間、妻を助けるどころか、緊急事態宣言中に不倫をしていたわけだ。「文春」によれば、不倫相手の女性の住居費まで負担していたという。

 当然、T氏は批判にさらされたが、夫が不倫を働いたとき、「妻に落ち度がある」と言う人が必ずいる。例えば、ニュースサイト「日刊DIGITAL」が、2月6日に「小川彩佳に屈辱の“サレ妻”レッテル…夫の初動ミスが致命傷」と報じている。記事では、家族問題評論家の池内ひろ美氏は「夜に妻がいないというのは(不倫の)リスクになる」とコメント。これを「妻が家にいないから、夫に不倫をする隙を与えた」と解釈していいかどうかは判断が分かれるところだが、池内氏は、午後11時のニュース番組に出演する男性キャスターの妻が不倫をしても「夫が家にいないというのはリスクになる」と言えるのだろうか。

 相手を励まそうとして、かえって余計なことを言ってしまうのは、一般社会でもよくあることだが、小川アナの古巣・テレビ朝日の先輩であり、『報道ステーション』でタッグを組んだ古舘伊知郎も同じ轍を踏んでしまったようだ。

 古舘は2月8日、自身のYouTubeチャンネル「古舘Ch」で、夫の不倫騒動の渦中にいる小川アナについて言及。「絶対傷ついてるよな」「電話しようと思ったんだよ、旦那が不倫と出たときに。でもね、一番つらいと傷ついているときに励まそうと思ったって逆効果だから、失礼になるからやめたんだ」と自重したと話していた。ここで終わればいいのに「小川はね、悪く言うと自我が強すぎる。よく言うと向こうっ気が強い」「絶対、頑張ってやろうという気持ちがあるから、月〜金(のニュース番組のメインキャスター)を引き受けたんだって思うよ」と話していたが、“月〜金を引き受けたから何なのか”のオチはないままに終わった。

 今はなき『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)で、司会の上沼恵美子が「芸能人にオトコもオンナもない。売れたもん勝ち」という意味の発言をしていたことがあるが、それはニュースキャスターとて一緒ではないだろうか。男女関係なく、メインキャスターをやってみたいと思うし、一度引き受けたからには、そう簡単に手放したくないと思うのが人情だ。けれど、女性が仕事を続けようとすると「自我が強すぎる」「向こうっ気が強い」と言われてしまう。

 古舘は「小川アナは向こうっ気が強いから、月〜金のニュース番組のメインキャスターという重労働を引き受けたが、結婚して幼子を抱える身には無理だった(そのひずみが、夫の不倫という形で露呈した)」と言いたかったのかもしれない。常識的にいえばそうかもしれないが、T氏はかなりの資産家なわけだから、その気になれば家事や育児を外注することができるはずだ。報道の現場の過酷さを知っていて、小川アナの味方を名乗るなら、そのあたりのことを夫に対して一言言うべきではなかったのか。

 「報道と女性」といえば、古舘は『おしゃべりオジサンとヤバイ女たち』(テレビ東京系)で、こんな話をしていたことがある。後輩の女性との飲み会で「どんな仕事をしたいの?」と聞くと、だいたい「報道です」と答える。「頑張りなよ」で終わらせればいいのに、古舘は「報道ねぇ……」と漏らしてしまい、女性に「いけませんか?」と言われることもあるのだという。たまたま相手の女性に報道の適性を感じなかったり、ほかのジャンルが向いていると思ったのかもしれないが、面接でもないのに相手をジャッジする感じ、悪い意味での“オジサン”に思えてならない。

 森発言のような“ザ・男尊女卑”は少なくなってきているが、古舘のように「同情してるフリをして、実は女性を下に見ている、仕事から排除する」ような発言は、ちまたにあふれているのではないだろうか。

 そういえば、古舘の子息・古舘佑太郎は俳優として活動している。古舘の評判が下がれば、「あの男尊女卑オジサンの子ども」と変な色眼鏡で見られないとも限らない。最愛の子息のためにも、現代感覚を学んでいただきたいものだ。

IMALUの彼氏、「明石家さんまをあまり知らない」のは本当か? 仕事も恋愛もやりづらい、二世タレントのサガ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「彼は、テレビのことをまったく知らない」IMALU
『中井大輔と本田翼と夜な夜なラブ子さん』(TBS系、1月28日)

 有名人の子どもに生まれれば、人生イージーモード。若い時は特にそう思いがちな気がするが、本当なのだろうか。

 2月2日、ニュースサイト「週刊女性PRIME」が「Koki,と工藤静香、仲よし親子が“進路をめぐって激突”していた!」と報じた。シャネルのビューティーアンバサダーを務めていたKoki,だが、昨年、降板になったそうだ。しかし、ある広告代理店関係者は「降板ではなく契約満了」「次のアンバサダーも決まっている」と話しているという。

 そんな中、Koki,やCocomiの売り出しに余念がない母・工藤静香は、娘に大学進学を望んだものの、Koki,が高校卒業後はモデル活動に専念したいというため、進路をめぐって揉めることもあると同誌は報じている。

 降板か契約満了かは当事者でないとわからないことなのでアレだが、「ELLE JAPON」(ハースト婦人画報社)でいきなり表紙モデルを飾るという鮮烈なデビューを果たしたにもかかわらず、Koki,はキムタクと静香という14光を持っている割に、伸び悩んでいるといえるのではないだろうか。

 Koki,は今年18歳。母親である静香は、同じ年齢の時に「MUGO・ん…色っぽい」で、『ザ・ベストテン』(TBS系)の1位を獲得している。モデルと歌手を比べることはできないが、頂点を取ったお母さんと比べて、どこか見劣りする感は否めない。お母さんを凌ぐ方法はただ一つ、自分がその世界で天下を取るしかない。世間にも認めてもらえる方法が、たった一つしかないというのは、私には酷な運命を背負って生まれてきたとしか思えないのだ。

 そんなKoki,の悩みを一番理解できるのは、この人かもしれない。明石家さんまを父に、大竹しのぶを母に持つIMALUだ。2016年に『しくじりセンセイ 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演したIMALUは、デビュー直後から親のビッグネームの恩恵を受けて、ファッションモデル、連続ドラマ、製菓会社のCM、人気トークバラエティーのアシスタントなど、ビッグな仕事のオファーが舞い込んだ。しかし、結果が出せなかったために、それらを維持できなかったと話していた。はっきりと口にしてはいなかったが、IMALUは挫折感を味わったのではないだろうか。

◎「さんまとしのぶの娘」であることは恋愛にも影響?

 親の立ち位置というのは、恋愛にも影響が及ぶものかもしれない。16年に『幸せ追求バラエティ金曜日の聞きたい女たち』(フジテレビ系)に出演した際、IMALUは元カレを嫌いになったきっかけを、こんなふうに話していた。

 当時デート中、彼氏の上司と遭遇した。彼が頭を下げながら、仕事の話を始めたのを見て「超ペコペコしてんじゃん」と冷めてしまったのだという。さんまやしのぶが、仕事先の人に頭を下げる姿を見たことがなかったのかもしれないが、会社員なら上司や取引先に頭を下げるのは当たり前。それを見て「超ぺこぺこしている」と幻滅するのなら、会社員とは交際も結婚もできないだろう。となると、IMALUの相手は、頭を下げる必要のない、ごく一部の売れている芸能人やスポーツ選手など、職種が限定されてしまう。

 さらに、父親であるさんまもネックだ。さんまはその昔、「IMALUに彼氏はつくらせない、結婚式にもいかない、孫ができたらあきらめる」とバラエティー番組で繰り返し話していた。IMALUが若い時の話だし、冗談だとは思うが、IMALUにアプローチすることは相当の覚悟が必要と推測される。IMALUは「大物の娘ゆえに」恋愛しにくい環境に置かれていたといえるだろう。

 しかし、IMARUは恋をしていたようだ。

 1月28日放送の『中居大輔と本田翼と夜な夜なラブ子さん』(TBS系)に出演したIMALUによると、交際中の男性は外国人とのミックスで、映画やCMの音楽製作をしている。「仕事につながるかもしれないから」という理由で友人が紹介してくれたが、男性の見た目がIMARUの好みだったことと、また高級店で食事をしたのにもかかわらず、彼がTシャツに短パンという軽装で来たことが、IMALUの心をとらえたらしい。

 交際は3年目に突入し、さんま、しのぶ、彼氏とIMALUの4人で、合同誕生日会を行ったという。彼女の両親に挨拶をするというのは、男性にとって荷が重いと一般的にいわれるが、ましてやIMALUの親はさんまとしのぶである。さぞ、男性は緊張したと思われたものの、IMARUいわく、「彼は海外に住んでいたので、テレビのことをまったく知らない」「私のことはもちろん、母親のことも知らない、父親はなんとなく見たことあるかなレベル」なので、特に緊張していなかったようで、「すごくラク」と話していた。

◎IMALUの彼氏に感じる「野心」

 確かめる術もないのにこんな言い方をしてなんだが、ウソじゃないかと私は思っている。「海外に住んでいた」といっても、「日本に住んだことがない」わけではない。長い間、ずーっとテレビに出ているさんまを、見ないようにするほうが難しいのではないだろうか。また、仕事の相手としてIMALUを紹介されたのなら、会う前に相手のことをリサーチするのはある意味当たり前で、本当にIMALUを知らなかったにしても、彼女やその両親がビッグネームであることに、すぐ気づくはずと思うのだ。

 しかし、そんなことはどうでもよい。IMALUが「大物の娘と知らないで、自分を愛してくれる」と心から信じられていられるのなら、それが一番だ。

 故やしきたかじんさんの夫人や、ロンドンブーツ1号2号・田村淳の夫人など、芸能人と結婚する一般人が、「相手が有名人だと知らなかった」と言うケースは多い。本当に知らないのか、作戦なのかはわからないものの、たかじん夫人は悪妻呼ばわりされ、淳夫人は、かゆいところに手が届く「プロ彼女」としてあがめられた。さて、IMALUの彼氏はどちらのパターンなのか。

 1月30日放送の『ヤングタウン土曜日』(MBSラジオ)で、さんまはIMALUの彼氏に会ったことを認めた。さんまによると、家族で写真を撮ることになり、IMALUの彼が入ろうとしてきたので、「お前、まだ家族ちゃうし」とツッコんだそうだ(実際は、彼も交えて全員で写真を撮った)。さんまが笑わせようとして披露したエピソードだろうが、IMALUの彼氏のハートの強さ、もしくは野心を感じるのは私だけだろうか。

 それはさておき、親が偉大すぎると、恋愛にも制限がかかってしまうとは、二世とはなかなか生きづらい。ぜひIMARUにはいい恋愛をして、「二世タレントの星」になってほしいものだ。

ゆきぽよ、詐欺逮捕の知人男性になぜ合いカギ渡した? 芸能人は「近い人こそ要注意」と思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「地元の先輩もかなりよくしてくれて」ゆきぽよ
『サンデー・ジャポン』(TBS系、1月24日)

 芸能人のいちジャンルとして、ギャルタレントは定着したといえるのではないだろうか。ギャル枠はあっても、ギャル男枠がないのがミソだと私は思っている。若くて派手めで、知識量は少ない。けれど、理解力があって、打てば響く。言葉づかいが多少おかしいところがあっても、男を立てる気配りが行き届いている……ギャルタレントのそんな特徴が「女性には自分より下であってほしい」と願うタイプの男性を喜ばせるのではないだろうか。ギャルタレントにありがちな「元カレが少年院」というのも、「元カレがIT長者」というより座りがよいだろう。

 しかし、それは過去のことだから笑えるのであって、現在進行形で、彼氏や親しい人が警察のお世話になってしまうと、話は変わってくるだろう。

 1月28日号の「週刊文春」(文藝春秋)が、2019年にゆきぽよに交際を迫っていた4歳年上の知人男性が、ゆきぽよ宅のキッチンの前で泡を吹いて倒れていたと報じた。ゆきぽよは119番通報し、男性は病院に搬送。コカインの薬物反応があったことから、ゆきぽよ宅も家宅捜索されたが、違法なものはなく、彼女は尿検査でも陰性だった。しかし法的に問題はなくても、違法薬物を使うような男性と親しくしていることがわかれば、イメージの低下は免れないだろう。

 記者会見の代わりだろうか、1月24日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演したゆきぽよは、髪を落ち着いた色にし、黒い服を着て謝罪した。コカインを使用した男性は、ネットでは18年に詐欺容疑で逮捕されたといわれていたが、ゆきぽよはそれを認めた。イメージ商売であるにもかかわらず、過去に事件を起こしていた男性との交友関係を絶たなかった理由について、ゆきぽよは「しつこく付きまとわれていていたので、それで切りづらかった」「その男性を紹介してくれた先輩、地元の先輩もかなり良くしてくれて、かわいがってくれていたので、『コイツと関われないから切るわ』って言えなかった」と恐怖と義理人情のために、つい交友関係を続けてしまったと説明した。

 交際するつもりのない男性を家に入れるというのは、あまり一般的ではない判断だと思う。『バイキングMORE』(フジテレビ系)に出演したタレント・アンミカも「情の厚いヤンキーキャラだとしても、お付き合いをお断りしている人に合いカギを渡して、家に残していくっていう行動と発言のギャップの違和感は拭えない」と、ゆきぽよの不注意さを指摘した。そう考えると、これでも運がよかったほうなのかもしれない。相手の男性が、ゆきぽよの家に偶然もしくは故意に違法薬物を落としていったりしたら、大変なことになっただろう。

◎飯島愛さんのことを思い出すワケ

 しつこく付きまとわれていたとしても、先輩の紹介でも、断りたければ断れるはずだし、今の芸能界で、反社会的なイメージを与える男性と親しくすることがどんなに危険なことか、ゆきぽよはわからないわけではないと思う。だからこそ、何かふかーいワケがあるのではないかと邪推してしまうのだ。

 08年に亡くなったタレントの飯島愛さんをご記憶だろうか。飯島さんはAV女優を経て、タレントに転向した。深夜番組のお色気要員のような時期もあったが、頭の回転の速さと飲み込みの良さを島田紳助さんらに認められ、トーク番組に欠かせない人気タレントに成長。しかし、理由がはっきりしないまま、飯島さんは芸能界を引退。自宅マンションで亡くなっているのが発見された。

 飯島さんの生前に出版された、彼女の親友を自称する女性が書いた本を読んだことがある。それによると、飯島さんは芸能界入りする前の知り合いから、しつこくゆすられたり、カネを貸せと迫られていたという。

 飯島さんが芸能界入りしてからも交際は続いていたということは、親友の女性は、飯島さんにとって心許せる存在だったのだろう。知られざる飯島さんの一面や友情秘話が語られるかと思ったが、そればかりではなかった。これは私の主観でしかないが、親友は飯島さんを妹のように慈しみながらも、多少は嫉妬しているように感じられた。自分の近しい人の成功だからこそ、まばゆすぎる。傷や恥を含めたプライバシーを分かち合っているだけに、余計に「友達はうまくやった」と感じられて、その成功がよけいに妬ましく感じる。それも友情の一側面ではないかと思う。

 また先日、脱税に関する本を読んでいたところ、税務署に「あの人は脱税をしている」とタレコミの電話をかけてくるのは身内が多いと書かれていた。遺産相続で不平等があって不満を持ったりすることがきっかけになるらしい。この傾向は外国でも同じようで、東ドイツの秘密警察シュタージへの密告は身内によるものが一番多かったそうだ。

 ゆきぽよは大丈夫だと思うが、このように「近い人にこそ要注意」というのは大いなる真実ではないだろうか。今はスマホの普及で、無駄に写真を撮る時代だから、イメージ低下につながるような画像が出回る可能性は高い。そこでウソをついたり、相手を丸め込もうとすると話はややこしくなる。そんなときはまず専門家に相談! というのが、私の老婆心だ。

ゆきぽよ、詐欺逮捕の知人男性になぜ合いカギ渡した? 芸能人は「近い人こそ要注意」と思うワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「地元の先輩もかなりよくしてくれて」ゆきぽよ
『サンデー・ジャポン』(TBS系、1月24日)

 芸能人のいちジャンルとして、ギャルタレントは定着したといえるのではないだろうか。ギャル枠はあっても、ギャル男枠がないのがミソだと私は思っている。若くて派手めで、知識量は少ない。けれど、理解力があって、打てば響く。言葉づかいが多少おかしいところがあっても、男を立てる気配りが行き届いている……ギャルタレントのそんな特徴が「女性には自分より下であってほしい」と願うタイプの男性を喜ばせるのではないだろうか。ギャルタレントにありがちな「元カレが少年院」というのも、「元カレがIT長者」というより座りがよいだろう。

 しかし、それは過去のことだから笑えるのであって、現在進行形で、彼氏や親しい人が警察のお世話になってしまうと、話は変わってくるだろう。

 1月28日号の「週刊文春」(文藝春秋)が、2019年にゆきぽよに交際を迫っていた4歳年上の知人男性が、ゆきぽよ宅のキッチンの前で泡を吹いて倒れていたと報じた。ゆきぽよは119番通報し、男性は病院に搬送。コカインの薬物反応があったことから、ゆきぽよ宅も家宅捜索されたが、違法なものはなく、彼女は尿検査でも陰性だった。しかし法的に問題はなくても、違法薬物を使うような男性と親しくしていることがわかれば、イメージの低下は免れないだろう。

 記者会見の代わりだろうか、1月24日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演したゆきぽよは、髪を落ち着いた色にし、黒い服を着て謝罪した。コカインを使用した男性は、ネットでは18年に詐欺容疑で逮捕されたといわれていたが、ゆきぽよはそれを認めた。イメージ商売であるにもかかわらず、過去に事件を起こしていた男性との交友関係を絶たなかった理由について、ゆきぽよは「しつこく付きまとわれていていたので、それで切りづらかった」「その男性を紹介してくれた先輩、地元の先輩もかなり良くしてくれて、かわいがってくれていたので、『コイツと関われないから切るわ』って言えなかった」と恐怖と義理人情のために、つい交友関係を続けてしまったと説明した。

 交際するつもりのない男性を家に入れるというのは、あまり一般的ではない判断だと思う。『バイキングMORE』(フジテレビ系)に出演したタレント・アンミカも「情の厚いヤンキーキャラだとしても、お付き合いをお断りしている人に合いカギを渡して、家に残していくっていう行動と発言のギャップの違和感は拭えない」と、ゆきぽよの不注意さを指摘した。そう考えると、これでも運がよかったほうなのかもしれない。相手の男性が、ゆきぽよの家に偶然もしくは故意に違法薬物を落としていったりしたら、大変なことになっただろう。

◎飯島愛さんのことを思い出すワケ

 しつこく付きまとわれていたとしても、先輩の紹介でも、断りたければ断れるはずだし、今の芸能界で、反社会的なイメージを与える男性と親しくすることがどんなに危険なことか、ゆきぽよはわからないわけではないと思う。だからこそ、何かふかーいワケがあるのではないかと邪推してしまうのだ。

 08年に亡くなったタレントの飯島愛さんをご記憶だろうか。飯島さんはAV女優を経て、タレントに転向した。深夜番組のお色気要員のような時期もあったが、頭の回転の速さと飲み込みの良さを島田紳助さんらに認められ、トーク番組に欠かせない人気タレントに成長。しかし、理由がはっきりしないまま、飯島さんは芸能界を引退。自宅マンションで亡くなっているのが発見された。

 飯島さんの生前に出版された、彼女の親友を自称する女性が書いた本を読んだことがある。それによると、飯島さんは芸能界入りする前の知り合いから、しつこくゆすられたり、カネを貸せと迫られていたという。

 飯島さんが芸能界入りしてからも交際は続いていたということは、親友の女性は、飯島さんにとって心許せる存在だったのだろう。知られざる飯島さんの一面や友情秘話が語られるかと思ったが、そればかりではなかった。これは私の主観でしかないが、親友は飯島さんを妹のように慈しみながらも、多少は嫉妬しているように感じられた。自分の近しい人の成功だからこそ、まばゆすぎる。傷や恥を含めたプライバシーを分かち合っているだけに、余計に「友達はうまくやった」と感じられて、その成功がよけいに妬ましく感じる。それも友情の一側面ではないかと思う。

 また先日、脱税に関する本を読んでいたところ、税務署に「あの人は脱税をしている」とタレコミの電話をかけてくるのは身内が多いと書かれていた。遺産相続で不平等があって不満を持ったりすることがきっかけになるらしい。この傾向は外国でも同じようで、東ドイツの秘密警察シュタージへの密告は身内によるものが一番多かったそうだ。

 ゆきぽよは大丈夫だと思うが、このように「近い人にこそ要注意」というのは大いなる真実ではないだろうか。今はスマホの普及で、無駄に写真を撮る時代だから、イメージ低下につながるような画像が出回る可能性は高い。そこでウソをついたり、相手を丸め込もうとすると話はややこしくなる。そんなときはまず専門家に相談! というのが、私の老婆心だ。

高嶋ちさ子、20年間「心療内科通い」を告白……彼女が「努力ばかりしてきた小さな女の子」に見えるワケ

 ヴァイオリニストの高嶋ちさ子が、1月20日放送の『突然ですが占ってもいいですか』(フジテレビ系)に出演し、20年間心療内科に通っていることを告白した。

 同番組内で、占い師に「メンタルが強そうに見えて、強くないんです」と指摘されると、高嶋は「強くないですよ」と認め、「ずっと20年間心療内科通ってますから」と明かしたのだ。

 高嶋といえば、歯に衣着せぬトークで、近年バラエティに引っ張りだこの存在。「怒りっぽい」という性格も広く知られ、過去には、約束を破ってゲームに興じる息子に怒り狂い、ゲーム機を手でバキバキと折ったエピソードを披露し、「虐待ではないか」と大炎上したこともある。

 また先日も、子育てトーク中、「息子と娘なら、ハズレくじとアタリくじ」と発言したことが、「子どもに失礼すぎる」「自分も男の子を育てているのに」などとネット上で物議を醸し、彼女の乱暴な物言いに拒否感を覚える視聴者が続出した。

 そんな怒りっぽく、乱暴なイメージの高嶋だが、その実態は、長年、心療内科に通院するほどメンタルが弱いとあって、驚く人も少なくないはず。しかし、サイゾーウーマンで「有名人深読み週報」を連載するライター・仁科友里氏は、彼女をかねてから「親の言うことをよく聞いて、努力ばかりしてきた小さな女の子」と捉えていた。

 その理由とは何か……今回、高嶋の人物像に迫るため、仁科氏の執筆したコラム「高嶋ちさ子、豪快な乱暴者キャラの奥に見え隠れする『真面目な女の子』の姿」を再掲する。
(編集部)


(初出:2016年10月27日)

高嶋ちさ子、豪快な乱暴者キャラの奥に見え隠れする「真面目な女の子」の姿

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「ぼけっとしているところが可愛いです」高嶋ちさ子
『徹子の部屋』(テレビ朝日系、10月20日)

 バイオリニスト・高嶋ちさ子がバラエティ番組に出る時、披露するエピソードの三本柱は「肉が大好き(野菜は大嫌い、肉にはあまり火を通さずに食べる)」「せっかち」「キレやすい」である。「クラシックの音楽家はお上品」という固定観念があればこそ、生きてくるキャラではないだろうか。バラエティ番組の男性司会者は、よく高嶋を「豪快」と表現するが、私が彼女から受ける印象は「おびえてる人」「甘えてる人」である。

 自らのキレる性格をネタに笑いを稼いできた高嶋だが、思わぬ炎上も経験している。「東京新聞」のコラムで、息子と“宿題が終わったらゲームをやっていい”という約束をしたにもかかわらず、その約束を守らなかったので、怒り狂ってゲーム機を手でバキバキと折ったと書いたところ、「虐待ではないか」の声が上がり、炎上してしまったのだ。「バキバキ」という擬態表現からは、「ちょっと面白いこと言ってやろう」という高嶋のサービス精神に似た意図を感じるが、この件に関してはスベってしまったようだ。

 10月20日の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した際、高嶋はこの騒動を振り返り、一般人からTwitterに「オレのDSを折ったのはおまえか」「おまえのバイオリンを折ってやる」と見当違いかつ脅迫的なリプライを受けたと明かしていた。

 また、この件と直接的な関係があるかわからないが、感情の起伏の激しさに悩んだ高嶋は心療内科を受診し、そこで医師に怒りの感情の多さを指摘され、「強迫観念が強い」「物事の解釈の仕方が0か100」「(ちょうど)いい加減に生きなさい」と指導されたそうだ。高嶋は医師の「強迫観念が強い」という言葉を「真面目すぎる、完璧主義」と解釈しているようだが、私には疑問である。なぜなら、真面目さに由来するイライラを経験した人全員が、キレて周囲に当たるわけではないし、そういう人たちはどちらかというと、他人にキレるより自分を責めるように思えるからだ。

 高嶋の持つ強迫観念とは「〇〇しないと、悪いことが起きる」という、地面から手が2本にょっきり伸びて地中に引きずり込まれるような、“不安”や“恐怖”なのではないだろうか。真面目と不安は似て非なる。「あれをしなくちゃいけない」と思うのが真面目さなら、「あれをしなくちゃいけない、そうしないと大変なことになる」と思うのが不安である。

 高嶋の中には“不安の種”が絶えずくすぶっていて、そこにイレギュラーなことが起きると、どうしたらいいのかわからなくなって、キレてしまうのではないだろうか。キレやすい人は、甘えん坊でもあると私は思う。高嶋がキレたエピソードを披露する時、その対象は夫や子ども、もしくは「高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト」の所属メンバーである若い女性の場合が多いが、彼らは全員、高嶋に「逆らえない、もしくは逆らわない」人たちである。子どもは母親の愛がなければ生きていけないし、女性の団員が高嶋にたてついたら、仕事に不利益になることは目に見えている。高嶋の夫は温厚で、高嶋がキレても自分がキレ返すタイプではない(高嶋の夫がキレて物に当たるタイプだったら、高嶋のバイオリンは破壊されているだろう)という。キレやすい人が、実態のない“不安”を抱える一方で、「この人になら怒っても大丈夫」と相手を選んで、どこかで甘えているように私には見える。

 高嶋は『ソロモン流』(テレビ東京)で、ダウン症の姉について、母親から「姉を大事にしないとバチが当たる」「姉がいるから高嶋もこの世にいる」など、姉を大事にするように繰り返し言われていたことを明かし、また過去の『徹子の部屋』でも、姉に意地悪をしたり、姉を変な目で見たりする人に対し、兄と一緒になって仕返しをするうち、喧嘩っ早くなってしまったと語っていた。

 さらに『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、「私より兄の方が、出来が悪いのに、母親は兄をかばう」とコメントするなど、自分より兄の方が母に可愛がられていると感じているようだ。こういったエピソードから見え隠れする高嶋は、豪快でも乱暴者でもなく、「親の言うことをよく聞いて、努力ばかりしてきた小さな女の子」であるように私には見える。

 高嶋は2人の息子がおり、『徹子の部屋』で長男について「ぼけっとしているところが可愛いです」と語っていた。ぼけっとしているように見えることと、長男が本当にぼけっとしているかは別問題だが、もし後者である場合、誰にも変な気使いをせずに過ごせているという意味で、彼は幸福なのかもしれない。『白熱ライブ ビビット』(TBS系)で、息子について「こんなに男の人に愛されたことないっていう幸せはありますよ」とも語っていた高嶋。だからこそ、そんなキイキイせずに、ぼけっとしたお母さんになってはどうかと思うのだが。

西野亮廣のオンラインサロン会員になっても……「夢をかなえることは難しい」と思ってしまうワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「彼らにどんなメリットを提供できるのか?」西野亮廣
「西野亮廣ブログ」(1月20日)

 キングコング・西野亮廣が原作・脚本・製作総指揮を務める映画『えんとつ町のプペル』が観客動員数100万人を突破したそうだ。コロナ禍のご時世にこの数字は驚嘆すべきものだが、同作については、こんな出来事があったことをご存じだろうか。

 西野のオンラインサロン会員の20代前半男性・A氏が『えんとつ町のプペル』の台本&前売りチケットを仕入れ、販売できる権利を80セット、23万6,000円で購入した。仕入れ値よりも価格を上げて販売し、お小遣いを稼ぐつもりだったようだが、うまくいかず。結局、自分で80回映画を見ることにしたそうだ。

 この顛末をつづった「note」の記事がSNSでバズり、それに伴い「西野のやっていることは、マルチ商法などの犯罪行為ではないのか?」という意見を見かけるようになった。しかし、記事を見る限り、西野やその周辺が「買え」と圧力をかけている様子はないし、マルチ商法のキモは「新規会員を獲得すること」だから、それには当たらないと個人的には思う。当のA氏はチケットを買った理由を「挑戦している自分でありたかった」「オフ会で輝いている人の土俵に立ちたかった」とつづっているから、まぁ、若気の至りというやつだろう。

 ちょっと高めの授業料を払ったと思えばいいが、A氏がまた自分から厄介ごとに首をつっこんでいく気がしてならないのは、私だけだろうか。

 A氏の危なっかしい点は「やりたいことがなさそうなのに、目立ちたい」こと。どんな分野でもいいが、「やりたいこと」が決まっていれば、それを磨く手段が自ずと見えてくる。しかしA氏は、おそらくビジネスでの成功を夢見て、さまざまなプロジェクトに参加できる西野のオンラインサロン会員になったのだろうが、具体的に「やりたいこと」がないようにしか見えず、だから努力のしようもなく、結果も出ない。そのため、オフ会で輝けなくて落ち込み、だからこそ、無謀な挑戦をしてしまうのだと思う。

 断っておくが、私はA氏にダメ出しをしたいわけではない。A氏をはじめ、大多数の人は「やりたいことがないという幸せ」について、無自覚すぎるのではないかと感じるのだ。

 「やりたいことがない」のは、「今の生活に不満はない」ということだから、十分幸せであるといえるだろう。それなら、何も無理に「やりたいこと」なんて探す必要はない。「やりたいことがある」というのは一種の飢餓状態で、「才能を持て余している」「大いなる欲求不満」「もう後がないので、やるしかない」くらい追い詰められていることと紙一重ではないか。

 例えば、インドネシア建国の父、スカルノ大統領の第3夫人だったデヴィ夫人。彼女は極貧家庭の出身である。『デヴィ・スカルノ自伝』(文藝春秋)で、夫人は当時を「地獄のような状態」「貧乏の恥ずかしさが、どこまでも追いかけてきた」と振り返っている。

 夫人は幼い頃、お父さんと銭湯に行った帰りに空を見て、自分は「どこか遠い遠い国に行くだろう」と予感していたそうだ。神からの啓示のようにつづられていたが、この現実から抜け出したい、ここではないどこかに行きたいという強い思いが、夫人にそう思わせた部分もあるのではないだろうか。

 スカルノ大統領が夫人の若さ、美しさに心ひかれたことは確かだろうし、あの時代に、夫人が熱心に英語を学んでいたことが功を奏したことは間違いないはず。しかし、それ以上に、食べるものにも事欠き、数々の侮辱を受けて育ったことで培われた尋常ではないデヴィ夫人のガッツが、このロマンスの決め手になったと思えてならない。A氏には、そんな耐えられないほどの不満があるのだろうか。

 A氏に限らずだが、オンラインサロンでの経験を生かし、ビジネスで成功するのは難しいと思う理由はほかにもある。

 そもそも彼らが憧れる「ビジネスの世界で成功し、オンラインサロンを展開している人」は、どんな人なのだろうか。

 会員数の多いオンラインサロンといえば、ホリエモンこと堀江貴文氏、イケダハヤト氏、箕輪厚介氏らが思い浮かぶが、中退も含めて彼らがいずれも高学歴であることに気づく。仕事の出来に学歴は直接関係ないと思うが、学歴はブランドもしくは信用につながる。大手メディアは経歴が秀でている人を好む傾向があるので彼らを取材したがるし、一方で、注目された彼らもそれを実績もしくは信用に変えていく。また、ビジネスには元手が必要だが、例えば堀江氏は元妻の実家に出資してもらって会社を設立するなど、金銭的に困っていた様子はない。つまり、彼らは高い学歴、または資金力を持っているので、この時点でフツウではないのだ。

 西野は学歴こそ突出していないが、芸人としてわずかデビュー2年目で『はねるのトびら』(フジテレビ系)のレギュラーになっていることから考えると、非凡な才能の持ち主といえるだろうし、知名度もある。何も持たない人が成功したのではなく、もともと恵まれている、もしくは成功している人が、新ジャンルに挑戦してさらに成功したという見方が妥当ではないだろうか。

 もちろんオンラインサロンとの付き合い方は、人によって違うだけに、うまく楽しめるのなら何ら問題ない。しかしこういった人にビジネスを学ぶたいと思っているなら、やはり不十分ではないか。

 その理由は、1月20日付の西野のオフィシャルブログに求めることができるように思う。オリエンタルラジオが吉本興業を退社したことについてコメントを求められることが多いという西野は、こう書いている。

「今回の見なきゃいけない部分は、『オリラジ』じゃなくて、『吉本興業』です。これって結論を言っちゃうと、『発信力を持ってしまったタレントに事務所としてのメリットを提供できなかった』ということだと思うんですね」
「なので、『吉本興業を辞めても食っていける芸人』をリストアップして、『彼らにどんなメリットを提供できるか?』を緊急会議した方がいいと思います」

 西野は“メリット”という言葉を繰り返して使っていることに気づくが、ビジネスの基本は、これではないだろうか。その人と組んだり、その人を起用することで得られるメリットがなければ、ビジネスとして成立しない。しかし、すでに成功している西野と、これから何かしようとしている何も持たないサロンメンバーでは力量が違いすぎて、一緒にプロジェクトをするにも、メリットを共有することが難しい。

 そうなると、メンバーは今回のように、無理をして映画のチケットを売って、西野に貢献するくらいのことしかできないだろう。その結果、「オンラインサロンでマルチ商法をしているのではないか」と言われてしまうような事態になったと思うのだ。

 今回は大事に至らなかったが、例えば今後、若い女性が映画のチケットを大量購入するために借金をし、チケットがさばけず、借金も返せないから風俗で働くことになったなんて出来事が起きたら、オンラインサロンはそれこそものすごいバッシングに晒されるだろう。

 2020年11月放送の『華丸大吉&千鳥のテッパンいただきます』(フジテレビ系)に出演した西野を、千鳥・大悟は「捕まっていないだけの詐欺師」と表現した。詐欺師というと「お金を騙し取る人」のイメージを持つ人が多いだろうが、私に言わせると「夢を持て」と煽る人こそ詐欺師だ。

 その昔、小室哲哉は渡辺美里のために書いた楽曲「My Revolution」で「夢を追いかけるなら、たやすく泣いちゃだめさ」とつづっているが、「夢を持つ」「やりたいことをやる」と、尋常じゃなく傷つき、時には人生さえも棒に振って破滅することになるかもしれない。一人の成功者の陰には、何千、何万もの落伍者がいることを忘れてはならない。お金なら働けば戻ってくるが、人生はそうはいかない。若い人たちには、気を付けていただきたいものだ。

有働由美子アナ、女友達の写真を見て「余りもの」呼ばわり! セクハラじみた発言なのに炎上しないワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「全然覚えてなくて」有働由美子
『うどうのらじお』(ニッポン放送、1月8日)

 2018年に起きた連続ドラマ『ちょうどいいブスのススメ』(日本テレビ系)改題事件をご記憶だろうか。

 「ちょうどいいブス」を自称する相席スタート・山崎ケイの同名エッセイ(主婦の友社)をドラマ化すると日本テレビが発表したところ、「ちょうどいいブス」という言葉が、女性蔑視に当たるのではないかとSNSが炎上。ドラマが放送される前に『人生が楽しくなる幸せの法則』へと改題されるという珍事件に発展した。

 SNSの意見がドラマのタイトルを変えさせたということは、SNSの影響力が大きくなりつつあること、性差別やセクハラに対して嫌悪を感じる人が多くなってきたことの裏付けになるだろう。けれど、かといってSNSでの意見が世の中の多数派であるとは思えないし、性差別やセクハラに対しての意識が向上したかというと、いまだ追いついていない人のほうが多いのではないだろうか。

 例えば昨年12月25日、フリーアナウンサー・有働由美子が、パーソナリティーを務める『うどうのらじお』(ニッポン放送)でクリスマスの思い出話をしていた。有働アナが青春を過ごした90年代はバブル期で、学生でもカップルはアルバイトして得たお金で、フランス料理を食べ、ホテルに宿泊するというのが珍しくなかったそうだ。しかし、有働アナの家はお父上が厳しく、「外で男と飯を食いに行くくらいだったら、我が家で(クリスマスパーティーを)やれ」と言われていたそう。

 有働アナは「言っちゃ悪いけど、どんな女子大生もクリスマスはなんか予定が入っていた時代だったんですけど、そこから余った女子だけが我が家に来てクリスマスをやっていて、それが毎年写真に撮っておいてあるんですけど。余るなっていう。このメンバー余るなっていうのが今振り返って、私も含めてなんですけど思いますが」と話していた。

 有働アナの仕事は「面白い話」をすることなので、その話が必ずしも真実である必要はない。きっとNHK時代からのサバサバ&自虐キャラを生かして、このネタをご披露なさったのだと理解している。しかしこの話は自虐というより、セクハラ寄りのネタではないだろうか。

 クリスマスに予定がない女子を「余った女子」と決めつけているし(たまたま彼氏がいなかっただけで、余りもの扱いされる筋合いはない)、また、写真を見て「このメンバー余るな」と思ったということは、視覚的な問題、つまり外見に難があると言いたいのだろうか。

 自虐ネタの大原則は「自分の話」であることだと思う。有働アナが自分を「余った女子」と言うのは本人の主観なのでアリだが、他人サマを「余った女子」と呼ぶこと、またその「余った」理由を外見に起因させるのはいただけない。女性に対して「余っている」という表現を使うことは「女性は男性に選ばれるもの、選ばれない人は余りもの」という価値観を少なからず持っていることになる。

 2018年9月23日に出演した「ボクらの時代」(フジテレビ系)で、有働アナは「セクハラ問題は、うちら世代が許してきちゃったから」と発言していたが、「余った女子」「このメンバー余るな」発言に鑑みると、「彼氏がいなければ、女性は一人前ではない」「女性は見た目が大事」といわんばかりの有働アナの思考回路は、まさにセクハラするおじさんと一緒ではないだろうか。

 このようにセクハラ要素がいくつも含まれているように感じられた有働アナの小噺であるが、特に気にする人はいないようで、SNSでも話題にはならなかった。これは、性差別やセクハラへの意識が、実はそこまで向上していない証しともいえるだろう。

 しかし一方で、有働アナに限っていうと、別の見方もできる。「謙遜」という文化のある日本では、あの国民的人気女子アナが一段も二段もへりくだる話をしてくれているとして、細部をすっとばし、「飾らない人柄」「偉ぶらない、気さくで砕けている」と、全て好意的に解釈する人も多いのではないだろうか。

 そんな有働アナ、新年早々反省したことがあると同番組で告白していた。『NHK紅白歌合戦』を見ながらお酒を飲み、酔っぱらっていたところ、『news zero』(日本テレビ系)で共演している嵐・櫻井翔が出ていたこともあって、すっぴん寝間着で愛犬を抱いて自撮りをした写真をLINEで櫻井に送ってしまったとのこと。「全然覚えてなくて」と有働アナは言うが、櫻井から「ありがとうございました」とLINEが入ったことで思い出したという。「こんなものを嵐の方に送っちゃったと思って後悔した」そうである。

 この話はネットニュースにもなったが、辛口で名高いYahoo!コメントでも「有働アナ、人間味があって好き」とか「有働さんの面白いところが好き」とか、好意的なコメントが並んだ。しかし私は、この天然エピソードから、有働アナの“ぶりっ子っぽいところ”を、一方、国民的アイドルである櫻井とLINEしていると公言するところに、彼女の“ものすごく高いプライド”が垣間見えるような気がしてならない。

 また、有働アナの内面といえば、2018年に『マツコ&亨のビューティー言いたい放題』(テレビ東京系)で、有働アナの所属事務所の先輩に当たるマツコ・デラックスが、「こう見えてめっちゃ乙女」「なんでこの人が独身でいたんだろうって思うぐらい、誰かにしなだれかかっていないとダメなタイプ」と、有働アナは男性に対して甘えん坊な一面があることを明かしていた。

 実はサバサバ&自虐キャラではないように見える有働アナ。これでは、一気に好感度を失いかねないが、彼女が今もなお高い人気をキープしているのはなぜか。

 おそらく、視聴者の思う有働アナと、マツコの思う有働アナ……どちらが正しいかはどうでもよい。大事なことは「そのキャラの先駆者、第一人者」ではないだろうか。ほかの女子アナが同じことをしたら問題になるのかもしれないが、有働アナの場合、キャラが立っているので、何をしても「あの人はそういう人だから」と受け止められ、ましてやセクハラだなんて言われない。「いつも通りの面白い自虐」として、私以外の人からは拍手喝采を得るのだろう。

 そう考えると、炎上とはキャラのブレからくるものなのかもしれない。思えば、山崎ケイの「ちょうどいいブス」キャラは、全女性を敵に回しても男性に好かれたいのか、それとも、同性にエールを送っているのか、いまいち中途半端な部分があった。何を言うより、誰が言うか。有働アナが築いた自虐キャラは、これからもずっと安泰のようだ。

有働由美子アナ、女友達の写真を見て「余りもの」呼ばわり! セクハラじみた発言なのに炎上しないワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「全然覚えてなくて」有働由美子
『うどうのらじお』(ニッポン放送、1月8日)

 2018年に起きた連続ドラマ『ちょうどいいブスのススメ』(日本テレビ系)改題事件をご記憶だろうか。

 「ちょうどいいブス」を自称する相席スタート・山崎ケイの同名エッセイ(主婦の友社)をドラマ化すると日本テレビが発表したところ、「ちょうどいいブス」という言葉が、女性蔑視に当たるのではないかとSNSが炎上。ドラマが放送される前に『人生が楽しくなる幸せの法則』へと改題されるという珍事件に発展した。

 SNSの意見がドラマのタイトルを変えさせたということは、SNSの影響力が大きくなりつつあること、性差別やセクハラに対して嫌悪を感じる人が多くなってきたことの裏付けになるだろう。けれど、かといってSNSでの意見が世の中の多数派であるとは思えないし、性差別やセクハラに対しての意識が向上したかというと、いまだ追いついていない人のほうが多いのではないだろうか。

 例えば昨年12月25日、フリーアナウンサー・有働由美子が、パーソナリティーを務める『うどうのらじお』(ニッポン放送)でクリスマスの思い出話をしていた。有働アナが青春を過ごした90年代はバブル期で、学生でもカップルはアルバイトして得たお金で、フランス料理を食べ、ホテルに宿泊するというのが珍しくなかったそうだ。しかし、有働アナの家はお父上が厳しく、「外で男と飯を食いに行くくらいだったら、我が家で(クリスマスパーティーを)やれ」と言われていたそう。

 有働アナは「言っちゃ悪いけど、どんな女子大生もクリスマスはなんか予定が入っていた時代だったんですけど、そこから余った女子だけが我が家に来てクリスマスをやっていて、それが毎年写真に撮っておいてあるんですけど。余るなっていう。このメンバー余るなっていうのが今振り返って、私も含めてなんですけど思いますが」と話していた。

 有働アナの仕事は「面白い話」をすることなので、その話が必ずしも真実である必要はない。きっとNHK時代からのサバサバ&自虐キャラを生かして、このネタをご披露なさったのだと理解している。しかしこの話は自虐というより、セクハラ寄りのネタではないだろうか。

 クリスマスに予定がない女子を「余った女子」と決めつけているし(たまたま彼氏がいなかっただけで、余りもの扱いされる筋合いはない)、また、写真を見て「このメンバー余るな」と思ったということは、視覚的な問題、つまり外見に難があると言いたいのだろうか。

 自虐ネタの大原則は「自分の話」であることだと思う。有働アナが自分を「余った女子」と言うのは本人の主観なのでアリだが、他人サマを「余った女子」と呼ぶこと、またその「余った」理由を外見に起因させるのはいただけない。女性に対して「余っている」という表現を使うことは「女性は男性に選ばれるもの、選ばれない人は余りもの」という価値観を少なからず持っていることになる。

 2018年9月23日に出演した「ボクらの時代」(フジテレビ系)で、有働アナは「セクハラ問題は、うちら世代が許してきちゃったから」と発言していたが、「余った女子」「このメンバー余るな」発言に鑑みると、「彼氏がいなければ、女性は一人前ではない」「女性は見た目が大事」といわんばかりの有働アナの思考回路は、まさにセクハラするおじさんと一緒ではないだろうか。

 このようにセクハラ要素がいくつも含まれているように感じられた有働アナの小噺であるが、特に気にする人はいないようで、SNSでも話題にはならなかった。これは、性差別やセクハラへの意識が、実はそこまで向上していない証しともいえるだろう。

 しかし一方で、有働アナに限っていうと、別の見方もできる。「謙遜」という文化のある日本では、あの国民的人気女子アナが一段も二段もへりくだる話をしてくれているとして、細部をすっとばし、「飾らない人柄」「偉ぶらない、気さくで砕けている」と、全て好意的に解釈する人も多いのではないだろうか。

 そんな有働アナ、新年早々反省したことがあると同番組で告白していた。『NHK紅白歌合戦』を見ながらお酒を飲み、酔っぱらっていたところ、『news zero』(日本テレビ系)で共演している嵐・櫻井翔が出ていたこともあって、すっぴん寝間着で愛犬を抱いて自撮りをした写真をLINEで櫻井に送ってしまったとのこと。「全然覚えてなくて」と有働アナは言うが、櫻井から「ありがとうございました」とLINEが入ったことで思い出したという。「こんなものを嵐の方に送っちゃったと思って後悔した」そうである。

 この話はネットニュースにもなったが、辛口で名高いYahoo!コメントでも「有働アナ、人間味があって好き」とか「有働さんの面白いところが好き」とか、好意的なコメントが並んだ。しかし私は、この天然エピソードから、有働アナの“ぶりっ子っぽいところ”を、一方、国民的アイドルである櫻井とLINEしていると公言するところに、彼女の“ものすごく高いプライド”が垣間見えるような気がしてならない。

 また、有働アナの内面といえば、2018年に『マツコ&亨のビューティー言いたい放題』(テレビ東京系)で、有働アナの所属事務所の先輩に当たるマツコ・デラックスが、「こう見えてめっちゃ乙女」「なんでこの人が独身でいたんだろうって思うぐらい、誰かにしなだれかかっていないとダメなタイプ」と、有働アナは男性に対して甘えん坊な一面があることを明かしていた。

 実はサバサバ&自虐キャラではないように見える有働アナ。これでは、一気に好感度を失いかねないが、彼女が今もなお高い人気をキープしているのはなぜか。

 おそらく、視聴者の思う有働アナと、マツコの思う有働アナ……どちらが正しいかはどうでもよい。大事なことは「そのキャラの先駆者、第一人者」ではないだろうか。ほかの女子アナが同じことをしたら問題になるのかもしれないが、有働アナの場合、キャラが立っているので、何をしても「あの人はそういう人だから」と受け止められ、ましてやセクハラだなんて言われない。「いつも通りの面白い自虐」として、私以外の人からは拍手喝采を得るのだろう。

 そう考えると、炎上とはキャラのブレからくるものなのかもしれない。思えば、山崎ケイの「ちょうどいいブス」キャラは、全女性を敵に回しても男性に好かれたいのか、それとも、同性にエールを送っているのか、いまいち中途半端な部分があった。何を言うより、誰が言うか。有働アナが築いた自虐キャラは、これからもずっと安泰のようだ。

小島瑠璃子に見る“嫌われる”才能……『キングダム』作者との交際が「騒がれたワケ」の自己分析に感服!

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「そういうところを刺激しちゃって、申し訳なかったな」小島瑠璃子
『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(12月26日、ニッポン放送)

 芸能人は人気商売であるから、「好かれる」プロフェッショナルといえる。しかし、全ての人に「好かれる」ことは不可能だし、芸能界という世界では「好かれる」と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に、「嫌われる」ことが才能になるのではないだろうか。

 一般人の世界では「嫌われる」人は避けられる。しかし、芸能界では「嫌われ役」は「好かれる人」を引き立たせるために必要な存在なのだ。そういう意味で「嫌われる」ことは、実は芸能人にとってプラスではないだろうか。

 2021年1月5・12日号の「週刊女性」(主婦と生活社)が、「女が嫌いな女2020」を発表したが、このランキングに入ることは実は「芸能人として」光栄なことかもしれない。

 ランク入りした芸能人の名前を具体的に挙げてみよう。1位の座についたのは、フワちゃん。2位は田中みな実、3位は鈴木奈々、4位は土屋太鳳、5位は上沼恵美子、6位は広瀬すず、7位は加藤紗里、8位は工藤静香、9位はダレノガレ明美、10位は久本雅美となっている。

 こうやって見てみると、ランキング入りした芸能人の多くは「2020年に話題になった人」と言えるのではないだろうか。フワちゃんは昨年テレビ露出が急増し、「『現代用語の基礎知識』選 2020ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれた。田中は、19年末に発売した写真集の累計が60万部を突破している。上沼は、自身が司会を務める『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)からキングコング・梶原雄太が突然“卒業”したことから、上沼が梶原を一方的にクビにしたのではないかと、パワハラ疑惑がうわさされた。加藤はウェブサイト「AERA.dot」に掲載された「加藤紗里『夫に3カ月で1億円』使わせて超スピード離婚していた」という記事が、昨年読まれた記事の第2位に輝くなど、お騒がせキャラとして認知されつつある。ダレノガレも元祖炎上クイーンで、昨年は自身の薬物疑惑記事を真っ向から否定し、『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、毛髪検査の結果を生報告するなど、注目を集めた。

 ということは、ランキングから「2020年に話題になった人」を抜いて残った人……鈴木、土屋、広瀬、工藤、久本が、話題性以外で嫌われた、ポテンシャルの高い「嫌われる女」といえるのではないだろうか。

 彼女たちを嫌いかどうかは人それぞれだろうが、テレビにたくさん出るからこそ、視聴者の目に留まって「嫌い」と認知されることを考えると、「嫌われる」ためには、まず売れていなくてはならない。だが、テレビに嫌いな芸能人が出てきた場合、多くの人はそこで番組を見るのをやめてしまうだけに、「嫌いなんだけど、なぜか見ちゃう」という、ポテンシャルの高い「嫌われる女」になるためには、別の才能がいる。それは人をイラつかせるエピソードを、瞬時に生み出せる力ではないだろうか。

 例えば、工藤が時代を代表するスターと浮名を流していた独身時代、『ザ・ベストテン』(TBS系)で、「夫に浮気されたらどうしますか?」と質問され、突き放すような口調で「自分に魅力がないんだから、しょうがないんじゃないですか?」とのたまったことがある。夫に浮気された経験がある人が聞いたら嫌な気分になるだろうし、そういう経験がなくても「なぜオンナが責められるんだ」とイラッとする人もいるだろう。このように、「嫌われる」才能にあふれた女は、人を瞬時にイライラさせるエピソードを生むことで、自身を強烈に印象付けるのである。

 やはり「嫌われる女」になるためには、特殊な才能が必要といえるだろう。この才能を持つ人は滅多にいないので、「嫌いな女」ランキングのメンバーは固定化されて新鮮味がかけがちだが、20年、新型コロナウイスルに悩まされる日本に、小島瑠璃子というポテンシャルの高い「嫌われる女」が誕生した。「週女」のランキングでは14位。彼女も昨年お騒がせだっただけに、話題性だけでランクインしたと見る向きもあるだろうが、私に言わせるのなら、彼女は「嫌われる」才能を誇る、トップに輝いてもおかしくない超新星だ。

 20年8月14日・21日号の「週刊ポスト」(小学館)が、小島と大人気漫画『キングダム』(集英社)を手がける漫画家・原泰久氏の“福岡での手つなぎデート”を報じた。同誌によると、小島より19歳年上の原氏には妻子がいたが、離婚したので小島が猛アタックして交際にこぎつけたという。

 善良な方は、好きな人がたまたまフリーになるなんてタイミングがよかったねと思うのだろうが、小島とのことがきっかけで夫婦仲が壊れたという可能性もゼロではない。そのため、「略奪愛ではないか」という声もネットに上がった。

 しかし、真相はもっとヘビーなものだったようだ。「週刊文春」(文藝春秋)によると、原氏は別のアイドルと不倫関係にあったとのこと。アイドルには婚約者がいたものの、原氏のために別れたそうだが、結局、原氏は妻と離婚しなかったので、結婚することはできずじまい。その後、アイドルは芸能界を引退し、一方の原氏は小島と親しくなったと同誌は報じている。

 小島が不倫をしていた証拠があるわけではないので、決めつけてはいけないが、バラエティー番組を主戦場とする若い女性タレントに、ワケありの恋愛をしているイメージがつくのはよろしくないのでは……というのは、私のような凡人の発想で、本人はどこ吹く風のようだ。

 12月26日放送の『さまぁ~ず三村マサカズと小島瑠璃子の「みむこじラジオ!」』(ニッポン放送)に出演した小島。20年を「週刊誌の報道をたくさんされた年でもあったので、本当に人生で一番大変な年だったんですよ」と振り返った。若手女性タレントの恋愛がタブーな時代ではないが、不倫の可能性があるとなると話は別だ。さぞ大変だったと推察するが、小島はその原因を

「(コロナ禍で)やっぱりみんな家に閉じ込められているから、人が何かやってるのをものすごく気にする」「そういうところを刺激しちゃって申し訳なかったな」

と分析していた。

 小島の発言は「私が楽しく出歩いていることが、家に閉じ込められていた一般人の皆さんはうらやましかったんでしょ? だから、叩くんでしょ。イライラさせてごめんね」と一般人を憐れんでいるかのように聞こえなくもない。言うまでもないが、一般人が気にしているのは、小島が略奪愛をしたのかどうかで、コロナはあまり関係ないだろう。

 しかし、こうやって常に自分に都合のいい解釈ができるのは、「嫌われる女」の才能を持つ証しといえるのではないか。この才能がある限り、原氏と別れようと別れまいと、タレントとしての小島はびくともしないだろう。

 それよりも気を付けないといけないのは、原氏のほうではないか。ご自身の才能や漫画へのモチベーションを小島に吸い取られないように注意していただきたいものだ。