中田敦彦より、藤森慎吾のほうが「生き残る」と思うワケ……オリエンタルラジオの「地味なほう」を考える

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今年一、笑ってます」オリエンタルラジオ・藤森慎吾
「藤森慎吾のYouTubeチャンネル」4月5日

 タレント・松嶋尚美のインタビューが、「オリコンニュース」に掲載されていた。「松嶋尚美、今振り返る『ボキャ天』時代と20年続いたコンビ相方への思いと『運命と感謝』」というタイトル通り、ここまでの来し方を振り返っている。特にお笑い志望でなかった松嶋が、中島知子とコンビを組んで、オセロとなる。お笑いブームの中の“女子枠”に入り込み、人気番組『ボキャブラ天国』(フジテレビ系)に出演できたが、ネタを100個も考えなくてはいけないこともあり、大変だったそうだ。

 その後、オセロは順調に売れていくが、中島の“洗脳騒動”がきっかけで2013年にコンビを解散する。「もしも相方が中島さんじゃなかったら東京にも出てきていないやろうし、仕事もなかったと思う。運命的なものを感じるし、感謝していますよ」と、“相方がいたから、今の自分がある”と振り返った。

 すごく“いい話”なのだろうが、松嶋というと、どうしても思い出してしまう発言がある。たしか『さんまのまんま』(関西テレビ)だったと思うが、中島の洗脳騒動のはるか前に、同番組に出演した松嶋は「オンナのコンビはモテないほうが幸せになる」と言っていた。モテるのがどういう状態を指すのか(多くの人にアプローチされることなのか、それとも恋人が常にいることなのか)、また、幸せとは何かを具体的に発言していなかったので判断は難しいが、有名俳優と熱愛報道もあった中島は、あの騒動の後、テレビで見かけない。一方の松嶋は、今も天然キャラとして、『バイキングMORE』(フジテレビ系)に出演している。

 これまた古い話だが、何かの番組でビートたけしが「おネエちゃんのいる店」に行く理由を、「自分が売れているかどうかがはっきりわかるから」「モテてるうちは、売れてるってこと」と言っていたことがある。つまり、男性は売れたらモテるというように、「仕事ができると、恋人など、そのほかのものも一気に手に入る」システムになっているということだろう。しかし、松嶋は「女のコンビはモテないほうが幸せになる」と言っている。松嶋は、何が幸せかとは明言していないが、この言葉を現在に置き換えると、松嶋は中島よりモテていなかったものの、中島より売れているから幸せだと捉えることもできる。つまり、社会的評価と女性としての評価はイコールにならないという、“女性の生きづらさ”を示しているとも受け取れるが、最近になって、また別の考えを抱くようになった。

 「男女問わず、コンビは地味なほうが寿命も長い」のではないだろうか。

 コンビやトリオなど、人が2人以上いれば、「目立つほう」と「目立たないほう」に分かれてしまう。目立たないほうは、「じゃないほう芸人」といわれてしまったりする。人気商売で「じゃないほう」と呼ばれるのは名誉ではないだろうが、実は「じゃないほう」「地味なほう」芸人は、ながーく活動ができるという意味で、トクなのかもしれない。

 例えば、博多華丸・大吉。博多華丸が児玉清さんのモノマネで、06年の『R-1グランプリ』に輝いたことから、華丸の知名度が上がっていく。優秀な「じゃないほう芸人」は、こんな時に「あいつばっかり売れる」と腐らずに、静かにチャンスを待つことができる。

 相方の大吉もそのタイプで、彼は08年に『アメトーーク!』(テレビ朝日系)に出演した際、イケてない中学時代を振り返り、大ウケ。文化祭の後、焼却炉でなんでも焼いてしまう自分自身を「焼却炉の魔術師」と表現して、同年の「アメトーーク大賞」の「流行語大賞」を受賞している。続いて、大吉は10年に『年齢学序説』(幻冬舎よしもと文庫)を発表。同書では、成功者を客観的に分析し、「年齢に隠された成功の秘密」を解き明かしているのだが、つまり彼は「主役じゃない」視点を生かして仕事につなげ、ファンを増やしているのだ。

 雨上がり決死隊の蛍原徹も「じゃないほう」といえるのではないだろうか。相方である宮迫博之が、バラエティ以外にもドラマなどで活躍し、有名俳優との華やかな交流をテレビで話しているのに対し、蛍原がするのは競馬の話くらい。そういう意味で、蛍原は「地味なほう」だろう。

 しかし一昨年、宮迫は闇営業問題で吉本興業から契約を解除され、『アメトーーク!』をはじめ、コンビとして活動していた番組を蛍原が1人で引き継ぐことになった。当初はネット上で、それを不安視する声もあったが、ニュースサイト「デイリー新潮」19年10月18日掲載の記事によると、宮迫が降板してからのほうが番組の視聴率は伸びているという。「じゃないほう」と思われていたかもしれない蛍原だが、今まで前に出ないだけであって、実力はあったということだろう。

 今後、活躍すると予想される「じゃないほう」は、オリエンタルラジオの藤森慎吾だと思う。オリエンタルラジオといえば、中田敦彦のキャラの濃さと成功が際立っている。その昔、『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演した中田は「お笑いを作りたいんじゃない、時代を作りたい」と発言していたが、中田はその後、教育系YouTuberとなり、「中田敦彦のYouTube大学 NAKATA UNIVERSITY」チャンネルを立ち上げる。登録者数は367万人(21年4月8日現在)、テレビに出なくても生計を立てられるようになった中田は、吉本興業を退所し(ただし、オリエンタルラジオは解散しない)、シンガポールに移住する。

 中田がお笑いの仕事をしていない以上、吉本興業に所属する意味はないわけだから、彼の退所は理解できる。しかし、なぜか相方である「じゃないほう」の藤森も、吉本興業を退所してしまった。中田の場合、退所してシンガポールに移住することで、YouTubeの新たなネタを増やすことができるだろう。しかし、藤森の場合、行き当たりばったりな気がしないでもない。中田はともかく、藤森は吉本にいたほうがよかったのではないかと考える人は多かっただろう。しかし、単なるカンにすぎないが、「芸能界に生き残るのは、藤森だ」と私は思っている。なぜなら、中田には“死角”が多すぎるから。

 中田のYouTube大学は登録者数は多いものの、たびたび内容に誤りがあることが指摘されている。中田といえば、慶応義塾大学出身の高学歴芸人として売っていた時期があるが、「受験勉強ができる」ことと、「人に教えるくらいの知識がある」ことは別次元の問題である。また、中田が仕入れた知識が、「正しい」とは言い切れない。そういう意味で、ミスするのは致し方ないのかもしれないが、あまりに間違いを連発すると、中田個人の信用が低下してしまうだろう。また、登録者は移り気だから、いつまでも今の人気が続くとは言い切れない。

 移り気といえば、中田も気が変わるのが早い。彼は世界のセレブを真似て、ヴィーガン宣言をしているが、「家族がいると、すごい妻が困った顔をする」と撤回している。また4月からはプライバシー保護のため、動画で顔出しをやめ、アバターとなって声だけの出演とすると発表していたものの、これも撤回。一度口に出したことは絶対にやり遂げろというつもりはないが、よくいえばスピード感がある、悪くいえば見切り発車な決断は評価が分かれるところで、行き当たりばったりだと感じる人もいるだろう。

 この決断に対し、藤森は「藤森慎吾のYouTubeチャンネル」で「今年一、笑ってます」「だから、中田敦彦やめられない」とコメントしている。藤森は中田をバカにしているわけではなく、緻密なようで、結構ヌケてるところが「中田らしさ」だと愛情をもって表現したのだろう。

 アイデア力にすぐれているかもしれないが、仕事が粗かったり、浅い決断を連発して人に迷惑をかけることもある中田タイプと、爆発的な業績はないかもしれないが、芸人としての実績があって、人格が円満な藤森タイプ。どちらの人と「仕事をしたい」と思うかといえば、一般的には、後者の藤森タイプではないだろうか。どんな仕事をするかはわからないが、藤森は厳しい芸能界を、なんとなーく、らくーに渡っていくような気がしてならない。

華原朋美、『アウト×デラックス』で“爆弾発言”連発! どれだけメンタルを心配されても……「彼女は引退すべきではない」理由

 歌手の華原朋美が、4月1日放送の『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に出演し、“爆弾発言”を連発した。

 華原の人生は、まさに山あり谷ありといえるだろう。公私ともに親密な関係であった小室哲哉プロデュースで、90年代を代表する歌姫としてその名を轟かせるも、小室との別れをきっかけに転落。自殺未遂、薬物依存など、週刊誌を騒がせる騒動を起こし、2007年には当時の所属事務所を契約解除に。しかし12年には、再び芸能活動を再開。事務所と再契約を結んで、CD発売や全国ツアーなど、精力的に歌手活動に邁進していた。

 しかし、18年に、飯田グループホールディングス会長・森和彦氏の不倫関係をスクープされると、一気に雲行きが怪しくなる。翌年には、外資系企業勤務の一般男性との間に子どもを授かったと発表するも、結婚をしないまま、シングルマザーの道を歩むことになった。

 そして20年には、ヴァイオリニスト・高嶋ちさ子のトラブルが勃発。同時期に、華原は事務所から契約解除されたことも発覚し、一部ではその原因が「精神安定剤や睡眠導入剤の乱用」であると報じられた。華原は一連の騒動を受け、YouTubeで高嶋と事務所社長に対する謝罪動画をアップしたが、声を震わせ、涙を流す彼女に、ネット上では「メンタル面が心配」「芸能界とは距離をおいたほうがいい」との声が飛び交ったのだった。

 しかし、華原はテレビの世界に戻ってきた。『アウト×デラックス』では、現在、金欠であることを明かし、「いやー、金が全てっすよ」と本音を吐露。自身のYouTubeチャンネルで、月100万円ほどの稼ぎはあるものの、高級ブランドのアイテムをつい買ってしまうため、食事は納豆と白飯という質素なものだと話していた。また元カレである小室についても、「別れが近づくにつれて(作る曲が)雑になっていく」と言いたい放題で、ネット上の実況掲示板は大盛り上がりだったようだ。

 表舞台から姿を消しても、不死鳥のように舞い戻ってくる華原。そんな彼女に対し、「完全引退」を勧める声も根強いが、ライターの仁科友里氏は、かつて連載「女のための有名人深読み週報」にて、「引退をすべきではない」と断言していた。「健康的に病む姿をファンに見せてほしい」と語る理由とは……華原がテレビ復帰を果たしたいま、同記事を再掲する。
(編集部)

(初出:2018年7月19日)

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私は私の幸せを考えたいな・・・華原朋美としてではなく」華原朋美
(華原朋美インスタグラム、7月15日)

 確固たる地位を築いた芸能人が、「芸能界を辞めたい」と漏らすことは時々ある。例えば、とんねるず・石橋貴明の妻である女優の鈴木保奈美は、“トレンディードラマの女王”と呼ばれていた頃、雑誌のインタビューで、繰り返し「スーパーと家の往復で幸せになれるタイプ」「辞めたい」と話していた。そして保奈美は、石橋との結婚で本当に芸能界を引退してしまう。あれだけの売れっ子でありながら、大々的な引退興行は行わないまま引退しただけに、「無理やり辞めた」印象が残った。

 3人の子どもを出産、育児に専念していた保奈美だが、10年後に再び芸能活動を開始している。保奈美だけでなく、引退を表明した芸能人が臆面もなく戻ってくることは多い。なんのかんの言っても、芸能人というのは「人に見られないと死んでしまう病気」に近いものにかかっているからではないだろうか。

 芸能人の誰もが、見られたい、前に出たいと思うからこそ、諍いが起きる。精神的なストレスも相当なもので、神経の細い人に向かない職業とも言える。が、不安定な人だけが持つ華も、人々を魅了すると思う。例えば、『スター誕生!』(日本テレビ系)史上、最高得点で合格した中森明菜。3枚目のシングル「セカンド・ラブ」でオリコン1位を獲得するなど、トップアイドルとして上り詰め、デビュー前からファンだったという近藤真彦と交際を始めるも、関係がこじれて自殺を図る。ここから長い低迷が始まるのだ。

 明菜の旬は、デビューした1982年から89年、テレビに出まくっていたおおよそ7年間。その後、テレビで姿を見ることも少なくなり、新曲も定期的に発売されることはなくなって現在に至る。数字だけで言えば、歌手として沈黙している時間の方が長いのに、ファンは愛想を尽かさない。明菜がディナーショーを開くとチケットはすぐに売り切れるというのが、その証拠だ。不安定さや不器用さで愛されるのもスターの証拠である。

 華原も明菜と同じく、不安定さやダメさが魅力の芸能人ではないだろうか。深夜番組ではしゃいでいたB級アイドルが、時代の寵児的な大物プロデューサー・小室哲哉に見初められ、トップアイドルへ。しかし、いい時は長く続かず、小室の心変わりによりポイ捨てされたといわれている。自殺未遂、薬物依存など絵に描いたような転落を経験し、2009年に事務所を解雇。番組名は失念してしまったが、華原がボイトレと称して、カラオケボックスで一人練習する姿はまるで素人のようで、全盛期を知る身としては切なかった。

 しかし12年、華原は事務所と再契約して、ライブを開けることになり、その様子を『NEWS ZERO』(日本テレビ系)が密着していた。会場に足を運ぶのは、往年のファンはもちろん、“ご新規さん”も結構な数含まれていたという。そのうちの1人である女性は、「自分も華原さんと同じ年で、就職難とかいろいろ経験してつらい思いをしたので、応援したくなった」などと話していた。華原の姿や歌声を自らの人生と重ね合わせたということだろう。その女性は、不安定な華原を否定しないし、不安定さを直してほしいとも思っていないようだったし、華原を応援することで、自分を励ましているようにも感じられた。明菜も華原も、活動が安定しないという意味でファンを裏切っている。しかし、ファンはそのあたりを織り込み済みなような気がする。裏切りが最大の絆になる。これもスターの特性だろう。

 音楽業界全体が厳しいので、その活躍ぶりは全盛期とは比べようがないものの、華原は全国ツアーができるまでに復活を果たした。めでたしめでたしと言いたいところだが、そこで“裏切り”を忘れないのが、またスターらしい。「フライデー」(講談社)が、華原の不倫疑惑を報じたのだ。相手は、30歳年上の一部上場企業会長で、華原のコンサートのスポンサーも務める人物。妻帯者なので、恋愛関係であれば不倫にあたる。

 相手が70代男性ということもあって、盛り上がることはなかったが(これが30代の妻子あるイケメン俳優が相手だったら、大バッシングされたことだろう)、華原はインスタグラムに意味深なメッセージを寄せた。スタッフやファンに支えてもらい、応援してもらい、幸せだと書いた上で、「でも・・・そろそろ・・・私は私の幸せを考えたいな・・・華原朋美としてではなく」と結んだのだ。芸能界引退を暗示していると解釈することもできるこの発言の後、華原がTwitter、インスタグラムなど自身が持っているSNSを閉鎖することを発表。活動休止、もしくは引退説が濃厚になってきた。

 “華原朋美が華原朋美を辞める”、つまり芸能界を引退して一般人になるということだが、無理だと私は思う。冒頭で述べた通り、芸能人は「人に見られないと死んでしまう病気」にかかっているように思うからだ。華原の言う「私の幸せ」が何を指すかわからないが、死ぬよりつらいであろうどん底を味わいながらも、芸能界と縁が切れないところに、華原の芸能界との相性の良さを感じるのだ。

 本人は気づいていないだろうが、不倫相手とされた会社会長が、華原を“応援”してくれたのだって、彼女が芸能人だから。社長が華原のスポンサーとなったのは、転落した歌姫を救うタニマチ的な行為にプライドをくすぐられた可能性はある。何が言いたいかというと、芸能人は芸能人であることを辞められないのだから、自分から引退など言い出さない方がいいと、私は思うのだ。

 ミリオンセラーを飛ばさなくてもいい、テレビでいつまでも未練がましく元カレの話をしていてもいい。ヤバくなったら、休んでもいい。華原の芸能人としての仕事とは、不安定を隠さず、歌い続けること。健康的に病む姿をファンに見せてほしい。壊れそうで壊れない、華原の繊細さや意外な強さが、彼女の最大の魅力なのだから。

Kōki,、ヴァレンティノCM炎上をスルー……木村拓哉と工藤静香の娘に必要なのは「自分の言葉」で語ること?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「お庭の桜がもう散り始めました」Kōki,
(インスタグラム、3月31日)

 芸能界は今、変わり目を迎えているのではないか。

 「寄らば大樹の陰」という諺のように、かつては「大きな事務所に所属している芸能人は安泰」という雰囲気があった。現在の基準でいえば「コンプライアンス違反」的な行動を取っても、業界に影響力のある事務所に所属していれば、お咎めなしのなあなあで終わってしまうこともあったように思う。スキャンダルを追いかけるはずの週刊誌もなぜか沈黙したり、報じるにしても、ごく表面をなぞるだけということもあった。

 しかし、今の時代、そう簡単にいかないだろう。コンプライアンスが強化され、テレビ局は問題を起こした芸能人を敬遠するようになっている。

 一般人とて油断はならない存在になった。ほとんどの人がスマホを持っているから、芸能人の“秘密”に遭遇した場合、録音や録画して証拠を確保することが可能だ。ひと昔前は、一般人が週刊誌にタレこんでも無視される可能性もあったが、今はSNSがあるので、シロウトでも情報をバズらせることができる。

 それに、かつて何かしでかした芸能人に突撃するのは、芸能マスコミという限られた職種の人の仕事だったし、一般の視聴者が芸能人に意見を言う場合は、テレビ局への電話や投書という手間ひまをかけなければならなかった。しかし、SNSがある今、一般人は芸能人に匿名で、直接“文句”をつけることが簡単にできてしまう。

 こうした状況を見るに、昔は有名になればなるほど、ある程度の無茶をしても許されるという特権があったかもしれないが、今は有名人だからこそ、ささいなスキャンダルが許されない時代を迎えたといえるのではないだろうか。

 こんな時代の芸能人は、トラブルに巻き込まれないように行動するのはもちろんのこと、もし何かあったときに、自分の言葉で説明できる能力が求められると思う。

◎Kōki,は、ヴァレンティノCM炎上に触れたほうがよかった

 木村拓哉と工藤静香の娘で、モデルのKōki,が、出演したヴァレンティノOのイメージ動画をめぐって批判にさらされている。着物の帯を思わせるような布の上をKōki,が歩いていたことから、「帯を踏むとは日本文化への冒涜」という批判の声が上がった。ヴァレンティノは「あれは着物の帯ではない」と説明して、動画を削除したが、批判の声はやんでいない。

 Kōki,が歩いた布が和柄なのであって、「帯」を踏みつけたと私は感じなかったが、Kōki,に対して、その演出を拒否すべきだったのではないかという声が上がっている。炎上したニュースで、“悪者探し”が延々と行われるのはよくあること。そのとばっちりを食らってしまったのであって、私はKōki,に責任があるとは思わない。

 Kōki,はモデルであって、演出に関しての責任者は別だろう。演出を含めて動画の全ての出来をこれでよいと判断した監督、さらにこれを世界に公開したヴァレンティノに責任があり、Kōki,を責めるのはお門違いだと思う。

 そんな中、巻き込まれてしまったKōki,は「お庭の桜がもう散り始めました」と、インスタグラムにこの件と関係ないピースフルな画像をアップしている。Kōki,の母・静香も、週刊誌などの報道にいちいちコメントするほうではなかったから、その方針を真似ているのかもしれない。しかし、週刊誌は1週間で店頭から消えるが、ネットは同じ話題を引っ張ることが可能である。Kōki,も、自分の言葉で、言える範囲でこの件に触れてもよかったのではないか。

 ヘタなことを言うと、かえって炎上すると言う人もいるだろう。しかし、Kōki,に今一番足りないのは、自身の発言による「炎上力」であるように思えてならない。木村と静香を親に持ち、知名度と美貌に恵まれ、世界的スーパーブランドのアンバサダーを務めるKōki,。ひと昔前なら、こういう「日本のセレブ」的な芸能人はもてはやされたと思うが、今はそういう恵まれた完璧な人よりも、キャラが立っていたり、どこか抜けていたり……ともすると、炎上しかねない人のほうが好まれるのではないか。

 正論でも暴論でも、すっとぼけたことでもいい。Kōki,が自分の言葉で語ることで、彼女を身近に感じる人も増えて、注目度は増すように思う。Kōki,の姉・Cocomiは、ホワイトデーに配る「虫クッキー」をインスタグラムに公開して話題になった。セレブの娘がグロいクッキーを作って配るという「あえて変なことをする」キャラは斬新といえるだろう。固定ファンがつきやすいのは、Kōki,よりCocomiではないか。恵まれすぎているからこそ、「あえて、自分を汚す」演出が、この家の娘たちには必要に思える。

◎Kōki,は、自分の売り方を自分で探す時期

 Kōki,はインターナショナルスクール出身で、英語が堪能だそうだ。日本の芸能界から世界デビューを見据えての静香の教育方針だったのかもしれないが、モデルとして世界でやっていこうとするのなら、アジア人はどうしても体格面でハンディがある。そんな中Kōki,は、中国でも活動を始め、ファッション誌や大手企業の広告に起用されているそうだ。人口が多いアジア圏に売って出るのは名案だろう。しかし、中国でも大人気の「木村拓哉」の娘ではなく、Kōki,個人として今後も仕事を取っていこうとするのなら、したたかな中国人に渡り合える発言力は必要不可欠だ。

 Kōki,はかつて「BVLGARI AVRORA AWARDS 2018」にブルガリ・アンバサダーとして登場し、「どんな女性になりたいか」という質問に対し、「母のような女性になりたい。いつも私のことを考えていてくれて、ものすごく大好き」と答えている。静香が最強の味方であることは疑う余地はないが、静香の従来のやり方が、いつまでも通用するわけでないのも事実。18歳を迎えたKōki,は家族と仲良くしつつ、自分の売り方を自分で探す時期に来ているのかもしれない。

Kōki,、ヴァレンティノCM炎上をスルー……木村拓哉と工藤静香の娘に必要なのは「自分の言葉」で語ること?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「お庭の桜がもう散り始めました」Kōki,
(インスタグラム、3月31日)

 芸能界は今、変わり目を迎えているのではないか。

 「寄らば大樹の陰」という諺のように、かつては「大きな事務所に所属している芸能人は安泰」という雰囲気があった。現在の基準でいえば「コンプライアンス違反」的な行動を取っても、業界に影響力のある事務所に所属していれば、お咎めなしのなあなあで終わってしまうこともあったように思う。スキャンダルを追いかけるはずの週刊誌もなぜか沈黙したり、報じるにしても、ごく表面をなぞるだけということもあった。

 しかし、今の時代、そう簡単にいかないだろう。コンプライアンスが強化され、テレビ局は問題を起こした芸能人を敬遠するようになっている。

 一般人とて油断はならない存在になった。ほとんどの人がスマホを持っているから、芸能人の“秘密”に遭遇した場合、録音や録画して証拠を確保することが可能だ。ひと昔前は、一般人が週刊誌にタレこんでも無視される可能性もあったが、今はSNSがあるので、シロウトでも情報をバズらせることができる。

 それに、かつて何かしでかした芸能人に突撃するのは、芸能マスコミという限られた職種の人の仕事だったし、一般の視聴者が芸能人に意見を言う場合は、テレビ局への電話や投書という手間ひまをかけなければならなかった。しかし、SNSがある今、一般人は芸能人に匿名で、直接“文句”をつけることが簡単にできてしまう。

 こうした状況を見るに、昔は有名になればなるほど、ある程度の無茶をしても許されるという特権があったかもしれないが、今は有名人だからこそ、ささいなスキャンダルが許されない時代を迎えたといえるのではないだろうか。

 こんな時代の芸能人は、トラブルに巻き込まれないように行動するのはもちろんのこと、もし何かあったときに、自分の言葉で説明できる能力が求められると思う。

◎Kōki,は、ヴァレンティノCM炎上に触れたほうがよかった

 木村拓哉と工藤静香の娘で、モデルのKōki,が、出演したヴァレンティノOのイメージ動画をめぐって批判にさらされている。着物の帯を思わせるような布の上をKōki,が歩いていたことから、「帯を踏むとは日本文化への冒涜」という批判の声が上がった。ヴァレンティノは「あれは着物の帯ではない」と説明して、動画を削除したが、批判の声はやんでいない。

 Kōki,が歩いた布が和柄なのであって、「帯」を踏みつけたと私は感じなかったが、Kōki,に対して、その演出を拒否すべきだったのではないかという声が上がっている。炎上したニュースで、“悪者探し”が延々と行われるのはよくあること。そのとばっちりを食らってしまったのであって、私はKōki,に責任があるとは思わない。

 Kōki,はモデルであって、演出に関しての責任者は別だろう。演出を含めて動画の全ての出来をこれでよいと判断した監督、さらにこれを世界に公開したヴァレンティノに責任があり、Kōki,を責めるのはお門違いだと思う。

 そんな中、巻き込まれてしまったKōki,は「お庭の桜がもう散り始めました」と、インスタグラムにこの件と関係ないピースフルな画像をアップしている。Kōki,の母・静香も、週刊誌などの報道にいちいちコメントするほうではなかったから、その方針を真似ているのかもしれない。しかし、週刊誌は1週間で店頭から消えるが、ネットは同じ話題を引っ張ることが可能である。Kōki,も、自分の言葉で、言える範囲でこの件に触れてもよかったのではないか。

 ヘタなことを言うと、かえって炎上すると言う人もいるだろう。しかし、Kōki,に今一番足りないのは、自身の発言による「炎上力」であるように思えてならない。木村と静香を親に持ち、知名度と美貌に恵まれ、世界的スーパーブランドのアンバサダーを務めるKōki,。ひと昔前なら、こういう「日本のセレブ」的な芸能人はもてはやされたと思うが、今はそういう恵まれた完璧な人よりも、キャラが立っていたり、どこか抜けていたり……ともすると、炎上しかねない人のほうが好まれるのではないか。

 正論でも暴論でも、すっとぼけたことでもいい。Kōki,が自分の言葉で語ることで、彼女を身近に感じる人も増えて、注目度は増すように思う。Kōki,の姉・Cocomiは、ホワイトデーに配る「虫クッキー」をインスタグラムに公開して話題になった。セレブの娘がグロいクッキーを作って配るという「あえて変なことをする」キャラは斬新といえるだろう。固定ファンがつきやすいのは、Kōki,よりCocomiではないか。恵まれすぎているからこそ、「あえて、自分を汚す」演出が、この家の娘たちには必要に思える。

◎Kōki,は、自分の売り方を自分で探す時期

 Kōki,はインターナショナルスクール出身で、英語が堪能だそうだ。日本の芸能界から世界デビューを見据えての静香の教育方針だったのかもしれないが、モデルとして世界でやっていこうとするのなら、アジア人はどうしても体格面でハンディがある。そんな中Kōki,は、中国でも活動を始め、ファッション誌や大手企業の広告に起用されているそうだ。人口が多いアジア圏に売って出るのは名案だろう。しかし、中国でも大人気の「木村拓哉」の娘ではなく、Kōki,個人として今後も仕事を取っていこうとするのなら、したたかな中国人に渡り合える発言力は必要不可欠だ。

 Kōki,はかつて「BVLGARI AVRORA AWARDS 2018」にブルガリ・アンバサダーとして登場し、「どんな女性になりたいか」という質問に対し、「母のような女性になりたい。いつも私のことを考えていてくれて、ものすごく大好き」と答えている。静香が最強の味方であることは疑う余地はないが、静香の従来のやり方が、いつまでも通用するわけでないのも事実。18歳を迎えたKōki,は家族と仲良くしつつ、自分の売り方を自分で探す時期に来ているのかもしれない。

みちょぱは工藤静香に似ているけれど……「男を立てる」だけでは通用しない、彼女が“令和の時代”をうまく泳げる理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私が面倒を見る」みちょぱ(池田美優)
「女性セブン」(小学館、2021年4月8日号)

 時代が変わるにつれ、それまで“当たり前”とされてきたことが変わる。例えば一昔前、独身女性芸能人の「結婚できない理由」を検証する番組はたくさんあったが、今は皆無といってもいいだろう。もし今、こんな番組を放送したら、「結婚するもしないも、個人の自由」「女性蔑視」として、炎上することは必至である。

 それでは、世の中が一気に変わるかというと、そうでもないようだ。2月16日放送の『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)では、人気コーナー「格付けしあう女たち」で、「男を見る目が無さそうな女」というテーマのもと、女性タレントたちが互いを格付けしあい、一般人投票によるランキングを予想していた。

 そんな同コーナー内で、バカリズムは、朝日奈央を「誰にでも抱かれる危険性がある」とイジッていた。独身であれば、誰と関係を持っても問題ないはずだが、これは「女性は、多数の人と性的な関係を持つのは、よろしくない」という考えがあるからこその指摘ではないだろうか?

 結婚もセックスもプライベートな事柄だから、法を犯さないかぎり、他人がそのあり方を定義することはできない。「独身であることを笑うのはおかしい」という考え方は徐々に浸透しつつあるが、同じプライベートでも、女性が性的に自由であることには抵抗を抱く人が多いのだろう。これは、「世の中は少しずつ変わってきているものの、変わっていないこともたくさんある」の証拠ではないだろうか。

 だとすると、芸能人も、昔と同じキャラクターでは生きられないが、あまりに先鋭的だと、拒否感を抱かれる可能性がある。つまり「ちょうどよく今風でありながら、保守性を持つ」ことが求められるが、その条件を一番満たすのは、ギャルタレント・みちょぱ(池田美優)ではないだろうか。

 ギャルタレントは、オジサンオバサンに若者文化を教える役割を担っている。漢字が読めないなど、知識量は少なく、大御所にタメ口をきいたり、一見非常識だが、相手の話をさえぎったり、話の腰を折ったりするような、相手の見せ場を減らす非礼は働かない。これができるのは、頭の回転が速いからだろう。ファッションと知識量の差こそあれど、「相手を立てる」という意味で、ギャルタレントと女子アナは似ていると思う。

 みちょぱのすごさは、共演者も認めている。『アメトーーク!』(同)の「みちょぱスゴイぞ芸人」回で、みちょぱは陣内智則に「玄人から見てわかるうまさ」「同じ言葉を2回使わない、上をいく言葉を選ぶ」、ずん・飯尾和樹には「相づち手助け名人」と、高く評価されていた。

 このほかにも、オアシズ・大久保佳代子に「ジジイを転がしている感を見せずにアシストができる、あれができるって最高級のホステスですよ」、飯尾に「オジサンは話聞いてくれて、自分に興味を持ってくれるのがうれしいわけじゃないですか」、かまいたち・山内健司に「下ネタに対する線引きが絶妙」と言われていたことから考えると、セクハラを嫌がらず、男を立てるという“男転がし”のスキルも評価されているといえるだろう。

 上記の芸人だけでなく、みちょぱはとんねるず・石橋貴明にも好かれているようだ。『情熱大陸』(TBS系)が石橋に密着した際、みちょぱが楽屋挨拶に来ていたが、石橋は「かわいいね」とかなり好意的に迎えていた。

 この時にふと思ったのが、みちょぱは令和の工藤静香ではないかということ。細身の体、ロングヘア、少したれ気味の目など、ルックスがどこか似ている気がする。それに往年の静香も、みちょぱと同じか、それ以上に男性ウケがよく、石橋には“姫”と呼ばれていた。

 それに、「男を立てる」ところも似ている。静香は『ザ・ベストテン』(同)で、「好きな人には絶対口答えしない」「夫に浮気をされるのは、(妻に)魅力がないから」というような“男ファースト”発言を連発しており、こうしたヤンキーもしくはホステス的な男性へのホスピタリティは、彼女の特徴といえるだろう。

 しかし、ジェンダーフリーを求める令和の世では、工藤のように、男を立てる「だけ」では、通用しない。みちょぱは、こうした時代をうまく泳ぐ術を心得ているのだ。

 例えば、みちょぱは筋トレに励み、うっすら腹筋が割れるようにボディメイクしているが、SNSに水着姿をアップしたところ、「男が思ういい体を完全に間違えている」といったリプライがついた。みちょぱは「男にいい体と思われたくてこの体になってない グラビアもやらないから自己満です」と、自分の体が「男のため」でないと説明した。

 女性芸能人の場合、一般人と違って、まんべんなく、一人でも多くの人好かれるほうがいいはず。特に若い女性芸能人は男性に支持されるほうが、仕事の幅も広がるだろう。それでも、自分から「男にいい体と思われたくてこの体になっていない」と発言するのは、非常に「今風」なのではないか。

 みちょぱは、恋愛においても静香より現代風になっている。「女性セブン」2021年4月8日号(小学館)が、みちょぱの熱愛を報じた。相手は大倉士門。もともとはジャニーズ事務所に所属する関西ジャニーズJr.の一員だったそうだ。その後は、「Popteen」(角川春樹事務所)の読者モデルになり、「好きな男の子モデル」アンケートで1位を獲得したこともあるが、大倉は今年に入って所属事務所を辞め、フリーに。何かと大変そうな彼を見て、みちょぱが「私が面倒を見る」と親公認で同棲を始めたそうだ。

 静香は、昭和から平成にかけて「恋多き女」として知られ、田原俊彦、少年隊・植草克秀、光GENJI・諸星和己など、時代を代表する男性スターと浮名を流してきた。偶然、時代の寵児と交際したのか、それともトップを取った男が静香の好みなのかは不明だが、当時、一流の男性と交際することは、女性の株を上げることにもつながった。対してみちょぱはとりあえず、彼氏のステイタスにこだわりがないようだ。

 有吉弘行との共演が多いみちょぱは、工藤的な昭和、平成の慣例でいうのなら、トップを取った有吉との交際を望み、付き合っていてもおかしくない。しかし、実際の恋人は、自分より知名度の劣る男性であり、しかも「面倒を見る」形での交際を選んだ。

 少し前なら、女性のほうが男性より知名度もしくは収入が上の交際である場合、「騙されてない?」「大丈夫なの?」「ダメな男が好きなの?」と見る人もいたと思う。しかし令和の世では、年上のスターと交際するより、よっぽど好意的に受け止められるのではないか。この恋が成就しようと、そうでない結果を迎えようと、「芸能人として」のみちょぱの評価は揺るがないだろう。

 売れる芸能人は独特の勘の良さ、もしくは無意識の引きの強さを持っているように思うが、みちょぱはギャルでなくなっても安泰のような気がする。ただ、男に尽くすのはほどほどにして、ますます仕事を頑張ってほしい。

渡辺直美を「わきまえた女」だと思っていた!? 佐々木宏氏、ブタの格好で「チャーミングに見える」発言の“男尊女卑”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「これで彼女がチャーミングに見えると思ったのですが」佐々木宏氏
(「週刊文春」2021年3月25日号、文藝春秋)

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)が、「女性がたくさん入る理事会は時間がかかる」「(大会組織委員会の女性役員7人は)わきまえている」と発言したことが問題視され、辞任に追い込まれたのは2月中旬のこと。差別を許さない、平和の祭典の長として不適切な発言だっただけに、辞任は当然のことだと思うが、森氏を気の毒にも感じている。

 世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数2020」によると、日本は153国中121位。後ろから数えたほうが早い、ジェンダー後進国、もしくは男尊女卑国家だ。日本では、2018年頃から広がった「#MeToo運動」以降、SNSを中心に、女性差別に関して声を上げようという風潮になってきたが、長い歴史から考えると、それは「ここ最近」の出来事。80代の森氏に、今さらそれを理解せよと言っても、無理だろうと思うからのである。

 森氏がいなくなったから、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会が一気に男女平等の方向に向かうと、私は思わない。これだけ長いこと男尊女卑を抱えてきた国なのだから、「森的なもの」はそこかしこに含まれているはずで、それらはゆっくり時間をかけて、けれど決してあきらめずに一つずつ解決していくしかない……と思っていたら、「ニュー森」が現れた。開閉式の演出を指揮する「総合統括責任者」の佐々木宏氏だ。氏は電通出身のCMクリエイターで、66歳。サントリー「BOSS」の「宇宙人ジョーンズ」やソフトバンクの「白戸家」シリーズを手掛けたことで知られている。

 この佐々木氏が、五輪開会式の演出プランとして、タレント・渡辺直美にブタの衣装を着せ、「舌を出して『オリンピッグ』と言わせる」という内容を提案していたこと、また、周囲のスタッフに「ヤバい」と指摘され、却下になっていたことが、「週刊文春」(文藝春秋)の取材でわかった。

 小池百合子都知事ではないが、絶句してしまう。しかし、佐々木氏本人に罪の意識はないようで、「文春」の取材に対し、「これで彼女がチャーミングに見えると思った」と“善意”による提案であったと釈明した。

◎渡辺直美にとって「痩せているか太っているか」は問題ではない

 そもそも、佐々木氏はブタが意味するものをご存じなのだろうか?

 キリスト教の世界では、ブタは侮蔑の対象である。また、第二次世界大戦中、ナチスドイツがユダヤ人の大量虐殺を行ったことはご存じの通りだが、手塚治虫の名作『アドルフに告ぐ』(文春文庫)では、女性が「私はユダヤのメス豚です 私は何人も ドイツ人の男をベッドへさそいこみ 堕落させました」と書かれた札を首にかけさせられ、群衆から「豚!」「売春婦ーッ!」とののしられるシーンがある。手塚氏が取材に基づいて描いたのかは不明だが、当時ユダヤ人が、ブタと呼ばれていたことについては、数々の証拠が存在する。反対にブタを褒め言葉をして使う国もあるが、いろいろな国の人が集まることを考えると、誤解を生むような表現を避けるべきではないだろうか。

 渡辺にブタの格好をさせようと思ったのは、オリンピックのピックとブタ(ピッグ)をかけたのだろうが、それは渡辺の体形も関係しているのではないか。痩せている女性が美しいとされる日本で、渡辺はそのルールに自分をあてはめようとしない。

 2018年12月3日放送の『人生が変わる1分間の深イイ話 2時間スペシャル』(日本テレビ系)では、中国の『紅白歌合戦』ともいえる人気番組に出演し、大好評を博した渡辺に密着していた。パフォーマンスを終え、疲労回復のために裸体になってマッサージを受けようとした渡辺だが、肩甲骨のあたりで肉が波打っていることに、男性スタッフが驚く。その時、渡辺は「太っていると思ってるでしょう?」と聞いた後、「でも、私は今の自分が好き」「ひざが痛くて踊れないとかならともかく、人の基準に合わせて痩せようとは思わない」といった話をしていた。

 これはおそらく、痩せているか太っているかは、渡辺にとって、さしたる問題ではないという意味だろう。しかし、番組では終始、渡辺を「女性らしさとは真逆」と表現していた。

◎ブタの衣装は、男尊女卑的視線の象徴

 太っているのは女性らしくないと決めつけることは、男尊女卑の最たるものだと私は思うが、その実、男尊女卑的な思考の人ほど、「太っている女性」のことを愛でる傾向があるのではないか。

 私は新卒でごりごりの男尊女卑会社に入ったが、その時の経験からいうと、男尊女卑的な思考の強い男性ほど、若い細身の美しい女性を好むように感じている。まぁ、世の男性の多くはそういう女性が好きだろうが、ポイントは、男尊女卑度の高い男性こそ、若くない、細くない、美人でない女性につけいられていたということだ。

 これはどういうことかというと、若くない、細くない、美人でない女性が、「私、オバちゃんだし」「私、デブだし」「私、ブスだし」といった具合に、欠点を自ら口にすると、男尊女卑度の高い男は「彼女はわきまえた女」として、掌中に入れてかわいがるようになる。当時、女性社員の中には、職場での自身の居場所を確保するため、割り切って「わきまえた女」を演じていた人もいたと思う。

 反対に、そういうオジサンに下手に出ず、距離を狭めない、仕事だけしている女性は、「愛想やかわいげがない」「外見の問題じゃなくて、性格が悪い」と悪い評価をどんどん上乗せされてしまう。

 佐々木氏は、渡辺にブタの格好をさせることを「これで彼女がチャーミングに見えると思ったのですが」とコメントしている。人にブタの格好をさせて、なぜチャーミングに見えるのか、私には理解できないが、男尊女卑的な視線で見ると、佐々木氏は、(渡辺の意思とは別に)バラエティで体形をイジられる彼女を見て、「太っていることをわきまえ、笑いを取って頑張っている」「その姿が健気でチャーミング」とでも思ったのではないか。

 渡辺は台湾や中国、アメリカでも活動し、ファンを増やしている。それは、渡辺の見た目も含めた芸が受け入れられているのだと私は思うが、やはり男尊女卑度の高い人は、常に外見でしか女性を見ようとしないのではないか。ブタの衣装は、男尊女卑的視線の象徴のような気がしてならない。

 渡辺は4月から活動拠点をアメリカに移すと発表していた。こんなくだらない男尊女卑オジサン、もしくは男尊女卑国家にとらわれることなく、どうか思いっきりアメリカで実力を発揮してもらいたいものだ。

吉本興業から“報復”を受けた? ハラスメントに抗議して1人になった加藤浩次に、いま伝えたいこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「吉本興業さんのほうから『契約は延長しない』と言われまして」加藤浩次
『スッキリ』(日本テレビ系、3月10日)

 今、話題の卓球女子五輪メダリスト・福原愛の不倫報道。「女性セブン」(小学館)が、福原と一般男性の横浜デート、また高級ホテルに泊まったことを報じ、一方で「週刊文春」(文藝春秋)は、福原の中ですでに離婚を決意済みで、その原因は夫である台湾卓球五輪代表・江宏傑のモラハラだと、福原の肩を持つかのように思える報道をしている。なお福原本人は「一緒の部屋に泊まった事実はありません」と不倫関係については否定した。

 私は、このニュースに対するフリーアナウンサー・大橋未歩の反応が印象深かった。3月7日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、この話題を取り上げた際、彼女は「全力で愛さんを擁護しようと思って」と語り、その理由について「はっきりと本人が(不倫を)否定していますし」「愛さんにテレビ業界はどんだけのものをもらった?」と、彼女がテレビ界の功労者であることを挙げた。

 テレビ東京時代、スポーツニュースを担当していた大橋アナは、真冬でも下着なのかと思うくらい薄着だったし、『やりすぎコージー』などで自分の性癖を話すこともあるなど、どちらかというとお色気担当であったように、私は記憶している。それは上司の指示なのか、それとも本人の判断かは不明だが、最近の大橋アナは「料理は女性がするものという考えにドン引き」と話したり、東京五輪組織委員会の森喜朗元会長の「女性の入る会議は長くなる」「女性は競争意識が強い」発言に対し、『5時に夢中!』(TOKYO MX)で「私の中にも、ふかわさん(同番組MC・ふかわりょう)の中にも、みなさんの中にも森さんは住んでいると思うんですよ」と述べるなど、ジェンダーを意識したかのような発言が目立つ。

 彼女はこれまで、局にお色気キャラを押し付けられるセクハラを受けてきたが、時代が変わって、今は言いたいことを言えるようになったと思っているのかもしれない。もしくは、お色気で勝負できない年齢になってきて、「そもそもお色気で勝負しなければいけない社会の在り方が悪い」と開眼したのかもしれない。彼女自身、自らを「女性の味方であるフェミニスト」と思っているようにも感じるが、それで売っていくには、ちょっと中途半端ではないだろうか。

 というのも、彼女は福原の不倫問題について、「愛さんに、テレビ業界はどんだけのものをもらった?」と口にしていた。それはつまり、「業績がある人だから、ほかのことは大目に見よう」という業界最優先の考えだといえるだろう。こうした思考回路では、セクハラに抗議するどころか、セクハラが軽視もしくは放置されてしまうと思うのだ。

 誰もがハラスメントを含めた差別のない世界を望んでいるだろう。もちろん私もその1人だが、差別を一気になくすことは簡単ではないと思っている。なぜなら、たいていハラスメントには利権が絡んでいるから、構造そのものを改革しないとトカゲのしっぽ切りで終わってしまう可能性がある。また、ハラスメントを告発したことで、告発者が不利益を被らないとは言い切れない。もし告発した人がバカを見るようなことがあれば、誰もが口をつぐんでしまうから、ますますハラスメントはなくならないだろう。

 そういう意味で、私が注目していたのは、加藤浩次だった。

 2019年、闇営業問題で吉本興業を解雇された雨上がり決死隊・宮迫博之は、その後、自分で会見を開き、ロンドンブーツ1号2号の田村亮とともに吉本から圧力をかけられたと暴露した。2人はいち早く釈明会見を開きたかったが、岡本昭彦社長に「会見するなら、(闇営業に関わった芸人を)全員クビ」と言われたという。また、亮によると、会見を全編ネット配信したいという要望に対し、吉本側は「テレビ局の在京5社、在阪5社は吉本の株主だから大丈夫」と話し、テレビ局と吉本興業の“結びつき”の強さを示唆したそうだ。これはつまり、会見のネット配信を阻止し、吉本の意向に沿った内容をテレビ局に放送させる……という意味にも取れるだけに、宮迫と亮は吉本からパワハラを受けたと考えられる。

 そんな中、おそらくギャラの取り分なども含めて、吉本に思うことがいろいろあったのだろう、加藤は自身がMCを務める情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)で、岡本社長や大崎洋会長を批判し、この体制が変わらなければ「俺は吉本を辞める」と発言していた。ネットユーザーは加藤の発言を称賛していたような印象があるが、加藤は大崎会長と2人で話した結果、エージェント契約を結ぶことになり、吉本を辞めることにはならなかった。

 若い世代は特に、「不正に声を上げて、会社を変えていくべき」「声を上げれば、悪しき体制は変わる」と考えがちだろう。しかし、そうした世界を描いたドラマ『半沢直樹』(TBS系)が大ヒットするのは、現実社会に半沢直樹がいないからだ。

 一般人の世界でも、社員が大会社の会長を批判して、無傷でいられるわけがない。加藤は必ず“報復”されると思っていたところ、今年になって、彼のレギュラー番組『スーパーサッカー』『この差って何ですか?』(ともに同)が、この春終了することになった。また『スッキリ』の裏番組であるTBSの『グッとラック』は、まもなく終了し、その新番組のMCには、吉本興業の後輩、麒麟・川島明が抜てきされた。吉本が、加藤包囲網を作っているのではないかという記事もちらほら見られた中、3月10日放送の『スッキリ』で、加藤は「吉本興業さんのほうから『契約は延長しない』と言われまして」とはっきり発言したため、やはり彼は吉本に「切られた」ということだろう。

 エージェント契約にした加藤と吉本のギャラの取り分は「8対2」だといわれており、吉本からすれば、確かにこの契約ではうまみが少なすぎるのかもしれない。しかし私はそれよりも会社の見せしめ的なものを感じた。会長をテレビで批判するような加藤を放置すれば、第2、第3の加藤が生まれかねないし、そうすると、組織自体が崩壊する危険もあるだろう。一気に排除するとネットでいろいろ言われるので、時間をかけて実行したのではないだろうか。今のところ『スッキリ』は続くそうだが、この分だといつまで続くかはわからない。加藤は、会社のハラスメントに抗議した結果、組織を優先させたい吉本によって、窮地に立たされてしまったわけだ。

 闇営業問題に関しては、ダウンタウン・松本人志も「松本、動きます」とツイートして、称賛された。宮迫の代わりに番組に出たり、見えないところで吉本芸人に対していろいろと尽力したのだろうが、何がはっきり変わったのかは、一般人には伝わってこない。それは松本の能力不足ということではなく、上述した通り、利権が複雑に絡んだ業界というのは、そう簡単に壊せないからだと思う。

 「#MeToo運動」がSNSで世界的な盛り上がりを見せたが、ネットの意見が世の中の総意ではないし、仮に総意だったとしても、抗議する人の思うようにコトが進むかはわからない。だから、社会や組織に歯向かうなというのではなく、私は加藤の件も踏まえて「1人ではとても太刀打ちできないし、社会的な死が待ち受けている可能性もあるから、1人で戦うな」と言いたいのだ。まず同じ志を持つ人たちを探して、その人たちと団結する。事務所の庇護をなくして1人になった加藤も、再スタートを切るにあたり、まず信頼できるスタッフで周りを固めることから始めるといいのかもしれない。

福原愛、不倫スキャンダルで「好感度下がりまくり」の声! 吉田沙保里ら女性アスリートに見るメディアとの“無情な関係”

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 元卓球日本代表選手・福原愛と元卓球台湾代表・江宏傑のアスリート夫婦が、今、世間を騒がせている。3月4日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が江の“モラハラ疑惑”を、同日発売の「女性セブン」(小学館)が福原の“不倫疑惑”を報じ、ネット上で驚きの声が続出しているのだ。

 2016年のリオデジャネイロオリンピック終了後、東京都内で会見を開き、結婚を発表した福原&江夫婦。特に福原は、幼少期から「天才卓球少女・愛ちゃん」としてマスコミから注目を集め、国民的な人気を誇っていただけに、結婚当時は祝福の声が多数寄せられていた。しかしその後、自身のSNSやテレビ番組などで“ノロケ”を繰り返す福原に対し、世間からは「幸せアピールがウザい」「もうおなかいっぱい」「見てて恥ずかしくなる」など、批判的な声が増えることに。

 そんな夫婦のスキャンダルを受け、ネット上では「なんだかんだ仲良くやってると思ったのに、好感度下がりまくり」「恥ずかしがり屋で泣き虫の愛ちゃん、というイメージが完全に崩壊してしまった」といった落胆の声や、「SNSの投稿と現実が違いすぎる。今まで見てたことは全部ウソなの?」などと疑う人まで見受けられる。

 福原に限らず、日本を代表する女性アスリートがバラエティ番組に出演したり、自身のSNSから情報を発信することは珍しくない。しかし、それがきっかけで「イメージが崩れた」といわれるケースも多く、かつての“スター”が“嫌われ者”に変わってしまうことも。

 このような現象について、サイゾーウーマンで「有名人深読み週報」を連載するライター・仁科友里氏は、元女子レスリング選手の吉田沙保里や元柔道選手の谷亮子らを例に出し、「女性アスリートの宿命」だとつづっていた。福原も背負っているだろう、その“宿命”とはなんなのか――同記事をあらためて掲載する。
(編集部)


(初出:2018年2月22日)

谷亮子、国民的スターから「嫌いな女」への転落に見る「女性アスリートとテレビ」の無情な関係

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「本当にしつこい」安藤美姫
『サンデー・ジャポン』(TBS系、2月18日)

 オリンピックのメダリストほど、知名度と好感度が高い人はいないのではないだろうか。というわけで、メダリストは、バラエティに出演する機会も多いが、お声がかかりやすいのは、“いじられる要素のある”人だ。

 例えば、“霊長類最強女子”と呼ばれ、国民栄誉賞も受賞した女子レスリング・吉田沙保里選手。結婚願望があり、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などのバラエティ番組で、「イケメン好き」「好きな人には、自分からガンガン行く」と明かし、自ら肉食系であることを認めている彼女は、いじりやすく重宝される。最近はCMにも出演し、そこで妊婦の役を演じたことから、「たまごクラブ増刊号」(ベネッセ)の表紙も飾った。インスタグラムには、深田恭子ら女優との交友、美容鍼灸やまつエク、ネイルの画像がアップされ、ファンから「吉田さん、かわいいです」と褒められている。女性誌や女性週刊誌も、吉田を「女子力が高い」(美しいと言わないところに、一抹の含みがある)と書き立てるなど、完全に彼女のカテゴリは“芸能人”である。

 アスリートが芸能人になることに問題はないが、吉田は「かわいい」という称賛の先に何が待っているか知っているのだろうか。「かわいい」で日本をかき回した谷亮子の姿がちらつくのである。

 柔道は日本のお家芸であるものの、オリンピックではメダルが取れないという低迷期が続いていた。そこに現れたのが、谷である。久しぶりに現れた天才少女に日本は沸いた。谷の成人式に密着した番組を見たことがあるが、列席した見知らぬ女性から「かわいい!」と声が上がると、谷は手を挙げて、声援に応えていた。この時の「かわいい!」は「いつも柔道に明け暮れている谷のオンナノコとしての一面を見られた」という意味で、いわば「いいね!」を意味する「かわいい」だったと私は解釈した。この頃、女性たちは、おおむね谷に好意的だったように記憶している。

 流れを変えたのは、イチローである。谷はイチローを含めて複数人でカラオケに行き、イチローに電話番号を聞かれたそうだが、それをワイドショーの取材に対して「イチローが私を狙ってる」といったニュアンスで語りだしたのだ。プロ野球選手といえば、元アイドルや女子アナなどと結婚するのが当時の常識だっただけに(この時イチローは、女優・葉月里緒奈と破局直後だった)、うっすらと世間に「もしかして、自分のことをそっち側だと思っている?」という空気が広まっていったのだろう。

 イチローとは不発だったものの、谷はオリックス・ブルーウェーブの谷佳知と交際を始める。白いワンピースを着た谷が、差し入れを持ってオリックスのキャンプ地を訪れた姿をワイドショーが追いかけていた頃、女性レポーターたちの視線は、かなり冷ややかだったように思う。まもなく結婚が決まるが、谷のデザインした婚約指輪の独特なセンス、金メダルにちなんで結婚式の打掛を金色にするなどの“小ネタ”が、ネット上でもイタいと嘲笑の的となり、好感度はじりじり下がっていった。そして、とうとう2010年版「週刊文春」(文藝春秋)調査のアンケート企画「女が嫌いな女」では、1位に輝いてしまったのだ。

 私は谷が“イタい”と言いたいのではない。勝手にテレビに引っ張り出し、勝手に「かわいい」と持ち上げ、本人がそれを受け入れると、「いい気になるんじゃねーぞ!」と引きずり下ろす。それが、テレビにおける女性アスリートの宿命なのである。谷はメンタルが強いのでけろっとしていたが、吉田にそこを耐える気力があるのか疑問に思うのだ。

 オリンピック出身のアスリートといえば、フィギュアスケートの安藤美姫も、マスコミ好きする「かわいい」枠だ。世界選手権で、金メダルを獲得するまでの選手に成長した安藤は、未婚のまま出産。記者会見で、「プライバシーを守りたい」と父親の名前を明かさない意思を表明したが、スペイン人のスケート選手ハビエル・フェルナンデスとの交際を始め、親密な画像を頻繁にアップするようになる。しかし、そのフェルナンデスとも、昨年から破局説がささやかれている状況だ。2月18日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、破局説について聞かれた安藤は、「本当にしつこい」とキレて見せた。そりゃ、あれだけ交際をアピールしていたのに、突然フェルナンデスが登場しなくなったら、みんなそう思うよと言いたいところだが、安藤にとってプライバシーとは「私的なこと」ではなく「知られたくないこと」を指すようなので仕方がない。

 オリンピック選手と芸能界には、大きな違いがある。オリンピック選手は、ベストを尽くして戦い、視聴者はテレビを通じて応援するという意味で、“アスリートは視聴者より立場が上”。しかし、テレビの世界において、演者は好感度や視聴率を稼がなくてはならないので、“芸能人は視聴者より立場が下”なのである。安藤のように、このルールがわからない人は、テレビの世界では「使いづらい」「面倒くさい」といわれてしまうのではないだろうか。

 オリンピックには魔物が住むといわれるが、テレビの世界も魑魅魍魎。女性アスリートの皆さんは、ほどほどにして撤退された方がいいのでは? と思わずにいられない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

福原愛、不倫スキャンダルで「好感度下がりまくり」の声! 吉田沙保里ら女性アスリートに見るメディアとの“無情な関係”

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 元卓球日本代表選手・福原愛と元卓球台湾代表・江宏傑のアスリート夫婦が、今、世間を騒がせている。3月4日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が江の“モラハラ疑惑”を、同日発売の「女性セブン」(小学館)が福原の“不倫疑惑”を報じ、ネット上で驚きの声が続出しているのだ。

 2016年のリオデジャネイロオリンピック終了後、東京都内で会見を開き、結婚を発表した福原&江夫婦。特に福原は、幼少期から「天才卓球少女・愛ちゃん」としてマスコミから注目を集め、国民的な人気を誇っていただけに、結婚当時は祝福の声が多数寄せられていた。しかしその後、自身のSNSやテレビ番組などで“ノロケ”を繰り返す福原に対し、世間からは「幸せアピールがウザい」「もうおなかいっぱい」「見てて恥ずかしくなる」など、批判的な声が増えることに。

 そんな夫婦のスキャンダルを受け、ネット上では「なんだかんだ仲良くやってると思ったのに、好感度下がりまくり」「恥ずかしがり屋で泣き虫の愛ちゃん、というイメージが完全に崩壊してしまった」といった落胆の声や、「SNSの投稿と現実が違いすぎる。今まで見てたことは全部ウソなの?」などと疑う人まで見受けられる。

 福原に限らず、日本を代表する女性アスリートがバラエティ番組に出演したり、自身のSNSから情報を発信することは珍しくない。しかし、それがきっかけで「イメージが崩れた」といわれるケースも多く、かつての“スター”が“嫌われ者”に変わってしまうことも。

 このような現象について、サイゾーウーマンで「有名人深読み週報」を連載するライター・仁科友里氏は、元女子レスリング選手の吉田沙保里や元柔道選手の谷亮子らを例に出し、「女性アスリートの宿命」だとつづっていた。福原も背負っているだろう、その“宿命”とはなんなのか――同記事をあらためて掲載する。
(編集部)


(初出:2018年2月22日)

谷亮子、国民的スターから「嫌いな女」への転落に見る「女性アスリートとテレビ」の無情な関係

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「本当にしつこい」安藤美姫
『サンデー・ジャポン』(TBS系、2月18日)

 オリンピックのメダリストほど、知名度と好感度が高い人はいないのではないだろうか。というわけで、メダリストは、バラエティに出演する機会も多いが、お声がかかりやすいのは、“いじられる要素のある”人だ。

 例えば、“霊長類最強女子”と呼ばれ、国民栄誉賞も受賞した女子レスリング・吉田沙保里選手。結婚願望があり、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などのバラエティ番組で、「イケメン好き」「好きな人には、自分からガンガン行く」と明かし、自ら肉食系であることを認めている彼女は、いじりやすく重宝される。最近はCMにも出演し、そこで妊婦の役を演じたことから、「たまごクラブ増刊号」(ベネッセ)の表紙も飾った。インスタグラムには、深田恭子ら女優との交友、美容鍼灸やまつエク、ネイルの画像がアップされ、ファンから「吉田さん、かわいいです」と褒められている。女性誌や女性週刊誌も、吉田を「女子力が高い」(美しいと言わないところに、一抹の含みがある)と書き立てるなど、完全に彼女のカテゴリは“芸能人”である。

 アスリートが芸能人になることに問題はないが、吉田は「かわいい」という称賛の先に何が待っているか知っているのだろうか。「かわいい」で日本をかき回した谷亮子の姿がちらつくのである。

 柔道は日本のお家芸であるものの、オリンピックではメダルが取れないという低迷期が続いていた。そこに現れたのが、谷である。久しぶりに現れた天才少女に日本は沸いた。谷の成人式に密着した番組を見たことがあるが、列席した見知らぬ女性から「かわいい!」と声が上がると、谷は手を挙げて、声援に応えていた。この時の「かわいい!」は「いつも柔道に明け暮れている谷のオンナノコとしての一面を見られた」という意味で、いわば「いいね!」を意味する「かわいい」だったと私は解釈した。この頃、女性たちは、おおむね谷に好意的だったように記憶している。

 流れを変えたのは、イチローである。谷はイチローを含めて複数人でカラオケに行き、イチローに電話番号を聞かれたそうだが、それをワイドショーの取材に対して「イチローが私を狙ってる」といったニュアンスで語りだしたのだ。プロ野球選手といえば、元アイドルや女子アナなどと結婚するのが当時の常識だっただけに(この時イチローは、女優・葉月里緒奈と破局直後だった)、うっすらと世間に「もしかして、自分のことをそっち側だと思っている?」という空気が広まっていったのだろう。

 イチローとは不発だったものの、谷はオリックス・ブルーウェーブの谷佳知と交際を始める。白いワンピースを着た谷が、差し入れを持ってオリックスのキャンプ地を訪れた姿をワイドショーが追いかけていた頃、女性レポーターたちの視線は、かなり冷ややかだったように思う。まもなく結婚が決まるが、谷のデザインした婚約指輪の独特なセンス、金メダルにちなんで結婚式の打掛を金色にするなどの“小ネタ”が、ネット上でもイタいと嘲笑の的となり、好感度はじりじり下がっていった。そして、とうとう2010年版「週刊文春」(文藝春秋)調査のアンケート企画「女が嫌いな女」では、1位に輝いてしまったのだ。

 私は谷が“イタい”と言いたいのではない。勝手にテレビに引っ張り出し、勝手に「かわいい」と持ち上げ、本人がそれを受け入れると、「いい気になるんじゃねーぞ!」と引きずり下ろす。それが、テレビにおける女性アスリートの宿命なのである。谷はメンタルが強いのでけろっとしていたが、吉田にそこを耐える気力があるのか疑問に思うのだ。

 オリンピック出身のアスリートといえば、フィギュアスケートの安藤美姫も、マスコミ好きする「かわいい」枠だ。世界選手権で、金メダルを獲得するまでの選手に成長した安藤は、未婚のまま出産。記者会見で、「プライバシーを守りたい」と父親の名前を明かさない意思を表明したが、スペイン人のスケート選手ハビエル・フェルナンデスとの交際を始め、親密な画像を頻繁にアップするようになる。しかし、そのフェルナンデスとも、昨年から破局説がささやかれている状況だ。2月18日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)で、破局説について聞かれた安藤は、「本当にしつこい」とキレて見せた。そりゃ、あれだけ交際をアピールしていたのに、突然フェルナンデスが登場しなくなったら、みんなそう思うよと言いたいところだが、安藤にとってプライバシーとは「私的なこと」ではなく「知られたくないこと」を指すようなので仕方がない。

 オリンピック選手と芸能界には、大きな違いがある。オリンピック選手は、ベストを尽くして戦い、視聴者はテレビを通じて応援するという意味で、“アスリートは視聴者より立場が上”。しかし、テレビの世界において、演者は好感度や視聴率を稼がなくてはならないので、“芸能人は視聴者より立場が下”なのである。安藤のように、このルールがわからない人は、テレビの世界では「使いづらい」「面倒くさい」といわれてしまうのではないだろうか。

 オリンピックには魔物が住むといわれるが、テレビの世界も魑魅魍魎。女性アスリートの皆さんは、ほどほどにして撤退された方がいいのでは? と思わずにいられない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

宮迫博之は、なぜ吉本興業・大崎会長を不快にさせたのか? 今田耕司に見習うべき「世渡り術」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「常にどっかから見張ってる、一人とは思えない」今田耕司
『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系、2月20日)

 「芸能人が事務所を独立すると干される」という話を聞いたことがある人は、多いのではないか。

 実際のところ、どうなのかはわからないが、ある程度の苦労は覚悟しなければならないようだ。例えば、宝塚歌劇団を首席で卒業し、業界最大手の渡辺プロダクションに所属していた小柳ルミ子。『NHK紅白歌合戦』に18年連続で出場するほどの人気者だったが、独立後、その姿をテレビで見ることがなくなった。

 久しぶりのテレビ出演は『セイシュンの食卓』(テレビ朝日系)で、ルミ子は当時の夫で13歳年下のダンサー・大澄賢也と踊りながら料理をしていた。大物歌手をちょっとバカにしたような企画だと私は感じたが、同番組のゲストいわく、ルミ子はテレビ局から実家に電話をかけ、「お母さん、テレビに出られるよ」と報告していたとのこと。「あの小柳ルミ子が、テレビに出るくらいで電話をするなんて」と驚いたそうだが、それだけ当時のルミ子は仕事を干され、追い詰められていたのだろう。

 もっとも事務所の立場になって考えてみれば、新人の頃から、場合によっては衣食住の世話までしてきたタレントに、やっと売れて利益が出る頃に独立されたら、たまったものではない。スターが移籍したら、古巣と新しい事務所間の関係も悪化する。となると「事務所から抜けたら、干す」と暗に規則化することは、芸能界全体の“平和”を保つためには、有効な策なのかもしれない。テレビ局も事務所同士のいざこざに巻き込まれたくないだろうから、ルールがあるほうがありがたい面もあっただろう。

 しかし、2019年に公正取引委員会が、芸能人の活動にも独占禁止法を適用すると発表したことで流れが変わる。また、最近は企業の広告費に関して、ネットがテレビを逆転するなど、テレビがメディアの王様とはいえなくなっている。テレビに出るためには、事務所に所属していたほうがいいだろうが、すでに知名度があったり、テレビに出ることに固執しない芸能人であれば、事務所を辞めたり、事務所に所属しない決断をしてもおかしくないだろう。

 その一方で、雨上がり決死隊・宮迫博之のように、ネットの世界からテレビの世界に戻りたがっている人も存在する。

 反社会的勢力の忘年会に出演したことがきっかけで、吉本興業から契約解除となった宮迫。当初は、宴会先が反社会的勢力とは知らなかった、報酬ももらっていないと主張していたが、確かに相手については知らなかったものの、ギャラは受け取っていたそうだ。

 2019年6月30日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、ダウンタウン・松本人志は宮迫と直接電話で話したことを告白。「『それ(ノーギャラであるという宮迫の主張)は無理やで。世間は誰も信じない。そこでウソをついたら、何もかもウソやと思われる』と言いました」「俺はあいつのことを思って、結構電話でも説得したというか、だいぶ言ったんですけど、わかってもらえなかったのでさみしい」と発言しており、これは宮迫に対する決別宣言といっていいのではないだろうか。

 こうして、吉本を解雇された宮迫はYouTubeを始め、それなりに成功しているが、テレビの世界に戻りたい気持ちは変わらないようだ。2月10日に配信された、宮迫のYouTube動画には、島田紳助さんが電話出演。宮迫が「吉本に戻りたい」と訴えると、引退した今でも吉本興業の大崎洋会長とゴルフをする仲だという紳助さんは「会社と話をするなら、俺が間に入るしな」と仲介を申し出た。

 しかし、実際はそう簡単な問題ではないらしい。「フライデー」(講談社)が大崎氏を直撃したところ、「いや、もう戻らんでええと思うで」「辞めてまで吉本のことをネタにすんなよって」と不快感をあらわにした。一般人でも会社を辞めるときに「言えないこと」はたくさんある。このあたりのことは当事者でなければわからないが、一つ言えるのは、宮迫は大崎氏という人を理解していなかったのではないか。

 大崎氏について、2月20日放送の『伯山カレンの反省だ!!』(テレビ朝日系)に出演した今田耕司が、こんな話をしていた。

 司会の神田伯山が、「昔のダウンタウンさんや今田さんは怖かった」という話をすると、今田は「特殊な時代のせい」とし、今では優しい大崎氏も、かつては怖かったエピソードを明かす。

 ダウンタウンが出演する心斎橋筋2丁目劇場での生番組の前説と後説をしていた今田と東野幸治。番組が終わった後に「じゃんけんに勝った人に、ダウンタウンさんのサインが入った台本をプレゼント」という企画をやっていたそうだが、これは番組を終えてスタジオから出るダウンタウンを観覧客が追いかけないよう、スタジオ内に足止めするための時間稼ぎだったそうだ。早くスタジオを出たい観覧客は、全然ノってこない。なので、東野が手を抜いてやっていたところ、当時、劇場支配人だった大崎氏が、舞台の袖から東野を手招きする。東野が舞台の袖にひっこんだところ、大崎氏が東野の腹に蹴りを入れる姿を、今田は目撃したという。

 そんな大崎氏を、今田は「激高する」「常にどっかから見張っている、一人とは思えないくらい」と証言していた。これらのエピソードから推測すると、大崎氏は気配りが細かく、カンが良いゆえに仕事ができるものの、キレたら手が付けられない性格ということだろう。こういう人は一度怒らせると面倒なことは想像に難くない。

 怒りの熱が冷めにくいタイプの人に、大崎氏が無下にできない、紳助さんのようなビッグネームを使って外堀を埋めるような行動を取ると、宮迫に対する印象はますます悪くなり、復帰も遠のくのではないか。

 世渡りがうまい人の条件として、「人を怒らせるけれど、許されるのがうまい人」と「人を怒らせないのがうまい人」が挙げられると、私は思っている。前者は頻繁に問題を起こすが、かわいげがあるので「悪気はないんだよね」となぜか許されてしまうタイプ、後者は「絶対に怒らせてはいけない人を知っているタイプ」なので、厄介ごとには最初から巻き込まれない。今田は後者のタイプなのではないか。

 同番組内で、今田は鬼越トマホークに「お前、永遠に二番だぞ」と言われたことがあると明かしていたが、野球チームが4番打者だけでは成り立たないのと同じで、誰もが一番手になる必要はないだろう。「〇番手」であるかにこだわるより、「〇番手のトップ」になったほうが、芸能人生命は長くなるのではないだろうか。大崎氏とダウンタウンは盟友関係といわれ、ダウンタウンは吉本興業の「一番手」格に当たるが、今田は「二番手のトップ」として、間近でダウンタウン、そして大崎氏を見ていたからこそ、芸でも身の振り方もやっていいこと、悪いことを見極められたのかもしれない。

 今田にはこんなエピソードもある。番組名は失念したが、今田は関西ローカルの番組で、「いろいろな番組に出たいから、あえてギャラを上げない」主義であると話していたことがある。ある意味、「自分で自分を安売り」していたわけだが、今田の作戦は吉と出る。リーマンショックの際の不景気で、ギャラの高い司会者は続々とリストラの対象になったが、「あえて安売り」していた今田はその対象にならず、仕事が減らなかったそうだ。

 「自分は一番手の人間だ」という自負のある人や、「人にどう思われてもかまわない」という覚悟があるのなら話は別だが、そこまでの主義はなく、組織に属していたいのなら、あえて一歩引いて物を見るというのも重要だろう。今田風の「二番手力」は、吉本に戻りたいという宮迫、そして一般人にとっても、お手本になるのかもしれない。