バカリズムの「自己顕示欲を斬る芸」に抱く、「なぜ標的は女性だけなのか?」という疑問

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「芸能人が素直になるための提案です」バカリズム
『ヨロシクご検討ください』(日本テレビ系、4月10日)

 よくある「こんなオンナが嫌いだ」ランキングで、古今東西上位に入るのは、「オトコの前で態度を変えるオンナ」である。他人を出し抜いて自分をよく見せようとする態度に、“裏切り”や“あざとさ”が感じられるからだろう。「オトコの前で態度が変わるオンナ」に若き女子がイラつくポイントはもう1つあって、「そのズルさにオトコが気づかない」点ではないだろうか。なので、「オトコの前で態度を変えるオンナ」に気付くオトコは、「見る目のあるオトコ」と思われがちである。

 人気芸人は、「遊んでいる」というイメージがあるが、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「女の子苦手芸人」に出演したバカリズムは、「年齢を聞かれるのはイヤなくせに、誕生日は祝ってほしがるオンナ」のややこしさを指摘し、「芸能界ってもっと派手な場所かと思った」とつぶやいた(つまり、リア充ではない)。「見る目のあるオトコ」を探す女子にとって、バカリズムは、好ましい存在かもしれない。が、バカリズムの話をよく聞いてみると、実はその逆なのではないだろうかと思えてくる。

 最近のバカリズムは、女性芸能人とSNSをネタにすることが多い。『アメトーーク!』の「立ちトーク」の回では、「新成人を祝うふりをしながら、自分がハタチの頃の写真をアップする女性芸能人」に対して、「何で?」「おめでとうなんて絶対思ってない」と指摘した。季節の行事ネタにからめて、“隙あらば自分をアピールする神経”が、バカリズムのカンに触ったと思われる。

 「自分が思う自分」を演出しやすいSNSでは、こうした事例が多く、「斬りやすい」と思ったようで、バカリズムは4月10日放送の『ヨロシクご検討ください』(日本テレビ系)においても、「芸能人が素直になるための提案です」として、女性芸能人のSNSの特徴について述べていた。バカリズムの分析によると、芸能人とは“自己顕示欲の塊”。しかし、それを悟られるのが怖いので、わざと自虐的なキャプションをつけて、自己顕示欲を隠ぺいしようとするのだそうだ。

芸能人が「自己顕示欲の塊」だとするのなら……

 例えば、元グラビアアイドルでタレント・尾崎ナナ。移動中と思われる画像をインスタグラムにアップするとともに、「今日は出る一時間前にアラームで起きたのに、ソファで40分座ったまま寝てしまい、20分で用意。結局バタバタ」「準備に時間がかけられなかった」ことを説明する。しかし、画像からは、身支度のぬかりは感じられない。バカリズムはこの投稿を「典型的な『そんなことないよ』待ち」と分析し、そんなまわりくどいことをせず、“自己顕示欲開放中”というハッシュタグをつけて、可愛さをアピールしたらどうだと提案し、観覧客を笑わせていた。

 ここで疑問に思うのが、バカリズムのターゲットが、なぜ女性芸能人“だけ”なのかということである。芸能人は男性だけではないのに。バカリズムの言う通り、芸能人が「自己顕示欲の塊」だとするのなら、バカリズムがネタを作ること、披露することも自己顕示欲と言うことができるだろう。バカリズムが面白いネタを作るのが仕事であるように、女性タレントが毎日SNSに投稿して、可愛い自分をアピールし、新たなファンを作るのも仕事なのである。“同業者”なら、そのへんの事情を理解してもいいのではないだろうか。

 結局のところ、自己顕示欲にかこつけてはいるが、バカリズムは自分が女性のペースに合わせるのがイヤなだけなのではないと思えてくる。生きていれば、男女問わず、本意でなくても「そんなことないよ」と声をかけなくてはいけない場面に遭遇するはずだ。にもかかわらず、それを拒むのは、バカリズムの中で「このオレがオンナに合わせるなんて、オトコとして恥ずかしい」という不必要な自意識を持っているのではないだろうか。

 以前、この連載で、オードリー・若林正恭のことを「自信がなさそうなフリをして、上下関係にこだわる」と書いたことがあったが、私にはバカリズムも同じ系統に見える。「オンナの味方なフリをして、オンナを下に見ている」のだ。2人とも、「女の子苦手」を自称し、こじらせているように見せかけて、中身は昭和のガンコ男。平成生まれの女子には理解できないのではないかと推察する。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

「はるな愛に裏切られた」と激怒――女優・仁支川峰子に見る“恩を施す”人の落とし穴

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「礼儀・挨拶を大切にされてる方で、そこを間違えたいろんな人を怒ってるのも知ってた」はるな愛
『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系、3月31日)

 芸人泣かせとして知られる『徹子の部屋』(テレビ朝日系)。お嬢様系自由人・黒柳徹子の前では、お笑い芸人もペースがつかめず、スベッたりしているが、芸人を差し置いて、芸能界一コンスタントに徹子を笑わせているのは、はるな愛ではないだろうか。派手な衣装、セクシャリティーにまつわる葛藤、家族との和解という人情話、自虐を含めた恋愛や体形の話……徹子の食いつきそうなネタをまんべんなく散りばめてくる。芸能界に入る前、はるなは水商売をしていたと、いろいろなテレビ番組で語っており、さぞ座持ちがいいホステスだったことだろう。

 人付き合いがうまそうに思えるはるなだが、時々は“失敗”もするらしい。3月31日放送の『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系)で、女優の仁支川峰子に“裏切り”を糾弾される。仁支川によると、はるなとの出会いは映画での共演。大阪から東京に活動拠点を移したばかりのはるなは仕事がなく、月収は1万円程度で、撮影時、余った弁当をもらって帰ろうとする姿を目にした仁支川は、自分の家にはるなを招き、手料理をご馳走する。ビジネスクラスでハワイに連れていき、おこづかいもあげるなど、妹のように可愛がったという。はるなも「私が売れたら一緒にテレビに出ましょうね」と甘えるが、ブレーク後、お礼の電話すらなかったそうだ。

 さらに仁支川は、はるながニュースサイト「The PAGE」のインタビューで「恩人は中山秀征さん」と答えたことをたまたま目にし、激昂する。はるな自身は3年前、仁支川を焼肉に誘うことで謝罪したつもりだったが、仁支川の怒りはいまだ収まっていないようだ。「なんで電話くれなかったの?」と詰め寄る仁支川に、はるなは「礼儀・挨拶を大切にされてる方で、そこを間違えたいろんな人を怒ってるのも知ってた」「怒ってると思ったら、どんどん電話できなくなって」と説明したが、これらの発言がほのめかすのは、“仁支川は、温情をかけた人に、たびたび裏切られている”ということである。

 義理人情を重んじる日本では、恩義は受けたら返すことが正しいとされていて、返さない人は“裏切り者”扱いされる。しかし、私がここで思い出すのは、知人のムスリムに聞いたイスラム教の「ザカートとサダカ」という制度である。「ザカート」は豊かな人が義務として行う納税で、その税金が貧しい人へ寄付として渡るという。また「サダカ」は、ご近所や親類など、よく顔を合わせる仲間が困窮した時にする寄付を指す。

 どちらも、豊かな人が困っている人に“与えている”わけだから、関係性としては、困っている人が豊かな人に頭を下げると思われがちだが、知人のムスリムいわく、むしろ威張っているのは寄付を受ける側なのだという。「寄付する方は、善行をしていい気持ちになり、さらに徳を積めるのだから、むしろトクをしている」と考えるかららしいが、この考え方は、仁支川とはるなにもあてはまるのではないだろうか。はるなが一時、困窮していたのは事実だろう。しかし、仁支川の家まで行って手料理を食べたかったか、旅行に連れていってほしいとまで考えていたかというと疑問である。はるなの面倒を見ることで満たされていたのは、実は仁支川の方に思えてならないのだ。

 さらに芸能界が、“長い物に巻かれた方が勝ち”という世界であることを考えると、はるなが仁支川に返礼したとしても、メリットが少ないので、連絡を取らないようになったのも致し方ないのではないだろうか。テレビにたくさん出ている中山と、ほとんど見ることがない仁支川。どちらを“恩人”にすれば、自分のテレビ仕事が増えるのかは、子どもでもわかることだろう。

 一般人の世界でも「あれだけしてやったのに」「裏切られた」という話は聞くが、感謝というものは“行為”から生まれるものではないと私は思っている。何をするかより、誰がするか。裏切られたと嘆くことは、「自分が小者だと思われていることに気づかなかった」と同義なのではないだろうか。

小倉優子、シングルママタレとしての今後に生かすべき“理屈っぽい女”の一面

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<今回の芸能人>
「付き合った時から8年」小倉優子
『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系、3月26日)

 海外ドラマや映画で見ることのある結婚契約書。離婚や遺産相続の際、配偶者ともめないための契約で、セレブリティが交わすものというイメージがあるが、日本においてそれが最も必要なのは、ママタレなのではないだろうか。日本の芸能界にママタレは多数存在するが、大原則は“夫婦円満”なことだろう。

 ママタレが手の混んだ料理をブログに載せたと仮定する。その際、“夫婦円満”な場合は、「やっぱり料理がうまいと家庭は円満」と見なされ、仕事が増える可能性もあるが、夫に浮気された場合は「これだけの料理を作って、それで浮気されるって……」と嘲笑されることになりかねない。つまり、ママタレの生命線とは「ママであること」ではなく、「夫が浮気をしないこと」なのである。なので、ママタレとしてやっていこうと思う芸能人は、婚姻時に「絶対浮気しない」か「浮気が露見した際はこうする」という詳細な条件を相手と決めておかないと、飯の食い上げになりかねない。

 小倉優子が、3月26日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で離婚を発表した。昨年、「週刊文春」(文藝春秋社)が元夫であるカリスマ美容師の不倫(相手は小倉の所属事務所の後輩)を報道して以来、離婚説は持ち上がっていたが、やはり溝は埋めがたかったらしい。料理本や製菓プロデュースなど、ママタレとして着々と地位を固めつつあった小倉だけに、離婚はしても、このポジションを手放さないことにしたようで、「子ども一番じゃなくて、旦那さん一番にしてれば違ったのかな? と思っています。そこは本当に反省しました」と自らの非を認めつつ、「(4歳の長男が)僕も頑張ってお手伝いして働くからと言ってくれた」と語っていた。前向きで健気なシングルマザー路線を打ち立てたということだろう。

 4歳と新生児を抱えて、ママタレとしての仕事もし、夫を一番にしていたら、あなた確実に過労死しますよ、と言いたいところだが、かつてスザンヌがプロ野球選手である元夫との離婚に際し、同じような発言をしてイメージが上げたことから、その路線を踏襲したとも考えられる。しかし、小倉にはスザンヌにない“我の強さ”も見え隠れするのである。

 「女性自身」(光文社)に、小倉が元夫に7000万の慰謝料を請求と報道されたことについて、小倉は同番組で「慰謝料は発生していない」「交わした書類もない」と完全否定、「どうしてそんなことが出るのか不思議」と、記事の出どころが元夫もしくはその周辺であることを疑っているとも取れる発言を付け加えた。芸能人としてのイメージに傷がつくので否定したい気持ちになるのだろうが、「誰がこの話を週刊誌にしたのか」という“証拠”を探すあたり、小倉って結構向こうっ気が強いとういうか、理屈っぽいんじゃないかと思えるのである。

 番組スタッフから「結婚生活での思い出は?」と聞かれ、「毎月10日にお花をプレゼントしてもらっていた」「付き合っていた時から8年間」と小倉は答えていた。誕生日や結婚記念日など、1年に一度の記念日すらろくに祝わない男性がいることを考えると、毎月、それも8年間連続で記念日を祝ってくれたことを、「それだけ愛されていた証拠」と解釈しているのかもしれないが、こうして数字で換算するあたり、やっぱり理屈っぽいと思う。

 ただ、労力という面で考えると、花は電話1本で注文できるのですごく簡単なのである。元夫が花を直接持って帰っていたのか、宅配で届けられたのかは不明だが、花屋さんに「毎月10日で」と注文すればいいだけのことだし、場合によっては元夫のアシスタントが“業務”として注文もしくは買い物代行していた可能性もある。花を贈る男は不誠実だという意味ではなく、アニバーサリーの演出を、愛の“証拠”と考えることは、あまり意味がないのではないかと思うのだ(妻に毎月花を贈る男は、ほかの女性にも同じことをする可能性がある)。

 一家の大黒柱となった小倉が戦うママタレ市場は今や飽和状態といえる。小倉の競合相手であるシングルマザーで考えてみると、炎上必至の新山千春と、元夫の悪口を言わず、笑いも取れるスザンヌが二大巨頭だろう。キャラは椅子取りゲームなので、後発の小倉は不利である。

 が、小倉の理屈っぽさや“証拠”を重んじる性格が生きる場所がある。それは受験だ。「女性セブン」(小学館)によると、小倉はハワイ移住を考えているそうだが、日本でも海外でも良い、愛息を名門小学校に入れ、その秘訣を父母にレクチャーする。女手ひとつでよく頑張ったと、世間は褒め称えてくれるはずだ。『小倉優子の子どもが勉強好きになるごはん』なるレシピ本も出版できるかもしれない。小倉がお受験界のカリスマとなる日はそう遠くないように思える。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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渡辺直美、“肥満”を武器にする芸風に「女の生きづらさ」を感じてしまうワケ

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<今回の芸能人>
「逆にすごくないですか?」渡辺直美
『ダウンダウンなう』(フジテレビ系、3月17日)

 テレビにおいて、太っていることは、軽んじられることと同義である。今や芸能界の大御所と化したマツコ・デラックスも、テレビに出だした頃、お笑い芸人と共演した際は、まず体型をいじられていた。

 しかし、マツコが軽んじられることを良しとしているかというと、そうでもなく、『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、中村うさぎ相手に「ファットビューティーって考え方だってあるじゃない」と意見したこともある。うさぎとマツコが2 人でコメンテーターを務めていたことから考えると、2008年から09年頃の話である。

 17年現在、渡辺直美やブルゾンちえみなど、細身ではないオンナ芸人がブレークしている。さすが、マツコは先見の明がある、時代は“ファットビューティー”に向かっていると思う人もいるだろう。けれど、私にはむしろ逆に思えてならないのだ。

 ビヨンセのモノマネでブレークした渡辺が注目を集めたのは、ファッション性の高さだった。細身の人向けの服ばかり売られている日本では、太っていると着られる服の選択肢が少なくなるが、渡辺はファションをあきらめない。オトコ受けするとは言い難い独特な色彩感覚のメイクも合わさって、彼女独自の世界を作り上げている。サイズ展開が豊富なファッションブランド「PUNYUS」をプロデュースすることになったのも、ファッションに対する姿勢とセンスが認められたからだろう。

 余談だが、渡辺をおしゃれに見せている要因の1つは、骨格にあると私は思っている。3月17日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)によると、現在の渡辺の体重は103キロだそうで、身長が150センチ台であることを考えると、完全に肥満ゾーンだ。しかし、バランスで考えると、胴体の大きさに比べて、渡辺の手脚は細い。太っていても二重アゴになることもない。これは鼻筋とあごの骨格がしっかりしているからだろう(アジア系は一般にあごが小さいので、太ると二重アゴになりやすい。鼻筋が通っていると、小顔効果がある。ぽっちゃり売りをしている日本テレビの水卜アナやグラビアアイドルの磯山さやかも、しっかりした鼻筋とアゴを持っている)。渡辺はフォトジェニックな肥満なのである。

 渡辺といえば、インスタグラムのフォロワー数が日本一多いこともよく知られている。アメリカの有力紙「ワシントンポスト」が、渡辺に「日本の女性は超細身なのに、ぽっちゃりの渡辺がなぜ自信満々なのか」をテーマに取材を申し込んだというが、「ぽっちゃりなのに、日本一」であることが、彼らの好奇心を刺激した可能性は大いにあるだろう。

 渡辺のインスタを実際に見てみると、随所にぽっちゃりアピールがなされていることに気付く。例えば、犬の画像には「(犬を抱く)二の腕ターキー一羽分の大きさ」、水着でビーチに寝そべった画像には「トドじゃない」といった具合のコメントを添えている。笑いを挟んで、モデルとは差別化を図っているという見方もできるだろうが、私には「リア充に見えるかもしれませんが、太っています」というふうに、あえて自分から軽んじられる方向に導いたからこそ、「ぽっちゃりだから、日本一」を達成したように見える。

 同番組で恋愛事情を聞かれた渡辺は、「29年間彼氏なし。全部行きずり。逆にすごくないですか?」と告白して、MCのダウンタウンや坂上忍を笑わせた。「どうしたらちゃんと彼氏ができますか?」でなく「逆にすごくないですか?」と考えるのが、渡辺らしいと思う。というのは、渡辺のインスタは水着姿や扇情的な表情をしたものが多い。太っているオンナ芸人の対極にあると勝手に決めつけられてきた“性的なもの”を前に出し、それが多くの“いいね!”を獲得することを“新しい”と捉える人がいる一方、私には「太っているオンナは性的魅力が少ないに違いない」という一般的な思い込みを“逆に”利用して、「だから、セクシーを前面に押し出しても反感を買わない」と判断しているように感じられるのだ。

 テレビの世界は“役割”が決まっている世界だ。例えばバラエティ番組で、性的なことを語るよう求められるのは、細身のタレントやモデルだが、視聴者が“リア充”を嫌う今、彼女たちも当たり障りのないコメントしかできない。かといって、オンナ芸人が中途半端に口を挟めば、彼女たちのキャラも崩壊する。となると、性的なことを自由に発言できるのは、“規格外”の体を持つがゆえに、うまく視聴者に軽んじられることができる、渡辺のようなぽっちゃりオンナ芸人なのではないだろうか。

 隠れ蓑という言葉がある。着ると姿を隠すことができるという蓑だが、“太る”ということは、脂肪という名の隠れ蓑を手に入れることに等しいと思う。世間の目を気にせず、女性性を自由に謳歌するには、“ぽっちゃり”になることが最良なのではないだろうか。もしそうだとしたら、日本の女性が置かれている現在の環境が、どれだけ過酷かの証明ともいえるのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

加藤紗里が、なかなかテレビから消えないワケ――“SNS有名人”という新らしい在り方

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「素直に『存じ上げません』って言ったの」加藤紗里

(加藤紗里公式Twitter、3月14日)

 もう終わってしまったが、『ざっくりハイタッチ』(テレビ東京)という番組があった。千原ジュニア、フットボールアワー・後藤輝基、小藪千豊がMCを務め、毎回ゲストを招くバラエティ番組だが、平成ノブシコブシ・吉村崇がオンナについて、こんなエピソードを披露したことがある。

 「芸能人を抱きたい」という吉村は、グラビアアイドル・佐野ひなこにアプローチしたものの、まったく相手にされず、どうにかなるのは、グラドルのタマゴばかりだという。この“グラドルのタマゴ”とは、「イメージDVDを数枚出している」「テレビに出たことはない」子のことだそうで、それを聞いたMC陣は皆笑っていた。吉村はさらに、周囲の反対を押し切り、会社に借金までして2000万円もする高級車を購入したというが、ジュニアが「2000万のクルマはすごい」と言った上で、「そこに、DVD2枚出したことのある子を乗せて」と重ねると、再び笑いが起こった。

 2000万クラスの高級車と、テレビに出たこともないグラドルでは“格”が合わないという考えから生まれる笑いだろうが、今の若い世代は、もはやそういう“格”や“上下”を理解していないのではないだろうか。お笑い芸人・狩野英孝の“元彼女”として世に出てきた元レースクィーン・加藤紗里を見ていると、そう思えてしまう。

 加藤が世に出たのは、歌手の川本真琴がTwitterで、彼氏の存在を告白し、“ある女性”に対して「私の彼氏を盗らないで」とツイートしたことがきっかけだった。狩野こそ川本の彼氏だったわけだが、そこに加藤が「事務所公認の上、狩野英孝とつきあっている」「川本真琴はストーカー」と挑戦的なツイートを返す。当時の加藤は、吉村の掲げた「DVDを数枚出した」「テレビに出たことのない」に該当する、つまり“グラドルのタマゴ”だっただけに、この反撃の仕方は、「狩野に乗じて、自分を売り込もうとしている」と“売名”バッシングされた。

 加藤の外見にクセがあり、経歴もいまひとつはっきりしないことから、これ幸いとばかりにバッシングは過熱。狩野特需で、加藤はバラエティ番組に出始める。テレビ出演経験がほとんどないだろうに、大物芸能人を前にしても、加藤は臆することはない。が、その一方で、タレントとして前に出る気もあまり感じられないのである。通常ならば、こういうタレントは時間の経過と共に忘れ去られていくのだが、時代は加藤に味方しているように思う。ネットで注目を集めている案件をテレビが取り上げることが多くなっている今、SNSが活発な芸能人は、テレビで需要があるのだ。

 例えば加藤は、「週刊新潮」(新潮社)に、AV女優・坂口杏里から借金を申し込まれたものの、これを拒否したと報じられた。坂口はTwitterで「お金かりてません!」と否定したが、加藤は「紗里が売名のためにお金貸してって言われたってわざわざ嘘ついてるって感じで・・・。どっちでもいーけど、色々悩んでいたのがバカみたい笑」と反論した。何か事情があることを思わせる発言で、『バイキング』(フジテレビ系)はそのあたりを聞こうと、加藤にオファーをかけるが、テレビに出た彼女の口は重い。SNSやブログでの加藤はネットニュースが食いつきそうな単語を散りばめているのに、テレビでの加藤は別人のようなのだ。

 しかし、知名度を上げた加藤にオファーをかける番組は多い。元阪神タイガースで野球解説者の下柳剛氏と『虎バン』(朝日放送)で共演した加藤は、「ピッチャーって知っているか?」と尋ねられ、「素直に『存じ上げません』とお答えした」ことをTwitterで明かした。自称“カープ女子”がピッチャーも知らないとは、炎上を狙っての燃料投下にも思えるが、もしかしたら真実かもしれないとも感じるのだ。

 加藤を見ていると、他人への興味のなさを感じる。

 バラエティ番組では、上下関係と相手の個性を読みつつ、オリジナルなコメントをすることが求められるが、加藤は他人に興味がないので、求められていることがわからず、凡庸なコメントしかできないのではないか。その点、SNSは自分ひとりの世界なので、好きな時に好きなことを書ける。誰にも邪魔されることはなく、強気なことも書ける。

 芸能人といえば、テレビに出て顔を売ることが仕事と思われてきた。しかし、これからは自分にしか興味がなく、SNSで自分をアピールし、時折テレビに出て実績は稼ぐが、存在感があるというわけではない(しかし、SNS有名人ゆえに仕事そのものは減らない)という加藤タイプの芸能人が、増えるような気がしてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

加藤紗里が、なかなかテレビから消えないワケ――“SNS有名人”という新らしい在り方

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「素直に『存じ上げません』って言ったの」加藤紗里

(加藤紗里公式Twitter、3月14日)

 もう終わってしまったが、『ざっくりハイタッチ』(テレビ東京)という番組があった。千原ジュニア、フットボールアワー・後藤輝基、小藪千豊がMCを務め、毎回ゲストを招くバラエティ番組だが、平成ノブシコブシ・吉村崇がオンナについて、こんなエピソードを披露したことがある。

 「芸能人を抱きたい」という吉村は、グラビアアイドル・佐野ひなこにアプローチしたものの、まったく相手にされず、どうにかなるのは、グラドルのタマゴばかりだという。この“グラドルのタマゴ”とは、「イメージDVDを数枚出している」「テレビに出たことはない」子のことだそうで、それを聞いたMC陣は皆笑っていた。吉村はさらに、周囲の反対を押し切り、会社に借金までして2000万円もする高級車を購入したというが、ジュニアが「2000万のクルマはすごい」と言った上で、「そこに、DVD2枚出したことのある子を乗せて」と重ねると、再び笑いが起こった。

 2000万クラスの高級車と、テレビに出たこともないグラドルでは“格”が合わないという考えから生まれる笑いだろうが、今の若い世代は、もはやそういう“格”や“上下”を理解していないのではないだろうか。お笑い芸人・狩野英孝の“元彼女”として世に出てきた元レースクィーン・加藤紗里を見ていると、そう思えてしまう。

 加藤が世に出たのは、歌手の川本真琴がTwitterで、彼氏の存在を告白し、“ある女性”に対して「私の彼氏を盗らないで」とツイートしたことがきっかけだった。狩野こそ川本の彼氏だったわけだが、そこに加藤が「事務所公認の上、狩野英孝とつきあっている」「川本真琴はストーカー」と挑戦的なツイートを返す。当時の加藤は、吉村の掲げた「DVDを数枚出した」「テレビに出たことのない」に該当する、つまり“グラドルのタマゴ”だっただけに、この反撃の仕方は、「狩野に乗じて、自分を売り込もうとしている」と“売名”バッシングされた。

 加藤の外見にクセがあり、経歴もいまひとつはっきりしないことから、これ幸いとばかりにバッシングは過熱。狩野特需で、加藤はバラエティ番組に出始める。テレビ出演経験がほとんどないだろうに、大物芸能人を前にしても、加藤は臆することはない。が、その一方で、タレントとして前に出る気もあまり感じられないのである。通常ならば、こういうタレントは時間の経過と共に忘れ去られていくのだが、時代は加藤に味方しているように思う。ネットで注目を集めている案件をテレビが取り上げることが多くなっている今、SNSが活発な芸能人は、テレビで需要があるのだ。

 例えば加藤は、「週刊新潮」(新潮社)に、AV女優・坂口杏里から借金を申し込まれたものの、これを拒否したと報じられた。坂口はTwitterで「お金かりてません!」と否定したが、加藤は「紗里が売名のためにお金貸してって言われたってわざわざ嘘ついてるって感じで・・・。どっちでもいーけど、色々悩んでいたのがバカみたい笑」と反論した。何か事情があることを思わせる発言で、『バイキング』(フジテレビ系)はそのあたりを聞こうと、加藤にオファーをかけるが、テレビに出た彼女の口は重い。SNSやブログでの加藤はネットニュースが食いつきそうな単語を散りばめているのに、テレビでの加藤は別人のようなのだ。

 しかし、知名度を上げた加藤にオファーをかける番組は多い。元阪神タイガースで野球解説者の下柳剛氏と『虎バン』(朝日放送)で共演した加藤は、「ピッチャーって知っているか?」と尋ねられ、「素直に『存じ上げません』とお答えした」ことをTwitterで明かした。自称“カープ女子”がピッチャーも知らないとは、炎上を狙っての燃料投下にも思えるが、もしかしたら真実かもしれないとも感じるのだ。

 加藤を見ていると、他人への興味のなさを感じる。

 バラエティ番組では、上下関係と相手の個性を読みつつ、オリジナルなコメントをすることが求められるが、加藤は他人に興味がないので、求められていることがわからず、凡庸なコメントしかできないのではないか。その点、SNSは自分ひとりの世界なので、好きな時に好きなことを書ける。誰にも邪魔されることはなく、強気なことも書ける。

 芸能人といえば、テレビに出て顔を売ることが仕事と思われてきた。しかし、これからは自分にしか興味がなく、SNSで自分をアピールし、時折テレビに出て実績は稼ぐが、存在感があるというわけではない(しかし、SNS有名人ゆえに仕事そのものは減らない)という加藤タイプの芸能人が、増えるような気がしてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

堀北真希があこがれる、「山口百恵」的専業主婦に必要不可欠なモノ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「本人(堀北真希)が望んできたことなので」山本耕史
(「スポニチアネックス」3月1日)

 女優・堀北真希が、2月28日をもって芸能界を引退したことを発表した。「スポニチアネックス」によると、堀北は山口百恵にあこがれを持っていて、周囲に「潔く辞めた姿が素敵」と話していたそうだ。

 女性芸能人が結婚を機に引退を発表する時、必ず引き合いに出されるのが、アイドルとしての人気絶頂時に俳優・三浦友和と結婚、引退した山口百恵だ。引退宣言をしても、離婚や子育てがラクになってきたといって復帰する元芸能人は多いが、百恵は一度たりとも芸能活動をしたことはない。夫婦仲は良いようで、2人の子どもを育て上げ、三浦は紫綬褒章も受章した。完璧な妻で母といえるだろう。

 百恵の生い立ちは、複雑である。引退直前に百恵が書いた『蒼い時』(集英社文庫)によると、百恵の父親は、母親と出会った時にすでに妻子がいたという。父親は百恵の祖父に「ちゃんとします」とあいさつしたものの、妻子と別れることはなかった。父親が生活費を渡さなかったため、生活は困窮。ところが、百恵がスターとなると、父親は事務所に借金をし、親権を要求してくる。最終的に百恵が“手切れ金”を払うことで、父親と縁を切ったそうだ。

 陰のある少女がスターとなり、愛する人とめぐりあって幸福な家庭を築く。百恵のストーリーにシンパシーを寄せるのは、同じように複雑な家庭に育った女性芸能人である。中森明菜は、デビュー当時から百恵のファンであることを公言し、「結婚したら引退」とことあるごとに語っていた。明菜の家庭も裕福とはいえず、母親は昼夜働いて明菜にバレエを習わせ、その才能に賭けた。スターになってからは、兄弟が勝手に事務所から借金をし、明菜のお金で事業を興しては潰していたことが、女性週刊誌で報道されたこともある。近藤真彦とは結婚間近といわれていたが、近藤の家で自殺未遂をしてからはトラブル続きで、今も独身だ。

 両親が離婚し、10代の頃から家族の大黒柱だった上戸彩も、「女性セブン」(小学館)のインタビューで「山口百恵さんになりたい」「料理や掃除、洗濯など女としての仕事をちゃんとこなせるようになりたい」と率直に百恵へのあこがれを語ったが、夫であるLDH WORLDのクリエイティブ・ディレクター・HIROとの離婚説や激ヤセが話題になるなど、百恵とはほど遠い。

 愛に餓えた少女が、愛にあふれた家庭を専業主婦として作ろうと、相手に愛情を注ぐものの、なぜかうまくいかない――これは、“愛にあふれた家庭”が、愛で作られていないからではないだろうか。それでは百恵的専業主婦に必要なものは何かというと、カネなのではないかと思う。

 良い夫の代名詞ともいわれる三浦だが、自身の自伝的人生論『相性』(小学館)の中で、見込み違いの投資をして、長い間ローンを払っていたと明かしており、それについて百恵は一言も文句を言わなかったそうだ。また、三浦は結婚してから30代まであまり仕事がなく、収入は激減。マスコミには“山口百恵のヒモ”と揶揄されたものの、百恵が三浦を責めることはなかったという。“夫を責めない妻”というのは、マスコミ受けする美談だが、専業主婦にとって夫が稼いでこないことは死活問題だ。

 が、ここで思い出すのが、かつての「週刊文春」(文藝春秋)の記事である。ホリプロの功労者である百恵と事務所の関係は良好で、引退後も一種の“年金”として、定期的にヒットコレクションが発売されるなどして、百恵は引退後も年間1000万円以上の印税収入を得ているという内容だった。この記事が正しいとすると、それだけの収入があれば、最低限の生活はできるわけだから、確かに夫を責める必要はなくなるだろう。実家が資産家だったり、不動産収入がある人は、生活が派手でなくてもなんとなく余裕が感じられるが、この余裕こそ、家庭円満に必要不可欠なものなのだ。ちなみに、堀北は女優だが、“年金”は歌手ほどおいしくはなく、出演したドラマがDVD化され、どれだけ売れようとも、追加でギャラが支払われることは基本的にないそうである。

 もう1つ、百恵的専業主婦に欠かせないのは「浮気をしない夫」だ。今まで三浦夫妻が理想の夫婦としてもてはやされてきたのは、三浦の浮気が露見していないからだろう(もし浮気が明らかになったら、しっかり家庭を守る妻と、それに感謝して愛し続ける夫と言う図式が崩れてしまう)。

 堀北の夫、俳優・山本耕史は、独身時代プレイボーイとして知られ、脈のない堀北も果敢にアプローチして強引に結婚に持ち込んだ猛者である。難易度が高ければ高いほど燃える人が、1人の女性で満足できるかどうか。堀北の引退を「本人が望んできたことなので」と他人事のように語っていた山本。堀北が百恵になれるかどうかは、実は今後の山本次第である。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

堀北真希があこがれる、「山口百恵」的専業主婦に必要不可欠なモノ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「本人(堀北真希)が望んできたことなので」山本耕史
(「スポニチアネックス」3月1日)

 女優・堀北真希が、2月28日をもって芸能界を引退したことを発表した。「スポニチアネックス」によると、堀北は山口百恵にあこがれを持っていて、周囲に「潔く辞めた姿が素敵」と話していたそうだ。

 女性芸能人が結婚を機に引退を発表する時、必ず引き合いに出されるのが、アイドルとしての人気絶頂時に俳優・三浦友和と結婚、引退した山口百恵だ。引退宣言をしても、離婚や子育てがラクになってきたといって復帰する元芸能人は多いが、百恵は一度たりとも芸能活動をしたことはない。夫婦仲は良いようで、2人の子どもを育て上げ、三浦は紫綬褒章も受章した。完璧な妻で母といえるだろう。

 百恵の生い立ちは、複雑である。引退直前に百恵が書いた『蒼い時』(集英社文庫)によると、百恵の父親は、母親と出会った時にすでに妻子がいたという。父親は百恵の祖父に「ちゃんとします」とあいさつしたものの、妻子と別れることはなかった。父親が生活費を渡さなかったため、生活は困窮。ところが、百恵がスターとなると、父親は事務所に借金をし、親権を要求してくる。最終的に百恵が“手切れ金”を払うことで、父親と縁を切ったそうだ。

 陰のある少女がスターとなり、愛する人とめぐりあって幸福な家庭を築く。百恵のストーリーにシンパシーを寄せるのは、同じように複雑な家庭に育った女性芸能人である。中森明菜は、デビュー当時から百恵のファンであることを公言し、「結婚したら引退」とことあるごとに語っていた。明菜の家庭も裕福とはいえず、母親は昼夜働いて明菜にバレエを習わせ、その才能に賭けた。スターになってからは、兄弟が勝手に事務所から借金をし、明菜のお金で事業を興しては潰していたことが、女性週刊誌で報道されたこともある。近藤真彦とは結婚間近といわれていたが、近藤の家で自殺未遂をしてからはトラブル続きで、今も独身だ。

 両親が離婚し、10代の頃から家族の大黒柱だった上戸彩も、「女性セブン」(小学館)のインタビューで「山口百恵さんになりたい」「料理や掃除、洗濯など女としての仕事をちゃんとこなせるようになりたい」と率直に百恵へのあこがれを語ったが、夫であるLDH WORLDのクリエイティブ・ディレクター・HIROとの離婚説や激ヤセが話題になるなど、百恵とはほど遠い。

 愛に餓えた少女が、愛にあふれた家庭を専業主婦として作ろうと、相手に愛情を注ぐものの、なぜかうまくいかない――これは、“愛にあふれた家庭”が、愛で作られていないからではないだろうか。それでは百恵的専業主婦に必要なものは何かというと、カネなのではないかと思う。

 良い夫の代名詞ともいわれる三浦だが、自身の自伝的人生論『相性』(小学館)の中で、見込み違いの投資をして、長い間ローンを払っていたと明かしており、それについて百恵は一言も文句を言わなかったそうだ。また、三浦は結婚してから30代まであまり仕事がなく、収入は激減。マスコミには“山口百恵のヒモ”と揶揄されたものの、百恵が三浦を責めることはなかったという。“夫を責めない妻”というのは、マスコミ受けする美談だが、専業主婦にとって夫が稼いでこないことは死活問題だ。

 が、ここで思い出すのが、かつての「週刊文春」(文藝春秋)の記事である。ホリプロの功労者である百恵と事務所の関係は良好で、引退後も一種の“年金”として、定期的にヒットコレクションが発売されるなどして、百恵は引退後も年間1000万円以上の印税収入を得ているという内容だった。この記事が正しいとすると、それだけの収入があれば、最低限の生活はできるわけだから、確かに夫を責める必要はなくなるだろう。実家が資産家だったり、不動産収入がある人は、生活が派手でなくてもなんとなく余裕が感じられるが、この余裕こそ、家庭円満に必要不可欠なものなのだ。ちなみに、堀北は女優だが、“年金”は歌手ほどおいしくはなく、出演したドラマがDVD化され、どれだけ売れようとも、追加でギャラが支払われることは基本的にないそうである。

 もう1つ、百恵的専業主婦に欠かせないのは「浮気をしない夫」だ。今まで三浦夫妻が理想の夫婦としてもてはやされてきたのは、三浦の浮気が露見していないからだろう(もし浮気が明らかになったら、しっかり家庭を守る妻と、それに感謝して愛し続ける夫と言う図式が崩れてしまう)。

 堀北の夫、俳優・山本耕史は、独身時代プレイボーイとして知られ、脈のない堀北も果敢にアプローチして強引に結婚に持ち込んだ猛者である。難易度が高ければ高いほど燃える人が、1人の女性で満足できるかどうか。堀北の引退を「本人が望んできたことなので」と他人事のように語っていた山本。堀北が百恵になれるかどうかは、実は今後の山本次第である。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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「パン屋に詳しい女」を嫌うSHELLY……テレビで「オンナによるオンナ叩き」が蔓延するワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「パン屋さんにやたら詳しい」SHELLY
『徳井と後藤と麗しのSHELLYと芳しの指原が今夜くらべてみました』(日本テレビ系、2月14日放送)

 『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)は、テーマに沿ったゲストを招いてトークを展開するバラエティ番組だが、最近「テーマが違っても、同じような話をしている」と思えることが増えてきている。具体的に言うと「オンナによるオンナ叩き」で、既視感がすごいのだ。

 2月14日放送の回のテーマは、「大都会東京のここが嫌い」だった。ゲストは、ひがみソングの歌姫・関取花、長崎県五島列島出身の女優・川口春奈、最近、東京進出を果たしたお笑い芸人・尼神インターの渚。3人は「東京のここが嫌い」トークを展開するが、よく聞いてみると、「それは東京と関係ないのでは?」というツッコミたくなるようなエピソードが多い。

 例えば、関取が「都会に染まった女」として明かしたエピソードは次の通りだ。学生時代の友達が、オシャレな出版社に勤務し、吉祥寺に引っ越したので遊びに行った時のこと。それまではショートカットにTシャツとジーンズ姿で、赤ちょうちんの飲み屋で飲んでいた彼女が、今はふわふわボブとロングスカート。ビールはやめ、今はパクチーモヒートがお気に入りだそうだ。関取が芸能ニュースを話題にすると、友達は「人のいいところを探すのではなく、悪いところばかり探していると、心は豊かにならないと思う」とたしなめられたことを芝居がかった口調で話していた。その後、ボサノバジブリの流れる友人の部屋で、北欧製の鍋で作ったチャイティーをふるまわれる。「味がぼやけているから、わからない」のが本音だったが、無難に「家で入れるとおいしいね」と答えておいたそうだ。

 話しながら、こみ上げる笑いを抑えられない関取に、MCのフットボールアワー・後藤輝基が「バカにしてるやろ!」とツッコんだが、私も同意見である。このエピソードは「都会に染まった女」というより「就職してライフスタイルや価値観が変わった女」であり、もっと言うと「昔は仲が良かったが、今は嫌いな女」という方が適当ではなかろうか(ちなみに、関取はこの友人のことを「さらばコットンガール」という曲にしたそうである)。

 そんな関取の話に、“非リア充”芝居が日本一うまいMCのHKT48・指原莉乃が、「都会に染まった女」の例として、「田舎から出てきた女はフラペチーノを頼むが、都会に染まった女は豆乳ベースの飲み物を頼む。豆乳のシールと、ハイブランドの財布が映るように写真を撮り、インスタに上げる」と乗っかってみせる。日本のトップアイドルが、「同性の悪口を言う」というタブーを犯すことで、一般人から親しみを獲得する“指原方式”だとは百も承知だが、この話、エピソードとして無理があるのではないだろうか。指原の挙げた例は、スターバックスのことを指しているのだろうが、同店は全国展開しているので、「東京に来て初めて経験するもの」とは限らないし、私は現在まあまあイナカに住んでいるものの、そのイナカでもハイブランドの財布を持つ若い女性は珍しくない。

 MCであるSHELLYのエピソードも、切れ味がイマイチである。どんな女が嫌かと聞かれたSHELLYは、「『おいしいパンが食べたいよね』と言ったのに対して、『クロワッサンだったら、メゾン・ランドゥメンヌ・トーキョー、カレーパンだったら、ピエール・ガニョールパン・エ・ガトーだよね』というように、パン屋さんにやたら詳しい女」と述べた。このエピソードも、私には意味がわからない。自分からおいしいパンが食べたいと言いだして、相手が答えたら嫌な気分になるとは、どういう了見なのだろう。

 SHELLYの真意はさておき、MCとゲストがそれぞれ“嫌なオンナ”について語ることは、タレント、制作側にとって好都合なのではないだろうか。まず、タレント側の立場で考えてみよう。視聴者がリア充を嫌う今、タレントが私生活を開示すると、ささいなことで視聴者の機嫌を損ねる可能性がある。しかし、“嫌なオンナ”トークであれば、積極的に参加することで「意外にさばけてる」と印象付けることができるのだ。次に、制作側から考えると“嫌なオンナ”の氏名を明かさないので、トラブルになることはない(例えば、嫌いなオンナとして芸能人の名前を挙げると、番組観覧者がネット上に書き込んだりして、面倒なことが起きかねない)。長寿番組にマンネリ化はつきものだが、各ゲストに“嫌なオンナ”エピソードを持ってきてもらえば、持ちよりのホームパーティーのように、労せずして場が華やかになるのだ。

 世の中に“嫌なオンナ”が存在するわけではなく、時と場合と相手によって、嫌な部分が露わになる。故に“嫌なオンナ”と“そうでないオンナ”に分けることはできない。こんな私見を制作側はまったく必要としないだろう。

 若者が恋愛をしなくなり、経済的格差は広がる一方、晩婚化、少子化は進み、離婚率も上昇するなど、多数派としての“フツウの人”の定義が激しく揺らいでいる今、“嫌なオンナ”は一番扱いやすくクレームのつかないコンテンツなのかもしれない。なぜなら自分を“嫌なオンナ”と思うオンナはほぼいないのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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“ポジティブ売り”マギーと“ネガティブ売り”塚地――『モシモノふたり』に見る正反対の本質

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「絶対僕を見て、場違いやなと思っている」ドランクドラゴン・塚地武雅
『モシモノふたり』(フジテレビ系、2月15日)

 テレビは、タレントを“ポジティブ”と“ネガティブ”に分けることがお好きである。視聴者が蛇蝎のごとくリア充を嫌いう現代、今や芸能人は視聴者より“下”を演じなければならない。そんなわけで、今やどんな芸能人も“ネガティブ”の椅子に座りたがるが、「どこがネガティブなんだ」と感じることは多い。

 2月15日放送の『モシモノふたり』(フジテレビ系)は、「自分磨き大好き&ポジティブ」なマギーと、「容姿恋愛すべてにネガティブ」なお笑い芸人・ドランクドラゴン塚地武雅の同居生活を追った。塚地は「シャレてる場所って、抵抗ある」「申し訳ない、劣等感(を持ってしまう)」などと語っていたが、番組はマギーの行きつけである代官山のカフェでの待ち合わせから始まった。

 TwitterやインスタグラムなどのSNSをやらない理由を、「俺の写真載せて、行った場所の人にも申し訳ない」と明かし、ネガティブさを発揮する塚地。「美しくなりたい」とジムに週に2~3回通っているが、効果はあまりなく、「(周囲は)絶対僕を見て、場違いやなと思っている」そうで、マギーはそんなネガティブ塚地のために、自分が通う麻布十番のスタジオでトレーニングをしようと誘う。その後、パンケーキを食べたことのない塚地のリクエストで、パンケーキを食べる。塚地に別番組の収録があったため、2人は一時別行動となり、マギーは撮影場所であるマンションで料理を作り、塚地を待つ。基本的に自炊生活のマギーは、料理もお手の物なのだ。

 そんな同居生活の中で、塚地はマギーに「なぜ自分が結婚できないのか?」と聞き、自信のなさを指摘されていた。塚地が自信を失くしたきっかけは、女性がダイエットなどをして変身を遂げる番組をたまたま見ていたところ、変身前の女性が「ドランクドラゴン塚地似」と紹介されていたからだそうだ。自分はそこまで人に嫌がられるような存在なのかと落ち込んだという。

 “醜い側”の代名詞として自分の名前を使われて、うれしい人はいないだろう。女性に対して苦手意識を持っても仕方がないし、話としての辻褄は合っている。が、塚地の番組での行動を見ていると、自分への甘さに気付くのだ。

 パンケーキを食べに行った際、塚地はマギーのために店のドアを開けず、それを「俺みたいな者がレディーファーストをやっているって思われたくなかった」と説明した。芸能人である塚地が気にすべきは、カフェにいる数人の視線よりも、マギーやテレビの向こうの多くの女性視聴者に、「顔はアレだけど、気が利いて優しい」と思わせることなのではないだろうか。

 さらに2人は、パンケーキをシェアしていたのだが、お会計の際、塚地はバッグから財布を取り出すのにモタモタし、マギーにきっちり自分の分を出されてしまう。20歳も年下の美女にその仕打ちはないと、スタジオにいるりゅうちぇるや坂下千里子から非難されており、私も同感である。

 ちなみになぜ財布を取り出すのに手間取ったかというと、睡眠時無呼吸症候群を患っている塚地が、就寝時につける機械付きのマスクを大きなバッグに入れて持ち歩いているからである。あまり見た目がいいとは言えないマスクを見たマギーに、「治す方法はないの?」と聞かれた塚地は「しょうがないよね」と答えている。睡眠時無呼吸症候群の患者には、肥満型の男性が多いことがわかっていて、その場合、医師にダイエットを勧められる。塚地の体型から考えて、ダイエットが有効である可能性は捨てきれないが、塚地はダイエットをはじめ、“根本から治す”という発想はないようだ。顔は変えられないが、レディーファーストや、睡眠時無呼吸法症候群の治療など、塚地は“自分で変えられること”を案外やろうとしない。「どうせ俺がやっても無駄だ」という言葉だけならネガティブだが、何かに挑戦することすらしない姿は、実は自分に満足しているポジティブな人のように私には見えるのだ。

 ついでに言うと、ポジティブ売りをしているマギーの方が、私にはよっぽどネガティブに見える。腹筋に筋が走るほどワークアウトをし、自炊してスタイルの維持に務め、バラエティでは相手が先輩であろうと、前に出るため切り込んでいくマギー。その理由を「モデルスイッチでやっちゃうと、バラエティで生き残れない」と塚地に説明していた。かつて『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)で、RIKACOが「有酸素運動をしてダイエットをしている」と話した際、「私は代謝が高いから大丈夫」と若さをアピールして、RIKACOを不機嫌にさせていたが、そんなガッツにあふれた仕事ぶりは、両親の離婚や、極貧生活、いじめられた経験と無関係ではないだろう。

 しかし、マギーは今年「フライデー」(講談社)にHi‐STANDARD・横山健との不倫を報じられている。横山は妻子持ちなので、不倫である。2人はマギーがMCを務める『バズリズム』(日本テレビ系)で共演し、横山の猛アプローチで交際が開始したそうだ。

 売れっ子モデルが、自分より20歳近く年上の子持ちのオジサンに熱心に言い寄られたくらいで、損な恋愛をする。事務所の力で今のところお咎めなしだが、よりによってそんな恋愛を選ぶマギーは、悲しいほどネガティブと言えるのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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