豊田真由子議員、謝罪会見で「夫と仲良し」発言の意味――「結婚=人格者の証拠」への違和感

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「仲の良い夫がいるんですけど」豊田真由子
(謝罪会見、9月18日)

 人気商売の人が行う謝罪会見とは、「自分の気持ちを話すこと」ではなく、「見ている人の気が済むように謝ること」が目的だと私は思っている。そういう意味でいえば、豊田真由子議員の会見は大失敗だったのではないだろうか。元秘書への暴言や暴行を「週刊新潮」(新潮社)に暴露された豊田議員。世間が期待するのは、元秘書への全面謝罪だろうが、豊田議員の釈明を一言でまとめると、“自分は頑張ってきたアピール”である。

 今回のケースは、相手が国会議員という公人であること、元秘書が音声などの証拠をそろえていたことから週刊誌が食いついた。しかし一般社会では、訴えることはしないまでも、“とよまゆ的”なパワハラ被害に遭ったことがある人は多いのではないだろうか。

 個人的な話で恐縮だが、会社員時代、私の隣の席の女性(以下、Aさん)が、豊田議員と同じく東大法学部卒だった。彼女はちょっとしたことで激高しやすく、気に入らないことがあると豊田議員の「このハゲーっ!」と同じ調子で怒鳴る性質を持っていた。基本的にAさんはいつも怒鳴っていたものの、誰にでも怒鳴るわけではなく、ちゃんと人を見ていた。対象は、自分より若く、学歴が低く、権力がない人。けれど、自分と同じくらいの年齢の女性社員や、押し出しが強かったり、オラオラ系の男子社員には、たとえ学歴が低くても、敬意を持って接していた。

 豊田議員は、後援会の人には非常に評判がいいという記事を目にしたことがあるが、Aさんと同じく、上下関係で完全に態度を変えていたのだろう。それはオトナとして当然の処世術だが、豊田議員が間違ったのは、秘書を怒らせるデメリットを理解していなかったことだ。自分が雇用しているという意味では、秘書は下の存在だが、“自分の秘密を知っていること”、またスマホさえあれば音声の録音や動画を撮れるので、“その秘密をマスコミに持ち込めること”を考えると、秘書は後援者や有権者と同じように、ある程度は敬うメリットのある存在なのだ。

 終始、「あの恫喝はたまたまであって、日常的ではない」ことを繰り返した豊田議員だが、会見の最後に、「新潮」の記者から質問を受けると、これまでの殊勝な態度は消え失せた。あごを上げ、敵意を表した薄目で攻撃的に話す様子は、真偽は別として、激高しやすく、パワハラが日常化していた印象を与えて本人に損だろう。しかし、そういう計算ができないくらい、良くも悪くも豊田議員は裏表のない人と見ることもできる。

 政治家であれ、芸能人であれ、人気商売をする人にとって、尋常じゃないヒステリーな人、パワハラをする人というレッテルを貼られるのは、まぎれもなく損である。その“疑い”を晴らすため、“容疑者たち”が取る行動の1つが「夫(妻)と仲良しアピール」である。

 例えば、豊田議員は会見の服装を見てみよう。黒いスーツにピアスもネックレスもない神妙ないでたちだが、よく見ると左手の薬指に二種類の指輪をしていることに気付く。立爪系のダイヤとシンプルなプラチナ系のリングは、婚約指輪と結婚指輪と推察することができる(ちなみに、この組み合わせは、夫婦仲良し売りをする君島十和子もよくしている)。

 指輪が本当に婚約指輪と結婚指輪の組み合せだったと仮定すると、これらは「結婚している」「婚約指輪を大事にするくらい、夫を大事にしている」というメッセージであると見ることもできるだろう。実際、豊田議員は、会見の際に夫とのエピソードを披露し、「16年連れ添っている、今も仲の良い夫がいるんですけれど、『あんな声聞いたことがないぞ、合成されたんじゃないか?』(と言っていた)」というふうに、夫の発言を借りて証言してみせた。

 夫や子どもには温厚でも、部下にパワハラする人はいるわけで、夫の“証言”はあてにならない。そんな理屈を天下の東大法学部出の豊田議員がわからないはずもない。豊田議員は、夫の存在を明らかにすることで、「夫に愛されているのは、性格がいい証拠」と訴えたかったのではないだろうか。豊田議員は、結婚を「人格に難がない証明書」と捉えているように、私には感じられるのである。

 ちなみに豊田議員は、2014年に園遊会に夫と共に招待されたが、当日は母親を伴って姿を現したと「産経新聞」が報じた。夫婦仲が良いのなら、なぜ一緒に参加しないのだろうか。こういった公式行事の時は、仲が良い悪いは別として、行動を共にするのが一般的ではないだろうか。園遊会事件には続きがある。宮内庁は母親の参加を拒否したものの、豊田議員は「母親が配偶者である」と強弁したそうだ。この言い訳もさることながら、宮内庁に断られてもそこに居座る母親も、かなり常識はずれではないだろうか。

 結婚すること、母親になることを神聖視し、“人格者の証拠”と見る傾向が日本には強い気がする。その考え方は、「結婚し、母親になった女性が上」という序列づけにつながっていく。豊田議員が明らかにしたのは、特定の秘書へのパワハラではなく、女性全体が受けているうっすらとしたハラスメントのように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

“結婚できない男”今田耕司に教えたい「外見が玄人、内面は素人」というオンナの正体

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<今回の芸能人>
「食べることが好きな人がいいね」今田耕司
『おしゃれイズム』(日本テレビ系、9月10日)

 人気男性芸能人の「結婚したいのに、できないネタ」ほど白々しいものはないと私は思っているが、彼らが実際にどんな生活をしているかは別として、視聴者にウケる「結婚できないネタ」にはコツがある。大前提として、売れていることが必要だが、人格のクセが強すぎないこと、そこそこ恋愛していることだろう。結婚できない理由が「人格が破たんしているから」とか「オンナ遊びがすごすぎる」というのはNGだ。

 そういう意味で言うと、今田耕司は「結婚したいのに、できないネタ」がハマるタイプだと思う。テレビ上の人格にクセはないし、私生活では潔癖症という点も、視聴者を面白がらせる“ネタ”に昇華している。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)にて、「飲んで帰ってきても、掃除と洗濯は欠かさない」「後輩や彼女が洗い物をしても、自分でもう一度洗い直す」「家政婦を雇ったけれど、掃除する場所がないくらにきれいで驚かせた」といったエピソードを披露し、「みなさん、気持ち悪いでしょ?」と笑われてみせた。潔癖症売りをする芸能人は、「自分が普通」と言い張るものだが、この「他人から見てオカシイ感じ」が理解できなければ、笑いにならない。同じことが、結婚できない売りにも言えるのではないか。

 今田も、時が来ればサラっと結婚するだろうが、2014年放送の『芸人報道』(同)で本人が掲げた結婚の条件39箇条は、私にとって面白かった。挙げた条件は以下のとおり。

1.身長163センチ以上/2.年齢28歳以下/3.日本人もしくはハーフもしくはロシア人/4.美人/5.肌がキレいで薄化粧/6.脚がキレい/7.カカトがキレい/8.歯と歯茎がキレい/9.手がキレイ/10.    手を握ったときにしっくりくる/11.やせすぎていない/12.頭皮のニオイがしっくりくる/13.明るい/14.キレい好きで少し大ざっぱ/15.子ども好き/16.運動神経が良い/17.車の運転ができる/18.箸の持ち方がきれい/19.肌にしっとり感がある/20.少食でない/21.お酒が好き/22.よく遊ぶ所が、西麻布や六本木ではない/23.クラブが好きじゃない/24.映画が好き/25.ファッションに興味がある/26.ハワイが好きすぎない/27.占い・風水にはまりすぎていない/28.今までの交際人数が、嘘でもいいから5人以内/29.売れてる芸能人とつきあったことがない/30.タトゥーを入れている男友達が多くない/31.タダで海外旅行に行ったことがない/32.ハリウッド関係者とご飯を食べたことがない/33.帰省する田舎がある/34.両親と仲が良い/35.お母さんが今田に否定的でない/36.部屋にペーパークラフトがない/37.動物が好きすぎない/38.AVを買うのを止めない/39.今田が出演した番組に、意見を言わない

 テレビでの発言を本気にしてもしょうがないが、これらの条件は、今田が面倒くさい認定されるのに十分な量と質である。

 今田の理想の相手は、「両親に可愛がられ、きちんとした躾を受けて育った地方出身者」で、「特に化粧などをしなくても美人で、体のパーツもきれい、よく食べるがスタイルはいい」「お酒が好きだけれど、六本木や西麻布といった繁華街で遊んだり、ガラの悪い男友達はいない」「芸能人や業界関係者と交流がなく、まちがっても枕営業なんてしない人」……とまとめることができるだろう。

 39の条件の中に、女性の職業については言及されていないものの、芸能人か、芸能人と知り合える特殊なコネを持っている女性を想定していることがよくわかる。キレイであることは絶対条件だが、ハリウッド関係者と食事をしたり、タダで海外旅行に行くという芸能人利権や芸能人的営業をしない人。人より前に出てナンボの芸能界で、そんな消極的では売れないだろう。ご両親がどっさり仕送りをしてくれるなら別だが、地方出身の、ビッグネームとは言い難い女性芸能人の生活は、そんなに余裕があるものではないと予想がつく。誰か応援してくれる人がいないと、もしくは時給の高いアルバイトをしないとしんどいだろうが、今田の考えはそこまで及ばない。外見はお金が稼げる玄人レベル、内面は業界の汚れを知らない強い貞操観念を持った素人っぽい女性を探しているようだ。

 時は流れて、2017年。9月10日放送の『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演した今田は、またしても「結婚したいのに、できないネタ」を披露する。今田の後輩であるナインティナイン・岡村隆史に、「人の見ていないところを見ている」「(顔やスタイルは良くても)『あの娘のハンカチ汚かったで』みたいに」と暴露されていた。岡村いわく、今田はその“汚いハンカチ”から、「家が汚いということは、トイレも汚い」といった具合に連想し、「裏側を見つけてしまう」のだそうだ。“内面を暴こうとする”視点には、外見のいい玄人タイプの女性は好きだけれど、玄人的な内面は嫌いという矛盾や葛藤を抱えているように感じられる。

 そんな今田は、結婚したい女性のタイプとして、ハーフであることと共に「食べることが好きな人がいいね」を挙げた。食べることが好きな人であれば、おいしいものを食べた時にいいリアクションをしてくれるという意味での発言だったが、いいリアクションは、感動から生まれるというより、ごちそうしてくれる目上の人に対する敬意として発せられるものではないか。となると、接客業のように「お客さんが上」かつ「金を使ってくれた人を喜ばせる」関係を何度も経験して、場数を踏んでいる女性こそ、それができるわけだ。つまり、リアクションのいい女性は、今田の嫌いな内面が玄人、もしくは玄人的センスを持っているということだろう。

 「外見が玄人、内面は素人」な女性を探すのは難しい。しかし、そういう女性を“完璧に演じられる人”なら、案外いると思う。なぜなら、素人っぽく振る舞えるのは、玄人が何たるかを知った人でないと無理だからである(家事手伝い、元モデルという触れ込みのロンブー淳夫人も元キャバクラ嬢だった)。今田と結婚したい接客業の女性は、チャンスありなのでぜひ頑張ってほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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“結婚できない男”今田耕司に教えたい「外見が玄人、内面は素人」というオンナの正体

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「食べることが好きな人がいいね」今田耕司
『おしゃれイズム』(日本テレビ系、9月10日)

 人気男性芸能人の「結婚したいのに、できないネタ」ほど白々しいものはないと私は思っているが、彼らが実際にどんな生活をしているかは別として、視聴者にウケる「結婚できないネタ」にはコツがある。大前提として、売れていることが必要だが、人格のクセが強すぎないこと、そこそこ恋愛していることだろう。結婚できない理由が「人格が破たんしているから」とか「オンナ遊びがすごすぎる」というのはNGだ。

 そういう意味で言うと、今田耕司は「結婚したいのに、できないネタ」がハマるタイプだと思う。テレビ上の人格にクセはないし、私生活では潔癖症という点も、視聴者を面白がらせる“ネタ”に昇華している。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)にて、「飲んで帰ってきても、掃除と洗濯は欠かさない」「後輩や彼女が洗い物をしても、自分でもう一度洗い直す」「家政婦を雇ったけれど、掃除する場所がないくらにきれいで驚かせた」といったエピソードを披露し、「みなさん、気持ち悪いでしょ?」と笑われてみせた。潔癖症売りをする芸能人は、「自分が普通」と言い張るものだが、この「他人から見てオカシイ感じ」が理解できなければ、笑いにならない。同じことが、結婚できない売りにも言えるのではないか。

 今田も、時が来ればサラっと結婚するだろうが、2014年放送の『芸人報道』(同)で本人が掲げた結婚の条件39箇条は、私にとって面白かった。挙げた条件は以下のとおり。

1.身長163センチ以上/2.年齢28歳以下/3.日本人もしくはハーフもしくはロシア人/4.美人/5.肌がキレいで薄化粧/6.脚がキレい/7.カカトがキレい/8.歯と歯茎がキレい/9.手がキレイ/10.    手を握ったときにしっくりくる/11.やせすぎていない/12.頭皮のニオイがしっくりくる/13.明るい/14.キレい好きで少し大ざっぱ/15.子ども好き/16.運動神経が良い/17.車の運転ができる/18.箸の持ち方がきれい/19.肌にしっとり感がある/20.少食でない/21.お酒が好き/22.よく遊ぶ所が、西麻布や六本木ではない/23.クラブが好きじゃない/24.映画が好き/25.ファッションに興味がある/26.ハワイが好きすぎない/27.占い・風水にはまりすぎていない/28.今までの交際人数が、嘘でもいいから5人以内/29.売れてる芸能人とつきあったことがない/30.タトゥーを入れている男友達が多くない/31.タダで海外旅行に行ったことがない/32.ハリウッド関係者とご飯を食べたことがない/33.帰省する田舎がある/34.両親と仲が良い/35.お母さんが今田に否定的でない/36.部屋にペーパークラフトがない/37.動物が好きすぎない/38.AVを買うのを止めない/39.今田が出演した番組に、意見を言わない

 テレビでの発言を本気にしてもしょうがないが、これらの条件は、今田が面倒くさい認定されるのに十分な量と質である。

 今田の理想の相手は、「両親に可愛がられ、きちんとした躾を受けて育った地方出身者」で、「特に化粧などをしなくても美人で、体のパーツもきれい、よく食べるがスタイルはいい」「お酒が好きだけれど、六本木や西麻布といった繁華街で遊んだり、ガラの悪い男友達はいない」「芸能人や業界関係者と交流がなく、まちがっても枕営業なんてしない人」……とまとめることができるだろう。

 39の条件の中に、女性の職業については言及されていないものの、芸能人か、芸能人と知り合える特殊なコネを持っている女性を想定していることがよくわかる。キレイであることは絶対条件だが、ハリウッド関係者と食事をしたり、タダで海外旅行に行くという芸能人利権や芸能人的営業をしない人。人より前に出てナンボの芸能界で、そんな消極的では売れないだろう。ご両親がどっさり仕送りをしてくれるなら別だが、地方出身の、ビッグネームとは言い難い女性芸能人の生活は、そんなに余裕があるものではないと予想がつく。誰か応援してくれる人がいないと、もしくは時給の高いアルバイトをしないとしんどいだろうが、今田の考えはそこまで及ばない。外見はお金が稼げる玄人レベル、内面は業界の汚れを知らない強い貞操観念を持った素人っぽい女性を探しているようだ。

 時は流れて、2017年。9月10日放送の『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演した今田は、またしても「結婚したいのに、できないネタ」を披露する。今田の後輩であるナインティナイン・岡村隆史に、「人の見ていないところを見ている」「(顔やスタイルは良くても)『あの娘のハンカチ汚かったで』みたいに」と暴露されていた。岡村いわく、今田はその“汚いハンカチ”から、「家が汚いということは、トイレも汚い」といった具合に連想し、「裏側を見つけてしまう」のだそうだ。“内面を暴こうとする”視点には、外見のいい玄人タイプの女性は好きだけれど、玄人的な内面は嫌いという矛盾や葛藤を抱えているように感じられる。

 そんな今田は、結婚したい女性のタイプとして、ハーフであることと共に「食べることが好きな人がいいね」を挙げた。食べることが好きな人であれば、おいしいものを食べた時にいいリアクションをしてくれるという意味での発言だったが、いいリアクションは、感動から生まれるというより、ごちそうしてくれる目上の人に対する敬意として発せられるものではないか。となると、接客業のように「お客さんが上」かつ「金を使ってくれた人を喜ばせる」関係を何度も経験して、場数を踏んでいる女性こそ、それができるわけだ。つまり、リアクションのいい女性は、今田の嫌いな内面が玄人、もしくは玄人的センスを持っているということだろう。

 「外見が玄人、内面は素人」な女性を探すのは難しい。しかし、そういう女性を“完璧に演じられる人”なら、案外いると思う。なぜなら、素人っぽく振る舞えるのは、玄人が何たるかを知った人でないと無理だからである(家事手伝い、元モデルという触れ込みのロンブー淳夫人も元キャバクラ嬢だった)。今田と結婚したい接客業の女性は、チャンスありなのでぜひ頑張ってほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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斉藤由貴の“不倫キス写真”流出――ネット・スマホ社会における“モノ言う素人”の脅威

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「深く反省し、苦しんでおります」斉藤由貴
(所属事務所FAX、9月4日)

 ネットやスマホは、女性の自意識を変えた。大げさな言い方だが、本気でそう思うことがある。

 売れたミュージシャンが糟糠の妻を捨てることは珍しくなく、ミュージシャンが再婚を果たした後、「これって不倫略奪だよね?」と騒がれることもあるが、略奪の“証拠”がないので、うやむやになってしまう。糟糠の妻が一般人で、マスコミに対して強い影響力がないことも黙殺される理由の1つだろう。

 しかし、ゲスの極み乙女。の川谷絵音とベッキーの不倫は違った。彼らの不倫が新しかったのは、LINEのやりとりや、ホテルでくつろぐ2人の画像など、週刊誌でもキャッチできない“動かぬ証拠”がスマホから流出したことである。流出したLINEの画面から考えて、ネタ元は川谷の元妻など、川谷側と考えるのが自然だろう。

 ネットのない時代に、“動かぬ証拠”が手に入って週刊誌に持ちこんだとしても、週刊誌と事務所の“お付き合い”によっては、ネタが握りつぶされてしまうことだってあっただろう。しかし、現代にはSNSがあるので、週刊誌の力を借りなくても、一気に拡散される。ネットとスマホがあれば、泣き寝入りは防げる、ネットとスマホの前では、芸能人も一般人も平等なのである。

 ネットとスマホを手に入れた「モノ言う素人」の勢いは増す一方で、最近では、週刊誌側が一般人の声に耳を貸し、大々的な告発記事を展開するようにもなっている。例えば、「週刊新潮」(新潮社)に元神戸県市議・橋本健とのホテルでの“お泊まり”、新幹線内での手つなぎ爆睡を撮られた今井絵理子参議院議員。今井議員は、好意は認めつつ、肉体関係は否定。会見に応じた橋本元議員も、すでに夫婦関係は破たんしていて、離婚調停中であるから不倫には当たらないと述べた。しかし、一般人である橋本夫人は、同誌に、夫が今井議員の参院選当選直後に家を出て行ってしまったこと、同誌の発売される前日に、いきなり夫人に会いたいと連絡をしてきて、夫人の代理人である弁護士に「離婚届に判を押してくれ」と迫ったことを明かしている。夫人は、スマホから“動かぬ証拠”を提示することはなかったものの、理路整然とした説明で、私には辻褄があっているように思えた。不倫騒動を起こした人物の妻に話を聞くのは一般的ではあるものの、ある意味これも、ネットとスマホによって一般人の力が増したことを起因として、叶った記事だったのではないだろうか。

 橋本元市議の離婚が性急で強引だった原因は、やはり妻が一般人なので、たいしたことはできないと軽んじていたから、そして青春時代のアイドルだった今井と出会えて、舞い上がってしまっていたからのように思う。恐らく、このカップルの男性側もそうだったんだろうと私が思っているのは、女優・斉藤由貴と男性医師である。斉藤が所有するマンションに医師が通う姿を「週刊文春」(文藝春秋)に撮られたが、斉藤は「主治医であり、家族ぐるみのおつきあい」と不倫を否定。斉藤所有のマンションに医師が手ぶらで通っていたことに関しては「往診してもらっていた」、手をつないでいたことに関しては「よろけた」「ほんの一瞬だった」と苦しい言い訳をしてみせた。

 そして、ドラマやCMの降板をすることもなく、不倫のニュースが人々の記憶から薄れつつある中、第2の爆弾が投下された。9月5日発売の「フラッシュ」(光文社)に医師と斉藤のキス写真が掲載されたのだ。

 画像は自撮りと思われるもので、所属事務所が、斉藤に写真の真偽や流出の経路について問いただしたところ、記憶が曖昧なためコメントできないとのことだった。不倫関係で、なぜ見られてはまずい写真を撮るのか理解に苦しむが、男性側が、テレビの向こうにいたアイドルに触れられた“証拠”を残したかったのではないだろうか。

 画像が本当に斉藤と医師のもので、自撮りだと仮定して考えた場合、斉藤がそんな画像を自分で売るとは考えにくいから、流出源は医師側の携帯だろう。妻子ある医師本人が週刊誌に売るとは考えにくい。となると、医師の携帯を触ることができて、斉藤に制裁を加えたい人、つまり妻やその周辺がネタ元である可能性はある。夫の不倫は妻にとって許しがたいものだが、相手が有名人であれば、さらに日本全国にさらし者にされる。それなのに、不倫相手は芸能界で特に制裁も受けていないとなると、天誅を食らわしてやりたいと思うのは、ある意味当然のことだろう。やはり、スマホは「モノ言う素人」の味方である。

 今回のキス写真流失について、斉藤は「深く反省し、苦しんでおります」とコメントし、テレビでも広く報じられている。自分より夫や子どもの方が苦しんでいることは明白なのに、さらっと被害者側に回ってしまうこのメンタリティーは、まさに不倫向きだし、寄ってくるオトコも多いだろう。しかし、時代は変わった。斉藤は故・尾崎豊が不倫で騒がれていた頃、一般人である夫人はマスコミの攻撃に耐えていたが、もうそんなしおらしいシロウトはいないのだ。不倫するなら、スマホを持っていない人にしなさい。私が斉藤のマネジャーなら、こういって説教するだろう。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

斉藤由貴の“不倫キス写真”流出――ネット・スマホ社会における“モノ言う素人”の脅威

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「深く反省し、苦しんでおります」斉藤由貴
(所属事務所FAX、9月4日)

 ネットやスマホは、女性の自意識を変えた。大げさな言い方だが、本気でそう思うことがある。

 売れたミュージシャンが糟糠の妻を捨てることは珍しくなく、ミュージシャンが再婚を果たした後、「これって不倫略奪だよね?」と騒がれることもあるが、略奪の“証拠”がないので、うやむやになってしまう。糟糠の妻が一般人で、マスコミに対して強い影響力がないことも黙殺される理由の1つだろう。

 しかし、ゲスの極み乙女。の川谷絵音とベッキーの不倫は違った。彼らの不倫が新しかったのは、LINEのやりとりや、ホテルでくつろぐ2人の画像など、週刊誌でもキャッチできない“動かぬ証拠”がスマホから流出したことである。流出したLINEの画面から考えて、ネタ元は川谷の元妻など、川谷側と考えるのが自然だろう。

 ネットのない時代に、“動かぬ証拠”が手に入って週刊誌に持ちこんだとしても、週刊誌と事務所の“お付き合い”によっては、ネタが握りつぶされてしまうことだってあっただろう。しかし、現代にはSNSがあるので、週刊誌の力を借りなくても、一気に拡散される。ネットとスマホがあれば、泣き寝入りは防げる、ネットとスマホの前では、芸能人も一般人も平等なのである。

 ネットとスマホを手に入れた「モノ言う素人」の勢いは増す一方で、最近では、週刊誌側が一般人の声に耳を貸し、大々的な告発記事を展開するようにもなっている。例えば、「週刊新潮」(新潮社)に元神戸県市議・橋本健とのホテルでの“お泊まり”、新幹線内での手つなぎ爆睡を撮られた今井絵理子参議院議員。今井議員は、好意は認めつつ、肉体関係は否定。会見に応じた橋本元議員も、すでに夫婦関係は破たんしていて、離婚調停中であるから不倫には当たらないと述べた。しかし、一般人である橋本夫人は、同誌に、夫が今井議員の参院選当選直後に家を出て行ってしまったこと、同誌の発売される前日に、いきなり夫人に会いたいと連絡をしてきて、夫人の代理人である弁護士に「離婚届に判を押してくれ」と迫ったことを明かしている。夫人は、スマホから“動かぬ証拠”を提示することはなかったものの、理路整然とした説明で、私には辻褄があっているように思えた。不倫騒動を起こした人物の妻に話を聞くのは一般的ではあるものの、ある意味これも、ネットとスマホによって一般人の力が増したことを起因として、叶った記事だったのではないだろうか。

 橋本元市議の離婚が性急で強引だった原因は、やはり妻が一般人なので、たいしたことはできないと軽んじていたから、そして青春時代のアイドルだった今井と出会えて、舞い上がってしまっていたからのように思う。恐らく、このカップルの男性側もそうだったんだろうと私が思っているのは、女優・斉藤由貴と男性医師である。斉藤が所有するマンションに医師が通う姿を「週刊文春」(文藝春秋)に撮られたが、斉藤は「主治医であり、家族ぐるみのおつきあい」と不倫を否定。斉藤所有のマンションに医師が手ぶらで通っていたことに関しては「往診してもらっていた」、手をつないでいたことに関しては「よろけた」「ほんの一瞬だった」と苦しい言い訳をしてみせた。

 そして、ドラマやCMの降板をすることもなく、不倫のニュースが人々の記憶から薄れつつある中、第2の爆弾が投下された。9月5日発売の「フラッシュ」(光文社)に医師と斉藤のキス写真が掲載されたのだ。

 画像は自撮りと思われるもので、所属事務所が、斉藤に写真の真偽や流出の経路について問いただしたところ、記憶が曖昧なためコメントできないとのことだった。不倫関係で、なぜ見られてはまずい写真を撮るのか理解に苦しむが、男性側が、テレビの向こうにいたアイドルに触れられた“証拠”を残したかったのではないだろうか。

 画像が本当に斉藤と医師のもので、自撮りだと仮定して考えた場合、斉藤がそんな画像を自分で売るとは考えにくいから、流出源は医師側の携帯だろう。妻子ある医師本人が週刊誌に売るとは考えにくい。となると、医師の携帯を触ることができて、斉藤に制裁を加えたい人、つまり妻やその周辺がネタ元である可能性はある。夫の不倫は妻にとって許しがたいものだが、相手が有名人であれば、さらに日本全国にさらし者にされる。それなのに、不倫相手は芸能界で特に制裁も受けていないとなると、天誅を食らわしてやりたいと思うのは、ある意味当然のことだろう。やはり、スマホは「モノ言う素人」の味方である。

 今回のキス写真流失について、斉藤は「深く反省し、苦しんでおります」とコメントし、テレビでも広く報じられている。自分より夫や子どもの方が苦しんでいることは明白なのに、さらっと被害者側に回ってしまうこのメンタリティーは、まさに不倫向きだし、寄ってくるオトコも多いだろう。しかし、時代は変わった。斉藤は故・尾崎豊が不倫で騒がれていた頃、一般人である夫人はマスコミの攻撃に耐えていたが、もうそんなしおらしいシロウトはいないのだ。不倫するなら、スマホを持っていない人にしなさい。私が斉藤のマネジャーなら、こういって説教するだろう。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

壇蜜、卑猥な「宮城県PR動画」中止を釈明――男根主義的すぎる『サンジャポ』の愚かさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「元気になったってことだよね」爆笑問題・太田光
『サンデー・ジャポン』(TBS系、8月27日)

 その昔、男尊女卑的な風土の企業に勤めていた。女子社員は容姿や年齢で待遇に差をつけられる。仕事の出来はどうでもよい。飲み会の会費も、外見によって異なる(可愛い子はタダ)。男性は、デスクの上に白人女性のヌードカレンダーを堂々と飾る。女性が「セクハラです」と言うと、「仕事の士気があがる」「文句を言うのは、妬みだ」と開き直る。

 そんな企業に勤務していた身には、『サンデー・ジャポン』(TBS系)にはびこる男根主義が、すごく懐かしいのである。ここで言う男根主義とは、「女は男を喜ばせるために存在する」「男根が反応するものが正義」「男の言うことに逆らわないのが、いい女」という考え方のことである。

 コメンテーター選びにも、男根主義は表れている。男性コメンテーター(レギュラーメンバーは、テリー伊藤、デーブ・スペクター、杉村太蔵)はオジサンだが、女性は男性陣に比べると大分若く、壇蜜や藤田ニコルなど、セクシーさや若さで売っている人をチョイスする。医師や弁護士など、専門職の男性コメンテーターはいるが、女性コメンテーターにエキスパートはいない(西川史子は医師で専門職と言えるが、飯島愛の引退に伴い、レギュラーに昇格したことから考えると、正統な専門枠ではない)。はっきり言えば、女に知性は求めていないということだろう。

 こういう男根主義の番組で光るのは、やはり壇蜜である。コメント力がすごいというのではない、スタジオ内の男たちを懐柔するチカラが半端ないのである。バラエティ慣れしている西川や藤田も、壇蜜にはかなわない。例えば、壇蜜がお笑い芸人であるピース・又吉直樹との熱愛を、東京スポーツに報じられたことがあったが、その際にガセであるということを示すため、「安定の東スポクオリティー」とつぶやき、スタジオがどっと沸いた。特に面白い発言ではないのに、男性陣が笑わないといけない気がする、もしくは面白いと思ってしまうのは、壇蜜が彼らの男根を掌握している証だろう。

 その壇蜜が出演した宮城県の観光PR動画が、公開を停止した。

 観光用動画のはずだが、壇蜜に「いっちゃう」「気持ちいい」「亀さん、上、乗ってもいいですか?」とセックスを連想させる内容になっている。市民や女性議員から「性的な表現が演出されており、不快」というクレームがついたことから、動画の公開を本来の予定より1カ月早く打ち切った。宮城県の村井嘉浩知事は「これまでのPR動画より、アクセスが30~40倍にもなっているのは『災い転じて福となす』だ」「妖艶な壇蜜さんの魅力を最大限に引き出して、宮城は夏でも涼しいことをPRすることが狙い」と成果を強調した。

 アクセスが増えたという意味では成功だろうが、観光という意味で考えれば、完全に失敗だろう。確かに男性ウケはいいかもしれない、しかし、家族の前で「お父さん、壇蜜の動画見たら、宮城に行きたくなっちゃった」と言える男性はいるだろうか。たっかいお金、しかも復興予算を使ってこんな動画を作るのは、“宮城県にはこんなに知性の低い人間しかいない”と喧伝するようなもので、はっきり言ってイメージダウンである。そもそも、宮城県が夏でも涼しいことをアピールするのに、壇蜜の妖艶さは不必要だと思う。それを理解しないのが、男根主義というやつなのだ。デスクの上にヌードカレンダーを飾っている人が、それを撤回しなかったのと同じように、「男根が反応するものは、正義」なのである。

 騒動は、壇蜜にも飛び火する。8月27日放送の『サンデー・ジャポン』で、西川が「性的な表現に違和を感じなかったのか?」と尋ねると、壇蜜は「壇蜜というタレントを選んでもらったお仕事として、できる限りのことをやった」「これはいいとか、おかしいとか思ってはいけない」とコメント。企画に口を出すのは自分の仕事ではない、プロとして仕事をまっとうしたと正論で返したが、はからずもこれは、男根主義者が大好きな「男に逆らわないのが、いい女」というセオリーを踏襲している。

 男根主義の同番組で、この問題を話し合っても答えなど出るわけがなく、最後はMCの爆笑問題・太田光が「悪ノリして、怒られるくらいまで(宮城県民が)元気になったってことだよね」とまとめた。

 今では、東日本大震災で被災した地域のことを、ニュースが報じる機会は減った。被災地を実際に訪れる人も少ないだろう。私もその1人だが、多くの親戚が宮城県に居住している身として言わせてもらうと、「宮城県民が元気になった」というのは、県民をバカにしすぎではないだろうか。被災した人もそうでない人も、宮城県民は元気なはずである。なぜなら、国があてにならない以上、自分たちがしっかりするしか方法はないからだ。

 テレビの女性差別は今に始まったことではないが、震災の被害を受けた弱い立場の人をもバカにする。男根主義者にとっては、女体だけではなく、他人の不幸な出来事も“興奮材料”の1つでしかないように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

Mattの傲慢な態度に見る、“怒らない、責めない親”桑田真澄の問題点

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「(肌が)汚い」Matt
『今夜くらべてみました』(日本テレビ系、8月23日)

 『お母さん、娘をやめていいですか?』(NHK)、『過保護のカホコ』(日本テレビ系)など、“毒母とそこから独立しようとする娘”を描いたドラマが、話題を呼んでいる。毒母育ちの苦しさは、経験者でないと決してわからないと思うけれど、「誰が毒母か」を決めるのは難しいと思う。

 例えば、わが子をオリンピックのメダリストに育てたり、名門校に入学させた母親が脚光を浴びることがあるが、たいてい彼女たちはわが子を24時間管理する過干渉タイプだろう。子どもがメダリストになったり、名門校に入学すれば、「いいお母さん」と世間に褒められ、子どもにも感謝されるものの、そうでなければ「毒母」。そういう子どもが本当に少数であることを考えると、母親たちは、負け戦を強いられているように思えてならない。

 毒母呼ばわりされる母親たちもかわいそうだが、育てられた娘もつらい。けれど、人生をトータルで見た時に、毒母が子どもの人生のマイナスになるかというと、私はそうは思わないのだ。

 本当に子どもの足を引っ張るのは、「怒らない、責めない親」ではないだろうか、元巨人軍・桑田真澄のように。

 桑田の息子・Mattがタレントとしてデビューし、最近バラエティ番組で見かけるようになっている。最初に見た時は、衝撃的だった。彫りの深い顔立ちというより、骨格が人工的かつ不自然であり、白人になりたくて整形に失敗してしまった人、もしくは整形依存の人のように見えたからだ。Mattは美に関心が高く、2週間に一度、まつ毛や眉毛のエクステをし、美容皮膚科で点滴に通っている。そんな息子に対して、『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、桑田は「きれいなMattを見ていたい」と、Mattを応援するメッセージを寄せていたが、感覚がちょっとズレすぎではないだろうか。

 桑田の言動は親バカに加えて、“天才”ならではの発想がブレンドされて、話がややこしくなっているように思える。

 今は解散してしまったようだが、かつて麻生ジャイアンツという少年野球のチームがあり、桑田がオーナを務めていた。『情熱大陸』(TBS系)で桑田が少年たちを指導している姿を見たことがある。桑田は選手を決して怒らず、「野球は失敗するスポーツ」「次はミスをしなければいい」「どんどんよくなっている」と諭す。確かにどんな大投手だって打たれるし、エラーなどのミスはする。しかし、だからといって、失敗ばかりしていたら、試合には出られない。やはり、失敗してはダメなわけで、少ないチャンスで結果を出さなければならないのだ。桑田の失敗を容認するかのような発言は、優しさというより、「ケガなど特殊な出来事がない限り、試合に出られないことがあり得ないハイレベルの人の理論」であり、責めないのは、一種の傲慢とも言える。そのような考えの桑田の元で育ったMattは、「失敗してもいいんだ、できなくても気にしなくていいんだ」と文字通り解釈しているように私には感じられる。ちなみにMattは桑田に怒られたことがないそうだ。

■「否定されたことがない人」の特徴

 傲慢は、違う形でMattの中にも根をおろしている。8月23日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)に出演したMattは、司会のフットボールアワー・後藤輝基に対して、タメ口で肌を「汚い」呼ばわりし、嵐・櫻井翔の手に無断で触れていた(ほかのゲストは、きちんと触れていいか確認してから触っている)和やかな雰囲気で番組は進行していくが、共演者は大先輩であり、友達ではない。このほかにもMattは、頬杖をついて話すなど、上下関係をわきまえていないように見えた。これらは「怒られたことがない人」「否定されたことがない人」の特徴なのではないか。

 子育てのゴールが何たるかは人によっていろいろ意見があるだろうが、健康で自分で食べていける人間なら、とりあえずOKと言えるだろう。だとしたら、繰り返されるダメ出しや、経済的圧迫(自分の気に入らないことをすると、学費を払わないと脅す など)により、「誰にも頼れない」という危機意識を持つであろう毒母育ちは、ある意味、自立のチャンスをプレゼントされているとも言える。

 逆にMattのように否定されないで育つと、「自分には足りないところがある」ということがわからず、当然努力もできない。困ったことがあると、親の背後に隠れてしまうので、自立のきっかけもつかめない。Mattであれば、一生食べていくのに困らないから問題ないだろうが、一般人だと厳しいだろう。

 親子関係は、他人が口を出すべき問題ではないが、とりあえず言えるのは、Mattをはじめとする二世タレントは、親の健康維持を最優先課題とすること。二世タレントは、親が生きているからこそ、価値があるのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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IMALUはなぜ男にモテないのか? 「体が臭いから」という自己分析がズレている理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「自分の体が臭いんじゃないかと思った」IMARU
『おぎやはぎのブステレビ』(AbemaTV、8月14日)

 資産家、もしくは由緒正しい家柄に育った女性は、“お嬢様”と呼ばれる。

 例えば、タレントのソンミが一時、お嬢様売りをしていた。「父親がマカオでカジノを経営している大富豪」「ダイヤモンドがちりばめられたロレックスでも、止まったら時計は捨てる」という触れ込みで、“お嬢様売り”を始めたが、これに異議を唱えたのがインドネシア建国の父、スカルノ大統領の第三夫人、デヴィ・スカルノだった。『ドラゴン・レィディ』(フジテレビ系)で、ソンミについて「セレブぶっているけど、嘘ばっかり」と語り、激昂していた。

 タレントのプロフィールは、商品のキャッチコピーと一緒で、必ずしも真実である必要はないと私は思っているが、私もデヴィ夫人と同じく、ソンミは“お嬢様”ではないと感じた。なぜなら、ソンミにはお嬢様特有の“あるもの”が欠けているからだ。

 お嬢様というものが何たるかを私に教えてくれたのは、フリーアナウンサー・高橋真麻である。真麻がフジテレビに入社した際、父親が有名俳優・高橋英樹であったことから、コネ入社と叩かれた。ネットで叩かれる日々は相当ストレスだったようで、真麻は体重が30キロ台まで落ち込んでしまったと、いろいろなバラエティ番組で語っている。

 その一方で、ズレているところにも気づかされる。フジテレビには、有望と思われる女子アナを“パン”付けで呼ぶ風習がある。番組名は失念したが、真麻は「パンラインは2年目であきらめました」と発言したことがあり、これは逆に言うと「入社して1年目までは、自分はフジの女子アナの中で中心を張れると思っていた」ということだ。激ヤセするほど精神的に追い込まれても、自己評価は案外高い……この一種のニブさが、お嬢様の最大の特徴ではないか。

 真麻と同じ類いのニブさを持っているのが、タレントのIMARUである。言わずと知れた、明石家さんまと大竹しのぶの娘であり、芸能界入りしたものの、芸能人として成功しているとは言い難い。プライベートもあまり好調ではないようで、8月14日放送の『おぎやはぎのブステレビ』(AbemaTV)に出演した際、「本当にモテなくて、連絡先を聞かれることもない」と述べ、その理由を「体が臭いんじゃないか」と述べた。ボケてるんだか、本気で思ってるんだか不明だが、これまたぬるーくて、自分を追い込まないところが、お嬢様チックである(本当に匂いが原因なら、デオドラント対策をすれば、すぐ解決するはずだ)。

 頼まれもしないのに、100%推論で言わせてもらえば、IMARUがモテないのは、仕事の実績がいまいちなことも関係していると思う。モテと仕事は正反対のベクトルと思われがちだが、同一線上にあると私は思っている。

 例えば、「週刊文春」(文藝春秋)にモデルとのホテル宿泊を撮られた雨上がり決死隊・宮迫博之だが、不倫相手とされた女性は20代のモデル、30代の美容系ライターだそうだ。失礼ながら、どちらも有名とは言い難い。「業界にいるが、めぼしい実績はなく、けれど若い」女性と50歳近い既婚オジサンの不倫というのは“よくあるパターン”で、覚せい剤取締法違反で逮捕されたASKAも、20代のモデルや、30代の一般人女性と交際していた。

 逆に言うと、人気女性誌のカバーガールクラスのモデルが、既婚オジサンと不倫をしているという話を私は聞いたことがない。これは決して偶然ではないと思う。既婚オジサンの立場で考えると、有名アスリートや実業家にモテまくっているであろう、人気モデルに声をかけても、断られる確率が高い。その点、売れていないモデルなら、自分のネームバリューになびきやすいし、仕事も少ないから自分のスケジュール優先に動いてくれる。つまり、女性側の仕事の出来で、アプローチしてくる男性のだいたいの属性は決まってしまうのだ。

 そもそも今のIMARUでは、お笑い芸人は父・さんまが怖くて手出しができないし、女優やモデルを見慣れた業界関係者が、IMARUで満足できるとは思えない。かといって、芸能一家で育ち、芸能界でしか仕事をしたことのないIMARUと一般人では、何かと感覚が違いすぎるだろう。そんな身の上もあり、モテないのではないかと推測できるが、今後仕事の実績を上げることは可能だ。幸い、IMARUには抜群の知名度があるので、それを利用して仕事で成果を上げ、自分の居場所を固めるのが、一番のモテ対策ではないだろうか。裏方として大竹しのぶを支えたり、新人女優を発掘するのもアリだ。

 一般人の世界でも、キャリアアップすると、付き合うオトコのレベルが上がるということはよくあるが、IMARUもそんな時期を迎えているのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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IMALUはなぜ男にモテないのか? 「体が臭いから」という自己分析がズレている理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「自分の体が臭いんじゃないかと思った」IMARU
『おぎやはぎのブステレビ』(AbemaTV、8月14日)

 資産家、もしくは由緒正しい家柄に育った女性は、“お嬢様”と呼ばれる。

 例えば、タレントのソンミが一時、お嬢様売りをしていた。「父親がマカオでカジノを経営している大富豪」「ダイヤモンドがちりばめられたロレックスでも、止まったら時計は捨てる」という触れ込みで、“お嬢様売り”を始めたが、これに異議を唱えたのがインドネシア建国の父、スカルノ大統領の第三夫人、デヴィ・スカルノだった。『ドラゴン・レィディ』(フジテレビ系)で、ソンミについて「セレブぶっているけど、嘘ばっかり」と語り、激昂していた。

 タレントのプロフィールは、商品のキャッチコピーと一緒で、必ずしも真実である必要はないと私は思っているが、私もデヴィ夫人と同じく、ソンミは“お嬢様”ではないと感じた。なぜなら、ソンミにはお嬢様特有の“あるもの”が欠けているからだ。

 お嬢様というものが何たるかを私に教えてくれたのは、フリーアナウンサー・高橋真麻である。真麻がフジテレビに入社した際、父親が有名俳優・高橋英樹であったことから、コネ入社と叩かれた。ネットで叩かれる日々は相当ストレスだったようで、真麻は体重が30キロ台まで落ち込んでしまったと、いろいろなバラエティ番組で語っている。

 その一方で、ズレているところにも気づかされる。フジテレビには、有望と思われる女子アナを“パン”付けで呼ぶ風習がある。番組名は失念したが、真麻は「パンラインは2年目であきらめました」と発言したことがあり、これは逆に言うと「入社して1年目までは、自分はフジの女子アナの中で中心を張れると思っていた」ということだ。激ヤセするほど精神的に追い込まれても、自己評価は案外高い……この一種のニブさが、お嬢様の最大の特徴ではないか。

 真麻と同じ類いのニブさを持っているのが、タレントのIMARUである。言わずと知れた、明石家さんまと大竹しのぶの娘であり、芸能界入りしたものの、芸能人として成功しているとは言い難い。プライベートもあまり好調ではないようで、8月14日放送の『おぎやはぎのブステレビ』(AbemaTV)に出演した際、「本当にモテなくて、連絡先を聞かれることもない」と述べ、その理由を「体が臭いんじゃないか」と述べた。ボケてるんだか、本気で思ってるんだか不明だが、これまたぬるーくて、自分を追い込まないところが、お嬢様チックである(本当に匂いが原因なら、デオドラント対策をすれば、すぐ解決するはずだ)。

 頼まれもしないのに、100%推論で言わせてもらえば、IMARUがモテないのは、仕事の実績がいまいちなことも関係していると思う。モテと仕事は正反対のベクトルと思われがちだが、同一線上にあると私は思っている。

 例えば、「週刊文春」(文藝春秋)にモデルとのホテル宿泊を撮られた雨上がり決死隊・宮迫博之だが、不倫相手とされた女性は20代のモデル、30代の美容系ライターだそうだ。失礼ながら、どちらも有名とは言い難い。「業界にいるが、めぼしい実績はなく、けれど若い」女性と50歳近い既婚オジサンの不倫というのは“よくあるパターン”で、覚せい剤取締法違反で逮捕されたASKAも、20代のモデルや、30代の一般人女性と交際していた。

 逆に言うと、人気女性誌のカバーガールクラスのモデルが、既婚オジサンと不倫をしているという話を私は聞いたことがない。これは決して偶然ではないと思う。既婚オジサンの立場で考えると、有名アスリートや実業家にモテまくっているであろう、人気モデルに声をかけても、断られる確率が高い。その点、売れていないモデルなら、自分のネームバリューになびきやすいし、仕事も少ないから自分のスケジュール優先に動いてくれる。つまり、女性側の仕事の出来で、アプローチしてくる男性のだいたいの属性は決まってしまうのだ。

 そもそも今のIMARUでは、お笑い芸人は父・さんまが怖くて手出しができないし、女優やモデルを見慣れた業界関係者が、IMARUで満足できるとは思えない。かといって、芸能一家で育ち、芸能界でしか仕事をしたことのないIMARUと一般人では、何かと感覚が違いすぎるだろう。そんな身の上もあり、モテないのではないかと推測できるが、今後仕事の実績を上げることは可能だ。幸い、IMARUには抜群の知名度があるので、それを利用して仕事で成果を上げ、自分の居場所を固めるのが、一番のモテ対策ではないだろうか。裏方として大竹しのぶを支えたり、新人女優を発掘するのもアリだ。

 一般人の世界でも、キャリアアップすると、付き合うオトコのレベルが上がるということはよくあるが、IMARUもそんな時期を迎えているのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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東村アキコ、「結婚したい30代への助言」に見る矛盾――『東京タラレバ娘』に欠けていたモノ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「(結婚したければ)ツッコミ気質をやめること」東村アキコ
「CLASSY.」2017年9月号(光文社)

 AVと少女漫画は似ていると思うことがある。

 前者は青年向け、後者は少女向けだが、自分からアクションを起こさなくても、自分に都合のいいことばかりが起きるという意味でよく似ている。男を萎えさせるようなムダ毛が1本もない女優たちが、男優の技に歓喜し、必ずオーガズムに達するAVに嘘くささを感じる女性がいるように、“学園のスターが、平凡な私に恋をして両想い”という少女漫画の王道は、男性にとってはちゃんちゃらおかしいことだろう。AVや少女漫画はファンタジーの一種といえるが、婚活においては、ファンタジーに足を引っ張られることになる。なぜなら、婚活とは一種の条件闘争で超現実だからである。

 水と油と同じくらい交わることのない、少女漫画と婚活。そこに切り込んだのが、人気漫画家・東村アキコの『東京タラレバ娘』(講談社)である。少女漫画と婚活といえば、『きょうは会社休みます。』(集英社)のように、ファンタジック路線を追求する(平凡な33歳OLが、酔っ払って12歳年下のイケメン高学歴大学生相手に処女喪失し、交際することになる。一方で「若い子に飽きた」年上のイケメン起業家にもアプローチされる)ものもあるが、『東京タラレバ娘』は、「夢を追いかけているうちに30歳を過ぎた」女子3人が、「結婚したいけれど、適当な相手がいない」という超現実的なテーマを掲げていただけに、個人的に期待していた。

 婚姻率は、年齢が上がると下がる。国勢調査から計算すると、30歳の女性が35歳までに結婚する確率は30%程度、35歳をすぎると2%程度まで落ち込む(もっとも、結婚願望がない女性もいるので、この数字が正確とは言いきれない部分もあるが)。

 『東京タラレバ娘』の33歳の主人公たちも、相席居酒屋で外見がタイプでない男性に「(年齢が)結構イッてるなと思って」と、「自分たちは、自分たちが思っているより若くない」ことを思い知らされる。このほかにも、本作には少女漫画とは思えないほど「もう若くない」ことを繰り返すエピソードはいくつかあり、不快に思う人もいたと思うが、私は逆に「若くなければどうしたらいいのか」を提示する伏線だと思っていた。

 しかし、それは私の見当違いだった。まだ読んでいない方のために詳細は書かないでおくが、「若くなければどうしたらいいのか」についての答えはなかった。「結婚したからといって幸せではない」「幸せは自分の心が決める」と言われてしまえばそれまでだが、執拗に年齢や独身であることをディスられた主人公(と読者)たちは、“やられ損”ではないだろうか。はしごを外されたと感じたのは、私だけではなかったはずだ。

 連載を終えた東村は、「CLASSY.」(光文社)のインタビュー企画「30代がくれたもの」に登場した。結婚したい「CLASSY.」読者に向けて一言という質問に対し、東村は「ツッコミ気質をやめること」と答えている。東村いわく、30代の女性は、合コン相手の「ネクタイの柄が変」とか「なんで飲み放題にしなかったの?」といった細かいことに目がいきがち。「たおやか」に振る舞い、ツッコミは裏でオンナ同士とすべきと答えていた。

 ここで思い出すのが、東村の“女子会批判”である。東村は『東京タラレバ娘』の1巻から最終巻まで、一貫して「結婚したいなら、女子会は減らすべき」と書いている。が、「ネクタイの柄が変」な男に会ったことを、オンナ同士で話して発散するのが“女子会”なのではないだろうか。悪口は女子会で言え、でも、女子会をしていると結婚ができなくなるという東村理論は、矛盾しているのだ。

 私に言わせるのなら、タラレバ娘たちは、ツッコミが足りないのだ。例えば、「ネクタイの柄が変」な男に会ったら、なぜそのネクタイを選んだのか(相手にも理由があるはず)、なぜネクタイの柄が変だと自分はイヤなのか(自分が相手に望む譲れない条件の1つに、“自分好みのファッションセンスの人”が入っていることがわかるはずである)などというツッコミだ。

 ツッコミは自分にも入れなければ、フェアではない。「ネクタイの柄が変」と思う自分のセンスは、絶対に正しいのか。男性から見て、自分のファッションも「変だ」と思われている可能性はないか。もっというと「結婚願望がありながら、ずっと彼氏がいなかったのはなぜなのか」など、ツッコミどころはたくさんあるはずだ。もっと、相手や自分に向き合っていいのではないか。

 最終巻まで読んだが、少女漫画の醍醐味の1つである男性キャラクターの魅力が、私には伝わってこなかった。倫子はKEYのどこがよかったのだろうか。若いイケメン芸能人だから? だとしたら、女性を年齢で選ぶ男性とたいして変わらない気がする。

 倫子はKEYに「あなたの幸せが私の幸せ」と言っていたが、イケメンになら何をされても好きで、昭和ど演歌のようにすがり、早坂のような“いい人”はナメてかかる。こういった男性観は、少女漫画としても、実際のパートナーシップという意味でも、ズレていると感じずにいられない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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