三遊亭円楽の不倫女性を「頭おかしい」となじるハイヒール・リンゴ、その大きな矛盾点

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「頭、おかしいんちゃいますか?」ハイヒール・リンゴ

『ノンストップ!』(フジテレビ系、11月14日放送)

 三遊亭円楽が、一般人女性と錦糸町のラブホテルに入る姿を「フライデー」(講談社)に撮られ、不倫を認めて謝罪したのが昨年の6月。今度は「フラッシュ」(光文社)が、円楽主催の博多でのゴルフコンペに、例の女性が参加している写真を掲載した。不倫関係が続いていたのかについて記者が尋ねると、円楽はきっぱり否定。説明によると、円楽主催の「博多・天神落語まつり」が開かれ、円楽周辺が20数人のツアーを組んで博多を訪問、ゴルフコンペは打ち上げであり、女性は単なる仲間の1人であることを強調した。

 不倫を肉体関係と仮定するのなら、一緒にゴルフをしていることイコール不倫ではない。しかし、昨年の謝罪会見のプレッシャーにあらゆる意味で凝りていたら、誤解を招くような行動は取らないはず。ゆえに、やはり不倫は続いているとみる人もいるだろう。

 円楽の味方をするつもりはないが、昨年の謝罪会見時に、女性とは仲間として今後も会うと明言していたし、「フラッシュ」も不倫をはっきり裏付けるような写真が撮れたら、そちらを掲載するだろうから、関係が続いているかどうかは写真を見る側の判断によるだろう。そんな中、この件に怒りを露わにしたのが、ハイヒール・リンゴである。

 11月14日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)に出演したリンゴは、「(相手の女性は)頭、おかしいんちゃいますか?」と女性有責論を唱えた。かつての不倫相手が、妻の目の届かない旅先で夫のそばをちょろちょろしていたら、いい気分はしないという妻側の立場に立った意見だろう。

 しかし、誘われもしないのに、女性がゴルフコンペに押しかけるとは考えにくい。仮に女性が行きたいと頼んだとしても、円楽が拒否すれば終わる話である。ということは、女性だけが悪いということはなく、どっちもどっちなのではないだろうか。

 円楽は夫人に対し、事前に女性を含めての博多訪問についてを説明し、許可を取っていたそうだが、リンゴの怒りはなかなか収まらない。「奥さん、怒ってもいいんちゃう?」としつこく首をかしげていたが、ここで思い出すのは、リンゴが今年9月、デイリースポーツの取材に「不倫たたき、一度立ち止まって考えませんか?」と提言していることである。リンゴは山尾志桜里議員の不倫騒動を例に挙げ、「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか。そもそも、不倫に社会的な制裁は必要なのか?」と、山尾議員に対する報道を不当なものだと主張した。

 政治家である山尾議員は公人だし、宮崎謙介元議員の不倫が発覚した際、先頭を切って責めていただけに、巨大なブーメランとなって返ってきたのは致し方ないことだと私は思うが、リンゴは、そこはスルーである。

 それに、リンゴの「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか」論で言うのなら、妻が納得している円楽の不倫再燃疑惑にリンゴが怒るのもおかしな話なのである。リンゴは山尾議員について「私が会った中で1、2を争う優秀な人という印象」と述べていた。山尾議員の不倫は擁護し、円楽の相手を叩くのは、輝かしい美貌と経歴を誇る山尾議員にあこがれを感じる一方、円楽の相手の女性は一般人なので、軽く見ているだけの話ではないだろうか。

 円楽に話を戻そう。

 「フラッシュ」によると、もともと円楽は女性の父親と付き合いがあり、そこから女性と知り合ったそうだ。有名な噺家がその辺にいる普通のオジサンと親しくするとは考えにくいので、女性の父親は円楽の後援者と考えることができるのではないだろうか。

 だとすると、思い浮かぶのが、梅沢富美男である。梅沢夫人が「女性自身」(光文社)に語ったところによると、夫人の実家は家族全員で梅沢の後援会に入っていて、それがきっかけとなって交際が始まった。夫人の父親は、海外公演にも同行するなどのひいき筋らしく、梅沢を支えるだけでなく、梅沢の最初の離婚の際に慰謝料を貸したりと身内のような付き合いをし、梅沢に「娘をもらってくれないか」と頼んだこともあったらしい。つまり、梅沢は大恩人の娘と結婚したわけだ。大衆演劇も落語も、切符をさばけないと始まらないという意味では同じだろう。円楽の相手女性の父親が後援者だと考えると、週刊誌に写真を撮られたくらいで交際を絶つわけにはいかないし、夫人も文句は言えないはずだ。

 リンゴは相手の女性を「頭おかしいんちゃいますか?」と強い言葉でなじったが、女性が後援会関係者の娘だと仮定するならば、遊びで済まされない女性に手を出した円楽の方が、よっぽどおかしいんちゃいますか? と思うのだが。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

三遊亭円楽の不倫女性を「頭おかしい」となじるハイヒール・リンゴ、その大きな矛盾点

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「頭、おかしいんちゃいますか?」ハイヒール・リンゴ

『ノンストップ!』(フジテレビ系、11月14日放送)

 三遊亭円楽が、一般人女性と錦糸町のラブホテルに入る姿を「フライデー」(講談社)に撮られ、不倫を認めて謝罪したのが昨年の6月。今度は「フラッシュ」(光文社)が、円楽主催の博多でのゴルフコンペに、例の女性が参加している写真を掲載した。不倫関係が続いていたのかについて記者が尋ねると、円楽はきっぱり否定。説明によると、円楽主催の「博多・天神落語まつり」が開かれ、円楽周辺が20数人のツアーを組んで博多を訪問、ゴルフコンペは打ち上げであり、女性は単なる仲間の1人であることを強調した。

 不倫を肉体関係と仮定するのなら、一緒にゴルフをしていることイコール不倫ではない。しかし、昨年の謝罪会見のプレッシャーにあらゆる意味で凝りていたら、誤解を招くような行動は取らないはず。ゆえに、やはり不倫は続いているとみる人もいるだろう。

 円楽の味方をするつもりはないが、昨年の謝罪会見時に、女性とは仲間として今後も会うと明言していたし、「フラッシュ」も不倫をはっきり裏付けるような写真が撮れたら、そちらを掲載するだろうから、関係が続いているかどうかは写真を見る側の判断によるだろう。そんな中、この件に怒りを露わにしたのが、ハイヒール・リンゴである。

 11月14日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)に出演したリンゴは、「(相手の女性は)頭、おかしいんちゃいますか?」と女性有責論を唱えた。かつての不倫相手が、妻の目の届かない旅先で夫のそばをちょろちょろしていたら、いい気分はしないという妻側の立場に立った意見だろう。

 しかし、誘われもしないのに、女性がゴルフコンペに押しかけるとは考えにくい。仮に女性が行きたいと頼んだとしても、円楽が拒否すれば終わる話である。ということは、女性だけが悪いということはなく、どっちもどっちなのではないだろうか。

 円楽は夫人に対し、事前に女性を含めての博多訪問についてを説明し、許可を取っていたそうだが、リンゴの怒りはなかなか収まらない。「奥さん、怒ってもいいんちゃう?」としつこく首をかしげていたが、ここで思い出すのは、リンゴが今年9月、デイリースポーツの取材に「不倫たたき、一度立ち止まって考えませんか?」と提言していることである。リンゴは山尾志桜里議員の不倫騒動を例に挙げ、「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか。そもそも、不倫に社会的な制裁は必要なのか?」と、山尾議員に対する報道を不当なものだと主張した。

 政治家である山尾議員は公人だし、宮崎謙介元議員の不倫が発覚した際、先頭を切って責めていただけに、巨大なブーメランとなって返ってきたのは致し方ないことだと私は思うが、リンゴは、そこはスルーである。

 それに、リンゴの「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか」論で言うのなら、妻が納得している円楽の不倫再燃疑惑にリンゴが怒るのもおかしな話なのである。リンゴは山尾議員について「私が会った中で1、2を争う優秀な人という印象」と述べていた。山尾議員の不倫は擁護し、円楽の相手を叩くのは、輝かしい美貌と経歴を誇る山尾議員にあこがれを感じる一方、円楽の相手の女性は一般人なので、軽く見ているだけの話ではないだろうか。

 円楽に話を戻そう。

 「フラッシュ」によると、もともと円楽は女性の父親と付き合いがあり、そこから女性と知り合ったそうだ。有名な噺家がその辺にいる普通のオジサンと親しくするとは考えにくいので、女性の父親は円楽の後援者と考えることができるのではないだろうか。

 だとすると、思い浮かぶのが、梅沢富美男である。梅沢夫人が「女性自身」(光文社)に語ったところによると、夫人の実家は家族全員で梅沢の後援会に入っていて、それがきっかけとなって交際が始まった。夫人の父親は、海外公演にも同行するなどのひいき筋らしく、梅沢を支えるだけでなく、梅沢の最初の離婚の際に慰謝料を貸したりと身内のような付き合いをし、梅沢に「娘をもらってくれないか」と頼んだこともあったらしい。つまり、梅沢は大恩人の娘と結婚したわけだ。大衆演劇も落語も、切符をさばけないと始まらないという意味では同じだろう。円楽の相手女性の父親が後援者だと考えると、週刊誌に写真を撮られたくらいで交際を絶つわけにはいかないし、夫人も文句は言えないはずだ。

 リンゴは相手の女性を「頭おかしいんちゃいますか?」と強い言葉でなじったが、女性が後援会関係者の娘だと仮定するならば、遊びで済まされない女性に手を出した円楽の方が、よっぽどおかしいんちゃいますか? と思うのだが。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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森口博子の「私が結婚できない理由」に見る、“母子密着”のはらむ「狂気」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「人に合わせることを覚えろ」坂上忍
『ウチくる!?』(フジテレビ系、11月5日)

 バラエティ番組の“結婚できないオンナ”企画は、製作費もかからず、タレント側もイジられてそれなりにおいしい。ゆえに、なくなることはないのだろう。

 11月5日放送の『ウチくる!?』(フジテレビ系)に出演したタレント・森口博子は結婚願望を語るが、番組は彼女の面倒くさいルーティーンを紹介する。「イタリアンレストランでも、白湯を飲む」「18時以降は、お茶も飲まない」「バナナを持ち歩いている」「潔癖症で、ホテルや病院のそなえつけのスリッパを使えないので、二足スリッパを持ちこむ」。変わっているかもしれないが、相手に同じように振る舞うことを強要しない限り、特に問題があるとは思えない。加えて、三十年来の友人である俳優・坂上忍が「食事をする時、家族を連れてくる。あれでは恋愛にならない」と証言する。食事をした時期について明言されていなかったが、森口は相変わらずなんだとしみじみした次第である。

 2012年、森口は『解決!ナイナイアンサー』(日本テレビ系)の“ワケあり独身女芸能人”の回に出演していた。森口の両親は小学生の時に離婚をし、母親は昼も夜も働いて4人の娘たちを育てたという。生活は苦しく、見かねた叔母が森口を養女にすることを申し出たこともあるそうだ。森口は幼い頃からの夢を叶え、芸能界デビューするが、鳴かず飛ばず。事務所からクビを宣告されるが、仕事を選ばずバラドルに転向、レギュラー12本を抱える売れっ子となった森口は、お母さんに家をプレゼントする。姉妹仲も良く、しょっちゅう会っていると言っていた。坂上の言う「家族を食事に連れてくる」は、森口があらゆる意味で、親族を背中に背負うという2012年方式を継続しているということだろう。

 森口には結婚願望があり、母親も孫の誕生を待っている。しかし、なぜか結婚に踏み切れないのは、森口が「母親が完璧な人だったので、結婚したら自分も同じようにできるか不安」だかららしい。何を言ってるんだか、いまいち意味がわからないが、森口が母親に寄せる信頼は厚い。例えば、母親の誕生日を祝ったことについて書いた森口の公式ブログには、「ママ、生まれてきてくれてありがとう」と書かれている。皇太子妃の雅子さまが、ご出産後の記者会見で、愛子さまに対し「生まれてきてくれてありがとう」とお話しになったことがあるが、これは母親が子どもに向けて話す言葉であって、娘から母にかける言葉としてふさわしくないのではないだろうか。このほかにも、「抱きしめてあげたい」や同居しているにもかかわらず「いっぱいいっぱい一緒にすごせる時間を増やしていこう」という記述からは、母娘逆転(森口が母親で母親が娘)、もしくは母親の彼氏のような意識を持っていることがうかがえる。

 このように常軌を逸脱した癒着が起きる原因を、心理学者・高石浩一氏は「マゾヒスティック・コントロール」という言葉を用いて説明している。マゾヒスティック・コントロールとは、母親が自らを犠牲にして子育てをすると、娘は恩義と罪悪感から、母親の顔色を見て物事を決めるようになってしまうことを指す。森口はブログで、母親は苦労して自分を含めた四姉妹を育ててくれたと繰り返し書いているが、これこそが典型的なマゾヒスティック・コントロールである。つまり、日本人が大好きな“子どものためなら苦労を厭わない母”と“母のために頑張る孝行娘”は、母娘依存の源泉とも言えるのだ。

 もう1つ、私が思う癒着の原因は、「オトコがいないから」である。彼氏がいれば全て解決という意味ではない。“他人”に「なんでそんなに親の言うこと聞くの?」とつっこまれて自分を振り返るきっかけをつかむ人もいるが、オトコという他人がいなければ、誰にもとがめられず、思う存分“母子密着”ができるのだ。こうなると彼氏はできにくいか、できても長続きしない。鶏が先か、卵が先かに似た話だが、こうして悪循環にはまっていく。

 結婚願望のある森口に、坂上は「人と合わせることを覚えろ」と言っていた。坂上が電話ではなくメールで連絡しろと言っているにもかかわらず、森口が電話をしてくることが、「人に合わせない」証拠らしい。森口が坂上と結婚したいわけでないなら合わせる必要はないわけだが、のべ一万人以上の婚活相談を受けた私の体験から言わせてもらうと、母親に依存している人は「合わせない」わけではなく、「母親に気に入られることばかり考えて生きてきたので、母親以外の人間はどうでもいい」ことが多い(こういう人は、母親のことを話す時が、一番イキイキしている)。

 アリストテレスは「詩学」で、悲劇を構成する要素は「すぐれた人」だと言った。極貧にもかかわらず、娘を手放さなかった母、芸能界で成功した娘は、まさに「すぐれた人」と言えるだろう。打算なく愛し合う2人の向こうにあるのは、日本人好みの美談かそれとも――。確かなことは、家族という気密性の高い集団は、愛だけでなく狂気をもはらんでいるということだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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虻川美穂子、「女子力高いよね」を褒め言葉と受け取る“性格”のメリット

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「どうやって見分けるんですか、人のウラを」北陽・虻川美穂子
『ノンストップ』(フジテレビ系、10月27日)

 褒められてるんだか、バカにされてるんだかわからない。そんな経験をしたことはないだろうか。

 10月27日放送の『ノンストップ』(フジテレビ系)では、「ホメる女にはウラがある」と題して、このあたりの機微を特集していた。ウェブサイト「ママスタセレクト」掲載の「『旦那さんかっこいいね』というママ友と、言われる側の妻。それぞれの内心」という記事をもとに、夫の外見を褒められることは、何を意味するのか、果たしてウラがあるのかを話し合っていた。

 「旦那さん、かっこいいね」と言われたら、千秋と北陽・虻川美穂子は「うれしい」と感じるが、ハイヒールのリンゴは「うちの旦那は一回り上の68歳やから、そんなわけない」「うれしくない」という。リンゴは「話を盛ってるだけ。最近、みんな人を最近褒めすぎ」とそういった風潮に不快感を示していた。

 番組では、視聴者からの声を紹介していく。30代のある女性は、SNSに「今日は彼とピクニック。お弁当は手作り」とSNSにアップしたところ、友人から「女子力高いよね。私には無理だわ」というコメントがついたという。千秋は、この「女子力高い」を「理由はわからないけど」とした上で「褒めていない」とし、リンゴもこれを「はいはい、(女子力高いアピールをこれからも)やらはったらどうですか?」という意味であって、「褒め言葉ではない」と判断していた。

 手作り弁当の画像を上げるということは、直接的に料理の腕前もしくは出来栄えを見せたいと考えられるので、これに対する褒め言葉は「おいしそう」もしくは「料理がうまい」だと思う。「女子力が高い」というのは、「料理がうまい」というより、「頑張って女性としての努力をしている」という意味のように私は感じる。となると、「腕前は別として、よく頑張っている」といった上から目線の言葉にも取れるので、褒め言葉でないと思うが、虻川は違う。「女子力は高い方がいいんだから、褒め言葉じゃないですか」「どうやって人のウラを見分けるんですか?」と返していた。

 女性を褒める難しさで思い出すことがある。個人的な話で恐縮だが、私は昨年、男性向けに“女性の褒め方”に関する書籍を上梓した。恋愛や婚活市場では、年収の高い男性が強者になる。“年収は個人の努力ではどうにもならないのだから、女性をほめることで自分の付加価値を新たに生み出そう”をテーマに掲げたハウツーである。“男性向け”とはっきり銘打っているにもかかわらず、若い女性や女性誌から「この褒め方は、同姓に使っても有効でしょうか?」という問い合わせが相次いで驚いたことがある。やりとりをしている際に感じたのは、「褒めれば、相手は喜ぶはず」「職場のお局は褒め言葉に弱い」という女性の思い込みだった。

 上述した例でもわかるとおり、確率100%の褒め言葉というのは、存在しない。

 虻川は、基本的に他人に言われたことをあまり噛み砕かずに受け止めるタイプのようだが、その虻川でも「ウソだ」と思う褒め言葉があるらしい。ファッション誌の撮影時に、カメラマンなどのスタッフから、やたら「カワイイ」と言われた場合、「そんなわけない」と思って却って表情が硬くなってしまうそうだ。

 この例でもわかるように、ただ「褒められたから」うれしくなるわけではなく、「受け手の自己評価と褒め言葉がマッチしたから」うれしくなることがわかる。自分が自信を持っている部分を褒められればうれしいと感じ、そうでない部分を褒められると「ウソだ」と思うのだ。例えば千秋は、15歳年下のTBSイケメン社員と再婚を果たした。千秋自身が夫を「イケメンだ」と思っているから、「旦那さんかっこいいね」という言葉がウラのない褒め言葉だと解釈できる。虻川はファッション誌のモデルとくらべると、自分は劣ると思っているので、「カワイイ」と褒められても響かないのだ。

 褒めてその場の雰囲気をよくしたいという気持ちはわかるが、どうやって褒めようか迷っている時点で、その人は、相手の価値観や自己評価を読み切れていない。そこに適当な褒め言葉を投げかけた場合、喜ぶ人もいるだろうが、「調子がいい」とレッテルを貼られる恐れもある。適当に褒めると、却って自分の評価がマイナスになる可能性もあるわけで、それなら褒めない方が無難ではないだろうか。コミュニケーションを円滑にしたいのであれば、適当に褒めるより、きちんとお礼を言う方が効果的だと思う。

 虻川と言えば、数年前までは、夫婦問題を扱うバラエティー番組の常連だった。イタリアンレストランのシェフである夫は、虻川の欠点(料理がヘタ、服のセンスが悪い、がさつ)を意気揚々と話し、虻川も夫がスキンシップを拒むエピソードを披露していたため、離婚寸前と報道されたこともある。その一方、虻川夫は、虻川のおかげでテレビに出演し、芸能人人脈を得てレストランは繁盛。夫ばかりがトクをしているので、虻川は「利用されているかも」と疑いを持ったこともあるそうだ。しかし、虻川は今や待望の出産を果たし、子育てをしながら芸能活動を続ける働くママである。「短気は損気」というが、人のウラを読みすぎるのもまた“損気”なのではないだろうか。人のウラが読めないことで保たれる平和もあるのだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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虻川美穂子、「女子力高いよね」を褒め言葉と受け取る“性格”のメリット

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「どうやって見分けるんですか、人のウラを」北陽・虻川美穂子
『ノンストップ』(フジテレビ系、10月27日)

 褒められてるんだか、バカにされてるんだかわからない。そんな経験をしたことはないだろうか。

 10月27日放送の『ノンストップ』(フジテレビ系)では、「ホメる女にはウラがある」と題して、このあたりの機微を特集していた。ウェブサイト「ママスタセレクト」掲載の「『旦那さんかっこいいね』というママ友と、言われる側の妻。それぞれの内心」という記事をもとに、夫の外見を褒められることは、何を意味するのか、果たしてウラがあるのかを話し合っていた。

 「旦那さん、かっこいいね」と言われたら、千秋と北陽・虻川美穂子は「うれしい」と感じるが、ハイヒールのリンゴは「うちの旦那は一回り上の68歳やから、そんなわけない」「うれしくない」という。リンゴは「話を盛ってるだけ。最近、みんな人を最近褒めすぎ」とそういった風潮に不快感を示していた。

 番組では、視聴者からの声を紹介していく。30代のある女性は、SNSに「今日は彼とピクニック。お弁当は手作り」とSNSにアップしたところ、友人から「女子力高いよね。私には無理だわ」というコメントがついたという。千秋は、この「女子力高い」を「理由はわからないけど」とした上で「褒めていない」とし、リンゴもこれを「はいはい、(女子力高いアピールをこれからも)やらはったらどうですか?」という意味であって、「褒め言葉ではない」と判断していた。

 手作り弁当の画像を上げるということは、直接的に料理の腕前もしくは出来栄えを見せたいと考えられるので、これに対する褒め言葉は「おいしそう」もしくは「料理がうまい」だと思う。「女子力が高い」というのは、「料理がうまい」というより、「頑張って女性としての努力をしている」という意味のように私は感じる。となると、「腕前は別として、よく頑張っている」といった上から目線の言葉にも取れるので、褒め言葉でないと思うが、虻川は違う。「女子力は高い方がいいんだから、褒め言葉じゃないですか」「どうやって人のウラを見分けるんですか?」と返していた。

 女性を褒める難しさで思い出すことがある。個人的な話で恐縮だが、私は昨年、男性向けに“女性の褒め方”に関する書籍を上梓した。恋愛や婚活市場では、年収の高い男性が強者になる。“年収は個人の努力ではどうにもならないのだから、女性をほめることで自分の付加価値を新たに生み出そう”をテーマに掲げたハウツーである。“男性向け”とはっきり銘打っているにもかかわらず、若い女性や女性誌から「この褒め方は、同姓に使っても有効でしょうか?」という問い合わせが相次いで驚いたことがある。やりとりをしている際に感じたのは、「褒めれば、相手は喜ぶはず」「職場のお局は褒め言葉に弱い」という女性の思い込みだった。

 上述した例でもわかるとおり、確率100%の褒め言葉というのは、存在しない。

 虻川は、基本的に他人に言われたことをあまり噛み砕かずに受け止めるタイプのようだが、その虻川でも「ウソだ」と思う褒め言葉があるらしい。ファッション誌の撮影時に、カメラマンなどのスタッフから、やたら「カワイイ」と言われた場合、「そんなわけない」と思って却って表情が硬くなってしまうそうだ。

 この例でもわかるように、ただ「褒められたから」うれしくなるわけではなく、「受け手の自己評価と褒め言葉がマッチしたから」うれしくなることがわかる。自分が自信を持っている部分を褒められればうれしいと感じ、そうでない部分を褒められると「ウソだ」と思うのだ。例えば千秋は、15歳年下のTBSイケメン社員と再婚を果たした。千秋自身が夫を「イケメンだ」と思っているから、「旦那さんかっこいいね」という言葉がウラのない褒め言葉だと解釈できる。虻川はファッション誌のモデルとくらべると、自分は劣ると思っているので、「カワイイ」と褒められても響かないのだ。

 褒めてその場の雰囲気をよくしたいという気持ちはわかるが、どうやって褒めようか迷っている時点で、その人は、相手の価値観や自己評価を読み切れていない。そこに適当な褒め言葉を投げかけた場合、喜ぶ人もいるだろうが、「調子がいい」とレッテルを貼られる恐れもある。適当に褒めると、却って自分の評価がマイナスになる可能性もあるわけで、それなら褒めない方が無難ではないだろうか。コミュニケーションを円滑にしたいのであれば、適当に褒めるより、きちんとお礼を言う方が効果的だと思う。

 虻川と言えば、数年前までは、夫婦問題を扱うバラエティー番組の常連だった。イタリアンレストランのシェフである夫は、虻川の欠点(料理がヘタ、服のセンスが悪い、がさつ)を意気揚々と話し、虻川も夫がスキンシップを拒むエピソードを披露していたため、離婚寸前と報道されたこともある。その一方、虻川夫は、虻川のおかげでテレビに出演し、芸能人人脈を得てレストランは繁盛。夫ばかりがトクをしているので、虻川は「利用されているかも」と疑いを持ったこともあるそうだ。しかし、虻川は今や待望の出産を果たし、子育てをしながら芸能活動を続ける働くママである。「短気は損気」というが、人のウラを読みすぎるのもまた“損気”なのではないだろうか。人のウラが読めないことで保たれる平和もあるのだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

眞鍋かをりの「私は大丈夫」発言に見る、モラハラ男にカモにされやすいオンナの特徴

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私は大丈夫」眞鍋かをり
『ビビット』(TBS系、10月20日)

 『良かれと思って!』(フジテレビ系)で、二度目の離婚をしていたことを明かした、いしだ壱成。その原因は、いしだの掲げる“ルーティーン七箇条”に妻がついていけなかったかららしい。具体的に言うと「1.毎朝コップ1杯の水を用意する」「2.次に白湯を用意する」「3.シャワー中にバスタオル、洋服を準備する」「4.サラダに、7種類のドレッシングを用意する」「5.帰宅時に45度のお風呂を張っておく」「6.風呂に入っている間に洋服を洗濯、カバンを部屋に運ぶ」「7.カバンから領収書を出して、精算する」だそうだ。できなかったら、「ふざけんなコラァ!」とキレるらしい。モラハラ臭がぷんぷんする。

 モラハラは一般的には、「言葉、行動、態度によって妻の心を痛めつけること」とされているが、素人考えで言うと、証明するのが難しいように思う。というのは、モラハラは“妻の感じ方”次第なので、周囲が「モラハラだ」と思っても、妻本人がそう思わなければ成立しない。また、本人がそう思っていても、周囲が同調してくれないこともあるからだ。

 モラハラの証明を難しくする要素の1つが、夫の仕事の出来である。例えば、世界のイチローもルーティーンが多いことで知られている。番組名は失念したが、イチローがシアトル・マリナーズに在籍していた時の夫妻に密着番組を見たことがある。イチローは、試合の時間から逆算して、起床時間、食事の時間、就寝時間を決めている。当然、夫人もそれに合わせた生活をしていて、友達とお茶を飲むような時間はなく、どこにいても、夕飯の2時間前に帰宅して炊飯器のスイッチを入れるそうだ。食事は100%夫人の手作りだが、イチローは偏食が激しく、同じ食べ物でも好みでない調理法では食べない。試合に集中したいので家のことは一切やらず、家に帰ったら順番に服を脱ぎ捨てていき、夫人は後を追いかけてそれを拾う。記録のかかった試合前やスランプ時はナーバスになって、夫人に当たることもあるとイチロー自身も認めていた。

 しかし、世界記録保持者のイチローのルーティーンが、外野から「モラハラ」と言われることはない。仕事ができる男性の“お世話”はハラスメントではなく「あれだけの仕事をしているのだから、仕方がない」と見なされる。つまり、仕事がデキて高収入の夫を持った女性がモラハラを訴えても、理解されにくいのだ。

 加えて、テレビを中心に、今も“耐え忍ぶ妻”は尊ばれている。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)では、定期的に「芸人の妻」が特集される。例えば、二丁拳銃・小堀裕之は4児の父だが、家に給料を5万円しかいれず、妻はパートで5万円を稼ぎ、子どもを育てている。小堀は仕事を口実に家に帰らず、子どもの誕生日も無視。小堀の最低ぶりにも驚かされるが、もっと驚くのは妻が怒らないことと、番組が「芸人の妻の鑑」と持ち上げることだ。

 「そうでも言わなければ、番組のオチがつかない」と判断できるのは、世の中の仕組みがわかった大人であって、善良な若い女性たちは「夫のために我慢することがエラい」と信じてしまうのではないだろうか。夫や子どものために我慢することをよしと刷り込まれた女性から見ると、モラハラを訴える女性は「夫をうまく転がせない妻」であり、共感されないどころか「わがままだ」と説教されることもある。

 モラハラであることを結婚前に見抜けなかったのか疑問に思う人もいるだろうが、モラハラを働く側は、狡猾かつ計画的である。いしだもその例に漏れない。交際時から奥さんにルーティーンをさせていたのかという質問に対し、いしだは「少しずつ増やしていった」「(言葉ではなく)目で教えた」と言っていた。一気にあれこれ命令すると逃げられるから段階を踏み、自分から尽くしている形に持っていく。自分の言いなりになりやすい女性を、パートナーに選んでいることは、言うまでもない。

 10月20日放送の『ビビット』(TBS系)に出演した眞鍋かをりは、いしだのルーティーンを「私は大丈夫」とコメントしていた。コメンテーターたちは、なぜいしだの要求は、そんなに上から目線なのかについて話しているのに対し、眞鍋はその要求について「できるかできないか」で答えている。モラハラ気質の男性にとって、“できないと言いたくない”プライドと“相手の期待に応えたい”気質を持つ眞鍋のような女性は格好のカモではないだろうか。

 眞鍋といえば、中学時代からファンだったTHE YELLOW MONKEYの吉井和哉と結婚し、念願の出産を果たした。しかし、「女性自身」(光文社)に、吉井は育児を一切せず、眞鍋が離婚を考えていると報じられたことがある。『失われた愛を求めて――吉井和哉自伝』(ロッキングオン)によると、吉井は「特に赤ちゃんが大好き」な子煩悩で、前妻との結婚時は子どもの面倒をよく見ていたと記している。吉井のいきなりのキャラ変更は何を意味するのか。本当に大丈夫なの? と眞鍋に聞いてみたい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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元夫の自殺と遺書公表を経ても……上原多香子の奔放ぶりに見る“忘れるオンナ”の顔

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私にできることないかな」上原多香子
「フラッシュ」(光文社、2017年10月17・24特大号)

 自殺を容認する宗教を、私は知らない。

 キリスト教やイスラム教では自殺を禁じているし、仏教では、自殺はもちろんのこと、親より先に死ぬことを“逆縁”と呼び、一番の不孝と定義している。なぜ自殺をしてはいけないかについては、各宗教の専門家に任せるとして、自殺はあらゆる意味でやめた方がいいのではないかと思う。

 2014年にET‐KINGのTENN氏が自宅マンションの駐車場に停めた車の中で、自殺を図った。第一発見者は、妻である女優の上原多香子。自殺を図るような精神疾患を患っていた形跡もなく、行動に計画性が見られなかったことから、上原は若くして夫を亡くした悲劇の妻となった。

 しかし、3年がたった今年の夏、TENN氏の遺族が「女性セブン」(小学館)に、自殺の真相を明かす。TENN氏の遺書によると、彼は子どもの望めない体であること、また上原が舞台で共演した俳優・阿部力と不倫していることが書かれていたという。上原の携帯を見たTENN氏は“証拠”として、上原と阿部のLINEのやりとりや、キス画像を携帯に保管しておいたそうだ。TENN氏の遺書に「多香子をあまり責めないでやってください」と書いてあったことから遺族は黙って葬儀を終えた。しかし、新しい恋人ができると、上原があっさり籍を抜いて連絡すら取りにくくなり、遺族側が上原に慰謝料を要求したが、上原は分割払いでの支払いを提案。誠意のない態度に怒った遺族は、遺書を公表することを決意したそうだ。

 遺族の話をまとめると、TENN氏は上原の不倫を知ってしまったが、それを問い詰めることもできず、かといって、なかったことにすることもできず、離婚するのも嫌で死を選んだということなのだろう。

 「多香子をあまり責めないでやってください」という発言は、夫としての最後の優しさと見ることもできるが、別の見方をすると、強い復讐心の表れ、もしくは、あてつけとも言えるのではないだろうか(嫁の不倫が原因で息子が自殺をして、責めないでいられる遺族はいないだろう)。

 上原の不倫に絶望していたのだとしたら、話し合う勇気を持ってほしかったし、もしあてつけだとしたら、方法を間違っているように思えてならない。

 自分が原因で誰かが死んだら、一生後味の悪い思いをする。そう考えるのは、善良な人である。意図的かそうでないかは別として、自殺の原因を作った側は、案外ケロリとしているのが、現実ではないだろうか。

 例えば、歌手の藤あや子。若くしてデビューした藤だが、なかなか売れず、改名をして再デビューを果たす。「こころ酒」で大ヒットを記録した藤は、レコード会社の既婚男性と不倫関係に陥るものの、売れっ子になりつつあった藤が、別れを選ぶと、男性は「別れたくない」と藤の自宅で首を吊った。遺体の第一発見者は、学校から帰宅した藤の一人娘であることを当時の週刊誌は書き立てた。

 あえて藤の家を死に場所に選ぶあたりに“あてつけ”な印象を受けるが、それで、藤の芸能人生命が絶たれたかというと、そんなことはない。『NHK紅白歌合戦』の常連となり、8歳年下の俳優・木村一八と交際したり、今年の春に20歳年下の一般人男性との再婚を発表するなど、人生を謳歌しているように見える。

 女優の荻野目慶子も、不倫関係にあった映画監督に自宅で首をつられた過去がある。芸能界引退まで追い込まれた精神状態を救ったのは、故・深作欣二監督で、今度は深作と不倫関係に陥る。深作監督亡き今も女優を続け、現在は産婦人科医と結婚。自殺したオトコのことをどう思っているかは、本人でなければわからないが、表面的に見れば、藤や荻野目は再起不能になるほどの精神的ダメージを受けたとは考えにくい。

 それは上原も同様である。TENN氏の自殺の原因が、上原の不倫であると報道されてから、彼女は芸能活動を自粛。自分の不倫が暴露され、芸能活動も自粛とあって、さぞ精神的に追い込まれていると善良な人は想像するだろうが、「フラッシュ」(光文社)によると、上原は恋人であるコウカズヤの公演後の打ち上げに参加し、「私に何かできることないかな」と妻のようにかいがいしくふるまいつつ、その一方でコウでない男性に抱きつくなど、変わらない奔放さを見せたという。この行動から考えると、上原にとってTENN氏のことは“なかったこと”になっているのではないだろうか。

 誰かを傷つけてやりたい、懲らしめたい。誰しも人生のうちで一度くらいは、こう考えることがあるだろう。人によっては、実際に直接的な行動に移す人もいるかもしれないが、本当に怖い嫌がらせとは、相手のことをきれいさっぱり忘れてしまう、つまり生きている人の存在を殺してしまうことではないだろうか。尋常でなく忘れっぽい“超忘却力”を持つ人は稀にいて、そういう人に命を懸けた抗議をしてもムダなのだ。

 超忘却力を持つ女性は、“天然”“おっとりしている”と男性には魅力的に映るようだ。コウが、ある日突然上原に忘れられる日が、1日でも遅いことを祈るばかりである。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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「男の不倫はOK、女は言語道断」の考えを振りかざす、“おじさん”坂上忍のチョロさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「月曜『バイキング』のコメンテーターとか」坂上忍
『バイキング』(フジテレビ系、10月2日)

 テレビのコメンテーターという仕事の肝は、面白いことを言うよりも、「いかに司会者の思いを汲めるか」ではないだろうか。

 番組の“色”や方向性は、司会者で決まる。しかし、司会者はある程度中立でいなければならないので、自分の意見ばかり言うわけにはいかない。そのため、司会者の意を汲んだ発言をするコメンテーターが必要となる。鵜匠が船に乗り、鵜を使ってアユなどの魚を取る鵜飼いになぞらえて考えると、司会者は鵜匠で、コメンテーターは鵜、アユが視聴率と言えるだろう。

 「コメンテーターは、鵜飼の鵜」だと私が強く感じる番組は、『バイキング』(フジテレビ系)である。2016年以来、芸能人の不倫のニュースが頻発している中、同番組を見ていると、「男性の不倫はOKだが、女性は言語道断」という姿勢を感じる。

 例えば、「週刊文春」(文藝春秋社)が斉藤由貴と開業医男性との不倫を報じた時のこと。2人が指を恋人のようにからめあうつなぎ方をしていたり、斉藤のマンションに男性が通う姿を撮られていた。斉藤本人は記者会見を開いて、「手をつないだのは一瞬」「往診のためにマンションに来てもらった」と釈明したが、あの会見を真に受けた人は、ごく少数ではないだろうか。

 事実、会見後、斉藤と男性のキス写真、男性がパンツをかぶっている写真など、不倫の証拠とも言うべき画像が「フラッシュ」(光文社)に掲載される。それを見た坂上は、「不倫をした、しかも3回目ですよ、その上に嘘が乗るんだ」と斉藤を断罪。確かに斉藤は独身時代、歌手の尾崎豊や俳優の川崎麻世と不倫をし、会見を開いたこともあるので、事実と言えるが、それを言うなら、金曜レギュラーの雨上がり決死隊・宮迫博之だって同じである。

 「文春」に、2人の女性との不倫を報じられた宮迫は、「同じホテルに泊まったことは事実だが、肉体関係はない」と苦しい言い訳をしている。2010年にもタレント・木村まみの家に通う姿を写真週刊誌「フライデー」(講談社)に撮られていたし、斉藤と同様に不倫の“常習犯”だが、そのあたりは同番組で責められていない。宮迫が妻に「家族だから、私が助けるよ」と言われたエピソードを披露すると、妻を「芸人の妻の鑑」と絶賛するなど、坂上は「夫の不倫を許す妻が、いい女」という考えを持っているようだ。

 坂上がこういうスタイルであるので、“鵜”たちも、不倫に甘い。自身も不倫経験者で、風俗店で16歳少女から性的なサービスを受け、芸能活動を自粛したこともあるタレント・東国原英夫、「浮気は人類誕生以来行われてきたことだから、そろそろ女性は慣れて」と不倫を擁護するお笑い芸人・ブラックマヨネーズの吉田敬、「役者だから」「遊びだから」と公言する梅沢富美男など、『バイキング』のコメンテーターは、“不倫肯定派”ばかりである。“人より稼いでいるんだから、股間の自由を認めろ、その代わり家庭を壊すつもりはない”といわんばかりの彼らにとって、許しがたいのは、“騒ぐオンナ”ではないだろうか。不倫をマスコミに暴露する女や、「不倫された、許さない」と夫を責め立てる妻が、“騒ぐオンナ”である。

 “騒ぐオンナ”の典型が、俳優の袴田吉彦と関係を持っていたことを「週刊新潮」(新潮社)に告白したグラビアアイドル・青山真麻だろう。別居していたとはいえ、袴田には妻子がいたので不倫である(その後、離婚)。会うのはいつもアパホテルで、10回の逢瀬のうち、7回はホテル代を青山が払ったものの、支払いで生じたポイントは、袴田が自分のカードにつけたことから、“アパ不倫”と名付けられた。袴田の女性への扱いにはまるで誠意が感じられず、『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系)で袴田が語った通り、「性欲に走ってしまった」関係だったのだろう。

 青山は、『バイキング』の取材に対し、「売名ではない」と言いつつも、「チャンスをもらった」「『しゃべくり007』(日本テレビ系)に出たい」と、袴田との関係を1つのステップと考えていることをほのめかした。

 対する袴田の元妻・河中あいは騒がない。「タウンワーク」で見つけた事務バイトをしながら、シングルマザーとして子どもを育てている河中は、『ザ・因縁』にVTR出演し、結婚生活を振り返って「世間も知らないし、何もできない子を母親にしてくれたことに本当に感謝している」と述べた。夫を責めなかった河中を、坂上や東国原は“いいオンナ”と絶賛。坂上は河中を「月曜『バイキング』のコメンテーターに」とまで言い出した。

 知人の弁護士いわく、子どものいる女性が離婚して“感謝”と言い出すのは、「この子に出会えたから、お前のことなどどうでもいい」という決別だそうだ。河中も同じ気持ちなのかは知る由もないが、1つ言えるのは、今後も芸能活動を続けると明言している河中にとって、今が大きなチャンスであるということである(河中は早速、坂上のブログをお気に入り登録している)。

 “売名”とは、有名人男性とのセックスをネタにすることと思われがちだが、大きな意味で言えば、「誰かを利用して、自分が芸能人として前に進むこと」と言えるだろう。となると、今回売名に成功したのは、青山真麻ではなく、元妻の河中あいなのではないか。

 同情を引くという売名は、体を張るよりイメージがよくて安全である。河中を“かわいそう”“健気”と信じる……坂上をはじめとするオジサンは、案外チョロいと言えるのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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田村淳、「青学受験」宣言に見るズル賢さ――まるでOLのような芸能人としての歩み

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「青山学院大学への合格を目指します」ロンドンブーツ1号2号・田村淳
(Abema TV特別番組、9月23日)

 ロンドンブーツ1号2号の田村淳を初めてテレビで見たのは、『急性吉本炎』(TBS系)だった。街行く一般人の女性にカードを引かせて、当たりが出れば現金を進呈、ハズレだと淳がビンタするという企画で、私には何が面白いのかさっぱりわからなかった。しかし、この企画で淳は名前を売り、以降“ガサ入れ”と称して、彼氏に代わって彼女の浮気を調査するなど、シロウトの女性いじりに特化していく。

 そんな淳は、「芸人は売れるとモテるが、淳は売れる前からモテていた」「淳と連絡を取りたい女性数名が、携帯電話を買い与えていた」「貢がれていた」といったエピソードが暴露される人物だ。また、『しゃべくり007』(日本テレビ系)に出演した際、淳は、一夜だけ関係を持った女性の数を聞かれ、「カップラーメンの値段4個分」と答えたこともある。女性タレントには、このような質問がされないことから考えると、不特定多数の女性とセックスすることは、男性にとっては名誉なのだろう。モテる淳を“オトコの中のオトコ”と羨望のまなざしで見る人もいるだろうが、淳の芸能人としての歩みは、“オトコの中のオトコ”というより、OLのように私には感じられる。「こういう人いた」という既視感がすごいのだ。

 例えば、ジュニア・ベジタブル&フルーツマイスター「通称野菜ソムリエ」という、モデルの長谷川理恵が先駆けて取得した資格を、淳も取得している。モデルは体が資本であることを考えると、長谷川の資格取得は辻褄が合っているし、仕事が増えることも目に見えている。が、淳がこの資格を取っても、芸人として特にプラスになるとは考えにくい。となると、野菜そのものの仕事がしたいというより、資格という権威や頑張った証拠がほしかったのではないかと思えるのだ。

 仕事を覚えた中堅OLが、資格取得にハマることがある。資格取得といえば、転職やキャリアアップを連想するのが一般的だが、仕事に直結しない資格ばかり取る人がいるのだ。今いる場所はキープしつつ、その集団の中で「ちょっと違う高い意識を持ったワタシ」をアピールする手段として、資格という権威が有効だと考える人がいるのである。

 淳のこうした権威へのあこがれは、オンナ選びにも反映されているのではないだろうか。かつて『真夜中の大かま騒ぎ』(フジテレビ系)において、淳は「女優と結婚したい」と発言。司会の明石家さんまが「オレは女優と結婚した」と言ったところ、羨望の声が上がっていたのを見ると、男性にとって「女優と結婚する」というのは、一種のステイタスなのだろう。

 女優ではないが、淳はそれ以上のステイタス保持者、アジアの歌姫・安室奈美恵との熱愛が発覚する。安室のために、キッチンが充実したマンションに引っ越したともいわれた淳だが、結婚について尋ねられると「日本式の結婚を信じていない、フランス式の事実婚スタイルがいい」と答えた。この答え方も本当にウマいとしか言いようがない。結婚を考えていないと言えば、格上の彼女に失礼だし、だからといって、軽々しく結婚したいといえば無責任である。結婚制度そのものを悪者にすれば、ステイタスホルダーのカノジョを傷つけない形で、自分の意見を通すことができ、淳は権威を利用して、自分のイメージをよくすることに成功している。

 それだけでなく、印象操作がうまいのも淳の特徴である。淳は自身の結婚を『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で発表したが、夫人は“家事手伝いの一般人女性”で、「淳が浮気したら、自分も一緒に反省する」と答えるなど、出川哲朗ら番組ゲストに“デキた女性”として絶賛されていた。しかし、「週刊文春」(文藝春秋社)によると、夫人は元「ViVi」(講談社)モデルで、売れっ子キャバクラ嬢だったという。家事手伝いの一般人女性で、浮気されても一緒に反省をすると聞かされると、世間知らずで、資産家家庭の子女であることを連想するだろう。しかし、夫人の実際の履歴、元芸能人で、人気キャバクラ嬢であったことから考えると、「それくらいで動じない」「オトコの性を知り尽くしている」という正反対の見方をすることもできる。明らかな嘘はつかないまでも、どう表現したら良いイメージになるかの計算が、淳はうまいのだ。

 淳のように「ウソではないが、本当でもない」という印象操作を得意とするOLがいる。彼氏がいないことを明言はしないものの、匂わせる発言をしていた人が、いきなり「結婚する」と言い出すことは珍しくない(彼氏はいないが、婚約者はいるという理屈だろう)。他人のプライベートにやたら干渉してくる人や、社内恋愛の場合は自衛手段ともいえるが、破談になっても詮索されないというメリットもある。逃げ道を確保するための印象操作である。

 9月23日のAbemaTV特別番組で、淳は「青山学院大学への合格を目指します」と宣言した。学生時代、まったく勉強をしてこなかった淳が、名門大学を受験するのはチャレンジングだが、ここを乗り切ればヒーローとなって仕事が増えることも期待される。政治家としての道が拓かれる可能性もある。当たれば大きい賭けではあるものの、ここでまた淳の「明らかなウソでないが、真実とも言えない」趣向は発揮されている。

 淳は「44歳になって、勉強したいという意欲がわいてきた」と言っているが、受験する学部については明言していない。一部なのか二部なのか、現役高校生と同じ学力試験を受けるのか、社会人入試なのか。学部や試験方式によって難易度は違う。そのあたりを明言せず、権威としての“青山学院大学”だけ掲げるあたりが、ズルうまいのである。

 淳が青山学院に入れても入れなくても、愛娘のお受験の口実になることは想像に難くない。例えば、入学できた場合は「この素晴らしい環境で、幼い頃から学ばせたい」と言えるし、もし無理だった場合でも「自分にはかなわなかったが、娘には小さい頃から学ぶ楽しさを感じてほしい」といった具合だ。不倫バッシングが続く昨今、既婚者の淳はもう恋愛で稼ぐことはできない。そんな中、“受験”にシフトするとは、淳の抜け目のなさには、敬服するしかない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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豊田真由子議員、謝罪会見で「夫と仲良し」発言の意味――「結婚=人格者の証拠」への違和感

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「仲の良い夫がいるんですけど」豊田真由子
(謝罪会見、9月18日)

 人気商売の人が行う謝罪会見とは、「自分の気持ちを話すこと」ではなく、「見ている人の気が済むように謝ること」が目的だと私は思っている。そういう意味でいえば、豊田真由子議員の会見は大失敗だったのではないだろうか。元秘書への暴言や暴行を「週刊新潮」(新潮社)に暴露された豊田議員。世間が期待するのは、元秘書への全面謝罪だろうが、豊田議員の釈明を一言でまとめると、“自分は頑張ってきたアピール”である。

 今回のケースは、相手が国会議員という公人であること、元秘書が音声などの証拠をそろえていたことから週刊誌が食いついた。しかし一般社会では、訴えることはしないまでも、“とよまゆ的”なパワハラ被害に遭ったことがある人は多いのではないだろうか。

 個人的な話で恐縮だが、会社員時代、私の隣の席の女性(以下、Aさん)が、豊田議員と同じく東大法学部卒だった。彼女はちょっとしたことで激高しやすく、気に入らないことがあると豊田議員の「このハゲーっ!」と同じ調子で怒鳴る性質を持っていた。基本的にAさんはいつも怒鳴っていたものの、誰にでも怒鳴るわけではなく、ちゃんと人を見ていた。対象は、自分より若く、学歴が低く、権力がない人。けれど、自分と同じくらいの年齢の女性社員や、押し出しが強かったり、オラオラ系の男子社員には、たとえ学歴が低くても、敬意を持って接していた。

 豊田議員は、後援会の人には非常に評判がいいという記事を目にしたことがあるが、Aさんと同じく、上下関係で完全に態度を変えていたのだろう。それはオトナとして当然の処世術だが、豊田議員が間違ったのは、秘書を怒らせるデメリットを理解していなかったことだ。自分が雇用しているという意味では、秘書は下の存在だが、“自分の秘密を知っていること”、またスマホさえあれば音声の録音や動画を撮れるので、“その秘密をマスコミに持ち込めること”を考えると、秘書は後援者や有権者と同じように、ある程度は敬うメリットのある存在なのだ。

 終始、「あの恫喝はたまたまであって、日常的ではない」ことを繰り返した豊田議員だが、会見の最後に、「新潮」の記者から質問を受けると、これまでの殊勝な態度は消え失せた。あごを上げ、敵意を表した薄目で攻撃的に話す様子は、真偽は別として、激高しやすく、パワハラが日常化していた印象を与えて本人に損だろう。しかし、そういう計算ができないくらい、良くも悪くも豊田議員は裏表のない人と見ることもできる。

 政治家であれ、芸能人であれ、人気商売をする人にとって、尋常じゃないヒステリーな人、パワハラをする人というレッテルを貼られるのは、まぎれもなく損である。その“疑い”を晴らすため、“容疑者たち”が取る行動の1つが「夫(妻)と仲良しアピール」である。

 例えば、豊田議員は会見の服装を見てみよう。黒いスーツにピアスもネックレスもない神妙ないでたちだが、よく見ると左手の薬指に二種類の指輪をしていることに気付く。立爪系のダイヤとシンプルなプラチナ系のリングは、婚約指輪と結婚指輪と推察することができる(ちなみに、この組み合わせは、夫婦仲良し売りをする君島十和子もよくしている)。

 指輪が本当に婚約指輪と結婚指輪の組み合せだったと仮定すると、これらは「結婚している」「婚約指輪を大事にするくらい、夫を大事にしている」というメッセージであると見ることもできるだろう。実際、豊田議員は、会見の際に夫とのエピソードを披露し、「16年連れ添っている、今も仲の良い夫がいるんですけれど、『あんな声聞いたことがないぞ、合成されたんじゃないか?』(と言っていた)」というふうに、夫の発言を借りて証言してみせた。

 夫や子どもには温厚でも、部下にパワハラする人はいるわけで、夫の“証言”はあてにならない。そんな理屈を天下の東大法学部出の豊田議員がわからないはずもない。豊田議員は、夫の存在を明らかにすることで、「夫に愛されているのは、性格がいい証拠」と訴えたかったのではないだろうか。豊田議員は、結婚を「人格に難がない証明書」と捉えているように、私には感じられるのである。

 ちなみに豊田議員は、2014年に園遊会に夫と共に招待されたが、当日は母親を伴って姿を現したと「産経新聞」が報じた。夫婦仲が良いのなら、なぜ一緒に参加しないのだろうか。こういった公式行事の時は、仲が良い悪いは別として、行動を共にするのが一般的ではないだろうか。園遊会事件には続きがある。宮内庁は母親の参加を拒否したものの、豊田議員は「母親が配偶者である」と強弁したそうだ。この言い訳もさることながら、宮内庁に断られてもそこに居座る母親も、かなり常識はずれではないだろうか。

 結婚すること、母親になることを神聖視し、“人格者の証拠”と見る傾向が日本には強い気がする。その考え方は、「結婚し、母親になった女性が上」という序列づけにつながっていく。豊田議員が明らかにしたのは、特定の秘書へのパワハラではなく、女性全体が受けているうっすらとしたハラスメントのように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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