キンタロー。、夫をGPS監視――「元カレのトラウマ」を抱えるオンナの理不尽な思考回路

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「過去のお付き合いしてきた男性からのトラウマなんですけども」キンタロー。
(キンタロー。オフィシャルブログ、5月27日)

 バラエティ番組に出るのに必須ともいえる“キャラクター”は、もう出尽くした感があったが、お笑いタレント・キンタロー。が、うまいキャラをひねり出してきた。監視妻キャラである。『もしかしてズレてる?』(フジテレビ系)によると、キンタロー。は夫が浮気をしているのではないかと常に疑い、電話がつながらないとGPSで居場所を特定するそうだ。夫が自宅に女性を連れこんだりしていないかチェックするために、自宅にもペットカメラを取りつけているという。一般人の女性でも、パートナーと連絡が取れなくなると、途端に不安定に陥り、常に浮気を疑っている女性は一定数いるので、共感を集めるキャラといえるのではないだろうか。

 オフィシャルブログによると、キンタロー。は、自身がこのように嫉妬深くなった理由を「過去にお付き合いしてきた男性からのトラウマなんですけども」と説明している。元カレに浮気された経験から、「オトコはみんな浮気をする」と思うようになり、夫と少しでも連絡が取れない不安に耐え切れず、安心するために監視している……ということだろう。一見、理屈が通っているようだが、実はこの論理、整合性がまるでないことにお気づきだろうか。

 私のかつての同僚の話だが、彼女には、結婚を約束した彼氏がいたものの、ある時、その彼氏から百万単位の借金の存在を知らされたそうだ。「元カノが消費者金融で借金をした際、連帯保証人の欄にサインをした」「元カノが行方をくらまして返済できなくなり、自分に返済義務が生じてしまった」と。当時の消費者金融は20%超えの利息を取っていたため、彼氏が自分の給料をほとんどつぎ込んでも、利息分しか返せない状態だったという。同僚は、彼と一緒に返済する道を選んだ。自分の給料とボーナスをつぎ込み、会社が終わった後にはバイトもしたが、それでも借金はなかなか減らず、目に見えて疲弊していった。

 私には、この同僚とキンタロー。の夫が同じように感じられる。

 同僚は、彼氏がよそのオンナと作った借金、しかも自分がまったく使っていないカネを必死に返してヘロヘロになった。同様に、キンタロー。の夫は、彼自身の浮気が証明されたわけではないのに、キンタロー。の元カレの浮気という罪を、償わされている。文句や不安は、その原因を作った張本人、つまり元カレに言うべきなのに、キンタロー。はなぜか無関係な夫にそれをぶつけているのだ。恐らく、キンタロー。のようなタイプは「私のことが好きなら、心配させないで」と言うだろうが、これはつまり「私のことが好きなら、元カレの作った借金返して」と言うくらい、理不尽であることに気づいていない。

 とは言いつつ、ブログによると、キンタロー。はこれまでも、夫に対して監視行為をした際には、そのお詫びとして一緒に食事に行くこともあるらしく、現状、夫婦関係にヒビは入っていないことがわかる。そこで、キンタロー。がこの夫婦関係を続けるためにはどうすればいいかを考えてみた。

 キンタロー。は、「ノート買ってきて、その男性の誕生日までに1日1日 その人に向けて日記風ラブレターを書いて誕生日に渡す」ことをしようとした過去があるとも、ブログで明かしている。彼氏の浮気が誕生日前にバレて、ノートを渡すことはなかったそうだが、よく言えば集中力がある、悪く言えば1つのことしか考えられない傾向があるのではないだろうか。

 もしキンタロー。の夫君が監視に息苦しさを感じたら、どうにかして、キンタロー。のスケジュールをぱんぱんに詰めることを勧める。仕事以外のことを考える時間を物理的に減らすのだ。これは、結婚生活を送る上での工夫だけではなく、キンタロー。の仕事にも関わってくる。嫉妬深いキャラは、夫と離婚してしまっては成立しない。嫉妬キャラでキンタロー。がブレークするのに必要なのは、夫が自身のメンタルをうまく管理することなのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

ベッキーの「新しい私」アピールに見る、それでも「いい子と思われたい」メンタリティ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ひとり旅は、自分で自分を褒める時間ができて悪くないなって思いました」ベッキー
(「HUFFPOST」インタビュー、5月23日)

 図らずも相手の運気を吸いとる、さげマンやさげチンというのは実在するのではないか。

 例えば、女優の斉藤由貴。医師との不倫でお騒がせしたことは記憶に新しいが、斉藤はNHK大河ドラマ『西郷どん』こそ降板したものの、ブルーリボン賞助演女優賞に輝き、女優のオファーも順調に戻ってきている。『1周回って知らない話』(日本テレビ系)には、娘と共に出演し、家庭が順調なことを印象付けた。

 しかし、一方の医師はというと、ネットで身元捜しをされ、パンツをかぶった写真が流出した上に、現在は離婚調停中だという。女優として肥えていく斉藤とは反対に、踏んだり蹴ったりな状態である。

 ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音も、相手の運を下げるさげチンではないか。ベッキーとの不倫騒動で、ベッキーは活動休止に追い込まれ、また破局後に付き合ったモデル・ほのかりんは、「週刊文春」(文藝春秋社)に未成年飲酒疑惑が報じられて事務所から解雇されてしまう。元カノたちはキャリア面でやせ細っていくのに、本人は一時期活休をしていたものの、最近「週刊女性」(主婦と生活社)にモデル・松本愛との交際を報じられ、1年半ぶりにアルバムを発売するなど、公私共に充実しているようである。

 特に元カノ・ベッキーはどうにかして地上波への復帰をはかっているようだが、なかなかうまくいっていないのが現実と言える。この状態に危機感を持っているのは本人だろう。「HUFFPOST」のインタビューで、ベッキーは「以前の自分とは違う」ことを強調する。

 以前までベッキーは、「仕事が充実していることが、自分の人生の充実だった」と思っていたそうだが、活休を経て、「一番大切なのは、私の心が健康であること」であり、「仕事の充実が全てじゃない」と思い至るようになったと語る。以前掲げていた、例えば「黒い服はNG」といったベッキールールも捨てたという(ちなみになぜ黒がNGかというと、葬式の色だから)。こうしたルールからは、ベッキーの思い込みの激しさが窺えるが、今では、ヘアメイクやスタイリストに「新しいベッキー」を作ってもらっているそうだ。

 また、ベッキーはひとり旅にも初挑戦したという。以前はひとり旅を「ひとりぼっち」だと思っていたが、実は「ひとり占め」だと気づいたらしい。航空券の手配なども、人の手を借りずに自分でやるので、「ハプニングが起こった時に回避できると『すごい、あたし回避できたじゃん』って思う」「計画通りにものごとが進めば、自分で自分を褒めることもできるのもすごくいい」「ひとり旅は、自分で自分を褒める時間ができて悪くないなって思いました」と述べていた。

 ベッキーについて「力が抜けた」「変わった」と感じる人もいるだろうが、私には根幹の部分は同じように感じられる。なぜなら、ベッキーは昔も今も「できていることで、自分を褒める」方式を取っているからだ。

 ベッキーの言う「仕事の充実」とは、たとえオファーが少なくても、その中で満足感を見いだすというものではなく、たくさん仕事が来ることをよしとする概念だろう。「スタジオを出るときにおじぎする」「朝、スタッフの名前を呼んで祈る」などのベッキールールも、より多くの仕事を呼び寄せたいというおまじないに近い意味合いがあるものだと思われる。仕事が来た、トラブルが回避できたというように、何かができた時に、自分を褒めるのは当たり前のことである。努力したけれど、どうにもならなかった、もしくはできなかった時に、いかにして自信とモチベーションを維持するかが大事なのではないだろうか。

 もし今回の不倫騒動を失敗とするなら、その原因はヒトを見る目のなさだろう。「文春」にベッキーと川谷のLINEのやりとりが掲載されたことで、2人は不倫関係であることが証明されてしまったが、川谷は前妻に離婚をしたいと申し出た際、「大切な人がいる」とまで告白していたことがわかった。

 離婚の話を切り出す際に、次の女性の存在を明かすとは、はっきり言って大バカ者である。前妻は「それってアウトだよね」と返したそうだが、この発言には簡単に離婚をするつもりがないこと、また報復の可能性がゼロでないことがほのめかされている。川谷やベッキーがそのあたりを考えなかったのは、人の気持ちに疎いか、前妻を少々みくびっていたかのどちらかだろう。

 つまり、今回の厄災は、捨てる妻に対する配慮があまりにもなかったことから生まれているのである。となると、ひとり旅をして「できた」と自分を褒めるより、積極的に他人と関わって、さげチンに引っかからないように男を見る目を養ったり、他人の心の機微を学んだ方が「新しいベッキー」になるためには有効ではないだろうか。

 ベッキーももう30代半ば、自分の心の黒さやみっともない部分を認めて、思い切ってさらす勇気が必要なのではないだろうか。今のベッキーは、まだ「いい子と思われたい」域から脱していない気がする。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

ベッキーの「新しい私」アピールに見る、それでも「いい子と思われたい」メンタリティ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「ひとり旅は、自分で自分を褒める時間ができて悪くないなって思いました」ベッキー
(「HUFFPOST」インタビュー、5月23日)

 図らずも相手の運気を吸いとる、さげマンやさげチンというのは実在するのではないか。

 例えば、女優の斉藤由貴。医師との不倫でお騒がせしたことは記憶に新しいが、斉藤はNHK大河ドラマ『西郷どん』こそ降板したものの、ブルーリボン賞助演女優賞に輝き、女優のオファーも順調に戻ってきている。『1周回って知らない話』(日本テレビ系)には、娘と共に出演し、家庭が順調なことを印象付けた。

 しかし、一方の医師はというと、ネットで身元捜しをされ、パンツをかぶった写真が流出した上に、現在は離婚調停中だという。女優として肥えていく斉藤とは反対に、踏んだり蹴ったりな状態である。

 ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音も、相手の運を下げるさげチンではないか。ベッキーとの不倫騒動で、ベッキーは活動休止に追い込まれ、また破局後に付き合ったモデル・ほのかりんは、「週刊文春」(文藝春秋社)に未成年飲酒疑惑が報じられて事務所から解雇されてしまう。元カノたちはキャリア面でやせ細っていくのに、本人は一時期活休をしていたものの、最近「週刊女性」(主婦と生活社)にモデル・松本愛との交際を報じられ、1年半ぶりにアルバムを発売するなど、公私共に充実しているようである。

 特に元カノ・ベッキーはどうにかして地上波への復帰をはかっているようだが、なかなかうまくいっていないのが現実と言える。この状態に危機感を持っているのは本人だろう。「HUFFPOST」のインタビューで、ベッキーは「以前の自分とは違う」ことを強調する。

 以前までベッキーは、「仕事が充実していることが、自分の人生の充実だった」と思っていたそうだが、活休を経て、「一番大切なのは、私の心が健康であること」であり、「仕事の充実が全てじゃない」と思い至るようになったと語る。以前掲げていた、例えば「黒い服はNG」といったベッキールールも捨てたという(ちなみになぜ黒がNGかというと、葬式の色だから)。こうしたルールからは、ベッキーの思い込みの激しさが窺えるが、今では、ヘアメイクやスタイリストに「新しいベッキー」を作ってもらっているそうだ。

 また、ベッキーはひとり旅にも初挑戦したという。以前はひとり旅を「ひとりぼっち」だと思っていたが、実は「ひとり占め」だと気づいたらしい。航空券の手配なども、人の手を借りずに自分でやるので、「ハプニングが起こった時に回避できると『すごい、あたし回避できたじゃん』って思う」「計画通りにものごとが進めば、自分で自分を褒めることもできるのもすごくいい」「ひとり旅は、自分で自分を褒める時間ができて悪くないなって思いました」と述べていた。

 ベッキーについて「力が抜けた」「変わった」と感じる人もいるだろうが、私には根幹の部分は同じように感じられる。なぜなら、ベッキーは昔も今も「できていることで、自分を褒める」方式を取っているからだ。

 ベッキーの言う「仕事の充実」とは、たとえオファーが少なくても、その中で満足感を見いだすというものではなく、たくさん仕事が来ることをよしとする概念だろう。「スタジオを出るときにおじぎする」「朝、スタッフの名前を呼んで祈る」などのベッキールールも、より多くの仕事を呼び寄せたいというおまじないに近い意味合いがあるものだと思われる。仕事が来た、トラブルが回避できたというように、何かができた時に、自分を褒めるのは当たり前のことである。努力したけれど、どうにもならなかった、もしくはできなかった時に、いかにして自信とモチベーションを維持するかが大事なのではないだろうか。

 もし今回の不倫騒動を失敗とするなら、その原因はヒトを見る目のなさだろう。「文春」にベッキーと川谷のLINEのやりとりが掲載されたことで、2人は不倫関係であることが証明されてしまったが、川谷は前妻に離婚をしたいと申し出た際、「大切な人がいる」とまで告白していたことがわかった。

 離婚の話を切り出す際に、次の女性の存在を明かすとは、はっきり言って大バカ者である。前妻は「それってアウトだよね」と返したそうだが、この発言には簡単に離婚をするつもりがないこと、また報復の可能性がゼロでないことがほのめかされている。川谷やベッキーがそのあたりを考えなかったのは、人の気持ちに疎いか、前妻を少々みくびっていたかのどちらかだろう。

 つまり、今回の厄災は、捨てる妻に対する配慮があまりにもなかったことから生まれているのである。となると、ひとり旅をして「できた」と自分を褒めるより、積極的に他人と関わって、さげチンに引っかからないように男を見る目を養ったり、他人の心の機微を学んだ方が「新しいベッキー」になるためには有効ではないだろうか。

 ベッキーももう30代半ば、自分の心の黒さやみっともない部分を認めて、思い切ってさらす勇気が必要なのではないだろうか。今のベッキーは、まだ「いい子と思われたい」域から脱していない気がする。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

「有村架純に似せるメイク」を披露、姉・有村藍里に見る“ブス”に悩んでしまう女の特徴

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「さっきからモニターが気になって」有村藍里
『有田哲平の夢なら醒めないで』(TBS系、5月16日)

 「拡大解釈」という言葉をご存じだろうか。その名のごとく、文意を自分の都合で広げ、ねじまげて解釈してしまうことを指す。例えば、職場の先輩に「ここを直しておいてね」と指示されたとする。多くの人は、そのまま実行するが、拡大解釈する人は「先輩にダメ出しされた」というふうにニュアンスを変えてしまう。

 女性にとって、一番身近な拡大解釈マターは、“ブス”ではないだろうか。男尊女卑傾向の強い国は、女性の美醜にうるさいと聞いたことがあるが、日本もそういった傾向があると言えるだろう。美をウリにする芸能人はもちろん、政治家、コメンテーターや作家、アスリートなど、人前に出る職業の女性は、美が本業ではないのにもかかわらず、美人もしくはブスかを取りざたされる。男性が女性の外見にうるさいことは言うまでもないが、女性でも「ブスとは友達になりたくない」と公言する人はいるし、ブスを攻撃対象にする人はいる(以前も書いたことがあるが、ブス嫌悪が強いのは、男性ではなく女性だと私は思っている)。

 ダニエル・S・ハマーメッシュの『美貌格差―生まれつき不平等の経済学』(東洋経済新報社)によると、美人とそうでない人の生涯賃金格差は2700万円だそうで、ブスであることは不幸とは言いきれないものの、不利に働くことはあると言えるだろう。

 ブスでいたくないという気持ちは、拡大解釈を起こさせるに十分な原因となるのではないか。世の女性は、美人とブス、そのどちらにも属さない「普通」の3種類に分けることができ、恐らく割合としては、普通の人が一番多いだろう。しかし女性の中には、自分がブスであることへの恐れが転じて、「美人と言われないのは、ブスということだ」と拡大解釈している人が多いように感じる。

■須田亜香里の試着エピソードは被害妄想的?

 5月16日放送の『有田哲平の夢なら醒めないで』(TBS系)は、「おブス女子の愚痴」として、タレント・有村藍里、SKE48・須田亜香里らが出演し、おブスであることによる苦しみを訴えた。カネが取れる外見だからこそ芸能人になれたので、彼女たちがブスであるはずがない。しかし、美人やブスというのは、結局は隣にいる人との比較なので、容姿レベルの高い集団に行くほど、劣等感を持ちやすくなる側面はあるだろう。

 しかしながら、やっぱり考え方が偏っているというか、拡大解釈もしくは被害妄想の気配も感じられるのである。同番組で須田は、洋服の試着を頼んだら、店員にドン引きされたことを「ブスだから」と説明していた。司会のくりぃむしちゅー・有田哲平、フリーアナウンサー・高橋真麻はそれぞれ「被害妄想強すぎ」「店員は、売り上げを上げることしか考えていないから、ブサイクだろうが、ブサイクでなかろうが関係ない」と須田の解釈が偏っていることを指摘していたが、私が興味深かったのは、須田の「SNSに載せたら見る人も多いのに、そんな扱いしていいんですか?」という発言だった。須田は、“自分は現役アイドルで影響力もある存在なので、一般人の何倍もいい接客を受けられるはず”と思っているのだろう。しかし、それがかなえられないのは“ブスだからだ”と関連付けたのではないだろうか。相手に対する要求が高すぎると、それがかなわなかったときに傷つき、その理由を探す。そして結果として、解釈を自分都合でねじ曲げ、被害妄想的になってしまう気がするのだ。

 また、女優・有村架純の姉である藍里も、思考回路に偏りを感じる。藍里は「架純に似るから」という理由で、鼻の下に縦線を入れるメイクをしているという。藍里は「遺伝子的にも、妹が私の中での可愛いの最上級。なれそうな位置」と妹に似せる理由を説明していたが、芸能界に“有村架純”は2人もいらないことを考えると、その行為に意味があるとは思えない。芸能界にはいろいろなタイプの美人が必要なのに、藍里は「美人とは有村架純のこと」と決めつけていないだろうか。彼女は、脳内に架純を棲まわせ、その架空の架純によって苦しめられているように感じられるのだ。有田は藍里を「普通に可愛いよ」と褒めていたが、藍里自身は、「架純より可愛い」と言われたい、架純に勝ちたいと、常に思っているような気がしてならない。

 同番組では、人気占い師のしいたけがゲストにアドバイスをするのが恒例で、藍里に「30歳からは逆転現象が起きる」といった具合に、“いい話”をしていた。しかし、それに対する藍里の感想は「さっきから、モニターが気になって」「ブスすぎる」。病的に悩む素振りを見せつつも、人の話を全然聞かないのも、ブスに悩んでる女性あるあるの1つだろう。それはさておき、バラエティという妹のいない世界でせっかくつかんだチャンス。ぜひ藍里には頑張ってほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの」

木下優樹菜こそ、「VERY」専属モデルにふさわしい――彼女が持つ「滝沢眞規子にないもの」とは?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「もう一回絶対専属モデルやりたいと思っている」木下優樹菜
『another sky‐アナザースカイ‐』(日本テレビ系、5月4日)

 経済的に裕福だったり、エリートと呼ばれる男性と結婚することは、ある種の女性にとって夢である。そういった男性と結婚した女性は“勝ち組”と言われ、羨望もしくは嫉妬を集める。

 しかし、ここで多くの女性が見落としているのは、人より多くの物を手に入れた場合、より多くの“税金”を払う義務があるということである。例えば、工藤静香は、人気絶頂時の木村拓哉と結婚したものの、工藤は芸能活動において、木村を感じさせるエピソードを話してはいけないという“税金”を課せられている。「週刊女性」(主婦と生活社)によると、工藤はママ友と子どもの話はしても、夫の愚痴やノロケ話にはいっさい加わらなかったそうだが、それも自分の話がどう伝わるかを恐れての自衛策。一種の“税金”と言えるだろう。

 この世に完璧な人間がいないように、完璧な結婚もない。誰と結婚してもそれなりの苦労があるのは当たり前だ。「VERY」(光文社)今年の6月号に掲載された、ライター・武田砂鉄氏による作家・桐野夏生氏のインタビュー記事には、世帯年収1500万円以上の勝ち組VERY妻の悩みは、セックスレスとある。例えば、家事が苦手な場合は外注すれば解決するが、夫に「カネを払うから、セックスしてくれ」と頼むわけにはいかないだろう。セフレを作る方法もあるが、同誌で過去に掲載された「妻だけED」という夫たちの座談会によると、「自分が妻以外の女性とセックスするのはアリだが、妻がほかの男性と浮気したら、即離婚する」そうなので、VERY妻の座から転落するリスクを考えると、現実的ではないだろう。

 また、セックスレスは語りにくいテーマでもある。現在、「VERY」の顔は、モデルの“タキマキさん”こと滝沢眞規子で、夫はファッションデザイナーの滝沢伸介氏。渋谷区の一等地(安倍晋三首相とご近所だそうです)に邸宅を構えるザ・セレブだ。現在、夫が妻を語る(褒める)方式での連載を持っているものの、企業の社長である滝沢氏が、「うちは週一です」などと言い出すキャラクターとは思えない。

 VERY妻が唯一持っていないもの、それは、満ち足りたセックスライフ。

 高収入であり、夫と子どもがいて、幸福感にあふれる家庭を持っていることに加えて、セックスをしていそうなイメージがあり、かつセックスを語っても生々しさも嫌味もない芸能人はいないものか。そう考えたときに、思い当たるのが木下優樹菜なのである。

 夫はお笑い芸人・FUJIWARAのフジモンこと藤本敏史で、現在、2児の母でもある木下。5月4日放送の『another sky‐アナザースカイ‐』(日本テレビ系)に出演した木下は、思い出の地、ハワイを訪れた。木下は芸能生活を振り返り、人にあこがれられるモデルの仕事と、笑われるオバカキャラの両立に苦労したと告白。当時、モデルの仕事の出来に満足しておらず、「リベンジではないけど、もう一回絶対専属モデルをやりたい」と語っていた。

 元ヤンキーを公言している木下と「VERY」では食い合わせが悪いと見る向きもあるかもしれないが、木下は今やオリコン主催の「好きなママタレントランキング」では2位に食い込むなど、ママタレとして圧倒的な存在感を見せている。インスタグラムのフォロワー数は450万人と、こちらも影響力は大だ。子どもの教育にも熱心で、オフィシャルブログにおいて、当時2歳の長女をインターナショナル・プリスクールに通わせていると公表。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)では、お受験をさせたがっているフジモンに対して「なら、てめえが全部調べて全部やれ」と返したと明かしていたものの、もし長女がお受験をして成功した場合、木下は「VERY」でお受験を語る資格も得られることになる。

 そして、木下の最大の強みは、結婚しても夫に求められ続けるエピソードが嫌味なくできることである。フジモンは、いろいろなバラエティ番組で、「優樹菜がキスを嫌がることを、優樹菜のお母さんに相談した」「自分はハグを毎日求めるのに、優樹菜からハグをしてくれることは稀」と訴えている。夫がイケメン俳優だった場合、ファンのことも考えなければいけないから、この手の発言は無理だし、フジモンが超売れっ子芸人だった場合も、「何でそんなに夫を下に見てるの?」と批判される可能性があるが、“フジモンなので”大丈夫なわけだ。それに、なんだかんだ言って、木下がフジモンを受け入れている様子がインスタグラムからわかるので、「仲良くてうらやましい」に着地できる。

 それにタキマキさんは、超高収入の夫と専業主婦という「VERY」創刊時からの伝統を受け継ぐ、絶滅寸前の天然記念物。それに対し、木下夫妻は男女の役割にとらわれることなく2人で稼ぎ、結果家族全員で幸せになるという新種である。キャラがかぶらないので、かえってお互いを引き立て合えるのではないだろうか。

 木下は「S Cawaii」(主婦の友社)のインタビューで、読者に対して「彼氏がブスだから、(自分に)優しく愛してくれるとかじゃないよ!」と言っていたが、まったくその通りで、稼がない上に、美人妻を大事にしない夫も世にはごまんといる。ママタレ最高峰「VERY」専属モデルという可能性を生む夫を得た木下、芸能人に欠かせない引きの強さを持っていると言えるだろう。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

木下優樹菜こそ、「VERY」専属モデルにふさわしい――彼女が持つ「滝沢眞規子にないもの」とは?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「もう一回絶対専属モデルやりたいと思っている」木下優樹菜
『another sky‐アナザースカイ‐』(日本テレビ系、5月4日)

 経済的に裕福だったり、エリートと呼ばれる男性と結婚することは、ある種の女性にとって夢である。そういった男性と結婚した女性は“勝ち組”と言われ、羨望もしくは嫉妬を集める。

 しかし、ここで多くの女性が見落としているのは、人より多くの物を手に入れた場合、より多くの“税金”を払う義務があるということである。例えば、工藤静香は、人気絶頂時の木村拓哉と結婚したものの、工藤は芸能活動において、木村を感じさせるエピソードを話してはいけないという“税金”を課せられている。「週刊女性」(主婦と生活社)によると、工藤はママ友と子どもの話はしても、夫の愚痴やノロケ話にはいっさい加わらなかったそうだが、それも自分の話がどう伝わるかを恐れての自衛策。一種の“税金”と言えるだろう。

 この世に完璧な人間がいないように、完璧な結婚もない。誰と結婚してもそれなりの苦労があるのは当たり前だ。「VERY」(光文社)今年の6月号に掲載された、ライター・武田砂鉄氏による作家・桐野夏生氏のインタビュー記事には、世帯年収1500万円以上の勝ち組VERY妻の悩みは、セックスレスとある。例えば、家事が苦手な場合は外注すれば解決するが、夫に「カネを払うから、セックスしてくれ」と頼むわけにはいかないだろう。セフレを作る方法もあるが、同誌で過去に掲載された「妻だけED」という夫たちの座談会によると、「自分が妻以外の女性とセックスするのはアリだが、妻がほかの男性と浮気したら、即離婚する」そうなので、VERY妻の座から転落するリスクを考えると、現実的ではないだろう。

 また、セックスレスは語りにくいテーマでもある。現在、「VERY」の顔は、モデルの“タキマキさん”こと滝沢眞規子で、夫はファッションデザイナーの滝沢伸介氏。渋谷区の一等地(安倍晋三首相とご近所だそうです)に邸宅を構えるザ・セレブだ。現在、夫が妻を語る(褒める)方式での連載を持っているものの、企業の社長である滝沢氏が、「うちは週一です」などと言い出すキャラクターとは思えない。

 VERY妻が唯一持っていないもの、それは、満ち足りたセックスライフ。

 高収入であり、夫と子どもがいて、幸福感にあふれる家庭を持っていることに加えて、セックスをしていそうなイメージがあり、かつセックスを語っても生々しさも嫌味もない芸能人はいないものか。そう考えたときに、思い当たるのが木下優樹菜なのである。

 夫はお笑い芸人・FUJIWARAのフジモンこと藤本敏史で、現在、2児の母でもある木下。5月4日放送の『another sky‐アナザースカイ‐』(日本テレビ系)に出演した木下は、思い出の地、ハワイを訪れた。木下は芸能生活を振り返り、人にあこがれられるモデルの仕事と、笑われるオバカキャラの両立に苦労したと告白。当時、モデルの仕事の出来に満足しておらず、「リベンジではないけど、もう一回絶対専属モデルをやりたい」と語っていた。

 元ヤンキーを公言している木下と「VERY」では食い合わせが悪いと見る向きもあるかもしれないが、木下は今やオリコン主催の「好きなママタレントランキング」では2位に食い込むなど、ママタレとして圧倒的な存在感を見せている。インスタグラムのフォロワー数は450万人と、こちらも影響力は大だ。子どもの教育にも熱心で、オフィシャルブログにおいて、当時2歳の長女をインターナショナル・プリスクールに通わせていると公表。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)では、お受験をさせたがっているフジモンに対して「なら、てめえが全部調べて全部やれ」と返したと明かしていたものの、もし長女がお受験をして成功した場合、木下は「VERY」でお受験を語る資格も得られることになる。

 そして、木下の最大の強みは、結婚しても夫に求められ続けるエピソードが嫌味なくできることである。フジモンは、いろいろなバラエティ番組で、「優樹菜がキスを嫌がることを、優樹菜のお母さんに相談した」「自分はハグを毎日求めるのに、優樹菜からハグをしてくれることは稀」と訴えている。夫がイケメン俳優だった場合、ファンのことも考えなければいけないから、この手の発言は無理だし、フジモンが超売れっ子芸人だった場合も、「何でそんなに夫を下に見てるの?」と批判される可能性があるが、“フジモンなので”大丈夫なわけだ。それに、なんだかんだ言って、木下がフジモンを受け入れている様子がインスタグラムからわかるので、「仲良くてうらやましい」に着地できる。

 それにタキマキさんは、超高収入の夫と専業主婦という「VERY」創刊時からの伝統を受け継ぐ、絶滅寸前の天然記念物。それに対し、木下夫妻は男女の役割にとらわれることなく2人で稼ぎ、結果家族全員で幸せになるという新種である。キャラがかぶらないので、かえってお互いを引き立て合えるのではないだろうか。

 木下は「S Cawaii」(主婦の友社)のインタビューで、読者に対して「彼氏がブスだから、(自分に)優しく愛してくれるとかじゃないよ!」と言っていたが、まったくその通りで、稼がない上に、美人妻を大事にしない夫も世にはごまんといる。ママタレ最高峰「VERY」専属モデルという可能性を生む夫を得た木下、芸能人に欠かせない引きの強さを持っていると言えるだろう。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

剛力彩芽、大富豪・前澤友作と交際宣言――男たちが「カネを求める女」に眉をひそめるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「『やっぱり剛力彩芽も金持ちのところに行ったか』って言われちゃうんだよ」おぎやはぎ・矢作謙
『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ、4月26日)

 『サンデー・ジャポン』(TBS系)を見ていた時のこと。番組MCである爆笑問題・田中裕二から「モテるでしょ?」と振られたホリエモンこと堀江貴文が、「たで食う虫も好き好きですからね」と答えていた。たで食う虫も好き好きとは、「たでのように苦みのあるものでも食べる虫がいるように、人の好みとはさまざまである」という意味なので、「自分のような人間を好む物好きもいる」と謙遜しつつ、肯定したと捉えてよいだろう。その昔、ホリエモンは「人の心もカネで買える」と発言して物議を醸したことがあるが、露悪的に金の話をするホリエモンが、自分のモテる理由に金を挙げないことに驚いた。

 富豪の男性がモテた場合、「金があるから」と言われがちである。「女性セブン」(小学館)が女優・剛力彩芽と総資産3300億円ともいわれるファッション通販サイト「ZOZO TOWN」を運営するスタートトゥディ社長・前澤友作氏との熱愛を報じた。17歳という年の差、そして剛力が男性との交際を報じられるのは初とあって話題となったが、4月26日放送の『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ)で、おぎやはぎ・矢作謙は、この交際は剛力にとって損であるとし、その理由を「『やっぱり剛力彩芽も金持ちのところに行ったか』って言われちゃうんだよ」と述べた。

 が、ここであらためて疑問に思うのは、実際に誰が「剛力は金持ちのところに行った」と言っているかである。先述の通り、確かに世間ではよく「富豪の男性がモテるのは金があるから」と言われるが、「週刊女性」(主婦と生活社)「女性自身」(光文社)「女性セブン」(小学館)という女性週刊誌をチェックしたところ、「カネ目当て」と受け取れる記事は1つもない。おぎやはぎは2人して「カネ目当てだと思われちゃう」と言っていたが、そう思っているのは、実はおぎやはぎ自身で、女性はある意味、当たり前のことと受け止めているのではないだろうか。実際、人気女優と大実業家というカップルは王道で、今さら驚くほどのことはない。余談だが、あの松居一代の最初の夫も、実業家である。初婚相手は伝説のDCブランド・パーソンズの創始者・岩崎隆弥氏で、彼は松居と結婚するために糟糠の妻と離婚をしている。

 ホリエモンやおぎやはぎは、テレビで女性に対して「ブスは嫌い」とはっきり言うタイプである。自分は女性に美を求めるのに、女性が金を求めるのを認めない、または嫌がるのはどうしてだろう。

 人間の外側を「ルックス」「学歴」「職歴」「年収」とし、内側を「性格」「行動」「信条」「主義」と仮定する。女性の場合、「外側」の評価が内側に引きずられやすいという特徴がある。例えば『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)では、「美人は性悪で、ブスは性格がいい」とか、その反対に「美人は性格がいいが、ブスは妬みっぽい」というトーク展開をよく見るが、「イケメンは性格が良い/悪い」というバージョンを私は見たことがない。女性は「外側」によって「内側」を決めつけられる傾向がある一方、男性は「外側」と「内側」は別物とされているのではないだろうか。

 男性にとって「外側」と「内側」は別物ゆえに、うまくいけば補完し合う関係となる。例えば、ホリエモンがテレビに出だした頃、要人相手でもスーツを着ず、Tシャツ姿であることが話題となり、年長者は「失礼だ」と不快感をあらわにした。つまり、服装という「外側」に難を示されたのである。

 しかし、ホリエモンの「外側」はマイナスポイントだけではない。彼は、中退したものの元東大生である。東大という学歴(外側)がオジサンオバサンに信頼を与え、結果、ホリエモンの持論(内側)に耳を傾けるようになる。このように、外側と内側がうまく働き合い、最終的に「見かけはアレだが、いいことを言っている」と支持を集め、事業を拡大して年収(外側)が増えるのである。大きく成功するほど、講演会や書籍(内側)などに注目が集まるので、成功者ほど「内側」が優れているから、「外側」がよいのだと考えられるようになる。男性にとって、「内側」が優れていることを証明するのが金であり、あくまでも主役は「内側」。だからこそ、「外側」の金だけに寄ってくる女性を認めないのではないか。

 アメリカの経済誌「フォーブス」は、2017年の長者番付で前澤氏は世界630位であると報じだが、前澤氏もホリエモンと同じく「内側」が優れているから「外側」がよいと信じさせるカリスマの1人だろう。

 前澤氏は4月30日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)に「お金目当てとか彼女が言われないように、僕がしっかり彼女のことを守りますので、ご安心ください」とコメントを寄せた。剛力のイメージダウンを気にかけての発言だろうが、モデルの紗栄子と交際歴があることから考えると、「モデルと付き合い、揉めずに別れる度量がある」「カネだけの男ではない」という強烈な自負に聞こえなくもない。前澤氏は「内側」を軽んじられた気がして気分を害したのかもしれないが、実業家男性が自分よりずっと若い人気女優に誇るべきは、金を稼ぐという類まれな才能ではないだろうか。

 同番組によると、前澤氏は剛力の事務所の社長に挨拶をしたそうだ。紗栄子との時は、そのような話を聞いたことがないので、それだけ真剣に結婚を考えているのかもしれないが(前澤氏は結婚をせず、2人の女性との間に3人の子どもをもうけている)、その行為が命取りになるかもしれない。そこまでしておいて「一緒に暮らしますが、結婚はしません」とか「やっぱり別れます」では、大事に剛力を育ててきた事務所の気が済まないだろう。もしそうなった時も、頼りになるのはやっぱり金。前澤氏よ、どうぞすねることなく、お仕事に励んで稼がれたし。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

太田光、セクハラ問題めぐる「オンナを使うのは男社会へのカウンター」発言がズレているワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「男社会に対するカウンター」爆笑問題・太田光
『JUNK爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ、4月24日)

 セクシャルハラスメントとパワーハラスメント。どちらもあってはならないことであるはずなのに、扱われ方がこんなにも違うのは、どうしてだろう。

 昨年、「週刊新潮」(新潮社)が、豊田真由子議員(当時)の政策秘書に対する「このハゲ~!」といった暴言や暴行を報じ、その証拠として音声データを公開したことによって、豊田議員のパワハラは誰もが認めるものとなった。豊田議員は離党し、謝罪会見を開く。のちに傷害と暴行の疑いで書類送検された。

 一方、女性記者が、財務省事務次官・福田淳一氏からの「おっぱい触っていい?」といった明らかなセクハラ発言を録音し、同誌に持ち込んだ場合、簡単にセクハラとは認定されないようだ。『バイキング』(フジテレビ系)で、フリーアナウンサー・高橋真麻は、「女性が『やめてください』などの否定の言葉を、どんな口調で言ったかにもよる」といった旨の発言をし、女性の態度によってはセクハラに該当しないとしていた。

 騒動を受けて事務次官は辞任したものの、セクハラは最後まで認めず。世間では、女性記者が会話を無断で録音をしたことを責める声も上がっている。「証拠なしに相手を糾弾しても、誰も相手にしてくれない」という理論で考えれば、録音は当然の行為だと思うが、なぜかセクハラになるとこの理論が通じなくなってしまうのだ。

 パワハラの無許可録音や週刊誌への持ち込みは是とされるのに、セクハラでは非とされ、女性側の欠点が指摘される。これは女性蔑視を如実に現していると言わざるを得ないが、セクハラ問題になると争点の“すり替え”もよく行われる。

 例えば、「オンナを利用して、仕事を取っている女もいるじゃないか」が、それである。

 タレントのフィフィは、主婦と生活社が運営するウェブメディア「週刊女性PRIME」の連載「フィフィ姐さんの言いたい放題」で、「セクハラをするおじさんも気持ち悪いけど、こうした“女性を利用したやり方で取材をする”ということも、それと同様に気持ち悪いことだと思う」と述べている。

 恐らく、“女性側もおじさんの下心を利用しているから、どっちもどっち”と言いたいのだろうが、フィフィはおじさんと女性記者の持つパワーバランスに気づいていない。例えば、女性記者が性的な誘いを持ちかけた場合、権力を持ったおじさんは断ることができるし、断ったことで自分の本業に差しさわりは生じない。それに対し、権力を持ったおじさんが女性記者に性的なことを持ちかけた場合、断ったらおじさんとの仕事にデメリットが生じるのはよく聞く話で、かつ自分の会社の上司にも喜ばれないだろうし、記者生命が終わる遠因ともなりうる。権力者のおじさんを怒らすと、全ては終わる可能性もあるのだ。仕事上の上下関係を利用して、イヤと言えなくさせるのがセクシャルハラスメントであるのに、フィフィは「オンナを使ってトクをしている女性がいる」と話をすり替えている。

 爆笑問題の太田光も、どこかずれている。『JUNK爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)で、「記者っていうのはスクープを取るために、オンナを武器にすることだってしたたかにやっていいと思う。それは男社会に対するカウンターだからね」といった発言をしていた。

 カウンターとは、相手のパンチを片手で止めて、相手が構える前に、反対の手で打ち返すことを指すそうだ。カウンターパンチを食らった側は、ダメージが大きいらしい。

 女性がオンナを使って仕事をとることを、太田は“カウンターパンチ“というが、パンチを食らった側である権力者の男性は、情報を少し与えておけば、性的な見返りが得られるのだから、痛くないどころか、おいしいことにお気づきだろうか。しかし、一方で弱い立場にある女性はというと、それから常にオンナを使うことを求められる可能性があるし、それが伝統として次世代の女性記者の間に受け継がれる。痛い目に遭うのは弱者の位置にいる女性で、太田の理論は破綻している。太田は女性を持ち上げるふりをして、「仕事なんだから、しょうがない」という昭和のオジサン的価値観を持っているのではないだろうか。

 太田は「問題は、日本の政治家に特に重要なポジションについている政治家に、男ばっかりっていう、そこが問題なわけで」と結論づけていたが、男性政治家が多いことと、今回のセクハラは関係ない。男性だろうと女性だろうと、権力を持つ側が職権を利用して性的な見返りを求めることをしてはいけないだけである。

 セクハラになると途端に話がかみ合わなくなるこの感じ……ストップセクハラ運動は、一部の男性にとっては、出世することで手に入れたちんこの既得権、もしくは治外法権を脅かされる行為だと感じるからかもしれない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

ハリセンボン・近藤春菜、「春菜会は全おごり」報道に見る“オンナ友達内の上下関係”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「おごってもらえるし」ハリセンボン・近藤春菜
『踊る!さんま御殿』(日本テレビ系、4月10日)

 ハリセンボン・近藤春菜に年齢を尋ね、春菜が実年齢を答えると「平均寿命を超えてるね」と返し、春菜が「ブタじゃねーよ」と畳みかけるネタを見たことのある人は多いだろう。春菜と同じような体形でも、このようなネタを披露するオトコ芸人も、またこういったイジられ方をするオトコ芸人もいない。やはり、女性の容姿というのは、よくも悪くも男性の関心を引くものなのだろう。

 スタイルが良くなかったり、顔のパーツが整っていない、はっきり言うと“ブス”を嫌うのは「男性である」と一般的に思われているのではないだろうか。バラエティでオンナ芸人をブスといじるのはオトコ芸人だし(オンナ芸人が、オトコを不細工いじりするのを私は見たことがない)、美人女優と結婚するオトコ芸人はいても、イケメン俳優と結婚するオンナ芸人がいないことは、「オトコのブス嫌い」を裏付ける証拠になり得る気はする。しかし、ブス扱いされているオンナ芸人も、恋愛や結婚をしていることから考えると、イケメン俳優ではないものの、彼女たちを好きになる男性はいると見ることもできるはずだ。

 ブスを心の底から見下しているのは、実は女性なのではないかと私は思っている。

 『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』という映画をご存じだろうか。高校時代のオンナ友達4人組の中で、一番太目で見た目の冴えない子の結婚が決まる。諸事情あって私生活が充実していない細身の3人娘は、激しく嫉妬。結婚式前夜、花嫁のサイズの大きいウェディングドレスで遊んでいた3人は、ドレスを破いてしまい、しまいには血液と精液で汚してしまう。明朝の結婚式までに、ドレスを直そうと、夜のニューヨークを走り回るというストーリーである。

 コメディという触れ込みだったものの、私にはまったく笑えなかった。友達の結婚を喜べないという経験は誰にでもあるだろうし、無理に喜ぶ必要はないわけだが、友達の結婚がうれしくないのと、ドレスを破る、汚すのはまったく次元の違う話である。主人公は結婚が決まったからといってマウンティングをしたりしていない。にもかかわらず、3人娘たちが激しく嫉妬するのは、単に主人公を日頃から見下しているから。その理由は、主人公の外見が3人より劣る、つまりブスだからだろう。

 これは創作の世界だけの話ではないと思う。昨年放送された『ボクらの時代』(フジテレビ系)に、ブルゾンちえみと女優・水川あさみ、桐谷美玲が出演した時のこと。3人はドラマ『人は見た目が100パーセント』(同)で共演してから“仲良し”というが、私にはそうは見えなかった。

 この番組は、ゲストが会場に着席するところから始まる。しかし、さっさと席に座るのはブルゾンだけで、水川と桐谷は腕を組んで、彼女を見てクスクス笑っていた。ブルゾンは「いつものけ者にする」と言っていたけれど、それが“仲良し”のすることなのか、疑問である。

 鼎談中も熱く語るブルゾンに対して、水川・桐谷は「ふーん」という興味なさそうに相槌をするばかり。また水川は、桐谷を「美玲ちゃん」と呼んでいる一方、なぜかブルゾンは呼び捨てである。女優の後輩はちゃん付けで、お笑い芸人は呼び捨て。これって、やはりブルゾンを見下しているということではないだろうか。

 春菜も、周囲の女性から見下されているのではと感じる芸人の1人だ。春菜は「春菜会」と称して、芸人以外の芸能人、女優やミュージシャンとつるんでいることを公言している。吉高由里子、Perfume・あ~ちゃん、時に安室奈美恵が参加したこともあるというから驚きだが、「女性自身」(光文社)は、「近藤春菜が女芸人から総スカン状態」と報じた。記事によると、春菜は「春菜会」を重んじるあまり、オンナ芸人とのつきあいを軽視して、オアシズ・大久保佳代子や森三中から不快感を持たれているという。しかし、オンナ芸人たちはただ春菜を嫌っているのではなく、「春菜会」が春菜の全おごりで成り立っているため、参加者に利用されていないか、女優の引き立て役になっていないか心配する気持ちがあるようだと記事は結んでいる。

 「春菜会」に参加しないかぎり、本当のことはわかるわけはないが、“全おごり”に引っかかるものがある。お笑いの世界は、たとえ売れていなくて先輩が後輩におごる仕組みになっているそうで、先輩はおごることで上下関係をはっきりさせることができ、後輩にとっては自分を売り込んで仕事のチャンスにつなげることができるため、双方にメリットがあるのだ。

 けれど、「春菜会」に参加しているメンバーは、それぞれの分野で活躍しており、経済的にも恵まれているはずである。それなら、割り勘でいいのではないか?

 おごるという行為は、経済的な強者がすることがほとんどだが、関係性が平等でないゆえに補填する意味合いもある。具体例でいうと、客が交際していない、お気に入りのキャバ嬢を食事に誘う時、ワリカンにする可能性は低いだろう。キャバ嬢に「食事に来てもらう」ためにカネを払うのだ。

 4月10日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)に出演した春菜は、美人のトクな部分を「おごってもらえるし」と発言していた。春菜自身に「美人に会へ来てもらっている」という意識があるのではないか。カネを払うというのは、相手に価値があると認めるに等しい行為でもある。割り勘を提案しても「春菜会」が続くのかが気になるところである。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

指原莉乃、AKBステージ落下事故への「不注意」発言に見る“男になった女権力者”の顔

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「本人たちは絶対に自分の不注意だってわかってるから。。なんでも運営運営っていうのは違うんですよねえ。。」HKT48・指原莉乃
(公式Twitter、4月2日)

 昨年の『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系)で、タレント・ダレノガレ明美が、「野球関連の仕事を、稲村亜美に持っていかれた」と訴えていた。ダレノガレは元ソフトボール部で“野球”を芸能活動のウリとしていたが、野球選手と事実無根の熱愛記事が出たことで、「野球選手目当てのオンナ」とみなされ、仕事が激減したそうだ。代わりにグラビアアイドルの稲村亜美に仕事が流れたため、ダレノガレは稲村を恨んでいるという。

 はっきり言って、ダレノガレの“言いがかり”だったが、ここでわかるのは「仕事を取るのは、戦い」ということである。芸能界のような人気商売は、実績がある人にオファーが集中する仕組みになっていることから考えると、「他人に1つも仕事をやりたくない」というのが芸能人の本音であり、そういった風潮が、仕事をくれる人、権力を持つ人の言いなりになる構造につながっていく。

 その稲村が、先月、日本リトルシニア中学硬式野球協会関東連盟の始球式に参加した。堂々たるピッチングを披露した後に、事件が起きた。稲村を取り囲んでいた中学生たちが、稲村に突進。稲村は人の渦に巻き込まれてたちまち見えなくなった。こんな経験をしても、稲村は「わたしは全く問題なく大丈夫ですよー」とツイートし、マスコミは“神対応”とほめそやした。

 “神対応”するに決まっているではないか。なぜなら、ここで文句を言うことは、連盟に盾突くことになり、仕事を失う可能性があるからだ。常識的に考えて、1,000人ともいわれる男子中学生が、自分に向かってきたら、生命の危険を感じるほどの恐怖だろう。あんなにもみくちゃにされて、痴漢行為がなかったとは考えにくい。けれど、それを口にすることは、連盟や指導者の監督不行き届きを指摘することにもなるから、稲村の立場を想像すると、言えるわけがない。

 この事件はワイドショーなどでも取り上げられたが、ひどいなと思ったのが『5時に夢中!』(TOKYO MX)の女医タレント・おおたわ史絵である。おおたわは「中学生はたしかに性欲のかたまりかもしれないけど、肝心なポイントは触らないんじゃないかな」とコメントした。

 『5時に夢中!』だから、あまり硬いことを言わず、穏便に済まそうと思った可能性はあるが、このコメントの問題は男子中学生によるセクハラだけでなく、パワハラ(仕事をもらっている立場だから、本当のことは言いにくい)も絡んでいるという視点がまるでないことだ(そもそも、肝心な部分を触らなければいいという問題ではない)。

 ちなみにその昔、高畑裕太が強姦致傷(不起訴)を起こした時に、同じく女医の西川史子が、被害女性に共感を持っているとは思えない発言をしていたが、彼女たちに共通するのは「頭を下げなくて済む商売の人特有の想像力のなさ」である(患者が医者に頭を下げることはあっても、医者が患者に頭をさげることは稀なのではないか)。患者にとって、医者は一種の権力者だが、西川もおおたわも、自分が弱者になったらという想像力がまるでないのである。

 医者は世間知らずの代名詞だが、医学部と病院という閉鎖的な権力空間で育ったので、仕方ないのかもしれない。真に怖いのは「怖さを知っているはずなのに、知らんふりする人」ではないだろうか。

 さいたまスーパーアリーナで行われたAKBグループのコンサートで、メンバーが2日連続ケガをした。HKT48の秋吉優花が高さ2.7メートルのステージから落下して足の指を骨折、翌日はAKB48の稲垣香織が、やはり同所からステージ下に落下し後頭部を骨折した。ステージの下にマットなどは敷かれておらず、当然運営側が非難されている中、HKT48・指原莉乃は「本人たちは絶対に自分の不注意だってわかってるから。。なんでも運営運営っていうのは違うんですよねえ。。」とツイートした(現在は削除)。

 秋吉、稲垣も運営を責めるような発言はしていないが、当たり前だ。事実上AKBグループのトップといえる指原が、自己責任と言っている以上、そこに逆らったら心象が悪くなるのだから。ちなみに、脳神経外科の医師に話を聞いたところ、一歩間違えば急性硬膜外血種を起こし、命に係わる事故になっていた可能性があるという。

 指原は「イヤモニでずっと『落ちないでね!気をつけてね!』と声がけはしてくれてます」と説明し、運営側は責任を果たしていると思っているようだが、万が一落ちた時に、ケガをしないよう策を取ることが安全対策である。これだけ長い間ステージに立っていれば、指原もひやっとした経験があるだろうし、それを運営側に伝えて策を取るのは、キャリアがあってAKBの顔ともいえる指原の仕事ではないだろうか。けれど、実際の指原は、後輩の安全より、運営側に“恩”を売ることを選んだようだ。

 女性が権力を持つと、“女帝”と呼ばれたりする。AKBの選抜総選挙で前人未踏の三連覇を達成し、バラエティで活躍する指原は、風格としては完全に“女帝”だろう。けれど、不思議なことに、権力を持つと、“女”ではなく“男”になってしまう女性がいる。メンバーの命に係わるかもしれない大惨事を“不注意”で切り捨ててしまう指原は、私にとっては典型的な「男になってしまった女」だ。

 前に出たい少女の“やる気”を理由に、少女の痛みや苦しみを無視して、自分の地位を安泰にする。指原自身もそういう生存競争をくぐりぬけて今があるのかもしれないが、「男になってしまった女」の下では、セクハラもパワハラもより悪質化するような気がするのは、気のせいだろうか。20代半ばで老成もしくは老害と化す指原は、芸能人としては完璧だが、やっぱりちょっとヤな感じである。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの