田中萌、伊藤綾子、松村未央の“バレちゃった”素顔――2016年「女心をざわつかせた」女子アナベスト3

 タレントとは一線を画し、テレビでは一歩引いた存在であるべきといわれる女子アナだが、彼女たちのプライベート事情に興味を示す人は大勢いる。2016年も、数多くの女子アナの熱愛や結婚、離婚などが話題をさらった。今回は、女子アナをウォッチし続けてきたライター・仁科友里氏が、今年“プライベートで注目を浴びた女子アナ”の中から、女心をざわつかせた人物ベスト3を選出。報道やテレビで明かしたトークにより、“バレちゃった”彼女たちの素顔を考察する。

第1位:田中萌(テレビ朝日)
「共演中の先輩アナと不倫」ご法度をやらかした田中アナ

 「週刊文春」(文藝春秋)に、共演中の先輩アナウンサー・加藤泰平との不倫をバラされちゃった田中アナだが、女子アナの不倫というのは実は珍しいことではない。

 例えば、フリーの安藤優子は2回の結婚歴があるが(一度目は広告代理店勤務の男性、二度目はフジテレビのプロデューサー)、どちらも安藤のマンションに男性が通う姿を写真週刊誌に激写されており、その際、男性は既婚者だった。元TBSの有村かおりも、既婚者である外交官との不倫路上キスが写真週刊誌に載ったものの、この男性と略奪婚を果たした。つまり不倫関係からの結婚という可能性は否定できない。

 このほかにも、元フジテレビの有賀さつきは、フリー転身直後、所属事務所社長との不倫を写真週刊誌に撮られ、「彼を愛している」「彼の子どもを産みたい」と発言、激しいバッシングにさらされ、一時テレビから消えた。さらに元TBSの青木裕子も同局ディレクターとの不倫をすっぱ抜かれたことがある。フリーの山本モナに至っては、民主党の代議士・細野豪志との京都旅行と路上キスを写真週刊誌に、読売巨人軍の二岡智宏選手とラブホテルに入っていく姿を女性週刊誌に撮られ、番組を降板している。

 ざっと思い出すだけで、これだけある不倫話だが、今回のケースが稀なのは、「同じ番組に出ていたアナウンサーが相手である点」と「LINEのやりとりといった不倫関係をダメ押しする細かい証拠が記事になっている点」である。週刊誌は、基本的に情報元を明かさないので、まったくの推測だが、状況から考えると、両アナウンサーに近い人物がタレこんだと考えるのが自然だろう。新人ながら、エースの呼び声高かった田中アナへの嫉妬なのか、それとも既婚者でありながら、田中アナの心と体を都合よく使っていた加藤アナへの怒りからなのかはわからないが、バレちゃったのは不倫関係ではなく、どちらかまたは2人の人望のなさであろう。

第2位:伊藤綾子(フリー)
嵐・二宮和也との交際を“匂わせ”まくっていた伊藤アナ

 「女性セブン」(小学館)で、嵐・二宮和也との熱愛が報じられた伊藤アナ。きっかけは番組共演だそうだが、いただけないのは、伊藤アナが自らのブログで“彼氏”の存在をほのめかしていることである。交際を匂わせる女子アナといえば、元NHKの神田愛花を思い出す。交際相手であるバナナマン・日村勇紀が食べたものを時間差でTwitterにアップしていた。日村の相方・設楽統は、『バナナマンのバナナムーンGOLD』(TBSラジオ)で、日村に「もう(世間に交際を)知らしめたかったんだ」「ちょっと(神田に)、言った方がいいよ、全部出すんじゃねえって」と忠告していたが、これが一般的な男性の感想だろう。知的で清楚な美貌がウリの伊藤アナだったが、中身は案外ドロッとしてることがバレてしまった。

 

第3位:松村未央(フジテレビ)
陣内智則に番組内でナメられ続ける松村アナ

 お笑い芸人・陣内智則と交際中の松村アナ。『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)で、松本人志に「そこまで可愛くない女子アナ」呼ばわりされていたが、陣内は特にフォローをしていなかったし、HKT48・指原莉乃に「すごい可愛い彼女さんですね」と話しかけられても、「可愛いとかそういうんじゃなくて、エエ娘やねん」と答えたという。なぜそんなに、松村アナを「可愛い」と言うことを拒むのか疑問である。フジテレビの女子アナが可愛くないなんてことがあるはずもないのに。きっと陣内は、松村アナをナメているのだろう。その原因は、松村アナに、「好きな女子アナランキング」に入るような実績がないからではないだろうか。

 陣内は『ダウンタウンDX』で、「結婚はちゃんと考えている」としつつも、「タイミングがわからない」と、どこか煮え切らない発言をしていた。ナメられた関係での結婚は、個人的にはおすすめしたくないと思っていたが、『ボクらの時代』(フジテレビ系)において、松村アナが結婚を“妥協”と考えているのが、バレたように思う。フリーアナウンサー・田中みな実、上田まりえとの鼎談にのぞんだ松村アナは、プライベートについて「明日にでもママになりたい」など、結婚や出産願望を語った一方、仕事については、フリーにならない理由を「厳しい世界だから」とし、「後輩たちが帯の仕事とか、やりたい仕事を勝ち取っていく」「スポーツは後輩がやってるけど、私は『スポーツやバラエティ番組がやりたい』と言い続けている」と、後輩に追い抜かれる現状を語っていた。仕事がうまくいかないと、結婚に逃げようとする女性がいるが、松村アナも同じ考えで、積極的に妥協をしているのではないだろうか。

【総論】
 女子アナの恋愛や不倫のややこしいところは、ペナルティーがケースバイケースなところである。例えば、不倫が露見しても、青木裕子や安藤優子は番組を降りなかったが、山本モナは降板に追い込まれた。ジャニーズとの恋愛なら、日本テレビ・水卜麻美アナが関ジャニ∞・横山裕と経験しているものの、特におとがめはない。フリーと正社員の違いや芸能界特有の力学もあるだろうが、結局、数字を持っている女子アナ、交際(不倫)相手がビッグネームな女子アナは切られにくいということではないだろうか。

 だとしたら、田中アナは落ち込むことはない。テレビ朝日の先輩、徳永有美アナはかつてウッチャンナンチャン・内村光良と不倫が発覚し、バッシングを浴びて退社に追い込まれたが、内村の再ブレークもあって、来年1月AbemaTVに復帰することが決まった。加藤とは別の大物のオトコをつかまえるのが、復帰への第一歩である。

 伊藤アナは、どうしても結婚したいのであれば、プロ彼女の代表格であるロンドンブーツ1号2号・田村淳の妻にもとに日参して、教えを乞うことを勧める。

 松村アナは、仕事で結果を出すことが脱・ナメられにつながる。バラエティやスポーツ番組をずっとやりたいと言い続けて芽が出ないのであれば、違う分野に挑戦する方が賢明だろう。もしくは陣内利権を使って、『バイキング』(フジテレビ系)あたりに無理やり入れてもらうくらいのしたたかさを発揮してほしい。

 なぜなら、「地獄の沙汰も金次第」という諺があるが、女子アナの場合、「地獄の沙汰も人気次第」なのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

 

日本スピリチュアル界のドン・江原啓之のご高説から得られる“癒やし”の正体

 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」江原啓之
『火曜サプライズ』(日本テレビ系、12月13日)

 個人的な話で恐縮だが、女性向け婚活指南本を出したことがある。婚活がうまくいかないのは、“やり方”が間違っているから。そこを直しさえすれば、結果はついてくるはず……と思っていたが、婚活に悩む独身女性と接しているうちに、彼女たちが必ずしも“やり方”を求めていないことに気付いた。ハウツー本は、実行してこそ意味があるが、ある種の女性は「悩んでいます」「私なんてダメです」を繰り返しながらも、頑として具体的な行動を起こすことはない。行動するしないは本人の自由だし、それぞれの事情があるだろうから、著者として、無理にやれというつもりはないが、テレビが占いやスピリチュアルをもてはやす理由がわかった気がした。

 占いの基本スタンスは、「うまくいかないのは運気が悪いからで、自分のやり方、あり方を変える必要はない」である。例えば、「年収600万以上の男性と結婚したいが、婚活がうまくいかない32歳の女性」がいたとする。婚活のエキスパートである結婚相談所の相談員であれば、「年収600万以上の独身男性の割合」と「30歳以上の独身女性が、35歳までに結婚する可能性」などの客観的データと、相談者から受ける印象をもとにアドバイスをしていくのが基本だろう。

 それは結果を出す方法といえるが、“テレビ受け”するかというと、疑問である。現実的すぎるアドバイスは痛みを伴うので、相談者や相談者と同じ悩みを持つ視聴者の機嫌を損ねる場合があるからだ。その点、占いは罪がない。多少、相談者にキツいことを言ったとしても、「〇年に結婚のチャンスがある」「仕事関係で知り合う」というふうに、自分を変えなくても、明るい未来が待っていると伝えることで、相談者に確実に希望を与えてくれる。それに、当たるも八卦、当たらぬも八卦というように、当たらなくても問題になることはない。

 占いの提供するものが“明るい未来”だとしたら、スピリチュアルが相談者へ施すのは、“強い肯定感”ではないだろうか。日本のスピリチュアル界のドン・江原啓之氏が出演していた『オーラの泉』(テレビ朝日系)を見ていると、相談者が抱える悩みやトラブルに対して、「魂の成長」「気づき」という言葉を用いて解説していることに気付く。苦労することによって、人は魂を成長させ、見過ごしていたことに感謝できるという意味だが、これも、「苦労をしたのはあなたのせいではない」と言い換えることができるだろう。苦労を経験して、魂を成長させることができたという表現からは、選民思想的な印象を受けるため、そう告げられた人は優越感を抱くはずだ。

 『オーラの泉』で、江原氏は“守護霊”という言葉をよく用いていたが、その存在を確かめる術はない。しかし、誰も味方がいないと思うより、目には見えなくても見守ってくれる人がいると言われて、嫌な気分になる人はいないだろう。そう考えるとやはり、占いが明るい未来を保証してくれるものだとしたら、スピリチュアルは現在の自分を肯定してくれるのだ。

 占いやスピリチュアルを信じるかどうかは、もちろん個人の自由である。しかし、客観的に見ると、江原氏も案外“当たり前”のことを言っているのである。例えば、12月13日放送の『火曜サプライズ』(日本テレビ系)で、お笑い芸人・いとうあさこが、「人に迷惑をかけるので、孤独死が怖い」と江原氏に相談していた。江原氏は、「生きてる時だって、誰かに迷惑をかけている」と回答、いとうを「正義感の強い人」として、「あなたにその考え方さえなければ、とっくに結婚していた」と分析した。

 さらに、今まで何度もチャンスがあったのに、いとうが結婚に踏み切れなかったのは、「心の奥底にトラウマがある」からだと江原氏は言う。いとうは、「とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった母親」を見ているので、親に遠慮して「親の顔色を見る」子どもになってしまったのだそうだ。母親が「反面教師」な部分があり、「ただのオンナとして(仕事をせずに)生きたらこうなっちゃう」という気持ちから、結婚に踏み切れないとも言っていた。いとうは「そこまで(母と確執があったわけ)じゃないですけどね」と言いながらも、部分的に江原氏の説を肯定した。が、江原氏の発言は、いとうだけではなく、実は誰にでもあてはまるのではないだろうか。

 例えば、「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」と江原氏は言うが、苦労の種類に違いこそあれど、世の母親で、苦労せずに子どもを育てた人は1人もいないのではないだろうか。それに、親の顔色を見ない子どももいないし、親の生き方に子どもが反感を持ったり、反面教師にすることは、成長の一過程とも言える。念のため申し添えるが、私は江原氏が適当なことを言っていると言いたいのではない。人間は目に見える表面的な部分(外見や学歴、年収)が違うように見えても、目に見えない、気持ちの部分では「だいたい同じつらさ」を味わっていて、だからこそ、“当たり前”が、誰にでも当てはまるのではないかと思うのだ。

 『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)をはじめとしたバラエティー番組で、江原氏は熱海に構えた1,000坪を超える豪邸を披露している。築82年の建物に改装を重ねたため、「はっきり言って、新築を立てた方が安くあがりました」と、聞かれていないのにカネの話を露骨にしていた。豪邸は江原氏の霊験あらたかな力の証明、ファンの多さと見ることもできるだろうが、私には、それだけ多くの人が悩みを打ちあける相手を持たず、“当たり前話”に財布のひもを緩くした結果に見えて、氏のご高説よりも、そちらに心なぐさめられる思いがする。誰もが良好な人間関係を築き、順風満帆な人生を送っているわけではない、うまくいかないことがあったり、悩むことは当たり前。そう思えることが、私にとっては大きな“癒やし”に感じられる。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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日本スピリチュアル界のドン・江原啓之のご高説から得られる“癒やし”の正体

 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」江原啓之
『火曜サプライズ』(日本テレビ系、12月13日)

 個人的な話で恐縮だが、女性向け婚活指南本を出したことがある。婚活がうまくいかないのは、“やり方”が間違っているから。そこを直しさえすれば、結果はついてくるはず……と思っていたが、婚活に悩む独身女性と接しているうちに、彼女たちが必ずしも“やり方”を求めていないことに気付いた。ハウツー本は、実行してこそ意味があるが、ある種の女性は「悩んでいます」「私なんてダメです」を繰り返しながらも、頑として具体的な行動を起こすことはない。行動するしないは本人の自由だし、それぞれの事情があるだろうから、著者として、無理にやれというつもりはないが、テレビが占いやスピリチュアルをもてはやす理由がわかった気がした。

 占いの基本スタンスは、「うまくいかないのは運気が悪いからで、自分のやり方、あり方を変える必要はない」である。例えば、「年収600万以上の男性と結婚したいが、婚活がうまくいかない32歳の女性」がいたとする。婚活のエキスパートである結婚相談所の相談員であれば、「年収600万以上の独身男性の割合」と「30歳以上の独身女性が、35歳までに結婚する可能性」などの客観的データと、相談者から受ける印象をもとにアドバイスをしていくのが基本だろう。

 それは結果を出す方法といえるが、“テレビ受け”するかというと、疑問である。現実的すぎるアドバイスは痛みを伴うので、相談者や相談者と同じ悩みを持つ視聴者の機嫌を損ねる場合があるからだ。その点、占いは罪がない。多少、相談者にキツいことを言ったとしても、「〇年に結婚のチャンスがある」「仕事関係で知り合う」というふうに、自分を変えなくても、明るい未来が待っていると伝えることで、相談者に確実に希望を与えてくれる。それに、当たるも八卦、当たらぬも八卦というように、当たらなくても問題になることはない。

 占いの提供するものが“明るい未来”だとしたら、スピリチュアルが相談者へ施すのは、“強い肯定感”ではないだろうか。日本のスピリチュアル界のドン・江原啓之氏が出演していた『オーラの泉』(テレビ朝日系)を見ていると、相談者が抱える悩みやトラブルに対して、「魂の成長」「気づき」という言葉を用いて解説していることに気付く。苦労することによって、人は魂を成長させ、見過ごしていたことに感謝できるという意味だが、これも、「苦労をしたのはあなたのせいではない」と言い換えることができるだろう。苦労を経験して、魂を成長させることができたという表現からは、選民思想的な印象を受けるため、そう告げられた人は優越感を抱くはずだ。

 『オーラの泉』で、江原氏は“守護霊”という言葉をよく用いていたが、その存在を確かめる術はない。しかし、誰も味方がいないと思うより、目には見えなくても見守ってくれる人がいると言われて、嫌な気分になる人はいないだろう。そう考えるとやはり、占いが明るい未来を保証してくれるものだとしたら、スピリチュアルは現在の自分を肯定してくれるのだ。

 占いやスピリチュアルを信じるかどうかは、もちろん個人の自由である。しかし、客観的に見ると、江原氏も案外“当たり前”のことを言っているのである。例えば、12月13日放送の『火曜サプライズ』(日本テレビ系)で、お笑い芸人・いとうあさこが、「人に迷惑をかけるので、孤独死が怖い」と江原氏に相談していた。江原氏は、「生きてる時だって、誰かに迷惑をかけている」と回答、いとうを「正義感の強い人」として、「あなたにその考え方さえなければ、とっくに結婚していた」と分析した。

 さらに、今まで何度もチャンスがあったのに、いとうが結婚に踏み切れなかったのは、「心の奥底にトラウマがある」からだと江原氏は言う。いとうは、「とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった母親」を見ているので、親に遠慮して「親の顔色を見る」子どもになってしまったのだそうだ。母親が「反面教師」な部分があり、「ただのオンナとして(仕事をせずに)生きたらこうなっちゃう」という気持ちから、結婚に踏み切れないとも言っていた。いとうは「そこまで(母と確執があったわけ)じゃないですけどね」と言いながらも、部分的に江原氏の説を肯定した。が、江原氏の発言は、いとうだけではなく、実は誰にでもあてはまるのではないだろうか。

 例えば、「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」と江原氏は言うが、苦労の種類に違いこそあれど、世の母親で、苦労せずに子どもを育てた人は1人もいないのではないだろうか。それに、親の顔色を見ない子どももいないし、親の生き方に子どもが反感を持ったり、反面教師にすることは、成長の一過程とも言える。念のため申し添えるが、私は江原氏が適当なことを言っていると言いたいのではない。人間は目に見える表面的な部分(外見や学歴、年収)が違うように見えても、目に見えない、気持ちの部分では「だいたい同じつらさ」を味わっていて、だからこそ、“当たり前”が、誰にでも当てはまるのではないかと思うのだ。

 『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)をはじめとしたバラエティー番組で、江原氏は熱海に構えた1,000坪を超える豪邸を披露している。築82年の建物に改装を重ねたため、「はっきり言って、新築を立てた方が安くあがりました」と、聞かれていないのにカネの話を露骨にしていた。豪邸は江原氏の霊験あらたかな力の証明、ファンの多さと見ることもできるだろうが、私には、それだけ多くの人が悩みを打ちあける相手を持たず、“当たり前話”に財布のひもを緩くした結果に見えて、氏のご高説よりも、そちらに心なぐさめられる思いがする。誰もが良好な人間関係を築き、順風満帆な人生を送っているわけではない、うまくいかないことがあったり、悩むことは当たり前。そう思えることが、私にとっては大きな“癒やし”に感じられる。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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「SNSで自慢する女」への嫌悪感を語る横澤夏子、その裏側に見える“見下し”の目線

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」横澤夏子
『今夜くらべてみました』(日本テレビ系、11月29日)

 テレビが好む“ぶっちゃけトーク”は、視聴者の“共感”を引き出すためのものだろう。多少過激な方が、インパクトがあってよい。しかし、お笑い芸人・横澤夏子のSNSに関する“ぶっちゃけトーク”は、“余計なもの”が強すぎて、結果的に好感度を下げる方向にいってしまっているように、私には見える。

 11月29日放送『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)のテーマは、「トリオ THE いいね!を押せない女」。横澤夏子と女優・岡本玲、伊藤ゆみ(ICONIQ)が、番組MCのHKT48・指原莉乃らを交えて、「SNSで、『いいね!』を押したくない投稿をする女」について語った。ゲストが挙げた例は、以下の通りである。

1.タワーマンションに住んでます感を出す女(岡本)
2.グアムやサイパンの写真を載せる女(横澤)
3.わざとらしくブランド品や、ビジネスクラス、グリーン車など乗り物のクラスを載せる女(伊藤)
4.ジムやエステに行った写真を載せる女(岡本)
5.料理上手をアピールする女(伊藤)
6.感想なしでひたすらご飯をアップする女(岡本)
7.焼肉で男の手を映す女(横澤)
8.やたらと彼氏を出す女(岡本)
9.同棲しているのに、ボーダーかぶっちゃったという女(横澤)
10.音楽フェスで音楽を聞かない女(岡本)
11.音楽フェスでVIP席に座ってるアピールをする女(伊藤)
12.SNOWでしか撮らない女(岡本)

 横澤いわく、「2」のグアムやサイパンの写真を載せる女は、グアムに行ける経済力や、ビキニを着られるスタイルがあってこそなので、「全部自慢」なのだそうだ。岡本、伊藤両者にとっても、投稿に“自慢臭”が潜むかどうかは「いいね!」を押したくないポイントとなっているようだ。

 しかし特徴的なのは、3人とも自慢を感じるツボが違うことである。例えば横澤は、「2」の“旅行”、「7」や「9」の“彼氏の存在”などに“リア充”自慢を感じ、伊藤は「3」「11」の例に代表されるように、“経済的序列”や“上下関係”に、そのツボがあるようだ。岡本は、「4」について「(人から)ジムやエステに行っていないのに、きれいな女性だと思われている方がいい」、「9」について「(岡本は音楽が好きなので)フェスに行って音楽を聞かないことが理解できない」、「12」について「SNOWも時々ならいいけど」というふうに語るなど、岡本の中には、女性の行動に“こうすべき”という規範があり、そのルールから逸脱している自慢に、嫌悪を覚えるようである。ちなみに指原は「1」「4」「10」「12」について「いいね!」を押したくないと賛同していた。

 自慢をされてうれしい気持ちになる人は滅多にいなので、視聴者の共感を呼びそうなネタだが、横澤をはじめとしたゲストの3人と指原は、自分の矛盾に気付いていない。彼女たちは、他人の投稿にはイラッとする半面、自分が投稿する分にはOKのようなのだ。例えば、指原は「4」について、伊藤と岡本は「5」について、「私もやっちゃうんだけど」と補足している。

 横澤も「5」に関して、「和食が得意と言ってるオンナ、だいたいヤバい」「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」と糾弾しておきながら、「ピーマンの肉詰め」写真をアップしている。本人いわく「頑張ってない感じのできる料理」だそうだが、司会のフットボールアワー・後藤輝基が「おまえの物差しがわからん」とツッコんでいた通り、傍目には横澤も、和食ではないものの、「男の人に好まれたくて、頑張って手料理をアップしている女子」にしか見えないのではないか。が、横澤はどうも「私は違う」「私ならいい」と判断しているようなのだ。

 自分がするのはOKだが、他人がしたらイラッとする。そこから考えられるのは、横澤や伊藤ら出演陣が感じる“他人の自慢”への苛立ちが、一般的なそれとは違う可能性だ。普通「自慢をされてイヤな気分になった」という表現は、持っている者が持たざる者に対して、“自分が恵まれている証拠”を見せつけて、持たざる者イヤな気分になるという図式を思い浮かべるだろう。しかし、もう1つ、「自分より下だと思っている人に、何かを誇示されて腹が立つ」という構図も存在するのだ。

 例えば横澤は「グアムやサイパンの写真は自慢」と語っていたが、冷静に考えれば、売れっ子の横澤であれば、グアムに行く経済力は十分あるだろうし、長身で細身なのだから、ビキニだって着こなせるはずだ。にもかかわらず、横澤がそれを自慢と感じるのは「おまえごときが、この私に挑んでくるなんて」と、相手を下に見ているからではないだろうか。

 そもそも、自慢というのは、半分は受け手の問題である。例えば、「1」のタワーマンションの例で考えてみると、自分の好きな人や、自分より“上”とみなしている人がタワーマンションに住んでいることをほのめかしたのであれば、「素敵」「ひけらかさないで謙虚」と思えるのに、自分より“下”だと思っている人に対しては、「自慢しやがって」と苦々しく思ってしまう。つまり、自慢されたからイラッとするのではなく、相手のことが嫌い、もしくは下に見ているから、イラッとするのだ。

 かつて出演した『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、「私、今年新しいビキニ買っちゃったから、海に行かなきゃいけないんだよね」と、それがあたかも義務であるように語る女にイラッとくると語っていた横澤。ここまでくると、イチャモンに近いのではないだろうか。自分が大好きで、自分以外は認めない。そんな横澤に、視聴者がイラッとくる日は、そう遠くない気がしてならない。

 

仁科友里(にしな・ゆり)
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「SNSで自慢する女」への嫌悪感を語る横澤夏子、その裏側に見える“見下し”の目線

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」横澤夏子
『今夜くらべてみました』(日本テレビ系、11月29日)

 テレビが好む“ぶっちゃけトーク”は、視聴者の“共感”を引き出すためのものだろう。多少過激な方が、インパクトがあってよい。しかし、お笑い芸人・横澤夏子のSNSに関する“ぶっちゃけトーク”は、“余計なもの”が強すぎて、結果的に好感度を下げる方向にいってしまっているように、私には見える。

 11月29日放送『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)のテーマは、「トリオ THE いいね!を押せない女」。横澤夏子と女優・岡本玲、伊藤ゆみ(ICONIQ)が、番組MCのHKT48・指原莉乃らを交えて、「SNSで、『いいね!』を押したくない投稿をする女」について語った。ゲストが挙げた例は、以下の通りである。

1.タワーマンションに住んでます感を出す女(岡本)
2.グアムやサイパンの写真を載せる女(横澤)
3.わざとらしくブランド品や、ビジネスクラス、グリーン車など乗り物のクラスを載せる女(伊藤)
4.ジムやエステに行った写真を載せる女(岡本)
5.料理上手をアピールする女(伊藤)
6.感想なしでひたすらご飯をアップする女(岡本)
7.焼肉で男の手を映す女(横澤)
8.やたらと彼氏を出す女(岡本)
9.同棲しているのに、ボーダーかぶっちゃったという女(横澤)
10.音楽フェスで音楽を聞かない女(岡本)
11.音楽フェスでVIP席に座ってるアピールをする女(伊藤)
12.SNOWでしか撮らない女(岡本)

 横澤いわく、「2」のグアムやサイパンの写真を載せる女は、グアムに行ける経済力や、ビキニを着られるスタイルがあってこそなので、「全部自慢」なのだそうだ。岡本、伊藤両者にとっても、投稿に“自慢臭”が潜むかどうかは「いいね!」を押したくないポイントとなっているようだ。

 しかし特徴的なのは、3人とも自慢を感じるツボが違うことである。例えば横澤は、「2」の“旅行”、「7」や「9」の“彼氏の存在”などに“リア充”自慢を感じ、伊藤は「3」「11」の例に代表されるように、“経済的序列”や“上下関係”に、そのツボがあるようだ。岡本は、「4」について「(人から)ジムやエステに行っていないのに、きれいな女性だと思われている方がいい」、「9」について「(岡本は音楽が好きなので)フェスに行って音楽を聞かないことが理解できない」、「12」について「SNOWも時々ならいいけど」というふうに語るなど、岡本の中には、女性の行動に“こうすべき”という規範があり、そのルールから逸脱している自慢に、嫌悪を覚えるようである。ちなみに指原は「1」「4」「10」「12」について「いいね!」を押したくないと賛同していた。

 自慢をされてうれしい気持ちになる人は滅多にいなので、視聴者の共感を呼びそうなネタだが、横澤をはじめとしたゲストの3人と指原は、自分の矛盾に気付いていない。彼女たちは、他人の投稿にはイラッとする半面、自分が投稿する分にはOKのようなのだ。例えば、指原は「4」について、伊藤と岡本は「5」について、「私もやっちゃうんだけど」と補足している。

 横澤も「5」に関して、「和食が得意と言ってるオンナ、だいたいヤバい」「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」と糾弾しておきながら、「ピーマンの肉詰め」写真をアップしている。本人いわく「頑張ってない感じのできる料理」だそうだが、司会のフットボールアワー・後藤輝基が「おまえの物差しがわからん」とツッコんでいた通り、傍目には横澤も、和食ではないものの、「男の人に好まれたくて、頑張って手料理をアップしている女子」にしか見えないのではないか。が、横澤はどうも「私は違う」「私ならいい」と判断しているようなのだ。

 自分がするのはOKだが、他人がしたらイラッとする。そこから考えられるのは、横澤や伊藤ら出演陣が感じる“他人の自慢”への苛立ちが、一般的なそれとは違う可能性だ。普通「自慢をされてイヤな気分になった」という表現は、持っている者が持たざる者に対して、“自分が恵まれている証拠”を見せつけて、持たざる者イヤな気分になるという図式を思い浮かべるだろう。しかし、もう1つ、「自分より下だと思っている人に、何かを誇示されて腹が立つ」という構図も存在するのだ。

 例えば横澤は「グアムやサイパンの写真は自慢」と語っていたが、冷静に考えれば、売れっ子の横澤であれば、グアムに行く経済力は十分あるだろうし、長身で細身なのだから、ビキニだって着こなせるはずだ。にもかかわらず、横澤がそれを自慢と感じるのは「おまえごときが、この私に挑んでくるなんて」と、相手を下に見ているからではないだろうか。

 そもそも、自慢というのは、半分は受け手の問題である。例えば、「1」のタワーマンションの例で考えてみると、自分の好きな人や、自分より“上”とみなしている人がタワーマンションに住んでいることをほのめかしたのであれば、「素敵」「ひけらかさないで謙虚」と思えるのに、自分より“下”だと思っている人に対しては、「自慢しやがって」と苦々しく思ってしまう。つまり、自慢されたからイラッとするのではなく、相手のことが嫌い、もしくは下に見ているから、イラッとするのだ。

 かつて出演した『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、「私、今年新しいビキニ買っちゃったから、海に行かなきゃいけないんだよね」と、それがあたかも義務であるように語る女にイラッとくると語っていた横澤。ここまでくると、イチャモンに近いのではないだろうか。自分が大好きで、自分以外は認めない。そんな横澤に、視聴者がイラッとくる日は、そう遠くない気がしてならない。

 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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吉木りさを「ザ・女性」と糾弾するmisonoに教えたい、本当に“ズルい”人物

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「ザ・女性みたいな対応」misono
『じっくり聞いタロウ』(テレビ東京、11月24日)

 “理路整然とぐっちゃぐちゃ”――過去にこの連載でも書いたが、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で公開した物にあふれた自宅と、冗長すぎるブログから得たmisonoの印象は、こんな感じである。本人的には筋の通った理屈で説明しているつもりでも、聞けば聞くほど「何言ってんだ、この人」と、わけがわからなくなってしまう。仕事やプライベートでmisonoと行動を共にするのは、よっぽどの人格者か策士でなければ、コミュニケーションは不可能なのではないかと思えるほどだ。

 過去に、「30歳で引退する」と宣言したmisonoだが、おぎやはぎが「引退ビジネス」と予想した通り、結局引退せずに大炎上、32歳の今も芸能界にいる。11月24日放送の『じっくり聞いタロウ』(テレビ東京)では、misonoのもう1つの炎上騒動である、吉木りさにケンカを売った話を本人が解説した。

 ロンドンブーツ1号2号や吉木ら、『アッパレやってまーす!』(MBSラジオ)のレギュラーメンバーが新年会をしていた時のこと。男性陣が吉木をチヤホヤし、「どんなタイプが好みか?」と聞いていたそうだ。出演者ではないが、会に同席していたmisonoいわく、当の吉木は「いや、全然でぇ」と明言せず、その態度が「ザ・女性みたいな対応」に感じられ、吉木に向かって「ウチ、そういう女性苦手やわ~」と発言。それを、ロンブーが同ラジオ番組で話したことから、騒ぎが大きくなったという。

 「ザ・女性」の定義について、misonoは説明していないが、『じっくり聞いタロウ』での「レギュラーメンバーとか一緒に仕事してる人とは、何でも話し合える関係が理想」といった発言から考えると、「思ったことを言わない」「誰にでもいい顔をする」人を「ザ・女性」と表現した可能性はある。そして、そんな「ザ・女性」を“ズルい”と批判しているように私には見えるのだ。

 ちなみに、この番組では触れられなかったが、misonoはその新年会に、呼ばれていないのに勝手に乗りこんでいたと、『アッパレやってまーす!』で明かされている。misonoは田村淳夫人とディズニーランドに行き、帰りに淳出演のラジオを聞いていたところ、「淳が呼んでる」と勝手に思いこんで、夫人に新年会へ行こうと提案。夫人は断って帰宅したものの、misonoはわざわざ自宅まで迎えに来て、夫人を連れて新年会に参加したそうだ。

 またmisonoは、男性陣の挙げた具体的な芸能人名を、吉木が全員「無理(タイプではない)」と否定したことに対して、「あんた、何なん」「せっかく淳が(好きな男性のタイプは誰かと)ふってくれてんのに」というキレ方もしていたそうだ。おそらくmisonoは、もっと気の利いた答えをしろと言いたかったのだろうが、吉木の立場になって考えてみれば、誰か1人を「いい」と褒めるより、全員「無理」と言ってしまう方が角も立たないと、賢明な判断をしたのではないだろうか。それに、男性陣が吉木に真剣な答えを求めているかも疑問である。実際、吉木の発言で場が盛り下がることはなく、新年会のスポンサーである亮いわく「呼んでもないのにやってきて、ガツガツ食っていた」と、misonoの方が顰蹙を買っていたようだ。

 自分をチヤホヤしてくる男性を軽くあしらう「ザ・女性」をズルいと思っている――そんなふうに見えるmisonoも、方向性こそ違うものの、結構ズルい。

 例えば、misonoは淳とプライベートでも親しいことから、「アツシ(場合によってはアッシ)」と呼び捨てにしているが、女性の先輩にも同じことができるか疑問である。序列にうるさい芸能界で、こんな非礼を働けるのは、「男性になら怒られない」という甘えであると、私には見える。それに加えて、misonoが新年会に夫人を連れて行ったことも、ズルい。レギュラーではないmisonoは1人では新年会に参加できない。しかし、夫人が一緒であれば、周囲はmisonoを門前払いするわけにはいかないからだ。

 それにしても、なぜ夫人はmisonoと付き合っているのだろう。misonoの言動は、支離滅裂で、新婚家庭に夜中まで入り浸っていたという報道があったように、常識もない。付き合うと疲れるタイプだろう。淳は、新年会の飛び入り参加について、「うちの嫁は、すげぇ断ったんだよ。ああいうところは行かない方がいいから」と説明していたものの、「できた嫁」で売っている夫人が、いくらしつこく誘われたからと言って、夫の許可なく突然職場の飲み会に参加するとは考えづらい。

 本当の理由は他人にはわからないが、夫人がmisonoの誘いに乗り、ある意味misonoを新年会に送り込んだことで、騒ぎが起こった。それを夫がラジオで話し、さらに吉木がmisonoに反撃する流れとなって、結果的に夫の番組を盛り上げるのに一役買ったのだ。夫人は「非常識なmisonoだが、適当につきあっておけば何かコトを起こし、結果的に夫にネタを提供して、夫の番組の話題性を高めることに貢献する」ことを熟知しているように感じる。これを内助の功と見るか、策士と解釈するかは人によるだろう。

 有吉弘行が『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFNC)で、misonoを「引退詐欺」と罵った際、それを聞いたmisonoが号泣し、淳宅に駆け込んだそうだ。それを受けて『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の収録の際、淳は有吉に「misonoのこと叩いた?」と聞き、「(有吉の)ラジオで、この話をしていいよ」と付け加えたという。

 話を聞いてはくれるものの、味方をすることはない。これって実は一番ズルい存在ではないのか? 淳はmisonoがすがる唯一のブランドといっていいが、誰が一番ズルいのか、よくよく考えてみた方がいい。

 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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綾菜は、加藤茶との結婚でトクをしたのか? 『モシモノふたり』に見た“45歳年下妻”の孤独

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「ちーたんいなくなったら、生きていけん」加藤綾菜
『モシモノふたり』(フジテレビ系、11月23日)

 資産家もしくは社会的地位のある男性が、孫ほど年の離れた女性と結婚することは、古今東西よくある話だが、その際、必ずといっていいほど女性は「金目当ての結婚」と邪推される。元ドリフターズの加藤茶が、45歳年下の一般人女性である綾菜夫人と結婚した際も、夫人は激しいバッシングにさらされた。仮に結婚の理由が「金目当て」であったとしても、相手を幸せにしようと努力するのなら何の問題もないし、そもそも綾菜夫人は世間が思うほどトクをしていないのではないかと思うのだ。

 「心臓病を患った茶には、綾菜の作る料理は高カロリーすぎる」「茶の健康を損ねて、遺産を自分のものにしようとしている」「友達と偽って、茶の出張中にホストを連れ込んでいる」――ネットでこんなうわさが出回ったことを受けてだろう、茶夫妻は1年に一度は、バラエティ番組に出て仲の良さをアピールしている。11月23日放送の『モシモノふたり』(フジテレビ系)も一種の“恒例行事”だが、これまで出演した番組と比べて、茶の老いとそこから来る綾菜夫人の“孤独”が強く浮き彫りになっていたように、私には見えた。

 夫妻は熱海の貸別荘に行く。料理の食材を買い込むが、茶は普段買い物をしないので役に立たない。荷物を持つのも夫人の仕事。料理も夫人の役目で、茶はテレビを見ながら出来上がりを待っているが、居眠りをしてしまう。夫人の料理(刺身、あさりとエビの塩こうじ蒸し、おでん風卵巾着、カマンベールのじゃがいも包み、春菊のごまあえ、雑煮)を食べる際、「おいしい」とは言うものの、会話が盛り上がることはない。食後、リビングでソファに横たわってテレビを見た後、夫人に勧められて風呂に入るが、茶は風呂嫌いで、髪もカラダも洗わず、お尻だけ洗って出てきてしまう。

 何もしない茶はあまりに横着だ――もしそう思う人がいたら、それは若い証拠である。私の父が茶とほぼ同じ年だが、年齢と共に口数も減るし、出歩く回数も減る。茶がそうだとは言わないものの、気難しくなって怒りっぽくなったり、判断力が鈍ったりすることもある。年寄りと生活を共にするのは、結構難しいのだ。

 別荘に宿泊した翌朝、夫人は起きてこない茶の寝息を聞いて生存確認をし、朝食のアジのヒモノはほぐしてご飯の上にのせてやる。完全に介護である。茶は割とわがままで、朝食を用意しても「パンが食べたい」と言い出して、急きょ夫人をパン屋に行かせたり、夫人の外見レベルを「下の中くらい」と言うそうだ。

 一般論でいえば、孫ほど年の離れた若妻は、やりたい放題しても許されるイメージを持ちがちだが、実際の夫人は芸能人の妻という肩書や時々テレビに出ることと引き換えに、年寄りのわがままと介護を引き受けている。これがトクになっているのか、私には甚だ疑問だ。

 結婚当時、23歳だった夫人も、28歳となった。茶は、自分がいなくなった後の夫人を心配しているようで、「やりたいことはないのか」と聞くが、夫人は短大を卒業して、就職活動を数カ月しただけで結婚してしまったので「ない」と答える。やりたいことは、実務の荒波にもまれることで生まれることも多いし、やりたいことを見つけたとして、それを維持するにも実務能力が必要なので、家庭に入っていた夫人に「将来の展望を持て」と迫るのも酷だろう。茶にもしものことがあったら、就職市場的な観点からすると、夫人はウリ(職歴、資格、若さ)のない求職者となってしまう。夫人は「ちーたん(茶のこと)いなくなったら、生きていけん」と言っているが、これは愛情表現というより、現実問題、生活が回らないという意味にも解釈できる。

 そんな夫人を見ていて、今から男性芸能人専門の介護施設を立ち上げることを勧めたいと思った。茶の周辺にいる芸能人から、少し多めに金をもらって、プライバシーを重視した施設を作る。そこで働く女性たちの面接も、もちろん夫人が担当する。老人と接するのがイヤでないというのは、実は特殊能力である。介護施設でぜひドカンと当てていただきたい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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なぜミッツ・マングローブの毒舌は炎上するのか? マツコとは異なる“自意識のあり方”

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「結核菌みたいな顔してよく言うわ」ミッツ・マングローブ

『5時に夢中!』(TOKYO MX、11月11日放送)

 今年の夏に開催されたリオデジャネイロオリンピックで、レスリングの吉田沙保里が決勝で敗れ、号泣した。この話題を『5時に夢中』(TOKYO MX)で取り上げた際、ミッツ・マングローブが「涙がひと粒も出なかった。かえってしらけちゃって」と発言したことで、炎上。ミッツが自らのブログで謝罪をしたことをご記憶の方もいるだろう。

 懸命に戦ったアスリートに、そんな言い方ないだろうと思うが、その一方で、国民のおネエタレントに対する“思い込み”にも気づかされる。視聴者は、「おネエタレントとは、思いもよらない斬新な切り口で、面白い毒舌を吐く存在」と思い込んでいないだろうか。

 人と違った経験が、面白い毒舌を生むと思っている人は多いかもしれないが、私に言わせるのなら、面白い毒舌の決め手は経験ではなく、“引き算のうまさ”であり、そのベースになるのは“常識”だと思っている。ミッツは一般的には、マツコ・デラックスと同じ系統の毒舌オネエタレントと思われているだろうが、私にはミッツが“甘えん坊タレント”に見えるのだ。

 そのことは、マツコとミッツを比較することでよくわかる。

 バラエティ番組を見ていると、「俳優>お笑い芸人」という上下関係に気付かされる。明石家さんまクラスの大物でも、出演者の俳優には気を使っており、マツコはその辺のフォーメーションをよく読んでいる。マツコがバラエティ番組に出だした頃、まるでお約束のようにやっていたネタがある。それは、まず巨体をいじられ、その次に男性の芸人に抱きついて「好きなの」と迫り、抱きつかれた芸人が「やめて」「気持ち悪い」と拒絶する……というものだ。テレビ的な演出だろうが、マツコは貶められることによって、視聴者に自らのポジションを「お笑い芸人より下」であると印象付ける。つまり、自分を“引き算”して見せているのだ。芸能界のキャリアが長い方を立てるのは、常識的な観点から言って正しいし、何より結果としてマツコを輝かせることになる。末席に座っている人が面白いからこそ、その存在が光るのである。

 人気を得ると共に、マツコは“下”の席に座ることを許されず、“上”に押し上げられるようになるが、それでも“引き算”をやめない。毒舌を吐きながらも、自身が「結婚して子どもを持って一人前」という“常識”にハマらないが故の、老後の孤独をのぞかせる。今が恵まれているからこそ、先のことが不安になってしまうという見方もできるが、老後に何の心配もないという人はごく少数。マツコはこの“引き算”によって、「マツコほどの売れっ子であっても不安を感じるのだ」と、視聴者に親近感、もしくは優越感を抱かせることに成功している。

 それに対し、ミッツは末席に座ること、自身を“引き算”して見せることができない。『5時に夢中!』に作詞家・及川眠子氏が出演した時のこと。及川氏といえば、日本レコード大賞に輝いたWINKの「淋しい熱帯魚」、JASRAC賞金賞の高橋洋子「残酷な天使のテーゼ」を手掛けた超売れっ子作詞家だが、ミッツは及川氏を「大先生ですよ」と称えた後に、「私も相当影響を受けましたからね」と結んでいる。

 褒め言葉のつもりで使っているのだろうが、一般的に「影響を受けた」というのは、頭角を現した新人が、同じ分野の偉大な先輩を称えて使う言葉ではないだろうか。「ファンです」と言うのならともかく、その道で実績もないミッツが、日本を代表する作詞家と同じ次元と高さで物を言うのは、私には不遜に思える。

 さらに、ミッツは“下”に見られることを嫌う。11月11日放送の同番組で、「オンナ芸人って、おネエもそうなんですけど、『不幸を背負ってないと商品価値がない』みたいな扱われ方するじゃないですか」と分析したが、視聴者がリア充を嫌う昨今、幸せに見せないようにするのは、女優やモデルも一緒であり、何もおネエに限った話ではない。

 また「オンナ芸人にセクハラまがいのことをするのに、裸になると引く」ことを、ミッツは「男社会の縮図」と批判するが、その一方でゲストのハリセンボン・箕輪はるかに対して、「結核菌みたいな顔をしてよく言うわ」と発言していた。女性の外見を他人がとやかく言うのは、典型的な「男社会の縮図」だと私は思うが、自分がする分にはいいらしい。要は自分に甘いのだ。

 ミッツの初エッセイ『うらやましい人生』(新潮社)や『プレミアムカフェ』(NHK)などを見ると、ことあるごとにミッツが「自分は少数派である」という意味の発言をしていることに気付く。一見“少数派”を自称することは、自身を“引き算”して見せているようにも感じられるが、下に見られたくないというミッツの言動を踏まえると、それは“選民意識”に近いものなのではないだろうか。対してマツコは、『山里亮太の不毛な議論』(TBSラジオ)で、自らを「(私は)男チームにも入っていないし、女チームにも入ってないし、サラリーマンチーム、OLチームにも入ってないし、お母さんチーム、お父さんチームにも入ってないわけじゃん。そうなってくると、(私は世間にとって)“関係ない話してる人”なわけじゃん」と、自分の存在を“はぐれ者”のように捉えている。

 選民思想を持つミッツ型の自意識が強いことは言うまでもないが、自分をここまで突き放せるマツコの自意識も、相当強い。たとえていうのなら、マツコが修道女で、ミッツは女王様。どちらが正しくて、どちらが間違っているということはもちろんない。たどりつく結論は、おネエも人それぞれという当たり前のことなのである。

 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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吉田沙保里ら女性アスリートを「恋愛ベタ」と見下すテレビが“浅はかすぎる”理由

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「あんた、わからへんやんか」明石家さんま
『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系、11月8日)

 インターネットの普及で、テレビを見る人の割合が減っているといわれて久しい。視聴者離れを食い止めようとテレビ局も腐心しているだろうが、その一方で、テレビ局は依然として古い女性観を持ち続けているように見える。それが顕著になるのは、女性アスリートがバラエティ番組に出るときではないだろうか。

 司会や女性出演者が、女性アスリートを“見下す”ように感じられることがある。例えば、北京オリンピックで銅メダルに輝いた、レスリングの浜口京子。彼女が『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)に出演した時に、片思い中であり、相手との距離が埋まらない話を明かすと、司会の明石家さんまや、共演の熊切あさ美などの女性共演者が「かわいい」と反応した。恋をしている彼女への応援と取れるかもしれないが、女優やモデルなどのきれいどころや、フィギュアスケート、シンクロナイズドスイミングのように芸術性を問う競技の女性アスリートが片思いをしていると言っても、さんまや女性出演者は「かわいい」と合いの手を入れることはない。ちなみに男性アスリートがバラエティ番組に出ても、恋愛の話を振られることはあまりない。これらから考えられるのは、さんまや女性出演者は、格闘技系の女性アスリートは“恋愛がヘタ”と決めつけているということだ。

 女性アスリートに対する“見下し”は、格闘技系だけ向けられるものではない。元サッカー女子日本代表の澤穂希が結婚した際、報道陣は「彼の胃袋を離さない得意な料理は?」と質問していた。結婚会見の際、マスコミから得意料理の質問が出ることはよくあり、例えば、歌舞伎俳優・片岡愛之助は、「紀香さんの好きな手料理は?」と質問されていた。しかし、結婚会見での質問はこのような聞き方が一般的で、「胃袋を離さない」というような極端な表現は非常に稀である。ほかにも「恋愛は自分からぐいぐい行くタイプ?」という質問があったが、私はインタビュアーの「ものすごい秘策がなければ結婚にたどりつけない」「相手からアプローチされるわけがない」という意識を感じずにいられない。

 “霊長類最強女子”と名付けられたリオデジャネイロオリンピック銀メダリスト・吉田沙保里も、レスリングという競技ゆえ、見下されカテゴリに属している。11月7日放送の『踊る!さんま御殿!!』に出演した際、吉田は「今、特定の人はいない」と話していたのに、なぜかさんまは「吉田は恋愛をしたことがない」ことにしたようだ。

 今月の頭に結婚した柔道の松本薫が、夫との連絡の頻度が週に一度だったと明かすと、さんまは「毎日電話したいやんか」と松本に返し、「うんうん」と吉田がうなずくと、「あんた、わからへんやんか」「経験ないやんか」とツッコんでいた。「(恋愛の話に)参加したいよう」と叫ぶ吉田は、アスリートというより、モテないことを売りにするオンナ芸人のようだった。オンナ芸人であれば、モテないネタを披露することによって、テレビにたくさん映ることができるし、次の仕事にもつながるというメリットがあるが、メダリストの吉田に同じことをさせるのは失礼ではないだろうか。

 アスリートとして出演オファーを出しておきながら、業績よりも「モテるモテない」を重要視するのが、さんまをはじめとする「オトコの女性アスリート観」なら、「オンナの女性アスリート観」にも違和感を覚える。

 『一周回って知らない話』(日本テレビ系)で、10~20代の若者に、吉田のイメ―ジを調査したところ、「強い」「国民栄誉賞」というものに加えて「意外と乙女」「意外に女性らしい」という意見が女性から上がった。Twitterに、パジャマ姿やネイルアートをする写真をアップしたり、コキンちゃんとのツーショット写真を上げていたからだと思われるが、それのどこが“女性らしい”のか、私には理解できない。一般人のTwitterでもよく見かけるツイートが“女性らしい”と表現されるのは、「格闘技をやる女性は、女性らしくない」と思っているからではないだろうか。

 同番組によると、吉田は、実家がレスリングのジムを経営していたことから、自然とレスリングを始め、才能を開花させたという。音楽家の子どもが音楽の道へ進んだり、開業医の家の子どもが医者になるのと同じであり、“女性らしさ”は関係ない。さらに、吉田の親友である澤は、吉田の恋愛がうまくいかないことを「好きになったら、相手の立場や状況を考えず、自分の思いをどんどん言っちゃう」と分析していた。つまり、コミュニケーションの方法に問題があるわけで、格闘技をやっているかどうかではないのだ。

 さらに澤は、吉田の意外なエピソードを披露した。吉田は、彼女に好意を持つ男性とデートしたものの、吉田は途中で嫌になってしまい、友達を呼んで3人で行動したそうだ。好きな人には猪突猛進だが、そうでない相手とは我慢してまで一緒にいないというのは、わがままな印象を与える行為だが、なぜ吉田がそう振る舞ってしまうかは、少し考えればわかることである。

 女子レスリング界の“宝”である吉田は、ずっと自分中心の“姫”だったのではないだろうか。人は“何をやるか”ではなく、“どう扱われるか”で決まる。強くなければ、姫にはなれないのだ。格闘技の女性アスリートだからといって、勝手に見下す人は、浅慮といわざるを得ない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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『しくじり先生』で泣いた高橋ジョージから考える、三船美佳が“離婚を言い渡した”ワケ

<p> “夫婦関係”をテーマに扱うバラエティ番組が数多くあるということは、離婚を経験した芸能人にとっては、一種のビジネスチャンスだろう。ただし、離婚ネタでメシが食えるのは、世論を味方にできる(例:相手に不倫をされた)人か、自分に非があると認め、反省している人である。モラルハラスメントが原因で三船美佳に離婚を言い渡されたとされる高橋ジョージは、後者のパターンを選択したようだ。10月31日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演し、モラハラの有無については触れなかったものの、「自分が全部悪い」と反省する姿を見せた。高橋は離婚の原因を「強烈にしつこい性格」と自己分析したが、番組を通して見た私の印象は、「しつこい」というより、「上下関係にこだわる」「上から目線がきつい」だった。</p>