ウーマンラッシュアワー・村本大輔、“女好き”なのに、なぜか「童貞」っぽいワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「一途な女、男が損をする」ウーマンラッシュアワー・村本大輔
『土曜The NIGHT』(Abema TV、2月4日)

 童貞とは、なんだろうと考えることがある。

 国語辞典によると、童貞とは「セックスの経験がない男性」と書いてある。しかし、素人童貞という言葉もある通り、風俗店で経験したとしても、まだ半分童貞扱いなのだ。ということは、「自分は童貞ではない」と主張するためには、2つの条件をクリアする必要になる。

 1つめは、実際のセックスの経験。2つめは、金銭の授受なく、女性からセックスの合意を取り付ける魅力もしくはコミュニケーション能力を持っているか。金銭でセックスの経験が買えることから考えると、童貞にとって難しいのは、2つめの条件、とりわけコミュニケーション能力を手に入れることと言えるだろう。

 童貞ではない条件を、上記の2つと仮定した場合、人気ドラマの主人公が本当に童貞なのかと疑問がわいてくる。2016年の大ヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)、04年の『電車男』(フジテレビ系)は、どちらも恋愛に積極的でない童貞と美女のラブストーリーだが、彼らはセックスの経験がない代わりに、コミュニケーション能力は非常に高い。

 『逃げ恥』で星野源が演じた津崎平匡は、雇用主でありながら新垣結衣演じる森山みくりを気遣うことを常に忘れないし(金を払っているのだから、相手に気遣いをする必要はないと考える人はいる)、『電車男』で伊藤淳史が演じた山田剛司は、危険も顧みず、よっぱらいにからまれていた見ず知らずの女性を助けようとする。ドラマだからと言ってしまえばそれまでだが、これだけのコミュニケーション能力があれば、女性はついてくるだろうし、彼らはあえて童貞でいるのではないかと思えてくる。

 逆にセックスの経験があって、わかりやすい魅力があっても、コミュニケーション能力に難がある人のことを、童貞っぽいと私は感じる。お笑い芸人ウーマンラッシュアワー・村本大輔はその代表格である。人気芸人らしく、番組中グラビアアイドルに「口説かれました」と暴露されたり、「ファンを食う」と公言してはばからない。女性に貪欲な芸人は村本だけではないが、村本の特異な点は、嫉妬心や女性不信が異常に強いことである。

 今はなき『ざっくりハイタッチ』(テレビ東京)の企画で、収録の空き時間中のトークを隠し撮りする企画があり、そこで村本が、女性不信を告白したことがあった。一般人女性を好きになった村本は、「2年かけて、一途に好きと言って」「女の電話番号を全部消して」交際に持ち込んだが、彼女が携帯を手放さないことで浮気を疑う。携帯を盗み見たところ、浮気していることが発覚。村本は“お仕置き”として、女性にとって酷なプレイを強要するが、混乱した彼女が警察を呼ぶ騒ぎに発展する。浮気をしただろうと問い詰めると、彼女に「これだけ束縛されたら、爆発する」と返されたそうだ。ちなみに村本の束縛とは、「男性としゃべること禁止」「携帯の男性のメモリは削除」とのこと。女性の浮気を疑うのは、これまで彼氏や夫のいるファンの女性と関係を持ったことから、「女は浮気をするのが普通」と思うに至ったからだという。

 女性不信が強いわりに、村本はそれでも女体を追い求めることをやめない。外見のレベルが高い女性にはそれなりのホテル、そうでもない女性とはトイレ、ブサイクとは外で性交すると同番組で語っていた。心理学的に、「『アイツは〇〇しているに違いない』と思う時は、自分が〇〇している時である」と言われているが、村本は、自分が行きずりのようなセックスばかりしているから、相手も同じに違いないと思ってしまうことに、気付いていない。つまり、村本の女性不信は、実は自分自身の問題なのではないだろうか。

 村本を見ていると、“一途”という言葉が好きなことに気付く。上述の浮気された彼女にもその言葉を使っているし、また2月4日放送の『土曜The NIGHT』(Abema TV)でも、「一途な女、男が損をする」と発言していた。村本は自分が一途な場合、相手からも一途を回収しようとする。「自分が〇〇だから、相手にも〇〇でいてほしい」と願うのは、自分がかけた労力と同じリターンがほしいというケチな人の発想ではないだろうか。先輩が後輩におごることが当然とされるお笑いの世界で、村本のケチぶりはよく話題になるが、メンタル面もまたケチなようである。そんな“ケチメンタル”は、相手からの見返りが多くないと失望したり、自信を失くしたりするので、対女性であった場合、ますます女性不信が強くなってしまう。

 童貞でなくなるということは、女性が自分とは違う構造の肉体と精神を持つ、同じ人間であると知ることではないだろうか。女性を卑しんだり、過剰に神聖視することではない。『ざっくりハイタッチ』で村本は、過去に嫉妬しないで済むので「処女がいい」と発言していたが、相手の女性が本当に処女か見極める能力が彼にあるのだろうか(処女だと演技する女性がいないとは言いきれない)。

 蛇がいることは証明できても、蛇がいないことは証明できないように、浮気しない人を探しだすことは不可能である。それに気づかずに、“証拠”を求めてさまよう村本は、やっぱり童貞に思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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松本人志との“確執”を突然暴露――角田信朗に見る、「ネット社会における自意識過剰」の恐怖

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<今回の芸能人>
「8年たって、名指しで、ブログでってルール違反じゃない?」ダウンタウン・松本人志
『ワイドナショー』(フジテレビ系、1月22日)

 空手家でK‐1プロデューサーでもある角田信朗が、突然「ダウンタウン松ちゃんに伝えたいこと」というタイトルで、8年前からダウンタウン・松本人志に、“共演NG”を突きつけられていることをブログで明かし、瞬間的に話題を呼んだ。芸能ニュースとしては小粒だが、私にとっては、ここ数年のうちで、一番面白くて怖いと感じた芸能ニュースだった。

 角田のブログでの説明をまとめると、以下の通り。角田は松本から、ある番組の企画でレフェリーをやってくれないかとオファーを受けた。しかし、当時K‐1では、判定方法などをめぐって問題が起きているということもあり、そのオファーを辞退。1年後に、『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)のオファーを受けた角田は喜ぶが、当日になって収録がなくなり、松本に出演を拒否されたことを知る。角田は、松本がレフェリーを断ったことを根に持っていることを確信し、それが現在まで尾を引くのは、何者かが恣意的に自分を悪者にしているからではないか……と推測していた。

 もう何が面白いって角田の自意識過剰ぶりである。収録日に出演拒否されたことで、角田は自分が“共演NG”扱いになっていると思ったようだが、そもそも“共演NG”の意味をよく考えてみた方が良さそうである。

 “共演NG”を、タレントの“好き嫌い”と解釈する人もいるだろうが、私は、当人同士の関係というより、テレビ局のリスク回避の手段であると思っている。出演者同士が揉めて、片方が降板したいとまで言い出した場合、テレビ局は2人のタレントの間で板挟みとなる。どちらを選んでも遺恨となるだろう。それに、浮き沈みの激しい芸能界で、降板したタレントが大ブレークする可能性もあるし、残った側がいつのまにか消えることもある。そのためテレビ局は、視聴率を稼ぐ可能性のあるコマ(芸能人)をより多く確保しようと、あらかじめ揉めそうな組み合わせで“共演NG”を設けて、トラブルを極力発生させないようにしているのではないだろうか。だとすると、“共演NG”を指定する方も、される方も、ある程度の実力者でなければならない。テレビの世界での角田と大御所・松本のレベルの差は、歴然としている。“共演NG”というより、角田は「仕事が来ない」といった方が適切ではないかと思えるのだ。

 松本は、さっそく1月22日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、事の顛末を説明。角田がレフェリーを断ってきた番組は『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』(同)で、収録の2日前に、ほぼドタキャン同然だったそうだ。多くの芸人のスケジュールを押さえ、衣装も決めていただけに、現場は大混乱。結局、予定していた日の収録は不可能となってしまったという。

 その後、同局の『ダウンタウンDX』が、何かの手違いで角田にオファーを出したものの、角田をテレビに出演させることは、先だってのドタキャンを容認することにつながると判断し、当日に出演をキャンセルしたという。つまり、全ては角田のドタキャンに端を発したことであり、松本は「番組、吉本興業、日本テレビとの問題」とビジネス上の判断であると説明した。

 「8年たって、名指しで、ブログでってルール違反じゃない?」と松本は呆れ顔だった。芸能人相手にイメージダウンを伴った暴露話をすると“売名”と言われるのが常で、角田にも容疑がかけられている。本当のことは当人にしかわからないが、ブログを読んでいて私が感じるのは、角田が「自分は何も悪いことをしていない」「松本は自分を好きだったはずだ」という自分側のストーリーを強く信じていることである。

 榎本博明の『記憶はウソをつく』(祥伝社)には、記憶は後からの刷り込みや現在の心理状態で変化することがあると書かれている。人間関係の行き違いは、双方の改ざんされた記憶のすれ違いと言える可能性もあるわけだが、たいていの場合、二度と会わなくなるので、全てがうやむやとなる。が、現代はネット社会。SNSを使えば、もう会えなくなった人を探して連絡を取ったり、ブログに自分の信じる暴露話的な昔話を書くことが可能なのだ。

 例えば、妻子ある知人から、若い時に付き合いのあった女性を突然思い出したという話を聞いたことがある。私から見ると、2人はカラダの付き合いだったが、なぜか彼の中では「彼女と結婚したかった」に変換され、彼女を探しだし、20年ぶりにメッセージを送ってしまう。知人は、女性側から返事が来ないことで目が覚めたようだが、今まで一度も思い出すこともなかったような人から、いきなり意味不明な連絡が来たという経験をしている人は、実は多いのではないだろうか。

 角田も知人も、自分が相手にした非礼はきれいさっぱり忘れるかわりに、「相手は自分のことを覚えているはず」という自意識過剰さを発揮している。人の自意識過剰さが一線を越すのは、記憶を美化するに十分な歳月の経過と、ヒマな時間がありすぎる時ではないだろうか。ネット社会の現在、我々は誰でも角田的な自意識過剰を起こして、他人に“記憶テロ”をしかける可能性がある。

 「会えなくなった人は、もう会わないでいい人、もしくは思い出す必要のない人」――もう会っていない誰かを妙に思い出したら、自分の中の角田に、こんな呼びかけをしてみたらどうだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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江角マキコ“不倫疑惑スキャンダル”を通して露見した、女性が羨む“自然体”の落とし穴

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「相手の男のことは知っています」江角マキコの夫・平野眞氏
「女性自身」(光文社、2月7日号)

 90年代、今井美樹が“自然体ブーム”を連れてきた。太い眉、顔の半分はあろうかという大きな口に真っ赤な口紅を塗り、洗いざらしの白いシャツとデニムをはいた今井の“自然体”に、多くの女性が心を奪われた。江角マキコも、その流れで世に出た1人である。

 江角といえば、『ショムニ』(フジテレビ系)を思い出す人は多いだろうが、逆の言い方をすると、代表作は『ショムニ』しかないともいえる。権力に屈せず、弱い者いじめをせず、仲間と自分の自由を大事にする……そんなドラマの主人公・坪井千夏のキャラクターを、江角本人と重ね合わせた視聴者は多かったことだろう。

 よくも悪くも『ショムニ』のイメージから脱却できなかった江角は、バラエティ番組に活路を見いだし、ご意見番にポジション替えをする。この転身の裏には、江角の自己主張の強さに加え、フジテレビのディレクターとの再婚や、2人の子どもが名門小学校に合格したことも加味されているのではないだろうか。収入が安定している、仕事のパイプともなるべき存在の夫を得て、優秀な子どもを育て、美貌も衰えを見せない。『私の何がイケないの?』(TBS系)で、江角が年長者にも説教をかますことができたのは、そんな“完璧な母”としての実績が十分だったからといえるだろう。

 しかし2014年、「週刊文春」(文藝春秋)の報道で、風向きが変わる。長嶋一茂夫人とママ友トラブルを起こした江角が、マネジャーに命じて、長嶋宅に「バカ息子」と落書きさせたという疑惑が報じられ、江角は窮地に陥る。マネジャーが勝手にやったことと釈明したが、イメージダウンは避けられず、バラエティ番組やCMを降板。子どもも転校を余儀なくされた。

 追い打ちをかけるように、16年、「週刊新潮」(新潮社)に、江角が億単位の金額の投資詐欺にあっていたことを報じられる。そして、とどめとなったのが、「女性自身」の不倫疑惑報道だ。江角が夫と2年前から別居していること、投資詐欺で有罪判決を受けた既婚男性、つまり“自分をだました相手”と江角がW不倫をしているという疑惑をスクープされたのである。江角はFAXで不倫を否定し、同時に引退を発表した――。

 こうして、江角の芸能人人生は幕を下ろしたわけだが、女性の好む“自然体”の難しさについて考えさせられる。女性の好む“自然体”は、「忙しい(が、金はある)」「誰もができることに、ひと手間かける」「業績を上げている」の三本柱で成り立っている。

 例えば、江角は『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系)で「三食全て手作り」であることを明かしていたが、仕事を持つ“忙しい”江角が、料理という“誰もができることに、ひと手間かける”を実践し、さらには、子どもを名門小学校に合格させたという“業績”があるからこそ、“自然体”として祭り上げられるのである。

 時間に余裕のある、もしくは、経済的な余裕がない主婦が三食手作りしたとしても、「当たり前」として受け止められる。多忙で経済的余裕のある主婦が仮にそうしたとしても、子どもが名門校に入るなどの実績がなければ、それは単なる“料理好きのお母さん”でしかない。実績を残しても、「忙しいので、食事は全部、実母(もしくは外注)頼みです」では、女性はあこがれてくれない。自虐や節約ネタを持ち込まず、かといって裕福さを見せびらかすこともなく、どこに出しても恥ずかしくない結果を出しながら、女性から「芸能人なのに三食手作りなんて、堅実で信頼できる。私と一緒」と共感されるのが、好まれる“自然体”なのである。

 江角は、女性の好む“自然体”の座からは滑り落ちてしまったが、私には今の江角が、今までで一番“自然体”に見える。マネジャーが自発的に落書きをしたという江角の言い訳は、苦しいものがあると私は思っている。犯罪は許されないが、子育てやママ友つきあいに行き詰るあまり、相手をギャフンといわせたいと頭の中で思うことは、“自然体”ではないだろうか。

 「女性自身」によると、夫の平野眞氏は、江角が落書きをしたのかどうか問い詰めたそうだが、江角がどれくらい追い詰められていたかを把握していないことに、夫婦間のコミュニケーション不足を感じる。さらに平野氏は、同誌の取材に対し、「相手の男のことは知っていますよ」と回答していたが、妻がどんな気持ちで子育てしていたかは知っていたのだろうか。

 ちなみに、不倫相手は江角を問いただすことはなく、「江角を守る」と言ったそうだが、孤独に陥り、追い込まれた時に甘い言葉をささやかれたら、善悪は別として、不倫関係に陥ったり、金を出すのも“自然体”であると思う。

 江角が引退することで空いた“自然体”のママ枠に座ったタレントが、江角と同じく“多忙”と“手作り”と“実績”をウリにするならば、そのタレントも江角と同じく不倫などのスキャンダルに巻き込まれる可能性がある。なぜなら“多忙”にもかかわらず、“手作り”を重んじて、“実績”を生む“自然体”と呼ばれる妻は、「自分1人で全て背負い、孤独になる妻」と紙一重なのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

セカオワ・Saori、Fukaseへの“依存”に見る「幼馴染を強調する女」の面倒くささ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「幼稚園からずっと一緒に生きてきた我がボーカリスト」SEKAI NO OWARI・Saori
(1月12日 公式Twitter)

 数年前、ある女性週刊誌から当時プチブレークを果たしたSEKAI NO OWARIの人気の秘密について、コメントを依頼されたことがある。ちょうどその頃、『情熱大陸』(TBS系)が彼らの特集を組んだのでチェックしたわけだが、はっきり言って気持ち悪かった。

 同番組では、中学の頃、Fukaseは集団リンチに遭ったことで学校に行かなくなり、アメリカに留学するも、パニック障害を発症して精神科の閉鎖病棟に入院していたという過去が明かされた。そんなFukaseを支えたのが、幼稚園からの幼馴染であるSaoriと、小・中学校が一緒のNakajinだった。Nakajinは、不登校だったFukaseの家まで毎朝迎えに行くなど、彼を見捨てなかったそうだ。バンドを結成した彼らは、都内の一軒家(通称・セカオワハウス)で共同生活を始める。グラム29円の肉を食べながら音楽活動に勤しみ、ブレークを果たした後も、変わらず仲良く一緒に暮らし続けているという。

 「1年のうち、300日は体調が悪い」というFukaseを、メンバーであるSaoriとNakajinが支えている。特にSaoriは「私の夢は、Fukaseの夢をかなえること」と妻でもないのに、藤原紀香もびっくりの梨園妻並みの熱さでFukaseを支える気マンマンだ。

 善良な人なら、彼らの“メンバー愛”“絆”に感動するだろうが、私にはSaoriとNakajinが、Fukaseに勝手に“依存”している関係にしか見えなかった。SaoriはFukaseの誕生日のブログに「もっともっと頑張らなくては、彼を孤独にしてしまう」と綴っているが、番組ではFukase本人が「生きていて楽しい」とも語っているので、それほど心配する必要はないのではないだろうか。Fukaseが孤独を感じてないとはいわないが、セールスも順調で、芸能人の彼女だっている。Saoriの考えすぎじゃないかという気がしてくるのである。

 それはさておき、Saoriは頑張っている。例えば同番組では、初めてセカオワが、低音の曲に挑戦したレコーディングの様子が流れたのだが、思うように声が出ないFukaseは、「全然歌ってる感じがしない」「何この人、歌手なのに全然声が出てないけど、歌ってる? とか言われたらいやだもん」とゴネる。ディレクターを務めるSaoriは、怒るどころか、むしろうれしくてたまらないといった感じでFukaseをなだめすかし、最後には納得いくものを作り上げた。SaoriはFukaseを褒め、FukaseはSaoriに逆らったことを謝罪する。そんなFukaseを見るSaoriは、またも笑顔である。

 Fukaseを語る時、Saoriはいつも笑っている。2人が過去に交際していた説が持ち上がるのも、SaoriがFukaseへ送る視線が妙にねっとりしていたり、Fukaseを語る口調に、単なる仲間を超えた熱っぽさがあるからだろう。もしFukaseが元カレだとしたら、Saoriの言動は“未練”と呼ばれる感情になるだろうが、過去に交際していようといまいと、私にはSaoriの行動は単なる“自己愛”に見える。

 Saoriは同番組で、「必要とされたい。『Saoriちゃんがいないと、SEKAI NO OWARIじゃない』と思われたい」と語っている。それでは、どうすれば一番てっとり早く“必要とされる”ことを感じられるかというと、“面倒を起こす人”のそばにいて、なだめすかしたり、尻拭いをすることなのである。

 Saoriは、体調の悪い日が多いというFukaseを理解し、気遣うことで、彼に必要とされる。上述したレコーディングの場合も、FukaseがSaoriの指示に素直に従って歌ってしまったら、ラクすぎて“必要とされる感”は少ない。かといって、FukaseがSaoriの指示を完全無視して、レコーディングを拒否したら、曲が出来上がらないので話にならない。ゴネるけれども、最後は言うことを聞くFukaseは、Saoriに、最上級の“必要とされる感”を与えられる存在なのである。

 “必要とされる”存在といえば、恋人を連想する人もいるだろう。確かに恋人は親密な関係といえるが、恋愛関係とは、かなり不安定な人間関係で、いつ破たんするかわからない。血縁関係も、互いに遠慮がないだけに、こじれると厄介だ。仲のいい友達でも、芸能人でなければ、Fukaseの悩みは理解できないだろう。SaoriはTwitterで「幼稚園からずっと一緒に生きてきた我がボーカリスト」といった具合に、Fukaseとはつきあいが長いことをことあるごとに強調するが、同業の幼馴染というのは、実は一番長く“必要とされる”ポジションだということを知っているのではないか。

 1月12日、Saori、そしてNakajinがそれぞれ結婚を発表し、Fukaseへの“依存”にピリオドが打たれるかと思ったものの、2人は今後もセカオワハウスでメンバーと同居を続けるそうである。Fukaseのそばにいたい、でも、結婚というものもしてみたい。そんなSaoriを見ていて思い出すのは、あだち充の名作『タッチ』(小学館)の浅倉南である。甲子園を目指す成績優秀な双子の弟・上杉和也が、自分に気のあることをわかっていて仲良くしているが、ちゃっかり兄の達也とキスする女、南。あれもこれも欲しがり、どっちにもいい顔をする女。そういえば、南も上杉兄弟の幼馴染である。幼馴染を強調する異性は、一番生臭く野心的な感情を隠しているように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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セカオワ・Saori、Fukaseへの“依存”に見る「幼馴染を強調する女」の面倒くささ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「幼稚園からずっと一緒に生きてきた我がボーカリスト」SEKAI NO OWARI・Saori
(1月12日 公式Twitter)

 数年前、ある女性週刊誌から当時プチブレークを果たしたSEKAI NO OWARIの人気の秘密について、コメントを依頼されたことがある。ちょうどその頃、『情熱大陸』(TBS系)が彼らの特集を組んだのでチェックしたわけだが、はっきり言って気持ち悪かった。

 同番組では、中学の頃、Fukaseは集団リンチに遭ったことで学校に行かなくなり、アメリカに留学するも、パニック障害を発症して精神科の閉鎖病棟に入院していたという過去が明かされた。そんなFukaseを支えたのが、幼稚園からの幼馴染であるSaoriと、小・中学校が一緒のNakajinだった。Nakajinは、不登校だったFukaseの家まで毎朝迎えに行くなど、彼を見捨てなかったそうだ。バンドを結成した彼らは、都内の一軒家(通称・セカオワハウス)で共同生活を始める。グラム29円の肉を食べながら音楽活動に勤しみ、ブレークを果たした後も、変わらず仲良く一緒に暮らし続けているという。

 「1年のうち、300日は体調が悪い」というFukaseを、メンバーであるSaoriとNakajinが支えている。特にSaoriは「私の夢は、Fukaseの夢をかなえること」と妻でもないのに、藤原紀香もびっくりの梨園妻並みの熱さでFukaseを支える気マンマンだ。

 善良な人なら、彼らの“メンバー愛”“絆”に感動するだろうが、私にはSaoriとNakajinが、Fukaseに勝手に“依存”している関係にしか見えなかった。SaoriはFukaseの誕生日のブログに「もっともっと頑張らなくては、彼を孤独にしてしまう」と綴っているが、番組ではFukase本人が「生きていて楽しい」とも語っているので、それほど心配する必要はないのではないだろうか。Fukaseが孤独を感じてないとはいわないが、セールスも順調で、芸能人の彼女だっている。Saoriの考えすぎじゃないかという気がしてくるのである。

 それはさておき、Saoriは頑張っている。例えば同番組では、初めてセカオワが、低音の曲に挑戦したレコーディングの様子が流れたのだが、思うように声が出ないFukaseは、「全然歌ってる感じがしない」「何この人、歌手なのに全然声が出てないけど、歌ってる? とか言われたらいやだもん」とゴネる。ディレクターを務めるSaoriは、怒るどころか、むしろうれしくてたまらないといった感じでFukaseをなだめすかし、最後には納得いくものを作り上げた。SaoriはFukaseを褒め、FukaseはSaoriに逆らったことを謝罪する。そんなFukaseを見るSaoriは、またも笑顔である。

 Fukaseを語る時、Saoriはいつも笑っている。2人が過去に交際していた説が持ち上がるのも、SaoriがFukaseへ送る視線が妙にねっとりしていたり、Fukaseを語る口調に、単なる仲間を超えた熱っぽさがあるからだろう。もしFukaseが元カレだとしたら、Saoriの言動は“未練”と呼ばれる感情になるだろうが、過去に交際していようといまいと、私にはSaoriの行動は単なる“自己愛”に見える。

 Saoriは同番組で、「必要とされたい。『Saoriちゃんがいないと、SEKAI NO OWARIじゃない』と思われたい」と語っている。それでは、どうすれば一番てっとり早く“必要とされる”ことを感じられるかというと、“面倒を起こす人”のそばにいて、なだめすかしたり、尻拭いをすることなのである。

 Saoriは、体調の悪い日が多いというFukaseを理解し、気遣うことで、彼に必要とされる。上述したレコーディングの場合も、FukaseがSaoriの指示に素直に従って歌ってしまったら、ラクすぎて“必要とされる感”は少ない。かといって、FukaseがSaoriの指示を完全無視して、レコーディングを拒否したら、曲が出来上がらないので話にならない。ゴネるけれども、最後は言うことを聞くFukaseは、Saoriに、最上級の“必要とされる感”を与えられる存在なのである。

 “必要とされる”存在といえば、恋人を連想する人もいるだろう。確かに恋人は親密な関係といえるが、恋愛関係とは、かなり不安定な人間関係で、いつ破たんするかわからない。血縁関係も、互いに遠慮がないだけに、こじれると厄介だ。仲のいい友達でも、芸能人でなければ、Fukaseの悩みは理解できないだろう。SaoriはTwitterで「幼稚園からずっと一緒に生きてきた我がボーカリスト」といった具合に、Fukaseとはつきあいが長いことをことあるごとに強調するが、同業の幼馴染というのは、実は一番長く“必要とされる”ポジションだということを知っているのではないか。

 1月12日、Saori、そしてNakajinがそれぞれ結婚を発表し、Fukaseへの“依存”にピリオドが打たれるかと思ったものの、2人は今後もセカオワハウスでメンバーと同居を続けるそうである。Fukaseのそばにいたい、でも、結婚というものもしてみたい。そんなSaoriを見ていて思い出すのは、あだち充の名作『タッチ』(小学館)の浅倉南である。甲子園を目指す成績優秀な双子の弟・上杉和也が、自分に気のあることをわかっていて仲良くしているが、ちゃっかり兄の達也とキスする女、南。あれもこれも欲しがり、どっちにもいい顔をする女。そういえば、南も上杉兄弟の幼馴染である。幼馴染を強調する異性は、一番生臭く野心的な感情を隠しているように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

オードリー・若林正恭、オリラジ・藤森への不快感に見る「意固地な上下関係」意識

 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「面倒くさいよな、あいつって」若林正恭
『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送、1月7日)

 テレビを見ていると、「この人、気難しいんだろうな」と思わされる芸能人が時々いるが、私から見て、ずば抜けて気難しそうなのが、お笑い芸人・オードリーの若林正恭である。

 2008年の「M‐1グランプリ」2位受賞を皮切りに、オードリーは快進撃を続けている。ツッコミの若林は、16年の『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)で初優勝したほか、映画『ひまわりと子犬の七日間』で第37回日本アカデミー賞話題賞を受賞、また『社会人大学 人見知り学部卒業見込み』(KADOKAWA)を上梓するなど、お笑いにとどまらず幅広い分野で活躍している。そんな若林は、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で、「人見知り芸人」「女の子苦手芸人」「マイナス思考芸人」の回に出演するなど、テレビでは、非リア充のキャラで通している。

 しかし、『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)を聞いていると、気弱な非リア充どころか、独特の扱いづらさに気付く。1月7日放送回で、若林は後輩芸人・オリエンタルラジオの藤森慎吾が疎ましくなった出来事について語っていた。

 藤森の「グイグイ来てくれる感じが好き」と思って親しくしていた若林だが、収録の本番前に、若林が高級車・ランドクルーザーに乗っていることについて、「若林さんが、ああやってデカい車に乗ってるのダサいっす」といじってきたという。藤森は「若林さんはプリウスとか、そういうのでいいんすよ」と言っていたそうで、若林は「俺はいいのよ、ランドクルーザーに乗って笑われるのは。ちんまいし(小さいし)、俺みたいな地味なキャラがデカい車乗って」とその指摘に理解を示しつつも、「本番前に、藤森みたいなもんに受け身取るフリしたくない」と不快感をあらわにしていた。相方の春日俊彰が、「本番前のタイミングだから、面倒に感じたのでは?」と尋ねたが、若林は「本番後に同じことを言われても面倒くさい」と答えていたので、よっぽどカチンと来たのだろう。

 この愛車についてのエピソードは、15年5月放送『アメトーーク!』の「マイナス思考芸人」でも披露している。

 車が好きで念願のランドクルーザーを手に入れた若林だが、「売れない頃からつきあいのあるスタッフに、『昔はオーディションに原付で来ていたのに、偉くなったもんだ』と思われたくないから、バレないように駐車場の柱から柱へ、そそくさと移動している」と話して笑いを誘っていた。

 トーク番組のエピソードは誇張があって当然。その真偽を探るのは無粋だが、芸能界のような数字が全ての世界では、スタッフが売れない人に注意を払う可能性は非常に低い。芸人に限らず、売れなかった時代、テレビ局に行く交通費にも困っていた芸能人が、売れたら高級車を買うケースもよく聞く。つまり、若林の変化は“大変よくあること”であり、スタッフの誰も気にも留めていないと私は思う。自意識の空回りと見ることもできるのだろうが、若林の場合、独特の“意固地さ”を感じるのだ。

 その“意固地さ”は『アメトーーク!』の同じく「マイナス思考芸人」の回によく表れていた。「理解できないこと」というお題に、若林は「現場に犬を連れてくる人」と回答。加藤浩次も、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で、仕事場に犬を連れてくる芸能人を批判したが、加藤と若林では、その理由がまったく異なる。加藤が「スタッフに余計な仕事をさせることになるから」と、周囲の負担を増やすことを批判の理由に挙げた一方、若林は「犬を仕事場に連れていって結果が出せなかったら、仕事に集中しろと批判されることは目に見えている。よっぽど自分に“自信”があるんだなと思い、自分には理解できない」と述べていた。つまり、若林が気にしているのは、自分と相手の力量の差、突き詰めると自分と相手の力はどちらが上か下かという“上下関係”といえるのではないだろうか。

 そう考えると、若林がランドクルーザーを乗っていることを知られたくない気持ちと、藤森に対してヘソを曲げた件が、つながってくる。若林が高級車に乗って「偉くなったと思われたくない」と感じてしまうのは、自分より“下”だと思っていた相手が、何らかのきっかけで高級車に乗っているのを、若林自身が苦々しく見つめた経験があるからではないだろうか。他人を批判的に見るから、自分もそう見られているに違いないと思い込み、その考えから逃れられなくなるということは、よくあることだ。「高級車に乗る自分は笑われているかもしれない」という思い込みがあるところに、自分より“下”だと思っている藤森がそこを突いてきたので、必要以上に不快に感じたように私には見える。

 「面倒くさいよな、あいつって」と藤森に対する不快感を露わにした若林だが、温和に見せて、上下にうるさいあなたも、かなりの面倒くささですよと申し上げたい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

オードリー・若林正恭、オリラジ・藤森への不快感に見る「意固地な上下関係」意識

 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「面倒くさいよな、あいつって」若林正恭
『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送、1月7日)

 テレビを見ていると、「この人、気難しいんだろうな」と思わされる芸能人が時々いるが、私から見て、ずば抜けて気難しそうなのが、お笑い芸人・オードリーの若林正恭である。

 2008年の「M‐1グランプリ」2位受賞を皮切りに、オードリーは快進撃を続けている。ツッコミの若林は、16年の『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)で初優勝したほか、映画『ひまわりと子犬の七日間』で第37回日本アカデミー賞話題賞を受賞、また『社会人大学 人見知り学部卒業見込み』(KADOKAWA)を上梓するなど、お笑いにとどまらず幅広い分野で活躍している。そんな若林は、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で、「人見知り芸人」「女の子苦手芸人」「マイナス思考芸人」の回に出演するなど、テレビでは、非リア充のキャラで通している。

 しかし、『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)を聞いていると、気弱な非リア充どころか、独特の扱いづらさに気付く。1月7日放送回で、若林は後輩芸人・オリエンタルラジオの藤森慎吾が疎ましくなった出来事について語っていた。

 藤森の「グイグイ来てくれる感じが好き」と思って親しくしていた若林だが、収録の本番前に、若林が高級車・ランドクルーザーに乗っていることについて、「若林さんが、ああやってデカい車に乗ってるのダサいっす」といじってきたという。藤森は「若林さんはプリウスとか、そういうのでいいんすよ」と言っていたそうで、若林は「俺はいいのよ、ランドクルーザーに乗って笑われるのは。ちんまいし(小さいし)、俺みたいな地味なキャラがデカい車乗って」とその指摘に理解を示しつつも、「本番前に、藤森みたいなもんに受け身取るフリしたくない」と不快感をあらわにしていた。相方の春日俊彰が、「本番前のタイミングだから、面倒に感じたのでは?」と尋ねたが、若林は「本番後に同じことを言われても面倒くさい」と答えていたので、よっぽどカチンと来たのだろう。

 この愛車についてのエピソードは、15年5月放送『アメトーーク!』の「マイナス思考芸人」でも披露している。

 車が好きで念願のランドクルーザーを手に入れた若林だが、「売れない頃からつきあいのあるスタッフに、『昔はオーディションに原付で来ていたのに、偉くなったもんだ』と思われたくないから、バレないように駐車場の柱から柱へ、そそくさと移動している」と話して笑いを誘っていた。

 トーク番組のエピソードは誇張があって当然。その真偽を探るのは無粋だが、芸能界のような数字が全ての世界では、スタッフが売れない人に注意を払う可能性は非常に低い。芸人に限らず、売れなかった時代、テレビ局に行く交通費にも困っていた芸能人が、売れたら高級車を買うケースもよく聞く。つまり、若林の変化は“大変よくあること”であり、スタッフの誰も気にも留めていないと私は思う。自意識の空回りと見ることもできるのだろうが、若林の場合、独特の“意固地さ”を感じるのだ。

 その“意固地さ”は『アメトーーク!』の同じく「マイナス思考芸人」の回によく表れていた。「理解できないこと」というお題に、若林は「現場に犬を連れてくる人」と回答。加藤浩次も、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で、仕事場に犬を連れてくる芸能人を批判したが、加藤と若林では、その理由がまったく異なる。加藤が「スタッフに余計な仕事をさせることになるから」と、周囲の負担を増やすことを批判の理由に挙げた一方、若林は「犬を仕事場に連れていって結果が出せなかったら、仕事に集中しろと批判されることは目に見えている。よっぽど自分に“自信”があるんだなと思い、自分には理解できない」と述べていた。つまり、若林が気にしているのは、自分と相手の力量の差、突き詰めると自分と相手の力はどちらが上か下かという“上下関係”といえるのではないだろうか。

 そう考えると、若林がランドクルーザーを乗っていることを知られたくない気持ちと、藤森に対してヘソを曲げた件が、つながってくる。若林が高級車に乗って「偉くなったと思われたくない」と感じてしまうのは、自分より“下”だと思っていた相手が、何らかのきっかけで高級車に乗っているのを、若林自身が苦々しく見つめた経験があるからではないだろうか。他人を批判的に見るから、自分もそう見られているに違いないと思い込み、その考えから逃れられなくなるということは、よくあることだ。「高級車に乗る自分は笑われているかもしれない」という思い込みがあるところに、自分より“下”だと思っている藤森がそこを突いてきたので、必要以上に不快に感じたように私には見える。

 「面倒くさいよな、あいつって」と藤森に対する不快感を露わにした若林だが、温和に見せて、上下にうるさいあなたも、かなりの面倒くささですよと申し上げたい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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藤原紀香は、なぜ“イタい人”化したのか――“秀才”の座から転落した女が復活する方法

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「みんなに愛されないとイヤみたいなところがありました」藤原紀香
『バイキング・ゴールデン!』(フジテレビ系)

 さんざん腐しておいてなんだが、藤原紀香はどうして“こんなこと”になってしまったのだろうと考えることがある。

 若い方はご存じないだろうが、1990年代後半の紀香は本当に輝いていた。丸の内界隈では誇張表現ではなく、紀香の当時の髪型“ウルフカット”を模したOLであふれ、紀香がイメージキャラクターを務めた化粧品はバカ売れ。紀香を好きとまでは言わなくても、芸能人としての紀香を嫌いという人はほとんどいなかったように感じている。

 しかし、今の紀香は、何をしても叩かれる。

 皇后・美智子さまの赤十字ご視察の際に、なぜか紀香がロイヤルルックで迎えるなど、叩かれやすいタを提供しているのも事実だが、バッシングの中には、いちゃもんにしか思えないものもある。例えば、片岡愛之助出演の舞台で、紀香が贔屓筋に挨拶するためロビーに立っていたところ、握手を求められ、それを断ったそうだ。混乱を避けるための配慮だったというが、その姿と、観客に囲まれて写真撮影をされている様子を「女優きどりで撮影会」とバッシングされたのだ。しかし、求めに応じていたら、「前に出すぎている」と批判されていただろう。

 おそらく、この凋落を一番不思議に思っているのは、紀香本人なのではないか。『バイキング・ゴールデン!坂上忍と怒れるニュースな芸能人』(フジテレビ系)に出演した紀香は、司会の坂上忍に「自分が何かすると叩かれる意識はあるか?」と質問され、「意識はないです」と、バッシングは予想外のものであると答えた。さらに「(かつては)みんなに愛されないとイヤみたいなところがありました」「(その考え方が変わったのは)結婚してからだと思います」と、伴侶を得たことで自身にも変化があったと話していた。

 「みんなに愛されないとイヤ」――紀香のこの言葉を聞いて思い出すのは、1990年に上梓された二谷友里恵の『愛される理由』(朝日新聞社)である。今や実業家として活躍する二谷だが、有名俳優・二谷英明と女優・白川由美の一人娘で、郷ひろみの初婚時の夫人でもある。同書は、二谷が自分の生い立ちと郷に出会って結婚し、第一子を出産するまでを書いたもので、70万部を超えるベストセラーを記録した。

 面白いのは、この本には「愛される理由」めいたものが一切書いていないことである。

 芸能人の娘である二谷は、芸能人に会ったら挨拶をするようにとしつけられた。六本木のディスコで郷に出会った時も、いつもと同じように挨拶に行き、そんな二谷に郷が一目ぼれをしたという。こうしてスターと女子大生の恋が始まるが、二谷はスターに臆することはない。甘えることも、尽くすこともなく、冷めた視線で郷を見つめている。というのも、二谷家にとって、郷は称賛される存在ではなかったらしく、なんでも両親は、「俳優と歌手では歌手の方が格下」「高卒の郷では娘にふさわしくない」と考えていたという。しかし、波瀾万丈な人生を願う二谷にとって、郷は願ってもない相手だったそうだ。つまり、「何もしなくても、愛される」というのが『愛される理由』に流れるテーマなのである。

 一方で、紀香がこれまで出版した書籍に書かれているのは「欲しいものは努力で掴む」ということだろう。女性芸能人は、「何もしていません」と美の秘訣を明かさないものだが、紀香は『紀香バディ!』(講談社)において、自分の美容にかける努力をたくさんのページを割いて披露し、「紀香でもこんなに努力している」と一般人を驚かせた。また『藤原主義』(幻冬舎)では「結婚と出産でますます輝く女になる」と、人気絶頂を迎えてもなお、さらなる上昇とそのための努力を誓う文章を綴っている。

 何もしなくても大物に愛される二谷はさしずめ“天才型”、努力で愛を手に入れる紀香は“秀才型”である。“天才”も“秀才”も女性の羨望を集めるが、“天才”の絶対数が少ないことから考えると、より多くの女性の共感を得るのは、紀香型の“秀才”だろう。

 奇しくも、二谷と紀香は、離婚を経験する。しかし、二谷はほどなく郷の“親友”である裕福な実業家と再婚し、再び“天才”であることを証明する。が、紀香は長い低迷を経験。外見こそ努力でキープし、風水やスピリチュアルで開運に勤しむが、女優として新境地を開拓するわけでもなく、恋愛もぱっとせず、話題になるのはチャリティーばかり。紀香に対して、「人のことを助けてないで、自分のことをどうにかしろ」という世間の声が出てきたのは、この頃からである。

 努力を公言しつつ、それが実らないことは、“秀才”の座から転落するだけでは済まない。学生時代、勉強していることを周囲にアピールする割に、成績が芳しくないクラスメイトは“イタい”呼ばわりされたもので、努力が空回りする紀香は、“天才”でも“秀才”でもなく、いつのまにかそちらのカテゴリに入ってしまったと言えるのではないだろうか。

 努力をウリにするために必要なのは、成果である。成果のない努力は、単なる自己満足にすぎない。梨園の妻になったにもかかわらず、女優業やブログをやめない紀香を批判する声もあるそうだが、それらの経済活動が愛之助の切符の売り上げに貢献する可能性は否めない。つまり、紀香の炎上は、愛之助への献身となるのだ。紀香よ、恐れることなく、がんがん炎上せよ。その結果、愛之助が大役を任された時、紀香は“秀才”として復権し、第二次紀香ブームがやってくるのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

離婚危機報道の松居一代、熱心に更新するブログに感じた“欲求不満”の正体

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」松居一代
(松居一代公式ブログ、12月11日)

 今から10年以上前、“マツイ棒”という名の“割りばしにガーゼを巻いたお掃除グッズ”で、松居一代がどかんと当てた頃。彼女は、ワイドショーのコメンテーターとしてひっぱりだことなり、松居らしさをいかんなく発揮していた。

 例えば「うちは無農薬野菜しか食べないんです」と女性ゲストが発言すると、「本当に無農薬って言える?見たの?」と質問する。松居は無農薬かどうか確かめるため、野菜に貼ってあるラベルをもとに畑を探し、自分の目で見てから野菜を購入するそうだ。当時から松居は投資家として名を成していたが、投資用の土地を買う時の決め手は、土地のパワーだと話していた。その土地に、服のままで寝っ転がったときに、パワーを感じたら投資向きの物件なのだそうである。エキセントリックかつ、すごい集中力で物事を突き詰める性格は、投資家として適性があるといえるのかもしれない。

 現在も松居は、投資家として順調に活動している。東京オリンピックの開催決定、トランプ氏当選を予想した松居は、その辺に照準を定め、投資。『櫻井・有吉のTHE夜会』(TBS系)で、その利益について聞かれると、具体的な金額は明かさなかったものの、「ガッチリいっちゃいました」と投資が成功したことを認めた。

 そんな松居が先月、ブログを始めた。芸能人にとってブログは、小遣い稼ぎと思われがちだが、松居にいまさら小金は不必要だろう。松居ブログを読んでみると、情緒不安定な印象を受ける。「おかげ様」とか「感謝」とか「ありがとう」という言葉が繰り返されるものの、その一方で「あたしだって泣いてる時もあるよ」「今年は泣いてる時期が長かったもんで、(伊勢神宮に)参拝できる状態じゃなかったんだ」など、何かあることを匂わせる。

 ここで思い浮かぶのが、今年の頭に持ち上がった俳優・船越英一郎との離婚危機報道である。松居は否定したものの、船越がコメントを出さないこと、また「女性セブン」(小学館)で船越が自宅近くのマンションで生活をし、松居とプチ別居をしていることが報じられたことにより、離婚説はくすぶったままだ。『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)に出演した松居は、「100歩で別居という報道はおかしいですよね?」と謎の理論を展開。さらに「電気が消えたら、仕事に行くんだなとわかる」「誕生日のプレゼントは2日徹夜して、Tシャツを手作りした」と円満をアピールするが、なんとなくやることがストーキングっぽいのである。

 ねっとりと夫を愛したかと思うと、愛していない者にはバッサリいくのが松居流である。松居は、『松居一代の開運生活』(アスコム)の出版記念会見の際、夫と亡くなった女優・川島なお美がかつて交際していたことを認めたのだ。川島の話をすれば、メディアが食いつくのは間違いない。自著のPRのために、故人を利用するようなやり方はバッシングを呼び、「女性セブン」(小学館)によれば、船越は松居のこの行動にあきれて離婚を決意したとわれている。

 生来持ったパワーが強く、相手の気持ちを考える力が弱い相手に、もし本気で離婚を切り出すと大変なことになるが、神は船越を見捨てなかった。今の時代には、松居のような女性にぴったりのツールがある。ブログやSNSである。

 松居はブログにはまっているようで、1日に何度も更新したり、14年前の流産した話を、“その時の船越が優しかった”エピソードも添えて披露している。読者からコメントがつくのが楽しみらしく、「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」と多くの感謝と若干のしつこさをこめてつづっているのだ。読者がついたのがうれしかったのだろう、松居は「読者に直接お礼が言いたい」と、パジャマ姿でドコモシップを訪れて携帯を買い、警察と法務局に許可を取って、読者と1分だけ話をするという企画を行った。1分でファンの気持ちが充たされるかは疑問だが、少なくとも松居は満足したようである。

 投資家として主婦として忙しく過ごす女性が、ブログやSNSにはまるのはよろしくないと思う人もいるかもしれないが、それは並のパワーの女性の場合である。ひとり息子も立派に社会人となり、夫ともプチ別居している今、松居の「人と何かしたい欲求」は有り余っており、それをブログが発散させているのだと思う。ブログやSNSで面識のない人と親密になりすぎると、トラブルが起こることもあるけれど、それくらいで傷つくほど松居は弱くない。

 船越と松居の関係に何らかの“進展”があるとしたら、それは、松居がブログに飽きた時かなのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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離婚危機報道の松居一代、熱心に更新するブログに感じた“欲求不満”の正体

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」松居一代
(松居一代公式ブログ、12月11日)

 今から10年以上前、“マツイ棒”という名の“割りばしにガーゼを巻いたお掃除グッズ”で、松居一代がどかんと当てた頃。彼女は、ワイドショーのコメンテーターとしてひっぱりだことなり、松居らしさをいかんなく発揮していた。

 例えば「うちは無農薬野菜しか食べないんです」と女性ゲストが発言すると、「本当に無農薬って言える?見たの?」と質問する。松居は無農薬かどうか確かめるため、野菜に貼ってあるラベルをもとに畑を探し、自分の目で見てから野菜を購入するそうだ。当時から松居は投資家として名を成していたが、投資用の土地を買う時の決め手は、土地のパワーだと話していた。その土地に、服のままで寝っ転がったときに、パワーを感じたら投資向きの物件なのだそうである。エキセントリックかつ、すごい集中力で物事を突き詰める性格は、投資家として適性があるといえるのかもしれない。

 現在も松居は、投資家として順調に活動している。東京オリンピックの開催決定、トランプ氏当選を予想した松居は、その辺に照準を定め、投資。『櫻井・有吉のTHE夜会』(TBS系)で、その利益について聞かれると、具体的な金額は明かさなかったものの、「ガッチリいっちゃいました」と投資が成功したことを認めた。

 そんな松居が先月、ブログを始めた。芸能人にとってブログは、小遣い稼ぎと思われがちだが、松居にいまさら小金は不必要だろう。松居ブログを読んでみると、情緒不安定な印象を受ける。「おかげ様」とか「感謝」とか「ありがとう」という言葉が繰り返されるものの、その一方で「あたしだって泣いてる時もあるよ」「今年は泣いてる時期が長かったもんで、(伊勢神宮に)参拝できる状態じゃなかったんだ」など、何かあることを匂わせる。

 ここで思い浮かぶのが、今年の頭に持ち上がった俳優・船越英一郎との離婚危機報道である。松居は否定したものの、船越がコメントを出さないこと、また「女性セブン」(小学館)で船越が自宅近くのマンションで生活をし、松居とプチ別居をしていることが報じられたことにより、離婚説はくすぶったままだ。『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)に出演した松居は、「100歩で別居という報道はおかしいですよね?」と謎の理論を展開。さらに「電気が消えたら、仕事に行くんだなとわかる」「誕生日のプレゼントは2日徹夜して、Tシャツを手作りした」と円満をアピールするが、なんとなくやることがストーキングっぽいのである。

 ねっとりと夫を愛したかと思うと、愛していない者にはバッサリいくのが松居流である。松居は、『松居一代の開運生活』(アスコム)の出版記念会見の際、夫と亡くなった女優・川島なお美がかつて交際していたことを認めたのだ。川島の話をすれば、メディアが食いつくのは間違いない。自著のPRのために、故人を利用するようなやり方はバッシングを呼び、「女性セブン」(小学館)によれば、船越は松居のこの行動にあきれて離婚を決意したとわれている。

 生来持ったパワーが強く、相手の気持ちを考える力が弱い相手に、もし本気で離婚を切り出すと大変なことになるが、神は船越を見捨てなかった。今の時代には、松居のような女性にぴったりのツールがある。ブログやSNSである。

 松居はブログにはまっているようで、1日に何度も更新したり、14年前の流産した話を、“その時の船越が優しかった”エピソードも添えて披露している。読者からコメントがつくのが楽しみらしく、「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」と多くの感謝と若干のしつこさをこめてつづっているのだ。読者がついたのがうれしかったのだろう、松居は「読者に直接お礼が言いたい」と、パジャマ姿でドコモシップを訪れて携帯を買い、警察と法務局に許可を取って、読者と1分だけ話をするという企画を行った。1分でファンの気持ちが充たされるかは疑問だが、少なくとも松居は満足したようである。

 投資家として主婦として忙しく過ごす女性が、ブログやSNSにはまるのはよろしくないと思う人もいるかもしれないが、それは並のパワーの女性の場合である。ひとり息子も立派に社会人となり、夫ともプチ別居している今、松居の「人と何かしたい欲求」は有り余っており、それをブログが発散させているのだと思う。ブログやSNSで面識のない人と親密になりすぎると、トラブルが起こることもあるけれど、それくらいで傷つくほど松居は弱くない。

 船越と松居の関係に何らかの“進展”があるとしたら、それは、松居がブログに飽きた時かなのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの