『大恋愛』アルツハイマー患者は、消費されて捨てられた……残酷な最終回に「後味悪すぎ」

 14日に放送されたドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)最終回の視聴率は13.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。過去最高です。おめでとうございます。

 さて、第1話から好意的なレビューをしてきたし、実際とっても面白い作品だと思っていましたが、まあ最終回は、どうなのこれ。どうなのよ。振り返りましょう。

(前回までのレビューはこちらから)

 

■あっけなく死んだ

 若年性アルツハイマーが日々進行していた尚ちゃん(戸田恵梨香)が書き置きを残して失踪してから半年。夫の真司(ムロツヨシ)たちはテレビの「見つかりました」的な番組に依頼して、尚ちゃんの居所を突き止めました。

 片田舎の小さな診療所に、尚ちゃんは身を寄せていました。発病前に貯め込んでいた5,000万円の預金通帳を手に「これで面倒を見てくれ」と頼み込んだそうです。診療所の手伝いをしたり、看護師さんに世話をしてもらったりしながら、ゆっくりと時を過ごしていた尚ちゃん。真司の顔を見ても、それが誰だかわかりません。

 診療所の医師から手渡されたビデオカメラには、尚ちゃんの自撮りムービーがたくさん残っていました。小さなモニター画面の中で、真司、真司と語りかける尚ちゃん。

「あたし、あたしね、真司に会いたいな」

 号泣してしまう真司は、医師に促され、“はじめましての人”として尚ちゃんと話してみることにしました。

 真司は、自分と尚ちゃんのことを書いた小説を読み聞かせます。最初はただ、心地よく聞いていただけの尚ちゃんでしたが、自分が病気になったことを真司に告げるシーンで、変化が訪れました。

「『ごめんね、面倒な病気になっちゃって』妻は続けて語った。『ぜんぜん平気。迷惑かけると思うけど』」

 真司がそこまで読み上げると、尚ちゃんが不意に続きを暗唱しました。

「一生懸命生きるから、よろしくお願いします」

「真司……」尚ちゃんが、真司の目を見つめています。

「やっぱり真司は才能あるね、すごい」

 記憶が、そのときだけ戻ったのでした。その日以来、尚ちゃんは真司のことを思い出すこともなく、「それから1年後、尚は、肺炎であっけなくこの世を去った」んだそうです。そのほかいろいろありましたが、大筋そんな感じです。

 

■まず町医者がヤバい

 いや、あのさ、家の前に前後不覚の女が立ってて、そいつが「私アルツハイマーです」と言いながら5,000万円の預金通帳を出して「面倒みてくれ」ってなったときにですよ。言いなりになって面倒みますか? という話です。まず警察でしょ。

 どういうつもりで町医者は身元を引き受けたのか。本人は「家を出てきた」と言っているが、アルツハイマーを自称する通り、意思は不明瞭です。尚ちゃんは財布を置いて出て行ったから健康保険証など身分を明かすものは持っていなかったかもしれないけど、通帳はあったわけです。通帳からは口座名義と銀行支店名がわかるし、警察に届ければ口座から住所氏名はわかります。しかも尚ちゃんには捜索願が出ている。そうじゃなくても「間宮尚」の通帳と間宮真司の著書を持っているわけですから、町医者さえその気になれば、翌日か翌々日には尚ちゃんは真司の家に帰れたのです。彼ら夫婦を引き剥がして、恵一くんから母親との日々を奪ったのは、この町医者です。

「診療所の手伝いをさせた」とか「看護師を雇って世話をさせた」とか、何を勝手なことをやっているのか。この町医者にとって尚ちゃんは患者でもないし、患者扱いで診療行為を行っていたつもりだとしても、家族の意思を確認しようとしないのは、どういう了見か。もうね、犯罪の匂いさえ漂いますよ。何しろこの自称若アル患者には5,000万円の預金残高があるわけです。アルツハイマー患者の財産って、それこそ医療関係者にとって、もっとも慎重に取り扱うべきものでしょう。成年後見制度とかさ、ちゃんと制度があるわけでしょう。ちゃんとしようよ。

 しかも町医者を訪れた時点で尚ちゃんの病気は進行中ではあっても、まだ「何もかも忘れました」という状態ではなかった。適切な治療を受ければ、進行を遅らせることだってできたかもしれないし、何しろ真司と尚ちゃんの義理の父親となった井原侑市(松岡昌宏)という人は、尚ちゃんの主治医であり、アルツハイマーの世界的権威で、最先端医療に携わってる。どう考えても、その時点で井原に診せるのが医者として最善の判断なはずです。専門家でもない町医者が独自の判断で適切な医療を受けさせず、病気の進行を早めてる。まるで「早く全部忘れてしまえ」とでも言いたいかのような。アルツハイマーの診断が下れば、口座を凍結される可能性もありますからね。町医者にとっては、尚ちゃんを専門医に診せないほうが都合がいいわけだ。5,000万円下ろし放題だからね。

 とにかく、アルツハイマーを自称していて、その症状が明らかに見られる患者の意思だけを尊重し、家族の意向を確認しない医者というのはヤバすぎだし、真司はもっと怒ったほうがいい。「お前さえすぐに警察に届けていれば……!」って、怒ったほうがいいよ。井原先生も専門家なら怒れよ。ママも怒れよ。何してんだよ。

■結局、消費された

 性懲りもなく、真司は尚ちゃんの記憶が戻った瞬間を「神様が僕らにくれた奇跡だったのかもしれない」とかポエミーな解釈をしています。そして、それをそのまま小説に書いて『大恋愛~僕を忘れる君と』という新刊を出版しました。どうせバカ売れでしょう。おめでとうございます。

 女神だとか奇跡だとか、結局「また小説を書けた」ことだけが真司にとって大切だったわけだし、尚ちゃんが死んだ後には「尚ちゃんのことはこれで終わり、もう書かないよ」とか言ってる。

 このドラマでは、再三にわたって「作家が身近な病人をネタにすること」の是非について疑問を投げかけてきました。尚ちゃんと同じMCI患者の松尾(小池徹平)は「尚は小説の道具だろ」と真司を糾弾したし、担当編集の水野さん(木南晴夏)も尚ちゃんに「小説家の嫁としての覚悟」を問うたりしていました。

 そういう疑問を、結局疑問のまま放り投げて、ドラマは尚ちゃんを殺して終わりました。病気はネタとして消費されただけで、作品そのものが「難病をネタにすること」とどう向き合ってきたかは示されなかった。真剣に向き合っているというポーズだけだった。

 このドラマで描かれたのは、小説家の嫁が「病気になるまで」であって、尚ちゃんが「病気になった後(完全に記憶を失った後)」のことは何も語られません。

「あれ以降、一度も思い出さなかった」
「あれは奇跡だった」

 真司は、記憶を失った尚ちゃんの面倒を見ることもなく、たまに会いに行くだけで、発症後には生活を共にすることすらしなかった。「あれは奇跡だった」と「死んだ」の間に、本来なら長大で退屈で代わり映えしない、苦難と絶望に満ちた日々があるはずです。人によっちゃ数十年、そういう日々が続くわけです。それがアルツハイマー患者を家族に持つということなんです。

 そういう日々は、小説家である真司には必要なかったと、ドラマは言っている。なぜなら、小説に書けることがないからだ。毎日同じ苦難の繰り返しだからだ。

 だから、ドラマは尚ちゃんを棄てたのです。記憶を失い、「尚ちゃんでなくなった尚ちゃん」は「もう尚ちゃんではない」と、断言したのです。

 病気が進行し、だらしなく口からこぼれ落ちるヨダレを拭ったり、尚ちゃんの激臭ウンコにまみれた大人用オムツを交換したり、ときに癇癪を起こしてモノを投げつけられたり、そうなった尚ちゃんの面倒を見たのは、真司じゃなくて、尚ちゃんの5,000万円で雇われた田舎の看護師だった。

 このドラマが多くの視聴者の涙を搾り取った“大恋愛”の正体は、そういうものです。ボケ切る前の尚ちゃんなら愛せるけど、ボケ切ったら愛せないんです。『僕を忘れる君』は好きだけど、『僕を忘れた君』には興味がないんだ。「尚ちゃんが尚ちゃんでなくなっても、尚ちゃんじゃなきゃ嫌なんだ」と真司が言っていたのも、ハイ、全部ウソでした。

 病気になっても「一生懸命生きるから、よろしくお願いします」と言った尚ちゃんでしたが、どっかで勝手に死にました。早々に死んでくれてよかったね。めでたしめでたし。

 なかなか最低な結論だったと思います。

 

■戸田ムロはすごかった。

 そんなわけで、脚本的には“メッセージ性”だけあって“メッセージ”がないという、そのわりに、すごく悲しい場面や神々しい場面が訪れて泣けちゃうという、いかにもベテランにいいようにやられたなという感想なんですが、戸田さんとムロさんのお芝居はすごかったね。がっつり感情移入しちゃったものだから、余計に最終回の尚ちゃんが不憫で、ひたすらムカついていたのだけど。

 あと、今になって思うと、サンドウィッチマン・富澤たけしが演じた引っ越し屋の木村が、ぼちぼち脚本自体を自己弁護するようなセリフを言わされていたなあと感じます。病気になった尚ちゃんのことを「書くべきだ」とか、いなくなった尚ちゃんを「探すべきでない」とか。真司にとってではなく、物語の進行にとって都合のいいことを、説得力のある雰囲気で述べていました。そういう意味で、富澤さんはすごく信頼されていたのでしょうね。

 そういうわけで、後味悪いけどここで終わります。よいお年を!
(文=どらまっ子AKIちゃん)

『大恋愛』アルツハイマー患者は、消費されて捨てられた……残酷な最終回に「後味悪すぎ」

 14日に放送されたドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)最終回の視聴率は13.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。過去最高です。おめでとうございます。

 さて、第1話から好意的なレビューをしてきたし、実際とっても面白い作品だと思っていましたが、まあ最終回は、どうなのこれ。どうなのよ。振り返りましょう。

(前回までのレビューはこちらから)

 

■あっけなく死んだ

 若年性アルツハイマーが日々進行していた尚ちゃん(戸田恵梨香)が書き置きを残して失踪してから半年。夫の真司(ムロツヨシ)たちはテレビの「見つかりました」的な番組に依頼して、尚ちゃんの居所を突き止めました。

 片田舎の小さな診療所に、尚ちゃんは身を寄せていました。発病前に貯め込んでいた5,000万円の預金通帳を手に「これで面倒を見てくれ」と頼み込んだそうです。診療所の手伝いをしたり、看護師さんに世話をしてもらったりしながら、ゆっくりと時を過ごしていた尚ちゃん。真司の顔を見ても、それが誰だかわかりません。

 診療所の医師から手渡されたビデオカメラには、尚ちゃんの自撮りムービーがたくさん残っていました。小さなモニター画面の中で、真司、真司と語りかける尚ちゃん。

「あたし、あたしね、真司に会いたいな」

 号泣してしまう真司は、医師に促され、“はじめましての人”として尚ちゃんと話してみることにしました。

 真司は、自分と尚ちゃんのことを書いた小説を読み聞かせます。最初はただ、心地よく聞いていただけの尚ちゃんでしたが、自分が病気になったことを真司に告げるシーンで、変化が訪れました。

「『ごめんね、面倒な病気になっちゃって』妻は続けて語った。『ぜんぜん平気。迷惑かけると思うけど』」

 真司がそこまで読み上げると、尚ちゃんが不意に続きを暗唱しました。

「一生懸命生きるから、よろしくお願いします」

「真司……」尚ちゃんが、真司の目を見つめています。

「やっぱり真司は才能あるね、すごい」

 記憶が、そのときだけ戻ったのでした。その日以来、尚ちゃんは真司のことを思い出すこともなく、「それから1年後、尚は、肺炎であっけなくこの世を去った」んだそうです。そのほかいろいろありましたが、大筋そんな感じです。

 

■まず町医者がヤバい

 いや、あのさ、家の前に前後不覚の女が立ってて、そいつが「私アルツハイマーです」と言いながら5,000万円の預金通帳を出して「面倒みてくれ」ってなったときにですよ。言いなりになって面倒みますか? という話です。まず警察でしょ。

 どういうつもりで町医者は身元を引き受けたのか。本人は「家を出てきた」と言っているが、アルツハイマーを自称する通り、意思は不明瞭です。尚ちゃんは財布を置いて出て行ったから健康保険証など身分を明かすものは持っていなかったかもしれないけど、通帳はあったわけです。通帳からは口座名義と銀行支店名がわかるし、警察に届ければ口座から住所氏名はわかります。しかも尚ちゃんには捜索願が出ている。そうじゃなくても「間宮尚」の通帳と間宮真司の著書を持っているわけですから、町医者さえその気になれば、翌日か翌々日には尚ちゃんは真司の家に帰れたのです。彼ら夫婦を引き剥がして、恵一くんから母親との日々を奪ったのは、この町医者です。

「診療所の手伝いをさせた」とか「看護師を雇って世話をさせた」とか、何を勝手なことをやっているのか。この町医者にとって尚ちゃんは患者でもないし、患者扱いで診療行為を行っていたつもりだとしても、家族の意思を確認しようとしないのは、どういう了見か。もうね、犯罪の匂いさえ漂いますよ。何しろこの自称若アル患者には5,000万円の預金残高があるわけです。アルツハイマー患者の財産って、それこそ医療関係者にとって、もっとも慎重に取り扱うべきものでしょう。成年後見制度とかさ、ちゃんと制度があるわけでしょう。ちゃんとしようよ。

 しかも町医者を訪れた時点で尚ちゃんの病気は進行中ではあっても、まだ「何もかも忘れました」という状態ではなかった。適切な治療を受ければ、進行を遅らせることだってできたかもしれないし、何しろ真司と尚ちゃんの義理の父親となった井原侑市(松岡昌宏)という人は、尚ちゃんの主治医であり、アルツハイマーの世界的権威で、最先端医療に携わってる。どう考えても、その時点で井原に診せるのが医者として最善の判断なはずです。専門家でもない町医者が独自の判断で適切な医療を受けさせず、病気の進行を早めてる。まるで「早く全部忘れてしまえ」とでも言いたいかのような。アルツハイマーの診断が下れば、口座を凍結される可能性もありますからね。町医者にとっては、尚ちゃんを専門医に診せないほうが都合がいいわけだ。5,000万円下ろし放題だからね。

 とにかく、アルツハイマーを自称していて、その症状が明らかに見られる患者の意思だけを尊重し、家族の意向を確認しない医者というのはヤバすぎだし、真司はもっと怒ったほうがいい。「お前さえすぐに警察に届けていれば……!」って、怒ったほうがいいよ。井原先生も専門家なら怒れよ。ママも怒れよ。何してんだよ。

■結局、消費された

 性懲りもなく、真司は尚ちゃんの記憶が戻った瞬間を「神様が僕らにくれた奇跡だったのかもしれない」とかポエミーな解釈をしています。そして、それをそのまま小説に書いて『大恋愛~僕を忘れる君と』という新刊を出版しました。どうせバカ売れでしょう。おめでとうございます。

 女神だとか奇跡だとか、結局「また小説を書けた」ことだけが真司にとって大切だったわけだし、尚ちゃんが死んだ後には「尚ちゃんのことはこれで終わり、もう書かないよ」とか言ってる。

 このドラマでは、再三にわたって「作家が身近な病人をネタにすること」の是非について疑問を投げかけてきました。尚ちゃんと同じMCI患者の松尾(小池徹平)は「尚は小説の道具だろ」と真司を糾弾したし、担当編集の水野さん(木南晴夏)も尚ちゃんに「小説家の嫁としての覚悟」を問うたりしていました。

 そういう疑問を、結局疑問のまま放り投げて、ドラマは尚ちゃんを殺して終わりました。病気はネタとして消費されただけで、作品そのものが「難病をネタにすること」とどう向き合ってきたかは示されなかった。真剣に向き合っているというポーズだけだった。

 このドラマで描かれたのは、小説家の嫁が「病気になるまで」であって、尚ちゃんが「病気になった後(完全に記憶を失った後)」のことは何も語られません。

「あれ以降、一度も思い出さなかった」
「あれは奇跡だった」

 真司は、記憶を失った尚ちゃんの面倒を見ることもなく、たまに会いに行くだけで、発症後には生活を共にすることすらしなかった。「あれは奇跡だった」と「死んだ」の間に、本来なら長大で退屈で代わり映えしない、苦難と絶望に満ちた日々があるはずです。人によっちゃ数十年、そういう日々が続くわけです。それがアルツハイマー患者を家族に持つということなんです。

 そういう日々は、小説家である真司には必要なかったと、ドラマは言っている。なぜなら、小説に書けることがないからだ。毎日同じ苦難の繰り返しだからだ。

 だから、ドラマは尚ちゃんを棄てたのです。記憶を失い、「尚ちゃんでなくなった尚ちゃん」は「もう尚ちゃんではない」と、断言したのです。

 病気が進行し、だらしなく口からこぼれ落ちるヨダレを拭ったり、尚ちゃんの激臭ウンコにまみれた大人用オムツを交換したり、ときに癇癪を起こしてモノを投げつけられたり、そうなった尚ちゃんの面倒を見たのは、真司じゃなくて、尚ちゃんの5,000万円で雇われた田舎の看護師だった。

 このドラマが多くの視聴者の涙を搾り取った“大恋愛”の正体は、そういうものです。ボケ切る前の尚ちゃんなら愛せるけど、ボケ切ったら愛せないんです。『僕を忘れる君』は好きだけど、『僕を忘れた君』には興味がないんだ。「尚ちゃんが尚ちゃんでなくなっても、尚ちゃんじゃなきゃ嫌なんだ」と真司が言っていたのも、ハイ、全部ウソでした。

 病気になっても「一生懸命生きるから、よろしくお願いします」と言った尚ちゃんでしたが、どっかで勝手に死にました。早々に死んでくれてよかったね。めでたしめでたし。

 なかなか最低な結論だったと思います。

 

■戸田ムロはすごかった。

 そんなわけで、脚本的には“メッセージ性”だけあって“メッセージ”がないという、そのわりに、すごく悲しい場面や神々しい場面が訪れて泣けちゃうという、いかにもベテランにいいようにやられたなという感想なんですが、戸田さんとムロさんのお芝居はすごかったね。がっつり感情移入しちゃったものだから、余計に最終回の尚ちゃんが不憫で、ひたすらムカついていたのだけど。

 あと、今になって思うと、サンドウィッチマン・富澤たけしが演じた引っ越し屋の木村が、ぼちぼち脚本自体を自己弁護するようなセリフを言わされていたなあと感じます。病気になった尚ちゃんのことを「書くべきだ」とか、いなくなった尚ちゃんを「探すべきでない」とか。真司にとってではなく、物語の進行にとって都合のいいことを、説得力のある雰囲気で述べていました。そういう意味で、富澤さんはすごく信頼されていたのでしょうね。

 そういうわけで、後味悪いけどここで終わります。よいお年を!
(文=どらまっ子AKIちゃん)

今夜最終回『大恋愛』戸田恵梨香の“神演技”にハッピーエンドは訪れない!?

 今夜、いよいよ最終回を迎えるドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)。7日に放送された第9話の視聴率は10.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と2ケタに返り咲きです。

 いやー、それにしても戸田恵梨香。戸田無双です。戸田、すごいお芝居でした。戸田すごい。と、戸田戸田言ってないと戸田が演じる尚ちゃんに感情移入しすぎて泣いちゃうくらい、実に悲しい回です。はい、振り返りましょう。

(前回までのレビューはこちらから)

■ああ、もう……

 どうやらアルツハイマーの進行は止められないことが確定的になってきた尚ちゃん。無事、夫である流行作家・真司(ムロツヨシ)の子を妊娠することができましたが、喜びもつかの間、すぐさま教えられた出産予定日の「8月2日」をメモします。忘れちゃうので、あらゆることをメモするようになっているようです。家の中も、部屋中がメモ書きの貼り紙だらけ。それにしても達筆です。戸田恵梨香の字なのかな。

 事あるごとに「あなたは妊娠中です(だから体を大切にね)」と念を押す真司に、「うっふふふふ」と新鮮な喜びで応える尚ちゃん。忘れる病気だからこその表情ですが、このあたり、子を迎える夫婦の心温まるエピソードとアルツハイマーによる悲劇が同時進行していく感じで、実にこう、ドラマの質量のようなものを感じます。

 やがて生まれた子どもに、2人は「恵一」と名付けました。いちばん恵まれるように、恵一だそうです。

 恵一はすくすくと育ちます。2人の出会いを書いた前作『脳みそとアップルパイ』は50万部を超えたそうで、真司が新しく始めた続編の新聞連載『もう一度 第一章から』も好評です。

 そんな折でも、尚ちゃんの病状は日々進行しているようです。出版社の間宮担当・水野さん(木南晴夏)が、かいがいしく子どもの面倒を見てくれているからいいものの、もう、ひとりでは赤ん坊の世話もできません。

「4人で暮らしてるみたいですね」とか、わりとドキッとすることを真司に言ってくる水野さんですが、その動機は、あくまで「作家に売れる本を書かせるため」でしょう。少しくらい「作家に優れた文芸作品を書かせるため」というのはあるかもしれないけど、別に特別な感情があるわけではなく、真司が筆を折ればもうこの家に来ないことは自明のようです。その証拠に、真司が「赤ちゃんが生まれたところで終わりたい」と告げると、鬼の形相になって説得にかかります。

「そこが見せ場でしょう」

 今後、尚ちゃんの病気が進行して、真司のことも子どものこともわからなくなって、一家が悲劇に包まれて、本当に大切なものを失って、目の前には「僕を忘れた君」しかいなくなったとき、作家が何を思うのか。それを書け、というのです。

「めでたしめでたしじゃ、読者は納得しません」
「中途半端なものになってしまう」
「逃げないでください」

 編集者というのは、かくも残酷な生き物です。

 しかも、この一連のやり取りを、尚ちゃんは聞いてしまいました。

「あたしの病気が進行しないと、真司の小説は中途半端になってしまうんでしょうか……?」

 死んだ目で、尚ちゃんが水野さんに問います。水野さんの答えは、それでも残酷です。

「違います。奥様は、生きてるだけで、先生の創作の源なんです」

 決して「生き甲斐」だとも「誰よりも大切な人」だとも言いません。担当作家が、作品を仕立て上げるための“道具”。それは前回、MCI(軽度認知障害)患者の松尾(小池徹平)が真司に突きつけた糾弾と同じニュアンスでした。むしろサイコ色ゼロの笑顔な分だけ、水野さんのほうが厳しい。

 当人たちがどれだけしんどくても、それが作品として昇華され、読者を喜ばせてしまえば、価値が生まれる。この夫婦が作品を生み出すことに価値があるのだとすれば、作品を生み出さないアルツハイマーに価値はないと、水野さんは言外に告げているのです。水野さんはそんなことを言葉にして言うつもりはないし、そこにあるのは「おまえたちの“お気持ち”より作品の出来(売り上げ)のほうが大切なのだ」という厳然たる優先順位だけ。つまりは、編集者としてすこぶる優秀ということです。

 水野さんを優秀な編集者として描くことで、このドラマは編集者が作家から作品を刈り取ることの卑しさもまた同時に語っています。もちろん、そうした卑しさの表現には、脚本家である大石静さんの「悲劇を創作するうえでの自戒」も込められているはずです。

 3年後、4年後、どんどん壊れていく尚ちゃん。もう靴も靴下もひとりじゃ身に着けることができません。「自分で服も着られなくなる」──病気が発覚したときに尚ちゃん自身が予測した通り、アルツハイマーは進行していきます。

 そしてついに大切な大切な子どもが自分のせいで行方不明になってしまう事件を起こしてしまいました。恵一がいなくなった当初は、自分が目を離してしまったことすら覚えていなかった尚ちゃん。でも、ようやく見つかってベッドで眠る父子を眺めていると、それが愛おしくてたまらない存在であることは認識できるようです。

 眠る真司にひとつキスをして、尚ちゃんは姿を消してしまいました。テーブルには書き置きが1枚。

「しんじさま ありがとうございました。尚」

 震えて歪んで、かつての達筆が見る影もない文字で、そうしたためられていたのでした。いやー、うまい。筆跡が壊れるって、すごくわかりやすく病状を伝えてて、ホントにうまい。うまい、とか言って評論じみた視点に立たないと、泣いちゃう、このくだり。

 というわけで、今夜は最終回。まるで死に場所を探すネコみたいに、フラフラと家を出て行った尚ちゃん。どうあれ、ここまで病気が進行してしまった以上ハッピーエンドはあり得ないわけですが、果たしてどんな物語になるのか。大石さんが何を作ろうとしたのか、見届けたいと思います。

■そういえば、黄昏流星群の2人は……

 前回、唐突に始まった尚ちゃんママ(草刈民代)と、かつての尚ちゃんの婚約者で元主治医の井原先生(松岡昌宏)の『黄昏流星群』的な関係は、無事ゴールイン。結婚しちゃいました。朝日が差し込む部屋で中年同士がじゃれ合ってるシーンなんかもあって、ちょっとこれ、どう見たらいいのかわからなかったです。最終回で意味が出てくるのかな。まさかマボファン向けのサービスカットってことないよね……?
(文=どらまっ子AKIちゃん)

 

戸田恵梨香『大恋愛』サイコホラーと化した小池徹平の“ウザさ”に救いは訪れるか

 先月30日に放送されたドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)の第8話、視聴率は8.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と再びダウン。ロマンティックなビッグ・ラブを求める層からは完全に見放されたようです。

 何しろ、6話から登場した小池徹平の存在が重いし、ウザいのよね。特に、ステキな恋愛劇に没頭してニヨニヨしようと真剣に見ていた方面からすると、もうジャマでジャマでしょうがないと思う。急にサイコホラーですからね。

 けっこう珍しいな、と思うんです。難病を扱うフィクションで、その患者さんを「迷惑な存在」「主人公たちに危害を加える存在」として描く作品というのは。

 たいてい物語の中で病人や精神障害者というのは、不幸な境遇と引き換えに「でも心は美しい」とか「純粋なんだよ」みたいな感じで登場するのが定番ですが、今回、主人公の尚ちゃん(戸田恵梨香)と同じMCI(軽度認知障害)患者として登場した松尾(小池)は、それこそ視聴者離れを起こすほどに嫌な、不快で邪魔な存在として描かれました。

 今回はそんな松尾が尚ちゃんと真司くん(ムロツヨシ)夫婦をひっかき回し、ドラマから一時退場するまでが描かれました。振り返りましょう。

(前回までのレビューはこちらから)

 

■おぅ、なかなか破壊力のあるセリフを……

 真司くんとの子どもを作る決心をした尚ちゃん。食卓には特大肝入りの肝吸いを添えた鰻重を並べ、基礎体温チェックにも余念なし。さすが、産科医だけあって“子作り”に関しては知識も情熱も常人並みではありません。

 ベッドの方でも情熱的なようで、事後には「今日、密度濃かったから……」と、なかなかに破壊力(エロ方面)のあるセリフを聞かせてくれます。もちろん、真司くんもデレデレです。

 一方、MCIからアルツハイマー病になった尚ちゃんの病状は、進行の一途をたどっています。部屋中に物忘れ防止用の付箋が貼り付けられ、梅干しおにぎりを作ったつもりも梅干しを入れ忘れ、もちろんベッドでの真司くんとのピロートークも、翌朝になればキレイさっぱり忘れています。

 そんな尚ちゃんの心のスキに付け込もうとしているのが、自称“唯一のMCI理解者”松尾です。いつの間にか尚ちゃんを「尚」とか呼び出すし、「僕らは健康な人と対等じゃいられないんだよね……」など、遠い目で共感を求めてきたり。あげく「死ねば、永遠にきれいなままでいられるんだ……」と無理心中まで示唆してきます。

 ここまで、松尾の目的は、いかにも不明瞭でした。同じ病気の尚ちゃんと出会って、驚かせて失神させて、尚ちゃんの病気が進行したら喜んで、意識のない尚ちゃんにキスしたり、旦那である真司を無駄に煽ったりしていましたが、「で、何がしたいねん」の部分はよくわからなかった。それが松尾という人物の不快な印象に拍車をかけていたわけですが、今回、はっきりと語られました。

 一緒に死にたかったんですね。死ねば永遠だから、美しいままでいられるから、同じ病気の人と死にたい。

 そんな松尾に対し、すでに真司くんや尚ちゃんママ(草刈民代)、主治医・井原先生(松岡昌宏)は“危険人物”として警戒を強めていますが、尚ちゃん本人はいたって無防備。それどころか、松尾の「対等じゃない」という言葉がやけに心に残ってしまい、それが原因で真司とケンカになったりします。そんなこと言われたの、忘れちゃえばいいのに、いろいろ大切なことは忘れても、こういうのは憶えてるところが病気の難儀で。

 家を飛び出した尚ちゃん、夜の街をひとり見下ろしながらポロポロと涙を流していると、クルマで尾行してきた松尾が睡眠薬をしこたま溶かしたコーヒーを手渡し、車内に誘います。

 真司くんは姿を消した尚ちゃんに電話をかけますが、尚ちゃんのスマホはなぜか冷蔵庫の中で呼び出し音を鳴らすばかり。それを手に取って夜の街に駆け出すと、2人の思い出の橋に差し掛かったころに「松尾さん」からコールが。

「ははははははは真司だー」

 今日一番のサイコっぷりを見せた松尾。真司くんを呼び出すと、

「尚は別の世界に行ったよ(逝ったよ)」

「あんたにとって尚ちゃんは小説の道具だろ」

「あんたは尚を利用して自己実現してるだけだよ」

「観察すればいい、僕たちの純愛を書けよ美しく永遠になっていく結末まで、あんたが書けよ、書けよ!」

 肝心の尚ちゃんは松尾カーの助手席で気を失っていたようでしたが、実はコーヒーを飲んでおらず、正気でした。「死にたい」とか言ってた松尾を、それなりに警戒していたようです。

 思わぬ“裏切り”にショックを受ける松尾を、なんかわりと正論ぽい言葉で諭した尚ちゃん。松尾もなんかわりとあっさり納得して、どこかへ行ってしまいました。

 そんなわけで、その日も子作りに励む真司くんと尚ちゃんでした。今夜放送の第9話では、いよいよ出産するようです。

■“本質”は描き切れたか

 先日、戸田さんが番組のインスタライブで、「7・8話あたりを見ないとアルツハイマーの本質は見えないし、最終回が成り立たない」といった発言をしていました。最終回にも松尾は登場しますので、松尾の存在こそがこの作品の本質ということのようです。

 展開そのままに解釈すれば、その本質とは「記憶を失うことがつらい」ではなく「病気により周囲の理解を失う」「孤独になる」ことのほうがつらいのだということでしょう。

 実際、松尾の振る舞いはほとんど理解不能でしたし、自ら理解を拒み、孤独を志向する様子がありました。病人という立場からの「病人は小説の道具だろうが」という正論は真司くんを打ちのめしましたし、何をやっても「ボク、病気なんで憶えてないです」と病気を利用する姑息さも描かれました。

 例えば、渡辺謙がアルツハイマー患者を演じた映画『明日の記憶』(2006)では、ほとんど記憶を失った主人公の周囲に「それでも寄り添ってくれる家族がいる」という事実が救いとして語られています。一方で今回の松尾には、どうにも救いがなさそうで、その救いのなさこそがドラマに得も言われぬスリルを生み出していたんですが、なんだかヌルッと退場させたな、というのが素直な印象でした。「MCIだかWaTだか知らんが地獄に堕ちろクズが!」と視聴者に思わせる展開を作ったわりに、さほど説得力を感じない説得によって、松尾は尚ちゃんのことをあきらめちゃった。

 このへん、最終回に向けての伏線もあるのでしょうけれど、松尾メインで見ていただけに物足りなく感じたのが正直なところです。

 

■それにしても脂の乗り切ったムロ&戸田コンビ

 ムロさんと戸田さんの演技合戦は、あいかわらず充実しています。たぶん、演出部の要求以上のことをしていると思う。今回印象に残ったのは、真司くんの小説『脳みそとアップルパイ』の続編のタイトルについてのやりとりです。

 真司くんは、続編のタイトルについて「決まったら最初に尚ちゃんに相談する」と約束していました。そしてベッドの上で、「『もう一度第1章から』って、どう思う?」と、約束通り尋ねました。

「すごくいいと思う!」

 大喜びの尚ちゃん。真司くんが「ホント?」と聞き直すと、もちろん「うん」と。

 でも、この「うん」の発声が、ちょっとボヤけてるんです。ちょっとだけ引っかかる程度にボヤけてる。見逃してもいいくらいのボヤけ。

 その後、尚ちゃんはそのことを忘れてしまい、2人はケンカになります。ここで「ホント?」「うん」のちょいボヤけが、完全に伏線として機能しました。あー計算してた! みたいな。

「続編のタイトルだって、最初にあたしに教えてほしかったのに!」

「言ったよ!」

「聞いてない!」

 癇癪を起した尚ちゃん。ここでの真司くんの一瞬の表情がすごかったんだ。

「言ったじゃねえかよバカ野郎! なんで憶えてねえんだよ!(ブチ切れ)」→「憶えてねえのか、そうか、病気か、病気だった(思い出し)」→「だからって、こんな大切なことまで忘れることねえだろ!(蒸し返し)」→「しかも自分が忘れてるくせに人のせいにしやがって!(激昂)」→「でも病気なんだ、しょうがないんだ(思い直し)」→「なんで尚ちゃんにだけ、自分たちにだけこんな悲劇がのしかかるんだ(悲しみ)」→「それでも生きていこう。2人で。俺がしっかりしなきゃ(決意)」

 くらいの感情の流れを1拍の中に納めてからの「言ったって……」という返し。まあそこまで具体的じゃないけど、そういうことを表現したこのときのムロツヨシの顔面動作は、すさまじかったです。ちょっと見てて泣いちゃうくらい。何しろ2人のお芝居が達者なので、単純に楽しいです。

 あと、今のところどう機能していくのかまったくわからない松岡昌宏と草刈民代のベッタベタな『黄昏流星群』的関係も、行く末が楽しみです。はい。今日を含めて、あと2話だって。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

『大恋愛』小池徹平が嫌すぎる!? 不快な“邪魔者”を登場させた脚本家・大石静は何を考えているのか

 小池徹平の“悲しきサイコ野郎”ぶりが非常に楽しくなってきた(個人の感想です)ドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)も第7話。視聴率は9.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、前回に続いて2ケタならず。非常に盛り上がってきたのに不思議だなーと思って巷の評判など覗いてみると、なるほどみなさん、その小池徹平が演じるMCI(軽度認知障害)患者・松尾への嫌悪感がすごいみたい。へー。

 というわけで、あえて松尾くん目線で振り返ってみます。

(前回までのレビューはこちらから)

 

■松尾さん、苦しいです……

 いつのころからか、なんだか物忘れがひどくなったアラサー男子・松尾くん(小池)。周囲の勧めもあって念のため病院にかかってみると、若年性アルツハイマー病の前段階であるMCIと診断されました。

 小さい子どもに囲まれて、保育士として充実した日々を送り、明るく楽しく過ごしてきた松尾くん。顔面がすこぶるかわいいので、学生時代はすごくモテたことでしょう。

 ところが、MCIの診断によって、人生は暗転しました。最愛の奥さんは、病気のことを知るや否や松尾くんに三行半を突きつけ、旭川の両親も冷たくなったような気がします。

「きっと、僕なんか早くいなくなったほうがいいんです」

 病気の進行に怯えながら、東京で一人暮らしを続ける松尾くんは、主治医の井原先生(松岡昌宏)に笑顔でそんな言葉を吐くのでした。

 病気がわかってからも、保育園で子どもたちと接しているときだけは心が休まりました。子どもたちは、松尾くんがたとえ名前を忘れちゃったとしても、たいして気にしません。同僚もいい奴ばかりで、何かとフォローしてくれます。仕事を続けることが、病気の進行を遅らせることにもなるし、もしかしたら回復に向かうかもしれない。井原先生もそう言っているし、働き続けたいのに、園長先生が「もう事務に専念しろ」とか言うんです。奪われる、思い出を奪われ、家族を奪われ、今度は仕事まで奪われる──。

 保育園に居場所がなくなって、松尾くんは病院に入り浸るようになりました。食堂は安いし、みんな親切だし、病院にいるのがいちばん楽なのです。孤独で、誰も理解してくれなくて、井原先生も別に頼りになるわけじゃなくて、自分がこの先どうなるかはよくわかってる。そりゃもう当然、今すぐにでも死にたいわけですが、そういうわけにもいかないので、仕方ありません。

 そんなある日、すごい美人の女の人と出会いました。しかも松尾くんと同じ病気だといいます。間宮尚(戸田恵梨香)というその女性は、世間を騒がす流行作家(ムロツヨシ)の奥さんだそうです。どうやらラブラブのようですが、あの流行作家が尚さんのことを理解しているとは思えません。なぜなら、作家は健康だからです。同じ病気の自分こそが世界で唯一の尚さんを理解できる者であり、“奪われる側”である自分を本当に理解してくれるのは尚さんしかいないんです。どいつもこいつも健康で、人の気も知らないで、健康! 健康! クソが!

 そう考えたら、尚さんのことが猛烈に欲しくなりました。MCIについてはよく勉強したので、ちょっとショックを与えてやれば病気が一気に進行してアルツハイマー病を発症する可能性があることも知っています。自分からすべてを奪い去っていった世界から、今度は自分が尚さんを奪い返してやる。ついでにアホのヤブ医者・井原にも一泡吹かせてやろう。ざまあみろ、ヤブ医者。悔しかったら俺を治してみやがれ。治せよ! あんた権威だろ、どこが権威なんだよ!

■尚が真司と出会わなかった世界線

 書いててしんどくなってきたので、このへんでやめておきますが、松尾くんのキャラクター設計は見事です。まだたった2話しか出ていないサブキャラなのに、『大恋愛』というドラマのヒロイン・尚が“作家・間宮真司と出会わなかった世界線”を描き切っています。

「あんた権威だろ、どこが権威なんだよ!」

 ドラマの中で実際に、そう言って井原先生を責めたのは、松尾ではなく尚の夫・真司です。まだ真司は、尚の病気が治ることに希望を持っています。治ると信じているから、一進一退する病状に感情が揺り動かされてしまう。尚が自分との過去を忘れてしまうことが耐えられないし、尚と過ごす未来が消し飛んでしまうことも耐えられない。

 一方、松尾は回復をあきらめています。それはつまり、この広い世界に、松尾の病気が治ると信じている人間が誰ひとりとしていないということです。奥さんは逃げたし、井原先生は治してくれないし、過去にも未来にも誰ひとり、松尾の病気が治ると信じている人間がいないということなのです。

 だから松尾には、今しかありません。

「いいよ、殺しても、失うものは何もないから」

「何をされても平気なんだ、みーんな忘れてなくなっちゃうんだから」

「今欲しいものだけが欲しいんだ。尚さんが欲しいんだ。真司をぶっ殺してでもね」

 真司の目を余裕の表情で見つめて、堂々と言い放つ松尾の絶望の深さは計り知れません。

 

■なぜ松尾は不快なのか、大石静は何がしたいのか

 このドラマが松尾というひとりの患者を通して伝えているのは、「アルツハイマー病患者の絶望がどんなものか」という説明ではありません。「その絶望は健常者には決して計り知れないものである」というシンプルな主張です。もっと言えば、「わかってたまるか、理解したような顔してんじゃねえよ!」という糾弾ですらあります。

 冒頭に戻ります。松尾に対する嫌悪感をネットで拾ってみると、やはり「松尾の行動が理解できない」という声が多いようです。理解できないから不快で、嫌だ。嫌いだ。かわいそうな、かわいそうな、とってもかわいそうだけど素敵な真司と尚の純粋な大恋愛を邪魔するな。

 そう思われても仕方がないほどに松尾という人物の行動は奇矯だし、共感を拒むものです。また、小池徹平がパブリックイメージを裏切る完璧な“不快キャラ”を演じ上げていますし、おそらく老けメイクを施していると思いますが、“元美少年”がそのまま老人になっちゃったような造形としての悲惨さも表現されているように感じます。そして、明確な意図を抱いた無邪気さもまた、視聴者の恐怖(≒不快感)を煽っているのでしょう。

 そういう理解不能で共感を拒むキャラを登場させて、脚本家の大石静さんは何を語ろうとしているのか。視聴率ガタ落ちですけど、いったい何を考えているのか。

 おそらくこの『大恋愛』というドラマは、素敵な恋愛劇のデコレーションに包みながら、その実「理解を拒む者」や「理解し得ない場所にいってしまった者」を、それでも理解しようとする試みなのではないかと思います。なんとか、どうにかして寄り添おうとする人間の生きる様を描こうとしているのだと思います。

 作家・真司は「物語を書く者」である大石さんの分身でしょう。物語を書いて、誰かを理解することは、その人を孤独や絶望から解放することです。物語には、その力がある。物語は人を救う。物語を作るとは、そういう行為である。

 つまり大石さんは、テレビドラマという物語の中で、この世界における「物語」の存在意義を語っているのではないかと思うんです。長年キャリアを積んで大御所と呼ばれるようになった大石さんが、改めて「私は物語の力を信じる」と、ド正面から語ろうとしているドラマが、今回の『大恋愛』なのかなと、今回を見ていて、そんなことを感じました。

 それはもしかしたら昨今のアレなドラマ業界全体に対する、大先輩としての危機感の表れなのかもしれませんけれども、そういった覚悟を作品の中で表現されることは単純に感動的だし、関わっているスタッフ・キャストにとって幸せなことなんだろうなと想像しつつ、今夜、第8話。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

戸田恵梨香『大恋愛』7.6%に急落……「病人が、病人ゆえに危害を加える」という視点の難しさ

 これまで視聴率2ケタをキープしてきたドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』。16日に放送された第6話は、7.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と大幅に下落しました。サッカー日本代表の中継で30分遅れのスタートでしたし、裏の『金曜ロードSHOW!』は、みんな大好きハリー・ポッターでしたが、それにしても落ちましたねえ。なんでだろ。面白いのに。

 ともあれ、振り返りましょう。新展開です。

(前回までのレビューはこちらから)

 

■「病気は怖くない」と、前半で描く

 前回、ベストセラー作家となった真司くん(ムロツヨシ)と結婚して、幸せラブラブなアルツハイマー・ガール尚ちゃん(戸田恵梨香)。真司くんが、尚ちゃんとの出会いをモチーフにして書いた小説『脳みそとアップルパイ』は20万部を超えるバカ売れ。ハードカバー1冊1,500円で印税10%とすると、2人の懐には3,000万円以上が転がり込んだことになります。さらに、尚ちゃんには6,000万円の貯金もありますし、クリニックと実家もある。ざっと数億はくだらない資産家夫婦となりました。新居のマンションもピッカピカ。

 披露宴で尚ちゃんは、みんなの前で「私、記憶を失っていく病気です」と告白しましたが、誰もが温かく見守ってくれているようで、一安心。もちろん、真司くんは一番の理解者ですし、尚ちゃん自身も「新しい論文を読んでも、新しいことから忘れちゃうし(笑)」と、自らの病状を明るく語れるくらい前向きになっています。一時は「もう死にたい」とか言っていた尚ちゃんでしたが、主治医の井原先生(松岡昌宏)からも、「前よりずっと良くなってる、幸せなんですね」「素敵な御主人で」とか言われて、わりとデレデレ。

 わりとデレデレでも、この作品で初めて尚ちゃんの「物忘れ」以外の症状が描かれました。だいぶしょっぱい引っ越し蕎麦を作ってしまったのです。柔らかいBGMと明るい撮影と満面の笑顔の中で、病状が着々と進行していることが語られました。

 とりあえず「ま、いっか」の精神で尚ちゃんを支えようとしている真司くんですが、やはり焦りがあるのかもしれません。ある夜、尚ちゃんに「子どもつくろう」と提案します。尚ちゃんは、「母親が記憶を失っていくのを見て、子どもは傷つかない?」「私は惨めじゃないの?」と逡巡しますが、井原先生のアドバイスもあって、新薬の治験で少しでも回復が見込めるようなら考えることにしました。

 また、尚ちゃんは井原先生が催す医学生向けの講演会で、自らがMCI(軽度認知障害)と診断されてからのことを話すことになり、日々、原稿作りやしゃべりの練習に余念がありません。もともと産科医だった尚ちゃん、もう患者を診ることはしないけれど、こうして医師として後輩の役に立てることに、大きな喜びを感じているようです。

 病気は大変だけど、本人が前向きになって周囲の理解があれば、きっと乗り越えられる……そんな希望が描かれたのが、今回の前半部分。

■「やっぱり病気は怖い」と、後半で描く

 今回、ニューキャラ登場です。年齢不詳の青年・松尾(小池徹平)が、2人の間をかき乱すことになります。

 松尾は、尚ちゃんと同じく井原先生の患者さん。尚ちゃんより先にMCIを患っており、尚ちゃんとは逆に、病気が判明した瞬間に奥さんに逃げられてしまったバツイチ男でした。仕事は保育士、周囲はフォローしてくれているものの、園長先生から「もう事務だけやれ」と迫られたり、悩みはいろいろあるようです。やたらと愛想がいいのが不気味です。

 この松尾、不気味どころか、とんだサイコ野郎でした。

 講演会で、マイクがハウリングを起こした拍子に失神してしまった尚ちゃんが運ばれていく姿を、物陰から眺めつつニッコリ。さらに、尚ちゃんの病室に無断で侵入すると、「しんじ……しんじ……」と朦朧としている尚ちゃんに「そうだよ、ここにいるよ」とか言いながら、キスしたりします。怖い。

 仕事先から駆けつけ、キス現場を目撃した真司くんは松尾を突き飛ばし、尚ちゃんの顔を覗き込みますが、尚ちゃんの口からは「誰……?」と。血の気が引いてしまう真司くん。

 真司くんはこのとき、『脳みそとアップルパイ』の続編を書こうと決意します。従来のピカレスクでエロティックな作風の新作を用意していたところでしたが、「夫を見失っていく妻を、自分が書かないで、誰が書くんだ」とのことで。このへんの作家心理はよくわかりませんが、まあそういうものなのでしょう。

 意識不明瞭な女性に準強制わいせつ行為を働いた松尾氏が、鼻歌を歌いながら病院の階段を小躍りで駆け下りつつ、次回へ。

 

■「病人が病気ゆえに健常者に危害を加える」という視点

 松尾、サイコじゃん! って話なんですが、松尾が尚ちゃんに一目惚れして、勝手に突っ走って、相手のスキをついて唇を奪う姿は、第1話で真司くんに向かって、色目という色目を使いまくって猛進していった尚ちゃんと重なる部分でもあります。

 突然、まるで取り憑かれたように、常識があるはずの大人の人間が“大恋愛”に落ちていく──それが病気の症状なのか、真実の恋なのか。オッサンになった小池徹平のほうは「病気でおかしくなってる」で、相変わらず美人の戸田恵梨香は「素敵な恋に落ちてる」と、そう切り分けて審判を下すことなど、誰にもできません。あるいは2人ともが性根に粗暴な恋愛体質を持ち合わせていたのかもしれないし、2人ともがMCIの症状によって、目の前に偶然現れた誰かを「運命の人」と勘違いしてしまったのかもしれない。

 尚ちゃんが真司くんの心を見事に奪い去ったように、松尾が尚ちゃんを奪おうと考えたって、それは誰が責められることじゃない。人妻だから、いいことじゃないけど、気持ちの問題としては理解されて然るべきなのです。

 一方で、松尾の行為は、平和に過ごそうとしている真司くんと尚ちゃんに、危害を加えるものですし、明らかに犯罪でもあります。

 精神病の患者が、その精神病ゆえに健常者に危害を加える。今後、真司くんが、松尾もまたMCI患者であることを知ったとしても、「病気だから、うちの奥さんがキスされても仕方ないね」と思えるものではないでしょう。愛する者の病気は、それはすべてを受け入れて、病気さえも愛することができるかもしれない。でも、奥さんにわいせつ行為を働く、憎むべき犯罪者の病気を、それでも受け入れるべきなのか。「病気は悪くない」と、堂々と言えるのか。

 さらに松尾は、MCIが発覚したことで奥さんに逃げられ、天涯孤独であることも語られました。ここでは、親の顔を知らない真司くんと同種の「孤独」を抱かせているわけです。松尾は、いわゆる“尚ちゃん側”でもあり“真司くん側”でもある。さらにMCIについて尚ちゃんより見識と経験が深いことにおいては、元婚約者の“井原先生側”でもある。むしろ井原先生にはないMCI罹患者としての実体験があるわけですから、尚ちゃんにとって最高の理解者にもなりえる。

 この松尾というキャラクター、実に複雑で悲しみを含んだ設定で投下されました。サイコな行為の裏に、深い絶望があるのです。視聴者である私は、もちろんそんな松尾の悲劇に心を痛めるでもなく「小池徹平、絶妙だな! おもしろーい!」と大いに喜んでいる今日この頃です。今後どうなるか、全然わからない『大恋愛』。今夜、第7話の放送は22時から。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

戸田恵梨香とムロツヨシの芝居が光る『大恋愛』充実の視聴率2ケタ復帰!

 9日に放送されたドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)の第5話。視聴率は10.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と2ケタに返り咲き。「若年性アルツハイマーに冒されていくアラサーインテリ女性」という難役を、戸田恵梨香がいい感じに演じております。

 というわけで、振り返りましょう。

(前回までのレビューはこちらから)

 

■未来の自分に「もう死ね」と言う

 突然、「別れよう」と言って真司くん(ムロツヨシ)が姿を消してから9カ月、尚ちゃん(戸田)のMCI(軽度認知障害)は徐々に進行しているようです。

 好きな小説のタイトル、ママの旧姓、孤児だった真司くんが捨てられた神社の名前、その3つの質問に答えられないほど病気が進んだら「私と別れて」。真司くんにかつて、そう言ったのは尚ちゃんでした。「別れない」と、真司くんは言ってくれました。

 その真司くんはもういないので、尚ちゃんに質問を投げかけてくるのは、過去の自分です。スマホで自撮りした自分からの問いかけの、神社の名前を思い出せなくなった尚ちゃんは、魂の抜けたような目をしています。動画の中では、少し元気な尚ちゃんが、こんなことを言っています。

「あなたがやるべきことはひとつ、自ら死ぬことです」

 おそらく尚ちゃんは、この動画を繰り返し見ているはずです。そして見るたびに、今より元気な過去の自分に「もう死ね」と言われているのです。なんという、ああ、なんという……。

 ちなみに尚ちゃん、元婚約者で主治医の井原先生(松岡昌宏)には、真司くんととっくに別れていることを言ってません。しかし、以前は積極的だった新薬の治験にも参加しないと言うし、遠くを見つめて「人って、なんで生きてるのかな……?」とか言ってるし、井原先生は、尚ちゃんが真司くんとの間に何かあって希死念慮が募っていることには当然気づいています。それでも、

「患者に深入りするのはいかんよ、君らしくもない」
「治験を拒否するなら打つ手はない、好きにさせてやることだ」

 そんな上司の言葉に、うなずくしかありませんでした。

■身を引いた=食い物にした

 一方、尚ちゃんに「侑市さん(井原先生のこと)」呼ばわりされた上、自分のふがいなさを思い知って別れを告げた真司くんのほうは、尚ちゃんとの日々を書いた小説を無事に上梓。

 それは、記憶を失っていく女性とその主治医、そして売れない小説家との三角関係を描いた物語でした。結末、女性は小説家の元を去り、主治医と一緒になって穏やかに暮らしていることになっていました。それは真司くんが勝手に想像した尚ちゃんの未来でした。本当に尚ちゃんの救いになるのは井原先生であって、自分ではない。だから身を引いたのだという、美しくも自己憐憫と自己陶酔に満ちた『脳みそとアップルパイ』というタイトルの本は、20万部を売るベストセラーになったそうです。「泣ける小説ベスト3!」のコーナーに平積みされたハードカバーには「切なくも胸に迫る恋愛小説」と白々しい帯文が踊り、作家は美人担当編集(木南晴夏)にも色目を使われて気分上々です。

 小説の中で真司くんは、尚ちゃんを「小説を書くために神が遣わした女神に違いない」と書いていました。一人の女性に訪れた病気というリアルな悲しみを食って作り話をでっち上げ、大金をせしめたわけです。

 最低だなコイツ、と思うんですよ。尚ちゃんの面倒は見れないけど、小説は書きたいから書いちゃうし、売れそうだから売っちゃうし、自分勝手に捨てたくせに、なんか「本当に彼女の幸せを祈るなら……」みたいな、思いやりあふれる感じになってるし。

 で、どうやらドラマのノベライズ(初期のシナリオ段階)では、前回、井原先生が尚ちゃんに橋の上で告白しているのを真司くんが目撃していたというシーンがあるんだそうです。それであれば、わりと筋が通るんですよね。井原先生は尚ちゃんに気持ちがある。尚ちゃんも自分を「侑市さん」と呼んだ。ならば2人でくっついたほうがよかろう。そういう判断でもって尚ちゃんを捨てたなら、まさしく「身を引いた」という構図が当てはまるんですが、なぜかドラマでは目撃シーンをカットしてる。カットしてるから、真司くんがより身勝手に見えている。

 後に本を読んだ井原先生の計らいで再会した真司くんと尚ちゃんはヨリを戻すことになるわけですが、この「告白を見ていた」シーンは入れたほうがわかりやすいし、真司くんのイメージもいいんですが、なんかわざとカットしたように感じたんです。わざと、作家という生き物のクズ性というか、フィクションに現実を投影することの罪というか、もっと言えば、このドラマみたいに難病をネタに“お涙頂戴”していることへの非難は受けなければならないという覚悟というか、そういう創作に対するスタンスが垣間見えたような気がする。尚ちゃんを女神扱いすることも、尚ちゃんの小説で金を稼ぐことも、あんましよくないことだという意識は捨てきれていない。だからこそ、尚ちゃんと結婚することにした真司くんの口から出た「小説書いてなかったら死んでたよ」というセリフに重みが増すし、

「生きて会えたのは奇跡だね」

 そんな尚ちゃんの返事が、しこたま響くわけです。なんか回りくどくなってしまいましたが、要するに、いい作り手による、いいドラマだなーってことです。

 

■よく訓練された俳優だ

 ムロツヨシと戸田恵梨香、すごく充実したお芝居をしていると感じます。

 ムロさん今回、間のコントロールが抜群でした。

 尚ちゃんをフッたあと、アパートに押しかけてきた尚ちゃんママ(草刈民代)との問答のシーン。

「あなた、それ本気で言ってるの?」「はい」のやりとり、普通のテンポを1拍とすると0.3くらい詰めて「はい」を入れてる。その直後の「そういうことなら、もう金輪際、娘とは関わらないでください。いいですね」「はい」では1.2くらい使う。前者は言外に「当然です」があって、後者は「……もちろん、そのつもりです」があるわけです。

 居酒屋で尚ちゃんに「結婚しよ」と言った場面でも、「名前間違えちゃうけど、いい?」「カギ差しっぱなしにしちゃうけど、いい?」「黒酢はちみつドリンク何度も注文しちゃうけどいい?」「いつか真司のこと忘れちゃうけど、いい?」という尚ちゃんの質問に、ひとつひとつ違うタイミングで「いいよ」を返してる。質問の重さ軽さに対して、「いいよ」のタイミングを丁寧に出し入れすることで、相手を思いやる感情を表現してる。

 戸田さんは感情の振り幅を目で見せました。真司くんに捨てられ、もう死のうと思っているときの目、ママに結婚を報告しに行ったときのキラキラした目、もちろんメイクの具合も違うと思うけど、何しろ感情が宿っている感じがビシビシと伝わってきました。結婚式の記念撮影で、シャッターの瞬間、真司くんが尚ちゃんの耳元に口を寄せて何か言って、尚ちゃん「ぐはははは!」って、低い声で爆笑しちゃうシーンなんか、ホント最高だと思いました。どこまで演出部の指示で、どこからアドリブなのか知る由もありませんが、やりたいことが噛み合ってるなぁー、いいドラマだなーと感じます。

 というわけで、今夜放送の第6話は30分遅れの22時30分からだそうです。よろしくどうぞ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

 

戸田恵梨香とムロツヨシの芝居が光る『大恋愛』充実の視聴率2ケタ復帰!

 9日に放送されたドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)の第5話。視聴率は10.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と2ケタに返り咲き。「若年性アルツハイマーに冒されていくアラサーインテリ女性」という難役を、戸田恵梨香がいい感じに演じております。

 というわけで、振り返りましょう。

(前回までのレビューはこちらから)

 

■未来の自分に「もう死ね」と言う

 突然、「別れよう」と言って真司くん(ムロツヨシ)が姿を消してから9カ月、尚ちゃん(戸田)のMCI(軽度認知障害)は徐々に進行しているようです。

 好きな小説のタイトル、ママの旧姓、孤児だった真司くんが捨てられた神社の名前、その3つの質問に答えられないほど病気が進んだら「私と別れて」。真司くんにかつて、そう言ったのは尚ちゃんでした。「別れない」と、真司くんは言ってくれました。

 その真司くんはもういないので、尚ちゃんに質問を投げかけてくるのは、過去の自分です。スマホで自撮りした自分からの問いかけの、神社の名前を思い出せなくなった尚ちゃんは、魂の抜けたような目をしています。動画の中では、少し元気な尚ちゃんが、こんなことを言っています。

「あなたがやるべきことはひとつ、自ら死ぬことです」

 おそらく尚ちゃんは、この動画を繰り返し見ているはずです。そして見るたびに、今より元気な過去の自分に「もう死ね」と言われているのです。なんという、ああ、なんという……。

 ちなみに尚ちゃん、元婚約者で主治医の井原先生(松岡昌宏)には、真司くんととっくに別れていることを言ってません。しかし、以前は積極的だった新薬の治験にも参加しないと言うし、遠くを見つめて「人って、なんで生きてるのかな……?」とか言ってるし、井原先生は、尚ちゃんが真司くんとの間に何かあって希死念慮が募っていることには当然気づいています。それでも、

「患者に深入りするのはいかんよ、君らしくもない」
「治験を拒否するなら打つ手はない、好きにさせてやることだ」

 そんな上司の言葉に、うなずくしかありませんでした。

■身を引いた=食い物にした

 一方、尚ちゃんに「侑市さん(井原先生のこと)」呼ばわりされた上、自分のふがいなさを思い知って別れを告げた真司くんのほうは、尚ちゃんとの日々を書いた小説を無事に上梓。

 それは、記憶を失っていく女性とその主治医、そして売れない小説家との三角関係を描いた物語でした。結末、女性は小説家の元を去り、主治医と一緒になって穏やかに暮らしていることになっていました。それは真司くんが勝手に想像した尚ちゃんの未来でした。本当に尚ちゃんの救いになるのは井原先生であって、自分ではない。だから身を引いたのだという、美しくも自己憐憫と自己陶酔に満ちた『脳みそとアップルパイ』というタイトルの本は、20万部を売るベストセラーになったそうです。「泣ける小説ベスト3!」のコーナーに平積みされたハードカバーには「切なくも胸に迫る恋愛小説」と白々しい帯文が踊り、作家は美人担当編集(木南晴夏)にも色目を使われて気分上々です。

 小説の中で真司くんは、尚ちゃんを「小説を書くために神が遣わした女神に違いない」と書いていました。一人の女性に訪れた病気というリアルな悲しみを食って作り話をでっち上げ、大金をせしめたわけです。

 最低だなコイツ、と思うんですよ。尚ちゃんの面倒は見れないけど、小説は書きたいから書いちゃうし、売れそうだから売っちゃうし、自分勝手に捨てたくせに、なんか「本当に彼女の幸せを祈るなら……」みたいな、思いやりあふれる感じになってるし。

 で、どうやらドラマのノベライズ(初期のシナリオ段階)では、前回、井原先生が尚ちゃんに橋の上で告白しているのを真司くんが目撃していたというシーンがあるんだそうです。それであれば、わりと筋が通るんですよね。井原先生は尚ちゃんに気持ちがある。尚ちゃんも自分を「侑市さん」と呼んだ。ならば2人でくっついたほうがよかろう。そういう判断でもって尚ちゃんを捨てたなら、まさしく「身を引いた」という構図が当てはまるんですが、なぜかドラマでは目撃シーンをカットしてる。カットしてるから、真司くんがより身勝手に見えている。

 後に本を読んだ井原先生の計らいで再会した真司くんと尚ちゃんはヨリを戻すことになるわけですが、この「告白を見ていた」シーンは入れたほうがわかりやすいし、真司くんのイメージもいいんですが、なんかわざとカットしたように感じたんです。わざと、作家という生き物のクズ性というか、フィクションに現実を投影することの罪というか、もっと言えば、このドラマみたいに難病をネタに“お涙頂戴”していることへの非難は受けなければならないという覚悟というか、そういう創作に対するスタンスが垣間見えたような気がする。尚ちゃんを女神扱いすることも、尚ちゃんの小説で金を稼ぐことも、あんましよくないことだという意識は捨てきれていない。だからこそ、尚ちゃんと結婚することにした真司くんの口から出た「小説書いてなかったら死んでたよ」というセリフに重みが増すし、

「生きて会えたのは奇跡だね」

 そんな尚ちゃんの返事が、しこたま響くわけです。なんか回りくどくなってしまいましたが、要するに、いい作り手による、いいドラマだなーってことです。

 

■よく訓練された俳優だ

 ムロツヨシと戸田恵梨香、すごく充実したお芝居をしていると感じます。

 ムロさん今回、間のコントロールが抜群でした。

 尚ちゃんをフッたあと、アパートに押しかけてきた尚ちゃんママ(草刈民代)との問答のシーン。

「あなた、それ本気で言ってるの?」「はい」のやりとり、普通のテンポを1拍とすると0.3くらい詰めて「はい」を入れてる。その直後の「そういうことなら、もう金輪際、娘とは関わらないでください。いいですね」「はい」では1.2くらい使う。前者は言外に「当然です」があって、後者は「……もちろん、そのつもりです」があるわけです。

 居酒屋で尚ちゃんに「結婚しよ」と言った場面でも、「名前間違えちゃうけど、いい?」「カギ差しっぱなしにしちゃうけど、いい?」「黒酢はちみつドリンク何度も注文しちゃうけどいい?」「いつか真司のこと忘れちゃうけど、いい?」という尚ちゃんの質問に、ひとつひとつ違うタイミングで「いいよ」を返してる。質問の重さ軽さに対して、「いいよ」のタイミングを丁寧に出し入れすることで、相手を思いやる感情を表現してる。

 戸田さんは感情の振り幅を目で見せました。真司くんに捨てられ、もう死のうと思っているときの目、ママに結婚を報告しに行ったときのキラキラした目、もちろんメイクの具合も違うと思うけど、何しろ感情が宿っている感じがビシビシと伝わってきました。結婚式の記念撮影で、シャッターの瞬間、真司くんが尚ちゃんの耳元に口を寄せて何か言って、尚ちゃん「ぐはははは!」って、低い声で爆笑しちゃうシーンなんか、ホント最高だと思いました。どこまで演出部の指示で、どこからアドリブなのか知る由もありませんが、やりたいことが噛み合ってるなぁー、いいドラマだなーと感じます。

 というわけで、今夜放送の第6話は30分遅れの22時30分からだそうです。よろしくどうぞ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)