
2040年の大学の入学者数は、22年の入学者数より約11万人減少して51万人台になる。こんな衝撃的な…
“大学入学共通テスト”は一体、誰のためのものなのか――?
12月6日、大学教員や予備校講師らで構成された「入試改革を考える会」は文部科学省で記者会見を開き、大学入学共通テストで導入が検討されている記述式問題の再検討を訴えた。
この記述式問題導入をめぐっては、これまで何度もその問題点を指摘するデモや会見が行われており今回、改めて問題が浮き彫りになった格好だ。
まずはことの経緯を見ていこう。
2014年12月に中央教育審議会が「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について―すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために―」という答申をまとめた。
この答申に盛り込まれたのが、現在のセンター試験を廃止して「思考力・判断力・表現力」を中心に評価する「大学入学希望者学力評価テスト」の導入だった。そして、試験方法として新たに「記述式」の導入が提言された。
この答申を受け、現行の大学入試センター試験は19年度(20年1月実施)が最後となり、20年度から新たに大学入学共通テストが開始されことになった。そして、入試改革の柱として国語・ 数学での記述式の導入と英語民間試験の活用が打ち出された。
しかし、2回のプレテストが行われた結果、この国語・ 数学での記述式の導入と英語民間試験の活用には批判が相次いだ。試験そのものを特定の民間業者へ委託することで、「採点の公平性に対する疑問」が大きな問題となったのだ。それに加えて、「生徒による自己採点と実際の採点に差が生じる」点も問題視された。
実際にプレテストの結果、自己採点と採点結果の一致率は、国語で7割、数学で8~9割となり、採点の公平性という点では、試験の受託業者が研修を受けた採点者となる大学院生ら約2,000人に対して、記述式問題を複数人で1つの答案を採点させ、大学入試センターが無作為抽出で行った点検では、国語では約0.3%の採点結果に補正が必要であった。
1~2点の得点差で希望大学への入学の道が絶たれることになりかねないのだから、受験生にとっては例え0.3%の補正であっても、「採点の公平性が保たれていないこと」は重大な問題だ。
その採点という重要な業務が“民間業者への丸投げ”となれば、批判を招くのも当然の事態だろう。最初に“火を噴いた”のは、英語民間試験の活用だった。10月24日、国会で英語民間試験の活用について問われた萩生田光一文科相は、「“身の丈に合わせて”受験してほしい」と答弁し、批判が殺到した。結局、10月28日に萩生田文科相は、「受験生に不安を与えかねない説明不足な発言であった」と謝罪するに至った。
しかし、英語民間試験の活用に対する批判は収まらず、11月1日に文科省は英語民間試験の活用の20年度の導入を見送ることを発表した。11月8日、萩生田文科相は、「文科省が民間試験団体の取り組みを十分に指導・監督できる制度設計になっておらず、連携と調整が十分ではなかった。各大学の活用内容、情報提供不足などの準備の遅れにつながった。公平でアクセスしやすい仕組みはどのようなものなのか、検討会議を設けて、今後1年をめどに検討して結論を出したい」と答弁している。
英語民間試験の活用は延期されたが、国語・ 数学での記述式の導入については、20年度の大学入学共通テストから導入する方向で進んでいる。同テストでは、国語と数学でそれぞれ小問3問の記述式問題が出題され、採点はベネッセなど教育産業の大手民間事業者に委託する仕組みに変更はなく、プレテストで問題が指摘された採点の公平性などについての対策は明らかにされていない。
なぜ、英語民間試験の活用だけが延期され、国語・ 数学での記述式の導入は実施にこだわるのか。教育利権を持った国会議員や文科省と民間業者との“癒着”まで取り沙汰されている始末だ。
今や、4年制大学への進学は高校生の半数以上に上る。進学率は90年頃は25%前後だったが、現在では50%を超えている。少子化の影響を受け、生徒数の減少による経営難に陥る大学もあり、ほとんど無試験で入学を許可する大学もある。
教育は国の礎だ。こうした時代背景も考慮し、大学入試のあり方を考えるべきであり、大学そのもののあり方も変革していくべきだろう。大学入試は受験生の人生を決める一つの大きな要素でもある。大学入試は誰のためのものなのか、大学はどうあるべきなのかという点を踏まえた入試制度改革を行うべきだ。
“大学入学共通テスト”は一体、誰のためのものなのか――?
12月6日、大学教員や予備校講師らで構成された「入試改革を考える会」は文部科学省で記者会見を開き、大学入学共通テストで導入が検討されている記述式問題の再検討を訴えた。
この記述式問題導入をめぐっては、これまで何度もその問題点を指摘するデモや会見が行われており今回、改めて問題が浮き彫りになった格好だ。
まずはことの経緯を見ていこう。
2014年12月に中央教育審議会が「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について―すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために―」という答申をまとめた。
この答申に盛り込まれたのが、現在のセンター試験を廃止して「思考力・判断力・表現力」を中心に評価する「大学入学希望者学力評価テスト」の導入だった。そして、試験方法として新たに「記述式」の導入が提言された。
この答申を受け、現行の大学入試センター試験は19年度(20年1月実施)が最後となり、20年度から新たに大学入学共通テストが開始されことになった。そして、入試改革の柱として国語・ 数学での記述式の導入と英語民間試験の活用が打ち出された。
しかし、2回のプレテストが行われた結果、この国語・ 数学での記述式の導入と英語民間試験の活用には批判が相次いだ。試験そのものを特定の民間業者へ委託することで、「採点の公平性に対する疑問」が大きな問題となったのだ。それに加えて、「生徒による自己採点と実際の採点に差が生じる」点も問題視された。
実際にプレテストの結果、自己採点と採点結果の一致率は、国語で7割、数学で8~9割となり、採点の公平性という点では、試験の受託業者が研修を受けた採点者となる大学院生ら約2,000人に対して、記述式問題を複数人で1つの答案を採点させ、大学入試センターが無作為抽出で行った点検では、国語では約0.3%の採点結果に補正が必要であった。
1~2点の得点差で希望大学への入学の道が絶たれることになりかねないのだから、受験生にとっては例え0.3%の補正であっても、「採点の公平性が保たれていないこと」は重大な問題だ。
その採点という重要な業務が“民間業者への丸投げ”となれば、批判を招くのも当然の事態だろう。最初に“火を噴いた”のは、英語民間試験の活用だった。10月24日、国会で英語民間試験の活用について問われた萩生田光一文科相は、「“身の丈に合わせて”受験してほしい」と答弁し、批判が殺到した。結局、10月28日に萩生田文科相は、「受験生に不安を与えかねない説明不足な発言であった」と謝罪するに至った。
しかし、英語民間試験の活用に対する批判は収まらず、11月1日に文科省は英語民間試験の活用の20年度の導入を見送ることを発表した。11月8日、萩生田文科相は、「文科省が民間試験団体の取り組みを十分に指導・監督できる制度設計になっておらず、連携と調整が十分ではなかった。各大学の活用内容、情報提供不足などの準備の遅れにつながった。公平でアクセスしやすい仕組みはどのようなものなのか、検討会議を設けて、今後1年をめどに検討して結論を出したい」と答弁している。
英語民間試験の活用は延期されたが、国語・ 数学での記述式の導入については、20年度の大学入学共通テストから導入する方向で進んでいる。同テストでは、国語と数学でそれぞれ小問3問の記述式問題が出題され、採点はベネッセなど教育産業の大手民間事業者に委託する仕組みに変更はなく、プレテストで問題が指摘された採点の公平性などについての対策は明らかにされていない。
なぜ、英語民間試験の活用だけが延期され、国語・ 数学での記述式の導入は実施にこだわるのか。教育利権を持った国会議員や文科省と民間業者との“癒着”まで取り沙汰されている始末だ。
今や、4年制大学への進学は高校生の半数以上に上る。進学率は90年頃は25%前後だったが、現在では50%を超えている。少子化の影響を受け、生徒数の減少による経営難に陥る大学もあり、ほとんど無試験で入学を許可する大学もある。
教育は国の礎だ。こうした時代背景も考慮し、大学入試のあり方を考えるべきであり、大学そのもののあり方も変革していくべきだろう。大学入試は受験生の人生を決める一つの大きな要素でもある。大学入試は誰のためのものなのか、大学はどうあるべきなのかという点を踏まえた入試制度改革を行うべきだ。
大学受験シーズン真っ最中の現在、受験生を大いにざわつかせているのが、出題ミスによる追加合格のニュース。出題ミスによって、本来であれば合格していたはずの受験生が不合格になっていたとして、大阪大学と京都大学が相次いで追加合格者を出したが、その背景には、より根深い問題が存在する。
追加合格騒動の発端は、大阪大学が今年1月、昨年の入試の物理おける出題と採点に誤りがあり、新たに追加合格者を出したことだ。この件については、外部から複数回指摘があったものの、大阪大学はこれを放置。組織的な対応が遅れたことに批判の声が寄せられた。
その日のために勉強してきた学生が設問ミスに泣くことは、当然避けられねばならない。しかし、超難関国立大学の准教授は、決して判明し得ない採点ミスの可能性を指摘する。
「入試問題の採点は、外部に委託することはなく、すべて内部の人間でやります。私の大学では助手や准教授、場合によっては教授も駆り出され、採点します。解答用紙を持ち帰ることは許されず、完全な監禁状態で一気にやります。不正が起きないように、解答用紙の氏名欄や受験番号は見られないようになっています」
採点者にとっては、将来自分が教えるかもしれない学生を選ぶ場。少しでも優秀な学生を獲得するために、間違いが起こらないように努めるのが責務だが、実際にはその雰囲気には程遠いという。
「大学の教授や准教授と言うと『スゴい人』と思われがちですが、実際はただのサラリーマンです。研究に没頭できるのは本当に優秀なほんの一握りの教授で、その他の大半は、雑務に追われて研究が思うようにできない人間ばかり。教授といえども年度末は大変忙しく、そんな時期に行われる採点作業は、肉体的にも精神的にも大変こたえます。私が数年前に数学の採点を担当した時は、配点が30点の大問を1問担当しました。採点作業の前に解答について解説があり、部分点についても指示がありましたが、その点数は30点、25点、5点、0点の4種類でした。自分が受験生だった時は、部分点はもう少し細かく分かれているものだと思っていたので、とても驚いた記憶があります。その問題は私がすべて採点をし、もう1人がチェックするダブルチェック体制でしたが、数百人の採点を流れ作業で行って、絶対ミスがないかと問われれば、『はい』とは答えられません。マークシート方式にすれば、ミスを限りなくゼロにできますが、記述式の場合、人間ですから採点ミスをなくすことは不可能です。受験生は納得できないでしょうが、落ちているはずの学生が採点ミスで受かることもあるわけですから、諦めてもらうしかないですね」(同)
10代の少年少女にとって受験とは、不条理の存在を知る機会ということになりそうだ。
大学受験シーズン真っ最中の現在、受験生を大いにざわつかせているのが、出題ミスによる追加合格のニュース。出題ミスによって、本来であれば合格していたはずの受験生が不合格になっていたとして、大阪大学と京都大学が相次いで追加合格者を出したが、その背景には、より根深い問題が存在する。
追加合格騒動の発端は、大阪大学が今年1月、昨年の入試の物理おける出題と採点に誤りがあり、新たに追加合格者を出したことだ。この件については、外部から複数回指摘があったものの、大阪大学はこれを放置。組織的な対応が遅れたことに批判の声が寄せられた。
その日のために勉強してきた学生が設問ミスに泣くことは、当然避けられねばならない。しかし、超難関国立大学の准教授は、決して判明し得ない採点ミスの可能性を指摘する。
「入試問題の採点は、外部に委託することはなく、すべて内部の人間でやります。私の大学では助手や准教授、場合によっては教授も駆り出され、採点します。解答用紙を持ち帰ることは許されず、完全な監禁状態で一気にやります。不正が起きないように、解答用紙の氏名欄や受験番号は見られないようになっています」
採点者にとっては、将来自分が教えるかもしれない学生を選ぶ場。少しでも優秀な学生を獲得するために、間違いが起こらないように努めるのが責務だが、実際にはその雰囲気には程遠いという。
「大学の教授や准教授と言うと『スゴい人』と思われがちですが、実際はただのサラリーマンです。研究に没頭できるのは本当に優秀なほんの一握りの教授で、その他の大半は、雑務に追われて研究が思うようにできない人間ばかり。教授といえども年度末は大変忙しく、そんな時期に行われる採点作業は、肉体的にも精神的にも大変こたえます。私が数年前に数学の採点を担当した時は、配点が30点の大問を1問担当しました。採点作業の前に解答について解説があり、部分点についても指示がありましたが、その点数は30点、25点、5点、0点の4種類でした。自分が受験生だった時は、部分点はもう少し細かく分かれているものだと思っていたので、とても驚いた記憶があります。その問題は私がすべて採点をし、もう1人がチェックするダブルチェック体制でしたが、数百人の採点を流れ作業で行って、絶対ミスがないかと問われれば、『はい』とは答えられません。マークシート方式にすれば、ミスを限りなくゼロにできますが、記述式の場合、人間ですから採点ミスをなくすことは不可能です。受験生は納得できないでしょうが、落ちているはずの学生が採点ミスで受かることもあるわけですから、諦めてもらうしかないですね」(同)
10代の少年少女にとって受験とは、不条理の存在を知る機会ということになりそうだ。
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