スピ女子集結イベントで子宮委員長、キンコン西野が絶好調トークを展開!

 前回に引き続き、〈引き寄せの法則〉実践ブログで注目を集めたHappy氏の手がけるイベント〈シンデレラプロジェクト〉潜入レポートです。

▼前篇:「子宮との対話セッション」も初体験! スピ女子大集結イベント潜入レポ

 今回ご報告するのは、イベント2日目。この日のお目当ては、なんといっても子宮系女子のトップである、子宮委員長はる氏です。著書を立て続けに発表する中で、それなりにまともな出版社から「子宮の声の日めくり」なるものまで出し、絶好調なご様子で何よりです。

 このイベントの告知写真では和服姿でしたので、新年らしくその出で立ちで登壇するのかと思いきや、Happy氏の演出につき合わされたか、これまたド派手なウエディングドレス姿。

 しかも〈私と結婚式〉という、少女趣味炸裂企画で誓いの言葉まで言わされていて、これは少々お気の毒に……なんて気持ちになってしまうではありませんか。

 ところがその後のトークで、「ダークネスな女神像を生きているようでいて、自分の中にも純白のシンデレラ像があるんだなと思った」というようなことを言っていたので、子宮委員長的にはまんざらでもなかったのかもしれません。意外……というか、やっぱり自分好き?

 Happy×はる氏のトークは、子宮教の源〈子宮メソッド〉には特に触れず、子宮委員長の近況報告といったところ。第2子出産後は夫と別居することや(子どもは夫が育てるよう)、ご自身が映画化されるという新情報のほかは、プロフィールをグダグダに紹介されたのみ。これはいわゆる〈友情出演〉と表現されることが多々ある、お義理出演だったのでしょう。

◎主張したいのは「小林麻耶と仲よしな私」

 面白かったのは、Happy氏が自分の感覚を大切にして、世間の常識から外れても気にしないということを繰り返し説いているにも関わらず、子宮委員長が風俗嬢時代に父親のわからない第1子を授かったというプロフィールについて「風当り、強かったでしょう?」と、ごく一般感覚の質問をしたところ。これに対し、世間の風当たりはそうでもなかったと子宮委員長があっさり否定していましたが。

 Happy氏とはる氏の組み合わせといえば、小林麻耶が関わっていることが一時期話題となり、ネットでは「小林麻耶を子宮系に引き寄せたHappyとは何者か」というまとめ記事も登場しているのですが、それもちゃっかりネタにするHappy氏。話の流れをぶったぎり「うけるのがさあ、〈子宮教とつないだはHappyとは何者か!〉とか書かれて(笑)」と始まったときは、その話出すんだ~という点よりも、それまでの流れから、何の脈絡もなく話し出したことにポカーン。前日同様Happy氏はとにかくお話の組み立てが苦手なご様子で、プロの司会進行役を別にご用意したほうがよかったようです。

しかも、どうも発言のニュアンス的に、麻耶ちゃんと仲がいいのは、子宮系女子じゃなくてあくまで私なの! というような主張が匂ってくるので、超どうでもいい自慢っすな……とますます白けた気持ちになってしまうではありませんか。

 小林麻耶ネタについては、Happy氏曰く「情報操作されたもので右往左往されずに、本当の審美眼で自分で精査するしかない」とのこと。ええと、Happy氏の謳う〈審美眼〉〈自分で精査〉って、これまでの話の流れから言いますと〈自分の感覚とマッチするかどうか〉ですよね。〈情報〉の良し悪しは、自分好みかどうかの前に〈正確か〉というのが最低ラインでありますから、どう言い換えても自分の感性に頼るというのは最もダメな方法ではないでしょうか。

 はる氏が別のイベントで、業務的な質問をHappy氏になかなか言い出せず1週間悩んだというエピソードに対しても、「こんなに繊細な女性なんです!」とハイテンションに紹介していましたが、それ、繊細という言葉は適切でなく、ただのコミュニケーション障害っす。

 そんな子宮委員長のお義理出演が終わると、一般人オーディションの通過者たちが繰り広げる歌とダンスのステージです。メインボーカルはかつてミュージカルの「アニー」主役を務めた経験もあるとのことでそれなりに様になっていましたが、ラストに全員で「Happyちゃん、夢をかなえさせてくれてありがとう!」というキメ台詞にゾゾー。これって、台本上の台詞でしょ? ひたすら主催者を持ち上げる演出って不気味なんですが。

 このようにひたすら違和感を覚える企画が続きましたが、その気持ち悪さをキレイさっぱり一掃してくれたのが、真打ちであるキングコング西野亮廣氏です。まさかの、計算ずく!?(そんなわけないけど)

◎炎上芸人が私たちの「神様」

炎上芸人〉として有名な西野氏は、製作費をクラウドファウンディングで集め、分業制で絵本を作るという企画で注目を集めていたり、ビジネス書を出しているあたりから、お金大好き教とも言える、この界隈から目をつけられたのでしょうか。……なんてこと(邪推?)はさておき、たたずまいといい、切れ味抜群のトークといい、すべてがさすがのプロ。エンタメはこうでなくてはと思わせるクオリティでありました。

 トークが始まると、西野氏が炎上芸人であることを引き合いに、自己否定の気持ちはどう処理すればいい? と問いかけるHappy氏。それに対し、西野氏は「頭の先からつま先まで、自分大好きだから全く気持ちがわからない!」「世間の人には興味ない」とバッサリ。ここで自己肯定のコツやそれに至った体験談などを聞き出すべきだと思うのですが、「もう神様! 西野さんは別格の脳みその持ち主だからそう思えるんだ」をひたすら連呼するHappy氏。それでは、話が展開しないんですけど。

 西野氏が、アンチをどうとらえるかという考え方をきちんと説明しているにもかかわらず、Happy氏は今回のプロジェクト参加者がいかに自己否定にとらわれていたかという話を延々と続けます。そりゃ西野氏も「わっかんないなあ」と返すしかないですよ。どこまでもかみ合わない、対談。

 今回語られた西野氏の主張は、〈ポジティブシンキングでどうにかしようとすると勇気とかがついてまわるから、ハードルが高くなる。だからロジカルシンキングになるべき〉というものです。

 たとえば海外旅行。各種手続きやトランジットの方法を知っていれば、別に勇気は必要ないでしょ? と。 そのように、必要なのは勇気ではなく〈把握力〉であり、何でも逆算して計算すれば、難しいと思っていたことでも簡単に踏み出せるとアドバイス。この話が、「世間のルールに縛られないで!」「自分を信じて!」と闇雲に畳み掛けるHappy氏を暗にディスっているように聞こえてしまい、ほんのひととき、ほっこりできた瞬間でした。

 ちなみにHappy氏はそれに対しては、

「常に全部を自分のハートとずれているかずれていないかだけで判断する。それをしないと手詰まり・苦しみ・自分の人生の展開が起きない、ということがわかっているので。ずれたときには動かない、そういう場所にはいかない、そういう人とはつきあわないって決めていると、結果的に、嫌な人とはつきあわなくなっちゃうんですよ」

 と説明。ええとHappy氏的にはそれが宇宙ロジックなのかもしれませんけど、結局のところスピリチュアル方面のお話ですから、現実の数字をとらえて考えたりする西野氏が言うところの把握とは別モノで、考え方をポジティブにするという話の範疇なのではないですかね?

◎キンコン西野、スピ女子に匙を投げる

 さらに西野氏は、日頃からライバルと公言しているディズニーが、ひとつの理想を目指す〈一神教〉であると解説。「王子様が迎えに来てくれてお姫様になる、それから外れた人は誰も救われない」と語り、それがよかった時代もあるけれど、これからは多様性が必要と続きます。他には、こんな例えも登場しました。自然界は必ず奇形という規格外が生まれるようにできている。すべてが均一であると、環境が大きく変化したときに全滅してしまうから。だから、それぞれの形で間違っていないんだよと。とても、分かりやすい。

 これらの西野トークから、「常識にとらわれない」「こうでなくてはならないという洗脳から抜け出そう」と言いながら、「スポットを浴びて賞賛されることが女の輝き!」という枠から出られないHappy氏の浅さが露呈した結果となりました。しかも、西野氏がどんないい話をしても、「西野さんは特別な脳みそをしてるから~」と、ひたすら一般の人がどれだけ自己否定にさいなまれているかしか繰り返さないHappy氏。ラストは「もう飲みに行っちゃったらいいですよ! 酔っぱらったら悩みも分からなくなるでしょ」と匙を投げたご様子の西野氏、大変お疲れ様でございました。

 今回のイベントでは、〈なんでもアリ〉的な一般人の自己PRタイムもあり、1日目にはステージ上でバク転に失敗し、骨折したという事件も勃発。その女性はギプス姿のまま、翌日のステージで踊るというファイトを見せてくれましたが、それをHappy氏はひたすらネタにして「オモシロすぎる!」「こんな人が昨日いて! すごすぎません!?」と笑いもの扱いです。「こんなレベルでも好きなことやっていいんだ!」と思ってもらえるように、と語られていましたが、これではマニアックな人を呼んで語らせる『アウト×デラックス』ほか、類似番組の超劣化版にしか見えません。

また、安全管理を怠ったという主催者の責任問題につながる出来事を、繰り返し「ウケる!」とネタ扱いするお粗末さも、恐ろしい。素人の未熟さが悲惨な事件を巻き起こした、東京デザインウィークの教訓は、この界隈には届いていないようです。

◎ラストは「恋ダンス」で自己を解放!?

 イベントフィナーレでは、「皆もステージに上がってきて!」という呼びかけとともに、カオスとなったステージ上での「恋ダンス」。「新しい価値観」的な要素はみじんもなく、流行ダンスでわかりやすく盛り上がっていた皆様でした。これにご参加の皆様、輝くってこれでいいの~!?

今回のイベントでひたすら繰り返された「ハートとずれている」のは、まさにこの空間であることは、何よりも強く確信できました。さすがに〈これが引き寄せ実践者〉と言ってしまうのはそれこそ雑ですから、もう少しきちんと整った引き寄せトークを聞いてみたいものです。となると、やっぱり〈癒しフェア〉なのかしら。

(謎物件ウォッチャー・山田ノジル)

■山田ノジル

自然派、エコ、オーガニック、ホリスティック、○○セラピー、お話会。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のないトンデモ健康法をウォッチング中。当サイトmessyの連載「スピリチュアル百鬼夜行」を元にした書籍を、来春発行予定。

震災時、小学生女児だった私の頭皮・髪の毛に起こった異変

漫画家・やまもとありさ先生の「ハゲ」は、頭皮のカタさや、かつて自ら頭髪を剃り上げたことが遠因になっている可能性もあり、一概に「これでハゲた」と言いきれる理由はわかりませんが、やまもと先生の友人で同じ薄毛女子(スゲジョ)である緑丘まこさんの幼少期の薄毛体験は、1995年1月17日に起こった阪神大震災に起因していました。震災から22年、いま振り返るあの朝のこと。

~いままでのお話~

【第1話】若年・女性・薄毛…生えなくなった女性漫画家の決意
【第2話】女なのに20代でハゲ、何で!? カミソリ除毛は頭皮を弱らせるのか
【第3話】睡眠・大豆・炭酸・コラーゲン直塗り! 生やしたい人のリアルな「毛活」をレポるよ

【第4話】女性専用の薄毛クリニックに無料カウンセリングを受けたらゴリゴリ勧誘されました。
【第5話】円形脱毛は「ほっとけば治る」? 増え続けるハゲに焦り愚かなドクターショッピング
【第6話】「休み時間は無心で髪の毛を抜いてました」抜毛症だったナタさん【私が薄毛女子です】
【第7話】半年間の育毛活動でハゲはどう変わったか? ドイツの女性用ハゲ改善飲み薬に膨らむ期待!
【第8話】超マイクロスコープは見た!皮脂で固まった毛穴…毛が生えない「汚頭皮」
【第9話】未知の快感に震える…! 発毛治療のはずが全身を走る気持ちよさに身悶えて
【第10話】早寝早起き、白湯、育毛剤、散歩、自炊、入浴…半年続けた「丁寧な暮らし」はハゲにどのような効果をもたらしたか

◎エピソード大募集!!!!!

ひとくちに「女性の薄毛」といっても、やまもと先生の薄毛とmessy下戸山の薄毛がまったくの別種類であるように、その症状も背景も千差万別です。薄毛に悩み、周囲にも話せずにいるというそこの貴女! やまもと先生にそのエピソードを漫画化してもらいませんか? 今こそ集おう薄毛女子!
<contact@mess-y.com>までドシドシお寄せください。

■やまもとありさ

2013年商業誌デビュー。2014年連載中止。2015年連載中止。漫画「あいこのまーちゃん」発売中&マンガonウェブ連載中

セックスレス2年間の苦悩と解消策「男性器の挿入を求めていたわけじゃない」

・どのくらいの期間しなかったらセックスレス?
・女からセックスを求めるのは変?
・セックスをしない男の心境とは?
・セックスをしなくても幸せなのか?
・同棲中のセックスレス
・セックスレスで離婚

ここに挙げたのは、私が実際にネットで調べた経験のあるフレーズです。実は2年もの間、セックスレスで悩んでいました。

お相手は、くっついたり離れたりしつつもトータル3年ほど関わっていた2歳下の男性。お付き合いしたての頃は、何も気にならない程度にはセックスしていたのですが、同棲を始めて半年を過ぎたあたりからその頻度は2週に1度、月に1度、と減っていきました。

最初は彼の好きなAVをリサーチしてプレイを調べたり、「もしや彼はM要素が強いのかもしれない……」と考えて女王様に相談したりと、手当たり次第作戦を練りました。私も好奇心旺盛だし、男女関係なく責めも受身も楽しめるタイプなので、そのすべてが楽しかったんです。おかげで本コラムネタにもなりましたしね(笑)。自分からセックスを仕掛けることに関してもまったく苦には思いませんでした。

しかし、そのうち彼から「今日は疲れてるから……」や「眠いからまた今度にしよう」などのドラマのような決まり文句を言われたり、私が責め手としてスタートした行為を本気で中断されるようになりました。これらが続くと、さすがに「本当に女性として見られてないのかな?」「必要とされていないのかな?」と日々不安が募るんですよね……。悲しさや寂しさから些細なことで相手を攻撃したり、浮気を疑ってみたりするようになりました。

次第にそんな自分が嫌いになり、別れを決意。しかし、セックスをしなかったことに対する謝罪や「今後はちゃんとしよう」などの連絡が鳴り止まず。セックスレス以外は何も問題のない、とても仲の良い友人のような関係だったので再び同棲を始めるも、結局レスが解消されることはなく……。結果、3回ほど同じようなことを繰り返しちゃいました。

何年もセックスレスに悩んでいると、「求められていない相手を大事にできない」と感じてしまったり、責め手に回るのも無理矢理しているみたいで情けなくなってくることも。やがて、セックス自体に拒否反応が現れ、今度はこちらが「この人に触られたくない……」と思うようになりました。触れられない時間が経ちすぎてしまったんですね。求婚されていましたが、どうしても将来が考えられず、結果お別れすることになりました。

◎バイセクシャルだから思うセックスのこと

彼氏とのセックスレスに悩み、破局を選んだ私を「レズビアンとして女性とお付き合いした場合、女性には男性器がないのにストレスは感じないの?」と思う方もいるかもしれないし、実際に自分でも疑問に感じたことがあります。

その時に出た答えは「男性器の挿入を求めていたわけじゃない」ということ。

美味しい食事は誰とでも共有できるけど、セックスの気持ち良さは本当に大切な人としか共有できません。お互いに「その気持ち良さやオーガズムを味わって欲しい」と想い合える“気持ち”を望んでいたのでしょう。大切な人とのセックスでしか満たされない“気持ち”を。

セックスをしなくても幸せなカップルはたくさんいます。しかし、それはどちらかだけがセックスを求めているという状態ではなく、お互いに必要ないと感じてるならそれでいいのです。

セックスレスって、カップルでテレビのチャンネル争いをしているにも関わらず、どちらかだけが見たい番組を毎日何時間もずーっと見続けてるような感覚に似ています(笑)。つまり、お互いに一緒に居たいという気持ちはあっても、どちらかが相手の気持ちを無視して時間を過ごしてるのです。せっかくならお互いの見たい番組を交互に見たり、興味のない番組も興味を持たせるために努力して、一緒に楽しめるようにするほうが楽しいし、気持ちよく時間を過ごせますよね♪

「一緒に居られるならセックスなんてどうでもいいじゃん……」

別れ際、泣きながら彼が言ったこの一言で、最後まで譲り合えない相手だったのだと確信しました(※彼はAセクシャルではありません)。

パートナーの要求に100%応えることはとても難しいことです。でも、せめて半分は応えてあげられたらいいな……と私は常々思います。もし、相手もそう思ってくれたなら、半分半分ずつ補い合って本当の意味で2人でひとつになれる気がします♡

セックスレスに悩む根底には「セックスがしたい!」という単純な性衝動ではなく、「大切な人に求められたい」「2人でひとつになりたい」という欲求があるのではないでしょうか? 普段の生活からパートナーと意見や欲しいものを譲り合う習慣を付けることで、セックスレスの解消にも繋がるかもしれませんね。“たかがセックス、されどセックス”ですよ♪

セックスレス2年間の苦悩と解消策「男性器の挿入を求めていたわけじゃない」

・どのくらいの期間しなかったらセックスレス?
・女からセックスを求めるのは変?
・セックスをしない男の心境とは?
・セックスをしなくても幸せなのか?
・同棲中のセックスレス
・セックスレスで離婚

ここに挙げたのは、私が実際にネットで調べた経験のあるフレーズです。実は2年もの間、セックスレスで悩んでいました。

お相手は、くっついたり離れたりしつつもトータル3年ほど関わっていた2歳下の男性。お付き合いしたての頃は、何も気にならない程度にはセックスしていたのですが、同棲を始めて半年を過ぎたあたりからその頻度は2週に1度、月に1度、と減っていきました。

最初は彼の好きなAVをリサーチしてプレイを調べたり、「もしや彼はM要素が強いのかもしれない……」と考えて女王様に相談したりと、手当たり次第作戦を練りました。私も好奇心旺盛だし、男女関係なく責めも受身も楽しめるタイプなので、そのすべてが楽しかったんです。おかげで本コラムネタにもなりましたしね(笑)。自分からセックスを仕掛けることに関してもまったく苦には思いませんでした。

しかし、そのうち彼から「今日は疲れてるから……」や「眠いからまた今度にしよう」などのドラマのような決まり文句を言われたり、私が責め手としてスタートした行為を本気で中断されるようになりました。これらが続くと、さすがに「本当に女性として見られてないのかな?」「必要とされていないのかな?」と日々不安が募るんですよね……。悲しさや寂しさから些細なことで相手を攻撃したり、浮気を疑ってみたりするようになりました。

次第にそんな自分が嫌いになり、別れを決意。しかし、セックスをしなかったことに対する謝罪や「今後はちゃんとしよう」などの連絡が鳴り止まず。セックスレス以外は何も問題のない、とても仲の良い友人のような関係だったので再び同棲を始めるも、結局レスが解消されることはなく……。結果、3回ほど同じようなことを繰り返しちゃいました。

何年もセックスレスに悩んでいると、「求められていない相手を大事にできない」と感じてしまったり、責め手に回るのも無理矢理しているみたいで情けなくなってくることも。やがて、セックス自体に拒否反応が現れ、今度はこちらが「この人に触られたくない……」と思うようになりました。触れられない時間が経ちすぎてしまったんですね。求婚されていましたが、どうしても将来が考えられず、結果お別れすることになりました。

◎バイセクシャルだから思うセックスのこと

彼氏とのセックスレスに悩み、破局を選んだ私を「レズビアンとして女性とお付き合いした場合、女性には男性器がないのにストレスは感じないの?」と思う方もいるかもしれないし、実際に自分でも疑問に感じたことがあります。

その時に出た答えは「男性器の挿入を求めていたわけじゃない」ということ。

美味しい食事は誰とでも共有できるけど、セックスの気持ち良さは本当に大切な人としか共有できません。お互いに「その気持ち良さやオーガズムを味わって欲しい」と想い合える“気持ち”を望んでいたのでしょう。大切な人とのセックスでしか満たされない“気持ち”を。

セックスをしなくても幸せなカップルはたくさんいます。しかし、それはどちらかだけがセックスを求めているという状態ではなく、お互いに必要ないと感じてるならそれでいいのです。

セックスレスって、カップルでテレビのチャンネル争いをしているにも関わらず、どちらかだけが見たい番組を毎日何時間もずーっと見続けてるような感覚に似ています(笑)。つまり、お互いに一緒に居たいという気持ちはあっても、どちらかが相手の気持ちを無視して時間を過ごしてるのです。せっかくならお互いの見たい番組を交互に見たり、興味のない番組も興味を持たせるために努力して、一緒に楽しめるようにするほうが楽しいし、気持ちよく時間を過ごせますよね♪

「一緒に居られるならセックスなんてどうでもいいじゃん……」

別れ際、泣きながら彼が言ったこの一言で、最後まで譲り合えない相手だったのだと確信しました(※彼はAセクシャルではありません)。

パートナーの要求に100%応えることはとても難しいことです。でも、せめて半分は応えてあげられたらいいな……と私は常々思います。もし、相手もそう思ってくれたなら、半分半分ずつ補い合って本当の意味で2人でひとつになれる気がします♡

セックスレスに悩む根底には「セックスがしたい!」という単純な性衝動ではなく、「大切な人に求められたい」「2人でひとつになりたい」という欲求があるのではないでしょうか? 普段の生活からパートナーと意見や欲しいものを譲り合う習慣を付けることで、セックスレスの解消にも繋がるかもしれませんね。“たかがセックス、されどセックス”ですよ♪

先輩ママのネガティブな次回予告「産まれてからの方がもっと大変だよ」は何を意味しているのか

「あれ?この子、こんなに親しかったっけ?」
「この人とはこんなに頻繁に連絡取る仲だったっけか?」

昨年、私が妊娠した時に感じた、率直な疑問だ。
妊娠が判明し、つかず離れずの関係(たまに「元気?」と連絡を取る程度)の友人や知人にLINEでその報告をした時のこと。

独身の友人や、既婚でも子供のいない友人は、この時のやり取りが「おめでとう!身体大事にしてね!」であっさり終わったが、子持ちの友人たちは、その日からやたらとぐいぐいメッセージを送ってくるようになった。

「予定日いつ?」
「今何カ月なの?」
「つわりはひどい?」

妊娠・出産経験者として、新米妊婦の身を案じてくれているのかと思った。
しかし、どうやらそれだけではないのだ。

「これからどんどんむくみ酷くなるよ」
「体重管理するのまじで大変だよ」
「臨月になると、内診が死ぬほど痛いよ」

 少しずつ私の中に違和感が芽生え始めた。
彼女たちは、聞いてもいない「次回予告」をなぜか口々に語り始めるのだ。
それも、ネガティブな内容ばかり。

こちらからもう連絡を取りたくはないと思ったけれど、妊娠期間、子持ちの友人からは「どう?」の連絡が頻繁にあった。

安定期を過ぎた頃、これは私の身を案じてくれている連絡ではない、と確信した。彼女たちは「とにかく自分のことを語りたい」のだ、と。
自分が経験したことを、自分が乗り越えた事実を言いたくて仕方ない。聞いてほしいのだろう。

私はつわりがなかなかキツい妊婦で、つわり以外にも様々な体調変化が訪れ、初めての感覚に戸惑いばかりで、この苦しみは一体いつまで続くのだろう……とどんよりとした毎日だった。

こんな時、欲しかった言葉は「私はコレで楽になったよ」とか、「○週目位で少しずつ落ち着いたよ」とか、そうしたポジティブな体験談だったように思う。

しかし、私が「つわりがひどくて」とLINEで送ると、彼女たちは「あ~~、懐かしい!! 私の時もさ~……」と自分語りを始めるのだった。

そうなると、こちらも気を使わなきゃいけないのかなという気になり、「××のときはどうだったの?」とか質問を投げかけたりする。あちら側からは、また聞いてもいないネガティブな「次回予告」がやってくる。この繰り返しが本当に疲弊した。

今思うと、あの時のやり取りの主人公は、常に「友人側」だったように思う。

我慢して付き合っていたけれど、妊娠後期、さすがに耐え切れなくなってきた。
産科医にも笑われるほど私のお腹は大きくなり、それだけに身体のあちこちにガタが来ていた。

個人的な事ではあるが、並行して引っ越し・結婚式の準備なども重なり、やることは多かった。その中で9カ月半まで仕事をしていたので、肉体的にも精神的にも限界が近いように感じていた。

臨月には恥骨の激痛により歩けなくなるし、身体はへとへとなのに夜中は1時間ごとに尿意で起きてしまうから寝不足……。

そんな時期に送られてきた子持ちの友人からの「どう?」に対して、すんなり今の心情を返してしまった。

「つらい」、と。

すると、彼女たちは口を揃えてこう言った。

「産まれたらもっと大変だよ」

要は、【子供が産まれたら、その世話でロクに睡眠もとれないし、ストレスは溜まるし、臨月のあなたのそんな辛さなんかよりずーっと大変な思いをする】、ということらしかった。

どうして“断言している”んだろう、と思った。

エピソードを語る意味で「私は出産後の方が大変だった」と言うのは(そのときの私は聞きたくなかったけれど)自由だ。

自分が一度や二度の妊娠生活を送ったことがあるとしても、一度めと二度めがそっくりそのまま同じに進まないのと同じで、他人の妊娠出産と自分の妊娠出産は当然、異なる。同じ体験をしているようでいて、ひとりひとりまったく別ものなのだ。

だからまず、「断言される」ことへの違和感が募った。

それに、どこに「辛さ」を感じるのかだって人それぞれだ。

「痛い」「痒い」「眠い」「重い」……妊娠にまつわるトラブルは本当に多岐にわたる。

私は、22キロも増えた身体が「重」く、そのせいで股関節が壊れそうに「痛い」と感じたけれど、それ以上に、皮膚が敏感になったことで「痒い」ことが一番辛かった。

だから、痒さが酷ければ酷いほど、「大変な思いをしている妊婦だ」と思ってしまう。

でも、私に取ってはそこまで辛いポイントにはならなかった「痛い」が酷い妊婦に対して「痒くなくて楽だ」とは決して思えない。

しかし彼女たちは、そういった事もモロモロ含め、絶対に「産まれてからの方が辛い」と言い切っていた。

いちいち「これからあなたの歩く道は、もっと大変だよ」とネガティブ次回予告を繰り返されることは、呪いをかけられているに等しい。

脅し文句に使うべきではない

これは私の周りの友人が特殊なわけではないのだと思う。

ネットの質問掲示板などを見ると、初めての妊娠に戸惑う初産婦が、身体の様々な不調を相談すると、「大丈夫です、産まれてからの方が大変です」とか、「産まれたら一人の時間なんてなくなるから、今のうちにエンジョイして☆」とか、訳のわからない断言で、全く答えになっていない回答がズラーッと並ぶ。

そんな未来のことはいいから、どんな対策をしたら良いか、どうすればラクになったかの体験談や、産婦人科以外の科やクリニックを受診したら良いなどの情報を教えてほしい。

おそらく相談者は「今」を乗り越える術が欲しくて質問しているのだ。

産まれてからがどうであれ、とにかく「今」辛い思いをしている人に対して、なぜ、もっと先にある辛さを覆いかぶせ、追い打ちをかけるのだろうか?

「そうか、まだまだこの辛さは序の口なのか! じゃあ頑張ろっと☆」なんて思えるとしたら、相当なマゾヒストだ。

私が見たネットの一番酷い回答は、「そんなのまだ序の口。その程度で音を上げてるならあなたは母親としてまだまだです」というものだった。

まるで地獄である。こんな言葉ばっかり浴びていたら、子育てに臨む覚悟をキメるどころじゃなく、不安でいっぱいになってしまう。

足し算ができなくて悩んでいる小1に向かって、小3が「割り算はもっと難しいよ。足し算ができないんじゃ全然ムリだよ」と言ったところで、小1は足し算ができるようになるだろうか? それどころか、むしろ算数そのものが嫌になってしまうのではないだろうか。

どんなに言葉を取り繕ったところで、彼女たちの言葉は、心身不調で困っている妊婦に追い打ちをかけ、心を折ろうしている行為でしかないように思う。

妊娠も出産も子育ても、今目の前にある一個一個を乗り越えるからこそ、結果的に越えていけるものだろう。

妊婦にとっての未来、つまり彼女たちの今(育児)が辛いというのは、当人が“今”乗り越える課題であって、脅し文句に使うべきではない。

でも、なぜ、先輩ママとやらは、自分が乗り越えた過去の地点にいる友人を、「まだまだ足りない」かのような扱いをするのだろう。

まだまだも何も、自分だってその時は「初めて」だったはず。今を乗り越えるのに必死だったはずだ。

もしかしたら、「乗り越えた自分の凄さを認めてほしい」という、自己顕示欲なのだろうか。

妊娠が判明してから出産に至るまで、約9カ月。
この9カ月という時間は、いつのまにか数年経ったかのような感覚に陥るほど、しんどいことの連続だったと語る経産婦も少なくない。

育児もそうだ。

2歳の子を持つ私の友人は、「周りは“あっという間に2歳か~!”って言うけど、私からすると“まだ2年か”という感じ」だと言っていた。
短いようで、長いのだ。

女性は人生のうち、わりと長い期間と、とんでもない労力を「妊娠」「出産」「育児」にあてるというのに、それに対しての称賛は、あまりなかったりもする。

昔から女性は、出産して当たり前、子育てして当たり前……という風習があるから、傍から見たら「女性として生きる過程をただ通ってるだけ」と思われがちだ。

でも実はその「当たり前」がとんでもなく荷が重く犠牲にするものも多く、並々ならぬ努力の繰り返しだから、「世間のイメージ」と「実際」の温度差が激しすぎて、「とにかく労われたい」「褒めてほしい」という願望が常に叶わず、不満のかたまりになってしまう母親もいるのではないだろうか。

夫にはわかってもらえない。実母にこの願望をぶつけても、ずっと昔に乗り越え済のことだから「やれるはず」と言われて終わり。子ナシの友人にはリアリティを持って受け止めてもらうことは難しい。

単に褒めてほしい、労ってほしいだけなら母も含め、苦難を知る先輩ママが労ってあげるサイクルを作ればうまくいくが、「手慣れた自分」を評価してほしい場合、対象は「同等・またはそれ以上にスキルがある人間」であってはいけない。

そこで「自分が乗り越えた事実」を純粋に称賛してくれそうな対象として、「大変さを共有できる、自分より経験値が少ない人間」……つまり、「妊婦の友人」「自分より後に出産した友人」が吐き出す相手に選ばれてしまうのかもしれない。

私も妊娠前は、出産した友人の存在はただ漠然と神々しく感じただけだったが(今思えば幻想に縛られていた)、自分が妊娠してからは出産済の友人のことをリアルに「すごい存在」で、尊敬の念を抱いた。

しかし、前述のような「尊敬して!何でも聞いて!見上げて私を!」のアピール攻勢に、ただでさえ妊娠中で気が滅入っていた私は、付き合いがただただ面倒になってしまった。一番キツくなった9カ月のときに「つらい」と返事してしまったこと以外はなるべく意識的に距離を置くようにしたが、どう付き合うのが正解だったのだろう。

妊娠期間が終わり、出産を経て今まさに育児真っ只中の私が思う事。

「産まれてからの方が辛い」と断言することは出来ない。

そりゃ育児は楽ではない。睡眠不足の中、精神的に追い詰められるのも事実だ。

ただ、身体が究極に辛かったあの頃と、子に大きな責任を持っている今とじゃ、ジャンルが違いすぎて比べることができない。

今私が断言できるとすれば、一つの事実として、
【妊娠中は、辛い】という事だけだ。

妊娠と出産を経て育児に奮闘する中、褒めてほしい、認めてほしい気持ちが蓄積するのは当たり前だと思う。けれど「産まれてからのほうがもっと大変」という呪いの言葉を、妊婦にぶつけるのはよそう。

「先輩ママ」ならば妊娠時のストレスや不安も解るのだから、妊婦を尊重してあげてほしい。

由美子さん、54歳。バブル前に結婚を決めた性に奥手な彼女が、結婚前に母から渡されたのは一冊の医学書だった/更年期女性インタビュー

 専業主婦の由美子さん(54・仮名)。結婚30年、夫は3つ年上の会社員である。一人っ子の息子は成人して家から巣立った。上質そうなグレーのニットアンサンブルをまとい、自らを「慎ましい世代」と語る由美子さんが、いま向き合っている更年期とは――。

<連載序章はこちらから>
▼更年期を心地よく過ごしたい。40~50代の生と性に向き合う

初交際の男性と結婚して30年

――おいくつで結婚されたんですか?

「24歳で結婚しました。なにも知らないウブなままで」

――何も知らない?

「はい、もちろん生娘(処女)です。いまの若い人には信じられないかもしれないけれど、私たちの時代は珍しいことではありませんでしたよね。私はお見合いですが、たとえ恋愛結婚だったとしても、初めて一線を越えた人とそのまま結婚、というパターンが圧倒的に多かったと思います」

――たしかに、30年前の日本の男女交際って、いまとは全く様子が違いました。

「25歳を過ぎたらクリスマスケーキ、って、そういう考えを誰もが普通に持っていた時代ですからね。親も娘が商品価値のある年齢のうちに、清いままで結婚させたかったんだと思いますよ、親が認めた男性と。でもね、同じ世代でも27~28歳で結婚した友人はまた少し感覚が違う人もいるんです。なぜならバブルを挟んでいるから。あの時代を独身で過ごした女性たちは、もっといろいろオープンかもしれないなぁ」

――バブルは男女交際や性のあり方まで変えてしまったということなんですね。

「それはあるような気がします。やっぱりね、あの時代の浮かれ方は尋常じゃなかったですから」

――では現在57歳だという旦那さまについてお聞きしたいんですが、どんな方ですか?

「優しい人だと思います。怒ったり、声を荒らげたりは滅多にないかな。私が友達と食事や旅行に行くことについてもわりと自由にさせてもらっていますし。でも夫を上手に操るにはね、テクがいるんです」

――テクですか!?

「友達と出かける話を切りだすときには、『×日にお友達と食事に行きたいんだけど行ってもいいかな?』というふうに話さないとダメ。まずはお伺いをたてること。もう約束しちゃったからなにがなんでも出かけますよ、なんてそぶりは決して見せないです。だって機嫌が悪くなっちゃうでしょ」

――女は家にいるものだ!という考えが旦那様の根底にある?

「そこまではないと思います。でも男の人って基本、寂しがりやでしょ? だからなるべく家にいてほしいんじゃないかな。それにね、家事は一切しない人なので。いまでこそスローダウンしたけど、昔はそれはもう典型的なスーパービジネスマンでした」

――1988年に「24時間戦えますか?」というキャッチコピーの栄養ドリンクのコマーシャルが流行りましたけれど。

「まさにそれ。平日は夜中1時頃に帰ってくるのが普通。そこからご飯食べて寝て、朝6時に起きてまた会社に。我が夫ながら、よくこれで生きてるなぁって思ってましたよ。ほんとに結婚してすぐからそんな生活スタイルだったので、これが普通なんだろうなと私も思っていて、特に淋しいとか満たされなさを感じたりはしませんでしたけど。周囲を見渡しても、どこも同じ感じでしたから」

――その状態で夫婦生活、つまりセックスはどうなっていたんでしょう。

「ほとんどなかったですよ。基本的に土日は休みだったんですけど、結局土曜日もほとんど休日出勤でね。そんなこと、する暇もないって感じでした」

――新婚当初から性生活がほとんどないとなると、不安はありませんでしたか。果たしてこれでいいのだろうか、って。

「私は毎日楽しかったので特になかったんですけど……。でも姑が、孫を早く!と騒ぎだした頃から、だんだんと私自身の考えも変わっていきました。31歳で出産するまで、それはもうプレッシャーの連続だったので」

――いまでこそ、結婚しても子供を産まないという選択もあると認知されるようになりましたが……。由美子さんが結婚された当時は、その考えはなかったんでしょうね。

「ないです。女は子供を産んでこそ一人前、とごく当たり前のように言われた世代ですから。姑からの『子供を産みなさい』攻撃は、ほんとうにすごかったんですよ。私も、子供を産まないと女として生きる資格がないのか、とまで考えさせられましたから。いま思うと……もしあの頃に私にもう少し勇気と知識があれば、早いうちに離婚していたかもしれませんね。結局、その決断はできなかったけれど」

――離婚のハードルもいまより格段に高かった時代ですものね。

「そうですね、あの時代の人は離婚を選択する勇気はなかなか……」

このままじゃ、子供ができない。あせった由美子さんは夫に――

――でも、時代は変わりましたし長時間労働も是正の動きが出ています。それに旦那さまはあと数年で定年ですよね。ここ数年で時間の余裕というか、変化はありませんでしたか?

「この数年でだいぶ、帰宅時間は早くなりましたね。午前様ということはなくなって、スローダウンしているんじゃないでしょうか」

――ちなみにいまはセックスはされてるんでしょうか。

「まさか! そんなのあるわけないでしょう! もう家族ですから。いま夫に触れるときは、もはや介護の域ですよ。段があったなら『そこ危ないよ』と手を出すとか。傷があれば『ちょっと見せて』と触れるとか。それだけで、性的な匂いのするものは一切ないです。もはや家族、兄弟みたいな感覚なので、いまさらセックスだなんて……もうそんな雰囲気にはならないだろうと思います」

――最後に旦那さまとそういうことをされたのって……

「う~ん……ホントによく覚えてないけど……もう十年以上は経ってると思います。これまで、30年夫婦としてやってきたけれど、性行為の回数はほんとうに少なかったですから。さっきもお話ししましたが、30歳手前の頃は、これじゃあ子供もできないっていう焦りで、もっとしてもらわなければいけないと思ったこともありましたが……」

――そこでなにかアクションを起こされたんでしょうか。話し合うとか、誘ってみるとか……

「そこはね……もう私たちは性については奥手で慎ましい世代だから。単刀直入には言えないので『子供が欲しいんですけど、このままじゃできないですよね』って。それでなんとか、子供は授かることができましたけど。あ、そうそう。私ね、40歳を過ぎた頃にようやく気付いたことがあるんです、夫について」

――どんなことですか。

「この人は、性的にかなり淡泊な人なんだなぁって。だっていくら仕事、仕事だったとはいえ、結婚した当初はほら、彼だってまだ30前でしたし」

――30歳手前の男性って普通なら性欲旺盛なお年頃ですもんね……って、由美子さんは結婚してからその結論に至るまで、二十年近くかかったと。

「ええ。さっきもチラっと言いましたけど、私は結婚するまでほんとに性的なことの知識がなくって。当時はインターネットもありませんし、今みたいに情報があふれている時代でもなかった。なんせお見合いして結婚が決まったときに、医学書を母からもらった世代ですから」

――医学書を? お母様から?

「そうですよ。開いてみるとね、セックスについても書かれているわけですよ。可愛い感じのイラストつきで『結婚したらこういうことをします』って。それまでも、さすがにセックスとはなにかということぐらいは知っていましたけれど(笑)医学書を見て、より具体的な知識になったというか……」

――お母様もご自分の口からは言えなかったんですね。

「自分の口から直接は言えないけれど先に伝えてはおかないと、と思ったんでしょうね。それで医学書(笑)」

――そのお話、今の若い人にはきっとある意味カルチャーショックだと思います(笑)。ちなみにいまもその本はお持ちなんですか?

「十年前ぐらいに女子高生の子供を持つママに差し上げました。男性の思いとか、女性の生理とかが丁寧に書かれていて、今の子供たちにこそ必要な良い本だと思っていたので。娘の性教育に使うと喜んでいらっしゃいましたよ」

閉経さえもマウンティングの対象となってしまう?

――由美子さんは54歳ですが、閉経はされていますか?

「まだたま~に、生理があるんですよ。2~3カ月に一度急に少し出血したり。そんな状態がかれこれ2~3年続いてるかな。10年続く人もいるらしいですよ。もっと若い頃から、たとえば40代前半からこんなふうになっちゃうと、更年期じゃなくなんか悪い病気になったんじゃないかと思って不安になって病院に行く人もいるみたい」

――不正出血かと思いますよね。更年期の症状で気になることはありますか?

「ホットフラッシュかな。しょっちゅう顔がカーっと熱くなります。そのほかは特になくって……きっと私、症状としては軽いほうなんでしょうね」

――もうすぐ生理がなくなることに対しては、どんな感情をお持ちですか。

「やったー!! って感じです(笑)。もうナプキンを持ち歩かなくっていいんだって。だってあれってかさばるじゃないですか。邪魔でしかないですもの。それに、白いパンツを心配せずに履けるのも嬉しい!」

――そこに寂しさ、のような感情はないのでしょうか。

「私は寂しさなんてまったくありません。ただ、やったー!です(笑)。でも……みんながみんなそうではないのかなとは思います。同世代の女性たちで集まっているときに、閉経や生理の乱れについて話が及んでも、絶対その手の会話に加わらない人もいますから。もしかして、閉経しているから話題に入りたくはないのかなと感じたことはあります」

――「閉経してます」って、言いづらい?

「私は言えると思うんだけど……言わない人がいるのは、きっと自分だけが先に年老いている、おばあちゃんって思われたくないってそんな心理があるんだと思う。特に同級生だとね。みんながまだ生理があるって話してるのに、自分だけが先に終わったってなると……たぶん老化が早いと思われたくないんじゃないかな。もういっそ、確実に閉経してる年齢、70歳とかになればね、どうでもいいんでしょうけど。全員間違いなく閉経していると思われる年齢になるまで口を割らない人もいる気がする。でももともと私たちの世代って、生理についてはおおっぴらには語らないというところはあります。よっぽど親しい女性の友人に限るという感じでしたね」

――由美子さんはもともと、生理の症状の軽い~重い、どちらかといえばどっちでした?

「生理痛はとにかくひどかったですよ、特に若い頃は。かなり辛かったです。いまはもう痛みはほとんどないですけどね。あとね、よく生理前はイライラするって言うでしょ?そういうの、経験なくって。私の場合、感情にはまったく影響がないみたいです」

――結婚前にお仕事をされていましたよね。その頃に生理休暇を申請されたりは?

「とんでもない! 『生理なので辛いから休みます』なんて絶対に言えませんでした。無理をしてもとにかく出社して、どうしても辛くて仕事がはかどらないときは『お腹が痛いので』って、なんとかニュアンスでわかってもらおうとしていました。まだまだなにかにつけて『だから女は駄目なんだ』と言われてきた時代ですから。生理なんて女性特有の症状を口にしようものなら、どんな目で見られることか。『だから女は使えない。仕事はコピー、お茶くみだけしておけ』って平気で言う男の人だらけでしたよ。あ、男性だけじゃないかな。私たちの少し上の女性の先輩が、すごく頑張って<女性が働く>という道を切り開いてきてくれたので、その先輩の目もあって。生理を理由に仕事を休んだりできないっていうムードがありました。その時代の雰囲気をいまも引きずって、生理についてオープンに話せない人もいるかもしれませんね」

リアルな世界に素敵な人は……。恋愛やセックスがなくても、今の生活が楽しい!

――由美子さんは閉経したとき、旦那様にその事実を話すと思いますか。

「わざわざは話さないと思います。まずそんな話題にはならないと思いますし。男の人って、そもそも更年期がどんなものかとか、いくつぐらいで閉経するかもきっとちゃんとわかってないし。もしもそういう特集をテレビで観たとしても、記憶にも留めないんじゃないでしょうか。まぁ私のほうから話したとしても夫はきっと『ふーん』でしょうね。知ったからって特になにも変わらないと思う」

――ご結婚されて30年と長いわけですが、その間に一度も他の男性に目を向けたことはなかったんですか。

「ないです。だって俳優さんとかアイドルなら別だけど、リアルの世界に素敵な人はいないし。それにほら、恋愛とかに発展した場合、夫がいるわけですから不倫でドロドロになっちゃうわけでしょ。そんなのめんどうくさいですよ。それならテレビや映画で好きな俳優さんを眺めてうっとりする疑似恋愛で充分。それに私、男性は自分より賢い人じゃないとイヤなんです。なにかひとつ尊敬できるところがないとダメなので。そこがあると、もしかしたら顔の良し悪しなんてどうでもよくなるかもしれないけれど」

――旦那様には尊敬できるところがおありになる?

「そうですね。なくはない(笑)。具体的に言うと……男目線で物事を考えるところかなぁ。私とはまったく違う感性なので『そういう考え方もあるのか』とハっとさせられることがあります。それからね、一度決断したらクヨクヨしない性格で、そこは尊敬しています。」

――パートタイムでお仕事にも出られているわけですが、これまで職場などでも男性に心を動かされたりということはなかったんですね。同窓会でかつての憧れ男子と再会してよろめいてしまった、なんて話もちまたには溢れ返っているようですが。

「う~ん。ほんとにないですねぇ。だっていまの生活、楽しいんですよ。とても充実していますから。この生活を壊してまで、跳びこんでいきたくなるような人はいないです。たとえば……もしもすごい素敵な人が現れて。『君、いますぐに家庭を捨ててくれ、僕と一緒に生きてほしい』とかそこまで言われたら、また別だけど。でも私、身の程を知ってますし。自分にそんなこと言う人が現れるわけもないとわかってますから。現実的なんです」

――恋愛とセックスはもう……

「まず現実問題として、もう人前では脱げないです。裸を見せる勇気がない。真っ暗でも無理です。好きな人がもしできたとしても、綺麗なまんま、淡い恋で終わりたいかな。ドキドキ感は欲しいなとか、そういうのはたまに考えることはありますけど。誰かに好きだと言われたら女として認められた感があるから嬉しいんだろうけど……それ以上はめんどうだから、いらない」

――では最後に。「生理が終わったら女の人生終わり」なんてふざけた発言を平気でする輩がいまだにいますが。それについてどう思われますか。

「あ~、そういうの聞いたことあります。でも私にはそんな考えまったくないですよ。生理が終われば、しばらくはずっと白いボトムスを履き続けて(笑)、変わらずオシャレも楽しみたいですし。あ、でも生理のあるなしは関係なく、男の人にまったく女性として意識されることがないっていうのは、そこはやっぱり少し寂しくはありますけど」

_______

<取材を終えて>

いまでこそ「セクハラ」「モラハラ」など職場では様々な言葉があるが、30年前はそんな事例があっても、ただ受け止め我慢してやり過ごすという空気が蔓延していた時代だった。その時代に短い間とはいえ、先輩の女性社員が切り開いてきた<女が仕事をする>という道を、つぶさぬように、そして後の世代に繋がるように、職場で心を配ったという由美子さん。強さと繊細さを併せ持った女性、という印象を持った。

彼女の場合、更年期の症状が軽いこともあり、悲壮感やつらそうな様子もなく、むしろ生理が終わる日を待ち望んでいるようにも見受けられる。セックスは10年以上していなくても、30年間かけて育まれたご主人との間にたしかな絆が育まれていて、それはたとえこの先なにがあったとしても決して切れることはないんだろうな――。そんなふうに感じられた取材だった。

飲み屋での出会いマニュアル!~「ひとりで入りやすいお店まとめ」は参考にならん~

みなさんこんにちは、みほたんです。以前、周りで新しく出来たカップルや結婚した方々の出会いのきっかけを聞いた時、何人かが「よく行くバー・飲み屋で知り合った」と言っていました。それを聞いてからというもの、ちょこちょこ淡い期待を抱いて足を運んでおりまして。今回は、足繁く飲み屋に通った中で、いくつかわかったことをご紹介します!

・知り合いが働いていたり、友達が既に常連になっているお店に行く

結構頑張ってひとりでお店を開拓していたのですが、結局これが手っ取り早いんですよねぇ。最初だけでも知っている人と同行できれば、かなりお店に馴染みやすくなります。人の多い時間帯や、どういうタイプの人が集まってくるお店か教えてもらえますしね! かなり特殊な例なんですけど、先日“今夜飲める人を探すアプリ”の「JOIN US」でコンタクトを取った人がバーを経営している人で、まんまとお客さんになってしまいました。アプリの趣旨とは違うけど、そのお店を介して他にも知り合いが増えたし、まぁいいかな……と思っております。

・アングラ系のお店も勇気を出して入ってみる

私の経験では、独特なムード漂う入りづらそうなお店(私は“アングラ系のお店”と呼んでいます)は、一度入ってしまえば結構絡みたがりの人が多くて楽しい展開になることが多いです。入りやすさ重視で「女性がひとりで入りやすい立ち飲み屋まとめ」なんかを参考にすると、人気店が多くて、周りとコミュニケーションを取れる感じじゃなかったりするんですよねぇ。

ただ、時間帯やタイミングを選ばないと、内輪で盛り上がっているパターンもあるので注意が必要! 一度何も考えずに入ったアングラ系バーで、見事に店長の誕生日に巻き込まれてものすごく気まずい思いをしたことがあります。あれはむしろ他のお客さんも申し訳なさそうでしたね! ひとしきり盛り上がり終わった、人がまばらになった深い時間のほうがお勧めです。

・お店の雰囲気はSNSで事前チェック

グルメサイトの情報ではメニューや価格帯しかわからない! まとめサイトはどこの誰が発信してる情報かわからない! 私が知りたいのは「どんな人が集まってるか」なんじゃー! という時に役立つのは、やはりSNS検索です。インスタグラムのスポット情報をチェックすると、訪れている人たちの雰囲気が掴めます。なんだったらリアルタイム情報もわかりますからね! 便利な時代だ! 友達がSNSにあげる飲み屋情報もちゃんとチェックして、和気あいあいとしたムードが漂っているお店なら、速攻で友達に「連れてって!」とお願いしております。

・とりあえず誘いには乗っておく

訪れたお店で「これ飲んでみる?」と言われたら「飲みます!」、「もう一軒面白いお店があるんだけど」と言われたら「行きます!」と積極的についていってみる精神で動いています。特に他のお店を教えてくれるのはめちゃくちゃありがたいです。勇気を出して入った変なお店で知り合うような人は、さらに変なお店を教えてくれるのでなかなか楽しい夜を過ごせたりします。※くれぐれも自己責任でお願いします。誰でも信用して良いわけではないですからね!

小さな飲み屋やバーなんかは、人との出会いが目的でも、それ以外でも、入ってみたら「ちょっと違うな」と思った場合、一杯飲んで出ればいいですからね。その辺は気軽で楽ちんです。なので、ちょっと気になるお店があったら勇気を出して行ってみましょう。ちなみに私は、いまだに常連になるようなお店が見つかっておりません! 今年こそ見つけたい! 店内の誰かと絡むわけではなく、ひたすらひとりで飲むためのお店は見つけてしまったんですけどね……。おひとり様に拍車がかかってるよ……!

なお、青森に一人旅した時にスナックで飲んでいたら、隣に座っていたおじいちゃんに「何かあったら電話して」と電話番号を書いた紙を渡されました。今も大事にとってあります。

■みほたん/自分の恋にはとびっきり不器用な自称恋愛マスター。 これまで恋愛についてあれこれネット上に書き散らかし気付けばアラサーになっていた。趣味はネットサーフィン、特技はネットストーキング。 メンバーそれぞれが難点を持つアイドルOTAFUKUガールズの貧乏担当としても活動中なので、そろそろ玉の輿永久就職をきめるべく日々出会いを探している。

逃れられない快感! クリ派にこそ使ってほしいバイブレーターがあります。

 中派より、クリ派が多いーーこれは女性のあいだでは、ほぼ常識。セックスのとき以外は、特に何も挿れない女性が多数派です。少数派でも、挿れるものはバイブとはかぎりません。私がこれまでに最も驚愕したのは「コンドームを被せた、鶏の手羽元」ですが、そこまで極端でないにしても、ペンとかビンの先端とか、好奇心で挿入してみたことがある人は少ないながらもいるはずです。

 バイブではなく手近なものを使う理由は、主にバイブが「買いにくい」「所持しにくい」に集約されると思いますが、バイブコレクターとしてはそれを踏まえてなお、「どうせ挿れるならバイブを!」と声を大にしていいたいです。

 気持ちよくなれるかどうかは人それぞれですが、それ以前に多くのバイブは「清潔な状態を保ちやすいよう」にできています。デザインがいまいちなバイブでも、挿入部はシームレス(接ぎ目がない)ので使用前にボディソープや食器用洗剤で洗えばOK。専用クリーナーもいくつか販売されているので、除菌まですればカンペキです。。

 一方で、ビンはともかくとして、ペンのようなものは部品と部品とのあいだには必ず雑菌があり、洗うだけでそれをすべて落とすことはできません。膣炎などの原因になりえる雑菌を、わざわざ膣内に持ち込みたくないですよね。

 とはいえ、そもそもクリ派という女性にとってはこんなお話も「私、関係ないし」でしかないですよね。そこで私は再度、声を張ってお知らせしたいのです。「挿れることで、クリがさらに気持ちよくバイブがありますよ!」と。私自身、現在進行形でその種のバイブにハマり中なのです。

クリ刺激にこだわるバイブ

 たとえば、トップの写真で紹介した「リネア デュオ」。全体的に曲線的なフォルムで、なんとなく近未来っぽさが漂っていますが、バイブを多少なりとも見たことがある方ならクリバイブの位置や形状がなんとなく変わっていることに気づかれると思います。私も一見して「これ……ちゃんと気持ちいいところに当たるんだろうか?」と首をひねったのですが、いやいや私の読みが甘かった! 何年バイブをウォッチングしているんだ、という話です。

 実際に使ってみると、青い矢印のあたりがクリトリスの縦ラインにぴったり密着するんですよ。そのフィット感たるや、製作者の「絶対にクリを逃さないぞ~」という意図を感じます。

 私は普段、振動を愉しむだけでなく、手で小刻みに動かしバイブを出し入れすることで快感を高めていく派なのですが、このバイブにかぎってはそれを忘れてしまいます。というのも、「挿入した状態での、クリ刺激」に集中したいから。

 クリバイブとサオの先端、両方にモーターが搭載されているのですが、外から中から揺さぶられることで、クリの気持ちよさと膣の気持ちよさが渾然一体となって溶け合っていくのです。クリだけの快感とは比べようもないほど! 腰からトロ~ッと力が抜けている感じが、なんとも甘美です。

 実はこの「クリトリスを逃さない」感があるバイブには昨年からハマッていて、そのきっかけは「We-Vibe NOVA(ウィー・バイブ ノバ)」でした。

 このクリバイブも、変わっていますよね! 青の矢印部分をクリトリスに当てるのですが、クリという点をピンポイントで狙うのではなく、「クリトリスの裏にある骨まで刺激する」のが最大のポイントです。

 上記の「リネア デュオ」のクリバイブが“フィットする”のなら、こちらは“押し付けられる”といったほうがいいでしょう。指の“腹”の部分ではなく、関節でゴツゴツした“背”の部分でぎゅっと圧迫されているイメージです。

 私はかつて、クリトリスの場所を知らずに恥骨を愛撫しつづける「恥骨くん」と出会ったことがあります(参照記事:私が出会った身勝手チ○コ。「恥骨くん」の驚くべきベッドテクを公開!)。

 ぎゅーぎゅーと恥骨を押されたところで、性的な快感もマッサージ的な気持ちよさも一切ないのですが、ここに振動が加わるとなると話は別です。

中も外も、気持ちいい!

「私たちがクリトリスと思っているのは、氷山の一角」というのはだいぶ知られるようになってきました。“豆”にたとえられる部分から長い2本の脚が伸びて膣にからみついている……これがクリトリスの全貌ですが、当然、恥骨とも密接しているわけです。

 だから恥骨ごと震わせるのは、奥まで伸びたクリトリスの“脚”にまで刺激を届けることになります。押し付けられているので、ちょっと身をよじらせただけではクリトリスから外れることがなく、淡々と強い振動をくり出してくるクリバイブ……この逃れられない感覚、たまりません。刺激に反応して脚が充血すれば膣を締めつけることになるので、膣で得られる快感も十分すぎるほど!

 クリ派のなかには「一度は中でイッてみたい」と思っている人も少なくないようです。私はクリイキが中イキより劣るとか、クリイキの経験しかない人はほんとの快感を知らないとか、そんなことはこれっぽちも思いませんが、「まだ体験したことのない快感を味わってみたい!」という好奇心はとてもステキだと感じます。

 そんな女性たちは、ここで紹介したような「挿入しながらも、メインはクリ刺激」系のバイブからはじめるのがベスト! これがバイブコレクターが導き出した結論です。

若いだけが女優じゃない!おばあちゃんが大活躍する海外映画・ドラマの世界

 最近出たばかりのナイトウミノワ『いとしのおじいちゃん映画-12人の萌える老俳優たち』(立東舎、2016)を既に読んだ方はいらっしゃるでしょうか。イアン・マッケランやクリストファー・ウォーケンなど、還暦後も活躍するおじいちゃん俳優の魅力を軽妙に描写したエッセイ集です。これを読んで、おじいちゃんが出てくる映画をもっと見たいと思った方もいらっしゃるかと思います。

 おじいちゃんがいるなら世の中にはもちろんおばあちゃんがいます。性別を問わず、良い役者は年齢を重ねると演技に味わいが出るもので、おばあちゃんの名優もたくさんいます。今回の記事はお正月ということもあり、長寿と繁栄を祈っておばあちゃんが登場する海外の映画やドラマを紹介したいと思います。

おばあちゃんの受難

 悲しいことに、おばあちゃん俳優はおじいちゃん俳優に比べると厳しい立場に立たされています。とくにハリウッドにおける女性差別と年齢差別は深刻です。大女優メリル・ストリープは、取材に対して40歳を過ぎると魔女役ばかりオファーされるようになり、もう良い役が来ないのではないかという不安に苛まれたことを述べています。中年以降の男性スターの相手役としては35歳以下くらいの若い女優が起用され、マギー・ジレンホールは「55歳の俳優の相手役として37歳の女優は年を取り過ぎている」と言われたそうです。この調子では、中年、ましてやおばあちゃんといえるような年の女優が良い役を得られるチャンスは減ってしまいます。

 このように、若くない女性が映画界で軽視されているのは良いこととは言えません。女性は若さや美しさだけで価値をはかられるモノではなく、子どもからおばあちゃんまで移り変わる人生を積み重ねる人間です。映画やテレビドラマはどんなことでも表現できる素晴らしい可能性を秘めた芸術で、男性だけではなく女性の老境も描けるはずですが、映画界、とくにハリウッドは中年以降の女性を描くにあたり怠慢だったと言っていいでしょう。年配の女性を描いたよい台本がなければ、名女優が老いていく様子を見ることもできません。映画界のおばちゃん・おばあちゃん不足は大きな問題です。

映画のおばあちゃん

 おばあちゃん俳優の起用という点では日本やヨーロッパはハリウッドよりまだマシで、年配の女性をヒロインにした映画もよく見受けられます。日本では70過ぎても活躍している女優がけっこういて、例えば樹木希林は今でもいろいろな映画で重要な役を演じ、昨年のお正月の広告では『ハムレット』のオフィーリアに扮して話題になりました。ヨーロッパでは、カトリーヌ・ドヌーヴがインタビューで発言しているように、年配の女性に関する映画がアメリカより盛んに作られています。

 フランスはおばあちゃん俳優の宝庫で、73歳のドヌーヴはもちろん、80代半ばで『クロワッサンで朝食を』(2012)に主演したジャンヌ・モローや、『92歳のパリジェンヌ』(2015)に主演し、尊厳死を求める92歳のヒロイン、マドレーヌを演じたマルト・ヴィラロンガなどがいます。イギリスには007シリーズのM役や『あなたを抱きしめる日まで』(2013)などでおなじみのジュディ・デンチ、70歳過ぎても引っ張りだこのヘレン・ミレン、現在『ミス・シェパードをお手本に』が日本で公開中のマギー・スミスがいます。

 ドイツでは『バグダッド・カフェ』(1987)で有名なマリアンネ・ゼーゲブレヒトが『バチカンで逢いましょう』(2012)で主演をつとめており、ドイツからカナダに移住した移民で、同郷人のローマ教皇に会おうとイタリアに旅するおばあちゃんをエネルギッシュに演じました。ちょっと変わったところでは、スイス映画『マルタのやさしい刺繍』(2006)があります。保守的な田舎に住む80歳のおばあちゃんマルタ(シュテファニー・グラーザー)が、友人たちの助けを受けて、若い頃の夢だったがあきらめていた可愛い刺繍ランジェリーの店をオープンさせようとする……という物語です。

 おばあちゃんに冷たいハリウッドですが、少しは光明も見えます。2015年にスーザン・サランドン主演で『マダム・メドラー おせっかいは幸せの始まり』という映画が作られました。この作品はサランドン演じる初老の寡婦マーニーが娘の住むロサンゼルスに引っ越し、そこで新しい体験をするという物語です。いつもはコワモテの役が多いJ・K・シモンズが心優しい退職警官を演じ、マーニーと熟年の恋に落ちる展開もあります。日本では公開されませんでしたが、本当ならこのような映画を日本でも見られるようにしてほしいものです。

テレビドラマのおばあちゃん

 英語圏のコンテンツで忘れてはならないのがテレビドラマです。英米のドラマは何シーズンもかけて様々な人々をじっくり描くので、ご老人もたくさん登場します。今回はとくにイチオシのおばあちゃんドラマ2本を紹介します。

 ひとつめはイギリスのITV制作のドラマ『ダウントン・アビー』です。1910年代から20年代にかけて、ヨークシャの屋敷を舞台にグランサム伯爵一家とその使用人たちの人生を描いた時代ものです。イギリスでは既に放送終了していますが、日本では現在、第5シリーズが放送中なので、ネタバレしないよう気をつけて説明したいと思います。

 この作品に出てくるおばあちゃんといえば先代グランサム伯爵夫人ヴァイオレット(マギー・スミス)です。ヴァイオレットはこれぞ貴族という女性で、頑固で保守的ですが頭の回転が速く、家族思いです。孫娘メアリーの夫の母で、中流階級出身で現代的なもう1人のおばあちゃん、イザベル(ペネロープ・ウィルトン)とはライバル関係です。

 この作品の良いところは、おばあちゃん2人の「祖母」としての面以外についても丁寧な描写があるところです。ありきたりな作品では、おばあちゃんというのは子どもや孫のことだけを心配している「祖母」で他の側面を持っていないか、あるいは偏屈でグロテスクな老婆として描かれるか、どちらかになりがちですが、この2人はそうではありません。ヴァイオレットもイザベルも子や孫を気遣いますが、一方で若者に負けず恋愛や社交をします。2人とも慈善事業にいろいろ関わっていますし、ヴァイオレットはロシアから亡命してきた昔の恋人と劇的に再会し、イザベルは何度か求婚されます。最初ケンカばかりしていた2人はいつしか親友になり、イザベルが求婚されているのを見たヴァイオレットが、親友がいなくなる不安にかられて寂しさを露わにするという、おばあちゃん百合とも言えるような細やかな愛情表現の場面まであります。この後のお話は日本未放送だと思うのでヒミツにしておきますが、今、このドラマを見ている方々はどうぞおばあちゃん2人の友情の熱い展開に注目してください。この2人が座ってお茶を飲んでいるだけで場面に味が出ます。

 次に紹介したいのは、アメリカのHBOがジョージ・R・R・マーティンのファンタジー小説『氷と炎の歌』シリーズをもとに作ったドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』です。messyでも一度特集されているヒット作なのでご覧になった方も多いかと思います。架空の地域ウェスタロスやエッソスを舞台に、七王国を統べる王座をめぐって争う人々の権力闘争を壮大なスケールで描いています。

 このドラマに出てくる私のお気に入りキャラのひとりが、ダイアナ・リグ演じるおばあちゃん、オレナ・タイレルです。オレナは若い頃は大変な美人だったようで、ハイガーデンの領主ルーサー・タイレルの寡婦です。有力ですが頼りない男性ばかりのタイレル一門で事実上の当主をつとめ、孫であるロラスとマージェリーの栄達のためには手段を選びません。機知に富んでいて皮肉ばかり言っていますが、宮廷政治のプロで、作中随一の策謀家である王の外祖父タイウィン・ラニスターと対等に渡り合えるほぼ唯一の政治家です。第6シーズンでは愛する家族を失ってひどい痛手を被ったオレナが、第7シーズンでどんな策謀をめぐらせてくれるのか楽しみです。

 ヴァイオレットやオレナはどちらも機転の利くおばあちゃんということでしばしばファンの間で比較されますが、一方でこのようによく描けた老女キャラがそもそもあまりテレビに出てこないため注目されているという指摘もあります。ヴァイオレットが人気を博した後にオレナが出てきたこと、また原作に比べてテレビドラマではオレナが少し複雑で大きな扱いになっていることを考えると、視聴者はもっとこうした奥行きのある年配の女性キャラを求めており、クリエイターのほうもある程度視聴者の動向を汲んでいるのかもしれません。

おばあちゃん映画・ドラマの重要性

 駆け足でいろいろなおばあちゃんが登場する映画やドラマを紹介してきましたが、共通しているのはどの作品も、おばあちゃんをステレオタイプな存在として描いていないことです。今回紹介した映画やドラマのおばあちゃんたちはいろいろな人々と付き合い、自分の趣味や仕事を楽しむ深みのある人間として描かれています。欠点(たいていは凄く頑固)も良い点もたくさん持ち合わせており、完璧ではありませんが人間味に富んでいます。女性が若さや外見の美しさだけで価値をはかられがちな現代社会において、そうしたものを持ち合わせない、あるいはそうしたものから解放されつつ、老年に伴う知恵や経験を身につけた女性の生活を生き生きと描くことは、ステレオタイプを打ち破り、女性の映画ファンやテレビドラマファンに希望を与えることにつながると思います。早死にしないかぎり、老年はやってくるものです。生き生きしたおばあちゃんが登場する作品を見て老年の準備をするのも悪くないだろうと思います。

若いだけが女優じゃない!おばあちゃんが大活躍する海外映画・ドラマの世界

 最近出たばかりのナイトウミノワ『いとしのおじいちゃん映画-12人の萌える老俳優たち』(立東舎、2016)を既に読んだ方はいらっしゃるでしょうか。イアン・マッケランやクリストファー・ウォーケンなど、還暦後も活躍するおじいちゃん俳優の魅力を軽妙に描写したエッセイ集です。これを読んで、おじいちゃんが出てくる映画をもっと見たいと思った方もいらっしゃるかと思います。

 おじいちゃんがいるなら世の中にはもちろんおばあちゃんがいます。性別を問わず、良い役者は年齢を重ねると演技に味わいが出るもので、おばあちゃんの名優もたくさんいます。今回の記事はお正月ということもあり、長寿と繁栄を祈っておばあちゃんが登場する海外の映画やドラマを紹介したいと思います。

おばあちゃんの受難

 悲しいことに、おばあちゃん俳優はおじいちゃん俳優に比べると厳しい立場に立たされています。とくにハリウッドにおける女性差別と年齢差別は深刻です。大女優メリル・ストリープは、取材に対して40歳を過ぎると魔女役ばかりオファーされるようになり、もう良い役が来ないのではないかという不安に苛まれたことを述べています。中年以降の男性スターの相手役としては35歳以下くらいの若い女優が起用され、マギー・ジレンホールは「55歳の俳優の相手役として37歳の女優は年を取り過ぎている」と言われたそうです。この調子では、中年、ましてやおばあちゃんといえるような年の女優が良い役を得られるチャンスは減ってしまいます。

 このように、若くない女性が映画界で軽視されているのは良いこととは言えません。女性は若さや美しさだけで価値をはかられるモノではなく、子どもからおばあちゃんまで移り変わる人生を積み重ねる人間です。映画やテレビドラマはどんなことでも表現できる素晴らしい可能性を秘めた芸術で、男性だけではなく女性の老境も描けるはずですが、映画界、とくにハリウッドは中年以降の女性を描くにあたり怠慢だったと言っていいでしょう。年配の女性を描いたよい台本がなければ、名女優が老いていく様子を見ることもできません。映画界のおばちゃん・おばあちゃん不足は大きな問題です。

映画のおばあちゃん

 おばあちゃん俳優の起用という点では日本やヨーロッパはハリウッドよりまだマシで、年配の女性をヒロインにした映画もよく見受けられます。日本では70過ぎても活躍している女優がけっこういて、例えば樹木希林は今でもいろいろな映画で重要な役を演じ、昨年のお正月の広告では『ハムレット』のオフィーリアに扮して話題になりました。ヨーロッパでは、カトリーヌ・ドヌーヴがインタビューで発言しているように、年配の女性に関する映画がアメリカより盛んに作られています。

 フランスはおばあちゃん俳優の宝庫で、73歳のドヌーヴはもちろん、80代半ばで『クロワッサンで朝食を』(2012)に主演したジャンヌ・モローや、『92歳のパリジェンヌ』(2015)に主演し、尊厳死を求める92歳のヒロイン、マドレーヌを演じたマルト・ヴィラロンガなどがいます。イギリスには007シリーズのM役や『あなたを抱きしめる日まで』(2013)などでおなじみのジュディ・デンチ、70歳過ぎても引っ張りだこのヘレン・ミレン、現在『ミス・シェパードをお手本に』が日本で公開中のマギー・スミスがいます。

 ドイツでは『バグダッド・カフェ』(1987)で有名なマリアンネ・ゼーゲブレヒトが『バチカンで逢いましょう』(2012)で主演をつとめており、ドイツからカナダに移住した移民で、同郷人のローマ教皇に会おうとイタリアに旅するおばあちゃんをエネルギッシュに演じました。ちょっと変わったところでは、スイス映画『マルタのやさしい刺繍』(2006)があります。保守的な田舎に住む80歳のおばあちゃんマルタ(シュテファニー・グラーザー)が、友人たちの助けを受けて、若い頃の夢だったがあきらめていた可愛い刺繍ランジェリーの店をオープンさせようとする……という物語です。

 おばあちゃんに冷たいハリウッドですが、少しは光明も見えます。2015年にスーザン・サランドン主演で『マダム・メドラー おせっかいは幸せの始まり』という映画が作られました。この作品はサランドン演じる初老の寡婦マーニーが娘の住むロサンゼルスに引っ越し、そこで新しい体験をするという物語です。いつもはコワモテの役が多いJ・K・シモンズが心優しい退職警官を演じ、マーニーと熟年の恋に落ちる展開もあります。日本では公開されませんでしたが、本当ならこのような映画を日本でも見られるようにしてほしいものです。

テレビドラマのおばあちゃん

 英語圏のコンテンツで忘れてはならないのがテレビドラマです。英米のドラマは何シーズンもかけて様々な人々をじっくり描くので、ご老人もたくさん登場します。今回はとくにイチオシのおばあちゃんドラマ2本を紹介します。

 ひとつめはイギリスのITV制作のドラマ『ダウントン・アビー』です。1910年代から20年代にかけて、ヨークシャの屋敷を舞台にグランサム伯爵一家とその使用人たちの人生を描いた時代ものです。イギリスでは既に放送終了していますが、日本では現在、第5シリーズが放送中なので、ネタバレしないよう気をつけて説明したいと思います。

 この作品に出てくるおばあちゃんといえば先代グランサム伯爵夫人ヴァイオレット(マギー・スミス)です。ヴァイオレットはこれぞ貴族という女性で、頑固で保守的ですが頭の回転が速く、家族思いです。孫娘メアリーの夫の母で、中流階級出身で現代的なもう1人のおばあちゃん、イザベル(ペネロープ・ウィルトン)とはライバル関係です。

 この作品の良いところは、おばあちゃん2人の「祖母」としての面以外についても丁寧な描写があるところです。ありきたりな作品では、おばあちゃんというのは子どもや孫のことだけを心配している「祖母」で他の側面を持っていないか、あるいは偏屈でグロテスクな老婆として描かれるか、どちらかになりがちですが、この2人はそうではありません。ヴァイオレットもイザベルも子や孫を気遣いますが、一方で若者に負けず恋愛や社交をします。2人とも慈善事業にいろいろ関わっていますし、ヴァイオレットはロシアから亡命してきた昔の恋人と劇的に再会し、イザベルは何度か求婚されます。最初ケンカばかりしていた2人はいつしか親友になり、イザベルが求婚されているのを見たヴァイオレットが、親友がいなくなる不安にかられて寂しさを露わにするという、おばあちゃん百合とも言えるような細やかな愛情表現の場面まであります。この後のお話は日本未放送だと思うのでヒミツにしておきますが、今、このドラマを見ている方々はどうぞおばあちゃん2人の友情の熱い展開に注目してください。この2人が座ってお茶を飲んでいるだけで場面に味が出ます。

 次に紹介したいのは、アメリカのHBOがジョージ・R・R・マーティンのファンタジー小説『氷と炎の歌』シリーズをもとに作ったドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』です。messyでも一度特集されているヒット作なのでご覧になった方も多いかと思います。架空の地域ウェスタロスやエッソスを舞台に、七王国を統べる王座をめぐって争う人々の権力闘争を壮大なスケールで描いています。

 このドラマに出てくる私のお気に入りキャラのひとりが、ダイアナ・リグ演じるおばあちゃん、オレナ・タイレルです。オレナは若い頃は大変な美人だったようで、ハイガーデンの領主ルーサー・タイレルの寡婦です。有力ですが頼りない男性ばかりのタイレル一門で事実上の当主をつとめ、孫であるロラスとマージェリーの栄達のためには手段を選びません。機知に富んでいて皮肉ばかり言っていますが、宮廷政治のプロで、作中随一の策謀家である王の外祖父タイウィン・ラニスターと対等に渡り合えるほぼ唯一の政治家です。第6シーズンでは愛する家族を失ってひどい痛手を被ったオレナが、第7シーズンでどんな策謀をめぐらせてくれるのか楽しみです。

 ヴァイオレットやオレナはどちらも機転の利くおばあちゃんということでしばしばファンの間で比較されますが、一方でこのようによく描けた老女キャラがそもそもあまりテレビに出てこないため注目されているという指摘もあります。ヴァイオレットが人気を博した後にオレナが出てきたこと、また原作に比べてテレビドラマではオレナが少し複雑で大きな扱いになっていることを考えると、視聴者はもっとこうした奥行きのある年配の女性キャラを求めており、クリエイターのほうもある程度視聴者の動向を汲んでいるのかもしれません。

おばあちゃん映画・ドラマの重要性

 駆け足でいろいろなおばあちゃんが登場する映画やドラマを紹介してきましたが、共通しているのはどの作品も、おばあちゃんをステレオタイプな存在として描いていないことです。今回紹介した映画やドラマのおばあちゃんたちはいろいろな人々と付き合い、自分の趣味や仕事を楽しむ深みのある人間として描かれています。欠点(たいていは凄く頑固)も良い点もたくさん持ち合わせており、完璧ではありませんが人間味に富んでいます。女性が若さや外見の美しさだけで価値をはかられがちな現代社会において、そうしたものを持ち合わせない、あるいはそうしたものから解放されつつ、老年に伴う知恵や経験を身につけた女性の生活を生き生きと描くことは、ステレオタイプを打ち破り、女性の映画ファンやテレビドラマファンに希望を与えることにつながると思います。早死にしないかぎり、老年はやってくるものです。生き生きしたおばあちゃんが登場する作品を見て老年の準備をするのも悪くないだろうと思います。