M気質ならイケる!? ●●タトゥーは拷問プレイ的な楽しみ方もできそう

◎まんこにタトゥー!

 今の時代、タトゥーが入っているくらいでは大して驚きませんね。温泉やプールNGなどまだまだ肩身は狭いとは思いますが、街を歩いていてもタトゥーの入った若い男女を見かけることも多くなりました。女性では、首もと・手首・足首やチラリと見える腰に★などのワンポイントタトゥーを入れている人が多く見られます。っていうより、その他の部分は洋服で隠れていて確認しようがないっていうのもありますけれども。

 芸能人のタトゥー情報もよく話題になりますが、女性芸能人で「あの人、まんこにタトゥーが入ってるらしい」なんて噂を耳にすることもありますよね。まぁ、写真集でツルツル股間部分のバタフライタトゥーを公開なさっている叶恭子様以外は確認しようがない……っていうかそんな人いるの? と信じがたい話だったのですが。いるのですね、芸能人のみならず世界中に、まんこタトゥーを楽しむ女性が。

 アーティスティックなものもありますが、よく思いつくなぁ~と感心するものや「セックスのとき、ムードがぶち壊しになること間違いなしだぞ? なぜそのデザインにした!?」と余計なお世話ですが、問いただしたいものまで盛りだくさん。是非ご覧ください。

◎ デザインの意味

 数々のまんこタトゥー(アナルタトゥーも!)写真を見ていると、自分の好きなキャラクターを入れている方もいるようですが、蝶々や様々な種類の花の図柄を入れる方が多数派のようです。まんスジやアナルの穴をデザインの一部に利用して描きやすいのもあるかもしれません。

  時代とともに意味も変わっていることもあるようですが、たとえば蝶々なら<女性の持つパワー>や<愛や喜び>を意味しているとか、花のデザインの中でも多く見られる「バラ」は<美の象徴>や<純愛>とか。バラでも赤=真実の愛・純愛、ピンク=優雅・気品、白=純粋・若さ、オレンジ=興奮・魅惑など色によっても意味が違うんだそうです。お店に行ってデザインカタログなどを見ながらインスピレーションで決める! という方も多いみたいですが。

 そういえばつい最近、第7子(!!)を出産されたタレント(?)の美奈子さんは、背中に鳳凰&蝶&蓮の花というてんこ盛りタトゥーを背負ってます。最初の夫が金遣いが荒くて生活が苦しく「これ以上、子どもたちにつらい思いはさせられない。あたしの弱さは、あたしが一番良く知ってるはずだから。もっと強くならなきゃ。あたしがこの5つの命を背負ってるんだから。なにか証を残さなきゃ。そう思った」ことが、てんこ盛りタトゥーを入れるきっかけだったそう。一方でテレビ番組では「もう消したい」と言ったりもしてるんですけどね。まんこタトゥーの場合だったら範囲的にプールでは水着で、温泉ではタオルで隠せそうですが、背中はそうもいかないですもんね。

◎痛そうだけど……

 デザイン以前に気になるのは、痛み!!!! 調べてみるとタトゥーを入れるときは、どこの箇所でもなんだかんだ痛いようですが、「陰部」は特に1番痛いといわれている場所だそうです。デリケートゾーンは言葉の通りデリケートなのでそりゃ痛いのはもちろんのこと、恥骨の上の部分が相当な痛みのようです。

  実際に恥骨の上にタトゥーを入れている方は「脱毛レーザーより痛い」と表現されていますが……Vライン&Iラインの脱毛のあのビクンッ! となる痛みを思い出すと、震えます。しかも脱毛のフラッシュのように一瞬じゃなく、デザインを描くには何時間かじっとしてなきゃいけないんじゃないでしょうか……私なら耐えられない。

 さらに、タトゥーを入れてから数日間は腫れと痛み、その後は傷跡と同様にかさぶたができ、痒みが襲うそうで、こっちもまた苦行感すごいです。痒みに負けて掻いてしまうとタトゥーの模様が崩れてしまうので、皮膚が落ち着くまでの2週間~1カ月間は痛みや痒みを「とにかく我慢!」だそうですよ。ただでさえ陰毛あたりが痒くなることの多い私には無理ですし、痒いのに掻けないってもう拷問ですよね。M気質の女性がご主人様の命令でまんこタトゥー、というストーリーなら(貞操帯つけちゃったりなんかして)官能小説でありそう!

■大根 蘭/365日中365日、24時間中およそ8時間ほどエロいことを考えて生きている女でございます。

38歳と偽り31歳年下のタイ人男性を囲った巨額詐欺容疑者・山辺節子62歳の「若すぎる声」

 演歌歌手の藤あや子(55)が、先日30代前半の男性と再婚した。なんでもお相手は、藤の娘よりも年下なのだという。4月18日に配信されたネットニュースで、藤の再婚について恋人・夫婦仲相談所長の二松まゆみ氏がコメントをしている。二松氏いわく「50代の女性は<小料理屋の女将>。相手の気持ちになって話を聞き、アドバイスをする。若い子と違って男性への寛容さがあります」とのこと。その魅力にまいってしまう若い男性がいたとしてもなんら不思議はないという自論のようだ。

 普段の藤はデニム姿がよく似合い、ロックを好んで聞き、性格もサバサバ系。着物姿で演歌を歌いあげるあの妖艶さとのギャップはたしかに大きそうだ。それに加えてあの美貌である。たとえ二回り以上年が離れた男性であっても惹かれてしまう……。わかる。藤なら、わかる。年齢を重ねた女性が持つ魅力を余すところなく発揮していると思うからだ。ではこの人の場合はどうだろうか? 山辺節子、62歳。3月30日にタイで身柄を拘束された日本人女性だ。

 山辺容疑者が不法滞在容疑で身柄を拘束された時の映像は、日本ではテレビのニュースで繰り返し流された。多くの視聴者は彼女の容疑よりもまずその容姿に目を奪われたのではないだろうか。年齢は62歳とテロップが出ているものの、遠目からの映像ではとてもその年には見えない。昔懐かしい前髪がこんもりと厚めの聖子ちゃんカット(おそらくウィッグだろうが)に、カチューシャ。大胆なオフショルダーブラウスに、太もも丸出しのショートパンツ。あんなに短い丈のパンツやスカートを履いている人は、40代であっても筆者の周りにはいない。だが恐ろしいことに山辺容疑者のショートパンツから出た脚はすらりとしていた。太ももの肉がぶよぶよとたるんでいる様子もない。脂肪吸引でもしているのか? と疑ってしまうレベルの美脚である。それに、立ち姿も綺麗だ。アラフィフ、アラカンともなると、どんなに気をつけていても背中が丸くなってしまうものだが、山辺容疑者にそんな様子は見られなかった。

 見た目だけでも驚きなのに、喋りだすとさらに驚きであった。声が若い! 若すぎるのだ! 可愛い声、と言ってもなんら大げさではないレベルの声で話す山辺容疑者。女性の場合、50代になり女性ホルモンが減ると、声帯がむくんで太くなる。そうなると声が低くなり、さらには喉の潤滑油が渇いてしまうことで声帯の潤いがなくなり高い声も出せなくなるといわれている。そのはずなのだが……拘束時に何者かに携帯電話をかけ会話する山辺容疑者の声は若く可愛らしいものだったのだ。喋り方もねっとりゆっくりで、まるで一昔前のアイドル気取りなのである。

 不法滞在で身柄を拘束された山辺容疑者だが、実は熊本県警が出資法違反容疑で国際手配していた人物であった。山辺容疑者は日本国内で<つなぎ融資の女王>と呼ばれており(実態はない)、その肩書きを信じ込んだ男性らに「有利な運用方法がある」として出資話を持ちかけ、合計で7億円もの大金を集めたあげくに所在不明となっていたというのだ。ではこの大金を山辺容疑者はいったい何に使っていたかというと……。なんとタイのパタヤビーチにあるホストクラブで出会った31歳年下のホストに入れあげ「夫婦として2年間暮らしてくれたら、1000万バーツ(約3200万円)を支払う」と交渉を持ちかけたというのである。男はこれを承知し、ふたりはタイに豪邸を建て仲良く暮らしていた。山辺容疑者は男性には自分を「名前はエリコで、年は38歳だ」と偽り、ひと月に6~8万円のお手当を渡していたのだとか。だがこの男性、一緒に旅行に行った際に山辺容疑者のパスポートを見たようで、実はとっくに実年齢を知っていたのだという。それでも日本のテレビ局のインタビューでは「優しかった」「可愛かった」と容疑者について語る交際男性。お金をくれるからそう言うのか、はたまたそこに愛が芽生えていたのか……真相はわからないが、年齢を知っていながら知らないふりを続ける男と、62歳で38歳だと偽り続ける女の金でつながる関係。なかなか切ないものがある。

 山辺容疑者は、タイ人男性に入れあげる前にはフィリピンで若い男性にビル一棟をプレゼントしたとされており、2015年には新宿のホストで豪遊していたことも明らかになっている。ちなみに新宿で名乗っていた名前もエリコで、年齢は42歳と話していたそうだ。彼女がホスト遊びで一晩に使った金は平均して100万円、多いときで400万円だったという。

 高校生の頃から男性関係が派手だったという山辺容疑者。ふたりの子供を持つバツイチで、離婚後はスナックを経営し、地元の名士と呼ばれる男性に次々と言い寄り手玉に取って大金を貢がせていたようだ。山辺容疑者を知る地元の人たちはインタビューでは男性も女性も口を揃えて、彼女の声と喋り方について語っていたのが印象的だった。なんでも声と発する言葉に色気があるらしいのである。ある年配の男性はこんな風に表現していた。「あんなふうに喋られるとどんな男もイチコロだ」――う~ん、そうか声と喋り方というのは実はとても重要なのだな、と筆者は自分の早口を深く反省した次第である。

 62歳になったいまでも、おそらく自分の見た目や若さを武器にして生きていた頃のことが忘れられずに、山辺容疑者の精神は30代で止まったまんまとなってしまっているに違いない。けれど現実はシビアで、昔と違い言い寄ってくる男性も少なくなってしまった。となると、お金に物を言わせて男性の気を引くしかない。そんな単純な動機で詐欺を仕掛けたとしたらあまりに短絡的だが……。タイを強制送還となった山辺容疑者は今日、4月19日に日本に帰国予定だ。帰国時はおそらく大勢の報道陣に取り囲まれることだろう。果たして彼女はどんな姿で日本に返ってくるのか。怖いもの見たさでまたチャンネルを合わせてしまいそうだ。

(エリザベス松本)

産後のデリケートな時期…実母とのかかわり方は?

出産を終えた女性たちが必ずぶつかる壁と言えば、寝不足や、新生児の世話に関わる色々なことだろうが、実は「出産」と同時に(もしくは妊娠が判明した頃から)ぶつかる壁はそれだけではない。

意外に感じる人もいるかもしれないが、壁のひとつが、「実母」の存在だ。

一般的には義母、すなわち「姑」の存在が厄介なように思われがちで、嫁姑の確執は人気コンテンツのひとつとなっているが、今回は、「母になった娘」と「その実母」にスポットを当ててみようと思う。

◎実母だから甘えて当り散らしてしまう

なぜ、妊娠中や出産後、実の母が厄介な存在になるのか?

妊娠中は体調不良で家事ができない場合に手伝いに来てくれたり、身体に気を使った料理を届けてくれたり……
出産したあとは、やはり体力が回復するまで家のことをやってくれたり、子供(孫)の世話を引き受けてくれたり……
実母は妊産婦にとって“一番の心強い味方”というイメージも確かにある。

実親が近隣に暮らしていないにしても、「里帰り出産」を選択する女性はなかなか多い。これも実家で実母に面倒を見てもらい、産後の満身創痍の体を十分に休め回復させる目的で推奨されている。

私も、子を持つ前はこのようなイメージを漠然と抱いており、妊娠(出産)したら「実母」という存在は救世主になるのだと思っていた。
なんといっても実母は35年前に、私という子供を出産した張本人。その出産・育児経験があるのだし、18年も身近で育ててくれたのだし、身も心も全て委ねられる唯一の場所といっても過言ではないだろう、と。

しかし、いざ妊娠や出産すると、イメージしていたのと少し違うと感じる女性も多いのではないかと思う。特に出産を終えてから、激しい違和感を覚えたという体験談はネット上に多くあがっている。

近い関係だからこそ遠慮がないし、初めての育児というものすごくデリケートな問題に直面している時にズケズケと口出しされるのがストレスだと感じている人も少なくないようだ。

私の実母は電車で10分程度の距離に住んでいる。一人娘の私が妊娠を報告した時は本当に喜んで、頻繁に様子を見に来るようになった。私が子を持つことがなければ、母は一生「おばあちゃん」になれなかったからだろうか。私のお腹に在る命をまるで自分の命かのように大切にしてくれていた。
いよいよ明日出産という前夜も病院に駆けつけ、緊張で眠れない私の頭や身体を1時間以上も、面会時間ギリギリまで撫でていてくれたことは一生忘れないと思う。
後から聞いた話、母が私を産む前夜の祖母の想いを重ねていたそうだ。もう他界しているが「あの時こういう想いだったのか……」と。
私も、大人になってからはあんな風に「自分が子供にかえった」かのように母に甘えることなんてできなかったけど、妊娠や出産に関する弱音だけは丸ごとぶつけられていたのは、やはり自分を産んでくれた母だからなのだろう。
無事出産を終えて退院してからも何日か家に泊まってくれ、新生児である息子の世話や家事を引き受けてくれた。

だからもちろん感謝している。一方で、そうやって、母としてのスタートを切るときに誰よりも側にいた人だからこそ、慣れてくればお互いに遠慮がなく、ぶつかりかけたことも何度もあった。

母は孫を思うばかり、そして娘の私が「良い母になれるように」と願うばかりに、意見することもあったし、私は睡眠不足や体調不良によるイライラを「誰よりも近い」母に当たり散らしていた。
「寝れない」「貧血がつらい」「何もしたくない」「息子を可愛いと思えない」こういったシンプルで雑な弱音は母にだからこそぶつけられたことだったし、要は私自身が甘やかしてほしかったのだと思う。

一番記憶に残っているのは、母乳を与えるのが嫌で嫌で仕方ない私に、「〇〇(息子)が美味しいならいいいじゃない」と母が悪気なく言ったことだ。
母は私を完全母乳で育てた。母乳の出も非常に良かったそうで、何より私と決定的に違ったのは「母乳を与えている時間がほんとうに幸せだった」という点だ。
昔からそんな話を聞いていたし、私も母親になったらこうなりたいと漠然とイメージしていたから、それが叶わなかった(むしろ授乳が苦痛で仕方なかった)ことがすごくショックだったし、「ダメな母親だ」と落ち込んでしまっていた。それだけに母の悪気ない一言が大ダメージだったのだ。

それに自分をこんなにも落ち込ませる息子の存在を憎いと思ったことだって1度や2度じゃない。母や夫は息子に「かわいいかわいい」と(そりゃそうなんだが)声をかけるが、それがまた「こんなにかわいいのにアンタはダメな母親だ」とでも言われているような気さえして、まるで仲間はずれになっているような気にさえなった。育児なんて何ひとつ良いことない!と思った瞬間があったのも事実だ。

産後はホルモンバランスが大きく乱れ、鬱状態になる女性もいる。私もその傾向があったと今は思う。

それでも数カ月が経ち、私が息子を可愛いと思えるようになり始めたころからは、実母と「共有」できることのようが多くなっていき、母も私が自信を持って子育てしている様子を見て納得してくれたのか、私が選ぶ行動を最優先で考えてくれるようになった。

生後10カ月の今となっては、息子への想いを一番共有できるのは母であり、夫とはまた違う「母親」としての子への想いを語り合って盛り上がることもできる良い関係だ。

私の場合はこうして今は円満な母子関係でいるのだが、「子を産んでからというもの、実母との距離が上手く取れなくなった」「実母が過干渉で困る」「子供の持ち物にいちいちケチをつけてくる」など、現在進行形で悩みを深めている女性は大勢いる。

孫が可愛いばかりに口を出してしまうのかもしれないが、幼い子を持つ母親は家事に子育てに、それプラス仕事もしていれば毎日精神的にもカツカツ。「いちいちうるさい!ほっといて!」と言いたくなる気持ちも分かる気がする。

◎祖母にとっての孫はファンタジー

以前職場仲間だったC子は現在小学生の息子を持つ母だが、その昔、実母についてこぼしていた時があった。

C子は週に1度、息子をおばあちゃん(C子の実母)の家に泊まらせているらしいのだが、その時に着てくる服がみずぼらしかったりすれば、実母は新しい物(たいがい高い物)を買って着せ、少しでもお行儀の悪い言動や行動があれば「家での教育がなってない」と後から小言をいちいち言われるそうだ。

服や持ち物に関しては、価値観や、経済的に向き合う現実の違いなのかもしれない。昔は「身なり」=「育ち」とみなされることが多かったと聞くが、現代はファッションも多様化され、よほどボロボロの格好でない限りは「あの子あんな格好してるから貧乏なんだ」と思われることはないだろう。それに、裕福な家庭でもない限り、たくさん必要である子供服を毎回新品で揃えるのは難しい。今はベビー用品や子供服のリサイクルショップもたくさんあり、私もたまに立ち寄るが大体子連れの親子たちでにぎわっている。どうせ来年にはサイズアウトして着られなくなるであろう服なのだから、安いものを大量に揃えたほうが経済的だし、子供がいくら汚そうが気兼ねなく着せられるのもメリットなのだろう。私も今持っている子供服のうち、新品で購入したものは1~2割程度だ。

C子のようにおばあちゃんからのプレゼントとして高い新品の子供服をもらうのは良いが、「普段からこれぐらいのことしてあげなさい」という押し付けだったとしたら確かに余計なお世話だ。

また行儀作法についても、できていないことがあれば特に昔の人間は「みっともない」と感じる大きなポイントになるのだろう。「こんなんで人前に出たら恥ずかしい、しつけができていないと思われる」そう考えるからいちいち母である娘に注意するのだろうが、逆に非の打ちどころのないレベルで常に礼儀作法が完璧な子供がいたら、それはそれでちょっと目立つ。
「ごめんなさい」「ありがとう」が言えないとか根本的なことならまだしも、「子供らしい」とみなされるレベルでの足りなさを「お行儀が悪い」と指摘されるのは何とも窮屈だ。

親しくしている友人Dも、出産を終えた頃にはたびたび実母とぶつかったそうだ。

Dの弟や妹は先に結婚して子供もいたので、実母はDの育児と他の孫の時の育児法を比較したりして、出産を終え身も心も余裕がなかったDにはそれが重荷だったようだ。
「私は私なりにやる」というDの主張も「アンタはすぐそうやって居直るんだから……」と呆れられ、そんな調子でストレスを溜めたDは、家に手伝いに来てくれたお母さんに「帰ってくれ」と言わざるを得なかったらしい。

Dにとっても、せっかく手伝いに来てくれた実母を追い返すのは本意ではなかっただろう。しかし、私にもよく分かる。ただでさえ余裕をもって挑めないのが育児だ。自分なりのやり方を模索している最中に他者のやり方と比較されたり押し付けられたりすればかなりこたえる。

実母あるある、なのかもしれないが、物言いの特徴として、育児に対して「正解は一つ」であるかのように新米親である娘に指導する傾向があるように思う。自分もその昔、育児を経験したのだから、「こうすれば上手くいく」とか「これをしたからダメな子になった」とか、そんな目に見えてハッキリした答えがないことぐらいは分かっているはずなのに、なぜ「やり方」を決めてしまうのだろうか?

「あの子はこうやってた」「あの子がこう言ってた」……すでに妊娠・出産を経験した兄弟や従姉妹のやり方を頭に完コピし、押し付けてくる実母たちの事例は多い。良かれと思って、進言しているのだろうが、当の新米親としては「うるさい、ほっといてくれ」と反感を覚えるものだ。

私には兄弟も従姉妹もいないので親戚と比べられることはなかったが、実母は家族ぐるみで親しくしている幼馴染のY(2児の子育て中)の話をよくしてきた。新生児の服の着させ方、寝かしつけ方、オムツの替え方……思い返したらキリがないほど、間接的レクチャーを一方的に受けたものだ。

母側からすれば、とにかく「間違った子(孫)に育ってほしくない」「間違った母親になってほしくない」との思いが強いのだろう、現在立派に母親業を遂行しているように見える身近な人物をお手本にさせれば無難と思うからこそ、彼女らがやっていることを「正解」として提示するのだろう。

それに、子を産んだばかりで余裕がなく右往左往している実娘を手助けしたい親心が、「こうすればいいのよ」と道しるべを作ってあげたくなるのだろうか。

私の母は元々固定概念に捉われた考え方をするほうではなく、どちらかと言えばオリジナル性の強い破天荒タイプなのだが、初孫ができた時だけは型にはまるかのように「一つの正解」だけを追い求め、こちらも少し驚いた。

私が妊娠中のある日に母が言っていた。

「あんた(私)は、私がこの手で幸せにしなければと思うリアルな存在。でも赤ちゃん(孫)は、“宝物”のような存在」、と。

皆が皆そうではないかもしれないが、祖母に取って孫の存在というものは、そこまでリアリティがなく、ただただ、幸せであってほしい、健康に育ってほしい、そういう「願い」そのものなのではないだろうか。

綺麗な服を着て、お行儀よく誰からも愛されて、勉強も運動もできて……子供の頃にあこがれるヒーローのような存在というか、概念的なものなのかもしれない。

だからこそ、「願う」だけではない、子のリアルな姿と一番近くで寄り添って生きていく母親とは価値観が合わなくても当然だ。

◎親として、自分で正解を見つけたい

私は初めての育児だったので、毎日何が正解かわからないまま不安と闘っていたし、本当なら周りが上手くいった方法を耳にすれば「有り難い」とさえ思う状態のはずなのだが、他の人のやり方を押し付けられるぐらいなら、何一つ分からず八方ふさがりになっているほうが100倍マシだったように思う。

このちょっと普通とは違う、イレギュラーな精神状態に、娘が母に食ってかかりたくなる理由があるのだと思う。

たとえばもし取扱説明書のない家電を購入して手こずっている時に、使い方をレクチャーされれば助かるだろう。漠然と「こんな料理が作りたいけどやり方がわからない」という時に、具体的なレシピを渡されたら嬉しいだろう。

でも「育児」だけはなかなかそうはいかない。

素直に子育て中の友人などにアドバイスを求めるケースもあるだろうが、何から何まで他者のやり方に沿って子育てする母親なんているだろうか?

どんなに試行錯誤して苦しんだとしても、他人の「やり方」なんて本当は必要ないのだ。
「もういやだ、楽になりたい」と思いながらもやっぱり、自分で悩んで見つけた答え、すなわち母子ともに日々重ねていく足並みや呼吸が、育っていく我が子の「結果」でありたいのだと思う。
それを模索してもがいてる時に「あの子はこうしてた」だのとお手本を示されても困る。しかし「自分は自分でやっていく」と主張すれば「素直じゃないんだから」と呆れられる。
そもそも、素直である必要なんてまったくない。「この子の母親」は世界中で自分一人しか存在しないのだから。

少なくとも、母となった私にはそんな想いがある。
面倒臭がり屋で、そこに答えがあるなら大概のことは食いつく私だが、それでも育児に関してだけは他者のやり方なんて不必要だった。
もちろん余裕なんて限りなくゼロに等しかったし、「私ならやれる! 大丈夫!」と得体の知れない自信があったわけでもない。
でも出産から10カ月経った私がいま息子を可愛いと思うのは、私の身体から生まれた命だからということではなく、私オリジナルの悩みや苦労があの小さな身体と心に凝縮されていると思うからだ。
一般的にはマイノリティに分類されるやり方を多く選択してきた私だったが、毎日泣き、笑い、食べて、出して、寝て……と日々人間として発達していく息子を見ていると「別にこれでよかったんだ」と心から思える。何をしたから、ではない。結局は母親である自分自身が選んだやり方を遂行したことが、正解だったのだ。

こう考えると、祖母の立場である人間と、母である立場の人間では、同じ対象を見ているようで実はまったく違うものを見ているのかもしれない。
妊娠中から娘は母に甘え、母は娘を子供の頃に返ったかのように許容する。そうして一体化したまま、その勢いで子供(孫)を見てしまうから、行き先の違いに戸惑うのではないだろうか。
「母」と「祖母」では何もかもが違って当たり前。このことを、子(孫)が誕生する前からお互い十分認識していれば、少しは上手な付き合い方ができるのかもしれない。

■小出 愛/1981年生まれ、学生時代から10年以上スポーツ一本、卒業後はスポーツトレーナーとして第一線を志すも、いろいろあってパチ屋店員に。そこで旦那と出会い、結婚、2016年に第一子出産。プロレスは知らないけど猪木が好き。ママ友ヒエラルキーには入りません。

キスでGスポットがキュンとなる! ベロチュー舌テクが大切なワケ

こんにちは。熱いものをダイナミックに食べるため、上あごの皮がすぐズル剥ける大根 蘭です。

  みなさん、キスは好きですか? キッス、チュー、口づけ、接吻……私は響きだけでも唇が疼くほど好きですっ! キスの仕方は人によって様々だと思いますが、セックス前のキスは感情や感度を高めるためにも気持ちいいキスをしたいものです。ディープキスのとき、興奮した感情のままに硬い舌を押し込んでレロレロ~!と掻き回す男性もいますよね……。個人的な意見ではありますが、乱暴にレロレロする男性って、挿入時のピストン運動が激しい人とリンクするような。

◎Gスポットは口の中にも
 日常生活の中で、まじまじと見る事もない口内には、数多くの血管や筋があります。複雑な味や温度を感知できるように神経の数が非常に多く、人間の体でもっとも繊細な感覚を持つ器官といわれています。確かに口の中ってちっちゃいゴミが入っただけでも違和感を覚えますよね。そんな繊細な器官の口の中には……「第2のGスポット」と呼ばれる性感帯があるんです。しかも3カ所も! ということセックス同様、お互いが気持ちよくなるために感じている場所を探りながら舌で愛撫してみましょう。誰もが持ち合わせている気持ちいいポイントin口内をお伝えしたいと思います。

◎3つの場所と愛撫方法
◆Gスポット①:上あご部分

「口蓋(こうがい)」といわれる部分。軽いキスから始めていって、充分に舌を絡め合わせたらこの部分を舌先で攻撃してみてください。舌の長さには個人差がありますが、もし届くようなら伸ばした舌先をこすりつけるように上下に動かして舐めます(相手の口を大きめに開けてもらうと届きやすい)。もし、舌がそこまで届かないという方は、歯茎の上下を舐めるのも心地よい刺激を与えることができるようです(歯茎を舐められるのは、好き嫌い分かれるので確認が必要!)

※この部分はフェラのときに自分で亀頭などに当てて刺激するのも気持ちいい!

◆Gスポット②:舌の裏側にある血管

「太い血管の走っている周囲は感度が高い」とされていますが、口の中でも同じ! 開いて舌を持ち上げながら、くすぐるように上下・左右に舐めます。慣れてきたらGスポット①の「上あご」と織り交ぜながら刺激を与えてみましょう。

◆Gスポット③:舌の裏筋

舌の裏側にある縫い目のような部分。相手に舌を上げてもらった状態にして、この部分を上下に何度も舐めます。これをGスポット②「血管」の刺激と合わせると快感&興奮が増していくはず!

 粘膜で覆われている口の中は、ばい菌や細菌に非常に弱いところでもあります。たとえば、ご飯を食べてそのままセックスへ……という流れのこともあると思いますが、言わずもがなセックス前の口腔ケアは必須! 清潔な状態にしておくことが、相手への気遣いです。

 快感ポイントはこの3カ所ですが、愛撫をする際の舌先は硬くしてみたり、全体的に力を抜いてみたりという強弱も必要だと思います。舌がつってしまわないように、普段から舌の運動をしておく気持ちいいベロチューになりそうです。口の中でひたすら舌を回す、舌回し運動は小顔効果もあるっていいますし、一石二鳥レッツトライ!

(大根 蘭)

キスでGスポットがキュンとなる! ベロチュー舌テクが大切なワケ

こんにちは。熱いものをダイナミックに食べるため、上あごの皮がすぐズル剥ける大根 蘭です。

  みなさん、キスは好きですか? キッス、チュー、口づけ、接吻……私は響きだけでも唇が疼くほど好きですっ! キスの仕方は人によって様々だと思いますが、セックス前のキスは感情や感度を高めるためにも気持ちいいキスをしたいものです。ディープキスのとき、興奮した感情のままに硬い舌を押し込んでレロレロ~!と掻き回す男性もいますよね……。個人的な意見ではありますが、乱暴にレロレロする男性って、挿入時のピストン運動が激しい人とリンクするような。

◎Gスポットは口の中にも
 日常生活の中で、まじまじと見る事もない口内には、数多くの血管や筋があります。複雑な味や温度を感知できるように神経の数が非常に多く、人間の体でもっとも繊細な感覚を持つ器官といわれています。確かに口の中ってちっちゃいゴミが入っただけでも違和感を覚えますよね。そんな繊細な器官の口の中には……「第2のGスポット」と呼ばれる性感帯があるんです。しかも3カ所も! ということセックス同様、お互いが気持ちよくなるために感じている場所を探りながら舌で愛撫してみましょう。誰もが持ち合わせている気持ちいいポイントin口内をお伝えしたいと思います。

◎3つの場所と愛撫方法
◆Gスポット①:上あご部分

「口蓋(こうがい)」といわれる部分。軽いキスから始めていって、充分に舌を絡め合わせたらこの部分を舌先で攻撃してみてください。舌の長さには個人差がありますが、もし届くようなら伸ばした舌先をこすりつけるように上下に動かして舐めます(相手の口を大きめに開けてもらうと届きやすい)。もし、舌がそこまで届かないという方は、歯茎の上下を舐めるのも心地よい刺激を与えることができるようです(歯茎を舐められるのは、好き嫌い分かれるので確認が必要!)

※この部分はフェラのときに自分で亀頭などに当てて刺激するのも気持ちいい!

◆Gスポット②:舌の裏側にある血管

「太い血管の走っている周囲は感度が高い」とされていますが、口の中でも同じ! 開いて舌を持ち上げながら、くすぐるように上下・左右に舐めます。慣れてきたらGスポット①の「上あご」と織り交ぜながら刺激を与えてみましょう。

◆Gスポット③:舌の裏筋

舌の裏側にある縫い目のような部分。相手に舌を上げてもらった状態にして、この部分を上下に何度も舐めます。これをGスポット②「血管」の刺激と合わせると快感&興奮が増していくはず!

 粘膜で覆われている口の中は、ばい菌や細菌に非常に弱いところでもあります。たとえば、ご飯を食べてそのままセックスへ……という流れのこともあると思いますが、言わずもがなセックス前の口腔ケアは必須! 清潔な状態にしておくことが、相手への気遣いです。

 快感ポイントはこの3カ所ですが、愛撫をする際の舌先は硬くしてみたり、全体的に力を抜いてみたりという強弱も必要だと思います。舌がつってしまわないように、普段から舌の運動をしておく気持ちいいベロチューになりそうです。口の中でひたすら舌を回す、舌回し運動は小顔効果もあるっていいますし、一石二鳥レッツトライ!

(大根 蘭)

「オナニーしてるコはキモい」の呪縛から解き放った「今からオナニーしてくる!」というカッコよすぎる宣言

「ねぇ、オナニーって知ってる?」

小学五年生のある日、突然、親友ユリナが聞いてきた。
彼女は全校で五本の指に入る美少女で人気者だった。

「何やそれ?」

すっとぼけたわけじゃない。
オナニーとは5歳からの付き合いだったが、「オナニー」という言葉を知らなかったのだ。

「なんか、アソコを自分で触ることだよ」

ユリナが言う。

「へっ、へ~」

それなら毎日やってるよ、という言葉は飲みこんで何も知らないふりをした。

次の瞬間、ユリナは冷たく言い放った。

「◯組のKさんが、オナニーしてるらしいよ。キモいよね」

えっ……

私は黙るしかなかった。イヤらしすぎる情報をいきなりブッコまれて呆気に取られているとか、「Kさんに引いてキモがっているゆえの沈黙」とユリナには受け取られたかもしれない。

オナニーってやっぱりイケナイことなの?
あんなに気持ちいいのに?

まんこを触ると気持ちいいってことは、何やら秘密にした方がいいとは薄々気づいていたが、それが確信に変わった瞬間だった。

確かに家でこたつの脚に股間をコスりつけていると母から「まーちゃん、やめなさいっ!」と止められたし、「オマンコ」という単語も口に出すたび「そんな言葉使っちゃダメ!」と叱られたけれど、友達ともそういう話をしてはいけないんだ。

ユリナは大親友で、何でも話せる仲だったがオナニーのことは黙っていようと決めた。
ユリナに嫌われたくない。軽蔑されたくない。

一方、オナニーをしている宣言を堂々としたKさんは、どこか学校で浮く存在になっていた。以前は沢山の友人に囲まれていたのに。

月日は流れ、大人になった現在、私は「まんこ」とか「初オナニーは5歳」等、堂々とエッセイに書いている。

5歳からの付き合いであるオナニーをひた隠しにしてきた私を変えたのは、ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在中、シェアメイトで仲良くなったナツコの存在だった。

彼女は夜中に突然

「ああっ、急にオナニーしたくなってきた! してこよう!」

と叫んだ。

目を点にしている私ともう一人のシェアメイトのケイコに

「えっ何でそんな驚くの? オナニーするでしょ」

と言い放ち、ナツコは自室にオナニーをしに行った。

海外育ちが長い彼女だが、それにしてもハッキリ堂々としていて、ものすごくかっこよく見えたのだ。

ナツコのオナニー宣言を聞いて、私は10年ぶりにKさんを思い出した。
Kさんは、今さらだけどヒーローのような存在に思えた。

私も偽りなく生きよう。

帰国後、ユリナに会った。小学校から現在に至るまで、ユリナは私のかけがえのない親友だ。
土産話のついでを装って、ユリナに「実は私はオナニーしている」と打ち明けた後、聞いてみた。

「ユリナもオナニーするでしょう?」

「……うん…」

恥ずかしそうにユリナは答えた。

オナニーは、気持ち悪いことじゃない。
だから堂々と胸を張ってオナニーしよう!

■緑丘まこ
兵庫県育ちのアラサー女。
漫画とゲームとオナニーをこよなく愛する。
センベロ居酒屋やレトロなレストランを発掘するのが休日の楽しみである。

知識を手にすれば、他者を傷つけずにすむ。『LGBTを読みとく』著者・森山至貴氏インタビュー

こんにちは。今回はいつもと少し趣向を変えて、本連載初のインタビュー記事を掲載したいと思います。先月出たばかりのちくま新書『LGBTを読みとく』を題材に、著者で私の大学院時代からの友人である早稲田大学文学学術院専任講師の森山至貴さんにインタビューをしました。主に私と、本連載担当編集者が森山さんに質問をし、答えていただく形になっています。本書は非常にわかりやすい入門書なのでとくに解説がなくても読めると思いますが、著者にじっくりお話を聞ける機会はなかなかないので、既に読んだ方も、まだ読んでいない方も、どうぞご覧下さい。フィクションではないので、ネタバレはありません。

◎『LGBTを読みとく』を読みとく

北村 学生にいきなりクィア・スタディーズの話をしてもわかってもらえないことがほとんどです。ですから『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』が出て本当によかったと思いました。いろんなトピックをカバーしていますし、クィア・スタディーズを紹介するはじめの一冊としてとても適していると思います。

森山 学生に「森山さん、クィア・スタディーズが専門なんですよね。何を読んだらいいですか?」って言われた時に、私自身、すすめられる最近の本があまりなくて、「ないなら自分で書かなきゃいけないんだな」と思っていたところもあったので、そういうふうに言っていただけると嬉しいです。

クィア・スタディーズの専門家は日本にもたくさんいて、英語圏も入れると文献は本当にたくさんあります。ただ、クィア・スタディーズを冠した私の授業を履修している学生にも、そもそもクィア・スタディーズの内容以前に、セクシュアルマイノリティについて全然知らない人が多いんです。まずはセクシュアルマイノリティについて、続いてクィア・スタディーズについても基本的なことが押さえられる本が欲しいと思っていました。この本はまさにその二枚の看板を掲げ、前半は準備編としてセクシュアルマイノリティについて、さらにクィア・スタディーズの基本的な発想や用語について後半で書くという構造にしました。

北村 LGBTという言葉は最近、日本で広く使われるようになっていますが、必ずしも正確に使われているとは言えないかと思います。たとえばトランスの方たちだけの話だったり、ゲイの方たちだけの話だったりするのに「LGBT」と言ってしまうことが見受けられます。「LGBT」という言葉が含む問題性と、なぜこの言葉をタイトルに選んだのか教えてください。

森山 本の中にも書いたように、LGBTはセクシュアルマイノリティの全てではないのに、そのことが忘れられて使われているし、LGBTそれぞれの間の差異についてもあまり考えられていません。たとえば、マーケティングやビジネスの分野ではLGBTの間の格差などを考えずにいろいろな人をひとまとめに指す用語になってしまっているところがあります。そういうわけで、LGBTは取り扱い要注意の単語であることを読者の方にわかってほしいなと思っていました。

タイトルの話に戻りますが、この『LGBTを読みとく』というタイトルは二種類に解釈できて、しかもその2つの解釈が私の本を読むことで読者の方にやってほしいことをそのまま表しているんです。ひとつは、セクシュアルマイノリティについて何も知らない人に対して、LとかGとかBとかTが何を指していて、それぞれがどういう社会的な枠組みのもとに成り立ってきたのかとか、それぞれの人たちがどういう社会的な戦いをしてきたかとかについてしっかり理解する=「読みとく」ということです。それぞれがどういうものなのか、そしてLGBTがセクシュアルマイノリティの全てではない、ということをわかってほしかったんですね。もうひとつの意味は、今の「LGBT」現象を批判的に解釈する=「読みとく」ということです。とりあえずLGBTって言っておけばいいとか、この言葉を使うと何かものが売れるとか、そういう現象そのものに対する批判的視点を獲得してほしいという狙いがありました。

つまり、『LGBTを読みとく』は、LGBTと言われているものの中身と、またみんながLGBTと言っている現象双方を理解し解釈するというダブルミーニングになっているんです。

北村 『LGBTを読みとく』には、LGBTとはどういうことを指すのか読みとく、というのと、現在起きているカッコつきの「LGBT」現象を読みとく、という2つの意味があるわけですね。とてもクィア・スタディーズっぽいタイトルの付け方だし、どちらも重要なことだと思います。

◎知識だけでは足りない?

北村 この本の冒頭には、「『知っていれば他者を傷つけずに済むことがあれば知っておきたい』というのは、とても前向きな考え方だと私は思います」(p. 8)と書かれており、全体として知識への大きな信頼があると思います。私もはじめの一歩としては知識が絶対に重要だと思うので、このポジティブな考え方には個人的には大賛成です。しかし一方で、知識を提供するだけではうまくいかないのではないかという不安があり、とくに教育の場ではそれを感じます。

専門家が知識を与えるだけでは、むしろ受け手が警戒・曲解してしまうことがありますし、「上から目線のポリコレ」みたいな反発がみられることもあります。専門家が知識を出すだけだと問題が起こってしまうというのは科学コミュニケーション論などでよく議論されるところだと思うんですが、ジェンダーやセクシュアリティなどでも問題が起こるところがあるのではないかと思います。本書でも94ページで紹介されているトランスフォビア的なフェミニズムの議論などは、知識だけでは偏見がなくならないということの例であるように思えます。この点についていかがお考えでしょうか?

森山 知識を注入すれば何かが解決するよ、っていうのはもちろん単純化された議論ですよね。

しかしながら、知識を持ち、良心にもとづいてその知識を使用していくことが必要だとした場合、私の本に限って考えるなら、問題の半分は解決済みとしていいだろうと思うんです。この本を手にとってくれた時点で、その人はLGBTになんらかの興味があるんじゃないかと思うんですね。知りたいと思っている人向けに書くという前提があるので、「知識を詰め込んで」やろうというのではなく、「相手が知りたがっていることを提供するんだ」という気持ちで書きました。漠然とLGBTに対して持っていたイメージのようなものを知識に置き換えることにより、人間同士のやりとりがスムーズになったり、差別を減らしたりすることができるようになりますよ、っていうポジションで書いています。逆に言うと、LGBTについて全く関心がないとか、反発心がもともとあるというような人に対して話す場合はこういう感じにはならないと思います。

一方で、ひねった答え方もできます。偏見が差別を生むという単純化はできない、ということもこの本では言っていますし、偏見がなくても差別は起こります。偏見と差別と知識の関係って単純なひとつながりの鎖ではないんです。この本については、あなたに偏見があるかどうかは知らないが、その有無にかかわらず知識があれば差別はしなくても済みますよね、という読み方をしてもらってもかまわないと思っています。たまに「あなたが私の内側にある偏見をなんとかしてくれないと私はあなたを差別します!」みたいな恫喝の仕方をする人がいます。でも、たとえばナイフで人を刺したいと考えている人がいたとしても、実際に刺さなければ周りの人に危害を加えることにはなりません。ここで大事なのは、その人の気持ちは知らないけど、ともかく刺すのをやめてもらうことです。だから、心の中に偏見があるのはまあ知らないけど、その偏見をこちらに向けないでほしいという考え方は十分あり得ると思います。

この本を読めば、何をすると偏見の表出になるのか、というのはけっこうわかると思うので、偏見を抱えたままでもかまわないからそれを表出して差別で人を傷つけることはするな、と突っぱねることも大事だと思います。知識だけで偏見はなくならないとしても、差別とそれによって人が傷つくことをなくすのにはやりようがあるはずです。これは若干戦闘的な応答になりますね。

北村 ここで偏見をなくすのに重要なのは、単に知識を出すだけではなく、そこから自分でいろいろと考えてもらうこと、そして現実に生きている人たちのことを想像してもらうことではないかと私は考えています。こういう思考力と想像力の問題について、たとえば森山さんであれば、この本を読み終わった人に何を考えてもらいたい、あるいはどういうところに想像力を使ってほしいと思いますか?

森山 想像力とか思考力については、たぶん知識にもうちょっと何かを積み増すことによって、差別が少なくなったり、人と人とがスムーズにやりとりしたりできるようになるのではないかということだろうと思います。これはそのとおりだと思いますね。

本の中でも触れているように、知識があるからこの人のことがわかった、この人に対応できる、というような過信に対しては、想像力でブレーキをかけてほしいなと思っています。何についてでも「これで全部がわかった」なんていうことはないので、考え続けないといけないんですね。終わらないプロセスになるので、ちょっとげんなりするかもしれませんが。それでも、この本の内容で全てだと思ってしまうような思い込みは解除してほしいですね。この本は「はじめの1冊」でしかないんです。

北村 それこそ「無知の知」、自分がよく知らないのだということを理解するところから知がはじまるという、古代ギリシア哲学以来、人間が直面してきた課題ですね。

――関心を持たない人にはどうアプローチすればよいのでしょう? 関心のない人は、能動的に知識を得ようとしたり、想像力を働かせようとはなかなか思わないと思います。

森山 最初から聞く耳を持たない人に聞く耳を持たせようとする必要は本当にあるんでしょうか。「LGBTマジ無理」っていう人を心替わりさせるほうに労力を割くよりも、なんかよくわからないけど差別したり傷つけたりしちゃいけないんじゃないかな……っていう人をこっち側に振り向かせるために労力を割いたほうがいいんじゃないかと思っています。関心が無い人に関心を持ってほしいと思うのは、傷つける側の論理を不必要に認めているというか、そちら側に媚びているというか、その時点で何かの罠にひっかかっているんじゃないかという感覚がありますね。

ただこれは私が教師だから感じることかもしれません。何百人もの学生を相手にしているので、1人1人を心替わりさせようとかは思わないんですよね。授業をする際には、心替わりが目的ではなくて、場全体が風通しの良いルールによって成り立つよう見守ったり、あるいはそのルールを決めたりするという発想になるんです。それに学生全員を心替わりさせようとするのは越権行為かな、と。それよりも、こういうルールに従うとお互いのやりとりがうまくいきますとか、人を傷つけずにすみますみたいなところに照準を合わせたほうがいいのかなと思っています。

北村 すごくよくわかります。ただ、それはたぶん私たちが教師だからそう考えるのであって、政治家だったらそうは考えないだろうという気もします。政治家だと有権者や他の議員を説得するため選挙活動やロビー活動をしないといけないから、反対の意見を持つ人を説得しようという発想もあるんじゃないかな……。

森山 一方で私には、人々が心替わりをしなければダメだろうという直感もすごくあるんです。心替わりを求めることの暴力性とか不可能性があると同時に、心替わりしてもらわないとどうにもならないだろうという感覚を私自身も抱えているし、皆も抱えているんじゃないかと思います。心の中に偏見があってもそれを外に出さないでくれれば別にいいから、と割り切れない自分もいます。だからこういう本を書いて、うっかり手にとって、うっかり心変わりしてくれる人がいることを期待している部分もあります。

◎クィア・スタディーズの地平

北村 最後の質問にいきたいと思います。この本はLGBTに絞っていますが、クィア・スタディーズと言った場合、かなり広くセクシュアリティに関する事柄を対象とすると思います。私は海外のシェイクスピア学会でひたすらお天気の話だけするクィア批評の発表をきいたことがありますし、また私がやっているask.fmに「クィア的な視点からBDSMについて扱ったものでおすすめがあったら教えてください」という質問が来て、あるはずですが全然、思い当たらなかったことがあります。この本はクィア・スタディーズの本としては本当に入り口の部分だと思いますので、おそらくこの本から想像されるものよりかなり広く深い射程を持ったクィア・スタディーズの魅力についてコメントをいただけますと幸いです。

森山 この本は、セクシュアルオリエンテーションとジェンダーアイデンティティという2つの概念の組み合わせでさまざまな性のあり方が見えるんだよ、っていうところから始まるんですが、そもそもこの2つの概念だけが重要なのか、という問題はあります。たとえばある人が、自分の性のあり方においてはBDSMみたいな嗜虐性や被虐性のほうが非常に大事なことだと考えているとしたら、なぜセクシュアルオリエンテーションとジェンダーアイデンティティだけがことさら重要とされるのか、という感覚は当然出てくるだろうと思います。

ですから、クィア・スタディーズではセクシュアルオリエンテーションとジェンダーアイデンティティの話だけをすると思われてしまうのはまずいんですね。しかしながらそれと同時に、全く何も知らない人にいきなりSMの話とかから入ると、読み手が非常にびっくりしてしまってちょっと逆効果かなとも思ったんです。この本ではあまり人から反感を持たれない部分からスタートして、性の持つある種の「きつい」部分みたいなところまでたどり着いてもらうことも実は狙っています。「この本はお行儀が良すぎる」というのは私にとてはもっとも避けたい批判の一つなので、それもあって読書案内では性に関する風俗の緻密な研究で有名な井上章一とか、BDSMや小児性愛に関して挑発的な文章を書くパット・カリフィアの名前をあげて、「行儀が良くてきれいなもの」だけだと思われてはいけないということを書いたつもりです。「好きになる人の性別が違うだけでどこにでもいるいい人なんですよね」みたいな話では全くないのだ、というのはどこかで言及しないといけないと思っていました。本の中にもある言葉を使えば、ここに書かれているよりも「下世話」な部分は絶対にあるはずです。クィア・スタディーズはきれいなだけの話ではないし、そうあるべきでもないと思います。それはこの本の次の段階として、読書案内を見ながら進んで欲しいと思います。

北村 私も、授業をしていて『ロミオとジュリエット』みたいな純愛ものだと学生がついてきやすいんですが、一方で泥沼不倫を扱った作品とか二股艶笑喜劇みたいなものを読んだりすると学生が引いてしまったりすることもあるので、なんとかきれいなところから入って、でも文学や映画はそれだけではないですよっていうところに行き着いてほしいなとはいつも思っているので、教員としてはその苦労がわかります。

また、もう一つ指摘しておきたいところとして、クィア・スタディーズが扱うものとしては不倫とか乱交とかいわゆる「下世話」なものがある一方、逆方向で「処女性」を扱うとか、ほとんどセックスが出てこないような事柄も研究対象としていると思います。クィア・スタディーズはセックスが山ほどある状態から全くないような状態まで、いろんなことを広く分析できる研究だというのを読者の方に知っていただけたらいいんじゃないかなと思いました。

森山 そうですね。お行儀のいい「普通」の市民としてのセクシュアルマイノリティの話だけをしたいわけではない、と気付く人には気付いてほしいと思って書きました。

北村 クィア・スタディーズの広さを意識しつつ、この本を読み終わった方々にはいろいろな方面に関心を広げていって頂きたいなと思います。

■北村紗衣
北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。

知識を手にすれば、他者を傷つけずにすむ。『LGBTを読みとく』著者・森山至貴氏インタビュー

こんにちは。今回はいつもと少し趣向を変えて、本連載初のインタビュー記事を掲載したいと思います。先月出たばかりのちくま新書『LGBTを読みとく』を題材に、著者で私の大学院時代からの友人である早稲田大学文学学術院専任講師の森山至貴さんにインタビューをしました。主に私と、本連載担当編集者が森山さんに質問をし、答えていただく形になっています。本書は非常にわかりやすい入門書なのでとくに解説がなくても読めると思いますが、著者にじっくりお話を聞ける機会はなかなかないので、既に読んだ方も、まだ読んでいない方も、どうぞご覧下さい。フィクションではないので、ネタバレはありません。

◎『LGBTを読みとく』を読みとく

北村 学生にいきなりクィア・スタディーズの話をしてもわかってもらえないことがほとんどです。ですから『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』が出て本当によかったと思いました。いろんなトピックをカバーしていますし、クィア・スタディーズを紹介するはじめの一冊としてとても適していると思います。

森山 学生に「森山さん、クィア・スタディーズが専門なんですよね。何を読んだらいいですか?」って言われた時に、私自身、すすめられる最近の本があまりなくて、「ないなら自分で書かなきゃいけないんだな」と思っていたところもあったので、そういうふうに言っていただけると嬉しいです。

クィア・スタディーズの専門家は日本にもたくさんいて、英語圏も入れると文献は本当にたくさんあります。ただ、クィア・スタディーズを冠した私の授業を履修している学生にも、そもそもクィア・スタディーズの内容以前に、セクシュアルマイノリティについて全然知らない人が多いんです。まずはセクシュアルマイノリティについて、続いてクィア・スタディーズについても基本的なことが押さえられる本が欲しいと思っていました。この本はまさにその二枚の看板を掲げ、前半は準備編としてセクシュアルマイノリティについて、さらにクィア・スタディーズの基本的な発想や用語について後半で書くという構造にしました。

北村 LGBTという言葉は最近、日本で広く使われるようになっていますが、必ずしも正確に使われているとは言えないかと思います。たとえばトランスの方たちだけの話だったり、ゲイの方たちだけの話だったりするのに「LGBT」と言ってしまうことが見受けられます。「LGBT」という言葉が含む問題性と、なぜこの言葉をタイトルに選んだのか教えてください。

森山 本の中にも書いたように、LGBTはセクシュアルマイノリティの全てではないのに、そのことが忘れられて使われているし、LGBTそれぞれの間の差異についてもあまり考えられていません。たとえば、マーケティングやビジネスの分野ではLGBTの間の格差などを考えずにいろいろな人をひとまとめに指す用語になってしまっているところがあります。そういうわけで、LGBTは取り扱い要注意の単語であることを読者の方にわかってほしいなと思っていました。

タイトルの話に戻りますが、この『LGBTを読みとく』というタイトルは二種類に解釈できて、しかもその2つの解釈が私の本を読むことで読者の方にやってほしいことをそのまま表しているんです。ひとつは、セクシュアルマイノリティについて何も知らない人に対して、LとかGとかBとかTが何を指していて、それぞれがどういう社会的な枠組みのもとに成り立ってきたのかとか、それぞれの人たちがどういう社会的な戦いをしてきたかとかについてしっかり理解する=「読みとく」ということです。それぞれがどういうものなのか、そしてLGBTがセクシュアルマイノリティの全てではない、ということをわかってほしかったんですね。もうひとつの意味は、今の「LGBT」現象を批判的に解釈する=「読みとく」ということです。とりあえずLGBTって言っておけばいいとか、この言葉を使うと何かものが売れるとか、そういう現象そのものに対する批判的視点を獲得してほしいという狙いがありました。

つまり、『LGBTを読みとく』は、LGBTと言われているものの中身と、またみんながLGBTと言っている現象双方を理解し解釈するというダブルミーニングになっているんです。

北村 『LGBTを読みとく』には、LGBTとはどういうことを指すのか読みとく、というのと、現在起きているカッコつきの「LGBT」現象を読みとく、という2つの意味があるわけですね。とてもクィア・スタディーズっぽいタイトルの付け方だし、どちらも重要なことだと思います。

◎知識だけでは足りない?

北村 この本の冒頭には、「『知っていれば他者を傷つけずに済むことがあれば知っておきたい』というのは、とても前向きな考え方だと私は思います」(p. 8)と書かれており、全体として知識への大きな信頼があると思います。私もはじめの一歩としては知識が絶対に重要だと思うので、このポジティブな考え方には個人的には大賛成です。しかし一方で、知識を提供するだけではうまくいかないのではないかという不安があり、とくに教育の場ではそれを感じます。

専門家が知識を与えるだけでは、むしろ受け手が警戒・曲解してしまうことがありますし、「上から目線のポリコレ」みたいな反発がみられることもあります。専門家が知識を出すだけだと問題が起こってしまうというのは科学コミュニケーション論などでよく議論されるところだと思うんですが、ジェンダーやセクシュアリティなどでも問題が起こるところがあるのではないかと思います。本書でも94ページで紹介されているトランスフォビア的なフェミニズムの議論などは、知識だけでは偏見がなくならないということの例であるように思えます。この点についていかがお考えでしょうか?

森山 知識を注入すれば何かが解決するよ、っていうのはもちろん単純化された議論ですよね。

しかしながら、知識を持ち、良心にもとづいてその知識を使用していくことが必要だとした場合、私の本に限って考えるなら、問題の半分は解決済みとしていいだろうと思うんです。この本を手にとってくれた時点で、その人はLGBTになんらかの興味があるんじゃないかと思うんですね。知りたいと思っている人向けに書くという前提があるので、「知識を詰め込んで」やろうというのではなく、「相手が知りたがっていることを提供するんだ」という気持ちで書きました。漠然とLGBTに対して持っていたイメージのようなものを知識に置き換えることにより、人間同士のやりとりがスムーズになったり、差別を減らしたりすることができるようになりますよ、っていうポジションで書いています。逆に言うと、LGBTについて全く関心がないとか、反発心がもともとあるというような人に対して話す場合はこういう感じにはならないと思います。

一方で、ひねった答え方もできます。偏見が差別を生むという単純化はできない、ということもこの本では言っていますし、偏見がなくても差別は起こります。偏見と差別と知識の関係って単純なひとつながりの鎖ではないんです。この本については、あなたに偏見があるかどうかは知らないが、その有無にかかわらず知識があれば差別はしなくても済みますよね、という読み方をしてもらってもかまわないと思っています。たまに「あなたが私の内側にある偏見をなんとかしてくれないと私はあなたを差別します!」みたいな恫喝の仕方をする人がいます。でも、たとえばナイフで人を刺したいと考えている人がいたとしても、実際に刺さなければ周りの人に危害を加えることにはなりません。ここで大事なのは、その人の気持ちは知らないけど、ともかく刺すのをやめてもらうことです。だから、心の中に偏見があるのはまあ知らないけど、その偏見をこちらに向けないでほしいという考え方は十分あり得ると思います。

この本を読めば、何をすると偏見の表出になるのか、というのはけっこうわかると思うので、偏見を抱えたままでもかまわないからそれを表出して差別で人を傷つけることはするな、と突っぱねることも大事だと思います。知識だけで偏見はなくならないとしても、差別とそれによって人が傷つくことをなくすのにはやりようがあるはずです。これは若干戦闘的な応答になりますね。

北村 ここで偏見をなくすのに重要なのは、単に知識を出すだけではなく、そこから自分でいろいろと考えてもらうこと、そして現実に生きている人たちのことを想像してもらうことではないかと私は考えています。こういう思考力と想像力の問題について、たとえば森山さんであれば、この本を読み終わった人に何を考えてもらいたい、あるいはどういうところに想像力を使ってほしいと思いますか?

森山 想像力とか思考力については、たぶん知識にもうちょっと何かを積み増すことによって、差別が少なくなったり、人と人とがスムーズにやりとりしたりできるようになるのではないかということだろうと思います。これはそのとおりだと思いますね。

本の中でも触れているように、知識があるからこの人のことがわかった、この人に対応できる、というような過信に対しては、想像力でブレーキをかけてほしいなと思っています。何についてでも「これで全部がわかった」なんていうことはないので、考え続けないといけないんですね。終わらないプロセスになるので、ちょっとげんなりするかもしれませんが。それでも、この本の内容で全てだと思ってしまうような思い込みは解除してほしいですね。この本は「はじめの1冊」でしかないんです。

北村 それこそ「無知の知」、自分がよく知らないのだということを理解するところから知がはじまるという、古代ギリシア哲学以来、人間が直面してきた課題ですね。

――関心を持たない人にはどうアプローチすればよいのでしょう? 関心のない人は、能動的に知識を得ようとしたり、想像力を働かせようとはなかなか思わないと思います。

森山 最初から聞く耳を持たない人に聞く耳を持たせようとする必要は本当にあるんでしょうか。「LGBTマジ無理」っていう人を心替わりさせるほうに労力を割くよりも、なんかよくわからないけど差別したり傷つけたりしちゃいけないんじゃないかな……っていう人をこっち側に振り向かせるために労力を割いたほうがいいんじゃないかと思っています。関心が無い人に関心を持ってほしいと思うのは、傷つける側の論理を不必要に認めているというか、そちら側に媚びているというか、その時点で何かの罠にひっかかっているんじゃないかという感覚がありますね。

ただこれは私が教師だから感じることかもしれません。何百人もの学生を相手にしているので、1人1人を心替わりさせようとかは思わないんですよね。授業をする際には、心替わりが目的ではなくて、場全体が風通しの良いルールによって成り立つよう見守ったり、あるいはそのルールを決めたりするという発想になるんです。それに学生全員を心替わりさせようとするのは越権行為かな、と。それよりも、こういうルールに従うとお互いのやりとりがうまくいきますとか、人を傷つけずにすみますみたいなところに照準を合わせたほうがいいのかなと思っています。

北村 すごくよくわかります。ただ、それはたぶん私たちが教師だからそう考えるのであって、政治家だったらそうは考えないだろうという気もします。政治家だと有権者や他の議員を説得するため選挙活動やロビー活動をしないといけないから、反対の意見を持つ人を説得しようという発想もあるんじゃないかな……。

森山 一方で私には、人々が心替わりをしなければダメだろうという直感もすごくあるんです。心替わりを求めることの暴力性とか不可能性があると同時に、心替わりしてもらわないとどうにもならないだろうという感覚を私自身も抱えているし、皆も抱えているんじゃないかと思います。心の中に偏見があってもそれを外に出さないでくれれば別にいいから、と割り切れない自分もいます。だからこういう本を書いて、うっかり手にとって、うっかり心変わりしてくれる人がいることを期待している部分もあります。

◎クィア・スタディーズの地平

北村 最後の質問にいきたいと思います。この本はLGBTに絞っていますが、クィア・スタディーズと言った場合、かなり広くセクシュアリティに関する事柄を対象とすると思います。私は海外のシェイクスピア学会でひたすらお天気の話だけするクィア批評の発表をきいたことがありますし、また私がやっているask.fmに「クィア的な視点からBDSMについて扱ったものでおすすめがあったら教えてください」という質問が来て、あるはずですが全然、思い当たらなかったことがあります。この本はクィア・スタディーズの本としては本当に入り口の部分だと思いますので、おそらくこの本から想像されるものよりかなり広く深い射程を持ったクィア・スタディーズの魅力についてコメントをいただけますと幸いです。

森山 この本は、セクシュアルオリエンテーションとジェンダーアイデンティティという2つの概念の組み合わせでさまざまな性のあり方が見えるんだよ、っていうところから始まるんですが、そもそもこの2つの概念だけが重要なのか、という問題はあります。たとえばある人が、自分の性のあり方においてはBDSMみたいな嗜虐性や被虐性のほうが非常に大事なことだと考えているとしたら、なぜセクシュアルオリエンテーションとジェンダーアイデンティティだけがことさら重要とされるのか、という感覚は当然出てくるだろうと思います。

ですから、クィア・スタディーズではセクシュアルオリエンテーションとジェンダーアイデンティティの話だけをすると思われてしまうのはまずいんですね。しかしながらそれと同時に、全く何も知らない人にいきなりSMの話とかから入ると、読み手が非常にびっくりしてしまってちょっと逆効果かなとも思ったんです。この本ではあまり人から反感を持たれない部分からスタートして、性の持つある種の「きつい」部分みたいなところまでたどり着いてもらうことも実は狙っています。「この本はお行儀が良すぎる」というのは私にとてはもっとも避けたい批判の一つなので、それもあって読書案内では性に関する風俗の緻密な研究で有名な井上章一とか、BDSMや小児性愛に関して挑発的な文章を書くパット・カリフィアの名前をあげて、「行儀が良くてきれいなもの」だけだと思われてはいけないということを書いたつもりです。「好きになる人の性別が違うだけでどこにでもいるいい人なんですよね」みたいな話では全くないのだ、というのはどこかで言及しないといけないと思っていました。本の中にもある言葉を使えば、ここに書かれているよりも「下世話」な部分は絶対にあるはずです。クィア・スタディーズはきれいなだけの話ではないし、そうあるべきでもないと思います。それはこの本の次の段階として、読書案内を見ながら進んで欲しいと思います。

北村 私も、授業をしていて『ロミオとジュリエット』みたいな純愛ものだと学生がついてきやすいんですが、一方で泥沼不倫を扱った作品とか二股艶笑喜劇みたいなものを読んだりすると学生が引いてしまったりすることもあるので、なんとかきれいなところから入って、でも文学や映画はそれだけではないですよっていうところに行き着いてほしいなとはいつも思っているので、教員としてはその苦労がわかります。

また、もう一つ指摘しておきたいところとして、クィア・スタディーズが扱うものとしては不倫とか乱交とかいわゆる「下世話」なものがある一方、逆方向で「処女性」を扱うとか、ほとんどセックスが出てこないような事柄も研究対象としていると思います。クィア・スタディーズはセックスが山ほどある状態から全くないような状態まで、いろんなことを広く分析できる研究だというのを読者の方に知っていただけたらいいんじゃないかなと思いました。

森山 そうですね。お行儀のいい「普通」の市民としてのセクシュアルマイノリティの話だけをしたいわけではない、と気付く人には気付いてほしいと思って書きました。

北村 クィア・スタディーズの広さを意識しつつ、この本を読み終わった方々にはいろいろな方面に関心を広げていって頂きたいなと思います。

■北村紗衣
北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。

ZOZOTWONのCMに震える。吉岡里帆さんの美貌と演技に騙されないで! ツケ払いの先に幸せな未来はありません。

こんにちは! ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。先月、私の著書が発売されました。タイトルは『家計簿不要!お金がめぐる財布の使い方 財布の中に神棚を!』(永岡書店)。今回のテーマ「ツケ払い」に通ずる部分も多く書かれていますので書籍の方も読んでみてほしいと思います。

さて、私はあるテレビコマーシャルを見てガクブルと怒りと落胆が入り混じった感情になりました。それはドシャブリの雨に打たれた吉岡里帆さんが、画面に向かって「好き」だの「2カ月も待てない」だの真剣に迫ってくる超人気ファッション通販サイトZOZOTOWNが始めた「ツケ払い」をアピールするCMです。ドラマチックな雰囲気と美しい容姿に思わず見入ってしまうのですが……ちょっと待ってよ、ZOZOTOWNさん、「ツケ払い」って本気で言ってる!?

◎上手に使えばスゴいファッション通販サイト

スマホを持っている女性なら利用したことのない人の方が少ないのでは? と思うほど普及しているファッション通販サイトZOZOTOWNさん。

あちこち出向いて探し回らなくても、「ブルーのスカートが欲しい!」と思ったら、各種ブランドを一瞬で検索して一覧表示でき、お値段を安い順に並べられて、気になる服を比較するのも自由自在。うまくいけばクーポンもあるし、4,999円(税込)以上なら送料無料です。クレジットカード決済なら手数料もかかりません(各種分割払いならカード会社への手数料はかかります)。

わざわざ出かける準備をして電車や車に乗っていろいろなショップを歩き回らなくても、パソコンやスマホだけで用が足りてしまいます。それどころか、ハッキリと目的を持って買い物をすれば、目に入った余計なものを買うこともなく、欲しいものだけで済ませることもできるのです。電車代も、お買い物に付き物のランチ代もお茶代もかかりません。上手に利用すればとても便利で使い勝手の良いサイトです。私もしばしば買い物をしますし、見るだけでも楽しいので、ZOZOTOWNさんのサイトは頻繁にチェックしています。

◎まさかの「ツケ払い」推し?!

冒頭で紹介したCMを目にした人も多いと思います。あのCMを見たら、「ツケ払い」に悪くないイメージを、いや、むしろ吉岡さんの演技によって、もっとポジティブなイメージすら持ってしまうかもしれません。

CMってスゴい……女優さんってスゴい……でも、「おいコラ、ツケ払いって何なのよ!」といろんなため息が出てしまいました。

ZOZOTOWNさんによると、2カ月後までの支払いをOKとする「ツケ払い」は、

安心:商品の中身を確認してから支払いができるので、「初めての方でも安心」
便利:給料日前でのご注文、ご都合のよいタイミングでのお支払いが可能

といった説明がザックリされています。要するに、モノが届いてもすぐに支払わなくても良い、ということ。「安心」&「便利」だなんて、全人類にとって最高の組み合わせに感じるじゃないですか……。

しかし本連載の読者の皆さんには、これらの全てに疑問を持ってほしいです。

「どうして2カ月も待ってくれるの?」
「なんで高いお金をかけてCMまで作ってツケ払いを推すの?」

会社が儲からないことをするはずがありません。儲かる算段があるからこそ、CMに経費をかけるわけです。会社が儲けようとすることは当然のことですが、利用者にとってはどうでしょうか。便利に感じて利用してもその裏にたいへんな危険が隠れている可能性もあります。「ツケ払い」はそんな危険性を持つものだと私は思っています。

◎うら若き女子がツケ払いなんて、やめて…

私はまず「商品の中身を確認してから支払いができる」という点にツッコミを入れたいです。どこにそんな理由でツケ払いを利用する人がいるんでしょうか!? ツケ払いをするのは、「商品の中身を確認したい」のではなく、「お金がないのに欲しいから」に決まってるじゃないですか。わざわざ手数料を払って問題をどんどん先送りしているだけですし、2カ月後に突然お金持ちになる人はほぼいません。その月に少し楽をしたいがために、ツケ払いをしたら、2カ月後はもっと苦しくなる可能性が大きいです。

そもそも「ツケ払い」というのは、近所のなじみの店などに「信用」と「実績」があるからできる現金の後払い制度。もっというと、身元のわかっている調子のいいオッサンとか、テキトーなオバハンが近所の店で活用するものです。そして、「信用」と「実績」でツケ払いをしていても、お店側がお金を回収できなかったというトラブルや、「あの人、ツケだって。だらしないんじゃないの?」なんて陰口も昔から付き物です。実際、ZOZOTOWNでもツケ払いには与信審査といって信用や実績を確認する調査があります。与信審査をクリアしないと利用できません。いずれにせよ、お金に関して無傷の若い方の口から「ツケ」なんて絶対に聞きたくない言葉です!

そして、そのファッションでどこに行くのでしょう。デート? 合コン? まだお金を払っていない服でオシャレでかわいく着飾った女性を喜ぶ男性なんて、おバカに決まっています。その日は騙せても、まともな男性なら、いずれお金の使い方に問題があることに気がついて、去っていくのではないでしょうか。

ツケ払いを利用したいと思っている読者にとっては、厳しいことをビシビシ書いてしまったかもしれません。でも、ツケ払いを利用して幸せな未来が待っている可能性は限りなくゼロに近いことをぜひ知っておいてください。それどころかマイナス、深い傷を負ってしまう可能性の方が高いです。軽い気持ちで利用して癒えない傷を作ってしまわないように願っています。

■川部紀子
1973年北海道生まれ。ファイナンシャルプランナー(CFP® 1級FP技能士)・社会保険労務士。大手生命保険会社のセールスレディとして8年間勤務。その間、父ががんに罹り障害者の母を残し他界。親友3人といとこも他界。自身もがんの疑いで入院。母の介護認定を機に27歳にしてバリアフリーマンションを購入。生死とお金に翻弄される20代を過ごし、生きるためのお金と知識の必要性を痛感する。保険以外の知識も広めるべくFPとして30歳で起業。後に社労士資格も取得し、現在「FP・社労士事務所川部商店」代表。お金に関するキャリアは20年を超えた。セミナーに力を入れており講師依頼は年間約200回。受講者も3万人超。テレビ、ラジオ、新聞等メディア出演も多数。

ZOZOTWONのCMに震える。吉岡里帆さんの美貌と演技に騙されないで! ツケ払いの先に幸せな未来はありません。

こんにちは! ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。先月、私の著書が発売されました。タイトルは『家計簿不要!お金がめぐる財布の使い方 財布の中に神棚を!』(永岡書店)。今回のテーマ「ツケ払い」に通ずる部分も多く書かれていますので書籍の方も読んでみてほしいと思います。

さて、私はあるテレビコマーシャルを見てガクブルと怒りと落胆が入り混じった感情になりました。それはドシャブリの雨に打たれた吉岡里帆さんが、画面に向かって「好き」だの「2カ月も待てない」だの真剣に迫ってくる超人気ファッション通販サイトZOZOTOWNが始めた「ツケ払い」をアピールするCMです。ドラマチックな雰囲気と美しい容姿に思わず見入ってしまうのですが……ちょっと待ってよ、ZOZOTOWNさん、「ツケ払い」って本気で言ってる!?

◎上手に使えばスゴいファッション通販サイト

スマホを持っている女性なら利用したことのない人の方が少ないのでは? と思うほど普及しているファッション通販サイトZOZOTOWNさん。

あちこち出向いて探し回らなくても、「ブルーのスカートが欲しい!」と思ったら、各種ブランドを一瞬で検索して一覧表示でき、お値段を安い順に並べられて、気になる服を比較するのも自由自在。うまくいけばクーポンもあるし、4,999円(税込)以上なら送料無料です。クレジットカード決済なら手数料もかかりません(各種分割払いならカード会社への手数料はかかります)。

わざわざ出かける準備をして電車や車に乗っていろいろなショップを歩き回らなくても、パソコンやスマホだけで用が足りてしまいます。それどころか、ハッキリと目的を持って買い物をすれば、目に入った余計なものを買うこともなく、欲しいものだけで済ませることもできるのです。電車代も、お買い物に付き物のランチ代もお茶代もかかりません。上手に利用すればとても便利で使い勝手の良いサイトです。私もしばしば買い物をしますし、見るだけでも楽しいので、ZOZOTOWNさんのサイトは頻繁にチェックしています。

◎まさかの「ツケ払い」推し?!

冒頭で紹介したCMを目にした人も多いと思います。あのCMを見たら、「ツケ払い」に悪くないイメージを、いや、むしろ吉岡さんの演技によって、もっとポジティブなイメージすら持ってしまうかもしれません。

CMってスゴい……女優さんってスゴい……でも、「おいコラ、ツケ払いって何なのよ!」といろんなため息が出てしまいました。

ZOZOTOWNさんによると、2カ月後までの支払いをOKとする「ツケ払い」は、

安心:商品の中身を確認してから支払いができるので、「初めての方でも安心」
便利:給料日前でのご注文、ご都合のよいタイミングでのお支払いが可能

といった説明がザックリされています。要するに、モノが届いてもすぐに支払わなくても良い、ということ。「安心」&「便利」だなんて、全人類にとって最高の組み合わせに感じるじゃないですか……。

しかし本連載の読者の皆さんには、これらの全てに疑問を持ってほしいです。

「どうして2カ月も待ってくれるの?」
「なんで高いお金をかけてCMまで作ってツケ払いを推すの?」

会社が儲からないことをするはずがありません。儲かる算段があるからこそ、CMに経費をかけるわけです。会社が儲けようとすることは当然のことですが、利用者にとってはどうでしょうか。便利に感じて利用してもその裏にたいへんな危険が隠れている可能性もあります。「ツケ払い」はそんな危険性を持つものだと私は思っています。

◎うら若き女子がツケ払いなんて、やめて…

私はまず「商品の中身を確認してから支払いができる」という点にツッコミを入れたいです。どこにそんな理由でツケ払いを利用する人がいるんでしょうか!? ツケ払いをするのは、「商品の中身を確認したい」のではなく、「お金がないのに欲しいから」に決まってるじゃないですか。わざわざ手数料を払って問題をどんどん先送りしているだけですし、2カ月後に突然お金持ちになる人はほぼいません。その月に少し楽をしたいがために、ツケ払いをしたら、2カ月後はもっと苦しくなる可能性が大きいです。

そもそも「ツケ払い」というのは、近所のなじみの店などに「信用」と「実績」があるからできる現金の後払い制度。もっというと、身元のわかっている調子のいいオッサンとか、テキトーなオバハンが近所の店で活用するものです。そして、「信用」と「実績」でツケ払いをしていても、お店側がお金を回収できなかったというトラブルや、「あの人、ツケだって。だらしないんじゃないの?」なんて陰口も昔から付き物です。実際、ZOZOTOWNでもツケ払いには与信審査といって信用や実績を確認する調査があります。与信審査をクリアしないと利用できません。いずれにせよ、お金に関して無傷の若い方の口から「ツケ」なんて絶対に聞きたくない言葉です!

そして、そのファッションでどこに行くのでしょう。デート? 合コン? まだお金を払っていない服でオシャレでかわいく着飾った女性を喜ぶ男性なんて、おバカに決まっています。その日は騙せても、まともな男性なら、いずれお金の使い方に問題があることに気がついて、去っていくのではないでしょうか。

ツケ払いを利用したいと思っている読者にとっては、厳しいことをビシビシ書いてしまったかもしれません。でも、ツケ払いを利用して幸せな未来が待っている可能性は限りなくゼロに近いことをぜひ知っておいてください。それどころかマイナス、深い傷を負ってしまう可能性の方が高いです。軽い気持ちで利用して癒えない傷を作ってしまわないように願っています。

■川部紀子
1973年北海道生まれ。ファイナンシャルプランナー(CFP® 1級FP技能士)・社会保険労務士。大手生命保険会社のセールスレディとして8年間勤務。その間、父ががんに罹り障害者の母を残し他界。親友3人といとこも他界。自身もがんの疑いで入院。母の介護認定を機に27歳にしてバリアフリーマンションを購入。生死とお金に翻弄される20代を過ごし、生きるためのお金と知識の必要性を痛感する。保険以外の知識も広めるべくFPとして30歳で起業。後に社労士資格も取得し、現在「FP・社労士事務所川部商店」代表。お金に関するキャリアは20年を超えた。セミナーに力を入れており講師依頼は年間約200回。受講者も3万人超。テレビ、ラジオ、新聞等メディア出演も多数。