なぜ女たちは「料理」に苦しめられるのか――キャスリーン・フリン『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』

アメリカのフードライター、キャスリーン・フリンによるノンフィクション作品『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(訳:村井理子、きこ書房)。この本を紹介するにあたって最初に知っておいてほしいのは、「ダメ女たち」の「ダメ女」たる由縁が、決して「料理ができないこと」ではないということです。「女のくせに料理ができないダメ女」たちを「立派に料理ができる、あるべき女の姿」へと正す。そして、料理上手になった女たちは、男の胃袋をつかみ、あるいは理想の妻/母となり、その人生は一変、順風満帆なものに――本書は、間違ってもそのような物語ではありません。

37歳で世界屈指の名門料理学校、ル・コルドン・ブルーを卒業した作者が立ち上げた「プロジェクト」。きっかけは、とあるスーパーマーケットで出会った、インスタント食品依存の女性客との交流でした。「どうやって料理したらいいか分からない」ために、体にも懐にも悪い箱入り・缶入りの食品ばかりをカートに放り込んでしまう――彼女のように苦しんでいる人びとに、何かしてあげたい。そうした思いで開講した小さな料理教室が、この物語の舞台となります。

料理教室に集まったのは、10人の女たち。両親との“思い出の味”がマクドナルドの女。夫との力関係の差が料理にあらわれる女。母親から料理を教えてもらえず、いつでもなんでも真っ黒焦げにしてしまう女。別れた夫と過ごした4年前の七面鳥を捨てられない女。料理をするとなると途端に不安定になる精神科女医など、背景に抱える事情はまさに十人十色です。しかし全員が、料理をすることに対して不安や恐れを抱き、自分の料理に自信が持つことができずにいました。この10人の「ダメ女たち」が作者のレッスンを通して、料理に対する恐れを克服し、ぴったりのやり方を見つけ、自信を身につけ、人生を変えていく――ほかでもない、自分自身のために。

「キッチンに立つと、まるで子どもみたいな気分になることがあって。一体何をやればいいのか見当もつかない」「私、絶対に間違えてしまうから」「作ってるものの味なんてわからない。私の味覚がおかしかったらどうするの?」「夫は、私が包丁を使う姿を見て笑う。料理をするたびに、全部メチャクチャになるから。それで自信をなくしちゃった」。彼女たちはみな、「料理をすること」に恐れを抱き、同時に「料理ができないこと」に対しては、強い「恥ずかしさ」を感じています。

「料理をする」という行為が、なぜこれほどまでに女たちを苦しめるのか? 真っ先に思い浮かぶのは、女性たちに押し付けられる「女たるもの、料理ができて当たり前」という幻想だと思います。もちろんそれもあるでしょう。しかし「料理」を、そして「食」を取り巻く問題はより複雑なものです。何をどうやって料理するか。食品を買うとき、何を選択の基準にするか。何を食べ、何を食べないか。何をおいしいと感じ、なにを不味いと感じるか。作者がスーパーマーケットで「買い物客のカートの中身を盗み見るクセがあるのは認める。中身を見れば、その人となりがわかるとしたら、あなただってするでしょ?」と語っているように、これらはすべて、単に「料理すること」「食べること」以上の何かをあらわしてしまうのです。

また、料理すること/食べさせることは、しばしば「愛情」の問題と結びつけられます。手間隙をかけた料理は愛の象徴であり、手を抜いた料理ばかり食べさせられている子どもは、十分な愛情を注がれていないと見なされる。最近話題になった「子どもの朝ごはんは『3日連続でドーナツ』――今どき母親たちの“トンデモ朝ごはん”に共感の声も」という記事に対して見られた反応も、そうした世間の認識を露呈しているように思われます。あるいは、「箸の持ち方でお里が知れる」という言葉。そこにあるのは、正しい「食」を知らない人間は、正しく育てられてこなかったのだという意識でしょう。そして味覚。レッスンの中でも、料理の味付けの仕方が分からないとぼやく女性は、「私の味覚がおかしかったらどうするの?」という不安を抱えていました。その人自身の感覚や、育ってきた環境。「料理」と「食」は、そうした個人の根幹に関わる要素と密接に結びついていると考えられています。だからこそ、料理のできない女たちは、それを非常に「恥ずかしい」ことだと思ってしまうのですし、他人からそれを馬鹿にされたり、なじられたりすることで、ますます自信を失ってしまうのです。

しかし作者はそんな女性たちに、正しい「料理」、正しい「食」のあり方を説こうとはしません。ただ、彼女たちが自信を持って、自分を肯定しながら料理をすることができるよう手助けをします。

「自分の好きなものを探せるようになること。自分の感覚を信じられるようになること。
我が道を進んで褒められることってどれくらいありますか? 自分自身を信じる自由が与えられること、間違いを許されることってありますか? 料理に関してはどうですか? 料理以外のことはどうですか?」

することを恐れ、できないことを恥じていた「料理」という行為。繰り返しますが、彼女たちが「料理ができない女」であることは、大した問題ではありません。ですが、大したことのない、しかし身近で切実な問題だったからこそ、料理はあらゆる悩みや苦しみの象徴に、そして彼女たちの人生を、彼女たちの意志で変えていくきっかけとなりえたのです。

料理ができないことが恥ずかしい。10人の女たちが「料理」に対して抱いていた後ろ暗い「恥ずかしさ」は、レッスンを重ねるうちに、いつしか違うものへと変わっていきます。「ちょっと恥ずかしいけど、料理っていろいろな楽しみがあるな。想像以上だなって思ったんだ」。明るい照れ笑いとともに語られる、料理の「恥ずかしさ」。きっとそれこそが、この料理教室で起きた「奇跡」なのです。

(餅井アンナ)

勃起したら穴で射精しなければならない、なんて誰が決めたの? 挿入を伴わないセックスの可能性=例えば勃起観賞

私は、挿入という行為が嫌いです。自分の身体のどの穴にも、チンコを入れられることを私は好みません。マンコ、アナル、お口……他の穴は試したことありませんが、鼻や耳もおそらくイヤだと思います。

しかしながら、男性相手のセックスアピールや性的な接触が一切苦手というわけでもありません。エロ可愛い下着とか着たいし、フェティッシュバーのように安全を確保された場所でキワドイ格好をするのも幸せです。そして、好きな人とはイチャイチャしたい。

しかし、初回でも自己紹介したように、私は変態文化や変態の話題が大の好物。お陰でエロい(セックスすることが大好きな)のではないかとすぐに勘違いをされるわけですが、正直その勘違いは迷惑極まりありません。「挿入を伴うセックス」が当たり前とされる世の中では、「セックス好き」は「挿入好き」と同義だからです。

◎私が挿入を嫌うワケ

「挿入を伴うセックス」を気持ちいいと感じたり、なんの違和感もなく受け入れたりする方が男女問わず大勢いることは、物心ならぬセックス心がついたころ(セックスに関する最も古い記憶がある頃)から気付いておりました。ただ、あらゆるリスクを払ってまで挿入を伴うセックスに積極的に挑む理由が今のところ私には見出せていません。不感症ではないですし、ムラっとすることも無くはないのですが、挿入でイッたこともなければ、ムラッとしたからorイチャイチャしたから、イカないと気が済まないなんてこともありません。愛する人と物理的に接続されている感覚が幸せという心理は、全く分からないとは言いませんが、あなたたちは電源プラグかレゴか何かですか……? とツッコミたくなります。

よって、冒頭では「私は挿入行為が嫌い」と述べましたが、正確には、「挿入行為にメリットが見出せない」ので、「なるべくやりたくない」にも関わらず、説明や説得をしない限り「避けられない」から「嫌い」なのです。

◎勃起→挿入→射精は「本能」という説

チンコの欲求の一連の流れを「本能」という一言で片付ける方がしばしばいらっしゃいます。しかし、考えてみてください、本能って「個」の意志とは別物ですし、避妊して及ぶセックスで本能も何も……って感じじゃないですか?

ちなみに、「本能」って変態をも排除する考え方だと思うので、個人的に全く相容れない……というか、本当に嫌いな言い訳です。子孫繁栄にも、生命維持活動にも、全く必要じゃない変態行為や変態文化は、「本能」を振りかざした途端、排除されてしまいます。

◎挿入&射精をゴールとしないアイデア

こうして挿入嫌いの私が、我慢して挿入と射精に付き合うことなく、挿入スレスレまでのセックスを純粋に楽しむには、最終的に入れる“穴”がなければ良いのではないかと1年ほど前に思いついたのですが、マンコを塞ぐというのは今のところかなり現実味がありません(真っ先に思いついたのがこの方法でしたが、性同一性障害の診断もなしに、今の日本で実費で手術するというのは相当困難です)。なので、いますぐにできる私なりのセックスの楽しみ方として「セックス=勃起した男性を観賞すること」というのを思いつきました。

短期間ではありますが、実践&過去の記憶も改ざん(過去にセックスをした相手を観賞目線で思い出すなど)してみた結果、「悪くないぞ」と実感を得た私にとっては、「勃起観賞」がもはや性癖のひとつと言えるのかもしれません。

◎勃起した男の人って、もしかして可愛いんじゃないの…?

私が思うに、チンコって造形的に美しくないし、ましてや挿入が嫌いな私にとって、勃起したチンコってウッカリすると憎悪の対象になってしまうのですが、よく考えてみると勃起している男の人って、実は結構可愛いような……。というのも、勃起している人の“マヌケ可愛さ”に気付いてしまったからなのです。(※「勃起した男性の姿がマヌケである」という見方は、水嶋かおりんさんの著書『風俗で働いたら人生が変わったwww(コア新書)』にも似たような記述が出てきます。私はめちゃくちゃ共感してしまいました)

◎勃起人の可愛さ解説

この思考回路をもう少し丁寧に解説するならば、目の前で勃起している男性というのは、その瞬間、「私よりも弱い生き物」と化しているのです。私がこの男性の玉袋と弱味を握っている状態と言いましょうか。例えるならば、映画に出てくる女スパイのように、その気になれば私は隙を見て(隙だらけだからね)この男性に毒を盛ったり刺し殺したりできてしまうのではないかと思うほど、私の方が強い立場にあると感じるのです。

社会的・肉体的に本来ならば私より力を持った存在であるその男性が、その瞬間だけは、確実に精神的に私より弱い存在になるのです。この感覚、一見ミサンドリーの成りの果てのようですが、私にとっては、男性のことを「性的に愛おしい」と思える貴重な瞬間であって、できることならこの場面をラストシーンに事を終えたいのであります。

◎ただ、そうもいかないことが多々
そうなのです。これだけ「挿入が好きじゃない」と明確に自覚している私ですら、やはり「観賞」後の展開、つまり穴への挿入を避けられないことが多々あります。残念無念……。

相手男性が「勃起→挿入するしかない」という概念の持ち主かどうか、事前に分かるものなら、そういう発想の殿方は、観賞用としてはオススメできません。と言っても、残念ながら世の多くのチンコ(と繋がってる脳みそ)が、そういう発想を持ち合わせているので、女性側が挿入したくなくても観賞のみで終われない可能性が高いでしょう。

ちなみに私、男性が「挿入しないと気が収まらない!」となった状態のことを「挿入モード」とコッソリ呼んでおります。この「挿入モード」には、だいたい入る瞬間が存在していて、それが結構分かりやすい……ただ「挿入モード」に入る少し手前で気付いて上手に引き返すのは、なかなか難しく未だ成功率は低いです……(次はこの感覚を極めたい。笑)

◎想像してみよう、挿入しなくていいモード
「勃起してるけど、挿入はしなくてもいいモード」というものが少なからず世の中には存在していて、しかしそれにもまた数多のケースがあります。挿入しなくていいモードって、なんだろう? どんな感じだろう?

パターン1:射精できればなんでもいい

これは、比較的遭遇しやすい「挿入しなくていいモード」の一つかと思います。性欲バリバリだけど、実はマンコに執着がないというパターン。前戯やプレイでおっ勃ってしまったけど、「手や口でもいいよ」という方や「自分で処理します」という殿方ですね。

実は、セックス中に「挿入が苦手なの(ウルウル)」と言うとかなり高確率で「手や口でしごいて欲しい」とおっしゃる殿方に遭遇できると思います。

パターン2:射精への執着が弱い

これは、私にチンコが生えていた場合こんな感じなのではと想像しますが、イチャイチャしたり、“恋愛っぽい”ことは好きだけど、その先への執着が少ないという男性にあり得る展開です。もしくは、「性欲はオナニーで満たせるから、対人では恋愛欲・イチャイチャ欲だけ満たせればいい」という思考の持ち主もいるかもしれませんね。

パターン3:勃起しない

これは、本人が悩んでいたら決してポジティブには語れませんが、勃たなくてもいいと思っている方(っているのかな。私は出会ったことはないですが)がもしいたら、挿入も物理的にできませんから、挿入に怯える必要はありません。ただ、今回のテーマである「勃起した男性の観賞」もできませんけどね(笑)。

一方で、稀に「勃たないのに、めっちゃ挿入したい」という方もいます。これは、マヌケ可愛いわけでもなく(隙があるという感じでもない)、ただやり場のない欲求だけを向けられることになるので、案外怖いといいますか……冷静に説得して一緒に病院とか行ってあげたらよかったのかしら……?(若かりし日の私には、他人のチンコを想って行動するという発想はありませんでした……ごめんなさい)

◎結局は「やりたいこと・やりたくないこと」の自覚と共有が鍵
さて、ちょっと脱線気味になってきましたが、挿入されるのが好きな女性もいれば、私のように挿入が嫌いな女も世の中にはいるんですのよ。以後お見知りおきを。そして、もしかすると、男性でも挿入行為を好まない方はいるかもしれませんね。セックスにおいて、お互いの「やりたいこと」「やりたくないこと」を提示し合うことが当然の工程であればいいのにと、私は常々思います。

先日拝読しましたエリカ・ラスト監督に関する記事では、ポルノ作品制作で役者全員の「やりたいこと・やりたくないこと」リストを作る話や、撮影現場でもひとつひとつの行為に関係者の合意を取っていくという話に、深く感銘を受けました。

ということで、私のセックスにおける「やりたいこと・やりたくないこと」リストを提示しておしまいにしましょう。(誰得?笑)

<やりたいこと>
・イチャイチャ
・勃起させる 

<やりたくないこと>
・私の穴にチンコを入れられる
・私の穴を使って射精される 

もちろんここにあることでも、相手と一致しなければやらないだけのことで、ここにない行為に関してはその都度相談を設けたいですね。あとは当然、相手やタイミングが違えば内容も変わってくるでしょう。

みなさんも意外と繊細な性的趣向をお持ちかもしれませんよ。是非一度、好きな行為・嫌いな行為でリストを作ってみてください。字面にして客観的に見ると「実は自分って変態だったのか」と思えるかも。(認めよう!変態!)

勃起したら穴で射精しなければならない、なんて誰が決めたの? 挿入を伴わないセックスの可能性=例えば勃起観賞

私は、挿入という行為が嫌いです。自分の身体のどの穴にも、チンコを入れられることを私は好みません。マンコ、アナル、お口……他の穴は試したことありませんが、鼻や耳もおそらくイヤだと思います。

しかしながら、男性相手のセックスアピールや性的な接触が一切苦手というわけでもありません。エロ可愛い下着とか着たいし、フェティッシュバーのように安全を確保された場所でキワドイ格好をするのも幸せです。そして、好きな人とはイチャイチャしたい。

しかし、初回でも自己紹介したように、私は変態文化や変態の話題が大の好物。お陰でエロい(セックスすることが大好きな)のではないかとすぐに勘違いをされるわけですが、正直その勘違いは迷惑極まりありません。「挿入を伴うセックス」が当たり前とされる世の中では、「セックス好き」は「挿入好き」と同義だからです。

◎私が挿入を嫌うワケ

「挿入を伴うセックス」を気持ちいいと感じたり、なんの違和感もなく受け入れたりする方が男女問わず大勢いることは、物心ならぬセックス心がついたころ(セックスに関する最も古い記憶がある頃)から気付いておりました。ただ、あらゆるリスクを払ってまで挿入を伴うセックスに積極的に挑む理由が今のところ私には見出せていません。不感症ではないですし、ムラっとすることも無くはないのですが、挿入でイッたこともなければ、ムラッとしたからorイチャイチャしたから、イカないと気が済まないなんてこともありません。愛する人と物理的に接続されている感覚が幸せという心理は、全く分からないとは言いませんが、あなたたちは電源プラグかレゴか何かですか……? とツッコミたくなります。

よって、冒頭では「私は挿入行為が嫌い」と述べましたが、正確には、「挿入行為にメリットが見出せない」ので、「なるべくやりたくない」にも関わらず、説明や説得をしない限り「避けられない」から「嫌い」なのです。

◎勃起→挿入→射精は「本能」という説

チンコの欲求の一連の流れを「本能」という一言で片付ける方がしばしばいらっしゃいます。しかし、考えてみてください、本能って「個」の意志とは別物ですし、避妊して及ぶセックスで本能も何も……って感じじゃないですか?

ちなみに、「本能」って変態をも排除する考え方だと思うので、個人的に全く相容れない……というか、本当に嫌いな言い訳です。子孫繁栄にも、生命維持活動にも、全く必要じゃない変態行為や変態文化は、「本能」を振りかざした途端、排除されてしまいます。

◎挿入&射精をゴールとしないアイデア

こうして挿入嫌いの私が、我慢して挿入と射精に付き合うことなく、挿入スレスレまでのセックスを純粋に楽しむには、最終的に入れる“穴”がなければ良いのではないかと1年ほど前に思いついたのですが、マンコを塞ぐというのは今のところかなり現実味がありません(真っ先に思いついたのがこの方法でしたが、性同一性障害の診断もなしに、今の日本で実費で手術するというのは相当困難です)。なので、いますぐにできる私なりのセックスの楽しみ方として「セックス=勃起した男性を観賞すること」というのを思いつきました。

短期間ではありますが、実践&過去の記憶も改ざん(過去にセックスをした相手を観賞目線で思い出すなど)してみた結果、「悪くないぞ」と実感を得た私にとっては、「勃起観賞」がもはや性癖のひとつと言えるのかもしれません。

◎勃起した男の人って、もしかして可愛いんじゃないの…?

私が思うに、チンコって造形的に美しくないし、ましてや挿入が嫌いな私にとって、勃起したチンコってウッカリすると憎悪の対象になってしまうのですが、よく考えてみると勃起している男の人って、実は結構可愛いような……。というのも、勃起している人の“マヌケ可愛さ”に気付いてしまったからなのです。(※「勃起した男性の姿がマヌケである」という見方は、水嶋かおりんさんの著書『風俗で働いたら人生が変わったwww(コア新書)』にも似たような記述が出てきます。私はめちゃくちゃ共感してしまいました)

◎勃起人の可愛さ解説

この思考回路をもう少し丁寧に解説するならば、目の前で勃起している男性というのは、その瞬間、「私よりも弱い生き物」と化しているのです。私がこの男性の玉袋と弱味を握っている状態と言いましょうか。例えるならば、映画に出てくる女スパイのように、その気になれば私は隙を見て(隙だらけだからね)この男性に毒を盛ったり刺し殺したりできてしまうのではないかと思うほど、私の方が強い立場にあると感じるのです。

社会的・肉体的に本来ならば私より力を持った存在であるその男性が、その瞬間だけは、確実に精神的に私より弱い存在になるのです。この感覚、一見ミサンドリーの成りの果てのようですが、私にとっては、男性のことを「性的に愛おしい」と思える貴重な瞬間であって、できることならこの場面をラストシーンに事を終えたいのであります。

◎ただ、そうもいかないことが多々
そうなのです。これだけ「挿入が好きじゃない」と明確に自覚している私ですら、やはり「観賞」後の展開、つまり穴への挿入を避けられないことが多々あります。残念無念……。

相手男性が「勃起→挿入するしかない」という概念の持ち主かどうか、事前に分かるものなら、そういう発想の殿方は、観賞用としてはオススメできません。と言っても、残念ながら世の多くのチンコ(と繋がってる脳みそ)が、そういう発想を持ち合わせているので、女性側が挿入したくなくても観賞のみで終われない可能性が高いでしょう。

ちなみに私、男性が「挿入しないと気が収まらない!」となった状態のことを「挿入モード」とコッソリ呼んでおります。この「挿入モード」には、だいたい入る瞬間が存在していて、それが結構分かりやすい……ただ「挿入モード」に入る少し手前で気付いて上手に引き返すのは、なかなか難しく未だ成功率は低いです……(次はこの感覚を極めたい。笑)

◎想像してみよう、挿入しなくていいモード
「勃起してるけど、挿入はしなくてもいいモード」というものが少なからず世の中には存在していて、しかしそれにもまた数多のケースがあります。挿入しなくていいモードって、なんだろう? どんな感じだろう?

パターン1:射精できればなんでもいい

これは、比較的遭遇しやすい「挿入しなくていいモード」の一つかと思います。性欲バリバリだけど、実はマンコに執着がないというパターン。前戯やプレイでおっ勃ってしまったけど、「手や口でもいいよ」という方や「自分で処理します」という殿方ですね。

実は、セックス中に「挿入が苦手なの(ウルウル)」と言うとかなり高確率で「手や口でしごいて欲しい」とおっしゃる殿方に遭遇できると思います。

パターン2:射精への執着が弱い

これは、私にチンコが生えていた場合こんな感じなのではと想像しますが、イチャイチャしたり、“恋愛っぽい”ことは好きだけど、その先への執着が少ないという男性にあり得る展開です。もしくは、「性欲はオナニーで満たせるから、対人では恋愛欲・イチャイチャ欲だけ満たせればいい」という思考の持ち主もいるかもしれませんね。

パターン3:勃起しない

これは、本人が悩んでいたら決してポジティブには語れませんが、勃たなくてもいいと思っている方(っているのかな。私は出会ったことはないですが)がもしいたら、挿入も物理的にできませんから、挿入に怯える必要はありません。ただ、今回のテーマである「勃起した男性の観賞」もできませんけどね(笑)。

一方で、稀に「勃たないのに、めっちゃ挿入したい」という方もいます。これは、マヌケ可愛いわけでもなく(隙があるという感じでもない)、ただやり場のない欲求だけを向けられることになるので、案外怖いといいますか……冷静に説得して一緒に病院とか行ってあげたらよかったのかしら……?(若かりし日の私には、他人のチンコを想って行動するという発想はありませんでした……ごめんなさい)

◎結局は「やりたいこと・やりたくないこと」の自覚と共有が鍵
さて、ちょっと脱線気味になってきましたが、挿入されるのが好きな女性もいれば、私のように挿入が嫌いな女も世の中にはいるんですのよ。以後お見知りおきを。そして、もしかすると、男性でも挿入行為を好まない方はいるかもしれませんね。セックスにおいて、お互いの「やりたいこと」「やりたくないこと」を提示し合うことが当然の工程であればいいのにと、私は常々思います。

先日拝読しましたエリカ・ラスト監督に関する記事では、ポルノ作品制作で役者全員の「やりたいこと・やりたくないこと」リストを作る話や、撮影現場でもひとつひとつの行為に関係者の合意を取っていくという話に、深く感銘を受けました。

ということで、私のセックスにおける「やりたいこと・やりたくないこと」リストを提示しておしまいにしましょう。(誰得?笑)

<やりたいこと>
・イチャイチャ
・勃起させる 

<やりたくないこと>
・私の穴にチンコを入れられる
・私の穴を使って射精される 

もちろんここにあることでも、相手と一致しなければやらないだけのことで、ここにない行為に関してはその都度相談を設けたいですね。あとは当然、相手やタイミングが違えば内容も変わってくるでしょう。

みなさんも意外と繊細な性的趣向をお持ちかもしれませんよ。是非一度、好きな行為・嫌いな行為でリストを作ってみてください。字面にして客観的に見ると「実は自分って変態だったのか」と思えるかも。(認めよう!変態!)

10代で「イケてる女子観」を固定化する『Rの法則』の罪深さ

NHK Eテレで放送中の中高生向け番組『Rの法則』(月~木、18:55~19:25)をご存じだろうか。10代の「気になる話題」をピックアップして高校生の視点でリサーチとランキング化を行い、すぐに&将来役立つ話題を伝えるという情報番組だ。

現在アラサーの私自身はEテレにも10代向け番組にも興味はないものの、未就学児の子育て中であるので夕方はEテレにチャンネル合わせる日々を送っており、なりゆきで『Rの法則』を視聴することもあるのだが、しばしばドン引きしている。何がヤバいって、10代の子に向けた価値観の刷り込みがヤバすぎるのだ。同番組に限ったことではないにしても、はっきり「10代向けです」と謳いながらこの内容で、いいんだろうか。

◎こうして女子は「女子という生き物」にされていく

『Rの法則』では、NHKの秋鹿真人アナウンサーに加えてTOKIOの山口達也がMCを担当。「R’s(アールズ)」と呼ばれる現役10代の出演者たちも、何かしらの芸能活動(ジャニーズJr.や女性アイドルグループに所属していたり、モデルをやっていたり)をしているタレントが多く、その日のテーマに沿って彼ら自身が意見を出し合うこともあるのだが、2000年代の『真剣10代しゃべり場』のように価値観がぶつかり合って修羅場じみた展開になるなんてことはなく、絶えず穏便に、明るい雰囲気のまま番組は進行する。そういえばゲスの極み乙女・川谷絵音のイマカノ「ほのかりん」も未成年飲酒報道で降板するまでは「R’s」だった。

番組のテーマとなるのは、恋愛、友達、オシャレ、ダイエット、勉強、部活……といった10代のありとあらゆる関心ごと。街を歩く10代にリサーチしたり、出演陣が議題ごとにYES/NOに分かれて意見を言ったりしながらも、最終的には専門家が登場するケースが多く、専門家によるファッションセンスやヘアメイクテクを磨くための“方法”や、ダイエット(たとえば美ウエストになるためのエクササイズ)の“方法”、異性と絡みやすくなるための“方法”、友達に誤解を与えない“方法”などが紹介されていく。たぶん、わかりやすくて実践的であることを心がけているのだろう。ただし、そのわかりやすさが私には問題に見える。これでは悩みの張本人である10代はほとんど何も考えなくてOKだし、テーマそのものに対する疑問を持ちようもない。ただ正解だけが提示されていく。

最近だと、4月5日放送の「シリーズ・Rの偉人伝“世界三大美女”」。世界三大美女である、クレオパトラ・楊貴妃・小野小町の3名を引っ張り出して、彼女たちがいかにモテまっていたか、いかに男を虜にする存在だったのかを力説して、今でも使える世界3大美女のモテテクを大公開! である。たとえば、小野小町のモテテクは男ウケする和歌を参考にしてメールを作ってみよう、ポイントは“妹のように甘える感じ”で、「ご飯いこー」と書くよりも「今度、ゆっくり話せたらいいな♡」が望ましい……といった具合だ。根本的な部分、そもそもモテるとは何なのか? モテない女子はダメなのか? といったところには一切触れられていない。10代女子=モテたい、モテるとうれしい、そんなの当たり前だよね、というルールに則って番組は進行していく。女の子なら可愛くなりたいよね、男子と絡みたいよね、モテたいよね、愛されたいよね、それが自然だよね、というルール。

つまるところ、この番組はイケてる10代を過ごすための指南書、トリセツになろうとしているのだろうが、多感な10代に対して「イケてる人間とはこういうもの」と規定し、それを成し遂げるための方法を刷り込んでどうするんだ? と私は思うのだ。「モテ・オシャレ・友達多い・女子力高い・空気読める」といったイケてる女子像を固定化しているところに不安を覚える。そこから外れるティーン女子は、亜流?

現代社会が形成した価値観を、大人である番組制作側が素直に肯定してしまっていいのだろうか。そこはむしろ、10代に「自分はどうしたいのか?」と問いかけるべきところではないのか? なにより、特にコミュニケーション面でルールに則った正解をあっさり提示してしまうことが視聴者にとって良いのか。10代にいちいち考えたりクヨクヨウダウダ悩んだりする余地を与えないのって、すごーくヤバイことだと思うのだが。

「女子はかわいくありたい」「女子は男子にモテたい」「女子はダイエットしたい」の3つの前提に関しては、とりわけ露骨に繰り返される。10代のうちに、女子に生まれたからにはかわいくオシャレにスタイルよく料理上手でコミュニケーション能力高く(=女子力高く)なってモテたいよね!と、女らしさの固定概念をシャワーのように浴びせられて(どころかどっぷり浸かってしまって)、女子は「女子らしく」成長していく。20代、30代になってせっかく行動範囲や選択範囲が広がったのに、思春期に学習してしまった「女子はこうあるべき」思考から脱却できず、思春期同様の狭苦しい世界で生きている女性たちは、今もたくさんいる。

小さなことに悩んだり迷ったりイラついたり、時にそんな自分を持て余してしまう10代。わかりやすいトリセツがあれば、それに乗っかりたくなるなるものだろう。じゃあ、トリセツを用意して導いてあげよう、というのも親心のようなものかもしれない。けれど我が身を振り返ると、「モテとかキラキラとか、面倒くさ~」と感じつつ、周囲の空気を読んでちょっと頑張っていたあの頃。ルールに則ったりしなくて良かったのに、自分を抑圧していたと思う。自分の本音から目を逸らしちゃいけなかったよな、と自分の10代を振り返って私は思う。ティーンエージャーをターゲットにしたテレビ番組をやるのだったら、社会的に形成された価値観に合わせてうまくやっていく方法より、そこから自由になる道はないのか共に考える姿勢を求めたい。

ゆっくりたっぷり指で楽しむ! 「スローオナニー」のススメ

帰宅途中の電車で爆睡していたのですが、自分の“ビクンッ”で目を覚ましました。ノーハンドオナニーでイッたと思われていたらどうしましょう。誰も思っちゃいないですね。すみません、大根 蘭です。

 世間はゴールデンウイーク中ですが、家でボーっとしているアナタ! ゆっくり過ごせる大型連休は、癒しオナニーにピッタリな時間じゃないですか? といっても、いつものオナニーとは違います! たっぷりと時間を使ってこそ楽しめる「スローオナニー」について、お伝えしたいと思います!

◎“イク”が目的ではないオナニー
いつもは、自分好みのオナニー方法で“イク”ことが目的だと思います。さっさとスッキリさせて眠りにつきたいものですが、スローオナニーは、イクことを目的としません!「刺激を与え、焦らしながら快感を高める」と、気持ちよさを持続させることに集中することがポイントのオナニーです。“深い満足感が得られる”とオナニー大好き女子からも人気の方法です。

  スローオナニーのメリットは、なんといっても性感帯の開発ができること。全身の細かな部分まで触れて快感を高めていくため、今まで気づかなかった自分の感じる場所を見つけることができます。いつもは自分の指でクリをちゃちゃっと刺激してイッている方、中イキ経験のない方も、クリと一緒にGスポットを刺激して、中イキの感覚を探してみる絶好の機会ですよ!

◎どれくらいの時間をかける?
「スロー」って、一体どれくらいの時間をかければいいんだ? と悩みますよね。名前の通り、たっぷり時間をかけることが不可欠ではありますが、目安として、いつものオナニー時間より倍以上の時間をかけるようにしましょう。10分の方は20分、30分の方は1時間……とたっぷりゆっくりと行うことがコツ。長い分にはなんの問題もありません!

◎「指」以外は厳禁!
 スローオナニーに決まったルールはありませんが、実践していただきたいことは2つ。「全裸で行うこと」と「指をつかうこと」。リラックス&集中できる空間によって得る開放感がさらに感度を高めてくれます。準備段階としては、まず入浴をしてカラダをあたためてリラックスすることをオススメします。それでは、いざ実践です!

◆「全裸」の開放感で感度アップ

 お風呂から上がり、ベッドに腰をかけます。が、性感帯をいじるのはまだ早い! 全裸で肩やふくらはぎなど、疲れが溜まりコリを感じる場所を優しくマッサージしていきます。これが精神的に開放感を感じさせてくれるはずです。マッサージでまんべんなくカラダをほぐしていく流れで、自分の感じる場所もタッチしていきます。くれぐれも集中的に(イクまで)刺激しないようにしてください。イキそうになったら他の場所を刺激してみたり、焦らすことがポイントです。

◆「指」以外は厳禁!

普段は、ローターやバイブなど、おもちゃを使用してオナニーを楽しんでいる方も、「スローオナニー」を行う際は、登場させないようお気をつけください。というのも、刺激が強すぎると単調なオナニーになってしまい、全身に伝わる快感が消えてしまいます。全身を充分に優しく触ったあと、自分の指で乳首の側面や乳頭を優しくタッチ。これを繰り返していると、脳もカラダも敏感になってきます。それから、陰部の周りからゆっくりと攻めていき、クリやGスポットへと進んでいってください。

 相手に気遣いながら行うセックスではなく、自分の指によって気持ちよくなる、自分のためのスローオナニー。心も日頃のストレスも、解放しちゃいましょう!

(大根 蘭)

紗倉まな、デートのお会計問題に疑問「奢ってもらう面倒臭さと、奢ってほしい願望の傲慢さ」

女であれば、デートは奢ってもらうものなのでしょうか。私は立ち回りで言えば「男」になりたいタイプです。デートの必要経費、ご飯代、テーマパーク代、ガソリン代、ホテル代……などのすべてを支払うとまではさすがにいかないけれど、その人と一緒にいる時間が楽しかったら、その対価として自分も支払う義務は絶対にあると思っていて、割り勘ないし自分のほうが多く支払う結果になったとしても、まったく抵抗はありません。

 私が好きになる人の大半がそんなに金銭的に余裕のある人ではなかったこともあって、デートの発案者が私だったら、せめてもの気遣いとして、相手の負担にならない程度のデートコースをこっそりと決めてきたし、想定よりも敷居の高いレストランやホテルに入ってしまった時は、トイレに行く素振りをして私が支払ったこともありました。だって、その人とデートをすることを選んだのは、自分の意志ですからね。

 自分からデートに誘ってきたくせに「俺、お金持ち合わせていないんだよね……」なんていう“財布と相談できない男性”とは、運よく、出会ったことがなし。そういう大人の殻をかぶった子供のような、ずるいのかあざといのかよくわからない人を好きになってしまったら、多少は首を傾げながらも年季の入った財布を開けるのかもしれませんが……。まぁ、きっと今後もないでしょうし、出会わないことを願うしかないなぁ。

 どれだけ札束を投げて美しい景色を見せられても、存分にトリュフが散りばめられた食事を目の前に置かれたとしても、その人と向き合って心が弾まなければやっぱり意味なんてないのです。それならば、ひとりで好きな動画を観たり、気になってた本でも読んだりしながら、好きな料理をのんびり食べるほうが圧倒的に気楽かつ至福なわけで(ただの孤独かよ)。自分の気分ですら、ろくにコントロールできないこんな私のことを好いてくれて、わざわざ時間を割いてくれる人なら、経済面など気にも留めず純粋に好きになってしまうし、そんでもって楽しく過ごした時間の先に、「あぁこの人めっちゃ好き」「あわよくばキスしてみたいわー」とよこしまな考えに駆られるほど魅力的な相手だと気付くことができれば、それはもう、最高にハッピーな夜になるわけであります。

 「男なら奢ってほしい」という女性の願望は、男性へ向けられるひとつの甘えであり、“それが紳士的な行為”という理想像(偏見とも言える)でしかないような気がするのですが、さていかがでしょうか。「奢ることもできないなんてだめな男だよね~」と嘆く女性をよく見かけるけど、それならば「女ならこうであってほしい」と男性側に理想を求められた時、それをあなたは叶えてあげたいと思うのか、と疑問を投げかけてみたくなるのです。

 「僕とご飯に行くなら、清楚なワンピースを着て、僕好みの薄化粧で、お箸の持ち方もテーブルマナーもちゃんと綺麗にお願いね」と期待されていたら、すごく窮屈じゃないですか? 私は男受けなんて狙わない自分の好きな格好で、なんなら靴擦れしないスニーカーを履いてルンルンスキップ気分で待ち合わせ場所に行きたいし、男性が抱く「テンプレ的な女子の理想像」なんて大変窮屈だから全部好きにさせてもらいたいし、そう出来れば相手がどんな状態でも「どうぞお好きに」ってなれますし。お互い好きなように振る舞って、自分が食べたものだけ支払って、それって平等で、最高に気楽。

 「“男なら”奢ってほしい」という無言の要求を受け入れてほしいなら、せめて自分も、お金が発生するほど価値のある時間を相手に提供してあげなくてはってプレッシャーに思いませんか? そんな風に肩を凝らせるのなんて、面倒くさいお話です。

 そもそも、奢ってほしい=自分のお金を払いたくない程度の男となら……ご飯なんて、行かなくてよくね?(白目)

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紗倉まな、デートのお会計問題に疑問「奢ってもらう面倒臭さと、奢ってほしい願望の傲慢さ」

女であれば、デートは奢ってもらうものなのでしょうか。私は立ち回りで言えば「男」になりたいタイプです。デートの必要経費、ご飯代、テーマパーク代、ガソリン代、ホテル代……などのすべてを支払うとまではさすがにいかないけれど、その人と一緒にいる時間が楽しかったら、その対価として自分も支払う義務は絶対にあると思っていて、割り勘ないし自分のほうが多く支払う結果になったとしても、まったく抵抗はありません。

 私が好きになる人の大半がそんなに金銭的に余裕のある人ではなかったこともあって、デートの発案者が私だったら、せめてもの気遣いとして、相手の負担にならない程度のデートコースをこっそりと決めてきたし、想定よりも敷居の高いレストランやホテルに入ってしまった時は、トイレに行く素振りをして私が支払ったこともありました。だって、その人とデートをすることを選んだのは、自分の意志ですからね。

 自分からデートに誘ってきたくせに「俺、お金持ち合わせていないんだよね……」なんていう“財布と相談できない男性”とは、運よく、出会ったことがなし。そういう大人の殻をかぶった子供のような、ずるいのかあざといのかよくわからない人を好きになってしまったら、多少は首を傾げながらも年季の入った財布を開けるのかもしれませんが……。まぁ、きっと今後もないでしょうし、出会わないことを願うしかないなぁ。

 どれだけ札束を投げて美しい景色を見せられても、存分にトリュフが散りばめられた食事を目の前に置かれたとしても、その人と向き合って心が弾まなければやっぱり意味なんてないのです。それならば、ひとりで好きな動画を観たり、気になってた本でも読んだりしながら、好きな料理をのんびり食べるほうが圧倒的に気楽かつ至福なわけで(ただの孤独かよ)。自分の気分ですら、ろくにコントロールできないこんな私のことを好いてくれて、わざわざ時間を割いてくれる人なら、経済面など気にも留めず純粋に好きになってしまうし、そんでもって楽しく過ごした時間の先に、「あぁこの人めっちゃ好き」「あわよくばキスしてみたいわー」とよこしまな考えに駆られるほど魅力的な相手だと気付くことができれば、それはもう、最高にハッピーな夜になるわけであります。

 「男なら奢ってほしい」という女性の願望は、男性へ向けられるひとつの甘えであり、“それが紳士的な行為”という理想像(偏見とも言える)でしかないような気がするのですが、さていかがでしょうか。「奢ることもできないなんてだめな男だよね~」と嘆く女性をよく見かけるけど、それならば「女ならこうであってほしい」と男性側に理想を求められた時、それをあなたは叶えてあげたいと思うのか、と疑問を投げかけてみたくなるのです。

 「僕とご飯に行くなら、清楚なワンピースを着て、僕好みの薄化粧で、お箸の持ち方もテーブルマナーもちゃんと綺麗にお願いね」と期待されていたら、すごく窮屈じゃないですか? 私は男受けなんて狙わない自分の好きな格好で、なんなら靴擦れしないスニーカーを履いてルンルンスキップ気分で待ち合わせ場所に行きたいし、男性が抱く「テンプレ的な女子の理想像」なんて大変窮屈だから全部好きにさせてもらいたいし、そう出来れば相手がどんな状態でも「どうぞお好きに」ってなれますし。お互い好きなように振る舞って、自分が食べたものだけ支払って、それって平等で、最高に気楽。

 「“男なら”奢ってほしい」という無言の要求を受け入れてほしいなら、せめて自分も、お金が発生するほど価値のある時間を相手に提供してあげなくてはってプレッシャーに思いませんか? そんな風に肩を凝らせるのなんて、面倒くさいお話です。

 そもそも、奢ってほしい=自分のお金を払いたくない程度の男となら……ご飯なんて、行かなくてよくね?(白目)

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「彼氏のために」タンポンを使うんじゃない! 愛用者に聞いた“メリット”大公開

女の子の「知りたい!」を1分で解決する動画メディア・C CHANNELにて配信された動画「生理中の彼女について彼の本音を大調査!」が炎上しました。本動画では、まず同社調べの「彼女の生理中に困ったことがある?」という調査に対する結果「YES65%、NO35%」を提示し、「隣に座ろうとすると距離を取られる……(Aさん20歳)」「旅行の予定がキャンセルになった……(Yさん26歳)」「やたらトイレに行くから待ってる間が寂しい!(Tさん24歳)」「ベッドを汚したと朝から落ち込み気味……(Oさん26歳)」と男性の意見を男女の小芝居付きで紹介。

 その後、「そんな時タンポンなら大丈夫◎」と「身体の中で吸収! ニオイが気にならないから近くてもOK」「モレやズレの心配なし! ゴロゴロしてもOK」「コンパクトだから持ち運びもらくちん」「旅行もデートもいつもどおり楽しめる」とまたも男女の小芝居つきで紹介し、「ソフィソフトタンポン」の広告が流れて終了です。

 これには「ソフィのタンポンは彼氏を困らせないためにあるのでしょうか?」「生理用品くらい、彼氏の意向ではなく、自分が良いと思うもの選べば良いし、トイレの回数やらにいちいち文句垂れる男性とはこの先上手くいかないよw」「生理ってこんなに周りに申し訳ないと思いながら過ごすものなのか? タンポンは自分が快適に過ごすための選択肢ではないのか? (広告制作にあたって)社内で誰も引っかかる人はいなかったのか? 女性社員のみなさん、OKなのか?」と非難が相次ぎ、動画は削除されました。

 本動画で一番紹介しなければいけなかったのは、「普段から愛用している女性に聞いた“タンポンの良さ”」ではないでしょうか。C CHANNEL変わってmessyにてご紹介いたします! もちろん広告料なんて一円ももらってませんから!

「ナプキンだと、経血が多くても少なくても、出る時に『あ、今出たな』ってわかるじゃないですか。あの感覚が気持ち悪くて嫌だったんですけど、タンポンにしてからは解消されました。あと、出たなってわかってからトイレへ行く時も、またビデとか使って念入りに性器の周囲を拭かなきゃいけないのが面倒だな~って思ってたんですけど、それも解消。ナプキンほど性器周辺が汚れないので、タンポンを交換してサッと拭けば良いだけで楽ですよ」(29歳)

「睡眠時や、家でゴロゴロしている時は絶対タンポン! 動画にある『ベッドを汚して彼氏に落ち込む姿』は見せたことないし、『彼氏とゴロゴロするためにつけてる』わけではないですが、単純にシーツや部屋着を汚して洗う手間が省けます」(31歳)

「経血量が少なくなってくると、すぐタンポンにしちゃいます。服に響かないし、いっぱい動いてもモレないし、経血が少ないのにナプキンをつけて蒸れたり肌がかぶれるのはシャクじゃないですか」(28歳)

「タンポンって空気に経血が触れないからナプキンよりも臭わないのが良い。それが彼氏のためではないですけど(笑)。というか、彼氏といる時こそタンポンはつけません。私、生理中のセックスはアリ派なんですけど、ナプキンならそっと自分でパンツを脱いで隅っこに置けますが、さすがに彼氏の前でタンポンを抜いたり、抜いてもらったりするのは気まずくてできません」(30歳)

 ちなみに、今回調査した中には「彼氏に『タンポン入れてみたい』って言われてブチ切れたことがある」という声もありました。製品をどう使うかは自由ですが、基本的には“生理中の女性が快適に過ごすために作られた、女性のための便利グッズ”ということを忘れないでいただきたいですね。タンポンを使って比較的快適に過ごせたとしても、彼氏から生理中の旅行やデートにいつもどおりのクオリティを求められても困るんですけど。
(舞生G子)

エロというより色気と官能、女性こそ観てほしい「ロマンポルノ」

1976年、フランスで生まれの女性写真家、ソフィ・エブラード。イギリス・ロンドン・オランダ・アムステルダムと幅広く活動している彼女が、日本で初の個展『It’s Just Love』を京都で開催中です(5/7まで)。「ポルノ業界における個人の人間性に光を当てる」をテーマに、ポルノ撮影の前後の出演者たちの談笑する姿、アイロンをかける姿など、自然な風景を切り取った写真が並んでいます。

「ポルノの美しさ 敬意を伝えたい」撮影現場に密着する女性写真家、タブーへの挑戦

 彼女が表現する「ポルノ現場」は、日本でいうところの「AV撮影現場」。海外のAVも鑑賞したことがある私としては、非常に興味深い個展でもあります。

◎日活ロマンポルノ

 「ポルノ」と聞いて思い出したのは昨年、生誕45周年を迎えた成人映画レーベル「日活ロマンポルノ」。1970年から17年間に約1100本の作品が生み出されたそうです。多くの作品を製作していた日活ロマンポルノも、AV市場の拡大に押され1988年に一旦製作終了となってしまったのです。が、昨年、「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」と題して、28年ぶりに再起動! <総尺80分前後・10分に1度の濡れ場・製作費は全作品で一律・1週間の撮影期間・完全オリジナル脚・ロマンポルノ初監督>という6つのルールで製作。有名監督5名が作品を創ったことで再度注目を浴びました。※5作品が5/2~5/6のGW中にBSスカパー! で連日放送するそうですよ!

「エロい」目線で見てたらケガをする
私自身「ポルノ」のイメージは、「AVほど露骨ではないけど、エロいんでしょ? どうせだったらAV観るわぁ~」という認識で、観たことがありませんでした。ただ、先日はじめて日活ロマンポルノの作品を鑑賞して……オデコに痣ができるほど土下座して謝罪したい所存であります。アッパーを食らうほど衝撃を受けたのですよ。

◆『(秘)色情めす市場』

 数ある作品の中でチョイスしたのは、“ロマンポルノの傑作”と称えられているされた、作品『㊙色情めす市場』(1974年公開)。舞台は大阪の旧赤線地帯。売春婦の母の元に生まれ、障害を抱える弟の面倒を見る19歳のトメ(芹明香)が主人公。娼婦・愛人・ヒモ・私生児・指名手配犯など、“ワケあり”だらけの人間が集まる街が生々しく描写され、そんな人間の中でカラダを張ってしたたかに生き抜く女性の姿が描かれています。

 開始1時間ほどはモノクロなんですが、モノクロでも溢れ出るトメの色気は女の私が観てもたまらんのです。悲哀に満ちた表情、弟といる時にだけ見せる穏やかな表情も際立ちます。終盤からパートカラーになると同時に、展開も急変するんですが……。ラストは衝撃的で、観賞後はなんとも表現しがたい複雑な気持ちが残りました。カラーを使ったシーンには一切裸のシーンがないんですが(ロマンポルノのカラー制約のため)、それが無性に官能的! ただ「エロ」という視点だけではなく、心を揺さぶる作品でございました。

 好きなワンシーンがあります。名器「ミミズ千匹」であることをアピールし、客引きをするトメ。挿入中、男性客に「ミミズっていうより、ドジョウやな」と言われた彼女が「ミミズもドジョウもいつの間にか逃げてもうたわ。もう、ただの穴ぼこや!」って言うんですよ。これ、字面だと何だか笑えますけどね、このシーンこそが、ものすごく胸を掴まれました。

 その他の作品を鑑賞していないので、一概には言えないですが「ロマンポルノ」作品は、女性にこそ響くものがあるかもしれません。GWに是非観ていただきたい!

「妊娠で退職、夫の手取りは月18万、暮らしていけません」貧困まっしぐら女性は自己責任か

 バブル時代なんて本当にこの日本に存在したのかというくらい、現在の日本の経済状況は冷え切っている……と実感している消費者が多いのではないだろうか。非正規雇用の増加などにより貧困世帯が増加し、現在は子供のうち6人に1人が貧困状態にあるとして、この“子供の貧困”もメディアが頻繁に取り上げるようになった。小町にも、このままでは“子供の貧困”がまた一つ生まれてしまうというトピが上がっている。

「助けてください。このままでは生活ができません。」

 トピ主(女性・年齢不明・既婚)は、地方在住の妊婦。正社員で手取り15万円だったが、妊娠をきっかけに「小さな会社で今まで産休、育休を取得した人はいなかったので、退職する状況になりました」という。夫は調理師として働いているが、なぜか厚生年金には加入させてもらえず、おそらく個人事業主として国民年金と国民健康保険を手取りの18万円から支払っている。ボーナスはなく、年収は240万以下だ。

 これから出産して親子3人、年240万以下で生計を立てなければならないが、税金の支払いがとにかくキツイという。現在、国民健康保険と国民年金、住民税を2人分合わせ、毎月8~10万円を支払っている。市役所に相談したが、夫が厚生年金の加入者でないことから、無職でもトピ主の税金の免除はないと告げられたという。「家賃4万円、光熱費2万(寒冷地で暖房代がかかる)、食費2万、税金10万。計18万円で夫の給料がなくなります。交通費、病院代、通信費、日用品のお金…すべてが赤字になっていきます。妊婦ですが、少しでも働きたいと面接に行きましたがすべて不採用でした。貯金を切り崩していますが、あと数ヶ月、このままだと出産の費用も払えなくなります。生きていけません。シングルではないので、食料支援も受けられません。誰か助けてください。何でもいいので情報をください」という切羽詰まったトピである。

 家計の計算が「保険と年金、住民税で8〜10万円」の支払いがあるという一方で「家賃4万円、光熱費2万、食費2万、税金10万」とあるので、ここの「税金10万」が「保険と年金と住民税」の合計なのかちょっとわかりづらいのが難点だが、まあそう仮定して考えてみよう……ってかこれ相当厳しくないですか!? シングルインカムで手取り月収の半分以上が税金に消えていく。この状況でなぜ正社員の立場を自ら手放したのか……トピ主、本当に理解不能だが、世渡りが下手な人間だっている。どうもトピ主は税についての情報やうまいこと家計をやりくりするための情報にリーチできていない感がある。

 少なくとも出産費用は、自治体から基本42万円の「出産育児一時金」が支給される。会社員だろうがパートだろうが専業主婦だろうが関係なく、何らかの健康保険に加入していれば受け取れるお金だ。母子手帳は妊娠判明後に市役所で申請して発行されるものだが、その際に窓口担当者がどれくらい補助が出るかなど説明してくれるはずだし、HPにも掲載されている。妊婦健診も補助券が出るし、自治体によっては低所得者向けの助成制度もある。年金も、経済的に苦しい時期は申請すれば支払いを先延ばしにすることができる。色々と調べればわかることは多いのだが、トピ主はどう調べたら良いのかわからないのだろうか。

 また、夫もなぜ勤務先が社会保険に加入させてくれないのかしっかりと問いただす必要があるだろう。特定の季節だけとか短期バイトとかではなく常時勤務しているのであれば、雇用者側に健康保険・厚生年金加入の義務が生じるはずだ。などなど色々言いたいことは多いが、コメントも同様で、皆さんあれこれと厳しいことを言いながらも役立つアドバイスをしてくれている。

「トピ主様に継続勤務の意思がありながら『前例が無いから』と解雇状態になったのであれば労働基準局(監督署)に相談して下さい。いずれにせよ『正社員』で雇用されていたのであれば雇用保険に入っていたはずなので、ハロワに行って失業保険需給の手続きに行って下さい」出産費用は事前に手続きをすればほとんどかかりません。細々としたものは必要ですけどね。今はフリマアプリとか譲ってくださいとかの掲示板もありますから、育児用品は大きいものや洋服は無料か格安で揃えられると思います。あとは役場の福祉課に相談してください」

「まず、妊婦健診でかかっている病院に相談してください。健診費用公費だと思うので、追加費用について考慮してもらえると思います。出産も、補助があったりすると思います。産科施設なら、そういう情報を持っていると思います。夫に、もっと条件の良い仕事を探してもらう。この際、どちらかの親と同居して、通える仕事や産院を探す。地元にフードバンクのようなものがないか調べる。社会福祉協議会などに相談する。そもそも、こういう状況になる事は分かっていたんだから、仕事辞めちゃいけなかったんです。これまでにこういう事例がなければ、一例目になればよかっただけです。産休は法律で保障された権利なんだから。辞める前に聞いて欲しかったですね」

「あなたがいた前の会社は雇用保険は入っていたのでしょうか? 入っていたなら雇用保険料が引かれていたはずですので、失業保険の手続きをしてください。待機期間はあれど少ないとは思いますが給付金がもらえます。入っていなければ、夫が社保完備の会社に転職することです。夫自身の給与から引かれる社会保険料はやや高いですが扶養になれば年金と健康保険料はあなたの分の負担はかからなくなります。それが無理なら、あなただけでも国民年金保険料の支払免除申請をすることです。年収によって保険料の免除があります。滞納するよりも申請免除状態にしておくことが重要です」

 役立つコメントだらけである。正社員で雇用保険未加入ってありえないので、確実にトピ主は失業保険の給付対象だし、なんなら退職せずに産休・育休をとる権利もきちんと持っているのに、本当にもったいない……育休期間は給料15万の約三分の二程度のお金が 「出産手当金」として貰える(会社からは無給)し、産休、育休中は厚生年金と健康保険料の支払も免除される。これは会社が損するものではないし、雇用保険料を納めてきた人として当然の権利だ。出産する女性にとってとてもありがたい制度なのに、それを知らずに「会社に悪いな~」と辞めてしまったのだろうか。会社側も何の説明もせずに退職手続きをした可能性が高い。そのあたりを丁寧に指摘してくれるコメントもあった。

「>厚生年金には加入させてもらえず、

国民年金と国民健康保険を手取りから支払っています『加入させてもらえず』という表現から、ご主人は個人での調理師ではなく、どこかの店舗か会社に所属していると思えますが、5人以上の従業員を抱える企業は社員を加入させる義務があります。従業員は何人いるのでしょうか? 状況によっては、労基署に相談すべき事案です。

>小さな会社で、今まで産休、育休を取得した人はいなかったので

これも同じく、企業は、産前6週間以内に出産予定の従業員が申請すれば、産前休暇を与えなければなりません。また、産後休暇、これは当該従業員の希望とは無関係に8週間以上与える義務があります。但し、産後6週間を過ぎて従業員が復職を希望し、医師が「就業に差支えない」と認める場合はその限りではありません。それに対して育児休暇は、申請すれば会社は与える必要があるものの、取得できる条件がいくつかあります。

こういう法的な義務を怠る会社が悪いのはもちろんですが、労働者の方も少しは勉強して、しかるべき対応を取るよう会社側に言わなければいけません。貧乏を嘆く前に、夫婦そろってあまりに無知です」

 無知な労働者は搾取される。トピ主はせめて小町に相談できるスキルがあって本当によかった。一方で、貧乏は自己責任だから今すぐ働けというタイプのコメントも非常に多くついた。

「1日だけから数週間や数ヶ月まで短期バイトがありますけど、応募していますか? 毎日バイト情報を確認して、短期バイトの応募に精を出してください」

「ご主人さまの所得状況や社会保険事情をわかっていながらなぜ妊娠するかな。子をのぞんでいたなら、妊娠したのちにどう行動する必要があるのか勉強しなかったの?」

「その経済状況状況でなぜ子供を産もうと思った? 妊娠前からわかりきった状況でしょう。無計画すぎるわ。自業自得。情報なし」

「無計画、無責任の典型ですね。で、困って第三者に頼る? 誰も助けないと思いますよ? 甘いですねぇ、産めばなんとかなると思ってるんでしょうけど、赤ちゃんは人形じゃないですよ? 夜泣き三昧で、調理師のご主人、眠らないで一緒に世話をしてくれると思いますか? 甘えないでください。皆、考えて精一杯生きてるんです。考え無しの妊婦に構っていられるほど暇じゃ有りませんよ? 自分達でなんとかしなさい」

「子供を産むための費用、退職したらいくらで生活して行かなければならないのか、全く計算もしなかったのですか? 産めば何とかなるとでも思ったのでしょうか。自分だけじゃなく子供にも貧しい生活を強いることになるんですけどね。あまり言いたくありませんが、子供を諦めるには時期的に既に遅いのでしょうか」

「その状況でよく子供を作ろうと思いましたね。あなたのお給料があってもカツカツじゃないですか。本当になぜ? という感じです」

「住民税は免除なりませんが国民年金は免除や減額はありますよ。携帯電話は贅沢品だと私は思うのですが、どうでしょう」

「脅しじゃないですが、出産後の出費は途切れることはないです。今後の方が、もっとお金は必要ですね。主さんは、内職を探しましょう」

 確かにトピ主は無知で無謀かもしれないが、妊娠退職という選択を疑問視せず(おそらく)、きちんと「妊娠出産でもらえるはずのお金」について説明しない会社も相当悪いし、社会保険に加入させない夫の勤務先も悪い。また、トピ主は雇用保険の保険料を払ってきたはずなのだから、権利を自ら放棄すべきではなかった。「夫がダブルワークすれば」「夫は今すぐ転職しなきゃ」「親に頼りなさい」というコメントもまた実に多いのだが、何でもかんでもそうやって内輪で助け合えというなら、税金やら保険料やらは一体何のために納めているのか。困窮したときこそ、公共福祉を堂々使うべきではないのか。「誰でもすぐ借りられる!」なんて消費者金融のCMを流すより、困窮時の相談窓口の情報を大々的に知らせておけよ、と思う。

 トピ主レスはないが、コメントにあるような対策をすぐに練って、なんとか産後の生活を安定させてほしい。しかし夫の手取り収入が18万/月で、税金や国保徴収で数万円を持ってかれるとわかっていながらこの状況で辞めるトピ主、子供が出来たら専業主婦になるのがフツウ、というふわふわした感覚を持っていたのだろうか。自分含め大人2人と子供を養えるだけの稼ぎを安定して得られる人なんてそう多くはないのだから、いまや専業主婦が女性の安定という価値観は崩れ去っている。ともかくもトピ主には、得られるお金の知識・節税の知識を身につけて今すぐ行動してもらいたい。無事の出産を祈る。

■ブログウォッチャー京子

1970年代生まれのライター。2年前に男児を出産。日課はインスタウォッチ。子供を寝かしつけながらうっかり自分も寝落ちしてしまうため、いつも明け方に目覚めて原稿を書いています。