ホテルは増えてるけど住民はいない! 「京都らしい風景」よりも人口維持へ……京都市が建物規制を緩和検討

 観光客は「もう来ないで!」の大混雑。なのに、住民の人口が減っている。京都市の建物規制の緩和方針検討をきっかけに、そんな京都市の実情が明らかになっている。

 京都市では、全国でタワーマンションなど高層建築の建設が盛んになった2007年に、新景観政策を実施。これによって、京都駅や四条烏丸などの中心地では、建物の高さを31メートル以内に制限。ほかの地区でも15メートル以内。もっとも厳しい地区では10メートル以内にして京都らしい景観の維持に努めてきた。

 この規制が実施される以前から、京都の市街地で高い建物を建築しようとすれば、騒動になるのが当たり前。古くは1964年に建築された京都タワーの際にも論争になった。京都駅と並んで高い建物として知られる「京都ホテルおいけ本館」は94年に竣工したが、この際にも景観破壊だとして、大きな批判を浴びることとなった。

 建物を高くすれば、景観破壊として猛烈な批判を浴びるのが京都の常識。そんな中で、京都市が規制緩和を実施する理由は、住宅不足による人口減少への危機感である。

 というのも、京都中心市街地では観光客相手のホテルは急増しているものの、住宅は極めて少ない。例えば、京都市内で新築マンションを求めようとすれば、郊外でも東京都心と同程度の価格。市街地には、そもそも新築物件などない。中古物件でも、市街地の物件は安いし狭いしで、ほかの大都市圏に比べて「そうだ、京都に住もう」と思ってもそもそも住むところを探すのが困難になりつつある。

「住宅はもちろんですが、オフィスビルも不足気味です。10月から観光客には宿泊する時に観光税が課されるようにはなりましたが、住民がいなくなってしまうことへの危機感は、ほかの都市よりも強いんです」(不動産業者)

 そもそも、狭い地域に繁華街が集まっていてコンパクトで暮らしやすいのが京都市のよい側面。ホテルばかりが増えて、住民がいなくなってしまっては、その利点も生かせない。

 高さ制限の緩和が実現し、人口が維持できるのかが、正念場になっている。
(文=ピーラー・ホラ)

「5万人がアクセス」「ゆめに出てくるラーメン」赤羽に出現した「二郎」は昭和感がスゴイ!

 赤羽に「二郎」を名乗るラーメン屋がある。

 少し前からSNSで、そんな話題が交わされている。念のため記しておくが、三田に本店のある「ラーメン二郎」ではない。あくまで「二郎ラーメン」である。

 最近は、大人の週末系な人に荒らされている感もあるが、それでも赤羽は都内屈指のディープスポット。埼玉との県境に位置し、さらに足立区からも人が流れ込み、常に雑多な雰囲気に満ちあふれている。駅前にヤクルトの立ち売りがいるのも赤羽くらい。パッとそれを見ただけで、この街が只者じゃないことはわかる。駅前にある喫茶店の名前も「友路有(トゥモロー)」だしね。

 というわけで、やってきた赤羽。目指す店は、なぜかSNSなどでも正確な場所が書いてない。赤羽在住の知人に場所は聞いていたので、このあたりかと思い商店街を。と、堂々と看板が立っていた。天下の往来に、おそらくは無許可で看板を出しても、特に文句を言われている様子もないのは、さすがに赤羽。そして、看板に記された文字。

「大人気店 ネットユーチューブで5万人アクセスの店」

【校正待ち】「5万人がアクセス」「ゆめに出てくるラーメン」赤羽に出現した「二郎」は昭和感がスゴイ!の画像2

 なんとSNSでは「パチモン」であるとか、ネタにされているのに、それを宣伝に使っているとは、なんと剛胆な店だ。まさに、昭和の夜店のごときインチキさが、より郷愁と楽しさを誘う。

 そしてたどり着いた店は、事前情報で知っていた通り完全にスナック。中に一歩入っても、スナックである。入口には「待ち時間」とか書いているが、昼時とはいえ、さほど混雑しているわけではない。

 そんな店内に流れるのは、常に演歌。店内は、これまた演歌歌手のポスターが貼られた昭和の雰囲気なのだが、おおよそラーメン屋とは思えない。

 そして、価格もまた昭和。一応、ラーメンのメニューはいくつかあるのだが、基本はサービスラーメン490円なり。これで、大盛りも無料である。

【校正待ち】「5万人がアクセス」「ゆめに出てくるラーメン」赤羽に出現した「二郎」は昭和感がスゴイ!の画像3 【校正待ち】「5万人がアクセス」「ゆめに出てくるラーメン」赤羽に出現した「二郎」は昭和感がスゴイ!の画像4

 一応は、二郎系のラーメン屋。念のため「大盛りはどれくらいの量なのか」と聞けば「そんなに、多くないです」というので、安心して大盛りを。

 しかし謎なのは調理法である。店内は完全にスナック。カウンターの中で、調理は行われているが、スナックのカウンターにしつらえられた調理場で、どうやってつくっているのか……?

 いろいろ気になって「あの、ここはラーメン屋なのですか、スナックが本業なのですか?」と尋ねると「両方やってます」という。

 なるほど、メニューは営業時間が11時から中休みなしで21時半までと記されているが、途中からは完全に両輪になるのか。

 こうして、運ばれたきたラーメンは、二郎系なのかどうかも謎の新しいスタイル。もやしやスープは二郎風。しかし、肉は薄切りの豚肉を焼いたような。

【校正待ち】「5万人がアクセス」「ゆめに出てくるラーメン」赤羽に出現した「二郎」は昭和感がスゴイ!の画像5

 匂いは、完全に二郎のそれ。果たして、その味は……美味い。いや、美味いのである。むしろ、適度なスープの加減が、いよいよ二郎のラーメンはキツくなった中年の胃袋にはちょうどよい。試しにオーダーしてみた、トッピングの生卵を加えると、さらに絶品。これで490円。回転もさほどよいわけではなさそうなのに、果たして元が取れているのか、なんか、こんな価格で頂いて申し訳ないという気持ちまで……。

【校正待ち】「5万人がアクセス」「ゆめに出てくるラーメン」赤羽に出現した「二郎」は昭和感がスゴイ!の画像6

 赤羽というディープゾーンだからこそ成立しえたというべき奇妙なラーメン屋。果たして、日が暮れてからのスナックの時間帯には、みんな飲みながらラーメンをすすっているのだろうか。メニューに記された「ゆめに出てくるラーメン」の文字はホントだと思った。
(文=昼間たかし)

バズるか、炎上か!? 奇想溢れる地方CM・PR動画を徹底分析『モノ売る地方CM コト得るPR動画』

 SNSの普及に伴い、広告やCMが炎上するケースが後を絶たない。性的な表現が批判され、放送中止となったサントリーのアルコール飲料「頂(いただき)」のCMや、うなぎがスクール水着を着た女子高生に擬人化した鹿児島県志布志市のふるさと納税PR動画「うな子」など、ここ2、3年の間で炎上したCMは枚挙にいとまがない。また、アサヒ飲料「三ツ矢サイダー(僕らの爽快編)」のように、「楽器演奏中にぶつかるシーンが危ないから」とクレームが入り、企業が放送を自粛したケースもある。企業やCM製作者は、より多くの配慮と適切なアイディアが求められる時代だといえるだろう。

 無難でエッジに欠けた東京キー局の全国区CMと比べると、地方CMは自由度が高く、奇想に溢れたものも数多い。それらを知るのにうってつけな『モノ売る地方CM コト得るPR動画』(幻冬舎)は、ぐろ~かるCM研究所所長で、マーケティング会社テムズの代表取締役である鷹野義昭氏が、地方CM・PR動画をマーケティングの視点から分析した本だ。事例として100本ものCM・PR動画が紹介され、どのような意図や効果があるのか、どのようなテクニックが用いられているのか、事細かに述べられており、CM業界とマーケティング戦略について広く学べる内容となっている。

 例として、宮崎県小林市の移住促進PRムービー「ンダモシタン小林」が挙げられている。フランスからやってきた男が、小林市の各地を巡り、地域の特色を紹介していくのだが、フランス語かと思って聴いていた言葉は宮崎県西部の方言・西諸弁だった、というオチだ。思わず二度見してしまうほどインパクトのあるこの動画は、大きな反響を呼び、再生回数は250万回を突破。一本200万円の製作費で10億円以上の宣伝効果が得られたという。小林市という地名を全国に認知させることに成功し、ふるさと納税額も1億3290万円から約7億2000万円と大幅に増加。地方PRという“コト”を伝えた模範例として大きく取り上げられている。

 この「ンダモシタン小林」の他にも、「踊ってみた動画」で人気のダンサー・まなこが踊る埼玉県久喜市の「1000人クッキーダンス」や、牛模様のUFOが飛来して牛乳ビームを発射する熊本県「らくのうマザーズ(牛乳ビーム編)」など、アイディアに富んだ動画はたくさんある。本書を手に取って、ぐろ~かるな地方CM・PR動画の世界を見てみよう。
(文=平野遼)

長野県民なら誰もが知ってる、もう一つの食卓……「みんなのテンホウ」は胃袋の桃源郷だった!

「テンホウ」を、ご存じだろうか。

 長野県民なら、誰もが知っている馴染みの味。でも、長野県民以外に知られることは少ない。なぜなら、現在の店舗数は32店舗。そのすべてが、長野県内にしかないからだ。

 長野県では、老若男女を問わず愛され続けるローカルチェーン。いったい、なぜ「テンホウ」は、長野県の人たちに愛されるチェーンとして、定着するに至ったのか。

 以前から知りたかった謎が、このたびようやく明らかになった。地元有志などによって開催されている公開講座「諏訪力講座」が「テンホウに見る諏訪力」と題し、テンホウ・フーズ代表取締役社長の大石壮太郎氏を招いて、講座を開催することになったのだ。

「テンホウ」の歴史や「謎」を知る、またとない機会。筆者はさっそく、諏訪へと向かった。

 まず、改めて驚いたのは「テンホウ」の人気。

 講座の前に、まずは店にも行かねばと訪れたのは、現状の最古の店舗である諏訪市の城南店(もともとの2号店)。その日は日曜日とはいえ、まだ昼前にもかかわらず、すでに駐車場は満車だったのである。

 少し待ってから入店するが、客はひっきりなしにやってくる。一人客やカップル、家族連れ……。掛け値なしに、老若男女がやってくるのである。

 そして、初めて来た人なら驚くのは、メニューと値段である。餃子は280円。醤油ラーメン390円。ソースカツ丼670円。中華料理主体のチェーンかと思いきや、さば串カツもある。さらに、一部の店舗ではアップルパイまであるという。

 いったい、豊富なメニューと値段の安さは、どうして生まれたのか……。

「諏訪力講座」で、まず大石氏は「テンホウ」の歴史から語り始めた。

 大石氏の祖父母が「テンホウ」の源流である「天宝 鶴の湯 餃子菜館」を始めたのは1956年のことだ。

 その名前の通り、もともと祖父母は戦前、諏訪に移り住み、上諏訪の温泉街で「天宝 鶴の湯」という名前の旅館を営んでいた。

 今でも上諏訪には多くの温泉宿があるが、戦前は現在とは異なり、もっと内陸部に温泉街が広がっていた。その中にあった「天宝 鶴の湯」も大いに繁盛していた。

 ところが戦後になると、温泉街は諏訪湖畔へと移っていき、もともとの温泉街にも陰りが見えてくる。

 そんな時であった。大石氏の祖母である百代(ももよ)おばあちゃんは、たまたま東京に出かけたその時に、偶然、歌舞伎町にあった「餃子会館」という店で食べた餃子で閃いたのだ。

「この作り方を教えてほしい」

 そう店の人に頼んでみたが、おいそれと教えてもらえるはずがない。何度も店に通った百代おばあちゃんは、ついに無給で3カ月あまり店で働いたのだという。

 その時、百代おばあちゃんは、すでに50歳を過ぎていた。まだ戦後間もない時期だから、かなりの高齢である。そこまでの情熱のおかげか、味を伝授された百代おばあちゃんは諏訪に戻り、旅館の一角で餃子を売り始めたのである。

 それは次第に評判になり、広まっていった。

 その後を継いだ、大石氏の父である孝三郎氏は1973年に店舗を株式会社化。まだ2店舗しかない時点でセントラルキッチンを建設したのである。まだ、日本におけるファミリーレストランの先駆けである「すかいらーく」が登場して間もない時代(1号店は1970年)。孝三郎氏は、幾度も東京に出かけては「すかいらーく」を訪れていたという。ファミリーレストランという新しい業態は、必ず成長する。そのことを孝三郎氏は確かに見抜いていたのである。

 と、このままなら一企業の成功物語である。

 でも「テンホウ」は、そうではなかったからこそ、長野県民に愛される味となった。

 その後「テンホウ」は、さまざまなことに挑戦した。一時は多店舗展開を考えて、長野県外に出店したこともある。ラーメンチェーンのFCに参加したり、スパゲッティや持ち帰り弁当、コロッケなどに挑戦したこともある。

 実際「このシステムであれば1,000店舗はいける」といわれて、心の動いた時代もあるというが、そうはしなかった。

 なぜなら、そうしてしまえば、どうしても手薄になる部分ができてしまうからだ。

「テンホウ」の店舗の大きな特徴は、オープンキッチンになっていること。お客は、自分たちの料理が出来上がるのを、今か今かと見ながら待つことができる。拡大によって必然的にやってくるサービスの低下よりも、世代を超えて通ってくれる人々へ情熱を注ぐことをテンホウは選んだのだ。

 だからといって、決して保守的になっているのではない。中華料理に限らないメニューが次々と投入されていくのは、その現れ。社員からも発案があれば、次々と採用して新メニューを試しているのだという。

 なぜ、これが中華料理屋にあるのかと思ってしまうアップルパイは、今も時々厨房に立つ孝三郎氏が「今は、これだ!」と発案したものだそう(ほかを食べ過ぎたので注文するタイミングを逸したが、人気メニューだそう)。

 そんな地元に愛される店となった秘訣の一つとして大石氏が語ったのは「あまり美味しくしすぎない」ということ。極上の美味しい料理であれば、一度食べたら満足しきってしまう。それよりも「今日はご飯をつくるのが面倒だから、テンホウに行こう」という感覚で利用してもらえる家庭の食卓の延長が、大石氏の考える理想形だ。

 世代を超えて一つの完成形へ到達し、さらに進化を続けている「みんなのテンホウ」。

 長野県を訪れる機会があれば、ぜひ、その味と客席の満足そうな表情を見てほしい。
(文=昼間たかし)

かつての“売春島”は廃墟だらけ……「渡鹿野島」は観光スポットとしてはビミョーでした

 かつて“売春島”として語られた三重県の渡鹿野島(わたかのじま)。それも、いまや過去の話。こうしたオールドタイプの売春は、時代にそぐわなくなった。加えて伊勢・志摩サミットを契機として島の「浄化」が進み、今では廃墟だらけだという。

 そんな情報は、ネットのあちこちで見つけることができる。でも、実際のところは行ってみなければわからぬ。別件で伊勢に取材に出向くことになった筆者は、これを好機とみて島を目指した。

■交通の便は悪い、一種の秘境

 渡鹿野島の最寄りの駅は、近鉄線の鵜方(うがた)駅。そこから渡し船の乗り場がある島の対岸へと向かう。交通手段はバスかタクシー。

 ひとまず、この島がどんなふうに思われているのか、反応を知ろうと駅に直結した観光案内所へ。窓口で「渡鹿野島へ行きたいんですが」と尋ねると、少し微妙な表情。なんなのだろう。男がひとり渡鹿野島へのアクセスを知りたがるから、その手の客と思われたのか?

 さて、教えられたアクセス方法だが選択は、ほぼタクシーしかない。何しろ、ほかにメジャーな観光スポットがあるわけでもなくバスは2時間に1本程度しかない。自ずとタクシー利用になる。

 場所を告げると、タクシーは無言で走り出す。そして、なかなか到着しない。タクシーのメーターが2,800円になった頃、ようやく渡し船の船着き場へとたどり着いた。

 待合室には、地元の利用者らしき人の姿も。ただ、その手の客の気配もない。やってきた渡し船で、愛想のよい船頭に船賃を渡すと、船は3分ほどで島へと到着する。

■到着しても、どうしようもない……

 船から一歩下りて筆者が思ったのは「さて、これからどうすればいいのか」ということだった。

 かつて、島が繁栄していた頃の上陸記を読むと、次から次へと遊びへと誘う、遣り手ばばあが近づいてきたという。でも、もはやそんなものはない。

 ひとまず眺めたのは、古ぼけた島の案内図。

 現在は、海水浴場を整備したり、島の形がハート形に近いことから「ハートアイランド」と名付けて家族連れの観光客を呼び込もうとしたりしているとも聞く。けれども、そうした観光客で賑わっている様子もない。島でもっとも多いのが、売春が盛んだった頃には栄えていたと思われる廃墟なのだ。

 かつてはカメラを出すだけで怒られたというが……。

 実のところ、この島で、売春が完全に途絶えたかといえば、そんなことはなさそうだ。それというのも、島の観光案内のサイトを見ると、各旅館へのリンクがつながっている。それらのホームページでは、ピンクコンパニオンを呼んでの宴会がちゃんと案内されているのである。つまり、かつての売春島のような風景はなくなっても、温泉地では定番系のピンク産業は、今なお栄えている様子である。

 いまだに、さまざまなメディアを通じて広まった情報により「渡鹿野島=売春島」というイメージは根強い。でも、それを期待して出かけてみると、30分もかからずに一周できる廃墟だらけの島があるのみなのだ。

 何より、世間から隔絶された島のイメージもどこにもない。というのも渡し船は頻繁に行き来して、常に客を運んでいる。島民は、島の対岸に車を停めておいて、そこから買い物に出かけるのが日常の様子。帰りはバスに乗ろうと思い、2時間あまりバス停に座っていたのだが、その間にもひっきりなしに、人が出たり入ったりしていた。かつての売春産業は姿を消したが、生活は常に継続しているようだ。

 わずかな廃墟を眺めるためだけに時間を費やす渡鹿野島。あえて出かける価値があるかといえば……判断は、読者にお任せする。
(文=昼間たかし)

かつての“売春島”は廃墟だらけ……「渡鹿野島」は観光スポットとしてはビミョーでした

 かつて“売春島”として語られた三重県の渡鹿野島(わたかのじま)。それも、いまや過去の話。こうしたオールドタイプの売春は、時代にそぐわなくなった。加えて伊勢・志摩サミットを契機として島の「浄化」が進み、今では廃墟だらけだという。

 そんな情報は、ネットのあちこちで見つけることができる。でも、実際のところは行ってみなければわからぬ。別件で伊勢に取材に出向くことになった筆者は、これを好機とみて島を目指した。

■交通の便は悪い、一種の秘境

 渡鹿野島の最寄りの駅は、近鉄線の鵜方(うがた)駅。そこから渡し船の乗り場がある島の対岸へと向かう。交通手段はバスかタクシー。

 ひとまず、この島がどんなふうに思われているのか、反応を知ろうと駅に直結した観光案内所へ。窓口で「渡鹿野島へ行きたいんですが」と尋ねると、少し微妙な表情。なんなのだろう。男がひとり渡鹿野島へのアクセスを知りたがるから、その手の客と思われたのか?

 さて、教えられたアクセス方法だが選択は、ほぼタクシーしかない。何しろ、ほかにメジャーな観光スポットがあるわけでもなくバスは2時間に1本程度しかない。自ずとタクシー利用になる。

 場所を告げると、タクシーは無言で走り出す。そして、なかなか到着しない。タクシーのメーターが2,800円になった頃、ようやく渡し船の船着き場へとたどり着いた。

 待合室には、地元の利用者らしき人の姿も。ただ、その手の客の気配もない。やってきた渡し船で、愛想のよい船頭に船賃を渡すと、船は3分ほどで島へと到着する。

■到着しても、どうしようもない……

 船から一歩下りて筆者が思ったのは「さて、これからどうすればいいのか」ということだった。

 かつて、島が繁栄していた頃の上陸記を読むと、次から次へと遊びへと誘う、遣り手ばばあが近づいてきたという。でも、もはやそんなものはない。

 ひとまず眺めたのは、古ぼけた島の案内図。

 現在は、海水浴場を整備したり、島の形がハート形に近いことから「ハートアイランド」と名付けて家族連れの観光客を呼び込もうとしたりしているとも聞く。けれども、そうした観光客で賑わっている様子もない。島でもっとも多いのが、売春が盛んだった頃には栄えていたと思われる廃墟なのだ。

 かつてはカメラを出すだけで怒られたというが……。

 実のところ、この島で、売春が完全に途絶えたかといえば、そんなことはなさそうだ。それというのも、島の観光案内のサイトを見ると、各旅館へのリンクがつながっている。それらのホームページでは、ピンクコンパニオンを呼んでの宴会がちゃんと案内されているのである。つまり、かつての売春島のような風景はなくなっても、温泉地では定番系のピンク産業は、今なお栄えている様子である。

 いまだに、さまざまなメディアを通じて広まった情報により「渡鹿野島=売春島」というイメージは根強い。でも、それを期待して出かけてみると、30分もかからずに一周できる廃墟だらけの島があるのみなのだ。

 何より、世間から隔絶された島のイメージもどこにもない。というのも渡し船は頻繁に行き来して、常に客を運んでいる。島民は、島の対岸に車を停めておいて、そこから買い物に出かけるのが日常の様子。帰りはバスに乗ろうと思い、2時間あまりバス停に座っていたのだが、その間にもひっきりなしに、人が出たり入ったりしていた。かつての売春産業は姿を消したが、生活は常に継続しているようだ。

 わずかな廃墟を眺めるためだけに時間を費やす渡鹿野島。あえて出かける価値があるかといえば……判断は、読者にお任せする。
(文=昼間たかし)

同人ノリを役所がやるのは……『ベルサイユのばら』のパロディで、謝っても折れない札幌市はどこで間違えた?

 似ているだけなのか。それとも、パクリなのか。札幌市が市の広報誌『広報さっぽろ』6月号で『ベルサイユのばら』(集英社)のパロディと思しきキャラクターを描いたことに、作者の事務所「池田理代子プロダクション」が抗議した事件が、思わぬ方向に騒動になっている。謝罪はした札幌市だが、あくまで「(ベルばらには、)似てない」という態度を貫いているのだ。

 問題のページが掲載された『広報さっぽろ』6月号は、早くから手にした札幌市民の間でも「ちょっとマズいのではないか」とウワサになっていた。

「広報を目にした人の間では、パロディとしてもやり過ぎではないかと話題になっていました。問い合わせした人もいるんですが、札幌市が“似てないですよ”と答えているという話も、けっこうウワサになっていました」(札幌市内のオタクショップ関係者)

 問題となったページは「公共マナーって何かしら?」という特集ページ。指導役の「オシカル」が「マナー・シラントワネット」の世間知らずな行動をたしなめる形で公共マナーを解説するというものだ。

 作者の事務所から抗議を受けて札幌市は謝罪。ところが、新聞などの取材に対しては、いまだパロディではないと主張。あくまで、文字や全体の雰囲気で似ただけ。「オシカル」は「オスカル」ではなく、まったく似ていない別のキャラだという主張を続けているのである。

 これに対して、SNSでは札幌市の見解を支持する意見も見られる。例えば、キャラクターの瞳が真っ白になっていることを取り上げて「どちらかというと『ガラスの仮面』に近いんじゃないか……」という評する人も。

 札幌市の主張はさておき、こうしたパロディは、同人誌では当たり前にみられるもの。今はどうしているのか知らぬが『王家の紋章』のパロディと思しき『のび家の紋章』なる同人誌を頒布していたサークルが出していた『ベルサイユのドラ』は、衝撃的な名作……とはいえ、そんな同人ノリを、拡散力の強い地方自治体がやるとどうなるか、誰も考えなかったのだろうか。

 これも、同人文化が広く普及した結果の珍事件として語り継がれることになるだろう。

 なお近年『ベルサイユのばら』は、多くの商品とコラボも行っている。そうした中には、原作のシリアス感をネタにしたような使い方をしたものも。そういえば、ギャグテイストのセルフパロディ『ベルばらKids』(朝日文庫)も好評を博していた。

 そこまでシャレがわかるんだから、作者に許諾をもらってオフィシャルにやったほうが、よかったんじゃないだろうか。
(文=是枝了以)

いよいよ7月!! あの「田切駅」にアニメ史に残る名所が……“アニメ聖地巡礼発祥の地”記念碑が建立されるぞ

 アニメ聖地巡礼発祥の地を記念する石碑が、この7月に建立される。

 その名も「アニメ聖地巡礼発祥の地 記念碑」。建立されるのは、長野県は飯島町のJR飯田線・田切駅前である。

 普段は、人もまばらな田切駅周辺だが、ここには古くから多くのアニメファンが詰めかけている。きっかけは、1991年にリリースされたOVA版『究極超人あ~る』だ。この作品では「いつも通り」に田切駅で降りてしまった主人公らが、轟天号(ブリジストンの自転車・ロードマン)で田切駅から伊那市駅までを走り抜けるのがクライマックス。

 以来、決して賑わいはしないが、現在に至るまで田切駅を訪れるファンが絶えることはない。

 そして2012年からは、年に一度大勢のファンが集うようになった。飯田線・伊那市駅開業100周年にちなむイベントの一つとして、伊那市役所自転車部などによって『究極超人あ~る』を再現しようという、あまりにオバカなイベントが開催されたのである。

 以来、毎年一度、頼んでもないのに全国から、老若男女が自転車を担いだり、コスプレをして現地に駆けつけているのだ。

 これを経て、2013年の開催時には田切駅を「究極超人あ~るとそのファンによって図らずも誕生した聖地巡礼発祥の地」であるとする「聖地巡礼発祥の地宣言」を発表。

 そして、これまた面白い人々によって田切駅が開業100周年を迎える今年「アニメ聖地巡礼発祥の地 記念碑」の建立が決まったのである。

 この催しの発案者の一人でもあり、記念碑の発起人である伊奈市役所自転車部「Cycle倶楽部R」代表の牧田豊氏は語る。

「毎年『今年もバカな夏がやってきました~』とは言ってますが、こんな片田舎に全国から人が来てくれるのは有り難いことです。みなさんの浄財のおかげで当初の予定よりも大きな記念碑を建てることができます。今では全国各地で聖地巡礼が行われているわけですけど、本当の始まりがここにはあります。それを、ぜひ来て、味わってほしいと思っています」

 記念すべき碑の除幕式は、今年も全国から人が集まるイベント開催日に行われる予定。

 毎年、メインの自転車イベントはタイトルを変えているが、今年は『轟天号を追いかけて 2018/伊那の七福神 聖徳寺さまは福禄寿』として開催。

===
田切駅開業100周年の良き年に、伊那の七福神を巡れば家内安全、商売繁盛、五穀豊穣、学業成就、恋愛成就、諸芸上達、武運長久、怨敵退散、焼肉定食まちがいなし
===

 として、参加者を募っている。

 自転車参加者は誓約書を提出する必要があるが、出走せずにコスプレなどで見物するなどのにぎやかしの場合は不要だ。

 梅雨も明けた夏の1日、面白いものを探している人なら、ぜひ駆けつけたいところ。何も準備はいらない。ただ、伊那谷は美味いもの天国なので、腹だけは空かせておいたほうがいい。
(文=昼間たかし)

『轟天号を追いかけて 2018/伊那の七福神 聖徳寺さまは福禄寿』
https://goutengo.jimdofree.com/

7月28日(土) 飯田線・田切駅前集合
*午後2時30分頃から受付開始なので、勝手に集合のこと。
*自転車で走りたい人は、リンク先誓約書を提出の上で自力で。

いよいよ7月!! あの「田切駅」にアニメ史に残る名所が……“アニメ聖地巡礼発祥の地”記念碑が建立されるぞ

 アニメ聖地巡礼発祥の地を記念する石碑が、この7月に建立される。

 その名も「アニメ聖地巡礼発祥の地 記念碑」。建立されるのは、長野県は飯島町のJR飯田線・田切駅前である。

 普段は、人もまばらな田切駅周辺だが、ここには古くから多くのアニメファンが詰めかけている。きっかけは、1991年にリリースされたOVA版『究極超人あ~る』だ。この作品では「いつも通り」に田切駅で降りてしまった主人公らが、轟天号(ブリジストンの自転車・ロードマン)で田切駅から伊那市駅までを走り抜けるのがクライマックス。

 以来、決して賑わいはしないが、現在に至るまで田切駅を訪れるファンが絶えることはない。

 そして2012年からは、年に一度大勢のファンが集うようになった。飯田線・伊那市駅開業100周年にちなむイベントの一つとして、伊那市役所自転車部などによって『究極超人あ~る』を再現しようという、あまりにオバカなイベントが開催されたのである。

 以来、毎年一度、頼んでもないのに全国から、老若男女が自転車を担いだり、コスプレをして現地に駆けつけているのだ。

 これを経て、2013年の開催時には田切駅を「究極超人あ~るとそのファンによって図らずも誕生した聖地巡礼発祥の地」であるとする「聖地巡礼発祥の地宣言」を発表。

 そして、これまた面白い人々によって田切駅が開業100周年を迎える今年「アニメ聖地巡礼発祥の地 記念碑」の建立が決まったのである。

 この催しの発案者の一人でもあり、記念碑の発起人である伊奈市役所自転車部「Cycle倶楽部R」代表の牧田豊氏は語る。

「毎年『今年もバカな夏がやってきました~』とは言ってますが、こんな片田舎に全国から人が来てくれるのは有り難いことです。みなさんの浄財のおかげで当初の予定よりも大きな記念碑を建てることができます。今では全国各地で聖地巡礼が行われているわけですけど、本当の始まりがここにはあります。それを、ぜひ来て、味わってほしいと思っています」

 記念すべき碑の除幕式は、今年も全国から人が集まるイベント開催日に行われる予定。

 毎年、メインの自転車イベントはタイトルを変えているが、今年は『轟天号を追いかけて 2018/伊那の七福神 聖徳寺さまは福禄寿』として開催。

===
田切駅開業100周年の良き年に、伊那の七福神を巡れば家内安全、商売繁盛、五穀豊穣、学業成就、恋愛成就、諸芸上達、武運長久、怨敵退散、焼肉定食まちがいなし
===

 として、参加者を募っている。

 自転車参加者は誓約書を提出する必要があるが、出走せずにコスプレなどで見物するなどのにぎやかしの場合は不要だ。

 梅雨も明けた夏の1日、面白いものを探している人なら、ぜひ駆けつけたいところ。何も準備はいらない。ただ、伊那谷は美味いもの天国なので、腹だけは空かせておいたほうがいい。
(文=昼間たかし)

『轟天号を追いかけて 2018/伊那の七福神 聖徳寺さまは福禄寿』
https://goutengo.jimdofree.com/

7月28日(土) 飯田線・田切駅前集合
*午後2時30分頃から受付開始なので、勝手に集合のこと。
*自転車で走りたい人は、リンク先誓約書を提出の上で自力で。

全国屈指でも蔵書数は1万2,000冊程度……電子書籍図書館がショボくて、青空文庫ばかりの理由とは?

 全国屈指の蔵書数を誇る図書館が、神奈川県綾瀬市に誕生した。

 ただし、電子書籍に限ってである。綾瀬市は、市内に鉄道駅がないという自治体。これまで図書館はあっても交通アクセスが不便なために利用率は低い。そこで、来館しなくても利用できる電子書籍の貸し出し導入を決めた。

 気になるその蔵書数は、1万2,000冊!!

 ……聞いて驚くが、とてつもなく少ない。おまけに、そのうち1万1,000冊は「青空文庫」に公開されているものの中から、図書館が選んだものだ。

 図書館側では「利用者の利便性を重視した結果」としている。とはいえ、青空文庫はサイトにアクセスすれば、誰でもすぐに読むことができるもの。対して、綾瀬市立図書館の場合には、利用者登録が必要になる。

 今後、蔵書数は青空文庫のもの以外も増やして2万冊前後になる予定とはいうが、現状サイトにアクセスしても、選書意図がまったくわからないラインナップになっている(https://ayase.libraryreserve.com/10/50/ja/Default.htm)。

 それでも、蔵書数は全国屈指。それが、現在の日本における電子書籍図書館の現状なのである。すでに海外では電子書籍の貸し出しを実施している図書館も当たり前だが、日本は、まだまだ発展途上。別に綾瀬市だけでなく、電子書籍の貸し出しを行っている多くの図書館が、青空文庫の貸し出しを実施しているのだ。

 こんなに普及が進まない背景には、電子書籍の維持費の高さがある。

「電子書籍の貸し出しを実施すると、本そのものの購入費のほかに、サーバーの維持費などがかかってきます。ですから、紙の本よりも購入できる冊数は少なくなるのです」(都内の図書館司書)

 さらに、現状では電子書籍のフォーマットが統一されていない。それもまた、提供される電子書籍が限られる理由となる。

「問題は山積みですが、将来的には来館しなくても本を借りることができるメリットが生きてくるはず。まあ、長い目で見まもったほうがよいですね」(同)

 青空文庫ばかりになっているのは、あくまで「実験段階」だから。今後の進捗を見守ることにしたほうがいいのかも。
(文=是枝了以)