『ヒプノシスマイク』コミカライズに傷心のオタクはどう立ち直ればいいのか?~心理学の名著を読み解く~

 今世の中の空気は「好きなものがある人が勝ち組」ムードがあり、日陰の身だったはずのオタクに追い風が吹いている。しかしそんな時代に乗ってイキれるはずのオタク趣味とて案外盤石ではない。推しが結婚、交際発覚、解散、活動休止、ヘビーなものではAV出演疑惑すらあったのも記憶に新しい。そして二次元だと「推しが死ぬ」すらジャンルによってはわりと頻繁だ。では、そのような事態で心に傷を負ったオタクは心をどう慰めればいいのだろうか。著者もラッププロジェクト『ヒプノシスマイク』(以下、ヒプマイ)のコミカライズの内容にひどく落ち込んでいるので、心理学権威の歴史的名著に救いを求めてみることにした。

 

イケてない脚本を書くのはバイトテロの5000億倍重罪だ

 ヒプマイで何があったか知らないという人は、前回の記事(コミカライズが物議の『ヒプノシスマイク』、同人イベントはお通夜か、はたまた大盛況だったのか?)に概要を書いているのでそちらを参考にしていただきたい。一言でいえば「一年以上絞った供給でファンを悶えさせてきた中で、いざ出てきた百瀬祐一郎氏によるコミカライズがかなりヤバい(ダメな方で)」だ。ちなみにこちらは、初稿提出時に担当編集氏より「殺意が強い」という理由で修正の要請があり一部をマイルドにリライトした経緯がある。サイゾーらしからぬ、ちょっといい話だ。

 前回原稿から1カ月強、今はTwitterで「ヒプマイ」と検索すると「降りる」と検索候補に出てくる始末だ。そこでは降りる人の断末魔、そして降りるやつはガタガタ言わず黙って降りろ、そしてさらに黙って降りろっていうやつは何様のつもりだ、と飛び交う世紀末世界の様相を示している。悲しいのは、これらの人たちも少なくとも半年くらい前までは皆、ヒプマイをただ楽しんでいただけだったのだ。

 降りる人のつぶやきを見ると、コミカライズだけでなく運営の体制など複合要因で心が折れた人もいるようだが、私の場合は揺るぎなく原因は100%コミカライズにあり、コミカライズ以外は今も好きだ。キャラクターデザインも声優も曲もいい。だからこそやるせなく、腹をえぐられ丹田に力の入らない日々が続いている。

 脚本がアレなとき、悲しみにくれたオタクはその脚本家がベテランであれば「老害」、女性であれば「寝て取った仕事だ」と傷ついた心を慰める。単なる誹謗中傷でありひどい話なのだが、クソ脚本で視聴者を傷つけた罪は重い。

 しかしおそらく百瀬氏は、ググるかぎり「そんな年でもない(おそらく若い)男性」と思われる。Amazonを見るとヒプマイ以前に百瀬氏は1シリーズの小説を2冊出しているのみで、キャリアが長いわけでもないように見える。よって「老害」ではないし「枕」も考えにくい。しかし傷つけられたオタクは決してあきらめない。今「コネなんじゃないか」という百瀬プリンス疑惑もネット上でささやかれているのだ。

 言うまでもないが確たる証拠もない臆測であり、ひどい話だ。しかし「期待された仕事をしないどころか、本人が一番ウケているのであろう笑えない冗談をかます」という点において、百瀬氏はバイトテロキッズ達を束にしても成し遂げられないインパクトをコミカライズの一発目ですでに成し遂げたのであり、このあたりの力量はさすがそのへんの民草には出せないプリンスの貫禄と言える。問題のコミカライズがCDとなぜかバーター販売されるのも「コミックスを単体で販売すると、売り上げが低迷してしまい若様が意気消沈なされるのではないか」という運営のじいやたちの忖度なのだろうかとゲスパーは尽きない(※臆測です)。

 

悲しみから立ち直るための名著『対象喪失 悲しむということ』

 以上、百瀬氏の悪口を述べてきたが、なにも百瀬氏に限らず、他人や他人が作ったものを愛し崇めるオタク活動は失望と隣り合わせという宿命を背負っている。それでは愛した対象に失望し、傷ついてしまったときにオタクは一体どうすればいいのか。ここで手に取ったのが、小此木(おこのぎ)啓吾氏による書籍『対象喪失 悲しむということ』(中公新書)だ。

 小此木氏は精神科医であり、また椎名林檎によって広く浸透した「モラトリアム」という言葉の産みの親でもある。1979年の本だが指摘される心の問題にまったく古さはない。本書ではさまざまな喪失の臨床例が出てくるが、何も死別だけでなく、離婚や失恋、仕事上の失敗、志望校に入学できなかったり、一方で進学校に入学できたが目標を失ったり、年老いて若さと活動力と健康を失ったり、などさまざまな人々の喪失が紹介されている。最後には自分自身をも失う一生は喪失の連続なのだ。

 本書では、喪失体験の対処として、そこから目をそらすことでもなく、日常生活で紛らわすのでもなく、効いてないぜ? と茶化すのでもなく、怒りに任せ誰かに八つ当たりするのでもなく、過去を必要以上に良くも悪くも脚色することでもなく、喪失に無自覚なまま無気力に日々を過ごすのでもなく、喪失体験をした自分と向き合い続け、消化し、落とし込むことが喪失体験を乗り越えるために必要だとある。その「悲しむ」という行為を怖い、重い、辛い、面倒くさいとないがしろにし続けた人たちが数年後、数十年後、心身に不調をきたすケースがいくつも紹介されている。

 よって、ヒプマイの百瀬氏の脚本にガックリした私がするべきことは、この喪失をちゃんと弔うことなのだ。

 以下が私のした弔いの試行錯誤と、あとから考えてみての考察になる。

【方法(1)】「昔の男」に慰めてもらう

【考察】問題の本丸からは逃げているわけで『対象喪失』の推奨ルートから外れているのだが、今回のヒプマイのように「(百瀬氏の脚本に)嫌になって」ではなく「嫌になったわけじゃなく、流行っている他ジャンルに目移りしただけ」という状態で別れた「昔の(ジャンルの)男たち」には今回大きく慰められた。また、過去にどっぷりはまった萌えを見ることで、今ヒプマイで消沈している気持ちもいつかは平気になるんだろうと、と冷静になれる点もある。

 なお、現在のジャンルに失望し「あのジャンルはやっぱりクソだった、あ~、やっぱりここは落ち着く、ファンの民度も高いしww」と現ジャンルに砂をかけて旧ジャンルに出戻る人は嫌われるし、何よりこれでは過去の脚色になる。今はクソなのかもしれないが、過去に愛したのも事実なのだ。過去をありのままに的確にとらえる姿勢が弔いにおいて重要なポイントになる。

【方法(2)】ネットで愚痴サイトを見て心を慰める

【考察】「ヒプマイ 降りる」と検索すれば、心から血を流し苦しむ同胞を簡単に見つけられる。ただ、「降りるって言ってるやつデベソ」的荒ぶった発言も多く、ただでさえすさんで傷ついた捨て猫のような心がさらに傷つくこともあるため、むやみには推奨できないルートだ。

 しかし、匿名掲示板で「好きになったことを後悔している」という発言を見たときは心を打たれた。同じ気持ちで苦しむ人の端的な表現を見ると目が覚めるような気持ちになれる。

【方法(3)】オタ友に愚痴り心を慰める

【考察】愚痴ろうと思っても自分の中でこんがらがったものが強大すぎて、結局「とても つらい」と横山光輝による漫画『三国志』の霊帝みたいなことしか言えなかったのだが、それを黙って聞いてくれた友人には感謝している。方法(2)と比べるとやはり方法(3)は強い。仮想世界に半日いるより、目の前の生身の人間に一言話す方が、成仏されていくものの質量を大きく感じる。このあたりはネット民大敗北であり、ネットが不得手なところだろう。

 ただし当然、人選は重要だ。目の前の人間に鼻で笑われようものなら、ネットで同じことをされるよりも五億倍のダメージを食ってしまうだろう。

【方法(4)】Twitterで「同担」は極力カットする

【考察】思えばヒプマイにはまったきっかけもTwitterだった。前のジャンルにはまっていたころ、前のジャンルの神絵師たちがヒプマイの二次創作を投稿しだして、当初は「推してるジャンル以外の、特に新興ジャンルの絵を見ると、なんだかそっちに神絵師が行っちゃうみたいでイヤ」と否定的だったのだが、私の意志などクリムゾン氏の漫画に出てくる女剣士以上に弱く、2週間後にはあっさり私も釣られていた。

 新しいジャンルにはまりたての時期に、この人は絵がかわいい、この人は漫画が最高、この人は考察が冴えてる、とあれこれフォローして自分のデッキを作っていくときは、脳内からシャブと同じ成分の汁が出ているといわれても納得するくらい「ガンギマリ」状態だ。そうやってフォローした人の中には今回のコミカライズについて「これもこれでアリだよねww」みたいな強がり発言をしている人もいて胸が痛んだ。

 なまじヒプマイ同人において成功した人ほど「弔い」は余計きついのではないだろうか。これは99%「金が惜しいんだろ?」という意味ではない。同人で金儲けができる人など1%もいない。金ではなく、ヒプマイが供給を絞った長い間、あれこれ考えた考察や漫画などが評価された二次創作作家の場合、コンテンツから降りようとすれば「愛したコンテンツを失う」に加え「そのコンテンツで得た自分の名誉やつながりまでも失う」ことになるのだ。「●●さんの漫画で号泣しました……」「**(キャラクター名など)といったら●●さんですよね!」みたいなことを言ってくれるフォロワーを失うのだ。これはさらにハードな喪失体験だろう。

 ただ、しかしこれは百瀬氏にしてみたら「知らんがな」というのもよくわかる。二次創作がどうなろうが公式になんら責はない。「ヒプマイといったら百瀬さん」なのであり「ズレ」は二次創作の宿命だ。しかし供給を絞り続けオタクの集団をほったらかしにしておけば、つぶやきが次のつぶやきを呼んでアメーバ的に増殖し、AI並みの働きを見せてしまうのは公式とて想像できたはずだ。

 なぜそこまで発酵させた末に、満を持してあのコミカライズを供給してしまったのだろう。「極力何もしない」で長年成功をキープしている『刀剣乱舞』という事例もすでにあったというのに、なぜ死に急いだのかが不思議でならない。やはりヒプマイはファンに向けてではなくプリンスに向けたやたら金のかかった接待なのかもしれない(※臆測です)。

 話を戻すと、Twitterを見ている限り私は未練をひきずりそうなので「あまりつぶやかず、フォローを外すには漫画が神過ぎる」二次創作作家を3人残し、あとはフォローを外した。「あまりつぶやかず」がポイントであり、そういう人しかフォローしていなければおのずとTwitterに常駐しなくなっていく。なのでツイ廃気味な人をフォローしている場合、いくらオキニの絵師であっても、弔いを最優先する場合は切った方がいいだろう。

【方法(5)今後のオタクとしての在り方を考える】

【考察】方法(4)と絡むが、Twitterの依存が進むと、どうしても今流行っているジャンルにはまってしまう傾向が私にはある。新しいものは未知ゆえに魅力が底上げされるし、流行っているジャンルにはまっているときの、厳選フォローが日々ほっといても織りなす自分のタイムラインを眺めるときの多幸感といったら合法ドラッグといってよく、コカインいらずで全然飛べる。

 しかしこの楽しさにうつつを抜かしていたら公式がとんでもない爆弾を持ってきたのが今回の「ヒプマイ事変」だ。「百瀬祐一郎氏って過去にどんな話を書いていたの? 信用して大丈夫なの?」という視点が抜けていたのだ。

 現在進行形で続くライブ感は楽しいが、ライブである以上、裏切られる可能性もある。そしてそれはとてもつらく、また似たようなことを繰り返したら学習しない自分自身にもうんざりしてしまうだろう。がっかりするのはもう今回で十分だ。

 ライブ感がなく寂しくはあるのだが「もう作品は終わっていて、一定数以上評価も得ているものにはまるようにする」安全策も今後は取り入れていきたい。ヒプマイはそもそも、始まってすらいない段階ではまりすぎてしまったのだ。今後は何かにはまるときは必ずシナリオ担当者を確認し、前作の評判などを確認、ルーキーや経験の浅い人の場合はいきなりどっぷりはまらないよう、慎重にいこうと思う。また、Twitterはどうしても流行っているものが物量で押してきてよく見えてしまうので、Twitterはオタク活動には極力使わないようにしていきたい。

 * * *

 以上、(1)~(5)までいろいろ試してみたが、どの方法もいい点はあった。弔いの際に少しでも役に立てば、コミカライズが出て年末年始と2年がかりで落ち込んでしまった私も浮かばれる。最後に百瀬氏はぜひ改名などせず活動を続けてほしい。「この人がかかわっていたら絶対手を出さないリスト」に加えられないからだ。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

◆石徹白未亜の過去記事はこちらから◆

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急増する「美少女になりたいおじさん」たち……受肉の背景にある男の娘や女体化エロの存在意義

 2018年末に公開されたFANZA(旧DMMR18)による同人誌配信プラットフォーム「FANZA同人」の利用者データ「FANZA REPORT 2018 同人編」。「寝取り・寝取られ(NTR)」が、男女を問わずジャンル1位になったことが注目を集めた。でも、筆者はそれ以上に興味深い事実を読み解いた。

 それは、総合では第4位になった「女装・男の娘」と第9位になった「性転換・女体化」の存在である。

 男女別で見ると、男性では「女装・男の娘」は第4位。「性転換・女体化」は第8位。女性ではそれぞれ第3位と第17位になっている。

 これをさらに年齢別で見ると興味深い。35~44歳で「性転換・女体化」が第12位になっているのを除けば「女装・男の娘」と「性転換・女体化」は、どの年代も第10位以内に入っているのである。

 今さら説明するまでもなく、この2つのジャンルはマニアック。ともすれば「変態」ともいわれるものである。どちらも、作品単体の売り上げでは上位ランキングに登場することはほとんどないが、それなのに常に需要の高いジャンルになっているのである。

 とりわけ「女装・男の娘」以上にコアなジャンルであったはずの「性転換・女体化」は、ここ10年余りの間に、著しく進化している。

 物語の定番は、なんらかの理由で女になってしまった男性主人公が、女の身体の快楽に溺れていくというもの。ところが、この10年の間に、そこに女性になったがゆえの心の戸惑い……男性の視線が気になるとか、今まで仲良くしていた男友達に恋心を覚えるとか。あるいは、必死に化粧を覚えて可愛くなろうとするシーンを挿入したりだとか。心情描写は、日進月歩で進化している。

 変化は「女装・男の娘」ジャンルでも見られる。「結局はホモなんじゃないのか」と敬遠する人は減り「これはこれで」とか「むしろ生えているほうが」と拒否しない人のほうが多数派になっている。こちらのジャンルで目を見張るのは、現実にも同様のことが起きていること。

 Twitterやらなにやらで、セクシーな画像をアップしている男の娘は増えている。彼女らのファンの多くは「可愛いいから、別に男性でも構わない」という。

 こうした「可愛ければ性別は問わない」という新たな常識の中から、自分も可愛くなりたいという願望を抱く人が出てくるのは当然であろう。

 昨年「バーチャルキャスト」や「Vカツ」などのアプリも登場したことで、バーチャルな自分を創造する人は圧倒的に増えた。それらが楽しいものとして受け入れられる背景に、男の娘だとか女体化作品の普及があることは、無視はできない。
(文=昼間たかし)

コミカライズが物議の『ヒプノシスマイク』、同人イベントはお通夜か、はたまた大盛況だったのか?

 オタクコンテンツは「ちょっとしたブーム」という言葉では収まりきらない、一時代を牽引する「覇権コンテンツ」がたまに生まれる。女性向けコンテンツにおいて今、覇権に近い位置にいるのが男性声優によるラッププロジェクト『ヒプノシスマイク(以下ヒプマイ)』だろう。2017年9月のサービス開始からおよそ1年、それまでラップとドラマが収録されたCDとライブだけという絞った供給でオタクの妄想を掻き立てて続けてきたが、一転、18年12月より3誌でコミカライズ展開といういきなりの超供給に舵を切った。しかし、その肝心のコミカライズの内容は物議を醸している。コミカライズでヒプマイは詰んでしまったのか、レポートしたい。

■「ヒプマイはコミカライズで終わった」とググれば、
  同じ考えの人しか引っかからない

 まず、個人的にはヒプマイのコミカライズにはがっかりしており、百瀬祐一郎氏(ヒプマイシナリオ担当)は私の中で「買い換えたばかりのスマホを紛失して欲しい人ランキング」上位にいるほどだ。

 ネットを使えばコミカライズにがっかりした人の声や、大きくバズった批評ブログも簡単に見つけられる。こういったものを見て「そうそう、やっぱり百瀬氏は買い換えたばかりのスマホを紛失すべきだし、スマホカバーに買ったばかりの六カ月定期もはさんでて欲しいよね」と自分の意見を強化させるのはネットの楽しさでもあるが、ネットの短所でもあり恐ろしさでもある。

 ネットは検索で同じ意見の人を見つけやすく、そのため、自説により固執してしまいがちだ。しかしそれはあくまで自分の検索で作り出した仮想世界であり、実態から乖離しているかもしれないのだ。

 それでは実態はどうなのか。著者は物議のコミカライズから約1カ月後の19年1月27日に、全国の都市部で各種同人イベントを主催する赤ブーブー通信社が主催のヒプノシスマイク同人イベント『Crazy Lyric Battle 2』に参加した。

 こちらは同日、多くの他ジャンルの同人イベントも併催される同人誌即売会だ。赤ブーブー通信社の発表によると、当日の参加サークルは14,201、そのうちヒプマイでの参加サークルは1,556と、二次創作において最多だった。

 ただし『Crazy Lyric Battle 2』のサークル申し込み締め切りはコミカライズ発表前だった。それからコミカライズが発表され、ガッカリして筆を折ったサークルもいるかもしれないし、欠席した人だっているかもしれない。

 当日、実際にイベントの様子を見てみたが、感想は「ヒプマイ、限りなく覇権」だった。著者はいくつかの同人ジャンルで同人誌を買ったり、また、同人誌を出す側になることもある。しかしこれだけ人でごった返したイベントは初めて見た。少なくともイベントの雰囲気で見る限り「コミカライズでお通夜」どころか、大盛況だったのだ。

 

■若者が多いジャンルは短命なのか?

 また『Crazy Lyric Battle 2』における来場者や、同人サークルの大多数が20代に見え、若々しかった。

 ファンが若者中心のジャンルは廃れやすいとも言われる。しかしこれも本当だろうか。若者は移り気だからというのがこういった意見の根拠で挙げられるが、飽きっぽい中年もいる(ソースは自分)。ただ、加齢に伴い腰が重くなるため中高年は一途に見えがちな傾向はあるとは思うが。

 むしろ「若者が多いジャンル」ならでは利点もあるだろう(当原稿において、若者とは「新社会人~アラサーまで(30ちょいすぎ)」とする)。まずメリットとして、この世代は、中年よりも確実に金を落とすと思う。

 これが「学生」まで若くなると、西野カナばりに震えるほど金がなく、東京ビッグサイトに行くまでのりんかい線やゆりかもめの、あの微妙に高い運賃でもうライフが削られてしまうだろうが、働き出し、かつ親元で暮らすなど低コストだったり、勤務先の給料がよければ、財布は一気に火を吹くことができる。

 収入が増えること以外にも、そもそも若者は中高年より消費に意欲的だ。自分が20代のころを思い出しても、学生時代から使えるお金が増えたことでの消費へのピュアな喜びがあったと思う。

 私は本来ドケチで、家でネットしながらビール飲めれば何もいらないし、オタクのわりに収集癖もコンプ欲もまったくない。そんなドケチでも20代はお金を使える喜びで結構あれこれ買っていた。デパートの一階で化粧品を買うなど、お金を使うことで世界が広がっていくことが嬉しかったのだ。

 ただ、これがさらに年を取りアラサーを超えると「子どもなど、オタ活より優先順位の高い課金対象ができる」など社会的事情でオタ活への課金を抑えざるを得ない人も出てくる。

 また、そういった事情がなくても、あれだけ熱狂的にものを買っていた「消費だんじり祭」のテンションは年とともに薄れていく。化粧品はドラッグストアで十分だ、など、それぞれが自分の好みやこだわりに応じ、出費のオンオフのスイッチを調整できるようになっていく。「熱狂」を失う代わりに「分別」がついてくるのだ。

 もちろん大人でも分別をつけられない人もおり、多重債務者からのウシジマ君コースになれる才能があるともいえる。しかしそんな、いくつになっても金をパカパカ楽しそうに使う人は、消費への熱狂を失っていないのだ。気持ちが若いとも言え、生まれてこの方ドケチの私からしてみれば皮肉でなくまぶしくも思う。

 話を戻すと、ヒプマイは『Crazy Lyric Battle 2』で見る限り、「消費だんじり祭」真っ最中で山車が曲がり切れず民家を破壊するような元気がハツラツすぎる世代が支えているのだ。金を出すことに意欲的なファンが多い、というのは公式にとってこれ以上ない追い風だろう。覇権は目前だ。

 さらに若い世代は中年世代と違い、体力という天からの期間限定ギフトがある。公式が放っておいても、やれ公式のあのグッズを買った、コラボグッズを買った、コラボカフェ行っただのハイカロリーでつぶやいて、勝手に公式の広報担当もしてくれるのだ。

 ヒプマイが供給を絞っていたころ「ソシャゲはイベントとか日課とか、追うのが大変だから、ヒプマイの供給の少なさって楽でいい(※ただしヒプマイは19年にソシャゲ化も発表している)」という意見があり頷いていた。

 しかし、ヒプマイは一転して過剰供給に舵を切った。最初のスタンスから随分違うが、もしこの転向の理由が「特にそこまで考えてなかったでーす」なら私は泣いてしまうだろうから、まだ「もともとこうするつもりだった。ついてこれん奴は置いていく」という理由であってほしい。

 今のヒプマイのような「若者が支えるジャンル」のパワーと瞬発力は最強と言える。ただ、息の長い老舗ジャンルを見ると、やはり世代にしっかりと幅がある印象だ。「若者も若くない人もいて、新規さんもいつでもウェルカム」というジャンルと、そんなジャンルで楽しそうにしているオタクを見ると本当に幸せな気持ちになるので、同人誌即売会のときは用もないのにいい感じのジャンルのスペースをうろうろ歩いたりしている。ヒプマイは「覇権」から「老舗」に移れるだろうか?

 

■ヒプマイが覇権に近いのは、対抗馬がいないから?

 ヒプマイは『Crazy Lyric Battle 2』を見る限り、豊臣秀吉で言うなら「もうすぐ小田原攻め」くらい覇権は間近だと言える。コミカライズにケチをつけてた勢は傍流だったのかもしれないが、しかし「そもそも、今ヒプマイの対抗馬がいない」という現状も忘れてはいけない。

「ヒプマイのコミカライズの内容が残念だったから、私はオタクをもう引退します」とステージにマイクを置きカタギに戻る気骨のあるオタクはそうは見かけず、たいていあるジャンルに失望したオタクは、別のジャンルに流れていく。オタク趣味はシャブみたいなもので、効き目があり過ぎてほかのもので埋めることができず、簡単に辞められないのだ。

 今のところヒプマイの対抗馬になりうるジャンルは見た限りなく、また、既存の他ジャンルが急に大化けすることも考えにくい。『名探偵コナン』も次の映画に安室さんは出ないようだ。

 3カ月ごとに新アニメは出るものの、アニメの人気は水モノな傾向もあり、第一、3カ月たてば終わってしまう。その点プロジェクトであり、供給タイミングを調整できるヒプマイのやり方はうまい。

 ただ、何もオタク界隈に限らず、ライバル不在の一強状態は胡坐をかきがちになってしまうため、望ましくない。個人的にはこのコミカライズを続けていたらファン層をごっそり持っていかれるとヒプマイ公式が青ざめ、テコ入れに乗り出してくれるような「とんでもないライバル」の爆誕を願わずにはいられない。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

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コミケの「表現の自由」が問われるとき……初参加の「中核派」担当者が語る“宣伝扇動の新時代”

「あ、取材ですか。では、担当に確認を取って、折り返し連絡先を伝えますので、お待ち下さいね」

「え、いや……君ら革命党だよね?」

「そりゃそうですけど。取材ですしねえ」

 夏まで全学連の委員長だった齋藤郁真の言葉には、何度も取材を受けているだけとは思えないカジュアルさがあった。

 今月末に開催される同人誌即売会「コミックマーケット95」。「平成最後のコミケ」となる今回、開催まで数週間が迫り参加を予定している人々は、カタログやSNSなどで出展サークルをチェックして、祭りの当日に向けてそわそわとしている。

 SNSを通じて、出展サークルへの期待や不安の声が交わされる中に、ひときわ目立っているサークルがある。最終日になる開催3日目。「評論・情報」の枠でくくられるスペースに配置される初参加のサークル「みどるこあ」である。

 長方形で四角く囲うように並べられた出展サークルのスペースは、混雑する人の海に浮かぶ島に見立てられ「○○島」と、ジャンル名で呼ばれる。さまざまな色をした波に浮かぶ島の中で「評論島」はコミックマーケットの混沌さの極。そこには、マニアックな研究やコレクション、主義・主張を記した同人誌を頒布するサークルが並ぶ。もとより混沌としているのが平常の「評論島」で、初参加のサークルである「みどるこあ」が注目を集めるのには、理由がある。それは、このサークルが新左翼セクト・中核派のメンバーによるものだからである。

 中核派の若手メンバーによって運営される「前進チャンネル」が12月5日に公開した「重大ニュース」。その動画の中で彼らが冬のコミックマーケットにサークル「みどるこあ」として、参加することが発表された。

 すぐに、動画を視聴した人や、メンバーの関連するTwitterアカウントで、この話題が流れるようになった。翌日には、togetterにもまとめができた。

 初めての参加を興味深く考えている旨を記す言葉が並ぶ一方で、極めて否定的な反応も現れた。「公安にマークされている実体を持つ団体の出店を歓迎するなんて冗談じゃない」「公安から目をつけられてるようなところにスペース提供しないでくれよ」「いくら表現の自由があるとはいえ公安監視対象・反社会的勢力をコミケに入れちゃダメでしょ」。面白がるものから、コミケがなくなってしまうのではないかと心配するものまで、無数の言葉の洪水は、今も続いている。

 否定的な反応をぶつけられれば多少なりとも気が滅入ってしまうものだが、彼らには、そんな様子はまったくない。

「意外に好意的な印象が多いですねえ。そう、togetterのコメントなんかも面白く読んでいますよ」

 そう話すのは、今回コミックマーケットへの参加の音頭を取っているメンバーの吉田悠。2015年にテレビ東京系で放送された『ザ・ドキュメンタリー【追跡!ニッポンの過激派 “革命戦士”になったオレ】』での密着取材も話題になったことのある活動家だ。積極的にメディアの取材を受け入れる中核派の若手メンバーたちは、幾度も暴力革命の肯定を言葉にしている。その政治的スタンス。そして、過去の組織が行ってきた活動ゆえに「警察にマークされるテロ組織」であるとして、今回のような否定的な意見をぶつけられるのは、彼らにとっては日常である。むしろ「悪名は無名に勝る」が、彼らのいつものスタンスである。

 今回、吉田がコミケにサークル参加しようと思い立ったのは「もっと、新しいことをやってみたい」と思ったから。その下地になったのは昨年5月の開始以来「過激派がYouTuberになった」と、注目されている「前進チャンネル」の存在。そして、吉田自身が活動家としての人生よりも長い、コミケ参加歴を持っているからである。

「初参加は、高校2年生の時、07年夏コミの3日目。友達に誘われたんですけど、その友達も参加は初めて。だから2人で1時間も前にいけばいいなと思っていったら、お台場の方まで長い行列ができていて、入場できたのは午後になってから。圧倒されましたね。それで、友達について何冊か買っていたんですが、それだけじゃつまらないと思って、うろうろとしてみたんです。島中のほうで『ローゼンメイデン』のキャラクターのイラスト集を見つけて、とてもいいものを買ったとうれしくなりました。それが、直後に『初音ミク』で一躍ヒットしたKEIさんのイラスト集だったんです。それからもコミケに通いました。いくつかのサークルが島中から壁サークルになっていくのも見て、これが創作というものかと知りました。その場となっているコミケは、戦後もっとも大きい大衆運動だと思うんですよね。理念のもとに、タブーをつくらずに、参加者も含めて場をつくり、維持することを考えているんですから」

 コミケ参加を機に本格的になったオタクとしての生き方は、活動家となった今も変わらない。趣味を同じくする中核派のメンバーとコミケには一般参加する。それに、時間があれば一緒にアニメも観る。

「自分は懐古厨なので、あまり最新のアニメは観ないんですけど、今年一番の作品は仲間に強烈に勧められた『邪神ちゃんドロップキック』ですね」

 あくまで、今回のサークル参加は「宣伝煽動の新しい形」だと吉田は言うのだが、そうは思えない。自分だけが知っている面白いことを、人にも伝えてみたいというオタクの血が騒いだように見えるのだ。一般参加の回数を重ねれば「一度はサークル参加してみたい」と、大抵の参加者は考えるものだから。

 前述のように、過去の浅草橋駅焼き討ちであるとか、対立する革マル派との戦争(いわゆる内ゲバ)などを取り上げて、中核派がコミケへの参加をすることに否定的な意見を述べる人も多い。とはいえ、政治・宗教の分野で活動する<ガチ勢>が、コミケに参加することは、コミケの長い歴史の中には当たり前にあった。新左翼の「党派」でカテゴライズすると、確かに初だと思うが、かつてノンセクト系のサークル参加は幾度もあった。

 近年でも「反ヘイト」や「行動する保守」まで、コミケには左右を分別せずさまざまな主張をするサークルが参加している。余談であるが、筆者は「メディア規制三法」が問題になってた頃に、何人かの仲間と共に、この「言論/表現の自由」を侵害する法案に反対するビラまきを、国際展示場駅前でやったことがある。そのとき、誰が言い出したか、揃ってヘルメット・サングラス・タオルの3点セットで「武装」していた。

 しばらくビラまきをしていると警察官が10人余り急ぎ足でやってきたのである。その場は何事もなく収まったが、準備会にも通報されていたようなので、総本部に謝りにいったら、当時の米澤嘉博代表に爆笑されたのを覚えている。ま、それくらいにコミケというのは混沌とした場である。いや、それ以前に中核派とは政治思想がまったく異なる筆者が書くこんな文章を認めてるのが、すでに混沌としている。そして、その混沌は実に楽しいものだ。

 今回の中核派のサークル参加に対する、コミケ参加者の声からは、混沌すなわち「なんでもアリ」が思った以上に参加者の中で理解されていることが見えてくる。正直、もっと「テロ集団だ」とか自ら権力の走狗を買って出る人々。ようは普段は「エロ漫画けしからん、取り締まれ」と言っている人々に怒り「表現の自由」を主張するのに、自分の気に入らないものには普段の敵と同じになってしまう……そんな意見が出てくるものかと思ったのだが、思ったよりも少ない。

 まずは話題になっていることで参加する目的の一部を果たした吉田だが、当日の頒布物の準備も進めている。

「機関誌のほかに、過去の『前進(機関紙)』をデザインしたクリアファイル。それに、活動家のみんなで分担して執筆する記念コピー本を予定しています。コピー本ができるかどうか不安ですが……」

 ほかの出展サークルがそうであるように、開催が間近に迫り準備に忙しそうな吉田。最後に、批判的な意見の中にある「革マル派がブースに攻めてくるのではないか」というものを拾って尋ねてみた。

「来ないとは思いますけど……隣のブースに出展してくれるんなら、新刊の交換とかしたいな」

(取材・文=昼間たかし)

「漫画村」は消滅しても……海賊版「同人誌」サイトの勢いは止まらない!

 海賊版サイト「漫画村」が閉鎖されてから、早くも2カ月あまりが経過した。海賊版サイト最大手の消滅により、売上が回復したというマンガ家もいるようだが、いまだ多くの海賊版サイトは変わりなく延命している。

 海賊版サイト「漫画村」に関しては、広告を出稿していた代理店が次々と撤退するなど、もはや運営しても利益が出ない状況が生まれている。この間「漫画村」の後継を称するようなサイトも生まれてはいるが、活動自体は低調だ。

 しかし、相も変わらず活発な活動を続けている海賊版サイトがある。18禁同人誌を扱う海賊版サイトがそれだ。

 試しにGoogleで「エロ同人」と検索してみると、どうだろう。「エロ同人無料」「無料エロ同人誌」などという検索結果が次々と表示されるのだ。

 これらのサイトでは18禁同人誌が毎日、次々と公開されている。いくつものサイトが乱立しているところを見ると、元となるデータをお互いにパクリ合っているようにも見える。

 18禁同人誌を中心とした海賊版サイトの最大手であった「ドロップブック」は昨年消滅。その後継とされた「ダウンロードブックス」もすでにアクセスできなくなっている。それでも、海賊版同人誌サイトの勢いはとどまるところを知らない。

 これらのサイトは、一様に「画像の著作権は権利者様に帰属致します」「著作権等の侵害を目的とするものではありません」「掲載されたものに問題がある場合は権利者御本人様が直接ご連絡下さい」などと、あたかも不正なく運営を行っているかのような装いをしている。

 これは、二次創作同人誌を権利者が訴えていないだけで、著作権的にはアウトなものという点を巧みに利用しているといえる。また、オリジナル作品であっても、作者個人が山のようにある海賊版同人誌サイトに、ひとつずつ抗議するのは大変な作業だ。

 そうした手を出しにくい状況があるからこそ、海賊版同人誌サイトの勢いは止めようがない。正規の同人誌ダウンロード販売サイトで発売されたものが、すぐにコピーされて違法にアップロードされる事態も当たり前。この状況に、今のところ打開策はない。
(文=是枝了以)

「漫画村」は消滅しても……海賊版「同人誌」サイトの勢いは止まらない!

 海賊版サイト「漫画村」が閉鎖されてから、早くも2カ月あまりが経過した。海賊版サイト最大手の消滅により、売上が回復したというマンガ家もいるようだが、いまだ多くの海賊版サイトは変わりなく延命している。

 海賊版サイト「漫画村」に関しては、広告を出稿していた代理店が次々と撤退するなど、もはや運営しても利益が出ない状況が生まれている。この間「漫画村」の後継を称するようなサイトも生まれてはいるが、活動自体は低調だ。

 しかし、相も変わらず活発な活動を続けている海賊版サイトがある。18禁同人誌を扱う海賊版サイトがそれだ。

 試しにGoogleで「エロ同人」と検索してみると、どうだろう。「エロ同人無料」「無料エロ同人誌」などという検索結果が次々と表示されるのだ。

 これらのサイトでは18禁同人誌が毎日、次々と公開されている。いくつものサイトが乱立しているところを見ると、元となるデータをお互いにパクリ合っているようにも見える。

 18禁同人誌を中心とした海賊版サイトの最大手であった「ドロップブック」は昨年消滅。その後継とされた「ダウンロードブックス」もすでにアクセスできなくなっている。それでも、海賊版同人誌サイトの勢いはとどまるところを知らない。

 これらのサイトは、一様に「画像の著作権は権利者様に帰属致します」「著作権等の侵害を目的とするものではありません」「掲載されたものに問題がある場合は権利者御本人様が直接ご連絡下さい」などと、あたかも不正なく運営を行っているかのような装いをしている。

 これは、二次創作同人誌を権利者が訴えていないだけで、著作権的にはアウトなものという点を巧みに利用しているといえる。また、オリジナル作品であっても、作者個人が山のようにある海賊版同人誌サイトに、ひとつずつ抗議するのは大変な作業だ。

 そうした手を出しにくい状況があるからこそ、海賊版同人誌サイトの勢いは止めようがない。正規の同人誌ダウンロード販売サイトで発売されたものが、すぐにコピーされて違法にアップロードされる事態も当たり前。この状況に、今のところ打開策はない。
(文=是枝了以)

「界隈が潰れる」は過剰反応……? FF15同人誌が警察沙汰に至った“腐女子の地獄絵図”

「FF15同人誌で公式スクショ使って炎上して警察沙汰」。こんな扇情的な言葉で綴られた騒動に、注目した人は少なくないはず。

 騒動の発端は、2月25日に東京ビッグサイトで開催されたスクエニオンリー同人誌即売会『TWINKLE MIRAGE 8』で頒布を予定していた女性同人作家の同人誌だ。

 この女性同人作家がpixivなどで公開していた頒布予定の同人誌に『ファイナルファンタジー15』のゲーム内のスクリーンショットが使用されていたことから「著作権法に触れるのではないか」と同人誌界隈の人々からTwitterなどを通じて問題点が指摘された。

 紆余曲折を経て、作家本人は画像を削除。即売会参加も自粛すると宣言。ところが、作家本人のTwitterでの発言が「問題点を理解していない」などとして騒動は拡大。さらに、即売会に当人が参加していたことに、なぜか憤り警察に通報する人も現れる地獄絵図となったのである。

 一連の騒動について、主催者の赤ブーブー通信社は「2/25開催時に発生した事案について」として文書を発表。これによれば、件の同人作家は「ルールに抵触する頒布物は存在せず、ルールに抵触しない過去発行の頒布物によるサークル参加であることを確認」したとし、警察に通報した人物に対して「場合によっては、主催者及び関係各所への偽計業務妨害ともなりかねません」として「行政機関へ本件連絡元の特定のため、開示請求の手続きを進めている」ことを記した。これに対して、通報した本人を称するTwitterアカウントが立ち上がり、謝罪の言葉を述べるも、ほどなくアカウントは削除された。

 騒動が地獄絵図となった理由には、FF15同人誌界隈ならではの事情もある様子。発端となった同人作家に対しては「界隈が潰れる」「同人は隠れてやるもの」などという批判も数多く寄せられていた。

「そもそもが、グレーな同人誌ですが、女性の場合には特に“関係者以外には見せてはいけない”と過剰に隠れたがるもの。その意識は、半ば信仰にも近いんです」

 ただ、実際に同人誌が隠れてやっているものかは、大いに疑問。そもそも赤ブーブー通信社のサイトなどでは、誰でも見える状態で、『TWINKLE MIRAGE 8』を告知。とても、隠しているようには見えない。

 それどころか、この騒動の最中に当のFF15の公式アカウントが「よい週末を」と意味深なツイートもしている。

 結局のところ、同人誌というものは限りなくグレー。公式、すなわち権利者のお目こぼしによって成り立っているもの。権利者としても、目に余るものでなければ法的措置は取らないのが実情だ。

 過去、二次創作同人誌が事件となった事例はいくつかある。作者が逮捕されたポケモン同人誌事件は背後に巨大な海賊版制作組織があるのではないかという誤認から生じたもの。一般メディアでも報じられたドラえもん最終回同人誌事件は、あまりに話題になりすぎて小学館も動かざるを得なくなったもの。

 すなわち、ここぞとばかりに同人作家に怒りをぶつけた人は、過敏な少数派。なにせ、90年代あたりまで同人誌では平気で公式画像を利用したりしているものが、当たり前にあったことを記憶している人も多い。

 結局、これもTwitterの闇なのか……?

「界隈が潰れる」は過剰反応……? FF15同人誌が警察沙汰に至った“腐女子の地獄絵図”

「FF15同人誌で公式スクショ使って炎上して警察沙汰」。こんな扇情的な言葉で綴られた騒動に、注目した人は少なくないはず。

 騒動の発端は、2月25日に東京ビッグサイトで開催されたスクエニオンリー同人誌即売会『TWINKLE MIRAGE 8』で頒布を予定していた女性同人作家の同人誌だ。

 この女性同人作家がpixivなどで公開していた頒布予定の同人誌に『ファイナルファンタジー15』のゲーム内のスクリーンショットが使用されていたことから「著作権法に触れるのではないか」と同人誌界隈の人々からTwitterなどを通じて問題点が指摘された。

 紆余曲折を経て、作家本人は画像を削除。即売会参加も自粛すると宣言。ところが、作家本人のTwitterでの発言が「問題点を理解していない」などとして騒動は拡大。さらに、即売会に当人が参加していたことに、なぜか憤り警察に通報する人も現れる地獄絵図となったのである。

 一連の騒動について、主催者の赤ブーブー通信社は「2/25開催時に発生した事案について」として文書を発表。これによれば、件の同人作家は「ルールに抵触する頒布物は存在せず、ルールに抵触しない過去発行の頒布物によるサークル参加であることを確認」したとし、警察に通報した人物に対して「場合によっては、主催者及び関係各所への偽計業務妨害ともなりかねません」として「行政機関へ本件連絡元の特定のため、開示請求の手続きを進めている」ことを記した。これに対して、通報した本人を称するTwitterアカウントが立ち上がり、謝罪の言葉を述べるも、ほどなくアカウントは削除された。

 騒動が地獄絵図となった理由には、FF15同人誌界隈ならではの事情もある様子。発端となった同人作家に対しては「界隈が潰れる」「同人は隠れてやるもの」などという批判も数多く寄せられていた。

「そもそもが、グレーな同人誌ですが、女性の場合には特に“関係者以外には見せてはいけない”と過剰に隠れたがるもの。その意識は、半ば信仰にも近いんです」

 ただ、実際に同人誌が隠れてやっているものかは、大いに疑問。そもそも赤ブーブー通信社のサイトなどでは、誰でも見える状態で、『TWINKLE MIRAGE 8』を告知。とても、隠しているようには見えない。

 それどころか、この騒動の最中に当のFF15の公式アカウントが「よい週末を」と意味深なツイートもしている。

 結局のところ、同人誌というものは限りなくグレー。公式、すなわち権利者のお目こぼしによって成り立っているもの。権利者としても、目に余るものでなければ法的措置は取らないのが実情だ。

 過去、二次創作同人誌が事件となった事例はいくつかある。作者が逮捕されたポケモン同人誌事件は背後に巨大な海賊版制作組織があるのではないかという誤認から生じたもの。一般メディアでも報じられたドラえもん最終回同人誌事件は、あまりに話題になりすぎて小学館も動かざるを得なくなったもの。

 すなわち、ここぞとばかりに同人作家に怒りをぶつけた人は、過敏な少数派。なにせ、90年代あたりまで同人誌では平気で公式画像を利用したりしているものが、当たり前にあったことを記憶している人も多い。

 結局、これもTwitterの闇なのか……?

「界隈が潰れる」は過剰反応……? FF15同人誌が警察沙汰に至った“腐女子の地獄絵図”

「FF15同人誌で公式スクショ使って炎上して警察沙汰」。こんな扇情的な言葉で綴られた騒動に、注目した人は少なくないはず。

 騒動の発端は、2月25日に東京ビッグサイトで開催されたスクエニオンリー同人誌即売会『TWINKLE MIRAGE 8』で頒布を予定していた女性同人作家の同人誌だ。

 この女性同人作家がpixivなどで公開していた頒布予定の同人誌に『ファイナルファンタジー15』のゲーム内のスクリーンショットが使用されていたことから「著作権法に触れるのではないか」と同人誌界隈の人々からTwitterなどを通じて問題点が指摘された。

 紆余曲折を経て、作家本人は画像を削除。即売会参加も自粛すると宣言。ところが、作家本人のTwitterでの発言が「問題点を理解していない」などとして騒動は拡大。さらに、即売会に当人が参加していたことに、なぜか憤り警察に通報する人も現れる地獄絵図となったのである。

 一連の騒動について、主催者の赤ブーブー通信社は「2/25開催時に発生した事案について」として文書を発表。これによれば、件の同人作家は「ルールに抵触する頒布物は存在せず、ルールに抵触しない過去発行の頒布物によるサークル参加であることを確認」したとし、警察に通報した人物に対して「場合によっては、主催者及び関係各所への偽計業務妨害ともなりかねません」として「行政機関へ本件連絡元の特定のため、開示請求の手続きを進めている」ことを記した。これに対して、通報した本人を称するTwitterアカウントが立ち上がり、謝罪の言葉を述べるも、ほどなくアカウントは削除された。

 騒動が地獄絵図となった理由には、FF15同人誌界隈ならではの事情もある様子。発端となった同人作家に対しては「界隈が潰れる」「同人は隠れてやるもの」などという批判も数多く寄せられていた。

「そもそもが、グレーな同人誌ですが、女性の場合には特に“関係者以外には見せてはいけない”と過剰に隠れたがるもの。その意識は、半ば信仰にも近いんです」

 ただ、実際に同人誌が隠れてやっているものかは、大いに疑問。そもそも赤ブーブー通信社のサイトなどでは、誰でも見える状態で、『TWINKLE MIRAGE 8』を告知。とても、隠しているようには見えない。

 それどころか、この騒動の最中に当のFF15の公式アカウントが「よい週末を」と意味深なツイートもしている。

 結局のところ、同人誌というものは限りなくグレー。公式、すなわち権利者のお目こぼしによって成り立っているもの。権利者としても、目に余るものでなければ法的措置は取らないのが実情だ。

 過去、二次創作同人誌が事件となった事例はいくつかある。作者が逮捕されたポケモン同人誌事件は背後に巨大な海賊版制作組織があるのではないかという誤認から生じたもの。一般メディアでも報じられたドラえもん最終回同人誌事件は、あまりに話題になりすぎて小学館も動かざるを得なくなったもの。

 すなわち、ここぞとばかりに同人作家に怒りをぶつけた人は、過敏な少数派。なにせ、90年代あたりまで同人誌では平気で公式画像を利用したりしているものが、当たり前にあったことを記憶している人も多い。

 結局、これもTwitterの闇なのか……?

“制服すらNG”で沈むAV業界……最後の希望は「同人AV」しかないのか

 ここ最近、夜のお供にアダルトビデオを観賞していて「これは、ちょっとな……」といいたくなるほど、ある変化が気になって仕方ない人が多いのではなかろうか。

 まず、さまざまな作品で増えているのが冒頭などに字幕で表示される「同意を得て撮影しています」の文字。これは、社会問題化する出演強要に対応したものだが、それに加えて表現の方法やタイトルにまで、さまざまな規制が及んでいるのだ。

「どんな表現がNGにされるのかは、警察当局の胸ひとつ。いつ逮捕されるのか危ない橋を渡っていると思います。いつまでも、続けられる仕事じゃないですよね」

 あるAV制作会社の関係者からは、そんな話も。そうした摘発の恐れがある中で、審査機関による審査を経て流通するAVには、多くの制約が課せられるようになっているのだ。

「タイトルに“ロリ”などの表現は、もってのほか。それに加えて、昨年からは女子高生などをイメージさせる制服も許されなくなりました。これまでの制作では、ルーティーンでシチュエーションのひとつに制服を入れることもありましたが、もう使うこともできませんよ」(前述関係者)

 加えて、凌辱的な表現にも極めて厳しい目が向けられるようになった。結局のところ、海外のポルノのようなノーマルな設定でのセックス表現以外は許されなくなっていく流れが現状といえる。

 本来なら「業界の危機」といえるのだが、そうならないのには、理由がある。

「流通が寡占化しているのが理由です。ある流通会社は傘下の制作会社のAVで、未発売のものを2,000本近くストックしているともいわれています。当局に目をつけられそうなAVをはじいても、さほど損はしないという態度です。泣くのは制作会社だけですよ」(同関係者)

 そうした中で、制作会社のフロンティアとなっているのが同人AVである。

「げっちゅ屋のダウンロード販売の同人AVのタイトル数はうなぎのぼり。理由は、不満を感じる制作会社が同人へと転換しているからです。その、げっちゅ屋は法務を強化し、アダルトビデオのメーカーなどでつくる団体・NPO法人知的財産振興協会(IPPA)の基準を遵守しつつも、表現の許容範囲が広いのです」(同)

 すでに多くの制作会社が廃業を余儀なくされているというAV業界だが、その実態は同人AVへの移行だという。締め付けを経て、新たな形でAVが進化することになるのか。
(文=特別取材班)