チョソンマニア感涙!? 最新「北朝鮮製ブランド品」事情

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 こんにちは。北朝鮮ライターの安宿緑です。世間では、アメリカ VS 北朝鮮のサイバー戦争が繰り広げられているとかで相変わらず物騒ですが、引き続きユルめにチョソントークをしていきたいと思います。    昨年10月、私の友人が中国・丹東で行われた「第三回中朝商品展覧交易会」の場に参加してきました。読んで字のごとく、中国と朝鮮の商社によるビジネス展示会です。  韓国では「ガラガラだった」と報じられていましたが、友人いわく「それはウソ。韓国メディアは、開催前日の設営の様子だけ映して帰っていった」とのこと。日本でも特に報じられていませんが、貿易会社をはじめとする60社以上の北朝鮮企業が参加し、盛況だったようです。
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   朝鮮の貿易会社の男性。参加者は皆、商談や名刺交換で忙しくしていたとのこと。  最近では北朝鮮でもファッションショーが行われたとか、ミニスカがはやっているとか近代化の波が訪れているわけですが、写真の男性の背景を見てもわかる通り、朝鮮企業ブースでは自国で企画・生産された「北朝鮮ブランド」の服飾品やカバンも数多く展示されていたということでした。  北朝鮮発のブランドといえば、ひと昔前から、布製の手芸品が主体となった「URINARA」(ウリナラ)がよく知られています。北朝鮮が誇る土産物屋の目玉商品でありつつ、「おかんアート」のような素朴な点が持ち味でした。
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 現物がないのでイメージ。実物は、このような品物に「URINARA」のロゴが付いてます  そして、数ある製品の中で友人が買ってきてくれたのはコチラ。
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 大きさ比較のために、ライターを置きました    このボストンバッグ、素材に関しては輸入と思われますが、れっきとした、北朝鮮ブランドの一つだそうな。大きいほうの朝鮮語は、「オッケドンム」と書かれており、直訳では「肩を並べる友」、意訳すると「竹馬の友」といったところ。その下には「朝鮮賞明貿易総会社」とあります。    言っておきますが、これは決して貿易会社のノベルティグッズなどではありません。つまり「ブランドの名前はオッケドンムじゃ。企画したんはワシらの会社じゃ」と、まんま書いてあるというわけです。 「ハローキティby サンリオ」  みたいなものですかね。  友人はこのセンスに一目惚れし、ほかはそっちのけで即購入したということ。確かにチョソンマニア(※北朝鮮愛好家)が涙を流して喜びそうです。朝鮮人民の実直さ、世間ずれしてなさも十二分にうかがい知れます。  しかし私は、こういうのはチョソンの今後のためにも厳しく対処していきたい。正直、これはどうなのかと。ブランド名をプリントするにしても、もうちょっとなんとかならなかったんでしょうか? 書体とか……。百歩譲って、朝鮮語を読めない人にはオシャレかもしれませんが、「MADE IN D.P.R KOREA」が悪目立ちしている感じです。  ちなみに、チョソンマニアの友人らは私に平壌の絵葉書や各種バッジなどを押し付けてくるのですが、それは大阪人に通天閣の置物をあげるかのごとく無意味です。とはいえ、以前は私も、朝鮮人民に対し前述の「URINARA」を買いそろえてあげたことがあり、その時浴びた冷ややかな視線は忘れられません。なぜ人は、喉元を過ぎると自らも同じ愚行を犯すのでしょうか。  話がそれましたが、製品を見ていきましょう。  中身は結構、大容量。荷物をたくさん入れられそうです。なかなか縫製がしっかりしており、ほころびなどは見受けられません。ジッパーに青いラインをあしらっているのはオシャレです。
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 持ち手のアクセサリも手を抜かず、自社のネーム入り。
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 底面の滑り止めも付いており、形は一般的なスポーツバッグと比べて遜色ありません。
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   そして何より、表面の破壊的センスとは裏腹に芸が細かいのが取っ手の紐。ブランド名がそれぞれ朝鮮語と英語で織り込まれているのですが、労働新聞のタイトルと似た書体で、まさに朝鮮! という感じ。こういうのを前面に出せよと。
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 ちなみに見えにくいですが、英語のほうはなぜか「アッケドンム」になってます。サムソンをサムスンと読ませているのと同じですかね。  この通り、見えないところではいい仕事をするのに、見えるところで台なしにしているのが北朝鮮らしい感じです。  ただ、持ってみると意外と手になじみました。
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 スポーティな場面でヒョイと担げて……
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   電車の中でも自然です。  まさに「肩を並べる友」のブランド名にふさわしいこの一体感、日本で使っても違和感なし! 私自身は浮いているにしても、少なくともカバンは溶け込んでいると思われます。韓国人の多い新大久保では、いろいろと物議を醸しそうですが……。  気になるのは底板がない点と、荷物を限界まで入れたことを想定した場合、持ち運びに不安を感じる点でしょうか。気になる値段は100元(約1,940円)で、可もなく不可もなくといった感じです。  というわけで、今年もあらゆる意味でチョソンブランドに注目していきたいと思います。 ●やす・やどろく ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>

無慈悲な料理本『有名な平壌料理』のメニューを作ってみた【油揚げ辛味噌いなり】編

 こんにちは。北朝鮮ライターの安宿緑です。  最近、自宅の本棚を整理していたら、以前、北朝鮮で買った冊子を発見しました。
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 北朝鮮の料理レシピ本『有名な平壌料理』。  いったいどんなメニューが載っているのかといえば、トップバッターはやはり平壌冷麺。北朝鮮といえばコレ、といって過言ではありません。説明には「人民が祝祭日、休日に楽しむ平壌特産料理」とあります。
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 しかし……。
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 材料に、「そば粉」という文字が。  つまり麺から打て、と。いやいや、ご冗談を……。あるいは、平壌ではイタリアのように一家に一台、ヌードルメーカーでも置いてあるんでしょうか? そんな話は、一度も聞いたことがありません。その他のメニューも、すべからく無慈悲な難易度で、庶民には到底対応できないと思われる内容に仕上がっておりました。この頑張りすぎな感じ、幼き頃の授業参観に張り切りすぎて、司忍みたいな風貌で現れた私の父を思い出させます。関係ないのですが……。  しかし、ここまでで皆さんの脳裏によぎっている言葉はただ一つ、 「そもそも庶民は食えてんのかよ?」  だと思います。  もちろん地域格差はありますが、参考までに平壌の中流家庭の食卓がこちら。
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 一番手前の、油揚げに包まれた謎メニューは人民がやたらと推してきたのですが、ギトギトな見た目に引いてしまい、結局、箸をつけられませんでした。韓国にも「ユブチョバプ」という、いなり寿司のようなものがありますが、それとは似て非なるものの気がしました。どちらかというと、日朝折衷な感じがします。  今回は腕慣らしとして、この「油揚げ辛味噌いなり」(勝手に命名)を見よう見まねで作ってみたいと思います。  まずは赤い部分の、ヤンニョムソースを作ります。 唐辛子 適当 長ネギ 1/2本 リンゴ 1/4個 にんにく 2個 生姜 1片 もち粉 大さじ1杯 ハチミツ 大さじ4杯 イカの塩辛 1/2袋(アミの塩辛でも)  ヤンニョムは作る人によって少しずつレシピが変わるといわれますが、こちらは基本の材料です。実は、私は北朝鮮料理を作ったことがまったくと言っていいほどなく、クックパッドで必死に検索しました。どんなものでもキムチを入れれば、なんちゃって北朝鮮料理になりますからね。粘りを出すためのもち粉がないので、今回は上新粉で代用。
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 それらを全部フードプロセッサーにぶっ込んで、スイッチオン!
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 完成です。見た目に青が欲しい人は、青ネギを後から刻んで加えるといいと思います。
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 お次に、私はパリっとしたほうが好きなので、油揚げをごま油で焼く。
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 同じくご飯も、ごま油で軽く炒めます。
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 油揚げは三角形に切り分け、ご飯が入る形にします。
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 ご飯をややキツめに詰めて、ヤンニョムを入れる。粘りがあるので、載せるだけでも大丈夫なようです。
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 はい、出来上がり。所要時間10分! どうでしょうか? 色と盛り付けは、オリジナルのほうがいいですね……。やはり、青ネギを加えればよかったです。
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 さて、気になるお味のほうは……。ルームメイトに試食してもらうと、「なかなかおいしい! サッパリしていて、韓国のとなんとなく違う」との感想。おそらく、適当なヤンニョムのおかげかもしれません。  私も一口食べてみたところ、自分で言うのもなんですが、美味でした。ヤンニョムの香味と爽やかさが、油揚げのギトギト感を打ち消しています。見た目ほど、くどくありません。  余ったヤンニョムは、ラーメンやサラダに転用しましょう。今回は、旬の生牡蠣(生食用)を漬け込んで、牡蠣キムチにします。
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 以上、北朝鮮の庶民の食卓を再現してみました。  今後も定期的に、無慈悲な料理本『有名な平壌料理』のレシピにチャレンジしていきたいと思います。 ●やす・やどろく ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>

死も覚悟するほどの腹痛を治した、北朝鮮“奇跡の”鍼治療「100本のぶっとい針が……」

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ホテル内の医療施設で注射。看護師さんは美人でした。
 こんにちは。北朝鮮ライター(北朝鮮リア充研究家)の安宿緑です。  前々回(2010年11月)の訪朝で、私は病気になってしまいました。連日、立っていられないほどの激しい腹痛に見舞われ、下痢が止まらず、食事もすべて戻してしまう状態。これでは取材どころか、外出もできない。病状は日に日に悪化し、もはや日本に戻ることすら危うくなっていきました。  そのためホテル内の病院にかかり、そこで錠剤投与を5回ほど、その他栄養補給として注射、点滴など複数回の治療を受けました。海外医療保険に入らずに来てしまったため金額におびえましたが、幸い北朝鮮は無償医療のため、治療費を請求されることはありませんでした。
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自室でまで点滴を受けるありさま。
   とはいえ、どれもこれもまったく効かず。点滴なんて、ホテルの部屋に来てもらってまで打ったんですけどね。それでも、なんとか歩けるようになるまでは回復しましたが、発作的な胃痛はどうしようもなく、痛みが再発しないように祈るしかない状態でした。  そんな中、ある一般人が住むマンションを訪問させてもらうことになりました。依然、体調は万全ではなく、トイレと居間を往復するばかりで、ついにはその場で倒れ込んでしまいました。  住人たちの「一体こいつは何をしに来たんだ?」という空気が突き刺さり、さらに内臓がキリキリ痛みました。  「このまま北朝鮮で死ぬのかな……」とボンヤリと天井を見つめていると、シャレにならない状況だということを悟ってくれたのか、住人たちは即座に医師を連れてきてくれました。  北朝鮮では基本的に、マンション1棟につき一人は医師が居住しなければならないという規則があるとのことで、運良く隣の隣に医師が住んでいたのです。 ペク医師「薬も点滴もダメだったのか? うーん……」  私を診察したペク医師は少し悩んだ後、「じゃあ、これしかないな」と言って、カバンの中から直径1ミリはあろうかと思われる、ぶっとい鍼を出してきました。もはや言葉を発する気力もなかった私は、不気味に光る針先を、もうどうにでもなれという思いで見つめました。  ペク医師は手際よく、鍼を私のヘソ周りと、胃腸のツボが集中しているといわれる膝に刺していきました。その数、およそ100本。  針山のようになった腹と膝を見ながら、私はポツリとつぶやきました。 「いま、地震が起きたらどうしよう」  すると、私を見下ろしていた面々が一斉に笑いました。 「朝鮮では地震なんてないよ」  地震の少ない朝鮮半島、少なくとも皆が生きてきた間には地震を経験したことはないそうです。きちんと調べてみないとわかりませんが、過去100年間まともな地震は起きていないとも。 「日本ではしょっちゅう地震が起きています」と私が言うと、「怖い。絶対に住みたくない」と、皆一様につぶやいていました。  まあ一説では、北朝鮮の聖山・白頭山噴火間近といわれているので、もうすぐ地震どころじゃ済まなくなるんでしょうけどね。  その晩は、そのままマンションで夜を明かしました。  そして翌日。なんと、胃腸が痛くない! 下痢もない! むしろ食欲が止まらず、出されたご飯をモリモリと食べる私。絶好調でした。何をしても取れなかった痛みが、鍼で何事もなかったように消えるとは……。  ホテルへ戻るとき、どうしてもお礼を言いたかった私はペク医師を連れてきてもらい、マンションをバックに一緒に写真を撮りたいとお願いしました。命の恩人が住むマンションですからね。日本に戻ったらその写真を手に、思い出話をするつもりでした。  私のカメラは充電が切れてしまったので、住人に撮影と現像を頼みました。  しかし後日、マンションを訪ねて写真を受け取ると……。
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 なんだか、キラッキラまぶしいんですけど……?  見ての通り、背景がマスゲーム会場に差し替わっていたのです。「アリラン公演」をイメージしたものだそうですが、よくある観光地のプリクラのような強引さです。 私「ちょ……この背景はないでしょ! マンションをバックにしたから意味があったのに!」 住人「何言ってるの! アリラン公演をイメージした、栄えある背景なのよ。一番人気なの」  そうか、そう来たか……。そういえば、現像所に「背景タイプA」とか「背景タイプB」とか選べる欄がありました。ご丁寧にも一番人気の「背景タイプ:アリラン」を選んでくださったのですね。いや、ある意味素敵だとは思いますが、被写体が我々であるという点が問題です。  ともあれ、ペク医師のおかげで無事日本に戻ることができました。本当に感謝です。
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 ちなみに、こちらはペク医師が開発されたという注射薬「アトロクソフィリス」。いわくEUにも輸出されているそうですが、個人的にはペク医師の鍼のほうが効きそうな気もします。               ●やす・やどろく ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>

酒の席でも気は抜けない!? 北朝鮮政府高官がふいに仕掛ける「抜き打ちテスト」とは

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平壌・高麗ホテル(Photo By David Stanley from Flickr.)
 こんにちは。拉致被害者再調査のため日本政府代表団が訪朝し、ストックホルム合意の履行に向けて話し合いを開始しました。拉致問題を含めた日朝間の問題に、ようやく進展の兆しが見えてきたようです。  そんな中で私は、数年前の訪朝時の「とある出来事」を思い出しました。  とにかく訪朝すると毎晩酒盛りが基本なので、下戸にはキツいです。その日も我々取材団は外国人案内 部門の幹部たちとホテルのバーで飲んだ後、さらにロビーで適当に酒を持ち寄って飲み直しをしていました。正直、「まだ飲むのかよ……」というところでしたが、めったにない機会なので仕方ありません。そして宴もたけなわとなった頃、奥のほうに座っていた高官に「ちょっと来い」と呼ばれました。    その方は某部門の責任者だったのですが、彼は突如、こう問いかけてきました。 「我が国と日本が関係を改善するためには、どうすればよいと思うかね?」  急に飲み会にそぐわない高度な質問に一瞬たじろぎましたが、答えは明白。私は自信たっぷりにドヤ顔で答えました。 私「やはり、拉致問題を解決させることであると思います」 高官「それはどんな方法だというのかね?」  どんなって言われても……というのが正直なところ。  とかく彼は「君の考えるロードマップを話せ。履行に支障があるとするなら、その解決策は何か」と言っていたのですが、彼が北の中でも最北出身なのか、日本でいう津軽弁のようななまりを全開にしてくるため、何を言っているのかまったくわかりませんでした。ところどころ聞き取れる単語を必死に拾いながら答えましたが、私の地頭レベルの低さも相まって、まともな問答になりませんでした。 私「国交正常化をすれば、何事もスムースにいくと思います」 高官「それは知ってるんだよ。だから、そのための道筋を話してくれたまえ 」  すると、幹部はしびれを切らしたのか、我々の中からもう一人、女子を呼びました。幹部は私同様に無慈悲な問いかけを浴びせましたが、20代半ばという年齢の割に「やり手」な彼女、北朝鮮高官の尋問を右から左へと受け流し、ひたすら「そんなことより飲みましょう」「ウェーイ」というノリで押し切ったため高官はそれ以上追及できず、むしろニヤついていました。いやあ、若いって本当にパワーですよね。まさしく西城秀樹の「YMCA」です。若い彼女のひょんな助け舟により、私のようなババアは「もういい、行け」とリリースしていただいたのでした。  しかし翌朝。訪朝団の人から「君たちは“不合格”だってさ」と告げられました。  思想レベル的に、ということでした。その高官がビザ審査 にも関わっていただけに、それを聞いて私は「そうか、もう二度と入国できないんだな……」と落胆しました。しかし、なぜかその後も入国できたので、単に北朝鮮的「アホ認定」を食らっただけのようです。  というのも2002年、日朝首脳会談で国交正常化について明記した平壌宣言が採択されましたが、北朝鮮としては「拉致問題は解決済み」という立場を一貫し、日本政府側の経済制裁解除なしには再調査は行わないとしてきました。横田めぐみさんの「ニセ遺骨疑惑」で交渉が大きくこじれましたが、後に第三者による鑑定を受け入れることを明言しました(これについて、日本政府側からの返答はありません)。  一方、日本政府側は拉致被害者問題に焦点を合わせ、経済制裁措置という形で対応してきました。歴代政権が支持率アップのために拉致問題を利用してきた、という向きも否定できません。  高官はこれらを把握した上で、あえて質問をしてきたのでしょう。まさか、北朝鮮の東北弁で来るとは思いませんでしたが……。  またある日、私の部屋で某部門の女性担当者と飲んでいたときです。私は「業務上で拉致問題対策本部の方とも関わりがある」と口を滑らせてしまいました。すると、泥酔していた彼女は急に真顔になり、こう言いました。 「では、彼らに伝えておきなさい。小泉元首相は拉致被害者を一時帰国させ、朝鮮に戻す約束をなぜ破ったのか。それについて論理的な説明、もしくは謝罪する手紙一枚でももらえれば、我々はすぐに動く用意がある」  まずい、面倒くさい展開になってしまったなと思った私は、「はあ……日本政府に言っておきます(誰にだよ)」としか答えられませんでした。  あれから、はや数年。現在に至るまで、水面下ではいろいろと動いていたんですね。まあ食い違いもあるでしょうが、平壌宣言の「双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していく」という項目は最低限、履行していただきたいものです。  余談ではありますが今後、日朝関係が改善した際には訪朝時、酒に注意したほうがよさそうです。昼も夜も酒なので「ヘパリーゼ」は必須です。現地の謎の生薬 がガツンと効く場合はありますが(これはまたの機会に言及します)。  そして現地の観光案内員らは、前日どんなに酔いつぶれていようと翌朝は必ずシャキッとした様子で迎えにくるので、本当に不思議です。 ●やす・やどろく ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。国籍・韓国(出生時は朝鮮籍)、本籍地・朝鮮民主主義人民共和国、出生地・日本という根なし草。いわゆる「在日2世」だが父親が高齢の際に製造されたため、世代的には3~4世。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>

ジョイサウンドで“入曲交渉中”!? 魅惑の北朝鮮歌謡「NK-POP」と日本のカラオケ

 前回の連載で、北朝鮮版少女時代ともいえる「モランボン楽団」について紹介したところ、いくつかのメディアから問い合わせがあった。モランボン楽団については、時折地上波のテレビ番組で一部を紹介しているが、ネットを中心に北朝鮮歌謡(NK-POP)の認知度が徐々に高まっていることを実感している。  なかなか見聞きする機会のないNK-POPだが、YouTubeなどにはたくさんの動画がアップされており、おおよその代表曲を知ることが可能だ。その中でも、「神曲」と誉れ高いナンバーが「攻撃戦だ!」(正確な邦題は「攻撃戦の勢いで」)。まずはリンク先(https://www.YouTube.com/watch?v=f2EUG11Fo18)の映像を見てほしい。  流し目とドヤ顔で、歌い出しのサビでは拳を握りながら「白頭の稲妻のように攻撃!」と熱唱するのは、ポチョンボ電子楽団のユン・ヘヨン同志。アニソン風のシンプルなメロディーとノリの良さから、新大久保ネイキッドロフトで開催されるNK-POPイベントでも大人気のナンバーである。  また、間奏のギターソロにも注目してほしい。セミアコで見事なライトハンド奏法を披露しているギタリストは、カン・ピョンヒ同志(カン・リョンヒという説もある)。この映像の楽団(ポチョンボ電子楽団)はすでに解散しているが、彼女はその後継楽団であり、前回紹介したモランボン楽団のギタリストでもある。2つの楽団にわたって彼女がギタリストの地位を保っていることからも、その実力の高さがうかがえる。  ギターについて明るくない筆者だが、エレキギターからクラシックギターまで自由自在に操り、派手なギターソロから堅実なバッキングまでこなすカン・ピョンヒ同志は、相当な実力者と見た。というわけで、彼女に敬意を払う意味で「主体のジミ・ヘンドリックス」と勝手に呼んでいる。  ご存じない方のために説明しておくと、「主体(チュチェ)」とは、北朝鮮の政治思想「主体思想」のことであるが、簡単に言ってしまえば、宗教のようなものだ。
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 さて、そんな魅惑のNK-POPだが、それを超越してスゴイのが日本のカラオケである。通信カラオケを代表するジョイサウンドで「攻撃戦だ!」を検索してみたら、なんと「入曲交渉中」だった(現在は確認できず)。果たして、誰とどのように入曲交渉しているのかは不明だが、北朝鮮の歌までリストアップするイルボン(日本)のカラオケ、恐るべし。  それにしても、拉致問題や核・ミサイル問題で政治的に対立し、なおかつネガティブなイメージが強い北朝鮮が創り出す歌を、「まずは聞いてみよう」「歌ってみてもいいんじゃないか」と受け入れようとする、素晴らしき日本の懐の深さ! 素直に感動しました、ハイ。 (文=高英起) ●こう・よんぎ 北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」東京支局長。北朝鮮朝鮮問題を中心にフリー・ジャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオ等でコメンテーターも務める。主な著作『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 』(宝島社)。ブログ「高英起の無慈悲なブログ」<http://choson.blog.jp/>

中国人出稼ぎ労働者の中に、なぜか北朝鮮の政府高官が……合縁奇縁な中国高速バスの旅

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平壌にある猪木事務所の代理人(高官にあたる)・李さん(本文とは関係ありません)。
 初めまして、安宿緑と申します。北朝鮮について、時々記事や日記を書いています。  朝鮮半島北部(現在の“北朝鮮”)出身の父親を持ついわゆる「在日2世」ですが、父がだいぶ年寄りになって生まれたので世代的には3~4世です。父親は戦時中「結婚生活に嫌気が差した」「外界を見てみたい」とかなんとかで村を飛び出し、放浪の末、日本に漂着。高齢になって日本で母親(韓国人)と再婚し、気づいたらまたどこかに行ってしまいました。というわけで、国籍・韓国(出生時は朝鮮籍)、本籍地・朝鮮民主主義人民共和国、出生地・日本という根なし草です。  北朝鮮には、90年代前半から今日まで、6回訪問しています。今後も、年1回は訪朝したいと思っています。最初に言っておきますが、私はノンポリです。一部では「朝鮮労働党宣伝部員」や「工作員」、そしてなぜか「サブカル」呼ばわりする人間もいるようですが……(笑)。  訪朝するたび、得難い経験をしてきたと思っていますが、日朝問題に関しては私などよりはるかに造詣の深い記者や先生方がいらっしゃいますし、やはりいろいろと「朝鮮新報」にはかないません(笑)。なので当連載では、私の視点から、日朝間の狭間をリポートしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。  さて、皆さんにとっては意外かもしれませんが、訪朝の醍醐味は「人との出会い」だったりします。  昨年の今頃、北朝鮮からの帰路での出来事です。平壌から列車で中国入りし、さらにそこから高速バスで地方の空港まで移動する途中でした。  乗車券に記載された座席番号をたどると、席の隣に一人の男性が座っていました。ゴルバチョフ風の重厚な黒コートをまとっており、出稼ぎ労働者と思われる周りの中国人乗客からかなり浮いていたため、直感しました。 「この人は中国人ではなさそうだ」  そればかりでなく、私は男性の手帳に朝鮮語で殴り書きがされているのを見逃しませんでした。男性もチラチラと私を見まわしていましたが、ポケットからのぞかせていた「韓国パスポート」を見て、あからさまに「うわ、面倒くせぇ」という表情をしたため、北朝鮮の人であると確信したのです。  男性はおそらくこちらを無視しようと考えていたでしょうが、私は中国人だらけの車中で、唯一、言葉が通じそうな人物が横にいることを心強く感じました。どのタイミングで声をかけるか思案していると、1時間ほどたって男性の携帯電話が鳴りました。男性がまごうことなき北朝鮮の発音でしゃべり倒して電話を切ったとき、私は思い切って声をかけました。 「朝鮮の方ですか?」  男性は、やや引き気味に答えました。 「そうだけど……君とは違う」 私「なぜですか?」 男性「南の旅券を持ってる」  予想通りの反応でしたが、私も「ですよねー」と引き下がる気はありませんでした。 私「いいえ、違いません」  私は北朝鮮で撮影した写真を一枚一枚見せながら、訪朝の目的と行動内容を粘り強く説明し始めました。15分ほどしゃべり続けたところでようやく警戒を解いてくれたのか、彼は意外にも簡単に素性を話してくれました。身なりからして身分の高い方であると思っていましたが、案の定、政府の重要なポジションにいる方でした。  私は内心、ガッツポーズが止まりませんでした。 「(超ラッキーッ!!!!!)」  こんなVIPと、小汚い高速バスで隣同士になるとは……!  今回の訪朝では前回、前々回に比べてしょぼい取材しかできなかった上、同行した他媒体の記者からは連日イビられていたので、アディショナルタイムで同点ゴールと決勝ゴールを連チャンで決めたような気分になりました。あきらめたら、そこで試合終了なのです。  特定を防ぐために所属機関などの詳細は控えますが、彼は目的地に着くまでの2時間ほどの間、いろんなことを話してくれました。やはり一般の人民とは違って、開けた感覚の持ち主で、その口から語られるエピソードは興味深いものばかりでした。  世界で働くのが夢で、国際関係と英語を学べる大学を志望した。といっても、北朝鮮では大学受験用の学習塾などはないので、大学教授を訪ねて個人授業を受けるのが普通だった。2年間製版のアルバイトをしながら受験勉強をした。  晴れて卒業すると、せっかく英語を学んだのに赴任先が英語の通じない国だった。しかも、かなり長くいた。  モンゴルに赴任したこともあるが、当時は人の住む場所じゃなかった。羊くさいし、夏は暑くて冬は寒い。いろいろと過酷すぎた。今はどうなんだろうな。  ソビエト崩壊を間近で見た。建物に退避させられて、窓から国旗が降ろされていく光景をおびえながら眺めた……。  さらに当時、東京の朝鮮総連本部会館をモンゴル企業が落札したニュースで持ち切りだったため、「一体あれはどうなってるんだ?」としきりに聞かれましたが、そりゃこっちが聞きたいですよという感じでした。  私は、取材うんぬんはさておき、彼と話せたことを純粋にうれしく思いました。北朝鮮の高官といえば、「人を殺すことも厭わない冷徹なコワモテ集団」というのが世間のイメージかと思います。高官はほかにも何人か会ったことはありますが、意外と気さくなのです(もちろん厳しい感じの人もおります)。ひょっとして韓国スパイだと思われていたかもしれませんが……。  男性はバスを降りて野球帽をかぶると、軽く会釈をして迎えの元に去っていきました。その姿は、よくいる中国のビジネスマンのようでした。  そもそもなぜ、彼のような人が専用車ではなく高速バスで中国の地方に向かっていたのか――? それには深い理由があったのですが、仕事上でつながりのある日本の外交関係者からは「公表してしまうと、その人に迷惑がかかる」とアドバイスを頂いたので、今回はここまでにしておきます。 ●やす・やどろく ライター、編集者。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。国籍・韓国(出生時は朝鮮籍)、本籍地・朝鮮民主主義人民共和国、出生地・日本という根なし草。いわゆる「在日2世」だが父親が高齢の際に製造されたため、世代的には3~4世。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>

北朝鮮版AKB48? それとも少女時代? 北朝鮮のアイドルグループ「モランボン楽団」とは

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麗しの「モランボン楽団」
 情報が閉ざされた独裁国家「北朝鮮」。国民は北朝鮮当局のプロパガンダ情報のみを与えられ、洗脳されているといわれているが、国家主導で作られるすべての文芸作品は、金日成一族(金日成、金正日、金正恩)を偶像化するワンパターンでつまらないものだと思われるだろう。  しかし、そんな北朝鮮にも、実に魅力的なエンタメ文化が存在した。その中でも、とりわけ熱い視線が注がれているのが、「モランボン楽団」だ。  モランボン楽団が結成されたのは、金正恩第一書記が名実共に北朝鮮の指導者となった2012年。お披露目公演で衝撃的なデビューを果たしたモランボン楽団は、北朝鮮国内のみならず、海外の北朝鮮ウォッチャーの度肝を抜いた。ステージは派手な照明で彩られ、北朝鮮からすれば不倶戴天の敵である「米帝(アメリカ帝国主義)」文化を代表するディズニーの着ぐるみが登場し、バックスクリーンには『ロッキー4』の映像まで流れた。  演出以上に驚かされたのは、全員女性で構成された楽団メンバーの装いだった。ボーカル7人(後に8人となる)、ギターとドラムなどの楽器演奏者11人を含む18人(後に19人)編成。それまでの北朝鮮楽団の舞台衣装といえば、民族衣装(チマ・チョゴリ)や軍服など地味なもの多く、化粧はデーハー系でヘア・スタイルなどは、一昔前の場末のスナックをイメージさせる古くさいものだった。  しかし、モランボン楽団のメンバーの多くは、ショートカットでスッキリとしたヘア・スタイル。時には、体のラインがくっきり見えて肩も露わな黒のロングドレスや、派手な色のボディコン(!)衣装に身を包み、「セクシーさ」を強調しており、韓国の「少女時代」を意識したような白い軍服姿(下半身はタイトなミニスカート)まである。 ステージアクションでは悩ましく腰を振り、体を斜めにして流し目で、高音を基調とした歌声と重唱の美しいハーモニーを響かせた。そして、歌の最後を締めくくる派手なキメのポーズ! いささか世界標準からは遠いものの、それまでの北朝鮮歌謡(NK-POP)とは一線を画すものだった。  モランボン楽団設立の最大の動機とは、いったいなんなのだろうか? 筆者は、金正恩の父親への対抗心と見る。2011年、父・金正日の急逝により、若くして指導者となった金正恩は虚勢を張るきらいがあると同時に、どうも自己顕示欲が強そうだ。 「オヤジみたいに、俺も自分の楽団を持ちたい。オヤジがやったような古くさいものでなく、もっとスタイリッシュな垢抜けた北朝鮮音楽文化を造ってやる!」  彼がそう思った可能性は十分に考えられる。事実、モランボン楽団は、北朝鮮国内だけでなく国外的にも新しい金正恩時代をアピールするのに一役買っている。
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 筆者は、新宿新大久保のネイキッドロフトで北朝鮮歌謡、いわゆる「NK-POP」を紹介するイベントを開催しているが、モランボン楽団は大人気だ。メンバーの中でも、とりわけ人気が高いのは「そるみん(筆者が勝手につけたニックネームです)」ことキム・ソルミ同志(写真)。美女ぞろいのモランボン楽団のメンバーの中でも、ひときわ目立つ美貌の持ち主だ。  ただし、経済難が続く今の北朝鮮で、国家主導で頻繁に行われる派手な公演コストなどを考えると、「分不相応」ではある。そういった問題点はさておき、金正恩時代と北朝鮮エンタメ事情を知るためにも自由社会に生きている我々が、ポップにカジュアルに北朝鮮のエンタメを代表する「モランボン楽団」を楽しむのもアリだろう。 (文=高英起) ●こう・よんぎ 北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」東京支局長。北朝鮮朝鮮問題を中心にフリー・ジャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオ等でコメンテーターも務める。主な著作『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 』(宝島社)。ブログ「高英起の無慈悲なブログ」<http://choson.blog.jp/>