『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?
第15回 小松めぐみさん(仮名・40代)の話(前編)
「結婚前、夫は前妻にDVを受けたと言っていたので、『残念な人に当たっちゃったね』と言って慰めていました。ところが、彼は自分の浮気が発覚したとき、私のことを『こいつはDV妻』と言いだし、警察の前で嘘をついたのです」
歯科医の小松めぐみさんはそう話す。小松さんは妊娠がわかって結婚し、子どもが2歳のときに別居。離婚したのは子どもが4歳のときだったという。彼女はいったいなぜ夫から「DV妻」と言われたのか? なぜ2年も別居をしていたのか?
■彼のことは“何か変だな”と思いつつ、目をつぶって結婚
――旦那さんとは、どのようなきっかけで出会ったのですか?
実はそれまでの7年間、別の男性と一緒に住んでいました。彼とはすごく仲が良かったし、人として尊敬もしていましたが、彼はどうしても子どもを欲しがらなかった。当時、私は30代半ば。「このままいくと、子どもがいない人生になっちゃうな。子どもが産める相手を見つけよう」って思ったとき、信用できる知人から男性を紹介されました。「前の奥さんに恵まれなかったんだけど、中身はすごくいい人だから」って。それが元夫。会ってみたら、子どもを作ることに反対しなかった。それで、早まって結婚してしまったんです。
――どんな人ですか?
背がスラッとした、絵に描いたようなハンサム。両親は欧米人だけど、彼は日本生まれの日本育ち。両親の都合で中学校から大学院までは英語圏に住んでいたので、バイリンガル。大学と大学院では1人暮らしをしていて、就職のタイミングで日本に戻ってきたらしい。会社では早くから出世していて、そのうちにヘッドハンティングされて、外資系の会社の上層部を転々としていたみたいです。
――まさに典型的なセレブですね。結婚前にデートはしたんですか?
1年弱お付き合いして、その間に妊娠がわかりました。いわばデキ婚です。子どもが産みたいという前提だったので、彼のことは“何か変だな”と思いつつも、目をつぶって結婚しました。
――夫として相容れない部分があったのですか?
元夫はDV被害者としてメディアに出たことがあって、そのとき「妻が台所のお皿を全部割って暴れた」とコメントしたそうです。実際、日常生活でもそういう話はしていました。「この風景を見ると前の妻を思い出してつらい」と言って急に泣きだしたりするんです。私はあっけにとられつつ、「残念な人に当たっちゃったね」と言って慰めるしかなかった。
――そのときは、彼のことを信じてたんですか?
信じていました。彼が嘘をついてるなんて、当時は知る由もなかった。仕事柄、さまざまなタイプの患者と付き合いますので、人と接することには慣れています。だけど彼は両親が外国人で、「自分のアイデンティティはどこだ」という悩みを抱えていました。私はそれまで彼のような人とあまり接したことがなくて、日々一緒に暮らす中でも、彼の人間性を見抜けなかったんです。
――「嘘をついてる」とすると、DVというのは彼の被害妄想なんでしょうか?
自分自身の思い込みを本当のことだと、記憶をすり替えてしまうんでしょう。彼自身、私にすごく攻撃を受けたという感覚は本当でしょうから。
――どういうことですか?
例えば、トイレットペーパーが芯だけになって、そのままになってたときのこと。「切れたら自分で交換して」と言ったら顔色が変わったということがありました。あのとき、彼は、私のお願いに傷ついてしまったみたい。
――なぜそれで傷つくのか、理解できないです。
彼はエリート家系の育ちで、いわゆるお坊ちゃん。お手伝いさんがこまごまとした世話は完璧にやってくれるけど、しつけはしない。だから、世の中の常識がわからないまま大人になったんです。
――大学に入ってからは、ずっと1人暮らしだったんですよね。
いえ。彼のそばには、常に女がいたんです。大学生や大学院生のときだって、1人暮らししているとはいっても、付き合ってる女性にすべての家事をやってもらってたし、その後もずっとそうです。彼は典型的なハンサム男ですから、女が途切れなかった。誰かにやってもらってたから、生活をするための常識が身につかなかった。だからこそ、私に注意されただけで傷ついたんです。
――わからないんだったら、聞けばいいだけなのに。
アメリカの教育を受けて、リベラルを自負してるんです。だから上っ面では進歩的。だけど根の部分では「白人の自分は、黄色人種の妻より偉い」って思い込んでて、自然と私を見下してた。刃向かいはしないけど、いちいち偉そうでした。例えば、ケンカしたときに「俺は台所の床も拭いたし、トイレットペーパーも替えたぞ。なのに何が不満なんだ」って、わざわざ勝ち誇るように言うんです。「自分の家なんだから、やって当然でしょ」って言い返したら、「うーん」とか言って頭を抱えてました。プライドは高いけど、打たれ弱い人なんです。
――子どもが生まれる前に、こういった家庭を作っていきたい、という理想像はあったんですか?
子どもをインターナショナルスクールに入れて、国際感覚が身につくように育てていこうとは言っていました。だけど実務的な話になると「海外旅行やパーティーに連れていって、君たちを楽しませてあげる。僕は頑張って働くから、支えてね」などと言って、肝心なルールの取り決めの話から逃げちゃうんです。
――なんだかフワフワしてますね。
妻は、人形のようなお飾りでいてほしいってこと。外の人たちに自慢できる肩書だったり学歴だったり見た目だったりを、彼は私に求めていた。
――例えば、どんなことですか?
政財界の重鎮が出席するというパーティーに招待されたときのことを思い出します。招待状が届いた途端に、「ドレスを見に行こう」と言って、六本木の高級ブティック街に連れていかれました。「これ似合うよ」と勧められて、何十万、いや何百万円もするドレスを次々と試着させられました。
――それで買ったんですか?
それが、彼は払ってくれないんですよ。戸惑って「買ってくれないの?」って聞いたら、やれやれとあきれた様子。「そうやって女たちは、みんな俺のお金をあてにするんだ」と、いきなり悲劇のヒーロー気取りです。「わかった。じゃあ買わなくていい」って言ったら「安っぽいドレスじゃおかしいよ。みんなすごいドレスで来るんだから」と必死になって引き留めて私に買わせようとする。結局、買わずに、成人式のときの振袖でパーティーに行きましたけどね。
――家計は、どうしていたんですか?
家賃は全部彼が払っていましたけど、それ以外はうやむやでしたね。私自身、稼ぎがあったし、出産休暇に入っても貯蓄がありましたから、彼の収入を頼りにする必要がなかった。彼はその点、甘えてましたね。ドケチなので。
――妊娠中は、どうだったのですか?
妊娠8カ月の頃、一悶着ありました。その頃、私は土日に、車で30分のところにある実家へ帰っていましたが、実家から戻ってくると誰か知らない人が家に入ってる気配があって、「これは絶対、女を連れ込んでるな」と踏んだんです。それで私、その次の週末、実家に帰ったと見せかけて、前触れもなく自宅に戻り、解錠して中に入ってみました。すると案の定、家の中に知らない女がいるじゃないですか。「これ、どういうこと!?」と私は言いました。もしかすると、ドスが効いた声だったかもしれません。
――旦那さんは悲劇のヒーロー気取りですか?
いえ。力ずくで私を家から追い出そうとしました。私はおなかが大きい状態です。抵抗して暴力を振るわれたり、転んだりしたら大変なことになる。そう思って、引っ張られるままずるずると、靴を履いていない状態で玄関の外に出されました。それで元夫は何をトチ狂ったのか、「なんで勝手に来たんだ! 警察を呼ぶぞ」って大声を出す。ところが私は、「呼びたいなら呼べば。私、暴力も何も振るってないし。何の落ち度もないってことを警察に説明できるから」と言って動じない。引くに引けなくなった彼は警察を呼びました。
駆けつけた警察官2人に元夫は、「家の中に仕事関係の女性がいるけど、仕事の打ち合わせなんです。なのに、浮気と勘違いした妻が、家の中で暴れ狂ってしまったんです。お巡りさん、こいつはDV妻なんです。早く逮捕してください」と、興奮した様子で言うのです。それに対して私は「暴れてませんよ。家の中を見てきてください。争った形跡はないはずですよ」と言いました。
2人の警察官は、膨らんだ私のおなかを見て状況を察し、そのうち1人が元夫に向かって冷静に言いました。「あなた被害者なんでしょう? まずは被害届を出してくれますか? でないと何もできないですよ」と。一方、私には、「奥さん、一旦、この場を離れたほうがいいですよ」と言うんです。私は警察官の助言に従って、実家へと帰りました。
(後編へつづく)
『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?