「紙のマンガ本」がオワコンの時代に突入か……いま、出版業界に必要なのは“スピード感”

 マンガを紙の本で読む時代の終焉が、現実味を帯びているように見える。

 11月末、出版取次大手の日本出版販売(日販)、トーハンの中間決算で、紙のマンガ本離れが進んでいることが、より明確になってきた。

 日販ではコミックス部門の売上が前年同期比で12.7%減少。トーハンでは17.6%の減少となった。実に、2割近くが減ろうとしているわけである。

 トーハンの資料では「相次ぐ大物作品の完結に加え、電子コミックの市場拡大、Webマンガアプリの台頭で紙のマーケットの縮小傾向」が、下落の理由としている。

 もはや出版不況という言葉も当たり前になり、娯楽や情報の分野がWebへと移行していくことは変えられない道筋といえる。今年の年明けから200万部を割った「週刊少年ジャンプ」(集英社)が、一気に180万部台まで部数を減らしたことは、その象徴ともいえる。マンガ絡みで唯一明るい話題なのは「月刊flowers」(小学館)。同誌では今年になり、萩尾望都の『ポーの一族』新シリーズが連載開始。部数を大きく伸ばした。

 つまり、作品の力で部数を確保することが可能であることは明らか。けれども、これはあくまで例外である。

 出版科学研究所の発行する「出版月報」7月号に掲載された2017年上半期の分野別動向によれば、電子書籍市場は、伸びは鈍化したものの前年同期比で21.5%のプラスとなっている。ただ、伸びたとはいえ、まだ規模は小さく、販売金額は1,029億円に過ぎない。この内訳をみると、コミックが777億円。書籍(文字もの)が140億円。雑誌が112億円となっている。

「紙のマンガが電子書籍に食われているのは明らかです。今後も、紙のマンガは厳しくなるでしょう」

 そう話すのは、業界誌「出版ニュース」の清田義昭氏(出版ニュース社代表)。ただ、清田氏からは、こんな話も。

「ちょうど今年も出版業界の十大ニュースを決める時期なんです。それで、電子書籍の話題を何か入れようと思ったのですが、取り立てて大きな話題はないんですよね」

 このことは、紙から電子書籍への移行が、緩慢としか進んでいないことを示している。ここ数年の間に、無料で読むことのできるマンガアプリ、Web雑誌は膨大な数になった。紙の雑誌では売上が少ないからと、Webのみに移行する媒体もある。けれども、Webで連載した作品が単行本になったとき、紙・電子書籍を問わず購入しない読者、すなわち無料でないと読まない読者も増えてきているということだろう。

 こうした変化の中で、出版業界では、まだまだ現在の、取次に本を納品すれば、いったん支払いがあって、配本もしてくれて……という流通システムが続いてくれることを願う人々が多い印象だ。

 紙・電子書籍を問わず、いかに読者の手に届かせるか。そして、お金を払えばより価値のあるものを読むことができると、改めて気づかせる方法は何か。よりビジネスとしてのアイデアが求められる時代になっているように見える。

 筆者も長らく雑誌に記事を書き、年に数冊の単行本を上梓している。取材などで触れるほかの業界と比べて見えてくるのは、出版業界のスピード感のなさであろう。単行本など、ごく一部の「緊急出版」的なものを除けば、企画を立てて、編集者と「やりましょう」という話になってから、長い。「企画会議は来月です」といわれて1カ月くらい待つことはザラだ。

 このスピード感のなさは、問題ばかりではないとしても、やはり漫然としすぎている感は拭えない。いずれ進歩的な変革が起こったりするのだろうか。
(文=昼間たかし)

ついに創刊25周年を達成! アダルトゲーム市場縮小の中で、なぜ専門誌「BugBug」は続いているのか?

 アダルトゲーム関連の老舗月刊誌「BugBug」(富士美出版)が、10月発売の2017年11月号で、創刊25周年を迎えた。アダルトゲーム市場が縮小しているといわれるようになってから、長い年月がたっている。一時は毎月2ケタの雑誌が発売されたこともあるアダルトゲーム雑誌も、今ではわずか数誌となった。そうした中で、サン出版から富士美出版へと出版元を移籍しながら健闘を続ける同誌のマス大澤編集長に、これまでとこれからを聞いた。

 マス大澤氏が編集長に就任したのは1999年。アダルトゲームが隆盛期を迎える直前だった。それから数年。『Kanon』『To Heart』といった、今も語られる名作の登場によって、アダルトゲーム業界は、我が世の春を謳歌する時期を迎えた。雑誌に広告を出稿する制作会社も多く、ページ数も今より3~4割近く分厚かった。当時を知る者にとっては、業界の縮小と共に雑誌も右肩下がりの傾向にあるのではないかと思ってしまう。

 ところが、マス大澤氏は「実際に数々の業界誌が休刊しましたが、うちは安定傾向にある」というのである。

 もともとグラビア雑誌出身のマス大澤氏は、誌面の作り方として、雑誌単体で楽しめるという方針を一貫させてきた。それが顕著なのは、同誌のメインであるゲーム紹介ページ。

 同業他誌と比べると一目瞭然だが、画像の配置がかなり特徴的なのである。近年では、廉価な作品も増えてきたとはいえ、アダルトゲームは比較的高価なコンテンツ。あれもこれもと買うことはできない。そうした中にあって「BugBug」の雑誌としての特徴は、コアなオタク層だけでなく、二次元“も”オカズに使いたいという嗜好周辺のライト層も取り込み、固定読者をつかんで離さないこと。

「顕著なのがDVD付録です。25周年記念の今号では、アペンドディスクにしましたが、いつもは、テレビで見られるビデオ映像にしているんです。それが、読者から好評だったりします」(大澤氏)

 25周年を迎えた号では、表紙に「今月もTVで楽しめる美しょゲーH動画もアリ!!」の文字が。まさか、これが読者を奮い立たせる要素になっているとは!!

 とはいえ、アダルトゲーム全盛期に比べると広告が減り、ページ数が減少したのは事実。ただ、これは業界が縮小して宣伝費が減ったからというわけではない。宣伝費が、数字が見えやすいネットやイベントへと移行しているからだという。それでもまだなお「BugBug」に広告出稿する制作会社が多いのには、理由がある。

「ネットで情報を得る人が増えている中で、雑誌を購入する人は、実際にゲームを購入する可能性も高い、手堅いユーザーなのです」(同)

 改めて「BugBug」という雑誌が、コアなアダルトゲームユーザーとライト層、その両方の股間に刺さる誌面づくりになっているという姿が浮かび上がってくる。

 同業他誌が次々と姿を消していく中で、勝ち残りとなった「BugBug」。25周年を迎え、すでに30周年も視野に入っているといっても、言い過ぎではないだろう。さらなる長寿雑誌への道が確固たるものになるかどうかは、アダルトゲーム業界の動向にかかっている。

 アダルトゲームにおける紙芝居的なAVG(アドベンチャーゲーム)形式というものは、今後も変わる気配はない。ブラウザゲームも次第に存在感を増しているが、まだ現行のスタイルに取って代わるものにはなっていない。あちこちで熱い視線を送られているVRも同様だ。以前記事にしたように、アダルトVRを扱うムックも発売されたりしているが、大ヒットには至っていない。というのも、VRの衝撃を楽しむには、スマホなどを用いた簡易なものでは力不足。どうしても、高価なヘッドセットなどが必要になるからだ。

「VRは、うまくいけば盛り上がると思うので、そこまでは頑張りたいと思っています。近年、Steam(DLゲーム販売サイト)も盛り上がっていますし、業界自体は、まだ盛り上がる余地があります」(同)

 さらに、同人タイトルには有望なものが増えているという。

「今や、個人レベルでアダルトゲームを制作するのも当たり前になってきています。実用重視の作品には、そうした制作スタイルのものも多いのです。これは、お手軽に二次元をオカズにしたい層と合致しているんです。そうしたものも、誌面で紹介していきたいと思っています」(同)

 あくまで「雑誌」という軸からぶれることなく、コアユーザー以外も楽しめる情報を雑多に紹介していくという精神性。それが25周年を達成した秘訣なのか。

 現状維持ではなく、新たな編集者も加わり誌面強化に乗り出しているという「BugBug」。むしろ、二次元をオカズにできる人々が増えいている中で、さらにアダルトゲーム業界が拡大する気配すらあるように見える。
(文=昼間たかし)

ついに創刊25周年を達成! アダルトゲーム市場縮小の中で、なぜ専門誌「BugBug」は続いているのか?

 アダルトゲーム関連の老舗月刊誌「BugBug」(富士美出版)が、10月発売の2017年11月号で、創刊25周年を迎えた。アダルトゲーム市場が縮小しているといわれるようになってから、長い年月がたっている。一時は毎月2ケタの雑誌が発売されたこともあるアダルトゲーム雑誌も、今ではわずか数誌となった。そうした中で、サン出版から富士美出版へと出版元を移籍しながら健闘を続ける同誌のマス大澤編集長に、これまでとこれからを聞いた。

 マス大澤氏が編集長に就任したのは1999年。アダルトゲームが隆盛期を迎える直前だった。それから数年。『Kanon』『To Heart』といった、今も語られる名作の登場によって、アダルトゲーム業界は、我が世の春を謳歌する時期を迎えた。雑誌に広告を出稿する制作会社も多く、ページ数も今より3~4割近く分厚かった。当時を知る者にとっては、業界の縮小と共に雑誌も右肩下がりの傾向にあるのではないかと思ってしまう。

 ところが、マス大澤氏は「実際に数々の業界誌が休刊しましたが、うちは安定傾向にある」というのである。

 もともとグラビア雑誌出身のマス大澤氏は、誌面の作り方として、雑誌単体で楽しめるという方針を一貫させてきた。それが顕著なのは、同誌のメインであるゲーム紹介ページ。

 同業他誌と比べると一目瞭然だが、画像の配置がかなり特徴的なのである。近年では、廉価な作品も増えてきたとはいえ、アダルトゲームは比較的高価なコンテンツ。あれもこれもと買うことはできない。そうした中にあって「BugBug」の雑誌としての特徴は、コアなオタク層だけでなく、二次元“も”オカズに使いたいという嗜好周辺のライト層も取り込み、固定読者をつかんで離さないこと。

「顕著なのがDVD付録です。25周年記念の今号では、アペンドディスクにしましたが、いつもは、テレビで見られるビデオ映像にしているんです。それが、読者から好評だったりします」(大澤氏)

 25周年を迎えた号では、表紙に「今月もTVで楽しめる美しょゲーH動画もアリ!!」の文字が。まさか、これが読者を奮い立たせる要素になっているとは!!

 とはいえ、アダルトゲーム全盛期に比べると広告が減り、ページ数が減少したのは事実。ただ、これは業界が縮小して宣伝費が減ったからというわけではない。宣伝費が、数字が見えやすいネットやイベントへと移行しているからだという。それでもまだなお「BugBug」に広告出稿する制作会社が多いのには、理由がある。

「ネットで情報を得る人が増えている中で、雑誌を購入する人は、実際にゲームを購入する可能性も高い、手堅いユーザーなのです」(同)

 改めて「BugBug」という雑誌が、コアなアダルトゲームユーザーとライト層、その両方の股間に刺さる誌面づくりになっているという姿が浮かび上がってくる。

 同業他誌が次々と姿を消していく中で、勝ち残りとなった「BugBug」。25周年を迎え、すでに30周年も視野に入っているといっても、言い過ぎではないだろう。さらなる長寿雑誌への道が確固たるものになるかどうかは、アダルトゲーム業界の動向にかかっている。

 アダルトゲームにおける紙芝居的なAVG(アドベンチャーゲーム)形式というものは、今後も変わる気配はない。ブラウザゲームも次第に存在感を増しているが、まだ現行のスタイルに取って代わるものにはなっていない。あちこちで熱い視線を送られているVRも同様だ。以前記事にしたように、アダルトVRを扱うムックも発売されたりしているが、大ヒットには至っていない。というのも、VRの衝撃を楽しむには、スマホなどを用いた簡易なものでは力不足。どうしても、高価なヘッドセットなどが必要になるからだ。

「VRは、うまくいけば盛り上がると思うので、そこまでは頑張りたいと思っています。近年、Steam(DLゲーム販売サイト)も盛り上がっていますし、業界自体は、まだ盛り上がる余地があります」(同)

 さらに、同人タイトルには有望なものが増えているという。

「今や、個人レベルでアダルトゲームを制作するのも当たり前になってきています。実用重視の作品には、そうした制作スタイルのものも多いのです。これは、お手軽に二次元をオカズにしたい層と合致しているんです。そうしたものも、誌面で紹介していきたいと思っています」(同)

 あくまで「雑誌」という軸からぶれることなく、コアユーザー以外も楽しめる情報を雑多に紹介していくという精神性。それが25周年を達成した秘訣なのか。

 現状維持ではなく、新たな編集者も加わり誌面強化に乗り出しているという「BugBug」。むしろ、二次元をオカズにできる人々が増えいている中で、さらにアダルトゲーム業界が拡大する気配すらあるように見える。
(文=昼間たかし)

“羽生結弦バブル”に群がる出版界、ほぼ無許可で粗製乱造される特集雑誌がバカ売れ!

 ルックスやキャラクターも相まって、圧倒的な人気を博している羽生だが、そうなるとその人気にあやかろうとする者も出てくる。事実、彼の関連書籍やDVD、“オフィシャル”で特集した雑誌の売り上げは軒並み好調で、雑誌、新聞関係者が手を出したくなるのも仕方がない。しかし、人気者だけに取材のハードルは高い。

「フィギュアの選手に取材する方法はいろいろあります。関係者にコネがあるとか、大会の運営にも関わる日本スケート連盟に申請するとかね。しかし、彼らはアスリートですから、広報活動よりトレーニングを優先します。そうなると取材できるのは、選手や連盟と信頼関係があるスポーツ誌や老舗の雑誌などになります。それなのに、堂々と羽生を表紙にしている雑誌は多いですよね。あれは、報道という名目のもと選手や連盟にも許可をとらず、ろくな取材もせず、勝手に出しているんです」

 そう教えてくれたのは、フリー編集者のN氏。N氏によれば、羽生が14年のソチオリンピックで金メダルを取った時から、出版界の“羽生フィーバー”は始まったという。

「当時、『羽生に取材したいけどコネはないか?』といくつかの版元(出版社)から連絡がありましたが、私は芸能の方が専門なのでお断りしました。でも、昔お世話になったニュース系雑誌の編集長に頼まれて、伝手を頼ってスポーツ雑誌の編集者に聞いてみたところ、どの雑誌も独占取材は順番待ちの状態だったようです。それなら仕方がないと、急きょフィギュア専門のライターさんに執筆をお願いし、通信社の写真を使って大会の模様を10ページほど掲載しました。報道としてね。それでも普段より10%ほど実売が伸びたそうです。しかし、そこでいくつかの出版社が、通信社の写真をメインに使って、ほとんど文字がない、ほぼ羽生の写真だけの雑誌を出したから、同業者たちは『どうやって許可をとったんだ!?』と驚いていましたよ」

 その後、大会ごとに2号目、3号目が発売され、N氏が印刷会社から聞いたところでは、ある雑誌は1号目で2万部ほどだった発行部数が、号を重ねるごとに3万、4万と増えていったという。

「出版不況の影響で、定期発行誌でも2万部以下の媒体が多い中、この部数は異常でした。また、2号目、3号目と出せるということは、実売は少なくとも5割か6割を超えていたはず。重版(増刷)した号もあったそうなので、実際はもっと売れていたでしょうね」(元編プロ社員)

 そうしたお祭り状態の中で羽生関連の雑誌は増えていったが、その中で、如実に差が現れ始めた。

「普通の神経を持った編集者なら、特集ならともかく、いくら売れるといっても同じ人間を表紙にし続けることはありません。芸能誌でいえば、いくら売れるといってもジャニタレばかりを表紙にしないようにね。それに、予算をケチって専門のライターではなく、にわかファンやネットで情報を集めただけの人間に記事を書かせるから間違いも多いし、内容の厚みにも差が出ます。実際、フィギュア専門のライターからも、この手の雑誌は見放されていましたね」(出版社社員)

 正規で羽生の特集を作っている編集者たちの苦労や努力を知っただけに、N氏はそうした“非正規”の雑誌を見るたびに、苦々しい気持ちになるという。では、それらを正規の本と、どのように見分ければいいのだろうか?

「主な見分け方は2つ。ひとつ目は写真のクレジットです。海外での大会ならともかく、スポーツ関連の出版社なら、国内の大会では必ずリンクで自分たちの写真を撮ります。アフロなど通信社系の写真だけで誌面を構成している本は、クレジットに通信社名が入っています。自分たちではリンクでの取材に許可をもらえない、あるいは許可を取る気がないということです。もうひとつは、関係者の取材記事がまるでないこと。羽生本人の取材は難しいにしても、彼の後輩である宇野昌磨のように、一緒にフィギュア人気を支える選手や、裏方で活躍している人はたくさんいます。そうした人たちに取材もせず、申し訳程度に『注目選手』とかいうタイトルで、取材コメントのないペラペラの記事を書き、羽生の写真ばかり載せている本は、彼の人気にあやかり金もうけをしようとしているだけです。ネットでは羽生の悪口を面白おかしく書き、雑誌では彼をほめたたえている出版社なんかもその手合いでしょうね。その出版社は、日本スケート連盟から警告を受けていたというウワサですよ」(N氏)

 スポーツ誌、老舗雑誌が正規の手段で取材した羽生の特集雑誌を出版し始めた時期、無許可で羽生の特集雑誌を作っていた出版社、編プロの中には「真似しやがって」とあきれるようなことを言う編集者もいたという。

 羽生を応援している人々にとっては、雑誌を通じて彼の活躍を見ることができるのはうれしいだろう。しかし、彼の人気や活躍に便乗して不誠実な本が出版されていることを知り、見極める目も養ってほしい。

“羽生結弦バブル”に群がる出版界、ほぼ無許可で粗製乱造される特集雑誌がバカ売れ!

 ルックスやキャラクターも相まって、圧倒的な人気を博している羽生だが、そうなるとその人気にあやかろうとする者も出てくる。事実、彼の関連書籍やDVD、“オフィシャル”で特集した雑誌の売り上げは軒並み好調で、雑誌、新聞関係者が手を出したくなるのも仕方がない。しかし、人気者だけに取材のハードルは高い。

「フィギュアの選手に取材する方法はいろいろあります。関係者にコネがあるとか、大会の運営にも関わる日本スケート連盟に申請するとかね。しかし、彼らはアスリートですから、広報活動よりトレーニングを優先します。そうなると取材できるのは、選手や連盟と信頼関係があるスポーツ誌や老舗の雑誌などになります。それなのに、堂々と羽生を表紙にしている雑誌は多いですよね。あれは、報道という名目のもと選手や連盟にも許可をとらず、ろくな取材もせず、勝手に出しているんです」

 そう教えてくれたのは、フリー編集者のN氏。N氏によれば、羽生が14年のソチオリンピックで金メダルを取った時から、出版界の“羽生フィーバー”は始まったという。

「当時、『羽生に取材したいけどコネはないか?』といくつかの版元(出版社)から連絡がありましたが、私は芸能の方が専門なのでお断りしました。でも、昔お世話になったニュース系雑誌の編集長に頼まれて、伝手を頼ってスポーツ雑誌の編集者に聞いてみたところ、どの雑誌も独占取材は順番待ちの状態だったようです。それなら仕方がないと、急きょフィギュア専門のライターさんに執筆をお願いし、通信社の写真を使って大会の模様を10ページほど掲載しました。報道としてね。それでも普段より10%ほど実売が伸びたそうです。しかし、そこでいくつかの出版社が、通信社の写真をメインに使って、ほとんど文字がない、ほぼ羽生の写真だけの雑誌を出したから、同業者たちは『どうやって許可をとったんだ!?』と驚いていましたよ」

 その後、大会ごとに2号目、3号目が発売され、N氏が印刷会社から聞いたところでは、ある雑誌は1号目で2万部ほどだった発行部数が、号を重ねるごとに3万、4万と増えていったという。

「出版不況の影響で、定期発行誌でも2万部以下の媒体が多い中、この部数は異常でした。また、2号目、3号目と出せるということは、実売は少なくとも5割か6割を超えていたはず。重版(増刷)した号もあったそうなので、実際はもっと売れていたでしょうね」(元編プロ社員)

 そうしたお祭り状態の中で羽生関連の雑誌は増えていったが、その中で、如実に差が現れ始めた。

「普通の神経を持った編集者なら、特集ならともかく、いくら売れるといっても同じ人間を表紙にし続けることはありません。芸能誌でいえば、いくら売れるといってもジャニタレばかりを表紙にしないようにね。それに、予算をケチって専門のライターではなく、にわかファンやネットで情報を集めただけの人間に記事を書かせるから間違いも多いし、内容の厚みにも差が出ます。実際、フィギュア専門のライターからも、この手の雑誌は見放されていましたね」(出版社社員)

 正規で羽生の特集を作っている編集者たちの苦労や努力を知っただけに、N氏はそうした“非正規”の雑誌を見るたびに、苦々しい気持ちになるという。では、それらを正規の本と、どのように見分ければいいのだろうか?

「主な見分け方は2つ。ひとつ目は写真のクレジットです。海外での大会ならともかく、スポーツ関連の出版社なら、国内の大会では必ずリンクで自分たちの写真を撮ります。アフロなど通信社系の写真だけで誌面を構成している本は、クレジットに通信社名が入っています。自分たちではリンクでの取材に許可をもらえない、あるいは許可を取る気がないということです。もうひとつは、関係者の取材記事がまるでないこと。羽生本人の取材は難しいにしても、彼の後輩である宇野昌磨のように、一緒にフィギュア人気を支える選手や、裏方で活躍している人はたくさんいます。そうした人たちに取材もせず、申し訳程度に『注目選手』とかいうタイトルで、取材コメントのないペラペラの記事を書き、羽生の写真ばかり載せている本は、彼の人気にあやかり金もうけをしようとしているだけです。ネットでは羽生の悪口を面白おかしく書き、雑誌では彼をほめたたえている出版社なんかもその手合いでしょうね。その出版社は、日本スケート連盟から警告を受けていたというウワサですよ」(N氏)

 スポーツ誌、老舗雑誌が正規の手段で取材した羽生の特集雑誌を出版し始めた時期、無許可で羽生の特集雑誌を作っていた出版社、編プロの中には「真似しやがって」とあきれるようなことを言う編集者もいたという。

 羽生を応援している人々にとっては、雑誌を通じて彼の活躍を見ることができるのはうれしいだろう。しかし、彼の人気や活躍に便乗して不誠実な本が出版されていることを知り、見極める目も養ってほしい。

「他人の記事をパクるのはこんな人」弱小出版社の編集者が語る、パクリ騒動が起こるワケ

 信ぴょう性の低い情報の掲載や、他サイトの記事の無断転載、いわゆるパクリ記事を掲載していたことで昨年12月、DeNA運営の医療情報キュレーションメディア「WELQ」が大炎上し閉鎖。ネットメディアのあり方が問われた事件であった。

 この騒動が起こったのと同時期の昨年11月29日に出版されたのが『重版未定』(河出書房新社)。弱小出版社にありがちなリアルな現状が、かわいらしい2頭身のキャラクターたちによって描かれている漫画だ。著者は、出版社に勤務している川崎昌平さん。大手とは違う小さな出版社の編集者はキュレーションメディアにおけるパクリ騒動をどう捉えるのか、お話をうかがった。

■スマホが普及していなかった時代は、紙媒体でもネット画像のパクリ本があった

――キュレーションメディアでのパクリが問題となっていますが、紙媒体でも、エッセイストの葉石かおりさんの著書を無断で再編集したムック本『日本酒入門』(枻出版)が回収となったことがあります。枻出版は弱小とはいえませんが、弱小出版社となると、かけられる経費も人も少ないので、パクリ騒動が起こるのかと思ってしまいます。実際のところは、どうなんでしょうか?

川崎昌平さん(以下、川崎) 時代的には2000年代中盤あたりに、紙媒体による「ネットの画像を無断借用して編集した本」が多かったと記憶しています。当時はまだスマホ全盛期ではなく、「ネットで広まっているおもしろい画像を集めたもの」に価値があったのでしょう。今なら「まとめサイト」がその役割を果たしてくれるんでしょうが、当時はギリギリですが、そうした本が企画として成立する余地があった。

 僕の見立てですが、紙媒体でパクリをやる出版社は、弱小というより、刊行点数を増やさないといけない、厳守しないといけないところなのではないかと思います。「信念を持った弱小出版社」は、往々にして専門性の高さを売りにしている。したがって「パクりまでしてローコスト&大急ぎで本を作る必然性」がないわけです。歴史と伝統のある弱小出版社は、パクらず時間をかけて、思想や人文系の本を作っている。もちろん専門性の高さ=読者の少なさなので、少部数しか発行しませんし、新刊を出す→返本される→新刊を出す、という苦しいサイクルはどこも同じなのでしょうが……本当に作りたい本を作れているのは確かです。

 その意味では、「弱小出版社は、実はあまり儲けようとしていない」のではないかと僕はにらんでいます。儲けることよりも、会社を続けることを目的としているのではないかと。営利企業がそれでいいのか、というツッコミももちろんあるわけですが、「急いでそこそこ売れそうなタイトルをローコストで作るためにパクる」よりはマシだと考えています。まあ、弱小の定義も難しいですけど。

――しかし、会社的には売り上げを上げないとまずいですよね。弱小出版社は、どのように生き残っているんですか?

川崎 永遠の自転車操業ですね。こぐのをやめると倒れちゃうので、こぎ続けなきゃいけない。良いと信じて作った本がしっかり売れ……ないから弱小なのですが、返本の山が生じると、倒産してしまいます。ですから新刊を出し続け、数字上の売り上げを計上しつつ、また次の本を出せるようがんばる。新刊至上主義なのは、大手も弱小も規模こそ違えど、本質的には変わりないと思います。ただ、そういうことは考えすぎると暗澹たる気持ちになるので、編集者はそこを考えずに勤務すべし、というのが私の持論です。

■本来、引用はアカデミックな世界だと名誉なこと

――キュレーションメディアは、きちんと著作権問題をクリアしていれば、非常に便利な読み物だと思います。紙媒体でも、もともとある情報をまとめて書籍にすることはありますが、川崎さんはその点はどう考えていますか?

川崎 本というのは情報の塊ですが、情報は単体として存在するわけではありません。ある情報に注釈を加えたり、内容を変更したり、新しい解釈を重ねたりするためのツールが本です。ですから、本来の行為としての引用や転載は、情報のあり方、本の作り方としては正当なものだと思います。「引用が1カ所もない学術論文」なんてものがあったとしたら、むしろ「ちゃんと勉強しているのか?」と疑いたくなっちゃいますし、書き手側からしても引用されるのは、アカデミックな世界では名誉なことであり、かつ研究の弾みにもなるわけです。「へえ、私の考えは、こうした読まれ方をするのか。なら次は、こういう実験をしてみようかな」という具合に。

 ただ、そこにはルールがあります。引用にも厳格な作法が定められているのが普通です。私は本を編集する上では、適切な引用ならば引用のルールに則った表記の仕方で引用し、図版・画像の使用、テキストのまとまった転載であれば、著作権者への連絡および許諾を必ず取るようにしています。転載の許諾申請が大量になると、面倒なことは確かですが、まあ、編集者の仕事ってそこだろうと、「複数の知をつなぐ仕事」が編集なのだから、そこをサボっちゃいかんだろうと思いながらやっています。

 それと、そうされることで書き手も喜ぶというのを知っているからでもあります。2012年に出た『村上隆完全読本 美術手帖全記事1992-2012』(村上隆〈著〉、美術手帖編集部〈編〉、美術出版社)という本があって、私が美術ライター時代に書いた記事が転載されたんですが、そのときに、小さな記事だったにもかかわらず、ちゃんと編集部が連絡をくれたんですね。それがうれしかったというのもあって、編集者としても、そこはちゃんとやりたいというふうに考えています。

 キュレーションメディアも連絡や許諾申請をサボらず、ちゃんとやればいいのに、と思いますね。

――今回、ユーザー側も意識が少し変わってきていると思ったのが、女性向けキュレーションメディアの「MERY」で、SNSに投稿したオシャレな画像が記事に使われたことを喜んでいるユーザーがいたと聞いたことです。パクられて喜ぶ人もいるのだと知りました。

川崎 「私の論文が引用された!うれしい!」というのとは違う気がしますね。引用した側が相当の覚悟と決意とで作ったものであるならば、その労作に貢献できる喜びはあるでしょう。でも「なんかテキトーな画像ないかな」とググって探して見つけられて転載されても……うれしいんですかね? 自己承認欲求と自己表現が、ごっちゃになっているものを今の日本のウェブではよく見かけますが、そのあたりの気風も、パクリが横行する土壌を産んでいるのかもしれません。

■自分を編集できるスキルを身につければ、もっとおもしろい表現ができる

――パクリ問題が起きたのは、キュレーションメディアに編集者がいないことも要因のひとつだといわれていますよね。

川崎 作り手もユーザーも自分で自分を編集できる世界が生まれれば、最高ですよね。手前味噌ですが、編集者でありながら本を書いていると、自分の著作に関しては「自分で自分を編集する」という作業が、そこそこできている方だという自負があります。今回出した『重版未定』や15年に出した『自殺しないための99の方法』(一迅社)などの初出は同人誌です。同人誌の特徴は、編集者がいないこと。したがって、自分で自分の本を編集しなければなりません。これができている本とできていない本では、やはり差が出ます。もちろん「編集できていない本」であっても、あふれんばかりの情熱で押し切って、めちゃくちゃおもしろい本になっている、という例は多々あります。

 でも「編集できていない本」と向かい合うには、受け手にも作り手と同じぐらいの情熱が必要です。多くの同人誌のイベントは、読みたい・読ませたいという愛にあふれた人々の集いですから、それでも成立しますが、より外の世界……例えば一般の書店やウェブで発表しようとなると、ある程度の客観性が求められます。

――同人誌もそうですが、今はSNSやブログで、自分からなんでも発信できる時代です。編集のスキルというと、具体的にはどんなことでしょう?

川崎 伝え方だと思います。例えば、猫が好きで猫の記事を書く人は、猫に愛がある。そこは一番大事な部分です。でも、愛があった上でも伝わらない相手がいます。その相手にどうすれば伝わるかを、一個一個の手順として、客観的に引いて考えることができる、または少しクールダウンして読み直すことができる技術。それが編集のスキルです。

 ひとりよがりの意見になっていないか、異なる意見の存在を前もって想定できているか、作品に対する関係者の存在を理解すると同時にそれらの調整は済んでいるか……などなど、基本的な「編集のスキル」の有無は、紙媒体だろうがウェブだろうが、意識すべきポイントだと思います。そういう編集のスキルを磨ける場があれば……パクリ記事を作っている人もウェブの世界のおもしろさに気づけるんじゃないかな、と想像しているんですが。

 キュレーションメディアの件でもそうですが、ウェブがらみで炎上する人を見ていると、冷静になるタイミングを知らないと感じます。

――よく言われるのが、きちんと読まずに反射的に発言してしまうことですね。

川崎 そうですね。やはり読むスキルは、数ある編集のスキルでも必須のもの。コツは「落ち着いて最後まで読むこと」に尽きます。予備校でセンター試験の現代文を教えていたとき、やはり最後まで読むことが重要だと教えていました。一度最後まで読んで、一呼吸置いてから問題を解く。設問と問題文を行ったり来たりする人もいますが、あれは絶対ダメです。文章の論旨を自分の思考ではなく設問によって読み解こうとしてしまうから、答えを自分で構築できなくなるわけです。

 そして「読まずに書く」のもダメですが、「書いたけど読まない」のも最悪です。編集者からすると、誤植の最大の原因となります。野球選手の年俸のニュース記事で、年俸6300万円のはずが「年俸6300円」になっていたり(笑)。そういうのを目にするたびに、自戒として「書いたら読む」を徹底せねばと思っています。

――川崎さんは、今後も出版社勤務と作家活動を続けていかれる予定ですか?

川崎 はい。今後は、『重版未定』に出てくる架空の出版社「漂流社」を実際に作ろうと思っています。出版社が漫画を作るのは当たり前ですが、「漫画が出版社を作る」のはなかなか例がないと思って。僕一人で、著者、編集者、編集長をやろうと思っているので、「それ、もうお前の同人誌じゃねーか!」という話ですが(笑)。
(姫野ケイ)

川崎昌平(かわさき・しょうへい)
1981年、埼玉県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。作家、編集者、東京工業大学非常勤講師。2007年、『ネットカフェ難民』(幻冬舎新書)により、新語・流行語大賞トップテン。著書に『若者はなぜ正社員になれないのか』(ちくま新書)、『自殺しないための99の方法』(一迅社)、『小幸福論』(オークラ出版)、『はじめての批評』(フィルムアート社)ほか。