エロマンガでは、すでに電子書籍がメインに……マンガ単行本の「紙と同時発売」は売上を増やすのか

 紙の本とその電子書籍版の発売日がズレることは、売上にマイナスを及ぼすのか。マンガ家の問題提起が注目を集めている。

 この問題を提起しているのは『映像研には手を出すな!』(小学館)などで知られる大童澄瞳氏だ。

 大童氏は自身のTwitterで、根拠はないとしながらも「電子版と紙版の販売日ずらしたところで、書店にも出版社にも作者にもなんの意味もない。むしろ悪い影響しかない。」と発言。「電書読者に発売日の油断やミスを誘う事で起きるマイナス効果が大きい」のではないかと記している。

 最近、マンガに限っても電子書籍の需要は伸びている。電子書籍の大手イーブックスなどでは「紙と同時発売」と記された新刊も、当たり前の存在だ。それでもなお、電子書籍版は紙の単行本が出てしばらくしてからという作品も多い。このブランクを生んでいる要因は何か?

「出版社内でも同時に出すか、電子書籍版はしばらく時間を置くか作品によって対応はさまざまです。読者の傾向から見て、紙の単行本を求めるほうが多いのではないかと判断できる場合、電子書籍版を遅らせることが多いのです。ただ、明確な根拠となるデータがあるわけではありません」(編集者)

 判断材料はさまざまだが「作品によっては、紙でないと読みづらい場合がある」「巻数が増えた作品は本棚を圧迫するため電子版で揃えている人が多い」といった事例をもとに考えているという。

 ただ、これは一般向けマンガでの話。18禁の場合は事情がまったく異なる。18禁では、もう「紙よりも電子書籍」が当たり前になりつつあるのだ。

「すでに、エロマンガの市場は電子書籍が紙よりも増えています。紙で出版するのは、電子で売上がよかったものだけという方針の出版社も多いんです」

 そう話すのは、エロマンガ大手の編集者。エロマンガの場合、もはや紙の単行本は秋葉原などの専門書店が売上の大半を占めている状況。紙のほうはコレクターアイテム化しており、一般では電子書籍のオマケのようになっているのである。

「エロマンガの場合、実用重視ですから、いつでもどこでも買うことができる電子書籍版の需要が高いのは当然。それに作家ごとに、単話で買うこともできますし」(同)

 ネットで発売を知った時、すぐに買えるという利点が電子書籍にはある。それは、エロマンガに限らず、一般向け作品でも変わらない。読者が手に取る機会を増やすためにも、もっと「紙と同時発売」が増えてもよいのかもしれない。
(文=特別取材班)

エロマンガでは、すでに電子書籍がメインに……マンガ単行本の「紙と同時発売」は売上を増やすのか

 紙の本とその電子書籍版の発売日がズレることは、売上にマイナスを及ぼすのか。マンガ家の問題提起が注目を集めている。

 この問題を提起しているのは『映像研には手を出すな!』(小学館)などで知られる大童澄瞳氏だ。

 大童氏は自身のTwitterで、根拠はないとしながらも「電子版と紙版の販売日ずらしたところで、書店にも出版社にも作者にもなんの意味もない。むしろ悪い影響しかない。」と発言。「電書読者に発売日の油断やミスを誘う事で起きるマイナス効果が大きい」のではないかと記している。

 最近、マンガに限っても電子書籍の需要は伸びている。電子書籍の大手イーブックスなどでは「紙と同時発売」と記された新刊も、当たり前の存在だ。それでもなお、電子書籍版は紙の単行本が出てしばらくしてからという作品も多い。このブランクを生んでいる要因は何か?

「出版社内でも同時に出すか、電子書籍版はしばらく時間を置くか作品によって対応はさまざまです。読者の傾向から見て、紙の単行本を求めるほうが多いのではないかと判断できる場合、電子書籍版を遅らせることが多いのです。ただ、明確な根拠となるデータがあるわけではありません」(編集者)

 判断材料はさまざまだが「作品によっては、紙でないと読みづらい場合がある」「巻数が増えた作品は本棚を圧迫するため電子版で揃えている人が多い」といった事例をもとに考えているという。

 ただ、これは一般向けマンガでの話。18禁の場合は事情がまったく異なる。18禁では、もう「紙よりも電子書籍」が当たり前になりつつあるのだ。

「すでに、エロマンガの市場は電子書籍が紙よりも増えています。紙で出版するのは、電子で売上がよかったものだけという方針の出版社も多いんです」

 そう話すのは、エロマンガ大手の編集者。エロマンガの場合、もはや紙の単行本は秋葉原などの専門書店が売上の大半を占めている状況。紙のほうはコレクターアイテム化しており、一般では電子書籍のオマケのようになっているのである。

「エロマンガの場合、実用重視ですから、いつでもどこでも買うことができる電子書籍版の需要が高いのは当然。それに作家ごとに、単話で買うこともできますし」(同)

 ネットで発売を知った時、すぐに買えるという利点が電子書籍にはある。それは、エロマンガに限らず、一般向け作品でも変わらない。読者が手に取る機会を増やすためにも、もっと「紙と同時発売」が増えてもよいのかもしれない。
(文=特別取材班)

ゲスの極み乙女・川谷絵音にエッセイ本出版報道「否定」も、ベッキー利用で起死回生を模索中!?

 5月22日、主婦と生活社のWEBサイト「週刊女性PRIME」にて、ゲスの極み乙女。・川谷絵音がエッセイ本を出版すると報道され、世間を騒がせている。

 記事では、カリスマ的な詞を書く川谷が、6月に中央公論社からエッセイを出版する予定で、その中には名前こそ出してはいないが、2016年に「週刊文春」(文藝春秋)で不倫関係を報じられたベッキーとのことが書かれている、と伝えている。

 これに対し、ネットでは川谷への批判が殺到しているという。

「この報道が伝えられ、すぐさまネットはお祭り騒ぎに。『相変わらずゲスい男だ!』『ジョン・レノン気取りだな』『本当に気持ち悪いきのこだな』『友達で押し通す予定じゃなかったの(笑)?』と辛らつな言葉ばかりが上がっている状態です」(芸能ライター)

 ベッキーとの不倫報道の際、既婚者であることを隠してベッキーと付き合い始めたことやベッキーとの赤裸々なLINEのやり取りが流出し、“ゲス不倫”とのキャッチコピーをつけられ、さらに、ベッキーとの破局直後も新恋人の存在が発覚した川谷。それだけに、世間の反感を買ってしまったようだ。

 また、こんな声も上がっているよう。

「『まだゲス不倫ビジネスやるの?』『ベッキーが可哀想だよ』『ベッキーをとことん追い詰めるスタイルに笑った』『ベッキーで飯喰うな!』と、ベッキーを擁護する声も上がっています。17年5月に『ワイドナショー』(フジテレビ系)に出演した際、ベッキーとのことについてペラペラとしゃべったことで、ベッキーの黒歴史を掘り起こすような行動に出たのが反感を買っていた。だから今回の報道で『またか!』という気持ちなんでしょう。また、川谷さんは活動再開後、いろいろと新グループを結成していますが、イマイチ話題にならず。その上、ゲスの極み乙女。も全盛期ほどCDが売れておらず、バッとしなくなった。離婚の慰謝料もあるし、お金が必要だとのウワサも……。ベッキーを利用して起死回生を狙っているとも聞きます」(同)

 出版社となる中央公論社は記者の取材に対し、「出版予定なことは事実ですが、まだ編集中ですので発売日についてはお伝えできません」と出版については肯定していたが、川谷は自身のTwitterで「俺暴露本を出すことになってるの?暴露本なら出さないけど…」と否定。一体どちらが正しいのだろうか。

 エッセイ本が出版されるのか否か、6月に期待したい。

ブランドイメージ失墜の危機……丸善雄松堂書店の“ひどいリニューアル問題”は予想外に深い傷

 日本の文化を担ってきた老舗書店が、どうなってしまっているのか――。

 日本有数の書店・出版グループの丸善が、ある店舗のリニューアルをめぐる問題で急速に企業イメージを悪化させている。

 発端となったのは、書店員のつくるフリーペーパーとして読書好きには知られていた『にゃわら版』の制作者・かいぬし氏が、勤務先であった立教大学内の丸善雄松堂書店を辞めるに至った経緯をブログで公開したこと。

 すでに多数のアクセスを集めているが、そこには驚きの内容が記されていた。

・勤続10年のかいぬし氏をはじめ、ベテランスタッフも7人が退職。12月に入った新人もほとんど退職

・大学内の書店なのにまともに教科書販売ができなかった

・退職にあたって「もうにゃわら版は書きませんという念書」を要求された

 などなど……。
https://nyawaraban2014.amebaownd.com/posts/4135126

 問題の発端は、昨年の店内のリニューアル。

 この際、丸善雄松堂書店は店舗面積を半分にした上で見栄えのよい書店を追求。洋書を並べてかっこよく見せる一方で、大学の授業で指定されている教科書が置かれなくなったり、毎年売れる簿記のフェアなどが行えなくなったり。

 オシャレ追求型書店によくある「見栄えはいいけど、中身はスカスカ」の極北になってしまったのだという。

 さらに、書店員の経験と知識もないがしろにされ、書店はバイトだけでも回るかのような扱いの果てにベテラン書店員は次々と辞めることを余儀なくされたというのである。

 丸善雄松堂は、グループ内の法人営業を中心とする企業。

 少々ややこしいが、現在の丸善は大日本印刷の子会社の丸善CHIホールディングスが母体。その中に、大学や研究施設などの法人営業を中心とする丸善雄松堂や、書店の丸善やジュンク堂を運営する丸善ジュンク堂書店。さらに、出版部門は学術部門の丸善出版株式会社や児童書の岩崎書店。さらに、図書館の運営を担う図書館流通センター(TRC)も丸善グループである。

 今回は、あくまで丸善の中の一子会社のやらかし。書店や出版部門の伝統を担う丸善は、そこまでひどいとは思いたくない。そんな声もネットでは散見される。

 だが、グループ内には、まだ多くの問題が。人数が限られているので、特定を避けるためにぼやかすが、最近、グループ内の出版部門の子会社を退職した社員は話す。

「とにかく仕事が忙しい。忙しいのはいいんですが、給料が安いんです。でも、出版社を希望して入ることができたのですから、安いのは構いません。でも、何年勤務しようとないんですよ、ボーナスが……」

 今どき、よほどのブラック企業でもない限り、雀の涙ほどの寸志であっても準備するもの。それすらないとは……。一気にブラック感が強まる。

 前述のかいぬし氏のブログでも、ベテラン書店員に最低賃金しか支払っていないことが発覚。これは、一種の「やりがい搾取」と取られても仕方ない。

 もともと丸善は本だけでなく、服や靴、ハヤシライスなども販売し、この国の生活文化を担ってきた企業。いくらグループ内の子会社のやらかしとはいえ、「丸善」という名前が大きく傷ついたことは間違いない。

 これを回復するには、膨大な時間がかかるだろう。
(文=是枝了以)

ブランドイメージ失墜の危機……丸善雄松堂書店の“ひどいリニューアル問題”は予想外に深い傷

 日本の文化を担ってきた老舗書店が、どうなってしまっているのか――。

 日本有数の書店・出版グループの丸善が、ある店舗のリニューアルをめぐる問題で急速に企業イメージを悪化させている。

 発端となったのは、書店員のつくるフリーペーパーとして読書好きには知られていた『にゃわら版』の制作者・かいぬし氏が、勤務先であった立教大学内の丸善雄松堂書店を辞めるに至った経緯をブログで公開したこと。

 すでに多数のアクセスを集めているが、そこには驚きの内容が記されていた。

・勤続10年のかいぬし氏をはじめ、ベテランスタッフも7人が退職。12月に入った新人もほとんど退職

・大学内の書店なのにまともに教科書販売ができなかった

・退職にあたって「もうにゃわら版は書きませんという念書」を要求された

 などなど……。
https://nyawaraban2014.amebaownd.com/posts/4135126

 問題の発端は、昨年の店内のリニューアル。

 この際、丸善雄松堂書店は店舗面積を半分にした上で見栄えのよい書店を追求。洋書を並べてかっこよく見せる一方で、大学の授業で指定されている教科書が置かれなくなったり、毎年売れる簿記のフェアなどが行えなくなったり。

 オシャレ追求型書店によくある「見栄えはいいけど、中身はスカスカ」の極北になってしまったのだという。

 さらに、書店員の経験と知識もないがしろにされ、書店はバイトだけでも回るかのような扱いの果てにベテラン書店員は次々と辞めることを余儀なくされたというのである。

 丸善雄松堂は、グループ内の法人営業を中心とする企業。

 少々ややこしいが、現在の丸善は大日本印刷の子会社の丸善CHIホールディングスが母体。その中に、大学や研究施設などの法人営業を中心とする丸善雄松堂や、書店の丸善やジュンク堂を運営する丸善ジュンク堂書店。さらに、出版部門は学術部門の丸善出版株式会社や児童書の岩崎書店。さらに、図書館の運営を担う図書館流通センター(TRC)も丸善グループである。

 今回は、あくまで丸善の中の一子会社のやらかし。書店や出版部門の伝統を担う丸善は、そこまでひどいとは思いたくない。そんな声もネットでは散見される。

 だが、グループ内には、まだ多くの問題が。人数が限られているので、特定を避けるためにぼやかすが、最近、グループ内の出版部門の子会社を退職した社員は話す。

「とにかく仕事が忙しい。忙しいのはいいんですが、給料が安いんです。でも、出版社を希望して入ることができたのですから、安いのは構いません。でも、何年勤務しようとないんですよ、ボーナスが……」

 今どき、よほどのブラック企業でもない限り、雀の涙ほどの寸志であっても準備するもの。それすらないとは……。一気にブラック感が強まる。

 前述のかいぬし氏のブログでも、ベテラン書店員に最低賃金しか支払っていないことが発覚。これは、一種の「やりがい搾取」と取られても仕方ない。

 もともと丸善は本だけでなく、服や靴、ハヤシライスなども販売し、この国の生活文化を担ってきた企業。いくらグループ内の子会社のやらかしとはいえ、「丸善」という名前が大きく傷ついたことは間違いない。

 これを回復するには、膨大な時間がかかるだろう。
(文=是枝了以)

関ジャニ∞・渋谷すばるの脱退は“事務所崩落”の前兆か? テレビ局の「ジャニーズ離れ」が始まる!?

今週の注目記事・第1位
「ろくでもない『財務事務次官』のセクハラ音源」(「週刊新潮」4/19号)

同・第2位
「ジャニーズ事務所大激震/渋谷すばる『関ジャニ∞』脱退へ-何が起きたのか」(「フライデー」4/27号)

同・第3位
「フジテレビなぜだ! 最後の砦『プライムニュース』に2大醜聞」(「週刊文春」4/19号)

同・第4位
「『みなさまの声』より『官邸の声』という『NHK報道局長』」(「週刊新潮」4/19号)

同・第5位
「『順天堂大学』隠ぺいのカルテ」(「週刊新潮」4/19号)

同・第6位
「『捏造の首相』安倍晋三」(「週刊文春」4/19号)

同・第7位
「浅田舞・ワンオクTaka『深夜個室スパ&お泊り』(「週刊文春」4/19号)

同・第8位
「野村克則、日テレ美人Dとバンキシャ不倫-サッチー亡くなってわずか4カ月」(「フライデー」4/27号)

同・第9位
「『GINZA SIX』のワンフロアをまるごとお買い上げ250億円!お弁当屋さんの正体」(「週刊現代」4/28号)

同・第10位
「ハリル電撃解任を仕掛けた『更迭直訴状』と『リエージュの夜闘』全真相」(「週刊ポスト」4/27号)

同・第11位
「囲碁依田紀基元名人妻が『お金返して!』」(「週刊文春」4/19号)

同・第12位
「たけしに森社長を斬らせた『側女』の正体」(「週刊新潮」4/19号)

同・第13位
「『夜と霧』が鋼のメンタルを作った『村田諒太』の読書力」(「週刊新潮」4/19号)

同・第14位
「19歳巡査 元高校球児の意外な『素顔』」(「週刊現代」4/28号)

同・第15位
「それでも女人禁制を貫く伝統スポットの主張を聞いてみた」(「週刊ポスト」4/27号)

同・第16位
「実名で発表!『会社番付』」(「週刊現代」4/28号)

同・第17位
「寿命は『体温』で決まる」(「週刊現代」4/28号)

同・第18位
「その痛みの先にある厄介な病気」(「週刊ポスト」4/27号)

【巻末付録】現代とポストのSEXYグラビアの勝者はどっちだ!

 今週は数が多いから、さっそくいこう。

 まずはポストの健康ものから。痛みが病気の前触れということは昔から知られている。

 ポストによれば、腰や背中のビリビリ痛むのは膵臓がんや十二指腸潰瘍を疑えという。肩をギュッと締め付ける痛みは心筋梗塞や狭心症、足の裏のジンジンした痺れは、脳梗塞、間欠性跛行、閉塞性動脈硬化症を疑えという。

 だが、痛みが出るくらいなら、症状が相当進んでいるということだから、検査してもらっても、いい結果が出ることはないだろう。

 同じ健康もの特集。現代は寿命は体温で決まるといっている。私の平温は少し高くて、だいたい36度6~7分である。

 だが、平熱は低い方が長生きするというのだ。体温が高いのは、たくさんの燃料をどんどん使って走っている機関車のようなもので、大量のススが出てくるが、これが人間では活性化炭素に当たり、DNAを傷つけたり、疾患のリスクを高めているそうだ。

 105歳まで生きた日野原重明さんは、起床時には35度あるかないかだといっていたという。

 高い人は、食事制限をしてカロリーを少なくするといいそうだが、そこまでやっても、110歳まで生きるわけじゃないだろうからな。

 お次は現代のいい会社の「番付」特集。指標に使ったのは、「年度株価推移」で、スプリングキャピタルに協力してもらって作成したという。

 2017年度の株価推移を計算して、上昇率、下落率の高い方から選んだという。ということは、株を上場していない出版やメディアは入ってこないということか。

 ワーストの1位はユニチカ、2位は日本ガイシ、3位が日本ハムになっているが、出版、新聞などが入ってきたら、ダントツのワースト1位になるのではないか。

 トップ3は、東海カーボン、資生堂、昭和電工。東海は鉄スクラップを溶かす電炉で使われる「黒鉛電極」という製品を作っているところだそうだが、中国で、ものすごく売れているという。

 ここは昨年冬のボーナスが前年比で約1.5倍になったそうだ。うらやましいことだ。

 さて、土俵に女を上げない相撲界のしきたりが女性差別ではないかと話題になっているが、ポストによれば、淡路島北部の山間にある石上神社には、舟木石神座と呼ばれる磐座があり、ここは女人禁制。

 石川県の石仏山は潔界山といわれ、14歳以上の女性は立ち入り禁止である。

 女人禁制とされる修験道発祥の地、奈良県の大峰山には、99年に性差別反対を訴える女性たちが強行登山して話題になった。

 だが、こうした伝統を守ることは大事だというところが多いようだ。

 大相撲も、確かに、女性総理が誕生したら、女人禁制を守るのか、一時的な措置として認めるのか、難しい判断になることは間違いない。

 いっても詮無いが、こうしたことを今のうちに相撲協会は考えておく必要があるはずだ。

 滋賀県警・彦根署で起きた19歳の巡査が、41歳の巡査部長を拳銃で射殺した事件には驚いた。

 アメリカではよくあるのだろうが、日本で起きるとは……。現代は、この未成年の巡査の顔写真と実名を出している。

 その理由として、「法治国家にあるまじき事態の深刻さに鑑み、未成年ではあるが、容疑者の写真と実名」を出すことにしたというのである。

 この是非はひとまず置くとして、彼は、高校球児で、3年連続で県の大会に出場しているという。

 真面目で、大学で野球をやったらどうかと監督からも進学を進められたが、「自分は警察官になる」という意志が強く、「交番や生活安全課で働き、市民の身近な存在になりたい」といっていたそうである。

 勤務態度も真面目で、問題ない人間がなぜ? 動機はわからないままだが、相当な行き違いがあったのであろう。

 実名や写真を出すことについてだが、読む限り、すごい凶悪犯というわけでもないようだから、私だったら出さないだろうと思う。

 ところで昨夜、WBAミドル級王者決定戦があり、村田諒太(32=帝拳)が同級6位のエマヌエーレ・ブランダムラ(38=イタリア)を8回TKOで下して初の防衛戦に成功した。

 だが、私が見た限り、あまり褒められた内容ではなかった。

 初防衛の相手には、テレビ局側の意向もあって、勝てる相手を選ぶというのは常識である。

 今回のブランダムラは、年も38だし、対戦成績も29戦して27勝2敗でKOは5回だけ。しかも村田より背が低い。

 明らかに噛ませ犬として選ばれたのであろう。その相手に、8回まで粘られた。

 それもガードを開けて、殴り放題。こんなことをもっとパンチ力のある相手とやったら、必ず打ち込まれること間違いない。

 村田は試合後、秋にはラスベガスで2度目の防衛戦をやった後に、最強の王者、ゲンナジー・ゴロフキンに挑戦したいと語った。

 だが、ゴロフキンの強さは何度も見ているが半端ではない。38戦のうち33がKO勝ち。拳がコンクリの塊のようで、軽く当たっただけでも効くといわれる。

 いまのままでは、いくら最盛期を過ぎようとしているゴロフキンでも勝てはしないだろう。

 しっかりガードを固めることと、パンチ力をもっとつけることだ。そう焦ることはない。

 村田は、これまでのボクサーとは一味違って、魅力的な男である。

 何しろ、愛読書がニーチェやオイゲン・ヘリゲルなどの哲学書で、印象に残ったのが、ユダヤ人の心理学者で、奇跡的に強制収容所から生還したヴィクトール・フランクルの書いた『夜と霧』だというのだから。

 昨日の「皐月賞」は大荒れだったが、ビートたけしの名付けたキタノコマンドールは、最後にいい脚で伸びて来て5着に入った。

 これで「ダービー」が楽しみになったが、たけしと「北野オフィス」森社長とのトラブルは、まだ収まらない。

 今週の新潮では、再び森社長側に立ち、オフィス北野の社員とたけし軍団とのやりとりを公開して、いかに軍団が居丈高で威圧的だったかを批判している。

 その上、たけしと一緒に暮らしている50代前半の愛人の過去も明らかにし、再び、彼女にたけしは洗脳されているのだ、彼女が軍団を嫌っているのだという主張を繰り返している。

 森社長が、一応騒動の終息宣言を発表し、たけしと再び手を携えていくことで合意したようだが、火種はくすぶり続けているようだ。

 数日前に会った、この件に詳しい映画関係者は、たけしは森社長を絶対許さないだろうから、そのうち森を追い出し、軍団とともにオフィス北野へ戻るつもりだと話していた。

 表に出ていない漆黒の闇が、2人の間にはあるようだ。

 さて、囲碁や将棋指しには、変わった人が多いようだ。だが文春で報じている依田紀基元囲碁名人のような人間は珍しいのではないか。

 依田は九段で、タイトル獲得35期を誇る囲碁界の超大物で、無頼派だという。妻も、4段の原幸子。

 いい時は年収1億円もあったというが、無類の酒好きで博打好き。子どもの学費ために貯めていたカネまでも持ち出し、多額の借金をつくって、妻子を顧みないと、妻が告白している。

 私も、無頼派の将棋指したちと付き合った。酒に博打に女と三拍子そろったツワモノもいたが、最低限の妻子の面倒は見ていた。

 だが依田は、文春に対して、「僕は天に向かって恥じるようなやましい事は何もしていません。ただ、やり方はまずいところがあったなとは思います」と答えている。

 妻を泣かせ、子どもたちから詰られるようなことをしておいて、恥じるところはないとよくいえたものである。

 こういうのを「人間失格」というのであろう。

 サッカー日本代表監督・ハリルホジッチの突然の解任は、主力選手たちが、ハリルのやり方に危機感を覚え、話し合おうとしたが、ハリルがこれを拒否したことがきっかけになったとポストが報じている。

 本田や香川がその中心らしいが、その背景には、代表選手の魅力がなくなり、スポンサー離れがあり、サッカー協会側は危機感を抱いていたそうだ。

 それにしても遅すぎるのではないか。ポストによれば、現行の38チーム制となった98年のフランスW杯以降、W杯イヤーに監督を代えた国は、すべてグループリーグで敗退しているという。

 それに、ハリルを代えて西野朗を監督にしたが、とてもW杯を闘える体制ではない。いっそのこと辞退して、4年後に備えたらどうか。

 銀座の松坂屋跡にできた「GINZA SIX」は、私も時々覗くが、個性的な店が多いような気がする。

 その「GINZA SIX」の8階ワンフロアを「お弁当屋さん」が買ったと現代が報じている。

 この買い占め料金は250億円だそうだ。とてつもない金額を出して買ったのは、持ち帰り弁当店の「ほっともっと」(国内2,748店)や定食屋「やよい軒」(554店)をチェーン展開しているプレナスの社長、塩井辰男(54)だそうだ。

 業界トップだというが、よくそんなカネがあったものだ。現代によれば、銀行から240億円を借り入れしているそうだが、4月の決算発表では、経常利益は31%減だという。

 入れ替わりの激しい業界でやっていくのは大変だろう。もっとも、ここを売れば、何十億かの利益が出るそうだから、心配いらないか。

 フライデーが、野村克也元監督の息子でヤクルトの二軍コーチの野村克則(44)が、こともあろうに日テレのディレクターで、巨人担当の20代後半の女性と不倫関係にあると報じている。

 私も出席したが、克則は、01年に有紀子と豪華な結婚式を挙げている。彼女は姑のサッチーこと野村沙知代と仲が良く、「日本一勇気のある嫁」といわれたこともある。

 2人は夕食を取って、そのあとシティホテルに入った。

 フライデーの直撃に、ノラリクラリと交わした克則だが、父親は何といったのか。

「彼は彼の人生、楽しんだらいいんじゃない」

 それで、記者が帰ろうとすると、「俺、独身だけど、誰か紹介してくれ」と宣ったそうだ。やはりこの父親、タダものではない。

 浅田舞(29)といえば、浅田真央の姉貴で、妹と違ってなかなかの発展家であるようだ。今回文春が報じたのは、森進一・昌子の間に生まれたロック界の大スターTaka(29)との深夜個室スパ&お泊りだ。

 舞には結婚したいという思いはあるようだが、Takaのほうは「結婚できるんだったら、とっくにしてます」とインスタの動画でいっているそうだから、この恋、成就とはいかないようだ。

 さて、「捏造の宰相」(文春)安倍晋三も進退窮まったようだ。森友学園との国有地払い下げについての公文書を改ざんしていたことだけでも大変なのに、イラクへ派遣していた自衛隊PKO部隊の日報が、当時の稲田大臣が「ない」と答弁していたものが次々に見つかり、政府に都合の悪いものを隠蔽していたことが明るみに出てしまった。

 その上、愛媛県の中村時広知事が、愛媛県職員が加計学園の獣医学部新設の件で東京へ出張して、当時の柳瀬唯夫首席秘書官と面談した際、柳瀬が「本件は首相案件となっている」と発言したと、職員の報告メモにあったと、会見を開いて発表したのである。

「安倍官邸に都合の悪い文書は破棄もしくは非開示、さらには隠蔽、改ざんされる」(文春)

 民主主義の根幹である、公文書の情報公開を通して国民が権力をチェックするという機能を、この政権は奪って恥じることがない。片山善博が「世界」5月号で、「これまでの安倍政権を振り返ってみると、こうした民主主義における権力の腐敗防止装置が一つ一つ取り外されていることに気付かされる」と批判し、重要法案でも数の倫理で最初から結論が決まっているため「国会が無力化」されてしまっていると指摘している。

 こうした状態に危機感を覚えた心ある官僚や、地方自治体の首長たちが反乱を起こし、安倍政権へ「ノー」を突きつけているのだ。もはや死に体になった安倍首相は、早ければトランプ米大統領との首脳会談を終えた後、退陣するのではないだろうか。

 現代も、安倍は6月に退陣すると読んでいるようだ。どちらにしても支持率が30%を切りそうな政権では、長持ちするわけがない。

 先週も紹介した順天堂大学の「新生児取り違え事件」だが、50年前に取り違えられた小林義之(仮名・51)が、新潮に告白することを決意した。

 そして、順天堂大学もホームページに、こういうことがあったことを認める「お知らせ」を出したが、「50年以上経過後にお知らせすることによって、現在の平穏な生活を乱し、取り返しのつかないことになるのではないかと考え、お知らせしないことといたしました」と書いたため、小林は、「誠意がないばかりか、偽りが多い」から、私が話すしかないと心を決めたという。

 彼が順天堂側と話し合ったのは16年の3月3日。その対応はひどく、彼と母親に一度も頭を下げなかったそうだ。

 母親は彼が小学校に入る時、血液検査で、この子は自分の子ではないと知ったそうだ。

 彼女は順天堂に何度も行き、取り違えがあったのではないかと相談したのに、「だったら訴えろ」と追い返されたという。

 彼女は亭主から「浮気した」と詰られ、離婚されてしまった。

 3月3日にようやく「どうやら事実だ」と告げられたが、順天堂側は公表はしないと決めてしまった。

 それは先の「お知らせ」にもあった理由だが、小林は「本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。(中略)母だって本当の子供に会いたいはずです。私は最後の親孝行に、母の本当の息子も探したいんです」。

 新潮は、こうしたケースにあった人たちに聞いて回っているが、知らない方がよかったと思ったことはないと答えている。

 久しぶりに新潮の力の入った記事を読ませてもらった。順天堂側は、これに答えなくてはいけないはずだ。

 文春が、皆様の声より官邸の声を優先するNHK報道局長がいると報じている。この御仁、政治部出身の小池英夫局長。

 NHKの報道局幹部が「小池さんの官邸への忖度が問題視されているんです。朝の『おはよう日本』や夜の『ニュース7』、『ニュースウオッチ9』といった番組のニュースが、小池さんの横槍で別のモノに変えられてしまうんですから」と嘆いている。

 彼が直接やりとりしているのは、安倍の懐刀で影の総理と呼ばれる今井尚哉秘書官だという。

「森友絡みだと、安倍昭恵夫人の“いい土地なので前に進めてください”との発言が文書から消されたと昼に報じてたのに、ニュース7では局長の指示で昭恵発言がばっさり削られた。自殺した近畿財務局職員が残したメモのスクープも、トップニュースに持ってこないよう圧がかかりました」(NHK職員)

 まだこんなことをやっているのか、NHKは。安倍政権はもうすぐ終わる。時代の空気が読めなくては、ジャーナリスト失格といってもいいだろう。

 財務省事務次官のセクハラ発言が話題になっているが、当然ながらセクハラは財務省だけではない。

 文春が、フジテレビが社運をかけて始めた報道番組『プライム』の中でも、旗艦番組と位置付けられる『イブニング』ニュースのメインキャスター、反町理(53)に、社内外の女性を巡るパワハラ疑惑が浮上し、社内で極秘調査が行われていると報じている。

 反町キャスターは官邸キャップや政治部長など、政治部が長い。現在30代のA子は、官邸キャップだった時代に反町に狙われたという。

 休日にドライブデートに誘われ、断れずについていくと、夜景の見えるバーに誘われた。それを断ると、政治部記者で共有するメモが、彼女にだけ届かない、一斉メールで「A子は全然政治がわかっていない」と罵倒された。

 2人目のB子も政治部で似たようなパワハラの被害に遭っていたそうだ。

 文春は2人に話を聞いた。A子は「ご協力できることがあればよいのですが、さすがに私もまだ社員なので……」、B子は「私は立場上話せないです。だけど記事が出るんだったら頑張ってください、と思います。正直……」。

 それ以外にも、約6年前に、番組スタッフのC子の彼氏がフジテレビの正面玄関で、「反町出て来い!」と大声を出し、警官が出動する騒ぎがあったそうだ。

 BSフジの『プライムニュース』のメインキャスターに就任した松山俊行(49)の元愛人が、彼が結婚しているのを隠して、私と付き合っていたと告白している。

 フジテレビは呪われているとしか思えない。視聴率は低迷する、キャスターたちにスキャンダルが続出する。早くお祓いでもしてもらったほうがいいのでは。

 フライデーが「関ジャニ∞」の人気者、渋谷すばるが脱退するというスクープをものにした。なんでも、ボーカリストとして独り立ちしたいというのだ。

「嵐」に次ぐ人気グループだけに、もし脱退されたらと、ジャニーズ事務所は大騒ぎだそうだ。

 こちらもSMAP解散以後、ツキが落ちてきているようである。

 デイリースポーツ(4月16日付)がこう伝えている。

「渋谷が『海外を拠点に生活していきたいので、事務所を辞めたい』と意志を事務所に伝えたのは今年の2月15日。今年8月からCDデビュー15年目に入るタイミングでの事態にメンバー、スタッフは戸惑いを隠せず、説得のためメンバー全員で2回協議した。
 4月上旬まで話し合いは続き、4月10日を最終的な話し合いの期限に設定したが、結果的に『海外で音楽を学びたい』という思いに変わりはなく、他のメンバー6人も受け入れた。
 脱退と退所を漠然と考え始めたのは『35歳を過ぎたぐらいから。人生半分ぐらい来たのかなとぼんやり考え始めたのが最初』だといい、意志が固まったのは『今年の1月あたり』だと振り返った。脱退後は海外で、音楽の学校に通うことを考えており、『英語を取得したい』という思いから英語圏での活動を想定しているという。事務所やグループに在籍しながらそうした活動はできないのかとの質問に『自分だけの責任でどこまでやれるかということに今後の人生をかけてみたいということです』と言い切った。また、こうした質問はメンバーからの説得でもぶつけられたが、渋谷の意志は変わらなかった。また、バラエティー番組の出演を嫌ったという点には『責任を持って否定させていただきます』と笑顔で語った」

 もはや、ジャニーズ事務所の天下ではなくなった。事務所にペコペコへつらっていたテレビ局はどうするのだろう。

 一斉にジャニーズ事務所離れをするのだろうか。

 今週の第1位は財務省のトップ、事務次官のセクハラ発言をスクープした新潮の記事だ。

 だが、財務省はいつからこんなろくでもない役所になってしまったのか。新潮の「財務事務次官のセクハラ音源」を読みながらそう考えた。

 福田淳一次官は、1982年に東大法学部を卒業して大蔵省へ入っている。同じ入省年度には、森友学園問題で追及されている迫田英典、佐川宣寿がおり、98年に大蔵省汚職で逮捕された榊原隆(証券局総務課課長補佐・当時)もいる。

 榊原は、大蔵・財務の歴史を通じて、戦後、唯一逮捕されたキャリア職員である。明らかに人材のいない年であったようだ。

 新潮によると、福田は入省時点ではトップの評価を受けていなかったという。だが、よくいわれるように、次官になるのは、バリバリ仕事をやる人間ではなく、仕事はそつなくこなすが目立たない、マイナス点のつかない平々凡々とした人間が漁夫の利を得ることが多い。

 この福田氏、麻雀で培った動物的な勝負感で、危機を察知し回避して生き残ってきた人物のようである。

 だが困ったことに、この福田なる人物、取材に来る女性記者に対してセクハラ的言動がひどくて、「被害者の会ができるんじゃないですか」(財務省職員)といわれているのだ。

 大手紙の記者は、彼氏はいるのかと聞かれ、いると答えると、どれくらいセックスをしているのかといわれた。

 テレビ局の記者は、深夜に電話があって、ネチネチ過去の男のことを聞かれた。別の大手紙の記者は、キスしていい? は当たり前で、ホテルへ行こうといわれた記者もいると話す。

 呆れ果てた言動だが、女性の側も我慢ばかりはしていない。財務省担当の30代の女性記者が、福田に呼び出され、彼の自宅近くのバーでのやりとりを「録音」していたのである。一部を紹介しよう。

記者 財務省と森友学園、どうなんですかね。

福田 今日ね、今日ね……抱きしめていい?

記者 ダメですよ。

福田 いいじゃん。(中略)

記者 福田さんは引責辞任はないですよね?

福田 もちろんやめないよ。だから浮気しようね。

記者 今回の森友案件で、一番大変だったことってなんですか?

福田 いろいろ大変だったけど、これからがうんこだから。胸触っていい?

記者 ダメですよ。

福田 手しばっていい?

記者 そういうことホントやめてください。

 セクハラ発言が接続語のように用いられ、ついには、

「キスしたいんですけど。すごく好きになっちゃったんだけど……おっぱい触らせて。綺麗だ、綺麗だ、綺麗だ」

 と、畳みかける。新潮は、4月9日、福田が愛犬と家を出てきたところを直撃している。

 記者が、夜な夜な女性と飲んでいる時に、「おっぱい触っていい?」「キスしたい」などと発言していると聞くが、と問うと、

福田 何を失礼なことを言っているんだ。誰がそんなことを言っているんだよ!

 記者は何度も、仮に証言や証拠が出て来たらどうしますか? と問いつめ、それが出て来たら責任を取るのかと迫る。

福田 ないものは責任取りようがないだろう。ないんだから。ないんだって、ないんだって言ってるだろう! いい加減にしろよ、ホントに。

 この報道について聞かれた麻生財務相は、明らかにセクハラ発言だといいながら、処分はしないといい張った。

 だが一聞は百読にしかず。デジタル版の「デイリー新潮」で音声を流したから、ワイドショーなども含めて、このセクハラ音声が日本中に流れたのである。

 毎日新聞も4月14日の「社説」でこう書いた。

「安倍政権が掲げる『すべての女性が輝く社会づくり』に、泥を塗るような疑惑ではないか。
 財務省の福田淳一事務次官が女性記者にセクハラ発言を繰り返していたと、週刊新潮が報じた。森友問題に関し質問する記者に、『浮気しよう』『触っていい?』などと露骨な性的表現を度々使ったという。被害者は複数いるとも伝えられる。
 麻生氏の国会での答弁によると、福田氏は『私的な立場でいろいろな相手と会話し、一つ一つのやりとりは定かではない』と釈明したという。果たしてそうだろうか。(中略)
 記者が福田氏と会って話すのは、それが仕事だからだ。政治家を除けば省内で最高位の事務次官に取材するのは私的なやりとりではない。
 麻生氏は記者会見で『(週刊誌の記事には)いつ、誰がということを一切書いていないし、合成して作っている可能性も十分にあり得る』と疑問を投げかけた。しかし、だからこそ、徹底した調査が必要なのではないか。麻生氏は一方で、『(報道が)事実ならセクハラという意味でアウト』とも述べているのである」

 財務省もこう発表したと、朝日新聞DIGITAL(4月16日13時33分)が報じている。

「財務省は16日、福田氏からの聞き取り調査の結果を発表した。福田氏は『女性記者との間でこのようなやりとりをしたことはない』と事実関係を否定している。辞任しない考えも示した。財務省は外部の弁護士に委託し、調査を続ける方針も発表。記者クラブの加盟各社に対し、各社の女性記者の調査への協力を要請した」

 麻生や福田は恥の上塗りをしているということがわからない。

 福田は、これは事実無根の記事であるとして、新潮を提訴する準備を進めていると語っている。

 だが、こうしたセクハラのやりとり、この記者だけではないことは記事を読めばわかる。さらなる証言を新潮は次号で発表するに違いない。

 また、女性記者が名乗り出るかもしれない。そうなれば、福田も麻生も同罪である。

 引き際が潔くないのは、安倍と似ている。「不徳の致すところ」といって、さっさと辞めたほうが身のためだと思うのだが、この発言の真贋問題、どちらのいい分が正しいのか、まだまだ余震は続きそうである。

【巻末付録】

 今週は、現代の袋とじ、「解散翌年に撮影された門外不出の写真を独占入手! ピンク・レディ MIE 24歳の秘蔵ヌード」に尽きる。

 私もMIEのファンだった。彼女のセクシー&ボイッシュな魅力に魅せられて、テレビを見ていた。

 この写真集、露出度はさほどではないが、発売されたときは飛んで買いに行ったものだった。

 彼女のバストトップが透けて見えるのに、ドキドキしたものである。

 月日はあっという間に過ぎ、彼女も還暦になるという。

 7月6日には、東京目黒の「BLUES ALLEY JAPAN」でライブをやるそうである。

 これは見に行かなくてはなるまい。

 ポストの袋とじは「一般女性100人のヘアヌード」。これは25年前に五味彬という写真家が撮影し、発表された写真集で『Yellows 2.0』と名付けられた。

 確かにこれがヘア・ヌードのきっかけになった。私もこれを見て、すごいものが出たと思ったものだった。

 五味は、ヘアの処理をこうしたといっている。

「印刷過程でモザイクを入れるのも野暮ったくて不本意なので、自分でプリントした写真のヘア部分に白いポスターカラーを塗り、粗いスクラッチのような処理を施しました」

 あの時代に、こういうものが出版されたことに驚き、感激したものだ。

 まさにヘアに歴史ありだ。だが今週は現代のMIEが最高。現代の勝ちだ。
(文=元木昌彦)

エビデンスがなくても疑問を忘れるな。「ユリイカ」1988年11月号

 もはや、物書きの世界でも、竹中労の名前を出すと「誰?」であり、沢木耕太郎は「ああ『深夜特急』の人」である。

 知らない、読んでいないは構わない。大切なのは「こういう人物が書いた、こういう作品なのです」と話した時に、ピンとくるかこないか。それは「考えるな、感じるんだ」の世界。言葉を用いる仕事だが、言葉以前の部分で合わない人とは、会話する時間も億劫に思えてくる。

 読んでいなくても「おお! 過去にはそんな作品が」と食いついてくるようなタイプの人。そこまではいかなくても、こちらの提示するベースにある世界観を信頼してくれる人とは、物書きの仕事はやりやすい。

 そこには、小さな仕事でも、それを大勢の人に読んでもらい、あわよくば将来も残る作品にしたいという想いがある。

 でも、将来に残る作品というものは難しい。そう思ったのは「ユリイカ」1988年11月号(青土社)の特集「アメリカン・ノンフィクション」を読んだ時のことである。

 この特集がテーマにしているのは、前にこの連載でも触れたニュージャーナリズムの総括である。トム・ウルフやゲイ・タリーズなどの短編を収録する特集で、川本三郎は「ベトナム戦争があったからこそ……」という文章を寄せてニュージャーナリズムの起源と発展を記している。

 その中で川本は「ジャーナリズムは駆け足のメディアである」という。

 作家も、アカデミズムの学者たちも捕らえきれない、現代の最前線を、とりあえずジャーナリズムがつかみとる。

 原文では「とりあえず」の部分に傍点が記されている。この意味をどう考えればよいのか。私は、自身の思いのままに、躊躇することなく取材して、勢いよく書くことなのだと思っている。

 でも、それは適当なことをやってもよいという意味では決してない。

 昨年末に「朝日新聞」の論説委員が「エビデンス? ねーよそんなもん」と、発言したとかしないとかで物議を醸した。この論説委員の著書を読むに、言葉の意味は、何か気味の悪さを感じて政権批判をする自分の信念にエビデンスがない、ということなのだとわかった。多くの批判者が「新聞記者が裏取りもせずに書くのか」という言葉をぶつけていた。それに対して、著書の引用を用いて「意味をちゃんと考えろ」という反論がなされたわけである。

 でも、感情の赴くままに批判するのであれば、余計にタチが悪いなと思った。

 もし、物書きを矜恃にするとしているのであれば、まったく足りない。気持ち悪いから、気持ち悪いと書くだけでは単なる落書きの類いと違いはない。

 ベースに必要なのは「なぜ」という疑問である。

「なぜ、自分はそんな感情を抱いてしまうのか?」

 出来事や人物に、説明できない嫌な気持ちが湧く理由を探究する気にならないなら、ジャーナリズムではないと思うのだ。

 そうしたベースもなく「エビデンス? ねーよそんなもん」などと乱暴な言葉を吐いてしまう背景にあるのは、劣化である。

 そんな時に読み直す、特集「アメリカン・ノンフィクション」は新鮮だ。収録されているウルフやタリーズの短編は、多くの人が考えているジャーナリズムの概念を徹底的にたたき壊す。

 大抵の人は、ジャーナリズムという枠で書かれる文章というものは、こんな構造でできているように思っている。

 でも、これは一種、わかりやすく手を抜くための方法に過ぎないのではないかと思う。

 ノンフィクションやルポルタージュというのは、既存の概念の破壊をも使命にしている。ならればこそ、書き方も既存のものには囚われない、最初が叫び声から始まっても構わないし、ムカついてアイスを食べてもよい。ただ、なぜそうなったのか。それを考えることを忘れては成立し得ない。
(文=昼間たかし)

キラキラ系メディアなどクソ食らえ!「別冊新評 ルポライターの世界」

 最近気づいたのだが、世の中には「ライター講座」と称するものが、いくつもあるようである。それらの説明を読んでみたが、ライターを生業にして稼ぐ方法や、訴求力のあるWebコンテンツの作り方なるものを「人気ライター」などが、教えてくれるらしい。

 これが役に立つのかどうかわからないが、自分には必要のないことだと思った。

 ただ、もしも文章で身を立てたいと思った時に、こうした講座を一度は経験することも必要かもしれない。私自身も二十代の頃、高田馬場にあった日本ジャーナリスト専門学校の夜間部「日本ジャーナリストセンター」に通っていたことがある。取材して書くことで生計を立てている人には、最初は業界への入口を彷徨い、ここの扉を叩いた人も大勢いる。

 それが、果たして何かの糧になったのか。明確に説明できる人は少ない。なんとなく曖昧なままに過去の経験として憶えている。私の場合、どのコースを選ぼうかと思って、文芸創作講座を選んだので、余計に総括は曖昧なままである。いずれにしても、何かを学び、何者かになろうとする決断をするまさにその時は、人生で、もっとも貴重な瞬間の一つだと思っている。

 いま、ルポライターを肩書きにしているが、そもそもルポライターというのが、どういう仕事なのかは、私もうまく説明することができない。人に説明をする時は「自分で取材をして、自分の意見で書く」というスタンスを説明することにしている。

 そんな曖昧さがあるのも、ルポライターというものを解説する書籍がほとんどないからである。竹中労の『ルポライター事始』(現在は、ちくま文庫で刊行)は、すぐれた作品である。肩書きをルポライターとすることを決めて以来、座右の書として揺るぎない。

 でも、年数を重ねるうちに「ほかの視点はどうなのだろうか」と考えるようになる。そんなことを考えた時期に手に入れたのが『別冊新評 ルポライターの世界』(新評社)である。奥付は1980年7月。この頃は、まだ世に「ルポライター」を肩書きとする物書きが多かったのだろう。

 この本に記された、さまざまなテーマの記事は、すでに古びて参考にならないものも多い。例えば松浦総三の手による「戦後ルポルタージュ30選」は、ちょっと古い。選ばれた中には、竹中労『タレント帝国』など、今も読むべき本もある一方で、オールドスタイルのルポルタージュが中心を占めているからだ。

 一方で、今こそ参考にしたいのが佐藤友之による「これがルポライターの収入と支出だ!」である。ここで示されるのは、1980年代当時でも原稿料は現在と変わらないという事実。現在と当時が違うのは、原稿料の安さを「覚悟」として求めていることである。

 800円の原稿を仮に月200枚書いても、月収16万円である。寸暇を惜しんで取材に飛び廻り、資料を読み、土曜日曜もなしに徹夜徹夜を続けて、諸経費を差し引いて手元に残るのは大卒の初任給程度である。

 現在、ルポライターは何千人いるのか定かではないが、マスコミでもよく名の売れているわずかひと握りの著名なライターで、その収入は、大会社の課長クラスだという。多くは、生活費にあえいでいる。前述したように、転職していった者も少なくない。

 昨今の「ライター講座」というものの様子を見ると、前述のようにクライアントにウケる方法、そして、効率よく稼ぐ方法が主題となっているように見える。とりわけ、何か別の目標を立てながら副業としてライターで稼ごう系のものだと、その傾向は強い。

 世間では「キラキラ系」と称されるいくつかのメディアが流行し、持てはやされている。個人で、ネットで公開した1本100円とか200円の短文の「記事」が何本売れたとか、フォロワーが何人いるとかを誇るものが多い。でも、そんなものを誇るのが物書きの矜恃だとはとても思わない。

 仕事なのではない。生き様であると覚悟を決めろ。すでに紙は色あせた1冊の本が、自分の選んだ選択の正しさを確信に近づけてくれている。
(文=昼間たかし)

実践のための「ニュー・ジャーナリズム」の復権 「スペクテイター」第33号

 この連載は「100人にしかわからない本」と銘打っている。なので、この本について言及するには、少々申し訳ない気持ちもある。

 2015年5月に発行された「スペクテイター」第33号(エディトリアル・デパートメント/幻冬舎)が、それである。

 この雑誌は年3回の変則的な刊行形式で、各号ごとに、ひとつのテーマを突き詰めていく。

 2月に発売された最新号では、つげ義春をテーマに、多方向から稀代の天才漫画家について探求している。

 正直、あまりにもコアな雑誌。その第33号が特集したのは「クリエイティブ文章術」である。タイトルだけみれば、文章の描き方講座か何かを想像するかもしれない。

 ところが、この号が多くのページを割いて紹介したのは「ニュー・ジャーナリズム」であった。

「ニュー・ジャーナリズム」という言葉を聞いて「ああ」と、納得できる人がどれだけいるだろうか。それは現代では、ほぼ忘却された言葉になっている。例えばGoogleで検索しても出てくるのは、Wikipediaなどの、ごくごく簡易的な解説くらいである。

 1960年代後半にアメリカで生まれた「ニュー・ジャーナリズム」。それは、あえて客観性を放棄して、取材対象に関わり合うという方法論である……と、説明を始めれば字数はいくらあっても足らない。今では、もう忘却された「ニュー・ジャーナリズム」。それを21世紀にあって「スペクテイター」第33号は、真っ向から語り再生を図っている。

 とりわけ、「Quick Japan」の初代編集長であった赤田祐一の筆による「ニュージャーナリズム小論」は、もっとも簡潔に「ニュー・ジャーナリズムとは何ぞや」を理解するに適した解説である。

 ここで、赤田は「ニュー・ジャーナリズム」を、こう説明する。

***

 ニュージャーナリズムについて知りたければ次の本を読めばいいと思う(翻訳書が出ています)

トルーマン・カポーティ『冷血』
ハンター・S・トンプソン『ヘルズエンジェルズ』
トム・ウルフ『ザ・ライト・スタッフ』
ゲイ・タリーズ『名もなき人々の街』『ザ・ブリッジ』

日本人の手によって書かれたノンフィクション本では、以下四本の表題作がいいのではないか。

沢木耕太郎『テロルの決算』『一瞬の夏』
立花隆『中核VS革マル』『日本共産党の研究』

***

 論の冒頭で、こう記した赤田は「これでは単純化が過ぎる」「スペースが埋まらない」と、以降数ページを費やして丁寧に「ニュー・ジャーナリズム」の発生からを書き記している。その歴史性は、当然知っておかなければならない。でも、もしも実践のための糧とするならば、この冒頭の読書案内だけで十分である。

 もしも読んでいないならば、ここに記された作品を読んでみるだけよい。何がしかの書き手として屹立したいと日々考えているなら、この9冊をパラパラとめくるだけで気づくのだ。自分には、深く取材する意志も技術も、取材対象への観察眼も洞察も、何もかもが足りていないということに。

 ノンフィクションというジャンルが「冬の時代」といわれて長い。それでも、毎月のように、収支に見合わぬ努力を重ねた作品は、次々と発売される。「ルポライター」を肩書にしていると、当たり前のように「最近、どのような魅力的な作品に出会いましたか」と尋ねられる。容易にはたどり着くことのできない土地を目指したり、出会えない人にあったり、泥にまみれながら取材を重ねている姿が浮かび上がる作品は数限りない。それでも、私は、いつもこう答える。

「ずっと前の作品ばかりを読んでいるんです」

 どれだけ現代を知ることができる作品に出会い、感動してもなお、赤田が挙げた作品群を超えているとは思えないからだ。

 なぜ1960年代後半から70年代に頭角を現した、それらの書き手たちは、優れているのか。いくら考えても、その解答は出ない。それは、作品を作り上げているものが、理屈ではなく意志だからだと思う。だから、追いつく手段があるとすれば、模倣と実践との繰り返し、それを乗り越えるきっかけを探り出すしかないのではあるまいか。

 そのためだろうか。何か、取材をする前になるとさまざまなものが頭をよぎるようになった。もしも、今日の取材をトンプソン風に描くなら、どうするのか。タリーズならどうか。

 沢木ならば「私は」なのか「ぼく」なのか……。

 取材を終えて、いざ執筆の段になっても回答はない。構成・文体が無数に沸きだしてくる……。

 インターネットのメディア、SNSなどの普及は、簡潔に情報だけを求める読み手を拡大させてきた。けれども、その時代ももう終わる。

 電子書籍の普及をひとつのエポックとして、人は次第に、スマホを用いて本と同じくじっくりと文章を読むことに慣れてきている。

 21世紀において「ニュー・ジャーナリズム」が積み重ねてきた体験は、どう生かされていくのか。

……そんなことを評論チックに書いているよりも、さっさと取材に出かけたい衝動が、またわき上がる。
(文=昼間たかし)

西部邁さん“自殺ほう助者”の逮捕で白紙になった「追悼本プラン」の中身とは?

 評論家の西部邁さんが今年1月に死亡した際、これを手助けしたとして、知人であるTOKYO MXテレビ子会社のディレクター・窪田哲学容疑者と、会社員の青山忠司容疑者が、警視庁に自殺ほう助の疑いで逮捕された。ともに容疑を認めているという。この一件により、あるフリー編集者が進めていた西部さんの追悼本刊行プランが白紙になった。

「西部先生は家族や医師に介護されるのを嫌ったり、『人に抗議をするときには焼身自殺をする。人生が嫌になったときには入水自殺をする』と言っていましたし、拳銃を入手しようとしていたほど“自裁予告”をしていましたが、思想の違いで対立した敵もいたので、襲撃予告のような文書を送りつけられたこともあったんです。だから、彼の死には当然の自殺だと思える一方、他殺説も流れましたから、一冊の本の中で推論を戦わせるのはどうかと企画していたんです。先生は深い考察や議論が好きでしたから、美談に終わらせないほうが喜んでもらえるんじゃないかと思いました。でも、自殺をほう助した者の存在が明らかになって、とても本の企画どころではなくなってしまいました」

 西部さんは東京大学に在学時、60年安保闘争に参加。海外留学や、東大教授を経て、社会思想の評論を続けた。テレビ朝日の討論番組『朝まで生テレビ!』では、保守派の論客として人気を得て、近年でもトーク番組で独特の社会批評や人生観を述べていたが、今年1月に多摩川で入水自殺。しかし、その状況から第三者が関与した可能性が高いと、警察が捜査していた。

 晩年、手が不自由だったにもかかわらず両手がロープで縛られていた状況や、そこに遺書までそろえられていたことなどから、何者かが自殺を手伝った疑いが強まっていたのである。状況だけ見れば、まるでテレビで見るサスペンスドラマのようでもあり、ネット上では「他殺説」を唱える人々も少なくなかった。

「どう見たって完全な殺人。あのくらいの年齢の人が人に迷惑かけて死ぬかよ。自殺なら一人で死ぬよ」

「遺体の両手が縛られていたというのは自殺じゃない。憲法改正を阻止したい左翼系市民グループがやったに違いない」

「口の中には小さな瓶まで入っていたらしいし、自殺するならこんな残酷な死に方を選ぶはずがない」

 死の直後は、ネット上でこうした意見が飛び交っていたため、先のフリー編集者は追悼本の一部にてそうした見方を検証しようとしたわけだが、窪田容疑者は調べに対し、「西部先生の死生観を尊重して力になりたかった」などと供述したという。前夜の防犯カメラには西部さんと容疑者が一緒に歩いている姿もあり、警察は殺人ではなく自殺ほう助の容疑を確信したようだ。

 ただ、これにも一部で「西部さんが自殺に同意していなかった可能性はないのか」と疑う声がある。引き合いに出されたのは、昨年、神奈川県座間市のアパートで男女9名の遺体が発見された事件だ。こちらは自殺願望のあった被害者たちから金を奪うなどして殺した事件だが、犯人は「殺人容疑」で逮捕されている。嘱託殺人か自殺ほう助か、それとも殺人か――。法的には状況の解釈で線引きされているようだが、その差は一般人にとってわかりにくく、その差を考えさせられるところだ。
(文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)