雑誌文化の衰退と共に出版取次も危機的状況……いよいよ「日販」と「トーハン」が物流の協業を検討へ

 発売日に、雑誌や書籍がきちんと書店に並んでいる。長きにわたる出版不況の影響で、そんな常識も危機的な状況になりつつある。

 11月、出版取次最大手の日販が、第二位のトーハンと物流を協業することを検討していると発表して、業界の注目を集めている。

 いまや出版物の売上高はピークだった1996年の52%程度と約半分まで減小。両社ともに物流拠点と配送網を維持することが困難になっているのだ。

「今年に入ってから、取次では土曜休配日(土曜日には、書店に本を配送しない)を増やすことを検討し、各出版社にも流通網維持のために負担の増額を求めています。しかし、同様に市場縮小の煽りを受けている出版社側もその要求には難色を示しています。とりわけ、週刊誌などの雑誌は、発売日が決まっていることが鉄則でしたが、それを維持するために負担が増えるのであれば雑誌をやめてしまおうという意見すら出る状況です」(出版社社員)

 日本の書店への流通ルートは、雑誌を基本として構築されているものだ。毎日、書店に配送される雑誌の流通網に、書籍も乗せることでコストを抑えることができた。

 この強固な流通網の存在は大きく、出版社は本を作って取次に送ってさえしまえば、取次が勝手にバラまいてくれる。すなわち、営業努力を大してしなくても回るという状況が根付いている。

 こうした取次の存在によって維持されてきた日本の出版業だが、雑誌が売れなくなり、ネット書店が拡大した中で「そもそも、どうやって本を売ればいいのか」と、ほぼゼロからスタートしなければならないところまで追い込まれている。

 今後、雑誌市場はさらに縮小していくだろう。一方で、紙の本が消滅するということはない。出版社は、従来のシステムの中で本を売るという考えを、いったん捨てて新たな流通モデルを構築することが求められている。

 なお、今回の協業でたまに指摘されるのは、なぜ日販とトーハンがここで、いっそのこと合併しないのかということ。これは、あまりに両社のシェアが大きすぎて、合併すれば独占禁止法に抵触する可能性があるため。

 もしも、この問題が解決すれば、将来的には両社の合併もあり得る話だという。
(文=ピーラー・ホラ)

ビニールが破けない! なぜ講談社のマンガ単行本は出荷する時にシュリンクされているのか?

 中身が読めないことで、売り上げは下がるのか、上がるのか?

 書店に並んでいるマンガ単行本は、ビニールでシュリンクされているのが一般的だ。このシュリンク、たいていは書店側が行っているもの。そのため「この巻は買ったっけ?」とか「表紙はよいけど、中身は?」というときには、店員に言えばシュリンクを破ってくれる。

 ただ、そんな中に例外がある。それは、出版社側がシュリンクして出荷している場合だ。これは、主に講談社がやっているもので、ビニールの上にバーコードやISBNが表示されたシールが貼ってある。発売日も書いてあるので、買い逃しや同じ本を買ってしまう危険がないかといえば、そうとも限らない。しかし、講談社のシュリンクは破いて中身を確認することができないのだ。まれに対応してくれる書店もあるようだけど、たいていの書店は「返品ができなくなるから」と、申し訳なさそうに断ってくる。

 講談社が出荷時にシュリンクを始めたのは、2013年のこと。すでに定着しているシステムではあるのだが、今や書店では不評である。

「そもそも講談社が出荷時にシュリンクするようになったのは“書店の手間を減らす”というのが、名目でした。でも実際には、カバーにバーコードがないために新古書店が管理しにくくなり、結果的に新刊が売れるのではないかという壮大な目論見もあったといわれます。さらに、売上スリップも廃止したり、表紙デザインからバーコードが減ったことで製作コストが削減できるという話もありました。いずれにしても、あくまで出版社側の自己都合で自己満足。書店では、お客さんが中身を確認することもできませんし、特典を挟み込むことも不可能。正直、不便なシステムです」(書店員)

 大手の書店であれば、中身の一部を小冊子にした見本が置かれている場合もある。しかし、どこの書店にもそうしたサービスがあるというわけではない。結果的に、販売機会を失っているのではないか。書店からは、そんな批判も聞こえてきているが……。
(文=是枝了以)

ジャニーズ需要激減のテレビ業界と、忖度にまみれる出版業界の明暗とは?

 テレビ業界では、ジャニーズの需要はかつてに比べて確実に低下している。

 ドラマ界が軒並み苦戦を強いられている現状では、ジャニーズが主演したところで、視聴率2ケタを獲得できるのは、もはや木村拓哉や山下智久、嵐・大野智など、ごくわずかのメンバーだけ。

 バラエティでも、ジャニーズ関連の番組の数字は、どうにも振るわない。

「以前は、ジャニーズの番組を担当するのはオイシイ仕事だったんですよ。全然数字が取れなくても、ジャニーズの番組は基本的に『終わらない』から、楽だったんです。だから、作家の卵の時代には、ジャニーズ番組でいろいろ遊ばせていただきました。でも、今は数字が低ければ、ジャニーズでも番組が終わる。甘くないですよ」

 そう語るのは、あるバラエティの放送作家。

 また、あるドラマ制作関係者も次のように指摘する。

「ジャニーズで数字が取れた時代は、もう昔のこと。今はジャニーズよりもお金がかからない、注文もうるさくない旬のイケメン俳優のほうが好まれることもありますし、視聴者も目が肥えてきているから、脚本や演出を重要視する人のほうが増えてきているところはあります」

 テレビ業界では、ジャニーズ離れが進んでいるように見える昨今。しかし、その一方で、現在、ジャニーズに熱い視線を送るのは、出版業界だという。

「テレビ雑誌が売れていたのは、ずっと昔のこと。部数が激減するとともに、もうずいぶん前からテレビ雑誌は軒並み『ジャニーズ雑誌』と化しています。特集記事や、インタビューなどの内容も、アイドル雑誌と内容が変わらないものになっていますよね。理由は単純、売れるからです。さらに、テレビだけでなく、最近は一般誌や女性ファッション誌、カルチャー雑誌などもどんどんジャニーズ頼みになりつつあります」

 そう話すのは、ある出版コーディネーター。確かに、近年は、ドラマ放送中や映画公開中などのジャニーズが表紙を飾る雑誌が明らかに増えている印象がある。その理由については、次のように説明する。

「テレビの視聴率においては、ジャニーズファンが頑張ったところで、世間に受け入れられないと10%にも届きませんが、不況の出版業界においては、ジャニーズファンは非常にパイが大きい。だから、ジャニーズを使うと売れるのです。しかも、若手イケメン俳優などは、流行のサイクルが非常に早いのに比べ、ジャニーズは固定ファンが根強くいるので、タレントやグループによって人気差があるとはいえ、どこでもそこそこ安定した売り上げが見込めると考えられています。そのため、これまで付き合いのなかった版元などでも、ジャニーズとの関係を作ろうとアプローチしているところが増えているようですよ」

 ちなみに、ジャニーズ需要が高まる出版業界においては、ますます「ジャニーズ忖度」が強まっているともいう。

「例えば、新規でジャニーズにオファーする会社なども、これまでに少しでも『新しい地図』との付き合いがあることが発覚すれば、全面NGにされると言われています。だから、本当は新しい地図にオファーしたくても、ジャニーズNGとなるのが怖くて、できないそうです。また、会社、媒体単位だけでなく、編集者や記者でSMAPと長く仕事をしてきた人、親しかった人などは、名指しで担当を外されたり、会見から締め出されたりしているそうです」(同)

 ごく最近は、さすがに新しい地図の影響力の強まりもあり、ジャニーズでもネット解禁が進められていることも含め、対応が少し軟化しているのではないかとも言われる。だが、その一方で、こんな話も。

「タレントの肖像権については、もともとうるさいジャニーズ事務所ですが、タレントを褒めちぎる提灯記事や、ジャニーズファンのことなどを取り上げる本・記事などについても、ジャニーズは良く思っていないようで、目を光らせていると聞きます。権利関係や商売ということよりも、要は『自分たちのあずかり知らぬところで勝手に何か書かれるのが許せない』ということらしいです」(同)

 深刻な不況が続く出版業界においては、ジャニーズは確実にある種の救世主にはなっている一方で、「ジャニーズ忖度」は深刻化しているようだ。

だいたい辛辣なショウペン先生『自殺について』

 さて、前回から引き続き、人生の黄昏を感じざるを得ないシリーズである。そもそも論としてタイトルが「100人にしかわからない本」なので、100人くらいはわかってくれると思って、続ける。

 20世紀の末。90年代の半ばくらいまでは、読書の必然性というのは、現在よりもずっと高かった。読書をしていれば、最低限の教養は身について、それはいずれ我が身を助けるという信仰のようなものを誰もが共有していたと思う。

 でも、それはある面では正しくはなかった。

 読書の積み重ねが、そのまま実人生に影響するのならば、もっと報われている人も多いはず。ふと見回せば、一種の求道的な読書スタイルは、もうどこにも見られない。世に論客といえる人は一種の芸人のようになっている。

 今の時代を切り取っている魅力的な本というのはあるけれども、何十年、何百年と読み継がれている本に比べると、何かが欠ける。

 考えてみれば、筆者はまったく信じてはいないけど、マルクスなんて生誕200年を迎えて、まだ本が読まれたり研究者がいたりするわけである。自己啓発書とかビジネス書ではない形で、世界はこうなっているとか、人生はこういうものだと語り、そうだったのかと考えさせられるような本というものは、ほぼ見ない。

 実際『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)が、マンガ(マガジンハウス)になって、ブームになるくらいだから、本当に、そんなジャンルの本は新たにはないのだろう。

 読書というのは、だいたい出会い。読書の必然性があった時代には「何が書いてあるか、難しい、わからん」などと読みつつ、なんとなくのフィーリングで「だいたい、自分のこれから生きるラインは、これ」みたいなものをつかんでいた。

 今思うに、筆者のラインに通底しているのは、ショウペンハウエル(ショウペンハウアー)に尽きる。ショウペンハウエルは、19世紀ドイツの哲学者で、書いてることはやっぱり難解である。数年前に、白水社の『ショウペンハウアー全集』全14巻+別巻1巻を買ったけど、やっぱり難しい。代表作である『意志と表象としての世界』は、正続合わせて全集のうち6冊を占める。これは、何度読んでも、やっぱり難しい。

 ところが、このショウペン先生。短い文章を書かせると人が変わる。毒舌というべきか、えぐるような洞察力というべきか、辛辣に本質を突いてくる。岩波文庫の青から、現在も刊行されている『自殺について』は、まさにそれ。この本で記される《人生というものは、通例、裏切られた希望、挫折させられた目論見、それと気づいたときにはもう遅すぎる過ち、の連続にほかならない》は、ショウペン先生の名言として、よく引用されるもの。

 正直『君たちはどう生きるか』とかに感動している場合なら、こうした辛辣な言葉に刺されたほうがいい。それも人生の早いうちに。

「成せばなる」とか思っても、結局はそんなんものだと思っていないと、本当に電車にでも飛び込んでしまう。そうならないために、ショウペン先生は最初から最悪を想定しておけと教えてくれているわけである。そして、いざとなれば、キリスト教的価値観じゃなければ自殺も勇気ある選択肢とまで。

 人生の半ばに、また、もう少し生きるか否かを考える。
(文=昼間たかし)

だいたい辛辣なショウペン先生『自殺について』

 さて、前回から引き続き、人生の黄昏を感じざるを得ないシリーズである。そもそも論としてタイトルが「100人にしかわからない本」なので、100人くらいはわかってくれると思って、続ける。

 20世紀の末。90年代の半ばくらいまでは、読書の必然性というのは、現在よりもずっと高かった。読書をしていれば、最低限の教養は身について、それはいずれ我が身を助けるという信仰のようなものを誰もが共有していたと思う。

 でも、それはある面では正しくはなかった。

 読書の積み重ねが、そのまま実人生に影響するのならば、もっと報われている人も多いはず。ふと見回せば、一種の求道的な読書スタイルは、もうどこにも見られない。世に論客といえる人は一種の芸人のようになっている。

 今の時代を切り取っている魅力的な本というのはあるけれども、何十年、何百年と読み継がれている本に比べると、何かが欠ける。

 考えてみれば、筆者はまったく信じてはいないけど、マルクスなんて生誕200年を迎えて、まだ本が読まれたり研究者がいたりするわけである。自己啓発書とかビジネス書ではない形で、世界はこうなっているとか、人生はこういうものだと語り、そうだったのかと考えさせられるような本というものは、ほぼ見ない。

 実際『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)が、マンガ(マガジンハウス)になって、ブームになるくらいだから、本当に、そんなジャンルの本は新たにはないのだろう。

 読書というのは、だいたい出会い。読書の必然性があった時代には「何が書いてあるか、難しい、わからん」などと読みつつ、なんとなくのフィーリングで「だいたい、自分のこれから生きるラインは、これ」みたいなものをつかんでいた。

 今思うに、筆者のラインに通底しているのは、ショウペンハウエル(ショウペンハウアー)に尽きる。ショウペンハウエルは、19世紀ドイツの哲学者で、書いてることはやっぱり難解である。数年前に、白水社の『ショウペンハウアー全集』全14巻+別巻1巻を買ったけど、やっぱり難しい。代表作である『意志と表象としての世界』は、正続合わせて全集のうち6冊を占める。これは、何度読んでも、やっぱり難しい。

 ところが、このショウペン先生。短い文章を書かせると人が変わる。毒舌というべきか、えぐるような洞察力というべきか、辛辣に本質を突いてくる。岩波文庫の青から、現在も刊行されている『自殺について』は、まさにそれ。この本で記される《人生というものは、通例、裏切られた希望、挫折させられた目論見、それと気づいたときにはもう遅すぎる過ち、の連続にほかならない》は、ショウペン先生の名言として、よく引用されるもの。

 正直『君たちはどう生きるか』とかに感動している場合なら、こうした辛辣な言葉に刺されたほうがいい。それも人生の早いうちに。

「成せばなる」とか思っても、結局はそんなんものだと思っていないと、本当に電車にでも飛び込んでしまう。そうならないために、ショウペン先生は最初から最悪を想定しておけと教えてくれているわけである。そして、いざとなれば、キリスト教的価値観じゃなければ自殺も勇気ある選択肢とまで。

 人生の半ばに、また、もう少し生きるか否かを考える。
(文=昼間たかし)

東京都の指定する不健全図書のみ軽減税率対象外の可能性も……出版業界「有害図書」の動向

 来年10月にも予定されている消費税10%への増税を前に、出版物に軽減税率を適用してもらい雑誌・書籍への増税を回避しようという動きが本格化している。そのために「有害図書」の排除に向けた動きが出版業界内で始まっているといわれるが、実態はどうなっているのか。

「有害図書」を排除することで、雑誌・書籍にも軽減税率を適用してもらおうとする出版業界の動向は、業界紙などで徐々に報じられている。

『全国書店新聞』7月1日号では、6月11日に参議院議員会館で開催された「活字文化議員連盟」と「子どもの未来を考える議員連盟」の合同総会の模様を報道している。

 * * *

来年10月の消費税引き上げ時に新聞、書籍・雑誌に対して確実に軽減税率を適用するよう求めていく活動方針(別掲)を採択した。日本書籍出版協会(書協)の相賀昌宏理事長(小学館)は、書協、日本雑誌協会、日本出版取次協会、日書連の4団体が「書籍・雑誌の軽減税率適用に関する制度設計骨子(案)」をまとめ、軽減税率の対象図書を区分する自主管理団体を設立すると報告。書籍・雑誌に対する軽減税率適用を訴えた。
http://n-shoten.jp/newspaper/index.php?e=595

 * * *

 これらの報道を見ると、軽減税率を適用してもらうための新たな自主規制団体の設立に向けた動きは、本格化しているように見える。だが、具体的な動向はまったく聞こえてこない。どうも、自主規制団体を設立する方針はあるものの、具体的にどのような団体にするのかは、まったく未定のようだ。

 さらに「有害図書」にされる可能性のあるアダルト系出版社中心の業界団体である、出版倫理懇話会は、こうした方針に批判も賛同もしていない状態だ。

「4月に、雑誌協会や書籍協会と話し合いの席を持ちましたが、まったく具体的な話は出てこなかった。あくまでも、4団体(日本書籍出版協会・日本雑誌協会・日本出版取次協会・日本書店商業組合連合会)がやっていること。こちらでは、どうなっているのかは、まったくわかりません」
(懇話会加盟社社員)

 すでに多くの報道で、新たな自主規制団体の設立が規定の方針のようになっている。だが、それ自体がポーズではないかという観測もある。

「出版業界団体の目的は、軽減税率を適用してもらうこと。そこで、議員に効果的に働きかけるために、軽減税率適用を考える時にネックになる<有害図書>について、業界には自主規制を行う気があるという姿勢を見せているだけとも考えられます」(業界紙関係者)

 この見解に立てば、仮に新たな自主規制団体が設立されたとしても、そこで<有害図書>とされる範囲は、かなり限定される可能性が高い。

「もっとも可能性があるのは、東京都の指定する<不健全図書>に準ずるというものです。東京都の指定自体、かなり数は限定されるようになってきていますので、出版業界としても受け入れやすいはずです」(同)

 とすると、出版社が自主規制でシール留めや18禁にしている雑誌・書籍は「自主規制されている」というロジックで、軽減税率を適用。不健全指定されたものは、自主規制がされていないから適用外ということになるのだろうか……?

 さまざまに批判される東京都の不健全図書指定制度。でも、出版業界内でも「指定される図書は、本来、成人向けコーナーに置くべきものではないのか。すなわち指定には蓋然(がいぜん)性がある」という見方をする人も多いのは、まごうことなき事実だ。

「表現の自由を守ろう」と叫ぶだけなら誰でもできる。さて、誰とどうやって、何を目指して戦いますか……?
(文=昼間たかし)

「貸出履歴は個人のプライバシー」大炎上の三郷市小学校図書館は、何が問題だったのか

 学校図書館の貸し出し記録をデータベース化して「活用」する埼玉県三郷市の小学校が実施している取り組みが、批判にさらされている。きっかけとなったのは、この取り組みに関する報道だ。

 いったい、何が問題だったのか。

 問題の発端となったのは、不動産事業を行うハウスコムが運営するサイト「Living Entertainment」に掲載された『1年間で1人あたり142冊もの本を読む埼玉県三郷市立彦郷小学校「社会問題の根幹にあるのは読書不足』というタイトルの記事(http://media.housecom.jp/misato/)。

 この記事で取り上げたのが、同市が実施する「日本一の読書のまち」という施策に絡む、三郷市立彦郷(ひこさと)小学校の取り組みだ。

 ここでは、この小学校の取り組みが、次のように記されている。

 * * *

三郷市は平成20年に読書活動を教育重点施策に掲げると、翌年には学校図書館のデータベース化を行い、平成22年には三郷市にある全ての学校でコンピュータ管理システムを整備しました。

前述の三郷市立彦郷小学校の鈴木勉校長によると、データベース化を行うことによって、児童ごとの読書傾向を学校側が把握できるようになり、今どんな本を読んでいるのか、あるいは1ヶ月で何冊の本を読んでいるかなどを的確に把握できると言います。

 * * *

 これが、瞬く間に批判を集めた。図書館において利用者が、どのような本を借りているかは絶対に漏らしてはならないもの。読書傾向から、個人の思想や嗜好といったプライバシーを丸裸にすることができるからだ。日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」でも「読者が何を読むかはその人のプライバシーに属することであり、図書館は、利用者の読書事実を外部に漏らさない」ことを定めている。つまり、図書館に関わる者なら、絶対に守らなくてはならない大前提だ。

「近年では佐賀県武雄市の市立図書館がカルチュア・コンビニエンス・クラブを指定管理者にした際、Tポイントがたまる利用者カードにしたことで貸出履歴が図書館の業務以外に利用されるのではないかと問題になりました。ほとんどの図書館では、貸出履歴が、ほかの目的に利用できないようにするため、返却したら借りた人のデータが前回の1回分だけを残して消去されるようになっています」(図書館関係者)

 図書館関係者の貸出履歴に関する意識は繊細そのものだ。とりわけ、今でも語り継がれるのはスタジオジブリの映画『耳をすませば』(1995年)に絡む事件。

「よく知られている通り、この映画は貸出カードが、ストーリー展開上、重要な要素として描かれていますが、図書館業界では大きな問題となりました。これを契機に全国的にカードの廃止が進んだという経緯があるのです」(図書館関係者)

 批判を受けて三郷市側は、データ利用は貸出回数やクラスごとの貸出冊数といった数値だけという釈明に追われている。実施する側も取材する側もこの件に問題があることを理解していなかったことが、もっと大きな問題であろう。

(文=特別取材班)

「ブックオフの黄昏」かつて出版業界を恐れさせた勢いもなく、旗艦店も閉店に追い込まれ……

 かつての勢いは、どこにいったのか。新古書店という新たな古本屋のスタイルを生み出したブックオフが黄昏を迎えている。

 6月、ブックオフは渋谷センター街店を7月22日で閉店することを告知した。ブックオフ渋谷センター街店は、2008年に「パルコ・クアトロ」のリニューアルに合わせオープンした大型店。地下にはグループ初の本格的な古着店が出店したほか、14年からはオークションサイト「ヤフオク!」とコラボ展開するコーナーなど、ブックオフの中でも旗艦店といえる地位にあった。

 近年、ブックオフの業績不振は深刻だ。過去8年の間に閉店した店舗は300店舗あまり。一時は、出版業界を脅かす存在となるまで繁栄したチェーンの勢いは、すでにない。

「ここまで業績が悪化したのは、ブックオフに足を運ばなくても、需要のある新しめの本を手軽に買えるようになったからでしょう。中でも、メルカリがブックオフの顧客を急速に奪ったのではないでしょうか」

 そう話すのは、古本の売買を副業にする個人。

「これまで、さまざまな方法で古本を売りさばいてきましたが、今では大半がメルカリです。何しろ、スマホで商品を撮影して、簡単な説明を書くだけで出品は手軽。出版から日数のたっていない新しめの本なら、それこそ数分で売れます」

 急速にシェアを伸ばしたメルカリだけでなく、Amazonでも古本の売買は盛んだ。ネット通販全盛の時代にあって、店舗運営を主体としたブックオフは、もはや古い業態になっているのは否めない。

「さらに、業績が悪化した結果なのか、ブックオフでは人気のある本の販売価格を高めに設定するようになりました。メルカリだとかAmazonで買うよりも割高感が出てしまったことで、余計に客離れが進んだのではないでしょうか」(同)

 本が読まれなくなることと、ネット書店の普及によって、新本を売る書店も次々と閉店に追い込まれている。ブックオフも、その流れの中に巻き込まれたといえるだろう。

 ブックオフに生き残る方法があるとすれば、メルカリ並みの値付けと、欲しい本が来店せずとも即入手できるシステムづくりであろう。

 いずれにしても、今ほどの数の店舗が不要になるのは確かだ。
(文=是枝了以)

そもそも出版自体が対象外の可能性も……軽減税率から「有害図書」排除構想の動向

 来年10月にも予定されている消費税率10%への引き上げに向け、再び、軽減税率の対象品目をめぐる議論が活発になっている。

 軽減税率とは、生活必需品などの消費税の額を下げる制度。日本においては、消費税の10%への引き上げにあたって低所得者への配慮から「酒類及び外食を除く飲食料品と定期購読契約が締結された週2回以上発行される新聞」が政府の方針とされている。

 この制度の中で、対象とされるかどうか微妙な立場にあるのが、書籍・雑誌である。これまで新聞・出版業界では一貫して新聞での適用範囲の拡大と書籍・雑誌への適用を求めてロビー活動を行ってきた。

 2016年度与党税制改正大綱では、週2回以上宅配される新聞は税率8%に据え置く方針を示したが、それ以外の新聞は対象外。さらに、書籍・雑誌に関しては「有害図書排除の仕組みの構築状況等を総合的に勘案しつつ、引き続き検討」とされた。

 つまり、出版業界に対してはエロやバイオレンスなど「有害」な表現を扱う書籍・雑誌は対象外にしろと迫られているのである。

 これに対して、動きがあったのが6月11日に開催された活字文化議員連盟の総会。この席上で、書籍出版協会の相賀昌宏理事長(小学館)が、流通コードを管理する自主管理団体の下に第三者委員会を設置し、有害図書を排除するシステムをつくる意志があることを示したのである。

「文化通信」6月18日号では出版業界で構想されている「有害図書排除の仕組み」を次のように解説している。

 * * *

倫理基準を制定し、軽減税率の対象になるかどうかを出版社が基準に照らし合わせて自主的に判断したうえで、対象となる書籍・雑誌に「出版倫理コード(仮称)」を付与して見分ける方法を検討。
この「出版倫理コード(仮称)」を管理・付与する組織として「一般社団法人出版倫理コード管理機構」の設立に向けて準備を進めている。

 * * *

 こうした動きを受けて、電子書籍研究の第一人者でもある植村八潮専修大学文学部教授は、Yahoo!個人に「出版界は『軽減税率適用』のために『表現の自由』を手放すのか?(掲載先URL)」を投稿。

 ここでは「政府の求めに応じ、軽減税率適用と引き替えに、出版界は「有害図書」を排除するというのである」とし「「有害図書」を分ける外形的要素はなく、恣意的な判断によって拡大しかねないのだ。それが、出版界のさらなる萎縮につながると思うのは、杞憂だろうか」と危機感を示している。

 

■雑誌報道に「文化」はない?

 植村教授の指摘にあるように「表現の自由」に多大な影響を及ぼしかねない出版業界の構想。これは、本当に実現してしまうのか。

 関係者に話を聞いたところ「出版倫理コード(仮称)」の検討はあると認めた上で、次のように話す。

「大前提として、出版が軽減税率の対象となるかも危うい。とりわけ自民党内部では出版を対象にすることに否定的な意見が強いのです」

 出版の中で「有害図書」を軽減税率の対象外とするロジックは、ジャンルが本来的な意味合いにおいて“文化”ではないから。とりわけエロに関しては、フランスやイタリアでも対象外となっている。これは「ポルノはオナニーの補助具」という観点から来ているようだ。

 そして、自民党内では「スキャンダルを扱う週刊誌や、グラビアを掲載しているような雑誌は文化的ではない」という意見も根強いのだ。

「こうした状況ですから、倫理コードうんぬんの前に、そもそも出版が軽減税率の対象にならないのではないかと思っています」(同)

 さらに、新聞・出版業界の要望がすべて通ったとしても切り分けは困難なのではないかと見られている。

「出版もそうですが、新聞はさらに切り分けが難しいでしょう。スポーツ紙や『聖教新聞』や『赤旗』も、軽減税率の対象にするかどうかも検討しなくてはならないのです」(同)

 以前、軽減税率の議論が盛り上がった際には、大手出版社を中心とする日本雑誌協会加盟社の出版物は対象で、アダルト系中心の出版倫理懇話会の出版物は対象外にされると危惧する声もあったが、実際にはその線引きも不可能とみてよい。

 何より、軽減税率が適用された程度で、出版業界の右肩下がりが止まるとは誰も思ってはいない。
(文=昼間たかし)

システムは崩壊前夜……もう出版業界に「取次」はいらない!?

 近年「不況」以外に話題になることが少ない出版業界。いよいよ、システム自体も崩壊の危機を迎えている。出版取次最大手の日本出版販売(日販)も創業以来初めてとなる赤字となり、もう現状の流通システムが機能しないことが明らかになっているのだ。

 もはや当たり前の状態となった出版不況の右肩下がり。その実態が「出版不況」ではなく「雑誌不況」だということは、業界関係者には周知のことだ。売上の多くの部分を担ってきた雑誌がインターネットに取って代わられたことで売上が減少。その影響が業界全体に及んでいるのだ。

 これまで雑誌・書籍は出版社から日販トーハンなどの取次に納められ、そこから全国の書店に配送されるというシステムによって、成り立ってきた。

 このシステムは、日々なんらかの雑誌が発行されることによって維持されてきたもの。ところが、近年の雑誌の減少で輸送コストが跳ね上がり、配送システムが機能しなくなりつつあるのだ。

「長らく取次は土曜日にも配送を行っていました。ところが日本出版取次協会では2017年から、それまで年間5日程度だった土曜休配日を倍以上の13日に増加。出版社からは売上の減少を危惧する声もありましたが、輸送コストを削減するためにはやむを得ないということで押し切られました。さらに取次は出版社に対し運送費の負担を求めていますが、難航しています」(取次会社社員)

 出版社から見た取次の機能には、さまざまな利点もある。納品した分はいったんは支払われる金融機能もそれ。そして、印刷さえすれば、書店に配送してくれるから、ほかの業種のように営業が売り込みをしなくてもよいという側面もあった。しかし、これも過去のものになりつつある。

「日々、さまざまな本を出版していますが、全国の書店に薄く広く本をバラまくよりも売れそうなところに大量に置いてもらうのは商売として当然です。今の苦境の背景には、そうした営業努力を怠ってきた出版社自身の問題があると思います」

 そう話すのは、ある中堅出版社の社員。この出版社では既に取次を通す本は、全体の数パーセント程度まで減少。ほとんどを書店との直取引でまかなっている。

「例えば、若者向けのサブカル本を年寄りが多い地域に置いても売れません。自社の出版物が、どこで売れるのかデータを取り、それをもとに営業をかけるのは、モノを売る仕事なら当然のことと思うのですが……」(前同)

 書店との直取引を行うとなれば、出版社にも大きなリソースが割かれる。ただ、商品を売っているという視点で見れば、それはごく当たり前のこと。

 すでにAmazonは出版社との直取引を増加させており、それによる「寡占化」を危惧する声も多く聞かれる。だが、出版社や書店からの「取次はもういらない」といった声の高まりには、取次も真剣に耳を傾けなくてはならないだろう。
(文=特別取材班)