1922年に創刊し、昨年100周年を迎えた日本の最古の週刊誌『週刊朝日』(朝日新聞出版)が、5月30日発売号でその歴史に終止符を打った。
「今でこそ週刊誌の存在は当たり前ですが、それを根付かせたのが週刊朝日。太宰治と心中した山崎富栄の日記をスクープしたり、吉川英治の『新・平家物語』が大ヒットしたりして、部数はグングン伸び、1950年代後半には150万部以上を記録しました。司馬…
1922年に創刊し、昨年100周年を迎えた日本の最古の週刊誌『週刊朝日』(朝日新聞出版)が、5月30日発売号でその歴史に終止符を打った。
「今でこそ週刊誌の存在は当たり前ですが、それを根付かせたのが週刊朝日。太宰治と心中した山崎富栄の日記をスクープしたり、吉川英治の『新・平家物語』が大ヒットしたりして、部数はグングン伸び、1950年代後半には150万部以上を記録しました。司馬…
今年9月より全国の大手コンビニから成人向け雑誌の売り場が撤去され、街からエロ本が姿を消した。東京五輪を翌年に控えた2019年は、エロ本文化が終焉を迎えた年として記憶されることになるだろう。そんな消えゆくエロ雑誌たちに多大なる情熱を注いだ一冊が、安田理央氏の著書『日本エロ本全史』(太田出版)だ。
1946年に創刊されたカストリ雑誌『りべらる』(太虚堂書房)から始まり、篠山紀信の“激写”が話題を呼んだ『GORO』(小学館)、有名女優の顔に水をかける表紙でおなじみだった『ザ・ベストマガジン』(KKベストセラーズ)、最盛期には39万部を売り上げた『デラべっぴん』(英知出版)など、時代を賑わしたエロ雑誌100冊の創刊号が年代ごとに紹介されている。創刊号の表紙だけでなく、カラー図版もかなり掲載されているのもうれしい。
創刊順に並んだエロ雑誌100冊を俯瞰して眺めることで、いろんな再発見が楽しめる。映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18年)の主人公にもなった末井昭が編集長を務めた『写真時代』をはじめとする「白夜書房」系はサブカル色が濃く、AVメーカー「宇宙企画」の兄弟会社「英知出版」が創刊した『ビデオボーイ』や『ベッピン』は女性モデルのレベルが高く、ヌードグラビアへのこだわりが強かった。白夜書房と英知出版の成功に多くの出版社が続き、80年代にはエロ本文化は黄金期を迎える。
さらに90年代には多様化していき、ブルセラブームを反映した『クリーム』(ミリオン出版)、コギャル文化をフィーチャーした『チョベリグ!!』(東京三世社)などが創刊。浣腸は使用せずに自然便にこだわったというアナル&スカトロ誌『お尻倶楽部』(三和出版)や世界唯一の痴漢雑誌『フィインガープレス』(笠倉出版)といったマニアックな雑誌も誕生した。だが、ゼロ年代以降はDVDが付録につくエロ雑誌が主流となり、誌面から次第に活気が失われていく。
アダルトメディア研究家の肩書きを持ち、これまでにも『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』『巨乳の誕生 大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』(ともに太田出版)などの著書もある安田氏に、本著に込めた思いを語ってもらった。
「コンビニから撤去される以前に、エロ本文化はすでに死んでいたと言えるでしょうね。コンビニで売っていたエロ雑誌は付録のDVDが本体で、雑誌はブックレット状態となっていました。付録のDVDもAVメーカーが撮った映像を流用したものばかり。編集部で独自にモデルを探し、撮り下ろすとお金も時間もかかるからです。自由度の高さがエロ本の魅力だったのに、その魅力をエロ本は放棄してしまった。
でも、そんなエロ本に僕は中学時代から憧れ、ライターとなり、30誌ほどのエロ雑誌で仕事をしてきました。自分が関わったエロ雑誌たちの記録を残しておきたかった。これまでにAVや性風俗の歴史を振り返った書籍やエロ本の黄金時代だった80年代に焦点を絞った本はありましたが、日本でエロ雑誌が誕生し、衰退していくまでの全体像を追った内容のものはなかったので、自分がやることにしたんです。
今回出版した『日本エロ本全史』は、都築響一さんの会員制メルマガで連載した『日本エロ雑誌創刊号コレクション』をベースにしていますが、そのときは私物のエロ雑誌の創刊号を紹介していたので、抜けていた重要な雑誌を古本屋やネットオークションで入手して、100冊そろえました。消えゆくエロ本を保護したい、全部は無理なので創刊号だけでも、という気持ちで集めたものです」
安田さんがエロ雑誌でがっつりと仕事を始めたのは、1993年ごろから。バブルは崩壊していたが、エロ本業界はまだまだ元気だった。安田さんは多いときには20誌のエロ雑誌で連載を抱えていたという。当時の業界の内情はどのようなものだったのだろうか?
「エロ本の編集者というと、白夜書房の末井さんらごく一部だけが有名になっていますが、他にも名編集者たちはいました。でも、エロ本の編集者はあまり名前を出したがらないんです。雑誌のクレジットは変名にし、家族にも黙っていた編集者が多かったようです。『うちの出版社はエロ本も出しているけど、俺がつくっているのはネコの雑誌だ』とか家族に話していたそうです。
エロ雑誌のライターというと滅茶苦茶な人間と思われがちですが、むしろ編集者のほうにヤバい人が多かった。突然、音信不通になって失踪する編集者がけっこういました。理由はよく分かりませんが、ふと何もかも嫌になってしまうのかもしれません。中には会社のお金を持ち出して消える人もいました。でも、しばらくするとその編集者は戻ってきて、何食わぬ顔をしてまた仕事をしているんです。かつてのエロ本業界はすごく牧歌的でしたね(笑)。
当時、エロ本で仕事をしていた頃は、企画書なんて書いたことがありません。原稿はファックスで編集部に送っていましたが、図版などは編集部に届けに行っていたので、そのときに編集者とバカ話をして、それが次の企画に繋がっていった。僕は英知出版での仕事が多かったんですが、社内にいくつもの編集部があったので、他の編集部にも紹介してもらい、仕事が増えていったんです。エロ雑誌向けに書いた原稿で、編集部から修正を求められたことはなかったですね。送った原稿を編集者はちゃんと読んでいるのかなと疑問に感じることもありました。連載で以前書いたネタを忘れて、うっかりまた書いてしまったんですが、編集者はそのことに気づかず、そのまま雑誌に載ったこともあります(笑)。
確かにエロ本は原稿料が安かったけど、企画で遊べたし、経費が使えるなどの自由度があった。小さい出版社だとあまり経費は使えませんでしたが、『スコラ』(スコラ社)とか売れている雑誌にその分の経費を回すなんてことも可能でした。今の出版業界ではありえないことが通用したのが、かつてのエロ本業界でしたね」
興隆を極めたエロ雑誌業界だが、読者の高齢化が徐々に進んでいく。多くの雑誌が読者層に合わせて熟女ものに転身を図るも、部数はやがて低迷化。インターネットの普及も著しく、英知出版は2007年に倒産、白夜書房のエロ部門が分社化したコアマガジンはエロ漫画や実話誌が中心となった。全盛期には100万部以上の発行部数を誇った「ザ・ベストマガジン」も2011年に休刊し、KKベストセラーズはエロ本から撤退。エロ雑誌は次第に姿を消していく。出会い系サイトからの広告出稿によって、廉価なエロ雑誌がコンビニに並ぶ“出会い系バブル”がゼロ年代には起きたが、一時的なもので終わった。エロ雑誌業界で辣腕を振るった編集者やカメラマンたちの、その後も気になるところだ。
「エロ本が消え、出版社だけでなく、多くの編集プロダクションもなくなりました。編集者の中には別の部署や情報サイトなどに回された人もいますが、エロ雑誌で培ったノウハウを使うことができず、苦戦しているんじゃないでしょうか。AV業界でスチール撮りを続けているカメラマンもいるけれど、雑誌と違ってAVのジャケット撮影はプロデューサーの指示どおりに撮らなくてはいけないので、大変でしょうね。作家性が強く、面倒くさいカメラマンは使ってもらえない。仕事がなくなって、田舎に帰るカメラマンやライターが多いようです。そういう自分も仕事先をネットに移行しなくちゃいけないんですが、紙媒体への愛着があってそれができずにいます。それで今回みたいな手間ばかりかかる本をつくっているんです。
エロ本がコンビニから撤去された件は、エロ本業界だけの問題ではありません。コンビニから雑誌売り場そのものが大きく減っています。雑誌全体の売り上げが落ちているという出版業界全体の問題でもあるんです。エロ雑誌文化が今後復活するとは思えませんが、英知出版が印刷所にうるさく言い続けたこともあって、日本のグラビアの印刷技術は向上したとも言われています。現在も巨乳専門誌として発行されている『バチェラー』(大亜出版)はグラビアの美しさが海外で高く評価されています。エロ本が日本の出版文化を支えていた側面もあるんじゃないでしょうか」
戦後日本の出版文化を彩った100冊のエロ雑誌に宛てた100通のラブレターとも言える『日本エロ本全史』、ぜひ手に取ってみてほしい。
●安田理央(やすだ・りお)
1967年埼玉県出身。美学校考現学教室考現学卒業。雑誌編集、コピーライターを経て、フリーライターに。主な著書に『日本縦断フーゾクの旅』(二見書房)、『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたか』『巨乳の誕生 大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』(ともに太田出版)、『AV女優、のち』(角川新書)。共著に『エロの敵 今、アダルトメディアに起こりつつあること』(翔泳社)、『エロ本黄金時代』(河出書房新社)などがある。
4月から、中国地方と九州地方での本と雑誌発売日が1日遅れになることが、日本出版取次協会(取協)から発表された。流通の維持が困難な状態になりつつある出版業界の現状は、いよいよ深刻化している。
現在でも、本と雑誌の発売日は首都圏が基準。中国地方では1日。九州地方では2日遅れとなっている。これが4月からは、さらにプラスで1日遅れとなる。原因となっているのは、トラック業界の人手不足。取協によれば「運行管理・労務管理上、法令違反の状態」にあるために、輸送を委託している運送会社から、スケジュールの緩和を求められていたという。
出版業界の流通コストの増加は深刻だ。これまで出版流通は、雑誌をメインとして、“一緒に本を積む”という形で行われてきた。毎日のように発売される雑誌の存在によって支えられてきたわけだ。
だが、情報を得る手段がネットへと移行したことで、雑誌の需要は右肩下がりとなり、流通網の維持が困難になっていることは、これまでも指摘されてきた。取協では2017年から、それまで年間5日程度だった土曜休配日を倍以上の13日に設定。今年は15日が予定されている。また、取次各社では出版社への負担増を求めているが、交渉は難航しているという。
「今後も雑誌市場が減少していくのは必然ですから、現在の流通システムが維持できるとは考えておりません。Amazonは独自の流通網を構築していますし、出版社には書店との直取引を拡大しているところも多い。むしろ、これまでの配本システムに頼らないほうが、本は売れるんじゃないでしょうか」(出版社社員)
戦後しばらくまでは、地方に本を運ぶには輸送費がかかるため「地方定価」という価格設定をしている出版社も存在した。でも、いまさらそんな価格設定を導入することなど困難。抜本的な解決策は、まだ見いだせてはいない。
(文=大居候)
出版取次大手の日本出版販売(日販)によれば、今年2月の売り上げが前年同月比で0.5%増となった。その理由は、集客イベントが成果を出したものとしている。書店といえば、近頃「閉店」のニュースばかりで、暗い話が続く出版業界にあって、少しばかりは明るいニュースである。
書店の閉店ニュースは、今年に入ってから幾度も報じられている。大阪府堺市を中心に12カ所の書店を展開していた天牛堺書店が破産し、全店舗が閉店。同じく大阪にあるスタンダードブックストア心斎橋も4月で閉店。東京では、神保町の老舗であるマンガ専門の高岡書店が3月末で閉店する。
このほか、全国の新聞記事を拾っていくと、北海道千歳市の文教堂千歳店の閉店など、地域では大きな話題になっている事例が多い。
こうしたニュースから見えてくるのは、Amazonなどネット書店の拡大により利用する機会が減ったとはいえ、依然として書店には、それなりの需要があるということだ。ネット書店に比べて書店の利点は、その場で本が手に入ることや、偶然の出会いなど、いくつも思い当たる。逆に問題はといえば、注文した品がすぐに届かないことくらい。
出版統計を見ても、雑誌は年々減っているが、書籍は微減。やっぱりいくらネットが発達しても、情報を得る手段としての本の信頼性は失われていないことがわかる。ゆえに今後書店が生き残るために必要なのは、各種フェアなどを開催して、品ぞろえをアピールすること。さらに、流通網の整備で、注文品がすぐに届く体制を作ることではないだろうか。
暗いニュースばかりの中で、書店の生き残り策は続く。
(文=是枝了以)
発売日に、雑誌や書籍がきちんと書店に並んでいる。長きにわたる出版不況の影響で、そんな常識も危機的な状況になりつつある。
11月、出版取次最大手の日販が、第二位のトーハンと物流を協業することを検討していると発表して、業界の注目を集めている。
いまや出版物の売上高はピークだった1996年の52%程度と約半分まで減小。両社ともに物流拠点と配送網を維持することが困難になっているのだ。
「今年に入ってから、取次では土曜休配日(土曜日には、書店に本を配送しない)を増やすことを検討し、各出版社にも流通網維持のために負担の増額を求めています。しかし、同様に市場縮小の煽りを受けている出版社側もその要求には難色を示しています。とりわけ、週刊誌などの雑誌は、発売日が決まっていることが鉄則でしたが、それを維持するために負担が増えるのであれば雑誌をやめてしまおうという意見すら出る状況です」(出版社社員)
日本の書店への流通ルートは、雑誌を基本として構築されているものだ。毎日、書店に配送される雑誌の流通網に、書籍も乗せることでコストを抑えることができた。
この強固な流通網の存在は大きく、出版社は本を作って取次に送ってさえしまえば、取次が勝手にバラまいてくれる。すなわち、営業努力を大してしなくても回るという状況が根付いている。
こうした取次の存在によって維持されてきた日本の出版業だが、雑誌が売れなくなり、ネット書店が拡大した中で「そもそも、どうやって本を売ればいいのか」と、ほぼゼロからスタートしなければならないところまで追い込まれている。
今後、雑誌市場はさらに縮小していくだろう。一方で、紙の本が消滅するということはない。出版社は、従来のシステムの中で本を売るという考えを、いったん捨てて新たな流通モデルを構築することが求められている。
なお、今回の協業でたまに指摘されるのは、なぜ日販とトーハンがここで、いっそのこと合併しないのかということ。これは、あまりに両社のシェアが大きすぎて、合併すれば独占禁止法に抵触する可能性があるため。
もしも、この問題が解決すれば、将来的には両社の合併もあり得る話だという。
(文=ピーラー・ホラ)
安倍晋三首相が「70年ぶりの大改革」とアピールする働き方改革関連法案で、労働者に不当な労働条件を強いられる可能性があることが問題とされる中、「試用期間中は会社に金を払って働け」とする仰天告知を出したのが岐阜県美濃市の出版社エムエムブックスだった。ライフスタイル誌「マーマーマガジン」などを発行する同社は5月末、マネジャーらスタッフ募集の告知を公式ホームページに掲載。それは驚きの内容だった。
「今回、『お金を払って働いていただく』という試みを行いたいと思います。『お金を払ってでもマーマーマガジン編集部で働きたい』『エムエム・ブックスでの取り組みを積極的に学びたい』という方を採用させていただきたく、このような方法を採択することとしました」
記載には「現在、服部が編集・執筆業務について人員が足らず、大変困っております」と、編集長の服部みれい氏がスタッフ不足に悩んでいる旨も記載されていたが、業務内容は編集以外にも「畑仕事から犬の散歩まであらゆること」とされ、1~3カ月とする試用期間を「『ここで学んだ』ということに対して対価を払っていただける方(対価については、みなさまが『学んだ』と思うに見合う額を自由にお支払いください)」とし、給与は本契約後に支払うとした。
これにはTwitterなどで「試用期間が終わってから給与を払うって、それまでかすみでも食って生きろと?」「労働搾取の最たるもの。超ブラック企業」などの批判が巻き起こった。
結果、同社は募集を中止したが、実は、各地の出版関係者からは「自分も似たような経験をしている」との声が複数、聞かれている。
過去にプロレス月刊誌で働いた女性は「アルバイト募集の告知を見て編集部に採用されたのに半年以上も報酬はゼロだった」という。
「記者会見の取材などに行かされて週6日も写真を撮ってメモを編集部に渡す作業をしたのに、編集長は『試用期間3カ月は修業の身。金を払ってもいいぐらいだ』なんて言って報酬をくれませんでした。ときどき取材現場までの交通費だと言って、千円札を1枚か2枚もらうことはありましたけど、働けば働くほど赤字。仕方なく別のアルバイトをやっていたんですが、3カ月が過ぎて『正式に雇ってくれますか』と聞くと、編集長は『原稿も書けないくせに図々しい』と言うだけ。原稿を書く指示は一度も受けていないのに、です。結局、一度も報酬はもらえないまま辞めて、別の出版社に就職しました。そこも経営難ですぐ潰れてしまったんですけどね」(同)
サブカルチャーなど雑多な情報を扱っていた別の月刊誌では、編集部で働く4人のスタッフのうち編集長以外3人が給与明細もない状態で5年以上も働いていたという。
「一般的な編集作業のほか、かなりのページで記事も書いていました。毎月10万円の振り込みがあったんですが、実はこれカラクリがあったんです。同時にまったく別の雑誌編集部にも手伝いでよく行かされていたんですが、その出先からは会社に月10万円の報酬が出ていたことがわかったんです」(20代男性)
つまり、会社は他で稼がせた金を、さも自社で支払ったかのように渡し、実際には1円の人件費もかけていなかったのである。
「編集長には『社員登用はそのうち』と言われ続け、給与明細もなかったので知らなかったんですよ。あるとき編集長にそのことを聞いたら『試用期間だから』と言われました。当然、何の福利厚生もないまま。最後は3人で抗議したところ感情的な言い合いになって、みんなで辞めたんです。3人とも人生経験が浅い20代前半だったんで、当初は『そういう世界なのか』と思わされちゃっていました」(同)
労働基準法では、勤務が14日を超えた時点で平均賃金30日分以上の支払い義務が生じると定められている。賃金の額は当然、法で定められた最低賃金以上となっている。一部、最低賃金以下に減額できる特例もあるにはあるが、これは都道府県の労働局長の許可があった場合だけだ。
しかし、現実的にはそうした法律をそっちのけで、出版界に限らず試用期間という制度を悪用した雇用トラブルが全国で相次いでいるのである。あるベテラン編集者は「特に出版界では、スキルが身につけられるんだから我慢しろ、という風潮がある」という。
「でも、それは本や雑誌がバンバン売れた時代の名残。月収100万越えがたくさんいた頃は、一人前になれば実際稼げるから、そんな発想があったし、みんな納得してたんですよ。でも、いま年々出版不況になって編集スキルなんて大して役に立たず、30年やってきた編集者でも仕事がなくなっているし、エムエムブックスみたいな弱小出版社で働いたって大金を稼げる編集者になる可能性なんてかなり低い。なのに経営者や編集者がいまだに上から目線なんですから、困ったものです。マスコミのくせに時代を読めていないのが儲からない原因なんですよ」
マーマーマガジンは公式サイトに、「自分を大切にして生きるための雑誌」とし、「持続可能なライフスタイル」を届けるとしていたが、とても人を大切にする組織には見えず、持続可能ではないライフスタイルの提案をしていたことになる。別の出版関係者は「ただでさえ人が集まらなくなっている業界なのに、よくもこんなイメージダウンになる迷惑なことをしてくれたもんだ」とも嘆いている。
(文=藤堂香貴/NEWSIDER Tokyo)
ジャニーズ事務所が報道写真のネット掲載を一部解禁。その第1号は先月31日に主演映画『羊の木』の会見に登場した関ジャニ∞・錦戸亮だった。
「これまで、ジャニタレが映画やドラマの会見に登壇した場合、テレビや雑誌媒体向けの集合写真をマスコミが撮影した後、ジャニーズタレントだけが抜けてウェブ用の画作りを行うという流れが普通でした。今後、そんな異様とも思える二度手間はなくなるものの、『写真使用は原則3枚まで』『2次使用は不可』との条件付で、コンサートや舞台を取材した際の写真掲載も認めていない。結局、ジャニーズ事務所の都合のいいように、謎のルールをマスコミに押し付けていることには変わりません」(芸能記者)
長きに渡り、一切の画像・動画のウェブ掲載を禁止してきたジャニーズ事務所だが、最近は出演作のPRを目的とした画像・動画に対し一部の掲載を解禁していた。
その一方で、ジャニタレが表紙を務める雑誌や書籍は、相変わらず珍妙な画像加工処理が行われている。パターンはさまざまだが、定番の加工を一部紹介(画像は「メンズノンノ」を除き「Amazon」より)。
もっともスタンダードな加工。
ジャニヲタへのサービスか。
衣服部分は無加工でOKだが、肌は徹底的に隠さないといけない。
なお、現在のところ、出版社に向けて「表紙画像も解禁」とのアナウンスは届いていない模様。あくまでも、今回解禁となったのはジャニタレ出演作に関連した報道写真のみのようだ。
とはいえ、ジャニーズ事務所は今後も段階的に解禁していくものと見られ、この珍妙な加工画像が見られなくなる日も遠くはないだろう。現在は出版界の常識と化しているこの“ジャニーズルール”も、5年後には「ジャニーズ事務所って、おかしかったよね」と失笑される日がくるかもしれない。
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