神戸山口組幹部「蜂の巣」射殺で激化? 元極妻が考える今後の山口組抗争その2

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

「入れ墨をした男性が撃たれています」

 11月27日、神戸山口組(六代目山口組を離脱した側です)の幹部・三代目古川組の古川恵一総裁が兵庫県尼崎市の路上で射殺されましたね。報道などによると、逮捕されたヒットマンは「自動小銃で30発くらい撃った」と話しているそうです。古川総裁は顔も撃たれていて、マフィア映画みたいな「蜂の巣」状態でした。

 私はさすがに銃は触ったことないんですが、「顔に当てる」って相当タイヘンらしいですよ。小さいから。「まずは脚を狙って動けなくする」とか「いちばん当たりやすい腹を狙う」とか、撃ち方(?)にもいろいろあるようですが、それはさておき、街中はまずかったですね。

 「60代ぐらいの入れ墨の入った人が腕を撃たれて倒れていて意識がない」と通行人が通報したそうですから、普通に人が通っているところです。「やっぱり暴力団は怖い」「出ていけ」という住民感情が高まると、地元警察だけではなくて警察庁が動く可能性もあります。となると、工藤會のようにトップが逮捕される事態も想定されます。

以前から何度も襲撃されていた

 亡くなった古川総裁は、初代古川組・古川雅章組長の実子で、2005年に二代目古川組を継承しています。博徒系で実子が継ぐのは珍しく、育ちのよさで嫉妬を買うこともあったようですが、ヤクザに限らず組織はそんなもんですね。

 二代目時代の15年12月に六代目山口組が分裂して結成された「神戸山口組」に移籍、この時にもモメたようです。山口組の分裂は8月なので、それよりちょっと後の移籍となったのは、六代目山口組側が慰留や切り崩し工作をしていた最中だったからでしょうか。

 また、神戸山口組への移籍後、さらに一部が任侠山口組に移籍していて、こちらも「二代目古川組」を名乗っています。で、神戸山口組の二代目古川組は代替わりして「三代目古川組」となって、古川組長は総裁職に就いたんですね。

 そういう流れの中で古川総裁は何回か襲撃されてもいて、けっこうなケガもしています。18年3月と19年7月に六代目山口組関係者からバットなどで暴行を受けて、どちらも全治1カ月と報道されました。

 こういうヤクザ同士の切った張ったはありがちとしても、「街中で銃をぶっぱなす」という事態には関係者も驚いています。これは、今後も波紋を呼びそうです。

 報道などによると、ヒットマンはもともと六代目山口組の傘下組織の組員で、覚醒剤の使用で破門処分を受けているようです。今年8月に覚せい剤取締法違反で岐阜地検に起訴されて保釈中で、判決言い渡し予定日は11月29日だったそうです。言い渡しの直前の事件だったのですね。

 さて、気になるのは今後です。トップから直接盃をもらっている、いわゆる「直系組長」の射殺事件は今回が初めてだそうですから、神戸山口組も黙ってはいないでしょう。「破門した覚醒剤中毒者がやったこと」というのは、あまり通用しない気もします。

 今後は壮絶なカエシ(報復)が繰り返され、街中での銃撃戦など大抗争に発展……することはまずないと思うのですが、何回かは音が鳴る(銃撃が起こる)かもしれません。そうなると、警察による暴力団壊滅がさらに進むことになります。今後の展開が気になりますね。

元極妻が考える今後の山口組抗争――札幌の“車両特攻”は「号砲」だった?

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

神戸山口組二次団体の会長宅にワゴン車が突っ込む

 12月13日の事始めまで1カ月を切ったところで、札幌で車両特攻事件が起こりましたね。神戸山口組の二次団体・五龍会の会長宅の車庫にワゴン車が突っ込んだそうです。

 報道によると、11月19日の朝、対立関係にある六代目山口組の三次団体・福島連合の関係者がワゴン車でバックで突っ込み、車庫でスコップを振り回して暴れていたそうです。車庫内の車のフロントガラスが割られ、建物の窓ガラスには鉄パイプが刺さっていたようですが、会長などにはケガはなかったようです。現行犯逮捕された時は拳銃なども持っておらず、逮捕容疑は建造物損壊の疑いだけでした。

 そして、すぐに福島連合に家宅捜索が入っています。ちなみに家宅捜索を「ガサ」または「ガサ入れ」といいますが、これは「家捜し」(サガしを逆から読んでガサ)から来ているそうですよ(豆知識)。

今後は車両特攻や火炎瓶投てきが増加?

 六代目山口組の高山清司若頭の出所が10月18日でしたから、ちょうど1カ月後の特攻でした。背景には、六代目山口組と神戸山口組の対立があるのは間違いないでしょう。

 建造物損壊罪(最高刑で5年以下の懲役、刑法第260条)なら、殺人や暴行傷害などよりも罪が軽くて若い衆も嫌がらないので、わりと常套手段といえます。運転席のドアが壊れて出られなくならないように、バックで突っ込むのですが、エアバッグも膨らんじゃいます。

 とはいえ暴対法施行(1992年)前くらいまでの車両特攻といえば、ワゴン車じゃなくてショベルカーとかでしたし、制止に来たパトカーを引きずって発砲されたりもしているので、だいぶ時代は変わりましたね。

 若頭が出所する直前の10月10日に神戸山口組の中核組織・山健組の事務所前で2人が射殺されて、六代目山口組の司忍組長の出身母体である弘道会の関係者が逮捕されていますが、それ以降は目立った動きはなかったので、マスコミ的には今回の車両特攻が「抗争への号砲かっ?」となってますが、どうでしょうね。

長い懲役の間に、所属する組がなくなっているかも

 このまま大抗争には至らず、なんとなく車両特攻や、同じく罪があまり重くない火炎瓶投てきが続く気もします。火炎瓶を誰もいない車庫などに投げた場合、非現住建造物等放火罪なら「懲役2年以上」(刑法109条)ですが、組織犯罪対策法などが絡まなければ、そんなに長い懲役にはならないと思います。

 やはり最近は重罰化が進んでいますから、若い衆も殺人はやりたがらないのです。10月10日の事件もヒットマンは「闘病中の68歳」でしたしね。それに、この暴排の世の中では、長い懲役に行っている間に所属する組がなくなっているかもしれません。以前なら「長い懲役に行って出世する」のが俠(おとこ)の花道と言われたものですが、そんな時代ではなくなってしまいました。元極妻の私が言うことでもないのですが、今は、抗争は意味がないと思います。

「元極妻」芳子姐さんが考える「山口組」――若頭出所、銃撃事件、ヤクザ界はまだ嵐【2019年の動向】

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。人気連載コラム「元極妻・芳子姐さんのつぶやき」から、2019年に掲載した山口組にまつわるお話を再録。

元極妻が考える「山口組」二次団体幹部ラーメン店殺害事件

 すでに手打ち(和解)しているそうですが、3月20日に横浜市内のラーメン店でヤクザ同士のケンカがあり、2人が刺されて1人は死亡、1人は重傷を負いました。

 亡くなったのは六代目山口組二次団体・三代目小西一家の小濱直史統括委員長。ネットでは「ラーメン店の厨房の包丁でメッタ刺しされた」との話も出ていますが、真偽はわかりません。また、実行犯はこの原稿を書いている3月28日の時点では、まだわかっていませんが、稲川会二次団体・十二代目小金井一家の組員といわれています。この方も、また長い逃亡生活が続くのでしょうか。

 報道などによりますと、名前が似ていてわかりにくいですが、「小金井一家のシマで小西一家がシノギをしている」ということで、以前から両者の間で話し合いが持たれていたそうです。

元極妻が考える「山口組分裂問題」

4年前のお盆の頃、「山口組が割れるらしい」というウワサが聞こえてくるようになりました。でも、「元」も含めて私たち極妻は、「まさかぁ」と本気にしませんでした。それまでも、山口組のほかヤクザ組織では幹部を批判する怪文書がまかれることなどは珍しくなくて、「不満分子のガス抜き」程度に考えられていました。危機感は、まったくなかったのです。

 でも、8月20日を過ぎたあたりで、知り合いの元幹部から「ガチで割れそう」と連絡があり、そこから本当に分裂騒動となっていったのです。当初は組織の内外の極妻はもちろん、関係者はみんな「分裂はない」とみていました。だって、ここまで暴排が進んでいると、組を出たところでメリットはまずありません。

元極妻が考える「山口組」ナンバー2の社会復帰

 一時は準構成員を含めて「4万人軍団」と呼ばれた山口組が、「六代目山口組」と「神戸山口組」に分裂してから、8月27日で4年がたちました。さらにその後に「神戸山口組」を離脱した関係者が「任侠山口組」を立ち上げ、現在の「三つの山口組」となっています。警察庁の発表では、この三つの山口組に関連した事件は8月13日現在で125件発生しているそうです。この1年は12件と少なかったのですが、2017年9月に起こった任侠山口組関係者の射殺事件の犯人はまだ逃走中ですし、暴行事件や車両特攻などもまだニュースになりますね。

 もう一つ、今年の10月に六代目山口組のナンバー2である高山清司若頭の出所が予定されていることも、警察とマスコミの緊張感を高めています。若頭は、銃撃のあった弘道会の会長も務めていますから、その事務所への銃撃が「宣戦布告」と取られるのは仕方ないでしょうね。

 六代目側は若頭の出所を「分裂終結のリミット」と決めているそうです。でも、こんな銃撃事件があるようでは、穏やかな終結は遠い感じです。

元極妻が考える「神戸山口組」銃撃事件

 この原稿を書いている10月10日現在、台風19号の襲来が心配されています。どうか大きな被害が起こりませんように……などとしんみり書いておりましたら、台風襲来よりも先に大事件が起こってしまいました。

 報道などによりますと、10月10日の午後2時40分ごろ神戸市内で発砲事件があり、2人が負傷して救急搬送されましたが、搬送先で亡くなりました。現場にいたヒットマンがすぐに逮捕され、持っていた2丁の拳銃が押収されています。

 現場は神戸山口組の中核組織である山健組の組事務所前で、兵庫県警察本部から西に500メートルほどの住宅街です。この日は事務所で定例会が開かれており、その最中の出来事でした。

元極妻が考える「山口組」若頭・出所と「工藤會」総裁

 10月18日には、山口組のナンバー2である高い山清司若頭の出所が報道されました。早速ネット住民からファッションチェックされてましたが、特に大きな混乱もなく、傘下組織の事務所に入ったことが報じられていました。

 しかし、ニュースで「(事務所には)次々と(祝いの)重箱が運び込まれ……」とありましたが、なんでこういうことを書くんでしょうね。重箱を用意したお料理屋さんが暴排条例の「暴力団への利益供与」でアゲられたら、マスコミは責任を取れるんでしょうか。テレビを見ていてちょっと思いました。

 若頭の社会復帰で、三つに分かれている山口組がどうなるか……は、ヤクザ業界だけではなく、世間が注目しているようです。

元極妻が考える「山口組」ハロウィン終了

 今年は山口組による「ハロウィンのお菓子配り」がなかったことが、けっこう大きく報道されましたね。このお菓子配りは、三代目山口組の田岡一雄親分の時代から半世紀近く続いていたはずなので、ちょっと残念な気がします。

 2015年に山口組が分裂した時もお休みでしたが、あの時はいわば非常事態でしたからね。今回は、「暴力団からお菓子をもらってはいけない運動」によるもので、今後の存続が危ぶまれる事態になってしまいました。

 以前も書かせていただきましたが、去年くらいから神戸市の教育委員会が「暴力団はハロウィンをやるな!」とシュールすぎるアピールをしてましたね。

番外編:元極妻が考える「山口組」とハロウィン

 山口組は、なんと田岡三代目の時代からハロウィンのお菓子を配っていたと聞いています。近所の外国人の子どもたちが「Trick or treat」と言いながらヘンな格好でやってくるので、当初は意味がわからずお小遣いをあげていましたが、その後に由来を聞いて、お菓子を配るようになったのだとか。由来といっても、もともとはケルト人の儀式が、アメリカで仮装行列みたいになっただけらしいですけどね。

 田岡三代目は1981年に亡くなっていますから、70年代から子どもたちにお菓子を配っていたんですね。ハイカラでいい感じですが、この暴力団排除のご時世に、そんな牧歌的なお話は通用するわけがありません。

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元極妻が考える山口組のハロウィン終了——12月13日「事始め」前後に“抗争”と諸説あり

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

山口組の「ハロウィン」は終了?

 今年は山口組による「ハロウィンのお菓子配り」がなかったことが、けっこう大きく報道されましたね。このお菓子配りは、三代目山口組の田岡一雄親分の時代から半世紀近く続いていたはずなので、ちょっと残念な気がします。

 2015年に山口組が分裂した時もお休みでしたが、あの時はいわば非常事態でしたからね。今回は、「暴力団からお菓子をもらってはいけない運動」によるもので、今後の存続が危ぶまれる事態になってしまいました。

 以前も書かせていただきましたが、去年くらいから神戸市の教育委員会が「暴力団はハロウィンをやるな!」とシュールすぎるアピールをしてましたね。報道で見る限り、お菓子も豪勢ですし、一緒に来るお母さんには、なぜかトイレットペーパーまでつけてくれたそうですから、地元で評判なのもわかります。

 でも、評判になればなるほど困るのが警察です。「山口組の人は、ああ見えてやさしい」的な話には絶対にしたくないので、中止させるのに必死だったのでしょう。刑事さんのお子さんも、「パパー、山口組に行きたい」とか言ってたかもしれません。気持ちはわかりますが、なんか世知辛いですよね。

 実は、1990年代くらいまでは、地元の刑事さんや取材に来た記者さんたちにヤクザ組織がお弁当やお菓子を振る舞うのは、珍しくありませんでした。でも、「〇〇組は地元名物の〇〇弁当を記者に配っている」とか問題になって中止になったり、暴排が進んだりして、廃れていったようです。

 これは想像なんですが、何かの理由で「もらえなかった人」が、ひがんで「ケシカラン」と告発したんじゃないでしょうかね。想像ですけどね。とはいえハロウィンが話題になるくらいなら、まだ平和といえます。

 10月の若頭出所で一気に緊張感が高まったといわれる六代目山口組・神戸山口組・任侠山口組の関係は、今後はどうなるのでしょうか? この原稿を書いている11月7日現在は落ち着いていますが、「事始め(12月13日)までに一波乱ある」説と、「いやいや事始めはちゃんとやりたいから、ドンパチやるならそれ以降」説、「年内は様子見」説、「年内に『一つの山口組』への筋道をつけたい」説など、諸説あるようです。

 事始め式は、ヤクザにとってのお正月なので、これはきちんとやりたいでしょうね。となると、やっぱり動きがあるのは事始めの後なのでしょうか? メディアはだいたい「抗争の危機」をあおっていますが、イケイケの若頭に対して「今はそんな時代じゃない」と六代目山口組幹部がボヤいてるとの話も出てきました。

 今は、こんなディープな記事もアリなんですね。ちょっとびっくりですが、「自身の収監中に起こった分裂を許せない若頭」と、「昔ながらの街中での抗争事件を避けたい幹部」との間に温度差があるのは、わかる気もします。

 福岡では五代目工藤會の野村悟総裁と田上文雄会長の公判が続いています。裁判は週2回、朝から夕方までのペースで、来夏までかかるそうです。証人は90人はいるとのことで、ほとんどが検察側だとか。取材した記者さんによると、「死刑求刑は確実」だとか。

 警察庁も裁判所も、山口組よりは人数が少ないけど、アメリカ政府にまで名を知られている工藤會を、まずは徹底的にやっつけたいのでしょう。まさに国策裁判です。弁護団は優秀な方ばかりですから、裁判官も虚心坦懐に弁護団の主張を聞けば、死刑なんかありえないですが、それはまずないでしょうね。国策ですからね。

 ちなみに、前回ちょっと触れた総裁の獄中手記はネットでも配信されていて、評判がいいようです。大親分ですから、あんまり「ニコニコしてる写真」はもともと出回らないものですが、野村総裁は特にキリッとされてますから、「エロ漫画エピソード」とかは意外性があっておもしろいですね。でも、「コワモテだけど素顔はおもしろくていい人」なんて、裁判所では通用しません。これまた世知辛いお話です。

元極妻が考える山口組若頭・出所――ヤクザ業界はまだまだ嵐、工藤會総裁は“連載”スタート!

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警察のメンツVSヤクザの意地

 台風19号の被害が、まだまだ収まらないようです。被災された皆様にお見舞い申し上げます。昔は復旧作業もヤクザの出番でしたが……。お役に立てないのは残念ですね。

 そして、ヤクザ業界は、まだまだ嵐な感じです。10月18日には、山口組のナンバー2である高い山清司若頭の出所が報道されました。早速ネット住民からファッションチェックされてましたが、特に大きな混乱もなく、傘下組織の事務所に入ったことが報じられていました。

 しかし、ニュースで「(事務所には)次々と(祝いの)重箱が運び込まれ……」とありましたが、なんでこういうことを書くんでしょうね。重箱を用意したお料理屋さんが暴排条例の「暴力団への利益供与」でアゲられたら、マスコミは責任を取れるんでしょうか。テレビを見ていてちょっと思いました。

 若頭の社会復帰で、三つに分かれている山口組がどうなるか……は、ヤクザ業界だけではなく、世間が注目しているようです。ターニングポイントとなるのは、やはり前回も書かせていただいた10月10日に起きた神戸山口組の中核組織である山健組の銃撃事件でしょう。今までも殺人も含めて何件もの事件がありましたが、今回は警察官の目の前で撃ったのがインパクト大でしたね。

 その後の報道によりますと、ヒットマンは少し前から事務所近くに車を止めていて、警察官が職質したら、週刊誌記者を名乗ったそうです。ちょっと車の外に出てもらって詳しく話を……となった時に組員2人が通りがかり、そこでいきなり拳銃を取り出して撃ったんですね。

 おまわりさんの目の前でハジいたらまずいです。抗争状態にある中で、警察官は24時間張り付き警備をしていたのに、「メンツをつぶされた」ということになりますからね。警察もヤクザもとにかく「メンツ」が大事なのは、男子の性(さが)なんでしょう。メンツをつぶされた警察がどう動くかわかんないですが、昔(暴対法が施行された1992年より前くらい)ならボス交(トップ同士の密談)もあったと思うんですけどね。

「ハデにやってくれたのう」
「ま、あのくらいは、な」
「どないするつもりや?」
「そやなあ……」

 とかなんとか(多分)、そんな感じで方向を模索したと思うんですが、今どきボス交もないでしょうしね。今後はどうなるのか、さらに大注目です。

 先週の「週刊実話」(10月31日号/日本ジャーナル出版)には驚きましたね。五代目工藤會の野村悟総裁の獄中手記が載っているではありませんか。現役の親分(しかも収監中)の手記ですよ。ワタクシ的にはスクープでしたが、カタギの皆様はいかがでしたでしょうか?

 「あの工藤會」の総裁がエロ漫画ばっかり差し入れてくる若い衆を弁護人さん経由で叱ったり、尾崎豊の歌詞に感心したりと、お人柄もうかがえて、なかなかおもしろいです。連載は3回だそうで、とても楽しみです。その野村総裁は、田上文雄会長とともに逮捕から5年もたって、ようやく10月23日に初公判を迎えました。改めて無罪を主張したと報じられましたね。

 ていうか検察官9人と弁護団7人が法廷にずらっと並んだそうで、もはや検察官と弁護士さんたちの代理戦争(?)ですよね。傍聴席が18だから、かなり息苦しかったと思います。これが週2で来年の7月あたりまで続くのだとか。弁護士さんたちは過去にヤクザの無罪判決をたくさん取っていらっしゃる方々なので、すごいバトルになるでしょう。

 ちなみに以前から警察庁は「工藤會のトップを死刑に」と言ってきましたから、検察官は死刑を求刑する気満々のようです。ヤクザ組織の当代への死刑求刑は日本初というか世界初ですから、マスコミも大喜びですね。まあこれも時代なのでしょうが、日本て、何かといえば「〇〇初」ですよね。こういう「初物好き」は、なんかスケベなオッサンのような気がするのは私だけでしょうか。

元極妻が考える神戸山口組銃撃事件――10月に迎える六代目若頭「出所」と工藤會・総裁「初公判」

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■68歳(!)のヒットマンが2人を射殺

 この原稿を書いている10月10日現在、台風19号の襲来が心配されています。どうか大きな被害が起こりませんように……などとしんみり書いておりましたら、台風襲来よりも先に大事件が起こってしまいました。

 報道などによりますと、10月10日の午後2時40分ごろ神戸市内で発砲事件があり、2人が負傷して救急搬送されましたが、搬送先で亡くなりました。現場にいたヒットマンがすぐに逮捕され、持っていた2丁の拳銃が押収されています。

 現場は神戸山口組の中核組織である山健組の組事務所前で、兵庫県警察本部から西に500メートルほどの住宅街です。この日は事務所で定例会が開かれており、その最中の出来事でした。

 以前から神戸山口組は六代目山口組と抗争状態にありましたから、兵庫県警が24時間体制で警備に当たっていて、最初に発砲音に気づいたのも警察官のようです。現場付近は一時騒然となり、マスコミのヘリコプターもたくさん飛んでいたそうです。ひとまずカタギさんに迷惑がかからなくてよかったです。通りがかった女性はテレビ局のインタビューで「毎日、警察官が見張りをしているのに、とても怖い」と話していて、ホント何をやってるのかと思いましたね。

 それにしても射殺された山健組傘下の組員は30代と40代だそうですが、弘道会傘下のヒットマンは68歳だそうです。これも時代なのでしょう。この事件の背景には、8月の六代目山口組関係者に対する神戸山口組関係者の銃撃事件があるといわれています。報復ですね。また、10月18日に六代目山口組の事実上のナンバー2とされる高山清司若頭が出所する見込みで、これも無関係とは言えないでしょう。

 言い方はアレですけど、これは「起こるべくして起こった事件」といえそうです。これからも、報復攻撃に対する報復攻撃が続くかもしれません。

 以前から、高山若頭の出所の前後に「情勢は大きく動く」との見方はありました。若頭は10月17日に刑期を満了し、18日に東京・府中刑務所を出所と(今のところは)伝えられています。9月には「もう府中を出て名古屋刑務所に移送された」とかのデマも出たようですが、最近は静かだったのに、この射殺事件でガラッと空気が変わりましたね。山口組の分裂は若頭の服役中のことで、獄中で激怒したと伝えられてもいますから、これからどうなるのか、しばらくは目が離せません。

 もちろん「若頭の出所の瞬間」もすごいことになりそうです。2011年4月に六代目山口組・司忍組長が府中刑務所を出所した時は、ボルサリーノに長めのマフラーというファッションの意外性もあって、マスコミが大騒ぎでした。六代目御一行の移動を生中継するワイドショーもありましたから、警察はかなりピリピリしているようです。もしかすると、実話雑誌よりも一般のメディアのほうが張り切っているかもしれません。

■逮捕から5年の「初公判」

 この10月は、高山若頭の出所とともに、北九州市を拠点にする五代目工藤會・野村悟総裁と田上文雄会長の初公判も注目されています。

 報道などによりますと、この公判では、元漁協組合長射殺事件(1998年)、福岡県警の元警部が銃撃された事件(12年)、福岡県内で看護師が刺傷事件(13年)、福岡県内で歯科医師が刺傷事件(14年)の4件がまとめて審理される予定で、元漁協組合長射殺事件は殺人罪、ほかの3件は組織犯罪処罰法違反だそうです。

 それにしても起訴案件が多いとはいえ、2014年9月の逮捕から初公判が開かれるまでに5年もたっていること、その間ずっと接見禁止処分を受けていて、今後も判決が確定するまで接禁が続く見込みであることには、批判の声も出ています。

 思えば、この時の逮捕報道もすごかったです。全国の警察から約300人の機動隊員が派遣されたそうで、多くの組員さんが見守る中で、混乱もなく静かに県警のワゴン車に乗り込んでいきました。

 10月10日発売の「週刊実話」(日本ジャーナル出版)で、宮崎学さんが「総裁が被っていた帽子を関係者に預けると、車は静かに発進し、関係者らは一斉に頭を深く下げて車を見送った。まるで往年のヤクザ映画である」と当時の様子を書いていました。ほんと映画みたいですね。

 それにしても、なんで初公判までに時間がかかったのかというと、野村総裁らから殺人などを「指示された」とされる実行犯の若い衆の裁判を先に進めたからのようです。若い衆の裁判はすでに確定していて、「外堀」を埋められたというわけです。しかも、裁判官は若い衆の裁判と同じだそうですから、弁護団はかなりの苦戦を強いられるとみられています。こちらもチェックは欠かせません。

「ヤクザの腕を切り落とした男」の更生ストーリーに涙! 元極妻が考える半グレ問題

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■怒羅権創設メンバー・汪楠さんのドキュメンタリー

 9月22日放映の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)の「半グレをつくった男 ~償いの日々…そして結婚~」を、とても興味深く見ました。全国放送ではないのが残念ですが、すばらしい内容でした。

 「半グレ」として知られる中国残留孤児二世、三世のグループ「怒羅権(ドラゴン)」創設メンバーの一人である汪楠(ワン・ナン)さんの現在を追ったドキュメンタリーです。

 「半グレ」とは、今やネット事典「ウィキペディア」にも掲載されている言葉ですが、朝日新聞の解説には、「元暴走族や遊び仲間などがつながったグループ。『半分ぐれている』が語源とされる。近年、都市部を中心に台頭し、警察庁が『準暴力団』と位置付けて取り締まりを強化している。暴力団に属さず、繁華街で集団暴力行為を繰り返したり、特殊詐欺などの犯罪行為で資金を得たりしているとみられている。暴力団排除条例などの影響で表立って活動できなくなった暴力団が、半グレを利用しているとの指摘もある」(2018年12月13日)とあります。

 これまでに、怒羅権以外にもたくさんの半グレのグループの存在が報道されていますが、盃を交わすヤクザのような厳格なタテ社会ではなく、参加も自由で、場合によっては未成年の少年や女の子もいるのが特徴です。一方で、半グレでヤクザの組織にも籍を置く例もあります。汪さんも、一時期は日本のヤクザ組織に所属していたそうです。

■世の中に対する「怒り」しかなかった

 半グレのグループでも特に有名な怒羅権は、日本でいじめられた中国残留孤児の二世や三世の少年たちを中心に、1980年代後半に結成されました。

 報道によると、汪さんも14歳の時に日本に来て、壮絶ないじめを受けています。中国ではエリート医師だったお父さんが中国残留孤児の女性と再婚したことで、お継母さんの連れ子も含めた一家7人での来日でした。でも、新しい家族となじめず、居場所がなかったのだそうです。また、お父さんの医師免許が日本では役に立たず、生活も苦しくなりました(毎日新聞15年11月22日付)。

「人って誰かを殴るときにためらうじゃないですか。でも俺らは、何度も喧嘩を繰り返しているうちに、その感覚が麻痺してしまった。相手が死ぬかもしれないとわかっていても、一切躊躇はなかった。俺たちにあったのは、世の中のすべてに対する“怒り”。それだけです」(「FRIDAY」19年5月10・17日号/講談社)

 汪さんは、週刊誌にこう明かしています。いじめや差別、貧困が怒羅権を生み出したことには胸が痛みます。オットの若い衆たちも、そんな子たちばかりでした。

 世間で怒羅権の存在が知られるようになったのは、いつ頃だったでしょうか? 結成された80年代後半から10年ほどの間に、メンバーは800人ともいわれるほど膨れ上がり、13年には警察庁から暴対法の「準暴力団」の指定を受けています。

 いじめから仲間を守る自警団的な意味合いはすぐになくなり、盗んだバイクで暴走し、シンナーを吸ったり、日本の暴走族とケンカしたり、さらにはピッキングなどの窃盗や、みかじめ料の強要などにも手を染めていきました。ヤクザも今は半グレと一緒に活動することが多いようですが、80年代のヤクザは、怒羅権のことは「若造」という感じで見ていたと思います。番組でも、それを思わせる汪さんのお話がありました。

「俺の財布を盗んだヤクザから、『お詫びに一杯飲もう』と言われて飲んだら、今度はその飲み代も払わせようとしたから、殴って日本刀で腕を切り落として、まだ怒りが収まらずに首を切り落とそうとして。やっぱり切れなかった……硬くて」

 怖くて切れないんじゃなくて、硬くてって……。この時の汪さんは19歳だったそうで、ヤクザは汪さんを若造として見下していたから、やられたのかなと思いました。今どきの若いコがこれを言ったら、ちょっとウソっぽいですが、「あの怒羅権」の元幹部が話すとリアルに聞こえますよね。「コイツは怒らせたら何をするかわからない」と思わせるのが、不良なんですよ。

■受刑者に本をプレゼント

 そんな汪さんは13年の服役を経て出所し、今は受刑者の更生支援をするNPO法人「ほんにかえるプロジェクト」で受刑者に本を送っています。中国では優等生だったこともあって、獄中でなんと3000冊の本を読んだそうです。

 更生のきっかけは、判決公判での裁判官の説諭でした。

「君の人生や生い立ちには、共感できるところもある。罪を受け止めて償ってほしい」

 そう言われて、裁判官が自分に向き合ってくれていると実感し、怒りも消えたそうです。もともとは豊かな家庭に育っていたから、更生も早かったんでしょうね。逮捕と服役もあって日本国籍が取れないので生活はラクではないようですが、多くの方に支援され、素敵なお連れ合いとも出会えて、まずは順調のようです。現在の怒羅権のメンバーと会って、更生について話し合うこともあるのだとか。

 ネットなどでは冷たい視線もありますし、今後も試練はあるでしょうが、がんばっていただきたいですね。少なくとも私は、「今にコケよるで」的な見方はしていません。

追悼・安部譲二さん――極道から作家になった「究極のお坊ちゃま」に合掌

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■祖父は夏目漱石と同級生!

 映画化もされた半自伝的小説『塀の中の懲りない面々』(文藝春秋)などで知られる作家の安部譲二さんが、82歳で亡くなられました。謹んでお悔やみ申し上げます。

 事務所の公式サイトには、「かねてより自宅療養中でありました安部譲二は、急性肺炎により令和元年九月二日永眠いたしました。生前は多くの方々に安部譲二とその作品を愛していただき、心より感謝申し上げます。自宅でもサポートして下さる在宅医療の方々を常に笑わせ、明るく前向きな安部譲二ワールドを展開しておりました」とあります。最期まで安部さんらしい生き方をされたのですね。

 報道などによりますと、安部さんは1937年、昭和12年のお生まれだそうです。そんなお年でしたか。それよりすごいのは、プロフィールですよね。おじいさんは帝大で夏目漱石や正岡子規と同期、お父さんの仕事の関係でロンドンやローマで育った元祖帰国子女。麻布中学校で橋本龍太郎元総理と同期だったのは安部さん本人もよくネタにされていました。

 でも実際には「共産党に投票していた」とWikipediaにありました(笑)。

 それに、中学、高校と問題を起こし続けてヤクザになったのに、英語とイタリア語がペラペラで実家がエリート系ということで500倍の倍率を突破して日航に入社されました。そして、お客さんを殴ってクビになった……というのもすごいエピソードです。

 なんせお坊ちゃまですから、お父さんの本棚も充実していたそうです。漱石の全集や世界文学全集などはローティーンの頃に読破していて、文学の才能もあったんですね。中学生の頃に応募した小説が江戸川乱歩の目に留まり、「この子は心が病んでいる」と心配されたというのも以前に話題になりました。

 究極のお坊ちゃまで、貧困や差別には無縁なのに極道になったのは、やはり「心」のせいなのでしょうか。ケンカばかりしていて、あの安藤組の安藤昇さんにスカウトされています。当時の安部さん14歳、安藤さん26歳くらい。すごい時代です。やっぱり14歳特有の「中2病」もあって、いろいろやらかしたくなるんでしょうか。

■「オレのほうが安部よりおもしろい」

 安部さんが『塀の中の懲りない面々』を出版されたのは1986年、バブル全盛の頃でした。この頃ってゴルフやスキー、マリンスポーツや海外旅行、高級レストランなどにお金が使われた時代で、本はあまり売れていなかった……というのは後から聞きました。

 しかも、「国内で前科14犯、海外で前科3犯の40歳過ぎの元ヤクザ」ですから、当初はどこの出版社も相手にしなかったそうです。でも文藝春秋の編集者が評価して発売が決まり、発売1カ月で25万部のベストセラーになったんですね。

 編集者さんによりますと、10万部を超えると性別や世代、職業などに関係なく読まれるていることになるそうですから、読んでいたのはヤクザだけではないんですね。むしろサラリーマンさんとかのほうが溜飲を下げられていたかもしれません。

 でも、実は少なくないヤクザたちが、安部さんに対してヤキモチを焼いていたんですよ(笑)。今みたいにスマホもありませんから、ヤクザはけっこう本を読んでいました。それに、塀の中はヒマなので、読書の習慣もできるようです。

 安部さんをテレビや新聞で見かけるたびに、オットの兄弟分たちは「ワシのほうがおもしろいのを書ける!」とか「ここの文、間違ってる!」とか「こんなんウソばっかりや!」とか、言いたい放題でした。文句あるなら、自分も書いたらいいんですよ。特にアルコールが入るともう大変で、「アベを呼んでこい!」的なモードになってました。もちろん本当には呼ばないし、呼べませんけどね。

 過去にヤクザからの恐喝を含むイヤガラセが来たかどうか、安部さんに聞いてみたかったです。合掌

元極妻が考える山口組抗争の行方――10月の「ナンバー2」出所を前に波乱?

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■山口組ナンバー2の事務所前で銃撃が

 今年のお盆も六代目山口組の幹部による歴代親分のお墓参りが何ごともなく行われ、「分裂状態では三度目の墓参……」と週刊誌が幹部の写真付きで報道していました。このまま何もないといいな~と思ったところで、発砲事件のニュースが飛び込んできました。

 8月21日午後6時過ぎ。神戸市内の弘道会関連施設前で弘道会系の組員Aさんが原付バイクに乗った男に撃たれたそうです。Aさんは事務所前で軽自動車を止めようとしていた時に窓ガラス越しに腹部などを撃たれて救急搬送されました。意識不明の重体とのことでしたが、25日付の報道では意識は戻っているそうです。そして、銃撃事件翌日の22日には事件現場の弘道会の事務所が家宅捜索を受けました。被害者の方の事務所に捜索ってどうなのかと思いますが、「報復の抑止」らしいです。これはもうパフォーマンスでしかないですね。

 何回も書かせていただいてますけど、警察が把握している事務所に拳銃や覚醒剤なんかは置きませんから、そんなところを捜索しても「報復の抑止力」にはなりませんよ。

■ナンバー2の社会復帰と「一つの山口組」

 一時は準構成員を含めて「4万人軍団」と呼ばれた山口組が、「六代目山口組」と「神戸山口組」に分裂してから、8月27日で4年がたちました。さらにその後に「神戸山口組」を離脱した関係者が「任侠山口組」を立ち上げ、現在の「三つの山口組」となっています。警察庁の発表では、この三つの山口組に関連した事件は8月13日現在で125件発生しているそうです。この1年は12件と少なかったのですが、2017年9月に起こった任侠山口組関係者の射殺事件の犯人はまだ逃走中ですし、暴行事件や車両特攻などもまだニュースになりますね。

 もう一つ、今年の10月に六代目山口組のナンバー2である高山清司若頭の出所が予定されていることも、警察とマスコミの緊張感を高めています。若頭は、銃撃のあった弘道会の会長も務めていますから、その事務所への銃撃が「宣戦布告」と取られるのは仕方ないでしょうね。

 六代目側は若頭の出所を「分裂終結のリミット」と決めているそうです。でも、こんな銃撃事件があるようでは、穏やかな終結は遠い感じです。

 銃撃されたAさんは宿直の当番だったようで、幹部ではないと聞いています。「週刊大衆」(9月9日号・双葉社)では、幹部を狙いたくてもガードが堅いので、しびれを切らした神戸山口組の関係者が「弘道会の人間なら誰でもいいから、やっちまえ」と思ったのではないかという六代目山口組関係者のコメントを紹介しています。

 これが本当だと、とても怖いですね。「誰でもいい」ってなっちゃうのは最悪です。たとえば対立組織の関係者の「家族でもいい」となったらどうでしょうか。報復として家族や恋人に危害を加えるのはヤクザに限ったことではないですが、最悪のシナリオです。

 とはいえ、現段階で神戸山口組の犯行と決めつけるのもどうかなと思います。22日は神戸山口組のトップのお誕生日で、友好団体の親分衆がトップの出身母体である山健組本部にごあいさつに来ています。もちろん防弾チョッキ着用の兵庫県警の皆さんやマスコミもたくさん見えていました。

 仮に銃撃事件が神戸山口組の関係者の犯行だったとして、親分のお誕生日の前日にわざわざ狙うものでしょうか。はっ、もしかして親分へのバースデープレゼント? それはちょっと微妙ですよね。事情聴取で連行されることもあるかもしれませんから。お誕生日に連行とは悲しすぎます。

 なので、この件についても今後の捜査の行方を見守りたいですね。まあ警察も、高知県警のトリプル不倫とか広島県警警部補のわいせつ行為による処分とか、毎日なにかしら不祥事が報道されていますから、心配ではありますね。

ヤクザの抗争をマスコミがあおっている! 元極妻が考える「山口組分裂問題」

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■山口組分裂から4年

 4年前のお盆の頃、「山口組が割れるらしい」というウワサが聞こえてくるようになりました。でも、「元」も含めて私たち極妻は、「まさかぁ」と本気にしませんでした。それまでも、山口組のほかヤクザ組織では幹部を批判する怪文書がまかれることなどは珍しくなくて、「不満分子のガス抜き」程度に考えられていました。危機感は、まったくなかったのです。

 でも、8月20日を過ぎたあたりで、知り合いの元幹部から「ガチで割れそう」と連絡があり、そこから本当に分裂騒動となっていったのです。当初は組織の内外の極妻はもちろん、関係者はみんな「分裂はない」とみていました。だって、ここまで暴排が進んでいると、組を出たところでメリットはまずありません。

 それに、昔みたいな抗争事件が起こったら、トップにも責任が及ぶ時代です。刑期もだいぶ長期化していますし、喜ぶのは警察くらいです。シノギが細っているので感情的な対立が生まれるのもわかりますが、それでもこのままなんとなく続くのだろうと思っていました。

 でも、すでに分裂から4年。離脱した神戸山口組からさらに任侠山口組が誕生して、山口組は3つになってしまいました。大抗争には至らなくても、殺人を含めて何度か事件も起こっていますね。

 それにしても、メディアはずっと抗争をあおっている印象です。「(定例会の)会合は短時間で終了したものの、抗争激化の気配が感じられた」(「週刊実話」19年7月13日付)とか。
 

 実際のところはどうなんでしょうね? 今年10月には六代目山口組の若頭の出所が予定されていて、六代目側が「分裂終結のリミット」と決めているのだそうです。それまでに本当に統合したいなら、ドンパチやってる場合ではないと思うんですけどね。

 一方で、「切り崩し作戦」は進んでいるようです。暴排で生活が苦しい若手組員などはターゲットになりやすいでしょうね。最近では、親分や兄弟分に黙って飛ぶ(逃げる)組員もいるそうですが、飛んだところで生活できるとは思えません。

 各自治体の暴排条例では、組員はやめたり破門されたりしても、5年は「組員」と見なすとしています。勝手に消えた彼らに対して、組織が破門や絶縁の処分をちゃんとすれば、5年後にカタギになれるかもしれません。

 これに対して気になるのが、組織がらみの「偽装破門」です。組員に破門処分を受けたことにさせて、カタギになれるまでの5年間をなんとか食いつながせ、ヒットマンをやらせるんですね。組織としては「5年も前に破門した子分のことなんか知らない」と言えるわけですが、何十年も前にやめていても「元暴力団員」と報道するのがマスコミですから、この理論が通じるかどうか。そもそもこの5年間をどう生きるんでしょうね。

 もちろん過去にも「何年もかかって復讐した事例」はあります。たとえば1997年の五代目山口組若頭射殺をめぐって、5年後に沖縄で報復(カエシ)の事件があり、幹部が射殺されています。そして、この4月には、神戸山口組の中核組織である五代目山健組の若頭が六代目山口組の関係者に刺される事件が起きました。

 今のところ、山健組は沈黙を守っていますが、「必ずカエシがある」と言われています。マスコミも「カエシの機会を虎視眈々と狙っている」とあおるわけです。

 まあ元極妻の私が言うのもアレなんですけど、刑の長期化・厳罰化が進んでいる現在では、抗争は賛成できないですね。ムショに行くのは切ないだけです。過去に同じく山口組から分裂した一和会との山一抗争(84~89年)や、若頭射殺事件をめぐる抗争などで、今も長い懲役に行っている関係者がいるのですから。