最高のホラー映画は何かと聞かれたら、ノータイムで『悪魔のいけにえ』と答える。
そんな人間が、僕以外にも世界中のあらゆる町に溢れているだろう。
人類の歴史に残るホラー映画の金字塔、『悪魔のいけにえ』。
僕が十数年前にこの映画を初めて見た時、すでに『悪魔のいけにえ』は名作ホラーのレジェンド的な存在だったわけだが、「何十年も前の映画がそんな怖いわけないじゃ~ん、どうせ特殊メイクもショボいよ、当時のファンは思い入れあるかもしれないけど、ありがちなホラー映画だろ~」という、完全になめてかかった態度で視聴を開始した。
結果的に、強烈な体験に心臓がバクバクし、一時停止を押したい! と本気で願った数少ない映画となった。
この映画は、「怖い」を超えた何かだ。
もはやホラーだとか、スプラッターだとか、そういうジャンルを超えて、フィルムから放射されてくるエネルギー_だ。
それは純粋で、原初的なエネルギーだ。
「怖い」とか「悲しい」とかの感情的エネルギーではない、もっとカオスなエネルギーだ。
それゆえに、この映画を見ると、いつの間にか笑っていることがある。
怖がっていいのか、笑っていいのか、楽しんでいいのか、嫌悪していいのか、わかんないけどそれが同時にやってくる。
まだ名前もついていないような、湧き出る謎のエナジー。
それを顔面にゴンゴンとぶつけられているような、唯一無二な体験がそこにはある。
今からさかのぼること45年前、1973年の夏、テキサスの片田舎で、ほとんど素人同然のスタッフと役者が映画を撮っていた。
スタッフの経験は浅く、予算も時間も限られている。
撮っている作品は、気が滅入るように陰惨な内容だ。
その場にいたスタッフや役者の大部分が、「この映画、どーせ公開されないでお蔵入りだろうな」と思っていた。
しかし、その瞬間、その場所に、映画の神が居合わせて、何か超常的な力を与えたのだ。
いや、そうとしか思えない。
映画は、歴史に残る傑作となり、マスターフィルムは芸術作品としてニューヨーク近代美術館に永久保存され、監督の名は世界中に轟いた。
その名はトビー・フーパー。
今年、2017年8月にその人生の幕を閉じた、奇妙な映画監督。
『悪魔のいけにえ』で、焦燥感あふれるドキュメンタリータッチで生々しい恐怖を撮り上げた彼は、スピルバーグプロデュースの『ポルターガイスト』で、安心感あふれるユルめの大作ホラーを撮り上げ大ヒット、『スペースバンパイア』では脱力エンタメおっぱいホラーに挑戦し、満を持して送り出した『悪魔のいけにえ2』を、デニス・ホッパーがチェーンソー二刀流でもっさりしたチャンバラをするコメディにした。
かように掴みどころのない監督なのだが、おそらく普通とはちょっと違うユーモアのセンスがこれらの作品に脈々と流れているのだ、きっと。
そんなトビー・フーパー作品が大好きだ。
今回は、トビー・フーパー追悼の原稿として、『悪魔のいけにえ』の舞台裏に迫ったインタビュー映画『ショッキング・トゥルース』から、悲惨すぎて面白くなってしまう伝説の映画の裏話をいくつか紹介したい。
1、アルマジロの死体、ソーヤ家の調度品……リアルな美術に隠された事実
映画がスタートし、若者たちの旅のシーンで最初に映るのはアルマジロの死体である。アルマジロの死体越しに道を走っていくバンが、これからの苦難を予感させて不吉だ。物語のムードをいかんなく表現した小道具なのだが、このアルマジロの死体は本物である。実は脚本では犬の死体の予定で、そのシーンも撮影されていた。それどころか、美術監督を担当したロバート・バーンズは、撮影の日に馬の死体が道端に倒れて腐っているのを発見して、それを使おうとしたのだ。
しかしスタッフが、とても臭いからと近寄りたがらなかったので断念した。結果的に道端に死んでいるアルマジロを見つけ、これを剥製に加工して撮影に使った。トビー・フーパーは、さらに「車で轢いて内臓をまけ!」と命令したが、ロバートが反対してそのまま撮影された。トビー本人は記憶にないという。
同じくロバート・バーンズの仕事しては、ソーヤ家の調度品も映画の異常性を際立たせている。家の中には動物の骨や犠牲者のパーツで飾られた家具がところ狭しと並んでいるのだ。ここまでの話の流れで察してると思うが、もちろんこの動物の骨も本物である(犠牲者のパーツはさすがに作り物だが)。
ロバートは、農家で死んで遺棄された家畜の骨をかき集めて、それを加工した。さらにメイクのドロシー・パールが動物病院で働いており、動物たちのための大きな墓地を知っていた。ロバートはそこで発見した珍しい骨をナップザックいっぱいに詰め込んで、飛び上がって喜んだという。本当にソーヤ家の一員のようである。ポケットいっぱいのお菓子に喜ぶ子どものような、愉快なエピソードだ。
これらの美術の真に素晴らしい点は、ソーヤ家の人々の「理解不能さ」だけを雄弁に物語っていることだ。ロバートは「“異常者ならこうするだろう”という考えが見えてはいけない。彼らの心理は探らずに生活感を出すようにした」と言う。素晴らしいと思う。まったく理解不能でありながら、確かにそこに何者かが息づいているという確信を与える。レザーフェイスのマスクは言わずもがな、奇跡的な美術もまた、この映画の主役だ。
2、現実でも受難の連続! 主演マリリン・バーンズがかわいそうすぎる
「目ん玉ひんむき絶叫ホラークイーン」として今もファンの間で愛されているサリー役のマリリン・バーンズ。テキサス映画委員で働いていた彼女は、地元で製作されるという長編映画の撮影に参加した。まさか地獄のような撮影現場が待っているとは知らずに。映画内で次第に増えていく彼女のアザは本物だ。時に化粧でアザを隠すという、普通のホラー映画とは逆のメイクが行われた。ドレイトンにホウキで殴られるシーンは、なかなかOKが出ず何時間も殴られ続けた。ドレイトン役のジム・シードウが手加減すると、トビー・フーパーは「本気に見えない」とNGを出した。OKが出た時には、彼女は気絶寸前だった。
家の2階から窓を割って飛び降りるシーンも、スタント無しで撮影された。さすがにトビー・フーパーも「やめろ」と言ったが、結局マリリンは2メートルの高さから飛び降りた。みんなおかしくなっていたのだろう。マリリンは着地で足をくじいた。レザーフェイスから逃げる彼女が足を引きずっているのは演技ではない。本当に足をケガしていたのだ。
椅子に縛られるシーンでは、肉体的にはケガをしなかったが、精神的に追い詰められた。猿ぐつわをされるシーンで、適当な布が見つからず、そこらにあった汚い布が口に詰め込まれたのだ。マリリンは言う。「本当に汚かったわ」。時間も予算もなく、現場は過酷だった。撮影中に椅子ごと倒れてしまったマリリンは、そのまましばらく放置されたという。汚い猿ぐつわをされたまま。
この過酷な撮影を終え、衣装を脱いだ時は「もうこの衣装を着なくていいんだ。髪も肌も手入れできる」と最高の気持ちだったという。しかし数日後にトビーから「もう一回撮影したい」という電話がかかってきた。追加の撮影で撮られたのは、悪夢から解放されたサリーが血まみれで狂ったように笑うラストシーンだ。これは、悪夢のような撮影から解放された、マリリンの本気の笑いだという。
3、映画以上の恐怖! 地獄の「夕食シーン」
極め付けは、映画の中でも重要シーンとなるソーヤ一家の「夕食シーン」だ。このシーンの撮影の時点で、スケジュールは押しに押し、ここは数十時間ぶっ通しでの撮影となった。だれもが疲労困憊のうえに、不幸なことに机の上にはニワトリの頭を使ったオブジェが置いてあった。テキサスの真夏の日中、光が入らないように密閉された室内は50度以上あり、オブジェは次第に腐り、悪臭を生じ始めた。照明の高熱にさらされた骨も焦げて、ヒドい臭いだ。換気する時間の余裕などあるはずもない。地獄の出来上がりだ。スタッフは次々具合が悪くなり、外に出て吐いた。さらに予算がなく衣装の代えがないので、演者はずっと同じ衣装を着ていた。特にレザーフェイス役のガンナー・ハンセンの衣装は1カ月以上洗うことができず、とんでもなく臭かった。メイクのドロシーは、もっとも印象に残っているのは「みんなの体臭のひどさ」だという。さらに、そこに追い打ちをかけたのが「動物の死体事件」だ。
「家の周りに動物の死体を並べよう!」と考えていたトビーとロバートは、動物病院から数体の動物の死体を手に入れた。しかし腐ってきたので、焼くことにした。トビーは、「ぜんぶなくなると思った」。しかし、燃料が足りなかったのだ。生焼けになった死体は強烈な悪臭を発し、その煙が撮影中の家の中に流れ込んできた。中と外の悪臭の挟み撃ちに襲われた撮影現場は、さらなる地獄と化した。それでも役者とスタッフはこのシーンをやりとげ、映画の完成までこぎつけた。実際にこのシーンは悪臭が匂いたってくるような鬼気迫る出来となっているのだ。
4、まさにいけにえ! レザーフェイス役のギャラは1万円だけ!?
『悪魔のいけにえ』といえば、レザーフェイスだ。犠牲者の人間の皮をかぶってチェーンソーを振り回す殺人鬼。しかし、どうやら子どものような精神を持っているという、数多くの殺人鬼ムービースターの中でも特異なマスターピースである。レザーフェイスを演じたガンナー・ハンセン、彼の無言の演技なくしては、これほどの素晴らしいキャラクターにはならなかっただろう。
ガンナーは、もともと決まっていた役者が泥酔してモーテルから出てこないので、代役として雇われた。テキサスの灼熱の真夏で、32日間、毎日16時間に及ぶ撮影を彼はやりきった。1年以上の編集を経て、映画は公開され、「関係者の誰もが認められると思っていなかった」という大方の予想を裏切り、評論家の高い評価を受け初登場3位を記録した。興行収入は、何百万ドルにも達した。しかしどういうわけか、なかなかギャラが支払われなかった。
レザーフェイスを演じたガンナーも、大ヒットで高額の配分をもらえることを期待していた。そして待ちに待った最初のギャラで支払われたのは、47ドルだった。信じられないことに、日本円にして1万円ほどだ。
実は『悪魔のいけにえ』は、なかなか配給会社が見つからず、公開すら危ぶまれていた。そんな中、ブライアンストン社という配給会社が『悪魔のいけにえ』を買って公開することとなった。公開が決まり関係者は喜んだ。その会社が、「マフィアの会社」だと知るまでは。
公開後に収益から権利分が配分されたが、何百万ドルという収益から彼らに支払われたのは1%にも満たない5,000ドルだった。マンガのような話だが、彼らはマフィアの会社に権利を売ってしまったのだ。簡単に言えば、とんでもない悪徳会社に騙されたのである。
それだけでなく、撮影中に予算が尽きたトビーと脚本家のキムは、撮影を続けるために彼らの権利をすでに売っていた。そんなわけで、後にブライアンストン社を訴えて示談金が手に入れるものの、誰もあの過酷な撮影と、歴史的評価から、大金を手にすることはできなかった。本当の地獄は、公開後に待っていたのだ。真に人を食い物にしている奴らは現実世界の方にいた……という、出来すぎたオチでこの原稿を終わりにしたい。
ちなみに、この一件があったからか、それ以降のガンナー・ハンセンは常にギャラのことでモメているイメージがある。『悪魔のいけにえ2』も『3』も、レザーフェイス役のオファーがあったが、ギャラの折り合いがつかず出演していない。ファンとしては、もう一度チェーンソーを振り回すチャーミングな元祖レザーフェイスが見たかったところだが、第1作の資金トラブルを知った今となっては「ギャラにこだわるのも仕方ないな……」と思う部分もある。そんなガンナー氏も、トビー・フーパーに先立つこと2年前に他界している。
●タカハシ・ヒョウリ
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。
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