オードリー・若林正恭、オリラジ・藤森への不快感に見る「意固地な上下関係」意識

 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「面倒くさいよな、あいつって」若林正恭
『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送、1月7日)

 テレビを見ていると、「この人、気難しいんだろうな」と思わされる芸能人が時々いるが、私から見て、ずば抜けて気難しそうなのが、お笑い芸人・オードリーの若林正恭である。

 2008年の「M‐1グランプリ」2位受賞を皮切りに、オードリーは快進撃を続けている。ツッコミの若林は、16年の『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)で初優勝したほか、映画『ひまわりと子犬の七日間』で第37回日本アカデミー賞話題賞を受賞、また『社会人大学 人見知り学部卒業見込み』(KADOKAWA)を上梓するなど、お笑いにとどまらず幅広い分野で活躍している。そんな若林は、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で、「人見知り芸人」「女の子苦手芸人」「マイナス思考芸人」の回に出演するなど、テレビでは、非リア充のキャラで通している。

 しかし、『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)を聞いていると、気弱な非リア充どころか、独特の扱いづらさに気付く。1月7日放送回で、若林は後輩芸人・オリエンタルラジオの藤森慎吾が疎ましくなった出来事について語っていた。

 藤森の「グイグイ来てくれる感じが好き」と思って親しくしていた若林だが、収録の本番前に、若林が高級車・ランドクルーザーに乗っていることについて、「若林さんが、ああやってデカい車に乗ってるのダサいっす」といじってきたという。藤森は「若林さんはプリウスとか、そういうのでいいんすよ」と言っていたそうで、若林は「俺はいいのよ、ランドクルーザーに乗って笑われるのは。ちんまいし(小さいし)、俺みたいな地味なキャラがデカい車乗って」とその指摘に理解を示しつつも、「本番前に、藤森みたいなもんに受け身取るフリしたくない」と不快感をあらわにしていた。相方の春日俊彰が、「本番前のタイミングだから、面倒に感じたのでは?」と尋ねたが、若林は「本番後に同じことを言われても面倒くさい」と答えていたので、よっぽどカチンと来たのだろう。

 この愛車についてのエピソードは、15年5月放送『アメトーーク!』の「マイナス思考芸人」でも披露している。

 車が好きで念願のランドクルーザーを手に入れた若林だが、「売れない頃からつきあいのあるスタッフに、『昔はオーディションに原付で来ていたのに、偉くなったもんだ』と思われたくないから、バレないように駐車場の柱から柱へ、そそくさと移動している」と話して笑いを誘っていた。

 トーク番組のエピソードは誇張があって当然。その真偽を探るのは無粋だが、芸能界のような数字が全ての世界では、スタッフが売れない人に注意を払う可能性は非常に低い。芸人に限らず、売れなかった時代、テレビ局に行く交通費にも困っていた芸能人が、売れたら高級車を買うケースもよく聞く。つまり、若林の変化は“大変よくあること”であり、スタッフの誰も気にも留めていないと私は思う。自意識の空回りと見ることもできるのだろうが、若林の場合、独特の“意固地さ”を感じるのだ。

 その“意固地さ”は『アメトーーク!』の同じく「マイナス思考芸人」の回によく表れていた。「理解できないこと」というお題に、若林は「現場に犬を連れてくる人」と回答。加藤浩次も、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)で、仕事場に犬を連れてくる芸能人を批判したが、加藤と若林では、その理由がまったく異なる。加藤が「スタッフに余計な仕事をさせることになるから」と、周囲の負担を増やすことを批判の理由に挙げた一方、若林は「犬を仕事場に連れていって結果が出せなかったら、仕事に集中しろと批判されることは目に見えている。よっぽど自分に“自信”があるんだなと思い、自分には理解できない」と述べていた。つまり、若林が気にしているのは、自分と相手の力量の差、突き詰めると自分と相手の力はどちらが上か下かという“上下関係”といえるのではないだろうか。

 そう考えると、若林がランドクルーザーを乗っていることを知られたくない気持ちと、藤森に対してヘソを曲げた件が、つながってくる。若林が高級車に乗って「偉くなったと思われたくない」と感じてしまうのは、自分より“下”だと思っていた相手が、何らかのきっかけで高級車に乗っているのを、若林自身が苦々しく見つめた経験があるからではないだろうか。他人を批判的に見るから、自分もそう見られているに違いないと思い込み、その考えから逃れられなくなるということは、よくあることだ。「高級車に乗る自分は笑われているかもしれない」という思い込みがあるところに、自分より“下”だと思っている藤森がそこを突いてきたので、必要以上に不快に感じたように私には見える。

 「面倒くさいよな、あいつって」と藤森に対する不快感を露わにした若林だが、温和に見せて、上下にうるさいあなたも、かなりの面倒くささですよと申し上げたい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

藤原紀香は、なぜ“イタい人”化したのか――“秀才”の座から転落した女が復活する方法

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「みんなに愛されないとイヤみたいなところがありました」藤原紀香
『バイキング・ゴールデン!』(フジテレビ系)

 さんざん腐しておいてなんだが、藤原紀香はどうして“こんなこと”になってしまったのだろうと考えることがある。

 若い方はご存じないだろうが、1990年代後半の紀香は本当に輝いていた。丸の内界隈では誇張表現ではなく、紀香の当時の髪型“ウルフカット”を模したOLであふれ、紀香がイメージキャラクターを務めた化粧品はバカ売れ。紀香を好きとまでは言わなくても、芸能人としての紀香を嫌いという人はほとんどいなかったように感じている。

 しかし、今の紀香は、何をしても叩かれる。

 皇后・美智子さまの赤十字ご視察の際に、なぜか紀香がロイヤルルックで迎えるなど、叩かれやすいタを提供しているのも事実だが、バッシングの中には、いちゃもんにしか思えないものもある。例えば、片岡愛之助出演の舞台で、紀香が贔屓筋に挨拶するためロビーに立っていたところ、握手を求められ、それを断ったそうだ。混乱を避けるための配慮だったというが、その姿と、観客に囲まれて写真撮影をされている様子を「女優きどりで撮影会」とバッシングされたのだ。しかし、求めに応じていたら、「前に出すぎている」と批判されていただろう。

 おそらく、この凋落を一番不思議に思っているのは、紀香本人なのではないか。『バイキング・ゴールデン!坂上忍と怒れるニュースな芸能人』(フジテレビ系)に出演した紀香は、司会の坂上忍に「自分が何かすると叩かれる意識はあるか?」と質問され、「意識はないです」と、バッシングは予想外のものであると答えた。さらに「(かつては)みんなに愛されないとイヤみたいなところがありました」「(その考え方が変わったのは)結婚してからだと思います」と、伴侶を得たことで自身にも変化があったと話していた。

 「みんなに愛されないとイヤ」――紀香のこの言葉を聞いて思い出すのは、1990年に上梓された二谷友里恵の『愛される理由』(朝日新聞社)である。今や実業家として活躍する二谷だが、有名俳優・二谷英明と女優・白川由美の一人娘で、郷ひろみの初婚時の夫人でもある。同書は、二谷が自分の生い立ちと郷に出会って結婚し、第一子を出産するまでを書いたもので、70万部を超えるベストセラーを記録した。

 面白いのは、この本には「愛される理由」めいたものが一切書いていないことである。

 芸能人の娘である二谷は、芸能人に会ったら挨拶をするようにとしつけられた。六本木のディスコで郷に出会った時も、いつもと同じように挨拶に行き、そんな二谷に郷が一目ぼれをしたという。こうしてスターと女子大生の恋が始まるが、二谷はスターに臆することはない。甘えることも、尽くすこともなく、冷めた視線で郷を見つめている。というのも、二谷家にとって、郷は称賛される存在ではなかったらしく、なんでも両親は、「俳優と歌手では歌手の方が格下」「高卒の郷では娘にふさわしくない」と考えていたという。しかし、波瀾万丈な人生を願う二谷にとって、郷は願ってもない相手だったそうだ。つまり、「何もしなくても、愛される」というのが『愛される理由』に流れるテーマなのである。

 一方で、紀香がこれまで出版した書籍に書かれているのは「欲しいものは努力で掴む」ということだろう。女性芸能人は、「何もしていません」と美の秘訣を明かさないものだが、紀香は『紀香バディ!』(講談社)において、自分の美容にかける努力をたくさんのページを割いて披露し、「紀香でもこんなに努力している」と一般人を驚かせた。また『藤原主義』(幻冬舎)では「結婚と出産でますます輝く女になる」と、人気絶頂を迎えてもなお、さらなる上昇とそのための努力を誓う文章を綴っている。

 何もしなくても大物に愛される二谷はさしずめ“天才型”、努力で愛を手に入れる紀香は“秀才型”である。“天才”も“秀才”も女性の羨望を集めるが、“天才”の絶対数が少ないことから考えると、より多くの女性の共感を得るのは、紀香型の“秀才”だろう。

 奇しくも、二谷と紀香は、離婚を経験する。しかし、二谷はほどなく郷の“親友”である裕福な実業家と再婚し、再び“天才”であることを証明する。が、紀香は長い低迷を経験。外見こそ努力でキープし、風水やスピリチュアルで開運に勤しむが、女優として新境地を開拓するわけでもなく、恋愛もぱっとせず、話題になるのはチャリティーばかり。紀香に対して、「人のことを助けてないで、自分のことをどうにかしろ」という世間の声が出てきたのは、この頃からである。

 努力を公言しつつ、それが実らないことは、“秀才”の座から転落するだけでは済まない。学生時代、勉強していることを周囲にアピールする割に、成績が芳しくないクラスメイトは“イタい”呼ばわりされたもので、努力が空回りする紀香は、“天才”でも“秀才”でもなく、いつのまにかそちらのカテゴリに入ってしまったと言えるのではないだろうか。

 努力をウリにするために必要なのは、成果である。成果のない努力は、単なる自己満足にすぎない。梨園の妻になったにもかかわらず、女優業やブログをやめない紀香を批判する声もあるそうだが、それらの経済活動が愛之助の切符の売り上げに貢献する可能性は否めない。つまり、紀香の炎上は、愛之助への献身となるのだ。紀香よ、恐れることなく、がんがん炎上せよ。その結果、愛之助が大役を任された時、紀香は“秀才”として復権し、第二次紀香ブームがやってくるのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

離婚危機報道の松居一代、熱心に更新するブログに感じた“欲求不満”の正体

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」松居一代
(松居一代公式ブログ、12月11日)

 今から10年以上前、“マツイ棒”という名の“割りばしにガーゼを巻いたお掃除グッズ”で、松居一代がどかんと当てた頃。彼女は、ワイドショーのコメンテーターとしてひっぱりだことなり、松居らしさをいかんなく発揮していた。

 例えば「うちは無農薬野菜しか食べないんです」と女性ゲストが発言すると、「本当に無農薬って言える?見たの?」と質問する。松居は無農薬かどうか確かめるため、野菜に貼ってあるラベルをもとに畑を探し、自分の目で見てから野菜を購入するそうだ。当時から松居は投資家として名を成していたが、投資用の土地を買う時の決め手は、土地のパワーだと話していた。その土地に、服のままで寝っ転がったときに、パワーを感じたら投資向きの物件なのだそうである。エキセントリックかつ、すごい集中力で物事を突き詰める性格は、投資家として適性があるといえるのかもしれない。

 現在も松居は、投資家として順調に活動している。東京オリンピックの開催決定、トランプ氏当選を予想した松居は、その辺に照準を定め、投資。『櫻井・有吉のTHE夜会』(TBS系)で、その利益について聞かれると、具体的な金額は明かさなかったものの、「ガッチリいっちゃいました」と投資が成功したことを認めた。

 そんな松居が先月、ブログを始めた。芸能人にとってブログは、小遣い稼ぎと思われがちだが、松居にいまさら小金は不必要だろう。松居ブログを読んでみると、情緒不安定な印象を受ける。「おかげ様」とか「感謝」とか「ありがとう」という言葉が繰り返されるものの、その一方で「あたしだって泣いてる時もあるよ」「今年は泣いてる時期が長かったもんで、(伊勢神宮に)参拝できる状態じゃなかったんだ」など、何かあることを匂わせる。

 ここで思い浮かぶのが、今年の頭に持ち上がった俳優・船越英一郎との離婚危機報道である。松居は否定したものの、船越がコメントを出さないこと、また「女性セブン」(小学館)で船越が自宅近くのマンションで生活をし、松居とプチ別居をしていることが報じられたことにより、離婚説はくすぶったままだ。『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)に出演した松居は、「100歩で別居という報道はおかしいですよね?」と謎の理論を展開。さらに「電気が消えたら、仕事に行くんだなとわかる」「誕生日のプレゼントは2日徹夜して、Tシャツを手作りした」と円満をアピールするが、なんとなくやることがストーキングっぽいのである。

 ねっとりと夫を愛したかと思うと、愛していない者にはバッサリいくのが松居流である。松居は、『松居一代の開運生活』(アスコム)の出版記念会見の際、夫と亡くなった女優・川島なお美がかつて交際していたことを認めたのだ。川島の話をすれば、メディアが食いつくのは間違いない。自著のPRのために、故人を利用するようなやり方はバッシングを呼び、「女性セブン」(小学館)によれば、船越は松居のこの行動にあきれて離婚を決意したとわれている。

 生来持ったパワーが強く、相手の気持ちを考える力が弱い相手に、もし本気で離婚を切り出すと大変なことになるが、神は船越を見捨てなかった。今の時代には、松居のような女性にぴったりのツールがある。ブログやSNSである。

 松居はブログにはまっているようで、1日に何度も更新したり、14年前の流産した話を、“その時の船越が優しかった”エピソードも添えて披露している。読者からコメントがつくのが楽しみらしく、「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」と多くの感謝と若干のしつこさをこめてつづっているのだ。読者がついたのがうれしかったのだろう、松居は「読者に直接お礼が言いたい」と、パジャマ姿でドコモシップを訪れて携帯を買い、警察と法務局に許可を取って、読者と1分だけ話をするという企画を行った。1分でファンの気持ちが充たされるかは疑問だが、少なくとも松居は満足したようである。

 投資家として主婦として忙しく過ごす女性が、ブログやSNSにはまるのはよろしくないと思う人もいるかもしれないが、それは並のパワーの女性の場合である。ひとり息子も立派に社会人となり、夫ともプチ別居している今、松居の「人と何かしたい欲求」は有り余っており、それをブログが発散させているのだと思う。ブログやSNSで面識のない人と親密になりすぎると、トラブルが起こることもあるけれど、それくらいで傷つくほど松居は弱くない。

 船越と松居の関係に何らかの“進展”があるとしたら、それは、松居がブログに飽きた時かなのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

離婚危機報道の松居一代、熱心に更新するブログに感じた“欲求不満”の正体

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」松居一代
(松居一代公式ブログ、12月11日)

 今から10年以上前、“マツイ棒”という名の“割りばしにガーゼを巻いたお掃除グッズ”で、松居一代がどかんと当てた頃。彼女は、ワイドショーのコメンテーターとしてひっぱりだことなり、松居らしさをいかんなく発揮していた。

 例えば「うちは無農薬野菜しか食べないんです」と女性ゲストが発言すると、「本当に無農薬って言える?見たの?」と質問する。松居は無農薬かどうか確かめるため、野菜に貼ってあるラベルをもとに畑を探し、自分の目で見てから野菜を購入するそうだ。当時から松居は投資家として名を成していたが、投資用の土地を買う時の決め手は、土地のパワーだと話していた。その土地に、服のままで寝っ転がったときに、パワーを感じたら投資向きの物件なのだそうである。エキセントリックかつ、すごい集中力で物事を突き詰める性格は、投資家として適性があるといえるのかもしれない。

 現在も松居は、投資家として順調に活動している。東京オリンピックの開催決定、トランプ氏当選を予想した松居は、その辺に照準を定め、投資。『櫻井・有吉のTHE夜会』(TBS系)で、その利益について聞かれると、具体的な金額は明かさなかったものの、「ガッチリいっちゃいました」と投資が成功したことを認めた。

 そんな松居が先月、ブログを始めた。芸能人にとってブログは、小遣い稼ぎと思われがちだが、松居にいまさら小金は不必要だろう。松居ブログを読んでみると、情緒不安定な印象を受ける。「おかげ様」とか「感謝」とか「ありがとう」という言葉が繰り返されるものの、その一方で「あたしだって泣いてる時もあるよ」「今年は泣いてる時期が長かったもんで、(伊勢神宮に)参拝できる状態じゃなかったんだ」など、何かあることを匂わせる。

 ここで思い浮かぶのが、今年の頭に持ち上がった俳優・船越英一郎との離婚危機報道である。松居は否定したものの、船越がコメントを出さないこと、また「女性セブン」(小学館)で船越が自宅近くのマンションで生活をし、松居とプチ別居をしていることが報じられたことにより、離婚説はくすぶったままだ。『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)に出演した松居は、「100歩で別居という報道はおかしいですよね?」と謎の理論を展開。さらに「電気が消えたら、仕事に行くんだなとわかる」「誕生日のプレゼントは2日徹夜して、Tシャツを手作りした」と円満をアピールするが、なんとなくやることがストーキングっぽいのである。

 ねっとりと夫を愛したかと思うと、愛していない者にはバッサリいくのが松居流である。松居は、『松居一代の開運生活』(アスコム)の出版記念会見の際、夫と亡くなった女優・川島なお美がかつて交際していたことを認めたのだ。川島の話をすれば、メディアが食いつくのは間違いない。自著のPRのために、故人を利用するようなやり方はバッシングを呼び、「女性セブン」(小学館)によれば、船越は松居のこの行動にあきれて離婚を決意したとわれている。

 生来持ったパワーが強く、相手の気持ちを考える力が弱い相手に、もし本気で離婚を切り出すと大変なことになるが、神は船越を見捨てなかった。今の時代には、松居のような女性にぴったりのツールがある。ブログやSNSである。

 松居はブログにはまっているようで、1日に何度も更新したり、14年前の流産した話を、“その時の船越が優しかった”エピソードも添えて披露している。読者からコメントがつくのが楽しみらしく、「皆の衆の大切な時間を割いて、愛をこめて送ってくれたコメント、ずっとずっと大切に保管するからね」と多くの感謝と若干のしつこさをこめてつづっているのだ。読者がついたのがうれしかったのだろう、松居は「読者に直接お礼が言いたい」と、パジャマ姿でドコモシップを訪れて携帯を買い、警察と法務局に許可を取って、読者と1分だけ話をするという企画を行った。1分でファンの気持ちが充たされるかは疑問だが、少なくとも松居は満足したようである。

 投資家として主婦として忙しく過ごす女性が、ブログやSNSにはまるのはよろしくないと思う人もいるかもしれないが、それは並のパワーの女性の場合である。ひとり息子も立派に社会人となり、夫ともプチ別居している今、松居の「人と何かしたい欲求」は有り余っており、それをブログが発散させているのだと思う。ブログやSNSで面識のない人と親密になりすぎると、トラブルが起こることもあるけれど、それくらいで傷つくほど松居は弱くない。

 船越と松居の関係に何らかの“進展”があるとしたら、それは、松居がブログに飽きた時かなのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

田中萌、伊藤綾子、松村未央の“バレちゃった”素顔――2016年「女心をざわつかせた」女子アナベスト3

 タレントとは一線を画し、テレビでは一歩引いた存在であるべきといわれる女子アナだが、彼女たちのプライベート事情に興味を示す人は大勢いる。2016年も、数多くの女子アナの熱愛や結婚、離婚などが話題をさらった。今回は、女子アナをウォッチし続けてきたライター・仁科友里氏が、今年“プライベートで注目を浴びた女子アナ”の中から、女心をざわつかせた人物ベスト3を選出。報道やテレビで明かしたトークにより、“バレちゃった”彼女たちの素顔を考察する。

第1位:田中萌(テレビ朝日)
「共演中の先輩アナと不倫」ご法度をやらかした田中アナ

 「週刊文春」(文藝春秋)に、共演中の先輩アナウンサー・加藤泰平との不倫をバラされちゃった田中アナだが、女子アナの不倫というのは実は珍しいことではない。

 例えば、フリーの安藤優子は2回の結婚歴があるが(一度目は広告代理店勤務の男性、二度目はフジテレビのプロデューサー)、どちらも安藤のマンションに男性が通う姿を写真週刊誌に激写されており、その際、男性は既婚者だった。元TBSの有村かおりも、既婚者である外交官との不倫路上キスが写真週刊誌に載ったものの、この男性と略奪婚を果たした。つまり不倫関係からの結婚という可能性は否定できない。

 このほかにも、元フジテレビの有賀さつきは、フリー転身直後、所属事務所社長との不倫を写真週刊誌に撮られ、「彼を愛している」「彼の子どもを産みたい」と発言、激しいバッシングにさらされ、一時テレビから消えた。さらに元TBSの青木裕子も同局ディレクターとの不倫をすっぱ抜かれたことがある。フリーの山本モナに至っては、民主党の代議士・細野豪志との京都旅行と路上キスを写真週刊誌に、読売巨人軍の二岡智宏選手とラブホテルに入っていく姿を女性週刊誌に撮られ、番組を降板している。

 ざっと思い出すだけで、これだけある不倫話だが、今回のケースが稀なのは、「同じ番組に出ていたアナウンサーが相手である点」と「LINEのやりとりといった不倫関係をダメ押しする細かい証拠が記事になっている点」である。週刊誌は、基本的に情報元を明かさないので、まったくの推測だが、状況から考えると、両アナウンサーに近い人物がタレこんだと考えるのが自然だろう。新人ながら、エースの呼び声高かった田中アナへの嫉妬なのか、それとも既婚者でありながら、田中アナの心と体を都合よく使っていた加藤アナへの怒りからなのかはわからないが、バレちゃったのは不倫関係ではなく、どちらかまたは2人の人望のなさであろう。

第2位:伊藤綾子(フリー)
嵐・二宮和也との交際を“匂わせ”まくっていた伊藤アナ

 「女性セブン」(小学館)で、嵐・二宮和也との熱愛が報じられた伊藤アナ。きっかけは番組共演だそうだが、いただけないのは、伊藤アナが自らのブログで“彼氏”の存在をほのめかしていることである。交際を匂わせる女子アナといえば、元NHKの神田愛花を思い出す。交際相手であるバナナマン・日村勇紀が食べたものを時間差でTwitterにアップしていた。日村の相方・設楽統は、『バナナマンのバナナムーンGOLD』(TBSラジオ)で、日村に「もう(世間に交際を)知らしめたかったんだ」「ちょっと(神田に)、言った方がいいよ、全部出すんじゃねえって」と忠告していたが、これが一般的な男性の感想だろう。知的で清楚な美貌がウリの伊藤アナだったが、中身は案外ドロッとしてることがバレてしまった。

 

第3位:松村未央(フジテレビ)
陣内智則に番組内でナメられ続ける松村アナ

 お笑い芸人・陣内智則と交際中の松村アナ。『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)で、松本人志に「そこまで可愛くない女子アナ」呼ばわりされていたが、陣内は特にフォローをしていなかったし、HKT48・指原莉乃に「すごい可愛い彼女さんですね」と話しかけられても、「可愛いとかそういうんじゃなくて、エエ娘やねん」と答えたという。なぜそんなに、松村アナを「可愛い」と言うことを拒むのか疑問である。フジテレビの女子アナが可愛くないなんてことがあるはずもないのに。きっと陣内は、松村アナをナメているのだろう。その原因は、松村アナに、「好きな女子アナランキング」に入るような実績がないからではないだろうか。

 陣内は『ダウンタウンDX』で、「結婚はちゃんと考えている」としつつも、「タイミングがわからない」と、どこか煮え切らない発言をしていた。ナメられた関係での結婚は、個人的にはおすすめしたくないと思っていたが、『ボクらの時代』(フジテレビ系)において、松村アナが結婚を“妥協”と考えているのが、バレたように思う。フリーアナウンサー・田中みな実、上田まりえとの鼎談にのぞんだ松村アナは、プライベートについて「明日にでもママになりたい」など、結婚や出産願望を語った一方、仕事については、フリーにならない理由を「厳しい世界だから」とし、「後輩たちが帯の仕事とか、やりたい仕事を勝ち取っていく」「スポーツは後輩がやってるけど、私は『スポーツやバラエティ番組がやりたい』と言い続けている」と、後輩に追い抜かれる現状を語っていた。仕事がうまくいかないと、結婚に逃げようとする女性がいるが、松村アナも同じ考えで、積極的に妥協をしているのではないだろうか。

【総論】
 女子アナの恋愛や不倫のややこしいところは、ペナルティーがケースバイケースなところである。例えば、不倫が露見しても、青木裕子や安藤優子は番組を降りなかったが、山本モナは降板に追い込まれた。ジャニーズとの恋愛なら、日本テレビ・水卜麻美アナが関ジャニ∞・横山裕と経験しているものの、特におとがめはない。フリーと正社員の違いや芸能界特有の力学もあるだろうが、結局、数字を持っている女子アナ、交際(不倫)相手がビッグネームな女子アナは切られにくいということではないだろうか。

 だとしたら、田中アナは落ち込むことはない。テレビ朝日の先輩、徳永有美アナはかつてウッチャンナンチャン・内村光良と不倫が発覚し、バッシングを浴びて退社に追い込まれたが、内村の再ブレークもあって、来年1月AbemaTVに復帰することが決まった。加藤とは別の大物のオトコをつかまえるのが、復帰への第一歩である。

 伊藤アナは、どうしても結婚したいのであれば、プロ彼女の代表格であるロンドンブーツ1号2号・田村淳の妻にもとに日参して、教えを乞うことを勧める。

 松村アナは、仕事で結果を出すことが脱・ナメられにつながる。バラエティやスポーツ番組をずっとやりたいと言い続けて芽が出ないのであれば、違う分野に挑戦する方が賢明だろう。もしくは陣内利権を使って、『バイキング』(フジテレビ系)あたりに無理やり入れてもらうくらいのしたたかさを発揮してほしい。

 なぜなら、「地獄の沙汰も金次第」という諺があるが、女子アナの場合、「地獄の沙汰も人気次第」なのだから。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

 

日本スピリチュアル界のドン・江原啓之のご高説から得られる“癒やし”の正体

 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」江原啓之
『火曜サプライズ』(日本テレビ系、12月13日)

 個人的な話で恐縮だが、女性向け婚活指南本を出したことがある。婚活がうまくいかないのは、“やり方”が間違っているから。そこを直しさえすれば、結果はついてくるはず……と思っていたが、婚活に悩む独身女性と接しているうちに、彼女たちが必ずしも“やり方”を求めていないことに気付いた。ハウツー本は、実行してこそ意味があるが、ある種の女性は「悩んでいます」「私なんてダメです」を繰り返しながらも、頑として具体的な行動を起こすことはない。行動するしないは本人の自由だし、それぞれの事情があるだろうから、著者として、無理にやれというつもりはないが、テレビが占いやスピリチュアルをもてはやす理由がわかった気がした。

 占いの基本スタンスは、「うまくいかないのは運気が悪いからで、自分のやり方、あり方を変える必要はない」である。例えば、「年収600万以上の男性と結婚したいが、婚活がうまくいかない32歳の女性」がいたとする。婚活のエキスパートである結婚相談所の相談員であれば、「年収600万以上の独身男性の割合」と「30歳以上の独身女性が、35歳までに結婚する可能性」などの客観的データと、相談者から受ける印象をもとにアドバイスをしていくのが基本だろう。

 それは結果を出す方法といえるが、“テレビ受け”するかというと、疑問である。現実的すぎるアドバイスは痛みを伴うので、相談者や相談者と同じ悩みを持つ視聴者の機嫌を損ねる場合があるからだ。その点、占いは罪がない。多少、相談者にキツいことを言ったとしても、「〇年に結婚のチャンスがある」「仕事関係で知り合う」というふうに、自分を変えなくても、明るい未来が待っていると伝えることで、相談者に確実に希望を与えてくれる。それに、当たるも八卦、当たらぬも八卦というように、当たらなくても問題になることはない。

 占いの提供するものが“明るい未来”だとしたら、スピリチュアルが相談者へ施すのは、“強い肯定感”ではないだろうか。日本のスピリチュアル界のドン・江原啓之氏が出演していた『オーラの泉』(テレビ朝日系)を見ていると、相談者が抱える悩みやトラブルに対して、「魂の成長」「気づき」という言葉を用いて解説していることに気付く。苦労することによって、人は魂を成長させ、見過ごしていたことに感謝できるという意味だが、これも、「苦労をしたのはあなたのせいではない」と言い換えることができるだろう。苦労を経験して、魂を成長させることができたという表現からは、選民思想的な印象を受けるため、そう告げられた人は優越感を抱くはずだ。

 『オーラの泉』で、江原氏は“守護霊”という言葉をよく用いていたが、その存在を確かめる術はない。しかし、誰も味方がいないと思うより、目には見えなくても見守ってくれる人がいると言われて、嫌な気分になる人はいないだろう。そう考えるとやはり、占いが明るい未来を保証してくれるものだとしたら、スピリチュアルは現在の自分を肯定してくれるのだ。

 占いやスピリチュアルを信じるかどうかは、もちろん個人の自由である。しかし、客観的に見ると、江原氏も案外“当たり前”のことを言っているのである。例えば、12月13日放送の『火曜サプライズ』(日本テレビ系)で、お笑い芸人・いとうあさこが、「人に迷惑をかけるので、孤独死が怖い」と江原氏に相談していた。江原氏は、「生きてる時だって、誰かに迷惑をかけている」と回答、いとうを「正義感の強い人」として、「あなたにその考え方さえなければ、とっくに結婚していた」と分析した。

 さらに、今まで何度もチャンスがあったのに、いとうが結婚に踏み切れなかったのは、「心の奥底にトラウマがある」からだと江原氏は言う。いとうは、「とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった母親」を見ているので、親に遠慮して「親の顔色を見る」子どもになってしまったのだそうだ。母親が「反面教師」な部分があり、「ただのオンナとして(仕事をせずに)生きたらこうなっちゃう」という気持ちから、結婚に踏み切れないとも言っていた。いとうは「そこまで(母と確執があったわけ)じゃないですけどね」と言いながらも、部分的に江原氏の説を肯定した。が、江原氏の発言は、いとうだけではなく、実は誰にでもあてはまるのではないだろうか。

 例えば、「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」と江原氏は言うが、苦労の種類に違いこそあれど、世の母親で、苦労せずに子どもを育てた人は1人もいないのではないだろうか。それに、親の顔色を見ない子どももいないし、親の生き方に子どもが反感を持ったり、反面教師にすることは、成長の一過程とも言える。念のため申し添えるが、私は江原氏が適当なことを言っていると言いたいのではない。人間は目に見える表面的な部分(外見や学歴、年収)が違うように見えても、目に見えない、気持ちの部分では「だいたい同じつらさ」を味わっていて、だからこそ、“当たり前”が、誰にでも当てはまるのではないかと思うのだ。

 『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)をはじめとしたバラエティー番組で、江原氏は熱海に構えた1,000坪を超える豪邸を披露している。築82年の建物に改装を重ねたため、「はっきり言って、新築を立てた方が安くあがりました」と、聞かれていないのにカネの話を露骨にしていた。豪邸は江原氏の霊験あらたかな力の証明、ファンの多さと見ることもできるだろうが、私には、それだけ多くの人が悩みを打ちあける相手を持たず、“当たり前話”に財布のひもを緩くした結果に見えて、氏のご高説よりも、そちらに心なぐさめられる思いがする。誰もが良好な人間関係を築き、順風満帆な人生を送っているわけではない、うまくいかないことがあったり、悩むことは当たり前。そう思えることが、私にとっては大きな“癒やし”に感じられる。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

日本スピリチュアル界のドン・江原啓之のご高説から得られる“癒やし”の正体

 

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」江原啓之
『火曜サプライズ』(日本テレビ系、12月13日)

 個人的な話で恐縮だが、女性向け婚活指南本を出したことがある。婚活がうまくいかないのは、“やり方”が間違っているから。そこを直しさえすれば、結果はついてくるはず……と思っていたが、婚活に悩む独身女性と接しているうちに、彼女たちが必ずしも“やり方”を求めていないことに気付いた。ハウツー本は、実行してこそ意味があるが、ある種の女性は「悩んでいます」「私なんてダメです」を繰り返しながらも、頑として具体的な行動を起こすことはない。行動するしないは本人の自由だし、それぞれの事情があるだろうから、著者として、無理にやれというつもりはないが、テレビが占いやスピリチュアルをもてはやす理由がわかった気がした。

 占いの基本スタンスは、「うまくいかないのは運気が悪いからで、自分のやり方、あり方を変える必要はない」である。例えば、「年収600万以上の男性と結婚したいが、婚活がうまくいかない32歳の女性」がいたとする。婚活のエキスパートである結婚相談所の相談員であれば、「年収600万以上の独身男性の割合」と「30歳以上の独身女性が、35歳までに結婚する可能性」などの客観的データと、相談者から受ける印象をもとにアドバイスをしていくのが基本だろう。

 それは結果を出す方法といえるが、“テレビ受け”するかというと、疑問である。現実的すぎるアドバイスは痛みを伴うので、相談者や相談者と同じ悩みを持つ視聴者の機嫌を損ねる場合があるからだ。その点、占いは罪がない。多少、相談者にキツいことを言ったとしても、「〇年に結婚のチャンスがある」「仕事関係で知り合う」というふうに、自分を変えなくても、明るい未来が待っていると伝えることで、相談者に確実に希望を与えてくれる。それに、当たるも八卦、当たらぬも八卦というように、当たらなくても問題になることはない。

 占いの提供するものが“明るい未来”だとしたら、スピリチュアルが相談者へ施すのは、“強い肯定感”ではないだろうか。日本のスピリチュアル界のドン・江原啓之氏が出演していた『オーラの泉』(テレビ朝日系)を見ていると、相談者が抱える悩みやトラブルに対して、「魂の成長」「気づき」という言葉を用いて解説していることに気付く。苦労することによって、人は魂を成長させ、見過ごしていたことに感謝できるという意味だが、これも、「苦労をしたのはあなたのせいではない」と言い換えることができるだろう。苦労を経験して、魂を成長させることができたという表現からは、選民思想的な印象を受けるため、そう告げられた人は優越感を抱くはずだ。

 『オーラの泉』で、江原氏は“守護霊”という言葉をよく用いていたが、その存在を確かめる術はない。しかし、誰も味方がいないと思うより、目には見えなくても見守ってくれる人がいると言われて、嫌な気分になる人はいないだろう。そう考えるとやはり、占いが明るい未来を保証してくれるものだとしたら、スピリチュアルは現在の自分を肯定してくれるのだ。

 占いやスピリチュアルを信じるかどうかは、もちろん個人の自由である。しかし、客観的に見ると、江原氏も案外“当たり前”のことを言っているのである。例えば、12月13日放送の『火曜サプライズ』(日本テレビ系)で、お笑い芸人・いとうあさこが、「人に迷惑をかけるので、孤独死が怖い」と江原氏に相談していた。江原氏は、「生きてる時だって、誰かに迷惑をかけている」と回答、いとうを「正義感の強い人」として、「あなたにその考え方さえなければ、とっくに結婚していた」と分析した。

 さらに、今まで何度もチャンスがあったのに、いとうが結婚に踏み切れなかったのは、「心の奥底にトラウマがある」からだと江原氏は言う。いとうは、「とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった母親」を見ているので、親に遠慮して「親の顔色を見る」子どもになってしまったのだそうだ。母親が「反面教師」な部分があり、「ただのオンナとして(仕事をせずに)生きたらこうなっちゃう」という気持ちから、結婚に踏み切れないとも言っていた。いとうは「そこまで(母と確執があったわけ)じゃないですけどね」と言いながらも、部分的に江原氏の説を肯定した。が、江原氏の発言は、いとうだけではなく、実は誰にでもあてはまるのではないだろうか。

 例えば、「お母さん、とっても努力して苦労して、一生懸命育ててくださった」と江原氏は言うが、苦労の種類に違いこそあれど、世の母親で、苦労せずに子どもを育てた人は1人もいないのではないだろうか。それに、親の顔色を見ない子どももいないし、親の生き方に子どもが反感を持ったり、反面教師にすることは、成長の一過程とも言える。念のため申し添えるが、私は江原氏が適当なことを言っていると言いたいのではない。人間は目に見える表面的な部分(外見や学歴、年収)が違うように見えても、目に見えない、気持ちの部分では「だいたい同じつらさ」を味わっていて、だからこそ、“当たり前”が、誰にでも当てはまるのではないかと思うのだ。

 『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)をはじめとしたバラエティー番組で、江原氏は熱海に構えた1,000坪を超える豪邸を披露している。築82年の建物に改装を重ねたため、「はっきり言って、新築を立てた方が安くあがりました」と、聞かれていないのにカネの話を露骨にしていた。豪邸は江原氏の霊験あらたかな力の証明、ファンの多さと見ることもできるだろうが、私には、それだけ多くの人が悩みを打ちあける相手を持たず、“当たり前話”に財布のひもを緩くした結果に見えて、氏のご高説よりも、そちらに心なぐさめられる思いがする。誰もが良好な人間関係を築き、順風満帆な人生を送っているわけではない、うまくいかないことがあったり、悩むことは当たり前。そう思えることが、私にとっては大きな“癒やし”に感じられる。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

「SNSで自慢する女」への嫌悪感を語る横澤夏子、その裏側に見える“見下し”の目線

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」横澤夏子
『今夜くらべてみました』(日本テレビ系、11月29日)

 テレビが好む“ぶっちゃけトーク”は、視聴者の“共感”を引き出すためのものだろう。多少過激な方が、インパクトがあってよい。しかし、お笑い芸人・横澤夏子のSNSに関する“ぶっちゃけトーク”は、“余計なもの”が強すぎて、結果的に好感度を下げる方向にいってしまっているように、私には見える。

 11月29日放送『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)のテーマは、「トリオ THE いいね!を押せない女」。横澤夏子と女優・岡本玲、伊藤ゆみ(ICONIQ)が、番組MCのHKT48・指原莉乃らを交えて、「SNSで、『いいね!』を押したくない投稿をする女」について語った。ゲストが挙げた例は、以下の通りである。

1.タワーマンションに住んでます感を出す女(岡本)
2.グアムやサイパンの写真を載せる女(横澤)
3.わざとらしくブランド品や、ビジネスクラス、グリーン車など乗り物のクラスを載せる女(伊藤)
4.ジムやエステに行った写真を載せる女(岡本)
5.料理上手をアピールする女(伊藤)
6.感想なしでひたすらご飯をアップする女(岡本)
7.焼肉で男の手を映す女(横澤)
8.やたらと彼氏を出す女(岡本)
9.同棲しているのに、ボーダーかぶっちゃったという女(横澤)
10.音楽フェスで音楽を聞かない女(岡本)
11.音楽フェスでVIP席に座ってるアピールをする女(伊藤)
12.SNOWでしか撮らない女(岡本)

 横澤いわく、「2」のグアムやサイパンの写真を載せる女は、グアムに行ける経済力や、ビキニを着られるスタイルがあってこそなので、「全部自慢」なのだそうだ。岡本、伊藤両者にとっても、投稿に“自慢臭”が潜むかどうかは「いいね!」を押したくないポイントとなっているようだ。

 しかし特徴的なのは、3人とも自慢を感じるツボが違うことである。例えば横澤は、「2」の“旅行”、「7」や「9」の“彼氏の存在”などに“リア充”自慢を感じ、伊藤は「3」「11」の例に代表されるように、“経済的序列”や“上下関係”に、そのツボがあるようだ。岡本は、「4」について「(人から)ジムやエステに行っていないのに、きれいな女性だと思われている方がいい」、「9」について「(岡本は音楽が好きなので)フェスに行って音楽を聞かないことが理解できない」、「12」について「SNOWも時々ならいいけど」というふうに語るなど、岡本の中には、女性の行動に“こうすべき”という規範があり、そのルールから逸脱している自慢に、嫌悪を覚えるようである。ちなみに指原は「1」「4」「10」「12」について「いいね!」を押したくないと賛同していた。

 自慢をされてうれしい気持ちになる人は滅多にいなので、視聴者の共感を呼びそうなネタだが、横澤をはじめとしたゲストの3人と指原は、自分の矛盾に気付いていない。彼女たちは、他人の投稿にはイラッとする半面、自分が投稿する分にはOKのようなのだ。例えば、指原は「4」について、伊藤と岡本は「5」について、「私もやっちゃうんだけど」と補足している。

 横澤も「5」に関して、「和食が得意と言ってるオンナ、だいたいヤバい」「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」と糾弾しておきながら、「ピーマンの肉詰め」写真をアップしている。本人いわく「頑張ってない感じのできる料理」だそうだが、司会のフットボールアワー・後藤輝基が「おまえの物差しがわからん」とツッコんでいた通り、傍目には横澤も、和食ではないものの、「男の人に好まれたくて、頑張って手料理をアップしている女子」にしか見えないのではないか。が、横澤はどうも「私は違う」「私ならいい」と判断しているようなのだ。

 自分がするのはOKだが、他人がしたらイラッとする。そこから考えられるのは、横澤や伊藤ら出演陣が感じる“他人の自慢”への苛立ちが、一般的なそれとは違う可能性だ。普通「自慢をされてイヤな気分になった」という表現は、持っている者が持たざる者に対して、“自分が恵まれている証拠”を見せつけて、持たざる者イヤな気分になるという図式を思い浮かべるだろう。しかし、もう1つ、「自分より下だと思っている人に、何かを誇示されて腹が立つ」という構図も存在するのだ。

 例えば横澤は「グアムやサイパンの写真は自慢」と語っていたが、冷静に考えれば、売れっ子の横澤であれば、グアムに行く経済力は十分あるだろうし、長身で細身なのだから、ビキニだって着こなせるはずだ。にもかかわらず、横澤がそれを自慢と感じるのは「おまえごときが、この私に挑んでくるなんて」と、相手を下に見ているからではないだろうか。

 そもそも、自慢というのは、半分は受け手の問題である。例えば、「1」のタワーマンションの例で考えてみると、自分の好きな人や、自分より“上”とみなしている人がタワーマンションに住んでいることをほのめかしたのであれば、「素敵」「ひけらかさないで謙虚」と思えるのに、自分より“下”だと思っている人に対しては、「自慢しやがって」と苦々しく思ってしまう。つまり、自慢されたからイラッとするのではなく、相手のことが嫌い、もしくは下に見ているから、イラッとするのだ。

 かつて出演した『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、「私、今年新しいビキニ買っちゃったから、海に行かなきゃいけないんだよね」と、それがあたかも義務であるように語る女にイラッとくると語っていた横澤。ここまでくると、イチャモンに近いのではないだろうか。自分が大好きで、自分以外は認めない。そんな横澤に、視聴者がイラッとくる日は、そう遠くない気がしてならない。

 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

「SNSで自慢する女」への嫌悪感を語る横澤夏子、その裏側に見える“見下し”の目線

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」横澤夏子
『今夜くらべてみました』(日本テレビ系、11月29日)

 テレビが好む“ぶっちゃけトーク”は、視聴者の“共感”を引き出すためのものだろう。多少過激な方が、インパクトがあってよい。しかし、お笑い芸人・横澤夏子のSNSに関する“ぶっちゃけトーク”は、“余計なもの”が強すぎて、結果的に好感度を下げる方向にいってしまっているように、私には見える。

 11月29日放送『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)のテーマは、「トリオ THE いいね!を押せない女」。横澤夏子と女優・岡本玲、伊藤ゆみ(ICONIQ)が、番組MCのHKT48・指原莉乃らを交えて、「SNSで、『いいね!』を押したくない投稿をする女」について語った。ゲストが挙げた例は、以下の通りである。

1.タワーマンションに住んでます感を出す女(岡本)
2.グアムやサイパンの写真を載せる女(横澤)
3.わざとらしくブランド品や、ビジネスクラス、グリーン車など乗り物のクラスを載せる女(伊藤)
4.ジムやエステに行った写真を載せる女(岡本)
5.料理上手をアピールする女(伊藤)
6.感想なしでひたすらご飯をアップする女(岡本)
7.焼肉で男の手を映す女(横澤)
8.やたらと彼氏を出す女(岡本)
9.同棲しているのに、ボーダーかぶっちゃったという女(横澤)
10.音楽フェスで音楽を聞かない女(岡本)
11.音楽フェスでVIP席に座ってるアピールをする女(伊藤)
12.SNOWでしか撮らない女(岡本)

 横澤いわく、「2」のグアムやサイパンの写真を載せる女は、グアムに行ける経済力や、ビキニを着られるスタイルがあってこそなので、「全部自慢」なのだそうだ。岡本、伊藤両者にとっても、投稿に“自慢臭”が潜むかどうかは「いいね!」を押したくないポイントとなっているようだ。

 しかし特徴的なのは、3人とも自慢を感じるツボが違うことである。例えば横澤は、「2」の“旅行”、「7」や「9」の“彼氏の存在”などに“リア充”自慢を感じ、伊藤は「3」「11」の例に代表されるように、“経済的序列”や“上下関係”に、そのツボがあるようだ。岡本は、「4」について「(人から)ジムやエステに行っていないのに、きれいな女性だと思われている方がいい」、「9」について「(岡本は音楽が好きなので)フェスに行って音楽を聞かないことが理解できない」、「12」について「SNOWも時々ならいいけど」というふうに語るなど、岡本の中には、女性の行動に“こうすべき”という規範があり、そのルールから逸脱している自慢に、嫌悪を覚えるようである。ちなみに指原は「1」「4」「10」「12」について「いいね!」を押したくないと賛同していた。

 自慢をされてうれしい気持ちになる人は滅多にいなので、視聴者の共感を呼びそうなネタだが、横澤をはじめとしたゲストの3人と指原は、自分の矛盾に気付いていない。彼女たちは、他人の投稿にはイラッとする半面、自分が投稿する分にはOKのようなのだ。例えば、指原は「4」について、伊藤と岡本は「5」について、「私もやっちゃうんだけど」と補足している。

 横澤も「5」に関して、「和食が得意と言ってるオンナ、だいたいヤバい」「男の人に好まれたいっていうのがすごく匂う」と糾弾しておきながら、「ピーマンの肉詰め」写真をアップしている。本人いわく「頑張ってない感じのできる料理」だそうだが、司会のフットボールアワー・後藤輝基が「おまえの物差しがわからん」とツッコんでいた通り、傍目には横澤も、和食ではないものの、「男の人に好まれたくて、頑張って手料理をアップしている女子」にしか見えないのではないか。が、横澤はどうも「私は違う」「私ならいい」と判断しているようなのだ。

 自分がするのはOKだが、他人がしたらイラッとする。そこから考えられるのは、横澤や伊藤ら出演陣が感じる“他人の自慢”への苛立ちが、一般的なそれとは違う可能性だ。普通「自慢をされてイヤな気分になった」という表現は、持っている者が持たざる者に対して、“自分が恵まれている証拠”を見せつけて、持たざる者イヤな気分になるという図式を思い浮かべるだろう。しかし、もう1つ、「自分より下だと思っている人に、何かを誇示されて腹が立つ」という構図も存在するのだ。

 例えば横澤は「グアムやサイパンの写真は自慢」と語っていたが、冷静に考えれば、売れっ子の横澤であれば、グアムに行く経済力は十分あるだろうし、長身で細身なのだから、ビキニだって着こなせるはずだ。にもかかわらず、横澤がそれを自慢と感じるのは「おまえごときが、この私に挑んでくるなんて」と、相手を下に見ているからではないだろうか。

 そもそも、自慢というのは、半分は受け手の問題である。例えば、「1」のタワーマンションの例で考えてみると、自分の好きな人や、自分より“上”とみなしている人がタワーマンションに住んでいることをほのめかしたのであれば、「素敵」「ひけらかさないで謙虚」と思えるのに、自分より“下”だと思っている人に対しては、「自慢しやがって」と苦々しく思ってしまう。つまり、自慢されたからイラッとするのではなく、相手のことが嫌い、もしくは下に見ているから、イラッとするのだ。

 かつて出演した『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、「私、今年新しいビキニ買っちゃったから、海に行かなきゃいけないんだよね」と、それがあたかも義務であるように語る女にイラッとくると語っていた横澤。ここまでくると、イチャモンに近いのではないだろうか。自分が大好きで、自分以外は認めない。そんな横澤に、視聴者がイラッとくる日は、そう遠くない気がしてならない。

 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

吉木りさを「ザ・女性」と糾弾するmisonoに教えたい、本当に“ズルい”人物

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「ザ・女性みたいな対応」misono
『じっくり聞いタロウ』(テレビ東京、11月24日)

 “理路整然とぐっちゃぐちゃ”――過去にこの連載でも書いたが、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で公開した物にあふれた自宅と、冗長すぎるブログから得たmisonoの印象は、こんな感じである。本人的には筋の通った理屈で説明しているつもりでも、聞けば聞くほど「何言ってんだ、この人」と、わけがわからなくなってしまう。仕事やプライベートでmisonoと行動を共にするのは、よっぽどの人格者か策士でなければ、コミュニケーションは不可能なのではないかと思えるほどだ。

 過去に、「30歳で引退する」と宣言したmisonoだが、おぎやはぎが「引退ビジネス」と予想した通り、結局引退せずに大炎上、32歳の今も芸能界にいる。11月24日放送の『じっくり聞いタロウ』(テレビ東京)では、misonoのもう1つの炎上騒動である、吉木りさにケンカを売った話を本人が解説した。

 ロンドンブーツ1号2号や吉木ら、『アッパレやってまーす!』(MBSラジオ)のレギュラーメンバーが新年会をしていた時のこと。男性陣が吉木をチヤホヤし、「どんなタイプが好みか?」と聞いていたそうだ。出演者ではないが、会に同席していたmisonoいわく、当の吉木は「いや、全然でぇ」と明言せず、その態度が「ザ・女性みたいな対応」に感じられ、吉木に向かって「ウチ、そういう女性苦手やわ~」と発言。それを、ロンブーが同ラジオ番組で話したことから、騒ぎが大きくなったという。

 「ザ・女性」の定義について、misonoは説明していないが、『じっくり聞いタロウ』での「レギュラーメンバーとか一緒に仕事してる人とは、何でも話し合える関係が理想」といった発言から考えると、「思ったことを言わない」「誰にでもいい顔をする」人を「ザ・女性」と表現した可能性はある。そして、そんな「ザ・女性」を“ズルい”と批判しているように私には見えるのだ。

 ちなみに、この番組では触れられなかったが、misonoはその新年会に、呼ばれていないのに勝手に乗りこんでいたと、『アッパレやってまーす!』で明かされている。misonoは田村淳夫人とディズニーランドに行き、帰りに淳出演のラジオを聞いていたところ、「淳が呼んでる」と勝手に思いこんで、夫人に新年会へ行こうと提案。夫人は断って帰宅したものの、misonoはわざわざ自宅まで迎えに来て、夫人を連れて新年会に参加したそうだ。

 またmisonoは、男性陣の挙げた具体的な芸能人名を、吉木が全員「無理(タイプではない)」と否定したことに対して、「あんた、何なん」「せっかく淳が(好きな男性のタイプは誰かと)ふってくれてんのに」というキレ方もしていたそうだ。おそらくmisonoは、もっと気の利いた答えをしろと言いたかったのだろうが、吉木の立場になって考えてみれば、誰か1人を「いい」と褒めるより、全員「無理」と言ってしまう方が角も立たないと、賢明な判断をしたのではないだろうか。それに、男性陣が吉木に真剣な答えを求めているかも疑問である。実際、吉木の発言で場が盛り下がることはなく、新年会のスポンサーである亮いわく「呼んでもないのにやってきて、ガツガツ食っていた」と、misonoの方が顰蹙を買っていたようだ。

 自分をチヤホヤしてくる男性を軽くあしらう「ザ・女性」をズルいと思っている――そんなふうに見えるmisonoも、方向性こそ違うものの、結構ズルい。

 例えば、misonoは淳とプライベートでも親しいことから、「アツシ(場合によってはアッシ)」と呼び捨てにしているが、女性の先輩にも同じことができるか疑問である。序列にうるさい芸能界で、こんな非礼を働けるのは、「男性になら怒られない」という甘えであると、私には見える。それに加えて、misonoが新年会に夫人を連れて行ったことも、ズルい。レギュラーではないmisonoは1人では新年会に参加できない。しかし、夫人が一緒であれば、周囲はmisonoを門前払いするわけにはいかないからだ。

 それにしても、なぜ夫人はmisonoと付き合っているのだろう。misonoの言動は、支離滅裂で、新婚家庭に夜中まで入り浸っていたという報道があったように、常識もない。付き合うと疲れるタイプだろう。淳は、新年会の飛び入り参加について、「うちの嫁は、すげぇ断ったんだよ。ああいうところは行かない方がいいから」と説明していたものの、「できた嫁」で売っている夫人が、いくらしつこく誘われたからと言って、夫の許可なく突然職場の飲み会に参加するとは考えづらい。

 本当の理由は他人にはわからないが、夫人がmisonoの誘いに乗り、ある意味misonoを新年会に送り込んだことで、騒ぎが起こった。それを夫がラジオで話し、さらに吉木がmisonoに反撃する流れとなって、結果的に夫の番組を盛り上げるのに一役買ったのだ。夫人は「非常識なmisonoだが、適当につきあっておけば何かコトを起こし、結果的に夫にネタを提供して、夫の番組の話題性を高めることに貢献する」ことを熟知しているように感じる。これを内助の功と見るか、策士と解釈するかは人によるだろう。

 有吉弘行が『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFNC)で、misonoを「引退詐欺」と罵った際、それを聞いたmisonoが号泣し、淳宅に駆け込んだそうだ。それを受けて『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の収録の際、淳は有吉に「misonoのこと叩いた?」と聞き、「(有吉の)ラジオで、この話をしていいよ」と付け加えたという。

 話を聞いてはくれるものの、味方をすることはない。これって実は一番ズルい存在ではないのか? 淳はmisonoがすがる唯一のブランドといっていいが、誰が一番ズルいのか、よくよく考えてみた方がいい。

 

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの