泰葉は、なぜ坂口杏里を救済しようとしたのか? “誰かを助けること”に依存する人

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「(麻央さんに)心から感謝します」泰葉
(泰葉オフィシャルブログ、4月27日)

 海老名家ってちょっと自意識過剰すぎないか。そう、かねがね思ってきた。ご存じない方のために説明すると、海老名家とは落語家の初代・林屋三平とその妻子を指す。三平は“爆笑王”と呼ばれた名人だが、こういう褒め言葉は、他人にいわせるのが常である。しかし、海老名家では「お父さんが爆笑王だから」と自分たちで臆面もなく言うところがある。

 中でも、父親の傾倒が激しいのは、三平の次女で、歌手の泰葉である。AV女優・ANRIこと坂口杏里が、ホストへの恐喝未遂で逮捕された際、当初はブログで「最低、最悪です」と罵ったものの、突如として、元夫である春風亭小朝の虐待と共に“坂口杏里救済計画”をぶち上げる。なぜ罵っていた坂口を助ける気になったかというと、坂口の母、女優・坂口良子が春風亭小朝出演の新宿コマ劇場公演でヒロインを演じていたため、面識があったかららしい。泰葉は「私はもっとひどい女を救済し、幸せにした実績があります」と自信満々である。

 支離滅裂とも言える発言が注目され、泰葉のブログのPVは急上昇。4月26日の時点で、アメブロランキング2位になる。1位が小林麻央であることから、泰葉は麻央について言及。伝統文化の家に嫁いだ麻央について、「麻央さんのご努力は並大抵のものではありません。心から感謝します」とつづった。サラリーマン家庭から梨園きっての名門・成田屋に嫁いだ麻央が、苦労したことは一般人でも想像に難くないが、問題はその後である。苦労を乗り越え、今、病と闘う麻央を、「尊敬する」でも「応援する」でもなく、「感謝する」ことに私は違和感があるのだ。

 というのは、大人同士の関係に限っていうと、“感謝”とは“上の者から下の者に”するものだと思うからだ。例えば、オレオレ詐欺を寸前で食い止めた銀行員に、警察が“感謝状”を贈ることがある。部外者の協力で、犯罪を未然に防いだことを称えて贈呈するわけだが、なぜ称えるかというと、警察は捜査において、一般人より立場が“上”だからである。つまり「感謝している」ということは、“一人前とはみなしていない人を労う、一種の上から目線”と捉えることもできるので、慎重に使うべき言葉と言えるだろう。梨園関係者でも肉親でもない泰葉が、麻央に「感謝する」必要はないのである。

 感謝といえば、女優・藤原紀香も“感謝”という言葉が大好きである。紀香は「婦人公論」(中央公論社)で、歌舞伎のしきたりや日本の歳時を学ぶきっかけを得たことに「感謝する」一方で、夫である歌舞伎俳優・片岡愛之助について「彼は人間的に素晴らしい」「弱者にとても優しい」と語っている。“弱者”という言葉を平気で使ってしまうあたり、やはり感謝感謝言う人は、「他人を下に見ている」傾向があると言えるのではないだろうか。

 泰葉に話を戻そう。泰葉は坂口救済計画をぶち上げたものの、坂口が事務所に所属していないからという理由で、計画を中止する。事務所に所属していなくても、救済に差し障りはないと思うが、批判を恐れたのだろうか。泰葉は中止を宣言するブログで、実は坂口と養子縁組をする気でいたとも明かし、悔しさを滲ませていた。

 そもそも、養子縁組をしなくても救済はできるはずだが、養子縁組をする場合、気になるのは、泰葉の経済状況である。3万円を恐喝するくらいだから、坂口が金銭的にひっ迫していたことは疑う余地がない。また、撮影済みとされるAVが、今回の恐喝事件でお蔵入りとなれば、違約金が発生する可能性もある。それらの費用や生活費、貯まっているかもしれないホストのつけを、泰葉は“親として”全額負担できるならいいが、そうでないのに養子縁組をするとしたら、坂口は泰葉の将来の介護要員になるだけで、メリットがなさすぎる。

 養子といえば、泰葉はネパール人男性を“息子”と呼び、「息子といる時間がとても大切」とも綴っている。若い男性と仲良くすることに問題はないが、友達や恋人ではなく、“息子”と呼ぶあたり、泰葉の孤独を感じずにいられない。いろいろ理由をつけているものの、泰葉はヒマで寂しいのではないだろうか。だとしたら、泰葉が坂口救済に手を上げた理由も納得がいく。「人を下に見る」クセがあり、寂しさを抱える人間にとって、手のかかる人間のお世話ほど、優越感をくすぐられる行為はないからである。手のかかる人間が再起を果たして、旅立たれると、また自分が寂しくなる。逃げられないようにするには、その人と“家族”になるのが一番なのである。“助ける”という名の依存。泰葉の抱える闇は深い。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

斉藤由貴は、なぜ“魔性のオンナ”なのか? 結婚・仕事・父との関係に見る“条件”

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「父の一言がきっかけでした」斉藤由貴
「週刊SPA!」(扶桑社)5月2・9日合併号 

 そういえば、最近“魔性のオンナ”といわれる有名人がいない。“魔性のオンナ”とは、ただ単に、恋多き人のことではない。女性側は、世間を騒がせても、仕事を前向きに、旺盛にこなすが、男性側は没落したり、場合によっては命を落とす。それでも寄って来る男性が後を絶たない女性を指す。

 婚活で知り合った男性から金銭の援助を受けた後、彼らの殺害に及んだとされる木嶋佳苗死刑囚。彼女は、美人でもスリムでもないのに、たくさんの男性から金を集めたことから、“魔性”呼ばわりされたが、私に言わせると少し違う。木嶋がしていたことは、婚活ではなく、出資者を探すという“ビジネス”である。その証拠に木嶋は、相手を選ばない。被害者の中には70~80代の男性もいたが、木嶋は援助が約束されれば受け入れていた。

 ついでに言うと、70~80代の男性から見れば、当時30代の木嶋は十分若い。芸能人になるというなら話は別だが、一般人の場合、若さや美しさは隣にいる人との比較なので、競争率の低い場所に行きさえすればいい。それを木嶋はよく知っていただけの話だ。このからくりに気付かない女性論客たちをあざ笑うかのように、木嶋は「週刊新潮」(新潮社)に手記を寄せ、「今の夫(筆者注:木嶋は獄中で二回結婚している)は、私の体型を殊の外愛している」と「太っていても愛されるワタシ」アピールをかかさない。

 話を“魔性のオンナ”に戻そう。斉藤由貴は、今の若い人にとっては「50代なのに、きれい」な女優の1人だろうが、実は90年代、“魔性のオンナ”として鳴らしていた。斉藤は、「少年マガジン」(講談社)主催「第3回ミス・マガジンでグランプリ」を獲得し、正統派アイドルとしてデビュー。NHK連続テレビ小説のヒロインを演じ、『NHK紅白歌合戦』ではキャプテンも務めた。敬虔なモルモン教徒といわれており、酒もタバコも禁止されているため、映画の撮影で苦労したなどと語るなど、典型的な清純売りをしていた。

 しかし、「月刊KADOKAWA」(角川書店)で対談した歌手・尾崎豊との小樽不倫旅行を写真週刊誌に撮られ、尾崎に妻子があったことから、斉藤は窮地に立たされる。斉藤は尾崎との関係を“同志”と左翼的な言葉で説明、尾崎が家庭に戻ったことからうやむやになったが、今度は川崎麻世との不倫がリークされた。この頃には完全に“魔性”枠に入れられるようになっていたように思う。

 斉藤はその2カ月後に、信仰を同じくする一般人男性と知り合い、10日後にはその男性を実家に招いて、結婚の挨拶をしていたという。不倫が続いてイメージダウンを恐れた教団と斉藤の父が、彼女にふさわしい男性を教団の中から探したという報道もされていた。前の恋愛から時間がたっておらず、教団が介した出会いというと、“強引にくっつけられた”とイメージしてしまうが、記者会見で「彼は(私より)父と仲が良い」「彼が私を好きな気持ちよりも、私が彼を好きな気持ちの方が大きい」と発言していたところから察するに、本当に恋したのだろう。過去をぐだぐだ引きずらないのも、前向きな“魔性のオンナ”らしいと感じる。

 斉藤の面白い点は、彼女が「母親を語らないアイドル」なことである。例えば、松田聖子の母親は「最初は芸能界入りに大反対だったけれど、最終的にはお父さんを説得してくれた」、中森明菜の場合は「歌手志望の母親がかなえられなかった夢を、子どもたちに託した」というように、母親がどんな人物であったかをエピソードとして語るが、斉藤は母親を語らない。その代わり、頻出するのが“父親”なのである。斉藤は3人の子どもを出産後、一時太ったことがあるものの、一念発起してダイエットをし、現在の第二次ブレークを迎える。斉藤はダイエットについて「父の一言がきっかけでした」と説明していたが、家庭を持っている女性で、一緒に住んでいる夫や子どもではなく、父親の意見を尊ぶのは非常に珍しいと言えるのではないだろうか。斉藤にとって、父親はそれだけ大きな存在なのだろう。

 近年、家族関係が子どもの人間関係に影響があることを書いた本が多数出版されている。たいていは母親からの影響であり、父親は蚊帳の外においやられているのだ。学術的な裏付けはなく、私見でしかないが、娘の恋愛に影響を与えるのは、実は父親との関係ではないかと私は考えている。父親に心の底から愛されてきたと疑いなく言える娘は、外見や年齢にかかわらず、オンナとしての自分に価値や、男性という生き物を肯定して見つめることができるように思えるのだ。だからこそ、男が寄って来るのである。

 “魔性のオンナ”と言えば、女優・大竹しのぶもそう呼ばれていた時期があったが、大竹も「お父さんが大好き」と、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で話していた。大竹は斉藤にとって、NHKの朝ドラ主演を務めた先輩女優で、父親好き以外にも、もう1つ共通点がある。NHKのディレクターによると、朝ドラは撮影スケジュールが過酷で、たいていの主演女優は過労で入院するらしい。しかし、たった2人だけ入院しなかった女優がいて、それが大竹と斉藤だったそうだ。

 体力があり、父親好きなことが“魔性のオンナ”の条件だとしたら、“魔性のオンナ”が必ずしも美人とは限らないことにも納得がいくのではないだろうか。女性が気づかないだけで、“魔性のオンナ”はそこかしこに潜み、静かに人生を楽しんでいる気がしてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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はあちゅうの“セクハラおじさん告発”に見る、「結局は自分にしか興味がない」人物像

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「無自覚な人は根が深い」はあちゅう
『おしゃべりオジサンと怒れる女』(テレビ東京、4月16日)

 その昔、高畑裕太がまだテレビに出まくりだった頃、『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に俳優・渡辺裕太と共に“二世枠”で出演したことがある。その時、司会の坂上忍が、2人に「芸能界で生きていくにあたり、一番厳しいことは何か?」と尋ねると、高畑は「何かを見つけていかないといけないところ」、渡辺は「やりたいと思った以外の仕事でもやらないといけない」と答え、坂上に「それは二世ならではの答え」と不興を買っていた。

 坂上いわく、芸能界で大変なのは「(簡単に)テレビに出られないところ」とだそうだ。これは、芸能人にとって最初の仕事をつかむことが、どれだけ大変かと言い換えられるだろう。実績がなければオファーがなく、オファーがないから、実力を披露することもできずに仕事が来ないという悪循環にはまってしまう。そういった世界で、二世などコネのない女性が売れたいと思った時の最終手段は“枕営業”だろう。

 しかし、女性側に“カラダを張ってでものし上がってやろう”という野心がない場合、枕営業を持ちかけることは、ハラスメントでしかない。女性の生き方や恋愛などに関する著書を出版し、女性ファンから支持を得る作家・ブロガーのはあちゅうは、4月15日放送の新番組『おしゃべりオジサンと怒れる女』(テレビ東京)に出演し、司会の古館伊知郎、坂上、千原ジュニア相手に、テレビや広告業界の「俺と寝ておくといいことがあるよと匂わせるオジサン」について発言。その具体例として、「番組の偉い人から、“打ち合せ”と言われて出かけてみたら、バーだった」を挙げて、怒っていた。

 このほかに、進歩的とされるIT業界などで働く男性にも、「オンナがタバコを吸うなんて」「(自分はできなくていいけど)オンナには料理ができてほしい」「(自分は適当な格好でいいけど)デートの際、オンナにはメイクばっちりで来てほしい」といった昭和的な男尊女卑の人が多く、「無自覚な人は根が深い」と語った。

 男性のあり方を問うネタは、女性の共感を呼びそうなので、そこがはあちゅう人気の一因だと思うが、論理の甘さにも気づかされる。例えば、「“打ち合せ”と言われて出かけてみたら、バーだった」発言に、古館は「バーはダメなの?」と驚いて見せるが、はあちゅうは「人によると思うんですけど」と途端にトーンダウンしてしまう。「人による」発言の解釈は、「仕事の打ち合わせといって呼び出してきた男性が、タイプであればいい」もしくは「女性によっては、仕事の打ち合わせがバーであることを不快に思わない」の2通りあるが、はあちゅうがゲストとして招かれた番組で、他人の話をするとは考えにくいだけに、はあちゅうが前者を意図して発言をした可能性は高い。

 「無自覚な人は根が深い」は、はあちゅう自身

 はあちゅう発言の真意を前者と仮定すると、「仕事の打ち合わせ場所としてバーを指定してくる男性はイヤだけど、男性によってはアリ」となるわけで、「セクハラに怒っている」という話なのではなく「嫌いな人と飲みたくない」という“自分話”にすり替わってしまっている。セクハラが根絶しない理由の1つは、「Aさんがやるとセクハラに感じるが、BさんがやるのはOK」というように、セクハラの基準が受け手の判断に任されているからだが、はあちゅうは自分がそれに加担していることに気付いていない。「無自覚な人は根が深い」というはあちゅうの発言は、彼女自身にあてはまっているのである。

 はあちゅうは、視野が広いとも言えない。彼女は、「突然仕事の電話をしてくる人たち」に怒りを感じるそうで、連絡手段はほか(メールやLINE)にもあるのに、電話をかけてこられると、「何この人、私の時間を邪魔してきている」と思うらしい。電話が個人の時間を奪うということに納得できる人は多いだろうが、相手の立場に立てば「それだけ急いでいる」「確かな返事がほしかった」とは考えられないだろうか。坂上は、そんなはあちゅうを「自分が主導権を握りたがる」と分析し、彼女はその意味をまるで理解していないようだったが、坂上には彼女が、「私の望むように、私を扱って」と訴える“お姫さま”に見えたのではないだろうか。

 既存の価値観に風穴を開け、多くの信奉者を集めているように見える人物でも、話をよく聞いてみると、自分にしか興味がない。ネットの特徴は、すなわち、はあちゅうの特性でもある。女子大生時代からカリスマブロガーとして活躍してきた、つまり仕事に困ったことがないことも、はあちゅうの視野の狭さを後押ししていると言えるだろう。

 「炎上」は、はあちゅうの代名詞だが、ネットというものは、誰かの反応がなければ成り立たないことを考えると、炎上は“才能”である。はあちゅうが火をつけ、その火を消すまいとネット民が薪をくべ、私のような者が、そこからこまごまと字を連ねる……そんな食物連鎖的なつながりができあがっているのだ。はあちゅうがネットからいなくなる日は、ネットがなくなる日。私は本気でそう信じている。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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バカリズムの「自己顕示欲を斬る芸」に抱く、「なぜ標的は女性だけなのか?」という疑問

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「芸能人が素直になるための提案です」バカリズム
『ヨロシクご検討ください』(日本テレビ系、4月10日)

 よくある「こんなオンナが嫌いだ」ランキングで、古今東西上位に入るのは、「オトコの前で態度を変えるオンナ」である。他人を出し抜いて自分をよく見せようとする態度に、“裏切り”や“あざとさ”が感じられるからだろう。「オトコの前で態度が変わるオンナ」に若き女子がイラつくポイントはもう1つあって、「そのズルさにオトコが気づかない」点ではないだろうか。なので、「オトコの前で態度を変えるオンナ」に気付くオトコは、「見る目のあるオトコ」と思われがちである。

 人気芸人は、「遊んでいる」というイメージがあるが、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「女の子苦手芸人」に出演したバカリズムは、「年齢を聞かれるのはイヤなくせに、誕生日は祝ってほしがるオンナ」のややこしさを指摘し、「芸能界ってもっと派手な場所かと思った」とつぶやいた(つまり、リア充ではない)。「見る目のあるオトコ」を探す女子にとって、バカリズムは、好ましい存在かもしれない。が、バカリズムの話をよく聞いてみると、実はその逆なのではないだろうかと思えてくる。

 最近のバカリズムは、女性芸能人とSNSをネタにすることが多い。『アメトーーク!』の「立ちトーク」の回では、「新成人を祝うふりをしながら、自分がハタチの頃の写真をアップする女性芸能人」に対して、「何で?」「おめでとうなんて絶対思ってない」と指摘した。季節の行事ネタにからめて、“隙あらば自分をアピールする神経”が、バカリズムのカンに触ったと思われる。

 「自分が思う自分」を演出しやすいSNSでは、こうした事例が多く、「斬りやすい」と思ったようで、バカリズムは4月10日放送の『ヨロシクご検討ください』(日本テレビ系)においても、「芸能人が素直になるための提案です」として、女性芸能人のSNSの特徴について述べていた。バカリズムの分析によると、芸能人とは“自己顕示欲の塊”。しかし、それを悟られるのが怖いので、わざと自虐的なキャプションをつけて、自己顕示欲を隠ぺいしようとするのだそうだ。

芸能人が「自己顕示欲の塊」だとするのなら……

 例えば、元グラビアアイドルでタレント・尾崎ナナ。移動中と思われる画像をインスタグラムにアップするとともに、「今日は出る一時間前にアラームで起きたのに、ソファで40分座ったまま寝てしまい、20分で用意。結局バタバタ」「準備に時間がかけられなかった」ことを説明する。しかし、画像からは、身支度のぬかりは感じられない。バカリズムはこの投稿を「典型的な『そんなことないよ』待ち」と分析し、そんなまわりくどいことをせず、“自己顕示欲開放中”というハッシュタグをつけて、可愛さをアピールしたらどうだと提案し、観覧客を笑わせていた。

 ここで疑問に思うのが、バカリズムのターゲットが、なぜ女性芸能人“だけ”なのかということである。芸能人は男性だけではないのに。バカリズムの言う通り、芸能人が「自己顕示欲の塊」だとするのなら、バカリズムがネタを作ること、披露することも自己顕示欲と言うことができるだろう。バカリズムが面白いネタを作るのが仕事であるように、女性タレントが毎日SNSに投稿して、可愛い自分をアピールし、新たなファンを作るのも仕事なのである。“同業者”なら、そのへんの事情を理解してもいいのではないだろうか。

 結局のところ、自己顕示欲にかこつけてはいるが、バカリズムは自分が女性のペースに合わせるのがイヤなだけなのではないと思えてくる。生きていれば、男女問わず、本意でなくても「そんなことないよ」と声をかけなくてはいけない場面に遭遇するはずだ。にもかかわらず、それを拒むのは、バカリズムの中で「このオレがオンナに合わせるなんて、オトコとして恥ずかしい」という不必要な自意識を持っているのではないだろうか。

 以前、この連載で、オードリー・若林正恭のことを「自信がなさそうなフリをして、上下関係にこだわる」と書いたことがあったが、私にはバカリズムも同じ系統に見える。「オンナの味方なフリをして、オンナを下に見ている」のだ。2人とも、「女の子苦手」を自称し、こじらせているように見せかけて、中身は昭和のガンコ男。平成生まれの女子には理解できないのではないかと推察する。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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「はるな愛に裏切られた」と激怒――女優・仁支川峰子に見る“恩を施す”人の落とし穴

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<今回の芸能人>
「礼儀・挨拶を大切にされてる方で、そこを間違えたいろんな人を怒ってるのも知ってた」はるな愛
『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系、3月31日)

 芸人泣かせとして知られる『徹子の部屋』(テレビ朝日系)。お嬢様系自由人・黒柳徹子の前では、お笑い芸人もペースがつかめず、スベッたりしているが、芸人を差し置いて、芸能界一コンスタントに徹子を笑わせているのは、はるな愛ではないだろうか。派手な衣装、セクシャリティーにまつわる葛藤、家族との和解という人情話、自虐を含めた恋愛や体形の話……徹子の食いつきそうなネタをまんべんなく散りばめてくる。芸能界に入る前、はるなは水商売をしていたと、いろいろなテレビ番組で語っており、さぞ座持ちがいいホステスだったことだろう。

 人付き合いがうまそうに思えるはるなだが、時々は“失敗”もするらしい。3月31日放送の『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系)で、女優の仁支川峰子に“裏切り”を糾弾される。仁支川によると、はるなとの出会いは映画での共演。大阪から東京に活動拠点を移したばかりのはるなは仕事がなく、月収は1万円程度で、撮影時、余った弁当をもらって帰ろうとする姿を目にした仁支川は、自分の家にはるなを招き、手料理をご馳走する。ビジネスクラスでハワイに連れていき、おこづかいもあげるなど、妹のように可愛がったという。はるなも「私が売れたら一緒にテレビに出ましょうね」と甘えるが、ブレーク後、お礼の電話すらなかったそうだ。

 さらに仁支川は、はるながニュースサイト「The PAGE」のインタビューで「恩人は中山秀征さん」と答えたことをたまたま目にし、激昂する。はるな自身は3年前、仁支川を焼肉に誘うことで謝罪したつもりだったが、仁支川の怒りはいまだ収まっていないようだ。「なんで電話くれなかったの?」と詰め寄る仁支川に、はるなは「礼儀・挨拶を大切にされてる方で、そこを間違えたいろんな人を怒ってるのも知ってた」「怒ってると思ったら、どんどん電話できなくなって」と説明したが、これらの発言がほのめかすのは、“仁支川は、温情をかけた人に、たびたび裏切られている”ということである。

 義理人情を重んじる日本では、恩義は受けたら返すことが正しいとされていて、返さない人は“裏切り者”扱いされる。しかし、私がここで思い出すのは、知人のムスリムに聞いたイスラム教の「ザカートとサダカ」という制度である。「ザカート」は豊かな人が義務として行う納税で、その税金が貧しい人へ寄付として渡るという。また「サダカ」は、ご近所や親類など、よく顔を合わせる仲間が困窮した時にする寄付を指す。

 どちらも、豊かな人が困っている人に“与えている”わけだから、関係性としては、困っている人が豊かな人に頭を下げると思われがちだが、知人のムスリムいわく、むしろ威張っているのは寄付を受ける側なのだという。「寄付する方は、善行をしていい気持ちになり、さらに徳を積めるのだから、むしろトクをしている」と考えるかららしいが、この考え方は、仁支川とはるなにもあてはまるのではないだろうか。はるなが一時、困窮していたのは事実だろう。しかし、仁支川の家まで行って手料理を食べたかったか、旅行に連れていってほしいとまで考えていたかというと疑問である。はるなの面倒を見ることで満たされていたのは、実は仁支川の方に思えてならないのだ。

 さらに芸能界が、“長い物に巻かれた方が勝ち”という世界であることを考えると、はるなが仁支川に返礼したとしても、メリットが少ないので、連絡を取らないようになったのも致し方ないのではないだろうか。テレビにたくさん出ている中山と、ほとんど見ることがない仁支川。どちらを“恩人”にすれば、自分のテレビ仕事が増えるのかは、子どもでもわかることだろう。

 一般人の世界でも「あれだけしてやったのに」「裏切られた」という話は聞くが、感謝というものは“行為”から生まれるものではないと私は思っている。何をするかより、誰がするか。裏切られたと嘆くことは、「自分が小者だと思われていることに気づかなかった」と同義なのではないだろうか。

小倉優子、シングルママタレとしての今後に生かすべき“理屈っぽい女”の一面

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羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「付き合った時から8年」小倉優子
『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系、3月26日)

 海外ドラマや映画で見ることのある結婚契約書。離婚や遺産相続の際、配偶者ともめないための契約で、セレブリティが交わすものというイメージがあるが、日本においてそれが最も必要なのは、ママタレなのではないだろうか。日本の芸能界にママタレは多数存在するが、大原則は“夫婦円満”なことだろう。

 ママタレが手の混んだ料理をブログに載せたと仮定する。その際、“夫婦円満”な場合は、「やっぱり料理がうまいと家庭は円満」と見なされ、仕事が増える可能性もあるが、夫に浮気された場合は「これだけの料理を作って、それで浮気されるって……」と嘲笑されることになりかねない。つまり、ママタレの生命線とは「ママであること」ではなく、「夫が浮気をしないこと」なのである。なので、ママタレとしてやっていこうと思う芸能人は、婚姻時に「絶対浮気しない」か「浮気が露見した際はこうする」という詳細な条件を相手と決めておかないと、飯の食い上げになりかねない。

 小倉優子が、3月26日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で離婚を発表した。昨年、「週刊文春」(文藝春秋社)が元夫であるカリスマ美容師の不倫(相手は小倉の所属事務所の後輩)を報道して以来、離婚説は持ち上がっていたが、やはり溝は埋めがたかったらしい。料理本や製菓プロデュースなど、ママタレとして着々と地位を固めつつあった小倉だけに、離婚はしても、このポジションを手放さないことにしたようで、「子ども一番じゃなくて、旦那さん一番にしてれば違ったのかな? と思っています。そこは本当に反省しました」と自らの非を認めつつ、「(4歳の長男が)僕も頑張ってお手伝いして働くからと言ってくれた」と語っていた。前向きで健気なシングルマザー路線を打ち立てたということだろう。

 4歳と新生児を抱えて、ママタレとしての仕事もし、夫を一番にしていたら、あなた確実に過労死しますよ、と言いたいところだが、かつてスザンヌがプロ野球選手である元夫との離婚に際し、同じような発言をしてイメージが上げたことから、その路線を踏襲したとも考えられる。しかし、小倉にはスザンヌにない“我の強さ”も見え隠れするのである。

 「女性自身」(光文社)に、小倉が元夫に7000万の慰謝料を請求と報道されたことについて、小倉は同番組で「慰謝料は発生していない」「交わした書類もない」と完全否定、「どうしてそんなことが出るのか不思議」と、記事の出どころが元夫もしくはその周辺であることを疑っているとも取れる発言を付け加えた。芸能人としてのイメージに傷がつくので否定したい気持ちになるのだろうが、「誰がこの話を週刊誌にしたのか」という“証拠”を探すあたり、小倉って結構向こうっ気が強いとういうか、理屈っぽいんじゃないかと思えるのである。

 番組スタッフから「結婚生活での思い出は?」と聞かれ、「毎月10日にお花をプレゼントしてもらっていた」「付き合っていた時から8年間」と小倉は答えていた。誕生日や結婚記念日など、1年に一度の記念日すらろくに祝わない男性がいることを考えると、毎月、それも8年間連続で記念日を祝ってくれたことを、「それだけ愛されていた証拠」と解釈しているのかもしれないが、こうして数字で換算するあたり、やっぱり理屈っぽいと思う。

 ただ、労力という面で考えると、花は電話1本で注文できるのですごく簡単なのである。元夫が花を直接持って帰っていたのか、宅配で届けられたのかは不明だが、花屋さんに「毎月10日で」と注文すればいいだけのことだし、場合によっては元夫のアシスタントが“業務”として注文もしくは買い物代行していた可能性もある。花を贈る男は不誠実だという意味ではなく、アニバーサリーの演出を、愛の“証拠”と考えることは、あまり意味がないのではないかと思うのだ(妻に毎月花を贈る男は、ほかの女性にも同じことをする可能性がある)。

 一家の大黒柱となった小倉が戦うママタレ市場は今や飽和状態といえる。小倉の競合相手であるシングルマザーで考えてみると、炎上必至の新山千春と、元夫の悪口を言わず、笑いも取れるスザンヌが二大巨頭だろう。キャラは椅子取りゲームなので、後発の小倉は不利である。

 が、小倉の理屈っぽさや“証拠”を重んじる性格が生きる場所がある。それは受験だ。「女性セブン」(小学館)によると、小倉はハワイ移住を考えているそうだが、日本でも海外でも良い、愛息を名門小学校に入れ、その秘訣を父母にレクチャーする。女手ひとつでよく頑張ったと、世間は褒め称えてくれるはずだ。『小倉優子の子どもが勉強好きになるごはん』なるレシピ本も出版できるかもしれない。小倉がお受験界のカリスマとなる日はそう遠くないように思える。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

渡辺直美、“肥満”を武器にする芸風に「女の生きづらさ」を感じてしまうワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「逆にすごくないですか?」渡辺直美
『ダウンダウンなう』(フジテレビ系、3月17日)

 テレビにおいて、太っていることは、軽んじられることと同義である。今や芸能界の大御所と化したマツコ・デラックスも、テレビに出だした頃、お笑い芸人と共演した際は、まず体型をいじられていた。

 しかし、マツコが軽んじられることを良しとしているかというと、そうでもなく、『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、中村うさぎ相手に「ファットビューティーって考え方だってあるじゃない」と意見したこともある。うさぎとマツコが2 人でコメンテーターを務めていたことから考えると、2008年から09年頃の話である。

 17年現在、渡辺直美やブルゾンちえみなど、細身ではないオンナ芸人がブレークしている。さすが、マツコは先見の明がある、時代は“ファットビューティー”に向かっていると思う人もいるだろう。けれど、私にはむしろ逆に思えてならないのだ。

 ビヨンセのモノマネでブレークした渡辺が注目を集めたのは、ファッション性の高さだった。細身の人向けの服ばかり売られている日本では、太っていると着られる服の選択肢が少なくなるが、渡辺はファションをあきらめない。オトコ受けするとは言い難い独特な色彩感覚のメイクも合わさって、彼女独自の世界を作り上げている。サイズ展開が豊富なファッションブランド「PUNYUS」をプロデュースすることになったのも、ファッションに対する姿勢とセンスが認められたからだろう。

 余談だが、渡辺をおしゃれに見せている要因の1つは、骨格にあると私は思っている。3月17日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)によると、現在の渡辺の体重は103キロだそうで、身長が150センチ台であることを考えると、完全に肥満ゾーンだ。しかし、バランスで考えると、胴体の大きさに比べて、渡辺の手脚は細い。太っていても二重アゴになることもない。これは鼻筋とあごの骨格がしっかりしているからだろう(アジア系は一般にあごが小さいので、太ると二重アゴになりやすい。鼻筋が通っていると、小顔効果がある。ぽっちゃり売りをしている日本テレビの水卜アナやグラビアアイドルの磯山さやかも、しっかりした鼻筋とアゴを持っている)。渡辺はフォトジェニックな肥満なのである。

 渡辺といえば、インスタグラムのフォロワー数が日本一多いこともよく知られている。アメリカの有力紙「ワシントンポスト」が、渡辺に「日本の女性は超細身なのに、ぽっちゃりの渡辺がなぜ自信満々なのか」をテーマに取材を申し込んだというが、「ぽっちゃりなのに、日本一」であることが、彼らの好奇心を刺激した可能性は大いにあるだろう。

 渡辺のインスタを実際に見てみると、随所にぽっちゃりアピールがなされていることに気付く。例えば、犬の画像には「(犬を抱く)二の腕ターキー一羽分の大きさ」、水着でビーチに寝そべった画像には「トドじゃない」といった具合のコメントを添えている。笑いを挟んで、モデルとは差別化を図っているという見方もできるだろうが、私には「リア充に見えるかもしれませんが、太っています」というふうに、あえて自分から軽んじられる方向に導いたからこそ、「ぽっちゃりだから、日本一」を達成したように見える。

 同番組で恋愛事情を聞かれた渡辺は、「29年間彼氏なし。全部行きずり。逆にすごくないですか?」と告白して、MCのダウンタウンや坂上忍を笑わせた。「どうしたらちゃんと彼氏ができますか?」でなく「逆にすごくないですか?」と考えるのが、渡辺らしいと思う。というのは、渡辺のインスタは水着姿や扇情的な表情をしたものが多い。太っているオンナ芸人の対極にあると勝手に決めつけられてきた“性的なもの”を前に出し、それが多くの“いいね!”を獲得することを“新しい”と捉える人がいる一方、私には「太っているオンナは性的魅力が少ないに違いない」という一般的な思い込みを“逆に”利用して、「だから、セクシーを前面に押し出しても反感を買わない」と判断しているように感じられるのだ。

 テレビの世界は“役割”が決まっている世界だ。例えばバラエティ番組で、性的なことを語るよう求められるのは、細身のタレントやモデルだが、視聴者が“リア充”を嫌う今、彼女たちも当たり障りのないコメントしかできない。かといって、オンナ芸人が中途半端に口を挟めば、彼女たちのキャラも崩壊する。となると、性的なことを自由に発言できるのは、“規格外”の体を持つがゆえに、うまく視聴者に軽んじられることができる、渡辺のようなぽっちゃりオンナ芸人なのではないだろうか。

 隠れ蓑という言葉がある。着ると姿を隠すことができるという蓑だが、“太る”ということは、脂肪という名の隠れ蓑を手に入れることに等しいと思う。世間の目を気にせず、女性性を自由に謳歌するには、“ぽっちゃり”になることが最良なのではないだろうか。もしそうだとしたら、日本の女性が置かれている現在の環境が、どれだけ過酷かの証明ともいえるのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「素直に『存じ上げません』って言ったの」加藤紗里

(加藤紗里公式Twitter、3月14日)

 もう終わってしまったが、『ざっくりハイタッチ』(テレビ東京)という番組があった。千原ジュニア、フットボールアワー・後藤輝基、小藪千豊がMCを務め、毎回ゲストを招くバラエティ番組だが、平成ノブシコブシ・吉村崇がオンナについて、こんなエピソードを披露したことがある。

 「芸能人を抱きたい」という吉村は、グラビアアイドル・佐野ひなこにアプローチしたものの、まったく相手にされず、どうにかなるのは、グラドルのタマゴばかりだという。この“グラドルのタマゴ”とは、「イメージDVDを数枚出している」「テレビに出たことはない」子のことだそうで、それを聞いたMC陣は皆笑っていた。吉村はさらに、周囲の反対を押し切り、会社に借金までして2000万円もする高級車を購入したというが、ジュニアが「2000万のクルマはすごい」と言った上で、「そこに、DVD2枚出したことのある子を乗せて」と重ねると、再び笑いが起こった。

 2000万クラスの高級車と、テレビに出たこともないグラドルでは“格”が合わないという考えから生まれる笑いだろうが、今の若い世代は、もはやそういう“格”や“上下”を理解していないのではないだろうか。お笑い芸人・狩野英孝の“元彼女”として世に出てきた元レースクィーン・加藤紗里を見ていると、そう思えてしまう。

 加藤が世に出たのは、歌手の川本真琴がTwitterで、彼氏の存在を告白し、“ある女性”に対して「私の彼氏を盗らないで」とツイートしたことがきっかけだった。狩野こそ川本の彼氏だったわけだが、そこに加藤が「事務所公認の上、狩野英孝とつきあっている」「川本真琴はストーカー」と挑戦的なツイートを返す。当時の加藤は、吉村の掲げた「DVDを数枚出した」「テレビに出たことのない」に該当する、つまり“グラドルのタマゴ”だっただけに、この反撃の仕方は、「狩野に乗じて、自分を売り込もうとしている」と“売名”バッシングされた。

 加藤の外見にクセがあり、経歴もいまひとつはっきりしないことから、これ幸いとばかりにバッシングは過熱。狩野特需で、加藤はバラエティ番組に出始める。テレビ出演経験がほとんどないだろうに、大物芸能人を前にしても、加藤は臆することはない。が、その一方で、タレントとして前に出る気もあまり感じられないのである。通常ならば、こういうタレントは時間の経過と共に忘れ去られていくのだが、時代は加藤に味方しているように思う。ネットで注目を集めている案件をテレビが取り上げることが多くなっている今、SNSが活発な芸能人は、テレビで需要があるのだ。

 例えば加藤は、「週刊新潮」(新潮社)に、AV女優・坂口杏里から借金を申し込まれたものの、これを拒否したと報じられた。坂口はTwitterで「お金かりてません!」と否定したが、加藤は「紗里が売名のためにお金貸してって言われたってわざわざ嘘ついてるって感じで・・・。どっちでもいーけど、色々悩んでいたのがバカみたい笑」と反論した。何か事情があることを思わせる発言で、『バイキング』(フジテレビ系)はそのあたりを聞こうと、加藤にオファーをかけるが、テレビに出た彼女の口は重い。SNSやブログでの加藤はネットニュースが食いつきそうな単語を散りばめているのに、テレビでの加藤は別人のようなのだ。

 しかし、知名度を上げた加藤にオファーをかける番組は多い。元阪神タイガースで野球解説者の下柳剛氏と『虎バン』(朝日放送)で共演した加藤は、「ピッチャーって知っているか?」と尋ねられ、「素直に『存じ上げません』とお答えした」ことをTwitterで明かした。自称“カープ女子”がピッチャーも知らないとは、炎上を狙っての燃料投下にも思えるが、もしかしたら真実かもしれないとも感じるのだ。

 加藤を見ていると、他人への興味のなさを感じる。

 バラエティ番組では、上下関係と相手の個性を読みつつ、オリジナルなコメントをすることが求められるが、加藤は他人に興味がないので、求められていることがわからず、凡庸なコメントしかできないのではないか。その点、SNSは自分ひとりの世界なので、好きな時に好きなことを書ける。誰にも邪魔されることはなく、強気なことも書ける。

 芸能人といえば、テレビに出て顔を売ることが仕事と思われてきた。しかし、これからは自分にしか興味がなく、SNSで自分をアピールし、時折テレビに出て実績は稼ぐが、存在感があるというわけではない(しかし、SNS有名人ゆえに仕事そのものは減らない)という加藤タイプの芸能人が、増えるような気がしてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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加藤紗里が、なかなかテレビから消えないワケ――“SNS有名人”という新らしい在り方

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「素直に『存じ上げません』って言ったの」加藤紗里

(加藤紗里公式Twitter、3月14日)

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 「芸能人を抱きたい」という吉村は、グラビアアイドル・佐野ひなこにアプローチしたものの、まったく相手にされず、どうにかなるのは、グラドルのタマゴばかりだという。この“グラドルのタマゴ”とは、「イメージDVDを数枚出している」「テレビに出たことはない」子のことだそうで、それを聞いたMC陣は皆笑っていた。吉村はさらに、周囲の反対を押し切り、会社に借金までして2000万円もする高級車を購入したというが、ジュニアが「2000万のクルマはすごい」と言った上で、「そこに、DVD2枚出したことのある子を乗せて」と重ねると、再び笑いが起こった。

 2000万クラスの高級車と、テレビに出たこともないグラドルでは“格”が合わないという考えから生まれる笑いだろうが、今の若い世代は、もはやそういう“格”や“上下”を理解していないのではないだろうか。お笑い芸人・狩野英孝の“元彼女”として世に出てきた元レースクィーン・加藤紗里を見ていると、そう思えてしまう。

 加藤が世に出たのは、歌手の川本真琴がTwitterで、彼氏の存在を告白し、“ある女性”に対して「私の彼氏を盗らないで」とツイートしたことがきっかけだった。狩野こそ川本の彼氏だったわけだが、そこに加藤が「事務所公認の上、狩野英孝とつきあっている」「川本真琴はストーカー」と挑戦的なツイートを返す。当時の加藤は、吉村の掲げた「DVDを数枚出した」「テレビに出たことのない」に該当する、つまり“グラドルのタマゴ”だっただけに、この反撃の仕方は、「狩野に乗じて、自分を売り込もうとしている」と“売名”バッシングされた。

 加藤の外見にクセがあり、経歴もいまひとつはっきりしないことから、これ幸いとばかりにバッシングは過熱。狩野特需で、加藤はバラエティ番組に出始める。テレビ出演経験がほとんどないだろうに、大物芸能人を前にしても、加藤は臆することはない。が、その一方で、タレントとして前に出る気もあまり感じられないのである。通常ならば、こういうタレントは時間の経過と共に忘れ去られていくのだが、時代は加藤に味方しているように思う。ネットで注目を集めている案件をテレビが取り上げることが多くなっている今、SNSが活発な芸能人は、テレビで需要があるのだ。

 例えば加藤は、「週刊新潮」(新潮社)に、AV女優・坂口杏里から借金を申し込まれたものの、これを拒否したと報じられた。坂口はTwitterで「お金かりてません!」と否定したが、加藤は「紗里が売名のためにお金貸してって言われたってわざわざ嘘ついてるって感じで・・・。どっちでもいーけど、色々悩んでいたのがバカみたい笑」と反論した。何か事情があることを思わせる発言で、『バイキング』(フジテレビ系)はそのあたりを聞こうと、加藤にオファーをかけるが、テレビに出た彼女の口は重い。SNSやブログでの加藤はネットニュースが食いつきそうな単語を散りばめているのに、テレビでの加藤は別人のようなのだ。

 しかし、知名度を上げた加藤にオファーをかける番組は多い。元阪神タイガースで野球解説者の下柳剛氏と『虎バン』(朝日放送)で共演した加藤は、「ピッチャーって知っているか?」と尋ねられ、「素直に『存じ上げません』とお答えした」ことをTwitterで明かした。自称“カープ女子”がピッチャーも知らないとは、炎上を狙っての燃料投下にも思えるが、もしかしたら真実かもしれないとも感じるのだ。

 加藤を見ていると、他人への興味のなさを感じる。

 バラエティ番組では、上下関係と相手の個性を読みつつ、オリジナルなコメントをすることが求められるが、加藤は他人に興味がないので、求められていることがわからず、凡庸なコメントしかできないのではないか。その点、SNSは自分ひとりの世界なので、好きな時に好きなことを書ける。誰にも邪魔されることはなく、強気なことも書ける。

 芸能人といえば、テレビに出て顔を売ることが仕事と思われてきた。しかし、これからは自分にしか興味がなく、SNSで自分をアピールし、時折テレビに出て実績は稼ぐが、存在感があるというわけではない(しかし、SNS有名人ゆえに仕事そのものは減らない)という加藤タイプの芸能人が、増えるような気がしてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

工藤静香、インスタでの「漬物作ってます」投稿に見る“メリー喜多川並み”のしたたかさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「今朝からずっといろいろな漬物作ってます」工藤静香
(工藤静香公式インスタグラムより)

 女性芸能人の元ヤンキー率は高い。80年代のアイドル、工藤静香もその1人だが、工藤がほかの元ヤン芸能人と比べて段違いに優れているのは、“目上のオンナ”に対する嗅覚ではないだろうか。

 おニャン子クラブから、念願のソロデビューを果たした工藤は、歌番組へ出演するようになる中で、女性の司会者への“おみやげ”を忘れない。例えば、『歌のトップテン』(日本テレビ系)の司会者である和田アキ子に、「お母さんがぁファンでぇ~」と例の口調でおもねる。和田は「すき焼きを食べたことがない」という工藤を食事に連れ出し、その後工藤は、ご馳走してもらったことをきちんとテレビで報告していた。『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)では、気難しいと評判の女優・加賀まりこがサブ司会を務めていた時期があったが、「日本で最初の小悪魔は加賀さんだってお父さんが言っててぇ~」と懐に飛び込んでいく。オジサン司会者の機嫌を取る方がトクだと思われがちだが、オジサンはもともとアイドルには甘いので、影響力のある同性を攻略した方が、実はメリットは大きいのだろう。

 「80年代アイドル四天王」といわれるほどの好セールスを記録したことも相まって、工藤は和田やタモリといった大物以外には、先輩であってもタメ口で接するようになる。敬語を使わないということは、相手を“目下”扱いするということだが、工藤にとって明らかに“目下”なもの、それは、女性のマネジャーではないだろうか。

 かつて、滝沢秀明と藤井隆がMCを務める『music‐enta』(テレビ朝日系)という音楽番組があった。この番組に出演した工藤は、例によって“タメ口”でおニャン子時代を振り返る。工藤の言葉を借りて説明すると「煙草を吸っちゃ消し、吸っちゃ消し」「煙草を噛んでいるように吸う」という「女マネージャー」に、当時、1週間楽屋に制服をおきっぱなしにしている(学校をサボっている)ことをとがめられたというが、それを悪びれる様子はなかった。この女性マネジャーがいなければ仕事にならないはずなのに、敬意がみじんも感じられなかったことが印象的だった。

 そんなもともと謙虚なタイプとは言い難かった工藤だが、木村拓哉との交際発覚後、“料理上手”という方向に世論を誘導し始める。過去に『Matthew’s Best Hit TV 』(テレビ朝日系)で、MCの藤井隆に「得意料理は何ですか?」と尋ねられたところ、「わかんなぁい。だって私、冷蔵庫にあるもので、な~んでも作っちゃう人だからぁ」と込み入った自慢を披露し、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)に出演した際にも、MCのダウンタウンに、ぬか漬けを差し入れした。ぬか床が一朝一夕にでき上がらないことを考えると、「自分は本当に家庭的」とアピールしたかったのだろう。

(さらに…)