『さんま御殿』袴田吉彦のトークに考える、自称「さみしがり屋」男の厄介なところ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「妻も仕事しているんで」袴田吉彦
『踊る!さんま御殿!!』(9月13日、日本テレビ系)

 週刊誌によって、有名人の狼藉が明らかにされ、SNSやワイドショーで“裁判”が始まる。「番組を降板せよ」「活動を自粛しろ」など、私からするとちょっと言いすぎじゃないかなと思う発言も見られるが、変だなぁと思うのが、“悪いこと”をしてもペナルティが一様でないところだ。

 例えば、俳優・渡辺謙は、女優・南果歩と2018年5月に離婚を発表。渡辺は17年3月、一般人女性との不倫を「週刊文春」(文藝春秋)に撮られており、記事を読むと、南の乳がん闘病中も不倫をしていたことがわかる。夫に不倫をされてうれしい妻はいないだろうが、特に妻が大病をしている時の不倫というのは、最悪のタイミングだろう。

 しかし、渡辺には「活動を自粛すべき」といった声はSNSにほとんどなかったと記憶しているし、当時『バイキング』(フジテレビ系)の司会・坂上忍は「謙さんでも不倫はダメなの?」と、国際派俳優であれば不倫を容認するかのような発言をしていた。

 また、こうした例もある。9月10配信のニュースサイト「文春オンライン」は、球界の不祥事を報道。球界を代表するスター選手である読売ジャイアンツの坂本勇人選手が、肉体関係を持つ一般人女性に対し、避妊をしなかったそうで、妊娠すると「本当は今すぐおろせよって言いたい」と逆ギレしたそうだ。中絶を強要された女性はうつ病に陥り、自殺未遂したという。

 読売ジャイアンツといえば、「巨人軍は常に紳士たれ」が球団創立者・正力松太郎氏の遺訓として知られるが、坂本選手は主力選手だからか、紳士とは真逆の鬼畜的行動を取っても、球団が試合に出さないなどのペナルティを科す様子はない。それだけでなく、スポーツ新聞やワイドショーも、この件に触れていないのだ。

 世間一般には、「不倫はいけないこと」「女性を傷つけるのは許されない」と言われているものの、結局、人によってSNSユーザーもメディアも態度を変えているわけだ。こうなると、有名人の不祥事に対するバッシングは、場合によって、単なるいじめと変わらなくなってしまうが、SNSやメディアの不平等裁判を自身に有利な形でうまーく切り抜けた人がいる。俳優・袴田吉彦だ。

 17年5月、グラビアアイドルとの不倫を「週刊新潮」(新潮社)に報じられた袴田。人気俳優でありながら、密会場所はアパホテルで、しかもポイントまで貯めていたという。そのショボさが功を奏したのか、今は不倫をネタにしてバラエティに出演。なお、不倫騒動が起きた後、妻とは離婚をし、昨年、一般女性と再婚している。

 そんな袴田が、9月13日放送の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)で、危うい発言をしていたのが気になった。「独身者の言動にイラッとしたことはあるか?」というトークテーマに対し、袴田は「嫁とケンカした時に、後輩に電話をするけれど、独身の人のほうが出ない」と回答。

 いまいち意味のわからない答えだが、袴田いわく「基本さみしがり屋で、結構電話するんですよ」とのこと。タレント・矢部みほが「そもそも、結婚したのに、なんでそんなにさみしくて電話するんですか?」と質問すると、「嫁も仕事しているんで」と、妻が仕事で不在の時間は、さみしさを感じていることを匂わせた。

 袴田が話したかったことは、「妻とケンカをした、もしくは妻が仕事でいないなどの理由でさみしくなると、後輩に電話をするが、電話に出てくれなくてイライラする」ということだろう。

 「さみしがり屋」というと、ちょっと聞こえはいいけれど、この人の場合、単に自己中心的というか、自分の衝動を抑えきれないタイプなのではないか。なぜなら、前妻は小さいお子さんのいる専業主婦で、おそらく仕事のために家を空けることはなかったと推測するが、そんな「さみしくない」状態でも、袴田は不倫をしていたわけだから。

 自称「さみしがり屋」な男性の厄介なところは、恋人や妻に罪悪感を抱かせることがあるところだ。例えば、「さみしいから、浮気した」と言われたら、真面目な女性は「さみしいというのは、私のことを愛しているからだ」「私がさみしくさせなかったら、浮気をしなかったのではないか」と自分を責めてしまうだろう。しかし、ご自分に置き換えてみればわかると思うが、たとえさみしくても、大人であればそれを解消する手段はいくらでもあるし、相手のことを思いやれる人なら、浮気はしないはずだ。

 若い人たちならともかく、50歳に手の届こうとしている人が、いまだに「さみしがり屋で、人に電話してしまう」「電話に出てもらえないと、イライラする」といった話をしているのを聞くと、これまで周りに甘やかされてきた過去が忍ばれる。いつまでも自分に都合のいい人を求めるのはやめて、いい加減オトナになってくれよと言いたくなるのだ。

 不平等裁判をうまーく切り抜けることに成功した袴田だが、また何かしでかさないかという危うさを感じてしまった。ただ幸いというべきか、番組内で、袴田は妻に金銭管理を任せていると話していたが、こういうしっかり者の妻なら、夫に「さみしい」と言われたくらいで動じることはないだろう。今度、不倫がバレたら、前回のようにはいかないのは、袴田本人が一番わかっていると思う。妻を大事にして平穏な結婚生活を送ってほしいものだ。

高橋真麻、TBS・宇賀神メグに「腹立ちましたよ」……今の時代に合う「女子アナの小競り合い」とは?

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「ちょっと、腹立ってます」高橋真麻
『人生最高レストラン』(9月3日、TBS系)

 現在は、フリーアナウンサーの高橋真麻が、2004年にフジテレビに入局した時、「大変だろうなぁ」と思ったことをよく覚えている。父親は大物俳優・高橋英樹。この時点で、世間から「コネ入社だろう」と言われることは想像がついた。フジテレビは民間企業なので、コネ入社であっても問題はないが、女子アナのような人気の職種に「コネで入った」と思われると、「ズルをした」と批判する人が出てくるのは想像に難くない。

 入社した真麻は『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)に出演し、英樹のいる前でとんねるずから熱湯をかけられ、一斗缶で殴られ、鼻フックをされたりしていた。これはフジテレビ側の「我々は彼女を特別扱いしていない」「英樹さんもこうして笑っているわけだから、いじめではない」というメッセージではないかと私は受け取った。ほかにも、お正月番組でほかの女子アナが振袖を着ているのに、真麻だけ顔が見えない着ぐるみを着用しているなど、フジによる笑えないイジリは続き、一方でネットでの「コネ」バッシングはやまず。彼女はどんどん痩せていった。

 真麻はいろいろな番組で当時のことを振り返り、「『かわいい』って言われないなら、『細い』って言われたいと思ってしまった」「ラーメンも麺2本くらいしか食べられなかった」など、精神的に追い込まれ、食欲に異常をきたしていたことを告白している。

 9月3日放送『人生最高レストラン』(TBS系)に出演した真麻によると、「(入社)2~3年目ぐらいの時に、私はもうホント『この日空いている女子アナなら誰でもいいですよ』っていう仕事しか来なくて……」と、仕事自体もうまくいっていなかったそうだ。

 そのことを英樹に愚痴ったところ、「父が『誰がやってもいいって思われてる仕事こそ、一生懸命やりなさい』と。『そうしたら、最初は誰でもいいやって思っていたけど、真麻に頼んでよかったね。じゃあ、次も真麻に頼もうってなるから、耐えろ』と『乗り越える力を身につけなさい』って言われて」と明かしている。

 スターと呼ばれる人も、その来歴を調べてみると下積みの時代を経験しているものだ。英樹のアドバイスは、もしかしたら自分の芸能生活の経験から生み出されたものだったのかもしれない。しかし、その後の真麻の活躍ぶりを見るに、英樹のアドバイス以上に、時代が彼女に味方したといえるだろう。

 それまでテレビは、「キラキラした人が出るもの」というのが一般認識だったものの、視聴者はだんだんとそうしたリア充を感じさせる人を好まなくなり、「自分と同じ人」を好むようになってきたのだ。バラエティ番組で、真麻はご両親が厳しかったことから、社会人になっても恋愛経験がないと話していたが、視聴者は、有名アスリートやIT長者と浮名を流す女子アナよりも、真麻タイプに共感を寄せるようになったのだろう。彼女の需要は、次第に高まってきた。

 一方、『人生最高レストラン』でも話していたが、真麻は「ニュース読みをしっかりやりたい」という思いから、フジでBSテレビのニュースの仕事をずっと続けていたそうで、世間に、彼女のアナウンス能力を評価する声も広がってきたのだ。

 真麻もその流れはわかっていて、アナウンス技術をさらに磨くとともに、お金持ちと捉えられるような話はしないなど、必死に庶民に合わせていたように思う。局アナ時代は、お嬢様として育ったエピソードは完全に封印して、フツウの人を演じきっていたふうに見えた。

 しかし13年にフジテレビを退職し、フリーアナウンサーとなった真麻は、15年に出演した『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で、食事をするレストランにあらかじめ電話をして、味付けを薄くしてもらうことを頼むと発言。また20年に出演した『ダウンタウンDX』(同)では、子ども時代から年末年始はずっとファーストクラスでハワイに行っているため、仕事で初めてエコノミークラスに乗ったときは「狭すぎて、吐きました」と明かすなど、“お嬢様エピソード”を解禁している。

 女子アナが、人並外れたルックスやキャラクター、プライベートの話題でもてはやされた“女子アナブーム”も今は昔。テレビ離れが深刻化、さらに新型コロナウイルスの影響でCM収入が激減するなど、テレビ業界は景気の悪い話が多い。

 そんな中、真麻はフリー転身後もバラエティ番組のアシスタントや、情報番組のコメンテーターとして生き残り、活躍を見せている。“お嬢様エピソード”こそ解禁したものの、結婚、出産したことで、話の幅も広がって、より視聴者の感覚に近いコメントができているのではないだろうか。こうやって考えてみると、真麻は入社して数年は苦労したかもしれないが、フリーとなっても仕事が途切れない、数少ない勝ち組女子アナといえるだろう。

 そんな真麻しかできない役、それは「女子アナを叱る役」だと思うのだが、どうだろうか。

 『人生最高レストラン』で、MCの加藤浩次から「フリーになって9年もたってくると、甘めの局アナ見ると、『おい、甘ぇな、こいつ甘ぇぞ』みたいな感じは芽生えることがある?」と振られた真麻は、「局アナの大変さも知っているので」と一旦は否定。

 しかし、同番組アシスタントMCの宇賀神メグアナウンサーが「バラエティをやりたい」と言うと、「でも、(宇賀神アナは)ぜい沢ですよ、元局アナからしたら。『THE TIME,』(TBS系)をやって、この番組のアシスタントをやってるなんて最高級ですよ。さっき、バラエティ出たいって言ったとき、『え?』って思っちゃいましたもん」と宇賀神の今のポジションがいかに恵まれているかを経験者目線で語り、加藤の「腹立った?」のたび重なる煽りに、「ちょっと、腹立ちましたよ」と応じた。

 「学生とかでも採用試験の時に、『バラエティやりたいです』って言う子がいるんだけど、意味がわからない。アナウンサーになりたくて、バラエティに出たいってどういうこと?」と、アナウンサーの“本分”について説く真麻。宇賀神アナは「いまある仕事をコツコツやっていきます」と反省する姿を見せており、この程度のちょうどいい小競り合いが、今のテレビには合っていると思った。

 女子アナの小競り合いといえば、番組MCの男性芸能人が、女子アナを「かわいい」と依怙贔屓(えこひいき)し、オンナ芸人が「騙されてる!」とツッコむのがお決まりのパターンだった。しかし、今、このパターンをやったら、セクハラとみなされて炎上する可能性がある。しかし、仕事の話であれば、そういうことはないだろう。こうした炎上リスクのない小競り合いは、テレビ番組をほどよく賑わせてくれると感じる。

 番組内で「私が局アナだったことを知らない人もいる」と言っていた真麻。今、テレビでよく見る女性アナウンサーで、真麻のように「わかりやすい挫折」をした人はいないように思う。当時はとてもつらかったろうが、成功した今だからこそ、その経験を生かしていただきたいものだ。

東出昌大、渡辺謙、実母……“問題のある人たち”に囲まれる杏が「優等生」なワケ

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<今週の有名人>
「朝5時半から、修羅場かよ」渡辺謙
YouTubeチャンネル「杏/Anne TOKYO」8月28日

 女優・杏が8月28日配信のYouTubeチャンネル「杏/Anne TOKYO」で、フランスへの移住を発表した。お子さん3人と愛犬とともにフランスへ渡り、今後は日本と行ったり来たりするそうだ。移住の詳しい理由は明らかにしていないが、“問題のある人たち”と距離を置きたかったのかもしれない。

 ご存じの通り、杏は、女優・唐田えりかと3年にわたる不倫関係を結んでいた俳優・東出昌大と2020年7月に離婚。これで晴れて他人となり、新たな生活をスタートできると思いきや、東出はその後もスキャンダルを報じられ、杏に迷惑をかけた。昨年10月発売の「週刊文春」(文藝春秋)によると、東出は「新恋人をロケ地に同伴させる」という業界の掟を破る行動を起こしていたそうだ。

 単に新しく恋人ができたという話なら、世間も「独身だから、どうぞご自由に」と言えるが、東出はどうも人の気持ちを逆なでするような行動を平然と取ってしまうところがあるのではないだろうか。東出のダメ男ぶりが報じられるたびに、多くの人が「杏は苦労した」と前妻に思いを馳せてしまうだろうし、杏はいつまでたっても東出の存在に頭を悩ませる可能性がある。

 一方、杏は国際的に活躍する俳優・渡辺謙の娘だが、彼も私生活の面では問題が多い人といえるだろう。人気俳優としての地位を確立しつつあった1989年、白血病に罹患し俳優生命が危ぶまれたものの、見事に回復。「めでたしめでたし」と言いたいところだが、杏の実母である当時の妻との夫婦仲は冷え、泥沼離婚裁判で複数の女優との不倫を暴露された。

 2005年3月に離婚が成立し、同年12月、女優・南果歩と再婚。しかし17年3月には、南が乳がん闘病中にもかかわらず、一般女性と不倫中であることを「文春」に報じられた。不倫はいつ何時もパートナーを傷つけるものだが、特に相手が大病をしている際は、タイミングとして「最悪」と言えるのではないだろうか。

 渡辺は南と離婚の意志がないと話していたものの、2人は18年5月に離婚を発表。南は22年2月発売の自著『乙女オバサン』(小学館)において、渡辺の不倫を知り、うつ病を患ったことを告白しているが、一方の渡辺は現在、「女性セブン」21年1月7・14日号(同)によると、元不倫相手の一般女性と軽井沢で同棲しているそうだ。

 渡辺は独身だから、誰と交際しても問題はないけれど、東出と同じく、どうも人の気持ちがわからないタイプと言え、杏をやきもきさせているのではないだろうか。

 元夫、実父がこんな状態だけに、せめて実母だけは、杏の頼りになってほしい……しかし、「女性セブン」20年9月17日号は、個人事務所の社長だった実母が、杏に対して12億円の訴訟を起こしたと報じている。

 杏は08年から芸能プロダクション「トップコート」に所属し、翌年には節税対策のため、実母が代表を務める個人事務所を設立。しかし給与があまりにも少ないことを疑問視した杏が、その個人事務所を退社し、トップコートとの直接契約に戻したいと申し出たことで、実母が訴訟に踏み切ったそうだ。

 同誌によると、実母は心酔する霊能者を個人事務所のコンサルタントにして、多額のコンサルティング料を支払っていたそうで、杏は不信感を持っていたという。実母は過去にも、渡辺の白血病治癒を願って、宗教団体へお布施したため、多額の借金を背負ったと報道されており、杏を長年、信心と金の問題で苦しめてきたのかもしれない。

 東出、渡辺、そして実母という“問題のある人たち”に囲まれているのに、杏はぶっちぎりの優等生だ。女優としての好感度は抜群だし、お子さんを愛情深く育てている。YouTubeチャンネルも好調だ。東出と杏の両親は、彼女の爪の垢を煎じて飲めと言いたいところだが、両親と杏の関係を心理学の観点から見ると、杏は優等生に“ならざるを得なかった”と言えるのではないか。

 夫婦の対立や虐待、経済的問題などが恒常的にある家族は「機能不全家族」と呼ばれる。このような家族の中で育つと、本来、親が子どもを守るべきなのに、子どもが親のケアをするようになることがあるという。特に娘が「母親の母親化」して、感情的なお守をしてしまうことは、よく知られている。その結果、子どもは努力家で、社会的な成功を収めるしっかり者に成長することがあり、彼らにとってその成功は、自分のためではなく、崩壊しそうな家庭を支えるためのものだといわれているのだ。

 杏もまた、人気俳優の娘に生まれながら、渡辺の病気や、実母の借金、両親の不和など、過酷な子ども時代を過ごしており、「機能不全家族」の中で育ったと言えるのではないか。ゆえに、優等生にならざるを得なかった面があるように思う。

 「女性セブン」20年9月17日号の記事には、「(渡辺謙との)離婚後、A子さん(筆者注:杏の実母のこと)の元に残ったのは2人の子供と、多額の借金。そこで、一念発起したのは、A子さんではなく、杏だった。それまでも行っていたモデルとしての活動に専念するために、高校を中退したのだ」という記述がある。

 本人が認めていないのに決めつけてはいけないが、実母が作った多額の借金は、やはり杏が働いて返済したのではないだろうか。家族の誰にも頼れないから、自分が頑張るしかないと決心したかもしれない10代の杏は、その後、モデル、女優として成功を収めた。

 そして母になって離婚した30代の今も、やっぱり親に頼れない。有名人は問題行動ばかりが大きく報道されるので、どうも悪い印象を持ってしまいがちだが、それでもやっぱり杏にとって、親は足かせのように思えてならないのだ。

 渡辺は、8月28日に公開された「杏/Anne TOKYO」の動画に出演し、杏と料理を作りながら、愛犬の話を披露していた。渡辺の愛犬を朝、庭に出したところ、キジの親子が入り込んでいることに気づいたという。犬がキジを見つけたら、修羅場になることは目に見えており、渡辺は「母キジって怖いじゃん、子どもいると」「朝5時半から、修羅場かよと思って」と話していた。

 自分とて子どもを持つ親なのだから、子どもを守るために攻撃的になる母キジの気持ちをわかってもよさそうなものだが、そこはスルーして「朝5時半から、修羅場かよと思って」と揶揄してしまうのが、渡辺謙という人なんだと思う。人の気持ちがわからないことで、夫婦の対立を招き、結果的に自分の家族を「機能不全家族」にしてしまった……そんな想像をかき立てるのだ。

 俳優としての業績と人柄はまったく別の問題だから、彼のすべてが責められるべきとは思わないが、家族を持つことはあんまり向いていないのではないか。やはり、親と離れる杏の渡仏は、いろんな意味でいい結果を生むような気がする。「お体に気をつけて、元気でいってらっしゃい」と言いたい気持ちでいっぱいだ。

有働由美子アナの「オバハン自虐」を許容していた大組織・NHKの“男尊女卑”体質

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<今週の有名人>
「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなる」有働由美子
ニュースサイト「週刊女性PRIME」8月23日

 臨床心理士・信田さよ子氏の著作『夫婦の関係を見て子は育つ』(梧桐書院)によると、子どもというのは親を実によく見ており、その関係が子どものジェンダー観に影響する可能性があることを指摘している。

 例えば、夫婦が表面的に仲良くしていても、父親が「家事なんて、オンナの仕事だ」と思って何もやらないと、それを見た息子は「そうだ、家事はやらないでいい、オンナの仕事だ」と思い込んでしまい、家事をやらなくなるケースがあるという。一方、そういう父親を持った娘は「そうね、家事はオンナがやるべきね」と思い込んでしまい、将来的に支配的なパートナーを選んでしまう可能性があるそうだ。

 夫婦関係が子どものジェンダー観に影響するとは興味深い指摘だが、私が思うに、若い時に身を置いた会社の環境も、ジェンダー観に影響するのではないだろうか。元NHKのフリーアナウンサー・有働由美子を見ていると、そんなことを思ったりする。

 10年近く前の話だが、「女性自身」2013年11月26日号(光文社)が、有働アナと5歳年下の地方企業の御曹司との熱愛をスクープした。男性はバツイチで、前妻との間にお子さんが3人いるという。有働アナは同誌の取材に対し、交際を肯定も否定もしなかったが、男性は「嫌いだったら一緒に食事に行ったりしないですよ。好意を持っていないと言ったらウソになります」と恋愛感情があることを示唆。

 しかし、有働アナは東京で仕事があるし、男性側も地方に地盤がある。恋愛したら結婚しなくてはいけないと決まりがあるわけではないから、お互いの事情に合わせて、いい関係を育んでいるのだろう……そう勝手に思っていたら、ニュースサイト「週刊女性PRIME」(主婦と生活社)が8月23日、有働アナの破局を報じた。

 有働アナは交際そのものを肯定も否定もしていないので、破局というのは正確ではないのかもしれないが、記事を読むと、交際報道とは別のことが気になってくる。

 メインキャスターを務める『news zero』(日本テレビ系)の出演を終えて帰宅した有働アナを、週刊誌の記者が直撃する。有働アナは「……こんな“オバハン”のために、夜分遅くまでご苦労さまです」と恒例のオバチャン自虐をした後で、「彼は何人かいる異性の友人のうちの1人。恋愛感情とかはありません」ときっぱり交際を否定。「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなるんですよ」とコメントしていた。

 おそらく、有働応援団の皆さんは、「記者の急襲にもかかわらず、ユーモアのある返しだ! サバサバしてさすがオトナの女!」と好意的にみなすのだろう。でも、私は有働アナの中に“オジサン”が住んでいるんだなぁと思わずにいられない。

 週刊誌が有働アナを取材するのは、彼女が知名度/好感度ともに高い「数字が取れる人」だからだ。週刊誌はビジネスだから、オジサンでもオバハンでも子どもでも、数字さえ取れれば何だっていい。長年、女性アナウンサーのトップランナーとして走ってきた有働アナが、こんな簡単な人気商売のカラクリをご存じないはずがない。

 にもかかわらず、「……こんな“オバハン”のために」という言葉を持ってくるのは、有働アナの中に「オバハンというのは嫌われる存在だから、とりあえずへりくだったほうが、好感度が上がるし、読者に喜ばれる」という、まるでオジサンのような“思い込み”があるからではないだろうか。

 その思い込みがどこで作られたか、他人に知る由もないが、おそらく有働アナを取り巻く環境……つまり会社(NHK)にもそういう体質があったのではないかと推測する。

 私は有働サンよりちょっと下の世代だが、若い頃「年齢によって、女性の進退を決める」ことが公然となされてきた印象がある。私の友人は財閥系企業に勤めていて、社則にはないものの「女子社員は25歳で退職する」ことが暗黙の了解だった。

 いざ25歳になると、周囲の男子社員に「早く辞めてよ。若い子が入ってこない」と面と向かって言われたり、仕事の面談でオジサン上司に「交際相手はいるのか、結婚の予定はあるのか」と聞かれることは珍しくなかったそうだ。受付や秘書課の女性が30歳を過ぎると、本社から支社に異動させられるケースも実際にあった。

 若い人は、良くも悪くも大人の影響を受けやすいから、1日のほとんどを過ごす会社という場所で、それなりの地位を持つオジサンが、女性に対してこういう態度を取ると、「女性は社歴が上がると、失礼なことを言われたり、理不尽なことをされても仕方がない存在」と刷り込まれてしまうのではないだろうか。

 有働アナは20代の若手の頃から、公共の電波を使って、自身の容姿や年齢を自虐してきた。それは逆に言うと、NHKが彼女の発言を許容していた、彼女の発言が面白いと思っていたということではないだろうか。

 今さら言うまでもないが、有働アナは日本を代表する女性アナウンサーで、彼女の実力は誰もが評価しているはず。けれども、有働アナの中に住みついたオジサンが、「女性は仕事ができても、若く美しくなければ価値がない」とささやいてくるために、彼女はする必要のない自虐を延々としてしまうように思う。

 有働アナのジェンダー観の危うさは、NHKという大組織を離れて、いよいよ明らかになりつつある。フリー転身後、報道番組『news zero』のメインキャスターに就任したが、日替わりで出演する女性アナウンサーが若いことから、発表会見で「若いアナ、キラキラした人と、置き屋の女将みたいな感じですが、女将なりに頑張ります」と自虐した。

 いつものサービス精神を発揮したのだろうが、公の場で、性的接待のオーガナイザーの意味も持つ“置き屋の女将”という言葉を使い、暗に「若い女性アナウンサー=男性に差し向ける存在」と捉えられかねない表現をしたことについては、女性論客からも「いかがなものか」という声が上がった。

 自身のラジオ番組『うどうのらじお』(ニッポン放送)で、北京五輪スノーボード男子の金メダリスト・平野歩夢選手に対して「久しぶりに女心がキュンキュン! としましたね。残り少ないホルモンが出てきたみたいな気持ちになりましたけども」「素晴らしい演技、素晴らしい滑り以上に、いち日本に住むオバチャンの、ホルモン……って言うといやらしいですけど、気持ちまで若返らせていただきました」と発言し、物議を呼んだこともある。

 これは平野選手に対する明らかなセクハラであるとともに、「オバチャンは女性ホルモンが枯れている」という自虐――やはり女性の若さを重んじているからこその発言に聞こえるのだ。

 抜群の好感度のために大炎上はしないものの、有働アナのトークには「年齢と性」の要素が含まれていることが多い。そのため、炎上リスクが高かったり、誤解を持たれやすくなる。

 先ほどの「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなるんですよ」という有働アナの発言も、彼女の偽らざる気持ちだと思われるし、「女は若いほうがいい」というオジサン思想の人には、「そうだ、いつまで若いつもりでいるんだ」と歓迎されるだろう。しかし、世の中には50歳を過ぎても恋愛が大好きな女性もいるわけで、そういう人は、有働アナの発言にモヤモヤするだろう。

 こういうリスクを回避するためには、主語をはっきりさせる必要があるのではないか。「私は恋愛に興味がありません、50歳を過ぎたからですかね」と言えば、それは有働アナの意見だとして受け止められるが、「50歳を過ぎると、恋愛に興味もなくなるんですよ」という言い方は、「25歳になったら、会社をやめろ」という過去になされた根拠のない決めつけと、さして変わらない気がする。

 有働アナは、『うどうのらじお』内で、森喜朗氏が女性蔑視発言の責任を取り、辞意を表明したことについて、「私も男社会に長く生きているので、アップデートできていない部分があるんで、すごく発言するのが怖いというか……」と話していたことがある。誰もが程度の差はあれ、男尊女卑社会に生きており、そこに適応しなければ生きていけなかったわけだから、そうした部分があるのは当たり前だろう。

 もしアップデートできる人とそうでない人の間に差があるとしたら、本人の気質(男性にかしづくのが好きな人もいる)に加え、傷の深さも関係してくるのではないか。男尊女卑社会に悩み、深く傷つき、それでもどうにかして適応しようと努力した人ほど、男尊女卑社会的な価値観を手離せないように思うのだ。有働アナの自虐は痛みの歴史。そう考えると、やっぱり彼女の自虐は笑えない。

おばたのお兄さん、妻・山崎夕貴アナの年収超えた! 格差解消のいま“嫁姑関係”が気になるワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「そんなことない」フジテレビアナウンサー・山崎夕貴

『ポップUP!』(フジテレビ系、8月12日)

 お盆に夫の実家に帰ることは、長い間、日本人にとって“当たり前”のこととされてきた。家父長制の名残もあってか、家族のルーツにあたる夫側の祖先の霊を、家族とともに迎え、送り出すことは恒例行事と化している。

 ところが、脱家父長制、多様性の時代だからだろうか、ここ何年かは「夫の実家に帰りたくない」という妻の主張をネット上で見かけるようになった。「女性自身」(光文社)のニュースサイトは2019年に、「夫の実家帰りたくない。妻の帰省ブルー問題がネットで白熱」と報じている。

 確かに、夫は実家ということでくつろげるが、それに比べて多くの妻は、義母の手伝いなど、おさんどんに明け暮れる。揚げ句、義母に子どもの育て方などに文句を言われたら、たまったものではないだろう。加えて、交通費がかさむとなると、さらに憂鬱になるのも頷ける。

 また、仕事を持つ女性が増えた今、休みはとても貴重な時間だ。それなら、そもそも夫の実家に帰省しない、もしくは夫と子どもだけで行ってもらえばよいと考える人が出てきてもおかしくはない。

 義母側の立場から考えてみても、かわいい息子と孫のためとはいえ、息子家族が来るのであれば、家中をきれいにしておかなくてはいけないし、いろいろな出費を強いられるだろう。自分が先頭に立って食事の準備もすることになるから、体力的にも消耗するはずだ。

 とはいえ、今後は「夫の実家に帰らない」ことが日本全体に定着する……ことはないのではないか。なぜなら、家族というのは、女性にとって最大の“ブランド”だと思うからだ。

 自分のほうが相手より優位であると、言葉でもって示す行為を「マウンティング」と呼ぶが、既婚女性の場合、夫の勤務先や年収、子どもの出来で、相手に対して「どちらが上か」を示すことは珍しくない。なぜ自分のことではなく、「夫や子ども」など、家族によって自らの価値をはかるのかというと、「子どもを産んだ女性は稼ぎにくい」日本社会の在り方と無関係とはいえないだろう。

 国立社会保障・人口問題研究所の「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」(2015年実施)によると、「子育てをしながら、仕事を続けるのは大変だから」という理由で、女性の46.9%が第1子出産後に離職している。

 一方、出産の有無にかかわらずキャリアアップを目指し、仕事を続けても“壁”はある。内閣府「令和3年版男女共同参画白書」によると、日本企業の女性管理職の比率は、20年時点で、部長担当職が8.5%、課長担当職が11.5%と、世界的に見ても低いことがわかっている。

 女性が子育てをしながら仕事をする仕組みがいまだに整っておらず、かつ、働き続けても昇進できない。OECD(経済協力開発機構)によると、男女の賃金格差は、主要国のワースト2位。こうなると「自分で稼げないならば、稼ぐオトコと結婚すればよい」「自分の能力を認めてもらえないのならば、優秀な子どもを育てればよい」という考え方が生まれ、ひいては「夫の年収/子どもの出来で自分の価値をはかる」ことが定着するのではないだろうか。

 「子どもの出来で自分の価値をはかる」という点について、もう一歩踏み込んで考えてみよう。子どもをオリンピックのゴールドメダリストに「育てた」母、子どもを医学部に「入れた」母が脚光を浴び、教育ビジネスを始めることがよくある。ノウハウを知りたい人/教えたい人という需要と供給がマッチしたからこそ、ビジネスとして成立するわけだが、小意地の悪い見方をすれば、こうした母は、子どもの業績を我が物にしているともいえる。

 けれど、子どもを産んだ女性が、仕事を続けて昇進することが難しい日本で、それでも世に出ようと思ったら、優秀な子どもに育て上げるのが、一番手堅い「起業」なのかもしれないのだ。

 仮に、夫や子どもが社会的なブランドを持っていなかったとしても、それでも、やはり家族は女性を「よく見せる」――例えば、「家族から頼りにされている自分」「家族から愛されている自分」をアピールする道具になり得る。

 前述した夫の実家への帰省も、「家族から頼りにされている自分」をアピールすることにつながるだろう(特に「人からどう見られるかを気にしてしまう」タイプの人は、「帰省は面倒くさいといっても、顔を出さないのはまずい」と“いい嫁”の振る舞いをやめられないと思う)。一方、義母にとっても、帰省する人が減ったといわれる中、息子家族が顔を見せてくれたら、近所や友人に「家族から大事にされている自分」をアピールすることができるわけだ。

 このように、微妙な力学が働いて「夫の実家への帰省」が完全になくなることはないと私は思っていたのだが、既成概念をぶち壊す大物が現れて、笑ってしまった。

 8月12日放送の情報番組『ポップUP!』(フジテレビ系)では、配偶者の実家への帰省が話題となった。金曜パーソナリティの相席スタート・山崎ケイは、夫である落語家・立川談洲の実家に帰省するのは「楽しみ」としながらも、義父しかいないことを明かし、「お義母さんがいたら、ちょっと気を使うかもしれないですね」と、義母のいる家への帰省は躊躇するかのような発言をしていた。

 しかし、同番組に出演したフジテレビの山崎夕貴アナウンサーは、「私は全然気を使わなくて、夫(芸人・おばたのお兄さん)がいない状態で、私だけで帰省したりもするんで」「居心地いいです。あんまりお手伝いしないでも怒られないんで」と、帰省するだけでなく、本気で滞在をエンジョイしていることを告白。

 山崎ケイが「実際は(義母が)どう思っているか、わかんないですよ! 本当は『うちの嫁、息子が来ないのに勝手に来て、何もしないのよ』って思ってるかも」とツッコむと、「そんなことない」と笑って否定したのだ。

 山崎アナのお姑さんの本心がどのようなものかわからないが、仮に「手伝ってほしい」と思っていたとしても、なかなかそうは言えないのではないだろうか。だって、山崎アナはフジテレビのエースアナウンサーというブランドを持つ人なのだから。

 そもそも2017年の交際発覚当時、売れていないおばたが人気女子アナと交際しているというだけで驚きだったが、彼は「フライデー」(講談社)に浮気を報じられた過去がある。それでも山崎アナは別れずに結婚した。おばたは、この交際および結婚で名前をあげた部分もあるわけで、いわば山崎アナは“恩人”だ。そんな嫁に対して、お姑さんは強く物を言えないのではないだろうか。

 山崎アナもニブいというか素直というか、お姑さんの気持ちをまるで疑わないところはすごいものの、いつまでこのニブさが許されるかは、ちょっと疑問である。というのも、かつて格差婚と言われたおばたが今年5月、YouTubeチャンネル「おばたのお兄さんといっしょ」で、「付き合ったのが2017年だったんですけど、この時はもちろん奥さんのほうが年収が上で、2018年に並んで、ここ3年間は僕のほうが稼いでいます」と年収アップを明かしたからだ。

 売れていない、しかも浮気を暴かれた息子への負い目から、これまでお姑さんも山崎アナに何も言えなかったかもしれないが、おばたのほうが稼いでいるとなると話は少々変わってくるのではないだろうか。

 姑とは、常に「息子のため」をモットーに、息子の味方に回る生き物であり、また「子どもの出来」は自分の価値、プライドになり得ることを忘れてはならない。

 山崎アナの「悪いほうに想像しない」というニブさは、自意識過剰な人が多い今の時代を生きるうえで、大きな武器になるといえるだろう。けれど、家族間のことというのは、少し悪いほうに捉えて備えたほうがうまくいくこともある。“姑のプライド”を考えて行動することも、円満な家族関係のためには必要なのかもしれない。

『上田と女が吠える夜』たんぽぽ・川村エミコの自虐ネタに考える、「運のいい/悪い」を決めるもの

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「不幸にチャンネルが合っちゃってるよ~」たんぽぽ・川村エミコ
『上田と女が吠える夜』(8月3日、日本テレビ系)

 『M-1グランプリ2019』(テレビ朝日系)で、ぺこぱがボケを全肯定する漫才で話題を呼んで以来、「人を傷つけない笑い」が尊ばれるようになり、テレビにおける自虐ネタの需要はどんどん高くなっている。ただし、その自虐が「モテない」とか「もうオバチャン」というようなものだと、聞き手が「そんなことないよ」と言わなくてはいけないので厄介だし、同調すると、それはそれでセクハラめいてくるので、そうした自虐はネタとして好ましくないだろう。やはり他人を巻き込まない、自己完結した自虐ネタがベストだと思う。

 8月3日放送の『上田と女が吠える夜』(日本テレビ系)のテーマは、「どうして私がこんな目に? とことんツイていない女たち」で、ゲストそれぞれが、自分の経験した“アンラッキー”を明かしていた。

 例えば、プロフィギュアスケーターの村上佳菜子は現役時代、大会の最中に顔にハエが止まったとか、『南国少年パプワくん』(エニックス)の漫画家・柴田亜美は、ざくろを食べたところ毒が回って動けなくなったとか、他人を巻き込まず、人を傷つけない、ちょっとしたアンラッキーエピソードを次々と披露した。

 たんぽぽ・川村エミコもゲストの1人だが、司会のくりぃむしちゅー・上田晋也いわく「スタッフが川村サンと打ち合わせしていたら、まぁ、不幸の宝庫」だったという。具体例を挙げると、小学生の頃、クラスで飼っていたメダカ殺しの罪を着せられたことに始まり、大人になり、芸人の下積み時代に前説をしていたところ、高級すしをスタッフに「食べていい」と言われたから食べたのに、別のスタッフに「なに食ってんだ」と怒られたそうだ。

 このほかにも、オーディションを受けようと思った3日前にコンビを解散するなど、アンラッキーは続く。売れっ子となった今も、勝手に美容クリニックの広告で「ブルドッグ顔の代表」として顔写真を使われる、スーパーの入り口につながれた犬が通りがかったおじさんに吠えた際、川村サンの飼い犬と勘違いされたらしく「静かにさせろ」と怒られた、新宿アルタ前で変なおじさんに「お前に選択肢はないんだ」と怒鳴られるなど、ネタが尽きない。

 また今年、スパムメールに引っかかった川村サンは、クレジットカード被害に遭ってしまい、それを友達に話したところ「不幸にチャンネル合っちゃってるよ~、チャンネル変えてこ~」と言われて腹が立ったそうだ。

 これらのエピソードを聞くと、川村サンはアンラッキーに思えなくもない。しかし、川村サンは2010年、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)のオーディションを勝ち抜いて、人気番組のレギュラーの座を勝ち取っている。オーディションは、実力はもちろん、運が左右する部分も大きいだろう。本当に運が悪かったら、オーディションに合格しないと見ることもできる。さて、川村サンは運がいいのか悪いのか。

 運の良さを科学的に解明しようという実験はいろいろ行われている。そのうちの1つが「自分は運がいい」と思う人と、「自分は運が悪い」と思う人のグループに分けて、くじを引かせるものがある。「自分は運がいい」と思う人も、「自分は運が悪い」という人も、くじ運自体にはっきりとした差はないという。つまり、自分は運がいい/悪いというのは、“思い込み”なわけだ。実際に、「自分は運が悪い」と思い込んでしまうと、ラッキーな出来事は排除して、アンラッキーばかり記憶してしまうことが心理学で証明されている。

 例えば、動画配信サービス「TVer」で公開された同番組の未公開VTRによると、川村サンが、オアシズ・大久保佳代子の番組に出演した時、こんなアンラッキーに見舞われたことがあったそうだ。大久保サンと2人で酒を飲む番組で、撮影が終わり、その店のトイレを借りようと並んでいたら、ダッチオーブンがいきなり足に落下。大ケガをしてもおかしくないが、川村サンは診察してくれたお医者さんに「運がいいね。何ともないよ」と言われたという。

 鉄の塊が足に落ちてきて何ともないとは相当ラッキーだと思うが、「自分は運が悪い」と思い込んでしまうと、そこはスルーして「突然、足の上にダッチオーブンが落ちてきた、アンラッキーだ」と感じてしまう。「運が悪い」という思い込みに基づいて、都合のいい事実だけを集めて、「運が悪い自分」を作り上げてしまうのだ。この理論でいうのなら、川村サンが友人に言われた「不幸にチャンネルが合っちゃってるよ」という指摘は、正解なのだろう。

 『上田と女が吠える夜』にゲスト出演していたいとうあさこも、川村サンについて「一緒にロケに行っても、みんな(衣装)が長袖のTシャツなのに、エミコだけ半袖」「みんながはく、ももひきみたいなのがあるんだけど、エミコのだけ入ってない」など、彼女の「ちょっとした運の悪さ」を指摘していた。

 しかし、これは本当に運の問題なのだろうか。みなさんがテレビの制作者となり、出演するタレントに衣装を用意すると想像してみてほしい。その際に、絶対にミスをしないように心がけるのは、キレやすい人とキレない人のどちらだろうか。おそらく、ほとんどの人がキレやすい人に対して万全の体制で臨むはずだ。

 仕事とはいえ、川村サンのように「運の悪さ」を面白おかしく喧伝すると、周囲に「運が悪い自分を受け入れている」と受け止められ、「運が悪い人として扱ってよい」と間違ったメッセージとなることがある。川村サンがそこでキレるタイプでないため、「ミスしてもあいつなら大丈夫」と結果的に軽んじられていく可能性はあるだろう。このようにして、運が悪いネタが増えると、ますます「自分は運が悪い」という思い込みは強くなっていくわけだ。

 「自分は運が悪い」と思い込んでしまうと、「きっとうまくいかない」と不安になってミスを誘発し、さらには周りからも軽んじられ、その結果、どんどん自分に自信がなくなるので、注意が必要といえるだろう。川村サンは「運が悪い話」を仕事に生かしているからいいと思うが、一般の方は過度の思い込みに注意していただきたいものだ。

おぎやはぎ・矢作兼、小倉優子の元夫に苦言――「人を見抜く目がある」と自信満々な人に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「俺が見てやるって言ってんのよ」おぎやはぎ・矢作兼
『おぎやはぎのメガネびいき』(7月28日、TBSラジオ)

 タレントの“ゆうこりん”こと小倉優子が、離婚を発表した。2019年の年末に身重のゆうこりんを置いて、夫が家を出て行ったという別居報道がなされたが、2年半の別居を経て、離婚となったようだ。

 ゆうこりんは、料理上手なママタレとして人気を得たものの、これでバツ2の身に。普通ならイメージが悪化して、仕事を失うこともありそうだが、2番目の夫とは別居期間が長かったため、離婚しても世間に与える衝撃はそれほどないだろうし、今の芸能界は、少しイジられる要素を持っているほうが重宝されるものだ。

 それに、小倉は今『100%!アピールちゃん』(TBS系)の企画で、早稲田大学教育学部の受験を明らかにするなど、新たなキャラを獲得しつつある。なので、ゆうこりんは今回の離婚で、“タレントとしては”損をしていないといえるのではないか。

 離婚は夫婦2人の問題だからいいとして、私が気になるのは、ゆうこりんは今後も親友・ギャル曽根と変わらぬ付き合いを続けるのだろうか、という点だ。

 過去の話を蒸し返してなんだが、19年11月放送の『人生最高レストラン』(同)に出演したゆうこりんは、歯科医である2番目の夫と出会ったのは、「ママ友の紹介だった」と明かしていた。ゆうこりんは好印象を持ち、2回目のデートにはマネジャーとギャル曽根を伴って出かけたという。

 ギャル曽根は、「今日は、彼がゆうこりんのことをどれだけ真剣に考えているか、私が確かめるから。任せて」と、相手の男性を面接することを申し出、実際、元夫に対して「芸能界って良い時もあれば悪い時もある。稼ぎがゼロになる可能性だってある。その時にあなたは養えますか? それぐらいの覚悟でお付き合いを考えていますか?」など質問。そこで、誠実な人であることがわかったといい、「ゆうこりんをよろしくお願いします」と、交際を認めるあいさつをしたそうだ。

 親友に代わって、結婚相手の候補にあれこれ聞きにくいことを聞いてくれるなんて、美しい友情だと思う人もいるだろうが、私はギャル曽根に「『自分は人を見抜く目がある』というその自信は、どこから来るのだ」と聞きたい気持ちになった。

 社会人が日常会話で人格の欠陥を感じさせるとは考えづらいし、お金の話なんてクチだけなら何とでも言える。結婚の場合、男女としての相性もあるし、ある程度の年月を一緒に過ごそうと思うなら、人間的な相性も見逃せない。

 特にゆうこりんの場合、最初の夫との間に男児が2人いるわけだから、その再婚相手には彼らと関係を築く必要もある。また、イメージ商売の芸能人、かつ主にママタレとして売っていたゆうこりんは「ダメだったら離婚すればいい」という軽いノリで結婚することは難しいだろう。そんな「考えることが多い人」に向かって、よく知りもしない人を「この人はいい」と認めるのは危険すぎやしないか。

 11年に結婚したテレビディレクターと円満な結婚生活を送っているというギャル曽根だけに、「自分は人を見る目がある」と思って、ゆうこりんのために一肌脱いだのかもしれない。でも、ゆうこりんとギャル曽根は違う人間だから、“いい人”の基準は違うはずだ。ギャル曽根が思う“いい人”が、ゆうこりんにとって“いい人”である保証はない。今回の離婚を経て、ゆうこりんもそのことに気づいたと思うが、ギャル曽根に不信感を抱かないものかと、気になってしまった。

 しかしながら、「人を見抜く目があれば、円満な結婚生活が送れる」と思っている人は芸能人、一般人含めて多いことだろう。7月28日深夜放送のTBSラジオ『おぎやはぎのメガネびいき』では、矢作兼がゆうこりんの離婚について言及。ギャル曽根が歯科医の元夫にOKを出したことについて、「ギャル曽根もそん時、すげえ食ってただろ。あんなに食ってんのに、(相手がどんな人物か)判断できないだろ」と茶化した後で、「結局またダメかよ。俺が(相手のことを)見てやるって言ってんのよ。すぐわかるよ」と「見る目のある人」に名乗りを上げた。

 「人を見抜く目がある」と言いたがる人は、「離婚に至るのは、どちらかが悪い」と犯人捜しをしたがる傾向があるのではないだろうか。実際、矢作は離婚の原因を、歯科医の元夫側の覚悟のなさだと思ったようで、「ゆうこりんと結婚してるんだから、ガマンしろよな。忍耐が足らないよな」と苦言を呈していた。

 どちらか一方に、不倫や暴力など、明らかな有責行為があるなら話は別だが、欠点のない人間はこの世にいないので、犯人捜しをすると、どちらも悪いことになってしまう。

 しかも「人を見抜く目がある」と自負する人の犯人捜しは、助言する相手の将来にも有害といえる。例えば、「元のパートナーはこういうところがダメだった」と指摘を受けたことで、当人は次のパートナーを探すとき、相手の欠点を見抜こうと疑い深くなり、相手に要求するものがより多くなってしまうだろう。

 夫婦の間で何か起こったか他人は知る由もないが、ゆうこりんの場合、再婚を急ぎすぎたのではないだろうか。40代の初婚男性が交際半年でいきなり2児の父となるのは、ちょっと無理があったように思うし、交際期間が短かったので、2人ともお互いに対する理解を深めるまでいかなかった可能性もある。どちらが悪いという話ではなく、単に2人は「合わなかった」とも考えられそうだ。

 そういえば、矢作が歯科医の元夫にダメ出しをした際、相方の小木博明も「そう、そうなのよ。タレントと結婚するって、そういうことだからね」と同意していた。

 小木は森山良子の娘で、元タレントだった女性と結婚し、森山直太朗と親戚関係になっているから、芸能人と結婚し、芸能一家の一員になる不自由さを、身をもって知っているのかもしれない。一方、矢作の妻は一般人女性だったはず。いよいよ、なぜ矢作は自信満々に、ゆうこりんのパートナーを「見てやる」と名乗り出たのかと不思議に思うが、やはり他人様の結婚相手に口を出すのは、ほどほどにしたほうがいいのではないだろうか。

漫画家・東村アキコ、お笑いプロ社長のいま――売れない芸人を養分にする“スター”の特性

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<今週の有名人>
「結果が出なくても、ハハハッ」東村アキコ
『マツコ会議』(7月23日、日本テレビ系)

 昨年亡くなった作家・瀬戸内寂聴さん。ある文芸評論家が講演会で、「女性の私小説は瀬戸内センセイ1人でやりつくした感があるので、あの人を凌ぐ作家は出てこないだろう」といった話をしていたが、確かに寂聴さんは常人とは明らかに違うところがあると思う。

 寂聴さんの人生に大きな影響を与えた男性は2人いる。1人は寂聴さんが離婚して、子どもを置いて家を出るきっかけになった年下の男性。もう1人は寂聴さんの小説家デビューを支えた、才能はあるのにどうも売れない小説家の既婚男性である。

 小説家の男性のサポートで、見事に小説家としてデビューを果たした寂聴さん。男性を師として仰いでいたが、いつの間にか、男性よりも売れっ子となっていく。そんな中、よせばいいのに離婚のきっかけとなった男性に連絡をしたところ、彼はすっかり落ちぶれていた。

 同情した寂聴さんは、小説家の男性と若い男性をふらふらする。結局、小説家の男性と別れ、年下の男性と暮らし始め、事業に乗り出した彼のためにせっせと貢ぐが、男性は若い女と結婚。こうして2人は別れたものの、男性は会社の経営に失敗し、自殺してしまったそうだ。寂聴さんは、この三角関係を描いた小説『夏の終り』(新潮社)が評価され、作家としての地位を不動のものにしたことでも知られている。

 本人にその意図があるのかどうかはわからないが、寂聴さんのようなスターというのは、結果的に周囲の人の運や生命を吸い上げて、すべてを肥やしにしてしまう人をいうのではないだろうか。ここまで強い人はそうそういないが、漫画家・東村アキコもそのタイプの人なのかもしれない。

 7月23日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)に出演した東村センセイ。代表作『東京タラレバ娘』(講談社)は、アメリカの権威ある漫画賞「アイズナー賞」を受賞、世界30カ国で読まれているそうだ。同番組は「ちょっと変わった一般人や各界のルーキー」が出演する機会が多く、東村センセイのようなすでに地位を確立した漫画家が出ることは珍しい気がするが、なんと彼女は、2016年にお笑い事業を始め、19年には新宿・歌舞伎町にお笑い劇場まで作ったという、駆け出しのお笑いプロダクション社長でもあったのだ。

 東村センセイがお笑い事業に進出したのは、特にビジョンがあったわけではなく、“周囲の売れない芸人に頼まれたから”という軽い気持ちからだったそう。芸人が奮起して売れてくれれば、社長である東村センセイにもメリットがあるのだろうが、芸人たちは劇場があることで安心してしまって、“何がなんでも売れてやる!”というようなガッツはないとのこと。

 売れない芸人を抱え、地価の高い場所に劇場を持てば、東村センセイの経済的負担は大きくなる。「これ(原稿)1枚いくらだなって思いながら描いてるんですけど、それがこの劇場にスーッて吸い取られていく」とお金が流れていく様子を表現していた。

 売れていない芸人が、テレビに出て芸を披露するというのは大きなチャンスといえるだろうが、東村センセイと一緒に出演していた東村プロ所属の芸人はなんだか影が薄く、芸をしていない東村センセイのほうが、はるかに存在感があるように見えた。

 番組司会のマツコ・デラックスは、「東村さんが頑張れば頑張るほど、東村さんの面白さしか見えなくなる」「芸人さん、殺していますよ」と話しており、確かに東村センセイが主役で、芸人たちがバックコーラスのようだった。

 出演していた芸人は、なぞかけのルールがわかっていないなど、正直「やる気ある?」と疑いたくなるレベルだったが、東村センセイがフォローして笑いを取るので、なんとなく「それでいい」という雰囲気になってしまう。東村センセイは本職の芸人に「(芸人を)甘やかしすぎ」「先生は潰していますよ、若手を」と言われるそうで、東村センセイの優しさは、仇になっているといえるだろう。

 東村センセイは「夢を追うのは自由だし、夢を追うことが人生そのものの人って、いっぱいいるじゃないですか。結果が出なくても。ハハハッ」と笑った後で、「1人だけでも、1%だけでも、もしかして売れる可能性がね、あるんだったら、この劇場を作った甲斐がある」と芸人に奮起を促し、その後で「私の本音だけど、この劇場で赤字を作っているからこそ、漫画で頑張ろうと思って、漫画を頑張って描き続ける良さもある」とお笑い事業が自分のモチベーションアップにつながっていることを明かした。

 頂点を極めてしまうと、どうしてもハングリー精神というか、ガッツがなくなる。だからこそ、あえて採算が取れないことがわかっているお笑い事業に金をつぎ込むというのは、恐れ入る。そして、東村センセイのような人は売れない芸人を見て、そこからインスピレーションを得て、新たな代表作を描き上げるのではないだろうか。

 寂聴さんが、自身の恋愛を小説にして、いつの間にか小説家の男性を凌ぐ大作家になってしまったのと同じように、東村センセイも売れない人をネタもしくは養分にして、大輪の花を咲かせるような気がする。それがスターになる人の特性なのかもしれない。

 マツコとの掛け合いも面白かったし、東村センセイはかなりテレビ向きな気がする。最近のテレビはどうも毒気が足りなくてつまらないと思っている人も多いはず。手始めに『上田と女が吠える夜』(同)への出演なんていかがでしょう。テレビ業界のみなさま、この逸材を見逃す手はないと叫びたい気持ちでいっぱいだ。

叶姉妹の人生相談が「人を傷つけない」ワケ――ポスト瀬戸内寂聴としての腕前

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「責任と覚悟をちゃんと持って、人様には迷惑をかけない」叶姉妹
『マツコ会議』(7月16日、日本テレビ系)

 新聞や雑誌には、よく人生相談のコーナーがある。読者のお悩みに、作家やコラムニストなどの有識者が答えるというものだが、答える側の個性や性格が明らかになって面白い読み物だなと思う。しかし、今の時代、「人生相談されること」を仕事にするのは、大変なことではないだろうか。

 『M-1グランプリ2019』(テレビ朝日系)で、ぺこぱのポジティブな漫才が話題を呼んだあたりから、「人を傷つけない笑い」という言葉が聞かれるようになり、エンタメ界はそちらの方向に舵を切っているように見える。それは歓迎すべきことだが、その一方で、完全に「人を傷つけない」ことはとても難しいのではないかとも思う。なぜなら、いくら「人を傷つけないように」とこちらが心を砕いたとしても、傷つくかどうかを最終的に決めるのは、受け取る側だからである。

 人生相談においても、相談者には、傷つきやすい人もいれば、そうでない人もいる。ただ話を聞いてもらい、優しい言葉をかけてもらいたい人もいれば、実質的なアドバイスがほしい人もいるだろう。そのあたりの相談者のニーズを読みつつ、読者にも「なるほど、その通りだ」と思ってもらえるような客観的な意見を言わなくてはいけない。やはり、悩み相談を受けるのは、相当難しい仕事といえるのではないだろうか。

 そんな中、オーディオストリーミングサービス「Spotify」で、昨年8月から配信が始まったトーク番組『叶姉妹のファビュラスワールド』の人生相談が、今、大人気だそうだ。開始早々、ポッドキャストのランキングでたびたび1位を取り、視聴者からは「聞くだけで自己肯定感が上がる」「癒やされる」などの声が上がっているという。

 その評判を受けて、7月16日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)には、叶姉妹がリモート出演した。番組では、どんなお悩みが寄せられているかの実例と、叶姉妹の姉・恭子サンの回答を紹介していた。

 例えば、「常に周りの人、特に職場(の人)の顔色を伺いながら生きています。自己肯定感高く、周りに気を使いすぎず、ポジティブに生きるコツを知りたいです」というお悩みに対し、恭子サンは「今は自分の周りにどんな方たちがいるのか表面的にしか知らない方が多すぎる」とし、「だから、その方たちに自分がどういうふうな目で見られているのかなんて、全く気にする必要がない」「『風が吹いているわ』というふうに思っておけばいい」と回答。

 また「正しい人との距離感の取り方を教えてほしい」というお悩みに対しては、「距離感なんてないの」「なぜかというと、その方のパーソナリティーや環境や、取り巻くこともいっぱいあるでしょうから、距離感を取るなんてそんな難しいことできない」「自分と空気、自分と物質という考えでいい」と話していた。

 正直、私にはあんまりピンとこないが、“人の目を気にする必要はない”“他人を空気や物質と思え”という教えは、人間関係について考えすぎてしまい、がんじがらめになっている人には、待ちに待った言葉なのかもしれない。あるリスナーは「自分本位で考える、自分がどうしたいのかを、明確にお姉さまのほうが話してくれて、そこですごい共感ができる」と話していた。

 叶姉妹は「私たちは絶対に決めつけとか、押しつけとかしない」「いろんな方がいろんな感じで捉えてくださっている」「正解(の回答)をしなくていい」と言っている。なので、叶姉妹のアドバイスの“真意”というものが、完璧にはつかみきれないのだが、リスナーの女性の「自分本位で考える」という解釈には違和感があった。

 自分本位というのは、他人の気持ちではなく、自分の気持ちを中心とした物事の考え方を指し、どちらかというと“自分勝手”寄りの言葉である。確かに恭子サンは「もっとみなさん自由に」と言っていたし、叶姉妹としても、人目を気にするな、他人なんて空気と思えというような発言をしているので、自分中心の考え方をしているように感じる人もいるだろう。

 しかし、その一方で、こうも言っている。「もっと自由に、もっと心を解き放していいのですよって話しているのですが、その中には責任と覚悟をちゃんと持って、人様には迷惑をかけない」「これが基本の叶姉妹のポリシーの一つです」。

 つまり、より多くの自由を謳歌するために、背負わなければならないものもあると言っているわけだ。

 繰り返しになるが、叶姉妹は言葉をかみ砕いて説明しないので、責任や覚悟が具体的に何を指しているのかはわからない。なので、単なる私の推測になってしまうが、先ほど例に出した「自己肯定感高く、ポジティブに生きるコツは?」というお悩みに対する、恭子サンの回答の意味について考えてみよう。

 「人からどんなふうに見られているかを気にしない」ことは、仮に他人が自分を高く評価していなかったとしても、その評価に縛られない自由の行使と言えるだろう。しかし、そういう生き方をして、人との距離を縮めないようにしていると、職場でなんとなく浮いてしまう可能性がないとは言えないし、上司によってはウケが悪いこともあるので、そのあたりを受け入れる覚悟はいる。

 また、職場で浮いていると、なんとなく疎外感を覚えて、ネガティブになってしまうかもしれない。会社というのは本来、給料に見合った働きをする場所なので、メンタル面で仕事に悪影響を及ぼすのはNGだろう。しかし、仕事の責任を全うする働きをするのなら、誰にも迷惑はかけないわけだから、その態度を貫けばよい。叶姉妹の意図するところはこんなことではないだろうか。

 こうやって考えていくと、叶姉妹の言う“自由”とは、自分本位のものではなく、自分のやるべきこと(仕事)をやった上で堂々と行使するものであり、自分と周囲(職場)、どちらにも恩恵をもたらすものと言える。繰り返すが、これは私の単なる推測にすぎないが、少なくとも叶姉妹は「自分本位でいい」とは言っていないように感じるのだ。

 自分に本気でない男性に時間を費やしている女性のお悩みに対して、恭子サンは「女性の人生をパールのネックレスにたとてみて。一粒一粒、川に捨てていってるようなもの。だんだんと捨てすぎてることを、ご自身が気づかない時に、最後に残るものはそれをつないでいた紐だけなんですよね。だから、ご自身の人生が真珠の玉をいくつ無駄にしないかを、よくよく考えてみたらいかがでしょうか?」と、たとえを使いながら、アドバイスしている。

 たとえというのは話をわかりやすくする効果もあるが、実は話の焦点をぼんやりさせる働きもある。なので、感覚が鋭敏な人は、叶姉妹の話から、より多くの教えをキャッチするだろうし、そうでない人はざっくり理解するだろう。

 先ほどの「自己肯定感高く、ポジティブに生きるコツは?」という悩みの回答の捉え方が、あるリスナーと私で違ったように、叶姉妹の人生相談は「人によって気づく点が異なる」ため、結果として「人を傷つけない」回答になっているのではないか。

 人生相談といえば、昨年亡くなった瀬戸内寂聴さんの独壇場だった。寂聴さんの人生相談の特徴は、夫を亡くして悲しみに暮れる女性が寂庵を訪れた際に「あなた、きれいだから恋愛でもしなさい」と勧めるなど、笑いを交えながら、「欲望を解放せよ」とする回答に特徴があったように思う。

 それに対し、叶姉妹が勧めるのは自由と責任。恋愛や結婚を重要視しなくなってきた現代に、ちょうどフィットしているのではないだろうか。ポスト寂聴さんは叶姉妹で決まりな気がする。

清原和博の元妻・亜希がバラエティ出演! 「過去」をイジられる彼女が、テレビ界で活躍しそうなワケ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「ね、意地悪でしょ」亜希

『一撃解明バラエティ ひと目でわかる!!』(7月12日、日本テレビ系)

 7月10日に行われた参院選は、予想通り、自民党の圧勝だった。岸田内閣はしばらく安泰ということだが、岸田文雄氏が総理大臣就任当時、「東大を3度落ちた」エピソードを繰り返し語っていたことをご記憶だろうか。

 岸田氏が2浪して東大を目指したものの合格せず、結局、早稲田大学に入学したことは事実である。しかし、就任早々このエピソードを披露したことには、「さすが政治家だ」と思った。

 選挙で「選ばれる」ことを生業とする政治家は、究極の人気商売といってもいいだろう。ということは、国民に愛される必要があるが、今ウケる人は、どこか“抜け感”のある人、もしくは“抜け感”を躊躇なく見せられる人だと思う。そのことで、大衆に「私と似ている」「私にもその気持ちがわかる」と親近感を抱かせられたら、勝ちといえるのではないか。

 岸田総理の家は、祖父の代から政治家一家だが、こういう「名門家庭に育った」ような人は、今の時代にはあまりウケないように思う。しかし、岸田総理は自分から「東大に3度落ちた」と“抜け感”をアピールすることで、親しみを獲得しようとしたのだと感じた。

 岸田氏の妻・裕子夫人も、親しみを獲得するためにひと肌脱いだといえるのではないか。岸田氏が自民党総裁に就任した夜、夫人は夫の好物の広島焼を作り、岸田氏はTwitterにその画像をアップしていた。そこにはお好み焼きのソースが映り込んでいて、よく見ると賞味期限が切れているのだ。自民党総裁ともあろう人が、祝いの夜にお好み焼きという庶民的な食べ物でお祝いをし、しかも賞味期限の切れたソースを使っている。これは人々に親しみを感じさせる、典型的な“抜け感”といえるだろう。

 人気者の条件が「抜け感によって、人に親しみを与えること」だとするのなら、チャンスが来ているのではないかと思う人がいる。モデルの亜希だ。彼女はモデルなので、テレビを主戦場としてこなかったが、6月14日放送の『一撃解明バラエティ ひと目でわかる』(日本テレビ系)で5年ぶりにテレビ出演し、7月12日放送回にも登場。レギュラー陣とともに「観葉植物の見分け方」を学んでいた。

 同番組レギュラーのバイオリニスト・高嶋ちさ子とは、「5年連続、一緒にお正月を過ごした仲」だそう。2人はかつて『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演した際、マンションのお隣さんだったと話していたことがあるから、長い付き合いなのだろう。

 高嶋の家は観葉植物だらけだが、亜希の家はフィカスウンベラータが「一鉢ある」「ずっと20年(ある)」とのこと。それを聞いた高嶋が「あんな時も、こんな時も?」とイジられ、亜希は「ね、意地悪でしょ」と言っていた。

 「あんな時、こんな時」が具体的にいつを指すのかについては、番組内で掘り下げられなかったが、亜希の20年間を振り返るのなら、どうしても思い出されるのが、元プロ野球選手・清原和博氏との離婚だろう。

 離婚後に清原氏は覚醒剤取締法違犯で逮捕された。自分でしたこととはいえ、清原氏は球界のスーパースターから犯罪者に“転落”したわけだ。亜希としては、「もう別れたのだから、関係ない」と言いたいところだろうが、彼女の場合、「球界のスーパースターの妻」であることは、ほかのタレントとの差別化につながるブランドだったろうから、仕事にも少なからず影響が出たのではないか。

 当時、Yahoo!ニュースのコメントでは「亜希は夫の薬物をなぜやめさせられなかったのか」といった書き込みがあった。薬物依存症は病気で、シロウトがどうにかできるほど甘い問題ではない。そのことを知らないがゆえのコメントといえるが、確かにひと昔前なら、このように「夫を正せなかったのは、妻が悪い」と非難され、テレビも亜希をあまり使いたがらなかったかもしれない。

 しかし、時代は確実に変わってきている。先ほど、“抜け感”によって人に親しみを抱かれることが人気者の条件になったと指摘したが、テレビもそういった人物を積極的に起用する方向にシフトしているように見える。もしそうなら、「大選手の妻」よりも、「何かあった人」という“抜け感”のある現在の亜希のほうが、視聴者の心をつかむだろう。今回のように、共演者から「意地悪を言われる」ことも、タレント活動にはプラスといえるのではないか。

 おしゃべりなタイプではなさそうだが、ファッションや料理、子育てなど話の引き出しを多く持つ亜希。「偉大な野球選手の元妻」から、「あの人の元夫は、昔は偉大な野球選手だったんでしょ?」と言われる逆転現象が起きるのは、そう遠くなさそうだ。ぜひ頑張っていただきたい。